2006年9月10日        労働者の力             第 19 7・8号

【第18回総会議案・世界情勢報告】

世界的枠組の動揺と「もう一つの世界」への挑戦

  
寺中徹

 
1.はじめに―歴史的転換を孕む動揺

 世界を総体としてつなぎ止めてきた枠組が、今大きな揺らぎを見せている。
 世界の支配的エリートがほぼ満場一致的に結束し、世界の未来として提示し推進しようとしてきた新自由主義的グローバリゼーションは、民衆の高まる一方の不信に包まれ、今や明日の歩みも定かではなくなった。アメリカが全力を傾けたアメリカ州自由貿易圏(FTAA)構想は事実上頓挫し、EU憲法条約案も立ち往生している。そして、2007年発効を目指していたWTO協定交渉は、ついに当面凍結に追い込まれた。世界の支配的エリートに大きな打撃が加えられたのである。2国間FTAの追求は続き、打撃の埋め合わせは試みられるだろう。しかし支配階級にとって、2国間FTAの積み重ねではそもそも「非効率」であり、それが諸国の民衆の圧力に左右されやすいより「脆弱なもの」となることは、否定しようのない事実なのだ。
 一方国連は、諸大国の利害対立激化の中で、世界を曲がりなりにも調停する機能を著しく弱体化させている。アメリカのイラク侵略をめぐって露わとなった機能不全は、その後のイラン、「北朝鮮」、イスラエルをめぐる深い対立として繰り返され、その無力さを修復する道は糸口さえ見せていない。
 G8サミットは、言葉の上の取り繕いを越えた実効的意味をこの間殆ど失い、いわば単なる儀式に成り果てている。

「有志連合」の破綻

 そして上に見た混迷の底を、世界をとにもかくにも統合する上で決定的な役割を発揮してきたアメリカの影響力が完全に限界に達した、という厳然たる事実が貫いている。この現実に直面したアメリカ支配階級は、特にブッシュ政権を通して、アメリカの一国的利害をより強硬に押し立て、その利害に沿った世界的枠組の組み直しに挑戦してきた。いわゆる「有志連合」方式であり、いわばアメリカを中心に再構成された利害再配分秩序を、既成事実として世界に押しつける試みである。「京都議定書」離脱を皮切りに、イラク侵略を経て、この方式への執着はその後の諸問題に対するアメリカの対応に一貫して貫かれている。しかしその「有志連合」は、イラクのそれが端的に示すように、効力を発揮し新たな枠組へと進むどころか、現実にはそこへの参加国すら縮小して行く憂き目にあっている。
 有志連合方式のこの破綻状況は、むしろアメリカの力の限界が根底的であることを示している。そうであるからこそブッシュ政権下のアメリカは、世界を遠心化させ混乱へと導く、元凶の1つとなってしまった。
 混乱を秘めた世界のこの動揺はどこに向かうのか、あるいは、それを克服する世界の新たな枠組はどのように構想され得るのか、これらをめぐる問題が避けることのできないものとして浮上している。例えば、日本の支配的エリートの眼中には常任理事国入りしか入っていない国連改革問題とは、そのような問題なのだ。それ故諸国家は、アメリカとは一線を画した独自の地域的連携を手始めに、様々な模索に手を着けている。
 このような問題の浮上とそこで始まっている事態は、有志連合方式以外の選択肢を事実上排除してきた日本支配層にとって、その将来展望を塞がれかねない客観的には極めて深刻な事態である。この間日本支配層内部に公然化し始めた対外路線をめぐる不協和音の背景には、紛れもなく上の事実がある。日本国家が突き付けられている対外的選択は、東アジア周辺に限定された小手先の戦術的修正を越えた問題なのだ。
 おそらくは問題のこの深刻さを知るが故に、日本において世界に目を配る数少ない論者である寺島実郎氏(日本総研)は、「脱9.11の時代に向けて」と銘打った論考を発表している(注1)。その中で氏は、9.11後の世界は終わった、という認識で上に見た世界の性格を整理し、安部に引き継がれようとしている「有志連合」徹底依存路線を厳しく批判する。

何が、誰が、世界を揺さぶっているのか

 しかし、現在の世界的動揺は、「9.11後の世界の終り」というような短期の性格に止まる問題であろうか。おそらくそうではない。
 何よりもこの世界的動揺の根底には、アメリカの力の限界と並ぶもう1つの本質的要因が、即ち、90年代中盤以降明確に、しかも新しい姿で再生しより深く社会を捉えつつある民衆的抵抗が、厳然と存在している。新自由主義的グローバリゼーションを各地でつまづかせているものこそ、この民衆的抵抗に他ならない。そしてイラク侵略の「有志連合」を事実上破綻させたものもまたこの民衆的抵抗である。「有志連合」に積極的に荷担したスペインとイタリアの両政府は、文字通り民衆によって打倒された。そしてアメリカの力の限界も結局は、世界の民衆に対するアメリカ支配階級の影響力の地滑り的低下を1つの根としていると言ってよい。この間発表されている全ての国際的世論調査機間の数字がそれを端的に物語っている。
 加えて、現在の具体的な世界的対立は、従って世界の動揺は、世界の成り立ち方を底深く問う問題を焦点として深まっている。例えば、今後の世界経済の未来をめぐる新自由主義的グローバリゼーションの是非、国際的諸利害を調停する国家間関係、あるいは国際的秩序の再構築、はそれであり、さらに、EU憲法問題に端的に現れたように、国家・社会のあり方と国際機関のあり方、即ち権力と民衆の関係それ自身もが対立の焦点となっている。そしてこれらの問題全てに対して、それらを直接決定する権利を求めて、労働者民衆が世界的に力強く立ち上がっている。要するに、「人民の主権」のより深い実体化という意味において、民主主義が問題になっている。それらが短期的な、あるいは技術的な対処では対応不可能なはるかに深い問題であることは、あまりに明らかだと思われる。

もう一つの世界―新局面

 このような全体の構図を下敷きにして現在の世界的動揺を見れば、我々はそれを、「9.11後の時代」といったものをはるかに超えた、もっと大きな歴史的尺度の転換を秘めた動揺、と考えるべきではないだろうか。それをより端的に、あるいは労働者民衆の能動的意思をこめて表現すれば、「もう1つの世界を」がスローガンとなる時代の始まりである。労働者民衆が自らの主体的行動によって現在の動揺の秘められた性格を表に引き出し、そこで問われている転換を具体的な要求の形で、全民衆の闘いの焦点へと高めて行くことが求められる時代の始まり、と言ってもよい。その意味で、「もう一つの世界は可能だ」をスローガンとしたある種助走的な時期は過ぎ去りつつあるのではないだろうか。
 世界の現状をこのように認識することは、おそらく、第4インターナショナル第15回世界大会の認識が超えられなければならない、ということを意味する。その意味で、「新しい左翼」と「新しいインターナショナル」は、世界を具体的に変える実効性を中心に据えた、より実践的な協働の場として追及されなければならないだろう。そしてこの協働の場は、再生し力を高めている民衆的抵抗の新しい姿(後述)に見合ったものでなければならず、そうであれば、旧式の指令型のものでは到底あり得ない。統一した意思の結集のあり方そのものが、創造の対象とならなければならない。民主主義の創造的深化の一部として、それもまた、「もう一つの世界」の基礎的な内容を形作るはずだ。
 世界の現状はいずれにしろ、全ての左翼に、まさに新しい型への自らの脱皮を含めて、「もう一つの世界」を民衆的闘争の具体的成果として創造してゆくための、開かれた共同探求に責任を負うことを求めている。
 以下では上記の観点をより踏み込んで考えてみたい。

2.歴史的変容としての世界的動揺

 ここでは、現在の世界的動揺を根底で性格付けている、と私が考えている2つの要素について検討する。一つはアメリカの変容であり、もう一つは民衆的抵抗の世界的再生である。

アメリカはもはや世界を統合できない

 第2次世界大戦後から現在まで世界を統合する上でアメリカの力が絶対的であったことは、この時期全体を表す言葉として、「パックスアメリカーナ」という語がしばしば使われ受容されたことに端的に示される。このようなこれまでの現実を前提とすれば、アメリカの弱体化が世界の枠組みの動揺へと帰結して行くことは、半ば必然的展開とも言える。先に確認した「有志連合」の無力さを含め、我々が今国際政治の場で直接目にしている成り行きをそのように、いわば単純なパワーゲームから多元的な複雑化したパワーゲームへの移行、として理解することも取りあえずは可能かもしれない。
 確かにアメリカは今、イラクの悲惨な状況が端的に示すように、問題解決能力の決定的限界を誰の目にも明らかにしている。そして、9.11後の1時期激しく論争された「一極か多極か」という対立は、今や事実上意味を失っている。イランであれ「北朝鮮」であれ問題への対処について、アメリカ1国の意向で大勢が決することなどもはや事実としてない。しかしそれは問題の「解決」では全くなく、「解決」は不確実なまま単に引き延ばされているのである。世界はまさに動揺の中で不確実性を高めている。そしてその背後で、民衆の悲惨は拡大するままに放置されている。しかしこれはパワーゲームが解決できる問題ではない。
 そして一方において、アメリカが今もなお、経済において、政治的影響力において、また軍事力において、他のどの国家をも凌駕する圧倒的力を誇っていることも紛れもない事実である。パワーゲームという側面のアメリカの「優位性」それ自身は、依然として変わっていない。従って現在のより深いところにある問題は、その圧倒性がもはや「統合力」としては働かない、という点にある。そこにある問題は単なる「圧倒性の不足」ではない。
 一般論として「統合力」とは、単なる「強要力」ではない。それは、一定の利害調整の仕組みの下に、システムへの挑戦をシステムの1部へと不断に内部化する能力と言ってよい。その意味でアメリカを盟主とする戦後の帝国主義体制は、いわゆる「社会主義陣営」と植民地解放闘争、そして自国の労働者階級を、何とか内部化する能力を発揮したのである。「パックスアメリカーナ」とはいわばその総称と言ってよい。この意味における「統合力」をアメリカは失いつつあるのだ。
 そしてそこに生じている変化の本質的方向は、むしろ深刻である。アメリカの「圧倒性」は今や、「統合力」を掘り崩すものへと性格を変えた、と言うべきだらだ。これこそ歴史的に意味のある変容であり、それは以下に見るようにまさに決定的である。

