1989年10月10日        労働者の力                第2号

全労協の大衆的発展をめざし10月集会の成功をかちとろう
川端康夫

 今年で十月集会は第三回目を迎える。労働戦線の右再編の流れにくさびを打ち、左派共同の闘いによって左派労働組台運動の全国的結集をかちとるつとしてきた三年間は、いまや総評解体・新「連台」結成に対抗する全労協の発足の段階に至っている。九月九日に準備会を結成し、十二月九日に正式結成を予定している全労協は、国労や都労連、そして全金左派、全国一般左派、さらに電通労組全国協などの独立組台や各地の地域労組の動きを糾合した全国組織体として出発する。統一労組懇の発展である「全労連」との並存という、左派戦線の統合を課題としつつも、全労協の結成は、総評運動の左派的伝統を受け継ぎ発展させるものとしての位置を占めるものとなろう。十月集会実行委員会が提起している「社会的労働運動」は、新たな労働組台運動の飛躍への提起であり、集会はこの提起をさらに深化させる課題を担っている。新たな時代の新たな運動の形成に向け、集会の成功をかちとろう。
 
 確定した労戦再編と全労協の結成

 総評の解散大会は、いささかの感情の吐露もない儀式として整然ととり行われた。すでに労戦再編の流れは確定し、共産党系は「統一労組懇」を発展させた「全労連」の結成、社会党左派と独立左派系は協同して「全労協」に結集することが明らかになっていたからである。昨年からこの夏にかけて、総評の動向を左右する位置を占めていた日教組の社党協の大勢が定まったことによって、この再編劇の仕上げが完成したのである。
 一九七六年に当時の富塚事務局長の主導によって始まった総評の自己解体への歩みは、十四年にして現実のものとなった。総評は左と手を切り、長年の対立者であった右と手を結ぶ道を選択したので
ある。
 総評の分裂という犠牲を払うことにより、八百万人の組織として発足する「新連合」は、総評、同盟、中立労連、新産別の四つのナショナルセンターが合流する形式を整えた。総評の解体=左派労働運動の解体という、労戦再編の最大の狙いは、主要に国労を除く総評民同左派の路線転換によって最終的に実現したのである。
 国労が直面したこの十四年間というものが再編劇の核心であった。国労は国鉄改革=解体という国家的な集中攻撃の対象となった。国労という組織とその組織性格を解体再編することこそ、労戦再編にこめた政・財・官、そして右派労働運動に共通する狙いの集約点となったのである。国労の払った犠牲は大きい。組織の多数の離脱と分裂、中心活動家の清算事業団への送り込みと輸送現場からの排除、国家的不当労働行為への闘いの孤立…・-。にもかかわらず、修善寺大会における屈服の拒否は今日にまで引き継がれ、社会党・総評ブロックの右転換に抗する左派結集の軸となってきたのである。
 労戦再編劇は完了した。にもかかわらず左派労働運動解体という目標は成功しえなかった。国家的不当労働行為の是認というリスクをおかしても国労解体に成功しなかったという事実のつけもまた大きい。今後、新連合はそのつけの支払いを催促されるのである。  国労の闘いは、都労連に広がり、地方活動家に結びついた。ここに「全労協」は社会党・総評ブロックの右への限りない転落に抗する左派労働組合結集の母体である位置を獲得した。
 労働戦線再編は、新たな三つの流れを生み出しだ。そのいずれが、二十一世紀の労働運動の主役を担うことになるのか。問題の核心はここに移行したのである。 

 新「連合」の過去と未来

 新「連台」の形成は明らかに日本資本主義、帝国主義の到達段階に対応するものであった。七〇年代から八○年代にかけての時期、ビッグビジネス(大資本、大企業)とビッグユニオンの密接な結合と協同の体制を軸とし、国家の全面的なバックアップのもとに世界最大級の経済構造が作りあげられてきた。新「連合」の基盤はまさに日本資本主義の成長と、対等な協同者としての位置にあり、その位置に参入しようとする労組官僚機構の動機が流れを数倍にも拡大した。総評が転換する過程で、左派から右派へ、批判派から推進派への転向は日常的なものとなった。国鉄動力車労組の転換に始まるこの一連の時期においては、それが単なる方針の転換にとどまらず、左派との闘争、左派の切り崩し、解体のためにこれら路線転向組が率先して働くことが要求された時期でもあった。あるいは労組組織の防衛と称し、あるいは、その活動家としての経験を買われて、左派解体の先頭に立った。そのいずれにせよ、国家と資本を背景として行動したということには変わりがない。ここに新「連合」の客観的な形成の性格が見事に示されているのである。
 すなわち、総評左派部分の転換は、スト権闘争にいたる七〇年代前半期の闘いが示した性格の否定にもとづき、「弱者救済」「国民春闘」の思考への対立的意識を表現するものであった。ここでは、日本資本主義の拡大、成長が労働者の多くの犠牲に依存し、国際的な資源収奪にもとづいていることの上にたった総評の七〇年代初期の問題意識は歴史的に抹殺される運命にあった。
 しかし、日本のビッグビジネスとビツグユニオンが考えてきた経済成長論は、すでに七〇年代に国際的な批判の対象となりつつあった。安価な資源の安定的供給とは裏返せば資源の恒常的な収奪にほかならず、南北格差の固定化にほかならない。「卓越」した生産性による輸出競争力の強化は、アメリカを中軸とした世界の自由貿易主義体制を揺るがす窪済摩擦、対立に直結した。環境破壊と拡大する経済格差が予言する地球そのものの危機の進行に一切無自覚なままに推進された日本資本主義の国際化、日本国家の帝国主義化、そして日本型労使関係の「輸出」は、同時に国内における農業解体、労働構造の二極分解、過剰流動性による土地投機の横行、政・官・財・労の癒着の進行による権益の寡占支配、利権型政治の拡大などを生み出してきた。
 日本資本主義が拡大してきたこれらの諸問題は、そのまま大資本と結合している大民間労組の採用している路線の問題にはねかえっている。ここに新「連合」が志向する国際化した日本資本主義のパートナーとしての位置を追求する路線1それは政治的な登場として貫徹されるーが、すでに険しい難路の様相を呈しているといわなければならない。
 日本資本主義経済の拡大という至上命題にとりつかれたビッグユニオンの指導者たちにとっては、アメリカ帝国主義との協調=「西側の一員」という立場の政治選択こそが社会党・総評ブロックの転換ないしは解体のキーワードの位置を占めてきた。安保・自衛隊問題、日韓関係、さらには「非武装・中立」という社会党の綱領的立場への攻撃は、アメリカ帝国主義との緊密な協調関係のために日本資本主義がとってきた立場と同一である。だが、この立場は明らかに「核」の承認であり、原発承認とともに民衆の意向との亀裂を埋めることは不可能というべきアキレス腱を抱えているのである。
 こうして、労働構造の二極分解を進め、有形無形の長時問労働体制による低コストの維持、内外価格差というダンピング体質を温存し、生産コストダウンのためのあらゆる政治的経済的手段を是としてきた大民問労組の主導する新
「連合」は、その路線において重大な障害を抱え込み、それはますます拡大するものとなるのである。

