2006年12月10日        労働者の力             第 201号


労働時間ドロボー横行の追認など許せるか!!
12/5 労働規制解体を阻むため、ナショナルセンターを越え統一集会
 

   大幅な労働規制外しを狙った「労働契約法制整備」が、経団連・厚労省の手で急ピッチで進められている(本誌5月号参照)。彼らの目標は来年通常国会上程。現下の攻防の舞台は労働政策審議会労働条件分科会(以下分科会)だ。主流の社会・マスメディアで今も大手を振るう新自由主義の風潮を背に、敵は強硬、傍若無人、状況は予断を許さない。
 この緊迫した情勢の中、12月5日東京日比谷野外音楽堂で、連合、全労連、全労協を横断した実行委員会の下、「許すな過労死促進法!人らしく生きるための労働時間・契約法制を!12・5全国集会」に、1500名の労働者市民がかけつけ、怒りの声を上げた。

推進派の破廉恥な主張を痛撃
―過労死家族の痛切な訴え


 集会は、「今日本には労働時間ドロボーが横行している」との、日本労働弁護団なつめ弁護士の主催者挨拶で始まった。同弁護士は、東京過労死弁護団の電話相談に1日100件もの電話が殺到したことや、会場で配布された日本労働弁護団の「長時間労働酷書」の内容などを紹介しつつ、労働時間規制適用除外の大幅拡張などを狙う経団連・厚労省の策動を厳しく弾劾し、今後の闘いへの奮起を訴えた。
 次いで、連合から分科会に派遣されている労働者委員の小山氏が、分科会での攻防について現状報告し、外での闘いに期待を表明。
 さらに全労連、全労協、社民党、共産党が連帯挨拶。各自の立場から、現下の労働法制整備の推進側主張は現在広がっている労働の無政府状態を合法化するに過ぎないものであること、そこに何の道理もないことを明らかにし、この動きに日の目を見させないために全力を尽くそうと訴えた。なお民主党はメッセージを寄せ、司会が代読した。
 ハイライトは、「東京過労死を考える家族の会」を代表した訴え。報告者は、教師であった夫をくも膜下出血で奪われたという女性。彼女は、当初は相対的に「自由な働き方が可能な」職業であるとの理由で労災申請は却下された、夫は「ホワイトカラーエグゼンプション」で殺された、と現実を生々しく告発。「ホワイトカラーエグゼンプション」は、労働時間管理の責任を経営者から取り除き、残業代を文字通り横取りする、とんでもない制度だ。これを推進側は、より自由度の高い働き方を進める、などと持ち上げている。先の彼女の告発は、この全くの嘘で固めた恥知らずの美名を打ち砕く、事実の重さに裏打ちされたまさに痛撃だ。経営者がいただく代表は、偽装請負の告発に対し、労働法が悪い、などとうそぶく御手洗だ。仕事を短時間で切り上げて帰宅するような働き方をこの経営者達が容認する、などという想定のどこに真実味があるだろうか。「過労死を考える家族の会」などというものは本来あってはならないもの、という彼女の訴えは、真に胸に迫るものがあり、今回の労働契約法をめぐる推進側の、むしろ犯罪性と言うべき卑劣さを浮き彫りにした。
 集会は、集会アピール「私たちの時間を取り戻そう!」を採択し、スタイルを一新させたシュプレヒコールを全体で練習した上で銀座デモへ。結集した労働者は、師走の銀座に力強いシュプレヒコールを殆ど途切れることなく響かせ、意気高く行進した。

集会の姿に問題の真実が

 今集会は、各地のユニオン系労組や中小職場の労組、さらに労働弁護団、過労死や労災・職業病に取り組んできた運動体を中心とした実行委員会によって準備された。実際の集会参加者もこれらの労働者、市民でほぼ占められた。しかしナショナルセンターで結集が目立ったのは全労協だけ。連合の代表(分科会労働者委員の形で)や全労連の代表も連帯挨拶に立ったとはいえ、大企業労組や大産別のいわゆる基幹正規職労働者の姿は極めて薄い。重要な闘いであるとはいえ、未だ層的な落差があることは否めない。
 集会自身は、シュプレヒコール刷新の試みや、この間展開された駅頭パフォーマンスの登場、また様々な宣伝グッズの準備など、闘いに対する意欲と訴えの必死さがにじむものだった。それだけに大産別労組の立ち遅れはなおのこと重大問題であり、奮起が強く求められる。
 同時に今集会に表れた準備と結集の姿は、今の労働契約法制策動が中心的打撃を誰に向けているものなのかを、無言の内に偽りなく明らかにしたと言える。即ち真っ先に打撃を受けるのは、ただでさえ劣悪な処遇の現状に加え権利まで奪われる、非正規労働者と中小職場の労働者なのだ。しかも、権利の取り上げが処遇のさらなる劣悪化に結び付くことは火を見るよりも明らかだ。
 しかし現実には、今進められている労働法制整備の意図を180度ひっくり返して描くかのような議論がまかり通っている。12月5日付けで「朝日」は、根本という編集委員の論考を掲載した(15面)。問題の労働法制整備を論じたものだが、中川自民党幹事長の講演紹介などにかなりのスペースを割きつつ、全体として、非正規労働者の処遇改善が目的であるかのようにこの問題を描いている。現実に目を閉じたまさに机上の暴論だ。このような労働者を小ばかにしたような主張を許してはならない。それは最初から虚構の上に築かれた議論であり、所詮事実の前にはひとたまりもない脆さを抱えている。
 今集会の姿は、さらに現在の闘いの姿は、上のような取り澄ました議論に隠された虚構を、むしろ悪意と言うべきものを、暴き出している。彼らを突き崩すことは可能だということを、その力がどこにあるのかを、今集会は示していた。事実を労働者の告発として、要求として、闘いとして無数に突き出し、議論を民衆の現場の中に引きずり出すことが求められている。切実さの共有という点で今集会に本来は登場しているべきであった労働者部隊の存在を含め、闘いは発展可能性をまだ十分に残している。今集会はその点で今後への課題をも指し示した。(編集部)
 
