2008年4月10日        労働者の力             第 217号

新自由主義路線との本格的な闘いの開始
―政治混迷の深部―


寺中徹

 
 
 4月1日、大騒ぎの末ガソリン税などの暫定税率が遂に失効した。日銀総裁の空位化に続き、福田政権の足取りのおぼつかなさが、改めて内外に印象付けられた。一直線的な支持率低下もあいまって、政局は事実として緊迫の度を高めている。政治が作り出す不確実性は確かに前例のないほどに高まっている。何があっても結局は前もって予定されたところ近辺に結果は落ち着く、という戦後政治に関して長い間にすり込まれてきた秩序感覚は、今激しく揺さぶられている。メディアも、もはや定型的報道に安住はできないだろう。あるいは国家官僚機構も横柄に落ち着いているわけにはいかないだろう。
 確かに労働者民衆にとってこの状況は、自身の要求と意思を支配的エリートに押し付けるための一つの好機と言えるかもしれない。しかしそれだけに労働者民衆は、これを本物の好機とするために、現下と今後の局面の性格について、冷静な評価を求められる。

和解し難い対立の発展

 派手な石油騒動の陰で4月1日、もう一つの政策が冷徹に始動させられた。75歳以上の高齢者を国民健康保険から追い出し、別個の悪条件の医療保険制度に閉じ込める、まさに冷酷な「後期高齢者医療制度」なるものだ。リスクの高い人々のみを対象とすれば、間違いなく保険制度としての条件は不利となる。その上このような制度設計は、相互の助け合いという保険の精神にも反する。つまりこの設計思想を正確に指摘すれば、切り捨て、に他ならない。しかもこの始動には、「長寿医療制度」などとの人を小ばかにした呼び換えで、人々の神経を逆なでするおまけまで付いた。ここにこの政権の底に隠された反民衆的本質がはしなくも顔をのぞかせている。
 現実に多くの人々を圧迫している貧困の進行、生活基盤の劣悪化は、この政権の下で殆ど手を打たれないまま放置されている。久方ぶりの賃上げが前宣伝されながらも、大企業を中心とした春闘前半戦は、実にみすぼらしい結果に終わった。そしてこの結果が、中小を中心とする後半戦に重くのしかかっている。賃上げを促したとされた福田のメールマガジンメッセージは、大資本経営からにべもなく一蹴され、それがしょせんリップサービスに過ぎなかったことをさらけ出した。こうしてこの政権は、昨年参院選で労働者民衆から突きつけられた政策転換要求を逸らし、時間を稼ぎ、構造改革路線の根幹を救い出し生き長らえさせる、という支配層から託された役割を、例え足取りにもたつきがあろうとも、今まで何とか果たしてきたことになる。民衆の貧困は、現在の支配層にとって、また福田政権にとって、特別に対処すべき問題ではまさしくない。間違いなく、これがこの政権のもう一つの一面だ。
 そして今、世界の富裕階級の手による世界全体を巻き込む投機が原油と穀物価格急騰を引き起こし、それは製品、燃料・原材料値上げとなって人々に襲いかかっている。この間記録的な高収益を手にしてきた大独占資本は、これらの価格上昇をもっぱら労働者民衆、零細事業者に転嫁している。現実には、労働者民衆と地場零細事業者の生活危機と貧困は深まる一方だ。
 労働者民衆にとって、貧困進行の阻止、生活全般の総体的立て直しはまさしく急務だ。
 例えば若者世代に広がる「ワーキングプア」の問題は若者世代だけの問題ではない。この世代は、これから年金世代に入ろうとしている中高年労働者の娘たち、息子たちなのだ。そしてこの若者世代の半数が今や、非正規雇用の下に置かれるまでに事態は進んでしまった。さらに例え正規雇用を得たとしても、僅かの勤続で登用される文字通りの名ばかり管理職を典型として、この世代への殺人的過重労働圧力はすさまじい。彼らは「成長」を期待されるどころか、今この時の即刻的利益のために、成長の余力すらをも搾り取られ疲労困憊させられている。こうしてこの世代に広がる貧困と消耗は、現行の年金制度の持続可能性を揺るがすことも含め、日本の広範な労働者家族をいわば共倒れ的に貧困に追い込む可能性を秘めた問題なのだ。その意味で今高まる派遣法改正要求は、潜在的には世代を越え企業を越えた多くの労働者の、自分自身に直接関わる要求という性格をもっている。
 そして一方で、後期高齢者医療制度、都会で働く労働者のふるさとには、農家や地場零細事業者を襲う事業と生活の疲弊、切り縮められる介護保険制度、さらに医療の崩壊的事態の進行がある。それらをひっくるめてむしろ三世代丸ごと貧困に突き落とす事態が今進んでいる、と言わなければならない。人々の胸を押し潰すような一家(無理)心中事件がこのところ頻発している。それは、先に見た貧困の玉突き的拡張がもはや将来の可能性といった問題ではないことを告げている。今広がる貧困の問題は、一時しのぎのごまかしや情緒的な「癒し」の中に解消させることのできるものを越えている、と言わなければならない。
 そうであれば、前述した任務を秘めた福田政権と労働者民衆の間には、和解し難い対立が深まらざるを得ない。福田政権に対する支持率の急落には何の不思議もない。そしてこの対立の深まりこそが、政治に現れている不確実性の高まりの、最も深いところにある源だ。

