2006年3月10日        労働者の力             第 192号


「意図された二極化」を打ち破る社会運動へ
賃金と社会保障をセットにした、生きる権利の具体的要求を基礎に
―「賃上げ」春闘報道を前に、全国一般全国協書記長、遠藤一郎さんに聞く―
 

 

―「賃上げ春闘」、「復活春闘」などとメディアが報じている。確かに経済指標の「上向き」が報じられ、その限りで一般論としては、労働者が闘い易い条件の浮上、と言うことはできるかもしれない。しかしそうであればなおのこと労働組合運動は、労働者の現実の要求に応える道の確かさをより厳しく問われる。
 大量失業と不況を背景に、「忍従の論理」の下ともすればやり過ごしてきた問題が今改めて突き付けられる。全国一般全国協はこの間、中小零細職場と非正規という最も困難な部門の労働条件をめぐり、様々な挑戦と苦闘を重ねてきた。その現実から見える労働者運動が今迫られている挑戦課題と新たな運動展開の方向について、書記長の遠藤一郎さんに聞いた(文責・構成、編集部・神谷)―

「意図された二極化」構造との対決

―「景気回復」などと言われても、多くの労働者を圧迫している不安感は少しも晴れていない。そこには、生活を支えるものが次々に切り下げられていることに加え、労働条件が経営者個々の意のままにされているように見える現実がある。この点でも、労働組合運動の意義が改めて問われている。
 一方で、資本主義において労働力は商品。労働力市場という言葉が代表するように、それは一般に了解されている。賃金と労働時間が代表する労働条件基準はこの商品の価格であり、その限りでそれは、社会を普遍的に蓋う形で形成されなければならない。かつての春闘は、この価格、労働条件基準の社会的形成という機能を、企業別労組が基礎でありながらも、いわば便宜的にあるいは迂回的に代行していたと言える。そのことで春闘は、労働者にある種の安定した生活の見通しを与える役割を果たすことができた。現在賃上げ春闘などと報じられてはいるが、ここにはかつてのような機能があるとは思えない。 今労働組合はどのような闘いが必要なのか―

 そのような意味での春闘は完全に終わっている。特に、大企業を中心に賃上げの比重が一時金に移された時から、賃金水準の企業を超えた波及効果は最終的に遮断された。これは春闘の、社会運動としての終焉。今中小も企業内部の分配の問題になっていて、生活するために必要という論理が消失している。それを背後で支える基準がぼやけてしまった。
 今の景気指標で賃上げできる可能性があるというのは、二極分解と言われる社会の中で、いわゆる上層部分に限られることははっきりしている。しかもそこには、労働者の生活保障という論理はない。あくまでも企業収益に資するならば、という企業内平和の論理。従ってそれは、現実にも論理的にも、社会全体を底上げする機能は果たせない。それは、ここ何年もの新自由主義的な規制解体、競争至上主義的な社会の仕組みそのものが作っている状況だ。
 全労協合宿で、昨年年末取り組まれた中国人実習生問題のビデオを映した。岐阜の縫製産業の問題だが、事業共同組合が中国からの受け入れ体制を作っている。この共同組合に10社位がぶら下がって、大体各社がトーチャン、カーチャンが経営者という状況。身なりだけ見ると、団交に入った全統一の書記長と、どっちが社長か分からない。それで問題が正当化される訳ではないが、それだけこの零細縫製業者も悲惨なんだ。この経営者達がなおかつ実習生、研修生を収奪する、そうしなければ生き延びられない。時給250円から300円の残業で月百何十時間も働かせている。コアの部分の労働時間は8時間で契約では13万いくらになっているが、実際は5万5千円で4万5千円が強制貯金、だから支払い賃金は1万強、実際は残業単価250円とか300円が生活費になっている。それでもそれを全部持っていかれると大変なことになる、と言う。それでないと、縫製企業の1つ1つにアパレルメーカーの方が発注しない、このような状況が意図的に、構造的に作られている。この構造に手を着ける運動をしなければ問題は解決されない。