三里塚40年のたすきわたし 12/3集会
新しいものさしをつむぎ出す力と意思を
  
  …農と土の価値/国家と民/一般と個別
          
 12月3日東京の文京区民センターで、「三里塚40年のたすきわたし」と銘打った集会が開催された。午後1時半から午後7時近くまで続いた長丁場だったが、約200名の参加者に深く問題を投げかけ、「もう一つの日本」への刺激を与える中身の濃い集まりとなった。三里塚闘争を描いた3本の映画と、緊迫した局面に入っている静岡空港反対闘争の映像上映の後に始まった3時間近くに及んだシンポジウムは、特に参加者を引き付けた。
 パネリストは、柳川秀夫さん、平野靖識さん、菅野芳秀さん、水原博子さん、松尾康範さん、中川憲一さん、鎌田慧さんの7人。激しい闘争に加えて先駆的に挑戦した有機農業と作物加工、地域ぐるみで循環型社会に挑戦したレインボープラン、内部告発を組織した「消費者レポート」、JVCで手がけた海外での農業支援、管制塔占拠闘争、鋭いルポルタージュ活動と、各人の足場は豊かだ。大野和興さんの司会の下各パネリストは、農と土の価値、国家と民、一般(平均)と個別などをめぐって、経験に裏打ちされた独自の見方を積極的に交錯させ、会場からの発言も交え集中の高まる議論となった。先に紹介した論点も、前もって提示されたものではない。三里塚闘争が掲げた「世直し」にこだわり、開発を真に止め運動の風化を超える道筋として、「新しいものさし」の必要性を考え続けている、との柳川さんの発言を受けて、シンポジウム進行の過程から滲み出てきたもの。
 集会には、中国からの留学生や、韓国の運動家も参加していた。中国の留学生は、自ら挙手し発言を求め自己紹介した後、日本に来て三里塚闘争を知ったとことわった上で、現在の中国農業に関わる諸問題をそこから考えている、と語った。現在の三里塚がアジアの農民との交流に役割を果たしていることを含め、三里塚闘争が秘めている発信力を改めて認識させる。
 暫定滑走路問題を典型として、この空港は今なお農民に重圧を加え続けている。公団は私的会社と姿を変え、今や文字通りの私益が農民に犠牲を強いる(鎌田さんが特に強調)。現在の日本国家を象徴するこの構図を含め、三里塚は、草の根の民衆と国家が対峙する意味とあり方を、闘いの歴史と現在の営みを通じて、日本各地に、また国際的に今なお発信し続けている。そのことをシンポジウムは端的に示していた。
 集会は最後に、静岡空港反対闘争について現地から報告を受け、近づいている土地強制収用に向けた闘いを全体で確認した。(K)
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アメリカ中間選挙
 新自由主義的グローバリゼーションの世界の崩壊を刻印

                  
寺中徹

 
 11月7日に投開票されたアメリカ中間選挙については、何よりも先ずブッシュに対するアメリカ有権者多数による鮮明な不信任を指摘しなければならない。
 共和党は確かに完敗した(上、下院、州知事選全てで)がそれ以上に、露わとなったブッシュへの不信感は強烈だった。例えば次期大統領候補とも目されるほどの、楽勝が確実視されていた有力下院議員が、ただブッシュと近いが故に落選、という事例。あるいは、カリフォルニア州のシュワルツネッガー知事(共和党)は、民主党の要求を率先して自身の方針とし、ことさらに反ブッシュを誇示したことによって当選を確実にした。選挙最終盤にフロリダ州知事共和党候補がブッシュに突き付けた集会同席ドタキャンは、格好のマスコミネタとなった。このフロリダでは、疑惑のブッシュ初当選をお膳立てした上院議員候補(当時の州司法長官)の惨敗、というおまけまで付いている。
 アメリカ選挙民多数のブッシュに対する、あるいはブッシュ的なものに対する拒絶意思は明確である。その点で、共和党有力上院議員であるマケインが選挙後、共和党を侵食する宗教右派に対して嫌悪感を吐露していることは象徴的だ。アメリカ国内においてブッシュが体現した時期は終わりを告げつつある。アメリカ政治は事実上ブッシュの次へと動いている。そしてそれは、世界におけるアメリカの位置故に必然的に世界に波及する。
 しかしブッシュの次とは何だろうか。アメリカの選挙民はこの点では明確な選択をしていない。民主党はブッシュに代わるものを基本的に提示しなかったのであり、その象徴こそイラクに関する民主党の無方針あるいは分裂、と言ってよい。
 今回の選挙が示した第2の特徴がここにある。ブッシュの時代は明確に否定された。しかしブッシュの次は空白である。それはアメリカ政治の、またアメリカの世界に対する対応の、漂流を暗示する。