新自由主義路線の防衛・救い出し

 福田政権と自民党そして公明党は、今窮地に立っている。
 彼らに託された任務を果すために、即ち労働者民衆の益々強まる要求に背を向け、人々の高まる怒りを抑え込むために彼らが手にしているものは、基本的に衆議院の三分の二体制以外にない。制度的に確かに強力な足場であるとしても、しかしそれは、どんなに頑張っても来年9月にはほぼ確実に消えてなくなるのだ。その事態をも見据えて、新自由主義・構造改革路線を長期に堅持できる政治的資本を、支配層は絶対的に必要としている。
 大連立や政界再編など、当面の表層的な数合わせ的術策は執拗に試みられるだろう。しかし、大資本を中核とする日本支配層が本質的に必要としているものは、新自由主義路線を擁護すると共にその推進に向けて民衆内部からエネルギーをくみ出すことのできる、民衆基盤を含めた政治的結集力の再構築に他ならない。福田政権と自・公与党は今、何よりもここに手を着けなければならない。
 問題はしかしそこにこそ潜んでいる。元々それは言葉の上で済むようなた易いことではない。まして、貧困化が小泉以来の構造改革政治の下で急進行したことは事実の問題だ。この厳然とした事実を前に、そして人々の高まる怒りを前に、民衆基盤においてはもとより、与党内部においてすら、新自由主義路線への政治的結集がすんなりと進む状況は現にない。与党内部の現況はむしろ路線的混迷と言った方が適切だと思われる。政治に高まる不確実性の直接的要因の一つは、間違いなくここにある。
 しかしいずれにしろ自民党は現下の逆風の中で、新自由主義路線を軸として、困難かつ深刻な路線闘争の局面に入らざるを得ない。それ以外に日本支配層の党としての道はない。あるいはそれ以外に、大独占資本を中核とする社会的上層の利益を守る道はない。権力に近づくことを基本的な誘引として、あいまいな形で右から階級融和派まで諸傾向を幅広く寄せ集め、全体的統一は利権の取引で片をつける、といったこれまでのこの党のあり方は、最終局面を迎えたと思われる。まさしくその意味で、自民党も55年体制の終わりを迎えている。そしてここで追求される路線闘争は、当然にも民主党に波及し、民主党を巻き込むことなしには完結しない。権力から構造的にはじき出された層により足場が多いとはいえ、特に議員個人の党への結集が帯びる性格において、民主党もまた自民党と同型の政党だからだ。そして何よりも、支配層が必要とする政治的資本は、民主党を欠いては満たされない。

新自由主義との対決―新しい局面

 今後の一時期を根幹で支配するものは、労働者民衆の日常から政治の様々な分野まで貫く、新自由主義をめぐる政治社会闘争である、と私は考える。それは現在の貧困をめぐる対処のあり方に典型的に貫かれ、我々の日々直面する問題の解決方向を通して我々の望む社会の型、そして民主主義の具体的姿をも問うだろう。それらを背景に政治諸勢力の再配置をめぐる闘争もまた展開される。
 そして労働者民衆には、自身の具体的な闘争の突き付けをもって政治の支配的諸勢力間の闘争に介入し、それを方向付ける闘いが求められる。例えば選挙でも、自ら争点を独自に作り出しそれを支配的勢力に押しつける闘いが求められる。政治に生まれている現下の混乱状況に加えて、民衆の運動の現実からも、そのような闘いに一定の余地が広がる可能性がある。
 構造改革政治は、官僚支配の打破という日本の現実に一定の根拠をもった偽りの看板の下で、かなりの民衆を幻惑してきた。その幻惑は完全に消え去ったわけではない。しかし、その路線の本質がとりわけ多国籍大独占資本を徹底的に擁護する新自由主義路線であることは、事態の進展の中で一定程度社会的に浸透したことは間違いない。若者の中での「ネオリベ」という用語法も含め、新自由主義という言葉自体、今多くの社会運動においては広く普通に使われている。闘う対象としての新自由主義は今、限られた層の抽象的な概念ではなく、社会の具体的現実と結びついた実体をもつものとなっている。その意味で新自由主義は、諸闘争を束ね社会に人々の視線を引きつけ、構造改革が未だ残す幻惑と闘うための一つの指標となる可能性を得た、と思われる。
 そうであればこそ今後の闘いの中で、新自由主義の姿にも一定の化粧直しが試みられるだろう。
 新自由主義のある種の頓挫、民衆というその進路への巨大な障害の登場は、世界的にまさに普遍と言ってよい。約束された「繁栄」は、ほんの一握りを除けば全くなかった。民衆に残された悲惨は文字通り深刻だ。そして歴史の現段階においては当たり前だが、民衆は少しもおとなしくなどなかった。新自由主義思想が労働者民衆の過半をとらえ、悲惨を自己責任として黙って受け容れる、などということはなかった。
 そうであれば新自由主義は装いを変えなければならない。クリントンであれ、オバマであれ、あるいはマケインであれ、アメリカ大統領の予定された交代は、そのような世界的な局面転換を象徴している、と私は考える。あるいはまた、ラテンアメリカやヨーロッパで、社会民主主義勢力が新自由主義路線の推進者として自身の活路を見出している意味もそこに連なっている、と思われる。いわば、「人間の顔をした新自由主義」ということになるのだろうか。いずれにしろ、ブッシュ共和党が端的に体現した、過去の粗野で一本調子の人をただ蹴散らすだけの新自由主義は、いくぶん口当たりのよいものに変えられようとするだろう。
 今後の日本における新自由主義をめぐる闘争は、上に見た世界的背景に連なる闘いだ。その意味でこれからの闘いは、新自由主義を実際に覆す目標が実践の問題となる闘いだ。現実にも闘いは、日々直面する問題に適した具体性を求められるだろう。それ故にまた、新自由主義の根幹に打撃を与えるある種の過渡的要求の具体化が重要な意味をもつと思われる。例えばその点で、前述した派遣法改正要求の位置は大きい。
 そしてこれらの具体的対立と闘争の中で我々は、支配階級の繰り出す化粧直しを吹き飛ばす、新自由主義に対するより鋭く根底を貫く批判を意識的に研ぎ澄まさなければならない。そこにおいては特に、市場と民主主義に対する我々の実践的なとらえ返しが、また局面的には国際競争力論への批判が重要な論点となるのではないだろうか。
 いずれにしろ新自由主義路線は、完全雇用政策の放棄に立つ政策路線であり、労働者民衆には決して受け入れることのできないものだ。この非和解的な闘争において勝利を可能とする新しい団結のあり方の模索を通して、我々は、新自由主義を覆した先にある社会の姿を主体的に引き寄せなければならないだろう。(4月7日)
4/3 けんり春闘中央総行動
日本経団連前、霞ヶ関デモに700名