生きるための基準総体が課題に

 このような構造を目の前にして、春闘の具体的な問題は、全労協の中でも最低賃金の問題が1つ。公契約を含め、リビング・ウェイジ(生活できる賃金、この賃金保証を公契約条件に義務付ける条例制定運動が、アメリカで進んでいる―編注)の問題を本気になって考えないとどうにもならないのではないか、と論議されている。公務員バッシングを絡めて攻撃されようとしている公務員労働者が反撃しようと思うならば、公務職場に広範に広がっている公契約労働者の問題を一体的に是非とも真剣に考えなければならない。
 それから社会保障の底が割れているという問題。社会保険からの離脱企業が増えている。労働者から保険料を取って、企業負担分を合わせ収める分が4、5年滞納という企業が増えている。それに対し社会保険庁は、明確な証拠はないけれども実際は、保険料徴収率が下がらないように離脱を勧めている。
 我々は、外国人労働者を中心に社会保険加入問題にずっと取り組んできたが、これは有期雇用の外国人だけの問題ではない。短時間勤務、期限に定めのある労働者、パート、アルバイトの労働者みんなの問題。それが正規労働者の領域にまで広がっている。交渉の中で社会保険庁は、日本は皆保険です、医療、年金、社会保険でなくとも国保、国民年金があります、と平気で言う。ところが例えば政府管掌保険や共済組合は働いている人間にとっての保険、だから雇用者負担があり、医療の場合は休業補償もある。他方国保の給付には休業補償という考え方はない。
 しかも社会保険外しは意識的に行われている。我々の語学学校の例で言えば、例えばノバなど、社会保険の強制加入資格が常用雇用者の4分の3以上の労働時間という規定を注意深く利用して、スタッフの労働時間を29・5時間にする。そして僅かしかいない40時間のスタッフを見つけてきて、それとの比較で資格なしと言う。しかし圧倒的多数の外国人講師が29・5時間、あるいは30時間であればそれが常用雇用者の基準だ。そうであれば、フルタイムの外国人講師は当然全員資格をクリアーしている。それを、ECCであれば、800人いる講師の中で5人しかいない指導教官みたいな人を基準とするごまかしを全部がやってくる。そういう意識的な基準壊しがまかり通っていて、我々はそれと闘わなければならないし、現に闘っている。
 格差が問題にされ始めているがそれは、単に賃金がということではなく、社会保障も含めた総体的問題。労働者の生きる仕組み、制度がどう保障されるのか、確立されるのか、ここについて具体的要求と政策が必要であり、それを運動化する必要があるという時代に入っている。
 さらに加えて命の問題、安全の問題、労災の問題。ETC導入に伴って、ハイウェイ労働者にとっては、人減らしの問題に加えてこの間、ETC故障に絡んだ労災の多発が首都高でも全国でも大問題だ。厚労省が、安全配慮をきちんとやれ、という通達を出したが、その直後にまた事故が起きた。ところがこの事故で、会社は負傷した労働者を処分した。保全処置を充分取らずに高速道路に進入した方が悪い、という言い草で大喧嘩になった。ETCを前提に猛スピードで大型車が突っ込んでくるゲートで保全処置を取れと言う。一方で故障したETCのゲートは大混乱になっているわけだ。どうすればいいと言うのか。厚労省通達に対して会社は、技術的に全く対処できない。そのあげく問題はそこにいる労働者の自己責任にされている。JR西日本は今でも、尼崎事故の死者数から運転士の分を引いている。要するに彼らは、運転士の死はあくまで自己責任で済ませている。
 安全の問題まで労働者の自己責任、そういう社会になっている。ここに我々はどう問題を立て立ち向かうのか、我々の課題はそこだ。

当事者の具体的で生々しい要求の突き出しから

―いわば生きる権利の基準を社会的に建て直す運動ということになる。そこに進むために、現実にはどのような運動展開を? ―

 前提として自分達が抱えている問題を具体的に突き出すこと。外国人労働者、介護労働者、タクシー運転手、縫製業、零細運輸、今見てきた問題が具体的に迫られている、非正規を含めたこれらの部門に、小さくとも我々は組織を持っている。一般的な格差の問題とか、社会保障解体とかでなく、現にそこにある問題を、当事者を前面に生々しく突き出したい。
 例えば語学学校の問題で言えば、これまでの運動の結果として、今雇用保険と労災保険に入っていない学校はない。その上で健康保険と年金が次の課題となっている。最初は、直ぐ帰るんだから、という議論もあったが、病気になった、出産した、治療できずに死んだ仲間がいる、など具体的に問題を出しながら取り組み始めた。具体的な要求があり、当事者の闘争がある、そこが基礎にならないと運動にならない。イオンが非正規の全員組合化を打ち出した。ところがその人達の問題をその人達が突き出す前に上から組織して企業の中で代行的に折り合いをつける、というやり方。これでは社会的基準の形成につながらないし、今本当にある問題に応えられない。
 有期雇用ネットワークが始まったのは96年、98年の労基法改悪反対闘争の前段だ。そこからそろそろ10年、今やっと連合含めて非正規の問題を取り上げるという点では横並びとなった。しかし中身で言えば、あくまで抽象的なキャンペーンのレベル。小さくとも我々が具体的なところで1つ1つやることの重要性は残っている。例えば我々が社会保険の問題で社会保険庁とやりあう中で、彼ら内部でも、全労働者への保険適用拡張から4分の3規定変更への議論など、動きも出ている。今年我々は、非正規の権利確立、均等待遇、そのレベルだけで声高に言うことは止めて、具体的な問題を突き出すことにしている。
 それからやや長期的な構えとなるが、労働者の生活保障の形をもっとベースを広げて問題にする必要もある。賃金論に関わる問題だが、住宅や教育、医療、育児、介護、公共サービスを含めた広い領域の社会保障支給を基礎に置いた最低賃金保障という問題の立て方。ある人の研究によると、フランスの賃金カーブは、賃金本体はフラットだとしても社会保障支給を加えた場合、日本の年功賃金カーブにかなり近づくと言う。社会保障には普遍性があり、失業者であれ、あるいは障害を負っても、区別なく誰もが支えられる。社会の成り立ちにまで波及する問題だが、労働条件の社会的基準がここまで、基準とは言えないほどバラバラにされ傷付けられている現在、その建て直しに当たっては、大胆に様々に論議し、社会運動化に挑戦することが必要だ。
 その建て直しを真に現実化するためには、当然労働者総体を基礎とした大規模な社会運動の実現が必要になる。労働組合の横断的な連携の可能性も含めて、そこにどのように進めるのか、あるいはその過程における、特に広範な若い労働者に空白となっている教育宣伝機能の問題など、それとして考えなければならない問題は残っている。問われていることは個別的に光る運動ができていればいいという問題ではない、そのことは確認しておきたい。

