2007年11月10日        労働者の力             第 212号

新テロ特措法案廃案!自公政府打倒による悪政の転換を!
テロとの闘いではなく、貧困との闘いへ

寺中徹

   
 11月1日24時(日本時間)をもってテロ特措法は失効し、海上自衛隊のインド洋からの撤収、この海域で自衛隊が遂行してきた米軍への支援活動の、即ち明確に憲法に違反した軍事活動の中断が確定した。一方で、先の自衛隊の活動を継続させるため自公政権が必至で画策してきた新テロ特措法案の先行きは、国会会期大幅延長による成立に向けた政権の執念は示されているものの、現時点で未だ見えていない。「中断」がそのまま終了となる可能性を消せないまま、海上自衛隊は一路日本に向かうしかない。ここに実現したインド洋からの自衛隊引き戻しは、紛れもなく、今参院選を契機として社会の前面に登場した政策全体の転換を求める労働者民衆の強い要求、自公政権に対する明確な反抗の成果だ。

民衆の介入への恐れ?

 まさにこのタイミングで、福田と小沢による2回の密談、その中で突如浮上した連立構想、そしてそこで吹き出した様々な臆測の中での小沢の民主党代表辞任表明と、政治は今激しい動きを見せている。この一連の動きの中で談合の中心となった問題は、大方の推測通り、インド洋における自衛隊の活動をめぐる対応だった。それは、辞任表明会見の中で、小沢自身によって明らかにされている。
 連立への動きまで飛び出した今回の2者会談は、報道界、財界の大立者の仲介で実現したと報道されている。実名まで伝えられているその報道の、またその後の談合内容にに触れた様々な報道の真偽は定かでない。小沢は辞任表明の中で、自民党筋のリークを源としたそれらの報道に対して、事実無根の情報操作と強く抗議している。しかしこれらの報道のありさまをも含めここまでの展開があからさまにしたことは、政権、さらに支配層中枢を支配する現状に対する深い危機感、と言わなければならない。政策停滞が語られている。今臨時国会では確かにまだ1本の法案も成立していない。しかし一連の動きが無言の内に物語るように、上述の危機感の中心は、インド洋における自衛隊の活動の維持をめぐる懸念に他ならない。この自衛隊の問題が支配的エリート中枢から、日本の今後を左右する基幹中の基幹の問題と認識されていることが、上に見た一連の動きの中に極めて鮮明に見て取れる。
 労働者民衆の圧力は事実において、支配階級の政策の核心に迫った、と言うべきである。まさにそのようにして労働者民衆の政策転換要求が、支配階級を激しく揺さぶっている。この民衆の圧力を遮断すること、ここに今回の動きの1つの狙いがあった、と見ることもできる。その意味で労働者民衆は今、日本の政治の行方を左右する鍵の一端を確かに握っている。そして確かに、今焦点となっている自衛隊活動の問題は労働者民衆にとっても、今後不可欠に必要となる政策全体の転換に、結論を先取りすれば国内外を問わない貧困との闘いへの転換に、密接に結びついている。労働者民衆は、政策転換に向けた闘いの中軸として浮き彫りとなった自衛隊の米軍支援をめぐる問題に対して、改めて鮮明で確固とした観点を突き出し、自らの力で闘いを挑むことを求められている。

テロとの闘いへの人々の拒絶

 インド洋における海上自衛隊の活動を、政権、支配層は挙げて、「世界が取り組む」テロとの闘いへの協力であり、国際的に評価を受けている国際貢献である、と人々を説き伏せようとしてきた。この線に沿って、諸国の高い評価と感謝、果ては国連の感謝までが演出された。
 しかしそのような彼らの画策は必ずしも成果を上げていない。イラクにおける航空自衛隊の活動はもとより、インド洋における海上自衛隊の活動継続に対しても、民衆的支持が目立って高まることなどなく、多くの世論調査結果では今なお賛否は拮抗している(例えば、朝日新聞11月5日付)。国際貢献とは言うもののその実はアメリカの対テロ戦争路線への一体化であることを、殆どの人々は見抜いていると思われる。その上でまた、政権に同調する人々の多くの本音は、対米関係の今後に及ぶ悪影響への不安、と見て間違いないだろう。
 しかしまたそれを上回って労働者民衆の中には、インド洋における自衛隊の活動に対する拒絶感がある。例えば先に上げた朝日新聞の世論調査は、自衛隊の活動停止で日本の国際的立場に悪い影響がある、と回答した人の割合が50%(ない、37%)に上るにもかかわらず、自衛隊の活動再開が必要と考える人の割合が43%にしかならず、不必要と考える人が41%を占める、としている。ここには明らかな段差が見られ、対米関係悪化への懸念を超えて、インド洋の自衛隊活動が人々からより問題視されていることが示されている。問題の活動が事実上憲法を踏み越えていること、従って今後の日本の民主体制にとってそれを放置すべきでない、との健全な感覚がそこに反映されていることは確かだろう。
 しかし私は、同時にそこにアメリカが世界に押しつけたテロとの闘いに対する広範な疑念もまた反映されていることを、強調したい。まさにそれ故、政権側が強調するテロとの闘いは、強調するほどに浮き上がり、人々に届かない。テロとの闘いは多くの労働者民衆にとって、そこから身を振りほどくべき対象となっている。アメリカに対する不信感の増大が語られることは多いが、それはまさに、世界の多くの地で見られることと同様に、テロとの闘いに対する反感と一体だ。
 問題となっている自衛隊の活動を終わらせる闘いは、憲法を守る闘いであると同時に、「テロとの闘い」に反対する闘いである。この後者の側面は今の労働者民衆の思いと直接に響き合うものであると共に、世界の真実の課題、即ち貧困との闘いに向かう道を切開く、その意味で世界の民衆とつながることのできる重要な意味を帯びている。国際貢献とは、テロとの闘いなのか、貧困との闘いなのか、労働者民衆は今こそ支配的エリート達に突きつけなければならない。