 賃上げ期待を煽りながら、大労組は3月中盤、前年と殆ど変らない回答水準を唯々諾々とのみ矛を収めてしまった。高木連合会長は悔しさを隠さなかったが、闘争態勢すら整えないままの「闘い」ではその結果も見えていた。しかし中小労組や独立労組の労働者は、食料品を始めとした生活必需品の激しい値上り、尽きることのない手段を選ばない労働条件切下げ攻撃を前に、引下がるわけには行かない。各々の場で闘いは果敢に続いている。
 例えば新聞輸送労働者の闘い。輸送会社を丸ごとダンピング会社に切替えるという、毎日新聞社が仕掛けた卑劣な策動に対して、立上がった輸送労働者は、毎日新聞の配送を5日間混乱に追込み、毎日新聞社は遅配のお詫び広告を出す羽目になった。輸送労働者の闘いは今も続いている。
 4月3日、これらの闘いを総結集する統一行動が全労協を中心に都内で終日展開された。朝からの各地域総行動、当該企業に対する抗議行動に続き、午後2時、数百名の労働者が日本経団連会館前を埋めた。結集した労働者の顔ぶれは多彩。外国人労働者を始め、自らの意思で闘いを進めている仲間たちだ。先に紹介した新聞輸送労働者達もいる。そのような結集を端的に表す多様な組合旗が林立する中、中岡全労協事務局長司会の下、日本経団連に怒りをたたきつける集会が始った。けんり春闘実行委員会代表として藤崎全労協議長が切っ先鋭い糾弾で口火を切った。非正規職への労働者の置換えを始めとして、長時間労働の強制や競争主義一辺倒の労務管理など、労働者の生活と健康、さらに職場の安全を全く省みないこの間の労務政策を指揮してきた日本経団連に、労働者の怒りの発言がその後も次々と続いた。
 この日は実に忙しい。首都高速本社前では、賃金切下げとETCレーン労災事故への無策に抗議するハイウェイ共闘の労働者が、むしろ旗を掲げて集会を続けていた。この場に合流すべく、日本経団連前の集会は午後3時過ぎに切上げられ、全体は直ちに移動。午後3時半、今度は首都高速本社前が組合旗と労働者の大群で埋め尽された。この場での力のこもった連帯と激励の全体集会を終え、労働者達はさらに日比谷公園霞門から約700名のデモ隊となって、霞ヶ関の官庁街を通り抜けた。ハイウェイ共闘と全国一般なんぶの仲間達は首都高速本社前で集会を続行、日比谷公園から進んできた全体デモにその場から合流した。
 驚くほどの巨大なデモというわけではない。しかし、沿道から、さらに通りを走る自動車から、数多くの視線が注がれていた。
 闘いはまだまだ続く。次の総行動は4月23日に予定されている。(K)
3・22 ワールド・ピース・ナウ
1500人、イラク占領に抗議


 3月22日午後1時から、アメリカのイラク占領とイラク民衆への抑圧に抗議し、イラクからの即時の撤退を要求する行動が行われた。芝公園の集会には、難民認定を求めるクルド人家族なども含む1500人が参加、その後アメリカ大使館に向けデモ。沿道の注視の中、米軍、自衛隊の即時撤退を訴えた。(K)
4・5 南と北の連帯マーチ《take1》
異常な警備の中意気高くデモ

 
 ストップG8、貧困・戦争・CO2をまき散らすG8と多国籍企業のための『開発』はもうたくさんだ、をスローガンに、標記のデモが午後2時、東京の三河台公園から日比谷公園に向け出発した。
 上記出発地は、集合時刻の1時間以上前から百人は超えると思われる私服警官がマスク姿で群れる、という異様な状況。同公園では若者グループの花見があり、桜を見に訪れる人も多数いたが、何ともおかしげな光景だった。横断幕やプラカードを広げる準備作業を見て何が行われるか理解した花見グループの中からは、主催者に話しかけ、握手を求め、頑張ってください、と声を掛ける若者も。
 準備時間が短かったため、行動への参加者は多いとは言えなかったが、主催者(同マーチコレクティブ)の予想は越えたようだ。出発前に、脱WTO/FTA草の根キャンペーン、「持たざる者」の国際連帯行動実行委員会、フィリピンから来日していた労組連合「マカバヤン」のエミリーさんからG8に抗議する短い挨拶を受け、行進はすぐに始った。
 今回のデモの標的は、当日から東京で開催されたG8開発大臣会合。日本政府は「アフリカ開発」を強力に後押しするとしているが、その狙いがどこにあるかは、これまでの実態を見れば隠しようもない。デモは、戦争を作り出すG8はいらない、貧困を作り出す開発はいらない、などと休みなく掛声を上げながら、全員がプラカード、デコレーション、旗を手に意気高く行進した。小さなデモにもかかわらず、かなりの取材チームも同行。日比谷公園で最後に、「横浜でG8とTICADを考える会」の方から、締めの挨拶とこの会が計画しているG8関連の学習会案内を受け、7月のG8に向けさらに行動を重ねることを誓って当日の行動は終了した。
 それにしても警備は異常だった。大臣会合会場付近を通る芝公園へのコースはついに許可されず、至極平和なデモは事実上の並進規制。この中で取材のカメラマンまで規制されひともめするありさま。もはやデモ規制にも不慣れなのか、あわてふためき警察の一人芝居で騒ぎを起していたふしもある。G8にことさら権威を奉る「拝外主義」の日本政府は、今後も滑稽なことをやりそうだ。(K)

