2006年5月10日        労働者の力             第 19 4号

労働基準解体徹底化が狙われている
いかさま労働契約法を許さず、生活を保障する労働基準確立へ!
 

宮城全労協・春闘学習会「こんな労働契約法制はいらない」から
(講師―遠藤一郎・宮城合同労組書記長)

 
 
―バブル崩壊後、リストラ攻撃の激化と雇用の非正規化・不安定化攻撃にともなって、労働契約をめぐって個別労使紛争が急増した。労働契約法制の必要性が労働者にとって切実な要求となり、日本労働弁護団や様々な労働団体による提言や主張がなされてきた。そして厚生労働省は衆参付帯決議(3年)に基づいて「研究会」を設置、その報告が昨年9月に公表された。しかしその内容は、労働者の権利の空洞化をただ追認し、法的に正当化するものだった。それはまさに資本・経営側の要求にもっぱら沿ったものであり、各労働団体はこぞって反対を表明した。しかし、厚労省は来年度の法制化をねらっており、導入反対の闘いが重大な課題となっている。
 本紙ではその闘いの一助として、この重要な問題を焦点とした宮城全労協の06春闘学習会(3月15日)の講演要旨を以下に紹介する。講師は、遠藤一郎・宮城合同労組書記長。尚記事は本紙責任による構成要約、全文は宮城全労協からパンフレットとして発行予定―本紙編集部

日本の労働法制における労働契約

 「労働契約法」という新しい法律が作られようとしている。これは労働者に非常に大きな影響を及ぼす重大な動きだ。
 日本では労働の最低基準が労働基準法に定められているが、解雇のルールや、有期雇用、労働条件変更、労働時間規制などのルールは(労働時間に関しては基本的に労働基準法の中にあるが)、主要に「労働契約」という分野に入る。労働者が使用者と契約を結ぶ際の入り口が採用で、契約に基づいて働き、その途中に出向とか配転、賃金や労働時間が契約変更として提案される。そして、契約の最後が、定年で退職するか、解雇されるか、となる。
 ところが日本の労働法ではこの労働契約について明確な法的規制が弱く、例えば解雇については労働基準法の19条(解雇制限)と20条(解雇予告)があるだけ。そのために労働者は長い厳しい闘いを通して判例を積み重ね、幾つかの規制について、法律に準ずる法理として定着させてきた。
 例えば整理解雇については、いわゆる「整理解雇の4要件」、即ち経営上の必要性、解雇回避努力義務、選定基準の公平確保、組合との十分な協議義務、がある。同じように「解雇権の濫用」法理。民法上契約を解除する権利が経営者にあったとしても、社会通念上相応ではない、合理的な理由がない、そのような解雇については「解雇権の濫用」としてこれを認めない。

90年代、バブル崩壊後の攻撃

 ところが90年代、契約の入り口と途中と出口の様々な局面で、たくさんの問題が起こってきた。
 バブル崩壊後誰もが知っているように、解雇の嵐、正規雇用から非正規雇用への置き換え、一方的な労働条件変更。そして労働時間の規制が緩められ、「労働時間の弾力的運用」によって様々な働かされ方が増え、サービス残業や不払い残業が急増する。また先のような判例法理を引っくり返す、メチャクチャな首切りが多発した。
 ここには明確な意図があって、当時の日経連、いわゆる「財界の労務部」、労働者対策の総本山(現在は日経連と経団連がいっしょになって、日本経団連になった)が、1995年に「新時代の日本的経営」というレポートを出す。バブルがはじけた後、経営者はどのように労働者を扱っていったらいいのかという戦略的指針であり、新しい時代の雇い方、働かせ方、首の切り方を提案した。
 だから例えば非正規雇用はうなぎ上りに増大した。パート、アルバイト、臨時、派遣、安上がりで、いつでも首が切れるということで、正規社員をどんどん替えていく。
 私たちは長い運動の歴史の中で、有期雇用労働者であっても反復更新の場合、正規雇用として扱えと要求してきた。1年契約で働いていて、5回、10回、20回と1年契約の更新をしている労働者がたくさんいる。そのような場合、有期契約の労働者でも、繰り返して雇用が継続されている労働者にとっては、本来、「期間の定めのない雇用」、つまり正社員と同じ扱いをすべきだと要求してきた。しかし、バブル崩壊以降、最初に人員整理をされたのはパート、アルバイト、臨時の労働者たちだ。契約満了だということで、なんのためらいもなく首が切られる。今いるパートの人たちがそのような扱いを受けるだけではない。正社員100人のうち20人が退職したとして、新しく雇う20人を有期契約で、パート、アルバイトとか、1年契約の雇用とかにする。
 このような経緯の中で、全労協などの取り組みが始まった。全労協は、いままで作ってきた判例法理を法律としてきちんと明記して、「解雇制限法」という法律を作るべきと主張した。労働契約の法律の最後に、労働関係が終了するときのルールをきちっと法制化すべきだ、と。それが解雇制限法の提案だ。また有期雇用労働者のネットワークが98年、立法提言をした。ヨーロッパなみの規制をすべきだ。有期の労働には理由がなければだめだ。そのような立法提言だった。
 有期雇用の労働者が、1年契約とか2年契約の労働者が労働組合を作り、いろんな要求をしたとして、会社は何を最初に言ってくるか。あなたとの雇用契約は3月31日で終わりました。あなたが憎いのではない。あなたが組合をやったから怒っているのではない。契約の期限が切れたから、満了だから、新しい契約を結ばないだけです、と。これが雇い止め。そういう仕方で、事実上の首切りをする。何回も更新できると思っていたのに、雇い止めになる。組合を作ったら、あるいは何かを要求したら、そのような扱いを受ける。そういう中での提言だった。
 しかしそのような要求を尻目に実際に経営者がやってきたことは、正規社員をどんどん有期社員に置き換えることだった。いま、非正規社員の比率は32・7%だと言われている。3人に1人だ。正規雇用労働者は急速に減っている。さらに加えて、委託契約とか、業務請負などが増えている。これは、公的な統計上、労働者ではなく、自営業者にくくられ、個人事業主だ。これらの人たちを入れると、どうなるか。正社員の割合は97年で63%。4年になると、53%に落ちていく(注/労働力調査/総務省統計局)。ところが非正規雇用労働者が32・7%だとすると、正社員が53%では合わせても100%にならない。さきほど言った委託や業務請負、実際は労働者なのに形だけが1人親方とか個人事業主にされている人たちがかなりいる。だから、こういう統計の差になる。

