2007年1月10日        労働者の力             第 202号


世界を作り直す闘争の時代と民衆的希望の再生
安倍への怒りと抵抗を民衆的世直しへ  
寺中徹
 

 
 イラク攻撃の「有志連合」を構成した主要諸国中、政権がその責任を問われることのなかった国は事実上日本を残すのみとなった。それが意味するものにはまるで頓着なく、安倍はイラク攻撃支持について今も正当性を主張している。変わらざるを得ない世界に対し、日本支配層のみがそこと180度異なる方向に進もうとしている。
 日本支配層にはもちろん、変わらざるを得ない世界の今を、自分達の「信念」に基づいてむしろそちらのほうを異常と考える権利はある。しかしそうであるならば彼らは、世界化した資本活動という世界における日本の関わりの現実を維持しようとする限り、世界総体を彼らの認識に沿ったものに方向付けようと、単独であっても闘う以外にない。
 しかし日本の支配層にそのような気構えも能力もないことは、戦後60年の歴史が如実に示してきた。安倍を政治指導者に担ぎ上げてしまった日本支配層は、世界との間に万力のように締め付けられる矛盾を抱え込んだ。彼らの行く手には、じりじりと袋小路が迫ってくる。
 その点で、アメリカの絶対的覇権を担保とした新自由主義的グローバリゼーションが未だ一定の可能性を残していたかに見えた小泉の時代と現在は、質的に異なったものとなったということを確認しなければならない。小泉に可能であったものも、安倍には不可能となる。小泉と安倍には、確かに個性において明らかな違いがある。しかし、小泉と安倍を分け隔てる本質的な差は、何よりも先ず、日本を置き去りにして世界に起きた変化なのだ。
 日本の我々には、世界の労働者民衆が闘いを通して作り出した世界の今を、日本を自ら変える闘いの武器に活用することが求められている。それが不可能ではない時代が幕を開けようとしている。

世界を作り直す闘争の時代

 昨年総会で我々は、世界が歴史的転換に直面している、と主張した(本紙197・198号)。言葉を変えれば、世界を作り直す闘いの時代の幕開けである。昨年後半世界の民衆の様々な闘いは、この時代的特性をより一層はっきりさせた。
 いくつかのできごとを改めて確認しよう。
 ラテンアメリカにおいては、エクアドルにおける左派政権の登場(本紙3面)、ニクァラガにおけるサンディニスタ政権の復活を通して、新自由主義的グローバリゼーションに対する民衆の反抗がより拡大し、確固とした機運となっていることが改めて示された。しかしそれだけではなくメキシコやコスタリカの選挙においても、反新自由主義勢力が新自由主義勢力をあわやのところまで追い詰める闘いを展開したことを忘れるべきではない。新自由主義への反抗は、中米・カリブ海地域の民衆にまで広がり、ラテンアメリカ全域において、アメリカの影響力は決定的衰退を露わにした。
 イラク、アフガニスタンにおけるアメリカの絶望的状況はむしろ深刻化し、アメリカ自身の政治的混乱に転化した。加えてイスラエルのレバノン侵攻のあからさまな失敗は、彼らの政治的・道義的立場をさらに傷付けただけではなく、この地域におけるイスラエルの絶対的優位という神話を、国内外を問わず深く揺るがしている(本紙197・198号5―6面、199号3面)。この地域に長く続いてきた欧米帝国主義支配の枠組みは、基本的に終幕を迎えつつあるように思われる。少なくとも、ブッシュ・ネオコン連合が勝手に思い描いた中東新秩序構想は、この地域に悲惨な混乱を残しただけで事実上宙に消えた。
 そしてアメリカにおいて、ブッシュ共和党はアメリカ自身の労働者民衆によって、強烈な不信任を突き付けられた。世界各地の民衆の抵抗に、アメリカの労働者民衆も事実上合流を開始した。今回のブッシュ不信任票には、「好況」と称されつつ、それが結局いつまでも中間層以下に届かないことへの不満もかなり明確に反映されている、と報道されている。選挙後ブッシュは、長く据え置かれてきた全国最賃の引き上げにしぶしぶ支持を表明した。先の報道はこのことによっても傍証されている。新自由主義は、もはやアメリカ国内でも自由な闊歩を許されなくなっている。
 ヨーロッパでは、オランダの総選挙において、反新自由主義の社会党が大躍進を果し、左派総体の議席数はオランダ議会史上最大となった(本紙今月号4面)。オランダの有権者は明確に左へと移行した。大陸ヨーロッパの中でオランダは、新自由主義政策を先行的に推進した国である。その下で非正規雇用を活用した経済の「活性化」が実現し、労働者の生活の質も高く維持されている(2人で1・5人分の稼ぎ)、と長く信じられ持ち上げられてきた。日本の労働規制解体推進勢力はその神話を今も彼らの説得材料に使っている。しかしそれは神話に過ぎず、かの地の労働者民衆はそんなものを認めてはいなかったということを、今回の結果は鮮やかに示した。
 新自由主義の思想とその経済・社会政策を基礎とした世界の全面的な統合、という世界構想には、たそがれが訪れつつある。
 労働者民衆の強烈な自己主張、この世界各地にける普遍的高まりが明らかに、現在の世界に起きている趨勢を根底において推進している(本紙197・198号)。それ故にこそラテンアメリカの左派政権は、ブラジル、ベネズエラを先頭に、中国、インド等に積極的に働きかけ、北の帝国主義諸国とは一線を画した独自の「南南連携」に野心的に挑んでいる。ラテンアメリカ左派内部には、ブラジル・ルラとベネズエラ・チャベスを両極として、政治・経済志向に明らかな違いがある。前者は社会自由主義に傾き、後者は、キューバをも含んで、新しい社会主義への展開を展望している。しかしそうであっても、何世紀も強いられてきた帝国主義支配を脱した、まさに歴史を画する新たな世界の構築は、彼らが明確に共有する意欲なのだ。そして彼らにとって新たな世界は、遠くの目標ではなくまさに今着手すべき目標となっている。
 世界の民衆の闘いは今、事実においても自覚的にも、世界そのものの作り変えを求める闘いとして姿を現している。昨年の各大陸分散開催を第6回として、今年第7回を迎える世界社会フォーラムは、会場を初めてアフリカ大陸に移して開かれる(ケニア、ナイロビ)。野心に満ちた会場設定も含め、ここには、先に見た世界の闘いが最も自覚的に表現されている。
 安倍が好んで口にする「戦後レジームからの脱却」の真の意味は上に見た世界の現実にこそある、と言わなければならない。そしてその対比において、安倍が主観的に思い描く「戦後レジームからの脱却」のみすぼらしさと180度の見当違いは、否応なく暴き出される。
いずれにしろ世界は今、新たに作り直されるべきものとして、変わらざるを得ないものとして提起されている。