限界を見せた共和党の選挙戦略

 今回の選挙は同時に、共和党がレーガン時代以来洗練させてきた選挙戦略・技術が、本質的に限界に達したことを示したものとも言ってよい。
 共和党がこの間発展させてきた選挙戦略・技術は本質的に、特定社会階層(中心的には相対的富裕層)の徹底した囲い込みである。その基礎には、小選挙区制におけるブルジョアエリートが支配する事実上の二党制と有権者登録制が置かれている。一般有権者の政治的選択可能性を極度に狭めた上で、特に社会的不遇層の選挙参加に障壁を置くこの制度的枠組み(映画などでお馴染みのように、特に黒人や移民などは、有権者登録に際して、識字能力や犯罪歴など様々な嫌がらせを歴史的に受けてきた)においては、選挙参加層の社会的偏りが不可避的に起きる。選挙からの事実上の社会的排除であり、こうしてアメリカの投票率は、例えばヨーロッパと比較して一般にかなり低い。このような状況においては、それが例え住民全体から見て少数階層だとしても、特定社会階層の確実な囲い込みは、選挙上の勝利に十分につながる決定的な要素となる。それは日本における創価学会の役割を思い起こせば、容易に想像可能だろう。
 共和党のこの戦略・技術は、新自由主義が政策として体系的に深化させた社会的分断、排除への目的意識的な適応であり、かつ相互が補完・相乗し合うものでもあった。悪循環的な政治の徒党化である。自立・自助と自己責任にことさらに価値を与え、所得再配分や社会改良を「努力する者への懲罰」として敵視する新自由主義思想はまさしく、社会的上層の利害関心を正当化し、彼らに道義上も「癒し」を与える、この層に奉仕する思想なのだ。
 伝統的に富裕層と白人の党であった共和党は、上に見たような徒党的な政治的適応を容易にかつ大胆に進めることができた。それに比して黒人と労働組合を有力支持基盤として抱え込み、戦後のケインズ枠組みによる社会総体の改良的統合の時代にはそれ故に主導勢力となりえた民主党は、逆に内部的に引き裂かれた。ブルジョア政党として民主党も、今では紛れもなく新自由主義的グローバリゼーションの党である。クリントンに代表されるように、経済戦略としては彼らの方が、より現実をわきまえた包括的な視野を持っているとさえ言える。とはいえ同時に彼らには、先に見た党の性格上いくつもの政治的化粧と一定の折衷がどうしても必要だった。しかし新自由主義の勝ち組みにはそれこそ、優柔不断、不徹底と映り、彼らが追及する排他的で利己的な利得活動に不安を与えるものだった。この層の囲い込み競争において結局民主党に分はなかった。
 これがこの四半世紀のアメリカ政治の、共和党主導力学を形成した基本構図である。
 しかし今回はその力学に変調が起きた。何よりも、ブッシュが発動したイラク侵略の不正義とそれが引き起こした惨害のひどさは、もはや誰も無視できないものとなっていた。既に選挙以前に、アメリカ国内のブッシュ支持率は30%台前半まで低落し、イラクにおける戦争に対する否定的評価も過半数を超えていた。ブッシュ政権の主張はことごとく現実によってその空虚さを暴かれ、明らかに多くの国民の信用を失っていた。社会的上層にとっての不安はブッシュの側からも押し寄せてきていたのだ。その点で、今回の選挙におけるブッシュと共和党の守勢は明白だった。
 それ故彼らは、この間開発し成功を見せてきた(薄汚い)選挙「技術」をあらん限り総動員した。ブッシュ陣営から「選挙の神様」とされる大統領首席補佐官、カール・ローブは、何ヶ月も前からこの選挙にのみ専心し、陣頭指揮に当たっていた。洗練を極めたマーケティング技術を駆使した有権者の緻密な政治傾向分析に基づき、有権者個々を対象としたきめこまかい訴えかけが指示されたと報道されている(日本以外では個別訪問が基本的な選挙活動)。その中心は、非支持層を最初から無視した、固有の支持層の徹底した組織固めと選挙動員にあった。そこに宗教右派の組み込みがあることはもちろんとして、豊富な資金を元に、「ネガティブキャンペーン」を典型とした情報操作は大々的に展開された。固有の支持層を相手とする限り、その層に心地よい嘘も有力な武器となり得るのだ。その上に、有権者登録制度を悪用した、特に黒人を標的とした組織的な登録妨害が今回も大問題となっている。アメリカの同志は、電子投票システムの公正さまでも疑惑の対象となっている、と報告している。
 これらの選挙「対策」が一定の効果を発揮したことはおそらく確かだと思われる。選挙終盤の共和党の盛り返しが伝えられ、また上院の最後の数議席はきわどい接戦だった。しかしそれでも今回はついに、共和党は勝つことができなかったのだ。
 おそらく変調はもっと深くまで届いていたのだと思われる。

虚構は現実によって打ち砕かれた

 新自由主義をごく大雑把に概括すれば、資本主義的価値生産における拡張可能性の歴史的狭まりに対する、資本の現代化された適応であり、価値取得における生産(価値創造)なき社会的奪い合いへの移行、と特徴付けることができる。新自由主義の理論家は、「有能な者」への富の集中が新たな価値生産拡張を作り出す、と強弁してきた。しかしそれは証明不可能な主張であり、現代の歴史的局面では虚構と言うべきものである。現に世界総体としては、この四半世紀それは基本的に起こっていない。
 それ故この時代、社会諸階級、諸階層の利害対立と分断は不可避的に激化した。統合ではなく分断と排除が社会を蓋う。この時代を特徴付ける不寛容は、いわば必然の産物である。マルチン・ルーサー・キングは40年前、いつの日にかに奴隷の子孫と奴隷主の子孫が丘の上で語り合うさまを夢見る、との有名な演説を行った。統合への希望を基調としたその時代は、今完全に遠のいている。
 しかし新自由主義者はこの現実を、「善」として普遍化された新自由主義の理念的「価値」による、新たな真の統合であると強弁してきた。排除される者はあくまで、自ら望んで排除された者とされるのだ。社会的排除は意識の上で抹殺され、存在しないものとされる。ブッシュ・ネオコン連合が推進する新自由主義的グロ―バリゼーションには、上記の考え方が特に色濃く投影されている。「善」による統合を破壊する「悪」との闘いとして、「テロとの戦争」が描かれる。それこそが、「価値の共有」の意味である。
 新自由主義とは結局のところこのように、上から下まで「虚構」で構成されている。その意味でこの思想と政策は、裏返しのスターリニズムと呼ぶにふさわしい。しかし虚構は、スターリニズムと同様、結局は現実によって復讐される。
 アメリカ国内においては、昨年夏のハリケーン「カトリーナ」が、アメリカの現実をまさに人々を震撼させる形で暴露した。そして事実、この「人災」がブッシュ支持率の低落を劇的に加速した。昨年末、ニューヨーク地下鉄労働者のストライキがニューヨークの都市機能に大打撃を与えた。そして今春、移民労働者のそれこそ巨万の決起が、いくつもの大都市を機能停止に追い込んだ。
 悲惨は遠いところの問題ではなくまさに目の前にあり、既に社会そのものを脅かしているという現実を、眼をつぶったからといってそれがなくなるわけではないという事実を、アメリカは今否応なく突き付けられている。イラクがもう1つの抜き差しならない現実を突きつけていることは言うまでもない。
 「絵空事はもう沢山だ!」、先に触れたマケインの吐露も含め、今回のブッシュ不信任の底流には、おそらくこの広範な感情が渦巻いている。