組織者から寄生者へ

 そのような歴史的変容を構成している第一の要素は、アメリカ資本主義の変容に見ることができる。端的に言って今のアメリカ資本主義は、世界経済の組織者としての過去の姿を完全に失い、世界経済への寄生者となった。その象徴は、アメリカ資本主義が今や年間1兆ドルを超える世界の「余剰」資金の流入で維持されている、という事実である。その背後には年間8000億ドルを越えさらに膨らもうとしている経常赤字と、これまた巨額の財政赤字、そして、株式市場を含む資産市場の継続的価格上昇を維持しなければアメリカ経済自身が失速してしまう、という冷厳な現実がある。上記の現実を手当てする資金はアメリカ国内にはもはやないのであり、アメリカに流れ込む海外資金は、何よりも先ずアメリカ自身が不可欠に必要としているのだ。
 しかし「余剰」資金のこのアメリカ流入は、世界の悲惨な状況の解決に必要な資金充当の可能性を大きく狭めている。その可能性喪失の大きさは、G8サミットで時折発表されたりする「貧困対策」資金拠出額、数10億ドル規模(しかも長期間累計)と比較すれば、とてつもないものである。その意味でアメリカは今、世界を「食って」生きているのであり、この構造の下では、世界で進んでいる分断と排除の現実は、解消に向かうどころか緩和さえ不可能だろう。
 アメリカ資本主義のこの変容と、アメリカ多国籍資本が圧倒的に最大の受益者となっている新自由主義的グローバリゼーションの間には一体的なつながりがあるが、この点についてここではこれ以上触れない。しかしいずれにしろこの構造の下では、システムに対する反逆は世界各地で絶えることなく沸き起こる。そしてそれを内部化する物質的可能性は、アメリカ自身によって損なわれるのだ。アメリカのもつ経済力の圧倒性は今では、それが吸い上げる資金の巨額さという姿をとって、世界の分断と排除を促進する要因へと転化した。
 同時に上に見たアメリカの変容を別の角度から見れば、アメリカの対外依存度が決定的に深まった、ということを意味する。その深まりは資金の流れだけではない。アメリカ民衆の日常生活は今、低価格の海外生産品によってかなりの程度支えられている。そしてそのことが、アメリカ国内賃金の低位平準化と賃金上昇停滞の有力な基礎条件を作っている。つまりアメリカ資本は、その利潤の重要な源泉を低廉な輸入品に負っているのだ。膨大な貿易赤字はこの現実の裏返しでしかない。こうして例えばアメリカ経済の貿易依存度([輸出額+輸入額]/GDP)は、戦後長らく続いてきた数%という水準(黒字基調)が、今では約20%(圧倒的赤字基調)へと跳ねあがり、その性格も変質した。
 この対外依存関係は、他の諸国のアメリカへの依存関係をも示すものであり、その限りで依存は相互的である。しかしそのことは、依存の性格が対称であることを意味しない。資金の流れが象徴するように、アメリカの現在の対外依存はまさに世界へのぶら下がりなのである。それ故今では、「アメリカは世界を必要とするが、世界はアメリカを必要としない」というアメリカ経済評がしばしば公然と語られる。その意味でアメリカはこの側面では、例えば金利政策において、独自的行動選択の余地すらもはや大きく制約されている。

低下不可避―政治力

 第2に、国際政治の場におけるアメリカの発言力の相対的低下は、おそらく当面止まることのない変化である。例えば中国の発言力がこの先低下することは考えられないし、それはEUの場合も同様である。そこには経済的可能性と並んで、周辺各国との独自的結びつきの進展という、アメリカを相対化できる確固とした支えがある。
 さらにもう1つの歴史的に不可逆な要因が出現している。国力の大小を問わずあらゆる国家が自己主張を高めていることだ。この状況は、後述する新たな民衆的抵抗と現実にも相乗的な関係にあり、おそらく底深い流れだと思われる。これらの動きは特にWTOを始めとする国際機関において顕著であり、結局、特権的少数の密室談合で世界を取り仕切ることが正統性を失う、歴史的に不可逆な動きと言うべきだろう。アメリカは今後、世界に対する「指揮権」を主張しようと思えば、諸国を取りまとめるための格段に高い政治力を、あるいは世界的構想力を要求される。
 ところが逆にアメリカは何よりも、国際的利害対立の局面において諸国を「説得」するための、過去には持っていた2つの切り札を失ってしまっている。世界経済の組織者という機能の完璧な喪失は既に確認した。彼らには今、現実の中で既に色褪せつつある「自由貿易」という空虚な教条しか、持ち合わせがない。加えて、世界的秩序の「守護者」という機能もソ連崩壊以降その意義が大きく後退している。それを埋め合わせるためにブッシュ政権が持ち出した「長期的対テロ戦争」論は、始めから殆ど説得力を持っていない。

空洞化―軍事力

 そして第3に、秩序を強制する上で軍事力に備わっているといわば惰性で信じられていた「効能」が、今やその限界を隠せない。イラクの悲惨な現状はその象徴というべきだろう。アメリカの保有するまさに圧倒的な軍事力は、この地域に例え一時的にであれ、あるいは形だけであってさえ、何の安定した秩序も作り出さなかった。今はその期待すら消えている。この地域の安定はアメリカにとって、例えばアフリカとは異なって、どうでもよいものではない。この地域は最大の原油生産地帯であり、かつその原油生産にアメリカ資本の利害が直接関わっているのだ。アメリカが文字通り全身全霊を傾けざるを得ないこの地域の安定に、抜きん出て最高水準の軍事力が全く役に立たたず、むしろそれは混乱の元凶になっている。結果として原油価格の高騰は長期に固定する傾向を高め、アメリカ経済自身の不安定要因へと跳ね返っている。
 同様の現実は既にパレスチナにおいて示されていたのであり、そうであれば、ここに現れた軍事力の無効性の露呈は、歴史的な意味を潜ませているのではないだろうか。そこにはおそらく、民衆がもはや支配権力の受動的な操作対象ではあり得ず、社会の主要な能動的主体となった、という客観的な歴史的事実が深く関わっているように思われる。
 いずれにしろ秩序を維持する上での軍事力の無効化は、アメリカ支配階級にとって極めて深刻である。何故ならば彼らは、特にソ連崩壊以降、自らの覇権主張の保障を何よりも軍事力に求めてきたからである。クリントン政権時代から彼らは、「平和の配当」という一部の期待に背を向けて、すさまじい軍備拡張に乗り出した。そして、どのような国家であれ到底挑戦不可能な軍事力の確立を目指し、それを実現した。アメリカの現在の年間軍事支出は、全世界を合計した軍事支出のほぼ半分を単独で占めている。しかしその「努力」の成果は結局、世界に何らかの秩序をもたらす効果には結びつかないのである。
 それ故、アメリカの聳えるばかりの軍事力に対する世界の不信は一層募り、一方で、その真の姿が、即ち、アメリカの特権的階級をあらゆるものの犠牲と引き換えに保護するためだけのものであるという真実が、益々明らかとなってゆくだろう。つまり、アメリカの支配階級が最も頼りとし、今では唯一の頼りとさえ言い得る手段が、その深いところに空洞の広がりを抱えているのだ。
 それだけにアメリカの軍事力は、各地を好き勝手に破壊するだけの世界の脅威へと、現実に転化する可能性を秘めている。イスラエルの今の姿がアメリカの明日の姿となる可能性は否定できない。全世界を利潤の源泉としているアメリカ多国籍資本には、イスラエルほどの野放図さには一定のためらいがあるかもしれないが、上述の可能性は既に、アフガニスタンやイラクの現実の中に垣間見えているのだ。
 その可能性を具体的に封じ込める力をもつ者は、終局的にはアメリカの労働者民衆だけであり、従って世界の民衆にとって、アメリカの労働者民衆を自己の側に引き寄せる闘いが、今や現実の課題として極めて重要な意味をもっている。そして、アメリカ国内に潜行して発展している社会的・政治的分裂的状況と世界の民衆的抵抗の進展は、なおかつその2つのものの源の同1性は、その闘いが不可能ではないことを告げている。それ故「もう一つの世界」を求める世界の闘いは、アメリカの労働者民衆の支配階級からの自立を助けることを、もう一つの重要な任務としなければならないだろう。そこにおいてはおそらく、アメリカの民衆の中に深く根付いてきた平等と公正の価値を、具体的な社会の姿としてより実体のある形で現実に発展させることが、重要な位置を占めると思われる。

