2008年6月10日        労働者の力             第 219号

地球温暖化問題 排出量取引は有効か?
大胆な排出規制値の確定が先だ!

G8―金持ちグループ―だけのまやかし談合を許すな!

神谷哲治

 

 地球温暖化の問題が、さらにその原因とみなされている温室効果ガス排出量(指標としてはCO2換算で表される)の抜本的削減が、人類の緊急の課題として提起されている。課題は明らかに、実効性ある行動への早期着手だ。政府と大資本には特にそうする責任がある。国際的に確認されている公正原則、「差異ある責任」原則は国内にも貫徹されなければならない。
 しかし日本の現状はそのようにはなっていない。洞爺湖G8は地球温暖化サミットと銘打たれているが、それと関連付けて排出量取引を押し出す昨今の動きは、責任の所在と必要な取組みの全体をあいまいにしているように見える。
 問題を改めて明確にする必要がある。
 排出削減要求を先ず何よりも、政府と大資本に真っ直ぐに向けなければならない。

脅威は幻ではない

 問題のあいまい化が見られる今、地球温暖化が提起する脅威が現実のものであることを、それが一般に漠然と流されているイメージ以上のものであることを、改めて確認しておきたい。
 産業革命期以降の人類の活動が温室効果ガスの大部分を占めるCO2の大気中濃度を急速に上昇させ続けてきたことは、誰も否定できない事実だ。その上昇速度は今も緩んでいない。
 一方で同時期、地球の平均気温の傾向的上昇と近年の著しい加速もまた、多くの観測資料から確かめられてきた。この地球平均気温動態の期間をもっと延ばした長期趨勢は、過去の文献的資料、南極やグリーンランドの氷床ボーリングコア(堆積物を上下撹乱せずに柱状に抜き出したもの、ボーリング技術の向上によって、近年では数十万年分の分析が可能となっている)の分析結果、さらに世界各地の海底や湖沼底地層ボーリングコアの分析結果などによって、客観的な物的資料の裏付けをもつより確度の高いものとなっている(図参照)。
 しかし、ある二つの現象が同時進行しているからといって、その両者に因果関係があると即座に言えるわけではない。
 この両者の因果関係の存否について、国際的で学際的な結集の下で多角的に評価のための検討を重ねてきた機関が、1988年に設立された「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)だった。その設立の陰にはもちろん、両者の因果関係の存在と地球温暖化の不可逆的進行に対する、科学者達の間で次第に高まる懸念があった。IPCCの以前、1985年に彼らは、この問題に関する専門家達の国際会議(フィラッハ会議)を開催している。
 そしてIPCCはその検討結果を、90年、95年、01年と報告として発表した。その中での因果関係に対する評価は、回を重ねる毎にあいまいさを削ぎ落とし、その存在をより強調するものとなっていった。地球生態系や人類の生存条件に対する温暖化の深刻な影響予測を加えたその報告は、人類社会に重大な警告を発するものだった。そのようなものとして、先の京都議定書合意は、IPCC第二次報告に強く後押しされたものと言ってよい。
 第二次報告の時点では確かに、後のブッシュ政権による離脱を許すような、因果関係に対する疑念の余地は残されていた。しかし問題に対する取組みを枠付ける二つの原則的立脚点が世界の大方の公式合意とされたことは、重要な成果だったと言える。
 その立脚点の第一は予防原則であり、重大な影響が懸念される際は因果関係の証明が十分でなくても対策に着手すべき、とする観点だ。第二は公正原則であり、「差異ある責任」という形で、先進工業諸国の重い責任が共通の理解となった。ブッシュ政権の対応は、どのような理屈をつけようとも、この二つの立脚点を公然と覆すものでもあったが故に、なおさら世界に深い不信を残した。
 このような歴史的経過の上に昨年発表されたIPCC第四次報告は、人間活動に起因する地球温暖化という評価を、より確実性の高いものとして明確にし、経済活動が現状のまま続く場合最悪のシナリオでは、21世紀末の地球平均気温が1980年〜1999年平均と比較し、6・4度(℃、以下同様)上昇する可能性を示した(第一作業部会報告、2月1日発表)。また4月発表の第二作業部会報告は、温暖化による多方面の影響を予測評価し、人類が受け容れ可能な気温上昇は、産業革命以前比で2・6〜3・6度という目安を示した。その上で第三作業部会は5月、産業革命以前比での気温上昇を2・4〜2・8度で食い止めるためには、遅くとも2020年までに温室効果ガス排出を減少に転じさせ、2050年までに00年比で半減させる必要がある、と報告した(以上の第四次報告は朝日新聞記事による)。
 IPCCのこの20年にわたる作業には、全世界から科学者がまさに学際的に結集し多方面の研究成果を持ち寄った。それらを突き合せる長い総合的検証の結果、時間をかけて徐々に得られてきたものが、現在我々に提示されている地球温暖化の「像」である。それが現実世界にどのような反響と動きを呼び起こそうとも、このようにして得られたものは、十分に尊重されるべきであり、軽々しく扱われてはならない、と先ず私は考える。左翼の一部、あるいは現在の支配的エリートに対する根源的不信を隠さない人々の一部に、(温室効果ガスによる)地球温暖化論に疑念をもち、そこに悪意あるデマを見る人々がいることも事実であるだけに、私の先の立場を特に強調しておきたい。
 おそらくその疑念の背景には、地球温暖化を口実としたいかがわしい動きへの警戒があると思われる。現実に例えば、全世界の原子力マフィアは息を吹き返し、食糧を貧しい者から取り上げるバイオエタノールブームが、あろうことかブッシュによって煽り立てられ、さらに排出量取引が金融商品化を含みとして、つまり投機を含みとして持ち上げられている。確かにまさにいかがわしい。
 しかしそのいかがわしさは、地球温暖化との関係にも貫徹しているのだ。温暖化を加速させることにしかならないそれらの作用は容易に見えるものとできる。例えば、トウモロコシ由来のバイオエタノールなどは地球温暖化にとって殆ど意味がない。エネルギー効率が低すぎるのだ。しかもそこに込められたアメリカの利己的な動機も見え透いている。地球温暖化と誠実に向き合いそれと闘おうとすることこそ、先のいかがわしさをまさに全側面的に暴き出すことにつながる。いかがわしさへの批判を研ぎ澄まし、そのような動きを覆すためには、温暖化を否定する必要などない。

