2008年3月10日        労働者の力             第 216号

左翼勢力の歴史的再生に向けて
―参院での与野党逆転が突出すもの―

川端 康夫

 
 安倍のウルトラ保守政治への志向が参院選の敗北で挫折し、登場した福田は、大連立や野党との協議をとなえつつも、終局的には衆院三分の二体制依存型へと傾斜しつつある。総選挙は洞爺湖サミットの後とされ、国会は与野党緊迫の状況を持続するであろう。
 こうした政治状況を生みだしている要因はさまざまあるだろうが、端的に言えば、基本的には自民党体制の分解である。というよりも、20年にわたる55年体制の解体期の結論が近づいているということに他ならない。55年体制の崩壊という歴史において、何よりも社会党・社民党の衰退が先行し、共産党の低迷、そして新左翼潮流の行き詰まりが全面化した。それと同様のことが自民党体制にも及んでいるのである。地方都市部での中心街のシャッター通り化、ガラガラ状況はすでに指摘することでもないが、郵便関係者の抵抗を押し切った小泉の衆院選挙での圧勝も、自民党支持層を掘り起こした勝利ということではなく、都市部に拡大する欲求不満の若年層のなんらかの感覚をくすぐった結果によるもので、自民党体制を強めるということとは遠い話であった。象徴であったホリエモンの没落は、小泉的な「都市バブル」政治が、あっというまに終わったことを示したのである。

 アメリカ帝国主義の統制力の動揺

 ブッシュのネオコン主義の破綻は深い。イラク問題は解決の見通しがつかず、アフガンの混迷はさらに深刻である。ネオコン派はブッシュ政権の中枢を去り、イラク問題などの「処理」はこの秋の次期大統領選以降の新政権の課題となっている。この20年、巨大資本の新自由主義が荒れ狂った世界において、ネオコンの破綻はアメリカ的世界秩序の枠組みを相当に揺るがすものとなった。中国やインドの台頭にはじまり、南米諸国におけるアメリカ離れの進行、そしてEUの拡大など、世界は明確に多極化に入り始めている。
 民主党小沢の国際路線は、アメリカ離れの「国連」主義であり、他方の福田はいろいろと言いつつも、やはりアメリカ中心主義である。小沢の国連主義には、いろいろときわどいところも出てくるが、少なくともネオコン主義的なアメリカの独善的行動を支持するということはない。
 日本の大資本は、とりわけアメリカへの輸出ということを企業力の基軸にしてきたものが多いだけに、政治的にはアメリカ中心主義になる傾向にあった。しかし、その対応能力には深刻な弱さが拭えないとしても、最近の世界の多極化趨勢への対応を迫られることも多くなってきている。アメリカへの単一的依存という国際関係の変化は避けられない時代に入った。

 秩序ある「資本主義」への圧力

 こうして、アメリカの主導力の相対化が顕在化しつつある今日それは、いわゆるアメリカ型社会とは異なった社会を求める動きを世界的に強めることにもつながっている。まず第一は、グローバリゼーション推進の世界機構であったWTOの1999年シアトル会議の粉砕以降の実質上の機能停止である。ブラジル、インド、中国などの「第三世界」大国の抵抗が先進資本主義諸国の新自由主義的グローバリゼーションへの妨げとなってきた。第二は、EUなどに顕在化し始めている新自由主義そのものへの抵抗である。イギリスのサッチャーに始まる新自由主義の資本攻勢は、社会構造を大きく変化させ、社会の不安定化への要素を拡大してきた。イギリスの炭鉱労働者、アメリカの航空管制官など、大労働争議の敗北が持続したが、10年ほど前から、とりわけEUでの労働運動の回復が始まり、それはEU憲法の採択をフランスとオランダで否決するまでに勢いを強めた。アメリカ社会の真実を暴露したニューオーリンズのハリケーン大災害や最近の住宅ローン問題の深刻さ、そうした社会を形成するアメリカ資本主義への拒否感が拡大しているのである。EUにおいては、要するに、EUの将来において、新自由主義的方向性を必要とするのか否かが大問題となっているのだ。
 社会民主義の政党が、そのほとんどが新自由主義に飲み込まれてきたEUにおいて、新自由主義への対案はいかなる形で、いかにして出されてくるのか、今や政治の大問題なのである。
 日本においても、自民党内閣が進めてきた新自由主義路線は、社会的構造の変化に大きく関与した。バブル崩壊後の経済の低成長化において、次々に打ち出された「労働の自由化」は給与水準を悪化させ、賃金格差を圧倒的に拡大し、若年層の経済的不安定性を増大させてきた。いわゆる、低賃金での非正規労働者たちである。こうした層は、小泉バブルのように不安定に動きはするが、社会的な構造不安定化に結びつく。自公体制は国際的、国内的に、以上のような状況に投げ込まれているのである。