―長い時間ありがとうございました。(2月28日)
 
労働者の生活基準壊しの先兵、NTTのつまづき
      労働者の抵抗が撃つNTT「リストラ」

              
電通労組組合員・高橋喜一
          


NTT企業年金減額申請、却下さる

 2月10日、NTTが厚生労働省に申請していた「年金受給者・受給権者(リストラ攻撃で退職・再雇用に追い込まれた労働者でまだ年金を受給していない人を指す)」の給付減額」に対し厚労省は、受給者減額の実施要件「母体企業の経営状況悪化」を満たしていない、とし「却下」した。
 この申請は、「運用利回りの悪化の中で積立金不足の巨大化、経営悪化による掛け金拠出が困難」を主な理由とし、NTT労使合意の下で始まった攻撃。しかし本質は、NTT11万人リストラ攻撃で退職・再雇用に追い込んだ7万8千人に及ぶ加入者減と年金受給者の増大が引き金になっているのだ。NTT労使は、まず第1に、現役社員の年金制度を「税制適格年金」から国債利回りをベースとした「規約型」に改悪。これによって退職後の年金受給額が市場金利(国債利回り)と共に「変動」する構造になり、労働者にとって「安心・安定」したものではなくなり、企業にとっては「掛け金の大幅な圧縮」を図れることとなった。
そして、第2弾は「受給者・受給権者」の給付額を減額するという攻撃である。NTTは、全ての会社機構をフル動員し手続き要件である「対象者の3分の2以上の同意取り付け」のために狂奔する。退職・再雇用労働者には、現場職制によるパワーハラスメントそのものの脅しを行い「同意」させることが全国的に行われた。また、OB会は、年金受給者に対する戸別訪問(驚くなかれ、「同意書」をとれば1件1万円の「活動費」が支払われた!)による切り崩し等など。NTT労組も同様に会社と1体の関係で動いた。

労働者の反撃と闘いの拡がり―労働組合の取組みと受給者の闘い!

 年金減額というNTT労使の攻撃に対し反撃の闘いと運動が大きく展開された。電通労組は会社提案後直ちに反撃を開始した。団体交渉で年金制度の改悪提案に対し「積み立て準備金の不足」と言う会社主張に対し「積立金準備金不足は会社が負担すべきこと」でありこれまで企業年金の積立金準備額について当事者である労働者には何も知らせてこなかったこと、また、企業年金制度の導入移行の準備金を何で運用してきたのか、その間の運用利回りは何%だったのか、巨大な準備金不足をいうなら会社は準備金不足にいくら負担してきたのか、それらを全て明らかにせよ!と迫った。会社は、「膨大な準備金不足」の資料を出して説明するが会社手作りの資料で納得できるはずがない。しどろもどろの中で、多数組合との合意による現役世代の制度改悪強行であるのは明白だ。
 団体交渉での追求は、企業年金制度改悪・減額攻撃に反対する電通労組全国協議会、通信労組、NTT関連合同労組でも行われた。年金制度改悪・減額に反対する5つの労働組合の取組みは、企業年金「第3者協議会」受給者代表選挙での全国運動へと発展していく。「年金減額に反対する候補を協議会へ!」当選させようと通信労組の岩崎委員長を統一候補として推薦しそれぞれの組合が行動を起こし、NTT労組が準備した候補者のなかで最下位当選者に「1510票」と迫る大きなうねりを創りだした。みな一様に「うーん!惜しかった!」が第一声であったが更なる取組みに弾みがついた選挙戦だった。
 電通全国協議会は全国キャンペーンの展開を行い問題の本質が「NTT構造改革」攻撃の一環であることを訴えてきた。同時に受給者を中心とした「同意しない会」を組織し、独自の訴えを行いながら年金問題学習会の呼びかけをするなかでNTT労組員も含め多くの労働者が参加した。参加者は一様に、「会社から渡されたパンフ内容の意味がわからない」というなかで学習会の取組みを通じて少しずつではあるが職場の中に浸透していった。こうした取組みを通じて管理者による「同意強制」(パワハラ)のメールなどが「相談」として持ち込まれてきた。早速の宣伝と通信労組と一緒に厚生労働省に対する要請行動の中でこの問題も含めて明らかにし、NTTがいかにえげつない事を受給者に行っていることを明らかにしながら「脅しや、不当な取組みで集めた同意書は無効でありNTT企業年金の減額申請を受理するな」の要請行動、年金受給者の裁判提訴、国会質問などあらゆる取組みを行いながらNTTを内外から攻め立ててきたといえる。NTTリストラでやむなく退職・再雇用を選択したアウトソーシング会社の労働者も「同意者」に、「何で会社の言うことなんか聞くんだ、自分の金を減らされることに同意すんのか!」など、仲間として「激励」、この中で多数の労働者が「同意取り下げ」へ。

厚労省に「却下!」を迫った労働者・受給者の闘いの勝利!