民衆と権力が直接対峙している

 今春のフランスにおける反CPE闘争の成り行きに関し、「朝日新聞」特派員は、民主主義の破壊という趣旨の下、ある種自身の恐怖を滲ませた、狼狽を隠せない記事を送ってきた。そのようなものとして記事自体は、民主主義に対する記者の浅薄な理解を暴露するだけのお粗末なものであった。しかし重要なことは、彼が「容易ならぬもの」を感じた、という事実である。それこそ今世界の深いところで進行しているものを映し出しているのであり、その意味で、統治階級に一体化しているエリート記者の恐怖は、確かに重要なサインを送っている。
 世界の民衆は少なくともこの10年以上、世界の各地で、様々な機会を捉えて、権力内部の密室的談合を拒否し、権力に直接肉薄する闘いを繰り広げてきた。当時日本では殆ど実感できず、また報道すらされなかったとしても、世界の舞台では、世界を席巻していた新自由主義的グローバリゼーションに対する民衆的抵抗が、特に90年代中盤以降、力強く再生していたのだ。そしてそれはより深く社会を捉えようとしていた。現に世界の支配的エリートは、1999年末、大衆的包囲の中でのWTO閣僚会合流産という形で、70年代末以降で最初の世界的つまずきを経験していた。このような形でこの間のG8(7)サミットやWTO会合は常に民衆に包囲され、その圧力はそこでの決定自体をも揺るがしてきた。そして諸国内部においても、政府に対する直接的意義申立てが随所で噴出し、それが現実の政策変更や政府転覆につながってもいる。大衆的決起を背景にした「左」派政権の登場というラテンアメリカの現状は、その最先端に位置するのであり、EU指令を一部跳ね返したヨーロッパ全域規模の港湾ストに続く、今春のフランスの闘争もまたその一部である。そしてその前史には、リオデジャネイロ国連環境サミットや北京国連女性会議など、国連会合へのNGO大量介入があった(注2)。
 その意味で今に続く民衆的抵抗の世界的進展は、確かな歴史的積み重ねを背景とした、それ故単純な雲散霧消を許さないある種の歴史的な変化と見るべきだろう。そしてそのような変化の性格は、今年まで6回を重ねた世界社会フォーラム(WSF)の成功と着実な充実として、その中での多様で厳しい対立を孕んだ論争を含めて、さらに政党の指揮が隠せない半ば儀式的な旧来型の国際会合とは明確に異なる姿を通して、見ることもできる。
 確かに再生し成長するこの民衆的抵抗は、過去の運動の単純な「失地回復」ではなかった。そこにははっきりとした新しい特徴があった。それは基本的に、社会党や共産党などの労働者民衆の伝統的指導系列から自立した、高い自発性と民主主義を支えとした大衆性であり、要求の急進性(自己決定と社会的排除に対する拒絶)であり、そして極めて自覚的な国際主義だった。このような新しい感性と視点なしには、おそらく、新自由主義的グローバリゼーションを問題の核心に据える運動も、「もう一つの世界は可能だ」というスローガンに集約された、世界的枠組の未来に対する直接的問いかけも、成長しなかったと思われる。
 このような新しい運動が社会に広く受け容れられる過程を通して、今あらゆる側面において、これまでの政治の機能のあり方、いわば民衆を極度に排除する形で歪められた「代表性」は、民衆からは正統とは見なされなくなり、従って機能不全化が進んでいる。そこに見られる特徴は、制度に順応しそこから実利を得ている既成政党に対する左右を問わない不信の増大、棄権の増大、そして制度的政治機構を飛び越えて権力に直接突き付けられる要求、さらに直接行動における既成政党の随伴的位置への転落、などだ。そこにはもちろん1体のものとして、左右を問わず既成勢力が強行した新自由主義政策―労働者民衆が獲得してきた社会的成果の破壊―に対する民衆の激しい怒りがある。そして同様に、経済的なそして必然的に社会的な諸問題の決定からほぼ完全に民衆を排除する新自由主義的グローバリゼーションも、正統とは見なされない。「市場を通じた発言権」、あるいは「市場を通じた選択―自己決定」というものの実体を、人々はこの4半世紀の経験でいやというほど味合わされた。人々はもはやそのようなものを平等で実のある、そして公正を保障するに足る権利だなどとは決して認めないのだ。
 このような民衆的抵抗の登場と高まり、そして権力との直接的対峙という現実の闘争が、新自由主義に代わる経済枠組と、並びに誰をも排除しない普遍的社会責任と民衆の自己決定機能を統1できる、新たな政治・社会枠組の創造を、具体的な課題として要求している。そしてそれらは最初から、一国的には決して完結しない課題として意識されている。ブラジル、イタリア、フランスの同志達が今現実の闘いの中で直面している課題こそ、このような問題である。

3.あるがままの対立軸に大変革の必要が宿る

 ここでは、世界的動揺の深さと必要とされる転換の深さを、今世界で現に対立の焦点となっている3つの問題の中で考えてみたい。3つとは、新自由主義的グローバリゼーション、国際的秩序、民主主義である。

新自由主義的グローバリゼーション

 新自由主義的グローバリゼーションが世界全域で、環境と社会の持続可能性を深刻に脅かしている。持続可能性の危機は今や、生産現場の技術的・人間的荒廃の0しという形で、生産そのものにまで侵入しようとしている。生産に忍び寄るこの危機は、おそらく、自由主義的反改良に対する抵抗の弱さと、相対的に高い技術的構成の生産という組み合わせを持つ、日本やロシア・東欧圏で、最初に深刻化すると思われる。日本においてその兆しは、JR尼崎の事故を頂点として、トヨタのリコール隠しに至るまで既に数え切れない。
 上述のような総体的な脅威という感覚は、もはや個々の生活苦というある種「個人的悲運」の水準を越えて、多くの人々に広がろうとしている。怒りは否応なく、個人的怒りから社会的「義憤」へと変わって行く。前章で見た民衆的抵抗の世界全域的な高まりの累積は、まさにそのことを示すものである。
 このような現実に対して支配階級が用意できる民衆説得の材料は、基本的に出尽くした。それらにともかくもかつてはあったメッキの輝きは失われた。新自由主義による「経済活性化」と、そのグローバルな展開による世界資本主義の新たな繁栄の時代、そして一体化した世界がもたらす平和、という彼らの「神話」は、新自由主義の4半世紀と、グローバリゼーションのほぼ20年という現実によって、完全にその馬脚を現した(注3)。結局のところ「新しい資本主義」は全く生まれていない。
 新自由主義的グローバリゼーションを擁護する主張は、特権的受益者の獲得物を何としても守ろうとする文字通り「利己的」な本来の姿を、今後益々さらけ出さざるを得ない。日銀の福井や、オリックスの宮内が演じた醜態は、その先駆けに過ぎない。そうであればこそそこには、必然的に、「社会ダーウィニズム」が代表する根底的な反平等―差別主義が、従って民主主義への根底的な敵対が、より露骨となってつきまとうだろう。
 新自由主義的グローバリゼーションは今や、ごく一握りの特権的受益者を除けば、人々にとって災厄以外の何物でもなく、この分割線に沿った対立は、より根源性を深め政治・社会的表現へと波及しつつ、世界大で拡大して行く。こうして、現実の闘争と様々な衝突が求めている事実上の焦点は今や、新自由主義的グローバリゼーションに代わる別の世界的経済枠組である。
 新自由主義的グローバリゼーションが、一部の特別な位置を占める開発途上諸国に、特にその支配的エリートに、大きなチャンスを与えたことは事実である。その代表が中国であることは論を待たない。しかしそのことは、これら諸国の極度に均衡を欠いた諸条件が、新自由主義的グローバリゼーションのもつ上記の激烈な破壊作用と結びつく、ということを意味する。トロツキーが論じた「複合的不均等発展」の矛盾がまさに爆発的に展開する。ここにおいても、「党国家体制」という強力な手段をもって最も野心的に突進した中国が、まさにその苦しみを今明らかにしつつある。そして深刻さを深める環境破壊をも含むその苦しみは、グローバリゼーションの構造下では、また地球環境という一体性の故に、全世界に波及する。しかしこの苦しみから逃れる上で、新自由主義的グローバリゼーションが提供できるものは何もないのである。世界的対立軸となった新たな世界的経済枠組をめぐる闘いにおいて、中国は鍵となる位置を占めている(注4)。

