2007年9月10日        労働者の力             第 209・210号

「構造改革」・対テロ戦争一体化の道に楔を!

寺中徹

   
  労働者民衆は今参院選で、安部自公政権を明快に拒絶した。表に見るように与党は各種選挙区で得票でも完敗、その結論は圧倒的だ。
 5年総選挙では、自公「構造改革」徹底推進勢力(郵政民営化支持候補)が圧勝とされた。しかしそれは選挙制度のマジックであり、実際の得票結果は表に見るように必ずしも与党の勝利を意味していなかった。今回の結果はそれとは全く異なる。そこに疑問の入り込む隙など全くない。
 何が拒絶されたのか。様々な「解釈」が流されている。しかしこの結果が作り出す現実から見れば、そこには勝手な解釈を許さない厳然たる事実が浮き彫りとなる。即ち、安部による政策展開を阻止する、という意思であり、そこには、安部辞任を見越した意思も含まれる。確かに今回の結果は首相辞任に当然に結びつくしかないと思われた明快な不信任であり、メディアを信じる限り、森や青木さらに中川(秀直)までもが、一旦は安部の辞任を結論としたという。いずれにしろ今回の結果によって、安部の政策はどんなものであれ、日の目を見る保証は全くなくなった。人々は安部辞任も含んでこの結論を望み、それを自らの意思で作り出したのであり、それはまさしく、安部の基本政策に対する拒否以外の何物も意味しない。

支配層はつまずいた、彼らも未経験の局面へ

 安部政権には、新自由主義を貫徹する「構造改革」をあくまで完遂し、その全世界的展開を軍事力による強要を含めてアメリカとまさに一体的に推進する、という前政権から引き継がれた課題が、支配階級主流から課せられていた。まさにこの後者に関わって、本来はブッシュ政権の勝手なでっち上げでしかなかった「テロとの闘い」という観点は、与党内では今や何の疑問もない世界の中心的課題であるかのように扱われている。その上でさらに、この過程で蓄積せざるを得ない排除された層の怒りや反抗心また社会への復讐心などへの対処を、あわよくば「偉大な国家」との一体感という幻想の中に統合する可能性に道を開く、という期待も託されていた。それらの狙いは、今年の年頭に公表された、職場での日の丸掲揚までも含んだ日本経団連の御手洗ビジョンにはっきり示されていた。安部の基本政策はこの狙いにまさに沿っていたのであり、安部の「美しい国」と御手洗の「希望の国」はみごとに重なっていた。
 それ故先の選挙結果は、小泉登場以来無人の野を行くがごとくだった日本支配層現主流の構想の展開に対する、最初の総体的つまずきとなった。彼らの描く「希望」に対する疑念と反感が広範に高まっている事実が誰の目にも明らかとなった。今や彼らに対する反抗はいわば大義を託されたものとなる。
 それだけではなく、実際にも彼らの政策展開は確実に制約を受けざるを得ない。今後彼らの思惑は、参議院がもはや与党のものではなくなったという動かし難い事実によって、例えば政府提出法案の通過不能などの具体的な形でいくつもの障害に突き当たることになる。おそらく、首相直属の諮問会議を使ったトップダウンの政策強要という、この間の中心的政策手法も重大な障害に突き当たる。それはさらに、「寄らば大樹の陰」的気風の色濃い日本の行政機構やマスメディア内部に日和見傾向を助長し、様々な形の機能不全に波及する可能性をも孕んでいる。もちろん、与党内部も含み支配層内に一定の不協和音が成長することも不可避である。既に公明党は、集団的自衛権問題に関し、容認拒否を明確にした。
 いずれにしろ、見てきたような制度上の厚い壁の出現、即ち、彼らの望む諸政策実現に対する最終的保証という疑うことのなかった前提の消失は、米軍占領期を除けば支配階級にとってもまさに初めて経験する事態である。一定の手探り的模索は避けられない。その意味で先の敗北は彼らにとって決して軽いものではなく、ある種の戦略練り直しを要求するものである。その点で、選挙以前、安部政権を「本格保守政権」などと手放しで持ち上げ、改憲への高揚した動きを率先させていた中曽根がこの間無言であることは示唆的である。少なくとも今後、勢いと強権という安易な手法に頼った突進は壁にぶつかる。
 しかしそうであるが故に、衆議院の与党絶対多数という彼らにとっての議会的足場は、これ以上の後退に歯止めをかけ失地回復に乗り出すために、なおさら手放すわけにはいかないものとなった。それは安定した形で保持されなければならない。彼らの、そしてもちろん自公与党のエネルギーはかなりの程度この点に集中せざるを得ない。民衆に対する公然たる敵対を意味した安部の非常識な続投宣言は、おそらくこの1点で、即ち、与党内に不要な波風を起こさないという意味で容認されたと思われる。今回の内閣改造に示された、政治的主導力の「官邸」から党という重心移動は、その事情を裏書している。新幹事長の麻生は「ぶっ壊された党を立て直す」とあけすけに語り、彼らの最大課題が何であるかを隠さなかった。

与党には解散総選挙以外に道はない

 本紙でも度々指摘してきたが、安部政権は今参院選以前に既に、政策的には明らかに破綻し行き詰まっていた。前通常国会における19回にも上る不正常採択連発はその帰結である。今回の選挙結果にかかわらず客観的には、国内政策においても対外政策においても、安部の基本政策をそのまま続けることは困難となっていた。
 特に対外関係に関して、例えば安部の「売り」だった「北朝鮮」方針の行き詰まりとして、それは明瞭だ。国内政策に関しても、新自由主義の貫徹と安部の復古主義的な国家主義には、解き難い矛盾が潜んでいた。様々な局面で批判を浴びた「不徹底」には根拠があったのだ。基本政策の手直しはいずれにしても迫られていた。その意味で安部は、選挙以前に既に政策において敗北していたと言ってよい。今回の選挙はその事実をいわば確定し安部に突きつけたのだ。
 しかし安部は続投宣言の中で、「基本政策は支持されている」などとの殆ど理解不可能な言明によって、その手直しを基本的に拒否した。そして1ヶ月後、内閣改造後の記者会見でも彼はその立場を踏襲している。「改革」は実行し、主張する外交はそのまま、新成長戦略も「戦後レジームの見直し」も変わらない、という。改造内閣の顔ぶれを巡って、マスメディア上では、様々な評価と政権の今後についての臆測が流れている。しかし、5人の閣僚留任(本稿を書いている最中に6人になった)を含め、基本政策は変えない、との安部のメッセージは明確だ。
 ここには、自己の主観的思い入れ以外に目が向かず現実を直視できないという安部の特異な体質の側面と、基本政策の核心部分―「構造改革」とアメリカと一体化したその世界的展開―に変わり得る支配層の路線が不在という客観的現実が重なっている。安部の個人的特質の問題は別として、後者の問題が重くのしかかっている。まさにこの後者の故にこそ、一定の懸念を残しつつ、ポピュリズム的大衆操作を梃子とした上記政策の猪突猛進的実行の適任者として、小泉や安部が押し上げられたのだ。その限りで、例え安部でなくても、基本政策中軸の変更は難しかっただろう。こうして新しい安部政権においてはおそらく、安部の特異な思い入れの部分に対する封じ込めや政策展開の速度の側面など、いわば微修正以上の政策的打開の道を示すことは、今後もできそうにない。
 それは即ち、今参院選の与党惨敗の本質的要因が、つまり労働者民衆の具体的要求と安部政権のある種敵対的な関係が、緩和されない、ということを意味する。一方で政策の行き詰まりが一層明白となり、それ故政策の効果で人々を説得できる可能性が益々遠のき、他方で議会的足場を致命的な形で削がれいわば片手を縛られた形で、また以下に見るように政権に不可欠な正統性を欠いたまま、この政権は上述した敵対的関係の只中に乗り出すしかない。それは、解散総選挙がそう遠くない時期に迫っていることを意味する。