耐える意味のない痛み

 変わらざるを得ない世界の根底には、この4半世紀世界各地に普遍的に広げられた、人々の耐えがたい痛みがある。それは今も軽減の0しすらなく、むしろ広がり深められている。レーガン、サッチャーが先鞭をつけた新自由主義、そしてその世界化の中で人々は、これらの痛みは明日の繁栄をもたらす「良薬」だ、と繰り返し説かれ続けてきた。小泉はまさに、痛みに耐えてこそ、と吠え立てた。
 しかし世界のどこであれ、失業が抜本的に解消されることはなく、職の質は劣化し、賃金は停滞し、あるいは低下した。数字上の失業率低下が例えあったとしても、そこには非正規雇用という半失業が隠されていた。公共サービス、社会保障は圧迫され、不安定化させられた。そして、痛めつけられた者と、他人の痛みを自己の利得に変えた者、という対照が否定しようもないほどに露わとなり、社会は明確に分断を深めた。それは必然的に社会に鋭い緊張を生み出し、国家権力の肥大化と民主的権利の空洞化の進行に道を開いた。その最先端で、軍事力の野放図で無差別的な行使が止むことなく続いた。グローバリゼーションは、上に見た社会的退行を世界各地に区別なく強制した。
 強制される痛みに耐える意味などないこと、それは一握りの者の利得に奉仕するものでしかないこと、これらを世界の民衆は、刻み付けられた経験と自らの抵抗闘争を通して、世界各地で共通に今やはっきり肝に銘じつつある。経済的、社会的退行の度合いを決めているものが、基本的に、新自由主義的グローバリゼーションに対する各社会における労働者民衆の抵抗闘争の強さなのだ、ということを民衆は改めて明らかにした。
 日本において新自由主義の反社会改良政策は、土砂降り輸出を不可能とした85年のプラザ合意後、慎重に少しづつ進められてきた。しかしそれは、バブル崩壊の混乱を好機として速度を速められ、混乱を救済する「改革者」というイメージの売り込みに成功し人気を手に入れた小泉の下で、一気に進められた。この経過の中で新自由主義とその世界化は、常に「世界の大義」として大々的に持ち上げられ、疑う余地のない歴史の王道とされた。批判は主流的メディアによって、まともな吟味すら受けることなく、「守旧派」の一言で徹底的に辱められた。
 そして現在がある。今や、「格差社会」、地方の疲弊、あからさまな貧困、産業の空洞化、安全をも脅かすに至った基盤的産業技術の劣化など、新自由主義がもたらした退行的現実をもはや押し隠すことができない。人々を区別なくつなぎ安心を支えてきた足が、耳が、病院が次々と奪われている。夕張市では小中学校すらもが奪われようとしている。人々を差別せず排除しない、という点に生命があった公共サービスは、その意味に人々の注意を喚起することもなく、単なるサービス供給業に変質させられた。それらの事業は、まさに金を理由として人々を「自由に」排除するものに、変えられようとしている。
 いわゆる正規雇用の労働者も、度を強める競争主義管理の下で精神の自由と仲間との連帯を奪われ、孤立を深めているだけではなく、蔓延する長時間労働の中で、家族との関わりすら奪われている。長時間労働を具体的に見れば、週50時間以上働く労働者は全体の28%、いわゆる先進諸国中ではダントツ、独・仏の5倍(国民生活白書)。労働政策調査機構によれば(5年、8・9月調査)、正社員の8割が残業し、平均で30才台が月約42時間、40才台が同39時間残業。しかも正社員の4割は、月平均34・5時間ものサービス残業をしていた。さらにUIゼンセン同盟の調べでは、パートタイマーの3割までもがサービス残業を強制されている。
 労働者民衆の生活はこの年月を経て、総体として質が劣化し、窮迫の度を増した。これこそ多くの労働者民衆が身に迫って感じている現実に他ならない。
 この窮迫を糧としてその対極に、多国籍大資本の史上空前の収益と「好況」が、さらにそこに連なる者達の膨れ上がる利得がある。この窮迫と利得の関係はもはや隠されてさえいない。痛めつけられた者と、その痛みを利得に変える者の対比は、貸しはがされ苦境にあえぐ数え切れない零細商工業者やそこで働く労働者と、これまた高収益を謳歌する大銀行として、また、過大な利払いを強制され文字通り生活を崩壊させられたサラ金被害者と肥え太るサラ金業としても、人々は目にしている。大銀行やその他の大手金融機関は、サラ金への潤沢な資金提供を通じてサラ金利得の分け前にもあずかっている。
 痛みは報われる0しもない。過労死は少しも減ることがなく、自殺も減っていない。本格的展開が遅れた分だけ、新自由主義の売り込みを日本の労働者民衆は素朴に受け入れてきた。しかし今、政治における戦後民主主義への嫌悪を露出させた動きをも加味して、時代への違和感は人々の胸に確実に広がっている。しかしこの現実を前に、安倍政権と日本経団連は、痛みはまだ不足している、と喚きたてる。
 この図々しさが通用する時期は過ぎ去ろうとしていることを世界は先んじて示した。世界はもはや安倍の背中を押すことはない。そして今度は、日本の労働者民衆の懐疑が世界の後押しを受けることになる。