民衆の悲惨と特権層の暴利、そして混乱―テロとの闘いの6年

 人々がテロとの闘いに反感を抱くには今や十分過ぎる理由がある。それこそ事実が否応なく語っている。
 イラクの民衆に降りかかった悲惨はいまさら多言を費やすまでもない。
 アフガニスタンにおいても、当初華々しく掲げられた復興は少しも進まないどころか。民衆の苦難がむしろ深まっている現実がある。それは、タリバン復活の報道や、アフガニスタンの復興を助けるとしてその地で活動を開始した多国籍部隊―国際治安支援部隊(ISAF)―に、年を追って犠牲者が急増していることに端的に表れている。当地で活動する多国籍部隊は、現実には住民から敵と見なされつつあるのであり、それは、それらの部隊が活動した年月におけるアフガン民衆の苦難の深まりを物語って余りある。今ではそれらの部隊の派遣国から来ているボランティアも攻撃の対象とされ、今年起きた韓国のボランティアに対する襲撃とそこでの犠牲は記憶に新しい。
 当地で20年以上にわたって草の根の医療ボランティア活動に携わり、当地の農業の荒廃とそれ故の貧困に心を痛め、現在井戸の掘削による灌漑再生に取り組んでいる中村哲医師は、折りある毎に、上に見た現実を具体的に明らかにし、テロとの闘いという対応からの転換を説得力をもって力説している(例えば、「赤旗」9月9日付)。当然にも中村医師は、インド洋の海上自衛隊の活動を、アフガニスタンの人々にとって有害無益と断言する。
 アフガニスタンの現実に対するこのような見方は、何も中村医師に限らない。当地に部隊を派遣している諸国内でもその活動の評価については、例えばドイツやイタリアを典型に、政府と民衆の間に明らかな断絶がある。当地の同志達の報告によれば、両国では部隊の撤退要求がはっきり多数を占めている。
 その上、アメリカが作り出した見てきたような民衆の悲惨を前に、周辺諸国のアメリカと連携する権力に対する民衆の反抗が、必然的に拡大した。個々に様々な理由が折り重なっているとはいえ、テロとの闘いは事実において、むしろ地域全体に暴力的紛争を拡大した。そこに少なくとも共通して貫通しているものは、民衆に対して戦争が作り出す身の危険と生活条件の圧迫そして貧困の蔓延、加えて人々の連帯を支えるはずの民主的空間の圧迫である。この紛争と緊張の拡大は現瞬間、パキスタン国内の混乱と、クルド民族問題を巡るイラクとトルコの緊張として姿を現している。
 世界全体に目を転じても、2001年9月11日を機にアメリカが叫び立て、そこから幕を開けたテロとの闘いの6年は、惨々たるものだった。一言で言えば、民衆の悲惨と特権層の暴利だ。
 この期間中も進展を止めなかった世界の富の集中は、しかも桁外れの集中は、あらゆる統計に歴然としている。他方で、失業が顕著に改善されることなどなく、むしろ非正規雇用への置換えが世界的にも普遍的な趨勢として続き、労働者民衆の生活は改善どころか、劣悪化への圧力の方が高い。テロとの闘いにも一定の責任がある現在の原油価格や穀物価格高騰は、確実に貧しい民衆にさらに苦難を積み上げる。「格差問題」としてようやく光が当てられた我々がこの期間日本で経験してきた状況は、日本に特殊なものでは全くない。
 労働者民衆の生活条件の極端な悪化を食い止めたものは、ただ各地の労働者民衆の抵抗だけであり、まさにその力の強さに応じて悪化の程度が制限された、と言っても過言ではない。テロとの闘いがこれらの状況を逆転させることに何らの寄与もせず、むしろそれらを後押しするものでしかなかったことは余りに明白なことだ。悲惨と暴利の対照とテロとの闘いの関係は、ある場合には直接的ですらある。イラクに投入された巨額の「復興」資金の行方が不透明、と報道されている。そのかなりの部分がアメリカ企業を先頭とする軍需企業を潤したことに疑う余地はない。カブールでは軍閥を代表とする特権層の豪邸が次々と建設、との報道も1つや2つではない。ハリケーンカトリーナによる貧しい黒人民衆の悲惨は、かなりの程度、対テロ戦争が作り出した資金不足と救援要員不足に起因していた。
 そしてこの期間、地球環境の悪化は確実に進んだ。一般論として戦争がそれに拍車をかけることは言うまでもない。しかし対テロ戦争を発動したアメリカのブッシュ政権は、自ら進んで環境対応に敵対し、それを世界に強要しようとした。
 それ故にこそ世界各地で、また世界的連携の下で、テロとの闘いに反対する闘いと貧困化に抵抗する運動は、まさに手を携えて進んできた。反グローバリゼーションの闘いは、また最も強力な反戦運動でもあった。

