2006年4月10日        労働者の力             第 19 3号


NTT反リストラ裁判を闘う電通労組の挑戦
労働の社会的基準解体への反攻へ

―誰にも豊かで充実した社会生活、家族生活を保障せよ!
希望を支える公共サービスを

 
 トヨタと並ぶ「超優良企業」NTTがまい進するリストラは、敢然と反撃に立上がった労働者の反リストラ闘争の中で、あくなき労働者の収奪というそのみにくい真実の姿を暴露されている。順法精神すらもかなぐり捨てたその傲慢さは、前号で報じた企業年金問題にとどまらず、今号で紹介する反リストラ裁判でも明白にされつつある。「超優良」のNTTでこのようなリストラが認められるとするならば、それはあらゆる企業でも可能だという合図となる。NTTはまさに、労働の社会的基準解体、その質的切下げの先兵を買って出ている。
 NTT反リストラ闘争はそれ故、日本における労働の社会的基準を左右する闘争である。電通労組の労働者はこのことを明確に意識し反撃に立上がると同時に、その闘争課題設定を通じて先の暴露を果しつつ、労働の社会的基準に対する、労働者の側からの攻勢的見直しの問いかけに挑戦しようとしている。
 この重要な闘いについて本号では、NTT反リストラ裁判の現状報告と共に、資料として「NTT反リストラ裁判A」から1部を紹介する(2面)。「選ばれた個人」の絶対的「自由」と選ばれない多数の絶対的「不自由」、資本が意のままにふるまう社会を内包する新自由主義の社会像に対して、本格的反攻がなんとしても求められている。
 時あたかもヨーロッパでは今年初頭のヨーロッパ規模における港湾ストを皮切にフランス、ドイツ、イギリスと、大ストライキが続いている。別掲した国鉄闘争の新たな踏みだしを含め、電通労組を始めとするNTT反リストラ闘争を、新自由主義に対する強力な反攻へとつなげなければならない。
 電通労組はそのことをはっきり自覚して闘っている。なお電通労組は、反CPEデモで警察の攻撃を受け重態者を出したフランスの郵便労組、SUD―PTTに対し、即座に連帯のメッセージを送っている(編集部)

勝利に向け前進するNTT反リストラ裁判!
                   電通労組・高橋喜一

 電通労組9名の原告団を中心に闘われている「反リストラ裁判」は大きな山場に差し掛かっている。NTTが不当配転の根拠としてきた「業務上の必要性」が被告側証人に対する反対尋問のなかでその根拠性を失い始めている。配転に対し「余人に変えがたい」と主張してきた被告が、実際の業務内容が高度な専門スキルもたなければならない業務であるにもかかわらず原告が従来携わった業務スキルと要求されるスキルが合致していなかった事が「スキル、スペックのミスマッチ」として浮き彫りにされてきた。
 本社が各支店に要求したのはスペックにあった人選だが、支店ははじめから満了方選択者から順に人選を行ったと証言している。つまり、満了型選択者の仕事を取り上げ労働者から切断するために配転を強行実施したということになる。しかも、原告が与えられている業務は、社内的には計画的に進行しているものであり何もいまさら全国から労働者をかき集めてやらなければならない必然性など皆無なものであり「プロジェクト」設置そのものが就業規則上の「60歳定年」まで働くことを表明(満了型)した労働者攻撃なのだ。
 そして同時に、期間の定めのない「広域配転」が「社会通念上許せるものなのかどうか」と言う大きな問題を浮かび上がらせている。50歳以上の労働者が期限なく単身赴任の広域配転におかれ、家族的責任を果たせないような状況は絶対に避けなければならない問題だ。
 NTT反リストラ裁判は、違法・脱法の限りを尽くすNTTに対しそれが社会的に許せるのか否かを問うものであり、そして又、「強権的人事権」行使の中で配転させられている労働者にとっても「人間的生活」を取り戻すための社会のルールを創る為にも重要な裁判だ。
 次は異職種転換・不当配転された外販PTが予定されている。パワハラの横行と成果主義による極めて陰湿な評価が蔓延する原告の番だ。
 NTT反リストラ裁判は巨大資本NTTを打つ闘いである。全力を挙げて闘い抜く!

次回証人尋問
4月26日13時〜
東京地裁710号法廷
証人 被告技術部星証人
(送り側)


資料・「反リストラ裁判A」(1部抜粋)
 同パンフレットには以下の他に、第1回から第3回の証人尋問概要、原告アピールが掲載されている。パンフレット請求・内容問い合せは以下に。
電通労組 本部 仙台市青葉区1番町2丁目8―1
NTT仙台支店内 TEL/FAX 022―225―9285
電通労組首都圏支部 東京都台東区浅草1―8―3 遠藤ビル4F TEL 050―7507―6255