非和解的な分断は引き続く

 しかし、深く進行した社会の分裂は、先の感情だけで修復されるわけではない。「勝ち組み」の多くは自己の利害に徹底的に固執するだろう。彼らはそのように生きてきたのだ。現に共和党は今回の選挙でも、自己の固有の支持基盤を堅固に守り固めている。
 イラクでの方針修正がささやかれる一方で、ブッシュのヨルダン訪問に合わせチェイニーはサウジに飛び、イラクへのサウジ引き込みを策している(「赤旗」12月2日付け)。チェイニー―サウジという取り合わせは、アメリカ国民にとって「腐敗の枢軸」であり、最悪の組み合わせであろう。しかし現政権一派はそれが必要だと判断しているのだ。この事実は、ブッシュ・ネオコン連合が彼らの路線をあきらめるつもりのないことを示している。
 社会の分裂は深く構造化されている。その非和解性はむしろ高まる可能性が高い。しかしアメリカの労働者民衆の側も、自らの未来に向けて深刻な苦悶の中にある。例えば労組ナショナルセンターは昨年分裂している。原因は組織化戦略の違いにあるとされているが、その構成を見る限り実のところは相当に複雑だと思われる。社会の深い分断と分裂は労働者民衆自身に影を落とし、そこからの脱却の動きは、未だ個別的な萌芽の段階にある。
 方向性の定まらぬ分裂と緊張は当面なおも持続するだろう。それ故に民主党は内部の分裂状況を克服できず身動きできないのだ。ブッシュの次に当たってアメリカ支配階級は、改めて現実と向き合い、現実の社会と現実の世界に対する実効性ある、堅固な実質を伴った対処を要求されている。しかし民主党の現状は、そこへの具体的な踏み込みが極度に困難であることを示している。その限りにおいて、イラクにおいては撤退不可能というシナリオが、即ち最後には全てを捨てて逃亡、というシナリオが現実味を増している。
 時を合わせて、ニクァラガ、エクアドルでも「左」派政権が出現し、チャベスはまさに圧勝した。ラテンアメリカに対するアメリカの影響力の地滑り的失墜はもはや動かし難い。そして、ヒズボラを相手としたイスラエルの敗北と、その衝撃が引き起こしたイスラエル国内の混乱は、イラク、アフガニスタンでアメリカが陥った泥沼を加えて、アメリカの中東への対応を根底から崩壊させようとしている。
 アメリカ多国籍資本が思い描き、ブッシュに託した新自由主義的グローバリゼーションの世界は、事実上もはやかなわぬものとなった。今回の中間選挙結果はその事実の確認である。それ故アメリカ支配階級が準備しなければならないブッシュの次とは彼らにとって、その建直しを意味する。しかしそれはまだ見えないのである。それを永久に見えないものとすること、それが我々民衆、そしてアメリカの労働者民衆の課題となる。世界の希望ある新たな統合は、そこにしかない。(12月5日)

 ブラジル
2006年選挙―根本的政治分断

         
ヨアノ・マハド、ヨゼ・コリー・レイト  

 最初の10月ブラジル選挙の第1ラウンドにおいて、幻滅した選挙民はその選択を、国の2つの大政治ブロックの間の選挙的分裂において、選択を強制された。1つはPTと、PSDBとPFLの間の連合に基礎づけられた他のグループである。最終週にはルラとゲラルド・アルキミンの間の大統領選において、分極化はより鋭くなった。
 この最初のラウンドでルーラは4600万の投票を獲得した。それは有効投票の48・6%である。アルクミンは3900万を獲得し、41・64%だった。第3番目は、P―SOLと左翼戦線の候補者、エロイザ・エレナの660万、6・85%。PDTのクリストバン・バルケ上院議員は250万票、2・64%であった。PDTは常に左翼ポピュリスト党と認識されている。他の候補者たちはきわめて少数の得票であった。
 以前の選挙と異なって、今回のキャンペーンは高いレベルの白けを伴った。これの表面上の説明は、制度上の変化が、以前には何ヶ月も有権者をずぶぬれにしたプロパガンダを大きく抑制したという。しかしもっと説得力のある説明は、ルーラ政府の4年間に最も政治的であった部分が希望をくじかれた、という点に見出すことができる―この挫折感は、過去においてはPTの特徴であった活気に満ちた街頭行動(共にあった活動家は、今や専門的な政治家に押しのけられている)の殆ど完全な欠如に、あるいはPTに対する何らかの「確信票」の喪失にあらわとなった―。
 ルーラグループの新自由主義(あるいは社会自由主義)への転換とPT内に深く根付いた腐敗の発覚、これらの後の最初の大規模選挙では先の現象がおきるはずであり、それは予測可能だった。