JR採用差別
政府の解決決断求め
4・1集会に1100人
   
 4月1日午後6時半から東京のメルパルクホールを会場に、「国鉄改革から22年 政府の解決決断を求める4・1集会」が開催され、被解雇者、家族、国労や建交労の組合員、支援の労働者市民1100人がかけつけた。主催は四者四団体。
 3月13日東京地裁は、鉄道運輸機構訴訟に対し、時効を楯に不当労働行為判断を逃げる、という不当判決を下していた。この不当判決が当集会の気勢を若干削いだ感は確かに否めない。しかし、3月26日からの55時間座り込みなど、当該は果敢に闘い抜いている。これに応えて集会では、仁瓶久勝国鉄闘争共闘会議議長から、解決金、年金、雇用の三条件を基礎に当該が決定するという原則の下団結を固め、解決決断を政府に求める、の観点が提起された。弁護団からは加藤晋介弁護士が報告に立ち、先の不当判決を東京高裁でやり返す、と闘争宣言。集会には、郡司彰参議院議員(民)、穀田恵二衆議院議員(共)、菅野哲雄衆議院議員(社民)も登壇し、国鉄分割時の国会審議での諸言明に対する政治責任を果させるべく解決を追求する、と姿勢を明らかにした。
 辛淑玉さんのユーモア溢れかつ迫力満点の講演や李政美さんの感動を呼ぶ熱唱を交えた集会は、最後に、被解雇者、家族全員が登壇し、家族代表からの訴えと闘争団を代表するお礼と決意の挨拶を受け、さらに団結を固め闘う誓いを込めた団結ガンバロー三唱で終了した。
 6月には、葛西JR東海会長を証人に引出す鉄建公団訴訟東京高裁証人尋問が予定されている。緊迫度の高まる政局も平行している。国鉄闘争は一つの重大な岐路にさしかかっている。(S)
3・13―14,4・3
電通労組、連続的にストライキ

3・13―14ゼロ回答に抗議し全員ストライキ

 3月13・14日、非正規労働者を含めた賃上げ要求に対するゼロ回答を受け、電通労組の全組合員はストライキに立上がった。13日は宮城県支部を除く全支部、14日は宮城県支部という配置。要求は、3万円の賃上げ、時間1200円以上のNTT全労働者の企業内最低賃金、50才退職再雇用制度の撤廃、再雇用者の30%カット賃金の回復など。
 首都圏支部は3月13日朝8時半からNTT東日本本社前でストライキ集会を開催した。当日のストライキは、電通労組全国協の統一スト。大阪電通合同労組と四国電通合同労組も同日ストライキに入り、首都圏支部のストライキ集会には両労組から連帯メッセージが寄せられ、集会の中で紹介された。
 集会は古宮首都圏支部委員長のスト突入宣言で開始。最初に日野本部書記長が基調提起。成果主義を理由に賃上げを拒否し、非正規雇用を正当化するNTTの経営姿勢を厳しく糾弾した上で、所属を越えた闘いが展開されている営業職場の休日営業反対の闘いに触れ、新自由主義労務政策の先頭を切るNTT経営をより大きな団結を追求しつつ追いつめよう、訴えた。その後、中岡全労協事務局長、東武労組の仲間、東京労組の仲間、などが次々と連帯挨拶。最後に、大内本部委員長の音頭で団結ガンバローを三唱し集会は終了した。同日は東日本NTT関連労組(N関労)も拠点スト。両労組のストライキには各々から支援派遣が行われ、闘いのエールが交換された。当集会ではN関労東京支部の鈴木副委員長が連帯発言に立った。
 NTTはいつも通り今回も敷地を封鎖し、要所要所に警備員を配置、独立労組への敵意を露わにした。電通労組の組合員はそのようなことは気にも掛けず、集会中も付近の通行人や出勤してくるNTT労働者にチラシを手渡し、闘いへの決起を呼びかけた。交差点の信号待ちを利用しながら集会を見守る人々が、若者を含めまれではなくなってきたことが印象に残った。
4・3,全日ストでけんり春闘行動
フィリピンの労働者も共に
 4月3日、電通労組はけんり春闘総行動(一面記事参照)に参加、首都圏支部の全員スト、各支部の指名ストをもって、終日様々な行動を展開した。
 朝方は、東部総行動や郵政ユニオンの初めてのストライキなど、多くの闘いに
各自分担してかけつけた。その後、一時からN関労と共に開催した持株会社に対する抗議行動に全員が集結。この場には朝方の行動を終えた多くの労働組合の
仲間も結集し、持株会社前の歩道は労働者と組合旗で溢れた。
 この集会は、争議解決措置を取るようNTTに申入れるために来日したフィリピンの通信労働者(別掲記事参照)を激励する場ともなった。この場で二人の女性労働者はフィリピンの解雇撤回闘争の経過と現状を報告、労働者の国際連帯を力強く呼びかけた。
 彼女たちのNTT持株会社への申入れは、電通労組を窓口として同日午後2時半から実現。申入れには、通訳を受持った三多摩フィリピン資料センターの仲間、電通労組の大内委員長、日野書記長など、全体で九名が参加した。当初持株会社側は要請書は受取れない、としていた。しかし交渉を経て、会社側は結局この要請書を受取った。
 交渉を終えたフィリピンの労働者達は、当日のけんり春闘霞ヶ関デモに合流。日本の労働者と共に行進し、日本の官庁街に彼女らの労組連合、マカバヤンの槌鎌をあしらった大きな旗を翻した。
 指名ストに入った電通労組各支部の組合員は上京しての行動だったが、全員疲れも見せず最後のデモまで闘いを共にした。(D)
電通労組、N関労など
MKP―マカバヤン訪日団と交流
 フィリピンの長距離電話会社であるPLDT社は、昨年9月、575名もの労働者を大量解雇した。全員が労働組合(MKP)のリーダーと組合員であり、内450名は女性労働者だった。この解雇は労働組合との労働協約を無視した一方的なものだった。この会社はフィリピンでも最高の利益を誇る優良会社であり、解雇にはそもそも何の合理性もなかった。それは、ただ労働組合を弱体化させ、労働者を無権利の非正規労働者に置換える目的で行われた。
 この暴挙に対してMKPと被解雇者は、昨年10月9日から24団体との共闘の下に、28日間のリレーハンストを決行した。この闘争はフィリピン国内で大きな反響を呼んだ。それと共に国際連帯の圧力もあり、結局労働長官は、解決までの賃金支払を課す命令を出した。しかし復職はまだ実現していない。この会社は2002年にも大量解雇を実行している。
 実は、PLDT社株式の20%はNTT持株会社所有。NTT持株会社はさらにPLDT社に二名の役員も派遣している。NTTはそれ故、この大量解雇の紛れもない当事者であり、争議解決の責任を負っている。
 この関係故に、今回、MKP―マカバヤンから二名の訪日団が派遣され、NTT持株への争議解決申入れが追求された。橋渡しは、フィリピンピースサイクル。フィリピンピースサイクルは、フィリピンをめぐるピースサイクルの中でMKPの闘争を知り、この間交流を続けてきた。申入れは4月3日実現(別掲記事参照)したが、その前日の4月2日午後6時半から、訪日団のバロット・ロヤルダさん、エミリー・バハルドさんとの交流会が都内で開かれた。主催は「MKP―マカバヤンの闘いに連帯する交流会実行委員会」。なおマカバヤンは、MKPが所属する労組連合。
 交流会には、フィリピンピースサイクル、三多摩フィリピン資料センター、カサナグの会、電通労組、N関労などから約20名が参加した。この中で若い女性労働者であるバロットさんとエミリーさんは、映像を使いながら、前述したような彼女たちの闘いを生き生きと語り、さらに、新自由主義の下で世界中で同様の攻撃が行われていることに触れつつ、未来のための国際的団結を力強く訴え、日本の参加者に感銘を与えた。また、自分達の闘争に関する冷静な分析が語られたことも印象に残った。この報告の後日本側からは、電通労組の大内委員長、N関労の斉藤委員長、ATTACジャパンの稲垣さんが連帯発言を行った。
 彼女達はこのこの交流会の後も、日本の様々な行動に精力的に参加し、国際連帯の開拓に貪欲に挑戦している。(K)
チベット問題
     自治連邦体制は避けられない