裁判も後半戦!より一層のご支援を訴えます!
              原告団長 横澤 仁志

 
 NTTでは、2002年に始まる11万人リストラ=50歳退職・再雇用が行われてきました。退職・再雇用に応じた労働者に対しては、15〜30%の賃金カット、退職を拒否した労働者に対しては、首都圏への「報復・見せしめ」の強制配転という状態が続いています。「去るも地獄、残るも地獄」・・・。2003年10月、退職・再雇用を拒否して首都圏に強制配転された9名の労働者で「不当配転取り消し訴訟」を東京地裁民事11部に提訴しました。
 原告9名のうち7名が、東北各県からの単身赴任で、家族と別れわかれ、独身寮で生活しています。50代は、「複雑な年代」です。親が死んだ、家族が病気だ、自分が病気だ、娘の結婚だ、息子の就職で引越しだ、地元のボランティアだ、サッカーの試合だ、愛犬が危篤だ、子供の結婚だ、近所の揉め事だ・・・とにかく、何かことあれば、年休取って郷里へまっしぐら。独身寮は、一見「お気楽」に見えるかもしれませんが、病気にでもなれば、とても治るところではありません。長距離通勤も、労働者の自由と創造性を奪います。みんな弱音を吐きません。その分、ストレスがマグマのように溜まっているはずです。
 NTTは、労働者の犠牲のうえに巨万の利益をあげています。5年3月期決算でも、1兆7233億の連結税引き前利益、NTT東日本も976億の経常利益をあげています。史上最高益の一方で、賃下げと「見せしめ配転」は拡大しています。NTTの最大株主は、小泉政権です。企業の金余りと労働者の耐乏生活、これが「痛みを伴う構造改革」に他なりません。リストラのひとつの口実ともなっている2年の当期利益赤字は、ヴェリオ社などをはじめ海外投資の失敗によるものです。巨額の余剰資金を背景にグローバリズムの波に乗ろうとして、ITバブル崩壊により1兆4千億という小さな国の国家予算をはるかに凌駕するカネをドブに捨てるに至ったのです。経営者がギャンブルに負けたツケをそっくり労働者が支払う、これが「自己責任」でしょうか。市場原理主義とグローバリズムの行き着くところが、ここにあります。
 「山小屋の公衆電話」が、採算が合わないと撤去された話が報道されました。私も登山をやります。10年前の5月連休、北アルプスで私たちパーティーの後ろを登っていた登山者が滑落、救助のヘリを呼ぼうとしたが、谷あいで無線も通じない。まる1日かけて登ってきた基点のダムに公衆電話があったのを思い出し、必死で歩いた思い出があります。結果、ダムの手前で無線が通じ、無事ヘリを呼ぶことができましたが、それまでは、公衆電話が「唯一の希望」でした。必死になっている時「あってよかった」これが「公共性」なのだと思いました。 「公共性」とは、「希望」なのです。利益至上主義は、街角から、どんどん「希望」を奪っています。
 この裁判は、疲れ果てた中年労働者の手垢にまみれた「手作り」の裁判です。この歳になって、見栄も外聞も出世?もありません。会社の嘘と本音で対決します。見せしめに飛ばされた恨み、溜まりに溜まった中年のマグマのストレスを法廷で爆発させる所存であります。裁判は、昨年5月から10ヶ月をかけて行われてきた弁論準備=争点整理が終了、6月15日から証人尋問が開始されます。裁判も、後半戦に入るわけですが、裁判のハイライトが、この証人尋問にあることは、言うまでもありません。私たちは、総力を挙げて証人尋問を闘いぬき、会社の嘘を白日の元にさらし出す決意であります。これまでのご支援に心より感謝するとともに、今後とも、よりいっそうのご支援を訴えます。
 裁判へのご理解を深めていただくため、以下、この裁判の争点をまとめてみました。

〜NTT反リストラ裁判の争点〜

@ リストラの必然性・・・「経営危機」は100%のデッチ上げ! 金満企業の「黒字リストラ」!
 
 NTTは、固定電話をめぐる他事業者との競争、携帯電話への移行などにより、固定電話収入が減少してきたことをリストラの必然性の根拠としています。直接的には、NTT東日本の14年度決算(3年3月)で、リストラ=退職・再雇用をやらなければ、大幅赤字に転落するという「経営危機」が存在したとしています。
 左図をご覧ください(図省略)。NTTグループの連結税引き前利益の推移です。2年が、905億のマイナスになっているのは、海外投資の失敗による1兆4千億とリストラ費用6700億、合計2兆円の特別損失があったためで、これは100%経営者の責任です。特に収入の固定電話から携帯電話への移行は、従前からのNTTの経営方針であり、単なるグループ内の利益の移動です。それも、年々ウナギ上りに業績を増やし、トヨタと1、2を争う金満企業となりました。世界でもキャッシュフロー世界2位(3年)、第1位(4年)というものです。
 会社は、グループ連結決算は「関係ない」とし、NTT東日本単独決算だけが問題だと言います。しかし、東日本単独決算をもってしても、リストラの必然性は証明されません。リストラ計画段階での会社の試算は、リストラによる人件費削減予定が350億(会社準備書面T)、14年度(3年3月)経常利益予定が440億(鳥越陳述)。つまり計画段階で、リストラをやらなくとも90億の経常利益が見込まれていたことになります。実際、14年度の実績でも経常利益633億であり、リストラをやらなくとも283億の黒字だったということになります。さらに東日本だけで1兆4千億もの資本準備金が取り崩し可能であり、実際、リストラ費用として1867億が取り崩されています。会社自身の数字をもってしても、「経営危機」はどこからも証明されません。リストラは何らの必然性もなく、リストラのためのリストラ、「黒字リストラ」であることが明白です。

A リストラ手法の合理性・・・「労働契約承継法」を脱法! 脅かしによる「本人同意」!