個別労使紛争の急増と労働契約法制要求

 このような経緯のなかで、首切りが増え、争いが増えていった。
 そして実際、労働契約について、個別に様々な闘いが始まっていった。さきほどの仲間の報告もそうだ。彼は自分で労働相談に来て、合同労組の組合員になって、裁判を起こした。そのように、様々な人たちが全国で労働相談の窓口を訪ねたりして、個別労使紛争が起こっていった。
 どのくらい増えたのか。全国の労働基準監督署や労働局などに寄せられた個別労使の相談は、2004年度で16万件を超えている。これは、こんなのはたまらないと怒って、わざわざ自分が紛争を起こすということで来た人の数。泣き寝入りをした人はこの数には入っていないわけだから、非常に多くの労働者が問題を抱えていることが分かる。労働局に寄せられた労働相談の内容を見れば、解雇、労働条件の引き下げ、退職勧奨で約半数、そのほか、様々な相談が寄せられている。
 ところが、90年代に司法の中でも、先ほどの日経連報告に沿ったような動きが出てくる。東京地裁の一番若手の裁判官が集まって、「整理解雇の4要件」は「4要素」でいいんだというような解釈が行われていった。そういう内容のひどい判決が、東京地裁で次々と出されていった。
 それから、もっとひどいのは解雇権の濫用についてで、東京地裁の若手裁判官たちはどんなことを考えたか。本来、労使の契約が対等である以上、契約を破棄する権利は両方にある、それは保証されなければいけない、「解雇権は自由」、「解雇自由の原則」と平気で書く裁判官が出てきた。裁判の判例によるルールは、法律で決められていないので、社会の状況が変化したら判例法理もまた変化してよい、と。
 こうして、きちっとルール化しなければ、このままでは大変なことになる。だから、解雇や非正規雇用労働者の問題について、ヨーロッパのようにきちっと法律を作るべきだ。このような提言をして、労働契約法の制定要求が始まった。労働契約法を作ろうと、94年に日本労働弁護団が(私たちの活動をいつも支えてくれている弁護士の全国組織ですが)最初の立法提言を行い、以降、先に紹介した提言を含めて、次のような提案がなされていった。

◎94年、日本労働弁護団、「労働契約法制立法宣言」(第1次案発表)
◎97年、全労協、「解雇制限法案」発表、解雇制限法制定の要求署名に取り組む
◎98年、有期雇用労働者権利ネットワーク、「有期労働契約に対する法規制」提言発表
◎01年、連合、「労働契約法案」(骨子案発表)

 だから労働契約法は本来、労働組合なり労働運動の側から問題にされたものだ。

「研究会報告」を批判する

 さて、03年に労働基準法が改悪された。そこで「解雇の金銭解決」の扱いについて議論になり、それは1度引っ込められるのだが、衆議院、参議院の付帯決議で、〈新しい労働契約法を作るのか、もし作るとすればどんなものでなければいけないかについての研究会を厚生労働省のもとに設置しなさい〉ということになった。その結果、05年9月に、「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告が出された。
 繰り返すが、解雇の嵐が吹き荒れ、それをきちんと制限する。有期雇用労働者がどんどん増えている。そういう採用の仕方はいけないと、これを入り口で規制する。そして、雇ったら途中で労働条件の不利益変更が進む。こんなことはあってはいけない。そのように、労働者にとっても経営者にとっても、こういうことをやってはいけないという基礎的なルールとして労働契約法が作られるべきだ、と私たちは期待を持ってこの研究会報告を待った。ところが、実際には、その報告はメチャクチャなものだった。そのことを主な内容で見てみたい。

〈解雇について〉
 解雇の制限ではなく、もっと解雇しやすくするためのものだった。いままでの裁判を起こした労働者のケースを見ると、裁判に勝っても職場に戻っている例はすごく少ない、よって職場に戻さなくていい、と。つまり、「これは解雇権の濫用であり、この解雇は無効だ」となっても、職場に戻さない。一定の解決金を積めば、金銭解決、金銭処理ができるという内容だ。