 社会的労働運動-全労協のめざすべきもの

 ナショナルセンターの三分立という今日の事態は、労働者階級の二分解を基礎にしたものであり、組織的な「全労連」と「全労協」の分立は本質的な意味で固定的なものとはいえない。
 時代は世界的な労働者階級の一方の軸となってきたスターリニズムの衰退、解体の方向に進んでいる。スターリニズムのヘゲモニーのもとでの労働者階級左派の統合という事態は、すでに過去のものとなる様相を示している。だが、現局面、すなわち二〇世紀の最後の十年をむかえている局面において、「全労連」が選択した統一労組懇の拡大としての「闘うナショナルセンター」の道が依然としてスターリニズムのもとでの階級の統合という思考にもとづいていることの限界が、「全労協」の限りなく独立的ナショナルセンター化を生み出させている。一定の期間、日本労働者階級の運動の左派は「全労協」と「全労連」に分立せざるをえない事態なのである。
 国際的な広がりをもって成立してきたスターリニズム・ヘゲモニーの解体の進行は、日本労働者階級にたいして重大な影響を与えている。まず、なによりも労働者国家ソ連、中国との結合という軸を失った日本におけるスターリニズム=日本共産党のヘゲモニーがゆらぐことは必然であろう。「自主独立」が国際的視野という点では何も生み出さず、「唯一の革新」という限りないセクト主義が民衆の反発を少なからず受けている日本共産党の、スターリニズム党としての「党の主導」概念が貫徹した「全労連」は、まさに時代の流れをに逆らっているのである。
 必要なことは、国際化した日本資本主義が作り出している諸矛盾、諸問題に対応する国際的な視野と国内にはねかえっている日本資本主義の人民とのあつれきとに正面から向き合い、労働者階級人民の統一戦線関係を形成していく視点と闘いである。
 十月集会が社会的労働運動を提唱していることは、新「連合」の路線の性格とは対極に立とうする意識性の表現であろう。「全労協」が掲げている「総評の継承・発展」の立場は、「労働戦線統一」運動が否定し、破棄してきた七〇年代前半期の闘いに象徴されるものの継承、発展にほかならず、まさに労働組合がその社会的使命を果たしていこうとする意識性を表現しているということができる。
 当然にも「社会的使命」「社会的労働運動」という表現には、本質は一貫しつつも時代を反映したさまざまな要素、考え方が含まれる。時代的にいえば、戦後期、資本主義復活期、成長期、それぞれの時期に対応した「社会的使命」が存在し、社会的労働運動が志向されてきた。そして日本資本主義の明らかならん熟・行き詰血まり期という現在において、左派労働運動がいかに、そして、どのよつに自己の社会的基盤を持とうとするのかに関する解答に接近することが、社会的労働運動として運動を発展させるために提起されているのである。
 そして今、参議院選挙の結果として、日本の社会が、そうした政治と社会の転換を要求しつつあることが示されたのである。

ナショナルセンターと政党再編

 日本の政治が急転換しつつあることは明らかである。参院選の結果は、自民党政府体制の夕暮れの到来を告げ知らせ、ここに次に来るべき新しい政府体制への模索が必然化してきた。
 労戦再編の十四年間が政治的には自公民-自社公民体制への傾斜、定着化の時期でもあったことは驚くに当たらない。地方議会に始まる自公民与党体制化の進行・定着があり、国会もま消費税採決間題が明らかにしたよつに裏舞台での自公民の緊密な関係が強められてきた。社会党は社公民路線への傾斜を通じて、こうした自公民路線への対抗力を失っていった。自社公民の総与党体制化が自治体の首長選では一般的なものになっていくという事態が拡大してきたのである。社共共闘は政治の表舞台から基本的に姿を消した。そして社会党それ自身も、党勢の低下を押しとどめることはできそうもない状況が続いてきた。
 社会党にとってはまさに悪循環というべき状況が生じていたのである。労戦再編の進行が総評労働者のエネルギーを摩減させ、その結果として社会党・総評ブロックの衰退が労戦再編をさらに加速する。こうした避けがたい衰退のサイクルにはまり込んだ事実を象徴したのが前委員長石橋の退陣であった。社会党の党としての危機が、この石橋退陣の引金となった八七年同時選挙の大敗北によって一挙に顕在化したかのように見えた。少なくとも、労戦再編に屈服し資本と国家との協調に転じた総評労働組合運動からは社会党の再度の回復の原動力を見いだすことは不可能というべき事態であった。
 「連合」推進派がその胸の奥深くにひそめていた政党再編の思惑は、社会党の衰退のサイクルが明らかになるにつれてさらに現実性を帯びてきたと意識されたであろう。社会党の実質的な解体・再編を通じない限り、民社との台流を実現できない。そうでないとすれば社会党が民社党を吸収することになる。これでは、「連合」が狙っている新たな政治的ヘゲモニーの形成はできない。いわば、新「連合」形成が総評の解体・・再編ということに他ならなかったように、政党再編もま社会党の解体・再縞としてはじめて貫徹しうる。
 「連合」推進派のなかのいずれが、すなわち同盟系か総評系か、それともJC系かなどのコップのなかの主導権争いとは無関係な大局においては、社会党の衰退が政党再編の前提であったということができるのである。
 だが、急場しのぎ的に担ぎだされた土井委員長のもとで、社会党は総評労組構造の衰退とは別個のザイクルで、民衆の自民党政府体制への反発と抵抗を吸収するに至った。土井委員長体制での社会党に寄せられた圧倒的な支持は、社会党の党組織の力でもなく、また労組の力でもない、別個なものを基盤にしていた。これを評して一過性の勝利という言い方には、土井体制を押し上げた新たな要因に対する分析の不足か、さもなければ社会党の復活に対する政党再編の戦路的見地からの危機意識が投影されているというべきである。
 民社、公明両党の社会党に対する批判が激しい理由さらに全電通の山岸が「連合」新党構想を社会党へのおどしとして打ち上げたことの背景は明らかである。新「連合」の戦略と土井社会党の登場は相互に相矛盾する性格に他ならない