民衆と根底的な疎遠さ―安倍政権

 早くも国民の離反が見え始めた安倍政権だが、それは少しも偶然ではない。離反はさらに拡大すると共に、公然たる反感へと転じる可能性はかなり高い。そこには、この政権の置かれた客観的状況と、この政権固有の基本的性格が決定的に関わっている。前者については上述した。以下では後者を検討してみたい。
 この政権の特質は、この政権が取り組もうとしている政策の全体像が今もって曖昧であること、しかしその中でも優先的に手がけられたこと、この2つの方向から相当明らかになっている。先ず、曖昧のままに残されているものの殆どは、人々の生活に密接に関わり、しかも何らかの打開が不可欠となっている諸課題である。若者の雇用問題、地方の疲弊、年金、医療、その他の多くの問題への対応が、抽象的な言葉を除けば、具体化されないまま後回しにされている。
 それを尻目にこの政権が真っ先に手を着けたものは以下の3つ。
 第1は、教育基本法の改悪と防衛庁の省昇格、並びに自衛隊の海外活動の基本任務繰り入れ。これらは明確に、改憲に収斂される国家の基本的枠組みの大転換と一体であり、これこそ安倍の年来の野心だった。安倍は臨時国会終了後、任期中の改憲という形で、この野心を公然化した。
 第2は、新自由主義の社会・経済政策のより包括的な推進意思の明確化。企業と証券利得に対する優遇税制を盛り込んだ予算案確定、労働規制の全面的解体に向けた政策策定開始、さらに法人税減税に向けた体制整備、これらをもって、資本活動に対する国家を挙げた保護への意思が明らかにされた。その1方で、生活保護支給基準切り下げを始めとして社会保障の劣悪化や、公共サービスの単なるサービス産業への置換えが、ペースを緩めることなく引き継がれている。
 第3は、対中関係「修復」と「北朝鮮」強硬路線の突出化。対中関係修復は、多数の国民の懸念に応えるものであり、この点についてのみは確かにこの政権は国民と歩調を合わせた。しかし今回の「修復」の先にあるもの、即ち、東アジア総体を見据えた政策的意味は、少しも見えていない。特に、「北朝鮮」の核実験後に公然化した政権首脳の核武装論、ある種自己目的化しつつある「北朝鮮」強硬路線、そして前述した改憲意思明確化が、先の「修復」の価値を著しく低下させたことは否定しようもない。この分野で事実上浮き彫りになったものは、むしろ政策的混乱と言った方が適切だ(本紙200号)。
 上に見た3課題がいずれも、大独占資本を中核とする日本支配層が安倍に託したものであったことは、極めてはっきりしている。第2、第3は、自民党総裁選時点で彼らが全候補者に要求したものだ。1方、第1についての大資本中枢の姿勢は従来必ずしも積極的ではなく、見解も割れていた。しかし近年、奥田―御手洗と続く日本経団連体制の下で、今やこの点についても明確な要求となっている。日米同盟体制に対する彼らのより深まる依存と並んで、おそらくそこには、日本社会深部で進行するブルジョア支配の不確実化に対する不安がある(本紙199号)。日本経団連が年初に公表した将来構想には、国家を中心とした民衆統合、という方向が色濃く表現された(朝日、1月1日付)。自律的市民社会内部における彼らの民衆統合能力への不安が、国家権力依存への傾斜という形で明瞭に現れている。
 手を着けたこと、手を着けていないものの対比は、この政権の性格を雄弁に物語る。人々の願いに寄り添うつもりのまるでない政権、これが安倍政権の基本性格と言うべきである。安倍政権は紛れもなくブルジョア政権であり、その限りで、労働者民衆に対する冷淡さには何の不思議もない。しかし民主政体の下では、いかにブルジョア政権であるとしても、民衆との共感関係を何らかの形で作れなければ政権は存続できない。その点で安倍政権の特異性は、小泉政権との対比で明瞭となる。
 小泉は、労働者民衆に対する冷淡さにおいては、安倍と何ら変わらない。しかし、広範な人々の中に現にあった官僚への根深い反感をすくいあげるという形で、彼は確かに民衆との共感関係を築いたのだ。ことある毎に、特に危機が兆す瞬間に、官と「民」を対比してみせ、官を全否定し「民」を持ち上げた。この点で彼はまさに徹底し、迷いは微塵も見せなかった。そのような形で彼は、民衆の代弁者という見せかけを作り上げることに成功した。
 しかし安倍に同じことは決してできない。彼のめざす改憲は、国家の中核的位置を不可欠の要素としている。そして国家とは、実体的には官僚機構以外ではない。その限りで彼には、官の全否定などという真似は逆立ちしてもできない。その意味で、安倍は果して小泉構造改革の継承者なのか、という現に吹き出している疑念はいわば必然の産物であり、それはいつまでも彼にまとわりつくだろう。
 彼と彼の取り巻きは、ナショナリストとしての売出しを、民衆との共感関係創出における切り札と考えているのかもしれない。今後におけるナショナリズムの位置と機能については、多面的で慎重な熟考が必要だと思われる。しかし私は、詳細は別の機会に譲るとしていくつかの根拠から、それが今の日本民衆多数の中で重要な機能を果す、とは考えていない。
 安倍が日本の由緒正しい正真正銘のエリートであることを含め、彼と民衆の疎遠な関係が逆転することは、相当に困難だと私は考える。