今こそ貧困との闘いへ

 テロとの闘いが発動される前段、世界の民衆は、まさに世界規模で広がりを見せていた貧困に対して闘いを挑もうとしていた。1999年のケルンG7サミットは、貧困諸国の債務取り消しを求めるジュビリー2000の人間の鎖で包囲されていた。その年の12月、シアトルのWTO閣僚会合は世界から駆けつけた怒れる民衆に包囲され、流会に追い込まれた。2001年6月のジェノバG8サミットは、地球は売り物ではない、と声を上げた30万人のデモを前にそこそこに会議を切り上げた。そしてこれ以降、アフリカなどから少数の代表を招き、とりあえずポーズだけでも貧困への懸念を示すことがサミットの慣例となった。貧困は、世界的課題としてもはや避けて通ることのできないものとして、民衆の力で突き出されていた。
 2001年9月11日を機にアメリカが発したテロとの闘いという号令は、それ故、世界が立ち向かうべき課題の焦点を完全に逸らす意味をもった。ある意味で壮大な情報操作、と言ってよい。世界の支配的エリートは、このアメリカの号令に速やかに足並みをそろえた。当時の小泉首相以下日本の支配層もその例外ではない。今や失効したテロ特措法は、この時にろくな審議もなしに大慌てで成立させられた。
 しかし世界の民衆は、9月11日の衝撃の影響を一定程度残しながらも、先の焦点逸らしに惑わされることなく急速に態勢を立て直し、貧困化への、そしてその根源にある新自由主義的グローバリゼーションと対決する闘いをしっかり追求しつつ、2003年2月、空前の世界的反戦決起を実現した。それ以降、民衆の広大な抵抗の中で、テロとの闘いという掛声は完全に色褪せた。
 その根底には、悲惨と暴利に象徴された、各国社会内部にまで貫徹した引き裂かれた世界という現実がある。各国共通して、支配的エリートと民衆の溝は広がる一方にある。民衆の自発性に深く依存してしか社会が機能しない現代の世界において、先の溝は支配階級にとって根源的な弱点となる。その限りで、テロとの闘いが民衆内部に共鳴を起こす力は最初から、そして今となってはなおさら、限られていたと言わなければならない。
 その意味で、今なおテロとの闘いを叫んでいる日本の支配層は、極めて危うい足場に乗っている。色褪せたテロとの闘いの「大義」の嘘は、今後とも事実によって益々明白となるだろう。そして、本来の位置に復帰した貧困との闘いはいよいよ力強く日本の労働者民衆の前に現れるだろう。
 新テロ特措法案を廃案にし、イラクから航空自衛隊を引き戻し、テロとの闘いから身を引き離すことを、そして貧困に立ち向かうことを、労働者民衆は今強く要求すべき時を迎えている。貧困は今や我々自身の問題となっている。国内外を通じて闘いの課題はまさに一体だ。そして、日本の労働者民衆が日本の国家にこのような方向に舵を切らせるとき、憲法9条は、世界に対する限りない貢献となるだろう。(11月6日)
 
労働契約法成立阻止!
        11月7日、共同の国会前集会

 
 与党と民主党の修正協議が整い労働契約法が1部修正の上衆院厚生労働委員会で可決、との運びとなった11月7日、その動きにあくまで反対の声を届けるべく、正午から国会前で、「働く女性の全国センター」、全労連、全労協共同の集会が行われた。「働く女性の全国センター」はこの日まで、個人80名の賛同の下、各地の女性ユニオンなど19団体共同で、法案反対の声明を発表していた。
 集まり易いとは言えない時間帯だったが、直前の大連立騒動などを吹き飛ばすように、第2衆議院会館前の歩道沿いには駆けつけた労働者の長い列ができた。女性が目立ち、この法案の問題点を如実に示している。報道陣もかなり多い。
 集会では5つの運動団体の代表が訴えに立った。各々、労働者の権利侵害が横行する現場の実態を告発、その状況を固定化することにしかならないこの法案を何としても葬り去ろう、と痛切に訴えた。議員側からは、日本共産党の大門、社民党の保阪両衆議員が、連立騒ぎなどとは関係なく、広範な国民の切実な政策転換要求が現にあることに依拠し、あくまで成立阻止に奮闘したい、と挨拶。最後に主催者から、11月から12月にかけた一連の国会行動が提起された。次回は11月14日。
 熱気ある1時間の集会だったが、昨年まではそれほどでもなかった警察の口うるさい介入が目立った。権力が人々を気にかけ始めたということだろうか。いずれにしろ、政治は依然不透明。政権に対する労働者民衆の深い不満が明らかな今、その声を自立的に集めることが益々重要となっている。(K)



望まれる労働契約法制学習集会に200名
鮮明な問題提起に集中

 労働者の権利を守るものとはまさに逆向きの労働契約法案が衆議院で継続審議となっている(本紙209・210号)。まさにこの機をとらえて、「就業規則中心主義の脱却を目指して」と副題がついた標記集会が、10月17日夜、中央大学駿河台記念館で開催された。主催は、30を超える労働組合、労働者団体共同による実行委員会。主提起者は、近畿大学法科大学院の西谷敏さん。会場を含め文字通り学習の色濃い集会だったが、争議や労働相談等のまさに現場で先頭に立つ労働運動活動家を中心に200名(主催者発表)が参加、開会時点で既に用意した椅子が足りなくなるほどの満室の中、集中度の高い問題認識整理の場となった。