要は予防原則と公正原則の徹底

 その上でむしろ留意すべきは以下の点である。
 第一は、IPCCはまさに「政府間パネル」であり科学者だけの機関ではないということだ。それ故必然的にその報告は、各国の政治的・経済的利害を背景とした妥協の産物という側面をもっている。その側面は特に、政策勧告という意味合いを帯びる第二・第三作業部会報告と色濃くなる。つまりIPCC報告は、気温上昇速度(温室効果ガス濃度上昇速度)、その影響、目標とすべき均衡温度の全てにおいて、総じて過少評価となっている危険性はかなり大きいと判断すべきなのだ。
 例えば、人類が受け容れ可能な気温上昇は産業革命以前比で二度未満とする観点は、科学者の間では実は有力だ。あるいは、アメリカのシンクタンク、アースポリシー研究所は、06年のCO2換算温室効果ガス排出量の世界総量が00年比で20%増と発表している。これを年率換算すると年平均3・1%増となる。これは既に、IPCC第四次報告の最悪シナリオ、00年〜10年の年平均2・3%増を大きく上回っている(朝日新聞、4月17日付け)。
 第二は、地球温暖化として提起されるに至った気候変動に関する科学的理解の進展には、より深刻な懸念が内包されているという問題だ。結論を言えば、現在我々が恵みを受けている安定した温暖な気候という均衡システムは、過去40万年の内僅か1万2000年続いているにすぎない、まさに僥倖とも言うべき例外、ということだ。しかもこの均衡システムは、天変地異などを必要とすることなく、ある要素の相対的に小さな変化が呼び起こす多くの要素の波及的な変化の相乗的で相互加速的な連鎖の結果として、本当に瞬時に崩壊し、今とは全く異なる別の均衡システムへと移行(ジャンプ!)し得る。そのようなことが実際過去に起こっていると、証拠に基づいて認識されている。
 現在の気候を支配する均衡は脆く危ういシステムだとの理解が、多くの気候学者に共有されつつある。確かに我々は誰しも、北半球の中緯度以北全体が氷に閉ざされた、氷期という今とは全く異なる均衡システムの実在を知っている。今の気候について我々が無意識に抱いているこれまでの通念、つまり、その基本的あり方の強い安定性、そして変化があるとしてもそれは長期にわたるなだらかな変化、という通念には、何の支えもないのだ。
 上に述べたことがらについては、アメリカの科学史家であるスペンサー・R・ワット氏が100年以上にわたる気候変動研究をたどる形で著し、みすず書房から2005年に翻訳刊行された「温暖化の〈発見〉とは何か」が説得力をもって伝えている。
 いずれにしろ、現在の気候の均衡を人為的に大きく動かすことは予測不可能な激変へと至る引鉄となるかもしれない、と多数の科学者は懸念している。その意味で、気温上昇限度二度未満、という科学者達の主張の意味は軽くない。同書によれば、そのような危険への警告はIPCC第二・第三次報告の中にも記述されているという(同書、232頁)。もっとも、この部分を伝えているマスメディアはない。そして、多様な要素が相互に依存し合う複雑な均衡システムであるが故に、気候現象が、特にその長期にわたる見通しが、完全に確定的な理解に達することはないだろう。
 まさしくそれ故に、地球温暖化問題においてこそ、何よりも予防原則に立つ行動が徹底して求められる。
 温室効果ガス削減に向けた、しかも大幅な抜本的な削減に向けた実効的な行動がそれ故必要だ。社会的にどのような負担があろうとも、大幅な削減という結果が、しかもあまり時間をおかずに必要なのだ。それは、「効率性」という要素が優先されてはならない、ということを意味する。「効率的」であることは、望ましい、とは言えるとしても第一優先事項ではない。化石燃料の抜本的節約、その購入費用の劇的低下によって、経済的意味における社会的負担は相殺可能とする考え方はある。基本方針としては、我々ももちろんその方向を追及する。詳論する余裕はないがしかしその方向は、少なくとも、効率性最優先の発想の下では、進むことはないだろう。
 そしてそれ故に、対処方策には公正原則が貫かれなければならない。大幅削減に伴う社会的負担は、程度の差は別としていずれにしろ何らかの形で、社会の成員全てが受け持たなければならない。民主主義の社会を前提にする限り、公正原則なしにそのようなことに社会の合意を得ることなどできない。そしてまた社会的合意を欠く限り、必要な結果に達することもできないだろう。削減の実効性は、結局のところ公正原則によって支えられるしかないのだ。それは、この問題に関する国際交渉の場を支配する論理であると同じく、国内においても貫徹する論理である。
 予防原則と公正原則、この二つが、地球温暖化問題において終始貫かれなければならない。今浮上させられている排出量取引についてその適否を我々が判断する際の基準も、先ずこの二つでなければならない。