 1年4月1日から、会社分割法と「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」‖労働契約承継法が施行されました。「会社の分割を理由とする一方的な労働条件の不利益変更ができないこと」(0年5月3院付帯決議)「承継された労働条件は、分割会社から設立会社等に包括的に承継されるため、その内容である労働条件は、そのまま維持されるものであること」(承継法8条に基づく指針)と会社分割を理由とする労働条件の切り下げが出来ないことを明確にしています。あらゆる企業分割には、この法律が適用されるわけですが、NTTはこれらを知りながら、「法の網をかいくぐり」15〜30%の賃下げを内容とするリストラ=「構造改革」を「応じなければ全国どこでも配転するぞ」という脅かしによる「本人同意」を「強制」することで進めてきました。これは、日本を代表する巨大企業の典型的な「脱法行為」です。

B「50歳定年制」・・なぜ就業規則に書けないのか?「60歳以上定年法」脱法と中高年差別!
 
 「60歳以上定年法」が制定され、「65歳」への移行が、進められています。この法律では、60歳未満の定年制を「無効」としています。NTTは、就業規則を書き換えることなく、毎年出す「社長達」で50歳退職・再雇用を進めてきました。なぜ、堂々と就業規則を書き換えないのでしょう。50歳退職・再雇用を就業規則に明記した途端、「明白な違法行為」となるからです。ここでも「脱法」です。裏口からこっそり入って「いつのまにか50歳定年」という状態をつくろうという、姑息・陰険なやり方です。

C 首都圏配転の必要性・・・「見せしめ配転」とNTT版『人活センター』!

 原告ら、退職・再雇用を拒否した労働者は、拒否者ばかりの職場で、非効率極まりない飛び込み営業などをさせられています。会社は、「余人を持って代えがたい」人材として全国から抜擢したのだと主張します。しかし職歴も専門も異なる「寄せ集め集団」であり、営業など現在の職種に関しては、まったくの「素人」です。業務上必要性などカケラほどもありません。これらの職場が、「報復・見せしめ」の目的で作られたことは、NTTで働く人々の間では、今や「常識」となっています。会社は、「見せしめ配転」を正当化するのに必死です。「従前に従事していた業務を継続したいのであれば、当該業務がアウトソーシングされる新会社に再雇用されるとの選択肢をなぜ取らなかったのか、あまりに不可解でありかつ矛盾している」などと言っています。誰か、「好んで」賃下げを選択する人があるでしょうか。これは、居直り強盗の論理であり、盗人猛々しいというほかありません。

D 東亜ペイント最高裁判決の抜本的見直しを!

 会社が、唯一の拠り所としているのは、86年の「東亜ペイント最高裁判決」です。この判決は、配転命令権濫用の基準として、@業務上の必要が存しない場合、A業務上の必要が存しても「特段の事情」が存する場合、としています。「特段の事情」とは、a不当な動機・目的をもってなされる場合、b労働者に対し「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」をあげています。判決は、母、妻、長女と別居・単身赴任の不利益は、「転勤に伴い通常甘受すべき程度のもの」として労働者の請求を退けています。
 NTTリストラ配転の場合、東亜ペイント事件との違いは、以下の点ではっきりしています。
T、これまで述べてきたように、「業務上の必要性」はまったく存在しなかった。
U、「報復・見せしめ」の配転であり、Aaの「不当な動機・目的」そのものである。
V、東亜ペイント判決は、大学卒営業社員の「ローテーション人事」にかんするものであり、単身赴任による不利益の一方で、転勤に伴う「昇進・昇格」という利益を受けることが前提となっている。退職まで何年もない我々は、「昇進・昇格」などまったく無縁であり、ただただ、一方的に不利益のみを受けている。
さらに、私たちの裁判は、「東亜ペイント最高裁判決」の抜本的見直しを訴えています。東亜ペイント判決は、「家庭生活を私事とし職業のためには犠牲にしても当然とする企業優先の論理ないし思考が直裁の前提になっている」「しかし、このような家庭生活に対する責任を私事として犠牲にすることを当然とする認識は、現在では完全に内外において否定され」(原告準備書面)ています。国際人権規約A規約(79年)、女子差別撤廃条約(7年)、こども権利条約(94年)、ILO156号条約(95年)、同165号勧告、さらに3年7月の「育児介護休業法」では、その目的に「職業生活と家庭生活の両立」を掲げ、事業主の「配慮義務」をうたっています。「単身赴任の実態は悲惨であり、すでに個人的責任で解消すべきものではなく、公共の関心事項であり、回避すべき異常事態として国家レベルでもその対応策を講じる必要が認められているのであって、こうした社会的事実を無視した配転法理はもはや社会的価値規範とも合致せず、労働基準法1条の『労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすものでなければならない』との原則にも反することになる」(原告準備書面)
  
E企業の「家庭生活配慮義務」の確立を!
 
 私たちは、単身赴任の問題を裁判に訴える中で、「企業の家庭生活配慮義務」とも言うべきものを、今の時代の当然の権利として、確立しなければならないと考えます。単身赴任や長距離通勤に泣いている多くの労働者が「人たるに値する生活」を取り戻すために、この裁判に何としても勝たねばならないと考えます。ネスレ・ジャパン、メレスグリオ、トナミ運輸、NTT奥村過労死裁判など多くの裁判が、報復人事、配転の健康破壊、そして「企業の家庭生活配慮義務」を認める判決を下しています。
この裁判の主役は、ひとり原告だけではありません。住まいは離れていても、原告と気持ちをひとつにして頑張っている家族がいます。『幸せは、家族とともに』、原告と家族が、明るい笑顔を取り戻すその日のために闘っていく決意であります。


国鉄闘争に勝利する4・4全国集会に4、600人
1047名の大同団結による闘い、さらに一歩進む!