 強制された二大政党化の下で

 社会構造の不安定化と自民党体制の後退の中で、日本民衆は「二大政党」時代を迎えた。この二大政党化は、人々が新自由主義に絡め取られつつも、社会構造の不安定化に直撃されている現実を反映したものであり、同時に、約20年前に強行された選挙制度改悪、小選挙区制度のもとで、民衆にとっては、いわば「強制された」過程のものでもある。新自由主義がはびこる中での社会構造の不安定化、という前提がある以上、この二大政党化時代が「安定的」であるわけはない。民主党は、内部的には右から左までの寄せ集まりであり、しかも新自由主義やグローバリゼーションを支持する流れも相当に大きい。常に、政党再編や保守正統派への合流などの傾向をもつまったくの不安定な政党であり、保守とも革新とも規定できない、政策不明の「リベラル」な政党である。小沢の国連主義は、国連の正統な決議があれば、軍隊を国外にだしても良いという判断がちらついている。都市リベラル的印象を意識的に振りまきつつも、多くの民主党員は松下政経塾出身者が多く、それらは相当程度の右翼政治を実現している。要するに彼らは、「リベラル」を売り物にしているのである。こういう政党が民衆のための未来を築く方向を向くというようなことは考えられない。が、日本民衆はそうした状況を甘受することを強制されているのである。
 だが、労働組合にかつての強さがなく、選挙制度という制度的強制が存在する以上、少数派政党は、議会的には退却を強要される。もちろん、参議院の存在や、衆院においても比例代表という枠組みがあるから、存在はいまだに許されているが、極めて危機的状況に直面していることは否定できない。社民党は党体制安定化のめどが立たず、共産党は全選挙区立候補の建前を止めた。中身はさまざまとなろうが、当座はリベラルを求める民衆の中に分け入り、自民党体制を打倒する中で次を模索するということになるのであろうか。
 要するに、日本における革新政党の旧来の時期は終わったのであり、あらたな21世紀の革新政党が求められているのである。

 20世紀社会主義(一国社会主義)の敗北と21世紀の社会主義

 スタグフレーション(70年代)として実体化を見た制度化した改良的一国内労資取引き枠組の行き詰りとソ連・東欧圏の社会主義の崩壊後、突き進む大資本の攻勢に対して、社会民主主義政党は基本的な対案を持てず、「透明な」市場を舞台とした市民「個人」の反官僚主義的「解放」をいわば隠れ蓑に、新自由主義理論に乗っ取られる形で事態の進行に対応してきた。日本の場合は、「東西対立」の解体と共に進行した社会党・社民党の解体過程と民主党への流入である。EUにおいても、イギリス労働党、フランス社会党、ドイツ社民党、イタリアの民主党ときりがない。諸国の共産党は引裂かれ、その大勢は、特に既成の制度内に位置を占めている主要部分は、社会民主主義諸政党の後を追った。
 「対案不在」は社会民主主義政党にとっては別に歴史的に新たな事態ということではないが、この20年においては、こうした社会民主義的政党が、新自由主義の路線を率先するということになってきたことが大きなことである。ヨーロッパにおいては、対案は急進左翼が提出する以外にないという事態が進行した。ほぼ10年前のケルンサミットに抗するヨーロッパ大行進は、いわば新自由主義に煽られたヨーロッパ世界に対する大きな抗議運動の始まりとなった。韓国の労働者たちの内で、非北派が大きく登場し始めたのも、この大行進参加が契機である。こうした運動は、基本的にはレーニン主義的な組織的枠組みを越えるところから始まる運動体によって支えられた。そうした枠組みの先頭を走ったのが、第四インターナショナルのフランス支部である。フランス支部は、一方ではアタックのトービン税運動(国際資本取り引きからの税金の取り立てを行い、それを低開発国へ提供するという運動、国際資本取り引きは現在は無税)を支え、拡大し、他方では既成労組運動の外部に独立労組運動を組織し、拡大した。これらの運動は国際的に拡大し、とりわけラテンアメリカの運動と結合し、世界社会フォーラムへと結実した。そこでの共有語が「もう一つの世界は可能だ」である。トービン税問題は、EUでは公式の議題となっている。
 第四インターナショナルは先の第15回世界大会で、自らのインターナショナル組織の解散を前提にした新たなインターナショナルの建設を21世紀における新たな任務として設定した。そうして、すでに第四インターナショナルは、創立者のトロツキーが定めたレーニン主義的組織、すなわち、世界革命の司令部という位置づけを正式に放棄し、全世界の闘う民衆の自主性の共同とすることを目的にしたのである。もちろん、その目的は社会主義、である。この「社会主義」は、20世紀社会主義の敗北によって、なかなかそのリアルな存在を提出できないでいるが、大資本がその新自由主義の嵐をグローバリゼーションとして吹き荒らしている中で、ラテンアメリカ諸国での闘いを先頭に、積極的姿を現し始めているのである。