 今回の厚生労働省判断は極めて踏み込んだ判断をした。3分の2以上(全受給者14万人)の同意を取り付け減額申請を行ったのだが、厚生労働省は「過去の約束を変えるほどの大きな実態の変化はない」と、経営状況まで踏み込んで「却下を判断」したのである。
 この決定に対し、NTTは「行政訴訟を検討」、NTT労組も「厚生労働省の判断は極めて遺憾であり将来的企業年金財政にリスクを残す」と主張し、会社の行政訴訟方針を支持。
 NTT企業年金却下問題は非常に大きな内容をはらんでいる。
 まず第一に、厚生労働省の判断は「受給者保護」を重視し判断したことである。企業年金を抱える企業は、企業負担軽減を求め年金減額を容易にすべく、減額条件緩和(規制緩和)を要求してきた。NTTも同様だが「積立金の運用が何%でなされてきたのか?その運用益はいくらか?会社の拠出額はキチンと拠出されてきたのか?」などが明確でない。現状を見ると、5%から7%を超える運用利回りが確保されている中での「給付減額」の流れが広がっている。労働者福祉に振り向ける金は削れるだけ削れという動きだ。
 第二には、労使合意によって現役世代の年金制度が改悪された問題である。多数組合の合意があれば簡単に制度をつくりかえ将来の年金が減額できる仕組みは、「賃金の後払い的性格」を有する企業年金について大きな問題を投じている。
 第三は、企業年金制度改悪の理由がNTT構造改革11万人リストラで会社が主張した中味と同様、ということである。NTTリストラ実施時、会社はNTTを取り巻く環境は厳しく「赤字転落の危機」を叫び、このままでは「雇用確保」も困難、と主張してきた。しかも、NTTの構造改革提案は、会社ではなくNTT労組が提案し会社が検討した結果として「組合要求を受け止め,NTTとして取り組む」という茶番劇を演じたわけだが、注目点は今回の厚生労働省の判断が、NTTの経営状況、特に経営状況悪化の主たる会社といわれる東西会社の経営状況に踏み込んで判断し「経営悪化に該当せず」と判断し、さらにグループ全体、持ち株会社制度にも言及した点にある。その意味では、NTT11万人リストラの根拠性もまた失われたと言わなければならない。
 そして電通労組9名の原告団を中心に闘われている「反リストラ裁判」は大きな山場に差し掛かっている。NTTが不当配転の根拠としてきた「業務上の必要性」が、被告側証人に対する反対尋問の中でその根拠性を失い始めている。  NTT反リストラ裁判は巨大資本NTTを撃つ闘いである。私達はこの闘いを全力を挙げて闘い抜く!この闘いについては、NTTが今強行をもくろんでいる成果主義攻撃の問題と共に改めて報告したい。

                             公開学習討論会

改革・開放の現段階と今後の中国
―迫り来る、「新しい階級」と市場経済の衝突」(本紙連載論文)
     問題提起 織田進

期日 3月26日(日)14時から17時
場所 浜松町海員会館 
   JR浜松町駅下車 竹芝桟橋方面徒歩5分
会場費 500円
主催 労働者の力社 03―3576―5546
 
 2500人以上の熱気に包まれ被解雇者全体の合流が実現!
   
JR採用差別事件の勝利解決をめざす!2・16総決起集会

  2月16日の夕刻小雨の中、日本教育会館には集会参加者が次々と入ってゆく。開会予定時刻(18時15分)を待たずに会場の教育会館ホールは既に一杯、モニターテレビを設置した第2会場が急遽用意された。ところがこの第2会場もつめかける参加者ですぐにあふれる。集会参加をやむなく断念した仲間が多数に上った、と集会途中に報告された。会場カンパも閉会までに集計が間に合わず、中間集計だけが報告(60万円)。こうして本集会は2500人以上(主催者発表)の結集の下、まさに熱のこもった集会となった。

新たな踏み出しへの期待

 鉄建公団訴訟原告団の佐久間さんが司会する集会は、佐久間さんの開会挨拶に続く当訴訟主任弁護人の加藤晋介弁護士による基調講演で幕を開けた。この講演の中で氏は、9・15判決を勝利につなげることを含め、闘う態勢があってはじめて解決の道が拓かれると力説し、闘いの統一を評価しつつ、鉄建公団訴訟への国労の踏み出しを強く促した。
 次いで、全動労争議団、動労千葉争議団、国労闘争団全国連絡会議、鉄建公団訴訟原告団と、全当事者団体が熱の入った決意表明。各々が今回の統一集会を積極的に受け止め、統一を基礎に闘いを新たな水準に引き上げたいとの意欲を明らかにした。
 そして、国労闘争団全国連絡会議事務局長の葛西さんから集会アピールの提案。本集会が被解雇者の手になる実行委員会の下で準備されたこと、さらに9・15判決を機に解決への機運が盛り上がっていることに触れつつ、今集会を機に「1047連絡会」が結成されたことと、以降の共同闘争への決意が表明されたこのアピールは、歓迎と期待を込めた満場の拍手で採択された。
 統一が拓き得る闘いの可能性が、会場に確かな集中性を作り出していた。それは以後に続いた国鉄合唱団の連帯ステージ、団結ガンバローに引き継がれ、参加者は闘いへの新たな手応えを胸に会場を後にした。
 1047名の被解雇者にとって当日は、「紙切れ1枚」で不採用を通告された、屈辱と怒りの日から20年目に当たっていた。まさにこの日、1047名が合流し、統一した闘いに踏み出す第一歩が記された。そして、今回は参加できなかったとしても、この集会を重要な画期と受け止め、期待を込めて注目している人々も少なくない。この統一への機運を大切にし、闘いの新たな局面の実現へと具体化してゆく各方面の努力が以前に増して求められる。(K)