          
 旧国鉄労働者1047名の不当解雇と国家による不当労働行為に対する闘いは、4月4日の日比谷野外音楽堂における標記全国集会で、1047名の被解雇者の大同団結に基づく統一した闘いの前進へ、その道筋をさらに確かなものとした。
 この集会は、前号で報告した2月16日集会の成果の上に、「1047連絡会」を中軸に各方面の努力で準備された。集会の呼びかけ人も、昨年7・15集会の21人から今回の36人へと広がった。闘いの統一による新たな力の創出への期待が具体的な動きの高まりを推進している。その中で、当該労働組合中最大労組である国労も、方針に未だ躊躇を残しつつも一歩前に踏み出し、委員長の佐藤勝男氏が挨拶に登壇した。
 当日の集会は、ほぼ定刻通り夕方6時半から、総合司会の芹沢寿良氏(高知短期大学名誉教授・呼びかけ人)の開会挨拶で始まった。既に会場は8割以上が埋まり、数多くの組合旗が林立。中でも、昨年の7・15集会では僅かだった国労各支部旗多数の存在が、全当事者総結集を改めて印象付ける。
 集会では呼びかけ人代表の中山和久氏(早稲田大学名誉教授)を筆頭に各氏の発言が続き、特に新自由主義攻撃が渦巻き国家の強権化が露わになっている日本の現状の中で、国鉄闘争における統一した闘いの発展への期待とその重要性が、強く訴えられた。一方で国鉄闘争に勝利する共闘会議議長の二瓶久勝氏からは、闘いをもう一歩前に進めるという観点から、国労が鉄建公団訴訟に踏み切っていないという現状に、危惧と批判も敢えて表明された。勝利のための統一を前提に、具体的行動展開のあり方をめぐって、確かに未だ課題は残されている。
 しかしその上で、最後に発言に立った1047連絡会各代表は、当事者の団結を打ち固めその中で勝利への道筋を確かなものとするという決意を改めて表明した。集会中も、仕事を終えた労働者が続々と詰め掛け、集会半ばには会場は満杯。この中で、19年の苦闘を超えて結集を果たした1047連絡会各代表の決意表明に満場の拍手が送られた。
 割れるような団結がんばろうの後に集会参加者はデモに移り、新たな闘いの始まりを確認しつつ今回の行動を締めくくった。
 9・15判決を機に進み始めた統一した闘いに対し、国土交通省は未だ交渉を拒絶し、全面対決で臨んでいる。闘いの前途には依然として大きな山が控えている。その山を乗り越えるためにこそ力の結集が必要であり、民衆の闘うエネルギーと結び付くための創意が求められる。1047連絡会を支え包み込む各方面の努力はこれからが本番だ。(神谷)
 
 
 フランス
CPE反対闘争、決定的段階に突入

         
ミューレイ・スミス
 


―以下の記事は、3月28日以前に書かれた。3月28日当日の決起は、日本の多くのメディアでも報じられたが、空前の規模に達した。しかしフランス政府はあくまで態度を変えていず、民衆との対立は一層の激化に向かっている。本誌が読者の手元に届く頃の情勢は極めて流動的―訳者