 日本の左翼運動、社会主義運動の再生に向けて

 WTO問題、気候変動問題、国際金融資本問題など、グローバリゼーション下での国際資本主義が抱える問題は山積している。巨大資本の暴走には、「節度ある資本主義」への民衆の圧力が対置される。こうした「節度ある資本主義」が可能かどうかは別として、民衆要求には切実さが加わっている。そして、社会的に蓄積する構造的矛盾は、利潤追求を極限まで追い求める大資本への圧力として表現されざるをえない。保守政党、社会民主主義政党は、こうした21世紀型資本主義への統御力を基本的に持ち合わせてはいない。
 アメリカ社会と同じものを要求する経営者たちを統御するために必要なことは何か。これが課題の中心である。そのためには、労働運動の国際協力の拡大、強化が必要であり、そうした努力は、環境や人権などあらゆる分野に拡大していかなければならない。20世紀の一国社会主義の終焉は、まさに事実によって明らかにされている。
 日本における主要な問題は、低賃金労働の横行である。マクドナルド店長裁判が示したような、生命の危機を導く重労働が横行し、同時に雇用の不安定化が常態化している。こうしたことが生み出す社会的不安定性を拾い上げていく役割は、実のところ、独立的労働組合に委ねられてしまっているといって過言ではない。大労組の過半は企業との一体化に走り、極端をいえば、労務陣営の一翼となってしまっている。日経連が解散した理由はここに明かである。労働組合が会社戦略の一翼として自らを積極的に位置づけたのである。
 社会格差の拡大と称される社会状況は、年収200万円家計の増大を伴っている。一人ではない、家族である。ある説によれば、日本の労賃は、アジア経済との混合の中で、最低ラインへと引き下げられていく流れにあるという。経団連が、賃金構造をいくつもに分割した狙いもそうであると。
 こうした状況の打開のためには、打開のための社会的共同性、政党化運動が必要である。社会的共同性が欠けがちな末端部は、財政的にも、人材的にも孤独的な作業に陥りやすい。打開は全国的な政治的・組織的作業の展開によって、はじめて可能となる。民主党はこうした作業を担うような政党としての機能を準備してはいない。純粋な議会主義政党である。そうであればこそ、社民党や共産党に対しては、民衆に対して開かれた政党となり、また全面的に統一戦線を駆使する新たな政党としての飛躍を目指せとの圧力が、社会内部に客観的に蓄えられるはずだ。
 この中で社民党は、左翼勢力の連合体という性格によって、組織構造のがたつきが持続し、党組織機構の排外的な硬直化が進行してきた。そうした排外的傾向の極は、左派分子として党を飛び出した協会派左派の新社会党の多数傾向である。マルクス主義前衛主義の流れを維持し、前衛党の建設をめざすとするこの新党は、社民党の無活動化への反発への支持層もあったが、民衆に対して開かれたというものではなかったし、統一戦線を駆使するという点では、一部を除き熱意を示すものではなかった。各種の選挙での成果もほとんどない。失敗であろう。社民党本体も、一部議員の大衆との接点の維持という努力と党組織の硬直性の差は埋まらずにいる。先の党の役員選考での内輪もめは、それを再び明らかにした。
 一方共産党は、この数十年、大きく内部が変化してきていると伝えられる。現在は、不破体制から志位体制への移行期といわれ、建前的だが、綱領・規約の大幅な更なる変化が内的には進行しつつあるという(「先駆」3月号、牧梶郎論文)。それが党改革にまで至るには、「反党分子とは同席せず」の取り払い、「民主集中性」と「分派禁止」の廃棄が鍵となるのである、と牧氏は言う。牧氏は現役党員である。いずれにしろ社民党も共産党も、民衆に開かれた党としての再生を、自身の現実からも要求されているのだ。
 われわれは、社共両党を合わせれば公明党を越える得票があるという現実に注目する。そして、無所属であった時期の辻元清美議員の参院大阪での大得票、さらには今回参議院選の東京選挙区における川田龍平候補の当選という現象にも注目する。辻元を支え、川田を押し上げたような社会的エネルギーはいまだに健在なのだ。21世紀における民衆の反資本主義政党へのエネルギーを展望するに当って、われわれはこうした事実を軽視すべきではなく、むしろそれらは、意識的に今後に向けた現実の出発点とされるべきだろう。そしてそれらのエネルギーはまた、社・共両党を含めた左翼総体に対して、自身にどう向き合うのかを問いかけている。
 55年体制は終わったと言われて20年、いよいよ本格的な終わりとしなければならない時である。これから産まれる左翼は、東アジアの国際主義的結合性を持った反資本主義左翼の一翼である。われわれもまた、そうした新たな左翼運動の一翼を担い、そうして世界各地で挑戦が始まっている、新たな国際組織への闘いを日本でも作り出さなければならない。(3月6日)
米軍兵士による女性の尊厳破壊糾弾
沖縄県民大会の成功をかちとろう!被害者の尊厳回復を!

 沖縄署は2月13日、中学3年の女子生徒に暴行したとして、在沖縄米海兵隊員を逮捕した。またも繰り返された犯罪に沖縄では連日の抗議が続いてきた。県と全市町村議会で抗議決議があげられ、市民・住民団体は県民大会の開催を準備してきた。事態はいま沖縄を大きく揺るがしており、3月23日の県民大会をめぐり岐路にさしかかっている。
 米軍司令官と米国総領事は逮捕の翌日、沖縄県知事に謝罪し「再発防止」を表明した。在日米軍は「反省の日」を設定したり、沖縄や岩国で外出禁止措置をとった。だが米兵による犯罪はその後も続発しており、紙幣偽造や覚醒剤使用にも及んでいる。
 日本政府も米国に防止策を求めたが、その内容は沖縄が求めるものではない。福田首相の「他人事」のような発言は、米軍への怒りを沖縄と共有するものではない。沖縄から政府への疑念や不信が吹き出したのは当然のことだ。
 各地の地方議会での抗議意見書採択が一定程度続いている。しかし沖縄の怒りとは対照的に、この間、全国的に抗議の渦がまきおこっているという状況にはない。そのことを反省をこめて自覚せざるをえない。それどころか、一部のメディアやインターネットを通して被害者を非難、批判する主張がなされてきた。テレビも著名な評論家たちの同様の主張を放映していた。
 琉球新報は「それでも少女に非はない」と題する社説を掲載し、このような風潮に警鐘を鳴らした。「恐れていたことが現実になっている」「加害責任を問うどころか、まず被害者を非難する。これでは本末転倒だ」(2月18日)。
 被害者はその後、告訴を取り下げた。那覇地検は2月29日、逮捕していた二等軍曹を不起訴処分として釈放した。「また被害者を守れなかった」。地元紙は次のように伝えた。「日米両政府は安保体制のほころびに危機感をあらわにし、一部メディアは好奇の目を向けた。あまりにも大きな負担を背負った被害者から、届いたのは『そっとしておいてほしい』という言葉だった。天を仰ぐ那覇地検の検事正。首長や市民団体は、支援が徹底できなかった痛恨を語った」(3月1日、沖縄タイムス)。
 自民党は28日、県民大会の不参加を決定している。「野党主導」の大会には参加できないというわけだ。公明党も不参加になり、県知事も見送るだろうと見られている。県民大会の準備会は1日に話し合いをもった。「米軍基地が集中する沖縄で米兵による事件が起こり続ける構造に変わりはない」として、3日、正式な準備会で改めて大会開催を確認するとした。そして大会開催は、3日正式に決定された。
 被害者の尊厳の回復と彼女が守られることを示す道は、この大会の成功をおいて他にない。米軍の顔色をうかがう政府、与党が被害者を二重に傷つけている今、民衆こそが、彼女を守ろうとすることを身をもって示さなければならない。この大会の成功に向け、あらゆる形で連帯を示そう。そして、米軍の行動を大幅に制限する日米地位協定の改訂に向け広範な圧力を作り出し、沖縄からの米軍撤収につなげる道を切開こう。(H)  
 ワールド・ピース・ナウ
3・22
港区芝公園23号地/13時より
14時半パレード出発→アメリカ大使館
JR採用差別「怒りの2・15中央集会」
    実質の救済、改めて課題に