 ハマスが勝利したパレスチナの選挙
     シャロンの最後の勝利

  
ミッシェル・ワルショウスキ―


 イスラエルの占領地域、パレスチナで行われた疑いなく民主的な選挙におけるハマスの決定的な勝利は、数多くの要素が結合した結果だ。しかし何を差し置いてもそれは、シャロンの政策にとっては巨大な勝利である。この前首相にとってPLOの破壊は、何十年にも亘る戦略的目的だった。そしてこのような試みは、彼にとっては1回限りのものであったわけではない。例えば、1982年のレバノンにおける彼の血塗られた冒険は、この目標達成に向けられた執着の大きさを示すものだった。

シャロンはハマスの勝利を欲した

 しかしながらイスラエルの軍事的腕力と無慈悲な残酷さ―これらがどのような役割を果たしたかは、サブラとシャティーラの虐殺で例証された―にもかかわらず、レバノン侵攻は失敗した。
 2001年に権力復帰を果たしたシャロンは、20年前彼が失敗した地点から先に進むことを決めていた。先制的、永久的反テロ戦争を隠れ蓑として彼は、パレスチナ民族運動の指導者と活動家さらに諸制度に対する血塗られた攻撃を発動させた。その目的は運動の破壊だったが、例えそれが成功したとしても、結局代わりの指導者の登場をもたらすことになる、ということは十分に承知の上だった。
 「パレスチナにはイスラエルの連携相手は誰もいない」という言い分は、占領地域におけるイスラエルの政策と広範な攻撃の理由ではなかった。そうではなくそれは、目的だったのだ。実際前首相にとって一方的実行主義は、シオニズムの目的を達成するための唯一の方法だった。そして交渉は、受け容れ難い約束を強制されかねない障害、と考えられていた。それ故、未来の交渉のための潜在的なパートナーとなり得る全ての対象を、破壊する必要があったのだ。
 ヤセル・アラファトを中立化した後にイスラエル政府は、「静穏な」アブ・マッゼンを不安定化し、パレスチナの社会的・経済的基盤と領域的連続性双方に対して進行させていた破壊を、そのまま継続させた。混沌と、そして多くの場合テロリストの攻撃は、この政策の予期された結果だった。そしてそれはまさに、今もってパレスチナにはイスラエルの連携相手は誰もいない、と煽り立てるものとなったに過ぎなかった。
 経済的なものであれ政治的なものであれ、パレスチナの指導部が彼らの民衆に何らかのものを配分することを、イスラエルは意識的に妨げた。これは、期待されたように、また推察されていたように、指導部に対する民衆の支持の崩壊とイスラムに基づく宗教的反対派の強化を促進した。実際ハマスは、より有能だと受け取られているだけではなく、パレスチナ自治政府の失策の責任からも免れている。こうしてハマス支持票は、理念的な票と言うよりもむしろ抗議の票だった。投票は、「君達は失敗した。我々は君達の誰も信用しない。我々は何か新しいものを試したい」と言うための方法だったのだ。
 シャロンは、「我々には平和のための相手はいない」とより確信的にすら主張する可能性を得るために、ハマスの勝利を欲した。選挙結果は、植民地化という一方的実行主義の歩みの続行をイスラエルに可能とするだろう。そこには、幾つかの軍隊再配置と管理困難な孤立した入植地の解体も含まれている。

現実はイスラエルの期待に逆行

 しばらくの間この政策は成功するかもしれない。そして、国際社会とメディアの反応は、パレスチナ民衆を見捨てるという脅しをもって、明らかにイスラエル指導部の計画に沿って動いている。即ち短期的には、パレスチナ民衆は困難な時期に入り込むだろう。
 しかし、そして全てのパレスチナ民衆が知っていることだが、果たして今以上に困難なことはどれほど起こり得るのだろうか。イスラエルは和平行程を停止するのだろうか。しかしこれまで和平行程などは全く存在しなかった。イスラエルは、狙い定めた暗殺作戦をさらに続けるだろうか。しかし彼らはそれを決して止めたことがなかった。彼らはもっと多くの家を破壊し、もっと多くの果樹を倒すのだろうか。しかし、最近5年に加えられた以上の損害を与えることは今や殆ど不可能なのだ。イスラエルは活動家逮捕を今後も続けるのだろうか。この政策も今まで停止したことは決してなかった。国際社会は経済援助を削減するのだろうか。しかしそれは、既に最低限にまで切り縮められている。
 しかしながらイスラエルの成功は、長くは続かないかもしれない。何百人にも上る国際監視団が見守る中、ハマスは民主的に選出された。そうである以上、ハマス指導部は一定の国際的正統性を手にすることになる。そして、PLOが以前交わした政治的約束(オスロプロセス)にハマスが責任を負っていないという事実は、民衆の期待を低い水準に保っておくという点でハマスをより都合のよい立場に置く。真の民族統一政府の可能性は今や極めて具体的であり、それは今回、国際社会からは穏健化の候補と受け取られるだろう。過去においてはそれはむしろ、パレスチナ自治政府のより急進的な路線に向けた転換、と受け取られたのだ。
 当地のメディア並びに国際メディアが広めた人種主義的イメージとは異なり、ハマスは、非合理で宗教的世界に凝り固まった組織、というわけではない。この組織は賢明な政治指導部をもち、この指導部はレバノンにおけるヒズボラ党の成功例を踏襲するだろう。その上ハマスがPLOに合流することは十分にあり得ることであり、その際彼らはその権威を受け容れるだろう。
 イスラエルが計画したハマスの勝利は、イスラエルがこれまでずっと妨害しようとしてきたもの、即ち、占領と闘い、イスラエルの鎮圧戦争によって体系的に解体されてきた社会を再構築するためのパレスチナの民族的統一、をもたらすかもしれない、との主張は楽観的過ぎるというわけではない可能性がある。この勝利は刷新された希望と確信の提供につながるかもしれないのだ。