                    川端康夫

 チベット各地で民族の多数を動かした「暴動」は、世界的に大きな反響を呼んでいる。事態は「暴動」のように報じられているが、それが僧侶たちの行動から始まったとされる事の事実も判然とはしない。とりわけ、今秋の北京オリンピックを控え、それへの参加が問題化されているところも世界には多くある。しかし、4月6日、インドに亡命しているダライラマは、政治問題とオリンピックは関係ないとの声明を出した。ラマは中国における将来的民主化に期待しているのかも知れない。しかしチベット亡命政府に関与している若年層は独立派のようだ。
 中国政府は、日本への食料問題に続くチベット問題の拡大に緊張を強めていたが、ダライラマ声明にはある程度助けられた感じであろう。しかしラマの声明は、従来からの自治要求をなんら変化させるものでもないのである。一党独裁を貫徹し、漢族による支配強化を進める構造の矛盾はなんらの変化もない。

抑圧の源は一党独裁確立過程に

 さて、中国は1950年代後期、いわゆる毛沢東の全盛時代であるが、その時期にチベットへの軍事侵攻を開始し、ラマの亡命を引き起こした。この時期の毛沢東は、革命勝利後の、いわば開放時代からの大転換を貫徹していた。台湾を含む、革命勝利を喜ぶ人々が次の時代への期待を胸に活発な活動を、政治から文化まで繰り広げた。その展開を待って毛沢東は反右派闘争を仕掛けたのである。大中華主義、一党独裁、毛沢東主義の貫徹。中国における非ソ連型の社会主義への展望が拡大したが、それらは一挙に封殺された。そして続いて、さらに大悲劇となった「大躍進政策」の登場がある。ソ連型社会主義と訣別した毛沢東は、農村主義社会主義という信じられない方策を党に押しつけ、農村党官僚は収穫量をあらゆる手段で過大に報告した。私も高校生の頃それらの宣伝写真を見たが、日本の当時ではあり得ないものだった写真は偽造であった。しかし中国共産党は、これが中国型社会主義だと宣伝し、しかもその驚異的収穫を毛沢東自身が信じたのである。このいんちきが明るみに出たときには数千万の餓死者が出た。毛沢東は批判を一定容認したが、批判を避けるには数千万の餓死者の存在が許しを与えなかったのだ。しかし彼は批判者たちを許すことはなかった。彭徳懐は追放された。そして、それ以降の文化大革命の悲惨さにはここでは触れないけれども、それらを何とか逃げ切ったのがケ小平である。劉少奇らの一派として軟禁されたが、その程度は相対的に軽かった。彼は林彪事件後に毛沢東に復帰を許可されたが、この男ほど、政治家的な行動をさまざました者はいないであろう。50年代以降の当時毛沢東の右腕として動き、さまざまに行動した。ソ連と満州権力の問題での高崗の粛正そしてチベット問題にも最初に手を付けたのである。ところが文革を乗り切り、権力を握った彼は、次期首班に胡耀邦を引き上げた。徹底的な民主派といえるこの胡耀邦は、権力位置に就任した後、チベット問題のひどさについて自己批判したとも伝えられる(東京新聞)。これが失脚の遠因になったと東京新聞記事は伝えるが、事実に遠いこともないだろう。ケ小平にしろ、広東へ行き、葉剣英の助けを借りて、北京への反撃を進めたこともあったのである。ついでに言っておけば、囚われていた中国トロツキストは全員彼が即座に放免し、しかも各地区での役職に付けたのだ。まさに何とも言えない政治家である。
 そして現在の胡錦涛はチベット抑圧政策の成功者として政治的に浮上した。