〈有期契約について〉
 私たちの仲間がある場所で、「有期雇用は本来、制限されるべきだ」と主張したことがある。そのとき、この研究会の管野和夫座長は、「いまや有期契約なんて当たり前じゃないか、もっと増えていく」と返したことがある。韓国では実際、正規雇用労働者はもう50%を割っている。日本でもいま正規は53%だ。〈こんな状況になっているんだから、入り口で規制することなんてできない〉、という現状追認の論理。
 研究会報告は、「試行有期雇用契約の導入」ということを述べている。普通は正規社員で雇われると試用期間がある。例えば新規採用で、4月から6月まで、3ヵ月間の試用期間。これが普通で、本来は正社員を雇ったうえでの試用期間だ。ところが報告はそうではなくて、有期雇用を「試行」として契約を結んでいい。たとえば1年間、試みに雇い、様子を見る。ダメだったら、有期が終って正社員にしない。こういう形で、有期雇用契約を結んでいいという提案だ。
 これはどういうことになるか。いま有期雇用契約の上限は、労働基準法では3年になっている。例えば新人を試行有期雇用契約で採用すると、最大3年間様子を見ることができる。3年間、馬車馬のごとく働いて、コイツは上司に文句を言わない。だったら4年目から正社員にする。そうじゃないヤツは、例えば6ヵ月毎にこれを使っていけば、経営者は3年の間の半年毎に首にするチャンスを手にできる。

〈労働条件の不利益変更〉
 リストラのなかで、賃下げや労働時間の延長が行われた。NTTの仲間たちのように、お前はあそこに出向しろとか、配転するとか。そのような契約の途中での労働条件の変更について、もっともっとやりやすくする。
 労働条件の不利益変更はやってはいけないというのが、最高裁の基本的な考え方だ。もともと経営者の方が強い。一方的に就業規則を制定できる権利があるわけだから。そのような労働者と使用者が結んだ契約を、一方的に使用者の側から、労働者にとって不利益に変更することは、原則として許されない。しかし、特別に合理的、社会通念上相当な場合には、その不利益変更に労働者は一定の形で従わなければいけない。これが最高裁の判断だった。
 ところが、バブルがはじけた後の日本経済で、労働条件の不利益変更の嵐が吹き荒れ、これについて「原則としては許されない」などという判決はなくなっていった。例えば有名な話だが、仙台から石巻に配転をするなどというのは不利益の範囲に入らない。東京の南の端から北の立川あたりまで約2時間、そこで配転をしても容認できる範囲の変更であり、不利益とまでは言えない、そのような判決が次々に出された。研究会の報告は、そのように不利益変更を認めていく状況を、制度として確立しようというものだ。
 具体的には例えば、「個別的労働契約変更を強制する雇用継続型契約変更制度」の導入だ。 会社側は、ひどい労働条件を提案して、変更することができる。例えば「東京に行って働け、賃金は2割カットだ」と、いわゆる個別的労働契約の変更を会社が提案する。その提案について、異議を保留したまま従うなら、これは不当だと裁判をする権利は保証してやろう。その間に裁判を起こしなさい、と。しかし、その不利益な労働条件を受け入れずに拒否をしたら、解雇してもいい。これでは、解雇の脅しで不利益変更をするのと同じ。これは「変更解約告知」という、いままで日本にはなかった制度だが、名前を変えて導入しようとしている。


〈労働時間規制除外〉
 さきほど言ったように、労働時間の規制がどんどん緩められてきたが、労働契約法と合わせて、「労働時間規制」をさらに緩める、ある意味で「労働時間規制」を撤廃してしまおうという提案も行われている。それが「ホワイトカラー・エグゼンプション」、「労働時間規制除外」ということだ。週40時間の規制、1日8時間の規制、月間や年間の労働時間規制がまったく適用されない労働者を作ろうというものだ。
 適用範囲は、〈ホワイトカラーで、かつ1定の年収以上の労働者〉、だという。「ホワイトカラー」とはどういう労働者だろうか。自分が「ホワイトカラー」だと思う人はあまりいない。
 雇用者総数(4年総務省)は5355万人。その中で厚生労働省がホワイトカラーだと規定している労働者は、なんと2954万人、全労働者の55・2%だ。専門的・技術的職業従事者、管理的職業従事者、事務従事者、販売従事者、これが全部、ホワイトカラー。そうすると今回の報告は、55%の労働者に労働時間規制を外してしまえ、ということになる。
 3000万人の労働者を外せばいくらなんでも大騒ぎになるので、いまのところは「年収要件」があって、1075万円以上の労働者だ。だから、そんなに年収があるなら、時間外をもらったりしなくてもいいじゃないかと、なんとなく思わせる。ここがミソだ。
 派遣労働法が導入されたときに、最初の適用業種は16だった。これも先ほどの菅野という人が中心になって新しい立法を作ったのだが、彼は得意然として、「小さく産んで大きく育てる」と言ったのだ。たった16業種で導入された派遣が、いま、全製造業まで適用されて、ほとんどの業種で派遣が可能になった。
 同じように、最初は1075万円。民間職業紹介所で、紹介してほしいという労働者の側から紹介料を取っていい基準が1075万円以上の年収だが、おそらくこれも小さく産んで大きく育てる。最初はいくつかハードルを高くしておいて、実際はどんどんこれを下げる。その証拠に、日本経団連が要求しているホワイトカラーエグゼンプションの基準は年収400万円。400万円以上の労働者は全部、時間規制から外せということだ。29人のうち、年収400万円以上の労働者は約6割。だから、1800万人の労働者が労働時間規制の適用から除外されてしまう。
 自動車学校の職場ではどうなりますか。やってられないとなる。時間外はゼロ、いくらやってもゼロ。最初から「残業」はないのだから。「サービス職業従事者」がホイワトカラーの枠のすぐ下にある。この枠がいつ動くかも分からない。そう考えると、大変な事態が起こる。