 CPE(初回雇用契約、根拠不確かな雇用創出を名目とした反労働者的青年雇用制度―訳者)撤回を要求する運動は決定的局面に入った。つい最近の2つの決起は、運動の軌跡が上昇し続けていることを示した。3月16日、主力は明らかに学生と高校生だったが、多くの教員と労働組合員も合流したデモ行進は、50万人を街頭に登場させた。
 3月18日、労組ナショナルセンターと学生組合が支持した行動日は、150万人に上る人々を結集した。世論調査は今まさに、人口の68%が、またこの制度に直接関係する青年の中では80%が、CPE撤回を支持していることを示している。世論の圧力と、これ以上の政治的・社会的分極化を避けたいという願いを反映して、信望あるパリの日刊紙、「ル・モンド」ですらが、3月21日付けの社説という形で、「改革の取り消しあるいは凍結」を求める呼びかけを明らかにした。
 決起の規模と世論調査に現れた裁定は、この改革について人々の多数が考えていることに対していかなる曖昧さも残さない。もし政府に撤回の意思があるとするならば、今がその時だろう。
 しかし今のところ政府は撤回しようとしてはいない。伝えられているところでは、首相のドミニク・ドピルパンは「動揺して」いる、が敗北を受け入れる準備はできていない。彼は、運動が既に頂点に達し、労働組合はCPEを敗北させるためのゼネストにまでは進まないだろう、と計算している。その上彼には、来年の大統領選に向けた野心のために、敗北を受け入れる余裕がない。
 ドピルパンは、おそらくはしぶしぶと思われるが、シラク大統領の支持を受けている。そしてこの大統領は、彼の子分を捨て去ることはできないが、それにもかかわらず労働組合に、「建設的かつ大胆な対話」に取りかかるよう訴えた。これは特に、穏健な労組ナショナルセンター、CFDTに狙いを定めた訴えだ。
 そうこうしている間に3月20日月曜日に、20人のフランスの経営者代表がドピルパンと面会した。そこで彼らは、この制度で解雇可能な期間を2年から1年に短縮し、経営者に解雇理由を示す義務を課す形での、CPE修正を示唆した―とはいえそこでは、意のままに解雇する権利が経営者に依然として残されている―。しかし、もっと柔軟になる余裕がある大企業経営者と、CPEに関し妥協する意思がより小さい中小企業との間で、分裂が現れつつある。
 政府は、その本質を維持するために、CPEの幾つかの側面の修正に合意するかもしれない。あるいは彼らは、変更することなくそれを押し通そうと試みるかもしれない。
 しかしいずれにしろ確実なことは次のことだ。つまり、彼らにCPEを撤回させることが可能な唯一のものは、「ル・モンド」の社説でもなければ、「開明的」経営者の懇願でもない、ということだ。それはまさに闘争の完遂であり、最低でも、巨大な1日ゼネストだ。この観点から見たとき、諸々の労組ナショナルセンターと学生組合の代表の間で3月20日に行われた会議の結論は、しかるべき明確さを欠いていた。
 労組の統一戦線を維持し、戦闘性のより乏しい諸組合を戦線に留める目的のために、呼びかけは1日ゼネストに関してはぼかされ、3月28日―1週間以上先の―における「デモとストライキと作業停止」からなる行動日、に向けたものとなった。そこに向けて学生達は、3月21日と23日にデモを行おうとしている。
 フランスの84の大学はその3分の2が今、全体的にあるいは部分的に封鎖され、先週には大量の高校生の決起が見られた。高校生組合、FIDLは、450の高校が全体としてあるいは部分的に生徒によって封鎖され、そのいくつかは占拠されている、と発表した。
 3月28日に向けた呼びかけがもつ曖昧さが何であれ、この日のストライキが巨大であることが決定的である。人々を奮い立たせる1つの合図が出されている。それは、パリの公共輸送機関の、CGTとCFDTの労組が3月28日に向けてストライキの呼びかけを発したことだ。
 またこの中間期間に、学生達のデモを労組活動家が支援することも重要だ。政府の非妥協性と幾つかの労組の躊躇に挫折感を抱いた若者達が、警察との衝突の類に引き込まれる可能性という、確かな危険がある。そしてそれは、3月16日と18日のデモの最後を特徴付けるものとなり、それは、1人の労組活動家(戦闘的な独立郵便労組、SUD―PTTの組合員―訳者)を意識不明のまま病院に残すこととなった。
 この闘争の成功の鍵は、その大衆的な性格、並びに政府に撤回を迫るためにストライキ行動を取る労働者に支援された学生の運動、ここにある。
注)筆者は、スコットランド社会党の元国際担当書記で、現在はLCR(FIフランス支部)内で活動。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
 