労農人民の「現実性」と新連合の「現実性」

 土井社会党を押し上げた要因は、直接にはいわゆる三点セットプラス宇野問題といわれる。だが、この四点セットが土井社会党を圧倒的に押し上げ、他の野党に流入しなかったことにはそれなりの理由がなければならない。
 結論的にいえば、自公民ブロック的なものへの民衆の反発であり、その構造とは別個なものとして受けとられた土井委員長への支持の流入であった。自民党政府体制とそれに限りなく癒着しているように見える民社、公明の両党が
主張する路線の体系そのものに対する民衆の反発と抵抗が、社公民の社会党ではなく土井委員長の社会党へ、すなわち消費税に徹底抗戦し、議会的駆引きに屈服ぜずに闘ったという印象を与えた土井委員長の社会党に流入したのである。
 土井社会党の参院選での大勝利はしたがって、日本資本主義の現実が作りだしている諸矛盾、諸問題に対する自民党政府体制の路線への反発・抵抗という、まさに民衆の側からする「現実」の反映であった。
 民社、公明が社会党に対して「現実路線」を要求し、またそれに呼応する形で社会党内から石橋の抵抗が浮上するといった一連の「連合政権構想」をめぐる動きは、まさに土井委員長の社会党に投じられた巨大な支持に対抗しようてする動きである。(自)公民路線の「現実性」と土井委員長に投じられた民衆の「現実性」は真っ向から衝突していると、いわなければならない。
 安保・自衛隊、そして原発、自由主義経済、西側陣営の一翼……などに関する民社、公明の「現実路線」とは、自民党政府体制の路線と基本的に一体である。参院選に示された民衆の「現実性」に基礎を置いた政権構想こそが作りあげられるべきであり、それは当然にも民衆によって拒否された「自公民」路線の延長、あるいはその一種である社公民連合ではない、共産党を含めた自民党政府打倒の構想と共同の戦列でなければならな
い。
 自民党政府の路線体系の行き詰まりに対して変化、転換を要求する民衆の意識に向き合う「現実性」としての政策体系は、社会党の示した土井構想に部的にせよ表現された。社公民の「現実性」の強要に対置する意識が明らかに示されている。ここにはっきりと社会党のなかのさまざまな不協和音を含みながらも、社公民路線という労戦再編の時期を通じて主流となってきた「現実性」への対置が登場していることに注目しなければならない。
 土井社会党の特質は、地域や諸戦線の運動のインパクトを強く反映し、それを背景にしているということにある。例えば反原発の運動と意識の急激な高まりは社会党の原対協の方向を左右するものとなっていることがあげられるが、なによりの特徴は女性の圧倒的な支持が社会的の既成の枠組みとは別個に現れてきたことに示される。大衆運動が党の政策に重大な影響を与えるという姿は、この土井委員長体制のもとではっきりしてきたことであり、労組官僚主導型の社公民路線の体系のもとではありえなかったことだということができる。
 解体した旧来の左派構造、すなわち社共統一戦線を軸にした労働者階級と人民の結合をそのままに復活することはできない。未知数ではあるが、しかし明らかに大資本の「綱領」に対置する労農人民の意識を基礎とする新たな左派構造の可能性が提示されたのである。それに意識的、主体的に挑戦し、さまざまな戦線と分野での闘いと協同しうる運動と組織を作りあげていくこと、これが社公民の「現実性」に労農人民の「現実性」を対置しよつとするすべての人々の共通の課題となったのである。
 新「連合」が社公民路線の「現実性」を労働組台運動において支える主体であるならば、「全労協」はそれに対置する労農人民の「現実性」の具体化を労働運動の場において最も良く実現する位置を確立していかなければならない。

上層労働運動に抗する労働者大衆の運動を

 土井社会党が、現実として新「連合」派を具体的な労組組織基盤としているという事実は、新「連合」が総評運動のエネルギーの衰退こそをバネとして形成されてきたという過去十四年の結果であり、すでに見たよつに本質において不安定なものである。
 新「連合」形成に至るこの期間、労働組合組織率は一貫して低下し続けた。春闘もまた十四連敗という事態となってきた。「連合」派はこれらの事実をもってさらに労働界の統一が必要だとする論拠にしてきたのである。換言すれば、労働運動の衰退、敗北の意識的な誘導が「連合」時代の形成の鍵ともなってきたのである。国鉄動力車労組の転落の図式が、闘っては勝てない、職場に残れないという敗北感を労組員に浸透させることによってはじめて遂行できたことを思い起こす必要があろう。社会党・総評ブロックの政治的、組織的な死の筋道がここに示されていた。
 労組は企業と癒着し、企業にとって必要不可欠な存在になることによって存在基盤を資本から保障されるー大民間労組・ビッグユニオンの採用してきた道は、この国鉄=JRでもそのまま踏襲されたのであった。
 企業の効率化、減量化、さらに異種産業への参入などの多角経営化などによる子会社、系列会社の乱造は、さらに中小企業を増大させ、パート労働、下請け、臨時労働のみならず、中小企業労働を拡大させている。派遣労働の大幅な公認を含めて、ビッグユニオンはますます限定される上層化・管理労働化する労働者の意識を表現するものとなり、幾重もの差別の重層的連鎖構造の頂点を占めるものとなっている。圧倒的な労働者は第三次産業化のなかで労組機構から疎外された存在になりつつある。さらに日本資本主義の国際化によって国際的にも、進出企業での管理者という形で、管理労働の役割をますます多くの労働者が果たすようになっているのである。
 すなわち「連合」の十四年における労組組織率の低下とは、労働構造の激しい変化のなかで労組機構がさらに上層労働者以外を疎外するものとなってきた事実の表現にほかならない。
 国鉄=JRが国労労働者を意識的に運行部門から排除し、売店などに配属していることもまた、上層労働・本工としての鉄道労連を意識的に位置づけ、企業にとって必要な管理労働を担う労組の育成という筋書きにのっとった行為であろう。
 こうして労働構造の二極分解の趨勢、そのなかで労組構造から疎外されていくますます多くの労働者群という図式において、労組組織率の低下が進行してきたのである。言い替えれば、企業内組合としては到底組織化されえない労働者群の登場に対応する新たな組織の形態が要求されているのである。
 地域労組、ユニオン化の流れが勢いを増しつつあることは、いわば好むと好まざるとにかかわらず、労働者組織の将来的趨勢がいわゆる一般労組・ゼネラルユニオン的なもの、すなわち個々の企業に基礎づけられたものではない、
地域的で社会的な組織化の方向にあることを示しているといえるであろう。
 企業内組合から企業連型への発展をとげてきた労組の集合体としての新「連合」に対置する新たな労組の結合は労働者の組織の形態としても対置的なものとなっていかざるをえない。
 政治的にも組織的にも新「連合」に対置される労働運動の形成が九〇年代、そして二十一世紀に向けた左派協同の課題であり、かつ、その課題の実現のための十分な根拠を現在の社会が持っているのである。
 第三回を迎えた十月集会は、第一に、階級の再編という歴史的事態の第一段階が終了し、政党再編が始まったという局面において、十二月九日の「全労協」結成を全国で担いきる意志結集の場であり、第二に社会的労働運動として表現されている新たな労働組合運動の方向を通じて、この階級再編の第二段階に対する意識的な主体的介入を開始し、社公民路線に代わる九〇年代の労農人民の結合を作り出すための出発としての場である。
 九〇年代に新しい労農人民の結合を築くためにともに闘いぬこう。