核心は使用者単独決定方式の転換

 西谷さんは、労働契約が今問題とされる背景―正規、非正規を問わない労働の非人間化の進行―から説き起こすことを通して、労働契約を構成する具体的諸事項に対する使用者単独決定システムが問題の根源にあり、旧来の労働法制、労働行政、司法がそれを十分に規制するものとなっていないことを、説得力を持って提示した。1例を挙げれば労働基準法は、雇われた後だけを、職場の中だけを規制してきた。しかし非正規化、即ち有期雇用契約が現在のように蔓延すれば、雇用されていることを前提とした規制では労働者の権利は全く守ることはできない。採用、雇用打ち切りが使用者の自由裁量の下にある限り、有期契約の労働者の権利主張が絵に描いた餅であることは火を見るよりも明らかだ。
 このような非正規労働者の無権利化を傍らにおいて、正規雇用労働者の権利だけが守られるなどということもまたあり得ない。このような非正規労働者の状況を無言の圧力としつつ、平行して、正規労働者も使用者の事実上の単独決定による労働条件の一方的変更―出向、配転を含む裁量労働制や成果給など―を現に強要されている。その結果としての非人間的状況は、超長時間労働の蔓延や精神疾患の激増に端的に示されている。
 西谷さんはこのような現実を挙げながら、使用者の権限を制約し、労働者個々人の意思が尊重されるものとしての契約ルールの法的保障が必要、と力説した。そして例えばヨーロッパではそれが一定程度確立されていることを、ドイツを例に具体的に明らかにした。このような観点に立てば当然ながら、就業規則を労働契約に読み替えるなどという今提案されている法案は、使用者単独決定システムの丸々の追認、法的お墨付きの提供であり、まさに問題外となる。
 労働契約法制は元々、先のような労働の非人間化の進行を危惧したが故の、労働者側からの要求だった。対して使用者単独決定システムの恩恵を十分に自覚していた経営側はずっと後向きであり、彼らはホワイトカラーエグゼンプションと抱き合わせという条件でようやくこの法制にゴーサインを出したのだという。もっとも彼らにも今、労働契約法制を必要とする事情は生まれている。非正規化の進行と、成果給などの労働の個別契約化と言うべき事態が事実上拡大し、労働組合の力の後退もあいまって、個別紛争の激増を招いているからだ。それ故、そのような個別紛争の余地を狭めることを狙いとして、使用者単独決定という実質を維持した上で、労働条件の押付けに法的正当性を与える形式としての労働契約法制の導入が彼らの要請となった。
 今上程されている法案はまさにその彼らの目的に沿ったものとなっている。

労働者個々人の権利を守る

 日本では伝統的に労働契約を単なる「身分設定契約」とし、その細目については使用者単独決定である就業規則に預けて十分、という観点が支配的であり、特にそれは裁判官に1番強く残っているという。そうであればなおのこと現労働契約法案は、使用者単独決定という労働の非人間化の根源に全く無力であり、むしろ非人間化の進行を後押しするものにしかならない。
 労働者の真の合意・納得を尊重する労働契約か、それとも使用者の単独決定を単に覆い隠すための労働契約か、西谷さんは労働契約法制をめぐる分岐点をこのように鮮明にえぐりだし、労働者側は、使用者の単独決定をいかに効果的に規制するかを課題としなければならない、と訴えた。そして参院選後の状況変化をも視野に入れ、現状をチャンスととらえ、先の基本的分岐に沿って、有期契約規制、パートや有期契約労働者の均等待遇、配転(特に転勤)・出向の規制、権利章典としての就業規則などを軸にした国家法による契約ルールの整備を要求として突き出すこと、さらに、労働者個人の権利尊重という観点から、個人の「合意」取消し権や労働者代表の位置付けなどの検討が提起された。
 現在参議院に民主党が労働契約法案の対案を出している。ただ民主党案は、いくつかの付加条項を加えているものの、就業規則で労働契約に代えるという点では政府案と殆ど同質であり注意を要する、と指摘された。連合は依然として修正の上可決という姿勢だという。
 フロアからは活発な質疑が続いた。今後に向けてかなり意味のある議論に進む可能性が見えた質疑もあったが、その点では時間の制約が残念だった。

派遣法見直しにも圧力を

 この後集会は、全労働省労働組合の丹野さんから特別報告を受けた。1つは先にも1部触れた国会状況。もう1つは既に8月末から開始されている派遣法見直しに関わる労政審職業安定分科会労働力需給制度部会の審議状況。
 後者については、派遣法のさらなる骨抜きを依然として追求している経営側委員の動きが報告され、それをはね返す運動の必要性が訴えられた。この部会のスケジュールでは、12月末を目処に審議会としての建議をまとめることになっているという。いずれにしろ重大な監視が求められている。
 集会は最後に、中小労組政策ネットワークの平賀さんから、労働契約法をまともなものとするため、今後共同のネットワークを追求して行く、というまとめを受け散会した。
 やや専門性の高い内容ながら最後まで引き締まった集会だった。労働契約の問題が労働現場と密接につながるものとして提起されている現実、及びこの問題が、ともすれば集団契約の観点で立ち止まりがちな労働者運動に、労働者個々の権利を守る観点を問いかけていることなど、今回の提起が参加者に残したものは多いと思われる。
 なお民主党は10月末になって、連合の方針に従い修正の上可決、に舵を切り、11月7日委員会可決の運びだ。労働契約法案をめぐる情勢は急を告げている。(神谷)
 