 2月15日午後6時半から東京の中野ゼロ小ホールを会場に、「首切り通告から21年、怒りの2・15中央集会」が、当該、支援の労働者、市民700名結集の下開催され、年度末に向け、政府・鉄道運輸機構に解決を決断させるためにさらに力を振り絞る決意を確認した。主催は四者(国労闘争団全国連絡会議、鉄建公団訴訟原告団、鉄道運輸機構訴訟原告団、全動労鉄道運輸機構訴訟原告団)四団体(国労、建交労、国鉄闘争支援中央共闘会議、国鉄闘争に勝利する共闘会議)。

解決への足掛かり、そして今後

 昨年11月30日の7000人集会で提起されたように、当該、支援の労働者は、解決に向けた交渉テーブル設置を政府・鉄道運輸機構に迫ると共に、解決に向けた社会的圧力を作り出すべく、この間精力的に大衆行動を重ねてきた。当日も当該は、日中の東京総行動を共に担った上での結集。統一的闘いの態勢整備が進む形で展開されたこれらの闘いを反映しつつ、当集会に先立つ1月23日東京地裁は、全動労鉄道運輸機構訴訟において、組合所属を理由とした不公平な取り扱いがあったと認め、「精神的打撃」に対する損害賠償を命じる判決を下していた。この判決を今後にどう活かすか、これもまた今回の集会のテーマであったことは間違いない。
 このような背景の中集会は、佐藤陵一建交労委員長と二瓶久勝国鉄闘争に勝利する共闘会議議長の主催者挨拶で始まった。佐藤氏は先の全動労訴訟判決を紹介しながら、四党合意の二の舞はしないと、解決への意気込みを語った。二瓶氏は、早期の解決が何としても求められているとしつつ、雇用、年金、解決金を解決の三本柱と指摘し、この線から後退しないとした上で、当事者のさらに前に出た行動の必要性を力説した。
 この挨拶を受け、現在進行中の五件の訴訟を担当する弁護団が各々の観点を提起。
 全動労訴訟の加藤健次弁護士は、先の判決について、難波判決の流れを維持できたと報告した上で、この流れを政治解決に一気につなげようと主張。3月13日に判決日を迎える鉄道運輸機構訴訟の萱野一樹弁護士は、何としても勝利判決を勝ち取り、東京地裁労働部全体としての判断を確定させたいと決意表明。鉄建公団訴訟の加藤晋介弁護士は、裁判所は解決しなければならないとの流れにある、と控訴審の現状を紹介した上で、不当労働行為を暴く鍵として、JR東海の葛西会長を次回法廷の証人に採用させたと報告。国鉄改革法23条が作り出している問題(同条を楯に、国鉄による採用候補者名簿記載とJR設立委員会による採用決定を形式的に切り離した上で、不採用の実質救済を回避)に切り込む意欲を明らかにした。

改革法23条との闘い

 次いで記念講演に登壇した龍谷大学法科大学院の萬井隆令(よろい・たかよし)教授は、全動労判決を具体的に分析しつつ、国鉄が不当労働行為を行ったとの流れはできたと評価しつつも、その損害を「精神的打撃」に留めている点を批判。その上で、国鉄からJRへの事業継承の性格とそこでの要員採用実態に踏み込みつつ、最高裁判断の枠内でも、不当労働行為=原状回復に準ずる救済、を追求する法的道筋があると重要な問題提起を行い、政治解決につながる今後の運動に期待したいと発言を結んだ。
 その後、東京管理職ユニオンの安部誠副委員長が闘う仲間としてのアピール。マクドナルドの闘いを紹介し、「偽装管理職」という不払い労働の蔓延に対する反撃を報告、労働者の権利回復を訴えた。
 裁判所を舞台に解決に向けた圧力は一定程度生まれている。しかし、政府・国土交通省は解決への意思を未だ見せていない。そして裁判所においても見てきたように、国鉄改革法23条の壁が立ちはだかっている。闘いの先行きは依然予断を許さないことに変わりない。解決責任から政府を逃さないことを運動として明確にしつつ、この状況を突破することが切実に求められている。新自由主義の暴虐が隠せないものとなり、このような現実を生み出した「構造改革」政策に対する人々の不信の広まりが明らかになっている今、そのような人々の不信との具体的なつながりが、運動においても、また法廷での闘いにおいても一つの鍵となるのではないだろうか。政府のアキレス建もおそらくそこにある。その点で、本集会での東京管理職ユニオンの存在をエピソードに終わらせてはならないと思われる。(K)