連合反対!全労協推進、明日の労働運動を担う全国労働者討論集会
とき●11月4旦(土)午後-時〜5目(目)午後4時
第l日(11月4日)全体集会=午後-時-4時半
分科会=午後6時-9時
第2曰(11月5曰)分科会=午前9時-12時
全体集会=午後1時-4時
ところ●全体集会11豊島公会堂(東京・池袋駅東口徒歩5分)
東京都豊島区東池袋1ー19ー1Tel03一981一1009
分科会=1豊島区民センターほかを予定
琴加寅●2,500円(被解雇者は1,000円)
宿泊費=一泊朝食付4,000円(消費税別)
託児室"有ります
王催●89年11月集会実行委員会
東京都港区新橋4-21-7加藤ビル2F
Tel03(436)0049
郵便振替東京8-62092(十月集会)

11月21日、総評の解体と統一連合の発足がなされようとしている。「資本家と労働者は対立する」としてきたナショナルセンターが消えうせ、「資本家と国家に奉仕する」ナショナルセンターが世を覆おうとしている。産業再編、国家再編の要である労戦再編が今、一つの結論を見ようとしている。このとき、原則的労働運動を追求してきた私たちは何をなすべきなのか!?一連合と統一労組懇とに引き裂かれていくのだろうか!?否!否!否!
 全労協の実現へ 12月初旬の全労協結成に向けて、私たちは闘い抜く。11月4-5日に開催する「89・10月集会」を、全労協発足へ向けた決起・意志統一の集会として勝ちとろう。国鉄闘争支援に全力をあげ、地県評解体阻止の闘いに遭進しながら、組織問題も含めた自らの主体的な闘いで全労協実現を担っていこう。
 新しい労働運動の中身、創ろう 「89・10月集会」では、更に、新しい労働運動の中身を深めていきたい。10月会議主催で7月16日に行なったシンポジウムでは「企業別組台
の克服と新しい労働運動の可能性」と題し、第-部「新しい産別結集の可能性を探る」、第2部「地域社会労働運動の形成と全国センターの展望」を討論した。今後全国各地で同様のシンポジウムが開かれていくが、このよつな討議の中身も「89・10月集会」の基調に反映させ、具体的運動として結実させていきたい。各分科会での準備と討論を通して、より内容を豊富にしていきたい。
 全ての心ある仲間たち!「89・10月集会」に集おう!
(実行委員会のポスターから作成二面に分科会の案内があります)
第-分桝会●
地域労働運動の可能性を探る
青少年センター(大塚)
第2分料会●
労働法の改悪といかに闘うか〈仮称〉
中央労政会館2
第3分科会●
労働者生産協同組合を考える〈仮称〉
中央労政会館1-A
第4分科会●
情報管理社会との闘い…-情報産業再編・CI.新都庁
企尿制を撃て……
豊島区民センター2
第5分科会●
障害者差別と闘うーともに生きともに働くとは?
第一日豊島区民センター音楽室
第二日豊島区民センター7
第6分科会●
原発とめよう労働者分科会〈仮称〉
全林野会館(茗荷谷)
第7分科会●
闘おう三里塚許すな農業破壊
中央労政会館1-B
第8分科会●
女性解放と労働運動
婦人センター
第9分科会●
命と健康を守る
豊島区民センター和室
第10分科会●
多数派への道を探る
文京区民センター4lB
第=分科会●
国際連帯と労働組合〈仮称〉
豊島勤労福祉会館1

全国協議会結成総会第4議題
                   暫定組織協定
新たな革命の質を内包した組織を追求
八月に開かれた第四インターナショナル日本支部全国協議会結成総会は、本紙創刊号に掲載した以外に「暫定組織協定」と「国際委員会報告」とを議題とし、それぞれ報告を受け、確認した。紙面の都合上結成総会特集号に掲載できなかった二つの確認をここに紹介する。

 協働討論のために

 再建して約二〇年を経過した今日、同盟は解党状況、四分五裂状況に陥った。
 その基本性格は同盟の硬直した綱領的立場、革命論、組織論が世界的、かつ時代的な転換、変化に対応できていな
いことにある。
 組織内女性差別に対する女性同志たちの闘いによって綱領的破産の現実が突きつけられた。だが、男組織としての同盟が変わることができない結果として、綱領的破産は、多くの女性、青年、労働者党員の同盟からの離脱を生み出し、同盟の分散化を促進した。同盟が直面した困難は、全世界の労働者人民が直面している困難と共通している側面がある。革命的進歩的な国家権力や組織にも貫かれている男社会の論理と意識の克服、改めて問われている民主主義の問題など、帝国主義国家、労働者国家などの労働者人民に共通した課題でもある。 同盟の再建・統一の過程は、綱領的、政治的な再建・統一の過程でもある。
 マルクス主義の再生、その創造的発展による社会主義、共産主義の再生が必要とされている。われわれはマルクス・レーニン主義、トロッキズムの革命的伝統を継承しつつ、二一世紀にむけて、その創造的発展を通して、同盟の綱領的政治的な再建・統一をめざそうとする。
 全国協議会はそのための協同討論の場でもある。発足当初の問題意識の共通の柱は、「われわれのレーニン主義」自体の検討--革命論と組織論の検討。新しい時代認識論と新しい「現代国家論」の必要性。革命主体についての検討。スターリニズム、労働者国家論の検討。組織内女性差別問題、そして女性解放の闘いのために何をなすべきか、何ができるのか。労働情報・十月会議運動の推進、全労協、労研センターへの結集と介入。第四インターナショナルについての評価などである。