局面の転換と、そこに向けた挑戦

 「我々はハマスとは交渉しない」、「我々はハマスとは、戦場でだけ合間見える」―このような80年代からのスローガンを、我々は今改めて思い起こす。しかしその年月このスローガンは、ただPLOにだけ向けられていたのだった。そして我々は、イスラエル政府は結局その政策を少なくとも2、3年の間、根本的に変えるよう強制された、ということを知っている。
 アメリカ政府がイスラム組織に対する全面的な戦争というその政策から手を引きつつあり、それらの中から新たな連携相手を探そうとしてすらいる、という幾つかの候補が既に見えている。実際アメリカは、イラクでそのような組織との協力を始め、エジプトではムスリム同朋団との半公式的対話に踏み込んだ。遅かれ早かれ国際社会は、ハマスとの交渉に向けイスラエルを強制するだろう。その前例こそ、15年前にPLOとの関係で起きたことだった。
 パレスチナ社会について言えば、ハマスの勝利は明確に、二重の挑戦の必要を意味している。第一にパレスチナ民衆は、社会と市民社会の達成成果を維持し、さらに進んでそれを押し広げるために、パレスチナ社会内部で闘争しなければならない。ハマスはそれらを脅かすかもしれないのだ。社会と民主的権利に対するそのような攻撃が国際社会を悩ませるものでないことは確実である以上、そのような危険はパレスチナ民衆にとって依然として大きな懸念だ。
 第二の挑戦は、世俗的な民族運動を、最も重要なものとしてファタハを再建することであり、PLOにその力と指導性を取り戻させることである。
 この2つの挑戦がもしうまく成し遂げられるならば、シャロンが最後に達成したものは、レバノンの例に似たものに、つまり犠牲が多く引き合わない勝利というようなものになるかもしれない。
注)上記論考の初出は、「ニュース・フローム・ウィズィン」(「オルタナティブ・インフォメーション・センター―AIC―、エルサレム」の電子版)。筆者は、ジャーナリストかつ著述家であり、イスラエルにおけるAIC創立者の1人。(「インターナショナル・ビューポイント」2月号電子版)
資料―デンマークのムハンマド風刺画論争
イギリスの報道改革運動の反応

 ―いくつもの労働組合と労働者運動(全英ジャーナリスト組合、NUJを含む)が設立し、長年活動を続けてきたメディア改革運動の組織である「新聞と放送の自由を求める運動」(CPBF)は、ムハンマドを風刺した漫画が巻き起こした論争に対するこの組織の立場を説明している。CPBFはこれまで伝統的に、イギリスの第4インターナショナル支持者を含んで、急進左翼の多くの部分から支持されてきた。以下にこの組織の声明を資料として掲載する―IV編集者。