独り善がりの空論、そして詐欺

 加えて、彼が手がけたことの手がけ方に、この政権のもう1つの特徴が隠しようもなく現れた。そこには、上に見たこの政権の民衆からの遊離性が内的に影を落としている。結論的に言えば、政策構想における独り善がり、現実から遊離した強い観念性であり、いわば地に足が着いていないのだ。それは、先に見た3つの課題全てに現れた。
 第1点に関して、例えば教育基本法審議において政府は、現に直面している教育現場の生々しい問題に対して、彼らの政策効果を全く説明できなかった。彼らが語ったものは彼らの勝手な情緒的思い以上ではなかった。
 第3点に関しては、既に触れたように支離滅裂。
 第2点に関しては、非現実的であるだけでなく、それ故にまた意識的な詐欺となっている。「上げ潮」路線などと自称されたこの政策構想は、企業活動が主導する「成長」が雇用問題の解決にまで自動的に波及する、と主張する。しかしそのような展開には、事実的裏付けも、論理的裏付けも皆無であり、本稿でも見てきたように、現実はその不可能性をこれでもかというほどに見せつけている。
 安倍政権はその政策がレーガン路線を手本としていると自認している。しかしそのレーガン路線は、大独占資本への資本集中を推進しただけだった。軍事産業への国家資金大量投入というある種のケインズ手法を援用したにもかかわらず、失業解消にも労働者民衆の生活改善にもその路線は全く結び付かなかった。そしてその「失政」のつけは、レーガン後継の父ブッシュが、湾岸戦争の勝者という「栄光」を背にしてさえ2期目挑戦に失敗する、という形で支払わされた。これが歴史的現実である。
 結局、思い通りにならない現実に対置されるものは、新自由主義という経済思想に込められた「市場という価値観」に対する信仰だけとなる。朝日新聞で経済解説欄を提供されている小林慶一郎という元通産官僚は、この価値観の信奉こそが肝心、などと説教を垂れる始末だ(同紙、8月28日付)。
 労働規制解体を策す主張はさらにひどさを通り越している。
 例えば、その「理論家」の1人である八代尚宏という元経企庁官僚は、朝日新聞紙上で中野麻美弁護士と対談している(同紙、12月29日付)。ここで彼が主張していることは、国際競争力論と、労働力市場による問題解決、の2点に尽きる。ここでは紙面の関係上労働力市場論に限らざるを得ないが、彼の主張はまさに噴飯ものというしかない。
 労働力商品は、そもそも経済動機により「生産」されるわけではない。従って、国民の大多数が労働者から構成され、その子弟には労働者になる以外の選択が殆ど残されない近代産業国家にあってはなおのこと、その供給に市場原理など働かない。それ故この市場は、一般に常に潜在的供給過剰状態にあるのだ。その市場の労働力逼迫状態は、労働組合規制、労働時間規制、さらに公営事業による一定量の下支え的労働力需用などの、市場外からの供給・需要規制を条件として始めて、一定程度実現できただけだった。八代はこれらの歴史的経験などとは一切関係なく、ひたすらただ抽象的に語る。その上彼は、現在の日本には全体の3分の1にのぼる非正規雇用という名の半失業、4%を越える完全失業(求職をあきらめもはや統計にも現れない失業がこの他に相当規模ある)、そしてこれまた統計に現れることのない、個人請負という雇用の偽装を強制された100万人規模の無権利労働者、という形で、労働者総数の4割を軽く越える産業予備軍が厳然と存在していることも、軽々と無視する。彼が言うように成長が労働力市場の逼迫を作り出すとして、この膨大な産業予備軍を吸収し労働条件の全般的な改善に波及するようにまでなるためには、一体どれだけの成長が必要となるのだろうか。少なくとも、今では大成功と見なされる数%程度の成長率では全く問題にならないことだけは確実だろう。八代の抽象的な議論には現実的意味が全くない。
 その上彼らの政策にはもう1方で、労働時間の規制外しが、即ち労働力需要の制度的抑制が、がっちりと組み込まれている。労働力市場による問題解決という彼らの主張は、悪意に満ちたまさに詐欺というしかない。ここにはまじめさも、考え抜かれた見識もまるでない。

連帯再生を追求し安倍打倒へ

 労働規制をめぐる闘いは今年重要な局面を迎える。闘いには完全な正当性があり、そこには労働者民衆の尊厳と誇りが賭けられている。そして規制解体派のお粗末さと横柄さは、全民衆的怒りを燃え上がらせる燃料となる潜在的可能性を秘めている。実のある要求を背景とした先行的抵抗を糸口として、民衆を端から見下したそのお粗末さを具体的に暴露し、手を尽くして統一した巨大な闘いにつなげなければならない。
 一方上に見てきたこの政権の観念性、空論性が、政権の行き詰まりと混乱を不断に引き起こすだろう。現在立て続けに起きている政権人事に関する不祥事も、煎じ詰めればその現われに過ぎない。政策構想に考え抜かれたものがない、という基本性格そのものが、その担当者配置の杜撰さとして現れざるを得ないのだ。
 この政権の、現実に対する集中力の欠如、民衆との本質における疎遠さ、政策における空論性、さらに国際的な追い風の消失、これら故に安倍の民衆攻撃は、いくつもの穴を内包せざるを得ない。それはまた、与党内部の迷いや不安を不可避的に拡大する。労働者民衆がいくつもの攻め口から安倍打倒へと攻め上がる好機を与えられる可能性は低くはない。そしてそこでの闘いは、民衆の前に現に突き付けられている問題の性格を前提とするとき、さらに世界の潮流転換を自覚的に背景としたとき、長く続いた新自由主義の攻撃に対する民衆多数の反抗へと、その意味での世直しへと成長して行く芽を潜ませている。
 日本の労働者民衆が政治に対する積極性を長い間失っていたことは確かだ。その限りで多くの人々は、特に若者は現在、全般的な社会改良への希望を奪われ、個人的成功、個人的上昇、あるいは個人の能力に頼った問題解決にはるかに現実性を感じている。日本の支配階級はこの間、その民衆の皮膚感覚を全力で煽りたてると共に、主要にその感覚に依拠して支配の安定を求めてきた。森はうっかり、民衆が寝たまま棄権することへの期待を口走った。
 運動が全般的社会改良へと収斂することを阻害し、草の根で自律する多様で無数の民衆運動を個別的な自己完結的分散状況に押し止めているこの悪循環の構造は、確かに客観的な好条件の到来だけで打破できるわけではないだろう。典型的に、左翼のジリ貧状態に反転の兆しはまだ見えない。
 問題の性格に見合った適切で意識的な努力が要求されている。その努力の対象の1つが、少なくとも全般的社会改良に対する希望の再生にあることは確かだろう。同時にこの希望がまた、社会的連帯のもつ可能性の再発見と不可分の一体であることも確かだ。そして、国家を持ち出す形で、支配階級が個人からの脱却を民衆に強制せざるを得なくなっている今、民衆の自律的連帯とそれを基礎とした希望の再生こそ、支配階級の改憲攻撃、そこに内包された国家への民衆の強権的統合と正面から対抗しそれをはね返す、最も確かな力であることも確認されなければならない。
 垣根を越えた運動の統一が内包する可能性の大きさを改めて強調する必要がある。
 この間、各種の運動の現場では、長い分断の歴史を克服し運動の統一につなげる具体的な努力が自主的に数多く重ねられてきた。それは実際に多くの場で、一定の統一的運動の展開として実を結んでいる。連帯の力を具体的に実感できるものへと浮上させる基盤は、特に草の根においては、ある程度着実に踏み固められてきている。そして1方では世界の民衆の闘いが、連帯の力とそれに基づく新たな社会という希望を、絶えることなく、そしてより強く送り届けるだろう。
 共有された具体的要求のためのできる限りの運動の統一、その可能性は、真剣に望むならば開かれようとしている。新しい左翼に向けた模索は、その可能性実現に何よりも先ず貢献できなければならない。そしてまた、その中で歩みを強める新しい左翼に向けた実際の前進は、民衆的な連帯の実現可能性のもう1つの証として、希望の再生に確実に貢献できるだろう。 (1月6日)
 