 ボリビア
革命の様々な進路

  
ウーゴ・ブランコ

 大統領権限がエボ・モラレスに移されたその時、私はボリビアにいた。私はエボに招待されたのだった。革命進展という雰囲気が一帯に漂い、人々を染め上げていた。それは、そこに集まっていた人々の数と、大行進の際に民衆が示した革命的熱気によって知ることができた。
 人はそれを、エボの戦闘的な演説の際にも感じた。彼はチェ・ゲバラに、また副司令官マルコス(サパティスタ民族戦線―訳者)の「人々の声に従った指揮」という表現に言及した。この雰囲気はまた、司法省長官に1人の女性家事労働者が着いた、という事実にも反映されていた。彼女達こそ、肉体的、精神的、さらに性的虐待に苦しんできた人々であり、それは、私達の国々における「慣習」の1種である。それはまた、労働省長官に労組活動家が着いた、という事実で知ることも可能であり、さらに、大量の将軍が解任された、という事実やその他のことに表現されている。
 以下で私は、ただ1つの側面、即ち革命の型、という問題だけに議論を絞りたい。
 明らかなことだが我々は、キューバ革命とその主要な手段であったゲリラ軍に大いに敬意を払っている。同様に我々は、ベネズエラにおける革命の歩みにも大いに敬意を払っている。ここでは、腐敗した政権にクーデターで立ち上がり、その後選挙を通してブルジョア諸党を打ち破った1人の将校が現れた。これら諸党は、民衆をすっかり幻滅させていたのだった。
 彼らがなし遂げたことはよいことであり、後に従う価値のある正しい道である、と我々は認識している。
 ボリビアの革命の歩みはそれとも完全に異なっている。それは、中央集権的な組織を欠いた、進歩的で戦闘的な民衆の諸闘争の、1つになった高揚を特徴としている。闘士達の1部は、敵の得意としている領域、即ち選挙における闘争を指揮することを目的に、組織化に入ることを決定した。この部分は1つの党、「民衆的主権のための政治機構」(IPSP)を作り上げた。しかし政権がこの党の登録に阻害となる法的な罠をし掛けたために、この部分は、既に法的地位を得ていた1つの組織、MAS(社会主義のための運動、エボ・モラレスの党―訳者)への加入を決定した。これが、我々がMAS―IPSPを取り上げる理由だ。
 ボリビアの革命運動内部には、MAS内部をも含め、観点の大きな多様性がある。従って、エボについて人々の受け取り方に大きな違いがあることも全く自然な成り行きだ。しかしここでは、ブラジルのPTに関して見られるような排除は全くない。「私は間違うかもしれない。しかし私に裏切りはない」とエボは確約している。そしてさらに、「もし私が止まるならば、私を押せ」と付け加えている。
 キューバとベネズエラには各々指揮者がいる。しかしボリビアの場合そうではない。エボは様々な形で、ボリビアの再形成という問題を1貫して語っている。そこにおいて彼は、ボリビアの最初の形成においては、先住民はそこから排除されていた、と語っている。
 今回の再形成においてこれらの人々は排除されることはないだろう。しかしそこに参加する人々は彼らだけではなく、全てのボリビア民衆でもあるだろう。
 2006年8月6日に憲法制定会議を開く、とエボは再確約している。この会議はボリビア民衆の燃えるような大きな望みを代表するものだ。全ての人々は、かつて数多くあったような、伝統的な諸政党が設定した憲法制定会議を望んでいる訳ではない、ということを自覚している。
 それは先住民衆代表とボリビアの全ての民衆各層代表を結集する憲法制定会議でなければならない。このことを全ての人々ははっきり理解している。この憲法制定会議が採択すべき目的に関する討論が既に始まっている。人々はエボの政府の中に、この会議が現実のものになる保障を見ている。我々がもしロシア革命と比較をしたいのであれば、この会議は、現に存在したものとしては、ソビエト大会に当たるものとなろう。
 「革命党」の不在は利点であり、障害ではない、と期待したい。歴史がそのことを我々に告げるだろう。これに関し私は何か理論を作りたいとは思わない。私はむしろ単純に、我々は今「2月革命(ロシアの―訳者)」の中にいるのであり、8月6日は「10月」となるだろう、と指摘したい。もっともこの地の2月では、全ての人は、指導部も草の根の民衆も、10月に誰かを打倒する必要はないだろう、との望みを持っている。
 今ペルーで進行中の歩みはボリビアの展開に似ている―但しその萌芽形態として―。我々はそこに、どのような指導部あるいは党の統制下にもない社会運動の、勝利的な反乱が登場しつつあることを目にしている。ボリビアの歩みは我々の国に大きな影響を与えるだろう。我々にはそれを伝える義務がある。
注)筆者は、60年代初頭のペルークスコ地方における農民蜂起の指導者であり、197―1年のペルーにおいて、革命的左翼の刷新と統一の象徴となった。彼は投獄され、死刑の脅威にさらされ、国外追放となったが、国際的な連帯活動に支えられて自由を手にした。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
 