民衆の闘いに新たな可能性

 今参院選が生み出した上述のような全体状況は、各地各分野の労働者民衆が一定の孤立に耐えながら、支配階級の繰り出す攻撃に対して、あきらめることなく粘り強く、そして繰り返し展開してきた抵抗に、新しい可能性を開いた。付言すれば、そのような抵抗の存在が、直接とは言えないとしても、今参院選の結果に、従って新たに生まれた可能性に、間違いなく一定の貢献を果したことは確認されてよい。川田龍平候補、糸数慶子候補、山内徳信候補などは、そのような抵抗を人格として直接表現し、そしてそのような意味が人々に明確に認識される形で当選を勝ち取った。
 それでは何が生まれているのか。何よりも先ず、今回人々の多数が明快な形で安部政権の基本政策総体を否認した政治的意味を重視しなければならない。それは、この間、そして今も繰り広げられている数々の具体的抵抗闘争に対する、客観的な意味における、さらに目に見える形で示された、広範な政治的支えの浮上に他ならない。広範な人々の安部に対する抵抗意思と個々の具体的抵抗闘争は、底流において同じ方向の中で重なっている。それ故今回の結果は、抵抗に具体的に立ち上がる労働者民衆の要求と、広範な人々の要求が今後の展開の中で、実際にも相互に共鳴し合う関係に向かう可能性をも示している。
 民主党への投票集中は確かに、人々の行動水準と具体的な闘いへの合流との間には、未だ無視できない距離があることを明らかにしている。しかしその距離は、時を追って明らかにならざるを得ない支配階級の政策の不毛性を前提としたとき、開くのではなく縮む可能性の方がかなり高い。今回の選挙に示された人々の自発性の兆しをも含め、問われていることは、ここに見てきた可能性を引き寄せるための運動側の挑戦である。
 そしてこの挑戦にも関わって、与党の政策に対する議会における拒否権を野党が確保したことを通して、抵抗が実際に実を結ぶという、以前には経験したことのない種類の可能性が生まれている。我々はこの事実を軽視すべきではない。この可能性をいかに活用するかという新しい挑戦を、今後の抵抗運動は引き受けなければならない。
 この可能性を開く鍵は、今のところ確かに民主党に握られている。そして民主党の政治的性格については、それが自民党とどれほど違うのかについての根拠ある疑念が、事実として多くの人々に共有されている。その限りでこの可能性を、単純にあるいは受動的に頼りとすることなどは、明らかにできない。しかし、先の疑念の存在を自覚すればこそ民主党は他方で、民衆の支持を自民党と奪い合う党として存続しようとする限り、自民党と同一の歩みに安易に同調することはできない。これもまた政治に働いている現実の力学であり、そのような力学の作用は、人々の要求が高まるほどに強くなるだろう。そのような論理の展開は、この力学の徒と見られている小沢の今参院選で見せた動きの中にも、確かに見ることができる。ましてこの党は今、支配階級の政策の息の根を止めることのできる位置に着いている。この党が、また野党全体がそのような力をもたず、従って人々の多くにあきらめがぬき難く染み込んでいた時代のような、屈服のための安易な口実は連合も含めて、人々の強い要求を前にしたときもはや使うことは難しい。これからにおいてこそ民主党自身が、人々の前で真実に厳しく試される。
 それ故にこそ、今示されている人々の支配階級に対する抵抗の要求を、自立した形で独自に高め、気運としてまた行動として明確な形に発展させる力をもつ運動が、決定的に重要な意味をもつ。支配階級が今までにない困難に入り込んでいることも含めた時、労働者民衆の抵抗の前には今確実に、要求実現への肉薄をめぐる新しい挑戦が提起されている。

テロ特措法延長を阻止し、安部打倒へ

 今、安部の早期の打倒という要求は、彼の反民衆的諸政策に反対する広範な要求の直接的一部と言ってよい。参院選に込められた人々の意思は、安部の退場なしには完結しない。
 この点では特に、メディアなどでは殆ど触れられることのない以下のことを強調しておきたい。それは安部が、続投宣言によって人々の明確な意思を公然と踏みにじったことであり、そのことで、彼が「国民主権」を否定する民主主義への敵対者であることを、まさに「反省」もなく、2度3度と剥き出しにしたことである。
 安部政権はこれ以降、民主主義における正統な資格を失った文字通り非正統政権となった。この意味でこの政権の即座の打倒は、まさしく民主主義の機能の健全性を問う問題となった。小沢個人の思惑はどうであれこの点で、伝えられている小沢の方針、即ち、安部の打倒と早期の総選挙を優先する対応は客観的な意味において、至極まともな政治的反応である。この対応を政局論だとか政略論だとかと批判する1部論者の民主主義感覚こそ、よほどずれていると言わなければならない。政治の混乱や空白を避けるなどという言い草は理由にもならない。実際にはこの1ヶ月安部政権は、例えば柏崎刈羽原発があらわにした極めて深刻な事態などの重大問題を脇において、事実上機能を停止していたに等しい。まさに、非正統な政権こそ混乱や空白の元凶となるしかないのだ。
 そして安部打倒に孕まれた民主主義を問う上のような意味は、多くの労働者民衆の中にも何ほどかの形で染み渡っていると思われる。新聞各紙は、ご祝儀相場がつきものの内閣改造直後の世論調査でも、安部不支持率が今なお高い水準にあることを示した。この政権の特徴はまさに不支持率の高さにあるのだ。例えば今回と同水準の惨敗を喫した1989年の宇野内閣(宇野個人のひどいスキャンダルのため侮蔑の対象だった)にあってさえ、選挙直前の不支持率は44%に過ぎず、同時期の安部不支持率56%よりも相当に低かった(以上、朝日新聞7月31日付)。多くの労働者民衆の目に安部は、権力から取り除くべき者として、民主主義政体の権力を執行するには不適格な者として映っている。
 安部打倒要求にはそれ自身において十分に確かな意義があり、それ故人々の思いと現に共鳴する。このことは改めて確認されてよい1つの重要な要素だと私は考える。
 そしていずれにしろ、彼の諸政策に反対する民衆の声の高まりと、その声を体現する諸行動の高まりは、この政権の前にある既に見てきたような政治的諸困難の中では、必然的に彼を政治的立ち往生に追い込み、彼の延命の余地を奪うことになる。
 安部の即座の打倒を我々は積極的に要求すべきである。その要求の中での安部打倒の実現は、いずれにしろ早期に迫る解散総選挙を、労働者民衆の力で実現することを意味する。そしてそのような形での解散総選挙の実現は、その選挙での与党の敗北に向けた決定的とも言える要素となるだろう。
 今秋焦点となる「テロ特措法」延長に反対する闘いは、アメリカによる対テロ戦争への一体化路線を突き崩す闘いであることに加えて、上に見た意味での最初の重要な闘いとなる。この闘争を安部打倒要求と一体的に闘われる闘争として、そして民主党の屈服を許さない人々の力強いうねりを作り出すべく、我々は全力を上げなければならない。
 しかしその上で我々が確認しなければならないことは、新しい左翼を呼びかけている我々にはもう1つの課題が残されている、ということだ。
 今参院選は、安部の基本政策に体現された支配階級の提示する未来を、多くの労働者民衆が明確に拒否していることを示した。それに変わり得る未来を確かに労働者民衆は今手にしていない。それは、今回の投票が民主党に集中するものであったこと、いわば安部打倒のためのある種便宜的な投票であったことに反映されている。しかし人々は、支配階級の未来を拒否することで、少なくともその先に希望などないという判断を示したのだ。その意味で、支配階級の歩みを遮るための抵抗という現在の運動の大枠的性格は、労働者民衆の明日を救い出すものとしての位置を確かに占めている。その位置を明確に自覚し、その抵抗を率先すると共に、この抵抗のより民衆的な展開の中で、人々の希望に値する変わりとなる未来を多くの労働者民衆との共同作業として探り出すことを、その先頭に立つことを、我々は特に意識的な課題としなければならない。(9月4日)

(注 表はWeb版では省略)

不当判決糾弾!―NTT反リストラ裁判―
   この怒り、この悔しさを控訴審へ!