 
NTT企業年金訴訟    当然の勝利判決
                    NTT、恥知らずにも控訴

 

        NTTの企業年金改悪に同意しない会・小川 昌義

 東京地裁は、NTTの企業年金減額不承認について当然のことながら却下という判決を下した。NTTが敗訴をしました。ところが、恥知らずにも東京高等裁判所に控訴をしたと報じられています。この恥知らずな企業論理に対して、退職者OB、そして何よりも労使1体(NTT労組)となった攻撃でやむなく50歳退職再雇用を選択をした仲間と共に、NTTに断念させる闘いを組んでいかなければならない。前号でもこの問題について提起をしているので詳細は記しませんが、この裁判は、権力中枢の「厚生労働省」と「世界のトップ企業NTT」が国内の裁判所で争っているという前代未聞の裁判である。しかし、こうしたことが出てくる背景はどこにあるのかということを見ておく必要があると思います。1990年代後半から世界的に攻撃を掛けてきた資本のグローバリゼーション攻撃と新自由主義との闘いであることは言うまでもありません。企業の利益拡大のために労働者切り捨て海外進出、進出先での低賃金、劣悪な労働条件での作業、国内では労働者の格差拡大、福祉切り捨てが進められてきました。この事が、今回の企業年金減額に走らせた要因であります。
 問題は、構造改革の名の下に、福祉関係全般が標的にされ、全ての負担を国民に押しつけてきている事に対する闘いの開始であります。
 今回NTTは、受給者の「判決に従い控訴を断念せよ」という声を踏みにじり高裁への控訴をしたという。NTT労使の11万人リストラ攻撃の主張は決して認められるものではありません。私達は、NTTが控訴を断念するまで闘い抜いていきます。
 又、今回の勝利判決は、リストラ攻撃で強制配転させられ裁判を闘い抜いている仲間の闘いにも大きく反映されるであろうと思います。
 米国におけるサブプライムローンに端を発した金融不安が圧力となり、経営側が更なるリストラ攻撃を掛けてくることは間違いないと思います。今NTT企業年金減額問題ではありますが、闘いの視野を大きく広げ、世界的に労働者の反撃が開始していることを告げる反グローバリゼーションの闘いと合流した闘いを、と考えています。
 

エクアドル
  コレア政府が直面する挑戦

                         エリック・トーサン
 
 1年もたたないうちに、ラファエル・コレアは4つの選挙戦に勝利した。2006年の年末、2回の大統領選挙、2007年4月、憲法制定会議選出に関する国民投票、そして2007年9月30日、憲法制定会議メンバーの選出、である。

政治的変革、現下の展望

 すべての右翼政党は、1方で、共産主義の脅威としてラファエル・コレアの党を阻止する宣伝戦を続けたが、コレアの下に結集する「アリアンザ・パイス」は130の内70―8を獲得した。それは、新たな憲法を起草し、投票に勝利するに充分な多数と計算できるものだ。さらに加えて、それは国の政治構造に深い民主的変革をもたらすために、MPDやパカクティカという左翼運動に依存できるようになるはずだ。憲法制定会議のための選挙結果は、ボリビアのそれより変化に有利である。ボリビアでは、エヴォ・モラレス大統領の党と支持運動は、新憲法が制定されるに必要な3分の2を獲得してはいないのである。このことが、アンデス山脈のあの国の現在的政治的デッドロックを説明するのかもしれない。
 選挙キャンペーン時に明らかにラファエル・コレアに対抗した巨大な多数派、大メディアでさえも、今や慎ましやかに進路を変えつつあるようである。彼らが支援した諸政党が余りにも圧倒的に敗北してしまったので、彼らは(少なくとも当面の間は)大統領とその党への攻撃の調子を下げている。実際、右翼と中道右翼の諸政党(キリスト教民主勢力―UDC―と社会民主主義―ID)は完全に粉々になった。PRIAN、昨年の2度目の大統領選挙でラファエル・コレアに破れたバナナ王、アルヴァロ・ノバナの政党であるが、これは憲法制定会議では5%以上は議席を持たないであろう。社会キリスト党は、伝統的な右翼の柱であるが、完全に行き先を決められた。前大統領のルシオ・グチエレツは15から18の議席を辛うじてなんとかした。これは驚きで受け止められた。というのも、事前の選挙調査は、コレアを支持する候補者たちにはほどほどの得票を予想していたからである。メディアのこうした注意深い展開はしかしながら、相変わらず限界を持ち、そしてラファエル・コレアや彼の政党の指導部には極めてわずかな放送時間しか与えられていない。大統領は毎週土曜日にラジオで話す。さまざまな民間や共同体のラジオは彼の放送を生で流す。公共ラジオとテレビは数週間の内にチャンネルを開けるだろう。
 私が数日前に会ったアルベルト・アコスタは、新しい憲法制定会議は極めて厳しいスケジュールに直面すると述べた。彼らは新憲法を6ヶ月で起草しなければならないであろう。45日後、国民投票が提案された文書に関して組織される。2007年の最後の月々と2008年は数々の民主的選挙で埋め尽くされる。憲法の内容に関する国民投票と同様に最もありそうな新議会選挙、および新大統領選挙。実際、ラファエル・コレアは、彼の大統領職務を早期に(2010年の任期切れのはるか以前に)終えると欲すると言われており、そうしてさらなる防壁としての大衆的支持と、新たな憲法の条項下での職務権限を開始するのである。もしこのスケジュールがうまく行き、もしもエクアドルの民主主義が軍事決起によって押しつぶされなければ、2008年の末までにエクアドルは、もしかすれば新しい民主的憲法を持つかもしれないし、新たな議会(その中で、今はそうではないが、コレアの党がおそらくは多数派議席を取ることができるかもしれない)、そして新大統領。これは、遠くに至る経済的、社会的改革の可能性への道を開く。