国際的秩序と平和

 世界全域で深まる社会の解体傾向と世界的枠組における秩序の動揺は、世界に広がったこの間の軍事的暴力の拡大・激化と明らかに深く結びついている。現在の世界的枠組の下では、今や個々の軍事的衝突や武力紛争を一時的に抑止することさえままならなくなっている。アメリカの軍事力がこの点では殆ど役割を果たし得ないことは、既に前章で確認した。このような状況においては、個別の軍事的紛争は地域的に波及する危険を絶えず内包せざるをえない。世界の各地では、悲惨な社会状況がその悲惨さをより深めながら放置されているのだ。総体としての「平和」は確実に不確実性を高めている。その意味で、冷戦崩壊直後には高まっていた平和への楽観主義は、完全に消え去った。
 世界の枠組は、そしてそこに一体化される国際的秩序は、現実の世界に見合った、そして民衆の現実の要求に対応可能な「統合力」を切実に求められている。
 その基礎となる第1の要素が新自由主義的グローバリゼーションの転換であることは論を待たない。イラク侵略に対する空前の世界的抗議が、反グローバリゼーション運動の世界的ネットワークと緊密に結びついていたことにも、それは象徴的に示されている。新自由主義的グローバリゼーションに固執する限りどのような「平和」も不可能である(注3)。それが可能となるためには、労働者民衆の全面的な無力化、ほぼ完全な受動化以外に道がないだろう。しかしそれは、とりわけ現代の資本主義にとっては死を意味する。現代の資本主義は、例えば原子力プラントを始めとして、高度な(そして危険をも内包した)技術的装備によってその生産性を始めて実現できている。完全に受動化された労働者では、その装備を確実に安全に稼動させるはできない。労働者民衆の無力化はそれ故、生産性を劇的に低下させるばかりではなく、社会を極度の危険にさらすことに帰着するだろう。JR西日本の尼崎事故が暗示していることはその事実なのだ。
 そして第2の要素は、秩序が獲得しなければならない正統性である。その基礎には少なくとも、法的普遍性と民主主義が要求されるだろう。現在の国際的秩序が二重基準的であり、密室性に満ち、非民主的であることは余りに明白である。国連と国連の諸機関、WTO、世界銀行、IMFなどの国際機構の限界は、特にこれらの点において露わとなった。そしてこれらの問題が国際的諸関係の問題として、既に現実の対立の焦点となっていることは前章で確認した。法的普遍性と民主主義を軽視する限りどのような国際的秩序も、現代では正統性を獲得することができず、それ故「統合力」に結びつくことはないのだ。
 しかし現在の秩序は、特権的部分の階級的利害の共有、あるいは支配的エリート内の閉鎖的利害配分を基礎として、またそこに適合するように形成されたものである。またそこには、過去から継承された身分制的秩序の文化もが色濃く投影されている。その意味で、法的普遍性と民主主義の欠如という現在の秩序の欠陥はある種本質的である。そして一方において、現在の支配的エリートには新自由主義的グローバリゼーションに代わる経済路線がない、という現実がある。
 それ故上に見た「統合力」回復に不可欠と思われる要素は、いずれも、現状の秩序と根底的に衝突する。加えて、枠組転換の最後の敵対者が、現状の最大の受益者であるアメリカ帝国主義であることもはっきりしている。変革に向けた現実の闘争は、極めて厳しいものとなるだけではなく、複雑な展開を辿ることになるだろう。また、その進展にはかなりの時間を要することも確かだと思われる。
 しかし部分的であろうとも、まさに現実の必要がそのような闘争を既に開始させている。新自由主義的グローバリゼーションを軸にした、ラテンアメリカを舞台とするアメリカとベネズエラの綱引きは、明確にそのような性格を宿している。それ故、現実が既に要求していることは、その始まりを確かなものへと、より大きな流れへと変えるための、実践的な挑戦と言わなければならない。
 その点で日本の我々にとって重要なことは、上記の闘争において、中国がある種の分岐点となるかもしれない重要な位置を占めることがおそらく確実だ、ということである。そうであるからこそ、新自由主義的グローバリゼーションと特権的少数による支配の「ステークホルダー」へと中国を引き込むことは、アメリカ帝国主義にとって世界を賭けた戦略となる。それ故、その障害にしかならない日本の復古勢力を彼らは決して容認しないだろう。
 「東アジア共同体」をめぐる諸問題は、客観的にはまさに世界が賭けられた意味を孕んでいる。日本の労働者民衆は、日本の支配層が未だ視野に入れていないその世界的意味を、先んじて自らの闘争の中に組み入れる必要がある。それは少なくとも支配層に代わる一つの希望の提示となり得るものであり、それ故おそらく、世界に立ち遅れてきた日本の労働者民衆の抵抗を再生させる上で重大な糸口となる、と私は考える。そしてそれは、先に見た世界的転換の闘いに確実に貢献するだろう。

民主主義―国家と社会

 昨年、フランスとオランダで、EU憲法条約案が国民によって相次いで否決されたが、この否決理由の中で重要な位置を占めたものに、民主主義の問題があった。それは、この条約案に関する激しい論争において、「民主主義の赤字」問題として知られている。重要な決定権限が、「国家と民衆」という従来の関係よりもさらにかけ離れたところに、しかもより密室性の高いところに移されることに対する強い批判である。この批判は、特にヨーロッパ中に吹き荒れた新自由主義の反改良政策がEU機構の「指令」として国家をねじ伏せる形で、あるいは、EUを衝立として強行されつつあった状況を背景に、労働者民衆の切実な危機感と怒りと1体化し、憲法案否決の重要な推進力となった。
 民主主義の問題全般が、労働者民衆の具体的な必要と結びつく形で、改めて重要な問題となったのである。しかしこれは、EUに特殊なことではなかった。民主主義の問題、あるいは「人民の主権」という問題は、世界全般で今改めて民衆の闘争の中心を占める問題に浮上している。
 世界を席巻した新自由主義的グローバリゼーションは、ある意味で歴史上初めて、法的にも市場を国家の上にそびえさせる挑戦であり、現実にも多くの諸国で市場が国家をねじ伏せる状況が出現しつつあった。特に多くのいわゆる発展途上諸国では、IMFの有名な「構造調整」指導の下で、多国籍大資本が国家の干渉を受けることなく自由に活動する権限を得ていた。そして民衆の生活にはまさに破壊が襲った。個々人の消費が圧迫されただけではなく、共同体の成り立ちとそれを前提として人々の生活の基礎的部分を支えていた社会的諸条件すらもが、破壊にさらされた。その典型こそ、新自由主義的グローバリゼーションのいわば実験場として、アメリカが最初に手を着けたラテンアメリカの現状である(注5)。
 このラテンアメリカで、民衆は繰り返し連続的に決起し、半ば実力で「左派」政権を次々と登場させている。そしてここでも民衆の要求の中心には民主主義があった。それは、民衆の要求に背を向けた政権の追放(追放する権利の実行)であり、「国家主権」であり、「資源の国有化」であった。「国家主権」や「資源の国有化」は、それだけを抽象的に取り上げれば、必ずしも民主主義要求とは言えないだろう。しかしラテンアメリカの具体的状況で問題となっていたことは、まさに一握りの特権階級と多国籍大資本から「人民の主権」を取り戻すことだった。「国家主権」や「資源の国有化」は、経済に対する労働者民衆の発言権という意味もこめられた、その時点における、また当地の具体的状況に対応した「人民の主権」の現実的な表現なのだ。付言すればこれは、現実の状況の中で獲得される実効的な意味を消し去って、これらの概念を抽象的に、あるいは理念を1人歩きさせて議論することの無意味さを示してもいる。
 いずれにしろ新自由主義的グローバリゼーションが、民主主義の実効性の問題を、さらにそこに果たす「国家」の機能という問題を、労働者民衆の生活と密接につながる問題として、現実に鋭く突きつけている。しかしこの突きつけに対する労働者民衆の回答は、上に見るように、旧来的な民主主義―形式的な同権制、形式的な代表性、階層的集権の秩序を基礎において、事実上は行政権力に圧倒的比重を保障する間接民主主義―とそれに基づいた国家、の呼び戻しとはなっていない。そうはあり得ないのである。
 新自由主義政策は、その強烈な社会破壊作用を多くのところで既に発揮している。世界各地で社会はその持続可能性すら深刻に傷付けられた。新自由主義政策の本格始動からおよそ10年を経て、この破壊作用の深刻さは、底抜けの新自由主義讃美におおわれていたこの日本でも、今ようやく広く認められつつある。
 しかし新自由主義の思想には、この現実の破壊に対する回答は本質的に存在しない。実際この政策路線の旗手となったサッチャーの「社会などというものは存在しない」という発言が伝えられている(もっとも彼女は今になって、言いたかったことは別のこと、などと釈明しているらしい)。そのために上述の危機に対して新自由主義者が用意する手立ては、基本的に強権による社会保安しかない。その論理的帰結は選抜された受益者の隔離と保護であり、城塞都市や六本木ヒルズはそのようにして出現する。アメリカは「愛国者法」に頼り、ブレアのイギリスは膨大な数の監視カメラを張り巡らす。
 程度の差はあれ、新自由主義へと舵を切った諸国では、押しなべて国家の強権化が進んだ。しかし強権化は根底において、民衆の自治能力を弱体化させるのであり、社会自体の生命力は悪循環的に衰退に向かうしかない。従って今現実が求めていることは、社会そのものの民衆による再構築、と言わなければならない。
 その意味で現在焦点として浮上している民主主義の問題は、国家と社会双方への広がりを持つ、ある種根源的な、しかも実践問題としての民主主義の捉え返しなのだ。その意味で、単純な旧来的民主主義の呼び戻しはもはや回答にはならない。このような性格をもつ世界の民主主義を問題とした具体的な闘争の場において、新しく再生した民衆的抵抗が最も精力的な担い手となっている必然性も、ここにあると思われる。前章で見たように、この新しい抵抗に刻まれた急進的な民主主義の感性は、そのような闘いの推進力となる資格を与えられている。
 そしてこの急進的な民主主義の感性は付け刃ではなかった。そこには、70年代以来連綿と続けられてきた、旧来的民主主義への意義申立てと、民主主義の実効的深化を求める闘い、という前史がある。それらの闘いの一部として緑の党やNGO、NPOなども成長してきた。現在の世界的な民衆的抵抗運動は、はっきりとそれらを引き継いでいるのだ。この運動は民主主義に、脱皮に向けた強力な圧力を加え続けるだろう。その中でこれらの勢力は、自らの運動内部の関係を含めて、民主主義の創造的実践に挑まなければならないし、ラテンアメリカの実験的模索を先頭として現に挑もうとしている。
 しかしここに至る過程において、先の民主主義要求の一部にも、新自由主義的反改良に利用された側面があることに留意する必要がある、と思われる。自己決定と自律という理念それだけでは、小さな政府―自己責任と重なる部分が確かにあるのだ。構造問題としての社会的排除、という現実の社会の姿に背を向ければ、自己決定と自律という理念は必然的に個人化し、その結果として、国家(官僚)と(均質な)市民社会という単純化された対比において、「小さな政府」を民主主義の進化としてむしろ後押しする可能性を孕むことになる。我々は現実に日本において、民主主義をエネルギーとする市民運動の1部が、「小泉構造改革」にかなり惹きつけられた、という事実を目にしている。一部の公共サービスを社会諸団体に積極的に移し変えようとしているブレアの社会自由主義にも、その傾向はかなり明白だ。
 そして我々は今、ビル・ゲイツとウォーレン・バフェットという世界で1位と2位の大富豪が、彼らの全個人資産を投入して「慈善事業」財団を設立する、という報に接している。しかし彼らの「個人」資産は、レーガン以来の金持ち大減税をも重要な源泉として蓄積されたものである。バフェットの場合はそもそもが、カリブ海の「タックスへブン」に設立した金融会社が資産形成の舞台だ。つまり彼らが投入すると語る資産のかなりの部分は、本来税として公共的管理の下に移されるべきものだったということになる。結局今回の彼らの企画は事実上、社会的課題への対処は税金ではなく個人資金で行うべき、という表明である。事実バフェットは、「政府よりもゲイツの方が有効に金を使う」と語っている。まさに小さな政府論者の面目躍如であり、ここには、新自由主義的に解釈された自己決定と自律の、社会領域にまで拡張された1つの回答がある。
 しかし、社会的課題への対処を個人の独断と裁量に預けることを意味する彼らの回答は、民主主義だろうか。少なくともここには、「慈善事業」の対象となる人々の自己決定の保障も、公共サービスであれば不可欠な普遍性原則の保障もない。全てはビル・ゲイツの個人的信条と裁量にかけられている。
 民主主義に特に今求められているものは、極めて具体的である。理念は社会の現実の中で検証され、労働者民衆の具体的必要に則して適切な実体へと創造的に形をとらなければならない。ビル・ゲイツの決断とウォーレン・バフェットの即座の賛同は、新自由主義の現実が今や、社会的課題に対して、新自由主義者にすらある種の対応を迫る段階に達したことを示している。しかしそれだけではなく、その対応は我々に、民主主義の捉え返しに逆の側から1つの示唆を与えている。そしてそれはまた、問題が具体化すればするほど、何が民主的かを巡っても闘争が必然化することを指し示している。民主主義の創造的深化は、このような闘争関係の中で具体的な実体に実を結ぶことになる、と私は考える。