〈労使委員会制度〉
 以上が、解雇、有期雇用、労働条件の不利益変更、労働時間規制撤廃についての要点だ。このほかに、労使委員会制度の問題がある。
 要するに、労働組合の組織率が17・8%まで下がってしまって、影響はほとんどないからということで、労使委員会を作ってそこにいろんな権限を与えようとする。なにか親切な印象を与えるようだが、この労使委員会は経営者が設置するものだ。「労働者の同意を装った使用者の道具」だ。そんな委員会で労働者の代弁ができるわけはない。実際には労働組合の否認、とりわけて少数労働組合の否認につながる。事実上労組法改悪という性格があるということで、「労使委員会制度」新設はとても重要な問題だ。

いかさま労働契約法に反撃を

 以上、大別して5つの問題点がある労働契約法を、このままで通してはいけない。私たちの問題提起がまったく無視され、同じことを取り上げながらもっと悪い法律にしようとしている。それが今回の研究会報告だ。管野和夫(東大名誉教授)という人は日本の労働法学会の現在の主流中の主流に位置する人だが、この人が座長になり、自分の大学時代の教え子たちを周りに集めて研究会を作った。もともと、研究会は厚生労働省の私的な機関だから、労働者代表などは入っていない。「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告のままで、労働契約法が作られるとすれば、それは労働者を苦しめることにしかならない。要は、企業を救うために労働者の働かせ方をもっと悪くする。ある意味で、規制を全部とっぱらう。それが今回の契約法制の動きだ。こんな法律は作らせてはいけない。こんなことをやらせてはダメだという運動を、これからやっていきたい。
 今後の運動については、また別の機会で論議していきましょう。
(6年3月15日)
改憲反対の動き、各地で
     5・3、東京、4000名以上が日比谷公会堂へ          
   速度を速める日本支配層の改憲策動に対抗して、日本各地で改憲反対の取り組みが着実に広がっている。各地に作られた「9条の会」は5000近くに達した。旧来ともすれば政党系列の運動になりがちだったこの種の運動だが、個人の自発性の尊重と前例にとらわれない自由な運動展開、そして様々な個別運動の多層的つながりが、この間確実に進んでいる。同時に、現憲法体制をアジアとの関係の中にとらえ直す、という視点の定着も著しい。これらの動きを背景として、今年も5月3日を中心に、憲法の意義を現代に即して再確認する多様な催しが各地で開催され、多くの人々を結集した。
 東京では5月3日日比谷公会堂で、5・3憲法集会。4000名以上(主催者発表)がかけつけ、会場から溢れた多くの人々は会場外でモニターテレビを通して参加。今回のゲストスピーカー、ジャン・ユンカーマンさんと韓国民主労働党の季俊揆(イ・ジュンキュ)さんは共にアジアの視点を強調した。尚当日の集会では、「憲法改悪のための国民投票法はいらない5・19集会」が呼びかけられた。
 1国にこもる改憲派とアジアに目を開く改憲反対派、という対照は、今後一層はっきりするだろう。この点でも、改憲策動を押し返す可能性は十分に開かれている。 
 
 
   大企業労組、政治的粛清運動に乗り出す
NTT労組が「政治団体アピール21」結成
       
 ―翼賛化純化に邁進―
          
電通労組・高橋喜一


 昨年、NTT労組は政治団体「アピール21」を結成し組合員加入促進にむけ全国的に90回の政治学習会の開催等をNTT労組が支持・推薦する民主党右派議員を含め展開している。NTT労組はこの取組みを「政治団体の設立とそれに伴う組合員の加入は組合員の組合再加入確認に匹敵するもの」とし「今まで以上にNTT労組とアピール21の連携を強化し運動の発展に結びつける」としている。
 NTT労組は、NTT経営者と「経営協議会体制」のもと「経営と一体となって考え、事にあたる」ことを宣言し、企業防衛の立場を鮮明にしてきた。アピール21は資本の要求を労働組合として政治の中に拡大することにある。先の宣言を前提とする限り、それ以外にありようがない。
 国際競争時代での競争に打ち勝つためにNTTは、アメリカ、ヨーロッパで企業買収や資本提携を繰り広げ1兆円円とも言われる巨額損失を生み出した。これは周知の事実だ。同時に東アジア各国の通信会社にも資本投下し、大株主として巨額の株主利益を手に入れるために労働者攻撃、リストラを実施させ、実効的支配を創りだしている。
 しかしNTTは、中期事業計画の中で明らかにしたNTT再々編ともいえる事業の再配置に対し第2電電グループ、ソフトバンクの猛反撃を浴び、1方では、竹中総務大臣の私的懇談会「通信・放送のあり方に関する懇談会」はNTTグループの組織・経営形態を抜本的に見直すことで意見が一致。その上で彼らは、NTT法改正による「NTT再々編」を視野に市場支配力の抑制、公正な競争環境の整備、を打ち出している。竹中は、グループ完全資本分離、解体も視野に入れている。
 こうしたNTTを巡る動きはNTT労組により深刻な危機感をもたらし、それが、NTT防衛のための方針を含め地域を巻き込んだ取組みを行うことと同時に、労働組合員を企業と一体となって政治的に再組織化し動員しようとするアピール21の動きとして現れている。
 一方これらの動きは労働者にとって見れば、アピール21に加入するか、しないかを迫られるものであり、NTT労組が資本の全面的なバックアップの下にある現実を熟知している以上、職場の中で「排除されるか否か」という極めて大きな問題につながっている。またそれを梃子にこの動きは同時に、各地に散在するNTT労組内反対派に対しては、政治的対立を挑発しその存在そのものを解体していこうとするものとなる。「組合員再登録」に匹敵、とされたこの政治団体組織化運動は、客観的には文字通り労組内「政治粛清」とならざるを得ないのだ。
 全体主義化した多くの大企業内でこれまで辛うじて労働者に残されてきた脱社会・脱政治の「私生活主義」という逃げ道すら、NTT労組とNTT資本は奪い取ろうとしている。新自由主義的グローバリゼーションの行着く先が、そしてその深い危機がここに暗示されている。労働者の自律性を守る上でも、我々の独立的労働組合運動の役割が一層重要となっている。