あまりに不透明―排出量取引

、排出量取引という削減手法問題が、特にマスメディアを中心に声高に押し出されている。しかし今日本に何よりも必要なことは、先ず大胆な削減意思を固めることのはずだ。現実に日本の温室効果ガス排出量は、京都議定書合意達成に向け進むどころか、議定書実行期間(08年から12年まで)を直前に控えた06年、議定書基準年である1990年実績を6・2%も上回っているのだ(5月17日環境省発表)。
 世界的に見ても実績と言えるものがほとんどないこの手法を、早急に確実な結果が求められる問題の中心に持ち出すこと自体が、禁じ手だと言うべきだろう。
 この手法の着想は、60年代後半にアメリカの経済理論家から提出されたという。しかしそれはあくまで、新古典派という一つの経済学派の理論枠組みに基づく理論上の仮説にすぎない。現実の中でのそのふるまいを、実績の裏付けの下に確かに知っていると言える者は、世界の中でもいないに等しいはずだ。いくつかの解説書を見ても、仕組みに関する理論的解説を除けば、それ以上の情報は極めて乏しい。加えて、技巧が過ぎるこの手法を、普通の労働者民衆が腹に落ちる形で理解することは難しい。
 要するにこの手法は誰にとっても不透明すぎるのだ。当然とは言え、この議論に直感的にいかがわしさを感じている人は少なくない。例えば、生物概念に新しい意味を提出しその世界では時の人となっている福岡伸一氏は、透明性を欠くと、この手法への不信を表明している(「論座)2月号)。
 問題の深刻さ故に、地球温暖化への対処は、まさしく全社会的に論争され合意を得なければならない。そのような性格の問題にこの手法は、先ず不透明というその一点でふさわしくないと言ってよい。それは迷走の種にしかならない。迷走はしかし、削減したくない者達にとっては大きな贈り物であるに違いない。

効き目がなく副作用だけが

 しかし、排出量取引は何故これほど持上げられるのか。課題の困難さに押された期待の先走りが見える。そしてある種の意図と思惑も。技術論を離れ、原点から考えてみる必要がある。
 それは予防原則から見て適切なのだろうか。即ち、必要とされる結果に間に合って達する実効性を持っているのだろうか。これは公正な方策なのだろうか。
 こう考えた場合、この方策には数々の問題が浮き彫りになる。少なくとも以下の問題点は指摘できる。
 第一に実績に裏付けられた実効性の証明がない。
 第二に効率性が事実上優先されることになる。
 第三に、削減責任の明確化とこの手法に内包されている所得移転の両面において、公正さは明らかに軽視され、結局は不問にされている。
 第四に投機は不可避的に入り込む。投機なしには価格形成が進まないからだ。
 第五に、政治を、即ち社会的対立と社会的闘争を押隠し封印する仕掛けとなっている。しかしそれは非現実的であるに留まらず、実効性を根底的に台無しにする。
 以下でこれらの点について少し踏み込んで検討してみたい。
 第一点との関係では、アメリカで70年代から実施経験があると言われている。しかしそのアメリカ自身は、排出量取引を引提げて臨んだ京都議定書会合では劣勢に立たされた。彼らが自身の実績を説得の武器として活用できた形跡は窺えない。会合の成り行きから見る限り、その実績に説得力と言えるものは乏しかったと判断できる。
 京都議定書には確かに、国別排出量取引が認められている。しかしそれは、それなりの削減水準をアメリカに呑ませるための取引手段に過ぎなかった。付言すれば当時、ヨーロッパは排出量取引にはっきり否定的だった。
 あるいは少し古いが、排出量取引のみならず、環境政策における市場利用全般に否定的評価を与えている環境政策のケーススタディー報告がある(「成功した環境政策」、有斐閣)。このケーススタディー会議は1993年にベルリンで行われ、世界の先進工業諸国の、環境指標に相対的改善が認められた12カ国の24事例を分析検証している。会議のタイミングとしては、アメリカの排出量取引経験が取り上げられてもよい時期である。しかし、同書には八例の事例しか訳出されていないものの、総括報告を見る限り排出量取引事例が検討に付された形跡はない。この点からも、アメリカの経験のほどが推察できるだろう。なお同報告の結論は、最も力を発揮した政策手法を、「コマンド・アンド・コントロール」、即ち、地方自治体を含む政府規制、とはっきり指摘している。
 第二点に関しては、この手法の最大の「売り」が効率性であることを指摘するだけで十分だろう。そして「節約」された費用の行先は問われていない。こうして、効率性が優先される限り、「節約」された費用の帰属先(結局は資本)の性格がもつ根源的な傾向により、削減の持続可能性も危険にさらされるはずだ。
 また第三点に関しても詳論は省く。なにしろこの手法の支持者自らがそれを認めているし、多くの論者もそれを前提としている(例えば「世界」2月号の座談会、「排出量取引は幻想か」)。さらに言えば、公正原則に目をつぶる理由が効率性の重視にあることが、それらの議論では当然のように同意されている。
 第四点については少し踏み込んでみたい。
 今、原油や食糧の価格暴騰を前に投機が人々から厳しく指弾されている。それはまさに正当な義憤と言ってよい。これに対して特に実務に携わるエコノミストからは、投機は市場に不可欠だ、との不満がもらされている。人々の怒りはそれによってさらに高くなる。
 しかし、エコノミストの言い分自身は確かに正しいのだ。市場で標準性をもつ価格の実現は、確かに投機なしには円滑に進まない。ここで詳論する余裕はないが、それは市場のもつ原理的な性格だ。
 従って、この投機の不可欠性は、排出量取引にも容赦なく貫徹する。そして排出量という「商品」は、投機にまさにうってつけの商品なのだ。供給量には明らかに天井がある。そして、削減要請は段階的に厳しくならざるを得ないという問題の性格上、需要が供給を上回る趨勢は避けられない(供給の天井も下がってゆく)。即ち価格には基本的に上昇圧力がかかっている。その意味で、排出量は、まさに原油や穀物などと性格が同型の「商品」と言ってよい。
 排出量取引をめぐって、例えばEUを舞台に、投機資本が目の色を変えていることには十分な理由があるのだ。排出量取引においては確かに、確実に純利益と呼べるものを手にできる者は投機者(何も生産しない以上この部門の排出量は極度に小さい)以外にはいない。利益を得る可能性があるなどと言われているが、排出事業者は、排出削減のためのコストを「節約」できる可能性があるとしても、削減のために、かつては不要であった追加的なコストが発生することに変わりはないのだ。排出量取引を介する所得移転はここにも発生する。
 そして、金融に極度に偏重した現代資本主義においてそれがどういう結果をもたらすか、我々は今多くを、あまりに多くを目にしている。