ルモンド、ブザンスノーを語る
       
シルビア・ザッピ   

 彼は至るところにいるかのように見える。オリビエ・ブザンスノーは政治の舞台で名声を手にしている。それは今、彼の最も野心的な夢をも超えている。

高まる人気

 「彼が素敵でないと思うのか」と語りながら、アラン・クリビーヌがこの彼の子飼いを未来の大統領候補として押し出した時からは、これは大きくかけ離れた状況だ。6年後、この丸ぽちゃの小さなチンチン顔は、左翼の舞台上、地上波やITのテレビスクリーン上、ラジオ、そしてパリジャン紙のコラムの中など、今や至るところにある。彼は、パリ18区のビストロ(小レストラン―訳者)の止まり木に腰をかけ、チェ・ゲバラの写真ポスターの下でポーズを取りながら、パリス・マッチ紙で二面ぶち抜きの最高の扱いを受けてさえいる。そして、若者から大きな支持を受けている風刺番組、「グローラン」の一団が、パリのムーチャリテ・ホールで11月22日に開催された彼の集会に向け最高の賛辞を送った。
 世論調査は彼を、セゴレーヌ・ロワイヤル(社会党大統領候補―訳者)とベトラン・ドゥラノエ(社会党員パリ市長)の直ぐ後に置いているが、これは今や、メディア上に現れたこの急速な突破に見合ういつものこととなった。この若い郵便労働者に好感度40%という数字を最初につけた世論調査はBVAであり、それはパリ市長に僅かに後れるものだった。そして同様な結果が、その後Ipsos、最後にSofresと続いた。33才のオリビエ・ブザンスノーは今や、社会党(PS)の大立者と互角に競争し、左翼の中では主要な位置を占めている。それは、崩壊に陥った左翼の直中でLCRは社会主義のための唯一の指針となった、という彼の党である革命的共産主義者同盟(LCR)の主張の正しさを示すように見えるかもしれない。
 彼の集会では、彼の教師であったアラン・クリビーヌやフランソワ・サバドは今、彼のサクセスストーリーを大いに喜んでいる見物人として第二列に下がっている。彼が彼らの脚本を繰り返す者としてあった時はそう昔のことではない。この若い指導者が聴衆を前に、PSを対立の位置に置きつつ、聴衆が「屈服しない左翼」であることを望むと力説し、PSがもはや「どこにもいず」、彼らは「デモでプラカードをもつという習慣を学び直す」ことを今後迫られると主張するのを聞きながら、先の彼の教師達は、「彼は最高だ」と繰り返し続けている。「同盟」をこれまではただ政治の欄外でしか理解することのなかった人々でさえも、今や先の事態の中に喜びを感じることができている。

「左翼」の体現者

 大統領候補にクリビーヌを30年担いだ後、これらの古参のメンバーは、「ジェネレーションギャップ」を確認した上で、アルレット(ラギエ・アルレット、リュット・ウーブリエールの候補者)の人気と競争できる可能性を望むならばかけに打って出なけれならないだろう、と決断した。彼らが2002年に得た結果(得票率4・27%)、そして特に2007年5月の大統領選の得票率、4・08%(共産党候補ビュッフェ並びにラギエが獲得した票の二倍)は、彼ら全員の予測を上回っていた。そしてその結果はブザンスノーを、急進左翼の首位に疑問の余地なく置くことになった。
 過去数ヶ月を通じて彼らはもっと先の段階に進んだ。余りに功利主義に傾き、右翼と自身の間に鮮明な分水嶺をいかに引くかがもはや分からなくなっている社会党と、彼らは直接競争する位置を作り出すに至ったのだ。「PSはどんな代わりとなるものをも示していない。彼らは、ブザンスノーが今埋めている真空を残した」と、パリの政治科学大学研究所の研究教授であるヴィンセント・ティベルは語っている。この現象は、大統領選挙後より明確となった。「ラ・ジャーナル・ドュ・ディマーシュ」紙が委託し11月2日号に掲載されたIFOPの世論調査は、回答者の7%が今ならばブザンスノーに投票する意思があることを示している。支持のこの上昇は特に直接部門の労働者(12%)と間接部門の労働者(11%)で強い。IFOP主任のジェローム・フォルケの分析によれば、「PSは、党をサルコジに対抗させ得るどのような方針も指導者も欠いているように見える。左翼の中では、ただ郵便労働者(つまりブザンスノー)だけが反対派として留まっている」。
 ブザンスノーは一人の闘士であり続けている。そして、夏の休暇時期の終了後彼は、労働者階級の闘争が採用した方向に可能な限り密接に従おうとしてきた。バンケ通りのホームレスの中であれ、郵便サービス利用者支援のデモにおいてであれ、EPR原発反対の行動の場であれ、彼はあらゆる場にいる。彼は、テレビスタジオで語る機会を得た時は常に、直前に彼が出会った「闘争中の労働者」の実例に触れる。プレイテックス、ヨプレ、ネッスル、シトロエン、あるいはウェルなど、限界まで押しやられた労働者の怒りと要求を、彼は伝えている。フランス国鉄でストライキが勃発している。ストライキが始まる前日、確固として立ち上がるよう労働者に訴えるために駅に急ぎながら、彼は、鉄道労働者に支援を提供するために人々の前に公然と登場した最初の一人だった。鉄道労働者は彼を彼らの仲間の一人であるかのように受け入れた。パリの大規模なデモ行進で彼は喝采を受けた。「手を伸ばせ、オリビエ。お前は一人じゃないぞ」と。複数の労働組合の掲示板には、彼のインタビュー記事が今もピン止めされていた。パリ18区の彼の友人、東駅転轍手バシル・ポットは、「彼はとうに人気者だったが、ここではまさに光り輝いていた」と語る。「彼の直截な話に人々が共鳴する可能性があればあるほど、PSには自身を政治的に表現するやり方により多くの困惑が生まれている」。こう語るのは、様々なSUD労組(戦闘的な、組合員大衆に基礎を置く労組運動であり、過去20年間を通じて成長してきた)を集めている労組集団、「連帯」のスポークスパーソン、アニック・クッペだ。共産党下院議員、パトリック・ブラウゼは、「左には空のまま残されている政治的空間がある、ということを理解するだけの知性が彼にはある」と、渋々ながらも認めている。