問題は中国の将来展望

 さてチベット問題が提出しているのは、中国はその将来を如何に展望するのかということである。大中国の漢族支配、さらに一党独裁は、歴史における大帝国、秦漢に始まり元を経て明清へと至るこの国の歴史を彷彿とさせる。だが、その上で、チベットへと進出したものはいない。もう一つの反抗分子、ウイグルへ進出出来たのも漢元と清だけである。チベットを含む大共産国を武力的に維持することが現在の時代に何の意味があるのか、私には全然わからない。
 ロシアの例を見ても、独立した諸国もほとんど近隣諸国との結びつきを必要としている。ラマは自治路線であるが、チベットにもウイグルにも独立派はいる。私はそのいずれにもそれなりの言い分はあると思うし、独立でもかまわないとも思う。ソ連のレーニンの論理もあるからだ。
 しかしラマの言い分を聞けば、ケ小平が実行した「一国二制度」とはなんであるのか、中国指導部は深く思考すべきだろうと思う。台湾問題を二制度で進めるのか、とすれば、中国全土を二制度として、その自治連邦国を作ることもあるのではないか。もちろんそれは一党独裁の基礎を掘り崩すと私は考えるが、それは避けるべきではないし、むしろ社会主義的民主主義の当たり前を再建することでしかない。仮に社会主義的枠組みを維持することを政治的前提とするとしても、それがすでに腐敗を深めている一党独裁を容認するとは思えない。
 中国指導部は、ラマとの会話の準備を始めるべきだ。
 チベット問題は21世紀(少なくとも前期?)におけるアジアでの最大問題を提起したと思う。
エクアドル

コロンビア政府のエクアドルへの軍事干渉に抗し、エクアドルとコロンビア民衆の連帯を

                 第四インターナショナル(3月5日)

 われわれは、3月6日にコロンビア民衆に出された、全世界の社会的・人権的な諸団体・組織の連帯声明を支持する。声明は、コロンビアにおける軍事的活動によって引き起こされている大量の死や行方不明者たちを調査し、国内の平和を求めるものである。
 2008年3月1日、エクアドル北部国境でのコロンビア軍ヘリコプターの活動に関して、次のように声明する。
 エクアドルは、コロンビア民衆のゲリラ活動の殲滅を狙うコロンビア政府のエクアドルへの軍隊の進入によって手ひどい被害を被っている。3月1日の最新の例では、ラウル・レイズと19人のFARCゲリラが一つの行動で虐殺されたのであり、われわれはこのことを強く弾劾し、悼む。われわれは、コロンビア軍のいくたびものエクアドル領地への侵入を糾弾する。侵入はエクアドル北部国境地帯に甚大な損害を与えている。一方では、コロンビア政府による空中薫蒸・消毒が、エクアドル民衆だけでなく、コロンビア民衆にとっても、政治的、経済的、文化的、環境的な重大な結果となっている。他方では、軍事衝突に巻き込まれているエクアドル北部の居住地では、女性たちや先住民、子供たちへの生命や人間性への危険が、コロンビア軍によるFARCに対する軍事行動のたびに起こっている。
 われわれは、ウリベ政府による完全なエクアドルの統治権の否定を拒否する。ウリベ政権の行動すべては、自身の軍事コントロールを修復し拡大すると同時に、アメリカの介入拡大を狙うもので、それはコロンビアのエクアドルとヴェネズエラへの国家的テロリズムや、ボリビアにおける諜報活動を通じて親帝国主義者と分離主義の自立性を増大させ、この地域総体への支配力の回復を狙っているのである。同時にわれわれは、ブッシュ政権が試みている、進歩的なラテンアメリカとカリブの諸政府や民衆に対する破壊作用のすべてを非難し、拒絶する。
 われわれは、ヴェネズエラのウーゴ・チャベス政権やエクアドルのラファエル・コレア政権が採用している政策、すなわち、ウリベ政権の増大する軍事力を阻止するためにコロンビア政府との外交関係を停止するというものを支持する。ウリベ政権はヴェネズエラの革命の前進や、ヴェネズエラ、コロンビア、エクアドル民衆の反自由主義への抵抗闘争の阻止を隠された意図としているのである。
 われわれは、ウリベ政府は、FARCによって推進されている人道主義的交渉を通じた、イングリド・ベタンコートや他の対立者への自由化を尊重し、阻止しないことを求める。
 われわれは、FARCに対して、戦争捕虜以外で未だ彼らの元に留めているすべての人々の解放を呼びかける。
 外交関係を回復するためにラファエル・コレア政府は、コロンビア政府が地域で引き起こされた破壊の責任をとること、エクアドル地域に対する暴力を止め、並びに空中散布の完全な中止を求めるべきだと考える。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
ベルギー