 協働の場として

 現在の政治的分散化の北量には、一九六〇年代の再建、再結集過程における理論的、綱領的、政治的不統一がある。ここに起因する現在の政治的分散状況を一つの政治的結集軸でまとめることは困難である。そして、特に一九八○年代に深化していった政治的、理論的分散状況はもっと大きくなっており、政治的結集軸を形成していく場としてしか組織再建は開始されない。全国協議会は、それぞれが行う総括をすり合わせていく場でもある。
 現時点での同盟再建方針は、放置しておけばなくなってしまう現在の組織状況の克服を追求すると同時に、新しい革命党のあり方を内在している必要がある。
 革命の段階、革命党建設の段階として考えても現時点は、「戦闘」の段階ではない。準備の段階であり、これに対応した組織形態が要求される。
 同様に組織論は「新しい革命論」を基礎としなければならない。レーニン主義派的な「レーニン主義組織論」には、「革命論」が欠如したままである。従来の「革命論」に様々な形で提起されている疑問を抱えたまま旧態依然とした組織論を維持することはできない。「自由な共産主義者の結合体」としての革命党を追求する組織という基本概念から出発して、新しい革命論と同時に組織論を追求していく必要がある。したがって現在では、組織形態としては大きな枠しかできない。
 第四インターナショナルとの関係ーーl現在の第四インターナショナルは事実として各国支部の連合体になっている。各国支部連合体的性格に対する評価が必要であり、その積極面を活かした考え方が重要である。国際組織がなければ、おそらく新しい革命党はできないであろう。あるいは国際組織の一部としてしか革命党はできないであろう。このことは国際組織の単一制を前提とするものではない。実践的にはヨーロッパの「若手」との連携が不可欠である。
 結論的にいえば、全国協議会は一つの場である。マルクス主義の創造、新しい革命論、革命組織論の形成の場であり、そのために協働していく場である。
 そして大衆運動-労働運動の調整、連絡機能。これが基本的な性格である。
 全国協議会は個人の自立を基礎に、構成する分派、グループ、同盟組織、個人の自立した諸活動を尊重しつつ、協同行動を追求し、また、女性の自治・自決権、同数委員会を追求する。さらに、女性、青年の組織、グループを含む各種大衆組織・活動家組織との相互討論の関係形成を追求する。


 いかに活動するか

 @第四インターナショナルの旗とともに
 七○ー八○年代同盟は、先行した綱領的破産に引き続き、組織的解体局面を迎えつつある。第四インターナショナルの日本支部を再生・再建する闘いは、その歴史的地平を引き継ぎつつ、第四インターナショナルに結集し、その変革・再生の闘いをともに担いつつ追求する必要がある。13回世界大会には全国協議会から代議員、オブザーバーの派遣を追求する。
 A日本支部現規約の「凍結」、暫定的な「協定」による運営
 組織による女性への抑圧、官僚的な組織運営など多くの問題を抱えている現規約を一時的に、凍結0上げし、新たな規約をめざす。その間簡単な暫定的な「組織協定」を合意し、それでもって運営する。協議会の運営に際し、これまでの多数決主義、上級下級主義を廃し、全体の協議で合意しえる内容のみを決定・確認とする。また、協議会が確認することには反対ではないが、自分がその行動に参加するには積極的になれないような場合、「行動に参加しない権
利」をも認めあう。従来の思考にはない自由で大胆な発想を尊重しあい、互いに高めあう。
 B財政について略
 C事務所の設置、機関紙誌の発行(略)
 D体制
 主旨に賛同する個人、分派、グループ、同盟内組織などで協議会を構成する。
 できるだけ全員参加方式の諸会議を追求するが、分派、グループ、組織は代議員制を採用しても構わない。
 全国総会、全国運営委員会、事務局をおく。必要に応じて専門部的機能をもつ委員会を設置する。当面は編集委員会、大衆運動-労働運動委員会、
国際委員会。
 必要に応じて、関東、東北など地方の体制も全国に準じてとることができる。また、県-地区レベルで全国協議会に結集する人々が、県-地区協議会またはグループをつくって活動することができる。日常的な組織活動と政治討論は必要不可欠であり、創意・工夫をもって、かつての細胞-地区委員会に代わる日常的な組織活動と政治討論をつくり出すことが、全国協議会の活力を生み出す原動力である。
 全国-地方-県の協議会は、発足以降も参加を希望するメンバーに門戸を開放し、さらに「十四大会」と全国協議会の双方に結集しないメンバーとの政治討論と大衆運動を進めるための協同の場を継続的に持つ努力をする。
 E再、新加盟(略)
 F再建目指して
「十四大会」に結集する人々など、第四インターナショナル日本支部再建の共通の目標をもって闘っている人々とは、当面「別個に進んで共に撃つ」関係であり、三里塚闘争など大衆運動などで調整可能な部分は、できるかぎり協同行動を追求する。労働運動でも産別運動など追求する。