闘争封じ込めの罠

 最後に脱政治の問題を取り上げたい。排出量削減問題が激烈な社会的対立を不可避的に内包した問題であることを改めて強調したい。この対立の中心を貫くものが経済活動に対する制約に、ありていに言えば資本活動に対する制約に関わっていることは、誰にとっても秘密でない。そうであるからこそ現に資本は今、分野別アプローチなどという手法問題の形を借りて、削減水準設定自体にすら激しく抵抗している。
 しかし排出量取引論の先行的押し出しによって、社会的対立は、さらにその対立が必然的に要求する、問題の本質に迫る論争の社会的展開は、事実上後景に引き下げられている。対立は確かに、分野別アプローチか排出量取引かなどという、多くの人には分かり難いテクニカルな領域にずらされ、対立にはらまれた深刻な性格は隠されている。こうして排出量取引という問題設定は、事実において、社会的対立回避、あるいはそのような対立局面の先延ばしとして機能している。
 そこには一定の必然性がある、あるいはそのような展開に導く力学が不可避的に作用する、と言わなければならない。新古典派はその理論枠組みを、「普遍的合理性」を体現し、誰もが受容れざるを得ないものだ、と傲慢にも主張する。従って必然的に、その経済理論枠組みに立脚した排出量取引理念には、ある種の社会工学的な脱政治が、あるいは政治の追出しが本質として内包されるからだ。市場の人の手を離れた自動的な自然の展開の結果として、削減は目的通りに果されるとするその主張に、この理念の性格はくっきりと刻印されている。欧米に見られる特に一部の大規模環境NGO活動家をとらえている排出量取引に対する期待には、この脱政治の性格、ある種の「普遍的な合理性」を基礎とした社会的合意の可能性、言葉を変えれば社会的対立の回避も、大きな誘引として働いていると想像できる。確かに、社会的対立と社会的闘争という回路は、困難な道であるだけではなく、その成否の不確実性もはっきりしている。しかしどのような道であろうとも、困難さや不確実さを取り除くことなどどだいできない。現代を跋扈する新古典派理論が作り出した現実世界の極度の不確実さは、そのことを実例をもって教えている。またそれは、彼らの説く普遍性が虚構であることも示している。
 欧米に比べて社会運動の力が極度に落ち込んでいる現在の日本において、上述した「合理性」に期待をかける誘惑は無視できないほど大きいと思われる。現実に今日本においても、排出量取引に対する期待は、環境NGOの中に、さらに社民党の中にまで広がっている。この側面からも広がる議論の混乱に我々は立ち向かわなければならない。
 見てきたように排出量取引は危険だ。削減という最も肝心の目的にはおそらく効果はほとんどなく、副作用は極めて大きい。それはある種の罠と言ってよい。この手法の導入には明確にに反対しなければならない。
 議論を本筋に戻す意識的努力が必要だ、と私は考える。大幅な排出削減量設定を、さらに、政府規制を軸としたその実行を確実にする方策の確立を、大資本と政府に対する要求の中心に据え直さなければならない。(6月6日)
成田空港拡張の暴挙に痛打を
一坪共有地収奪を許すな!

 成田空港会社が、空港未買収地の「一坪共有地」の所有権をもつ国内外の約1200人に、権利売却を求める手紙を6月から送りつけることが報道で明らかになった。この事態を受けて三里塚・暫定滑走路に反対する連絡会は、暫定滑走路北側延伸と新誘導路建設に反対するとともに、会社の一坪共有地強奪キャンペーンを許さない取り組みを強化しようとしている。
 成田空港会社、千葉県を先頭とする周辺自治体、周辺の地域ボス達は、アジアの各空港や羽田空港との「競争」によるこの空港の「地盤沈下」なるものに怯え焦っている。地域経済の活力低下を煽り立て、周辺住民の、特に空路直下住民の生活破壊や危険への恐怖など全く無視し、年間30万回などという無謀な発着枠まで彼らは持出した。今回の一坪共有地収奪攻撃もこの延長線上にあることは明白だ。そうであれば彼らは今後、共有地を敵とするキャンペーンにも手を染めるだろう。
 全国のどの空港地域でも空港のもたらす経済活性化、そして空港の競争力などという論理が大手をふるって住民を煽っている。生活の現実から浮上がったこのような中身のない論理の横行に、いい加減終止符を打たなければならない。生活と無縁に言立てられた「活性化」、それを旨とした政策が世界に何をもたらしたのか、人々はそれを今痛いほど実感している。
 成田空港の拡大などに意義はない。空港に反対し、体を張って闘ってきた農民の大義、それに連帯した闘いの大義は今も生き、さらに新たな意味をも発信している。
 一坪共有地を確固として守ろう。もはやバブル以下となりはてた空港利権派のもくろみを吹飛ばそう。