4.むすび―新しい左翼の展望

 世界は事実上、新自由主義的グローバリゼーションの次の時代を見据えた闘争の局面に入り始めた、と私は考える。本報告は、その点にもっぱら焦点を当てている。
 求められている転換の範囲と深さは相当に広く深い。それ故、そしてまたその中で民主主義の問題が重要な要素となる点において、闘争の進展過程はおそらく、短距離走というよりは、幾度ものスパートや駆け引きの必要をも含め、マラソンに似ているのかもしれない。かつて故エルネスト・マンデル同志は、「長期化する二重権力」という観点を仮説として提起したことがある。それは、長期化する混沌を意味してもいるが、現実の事態はそれを滲ませてもいる。我々は忍耐を要する闘い方を学ばなければならないだろう。そこにおいては統一戦線が、闘争に力を与える武器として、民衆の自己決定の舞台として、さらに民衆的歴史創造の発酵器として、より重要な意味を帯びるだろう。その意味でまた私は、ロシア革命モデル―統1戦線を舞台とした、党派闘争を通じた前衛党の短期的多数派獲得―はおそらく機能しないだろう、と考えている。
 しかしいずれにしろ、世界的には、転換に向けた闘争は確かに意識されている。そしてこのマラソン的闘争を通して、政治の問題としては、次の世界を総体として枠付ける路線が争われることになる。現在のスタート時点において、それらの路線が明らかな形で出そろっている訳ではない。それは現実の闘争の中でこれから輪郭をはっきりさせることになるだろう。しかし、目指す方向という意味では、基本的勢力配置は明らかになりつつある。新自由主義死守勢力、社会自由主義勢力、反資本主義勢力、そして、宗教的原理主義を含んだ旧習的共同体回帰勢力、がいる。
 反資本主義勢力にとっては、「もう一つの世界」をより具体的に浮かび上がらせる闘いが重要になると思われる。そこにおいては、「過渡的綱領」アプローチと、「構造改革」アプローチが実践問題として重要な論争軸となるかもしれない。出発点としての要求は両者においておそらく重なっている。問題は、要求の実効化の保障をどこに求めるかである。原理主義的ではない論争が求められる。
 我々はそれらのことを確認した上で、日本の「新たな左翼」の、現実に可能な発展の道を切開くために、新たな時代への対応により強く留意しつつ、積極的に貢献しなければならない。

注1)『世界』8月号、66頁〜73頁。尚、同論考で寺島氏は、20世紀と対比しつつ、「2世紀の」という形容表現を幾度か用い、歴史的尺度の意味に対する問題認識も示唆している。
注2)2000年11月FI国際執行委員会決議「資本主義的グローバリゼーションへの抵抗:新たなインターナショナルへの幕開け」。本決議は我々の2001年総会に訳出報告され討論された。15大会において修正された同決議は、『15大会報告集』に所収。
注3)新自由主義、並びにそのグローバルな展開がもたらした帰結を告発する文献は、多数出版されている。
注4)本紙190・191号、「改革・解放の現段階と今後の中国」(織田)。
注5)ラテンアメリカについては、この間の本紙に継続的に掲載。また「NHKスペシャル」がつい最近、意欲的なレポートを2回に分けて放映している。
 
第18回総会コミュニケ
          

 国際主義労働者全国協議会は、8月**日―**日、**にて第18回総会を開催した。
 総会はまず、世界情勢報告、世界的枠組の動揺と「もう一つの世界」への挑戦(報告者寺中)を討議した。報告は、主要に第15回世界大会以降の主要な世界の動向を評価した上で、情勢は第15回大会の規定をすでに越えつつあり、いまや「もう一つの世界は可能だ」のレベルを越える取組みの段階に入った、と提起した。この新たなレベルでの討論は、そもそもは第15回大会の討論そのものに内包していたものだが、その時点では論争は一定程度抑制的であった。しかし、ブラジルのルラ政権をめぐる対応はブラジル支部内部での深刻な対立と組織的分岐を生みだし、さらにイタリアの左派大連合問題、フランスにおける同様の問題の生起は、もう「一つの世界とはなにか」を正面から問うものとなった。グローバルな展開を進める新自由主義、その背景となる資本の世界支配構造、その諸機構(IMF、WB、WTO)の総体に対していかなる世界を対置しうるのか。トービン税の世界的取組みなどの新たな闘いはあるものの、大衆動員方式だけでは進みきれない状況にいかに向きあうのか。第18回総会は、以上の点を論点として整理した。結論として、総会報告議案は『労働者の力』に掲載し、広く討論の拡大と深化を求めることとした。
 次いで、フランス支部の同志からの報告を受け、反CPE闘争の展開とその後のフランス大統領選挙への左派共同候補擁立問題をめぐるフランス支部内部の論争について報告を受け、質疑応答を行った。上記のように、左派共同戦線による右派政権打倒の課題はイタリアにおいてはベルルスコーニ政権を打倒した。フランスにおいてもシラク政権打倒の要求は差迫った要求である。だが、ここに、社会民主主義勢力が実質社会自由勢力に様変りしたヨーロッパ世界で、選択肢の基準が別に求められるべきではないのか、反新自由主義のグローバリゼーションを選択の基準にすべきではないのか。いや、そうとは限らない―論点を簡略化すれば以上のようになる。この問題は日本においても、無縁なものではない。フランス支部内部の論争は、今後紹介していきたい。
 日本情勢、大衆運動に関して、論点は、二大政党化状況のすう勢に抗する左派戦線構築の課題について集中した。すでに旧勢力化した社会民主党、共産党の壁を食いやぶろうとする動きを支持しつつも、実現は容易ではなく、具体的な運動の積重ねが必要であるし、同時に東アジア総体を巻込んで進行している国際的状況の構造変化が日本情勢を大きく揺さぶる要因ともなる。そうした時代的変化に備えることの必要性を確認した。以上。
 
 
   