根深い分断

 しかし、政治に対する―特に政治権力が社会的変革と解放のための乗物となり得る、という考えに対する―広範な幻滅は、深い根をもっている。
 1980年代における民主主義の回復以降、数多くの希望が挫折させられてきた。軍事独裁権力に対する主な反対政党(「民主的戦線」と見られたPMDB)に希望が賭けられ、それは独裁後の最初の大統領選挙で生み出された。またフェルナンド・エンリケ・カルドゾ(FHC)政権の初期には楽観主義すらもあった。それ故、ルーラに対する、さらに何よりもPTに対する挫折感は、長く引続いてきた幻滅の流れにおいて、最後となる最も深刻なものだった。
 今我々は、1990年代以来のブラジル社会における諸変化を考慮に入れる必要がある。ルーラの4年間は結果として以下の諸分野で、コロル―イタマールの5年間とFHCの8年間を引継いだ。すなわち、ブラジルの世界市場に対するさらに深まる従属的な編入、生産能力の新自由主義的変形、経済停滞、旧来的階級関係と各々の独自性の衰弱、個人主義と消費主義の前進、思想的退化並びに全体としての市民政治活動に起きた退歩、など。
 社会主義的左翼を構成していた大きな部分ー労働者階級に根付き、独立的に組織され、PTと労組ナショナルセンターCUTを創設したーは単に存在を止めた。自律的な階級組織は弱体化し、労働者は社会的に断片となり、残っている社会主義的左翼は分裂状態で守勢的なまま放置され、展望の危機に苦しんでいる。80―90年代を通じてブラジル左翼をラテンアメリカの他の地域の左翼から区別してきたもの―組織されたプロレタリアートに根付いた大衆的で社会主義的かつ政治的な行動、そして資本家階級からの自律性―は、今や1つとしてない。
 社会運動にも同じことが起った。80年代が大規模な結集の時代であったとするならば、90年代にはその下降―90年代を通じて大規模な動員を組織できた社会運動はMST(土地なき労働者の運動)だけだった(この運動も、ルーラ政権の始めから袋小路に入り込んだ)―を目にできた。
 労働組合は長い間、何らかの大きな政治的影響を発揮することをやめてきた。このようにして、新しい世代は大規模な社会的決起に関しては何の経験もない。ブラジルに作り上げられてきた左翼の政治的独自性を解体するという仕事は、大部分すでになされた。80年代の政治サイクルは終局に到達した。
 今回の選挙で生れたものはネオ―ポピュリストのPT―ルーラ個人のカリスマ的な指導性と公共資金の支配に基礎を置くある種の選挙機械。同時に支配階級の安定に専心する機構。しかしまた、鈍感なエリートと対抗する貧者の擁護者として自身を押出す機構―だ。それ故それは、事業がいつも通り続くことを保障している。
 それにもかかわらず、国民的危機は解決されずに残っている。権力をもつ陣営のどちら側も、未来におけるいかなる進歩も保障できない。ブラジルは、急速な成長を経験している世界経済の中で停滞し続けている。地域的統合は麻痺させられている。社会的危機は鋭く、一般住民向けに提示された質的により良い未来など1つもないままだ。
 何らかの野心的な行動を編上げることに何とか達することもなく―まさにそれこそ政治的党派の役割のはずだが―、組織の多様な形態が今芽を出している。ブラジルは何と言っても、より急進的な代替的政治運動が場所を得て沸騰しつつあるラテンアメリカのど真ん中にある、世界の中でも最も対立に彩られた社会の1つなのだ。