●三里塚芝山連合空港反対同盟世話人の柳川秀夫さんから、一坪共有者に向けて共有地を守ろうと訴えるアピールが発せられた。三里塚・暫定滑走路に反対する連絡会を通して本紙編集部に届いた同アピールを併せて掲載する。
 なお、わが協議会の仲間たちが共有者名簿の確認を今行っている。一坪共有者の皆さんには是非協力をお願いしたい。

一坪共有者の皆さんへ 「ひき続き一坪共有地を守ってもらいたい」

柳川秀夫(三里塚芝山連合空港反対同盟・世話人) 08.5.20

 まだ空港問題は終わっていない。空港会社は暫定滑走路を2180mから南側に延長し3500mに大きくしようとしている。国際競争の下、成田空港の巨大化は止まることがない。
 空港周辺の地域社会も巨大化の恩恵を期待して、それが地元の発展と考えている。そのことも国や空港会社にとっては、滑走路拡張の根拠ともなっている。
 周知のように今日、地球温暖化問題が世界的に深刻な問題となっているが、そのことに起因するのが大量消費の経済活動であることは、知ってのとおりだ。
 地球の許容範囲を越えてしまった経済活動が引き起こした事態をどう回復するのか命題となり、その取り組み方が問われている。経済の発展という社会的価値観は見直しを求められている。
 この観点からも、これ以上大きくする必要はないというのが反対同盟の立場だ。
 一坪共有者の皆さんも、共有地所有の意義をその視点より、御理解され、ひき続き一坪共有地を守ってもらいたい。

G8に反対して「公共サービスを考える」宮城集会
    
青森エネルギー大臣会合を目前に

 
 「洞爺湖サミット」を7月にひかえて、各地で関連の国際会議が相次いでいる。東北地方では原発集中地である青森でエネルギー大臣会合が開かれようとしている。抗議の意をこめて、6月3日、仙台で『いのちとくらし・「公共サービス」を考える』をメインにした集会が開催された。
 集会は「ATTAC JAPAN 公共サービス研究会」などの協力を得て、実行委員会が主催した。実行委員会は、「公共サービスのあるべき姿を考え、その実現に取り組むきっかけを作りたい」と、公立病院、夕張市、郵政民営化などの実態をとりあげ、意見交流する場として集会を準備した。

公共サービス投捨てとどう闘うか

 二つのレポートが報告された。第一に「地域から公立病院がなくなる―公立病院の民間委託」。自治体財政の悪化はどのようにしてもたらされ、地方自治体はいかに変貌してきたのか。医療はなぜ不採算化しているのか。そして、総務省の指導(攻撃)によって、赤字化する公立病院が自治体から切り離されている(公立病院改革ガイドライン)。その手法として指定管理者や地方独立行政法人、そしてPFI方式などがあり、報告では病院PFIの失敗例や問題点が具体的に示された。
 仙台市ではPFIによって施工された施設で大きな事故が起き、全国的にこの方式の問題がクローズアップされた経緯がある(05年7月、スポーツ施設「スポパーク松森」の営業開始直後、地震により天井タイルの大半が落下、プール利用者の多数が負傷した)。この施設は〈民間資金による社会資本の整備事業〉として、仙台市が最初にPFI方式を導入したもの。タイル落下は業者の「手抜き工事」が原因だった。仙台市は当初、自治体としての責任を否定した。
 報告では公立病院をはじめ公共サービスの切り捨てと質の低下に対して、地域住民に問題を明らかにし、ともに反対運動を進めることの重要性が提起された。宮城県でもいま、公立刈田総合病院(白石市)の医師不足問題など、地域医療の危機的状況が大きな社会的問題になっている。
 第二は「崩れ行く公共サービス(民営化の果てに)」。とくに「非正規雇用労働者」の視点から民営化の実態をとらえた報告だ。「病院に行けないゆうメイト」「居酒屋でダブルワークする非常勤講師」「霞が関の非常勤職員」などのリアルな実態が報告された。「民営郵政になって郵便物が届かなくなった」という苦情が地域住民から寄せられているが、民営化による労働条件の低下はいろんな分野でサービスの低下を招き、人々の人生を左右するような悲劇的な結果さえもたらされている。「公務員バッシングに対する萎縮」も作り出されており、民営化に抗して大きな声をあげていくことの必要性が訴えられた。
 二つのレポートに関連し、介護、JR、NTT、日本郵政の各職場から報告がなされた。「G8サミットを問う連絡会」の仲間からは、今後の一連の取り組みについて報告があった。

止めよう再処理!六ヶ所へ

 また6月7日と8日には青森への大規模な結集が呼びかけられている。先月、経済産業省は大間原発の工事計画を認可し、着工に踏み切った。外資規制問題で揺れる電源開発=Jパワーは世界初の「フルMOX軽水炉」の2012年3月運転開始をめざしているが、計画どおりの運転開始は絶望的とされ、地元では「スケジュール優先で安全性が無視されるのではないか」と不安がますます広がっている。
 「止めよう再処理!全国実行委員会」と青森県実行委員会(連絡先・原水禁)は、「『止めよう再処理!』の声を世界に訴え、なんとしても六ヶ所再処理工場を止めよう」と6月7日と8日、青森市での全国集会やエネルギーサミット対抗シンポジウムなどへの結集を訴えている。
 青森県反核実行委員会は大臣会合を目前にした4日から、「六ケ所村で試運転中の使用済み核燃料再処理工場の操業に反対」して、青森県庁前での連日座り込みを開始した。工場敷地の直下に「未確認の活断層が存在する可能性が高い」との学者グループの指摘もあり、再処理工場の稼働中止を強く求めている。
(仙台)