 デンマークの日刊紙、「ジランズ―ポステン」がムスリムの預言者であるムハンマドに焦点を当てた12枚の風刺画を掲載してから、4ヶ月以上が経過している。デンマークの著述家、カレ・ブルッツェンは、サルマン・ラシュディがさらされたものに似た死の恐怖を恐れるあまり、作品に敢えてムハンマドの挿し絵を入れようとする者が誰もいない、と不平を述べたが、この日刊紙が一連の風刺画を発表したのはその後だった。
 イスラムの伝統は、預言者についての画像描写を禁じている。もっとも度々繰り返されたこの指令は、以前幾つかの場合では、論争を引き起こすことなく破られたことがあった。そして今インターネット上に流布しているいくつもの像が示すものは、新聞の絵の上で爆発する爆弾であり、デンマークの地図と国旗の上で流れる血である。デンマークの報道人の企画として始まったものは、今や世界的論争へと広がっている。
 先の新聞の編集長、カルシュテン・ジュステは、「我々は民主主義の中で生きている。我々が我々の欲するあらゆる報道手段を使うことができる理由こそそれだ。風刺はこの国で容認されている。そしてあなた達は漫画を作成できる。その種の表現に対して、宗教はいかなる障害も設けるべきではない。しかしそう言ったからといってそれは、我々がムスリム全てを侮辱したいと思っていることを意味しているわけではない」と述べた。
 彼は同時に、「ここで我々は、問題の絵は西欧世界の大部分を規制している自主的な検討を経て記事に添えられたものであることを、冷静に指摘しなければならない。法の枠内で我々が欲するものを語り、書き、写真を撮影し、絵を描く我々の権利は厳然と存在し、生き長らえなければならない―無条件に!」とも語った。
 しかし彼は現在条件付きで謝罪している。それは、「我々の見解ではあの12枚の絵は悪意のあるものではなかった。それらは攻撃を意図したものではなかったし、デンマークの法律に反するものでもなかった。しかしそれらは議論の余地なく多くのムスリムを傷つけてしまった。我々はそのことを謝罪する」というものだ。
 ヨーロッパの新聞各紙、諸政府、EU、国連、さらにムスリムの諸組織が今や論争に巻き込まれている。そして「フランス・ソワ」紙の所有者は、風刺画を掲載した編集者を解雇した。
 同時にいくつもの極右グループが、人種的差別感情の火に油を注ぐためにこの問題に飛びついた。そして、この風刺画を掲載した新聞のいくつかは、確かに政治的に保守的である。しかしそうであってもそのことで、表現の自由を追求するグループは、自身の立場を明確に述べることを思い止まるべきではない。
 ここには守られる必要のある重大な原則がある。それらのものの1つは、見解と表現の自由に対する権利は他の全ての権利行使を保護する原理的な権利である、ということだ。それは民主主義の決定的な支柱であり、それは、好意を持って受け容れられる理念や情報に対してだけ認められるのではなく、人々を傷つけ、人々に衝撃を与え、あるいはその心をかき乱す、そのような理念や情報に対しても認められる。
 デンマークで掲載された風刺画の何枚かは、かなりの確度で多くのムスリムに対し攻撃的であると言えるかもしれない(そして、風刺画家を含む他の人々に対しても同様に言うことができるかもしれない―掲載された風刺画の何枚かはその質が貧弱)。しかし侮辱と冒涜という告発は、表現の自由を狭めるために向けられてはならない。CPBFの立場は、表現の自由に対する制限は、ある理念や信条に特権を与えることになり、それは正当化され得ない、というものだ。
 同時にヨーロッパの新聞各紙は、受け容れ難い圧力の下に置かれ続けている。そしてそれは報道の自由を傷付ける可能性がある。ジャーナリスト国際連合(IFJ)書記長のアイダン・ホワイトは、「フランス・ソワ」紙編集者のジャックェス・レフランが解雇されたことは「独立したジャーナリズムに対する受け容れがたい圧力について危険な合図を送っている」と語った。
 IFJは、「メディアに反対する政治的行動を呼びかけているアラブ世界の諸政府は、ジャーナリズムの仕事に対する不当な干渉という罪を犯している」と指摘している。
 これらの重要な原則のいくつかがいかに脆いものなのか、このことを風刺画に関する今回の騒動は鮮明に劇的に暴き出した。我々は、今回の事例においては、対立と怒りをいつまでも掻き立てることを避ける必要がある。しかし同時に我々は、表現の自由と報道の自由はヨーロッパの民主主義社会の重要な基礎であるということを、並びにそれは強固に守られるべきものであるということを、確固として再表明する必要がある。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版2月号)
 
ブラジル労働者党の危機
     論争のあり方に懸念

              ジャン・マリュースキー
 

 2005年10月、インターナショナルの中央機関誌(「インターナショナル・ビューポイント」、とフランス語の「インプレコール」)は、ブラジル左翼の危機と再生(注1)に焦点を当てた、フランソワ・サバドの手になる論考を発表した。スペイン語に翻訳され、「インプレコール」のウェブサイトに転載されると、この論考は1つの論争的反論を呼び起こした。それは、社会民主主義潮流(DS)の名でブラジル労働者党(PT)指導者の1人であるホアキム・ソリアーノから提起された(注2)。この反論には、いくつか論評を加える価値がある。

事実と率直に向き合っているか

1)ホアキム・ソリアーノが示している労働者党は、ある種の理念化された姿の党である。そこでは、この党の深い危機に関するいかなる言及もない。しかし現実にはこの危機が、党の主要な指導者の何人かの、その地位からの辞任へと導いた。これらの指導者には、政府ナンバーツーの地位にあったホセ・ジルショーが含まれていた(注3)。それ故この反論は、その中で語られていることよりもむしろそこで触れられていないことの中に、論じるべきより重大な問題を含んでいる。
2)ホアキムは、彼の論点の中心を事実の解釈においている。一例を挙げれば、PT党首選の第2回投票におけるラウル・ポント同志の敗北(本紙188号参照―訳者)について彼は、その原因が、プリニオ・デ・アルーダ・サンパイオと彼の立候補を支えた党員達(DS少数派の闘士達を含む)の離党にあると断言する。しかしこれは驚くべきことだ。この選挙の第1回投票では、315,000人のPT党員が投票したが、第2回投票に参加した党員は、230、000人だけだった。
 PSOL(社会自由党、PTから除名されたDSのエロイザ達が結成―訳者)あるいはその他の組織に合流するために2005年9月末までに離党した党員が85,000人に達する、とは誰も主張していない以上、先の結果に対しては我々は別の説明を探さなければならない。もっと納得できる説明は、他の立候補者の手で、ある種の顧客招待的やり方で(投票所に連れ出すためのバス)第1回投票に動員された党員は、それらの候補者が例えラウル・ポントへの投票を呼びかけていたとしても、第2回の場合は同じ方法で動員されたわけではなかった、ということだ。
3)ホアキムは、PT左派とPSOLの戦士達の合流が達成されるべきだとの考えを拒絶し、「こうした結論はただ大西洋の対岸に存在するだけだ」と断言している。我々にできることはただ彼に、ホセ・コレイア・レイテの論考―サンパウロで書かれた―(注4)に注目するよう薦めることだけだ。そして我々は、PT左派の主要な潮流を構成している人々が、彼らとPSOLの間に大海があると思いたがっていることを残念に思う。