政府債務と社会的支出の緊張

 経済学者であるアルベルト・アコスタは、負債キャンセルキャンペーンのリーダーの1人であったが、(注1)新憲法会議の議長となりそうである。彼は、主要な委任のもとに、全権を有する諸会議の中で働くと示唆するだろう。公的負債に関する限り、彼は、憲法集会の経済部門に参加するよう、「国内、国外の公的負債の総合監査委員会(スペインにあるCAIC)」を招待するつもりである。新憲法は、その下に、国家と地方政庁が公的負債を負うことを許される明確な条件を規定し、同時に不愉快な負債を拒否しつつ、負債返還のための最大限を固定する明確な定義を含み得るだろう。例えば、憲法は、国税の負債返済部分が、決して教育や健康に向けられる量を越えてはならない、と特定することを可能とするだろう。
 2007年9月30日の選挙勝利の数日後、ラファエル・コレア政府は、国内にある石油会社は彼らの利益のより大きな部分を国家に支払うべきだと声明を発した。これは国家に、100万ドルを越える追加収入をもたらし、それは社会的経費に投資されうるのだ。この方式は民衆によって高く評価される。さらに、ラファエル・コレア政府は銀行に利子の引き下げを求めている。それは、今は極めて高いのだ。数ヶ月前、未だ右翼が多数であった議会は、利子引き下げ法案を否決した。議会は最も不人気となった。9月30日の後に行われた世論調査は、選挙民の多数は現議会の解散と憲法議会による置き換えを支持していることを示している。
 人々は、ラファエル・コレアに多くを期待する。彼の主張は、ほとんどのエクアドル人を説得してきた。すなわち、根本的変化が必要であり、もし大統領が明白な多数を獲得するならばそれは可能である、と。ラファエル・コレア大統領は、国の公的負債の支払いに割り当てられている税金の割合を、劇的に減額するとしている。同時に彼は社会的支出の増加を目指している。
 彼は2008年に実際に何らかの負債の支払いを延期することが出来るだろうか。彼は、国が負っている、多くの不当でいい加減な負債を拒否できるだろうか(注2)。このことはまったく不確かである。彼の考える理由は幾つもある。主たるものは、高価なオイル収入があるから、政府は、負債を支払いつつ他方で増えつつある社会的支出を何とかできるという考えである。こうして、こうした政策を満たすために政府は、石油会社が国に支払うべき費用の割合を引上げ、国内的、国際的な市場で、過去の負債を再構築するために借財することを決定した。後者の政策は推薦しがたい。というのも、エクアドルやその他の多くの発展途上国を覆っている危険性を計算に入れていないからである。すなわち、利子の高騰(新たな借財のほとんどは銀行からであり、それは変動利率方式をとっている)および市場における原油価格や他の原材料の値段の下落である。CAICがあいまいでおかしな負債を明確に認定できるようになることは、ありそうである。それでも政府は、債権者の国際的圧力、および国内経済のほとんどを支配している巨大私企業の圧力を避けるために支払うことが出来るだろうか。この避けられない討論は、2008年に行われる。ラファエル・コレアは、いんちきな負債に対して公正で主権を保持した解決を採用するであろうか。われわれはそう期待するが、しかし確定ではない。

次への期待と懸念

 ラテンアメリカ地域の統合という側面では、2007年5月に宣言された南部銀行創設はブラジルの沈黙によって延びていた。しかしながら、2007年10月9、10日、リオ・デ・ジャネイロで重要な政府代表者会議が開かれ、その間、1連の障害が取り除かれた。ブラジルとアルゼンチンが2007年5、6月に批准された1国1票ルールに固執し、それがエクアドルによって推されたのだが、会合は最終的に民主的合意に落ち着いたようだ。南部銀行、その本部はカラカス、ベネズエラの首都において2007年十1月3日に発足する。
 社会的改革への道は落とし穴に満ちている。幾人もの左翼大統領が、前任者の新自由主義と断絶するという公約で、ラテンアメリカの過去に誕生した。しかし実際にその言辞を守れたのはほとんどいない。われわれは、ラファエル・コレアがその路線を維持し、そして民主主義的政治において社会的公正を実現するであろうことを期待しよう。今まで、彼の戦略は、変革への民衆の支援を強め、元気づけてきた。また、諸制度における民主的変革への必要な条件をしつらえてきた。米国への国の独立性をさらに強め、同時にラテンアメリカの統一性を強めた。これはすでに相当なものである。
 エクアドルの情勢は、綿密に見守られなければならない。2007年10月19日の金曜日、20日の土曜日、CADTM(後掲)はブルッセルにおいて、大臣リカルド・パティノが率いるエクアドルの代表団を喜んで歓迎する。パティノは、負債の監査と、南部銀行の創設という任を負っている。代表団は負債監査について、金曜日と土曜日に、ベルギーの議員室で発言することになっている。金曜日の夕方8時に宿舎で、「コレア政府と新憲法制定会議への挑戦」と題した講演が予定されている。
*エリック・トーサンは第3世界負債解消委員会(CADTM)の代表。 