第四インターナショナルの旗のもと日本支部の再生めざし
国際委員会報告

 統一書記局への書簡

 日本支部全国協議会は第四インターナショナルの一員として、当面以下の国際活動方針をもって行動することを決定した。
 1 まず八月の日本支部全国協議会結成総会に先立ち、全国協議会準備会は、第四インターナショナル国際執行委員会ならびに統一書記局にあてて次のよつな内容をもった公式書簡をしたためた。
 「日本支部がこの八月をもって事実上分裂するに当たり、日本支部の全国協議会に結集する同志たちは以下の原則と要求をもっていることを明らかにするものである。
 1 われわれはトロツキズムの政治思想と、それゆえ第四インターナショナルおよびその傘下にある日本支部の革命的伝統を全面的に支持するものである。
 2 第四インターナショナル国際執行委員会は、われわれと元レーニン主義派の基本的相違が、後者の労働者大衆運動におけるセクト主義的傾向と組織運営における官僚的・非民主的行為に前者が反対する点にあることを理解すべきである。
 3 国際執行委員会は、元レーニン主義派に対し組織内において民主的権利を守り、組織運営の際の性差別をやめるよつ要求すべきである。
 4 国際執行委員会は、日本における二つのトロツキスト組織を完全に対等に扱い、未来において民主的統一が実現されるように努力すべきである
 5 われわれは来るべき世界大会に代表もしくはオブザーバーを派遣できることを要求する。
 6 われわれはもちろん、所定の国際上納費を支払う用意がある。
 以上の原則を守ろうとするわれわれは、不幸で「野蛮な」分裂をあえて望むものではない。現在のようなわれわれの組織形態が、日本における真に革命的なトロツキスト運動を防衛するのに必要であることをぜひ理解していただきたい」
 この書簡から明らかなように、全国協議会は第四インターナショナルの一翼としてトロツキズムの革命的伝統を守り続ける。そして可能なかぎり、これまで通り名実ともに正式の日本支部組織として存続できるよつ自ら努力し、かつ国際指導部に要求する。インターナショナル内において国際規約にかなった正式の決定がなされる前は、日本支部全国協議会の名称を名乗り続けるものとする。
 直面する課題は 第四インターナショナルは、急速に変転する国際情勢とともに多くの諸課題を抱え、それらの克服のため奮闘している最中である。
 アメリカにおいては多数派の社会主義労働者党(SWP)は決定的にキューバよりの政治傾向を深めている。これは現指導部がキューバ革命によって社会主義に組織された世代によって形成されていることに起因しているとも考えられる。
 ヨーロッパにおいては、スペイン支部が健在であり、また多くの諸課題への対応の相違から発生した分派闘争を抱えながらもフランス支部も健在である。われわれも国際的に展開されている内部討論がいかなるものであるか系統的に学ぶ必要がある。ドイツにおいてはエコロジスト・グループとの共同戦線が組まれている。社会主義革命に関する政治綱領は明確でないものの、支配政党になっているか、あるいはなりつる社会民主主義政党の左に位置しており、一
定の大衆性をもっている。その他各国で旧毛沢東主義者との組織的・思想的な統一戦線のための討論が進行中である。
 中南米においては、メキシコ、ペルーにおけるトロツキスト運動が健在である。それらは依然として大衆性を享受しえている。ブラジルではきわめて悪性のインフレーションに対する労働者の闘いにトロツキストが介入して困難な闘いを遂行している。
 東欧圏ではソ連邦に端を発するペレストロイカの影響で政治がきわめて流動化している。トロツキズムの明確な方針の提示と宣伝活動が必要とされている。中国に関しては、六月の天安門広場での弾圧への国際救援が要請されていると同時に、現在の官僚指導部の政治路線を歴史的に分析する作業が求められている。

 具体的な任務

 日本のトロツキズム運動は、アジアにおける国際連帯運動の拠点として、中国、フィリピン、韓国における民主化闘争、社会主義運動への大衆的な支援に責任を負わなければならない。さらに、アジアの労働者運動との連帯や、急速に悪化する南アジア、東南アジアの環境間題に対処する運動を強化する国際キャンペーンに取り組まなければならない。
 この夏に明らかになり始めた日本における社会民主主義勢力(社会党)の伸張にともない、フランス、西ドイツなど社会民主主義が支配政党になっているか、あるいは容易になれる、ヨーロッパ諸国におけるそれら政党の支配政党としての政策の研究を急がなけれはならない。フランス、西ドイツの社会民主主義政党はブルジョア政党とほとんど違いないほど体制内化を深めている。日本社会党、および「連合」労働運動の今後を占う意味でも、この研究は必須である。
 いずれ、日本の帝国主義ブルジョアジーがきわめて国際的な動きを活発に行っているのと対照的に、本来国際主義的であるべき社会主義支持勢力の国際組織活動、大衆的支援運動は今日決定的に立ち遅れている。日本支部全国協議会は新たに機関として設立された国際委員会を中心に、とりあえずは第四インターナショナル内の情報を的確に捉えることを基本に、アジアやヨーロッパの同志たちとの交流を深めるために、相互の派遣を含め、国際活動の具体的方針を確定し実践していく方針である。(文責高木圭)

声明 「14回大会」とその決定を認めない

              第四インターナショナル日本支部全国協議会

「十四回大会」なるものが開催され、「世界革命」一一〇九号に「大会声明」と「政治局声明」が掲載された。全国協議会の結成総会は「十四回大会」に関する基本的な立場を明らかにした。ここに「十四回大会」に関する全国協議会の声明を掲載する。

「大会」強行の意味

 1、第四インターナショナル日本支部「第十四回大会」なるものが強行された。すでに明らかにしてきたことであるが、日本支部の現在の「分裂」という事態は、直接には「大会開催」間題をめぐる対立によって導きだされたものである。
 われわれは第十三回大会の地平からの同盟再建を目指し、「女性の参加しえる大会開催を目指す」とした第七回中央委員会の確認を実現しようとしてきた。だが、三月の第十回中央委員会の決定=第十四回大会開催とその要綱は、それまでの確認を一方的に破棄した。この要綱によれば女性が参加し得ない男だけの大会となることは十分に予測できたし、また開催要綱が同盟の組織状況をまったく無視したもので、反対派排除を明白に意図したものであったことも明らかであった。
したがって、われわれはこの十中委決定に反対し、決定そのものを承認しない立場にたって、全国協議会への組織的移行に踏み切ったのである(付け加えれば、八月に開催された「第十四回大会」は、資格要件、代議員選出、委任状などの点で、規約にも、また彼ら自身が決定した開催要綱にも違反しており、とうてい「成立」したとは認められない)。
われわれは、この「第十四回大会」を日本支部の正規の大会として承認せず、その「大会」決定・確認を認めない。われわれは、第四インターナショナル日本支部全国協議会結成総会で明確にしたように、第十四回大会を真に日本支部の再建大会として可能なかぎり速やかに闘いとることを自らの任務としている。