      
NTT反リストラ裁判原告団長 横澤 仁志

 7年7月25日、NTT反リストラ裁判判決が出された。

判決主文

1.原告らの請求をいずれも棄却する。

2.訴訟費用は原告らの負担とする

 判決言渡し時間、僅か14、5秒。原告全面敗訴の判決であった。私たちは、3年10月提訴以来3年9ヶ月にわたり、法廷でNTTの嘘とゴマカシを余すところなく徹底的に暴露してきた。今や、「NTT構造改革」=50歳退職・再雇用を拒否した私たちに対する広域配転を「見せしめ配転」だとして疑わないものは、誰1人としていない。「見せしめ配転」は、今日当たり前の「事実」としてあるにもかかわらず、東京地裁民事第11部佐村浩之裁判長は、この「事実」に目をつぶりNTTの嘘とゴマカシに加担したのである。公正中立の法衣を纏った権威は、巨大企業の番犬に過ぎなかったのである。偽善者は断罪されなければならない。私たちは、この悪質極まる不当判決を満腔の怒りをもって弾劾するとともに、断固として控訴審闘争に立ちあがることを宣言する。

 判決は言う。「被告就業規則60条のような配置換えに関する定めは、・・・我が国の経済の進展及び産業構造の変化等に即して、社員の配置を柔軟かつ効率的に行うことを想定したものと解される」などと。事実を検証する以前から『配転は当然』との考えを前提として判決を書いているのである。退職・再雇用による15〜30%の賃下げについても「労働者の合意を媒介とする個別的な労働条件の変更であるから」労働条件の1方的不利益変更ではないとする。労働契約承継法や高齢者雇用安定法などに対する潜脱であるとする原告主張についても「合意の成立を前提とした転籍」であるから「採用できない」とした。すべて「合意」があったからよしとする。だが、脅しで強要されたものが果たして「合意」と呼べるのか。「合意」を強制したものが「配転の脅し」であり、まさに原告らへの「見せしめ配転」に他ならなかったことを意図的に欠落させているのである。会社が「合意」と呼ぶものの真実の姿を検証しようとする姿勢は、最初から放棄されている。まさに、黒を白と言いくるめるやり方である。

「企業の家庭生活配慮義務」をうたったILO第156号条約も「本件命令の効力を左右するものではない」と否定する。国際的な趨勢にも背を向けて、判決はただただ偏狭な企業第1主義のイデオロギーに固執するのである。

 佐村裁判長は、証人尋問中、不謹慎にも居眠りを繰り返した。原告らの必死の証言に誠実に耳を傾けなかった。原告らの切実な訴えを寝ぼけ眼でろくに聞いてもいなかったくせに、原告らの配転によって受けた不利益について「通常甘受すべき程度を超えるものではない」などといけしゃあしゃあと書いているのである。そのような不誠実極まる態度で書かれたものは、当然のことながら重大な事実誤認が数多く存在する。リストラの必要性についての記述の核心では「平成13年度(東日本単独決算)・・・当期損益も1867億円の損失を計上するなど、その財務状況は急激に悪化した」(p33)などともっともらしくリストラの正当化を演出している。だが、その真相は特別損失に計上された「事業構造改革費用」2849億円、すなわち『リストラ費用』に他ならないのである。つまり『リストラ費用』の支出をもってリストラの必然性を証明しようという支離滅裂な論法なのである。リストラの開始された3年度決算で633億円の経常利益を上げたこと、リストラによる人件費削減額は会社側証言によっても350億円、差し引き283億円の黒字であり、そもそもリストラはまったく必要なかったことについては意図的に触れられていない。判決は、上記をもって「事実の認定」などとしているが、証人尋問で展開された争点のすり替えであり、まさに虚構の捏造である。会社側鳥越証言等で明らかになったことは、リストラ=「構造改革」の企画者は、NTT持株会社であり、西日本も含めたグループ全体のリストラであったこと、東日本はその下請け に過ぎないことであった。問題とすべきNTTグループ連結決算では世界で1、2を争う金満企業の「黒字リストラ」に他ならなかったことであった。
 佐村裁判長は、会社が用意した「形式」の裏に隠されたものを何1つ検証する気がなかった。これは、権力を持つ者と司法の場で対決することの拒絶、以外を意味しない。何故ならば権力を握る者は、抑圧を正当化する「形式」を必ず用意し、また用意できるからだ。

 家族との別離を強要された単身赴任の仲間たちは、歯を食いしばり耐えている。不当配転への怒りはこれまでを倍する勢いで燃え盛っている。判決後、原告と傍聴者は、NTT東日本本社へ、不当判決などものともせず、断固たる不当配転撤回の申入れ行動を展開した。ここに新たな闘いが始まったのである。この怒り、この悔しさを控訴審へ!
 
―記者の目―
主張する外交、もう1つの破綻
          東電柏崎刈羽原発と安部政権

   安部は、今年のG8サミットに向け、地球温暖化対策なるものを大々的に打ち出した。これを先のサミットでお披露目し、来年日本で開催される洞爺湖サミットで、この構想の下に世界を主導するのだという。これぞ主張する外交の真骨頂、これが彼と彼の取り巻きが考えたことだった。
 問題はその「対策」の実態だ。そこには重要な柱として、原発に大きく依存して二酸化炭素削減を進める、という観点が組み込まれている。そもそも到底容認不可能な観点だが、その危うさは、安部の足下で早くも吹き出してしまった。中越沖地震だ。
 原発の「安全性」を根底から揺るがすような深刻な実態が、今突き付けられている。
 地震直後にTV画面に映し出された東電柏崎刈羽原発の火災映像は、人々の背筋にまさに粟を立てた。起こり得ないとされていたことがいくつも実際に起こり、それが次々と明らかになっている。微量だとされてはいるが、放射性物質の放出も起きた。
 この地震に起因する柏崎刈羽原発の故障事項はどんどん数を増し、その数は既に250を越え、その全貌は未だ全く不明だ。最も重大な格納容器の損傷は、ほんの1部を除き、かなり先まで調査すらできない。石橋克彦氏などの地震学者は連名で、廃炉を含めた安全再評価を要求した。当然ながらこの原発はかなり長期停止する。
 電力を、また二酸化炭素削減を原発に頼ることの危険性と不確かさは、今誰の目にも焼き付けられている。現実に、柏崎刈羽原発の今回の停止によって、京都議定書に義務付けられた日本の二酸化炭素削減目標の達成はさらに困難になった、と報じられている。我々はもちろん即刻原発からの脱却に向かうべきことを要求するが、それとは別に、少なくとも原発政策の根底的な見直しは避けられなくなっている、と考えるのが普通の感覚だろう。
 ところが安部は、地震直後に当の原発敷地に足を踏み入れ(見え見えの選挙向けパフォーマンスだったが)、敷地全体が大きくうねるように変形している当地の惨状を目にしながら(ついでながら我々は、かなり後で報道陣が中に入れるようになるまでは、その状況を知ることはできなかった)、今もって、原発政策に特段の対応を何もとらずにいる。そして彼は今もって、来年の洞爺湖サミットでの外交得点を考えているらしい。本当に信じ難い感覚だ。
 二酸化炭素削減を原発に頼る安部の地球温暖化対策は、既に現実によってその非現実性を突き付けられている。それは日を追って隠せないものとなるだろう。
 それはまた、安部の「主張する外交」なるものの破綻を、もう1つ積み上げることとなる。もっとも、来年の洞爺湖サミットに安部が登場することは、おそらくないだろうが。(K)

反労働ビッグバン闘争の課題
   秋、労働契約法阻止へ!