 小泉外遊の足下で
ユーラシア大陸とアメリカ―構造変化のダイナミズム
             世界の一断面


 プーチン政権下のロシアはアメリカと微妙な位置関係を明らかにしている。グルジア、ウクライナ、ベラルーシ、中亜諸国―アメリカはこれらの旧ソ連圏諸国を「民主化」と称して、ロシアの影響力から切離す作業を続けてきた。成功もあれば失敗もあり、その間もあるが、プーチン政権が体現する「エネルギー資源を駆使した大国ロシアの復活」という命題とは衝突せざるを得ない。
 もう一つの大国中国とロシアの接近は中亜諸国を巻込んだ「上海協力機構」の形を取り、南アジアを視野に入れた結合関係を、軍事的にも深めようとする。これもアメリカの世界覇権に潜在的に対抗する明白な動きである。
 ユーラシア大陸の西はずれ、ヨーロッパ世界におけるEUの拡大―これもまたアメリカの世界覇権に対する明白な抵抗だ。イラクをめぐるフランス・ドイツの連合の登場を指摘するまでもなかろう。
 ユーラシアとアメリカ、アメリカの世界一極支配の構造を根本的に揺るがす「対抗関係」の浮上である。これを軸にラテン諸国の非米化の動き、加えてイスラム諸国における宗教原理主義国家への流れなどがある。
 東西対立の旧世界構造の解体は、アメリカ一極支配に帰着せず、ユーラシアという巨大大陸の東と西を貫いてアメリカ覇権への抵抗へとうごめき始めた。すなわち、ポスト冷戦後の世界の、「安定構造」が何一つ作られていないというべきであろう。すべてはこれからなのだ。
 2つのことが言われなければならない。1つはこうした構造に直面して、アメリカ・ネオコン戦略の行き詰りがある、ということである。イラクにおけるアメリカ支持の有志連合は以上のユーラシア・アメリカのダイナミズムの進展に「怖れ」をいだく諸国連合というべきであろう。中国をパートナーシップとするというアメリカ国務省の(1部の)主張は、明らかにネオコン戦略からの脱皮を考慮している。日本の小泉がその卒業旅行に選んだ諸国はすべて有志連合の国々であり、日米同盟強化論はブッシュ・ネオコンラインへの媚びに過ぎず、明らかに時代遅れなのだ。
 だが2つ目のことも言われなければならない。EU憲法をめぐる日本の議論には、こうした大国間のヘゲモニー問題にとらわれ過ぎの傾向が目立った。反アメリカのEUを、という主張の持つ落し穴が考慮されていないのだ。つまり、大国同士の覇権争い、権力独裁的なプーチン、一党独裁の中国、ヨーロッパ資本主義の浮上をねらうEU―共通するのは資本主義の新自由主義的価値観である―が主役を演じる覇権争いの背中を押してしまってはどうにもならない。ユーラシア側の動きに次の世界構造を見据えたものが見あたらないことも指摘すべきことだ。
 EU憲法問題はこうした大国間の覇権をめぐるダイナミズムに抗する民衆的世界の欲求の1つの現れだ。ラテンアメリカ世界での非・反米政権の台頭も、力を使いつくしている南米諸国資本主義を別の形で表現している。もはや南米諸国において、各国資本主義はアメリカ資本に食いつぶされ、政権がペロン主義的ポピュリズムに訴える余地をも奪ってしまった、と言ってよい。
 世界は二重の形で動いている。大国間の覇権争いとその間隙をつく民衆の闘争の噴出。民衆のヨーロッパ、民衆のラテンアメリカ、そして民衆の東アジア、さらに多くの民衆の世界が追及されるべきなのだ。そして、東アジア共同体を大国間ヘゲモニー争いの道具にしないための努力が求められている。(K)
 

 レバノン
33日間戦争と国連安保理決議1701

        
ジルベール・アシュカル
 

 2006年8月11日に国連安保理が採択した決議は、イスラエル、ワシントン、またヒズボラの誰をも、全面的には満足させなかった。しかしそれは、この決議が「公正で釣り合いが取れている」ということを意味している訳ではない。それはただ、軍事的な手詰まりの1時的表現を意味しているに過ぎない。ヒズボラはイスラエルに軍事的大敗北を負わせることができなかった。その可能性は、力関係の完全に均衡の取れない現実によって、常に排除されていた。それは、ベトナムの抵抗運動がアメリカに軍事的大敗北を負わせることが不可能であったことと同様である。しかしイスラエルもまた、ヒズボラに軍事的大敗北(?)を、あるいはいかなる意味でも(?)実際には、何らかの敗北を負わせることもできなかった。
 この意味でヒズボラは疑いなく実質的な政治的勝者であり、イスラエルは、7月12日に勃発した33日間戦争における実質的敗者である。そしてこの明白な真実は、エフド・オルメルト(イスラエル首相―訳者)やジョージ・ブッシュが何を語ろうとも、それで変わる訳ではない(注1)。

帝国主義者の目標―ヒズボラの破壊―

 今賭けられているものを理解するためには、この攻撃においてアメリカの支援の下にイスラエルが追求した目標を概括してみることが必要だ。もちろん、イスラエルの猛攻の中心目標はヒズボラの破壊だった。イスラエルは、3つの主要手段の組み合わせを通して、この目標達成を追及した。
 その第1のものは、空軍力におけるイスラエルの「圧倒的かつ非対称な利点」を活用する、猛烈な卑劣極まる爆撃作戦を通して、ヒズボラに致命的な打撃を加えることにあった。この作戦はヒズボラの補給路切り取りを狙いとし、彼らの軍事的基盤(ロケット弾在庫、ロケット砲、その他)の多くを破壊し、彼らの戦士の大多数を殺害し、ハッサン・ナスララと他の中心的党指導者暗殺によって党の頭を切り落とそうとするものだった。
 手を着けられた第2の手段は、レバノンシーア派内のヒズボラの大衆基盤を、反党方向に転換させようとするものだった。イスラエルは、殺人的な作戦を通した彼らの悲劇に対する責任を、この党に押し付けようと考えていた。この作戦はもちろん、イスラエルがレバノンシーア派に巨大な惨害を加える、ということを求めていた。その手段こそ、意図的に、幾つもの村落と近隣全体を何もない更地にし、何百という市民を殺害する、極度に犯罪的な爆撃作戦だった。
 これは、この種の軍略(?)、即ち典型的な戦争犯罪、にイスラエルが頼った初めての事例ではない。1978年のイスラエルの最初の侵略以前、「ファタハランド」と呼ばれていた南レバノンでPLOが活発であった時期、イスラエルは常に、領内へのロケット弾発射地点とみなされた周辺全ての居住地を激しく砲撃した。例え発射地点が西岸地区であったとしても、南レバノンへの砲撃は変わらなかった。
 当時この軍略は、南レバノン住民の重要な部分からPLOを引き離すことに成功した。その助けとなったものは、そこら一帯では反動的な指導者が未だ主要な勢力であったという事実であり、また、パレスチナゲリラの振舞いが全般的にひどいものであったが故に、彼らが外国人として容易に縁を切られたという事実であった。レバノンシーア派内における比較にならないほどのヒズボラの位置を前提として今回イスラエルは、集団的懲罰の残酷さと範囲を単純に劇的に増大させることで、同じ効果を達成できると考えた。
 第3の手段は、レバノン住民の生活全体を大量にかつ決定的に崩壊させること、さらに、これらの住民を、特にシーア派以外の共同体をヒズボラに敵対させるよう扇動する目的をもった陸、海、空の封鎖を通して、人質にすることにあった。この目的は、シーア派組織に敵対するレバノン軍の軍事行動へと発展する、ある種の政治的空気の創出につなげることと一体であった。これこそ、攻撃開始の時点で、イスラエルは南レバノンにレバノン軍以外のいかなる軍事力の展開も望まない、とその高官達が述べた理由だ。そして彼らは特に国際的軍事力を拒絶し、現存の国連停戦監視団(UNIFIL)につばを吐きかけた。
 この計画は実際、2004年9月の国連安保理決議1559採択に際しての協力以降、ワシントンとパリの目標であり続けた。この決議は、レバノンからのシリア軍撤退と、「レバノン人と非レバノン人軍事組織全ての武装解除と解散」を要求していた。この決議が対象としていた組織は、要するにヒズボラと難民キャンプのパレスチナ人組織だ。
 シリア軍がレバノンから取り除かれるならば、レバノン軍がヒズボラを武装解除し解散させることができるだろう、ワシントンはこう信じてきた。なにしろこの軍は、主にペンタゴンによって、装備を供給され訓練されてきたのだ。シリア軍は実際に2005年にレバノンから撤退した。しかしその理由はワシントンの圧力ではなく、政治的騒動と大衆的決起だった。そしてこれらのことは、この年の2月の、レバノンの元首相でサウジ支配階級の非常に親密な友人であるラフィク・ハリリの暗殺が原因だった。
 引き起こされた大衆的なデモと対抗デモという光景に照らし出されたこの国の力の均衡は、アメリカと同盟する連合によるヒズボラ問題の力による解決、という想定を不可能とした。むしろこれらの連合は、ヒズボラとの広範な連合の形で次の5月の議会選挙を実施すること、さらにこれ以降2人のヒズボラの大臣を含む連立政府を通したこの国の統治、という義務を負わされた。ワシントンはこの幻滅的結果にせかされて、イスラエルの軍事干渉に青信号を出した。そしてその干渉に必要だったことは、ただ適当な口実だけだった。それを与えたものこそ、7月12日にヒズボラが敢行した越境作戦だった。