注1 アルベルト・アコスタは負債に関する数冊の著作と100におよぶ論説を出版してきた。2003年、彼はブラッセルで開かれたセミナーで、ラテン・アメリカでの現在的変動を報告した。
注2 「十字路のエクアドル」というエクアドルの負債に関する文書を見よ。テキストは、オンライン、www、cadtm、orgで、スペイン語と英語で見ることが出来る。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版10月号)
パキスタン
ラホールで社会活動家市民100名以上逮捕

                       ―当地の同志から急報
 社会活動家市民100名以上がラホールで、「パキスタン人権委員会」(HRCP)における統一行動委員会の場から逮捕された。
 その会議は、ムシャラフ将軍が発令した国に対する非常事態宣言後の情勢を討議するために召集された。警察は集会場に突入するためにホールの窓を打ち破った。そして、屋内の平和的な会合を粉砕し、参加者に外に出るよう要求した。全ての参加者は警察の車にごちゃごちゃに投げ込まれ、モデルタウン警察署に運ばれた。逮捕された人々の中には、I・A・レーマン、イクバル・ヒデル、ロビナ・サウゴル、アズラ・シャッド、カリド・メムード、メブーブ・カーン、ラジャ・サルマンが含まれている。他の多くの友人達の名前はまだ特定できない。
 筆者とブシュラ・カリクは会議に遅れた。我々が会議出席のためHRCPの事務所に到着した時、丁度警察は建物全体を封鎖し、この事務所に向かう道路を遮断した。警察は我々が会議場ホールに入ることを拒絶した。我々は状況を推し測るために1時間半ホールの外に留まった。その間我々は、会議に参加した何人かの友人達と携帯電話で連絡をつけ、彼らに外の状況を知らせた。警察部隊はさらに増強されつつあった。それはまさに人に恐怖をかき立てる作戦だった。赤色灯をつけた車両とバイクに乗った銃を携行した警察官を、HRCPホールの回り至る所に見ることができる。警察は、ホールの外で待機している全ての人々に即刻その場を離れるよう命令した。
 その間も我々は留まり続け、何人かの参加者と電話で連絡をつけた。彼らが我々に伝えたところによると、警察はホールに突入し会合を停止させ、女性達には会場から離れるよう命令し、男達には逮捕を告げ、女性の参加者達は離れることを拒否、そうして彼女達もまた男達とともに逮捕された。その後彼らは全員警察署に連行された。警察は彼らに拘留理由も期間も告げることを拒否した。
 政治活動家に対する最近の弾圧を考慮し、パキスタン労働党(LPP)書記長のファルーク・タリクは、逮捕を避けるため現在地下活動中だ。そして警察は彼を猟犬のように探し回っている。昨晩、ラホールの彼の住居に対する手入れがまたも行われた。
 なお、LPPは既に非常事態宣言を厳しく弾劾し、それに対する抵抗を誓っていることを、ここで述べておきたい。(シエド・アブドゥル・カリク、ファルーク・タリクの代理として)
*シエド・アブドゥル・カリクはLPP党員(「インターナショナル・ビューポイント」電子版11月号)
ヴェネズエラ

好機と障害―カラカスでの革命的戦闘的活動家集会

                             シュアート・パイパー

 「巨大な機会と極めて大きな危険」。これが、大統領チェベスの1人の側近が、直面しているヴェネズエラのボリバール革命の状況をまとめたものである。

討論の焦点―激化する革命の矛盾

 スターリン・ペレス(マレア・ソシャリスタ)とタリジア・メデイロス(PSOL)ハイマン・エル・トロウディは、8月に第4インターナショナルが主催したカラカスのセミナーに出席し、21世紀の社会主義への挑戦について、ヴェネズエラと他の地域に関して討論を提起した。会合は、1ダースものラテンアメリカとヨーロッパの国々からの革命家たちが加わり、同時に、ヴェネズエラの革命左翼の広がりからの多くの流れや個々人が加わった。
 それは、ミランダ・インターナショナル・センターで開かれた。そこは国がスポンサーのシンクタンクであり、2005年にチャベスのスタッフのチーフであったハイマンが、今や21世紀社会主義の調査プログラムの主任となっている。
 みんなの異なった経験、取組み方、分析にも関わらず、ほとんどのヴェネズエラ人参加者は、今日の挑戦について、ハイマンの評価に近似した見方を伴って現れた。
 労働組合指導者でマレア・ソシャリスタの編集者であるスターリン・ペレズは指摘した。新国家型電話と電力セクターにおける重大な諸問題、同じく国有石油会社、そこでは労働者たちは発言権を、いわんや支配権を与えられていず、あるいは、そこでは労働協約が更新されていない。しかし彼がまた強調したのは、登場しつつあるPSUV統合社会主義党(大統領再選後チャベスが結成を呼びかけている―訳者)における社会主義的前衛の形成のための巨大な可能性であった。
 プロイエクト・ヌエストロ・アメリカのカルロス・ランス、彼は、ALCASAアルミニウム工場で、今日まで、労働者管理のもっとも野心的経験の頂点にいたのだが、「ボリバール型の崩壊」の危険性、エネルギーの分散が「復古的反革命」に至る可能性を分析した。
 プロイエクト・ヌエストロ・アメリカから分かれたローランド・ダニスとリカルド・ナヴァロは2つの翼から、また同じく、1999年憲法に含まれる当初のボリバール構想の矛盾が沸騰点に達していると論じた。エゼクイエル・ザモラ・民族農民戦線のシモン・ウズカテグイは述べた。普通ではない二重権力の登場、それは今や左か右かどちらかに進まざるをえない、と。
 社会主義再建(第4インターナショナル・エクアドル支部)のマルガリタ・アグイナガは、フェミニストの戦闘的表現を、社会主義のためのどのようなものであれ新たなプロジェクトに対して与える豊かな可能性を示した。そして彼女は、彼女の母国とヴェネズエラにおいて直面している革命過程での異なった種類の矛盾を指摘した―草の根レベルの闘いでの女性たちによる卓越した役割、例えば、エクアドルにおける先住民運動やヴェネズエラでの隣組的運動における役割と、および他の政治的指導内部におけるはるかに周辺化された存在との間で―。
 このことは、鋭く第4インタナショナルの参加メンバーに主題としてとらえられた。特に、14人が9ラテンアメリカ諸国から参加し、9人が女性たちであり、そしてその多くが若い世代で、フェミニスト運動の政治行動に引きつけられたからである。