         
坂本二郎

 労働法制国会などと言われた前通常国会では、労働分野の規制の完全撤廃(労働ビッグバン)という資本の狙いに沿って、主なもので6本の労働法制改定案が上程された。雇用保険法改定案、雇用対策法、パート労働法改定案、労働基準法一部改定案、最低賃金法一部改定案、労働契約法がそれらだ。殆どが極めて問題の多い法案だった(本紙203号)。
 これらの法案に対する闘いを整理した上で、さらに参院選後の条件変化をも視野に入れながら、労働ビッグバンに対決する今後の闘いの大胆な展開が求められている。

三法案通過、三法案継続審議

 前通常国会では、残念ながら国会の力関係は圧倒的に労働者に不利。労働者運動の側は、強い危機感を持って、非正規の問題に取り組んできた運動や中小を組織する労働組合を中心に、この法案の準備過程から闘いを積み上げてきていた。各方面に働きかけると共に、内部で学習会などを組織しつつ、厚労省労働政策審議会(以下労政審)に対する大衆行動や社会的キャンペーンが重ねられた。まがりなりにも全ナショナルセンターを横断して1日共闘方式で実現した昨年の12・5集会や、今年の3・23集会の成功は、その成果と言える。3・23では、民主、共産、社民の議員が壇上に顔をそろえ、各法案への反対を確認した。
 これらの闘いも一部は背景となり、昨年以降マスメディアも「格差」に光を当て始め、その重要な問題として、非正規雇用労働者の深刻な現状が広く知れ渡るようになった。非正規労働者自身の闘いも広がり始めた。特にここ1年、若者達の決起は鮮烈であり、マスメディアも積極的に取り上げている。
 これら総体が重圧となり、結局政府は、先の法案に日本版ホワイトカラーエグゼンプションを盛り込むことは断念した。前通常国会では、この圧力を倍化して各法案にストップをかけることが課題だった。年金などの問題も重なり、確かに資本の狙い通りとはさせなかった。しかし数の力の差はいかんともし難く、三法案、雇用保険法改定案、雇用対策法、パート労働法改定案、は通過となった。
 雇用保険法の主要点は、失業率改善を理由とした保険料率の引き下げだ。これだけであれば問題は少ないが、過去の事例で見ると、細かいところに悪さをする仕掛けが隠されているから要注意ではある。
 雇用対策法は、外国人労働者の情報提供を雇用主に罰則付きで義務付け、その情報を法務省と共有する、という人権無視のとんでもない法律。雇用対策とはかけ離れた治安法と言ってよい。外国人移住者との連帯を追求してきた運動を中心に反対運動も活発に行われたが、数の力で押し切られた。今後も具体的な現場で監視を続け、外国人労働者の権利擁護の闘いが必要となる。
 パート労働法改定案は、ほんの僅かを除く圧倒的多数のパート労働者を差別処遇しても構わない、と言うに等しい悪法だ。参議院で辛うじて付帯決議が付いた。この付帯決議も生かしながら、真の均等待遇確立を追及しなければならない。
 残りの三法案は、どういうわけか雇用ルール見直し三法案などと概括の上一括審議扱いとされ、衆議院での継続審議に止まっている。

労働契約法が焦点

 上記の上に立って秋の闘いが問題となる。9月10日に始まる臨時国会が現実の焦点だ。
 衆議院厚生労働委員会が舞台となるこの三法案とその審議の現段階を概括すると、以下のようになる。
 先ず最賃法。水準決定の根拠に、初任給の実状、地域の平均賃金水準、事業の支払能力、という以前の3項目に加えて、生活保護費との整合性を入れる、しかしその代わりに、地域別最賃より約100円高かった産別最賃から罰則規定をなくす、というものだ。この後者によって、資本が狙っていた産別最賃の廃止に1歩近づく。この点も含め、確かに地域最賃引き上げの方向にあるとはいえ、支払能力基準が依然として残っている以上、本当の意味での「セーフティーネットの確立」とは程遠い。そのような批判を受けながらも、現実の審議では、引き上げにつながるという理由から残念ながら容認の動きが強い。
 次に基準法一部改定案。この主要な部分は、月80時間超の時間外労働部分については割増率を50%に引き上げるというもの。月80時間という数字は、過労死認定のガイドラインであり、とんでもない数字だ。実際にも、「過労死せずに月80時間以上時間外労働をしたらご褒美」と言うに等しいこんな制度では、今回の改訂の本来的趣旨―労働時間の抑制―には逆行し、時間抑制の実効性も全くない、との批判が各方面に渦巻いている。しかし現状では、引き下げよりはいいだろう、というのが国会審議の流れだった。
 上記二法案について民主党は今、今参院選結果も受けて、さらに修正を加え容認、という方向に見える。生活関連で引き上げにつながる、という判断だ。修正の中身は、最賃については引き上げ幅の拡大、割増に関しては、月80時間超を例えば月60時間超に、といったことが議論されているという。
 月80時間超の時間外労働は現実には稀とは言えないのが実状。これが月60時間超となれば、確かに資本にとっては一定の打撃ではある。しかし中小の場合は、経過措置といった期間限定もつけずに元々外されているという問題もある。当然サービス残業の問題も残る。修正があったとしてもかなりの問題が残る。
 いずれにしても最後は、職場での規制力と全国的で全社会的なその結集に、問題はやはり返される。
 そこで焦点として残されるのが労働契約法案だ。この法案の準備過程では、労政審を舞台として、労働契約の入り口から出口まで、色々なステージの契約問題についてかなり深めに議論している。議論の方向に関しては労働者にとってとんでもないものもかなりあったとはいえ、議論自体は、契約を総合的にとらえるという考え方だった。ところが今回出された法案は、僅か13、4条というスカスカの法案。主要点は、経営者が1方的に制定できる就業規則を労働契約として読み替える、というところに尽きる。
 この法案では確かに、労働条件の不利益変更はできない、と先ず書き込まれてはいる。ところがすぐ続けて、しかしとして、この間の最高裁判例がそのまま書かれた。合理的か否か、社会通念上妥当か否か、経営上必要か、といった不利益変更の是非を判断する基準の羅列だ。こうなると、最初の前提の部分がどうしても相対化される。現在の判例傾向では、前提部分を真剣には殆ど考慮しない。羅列された基準をそこそこ満たせば不利益変更は原則自由、という形にいわば逆転されたようなものになっている。この司法の状況を前提としたとき、就業規則で労働契約に置換える今回の法案は、問題が非常に大きい。経営者次第で労働条件をどうにでもできるようにするに等しいのだ。
 対等原則が不可欠な労働契約に、対等性を全く欠いた就業規則を当てるという発想がそもそも間違いであり、従って労働法学者も20数名連名で、本末転倒、という声明を出していた。全労連、全労協、中小ネットは全て、当然ながら明確に反対の姿勢だ。
 しかし現実には連合も含めて、最高裁判例を実際に法律に書き込めた、判例を法律にした、という点で1歩前進という評価も一定程度ある。このような状況があるため、この法案はかなり危ういところにある。今度の国会の厚生労働委員会で、年金問題と労働三法がどういう順序で審議されるかは分からない。意外にすんなり進むという危険性は否定できない。