イスラエルの完敗

 上述した中心的目標と3つの手段と対比した時、イスラエルの攻撃は全面的で明白な失敗だった。もっとも明白なことに、ヒズボラは、破壊される(?)どころではなかった。彼らはその政治的構造と軍事力の大半を保持し、8月14日朝の停戦発効のまさに間際まで、イスラエル北部を破壊するという自由をほしいままにした。
 彼らはその大衆的基盤を切り取られなかった。それどころかこの大衆基盤は、レバノンシーア派内に止まらず、レバノンの他の宗教的共同体の中でも同様に相当程度拡張された。加えてこの戦争は、特にアラブ地域と残りのイスラム世界において、巨大な威信をヒズボラにもたらした。最後にしかし決して軽んじてはならないことに、上の全ては、レバノンにおける勢力均衡全体を、ワシントンとイスラエルが期待したこととまさに正反対の方向で一定の移動に導いた。ヒズボラは、より強力となって、そしてその公然、非公然の敵手、即ちアメリカとサウジ王室により恐れられるものとなって浮上した。
 レバノン政府は基本的にヒズボラ側に立ち、イスラエルの攻撃に対する抗議を最優先した(注2)。
 イスラエルの最も明白な失敗に関してこれ以上何かを引き出す必要はないが、イスラエル内部で殺到する批判的評論を読むことには、十分以上のものがあり、それは失敗の現実を最も赤裸々に示している。最も鋭い論評の1つは、争う余地のない専門家、3度「国防」相を経験したモシェ・アレンスが書いたものだった。彼はハーレッツ紙に大いに意味のある短い論評を書いた。
 即ち、「彼ら[オルメルト、アミール・ペレツ(国防相、労働党―訳者)、ツィッピ・リビニ]は、イスラエル空軍のレバノン爆撃がヒズボラを短期に縮み上がらせ、苦痛なく我々に勝利をもたらすだろうと信じることのできた限りで、2、3日の栄光を得ることができた。しかし、彼らが全くひどいやり間違いをしでかした戦争が経過するに従い徐々に、空気は彼らから外れていった。そこここで彼らは、今も幾つもの好戦的な声明を放っている。しかし彼らは、もはや彼らには扱うことができなくなりつつある物事の展開から自身をいかに救い出すべきかと、出口(?)を探し始めた。
 彼らは麦わらをつかもうとした。そして国連安保理以上に良い麦わらが何かあるだろうか。ヒズボラに対する軍事的勝利を収める必要は全くない。国連に停戦を声明させよう、そうすれば、オルメルト、ペレツ、リビニは、人がそれを信じようが信じまいが、勝利を単純に声明できる、というわけだ。我々の指導者によってイスラエルの戦争抑止体制を回復するものと想定された戦争は、1ヶ月も経たない内に、その体制を破壊することに成功してしまった」と(注3)。
 アレンスは真実を語っている。イスラエルは、この新たな戦争開始時点で自身のために設定した目標のどれ1つとして達成不可能であることを、自身で一層明らかにしたが故に、出口を探し始めたのだ。イスラエルはその失敗と引き換えに、破壊的で復讐心に満ちた憤激をレバノン全土で解き放った。1方でアメリカの後援者は、国連における彼らの姿勢を切り替えた。停戦(?)を求める安保理決議を議論しようとするいかなる試みをも3週間以上もの間封じ込めることによって時間を稼いだ―61年続いた国際制度の歴史を通じて、その麻痺の最も劇的な事例の1つ(?)―後で、ワシントンは、イスラエルの戦争を外交的手段で引継ぎ継続することを決定した。

決議1701に至る暗闘

 その姿勢を切りかえることでワシントンは、レバノン問題に関してパリと再び一致した。パリはアメリカとの間で、サウジ富裕層から特に武器売却を基にして(注4)最大の利得を手に入れるための、競合があるとはいえ共通の熱の入れ方を分かち合っている。そして規則的にかつ風を見ながら、ワシントンの目標と彼らの中東最古の顧客並びに被保護者が抱く懸念との間に、何らかの緊張が持ち上がるその度に、サウジの右側に位置を占めている。今回のイスラエルによる新たなレバノン戦争は、そのように振舞える好機だった。イスラエルの殺人的な攻撃がサウジの支配家族の観点から見て生産的な方向に逆行すると分かるや否や、彼らは戦争の停止と手段の変更を要求した。彼らは、彼らの利害にとって致命的であることが証明されかねない中東の不安定化増大に、恐れを感じているのだ。
 パリはすぐさまこの姿勢に味方して登場し、ワシントンも最後にはこれに倣った。しかしそれは、面子を救うために何らかの軍事的成果を上げようとの試みに向け、イスラエルの攻撃にあと何日かの猶予を与えた後のことに過ぎなかった。2つの首都によって術策を凝らされた最初の決議草案は、8月5日に国連で配布された。それは、イスラエルが軍事的には達成できなかったものを、外交的に達成しようとするあくどい企みだった。この草案は、レバノンの主権に対する「強力な支持」を述べつつも、それにもかかわらずその空港や港の再開を、ただ「検証可能なかつ純粋に市民の目的」のためだけに呼びかけていたに過ぎない。そしてそこにはまた、「レバノン政府によって認可されたものを除く武器と関連物資に対する国際的禁輸」の設定が規定されていた。その規定は即ち、ヒズボラに対する禁輸を意味していた。
 それはまた決議1559を改めて強調し、「周辺の安全保障を提供する形で政府とレバノン軍部隊を支援し、永久的な停戦と長期的問題解決に貢献するために、国連憲章第7章の下で、国連が委任する1つの国際軍展開」を承認するもう一段の決議を呼びかけていた。この文言の書き方は、それが実際にはただ軍事作戦の実行を認められた国際軍(国連憲章第7章)だけを意味し得るように、曖昧にぼかされている。その目的は、レバノン軍と連携した軍事力による、決議1559の実行だ。
 その上この草案には、その下でヒズボラの武力が取り除かれることとされていた地域であるリタニ川以南地域に、さらに、レバノンの残りの地域でヒズボラを取り除くことに失敗した後になって、イスラエルが安全確保を要求した地域の限界に、先の軍事力を限定するような条項は1つもなかった。これは、レバノンの残りの地域でも、国連軍がヒズボラに敵対して行動するよう求められる可能性がある、ということを意味している。
 この計画はしかし、イスラエルが地上で行ったことによって全く是認されなかった。それ故この草案は敗北した。ヒズボラはイスラエルに対して強力に立塞がった。そして、1年以来イスラエル―レバノン国境(「ブルーライン」)沿いに展開している国連軍、現在のUNIFIL以外の、どのような国際部隊も受け容れるつもりがないということを明確にした。レバノン政府はヒズボラの反対姿勢を伝え、草案修正を要求した。そこには、アメリカの顧客全てを含んだアラブ諸国が唱和した支援があった。どのようにしてもこの草案が安保理で承認される見込みがなかった以上、ワシントンにはそれ故、草案修正以外の選択肢はなかった。
 その上ワシントンの同盟者であるフランス大統領(?)、ジャケス・シラクは、戦闘開始後2週間経ってから、ヒズボラの同意が前もって得られない限りどのような部隊展開も不可能と、自身の口で公然と断言していた(注5)。そして彼の国は、国際部隊の主要部分を提供し、それを率いる(?)ものと期待されている。
 それ故草案は差し戻され再交渉された。その一方でワシントンは、イスラエルの立場から最良の取引ができるように、圧力手段として、大規模地上攻撃という刀を振りかざし、実際にそれに手を着けるようイスラエルに要求した。人道的見地から益々緊急を要していた停戦に至る協定を容易にするために、ヒズボラは、リタニ川以南地域へのレバノン軍15000の展開を受け入れ、その全般的立場を和らげた。決議1701はこうして、8月11日の安保理での通過が可能となった。

仕込まれた罠

 ワシントンとパリの主な譲歩は、7章を基にした一時しのぎの多国籍軍創出という計画を断念することだった。現実に決議は、「UNIFILの軍事力を最大15,000まで増強する」ことを認め、その結果、現存の国連軍は改造され、相当程度膨らむことになる。しかしそこには大きな罠があった。それは、この部隊に対する委任の再定義であり、それによってこの部隊は今や、「レバノン軍がいく歩も先に進むことを助ける」ことが可能となった。進む方向とは、「ブルーラインとリタニ川の間における、レバノン政府とUNIFILが管理するもの以外の、どのような個人の武装も軍事施設もまた武器も取り除かれた地域の創出」である。UNIFILは今や同様に、「その部隊の展開地域において、またその能力を超えないと思う範囲で、その作戦地域内をいかなる敵対活動にも使用させないことを確実にするために、必要な全ての行動を取る」ことが可能となっている。
 先に示した2つの文言はそれが結び付くことで、7章の委任に極めて近いものになり、いずれにしろ容易にそのように解釈され得るだろう。その上UNIFILに対する委任は決議1701によって、現実に「その展開地域」を越えて拡張されている。というのもそれは今や、「その要求にしたがってレバノン政府を助ける」ことが可能となっているからだ。そこで問題とされている任務は、「武器と関連物資が政府の承認なしにレバノンに入らないように国境と他の入国地点を確保する」(?)というものだ。この文言は、イスラエル―レバノン国境には全く言及せずに、北から南まで国の長さをもつシリアとの国境に言及しているのだ。これらが決議1701に込められた主要な罠であり、その一方、イスラエル占領軍の撤退に触れた表現はない。ここにこそ多くの論評が焦点を当ててきたのだ。もっともイスラエルの撤退は実際には、どのような国連決議にもよらず、ヒズボラの抑止力によって推進されているのだが。