エクアドル大統領選
寡頭制と新自由主義に対する勝利

        
マルガリータ・アグイナガ
 「世界の貧しいもの達よ立ち上がれ、パンも手にしていない奴隷達よ立ち上がれ、我々は団結して前進する…」、共和国大統領への、ラファエル・コレアの選出には、抑圧された者の勝利が表現されている。選挙戦最後の2ヶ月は、社会的自覚と左翼政治のいわば出会いを生み出した。そしてそれは、アルバロ・ノボアとこの国の超保守勢力が代表する寡頭制と新自由主義に対決するコレアの勝利の中に表された。その一方、キリスト教社会党、ロルドシスタス、PRIAN、並びに「民衆的民主主義」の中にまだ残されていたものは、ノボアに対する彼らの支持によって、その正体を暴露された。

左翼へ―3度目の正直

 何年か前、2003年のルチコ・グチエレス大統領の失脚の後には、国家における政治的代表性の危機という当時に対して、2つの可能性があると語られた。1つは、新自由主義の最悪の凶暴な形態に向かう歩みであり、それは、そのモデルに必要な状況を復活させるための最も過酷な反民衆的諸手段と強力な右翼ブロックを意味した。もう1つは、左翼への反転であり、その基本的側面における新自由主義モデル逆転、という可能性だった。
 今後者の変化が確かに起こり、形をとった。同時に、勢力間の新たな相互関係が、またエクアドルのプロレタリアートと被抑圧者に有利な歴史的機会が幕を開けた。右翼は今度は、グチエレスの失脚を新自由主義的諸提案を先導する舞台にすることができなかった。彼らは、2000年のジャミル・マフアド失脚時と、1997年におけるアブドラ・バクラム失脚後のエクアドル通貨ドル化の際にはそうできたのだった。
 その代わりに今度は、実質のある民主的な諸要素とTLC(アメリカとの自由貿易協定)反対の諸闘争が、コレアを支持する左翼連合として合流した。先の闘争は、先住民といくつもの民衆組織による、この2年間の主要な闘いだった。まだ始まりとはいえ、民衆を利する歴史の進展方向が幕を開けた。これこそ、喜びを感じさせるだけではなく、また反資本主義的展開に向けて今弾みを与えなければならない理由だ。
 右翼と帝国主義が敗北を喫したことは明白だ。とはいえ、彼らの反攻形態も予測可能だ。我々は、ベネズエラ、キューバ、ボリビアで起きたこと、また今起き続けていることから学ぶことが可能だ。彼らは静かに留まることはないだろう。ブルジョアジーは、政府支配復活を、そのために必要とされる政治的軍事的形態の下で実現することに期待をかけるつもりだ。かれらは、この政府からの民衆離反を図るため左翼とこの政府を蝕ませることを望んでいる。確かにコレアは、支配側の弱体化と数々の失策の頂点で、極めて急進的な議論と一連の提案を示しつつ選挙を勝ち上がったに過ぎない。
 加えて彼らの手には、右翼ポピュリズムが支配する右翼的議会がある。右翼ポピュリズムは、憲法制定会議支持を公表している愛国社会党(PSP)を手段として、この同じ勢力がキリスト教社会党、PRIAN、PREと共に、TLC批准によってこの国の主権を合衆国に引き渡す寸前にあったという事実を隠そうとしている。しかしこれは戦略と呼べるものではない。というのも、PSPの社会的基盤はさらに弱まる可能性が高いからだ―第1回投票でPSPに投票した貧しい人々は、第2回投票では彼らの立場を急進化させ、左翼に向かった―。
 民衆と左翼の直接的連合を信頼し、それを強化すること、これがより望ましい道だ。これこそ、新政権を維持することにつながるばかりではなく、コレアが選挙運動で訴えた諸提案の実行に向けて圧力を加え、そして我々が、エクアドルばかりではなくラテンアメリカと世界で、闘争のもう1つの情勢に向けて前進できる基礎だ。
 コレアは第1回投票で相当な票を獲得したが、第2回投票では、都市と地方において左翼意識の明確化が発展した。そこには、左翼の社会勢力と政治勢力の新たな出会いがあり、新自由主義的グローバリゼーションに対して20年以上の間公然と闘ってきた全ての部分の出会いがあった。