 「分裂」の発端はなにか

1、日本支部の現在の「分裂」という事態は、十中委決定を強行した政治局とレーニン主義派によって引き起こされたものである。八七年に開かれた第十三回大会の状況に明白なように、同盟再建に向かう過渡期にあっては、大会の準備には女性同盟員を含む全同盟的な一定の合意が必要であることは明らかであった。だが彼らはその努力を放棄し、そればかりか、それまでの合意を踏みにじり、同盟の「分裂」と男女の断絶の固定化・拡大を予期した上で、あえてこの道を選択したのであった。
 ところが、「第十四回全国大会について」と題する中央委員会政治局声明(世界革命紙一一〇九号)は、事実をまったく歪め、一方的な評価と主張を強弁している。
 「全国協議会による組織分裂という事態の中で」と、いかにも「第十四回大会」が分裂に対処する大会であるかのよつに表現し、十中委で明らかになった彼らの分裂の意図をひたすら隠そうとしている。
 その上、七中委確認を強引に破棄し、結果として、女性同盟員が一人も参加しなかった事態に、「大会は、この間の男たちの分派闘争のいきづまりとしての分裂に対処するために、女性たちとの関係を変えることができないままに開かざるを得なかったのである」と、責任逃れと弁明にやっきになっているのである。しかし第四インターナショナルの内部では、このよつなスターリニスト官僚の手法が通用するはずもないことを肝に銘じるべきである。
 政治局声明と比較すれば、「『第四インターナショナル日本支部・全国協議会』に対するわれわれの態度」という「大会」声明は、より率直に「大会」派の性格を反映している。その結集の特徴が政治的統一性ではなく、組織的危機感にあり、とりわけ旧態依然とし
ての規約九条(民主集中制、多数決決定)の固持を共通の柱にする傾向の結集であることがうかがえる。そこには女性の自治・自決権や同数委員会などを追求する余地はまったくない。その結果として、声明が女性差別問題や女性解放闘争に一言も触れていないことも大きな特徴になっている。
 声明は次のように述べている。プロレタリア派を中心とするメンバーたちがおこなっている行為は『全国協議会』に名を借りた組織分裂であると判断する」。その上で世界革命紙上には公表されていないが、『全国協議会に参加したメンバーについては除籍手続きをとっていく』ことが採択で「大会」決定されたのである。この決定を実行することは、女性同盟員を組織の枠外におき、男同盟員の再登録を行うことと同じである。
 われわれは、この決定を絶対認めることはできない。なぜなら、われわれは誰一人として、第四インターナショナルを、そして、その日本支部を脱退するつもりはないからであり、一日も早い日本支部の再建を願っているからである。
 そのことは「大会」派の諸君も十分承知していることである。声明はいう。「『全国協議会』が日本トロツキズム運動の一部であることには変わりはない。それは『全国協議会』に結集したメンバーと、わが同盟との関係が政治的には『分派関係』でありつづけることを意味する」と。この文章の「日本トロツキズム運動の一部」を「第四インターナショナルの一部」に、「政治的に」を「政治的にも組織的にも」と正確に書き改めるべきであった。そうすれば、「そうした立場からわが同盟は、『全国協議会』との関係で相互に論争しうる関係をつくりだしていこうとし、--また労働運動や大衆運動における『全国協』との協同・協力関係についても検討していく用意があることを表明する」の主旨が理解され、われわれも同じ主旨を表明することができるのである。

 日本支部の新しいあり方を求めて

1、「大会」派の諸君の主観のいかんにかかわらず、現実の第四インターナショナル日本支部は四分五裂状況にある。「第十四回大会」にも全国協議会にも、参加し得ない同盟員が数多くいる。これまでは中央機関が存在した上での分派関係であったが、八月の「大会」と協議会の結成とによって事態は変わった。つまり、一つの機関のもとでの分派関係は終わり、いくつかの立場が公然と論争する段階に入ったのである。
 その具体的な例の一つに先の参院選方針とその総括をめぐる論争がある。社会党を除いて共産党に投票を呼びかけた中央委員会方針は、明らかに同盟内にあって少数派であった。
 この意味では「第十四回大会」は一つの政治傾向の分派大会にすぎず、全同盟員を拘束するものではないし、できるものでもない。
 われわれは「十四回大会」とその決定を認めないという立場にたちつつ、日本支部再建のために、「大会」派を含めた第四インターナショナル日本支部の全構成要素による協議会への移行を呼びかけるものである。一九八九年九月

書評
「中国とソ連」(岩波新書、毛里和子著)
社会主義の再生に期待をこめて

外山節男


なにが問われているか

 四月十五日、胡耀邦の死去を契機として、学生を中心とした「民主と自由」を要求した大衆運動の高揚。五月十五日、ゴルバチョフの訪中と中ソの歴史的和解、六月四日、天安門事件。
 世界に衝撃を与えた一連の大事件を前にこの本は書かれた。事が起こってから関係する本を求めて事態を整理するために、いつも情勢に立ち遅れる私である。ゴルバチョフ訪中後、中ソ和解を理解するための手ごろな本として東京までの新幹線の車中で読むため、五月下旬のある日、駅前で本書を買い求めた。 
 帯に「中ソ和解は世界をどう変えるか」と書かれているように、三〇年ぶりの中ソ首脳会談を前にしての出版としては中華人民共和国成立以来の同盟、対決、和解の中ソ関係について明らかにするのが、この本の趣旨なのであろう。だが中ソの和解の要因がそれぞれ今までの「社会主義」のやり方ではやれなくなってしまったことにあるから、著者は本書のもうひとつの意図として中国の改革とソ連のペレストロイカを新たに章を起こしてとりあげ、「社会主義はこれからどうなるかという疑問に答えている」。
 著者は「三〇年前の学生時代新しい中国の社会主義に惹かれていったが、その後の中ソ対立、文革からの一連の事態で社会主義とはいったい何なのかを問い直さなければならないことばかりだった。いま社会主義の未来に一つの新しい地平が切り開かれるのではないか」と後書きで書いている。だから、この本を単に中ソ関係の解説にとどめず、社会主義の再生に期待するものとして書かざるを得なかったのであろう。このような著者の思いは左翼運動に関わってきた一九五〇、六〇年代世代にかなり普遍的に存在するものである。しかし私たちは、単に戸惑わされた側ということではなく、また、この社会主義運動の混迷に身の一端をおいてきたものとして自己の
これまでの社会主義をも問い直し再生するという闘いが必要であろう。

従来の目本支部の立場

 人民公社、大躍進など「大衆闘争」とアメリカ帝国主義に対する非妥協的態度は急進的青年を中国びいきにした。中ソ論争において相対的に中国支持であり、文化大革命において走資派打倒に声援を送り、紅衛兵運動に中国政治革命の期待をこめるというのがすべてではないにしても、当時の第四インターナショナル日本支部の気分だった。当時アメリカ帝国主義のベトナム侵略の真っ最中。ソ連のベトナム支援のための中ソ共同行動(その中身については中国が主権が脅かされると感じて当然であるものが多々あったが)の提案に対する中国の拒否に疑問を感じつつ、七一年の林彪の失脚、劇的な米中接近まで日本支部は独自の論理を展開しつつも、基本的に中国サイドに立っていたことは否定できない。つまり私たちの中国社会主義に対する戸惑いは、著者の毛利さんのように中ソ対立から始まったのではなく、七〇年代中国の対米接近によって決定的になったものである。
 私たちの中国観は、日本支部再建の基調となった「世界的二重権力論」という世界構造認識に大きく規定されていた。中国の対米接近以後、私は中国がよく見えなくなってしまった。中国国内における民主化運動には中国政治革命の芽と気をとめながら、七〇ー八O年代の私は中国について空白であった。過去の日本帝国主義が中国に及ぼした罪悪を日本人民が背負っていることから中国に関わることから一歩進んで、現在的な革命の観点からどのように中国と関わるのかの観点をもつことができなかった。