イギリス
レスペクトとイングランド・ウエールズ地方選挙
 

    アラン・ソーネット/ニック・ラック

 
 労働党の新たな計画は崩壊しつつある。地方選挙結果は、この40年間の最悪となり、得票率はほんの24%であり、自由民主党に続く第三位に終わった。これはブラウンにとって破局的な結果である。ロンドンでは、市長へのボリス・ジョンソンの当選と大ロンドン市議会(GLA)でのBNP(ウエールズなどの地方議会などで勢力を伸してきた極右民族主義政党―訳注)メンバーの影響力は市の多様な文化的広がりを評価する人々すべてを落胆させ、憂鬱にするであろう。

労働党支持者の現状

 労働党の得票崩壊への直接的な媒体は、10%の所得税率(言い換えれば、労働党はその核心的基盤の大きな部分を攻撃しているのだ)の廃止だったが、その背後に迫っていた危機は、社会の大多数部分の低所得に敵対する信用危機、燃料や食料品の費用高騰といった経済的危機だった。これに付け加わるに、労働党計画に対してブラウンは、ブレアが過去において出来たように、何とか情報を操作するということができないのである。
 このすべては、2009年のヨーロッパ選挙、それに続く2010年での総選挙での大敗と保守党政府選出の大きな可能性という見通しをもたらしている。
 こうした背景に対抗するものは、労働党の新自由主義政策に対する左翼の代替物を作るという見通し、可能性である。いかなる領域で、いかなることがなされうるのだろうか。
 まず第一に、レスペクトが2004年に発足して以降、政治状況の何事も基本的には変化してはいない。伝統的な労働党への投票者の多数は、労働党の右翼的政策にそっぽを向き、幻滅し、やる気を失ったままである。ある人々は「変化」に解決策を求め、保守党に投票している。より多くは、両政党への不満をぶちまけ、棄権している。今日の英国政治の性格は、メディア報道もそうだが、主たる政党の間の対抗関係は、体裁的なものであり、政党人たちの個性争い的な性格となってきたのである。
 支配的政党すべてが根底的に新自由主義を支持しているのであるから、イデオロギー的相違は遥かの後景となったのである。相違は小さなもので、得点を稼ぐための些細なものを反映している。こうした状況においては、投票者たちは、実際に、根本的に相違する政策のために票を投ずるということがなく、自らの不満を示すために対立政党に票を入れることが可能なのだ。
 同時に、貧しい人々に対する物価上昇、生計費攻撃への広範な怒りがある。私有化政策への反対があり、保険と教育の将来への怖れがある。イラクとアフガニスタンでの戦争と占領は、論争点としては後退しているが、何百万の人々にとっては懸念であり続けている。
 もちろん、すべてが同じ方向へと流れているものではない。犯罪と移民問題についての怯えは、右翼的視点への支持を獲得するためにメディアや政治家たちが使う事実である。
 しかしながらおおよそにおいて、迷いから覚めた労働者階級の投票者たち、そして次第に、その気になった中産階級の階層が保守党にむけてぶれないようになった。ある者は自由民主党の社会自由主義に引きつけられるだろうが、多数は、厳粛で価値ある別の選択肢を見いださない限りは投票を抑制するであろう。保守党の勝利というおそれが浮き上がった時には、彼らのほとんどは再度労働党に、重い気分で、しかし投票したとしても誇りを失わず、そうするであろう。ロンドン市長選挙でのリビングストーン(破れた労働党員の前市長―訳注)の票においては、このことが重要な特徴であった。こうした対応は、右派的組合指導者たちに、「揺さぶりをかける」ことに対抗する論議、労働党は保守党を排除するために支持されなければならないと論議するために利用されるだろう。