 イタリア総選挙
取り急ぎのバランスシート

  
サルバトーレ・カンナボ/フランコ・トゥリグリアット

 ベルルスコーニ政権を打倒したことに対する満足感はもっともだとは言え、しかしそれは、「ユニオン」側(今回の総選挙に向けて結成された左翼の選挙連合―訳者)の勝利感を正当とすることも、近々の全国選挙に関する楽観的な見通しを力づけることもできない。イタリアにおける途方もない分裂、上院における「自由の家」(現与党、右翼の選挙連合―訳者)の票数で見た勝利、(今回の選挙に備えてベルルニスコーニが―訳者)強引な形で要求した多数派に対する底上げに助けられた、下院における僅か25,000票差の勝利、これらは我々を、セクト主義的でもなく、宣伝主義的でもない一定の考え抜かれた評価へと導いてくれる標識だ。

右翼に決着をつけることにに失敗

 何よりも先ず、ベルルニスコーニは確かに敗北を喫したものの、「イタリアに関する物語」としてのベルルニスコーニ主義と彼の連合は打ち破られていない。これは、「ユニオン」の具体的な統治可能性に影響を及ぼすが故に、分析上の重要な要素だ。
 ベルルニスコーニ主義は、その無視できないほどの政治的かつ社会的な結束力を証明した。そのことによって右翼勢力の指導者は、予想外の盛り返しが可能となった。そしてそれは何よりも、新自由主義、ポピュリズム、人種主義、さらに聖職者に従う慣習的風潮などの混合物によってイタリアがいかに深く影響されているか、を明らかにした。それらのものこそ「自由の家」を特性付けているのだ。
 同時にアメリカの新保守主義的文化からも影響を受けているその「自由の家」の訴えは、有権者の半数と、高投票率と家に留まった有権者数の劇的低下を記録した選挙において、高年齢層の多数を惹きつけ、彼らに刺激を与えた。
 その一方「ユニオン」は、右翼勢力を決定的に打ち倒し、彼らの文化的な影響力と社会的な温床、そして最終的にその力の強さを掘り崩すための十分な選択可能性を説得的に明らかにすることが遂になかった。
 中道左翼に関してプローディは、上院におけるDS(注1)とマルゲリータ(注2)の挫折から今やより力を得て浮上している1つの民主的な党をめざす幾つかの計画を、はっきり主張するに至った。しかしながらプローディ自身にとって今度の選挙は敗北だった。政権形成のあり方に重要な影響を与えることになる上院における敗北を要因として、彼は、並ぶ者のない指導者としての地位をはっきり示すことに成功しなかった。
 コンフインダストリア(経営者団体)とのある種の良好な関係と穏健さに対するその強調が元で、プローディの選挙キャンペーンは失敗だった。その主張は、敵の戦線の崩壊を引き出し得たはずの社会的課題をつかみ損ねた。ベルルニスコーニはその戦略を、彼自身の支持層を打ち固めるために、急進的かつ正面からの攻撃に向きを変えた。にもかかわらず「ユニオン」は、租税政策の分野やイタリアの分析それ自体において、1歩1歩後ずさりしよろめくことで対応し、「あるがままの権力」に目を奪われ、不安定性や金融収益に対する課税のような諸課題の中で見出し得たはずの急進的な諸要素を軽視した。
 穏健さを要求するこれらの圧力に屈服したことが、「ユニオン」の進歩的な心臓部であるDSとマルゲリータに対して逆風となり、これらの党は敗者となった。1方、下院における精彩を欠いた結果があるとはいえ、再建党(共産主義再建党、PRC―訳者)の上院における好成績、並びに連合内における反新自由主義勢力の全般的な好成績は、左翼的な前途を求めるある種の願いの存在を示す標識だ。この願いを、「ユニオン」の全体としての姿とプロ―ディのイメージそれ自身が十分に代表していないのだ。
 この選挙は同時に、堅固に二極化された仕組みに対して、その高度の進展と、同時に限界を、二重に刻印した。投票が、政権の最高指揮者に反対か賛成かを問う一種の国民投票としての意味を、これほどにまで示したことは過去にあった例はない。その意味で二極化体制は最高度に達している。最後の開票が数に入れられるほどの徹夜の待機そのもの、そして下院における25,000票差はこの特徴の標識だ。
 しかし、これらの特徴と「まがいもの」である選挙法制をまさに要因とする2人の指導者と2つの陣営間の対立そのものが、真っ2つに割れているイタリアという今現在を切り取る1枚の絵となる。そこには、異なる多数派からなる両院(真の得票数だけを見るならば)があり、こうして政治システム全体を阻害する何かがある。これだけでも、二極システムを終わらせること、例えドイツモデルに類似したものに過ぎないとしても、実効性を備えたより民主的な比例代表制の導入、さらに様々な綱領と1定数の指導部間の正常な政治論争の再確立、これらを支持すべき十分な土台だ。