第4インターナショナル国際委員会(IC)
ブラジル情勢決議

2006年2月

     (1)
 ブラジル情勢の展開は、2005年2月のIC決議でルーラ政権とその政策に対して我々が与えた特徴付けを、確証した。それは即ち、議会の右派に依存した資本の代表との連立政権というものであり、新自由主義的な経済諸政策及び金融政策を実行し、その結果として、貧困と社会的排除、並びに帝国主義との対決という基本的諸問題に対応不能となっている、というものだった。
 昨年のル―ラ政権の諸方策と諸決定全ては、同じ方向に進んだ。即ち、金融市場の指示の受容、対外債務支払いを目的とした財政黒字の確保、真に意味のある農地改革の不履行―それはMST(土地なき農民運動―訳者)からの根底的な批判を呼び起こしている―、実現を見ていない真の失業減少と賃金引き上げ、さらに不平等との闘いの不在。この政府は現実には、1種の社会―自由主義政権である。
     (2)
 まさにこの年、民衆の利益に反したこれらの政策は、その腐敗した政治手法と実践の発覚を伴うことになった。それらの腐敗は、いかなる点でも伝統的なブルジョア諸政府の腐敗と全く違わなかった。何十人もの下院議員が、PT指導部と政権の有力メンバーによって完全に買収されていた。政権内指揮権において2番手に位置していたホセ・ジルショーは辞任することになった。これは、PTとブラジルの政治生活を揺るがした真の地震である。
     (3)
 この政府の社会ー経済的、政治的、並びに道義的進展もまた同様に、この政権とその諸政策についての我々の特徴付けから我々が引き出した政治的結論を確証する。その結論とは、革命的勢力は社会―自由主義政府に参加することは不可能、というものだ。ルーラ政権の政策全ては、金融市場の規律に対する尊重と新自由主義的反改良という枠組みに合致している、そのような政権に革命的勢力が参加することは不可能だ。腐敗あるいは党の機能の仕方に関してなされた批判にもかかわらず、DS(社会主義的民主主義潮流―訳者)―PTの同志達を含むPT左派の殆どは、昨年のPT指導部選挙において、政府と手を切る政策を主張することはなかった。過去3年を通じた新自由主義的諸方策の蓄積は、腐敗と一体となって、この政権との断絶に向けた新たな諸条件を生み出している。しかし同志達はこの選択肢を拒否している。
     (4)
 2006年の選挙期間を通じて、ルーラの大統領立候補は、彼の社会―自由主義政策に対するある種の信認確認活動となる。この立候補を前にしたとき、統一した反資本主義的代替路線の、右派と支配階級に対抗し同時にPT指導部の社会―自由主義との断絶に向かう代替路線の革命派による表現は、1つの積極的な発展である。PSOL(社会主義自由党)は、共和国大統領候補としてエロイザ・エレナ(ルーラ政権の年金政策への上院における反対投票を理由にPTを除名された―訳者)を立候補させることを決定した。この運動を通じてPSOLは、民衆階級の要求と利益を防衛し、新自由主義と資本主義との断絶に向かう綱領を押し出すだろう。この運動は、右派の攻撃全て、金融市場が強制する政策、さらに新自由主義的反改良の結末全てを弾劾するだろう。その立候補の立場はルーラ政権が残したものに反対するものとなるだろう。ラテンアメリカ民衆の闘争との連帯、特にベネズエラのボリバール革命との連帯において、エロイザの立候補は、反帝国主義の立候補となるだろう。この立候補は、何百万というブラジル人に、新自由主義の資本主義の攻撃に抵抗しものごとを変革するという、彼らの願いを表現する機会を提供することができる。この立候補は、特定の潮流や組織というものを超えて、PTが元々持っていた原理的な価値と綱領を取り上げることのできる反資本主義的左翼、急進的左翼を統一する可能性がある。これらの価値や綱領を、ルーラ指導部は既に捨て去ったのだ。
     (5)
 同時に我々は、ブラジル左翼が依然として極めて数多くに分裂していることに留意している。PCdoBのような他の諸組織、あるいは「運動主義」的立場に傾きつつある他の諸部門、さらにあるいはPSTUは、彼ら自身の立場を持ち続けるだろう。そしてブラジルにおけるFI諸勢力は不幸なことだが、依然として分裂している。DS―PTは、政権への彼らの参加を確認しつつ、さらに党指導部への彼らの統合を強化しつつ、PT内部における積極的な活動を継続している。例えばDS指導者の1人は、PT書記長のポストに席を占めた。FIのもう1つの部分は、PSOL建設に従事している最中であり、「DS集団―第4インターナショナル」というグループを作り上げている。そして彼らは現在、仮称として「エンラス」(連携)と呼ばれているPSOL内新潮流の形成に合流しつつある。反資本主義諸勢力全ての漸次的集合の機会を最大化することと並んで、討論の継続を助けるために、ICは、ブラジルにおけるFIのあらゆる構成部分との関係の保持を、つまり、完全な権利を保持したままインターナショナルのメンバーであり続けているこれらの部分全てとの関係の保持を、再確認する。
     (6)
 ICはブラジル情勢に関する討論を開始することを提案する。この討論は特に、過去2年に亘るPTの発展、ブラジル支部の諸政策、そしてインターナショナルの討論とインターナショナルが下した決定、これらについての最初のバランスシートを作成するという目標をもつことになるだろう。ICは、この問題についての特別内部ブレチンを再発行することを提案する。ICは、この討論に対して口火となる議論を寄せることを、ブラジルの同志達に要請する。その文書は20000字を限度としたい。
     (7)
 ICは、DS―PTが2006年2月の今回の会議に参加しなかったことを自覚している。この同志達との討論継続を追及し、ICは、可能な限り早期にこの同志達との会合を組織することをビューローに委任する。
(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
フィリピン
「非常事態」は解除されたが…

       
ピエール・ルッセ

 フィリピンにおける「非常事態」は、それが宣言されてから1週間後に解除された。にもかかわらず、民主的自由は今も脅かされている。
 この非常事態は、2006年2月24日に公布され、次いで1週間後に解除された。大統領府、警察それに軍が統治する誰の制限も受けないこの権力は、フェルディナンド・マルコスが1972年に布告し、その後の13年に亘る独裁の前触れとなった戦争法体制にほぼ一致する。この2つにはほんの僅かな違いしかない。
 このことは、今回の布告がいかに重大な手段であったかを我々に告げている。従ってそれは、その布告にすぐ終止符を打つことに大統領府が同意せざるを得なかったほどに、多くの反対の声を巻き起こした。しかしながらその同意は、正常な状況への回帰を意味していなかった。
 フィリピンの体制は慢性的な危機にある。この危機は20年以上前、1984年、ブルジョア陣営内部にいたマルコスにとっての中心的敵手の暗殺後に始まった。
 軍隊反乱と民衆的蜂起の合作による1986年の独裁体制打倒は、民主化進展の口火を切った。しかしその民主化は全く完成されなかった。実際に趨勢は逆転された。その方向は今、新自由主義的諸政策が内包する社会的暴力、並びに「反テロリズム」を名目とした国の再軍国主義化、これらの背景に備えた権威主義的政権の再設立、に向かっている。それ故非常事態の布告はそれ単独で孤立した行為ではない。それは、20年前に広げられた民主的空間をはるかに狭める恐れのある、全一連の諸方策の1部なのだ。
 しかしながら権威主義的政権の再設立という方向はフィリピンにおいて、幾つかの障害に今遭遇している。その最初には、軍それ自身内部の、さらに、真の権力の大きな部分を確保している州の政治的「名門家族」間の、分裂がある。現大統領、グロリア・アロヨは、これらの分裂を克服する上で現に具体的困難を抱えている。何といっても彼女は、大統領選挙における巨大なペテンを理由に、住民からは有罪と見られているのであり、それ故民衆的正統性を完全に失ってしまっている。非常事態の彼女による宣言は、先ず何よりも彼女の個人的立場を守るためのものだったのだ。そしてここにおいて彼女は、軍からの十分な支援がない中で、特に警察に頼った。
 これとは別の障害は、民衆の抵抗と社会的危機の深さによって示される。左翼は、共産党(毛沢東派)の堕落にもかかわらず、人々に決起を促す具体的な能力を今も保持している。しかしそれは、分裂によって弱められていることも確かであり、左翼も困難な問題に直面している。左翼は数人の大統領の打倒に確かに貢献した。しかしそうであったとしても、危機に対してそれなりの解決を与えてきた者は、いずれの場合にあってもブルジョアジーである。
 現実にグロリア・アロヨは、根拠薄弱なまま非常事態を宣言した。そして同様にあやふやな理由のままそれを解除した。つまりこの経過が意味することは、戦闘が(民衆の―訳者)勝利に終わった訳ではない、ということだ。フィリピンの急進的で民主的な左翼の諸党はこのことを極めてはっきりと自覚している。例えば、我々の手元にあるFIフィリピン支部の革命的労働者党―ミンダナオ(RPM―M)の声明を始めとして、それらの党の声明がそのことを示している。
注)筆者は、「国境なきヨーロッパ連帯」(ESSF)の活動家であり、何年もの間アジアにおける連帯運動に従事してきた。同時にFIの指導的活動家でもある。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
パキスタン
レンガ焼成労働者、奴隷労働に反乱