新しい世代への新しい働きかけ

 2001年この方、このLCRの若い指導者は、彼が他とは違うことを示すことができてきた。そこには場に合うスタイルがある。つまり、彼がいつも身に着けている黒ずんだジーンと黒いティーシャツ、繊細に磨き抜かれたスローガンを伴った単純で力強い話し方、そして、名士のスーツとネクタイと対比させる形で彼が力説することだが、「他のみんなのようなまさにもう一人の賃金労働者」としての彼の姿勢がそれだ。彼は喜んでチェ・ゲバラに対する敬愛を明かすが、まさにそれと同じほど、ラッパーのジョイ・スターとの交友を喜んでばらす。「政治の舞台では彼は別の惑星からきたような印象を与える」と、LCR中央委員のレオン・クレミューは笑いながら語る。
 そのスタイルは左翼にあっては外れているかもしれない。しかし若い世代はそこに喜びを感じている。研究者のヴィンセント・ティベルは、「エコロジーや反グローバリゼーションのような新しい主張を舞台に引き入れることによって、彼は、初めて投票する有権者の中に基盤を築き上げることができた」と強調する。1977年から1982年の間に生まれた世代の中で、確かにブザンスノーの得票は12%に達した。
 ブザンスノーは、彼の「プロレタリア」と若さにあふれた適所を舞台に活動を続けている。彼が人々に与えるイメージには彼の全チームが注意を払っている。インタビューのために彼が選ぶ媒体は、「メトロ」や「20分」のようなフリーペイパーと「パリジャン」紙だ。さらに彼は、より一般的な視聴者向けの大メディアよりもむしろ、「民衆のラジオ局」、RMC・Infoの問いに答える方を好んでいる。「多数の労働者にとってこれらは唯一の情報源だ。それは政治的交信のための我々の手段となっている」、正当化としてレオン・クレミューはこのように語る。そこには、「大きな住宅団地の若者達に手を届かせるために」、遠く離れた地区に基礎を置くラジオ局も含まれている。
*ブザンスノーに関する「ルモンド」紙記事をジョナサン・ウォーカーが英訳。
*筆者は「ルモンド」紙編集部のジャーナリスト。彼女はフランスで起きた1987年の学生ストライキの指導者であり、1993年以来「ルモンド」紙に定期的に書いている。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版12月号)
注)中見出しは本紙編集部による。
LCRの論争に広範な関心
―大会に出席して―

              
フランソワ・デュバル
 17回LCR大会へのフランス国内からの、及び国際的な来賓の数と広がりは、我々の現在の論争に対する関心を示した。
 フランス国内からは、実際に出席するか挨拶を送る形をとって、極めて数多くの政治部門、労働部門、自発的市民活動分野の諸組織と人物がLCRの招待に応じた。その中には以下の労働者諸組織があった。すなわち、CGT、CFDT、連帯労組、職場全国連合(CNT)、CGT失業者全国共闘、A・モスコニ(コルシカ労働者組合)。それらと並んでさらに、人権同盟、公共サービス防衛共闘、エイデス(エイズ連合)、フランス共産党(PCF)、アルタナティフス、ゴーシュ・レヴォルショナレ(革命的左翼)、リュット・ウーヴリエール(労働者の闘争、LO)、アルタナティヴ・リベルターレ、LOエティンセレ派、緑の党、マルス共和派左派、社会的共和国のために(PRS)、統一反自由主義共闘、新自由主義の指令に対する対案を追求するコルシカの運動、そしてリガルズ誌。
 国際的な来賓の中では、以下の諸組織の存在にも留意したい。すなわち、左翼ブロック(ポルトガル)、エスパシオ・アルタナティヴォ(スパニッシュ・ステート)、OKDE―スパルタコス(第四インターナショナルギリシャ支部)、シナピスモス(ギリシャ)、NAR(ギリシャ新左翼潮流)、ソリダリティー(スイス)、社会主義と反資本主義左翼のための運動(スイス)、ドイツからはRSBとISL、イギリスからはSWPと社会党、LCR―SAP(ベルギー)、キューバ共産党、RCG(第四インターナショナルレバノン支部)、レバノン共産党、そしてパレスチナ解放人民戦線。
 最後に以下のことを付け加えたい。すなわち、大会最終議題の討論に際して、イタリアの下院議員、サルバトーレ・カンナボが、イタリア政治の危機、中道左派の失敗に関する概要を説明し、シニストラ・クリニカ(批判的左翼)が今遂行中の歩みを明らかにしたことだ。そこで彼は、新たな反資本主義の党に向けたLCRの構想との一致を強調して彼の議論を終えた。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版2月号)
フランス  LCR(革命的共産主義者同盟)