社会運動迂回の誤り、明確に

 選挙とは、時間の遅れがつきものだとしても、社会領域における、そして階級闘争の領域における力関係の指標を常に表す。そして今回の指標は明瞭に、我々の直ぐ背後にある諸闘争と運動という側面がベルルスコーニの神話に疑いなくへこみを与えたけれども、しかし社会的にそれに敗北を強制するには至らなかった、ということを示している。
 右翼陣営は5年前とまさに変わりのない票を確保している。そしてフォルッツァ・イタリア(注3)の敗北は、右翼連合内部のUDC(注4)に傾いた新たな均衡を意味する。過去5年間における諸闘争と交渉は、1990年代との関係で一定の方向変化を確かに示しているが、新自由主義とその社会モデルに対する明確な代替方向を画するほどにはなっていない。
 イタリアは既に変化し、その変化を確定するためには選挙投票日を待つだけで十分だ、との考え、さらにその考えに向けて他の人々を敢えて奮い立たせようとすることは、とてつもない誤りだということがはっきりした。現在の雰囲気は、方向感覚の喪失、変革への希望に向かう真の出口を見出すことの難しさを噛締めている、そのような雰囲気だ。近年の運動の打ち固めにおいては政治的結果が決定的だ、との信念がこれらの運動に重くのしかかり、また運動を弱めていた。今我々は、社会的で政治的な変革に向かう道沿いには、我々の前にまだ長い道のりと多くの障害がある、と苦い思いで評価している。その上さらに、中道左翼が権力を持つ地方においては結果が芳しくなかったのだ。
 地方選挙が告げた変化(昨春の地方選で左翼全体は、今回よりはっきり勝利した―訳者)の後の1年間、右翼は国の統治を盛り返してきた。ここに以下のことを実地に示すもう1つの証明がある。即ち、真の変革を達成するに当たっては、代替路線を追及する統一した陣営を再建する能力と社会基盤が、転換のはずみを、特に下からのはずみを作り出す力を持つ、ということだ。「社会的少数派」政府の中に閉じこもることによってその課題をうまく避けることができると今我々が考えることは、階級闘争の発展の上に、さらにPRCの運命そのものに対して、とてつもない影響を与える可能性がある。
 このような背景の中で、目の前に開けている見通しは理想的とは程遠い。プローディの綱領的曖昧さや中道左翼内部の穏健派勢力のせいだけではなく、右翼勢力が示したその客観的強さと中道左翼に及ぼす彼らの影響力によっても、次の政権編成はもはや時を待つまでもなく、非常に困難な仕事のように見える。
 イタリア人は、ベルルスコーニの敗北を確認するために夜遅くまで待った。今日、中道派結集への呼びかけはさらに強くなっている。共和国大統領選挙における協定、両院議長の選挙、中道左翼の様々な報道担当者が既にほのめかしてきたことだが、いわゆる「国民全体を考慮する緊急性」に対する重視、などのように、この動きは様々な形をとり得る。これらの理由から、プローディ政権は結果的に生まれるとしても、過去との明白な断絶という標識を持つ急進的な特徴を体現しない限り、長続きしないだろう。そのような断絶を即座に示すものの中には、イラク派遣部隊の即時撤退、法令30、モラッティ法とボッシ―フィニ法の廃棄、再度賃金を問題に乗せること、その他が含められなければならない。

PRCの自律性確保が鍵

 我が党に対する圧力は極度に強まるだろう。責任感への要求並びに連合の結束に対する強力な訴えが、連合を尊重するよう、また右翼に逆襲の機会を与えないように党を強制しつつ、PRCに大きな圧力を加えるだろう。
 このような圧力への屈服は、理解不能な諸方策への屈服を意味するかもしれない。それが取り得る多くの形態におけるそのような政府への参加は、過去2、3ヶ月に我々が恐れていたものよりもはるかに大きな危険を孕むものとなっている。再建党は、政治的―制度的な罠、そこから我々が抜け出す道を見つけ出さなければならない罠、に閉じ込められる危険を犯している。我々は活動の中心舞台に、連合の結束ではなく、急進的な活動を置かなければならない。
 これが意味することは、行動の分野で再建党が自身の自律性を取り戻さなければならない、ということだ。社会的諸闘争が、フランスにおける目覚しい結果が示したように、再度中心舞台を占めなければならない。来るべき局面の主要な課題として、選挙キャンペーンで主張した課題が今も尚そのまま残されている。それは即ち、軍部隊のイラクからの即時撤退、モラッティ法とボッシ―フィニ法の廃棄、金融投資所得に対する課税と所得再配分のための具体的諸方策―ここには刷新されたスライディングスケールの再導入が含まれる―、市民の結合体に関する法的位置付け、そして、万人に対する等しい判決(恩赦や麻薬法、その他)という問題に関して、法廷に今いる人物次第の異なった判決という事態を乗り越えることにより法廷を浄化する諸方策、などだ。
 共和国次期大統領の選択に際しては特別な自律性が必要となる。それは、新自由主義経済政策とつながりのある候補者を拒否し、憲法、特にその11条に対する固い約束を明らかにする候補者を支持する自律性だ。この問題との関連で、中道右翼の政策である憲法上の反改良的―「権限委譲」案を打ち破るための国民投票キャンペーン、そして来る地方選選挙キャンペーンに対して、具体的な結び付きが生まれている。