P―SOL、左翼戦線、エロイザ・エレナの選挙運動

 見てきたような政治的後退の背景において、「左翼戦線」としてのエロイザ・エレナの立候補は、左翼の解体に対する抵抗を表現し、今回の選挙における新しい要素だった―ブラジルの進歩的政治の危機に終止符を打つにはたとえ十分ではなかったとしても―。
  「左翼戦線」の、はるかに最も重要な党はP―SOL(社会主義自由党、PTから分裂―訳者)だ。この党だけが1年以上前登録を承認された(2005年9月)。その他の2つの党、PSTU(統1社会主義労働者党、モレノ派の伝統に連なる)とPCB(ブラジル共産党)は、はるかに小さな政治的比重(特に選挙に関し)しかもっていない。
 PーSOLは今回の選挙に、その多くが労組活動家で構成された2、3000人の活動家、青年の中での重要な影響力、また何人かの議員―上院議員1人、連邦下院議員7人、州下院議員4人、また何十人もの地方議員―を手に臨んだ。しかしいずれにしろそれは、PT左派の1部と他の諸党(主にPSTU)の小さな活動家集団を結集した少数勢力だった。
 事実としては今回の選挙で、そのもろさのある組織と小さな社会的基盤が暗示していたものよりも、1定程度重要な役割を演じた―上院議員のエロイザが備えていた人気とカリスマ性のおかげで―。選挙運動が始る前の今年前半、世論調査における彼女の支持率は4から6%の間―大統領レースの第3位―だった。
 6月に入って、メディアは選挙によりスペースを割き始めた(特に大統領選挙)。大統領候補者には、テレビネットワーク(特に、この国最大の放送網、レデ・グロボ)で日に5分割当てられ始めた。メディアの取り上げにおける不均衡は縮小した。これがエロイザの立候補に対して大きな後押しとなり、世論調査における彼女の支持率は8月中旬までに10%に達した(「分らない」と棄権意思を除外すれば、これは14ないし15%に相当)。
 メディアへのより高まった露出は別として、ここにはいくつかの説明要因がある。1つは、すべての人が認める闘士としての1人の女性、という訴え。彼女は、ルーラ政権が人気の絶頂にあった時に彼と対決するという勇気を示し、何週間もの間切れ切れの批判しか受けなかった。次いで、多くの世論形成部分に広がったルーラ政権のイメージ悪化。さらに、エロイザの上昇を目にすることには、決選投票強制という点で、PSDB、野党側(従って1部の報道機関)の利益もあった。その時点で、エロイザとアルキミンの差は縮まり、ルーラとアルキミンの間で分極化する選挙が避けられるかも知れないとさえ見えた。
 しかし、公式のテレビ選挙宣伝が始り、大規模な選挙機構が行動を開始した時から、相対的に好ましい状況は終焉を迎えた。
 2つの主な政治的陣営(ルーラ周辺に、またPSDB―PFL周辺に)の背後には、物質的、組織的手段が入りつつあった。この点における巨大な不均衡が決定的な重みをもった。「左翼戦線」は太刀打できなかった。この不均衡は、ラジオとテレビの党の政治放送に対して法律で配分される放送時間、という側面によっても増幅された(配分時間は前回の選挙結果が基準。前回はP―SOLがまだ存在しなかった2002年)。
 他方で、P―SOLと「左翼戦線」の組織的弱さが、運動に近づき運動を支援したいと思った人々全てを選挙運動に引入れることを不可能とした。エロイザに一体感をもった有権者の1部は、真の代替路線を提示するには彼女への支持勢力は弱すぎると実感した。特に最後の数週間、戦術的投票に向けた圧力が高まった。この時期ルーラとアルキミンの差は縮まり、決選投票もあり得るように見え始めた。
 「左翼戦線」の選挙運動にとっての別の困難は、その組織的弱さが同時に政治的弱さでもあったということだ。殆どの州で、運動のための統一した政治指導部を作り上げることは不可能と分った。おそらくこの弱さの最も深刻な結果は、P―SOL内のまたP―SOLと戦線の他の党との、双方における内部的な違いを理由に、戦線のための政府綱領練上げが遂に終らなかった(選挙公約集だけが配布された)、という事実だ。
 これは、エロイザ、P―SOL、また戦線がこの国のために綱領的な代りとなるものを提示しなかった、ということを意味するわけではない。
 しかし、公式的に決定された綱領的文書が全くなかったという事実は、それらのものの提起がもったはずの波及力を限定し、また戦線の候補者達を敵と報道の批判にさらした。
 エロイザの運動のもう1つの政治的限界は、彼女が1つの政治構想のあるいは社会的闘争進展の代表者としてよりも、大統領候補者という立場ではるかに多く語ったということだ。これはある程度避けがたいことだった。これは、集団的指導性を未だ発展させていない揺籃期にある政治的構想とは別に、殆ど動員が見られない時期における、全国的な波及性のある立候補者に関わる問題だった。これこそ何よりも、まさに大統領選挙の論理だ。問題となるのは立候補している候補者であり、所属の党や戦線ではない。
 しかし、そこに運動の重要な政治的弱点があったことに疑いはない。
 おそらく結果にさほど影響を及さなかったとはいえ、運動に否定的な反響を残した別の問題は、人工中絶解禁問題だった。P―SOLと「左翼戦線」大多数の立場は、解禁に賛成だった。しかしエロイザは、道議を理由に反対している。メディアはこの不一致を見つけだし、人工中絶に関する彼女の立場をしつこく追及した(その一方で他の候補者は誰一人この問題の追及を受けなかった)。
 いずれにしろ、650万票あるいは有効票の6・85%を獲得したということは、今日のブラジルの歴史的背景においては極めて印象深い結果である。何と言ってもこの候補者は、常に「急進派」と同一視され、PTが放棄した社会主義に対する約束を再度主張する必要に応えることが立候補の理由である、と語ることで彼女の運動を締めくくった(大統領候補者間の最終テレビ討論番組で)候補者なのだ。

PTとPSDB間の対抗

 PTとPSDBは、2004年の地方選以来今回の選挙に向けて準備してきていた。先の選挙結果は既に、南部と南東部の大中心部におけるPTのもろさを明らかにしていた。しかしこの党の状況が深刻だと分ったのは、ようやく2005年6月、票買収スキャンダルの後だった。その後2006年に入って、ルーラは徐々に世論調査の自分の位置を回復させ、明らかな人気者として宣伝を開始した。票買収スキャンダは他の事件によって埋められた―「バンパイア」と「吸血鬼」スキャンダル(地方医療サービスに対する救急車と血液供給に関する過剰請求を含む)―。他方でPSDBの候補者は、党が分裂した形で運動を開始した。決選投票の可能性は遠いように見えていた。
 しかし、結果として決選投票もあり得るとの意味を含めて、2つの要素が結び付き、第1回投票におけるルーラの得票が期待以下になることで全評論家が一致した。その第1は「文書」スキャンダル(アルキミン候補に関する偽情報の高額買取疑惑―訳者)。第2は、主な候補者間の最終テレビ討論をルーラが回避したという事実。この討論は、投票日3日前にこの国の主なテレビネットワークで行われた(事実としてルーラは、運動期間中に行われたいかなる討論会にも出てこなかった)。
 ルーラとアルキミン間の競合に関わる最も驚くべき側面は、選挙民の分極化が、貧しい者達とルーラ、金持ちとアルキミン、という形の社会的帰属性の領域で表現されたことだ。そこには、この国の今後に関わる、各自の綱領をめぐる違いを意味するものは全くなかった。
 ルーラは、バラマキ政策と彼特有のカリスマ的人気を一体化させることを通じて、人口の最貧層とこの国の最「低開発」地域に暮らす人々との同一化に、何とかしがみつくことに成功した。「家族助成金」計画の影響力は、選挙に相当な重みをもたらすに十分なものとなった。また、みすぼらしい出自を持つだれかを共和国大統領として得ることがもつ象徴的な意味は、依然として重要な役割を果たしている。
 他方より裕福で保守的な部分は、当然のようにアルキミンに一体化する方向に傾いた。彼は、新自由主義の最も平均的な類型に属する定型を具現する者なのだ。これに加えて「文書ゲート」があり、これは、マフィア的手法に対するPT機構の日常的依存―ルーラの再選を危険にさらすにもかかわらずーを再度明らかにした。そしてこれが、ルーラ側に立つ中間階級とブルジョアジーの一定部分の怒りを高め、彼に決選投票を強いることでルーラを罰しようとの誘惑を強めた。中立を保っていたいくつかの層も最終盤には、結局ある種の使い回し的な反PT感情に引き込まれた。
 圧力を受けたルーラとPTは、FHC政権の諸政策と富裕層に対するアルキミンの同一性を強調し、決選投票に際しては、巷間語られる彼らの政権の左翼的性格を指摘しつつ、貧しい層に対する彼らの約束の水準を高め始めた。その1方で彼らは何と、経済政策変更の意思はなく、公共支出の減額さえも行う、と請合った。
 ルーラと貧困層の社会的一体化はこのように、国の今後に向けた真の変革をめぐる争い、という意味をもっていない。それはむしろ、失策埋め合わせ的な所得援助政策のために公共予算を使用することに依存した、ある種の国家による支持者保護、という問題である。しかしそれは、人口の多数に広がる極度の貧困を前提としたとき、巨大な影響力を発揮するのだ。外交政策のような分野では、アルキミン政権と第2期ルーラ政権は同じにはならないだろう。しかし、ルーラ政権が新自由主義の教義と手を切ると考えてよい理由は全くない。