      反資本主義新党を呼びかける

反資本主義新党に向けた挨拶
    革命的共産主義者同盟のアピール

 
 この呼びかけは、LCR全国大会で圧倒的多数で承認された。それは、形成されるべきものとして今LCRが呼びかけ中の、新たな反資本主義の党を形成する過程の具体的始まりを記している。来るべき日々あらゆるところで、わが支部はその進展を引き受けるだろう。そこへの参加を望む人々は、LCRの地区委員会か支部、あるいはEメイルサイトに連絡戴きたい。
 2007年5月6日、政権奪取最優先の左翼(2002年まで政権にあった社会党、緑の党、共産党―訳者)の敗北は最悪の反動的右翼のために道を開いた。それは経営者と100万長者の友であるサルコジに体現されている。彼らが今取り掛かっている社会的戦争は日常的な暴力と抑圧を意味している。その権力は、資本主義的グローバリゼーションの重要部分であり、全世界の労働者を互いに競争させ、労働者全部からより多くを搾取するために力を振り絞っている。世界の支配者達はこの間、利潤を求める常軌を逸した競争に乗り出してきた。それは地球を破壊し略奪し、我々の生き残りそのものを脅かしている。このシステムは、日々の基盤において危機を生み出し、人々が常に犠牲を負っている。帝国主義戦争は、社会的なまた環境に対する戦争を伴っている。
 政権奪取最優先の左翼の政策は、それが利潤の論理に、また競争と公共サービスに対する挑戦の論理に従うものであるが故に、無力である。民衆多数に対する矢継ぎ早の攻撃を遂行するために、サルコジは国家権力を手にし、経営者はMedef(フランスの経営者団体)を手にしている。その時我々は、政治の分野で人々の期待を引き受けるために、効果ある手段として何を呼びかけることができるだろうか。異なったやり方の富の配分を確実にする結集を築き上げるために、我々はどのような手段をもつべきだろうか。
 攻撃を押し返すことが差し迫って求められている。近年、不満と反乱と抵抗への新たな参加が前面に登場してきた。広範な決起、賃金労働者や教育過程にあるそして貧しい居住区の若者達の諸闘争、「もたざる」者達の諸闘争、等々の中に希望がある。しかし、労働組合運動が階級闘争と社会的挑戦の運動から労使協調主義の運動に明渡された条件の下で、それらの闘いは余りにしばしば袋小路の中で終わりを迎えている。
 現にある権力を後退に追い込み力関係を変えることのできる、そのような諸闘争の結集を促進するための道具が、深刻に必要とされている。同時にまたもう一つの世界は可能であるとの想像が、希望を高めるに当たって不可欠だ。そのようなある種の道具、現代の決起に求められる必要に適合する一つの党、に対する渇望をもつ人々が、私達の中に数多くいる。そのような党は、社会に根源的で革命的な変化を準備する党、言葉を変えれば、資本主義、生産手段の私有制、我々の地球の略奪と自然の破壊に終止符を打つ準備をする党である。
 我々が欲する社会は、社会の必要に応えることのできる、あらゆる形態の搾取と、階級、ジェンダー、年齢、出身に基礎をもつ抑圧を取り除くことのできる社会だ。それは、民主主義が投票箱で終わらない、全ての人が決定過程の一部であることのできる社会である。
 LCR全国大会は、全ての人々―そのような展望を守る諸勢力との間に国際的な結び付きを築き上げる党、そして活動的で全国的かつ民主的に組織された政治的枠組み、への合流を欲する諸個人、活動家グループ、政治的潮流―に、呼びかけを発する。
 身分証明書があろうとなかろうと、彼らの生命は利潤よりも価値があると考える全ての出身の女性と男性に、われわれは語りかける。ぞっとするような未来に彼らを放り出す企みに直面する中で「抵抗」と応える若者達に、共同体集団の中の活動家達や居住区と職場で日々行動を決める労働組合活動家に、社会主義者や反自由主義者さらに共産党の活動家に、全国的あるいは地方の政治組織や政治潮流に、過去の分断を越え今こそ統一すべき時だと考える人々に、何よりも、参加すべき十分な魅力をもつ党をこれまで一度も見出したことのなかった人々に、その他の人々に、われわれは語りかける。
 我々が志す党は、昨日と今日の諸闘争の経験を、労働者の、世界的な公正を求める、国際主義の、エコロジーの、フェミニズムの、反人種主義の、そのような諸闘争の経験を、土台として築かれる党である。それは、搾取に対決し、あらゆる形態の抑圧と差別と対決し、個人的なあるいは集団としての人間的解放を求める党だ。それは、全地球的に南を略奪する政策と、フランス、EU、アメリカの軍国主義的論理を拒絶する、国際主義の党の建設だ。それは、例えば社会党とは逆に、このシステムを共同管理することを拒絶する、独立した党だ。それは、資本主義と支配階級の諸制度と手を切る党であり、その構想が人々に、彼ら自身の動員の結果として社会と経済を統制する位置に人々を置くように導くことを可能にする、民主的な党である。これは、21世紀の社会主義を創出する党の建設を意味する。
 この挨拶を通じて我々は、基礎から組織を作り上げる過程を遅れなく引き受け、結論として新たな反資本主義の党の創立に至ることを望んでいる。
 職場で、仕事場で、学校で、あるいは我々の住んでいる所で、また全ての地方、地域、全国という場面で、今こそ、この集団的な道具の建設に加わる行動委員会を組織するために力を結び合わせる時だ。次いでこれらの委員会は、町から町へ、各々の地方で、各々の部門で、フランス中で、あらゆるレベルで統合に向かうだろう。それらは、集団的な効果的力学を作り上げることを目的とした働きかけや討論と並んで、それら自身の政治的活動と政治への介入を指揮するよう求められるだろう。
 何よりも先ず我々の歩みを吟味することから始まり、地方のフォーラムや全国会議は、新党の創立大会に向けた準備作業に道を開きつつ、生きてきた道と意見の違いを尊重し、実際に機能する民主的な仕組みに貢献するだろう。
 この党はそこに関わった全ての人のものとなるだろう。それはひとえに、共に築き共に決定する我々自身の党を欲しているあらゆる人々にかかっている。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版2月号)
同盟全国大会報告
        