新たな闘いが目の前に

 我々の前には多くの挑戦課題がある。政府を、最も重要な約束を満たすように打ち固めること。その約束には、例えば、TLCへの署名拒否、憲法制定会議の発足、さらにこの国の最も貧しい人々の居住、教育、医療、雇用、生活条件の改善などがある。他方、左翼の統一を打ち固めること。この統一は、新自由主義モデルをその実質において、即ち、私有化に関し、さらに対外債務に関し、転換し押し戻すために憲法制定会議を前進的に利用する能力を試されるだろう。さらに、特定の改良を急進化させ、人間と共同体の諸権利を要求する闘争を結び合わせること。それは、新社会建設という展望において、先住民衆、女性、若者などに利益をもたらす。また、ベネズエラ、ブラジル、キューバ、ボリビア、さらにラテンアメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアにおいて抵抗に立ち上がっている他の人々との連携と統一をはっきり打ち出すこと。最後に、組織に関する新たな進展を後押しし、闘争に関する民衆と組織体が参加する諸会合という提案を強めること。それは、我々が我々の国をどこに向かわせたいのかについての、幅広い討論の幕開けを可能とするためである。そしてこれは同時に、忘れられてはならない革命的な思想の再肯定の好機である。
 今こそ、新たな左翼についての再考に向けて地歩を再獲得し前進を図る好機である。加えて、政治組織と社会組織の行う政治行動は内省に依拠している。何故ならば我々は、社会主義建設のためには、歴史の貢献を深く考え、マルクス主義、フェミニズム、その他の革命的理論を、われわれの諸条件から現代化し強化する必要があるからだ。それは、我々自身の民衆の歴史的な諸闘争を出発点として革命的な理想を再構築するに当たって、我々を手助けするだろう。
 より大きい尊敬と尊厳と創造性の時期が来つつある。ある人は革命的過程の始まりを語っている。この意味において全ての者は、エクアドルの歴史において初めて存在することになった左翼政府がもつ波及力を最大化する展望に貢献すべきである(ジャイメ・ロルドスという大統領期間もあったが、今回は左翼を起源とし、21世紀の社会主義を後押しする初めての大統領だ―なお、「21世紀の社会主義」はベネズエラのチャベスが掲げるスローガン―訳者)。
 今ある出来事が国土において小さな民衆の1つが行った大きな1歩を意味するに過ぎないとしてもそれには、キューバ、ベネズエラ、ボリビアに連なる美しく戦闘的な目印が付いている。今こそ収穫の、素晴らしい先住民運動が生み出した成果の、最初のものを刈り集めるときだ。その運動は、CONAIE、FENOCINそして他の先住民諸組織によって、また女性、労働者、若者、さらに批判的知識人によって推進されたのだった。そしてこれらの人々は、歴史におけるもう1つの道、危機と我々がこれまで経験してきた敗北からのもう1つの脱出口を指し示しつつある。そしてそれは我々に、民衆の権力と社会主義の建設を手段とした政治目標を優先するよう要求している。
注)筆者は、FIエクアドル支部である「社会主義再建」のフェミニスト活動家。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版12月号)
 
 
   
オランダ議会選挙
―高まる新自由主義への反感―
社会党の大躍進、有権者は左翼へ

      
コーエン・ハーゲンス

 
「アナーキストが選挙に勝利」とか「農民が権力を掌握」あるいは「勝利したのは毛沢東主義派の紅衛兵か」――これらは、11月22日投票のオランダ議会選挙結果が判明した際の反応の1部である。だが、こうした反応は事態を正しく見ていない。真実は、オランダ有権者の多くが、キリスト教民主同盟のヤン・ペーター・バルケネンデ首相が率いる右派政府の緊縮財政と構造改革による4年間の厳しい実績に反対し、より多くの社会政策の実行を求めて投票した点にある。その結果、戦後のオランダ史上初めて左派内部における労働党の支配的な立場をネオリベラリズム(新自由主義)に反対する社会党(SP)が脅かすことになった。社会党は、得票率17%を記録し、第2院(下院150議席)で従来の9議席から25議席へと飛躍的な勝利を実現した。その結果、同党は、ほぼ無傷であったバルケネンデのキリスト教民主同盟(44から41議席へ減)、ウーター・ボスが率いる弱体化した労働党(42から32議席へ大幅減)に次ぐ第3党となった。