レスペクト、そして左翼は

 こうした状況においては、労働党に対する左翼の対抗肢を築く可能性は多々あるが、しかしそれは簡単ではないし、早急ということでもない。われわれは出発する所を好まなくともいいが、しかしいかなる旅も人が今居る所から始まるしかないのだ。
 左翼諸政党の最新の選挙での達成の第一に記録すべきは、以上のような計画への支持の基盤はあると彼らが確認しているということである。ロンドンの好結果以外ではほんの僅かの成果しかないという、かなりの経験不足はあったとしても、結果は、一貫してねばり強い活動がなされた所で、左翼候補者への支持が得られたことを示している。
 レスペクトの結果は、このことを確認する。バーミンガム・スパークブルークでは、レスペクトのナヒム・ウラー・カーンは3032(42・64%)で勝利し、選挙区におけるレスペクトの三番目の議員となった。バーミンガムの他の地域では、レスペクトはスプリングフィールドにおいて25%、ネッチェルズで17%、そしてモズレイとキングス・ヒースでは5%にすれすれのところだった。
 これらは大変に重要な結果である。これらは、選挙においてきわめて信頼できる投票を獲得する可能性を示し、さらに勝利が可能であることを明らかに示している。これらは、総選挙における都市部でのレスペクトの展望の良い予兆である。
 マンチェスターのチートナムヒル選挙区で、ケイ・フィリップスは14・4%を、地域社会との真摯な結合を築いたエネルギーに満ちたキャンペーンの結果、獲得した。モスサイドではレスペクトは5・8%、そしてウイガンでは6・7%を獲得した。ブラッドフォードの、マニンガム選挙区ではレスペクトの票は7・5%を、さらにウオールソールでは7・6%を得た。もちろん、これらはきわめて数少ない選挙区での争いであったが、しかしながら、もしもより広範な選挙戦を闘う力量があったならば、そこでまずは獲得されうるものを、ささやではあるが示している。
 「左翼リスト」のいくらかの結果もまた、左翼にとっての潜在的可能性を同じく指し示した。彼らは、プレストンとシェフィールドできわめて良好な37%と25%を受け、それぞれはマンチェスターにおいては12%と10%に当たるのである。プレストンとシェフィールドの結果は、核的活動家たちの献身による長期間の、選挙に向けた広範な左翼的選択肢建設活動が生みだしたものだということは、述べる価値がある。SWP指導部とはまったく異なった道筋なのである。
 ロンドンでは、シティと東部地区においてハニフ・アブダルムヒトに投じられた票が最も印象的結果であった(大ロンドンはCityと32の区からなっている―訳注)。ここでレスペクトは三位となり、26、760票(14・59%)を、労働党と保守党の間での票の分裂という背景に抗して獲得した。前回に比べれば7085票(36%)の増大である。これは、BNPを破る大変な得票で、東部ロンドン拠点でのレスペクトの地位を打ち固めるものだった。
 ロンドン全体ではレスペクトの得票は、さほどではなかった。レスペクトは市長選に立候補せず、市内と東部を除く選挙区での立候補はなかったのだ。
 レスペクトは大ロンドン名簿で、59、721票(2・43%)の得票を得た。多くのレスペクト支援者たちは、5%の得票という制約を越えて大ロンドン市議会で最低限一議席を獲得することを望んでいたが、これは落胆させるものとなったのである。ジョージ・ギャロウエイの高い知名度にもかかわらず、このことは、現状では常に困難なものであった。しかしながら、資産の欠如や首都の大きな草刈り場に何の実体的存在もないということにもかかわらず、レスペクトのキャンペーンへの反応は、東部ロンドンでの成功から見ても、全体的な精力的外観を築く潜在能力を確認するものであった。
 現状では、こうした結果は悪いということではない。市長選をめぐるロンドンでの大きな対立関係があり、それは少数の諸政党を疑いなく締め付ける。おそらくより重要なことだが、戦争は2004年に匹敵する程度の何ものも、もはや特徴化はしないということである。レスペクトが有権者が直面する諸問題の広大さをカバーする政策の分厚い戦列を持つにもかかわらず、多くの人々は依然としてレスペクトを戦争反対政党と見なしていることはあり得ることである。これは的を絞ることを求めている。レスペクトは正確には何であるのか、そしてそれは何のために立候補するのか?レスペクトの分裂が党の見込みへの打撃となったことは疑いない。投票者はレスペクトを傷ついた商品と見なし、またロンドンを縦横する宣伝能力の弱体化がある。
 われわれは市長候補者を持たなかった。それは、われわれはロンドンのあらゆる世帯に配布されるパンフレットに掲載されはしないことを意味した。まして、われわれは選挙の宣伝放送を持ってはいなかった。
 不幸にも、ニューハム、タワー・ハムレッツ、サウスウオークおよび北ロンドンと他の地域での小地域を例外として、レスペクトは活動勢力組織として、現状では存在してはいない。このことは4年間の怠慢の結果が昨年の組織分裂によってひどくされたということである。昨年のサウスホール補欠選挙の教訓は再びこの選挙で明かとなった。すなわち、レスペクトは地域で、きちんとした持続的な活動を遂行しない限り、重要な支持を期待できないということである。
 レスペクトはこうした困難性を克服できなかった。レスペクトは、ロンドンでの実際的な勢力となるためには、首都全部で、すべての区で支部を持つものとして作られなければならない。しかしながら、シティと東部の得票は、きちんとした持続的活動を遂行する活動的基盤を拡大することによって、われわれが他の地区で築くことが可能だと明らかに示している。もちろん、われわれの優先地域は東部のタワー・ハムレッツとニューハムであり、そこでわれわれは建設と強化を続けなければならない。だが、いかなる全国政党も、二つか三つの地区に限定された支持を基礎にして作られることはあり得ない。

ロンドンの結果

 保守党の勝利やBNPのロンドン議会への登場も、労働党に対する他の選択肢を築く必要性と可能性があるという議論とは、なんら矛盾はしない。実際、今度の選挙結果は、以前以上にこうした政党の存在の必要性を明らかにした。労働党の新自由主義政策は、ある人々を保守党を試してみることに導くであろうし、白人労働者のある部分を人種差別主義者でありファシストであるBNPの腕に追い込むことすらもありうるであろう。大企業ではなく、労働者階級の人々の利益となる政策を採用する政党が、以上の流れを焼却してしまう唯一の方法である。
 選挙は、政治的発展のただの瞬間写真であり、こうした結果は右への全般的な動きとして見られてはならない。権威のある左翼政党の不在の中で、多くの投票者が、物事の幾分かの改良可能性にかけて「他」に投票することは驚くべきことではない。
 しかし、伝統的労働党への厖大な多数の投票者たちは依然として労働党に投票するか、棄権するかである。特に低賃金労働の新たな移民に顕著だが、もはや労働党にいかなる忠誠も持たない労働者階級の相当な部分もいる。ジョンソン(市長選での保守党候補、新市長―訳注)の選出、一人のBNPメンバーのGLAへの選出にもかかわらず、ロンドンの選挙は、状況が入り組んでおり、単純な右傾化の反映ではないことを示している。
 リビングストーンの第一回での支持票は208、336増えた。第一回と第二回での彼の支持票は合わせれば340、358増大した。一方では労働党の政策やリビングストーン自身の成果なるものへの多大な不満がありつつも、ジョンソンが勝つことへの怖れはリビングストーン支持者たちを押しやり、多大に増えさせたのだ。
 不幸にも、リビングストーンにむけられた増大した数量は、保守党の増大した数量には匹敵しなかった。保守党票は、2004年の結果に50万票を越える数を付加した。キャメロンを党首に選出した後、保守党は人を馬鹿にしたやりかただが、特にサッチャー主義を知らない新たな世代に向かっての訴えを増加させるため、政治的中道部へと再位置付けを行ってきた。
 これと並行して、とりわけ郊外部で保守党支持者たちに信念が戻りつつあることを理解し、ジョンソンを市長候補として選択した。リビングストーンは疲れてくすんで見え、選挙戦では影が薄かった。保守党は戦利品のにおいをかぎつけ、これをつかむために大挙して押しかけた。
 これが保守党のきわどい辛勝を生みだした。このことは、イギリスの政治的争いが個人性を押し出すようになってきたにもかかわらず、依然として左翼―右翼の争いが行われていることを示した。投票者の多くはこれを理解した。左翼の多くがリビングストーンについて深刻な懸念を抱いていることとは関係なしに、ジョンソンは打倒されなければならないと明確に理解されたのである。
 リビングストーンへの投票がシティ地域で高まっていったが、それは郊外の相当部分での倍増する保守党の票を相殺することはできなかった。市長選挙は大変な階級投票であった。票には明白なイデオロギー的側面があり、それは保守党支援の『イーブニング・スタンダード』によって率いられたリビングストーンへの大きな攻撃によってかき立てられた。ロンドンの多様な文化的性格と公共サービスが深刻な危機にあることが理解された。ジョンソンの勝利はきわめて早急に、その怖れの正しさを明白にするであろう。保守党の巨大な勝利であり、労働党にとどまらず、その左翼の勢力にとっての敗北であった。とりわけBNPがいまや市議会にいることを勘定に入れれば。