再検討すべき概念は

 今、私たちは、これまでの中国革命についての前提的概念それ自体を検討し直さなければならないようだ。
◆中国労働者国家の規定
 第四インターナショナルでも大論争の結果、大躍進、人民公社運動の開始の中で大勢が労働者国家説をとるに至った。中国共産党のやりかたがあまりにひどいから、また、資本主義的な手法が使われているから労働者国家ではないという対処的な早急な結論を下すことには反対であるが、「労働者国家であるから」という呪縛からは解放されなければならない。
◆中国労働者国家の範囲について
 九月二十六日の中国共産党
指導部の人民大会堂での記者会見で李鵬は、台湾問題にふれて、「平和的統一の方法を望むが、それは武力の行使を排除するものではない」と述べ、また江沢民は「平和統一は武力の不使用を認めるものではない」と発言している(朝日新聞)つまり台湾問題は内政問題であるからということが前提になっているから「武力の行使」が簡単に外国記者の前に出てくるのである。しかし、このことについて安易に批判することはできない。私たち自身が反帝国主義ということから旧清朝の版図全体において中華人民共和国は形成されるということを承認してきたからである。チベット、ウイグル、モンゴル民族などの自決権はもちろんのこと台湾についても人民の自決権が
前提ではなかろうか。旧日本の植民地、国民党支配地区、漢民族が圧倒的多数を占める居住区という条件を考慮にいれても無前提的に台湾は中国固有の領土であるから中華人民共和国でなければいけないということではないだろう。
◆中国政治革命と第四インター中国支部の建設
 中国経済と労働者階級の状態の分析とは別にあらかじめトロツキーの立場のソ連における政治革命路線を中国にあてはめることは、中国革命に対する立場の表明だけに終わってしまう。純粋にトロツキズムにもとづく中国支部の建設というイメージもまた考え直されねばならないだろう。再検討の概念をあげていけばまだまだある。要は私たちがあらかじめトロツキズムの「規定」をあてはめて分析するということではなく、中国の現実から出発し、中国に住む諸民族を含めて中国労働者人民の声を聞くことから始めることなのだろう。

中ソの関係は

 ソ連のペレストロイカ、東欧の改革派の挑戦についてはこれまで社会主義の幻滅状態から「社会主義の復権」への光明を見いだし始めている(少なくとも私だちが)のに対して、天安門事件に象徴される事態は社会主義の深い混迷を表している。これまでの中国の経済改革が「社会主義の復権」を感じさせるものではなかった上に、さらに中国社会主義にとってはまったく深刻な事態である。その後の中国共産党の対応、記者会見、建国四〇周年記念演説を見るかぎりでは、現指導部構造の中からはペレストロイカ的改革の方針は出てこないだろう。中国共産党の中からの分解による民主改革の可能性を排除することはできない。だが当面、あらかじめ「マルクス主義のめがね」で識別することなく、九月二十四日パリで結成された中国民主連合をはじめとした中国人民の民主要求の声を聞き、これと連帯することから私たちのこれまでの概念の再検討と中国革命連帯が始まるだろう。
 中ソ関係について、この本は、ロシア帝国、清帝国の間で今から三〇〇年前に結ばれた際の国境条約であるネルチンスク条約(一六八九年)にさかのぼって書き始めている。カラハン宣言(一九一九年)に象徴される社会主義の理想の中ソ関係はロシア革命の束の間のできことで、「社会主義国でも国家的利益や安全保障が紛争の源だったというまぎれもない現実」に規定されて同盟も対立もあったことを「国と国との関係に重点をおいてできるだけ平易に述べ」ている。

社会主義の改革像

 安くて読みやすい本なので読んでもらえればいいので、内容の紹介は省略するが、これまでの中ソ関係を検討する中での著者の総括点ともいえる何点かを、私たち自身の問題として留意しておきたい。
 ひとつは「とりあえずこれまでのところ、社会主義というイデオロギーは両国やそこに住む諸民族の相互理解に少しも役に立たなかった」ということであり、もうひとつは「私たちの生きる時代にあっては、国際主義はあくまでもモラルであり、現実の国家関係では空洞化してしまう。モラルにもとづいた国家関係をつくる条件は、残念ながら成熟していないのである」という点である。そして著者は、今まで両国関係の中でもったことのない「対立でも不和でもない、また同盟でもない、普通の善隣・友好の関係という、二つの大国にとってはじめての時代が始まろうとしている」ことに新たな期待と可能性を見いだそうとするのである。ソ連のペレストロイカ
と中国の改革をそれぞれ述べた本はたくさん出ている。本書の特徴は、この二つの「比較と見通しを試み」て社会主義の改革の像を明らかにしようとしていることだろう。著者はソ連ペレストロイカと中国の改革を八O年代半ばの社会主義国のさまざまな改革の始まりである「改革の第三の波」の中で捉える。
 だが全体像の流れの中での共通性を明らかにしながら、その政治先行、経済先行の違いについて指摘し、とりわけ中国の政治改革の遅れ、「むしろ後退」について危慎を示している。「中国の改革がまず目に見える実利をもたらしたのに対して、ソ連ではまだなんの実利も現れていない点である。そのため、改革に対する国民レベルでの支持も当然ちがってくる」にもかかわらず、「ソ連と中国の改革のちがいを見ると、中国の方がむしろ近い将来大きな、厚い壁にぶつかりそうである」と書いているが、その恐れは本書が店頭に並んですぐ現実に訪れてしまったのである。著者が政治改革の旗手として期待していた厳家其や蘇紹智は今はいない(厳家其は中国民主連合の議長に就任)。
 著者は数少ないであろうと思われる中国、中ソ関係の女性学者である。女性の視点から中ソ問題はという期待はなかったというと嘘になる。だが、その前に私たちが考えねばならない大切なことがあるようだ。最も歴史的に進んでいるはずの社会主義中ソ関係と社会主義の改革の本の中に一人の女性も登場する場がなかったというこの社会主義の過去・現実についてである。