P―SOLの選挙結果

 P―SOLに対する投票全体は、「左翼戦線」(PSTUとPCBは得票という点では殆ど貢献しなかった)に対してと同様、エロイザの得票に見合わなかった。それは党の(同時に戦線の)弱さを示していた。我々は、幅広い政治討論を維持する可能性のある州知事選に対して候補者を得た所では、エロイザ支持票の内の重要な部分を何とか利用することができた。これは、トニノやエドミルソンのような候補者がいた連邦直轄州(つまりブラジリア)やパラ州に見ることができる。彼らはそこで有効票の4%以上を獲得した。またセアラ州でもレナト・ロゼノが2・75%を獲得し(州都フォルタレザでは7%以上)、プリニノ・サンパイオを立てたサンパウロでは、2・5%(50万票に相当)を得た。しかしほとんどの州で我々の候補は、辛うじて1%を得たに過ぎず、それ以下のところもあった。
 連邦議会議員のP―SOL比例候補は国全体で、115万票、有効票の1・4%を得たが、5%の関門(国会の諸委員会参加などに完全な権利が生まれる)には遠く及ばなかった。とはいえ我々は、3人の連邦議員(リオルランデ・ド・スルーでルシアーナ・ジェンロ、サンパウロでイバン・バレンテ、リオデジャネイロでチコ・アレンカール)、3名の州議会議員(サンパウロでジアナッツィとラウル・マルセロ、リオデジャネイロでマルセロ・フレイクショ)を得た。PSTUとPCBの候補者からは当選者が出なかった。
 P―SOLにとって今回は、選挙というものに登場した初めての機会だった。これを考えた場合、これらの結果はそう悪いものではないように見える。しかし、選挙前の党の状況と比較すれば、これらは明らかな後退だった。党は選挙に向かう以前よりもこの選挙をくぐり抜けてより弱くなった。この結果を説明するものは主に、党としてのP―SOLの小ささと非常な脆さ、そして行動の統一を達成するための巨大な困難だ。P―SOLは、社会と地域の鍵となる部門における実体的な存在となるために十分な候補者を立てるほどには、十分なたくましさや十分な広がりをもっていなかった。
 我々はPTから持ち込んだ政治的資本の1部を失った―再選に失敗した4人の連邦議会議員と4人以上の州議会議員(とはいえこれらは、3名の新たな州代議士当選によって部分的に補われた)―。しかしながら、党の内部的な政治的バラツキを前提とすれば、比例候補のために今回我々ができたこと以上の成果を得ることは、決して容易ではなかったと思われる。おそらく我々が望むことのできた最大限は、党の名簿へのもっと大きな支持票を得たとして、サンパウロとリオデジャネイロでもう1人の連邦議員を得ることだった。
 上に指摘したように事実上我々は、運動期間中に集団的な政治指導性についてその始めの段階すら実現しなかった。エロイザ・エレナただ1人が役割を果すという場合があまりに多く、それは我々の政治的、組織的、さらに財政的指導性の弱さを描き出していた。根を労働組合においていたP―SOL指導部内の部分は、選挙運動を組織することに不慣れであることが分かった。その意味で、大陸規模の大きさをもつ国における選挙運動が強いる冷酷な展開ペースを守るという点で、必要とされた物質的手段もなしに、エロイザが自分自身で重要な役割を巨人的に果すことになった。
 上の結果は同時に、PSTUとPCBの限界をも明らかにした。戦線の総計に対して、前者はおよそ10万票、後者は4万票きっかりを加えたに過ぎない。