ヒズボラの冷静な決断

 決議1701のレバノン政府による承認に対して、ヒズボラは青信号を出すことを決定した。ハッサン・ナスララは8月12日に談話を発表し、国連が委任した部隊展開に対する党の同意決定を説明した。そこには、彼の以前の演説のいくつかにあったものよりもはるかに冷静な情勢評価と、かなり深い政治的知性が含まれていた。ナスララは、「今日我々は、レバノン人がその様々な立場から表している合理的で考え得る当然の、十分な堅固さをもつ判断を前にしている」と語った。そこがテヘランであれダマスカスであれ、ヒズボラの後援者によって安っぽく打ち出されていた類の自画自賛的勝利宣言のいかなるものも、ナスララに何物かを付け加えることを求めていたが故に、この冷静さはまさに必要なものだった。「勝利をさらに1つ求めるならば私は敗北するだろう」と述べたとされている、古代ギリシャのピュラス王のような姿勢が求められていた。ヒズボラの指導者達は、知性的にかつはっきりと、戦果の評価に関する論争に入り込むことを拒否した。そして彼らは、「我々の具体的優先目標」は攻撃を停止させ、占領地域を取り戻し、「我々の国の安全保障と安定性、並びに難民と追い立てられた人々の帰還を実現することだ」と強調した。
 ナスララは彼の運動の実践的立場を以下のように定義した。それは即ち、停戦を守ること、そして「我々の追いたてられ、避難した人々の、彼らの家や彼らの故郷への帰還を促進できる全ての機関、そして人道的なまた救援に資する作戦を促進できるすべての機関」と全面的に協力すること、である。彼のこの定義にはもちろん、レバノン領内にイスラエルが止まる限りイスラエル軍に対する正当な戦闘を続ける準備は整っている、との表明が伴われている。もっともそれと同時に彼は、1996年協定の尊重を告知した。この協定では、両軍の作戦は軍事目標に限定され市民は除かれる、とされている。この点に関してナスララは、彼の運動がイスラエル北部への砲撃を始めたのは、7月12日の作戦後のレバノンに対するイスラエルの爆撃に対する反撃としてのみであったこと、また、イスラエルは最初の段階で市民に戦争を広げたことに対して責任を問われるべきであること、を強調した。
 その上でナスララは、決議1701に対する立場を、現実の実行における検証まで、多くの留保条件付での承認と評価するのが最上、と述べた。そして彼は決議の不公正さへの抗議を明らかにした。この決議はその序文において、イスラエルの攻撃と戦争犯罪に対していかなる非難も控えていたのだ。しかし彼は、決議はもっと悪いものになる可能性があった、と付け加え、さらに、そのようにならないようにした外交努力に対して、感謝を表した。彼の言明の中心点は、決議が扱っている課題のいくつかはレバノン人自身(?)が議論し解決すべきレバノンの国内問題である、とヒズボラがみなしているということだった。そしてこれに関して彼は、レバノンの国民的統一の維持と連帯に関する強調を付け加えた。
 ナスララの立場は、今ある環境を前提とした場合に可能な、最も正しいものであった。ヒズボラは戦争停止を促進するために譲歩しなければならなかった。レバノン住民全体がイスラエルによって人質にされている以上、非妥協的な姿勢はどのようなものであっても、人道的観点から見て恐ろしい結果を伴う可能性があった。イスラエルの破壊的で殺人的な凶暴さは、それ以前にぞっとさせるような結果を残していた。ヒズボラは、現実の問題は国連安保理決議の文章表現であるというよりも、その解釈と実行にある、ということを、そしてこの点に関しては、決定的なことは情勢と地上における力関係である、ということも全く完全に知っている。決議1701の中に表現された勝利についてのブッシュとオルメルトのうぬぼれた自慢に対しては、本稿で既に示したモシェ・アレンスの論評中にある、先取り的な回答を引用することで足りる。
 「適当な言いぬけは既にもう舞い始めた。今もなおヒズボラのロケット弾を毎日何10発も打ち込まれていながら、2、3000名のヒズボラ戦闘員の手で忍ばされる敗北として、この外交協定(?)にイスラエルが同意することを全世界が目にするとしても、それがどうした。『権限を強めた』UNIFIL部隊がヒズボラを武装解除し、兵器庫に今もなお何1000というロケット弾を保持し、強大なイスラエル国防軍に対するこの1ヶ月の成功によってまさに大胆となったヒズボラが、今や平和のパートナーとなろうとしている、などということを誰一人信じないとしても、それがどうした」ということだ。

別の形態の「戦争」は続いている

 具体的な「他の手段による戦争の継続」は、既にレバノンの中で始まっている。問題となっているものは、優先順位を逆転させて以下で再吟味される4つの主な課題だ。第1の課題は、レバノン国内に関わり、内閣の運命である。レバノンの現在の議会多数派は、欠陥のある選挙に由来している。それは、シリアが支配した体制の強制による不完全で歪められた選挙法がもたらした。
 その主要な結果の1つは、キリスト教徒選挙区の歪みであり、元将軍であるミッシェル・オウンが率いた運動の過少代表を伴っている。そして彼は選挙後にヒズボラと連携し始めた。その上に、今回の戦争はレバノン住民の政治的空気に深い影響を及ぼした。こうして現在の議会多数派の正統性は高度に疑わしくなっている。もちろん、ヒズボラとその同盟者に有利な政府内のどのような変化でも、決議1701の意味を根本的に変える可能性が高い。というのも、その解釈はレバノン政府の姿勢に大いに依存するからだ。しかしながらこの点に関する1つの主要な重要課題は、レバノン内戦再燃に向かうどのような傾きをも避けることだ。それこそ、ナスララが「国民の統1」の重要性を強調した時、心に留めていたことだ。
 第2の課題は、これも国内に関するが、再建の任務だ。ハリリと彼のサウジの後援者は、レバノンの15年戦争が1990年に終わった後、再建の仕事を支配することによって彼らの政治的影響力を築き上げた。今回彼らは、その背後にイランが立っているヒズボラとの厳しい競合に直面するだろう。ヒズボラはまた、今回のイスラエルの復讐戦争が主要に標的とした、レバノンシーア派住民との親密な結び付きという強みをも手にしている。経験ある軍事評論家として、ツェフ・シフはそれを以下のようにハーレッツ紙に書いた。「多くのものは、レバノン南部の再建に誰が援助するのかにかかっている。もしそれがヒズボラによってなされるならば、南部のシーア派住民はテヘランに恩義を感じることになるだろう。これは阻止されなければならない」と(注6)。このメッセージは、ワシントン、リアド、そしてベイルートで、大きく鳴り響いてはっきりと受け止められた。今日のアメリカ国内における主流的新聞の中で目に付く論評は、この点に関する警告で鳴り響いている。
 第3の課題は当然ながら、増強されたUNIFIL部隊とレバノン軍の合同展開部隊に課せられたものであり、レバノン南部に範囲を限られたヒズボラの「武装解除」だ。この点に関してヒズボラが譲歩する準備ができていることは最大でも、リタニ川以南の彼らの武器を隠すこと、即ち、それらの配備を控えること、及びそれらを隠匿したまま保持することだ。ヒズボラのレバノン全土における武装解除は言うまでもなく、それを越える全ての処置はヒズボラによって、1967年に占領されたシェーバ農場から始まり国の主権をイスラエルに対して断固として守ることのできる政府と軍の確立に至る、1組みになった諸条件に結び付けられている。
 この課題は、決議1701の実行がつまずく可能性が高い第1の大問題だ。というのも、地球上のどの国であれ、ヒズボラの力による武装解除を試みる役目に準備ができている国はないからだ。その任務は何と言っても、中東全域における最も恐るべき近代的軍隊と世界の主要な軍事大国が、あからさまに達成できなかったものなのだ。これが意味することは、それがレバノン軍であろうが国連委任の部隊であろうが、リタニ川以南のどの部隊も、ごまかしがあろうがなかろうが、ヒズボラの申告を受け入れるしかない、ということだ。

いかなるNATO部隊も害悪だ

 第4の課題はもちろん、新たなUNIFIL部隊の構成と目的である。ワシントンとパリの当初の計画は、国連という無花果の葉をまとってNATOが後押しする部隊がワシントンの戦争を遂行中の、アフガニスタンで起きていることを再現することだった。軍事的にはもちろん政治的側面でも示されたヒズボラの結集力が、この計画を立ち往生させた。それにもかかわらずワシントンとパリは、NATOとその当地の同盟者がヒズボラと闘う最後の決着に向けたレバノンの政治条件が現れるまで、偽装された形の下で徐々に、その計画を実行できるだろうと信じていた。実際、主要な部隊派遣を期待された諸国は全てNATOの構成国である。即ち、フランスと並んでイタリア、トルコが待機し、1方で、ドイツとスペインがそれに倣うよう今せっつかれている。しかしヒズボラはそれほど愚かではない。彼らは既に1つの仕事に取り掛かっている。それは、地中海側のレバノン沿岸に配備予定のフランス航空母艦が援護する精鋭戦闘部隊の派遣、という計画の実施を、フランスに断念させること。
 最後の課題に関しては、NATO諸国における反戦運動が、レバノンへのいかなるNATO部隊派遣へも反対する決起によって、またそれにより、ワシントンとイスラエルの汚い仕事に対する彼らの政府の協力を阻止することに貢献できれば、レバノンの民族的抵抗闘争並びにレバノン内の平和運動を大いに手助けできるだろう。レバノンが必要としているものは、その南の国境における真に中立的な平和維持部隊の存在であり、何よりも、その民衆が平和的な手段によって国内問題を解決できる可能性を得ることなのだ。
 他の全ての道は最後にはレバノン内戦の再燃となる。そしてそれは、ワシントンが火をつけ、今も油を注いでいるイラクの内戦の諸結果に対処しなければならないという、そのような困難な時期を既に中東と全世界が経過している最中のことなのだ。(2006年8月1日)
*筆者はレバノンで成長し、現在はパリ第8大学で政治学の教鞭をとっている。彼の最もよく売れた著作である「野蛮の衝突」(邦訳、作品社―訳者)は、丁度増補改訂版が出された。また、中東に関するノーム・チョムスキーとの対談を収録した本も近刊予定。
注1)これらの出来事に孕まれた世界的なまた地域的な意味については、筆者の論評「アメリカ帝国構想という沈みゆく船」(IV電子版8月号)を3照。
注2)イスラエルの評論家はそれを極めてあからさまな表題をもつ論評に記した。例えば、「軍事的圧力によってレバノン政府がヒズボラを武装解除する過程を生み出し得る、と信じたことは間違いだった」(「エフライム・インバール」)、「次回に向けた準備」(エルサレムポスト紙、8月15日付け)
注3)モシェ・アレンス、「厄介なことには時間をかけろ」(ハーレッツ紙、8月13日付け)
注4)6月に、アメリカ、フランス両国とも、サウジとの間で大きな武器取引契約を交わした。
注5)ルモンド紙によるインタビュー。
注6)ツェフ・シフ、「遅れた地上攻撃が外交日程とぶつかっている」(ハーレッツ紙、8月13日付け)
*本紙HP上に、レバノンのFIシンパ組織の声明と、イスラエルの同志の論評を掲載予定。
 
 
 
 

 
 
 
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