理念的立脚点に粗雑な扱い

4)2006年の選挙に関する限りホアキムは、「ブラジルの右派全体を消滅させる」というフランソワ・サバドの発言をとらえて、皮肉でことを済ませている。しかし問題はそのまま残っている。つまりルーラは、彼の第1期のバランスシートを基礎に、PTの候補者として再選に挑むだろう、ということだ。
 PT左派が彼の支持を選択するとすれば、ルーラ政権の政策に対する彼ら自身の批判―あり得ることとは言え、自己規制的な、かつ外交的なやり方で定式化された―は、視界から消え去ることになる。その時は、金融資本の利益を追求しているこの政権の実績に、反資本主義的代替路線の諸要素に基づいて反対を試みる可能性は、唯一エロイザ・エレナの立候補ということになるだろう。
 社会主義を防衛する戦士達にとって選択肢は、戦術をめぐるものではなく、彼らの理念の防衛か放棄か、をめぐるものとなるだろう。エロイザ・エレナが定式化する批判に反対して左翼は財務相のパロッシ―彼が新自由主義者であることをホアキムは承知している―が遂行した諸政策を防衛すべきだ、その理由はただパロッシがPT党員であり、1方エロイザは除名(当時は、DSの満場一致的反対に抗して)後にPSOLを結成したからと、そのようにホアキムは考えるのだろうか。
5)ホアキムは、革命的国際主義の基礎的原則を無視しているとして、サバドを非難する。そしてこの原則をホアキムは、「様々な諸民族の革命家間の連帯、及び各々の国における国の建設過程に対する尊重、に基礎を置くある関係」と概括する。連帯に基づく諸関係を保つことはもちろん必要だ。しかし、その関係は同時に、率直さと自由な討論を基礎にしなければならない。ルーラ政権の、またこの政権を支えている党の、ルーラも党員であるその党のバランスシートについて、「様々な諸民族の革命家間の」論争を自由闊達に行うことが必要なのだ。
 ホアキムは、「21世紀の国際主義」を好むと力説している。例え小さくとも権力の諸要素を行使している革命家達に対して、彼らがそれを自分達の国で行っているという事実を名目に、この国際主義が無批判的な支持に限定されることはないということを希望しよう。何故ならば、20世紀の労働者運動の歴史は、そのような結末が何に行き着き得るのかを既に教えているのだから。
 我々の伝統―そしてそれは少なくとも現在まで、DSの同志達の伝統でもあった―は、ローザ・ルクセンブルグによってむしろ鼓舞されている。そして彼女は、ロシア革命に対する無限の連帯を明確に示しつつも、彼女には誤っていると見えたその指導部の方向に対しては批判を躊躇しなかったのだ。

実践を基盤とした相違克服に期待

6)最後にホアキムは、過去における「第4インターナショナル(FI)が犯した数多くの過ち」について言及している。そして、トロツキスト運動の歴史が戦術的相違をめぐる数々の分裂で刻印されてきた、ということはその通りである。そしてまたこの分裂は、確かに全くあまりにしばしば、綱領的相違で隔てられているわけではない競合的諸組織の結晶化に導いた。
 ルーラ政権に対する参加、及びその方向が今だ確定されないまま残されているという、この政府に対するDS多数派の同志達の性格付けは、2003年1月以来FI内に1つの論争を巻き起こした。このような政府への参加に反対し、またこの問題に関するブラジルの同志達の分裂について、国際委員会が1つの立場を採択したのは、やっと2005年2月―2年に亘る内部論争の後―のことに過ぎない(注5)。
 この採択においてインターナショナルの最高機関がとった立場は、「同志達の各々の部分全部の間で行動における統1、諸関係、そして対話により良好な条件を調えるという目的に基づき、ブラジルにおけるFIの全部分と関係を維持することを望む」というものだった。1方ホアキムの場合彼は、「PSOLとの協力は全く不可能…」、さらに誰であれ「分派主義」がどちら側にあるのかを判定すべきだ、と書いている。
 ブラジルの社会主義的左翼は今、ルーラ政権の、またPT指導部多数派の統治実績を原因として、困難な時期をくぐっている最中だ。このようなある種の危機は、分裂と様々な相違の結晶化にむしろ推力を与えかねない。そしてそのようなことが進むならばそれは、必要とされる反攻を始める点で、左翼をより困難にする可能性があるだけだ。
 革命的なマルクス主義者の闘士間の相違は過去においてはしばしば、実践的検証を受ける可能性はなかった―彼らはそれほどにも少数派だったために―。だがしかし、今日のブラジルでは状況は異なっている。PSOLの建設を選択した同志達と、PT内部で左翼新自由主義に対する批判を追求中の同志達は各々、彼らの自由になる具体的な政治的手立てを保持している。従って、彼らがそれを活用することで、具体的総括を引き出すことが可能となるだろう。
 このことが、21世紀の社会主義に向けた闘争に取り組んでいる彼らの間に生じた相違の克服を可能とするだろう、そのように希望を持とう。
注)筆者は、FIのフランス語月刊誌、「インプレコール」の編集者であり、FI国際委員会メンバーの1人。
注1)「危機と左翼の再生」、IV、2005年10月号
注2)「間違った国際主義―そしてブラジルPTについての、真の姿に無知な考え」、IV、2006年1月号
注3)「労働者党の歴史における最も深刻な危機」、IV、2005年6月号、本紙HP上に訳出
注4)IVはまもなく、ホセ・コレイア・レイテの論考、「左翼における変化はPSOLを強化している」を発表予定。
注5)「ブラジル情勢について」、IV、2005年3月号
(「インターナショナル・ビューポイント」電子版2月号)
 
 
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