形はどうあれ総がかりの闘いを

 この法案は何としても阻止しなければならない。そこではやはり民主党が実際の問題となる。
 先のような連合の評価がある1方で、民主党は1応、労働契約法とはこうあるべきという、従って労働契約を総合的に捉えていない今回の法案はだめだ、という態度表明はしている。その姿勢が貫徹すれば、連合方針が問題となるとはいえ、労働契約法案についてはもう1度準備をやりなおせ、という方向もあり得ないわけではない。
 この方向での働きかけが、特に参院選後の新しい局面で今考える必要のある問題だ。この点にも関わって、全労働運動勢力の結集という方向が見えてくることが最も望ましい。ただ先述した連合の評価や今参院選結果の評価も関わって、未経験の新しい状況を前に、全体の闘いの姿がもう1つ鮮明になり切れていない側面がある。この間あまりに後退が続いたため、今回の結果をぬか喜びしてはいけない、といった自戒的警戒心が先に立つ心理は、正直言って労働運動内部に確かにある。
 しかし問題は切迫している。ここで立ち止まることは許されない。テロ特措法延長問題も含め、安部を追い詰めるチャンスは確実に広がっている。この状況も背景として、阻止の現実的可能性が少しでもある以上、そのために力を尽くすことが現時点の最大の課題だ。
 全労協や中小ネットは、労働契約法反対の学習集会などをやりながら、民主党や社民党、また川田龍平などの無所属議員への働きかけを視野に入れた闘いを組もうとしている。全労連も当然闘うだろう。各々各自の闘いを先ず先行させ、時間はそうないとしても、その中で可能な相互連携を模索し、反安部の社会的気運も味方にしながら、形はどうあれ貪欲に、阻止の展望を総がかりで引き寄せる努力が求められている。

次は派遣そのものの見直しへ

 その上でより戦略的な課題として、非正規雇用の問題が最大の中心課題となる。現実に解決を切実に求められている深刻な問題が、またその要求が目の前にある。それが何よりの出発点だが、それだけではなく、労働ビッグバンとはある意味で、全労働者の非正規化に等しい側面を内包しているからだ。
 この点で、非正規雇用の若者達が自ら闘いを開始していることは非常に重要だ。何とはなしに不特定多数が集まったり散ったりして、マスメディアも活用しながら、いわゆる社会的包囲の行動だが、局面局面ではおもしろい行動ができている。要求の実現を考えた時、それでどうなるかという問題は確かにある。しかし立ちあがった彼らには、初めて声を上げられたというある種の自信と、それが可能になったのは労働組合だから、という意識がある。これが非常に大事な点だ。おもしろさも含めて、若者がそういう経験をしていることに大きな意味がある。
 非正規雇用で先行した韓国の活動家も、非正規問題は貧困問題であり、同時に権利主張をできなくする仕組みの問題だ、という非常に印象深い捉え方を伝えている。まさにこの後者の観点に沿ったものとして、労働者が労働組合として結集することで自己表現でき、権利主張する場ができるという、そのような若者達の実感が今生まれている。この点で我々は、労働組合の価値というものを再認識する必要がある。
 日本の労働組合法には、世界でも先進的な側面があって、1人でも公然と顔を出せれば後は交渉権が保証されている。これを活用してできることの可能性は広い。その意味で第1の任務は組織化だ。
 この点に関して、非正規の組織化に重点を移すという連合大会方針が報道されている。正確な情報を入手していないのでまだ評価は控えたい。報道の限りでは大枠で前向きと言えるのかもしれない。ただ先に紹介した韓国の活動家の捉え方と比較したとき、これまでの連合の活動を見る限り特に後者の観点が空白であり、その点の今後に注目が必要である。
 その上で、特に劣悪度の高い日々雇いの派遣問題については、貧困問題としての観点、つまり社会制度の要求という観点も加えて、取り巻く条件の違いは実際に非常に大きいとしても、今後の運動と組織化を考える上で、全日自労や全港湾の闘いなど先人の研究も必要になると思われる。
 それらも含めて実践上の次の焦点は派遣法になる。
 労働ビッグバン総体について資本側は、通常国会での六法案通過を前提に、今秋から本格的に着手しようと構えていた。しかし通常国会が予定通りに進まなかったことに加えて、参院選結果が彼らの思惑を越えてしまった。労働ビッグバンということでは、ややトーンダウンする可能性が出ている。
 しかし派遣法の改悪には、つまり雇用通知義務と雇用年限上限の撤廃には、特に製造業資本の強い執着がある。御手洗のキャノンも含めて批判にさらされている偽装請負を「解消」し、堂々と非正規雇用を際限なく活用し切る切り札であり、いくつもの点で何よりも即効性がある。特に派遣法は2008年見直しとなっているだけに、この改悪だけは他と切り離しても強行してくるだろう。
 逆に労働者側もこの機会を捉えて、全面的に打ち返してゆく必要がある。1部では派遣の全面禁止をぶっつけるという方向も議論されているが、我々としても全面的に巻き返すチャンスだ。当然労政審にかけられるという点も捉えて、派遣そのものを見直させる闘いを全力で作り上げなければならない。(9月4日)、
【論】
新しい政治局面の始まりと新たな左翼

              
寺中徹

 今参院選は日本に新しい政治局面を作り出した。政治の方向付けと政策展開に対する主導性を自民党がほぼ一元的に掌握する体制の終焉である。この体制は戦後の日本政治を長期に貫いてきたが、少なくとも今後3年間、その主導性は二元化される。政治は基底においてより不安定化する。それはまた客観的には、政治に対する民衆の介入余地が拡大されることを意味する。
 この最後の点に関して私は、今回の参院選の結果は後述するように、何よりも労働者民衆が、強力な政治的働きかけに組織されてというよりも、ある種独自に自らの意思で作り出したものである、という特徴を強調したい。それは、この間顕著になっていた民衆の政治的受動性に変化が兆し始めた、ということも意味する。
 この点も加味すればそれだけ、民衆に開かれたこの介入余地の高まりは、労働者民衆の闘いにとって重要な意味をもつことになる。そしてこのようにして現れる新局面、ある種の複雑さを増す局面は、闘いを進めるにあたって我々が考慮しなければならないものを格段に積み増すことになるだろう。それは、今回の結果の底流にあるものをも含め、新しい左翼の追求という我々にとっての核心的な課題に対して何を提起するのだろうか。

必然性としての自民党敗北と政治の不安定化

 上述のような政治状況の進展が日本支配層にとって脅威であることは明白であり、それ故、上記二元性を体現する自民党・民主党間の「神聖同盟」的収斂に向けた圧力も、必然的に高まるだろう。しかし、支配層の望む「神聖同盟」も、そしてそれを通じた民衆支配の安定化という道も、それほどたやすく見通せるものではない。
 何よりも、政治的主導性の二元化へと到達した政治的不安定化の進行は、偶然的で1過的なできごとではない。それは70年代末、両院の安定多数を確保する力を自民党が失って以降、長期に蓄積されてきた進展の1部であり、その現在における到達点である。その政治的展開の足下には、資本主義的成長の性格変化、より本質的にはその脆弱化を背景とした、社会の深部で進行する社会諸階級のあり方における深い変化がある。敢えて図式的に言えば、その変化と、民衆の旧来的な政治的組織化あるいは政治的代表関係との間に発展した客観的不適合あるいは乖離が、またそれ故の政治における諸問題解決能力の著しい弱体化―極度に限定された特定層の排他的利得囲い込みへの深まる傾斜―が、上に見た政治的不安定化を核心的に構成している。
 民衆の政治的組織化における、あるいは民衆の政治的掌握力の、上に見たような形で発展した弱体化・空洞化は、そこに支配層からの意識的な攻撃が向けられたことも加えて、先ず、社会党を中心として組織されてきた左翼に先行して現れた。しかし今やその空洞化は、民衆との間に日常生活領域をも含め最も密な結びつきを築いてきた自民党の草の根基幹部にまで達した。今参院選は結果において、さらに、彼らの旧来の集票活動が空回りとなった選挙戦の具体的姿において、それを赤裸々に明らかにした。この空洞化に小泉「構造改革」が、まさしく致命的な一押しを加えたことは言うまでもない。この事実は既に、例えば今春の統一地方選における自民党の投票動員力の明らかな低下として、明確に姿を見せていた。付言すれば、自民党に進行していたこのような趨勢の故に、公明党の、自民党救命装置としての役割が、自民党には決定的に必要となっていた。今回の自民党の「惨敗」は、まさしく一過性ではなかった。