党の方向性再検討の内部討論へ

 一方再建党の選挙結果は2つの方向で分析可能だ。上院における前例のない好成績は、前回のEU議会選挙よりも得票率が低かった下院の結果とは、全く釣り合っていないのだ(上院は7・4%、27議席、下院は5・8%、41議席、得票率、議席数双方で前回に比べ共に躍進したが、上院が特に顕著―訳者)。
 絶対得票率という点では確かに、全ての勢力が前回よりも高くなった投票率から利益を得たという背景の中で、重要な前進があった。しかしながら、若者がより影響力を持つ院の結果が下位という、2つの得票間の段差の問題が依然残っている。これには二重の説明が可能だ。1方では、別々に立候補した上院での、革新的で統一した取り組みとプローディ、として提出された「オリーブの木(ウリボ)」名簿との競合、つまり2つの名簿、DSとマルゲリータに比較した「極左」という位置関係が考えられる。
 他方で、下院におけるウリボ支持票と上院における「ユニオンのために共に」名簿支持票の間に生まれた流出効果、こうして再建党のシンボル、槌と鎌を持つ唯1のシンボルに対するPDCI(注5)支持票の置き換え。PRCの「付加価値」と他の勢力との違いよりもむしろ信頼性といったものに基礎を置いた選挙キャンペーンが果たしてどの程度有効であったか、我々は問う必要がある。
 この結果はまた、ヨーロッパ左翼党を力付けるものでもない。何故ならばPRCは、まさにウリボの統一名簿の中で有権者を惹きつける最大の力を発揮すべき、と期待されていたからだ。その代わりにPRCは、「ユニオンのために共に」名簿という特徴のはっきりしない実体を基礎に、DSとマルゲリータとの競合の中で票を獲得した。これらは、1つの党、土台を持つ存在、そのシンボル、政治とメディアにおける表現、こういったものとしての再建党を支持する投票があったことを実証している。
 PRCは今回の運動の中で、その活動家の活力と圧力、地方における党組織の威信と存在、さらに「党として行動する」能力を通して、指導的役割を発揮した。この事実は明らかに、テレビへの露出と指導者に脚光を当てることを基礎とした、高度にメディアに比重がかかった選挙運動とは釣り合わなかった。
 ここに見てきた歪みは、党とその役割についての内部討論を通して修正されなければならない。いずれにしろ内部討論に向けた情熱と努力の道筋には同時に、依然としてPRCを他の勢力とは異なった党に向かわせる感情と行動の統一を浮かび上がらせつつ、内部対立を後景に押しやった選挙キャンペーンを通じて、1つの恵みとなる時期も生まれているのだ。
注1―左翼民主党、元のイタリア共産党の右派が母体。
注2―「第1級の民主主義は自由」、ユニオンのリベラル中道派
注3―ベルルスコーニの党
注4―クリスチャン・中道民主党連合、元のキリスト教民主党を母体とした党(キリスト教民主党の幾つかの勢力はユニオン内部にもいる)。
注5―イタリア共産主義者党、第1期プローディ政権を支持しPRCから分裂。全体として旧「正統派」(スターリニスト)共産党メンバーから構成されている。

 サルバトーレ・カンナボ、PRC全国政治委員かつPRC日刊機関紙「リベラツィオーネ」編集長代理。
 フランコ・トゥリグリアット、大企業工作担当のPRC指導部メンバーかつ第4インターナショナル支持PRC党員を組織しているバンディエラ・ロッサ潮流の活動家。
(「インターナショナル・ビューポイント」電子版4月号)
復活の兆し
ヨーロッパのストライキ闘争―フランス、イギリス―

フランス反CPE闘争
政府は白旗を上げた

  
ミューレイ・スミス

 4月10日朝フランス政府は、2ヶ月に亘るCPE(初回雇用契約)反対の大規模な運動の後に屈服し、この方策は撤回された。CPEは、職についた最初の2年以内には、26才以下の労働者をどのような正当理由を告げる義務を果たすこともなく解雇することを、経営者に可能とするものだった。そこから想定される労働者の置き換えは、青年を雇用する経営者に対する、実体のあるまさにもう1つの施しものだ。それはまさに、近年の数々の似たような方策と同様、効率的な、あるいは実際はむしろ非効率的なものに過ぎない。これは元々、単に政府の顔を立てるための極めて説得力を欠いた試み以上の何物でもない。
 学生達は、CPEに対決し大規模に立ち上がり、大学や高校を占拠し封鎖した。彼らは統一した労働組合戦線に支援された―その運動は、12の労働組合と学生組織の連合である、インターサンディカによって率いられた。その頂点では300万人の人々を街頭に引き出したストライキとデモの成功があった。さらに運動は、改良主義者の社会党からLCRやLOのような革命組織に至る、全左翼から支持された。世論調査においては、65%から70%の人々がCPEに反対だった。
 右翼のUMP政府が支配した最近4年間でこの勝利は、大衆的抗議が彼らの攻撃を阻止することに成功した最初の事例だ。これ以前には、2003年の年金に関して、さらに2004年春の健康保険に関して敗北に終わっていた。フランスや外国の何人かの政治家や評論家は、選出された代表の決定を大衆的抗議が覆すことができるなどということは民主主義に反し、フランスの民主的な諸制度における人を感動させる信用というものの真実を暴いている、と主張している。この主張に関しては、選挙制度の特性のおかげで議会におけるある種絶対的な、実際に堅固な多数を得ているUMPが、2002年の選挙では33%―この数字は、棄権率が35%だったことを前提とすれば、登録有権者の22%という数字にまで下がる―しか得票できなかった、という事実を思い起こすことも価値がある。これらの条件の下で選出され、彼らの有権者のいかなる種類の統制やリコールにも全く従っていない代表者などというものは、民主主義に何らかの教訓を与える意味を殆ど持っていない。
 選挙日程に従えば、この政府はさらに1年以上、2007年の選挙まで権力に居座る。しかし今回の民衆の勝利の後では、これ以上の何らかの重要な攻撃を押し通すことは極めて難しくなるだろう。労働組合と左翼にとってまさに今は、攻勢に乗り出し、過去に導入された「改革」に異議を唱えることによって、過去に喫した打撃のいくつかを元に戻すときだろう。最良の出発点はCNE(新雇用契約)によって与えられるだろう。この制度は、それに反対する労働組合の実体のある決起がないまま、去年秋に通過してしまった。そしてこの制度は従業員数20人以下企業の経営者に、最初の2年間の期限内では、正当化事由なしに労働者を解雇する権利を認めているのだ。
 EU憲法案に対する去年の国民投票における「ノー」投票運動の勝利以降、フランスは千鳥足の大統領を戴くことになった。今やフランスはさらに、千鳥足の首相と政府を戴いている。彼らにとってこの状況への最も単純な解決は、益々多くのフランス民衆が望んでいるように、文字通り直ちに退場することだろう。しかし彼らは、強制されない限りそうはしないだろう。