政府はもはや統治の仕方が分らない
―ベルギー支部での討論―

          ダヴィド・デッサー

 100日以上もの宣伝、勢力作り、腹のさぐり合い、討論の後、ベルギーではオレンジ・緑政府、あるいはその種のベルギー人政府の始まりという陰影だけの展望があるように見える。
 国家は政治的危機に入り込んでいる。それは基本的に、国の頂点における危機であり、ブルジョア勢力の内部での、新自由主義を社会大衆により効果的に押しつけるための、統治形態や改革形態をめぐる対立である。

根元には共通利害

 ある部分の場合、ブルジョアジーは国をさらに分離化することを望んでいる。それは労働者階級をさらに分割し、支配を強めるためである。要するに、分割と統治である。しかし、物事はそう単純ではない。すべての証拠から見れば、支配階級内部には、現実的対立がある。内部には、統一派、親ベルギー派がおり、部分的にはFEB(ベルギー経営者会議)によって代表され、王室が前線にあり、ベルギーの古い機構を、分離主義の試みよりは好んでいる。さらに、フラマン語圏
では特に力を強めている分派があり、ベルギーを(部分的に?)解体し、「古いベルギー」の社会的な妥協的性格のすべてを捨て去ることを認めるというのである。労働市場の分割を今は狙いつつ、フラマン語圏の諸政党が交渉テーブルに着くとき、彼らの明確な目的は労働法の解体であり、同じく社会的利益のそれである。その課題は、ベルギー的枠組みにあるよりは、フラマン語圏の社会・経済的枠組みにあるほうがはるかに単純であると彼らに理解させているのである。
 もちろん、中央民主人権協会、復古主義運動体、およびFEBはすべて攻勢的右翼政策を求めているが、彼らはこの目的を達成するために、最適の道具としてベルギーという国家を使用することを選択しているのだ。外務大臣、カレル・ド・グーフが外国貿易は連邦レベルで新たにより良く運営できるであろうと述べたとき、その理由は、それが輸出という点で、フラマン語圏、ブラッセル、フランス語圏でのビジネスの利点であると彼が信じているからである。この観点において、彼は「ベルギー」資本の利益のさらなる防衛をただ追求しているのである。
 「奇妙」にも、この現在の分裂機運がみなぎる中で、フラマン語圏ブルジョアジーのナショナリストはベルギー軍の分割を望んではいない。実際、彼らはベルギー派とむしろ合意している。すなわち、この軍隊は、最大限に強く、国際規模で、NATOやヨーロッパ共同軍という帝国主義同盟の内部に投入されるべきだというのである。軍を国際組織に投じることはベルギーのそれぞれの弱体なブルジョア陣営が、軍事レベルを含む国際レベルでの利益を防衛することとなるのである。



 他の言い方をすれば、仮に、われわれがブルジョアジーとその政治的同盟者にベルギー問題の解決を許すとすれば、彼らの方法では、国の再構築の論議はブルジョア階級の利益を守る最適の道に関するものとなり、労働者階級に重圧を加えることとなるであろう。にもかかわらず、支配階級内部には、このことに関する今日的な意思統一はない。その反対に、ブルジョア勢力は深く分岐しており、現在の政治危機は、こうした地域的分割という単なる絵、以上の何ものでもない。
 立法府の選挙によって幕が開けられた状況を考慮に入れる必要がある。長い間、始めは、社会民主党の選挙敗北により、ブルジョアジーは連邦レベルで、同質の右翼政権を形成してきた…しかしそうしてもうまくはいかなかった!
 その性格から、論争とさまざまなブルジョアジーのセクターの間における対立は左翼への罠となっている。右、さらに極右の民族主義者からの脅しがフラマン語圏左翼に対して、この論争に参加するよう導いてきた。彼らは防衛的に、ベルギー派(国家統一派―訳者)の立場を採用し、フランス語圏諸党を支持している。そして、これらの党はフラマン語圏民族主義者たちと対決して国の統一を防衛していると、さらには「ベルギーモデル」を多様性と連帯性のシンボルとして誉めあげる、までのことを行っている。だが、ブルジョアジーの最も民族主義的な部分への対抗においては、今の対抗者であるこの統一主義者との連合を教唆してはならないのである。
 交渉の席上で、今日統一を防衛しているフランス語圏諸党は、いかなる意味でも左翼の支援を受けられるものではない、というのも、彼らはフラマン語圏民族主義者たちと同様に、右翼政策を最適な方法で実施する道を探っているのであるからである。ベルギー国家は過去も今も依然としてブルジョア国家であり、まったくの反民主主義(君主国家!)である。それはまったくのところ決して社会的多数の必要性に奉仕するようには出来てはいないのだ。「連邦主義ブルジョア方式」についていえば、それは、事態に対する民衆の声とは無縁に、上から支配階級によって、彼らのみの利益と条件に基礎づけられて導入されたものなのである。左翼はこの仕組みを賞賛してはならず、防衛してもならない。
 フラマン語圏民族主義者に対抗して「国際主義」の主張をもって、ベルギー国家を防衛せんとする人々は、同じく同様の議論でEUを防衛することが可能となるだろう。明確に言おう。理論レベルではわれわれは完全にヨーロッパ主義であり、さらに連帯機構の国際化を進めるものである。そのことは、能力の対応する水準を絶対的に必要とする。しかし今日的な流れにおいてヨーロッパ主義的能力を願うことは、まったくのところ単に、ベルギー派やワロン(フランス語圏)派やフラマン派以下的な、非民主主義でさらにより新自由主義のレベルに、能力を落ち込ませてしまうことだ。純粋の国際主義者は、民衆に基礎を置くヨーロッパとの連帯の思想を防衛し、決して、EUをそうである、と位置づけてはならないのだ。
 ライバル・ブルジョアジーたちのインチキな議論の中に位置を占めるよりは、左翼は反対に、この国の社会的多数が真に要求する国のタイプについて、また異なった民衆そして文化的少数派の共存が組織されるべき方式について、自立的で自主的な立場を発展させなければならないのである。