決選投票

 決選投票には大統領選だけではなくいくつかの州知事選も含まれていた。党内の何人かはより右という理由でアルキミンを敗北させるためにルーラ支持に賛成し、他方他の者は「アルキミンに投票するな」というスローガンを押していたものの、P―SOLは大統領選に対して、2人のどちらも支持しない、と決定し、人々がルーラに投票すべきか棄権すべきかを自由に判断できるようにした。
 上の立場のどちらかに決めることを党の多数が拒否した理由はいくつかある。第1は、ルーラが明確に社会自由主義となった政府を率いていること。つまり彼は、原則的な経済問題と社会政策に関し、新自由主義モデルに従っているのだ。第2に彼は、ブラジルの最も右翼的な諸政党(例えば、パウロ・マルフのPPのような)大部分を含んだ連立を築き上げた。それ故問われていたことは、左翼陣営を代表する候補者というような問題ではなかった(既に述べてきたように、選挙民内部に社会的分極化という問題があったとしても)。
 P―SOL創設者の1人である社会学者のリカルド・アントネスは、「カルタ・マイヨール・エージェンシー」のインタビューに答えて、決選投票でルーラ支持に反対する理由を以下のように説明した。
―「ルーラとアルキミンが同じでないことは明らかだ。しかし、金融資本や大産業資本とのつながりを含めて、彼らの経済諸政策の具体的な姿は同じだ。アルキミンは右翼のより伝統的な候補者だが、ルーラ政権は社会的諸闘争から現れた。しかしこの政権も結局は、右翼の基本的教義を取り入れることとなった。このような形でルーラは、社会的諸闘争の志気を削ぐ上で有効な役割を果たしている。エンリケは何年もの間、年金改革と年金受給者に対する課税を試みていた。しかし彼は、社会運動が反対したために失敗したのだ。ルーラ政権はブラジル左翼を掘り崩すという点で極めて『有能』だということを証明した。ブラジル左翼は解体され断片化した。P―SOLと社会運動が挑戦すべきことは、これらの断片を再度呼び戻し一体化することだ。ルーラが引き起こした混乱は極めて大きく、社会運動からは彼は、あるときは敵として、また別の時は盟友、あるいは政府の中の未解決にされている問題、と見られている。従って私は、彼とアルキミンのどちらが最悪なのかを判断できない」―
 この観点はP―SOLの大多数が共有しているものだ。しかしまたP―SOLは、白票を支持する運動はしなかった。第1回目にエロイザに投票し、今はルーラへの投票に傾いている人々の観点を尊重する道がその立場だった。

この国が向かう方向とは

 P―SOLと「左翼戦線」は今、その政治構想が何であるのかについて、正確にかつ注意深く考える必要がある。新自由主義の今日あるブラジルは、今なお我々の政治的発想に影響を与えている、かつての時期の発展第一主義が支配したブラジルとは、大きくかけ離れている。ルーラは、FHC政権の下で既に打ち固められつつあったこの現実に取り組む上で、非常な明晰さを示した―彼の年金改革を出発点に「家族助成金」計画に至る過程―。これは彼の政権期間中に結果として、所得集中に関する逆説的な縮小(極小だが)をもたらした。
 起きたことは、貧困層の多数にとっての僅かな所得上昇、中産階級と相対的な高賃金労働者からの搾り取り、そして他方における、ブラジルを支配する2万家族の歴史的な特権の保護―彼らは事実上、以前よりも豊かになった―だった。この国にとってこれは存続可能なモデルではない。しかしそれは、世界の中でも最も不平等な社会の1つである所で安定を維持する上では、効果的な方法なのだ。
 左翼的世論、産業労働者階級の組織され意識的な部分、市民として活発に活動している中産階級やインテリゲンチャー、これら全ては、影響力を奪われ、深まるプロレタリア化と職の不安定化によって自己の独自性が薄められていることを目にした。これらの諸部分―国民的発展第一主義の時代の産物であり、左翼の図式に従えば、大量の貧困層と連合することで新たな歴史的陣営の背骨となるはずであった―は、新たな、ルーラスタイルの蓄積様式の下で、最大の敗者となった。
 そうであってもブラジルには、左翼にとって実質のある空間(現瞬間では最小の空間ではあるが)が明らかに未だある。その上でしかし、影響力獲得を目的とし、公正で主権を確保し、繁栄した国家を追求する、そして社会主義建設への移行に道を開くことを欲するどのような構想も、2つの大きな挑戦に直面することになるだろう。第1に、人口中の先の部分に対する政治的介入を再組織しなければならないだろう。
 これは、発展第一主義の初期にあった大望や熱気の回復を意味する。これらは、成長、職、賃金として概括され得るが、しかしまたそれらは、あまり遠くない将来にはありそうにない一連の物事(経済の繁栄、躍動的な労働組合、良質な公的医療・教育システム、社会的進歩の可能性)をも暗に意味している。同時にそこに込められている意味には、再組織すべき部分に次第に影響を及ぼしつつある新たな諸問題―エコロジーから知識の無料入手まで、文化から性的自己決定まで、自己決定を保障する政策から反グローバリゼーションまで―も含められる。これらは、青年にとっては特別に重要性を持つ、それなしには左翼の政治的再編などあり得ない戦略的な諸問題だ。
 第2に、影響力追求という使命を回復しなければならない。これが意味するものは、貧困に突き落とされた大衆との結び付きの再構築だ。人口の多数を占めるこれらの人々は現在投票箱でルーラを支えているが、所得援助政策を評価しない国家から独立した左翼に対して、今後もあまり反応しないままであろう。ルーラはネオ―ポピュリストと呼ばれてよいが、その理由こそ、これらの貧困化された大衆に訴えかける安定した定式を見出した、ということだ。そのやり方は、当時のフォード主義的な発展第一主義枠組みの中で労働者階級に職と社会的前進を提供した、1930―40年代のジェトゥリオ・バルガスの場合と全く同じだ。
 上に見た旧式のポピュリズムとの断絶は、その対象となった人々の自律的行動を通してのみ可能となったが、それと同じように、ルーラ主義との手切れは、所得と職を保障するこれらの政策が全体化する場合にのみ可能となるだろう。しかしそのような全体化は、新自由主義の世界においてはまさにありそうにない。しかし、自律的行動そのものは少なくとも、十分な権利と福利を伴った5000万の職の創出といったものよりも、ブラジル人多数の精神にはるかに近いところにある。
 これらの即刻必要な挑戦を越えて、もちろんそこに結合される必要があるものとして提起されていることは、社会主義の構想に対する国際的信頼性を再構築し、新たな過渡的綱領を開発する、というより大きな挑戦だ。
注)筆者達は、P―SOLとその内部潮流である「エンラス」潮流の指導部メンバー。「エンラス」は、エロイザ・エレナ、及びFIの他のメンバーを含んでいる。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版11月号)
 
 
 

 
 
 
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