              ファルーク・タリク

 パキスタンのバッタ(レンガ焼成)労働者は今反乱に立ちあがっている。ペシュギ(後述)システムを維持しようとの雇い主の試みに反対し、先週金曜日、3つの都市で何千人もが抗議に立ち上がった。最大のデモはラホールで起きた。ここでは、ペシュギ(前渡金)システムに反対し、この問題に関する最高裁判決を実行するよう政府に要求して、5人が抗議に立ちあがった。このデモは同時に、政府に圧力を加えることを狙った生産停止という、事実上の経営者によるストライキを厳しく非難した。
 ペシュギ・システムは、労働力を抵当とする貸付の一形態だ。これは、前渡金が現金で返済されない限り、雇い主が労働者を事実上の奴隷として確保することを可能としている。したがってこれは公式的には、12年前に最高裁の手で廃止された。しかし雇用者達は、今このシステムを再度機能させようとしている。
 レンガ焼成工場では現在180万人の労働者が働いている。彼らの殆どは非人間的な条件の下で働き、ペシュギ・システムが原因で多数は、いわば抵当に入れられた労働者だ。このシステムの下で経営者は労働者に前渡金を提供する。そして労働者は、その全額を返済するまで、その経営者の下から去ることができない。労働者の多くは読み書きができない。そのため彼らは、どれだけの額が日々返済されているのかが分からないのだ。経営者達はこのことを利用し、労働者に多額のいわゆる罰金を課している。
 先のデモは、パキスタン・バッタ労働者組合(PBWU)によって組織された。この労組は、2004年にパキスタン労働党(LPP)の支持者が設立した組合だ。
 デモは、ラホール以外に、トバ・テク・シンとシンド州のノシェロ・フェロツで行われた。前者の町では、警察が行進を禁止し、700人を越えるバッタ労働者は、トバ・プレスクラブ屋内での集会開催を強制された。
 ラホールの地方行政当局は、行進は禁止されていると、文書の形でPBWUに伝えてきた。しかし警察との交渉を首尾よく行った上で、行進は予定通り進められた。この交渉においては、いかなることが起きようとも行進は止められないということがはっきりさせられ、また、示威行動に意気込んで臨んで来ている労働者の数の多さも誰の目にも明らかとなっていた。
 この行進の中で参加者達は、以下のようなプラカードを掲げていた。即ち、「労働者を抵当にするな、ペシュギ・システムを止めろ、バッタを正式に登録せよ、レンガ1000個当たり500ルピーを、1人の苦しみはみんなの苦しみ、団結した労働者に敗北はない、万国の労働者の団結を、労働者の団結と連帯万歳、労働者農民の連携万歳」などだ。
 PBWU書記長のメムード・ブットは経営者達に、ペシュギの利用を止めたほうがいい、そしてそれは裁判所によって不法であると既に明言されているのだ、と警告した。さらに彼は経営者のストライキについて、彼らの側に着かせようとまさに政府を脅迫するための手段だ、と語った。バッタ工場の経営者は、組合内部の「部外者」を排除するために介入するよう政府に訴え、それまでに1ヶ月もの間ストライキを行っていた。彼らによれば、この「部外者」が扇動を続け、バッタの平穏をかき乱している、とされる。
 この場で筆者もまた、4月7日の地方規模における全パキスタン行動日を訴えた。今回のデモでは嵐のようなスローガンが労働者から湧き上がった。この労働者達は、パンジャブ州全体から、23の異なった地方から出掛けて来た。ラホールの街頭は再度赤旗で埋められた。そして労働者運動はこのことを確認できた。労働者は今反乱に立ちあがっている。そして彼らは屈服するつもりはない。
 労働組合は草の根から立ち上がりつつあり、今その新しい歴史を作りつつある。指導部に闘いの準備があれば、労働組合は大衆的勢力となる可能性がある。
注)筆者はLPP書記長。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
 
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