未解決の民族問題

 現在の危機を導いた論議は、実のところ左翼への罠である。ベルギーでは二つの民衆、二つの社会が、異なる発展の水準にありつつ同時に相互に結合していること、このことをLCRは常に認識してきた。さらに、ベルギー国家は歴史的にフランス語圏が支配する国家であった。基本的にフランス語圏ブルジョアジーの利益に奉仕することにおいてだ。こうした歴史でのフラマン語圏住民の状況は圧迫の歴史であり、そして抑圧に抗する闘いの歴史であった。
 原理主義的な不公正性、圧迫、フラマン語圏住民へのこうしたことは大概は除去された。しかし、フラマン語圏民族運動は中産階級に指導され、社会運動は主要には闘いの外部にいたが故に、それらの運動が焦点を当てたことは、公用語の同等性その他に関する、主要に法的、公的、行政的な提案と要求である。フランス語圏ブルジョアジーの支配の基礎である経済的基礎は決して議論されなかった。フラマン語圏の要求は決して社会的要求に結びつかなかった。
 同じことが長い間続いた。時にはこの国の労働者運動のある部分が民族の問題を真剣に取り上げ、労働者自身の観点に立つ基準での対応を定式化した。50年代と60年代に「、連邦と反資本主義的構造改革」を掲げ、資本主義ベルギーとその圧力の解体戦略の背骨を構築した。このプログラムは労働者階級の中に広範な反響を呼び起こしたが、しかし現実化には至らなかった。反資本主義の構造改革に代わって、国家は新自由主義的改変へと再構築されたのである。
 この逆向きとされた再構築の故に明らかに、連邦主義の具体化において、民衆が民主的な形で協力相手とされることなど全くなかった。このことが現在における巨大な裂け目、つまり最高位の政界での深刻な危機という経験と、民衆を統御している静穏と受け身の間の分け目を説明するのである。

疾病あるいはコレラ?

 ブルジョア諸政党がこのところ行っている政府枠組みに関する取り引きの討論は、民衆の自己決定権とは何の関係もない。この論議はブルジョアジーたち全体の利益という観点から遂行されているが、さらには、左翼において論議に加わることを選んだ者たちには、とりかえしつかない泥沼に沈むことが宣告されるであろう。政府交渉で行われている論議は、ベルギーにおける民族問題を解決するための民主的方法には関心を持たず、大きな責任とは関係なく、その上部で、新自由主義戦略、外人嫌いの執念、そして差別主義議論に関心を持っているのである。基本的論点は、フラマン語圏住民とフランス語圏住民の車の免許プレート問題などという無益な議論を優先する形で、隠されている。われわれはこうした論議に加わることを拒否するし、われわれは、ベルギー・ブルジョアジーでもフラマン語圏優先主義の右翼民族主義者でもないのである。疾病とコレラとの間の選択、ベルギー派新自由主義派と地域主義の変異体との間の選択を拒否することが必要なのだ。
 労働組合は今日、今あるもの、しかも常に圧力にさらされているものの防衛に限定されているという現在の態度で、大きな責任を持っている。こうした態度は新たな敗北に終わるだろう。それで、労働組合の戦略が単に、例えば国家的社会保障の防衛にのみ限定されるに満足することはできないのである。社会保障はもちろん徹底的に防衛されなければならない。というのも、それはフラマン語圏とフランス語圏の労働者たちによって築きあげられたものであり、そして彼ら共通の所有物であるからだ。しかし攻勢的大衆動員なしに、そして政治分野に入ることなしに、労働組合は効果的にそれらを防衛することは出来ないのだ。
 ブルジョアジーたちによって引き回されているベルギー分割は、社会の多数にとって深刻な敗北となる怖れがある。だが、このような国の改造は、不可避なものではないのだ。すなわち内容、つまり何が出来、何がなされるのか、そしてその上で誰が権力を保持するのかということにかかっているのである。その時でも民族問題は、それが社会的多数によって民主的に解決されるまでは、現実的解決なしに残り続けるであろう。決定的問題は、その際において、労働者運動の政治化がこうした諸問題をめぐって、ブルジョアジーの諸分派との関係において自立的位置を発展させているというゴールを達成しているということだ。その上で、将来における政府、それがいかなる行政的形態であれ、社会的征服戦を全面解体することに没頭するであろう政府を準備することである。
*ベルギー支部内部では、現在の政治危機に関する討論が主題である。この文書は討論をもとに出された。ダヴィド・デッサーは第四インターナショナルベルギー支部、LCR―SAPの指導部メンバー。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版2月号)
訳注)ベルギーでは、フラマン語(オランダ語方言)とフランス語という二つの言語が公用語とされている。各々この国の北部と南部に対応する。

【編集部から
 読者から次のようなご指摘を受けました。ご指摘に感謝します。

 最新の、ブザンスノー氏の記事ですが、「丸ぽちゃの小さなチンチン顔」という訳文に違和感を持ちました。原文はわかりませんが、もしかしたら、フランス語圏の人気漫画のヒーロー「タンタン」(確かに英語風にはチンチンかもしれませんが)ふうのかわいい顔、というような意味ではないでしょうか。私の勘違いなら、どうかご容赦を。

 原文はTintin face です。文脈から見てご指摘が正しいように思いますが、確認の方法が分らずにいます。

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