安部不信任の主役は労働者民衆だ

 今回の参院選は上に見たように、政党と民衆の結びつきの衰弱化が深く進行した中で展開された。それは即ち、政党の旧来的ルートを通した投票動員の弱まりを意味するが、労働者民衆が政治的に受動的である場合、それは投票率の低下として現れる。今回の参院選にあたって政治評論家がつとに強調した「亥年現象」とは、この論理に他ならない。そして自・公両党は今回、このようにして起きる投票率低下を明らかに期待していた。実際にも、彼らが勝利する、あるいは大敗しない可能性はそこにしかなかった。
 しかし今回、過去例外なく起きていた「亥年現象」の論理は作動することなく、驚くほどとは言えないとしても、投票率は逆に上昇した。それは即ち、人々が政党による、あるいは地域の有力者による働きかけを待ち、それに受動的に従うのではなく、自らの判断をもとに自発的に進んで投票所に足を運んだことを意味する。そして結果を素直に見る限り、人々は明らかに、政権に力を貸すことを拒否し、安部不信任を確実にする投票に自らの判断で集中した。民主党への投票の集中は、このようにして起きた、と考えなければならない。その性格を象徴するものが、東京選挙区における川田龍平の選挙とその当選、そしてその得票の性格である。川田選挙は文字通り自発性そのものとして闘われた。東京各地で人々の勝手連的な川田押し上げ行動が次々とまさに勝手に広がり、人を驚かすエピソードには事欠かない。最終的に獲得した票がどこから涌き出たのか、その全貌はおそらく誰も分からない。こうしてこの運動は、大政党を向こうに回して選挙区での勝利をもぎ取ったが、その川田票の過半は比例区では民主党に向かった、と確実に推測できる(表1参照)。
 その意味で民主党の今回の「勝利」は、民主党が自らの力で作り出したものではない。小沢による周到な地方回りと、農業所得の戸別補償提案という選挙戦術が1定の役割を果たしたことは確実だとしても、民主党にはそもそも、今回のような得票を自ら引き寄せる組織的態勢などなかった。民主党は、安部打倒とそれを契機とした基本政策変更のための今使える手段として、民衆に押し上げられたと言うべきであり、その意味で今回の勝者とは、まさしく民衆なのだ。選挙後の全世論調査が示した結果に対する高い満足感は、それを正直に反映している。ちなみに5年総選挙の自民党「圧勝」に対しては、選挙後の世論調査で、結果に対する今回のような満足感は示されなかった(*)。

*1例として、朝日新聞世 論調査
 今回   
  よかった68%、そう  は思わない18%(8  月2日付)
 5年  
  よかった47%、よく  なかった31%
  無党派層(全体の27  %)、よかった25%、  よくなかった40%
  (5年9月14日付)

 今回の参院選とその結果を見る場合我々は、ここに現れた労働者民衆の政治的自発性の兆し、しかも政権への反抗としてのそれを、何よりも重視し積極的に受け止めなければならない、と私は考える。付言すれば、例え断片的とはいえ、この自発性の兆しは選挙だけに現れているわけではない。この自発性の確実性や強さの色合い、具体的な個々の姿については多面的な把握が必要である。しかしその上で、ここに兆している自発性をさらに強め、より大胆な運動的、闘争的現れにつなげることを、我々の実践的課題としなければならない。大衆的基盤を背景とした新しい左翼への展望を探る1つの道はその中にある、と私は考える。
 そしてその観点においてまた、今目の前にある新しい政治状況の活用が具体的に問題となるだろう。同志達の多くがおそらく特に地方政治において経験しているように、民衆の運動は、その要求が具体的でありかつ切実であればそれだけ、要求実現回路として1定程度権力に接近することを不可避に要求される、あるいはそのような圧力にさらされる。今後そのような力学は民主党との関係において確実に発展すると思われる。それは我々に、あらゆる人々が支配権力と同一視する勢力を相手とする場合とは異なった、新しい問題を投げかけるだろう。
 いずれにしろ、権力の政治的主導性の弱体化によって、労働者民衆の抵抗空間は客観的に広げられた。そして人々の直面する諸問題は切実であり、その具体的な解決は日々痛切に求められている。1方において、どのようなものであれ勝利は人々の自信と積極性の源であり、それ故今回の結果は、人々の要求を高める方向に作用すると予測できる。加えてごく短期的には、不信任を宣告された安部の続投宣言が人々のいわば「造反有理」的感覚を刺激する可能性もある。
 具体的要求に根ざした運動と労働者民衆の登場に向けた、そしてその統一的枠組みの発展を基軸とした闘争力の強化に向けた積極的な取り組みが、我々の第1の課題である。

左翼の陥没の克服に向けて

 その上で、上に私が強調した民衆の政治的自発性の高まりが1直線的に左翼に向かうものではなかったという事実、具体的には、社・共、そして9条ネットがいわば置き去りにされたことは、それをどのように理解し克服すべき問題か、として我々に残されている。
 民衆的自発性の高まりというある意味で絶好の条件にもかかわらず、左翼はむしろ得票率を低下させ、こうして、労働者民衆への政治的影響力の後退が未だ止まっていない事実を突き付けられた(表2参照)。基軸的争点であった改憲問題においても、選出された議員個人を基準とした場合今回反改憲派が増大したという事実はあるとしても(例えば朝日新聞8月7日付朝刊)、政党レベルで言えば反改憲派の伸張はなかった。その点で改憲策動は依然として危険な水準にあり、「神聖同盟」への推進力はこの側面で作用するかもしれない。それ故この事実は、1定の人々に確かに敗北感を残し、1部の論者は今回の結果に冷ややかな目を向けている。
 我々はこの事実を、労働者民衆の政治的後退の深さとして、あるいは民衆一般の政治意識の移ろいやすい脆さとして(5年総選挙との対比で)、それ故、新しい左翼という挑戦が日本では未だはるか先の課題だ、として理解すべきなのだろうか。あるいはその挑戦が必要だとしても、それは限られた政治的先進層の問題だと、さらにあるいは、労働者民衆の新たな政治的結晶化は先ず民主党へ、あるいは反国家主義反改憲人民戦線的なものへ、次いで左翼へ、というような段階論的な歩みをたどる(従って我々もそれに沿った戦略をもつべき)、と理解すべきなのだろうか。これは、率直に議論を突き合せるべき1つの論点だと思われる。
 日本の労働者民衆の政治的歩みに関して私自身は、上に例示したような見方には反対である。いくつか理由があるとしても問題の核心は、賃金労働者階級の今のあり方と闘争のあり方に見合った政治表現の不在、あるいはその点における旧左翼の立ち止まりであり、新しい左翼という問題はそれ故に切実に提起されていると考えるからだ。
 例えば、社共の総得票数とその重みはここ数年激減している、ということではない。確かに緩やかな後退は続いているとはいえ、また若者に対する影響力など、幾つかの留保点はあるとしても、そこに込められた左翼的政治感覚、あるいはある種の階級的帰属意識は、民主党への投票をも1部含みつつ、今なおかなりの規模を維持している。特に自民党の得票との対比では、その重みが減じているわけでもない(以上表2参照)。
 このような観点に立った時、もちろん具体的な展開は時に応じて色々な姿をとり得ることを前提としつつ、その中では、社会的諸階級の現在の客観的な意味における、即ち社会機能上の力関係という条件においては、人民戦線的な統一戦線も局面的にはありかもしれないというやや挑発的な含みも込めて、労働者民衆の政治的可能性をもっと豊かにとらえることが必要だと考える。
 そしてこの問題を考える上で我々は、この問題が本質的には、何よりも世界的普遍性を刻印された問題であることに十分留意する必要がある。
 即ち世界的に共通に、民衆の抵抗エネルギーは基本的に旧左翼をバイパスしそこから自立的に表現され、支配権力に対する1定程度の対抗能力を発揮するものの、しかしなおかつ新しい左翼への結晶化という道の前には巨大な壁が立塞がっている、という問題である。世界の同志達は今、この問題と実践的に悪戦苦闘している。政治状況、そして労働者民衆の社会的活力という点で、世界と日本の落差は確かに厳然としている。とはいえ今参院選に示された左翼の陥没状況には、上に見た共通の性格の問題が隠されている、と私は考える。そして世界の同志達と同様私は、この問題を克服する重要な手掛かりとして、労働者統一戦線の誠実な追求を、特に労働者民衆の自発性が最大限に解放される場としてのそれを、重視すべきだと考える。その意味で統一戦線の問題は、端的に言えば労働者統一戦線と人民戦線に関わる問題は、インターナショナルにおける論争と同様、今後の我々にとって、具体的な実践的選択に結びついた極めて重要な論点となるだろう。なおこの問題に関して私自身は、原理主義的であってはならないと考えている。(8月25日) (注 表はWeb版では省略)
ドイツ
左翼2党、正式に合同