自由主義の危機

 長い間財務相を務めてきたヘリット・ザルムのような自由民主国民党(VVD)右翼自由主義派からするアナーキストや毛沢東主義者に関連させる極端な反応は驚くにあたらない。よりショッキングなのは、多くの政治解説者がSPをヘールト・ウィルデルス議員が指導する極右新党、自由党(9議席を獲得)やプロテスタント系のキリスト教連合(3から6議席に増)などと双子であるかのように分析していることである。
 例えば日刊の経済新聞は「双方ともにそれぞれのやり方ではあるが、欧州統合とグローバリゼーションによってもたらされた開かれた社会に反対して闘っている。SPは福祉国家という古くさくなった保護の壁に固執し、キリスト教連合は―ウィルデルス党首はすべての非ヨーロッパ系移民を排除することでオランダ文化を守ろうとしているが―自らの宗教上の独自性に固執している」と分析している。
 この分析は間違っている。事態はもっと単純である。11月22日、投票者の多くは左に傾斜し、社会政策への攻撃に反対したのである。労働党、社会党、グリーンレフト党、そして新グリーン政党、アニマルライツ(動物の権利)党が併せて獲得した67議席は、左派勢力のものとしてはオランダ議会史上で最大である。今回の選挙結果は、2004年10月に労働組合の呼びかけで行われた年金改悪に反対するアムステルダム行動に結集した30人の精神や、2005年5月の欧州統合憲章批准に反対した国民投票の精神を反映している。
 投票者の多くが左翼に向ったという事実の背景には、新自由主義の攻撃によって生じた混沌からの防御の気分が存在することは理解できる。しかし、この気分は「保守主義、保守的な精神」とは無関係である―企業への減税や労働者の権利をより制限するような要求が「進歩的、革新的」と評価されて以降、現在の右翼が括弧付の「進歩的、革新的」と呼ばれているとしても―。
 オランダ政界における左派と右派との連合が成立するとすれば、それは想定されているような社会党とウィルデルスの新党とを軸としたものではない。だが、新自由主義的な合意が右派の自由民主国民党からグリーンレフト党の1部にまで広がって存在している。彼らの目標は、新自由主義に対する抵抗を無意味にすることであるが、その目標を達成しようとして実際に生じた事態は、ますます多くの有権者を政治から遠ざけることだった。
 選挙結果に対する既成政党の度が過ぎた反応は、これら政党内部における深刻な困難の表れである。自由民主国民党は6議席減、最大野党の労働党は、昨年行われた世論調査で優勢が予測されていたのだが、9議席減となってしまった。
 両党ともに問題を抱えている。少々議席を失ったとか、指導部のいくつかの大失敗といった次元にとどまらない深刻な問題である。両党が、オランダ政界における3つの主要潮流の2つ、つまり自由主義と社会民主主義を体現していると自明のようにみなすことはもはやできない(キリスト教民主主義が3番目の政治潮流)。
 右派の側で状況はより複雑である。古典的な自由主義勢力はいくつかの政党に分かれている。自由民主国民党の他に「左派自由主義」の民主66党(1966年春に「66年民主主義者」として結成)グリーンレフト党、そしてアニマルライツ党も彼らの1部とみてよかろう。2002年に右派新党、ポピュリズムのピム・フォルトウインリスト(LPF)が登場して以来、自由主義というものは、オランダ政界の右翼・右派をつなぎとめる接着剤の役割を果たせなくなってしまった。
(注 2002年の下院選挙でLPFは26議席を獲得、連立交渉の結果、バルケネンデ党首が率いるキリスト教民主同盟(CDA)と、LPF、自由民主国民党(VVD)の連立政権が成立したが、政策の不一致やLPF内部の混乱によって第1次バルケネンデ内閣が総辞職。2003年1月に下院選挙が行われ、CDAが第1党の座を維持し、LPFが8議席の大幅減となった。その結果を受けた連立交渉でCDAとVVD、民主66党からなる第2次バルケネンデ政権が発足した)
 LPFは分裂し、内部論争が多いこの党は、登場以降の数回の選挙で議会から姿を消してしまった。しかしウィルデルスの右翼新党が9議席も獲得し成功を収めたという事実は、右翼ポピュリズムが消滅しなかったことを示している。この点に関しては、右翼移民相のリタ・フェルドンクについても同様である。彼女は、選挙前の党指導部選挙でVVD党員のほぼ半数の支持を集めることに成功し、そして選挙後にはVVD指導者のマルク・ルッテを苦しめ続けている。VVDのナンバー・ツーである彼女は、ルッテよりも多くの票を集めることに寄与したのだった。
 皮肉屋は、自由主義は自らの成功に溺れたのだというかもしれない。福祉国家がほとんど解体されてしまったので、この潮流にとって実現すべき中心的な戦略課題として何が残されているだろうか、というわけである。多くの自由主義政治家は自由主義的とはみなされない。彼らの政治的な動機は、もはや自由主義的な精神ではなく、穏健な左派をも含む勢力への強い敵意に他ならない。

そして労働党の危機

 そして労働党自体も固有の問題を抱えている。社会党は一連の選挙後、社会民主主義の流れを体現しているのは自分であると主張するほどの力を獲得した。同党の異例の成長は、オランダ政界に前例のない状況を生み出した。議会史上初めて、労働党、あるいはその前身である社会民主労働党(SDAP、1946年、同党と自由民主同盟が解党して労働党を結成)の主導権が脅かされている。
 今後数年間の中心問題は、オランダの社会民主主義潮流を代表するのがどの党かということである。社会党は、1970年代の毛沢東主義組織が出発点であるが、社会民主主義左派に向う潮流としてではなく、オランダの真の社民潮流として自らを定義していく可能性がある。すでに1998年には大企業の国有化という要求を取り下げて右傾化を明らかにし、2006年になってからは、NATOからの脱退、王制の廃止(オランダは立憲君主制、現在はベアトリックス女王が元首)さえもが選挙綱領から消えてしまった。
 しかしアメリカの「テロとの戦争」へのオランダの参加などの新自由主義に対する重要な闘いに関しては、社会党は、その原則に1貫して忠実である。2002年の選挙ではじめて議席を獲得(9)して以降、社会党を右傾化させようとする圧力は強くなっており、労働党は、社会党指導者をキリスト教民主勢力との大連立政府に参加させようとしている。
 こうした状況にあっても、左翼の側に現実に存在している唯一の、かつ1時的なイデオロギー的な可能性の窓を過小評価すべきではない。すなわち社会主義とは何を意味するのか、そしてどの勢力がその社会主義を主張しているのか―この点が現在、広い議論の主題となっているのである。この議論は、批判的精神を持つ社会主義者にとって活動の空間を拡大する。この活動にかかっているのは、議席以上のものである。議席を獲得することは可能であるが、同時に次の選挙でたやすく失うこともある。社会運動に根ざすことこそが、より持続的、恒久的な成果である。労働党は、数十年間にわたって労働組合や大学、メディア、司法機関、多くの委員会や、オランダの大きな伝統である経営評議会などで多数の位置を占めてきた。しかし、この数年、こうした基盤の多くを失いつつある。労働党が失いつつある隙間を社会党が埋めることができるかどうか―これが大問題である。
 賭けの金額は高い。労働組合が労働党に忠誠を続けるかぎり、企業寄りの政府に対する強力な社会闘争の可能性は、より限られたものとならざるをえない。社会党がより強く市民社会に根を張りつつあるという、少なくとも初期的な兆候が存在している。ますます多くの労働組合活動家が社会党に投票するようになっているし、同党に入党することさえ多くなっている。反戦グループや借家人組合、難民の組織などもまた、社会党を同盟者とみなすようになっている。しかし知識人の間では、相対的に弱い。内部討論の場が少ない内向きの党というイメージを拭いきれていない。

責任をとる?