民衆権力―草の根の息吹

 ボリバール革命のこの瞬間の積極的可能性の現存する諸例を見いだすことは難しくない、と多くのヴェネズエラの参加者が言及した。カロアの西の町への訪問は、いわゆる「民衆権力の爆発」が共同体評議会を通してはるかに進み得ることを実感させた。こうした評議会―それをチャベスは5番目の、そして最も重要な社会主義への移行の動力であるとと呼んでいる―は、200あるいはそれ以上の家族の集まった民衆権力の地域的母体である。それらは、チャベスの昨年10月の再選以降、国中の数千もの共同体に芽を出し繁茂した。多くの場合、それらの討論と力量の範囲は、いぜんとして、きわめて即時的、そして地域的決定に限定されている。彼らは、もっとも必要なことについて合意し、それらへの手法を決め、その実行を監督する。こうした計画は、普通は中央政府によって、おおよそそれぞれ1万―1万5千ドルが予算化されるのである。こうして、共同体評議会は、現存する地方政権の力を必ずしも大幅に減退させるわけではない。
 今ヴェネズエラで論議されている改憲論議は、これらの共同体評議会にさらなる強い力を与えることになり、地方税の5%が与えられることが含まれる。しかし、カロラ地方政府ははるかに進み、資本投下予算の100%に対する支配を、参加型予算を通して住民権力に渡すとしている。
 カロラは、これまで、わずかの例外である―依然として未だ優勢なブルジョア的州を置換え、新しいある種の「共有された」州を建設することに密接に関わっている2、3の州の1つ―。しかし、それがすべてではない。市長が相当に戦闘的な若い女性のラ・ヴィクトリアという工業地域への訪問は、すべての古い地方的社会サービス機構とそれらの予算が市役所から共同体評議会にいかに移され、それが地域の共同委員会のネットワークのコントロールのもとに据えられているかを示した。

革命内部の危険な徴候

 しかし、ちょうどマラケイで道路を半時間を下った時、ハイマン・エル・トロウディと他のものが言及した種類の危険を、まさに簡単に味わったのだ。9ヶ月にわたる占拠の後、サニタリオス・デ・マラカイの浴室装備工場の模範的な労働者管理の経験は、、クーデターのように見える何かによって倒されたのだ。
 原材料の貧窮、当然の顧客からの絶縁、そして銀行借財の責任を負わされ、労働者のあるものは確信を失い始めた。労働省は、占拠の終了と不在所有者への返還と引き替えに未払賃金の支払を含む取引きを持ち掛けた―そして、占拠に決して協力しなかったホワイトカラー管理者たちとの突然の会合を仕掛けることと、占拠を率いてきた工場評議会を彼らが放り出すことを手助けした―。
 これは、生まれ出た労働者の共同性や統制性のもっとも急進的な経験に直面したボリバール政府の1部による、良く言っても無関心、悪く言えば手ひどいサボタージュとして現れた、もっとも新たで劇的な例である。
 1ヶ月前、先のサニタリオスの労働者たちは、アポレア創立の合同祝典のためにカロラを訪ねた。それは、ボリバール革命での左翼の事実上の家となったニュース報道サイトだ。カラカス・セミナーにおいて、ゴンザロ・ゴメズはアポレアの創立者であり、マレア・クラシスタ・イ・ソシャリスタの編集者の1人でもあるが、これを正確に闘争の複合した状況と指摘した。またそこには、前進する過程のための最大の機会があると。
 しかし、不愉快なことだが、ボリビアの指導者の中には、労働大臣として、自称トロツキストのジョゼ・ラモンがおり、彼はこうした機会を望んではいないのだ。
 われわれの会合において、ヴェネズエラの参加者たちは、デリケートな状況を指摘し、ボリバール革命の国際的支持者が、現存の成果を、そして非常な潜在的可能性を秘めて進みつつある新たな闘いを防衛し、精力的に支援する必要性を指摘した。他方で、より明確に、革命を内部から危険におとしめる悪習や危険性に対抗する必要性をも。
*筆者は第4インターナショナルのヴェネズエラや他のラテンアメリカ地域の通信員。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版9月号)

 
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