 

「左翼党」、2つの可能性を前にした新しい党―希望か順応化か―
             
マヌエル・ケルナー
 
 2007年6月17日の16時36分、Linkspartei―PDS(左翼党―民主社会党)とWASG (雇用と社会的正義のための選挙オルタナティブ)はもはや存在しない。2年の準備を経て、前2者は合併し正式に新しい党「左翼党」になった。前日に、2者はそれぞれ最後の会合を持ち、大多数が2つの党の統1に同意した。ドイツ東部に基礎を置くLinkspartei―PDSには6万人の、WASGには11、500人近い党員がいる。
 統一会議の前には、それぞれの党の党員が統一の賛否を問う投票をした。Linkspartei―PDSでは大多数が賛成した。 WASGの方は遙かに不鮮明であった。つまり、50%よりわずかに少ない党員が投票に参加しただけである。また投票した党員のうちの大多数についても、事実としては積極的に賛成票を投じたのは少数に過ぎなかった
これはWASGの2004年結成時の熱気を使い果たしてしまったという事実を反映している。つまりWASGの党員の1部は新しい党のメンバーにはならない可能性が高い。
 彼らの若い党の特定のアイデンティティとルーツに意識的なWASG党員の1部は、統一を、Bundestag(ドイツ連邦議会)の共通フラクションや、また、旧東独で管理に慣された個人と共に、各方面で優勢な党機構によって方向決定され数に勝る党による植民地化である、とみなしている。

ブレーメンの地方選挙での成功

 しかしながら、小さなブレーメン州の地方選挙から、そしてまた統一が今や既成事実とみなされるようになってから、左翼党の影響力、原動力における新しい上昇が始まっている。
まずはブレーメンの2007年5月13日の結果を見てみよう。
 政権与党はそれぞれ4.1%(CDU―キリスト教民主同盟)と5.5%(SPD―ドイツ社会民主党)失ったのに対して、野党は以下の結果を得た。 FDP(自由民主党)は少し、緑の党は沢山(3.6%から16.4%)、左翼党(Linkspartei.PDSと WASGの共同候補)は (6.7%から8.4%)と華々しい。
 選挙前日の世論調査では左翼党はたった5%の獲得との予測であったのだが!
 左翼党の結果はいくつかの視点からみて特徴的である。
 次のことが思い出されるべきだ。すなわち、1970年代の終わりに向かって、緑の党がまさにブレーメンの選挙で成功したことが連邦レベルでの彼らの躍進をアナウンスしたということを。
 そして、例え左翼党がドイツ連邦議会内に会派として2年間存続する間、世論調査で常に8〜10%を得ていたとしても、誰もが以下のように理解していた。すなわち、東側地域では選挙での定着は大いに価値があるが、多くの西側地域では、左翼党(つまりLinkspartei.PDSと WASG合わせて)はとうてい5%の壁を越えられない、と。
 西側地域でのこの壁を大きく越える結果をみて、我々は選挙の新しい展開を予想することができる。
 ブレーメンの結果はまた、はっきりと反対の立場をとった選挙キャンペーンの内容についても重要な意味がある。ベルリン州のSPDと連立与党を構成するLinkspartei.PDSは地方選挙で得票の半分近くを失った(それでも連立与党を続けている!)。ブレーメンのこの結果は、それゆえ新しい党におけるミレランド主義(注1)と闘う者を勇気付けることになる。 
 設立大会後の最近の世論調査から、左翼党の選挙で上り調子の傾向が確認できる。
 フォルサ研究所によると、SPDは2ポイント失って25%に落ち、CDU/CSUは1ポイント失って37%に落ちた1方で、左翼党は1ポイント獲得して12%に達し、FDP (10%)や緑の党 (10%)を越えて最大の野党になった(CSU=キリスト教社会同盟は、CDUの兄弟党であるが、保守的な南部のバイエルン州の党として自立している―本紙編集部)。2007年6月19日のエムニト研究所によると、CDU/CSUに36%、SPDに28%を与えているが、左翼党もまた13%で、FDPと緑の党の両方より3ポイント多い。

成長の見通し

 別の世論調査は、より壮観で、ドイツ人の選挙民の25%が左翼党に投票することを「自分の行動として想定できた」ことを示している。しかしながら、選挙の局面だけではない。さらにもう1つの世論調査によれば、SPD(現在、50万余りまで減少)党員の10%がSPDを去って左翼党に合流することを「自分の行動として想定できる」としている。そして、もしSPDが労働組合世界で、この影響の浸食を受けることになれば、それから利益を得るのは、左翼党である。多数の組合活動家、公務員の1部も、また正職員さえも左翼党に向かって方向転換しつつある。連邦レベルの組合指導部の1部でさえ、左翼党を、政治的レベルで少なくとも2番目の対話相手として扱いはじめている。
 すべてはまだ賭けのレベルだがこれは、我々の組合活動家達の経験により裏付けられた現実の傾向である、特に、何よりも技術部門(IGメタル)とサービス部門の組合(ベェルディ)の中での。
 そうであれば、元WASG指導部の1部(2、0? 3、0?)が、新しく統合した党に加わらないとしても、私たちは同時に、大多数が社会民主党を出自とする形で、新しいメンバーの流入を期待できる。
 党の発展にとって、より正確には、党内における明確に反資本主義者的傾向にとって、これはどのような意味を持つか?それは目に見える形で提起されている問題だ。なぜなら考慮に入れるべき相容れない要素があるからだ。
 確かに、特に自治体や地方レベルで、キャリアという前途に引き付けられた人々がいるだろう。そのレベルでいくと議会の慣例が、党の順応化傾向を強める危険性がある。
 他方、このメンバーの流入は左に向かう政治意識の方向を映し出すだろう。そしてまたこれら新しいメンバーによる「指導部を目指す闘い」は1貫した反資本主義者的傾向の前進のむだにはならない。そして、したがって、我々のような者(党内で優勢ではあるが現代資本主義に関しては非現実的な新ケインズ主義的展望、に過渡的要求の戦略を対置する者) にとっても、それは前進のむだにはならない。