フランソワ・デュバル
 三ヶ月にわたる下部党員の大衆的論争と地方協議会(様々な町と地方連合の)を経て、第17回党大会代議員313名は、1月24日から27日までの4日間、数多くの招待者が出席する中、サンドニ・ラプラーヌに集った。
 この第17回党大会の開幕を飾る議題は、前大会(2006年1月)以降の党活動並びに全国指導部の活動に対して、党としての評価を明らかにすることに当てられた。これは、以下のような闘いにおけるLCRの政治的働きかけに焦点を絞る一つの機会だった。すなわち、社会的諸決起(青年の初期雇用契約改悪であったCPEに反撃する闘争、年金制度防衛、解雇と賃金をめぐる諸闘争、未登録移民支援、反差別闘争など)、国際連帯運動(ベネズエラ、パレスチナ)、様々な部門による理論的作業(特に、女性書記局とエコロジー委員会)などにおける活動だ。そこには当然ながら、大統領選挙運動―さらに総選挙―を、またそこに「統一候補チーム」を押し出す挑戦をめぐる数多くの論争を、省みることが含まれた。
 次いで政治テーゼに関する大会討論が、政治情勢の主要な側面について大多数の代議員が腹蔵なく意見を明らかにする機会となった。そこでは、サルコジの勝利を生み出した理由、サルコジズムの政治的意味、制度的左翼の政治的失敗、労働組合指導部の政策、特別年金制度をめぐる11月ストの収支決算、抵抗の状況などが論点となった。しかし当然ながら、その論争の中心には、「反資本主義新党」建設という政治構想が横たわっている。労働世界の新しい政治的表現を建設し、資本主義システムに反対する闘争を放棄していない全ての人々を結集する、という挑戦の背後に横たわる構造的な理由に関しては、LCR内部に極めて広範な一致がある。しかしながらまた重要な相違も残っている。それは例えば、いくつかの定義に関して、絶対的に不可欠な政治的境界に関して、さらにそこに到達する方法、この構想に対する潜在的連携相手となる他の政治的潮流がいるのかどうか、このような構想を進める活動の速度の問題、などだ。これらの相違を反映し、三つの政綱グループにより三本の決議草案が提出された。各々の決議草案が獲得した代議員表決は以下の通り。A政綱決議、83・0%、B政綱決議、14・10%、C政綱決議、2・88%。
 大会第三部は「実践任務」と呼ばれていい問題を仕上げた。すなわち、反資本主義新党に向けたLCR全国大会からの呼びかけ(別掲参照―訳者)を起草する任務だ。この呼びかけは、代議員の81・2%の支持で承認された(反対、14・8%、保留、4%)。この討論には、新しい組織を基礎から作り上げる一切合財と並んで、そこに向けた前進のために現時点で引き受けるべき率先した働きかけの課題が含まれていた。それらが、2008年末か2009年始めまでの新党創設、という結論を下すことを可能とした。この結論は、それ以前のLCR解散大会を要請すると思われる。採択された動議はこうして、進展に関する経過報告のための6月全国会議をめざし、支部と地域会議を開催しつつ、地方委員会を始動させるという側面を含んでいる。これらの提案と並んでLCRは、労働界(公共部門と私有部門)、青年、社会的住宅団地と居住区における働きかけに関する、幅広く開かれた三つの評議会を組織する予定だ。
 大会はまた、LCR規約を現代に合わせるいくつかの変更を採択した。それは、社会的住宅団地と貧しい居住区に向けた我々の活動に関って提議された。同様に大会はパレスチナ民衆の闘争との連帯声明、及び一連の動議を採択した。後者は、エコロジー分野、LGBT(性の多様なあり方)の権利の防衛、南太平洋諸島における抑圧への反対、グランランジュ製鉄所におけるミッタルグループ(世界最大の多国籍鉄鋼資本―訳者)指令の解雇に反対する闘い、などにおけるLCRの関与を反映している。LCRとJCR(LCRを支持する青年組織―訳者)指導部が共同で提出した動議も採択された(賛成、63・23%、反対、22・58%、保留、8・39%、棄権、5・80%)。その動議が具体化しているものは、全青年活動家―彼らがJCR内部で活動しているか、LCR「青年」部門で活動しているかに関わりなく―の、以下の目的に向かう政治的戦闘に対する共同関与だ。その目的とは、新党に向け他の人々の支持を獲得することであり、さらに新党を建設することと平行して、新党内部で自律的な青年部門の行動採用が可能となる方法に関する諸提案を定式化することだ。
 大会は新しい全国指導部の選出で閉会した。各々の政綱グループは、この指導部に大会票数に比例した形で表現された(Aグループ、80名、Bグループ、14名、Cグループ、三名)。そして性的同等性も規定通り(女性、48名、男性、49名)である。指導部は、執行組織(政治局)の選出と、最初の指導部会議の日程(3月15、6日)を定めるために、直ちに会議をもった。政治局メンバーは相当に刷新された。
*筆者はLCR(第四インターナショナルフランス支部)指導部メンバー。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版2月号)
 
 
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