 いずれにしても、オランダ社会を変革するうえで社会運動に根ざすことは、社会党が連立政府に参加する最初の機会をつかんで―この圧力は強いが―同党への投票者を失望させるよりも、より多くの成果をもたらす戦略である。社会党とウィルデルスの右翼新党とを比較する裏には、社会党を連立政府に参加させるという目的がある。社会党党首のマレイニッセンは「責任をとる」、すなわちキリスト教民主同盟バルケネンデスの第4次政府に入閣してもはや毛沢東主義ではないことを証明すべきだと考えられている。
 入閣せよという声は、社会党への投票者を欺けということに他ならない。キリスト教民主同盟が、社会党綱領の中心である2006年に実施された医療保険の「改革」を元に戻す、鉄道の再国有化、富裕層への増税、アフガニスタンからの撤兵などを認めることは問題外である。
 社会党がこうした要求を放棄するならば、今回選挙で既成諸党を見限った有権者は次の選挙で社会党から離反するだろう。そして有権者は、政治に完全に背を向けるか、あるいはウィルデルスの右翼新党に向うであろう。
 有権者は、社会党が政府に入って自らの綱領を実行に移す機会を近い将来に1度だけ与える可能性がないわけではない。そのため同党は、その綱領の重要部分を現実の政策に翻訳するうえでもっとも望ましい条件ができるのを待つ必要がある。その条件とは、強力な議員団のみならず、議会で左派が多数となり、そして何よりも力強い社会運動と政治的に動揺する社会の出現である。これらの条件のどれ1つとして不可能なものはない。労働党、社会党、そしてグリーンレフト党は2005年の何カ月にもわたって世論調査で多数派であり続け、2004年の10月はオランダ社会が永続的な静穏のうちにはありえないことを示した。

革命派の課題

 社会党内外の批判的精神を持つ左翼は今後数カ月間、十分すぎるほどの活動の場があるだろう。まず最初は、これら一連の選挙で左翼の側が達成した成果と、有権者が社会党に与えた信頼を守る必要がある。有権者を欺くこと―社会党にとってはキリスト教民主同盟主導の政府に参加すること―になる一切の道に警戒を怠らないことが必要である。
 社会党は、次のような内容で労働党に「戦略的」に投票するという誘惑に乗らないよう訴えた。つまり労働党に投票すれば、次のバルケネンデス内閣に現在野党党首のボスが入閣することになり、他方、社会党に投票すればバルケネンデスを首相の座から確実に追い出すことになる、と。さらに社会党への投票は、手段を選ばずに欲しいものを手に入れてきた従来の労働党に反対することになるのだ、とも。有権者の望みが本当にそういうものだったのならば、彼らはやはり労働党に投票したはずだ。
 社会党内部の左翼活動家は、社会党がウィルデルスの右翼新党とは何ら共通点がないことを示す絶好の位置にいる。これらの活動家は、開かれた多文化の民主的かつ国際主義の社会党、大胆なイニシアティブを発揮し新しい社会を建設する明確な将来像を提起できる社会主義の党を建設する活動を通じて、以上の課題を最も効果的に遂行できる。このことを出発点として、オランダで社会主義を本当に代表しているのはどの勢力か、この議論が非常に興味深いものとなる。VVDの悪夢はすぐに現実とはならないだろうが、左翼活動家には素晴らしい数年間が待ちかまえている。
【付記】
社会党に投票したのは「右翼民族主義者」とかその他のたわ言について
 社会党に関するかなりの数のたわ言が、選挙前、選挙中、その直後にまき散らされた。多数の実例からほんの1部の例を取り上げよう。
●「社会党は、ウィルデルスの右翼新党と同じようにどさくさ紛れにうまいことをやっている」
 両党へ投票した人々の投票動向を分析すれば――これはどんな政治解説者にも容易に入手できる数字――この考えが間違いであることがすぐにわかる。今回社会党にはじめて投票した有権者のほとんどすべては、2003年の下院選挙では投票していないか、あるいは労働党か、それ以上に少ないがキリスト教民主同盟に投票していた。社会党に投票した有権者のごく1部だけが、2003年選挙でピム・フォルトウィンリストに投票していた。ウィルデルスの右翼新党の場合、事情は大きく異なっている。今回、この党に投票した有権者の4分の1は2003年選挙ではフォルトウィンの党に投票しており、残りの大部分はVVDあるいはキリスト教民主同盟に投票していた。
●「社会党は、本能的な反発や民族感情につけ込んでいる」
 圧倒的多数の社会党への投票者は、その理由として民族主義、反ヨーロッパ感情、あるいは移民に対する不満をあげていない。彼らがあげている理由は、76%もが医療保険を第1の理由としており、ついで経済と貧困問題(31%が中心理由としている)をあげている。
●「社会党は高齢白人男性の党である」
 とんでもなく間違った批判である。社会党への投票者の3分の2以上は女性であった。初等、中等の学校で模擬選挙を行うと社会党は労働党についで第2位となった。同じことは黒人や移民の間でも当てはまる。社会党は彼らの間では2番目に大きな党であり、その上は労働党だけである。黒人と移民は、社会党議員25人の内3人を選出したのである。
(「インターナショナル・ビューポイント」電子版12月号、1部省略)

 
 
 
 
 

 
 
 
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