再動員

 多くは、いつものように、社会情勢、大衆動員、および階級闘争の進展にかかっているだろう。G8サミットに対する動員は打ち消し難い成功であった。それと共に恐らくは― 控えめに言っても―急進的な反資本主義的展望に惹きつけられる新しい若い世代の1定の層が存在する。
 また1方に、労働者の防衛的な闘いの新しい始りもある。それを象徴的に示したものが、抜本的な賃金引き下げの脅威に直面し未払い労働時間が増加する中で闘われた、Telekomでの数週間のストライキだ。実に久々に、ストライキ日数がドイツで増えつつある。これに加えて、ドイツの人口(少なくとも世論調査における)の大部分がBundeswehr(ドイツの軍隊)を「国境の外側」に配置させることには反対という事実がある。Bundeswehrには、少なくともGrundgesetz(ドイツの憲法)によると、起こりうる攻撃に対して国を守る以上の任務はない。厳しい新自由主義政策、横柄な雇い主の攻勢、どう猛な反社会的な緊縮政策、および好き勝手な民営化の乱痴気騒ぎは、ある程度次のような積極的流れを生み出す可能性がある。つまり左翼党の支持層を形成し、マルクス主義や、社会主義の戦略的考え(急進的な改良主義からローザ・ルクセンブルクのスタイルの「革命のリアリズム」までの幅のある)を含む、急進的な政治思想の幕開けを創り出す展開だ。同時に、諦めを脱して行われる抗議運動と防衛的な運動に向う中で、参加者が意気消沈する危険性は依然として高い。なぜなら勝てないからだ。現実に彼らは負けるか、または賃金労働者と彼らの同盟軍を弱めるのに貢献することにしかならない、安物の妥協に従わせられているのだ。
 今日、力関係を逆転し、新自由主義や雇い主の攻勢への終止符と、新しい獲得物の実現双方を押しつけるためには、本当の階級闘争、即ち大規模ストライキを含む数百万の動員と、そのような動員内部に出現する活動的で民主的な自律的組織化が必要であろう。同時に、そのような動きは資本主義的なシステムを越えるという政策展望を日程に載せるだろう。今後そのような動員があるか、だれも予測することはできない。

急進的主張とその限界

 党の政治上のレベルでは、どのような場合でも、そして、さしあたり、急進的な態度が得をする。
 新しい党である左翼党の頂点にいるどんなリーダーよりそのことを理解していたのは、何よりも、政治家としてのよく発達した本能を持ったオスカー・ラフォンテーヌである。彼は非常に反逆者的、そして、急進的な話術を使い、自分自身を遙かに左に位置させ、ドイツで確立されてきた政界での公式に受け入れられた枠組み、と呼べる範囲を恐らく超えさえもしていた。それが、ラフォンティーヌがベルリンの左翼党設立大
会における彼のスピーチの終わりの方で、「信頼できる」存在であること、―あるいはそうなること!―の必要性を強調した理由だ。彼が、ベルリン州の共同統治政策や、SPDの新自由主義的政策執行の中で下級将校的地位のまま参加しているPDS―今日、左翼党―に合意していないのは、如才ない方法と言うべきである。
 彼は、このPDSの政策が左翼党の選挙での躍進のダメージになりうることを十分に理解している。しかしまた言わなければならないことがある。それは、同じオスカー・ラフォンテーヌが連邦レベルでのSPDとの(そして、恐らく緑の党とも)あり得る将来の連合を支持するのを、上記の事情が止めるわけではない、ということだ。それは、恐らく20年からさえあり得る。もちろん、彼は、いつもこれに関して、SPDが「変化しなければならない」と付け加える。これは、大臣および党首を辞職して以来、彼をのけ者として扱ってきた、現世代のSPDリーダーに対する彼の個人的な大勝利であるだろう。そしてまたこの世代は今大変神経質になっており、キリスト教保守派の下位に立つ連立相手としての彼らの不愉快な役割や、彼らの左派への圧力の増強から抜ける道を見つけられないでいる。
 しかしSPDはいかに変わるであろうか?2009年に、キリスト教保守派と自由主義者の左に対して、計算上多数派になるとして、変化は「十分である」と診断・宣言することができるのは誰だろうか?たぶんそれこそ、巧みな政治家で才気あふれる弁舌の人である、オスカー・ラフォンテーヌだ。

Islの闘い

 isl(国際的社会主義者左派ードイツのFIの2つの機構の1つ)としての我々は左翼党の建設に参加している。我々のメンバーの1人、ティエス・グレイスは、設立大会の連邦指導部に選出された。もう1人、ヴォルフガング・ツィンマーマンは北ラインラント・ウェストファリア州における党のスポークスパーソンだ。
 その他に地方レベルで公務に就いている者達がいる。ドゥイスブルクの自治議会で左翼党のフラクションを率いるヘルマン・ディルケスが良い例だ。
 我々は革命的マルクス主義を捨てることなく、この党の建設に参加することを決めた。
 これは、我々が反ミレランド主義者が多数派となるために闘い、この党内の左翼潮流である「反ミレランド主義左翼」に参加する事を意味する。
 我々は同時に、例え賃金労働者や社会的弱者の利益を1貫して防衛するためだけであっても、体制を疑問視する必要性を理解してもらうために、長期戦略をめぐる討論を促進するよう努力する。
 最後に、SALZ e.V.(WASGに近い政治教育団体)を支持するし、他には、「マルクス主義者の対話」に参加する。後者は、第2回マルクス主義者協議会で、2007年4月20日から22日までベルリンに700人の人々を引きつけた。さらに、この対話を続け、10月革命及びレーニンの「国家と革命」の90回目の記念日である2007年10月13日のベルリン会議の終了後に、新しい会合を準備するために、安定した多元的な調整機関を創立した。
 確かに、革命的、急進的左翼のサークルは、しばらくは崩壊・分解の状態にある。それは彼らをさらに脇に追いやりかねない左翼党の成功とある程度関連している。これらのサークルのいくつかはかつても常に、あるいは今は党の外側にいる。ベルリンでは、BASG―ベルリンの反政府的WASGの後継者で、全国指導部の多数派に反対意見を表明している―は左翼党に参加せず、共同統治政策に反対して新しい形体で闘いを続けている。私たちの同志アンジェラ・クラインのように、ベルリンでは、我々はこのアプローチを支持する。
 他の者達と共に、私たちは、ベルリンで2007年10月14日に、新しい党の「内外」の1貫した反資本主義者を自覚した潮流と個人の会合を呼びかけている。ここでは、議会外の行動、教育活動、資本主義的システムを連帯―社会主義的民主主義―に基づく経済に取り替えたいと思っている個々人と諸勢力の長期に続き得る協調を創る可能性、そうしたことのレベルでの共同行動と並んで、統1についての最初のバランスシートが議論されるだろう。
*マヌエル・ケルナーは、ドイツの第4インターナショナルの2つの加盟組織の1つである国際社会主義左翼(ISL)の調整委員会のメンバーで、ケルンの新党左翼党のメンバーである。彼は、連邦レベルで運営されている教育的な協会SALZ e.V.の教育的指導者である。この協会は北ラインラント・ウェストファリア州では、「WASGと密接である」と認識されていて、今では左翼党からの公認を要求している。
*ドイツにおけるFIのもう1つの組織であるRSB(革命的社会主義者同盟)は、左翼党への合流を拒否している―本紙編集部。
注1)アレキサンダー・ミレランド(1859〜1943)の名前から。法律家・ジャーナリストで、1885年のセーヌ選挙区で社会主義者の議員として、選出された。彼の1899年Pierre Waldeck-Rousseau政府への入閣は、ローザ・ルクセンブルグやジュールズ・ゲードからの不賛成に会った。彼は、さらに右展開し、1914年には、帝国主義戦争を支持した共和派国民同盟を結成した。彼は、1920年1月に枢密院(Council)の代表としてジョルジュ・クレマンソーの後任となり、フランス共和国の大統領に選出された(1920年9月)。
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