【LCR声明】
シラクと政府は前言を取り消した!

 CPEは若者向けの別の方策でさらに置換えられることになろう。しかしそれは今消え去ろうとしている。これは政府が強制された最初の退却だ。これに続けて別の退却を強制しなければならない。権力の座にある者たちが青年と労働者の決起という圧力に屈したことは、2002年にシラクが選出されて以降では初めてのことだ。闘争は成功した。この運動が掲げた全ての要求が、即ち、CNEの撤回と機会均等に関する法律の廃棄が今や満たされなければならない。何百人もの青年達が被っている抑圧は直ちに停止されなければならない。青年と労働界に対して労働基準を不安定化する新自由主義的政策に対する拒絶を、この闘争は再度確証している。2ヶ月の大げさな身振りと挑発の果てにシラク、ドピルパン、サルコジは、自分達の信用が傷付いた後になって、彼ら自身がよって立つ立脚点への関知から逃げるに至った。彼らの権力はこの国の少数を代表するに過ぎない。彼らはもはや国民多数に敵対した行動を取り続けることは許されない。彼らは立ち去らなければならない!(「インターナショナル・ビューポイント」電子版4月号)
イギリス
年金防衛で100万人がストライキ

 

 3月18日、イギリス全土で100万人以上の労働者が、彼らの年金の権利を守るためにストライキに立ち上がった。
 北アイルランドとイングランド北東部にあるニューカッスル市では輸送網全体が封鎖され、その一方、グラスゴー地下鉄の機能停止と同様リバプールのメルシートンネルの閉鎖が何千という都市交通機関に影響を与えたため、多くのサービスがいわばその活動を止めた。17、500の学校と並んで、多くの図書館、レジャーセンター、ごみ貯蔵所も丸1日閉鎖された。
 殆どの現地で労働者は、単にピケットを設置するだけには止まらず、当地での示威行動に積極的に取り組んだ。活動家が語ることによればこれらの行動は、近年行われた他の1日ストライキの際の類似行動に比べ、多くの参加者を集めた。ロンドンでは、当日遅く開かれた中央行動に何千人ものストライキ労働者が参加した。
 地方自治体に組織を持つ11の労働組合が、いわゆる「85ルール」に焦点を合わせたこの1日行動に取り組んだ。先のルールは、60才で退職する自治体労働者は、彼らの年齢と在職期間を合計して85年となる条件を満たして始めて年金を満額受給できる、としている。
 昨年、もっと多数の公共部門労働者に同様の攻撃が迫りつつあった。当時統一した行動がもしあったとすれば、さらに多くの労働者がストライキに立ち上がり、政府に後退を強制する、そのような可能性はもっと大きくなっていただろう。
 不幸なことに2005年10月、教員の労組と地方サービスの労組を含む他の公共部門労組指導者は、1つの取引に合意した。この協定は、60才退職の年金設定に関する在職組合員の権利は守っていた。しかしその陰でこの協定は、新規採用労働者は最低65才まで働くことが必要になる、ということを意味していた。
 しかし地方自治体労働者に対しては、テーブル上にその妥協すらもなかった。このストライキを経ても「新」労働党(イギリスの左派は現在の労働党に「新」という形容詞を付け、かつてとの異質性を強調している―訳者)政府は、彼らの立場を譲らないことを明らかにした。彼らは3月30日、上の変革を導入するための議会審議日程を早めようと動いたのだ。
 関連諸労組はこの動きに怒り込めて対応した。その中で最大労組であるユニソンは早々と、4月を通じて100万人以上の組合員の参加を予定した実害打撃を高める行動計画を設定し終えた。
 さらに労働党は、地方自治体労働者を特権的と描き出すことによって、私有部門経営側に味方しつつある。地方自治体労働者が受けることのできる平均的年金額は年間3、800ポンドであり、しかも女性の場合その数字は1、600ポンドにしかならない。それは、老齢になった彼らの多くに貧困を強制している。この状況は、イギリスの上位100企業経営者の平均年金額、年167,000ポンドと対照的だ。しかしこの事実にもかかわらず労働党は上のように描くのだ。
 ユニソンは同時に他の諸労組と共に、地方選投票日である5月4日のストライキ決行を真剣に検討中だ。これが実行に移された場合、紛争に対する世間の注目を最大限に高め、年金基金攻撃を支持する諸党の候補者全てを投票箱の中で罰する、と脅しをかけることになるかもしれない。
 ある種前例のない動きとして、労働党との協力とこの党に対する寄付を取り扱うユニソンの委員会である「レイバーリンク」は、党の右派に対する資金融通とパンフレット配布全てを、争議解決までイングランド中で差し止めることを決定した。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版4月号)
 
 
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