 より広い流れの一部分

 労働党の敗北は、直接に労働党それ自身の計画の産物であった。それはより広い、根本的な絵柄の一部分であり、それはヨーロッパレベルでの社会民主主義の方向性を内包している。過去20年以上の間、ヨーロッパ社会民主主義は、例外なく、伝統的な彼らの基本を放棄し、まったくの新自由主義の要項を採用した。今や、次から次へと、こうした諸党はこの反動に襲われ、混乱に陥っている。イタリアは最も新しい例であり、そこでは社会民主主義は中道右翼のプロディ政権との同盟という破局的時期の後に壊滅し、そしてわれわれは今、ベルルスコーニ政権とローマのファシスト市長を戴いている。フランスは中道左翼政権が右へのドアを開けサルコジを権力に着けた別の例である。ドイツでは、より早い段階でアンゲラ・メルケル(保守政党・キリスト教民主同盟の党首、保革大連立首相―訳注)の選出となった。
 ヨーロッパの全体で、社会民主主義政党は中道領域に踏み込み、彼らと中道右派諸政党の相違は消滅した。混乱へと後退した。イギリスにおいて、労働党は分かりやすく伝統的な選挙土台を拒絶し、先頭に立ち、成功裏に中産階級のイギリスに手を差し伸ばし、これらの支持により三つの選挙に勝利した。だが、こうした支援は、それが来た場合と同じく早急に姿を消すことができる。政府がイデオロギー的に基礎付いた核的支援に依存するのでない限り、政府は政治状況の最新の紆余曲折や反対者たちの愚行に対して、持続的な弱点を持つのである。
 これは労働党の終焉を意味するか?否。労働党の特殊な局面の終焉―彼らはあっという間に官職から離れつつあるという意味合いでの―を意味するかもしれない。しかし、彼らが新自由主義の道筋は間違っていた、今や、昔の労働党の何らかのモデルに戻るべきだという二つの結論を出すという、なんらかの考えは実現することはありそうにない。
 来週かその次週に新たな政策便覧が発行されるが、その時にそれは明白になるであろう。彼らは、充分にまで前進してはいなかった、保守党から有権者を取り戻す道は、もっとさらに市場を抱きかかえるべきだと結論することがありそうである。
 ヨーロッパ全土を縦横していることすべてへの左翼の返答は、充分に明瞭になされなければならない。広範な左翼政党、広大な社会主義の諸政策に基礎を置き、政治的な他の選択肢を求めている人すべてを抱きかかえるように設計された左翼政党の創出の必要性は、もはやこれ以上の鋭い論議を必要とはしていない。このことは容易な計画ではない。決意、気力、開けっぴろげ、忍耐力、ねばり強さが求められる。だが、それはなされなければならない。

選挙後の進む道筋

 左翼の広範な複数主義の政党への基盤は、左翼の現状の分化状況にもかかわらず、ロンドン選挙での後退にもかかわらず、あきらかに存在している。もしわれわれがロンドン以外でのいくらかの結果に加えて、バーミンガムとロンドン東部できわめて良い結果を獲得し、ロンドン名簿で多くの左翼政党が3・6%を獲得したならば、そこでは、現在までに作られた左翼よりもさらに大きな政党の基盤が明白となっている。レスペクトはそれ故に選挙後状況において、二重の任務をかかえている。重要で中核的なバーミンガムと東部ロンドンの拠点を強化し、組織化のために全国的な広がりを築く目的を持って、他の地域への拡大を開始するということである。
 これは速やかに選挙態勢から党建設活動への、われわれの全国性強化とならんで忍耐強いが精力的で、生き生きした地域活動を通じての復帰を求める。われわれは、未だ存在していない所で、新たなメンバーを獲得し、強化し、支部を建設する必要がある。レスペクトの闘いは強められなければならない。新聞はより多くの支持者や同調者を獲得すべく利用されるべきだ。われわれは秋の早い時期での会合の準備に入らなければならない。会合は、組織を強め、他の人々へ手を差し伸ばすことができるようになされるものだ。
 われわれは、選挙中に共に活動した地域社会の人々への接近を継続し、同時に活動を開始すべき新しい地域を見つけださなければならない。われわれは、われわれの献身を行き届かせるために繰り返しを何度も行わなければならず、左翼的な選択肢を求めている左翼的人々―環境運動での若い人々、人種差別やイスラム敵視主義に反対している人々、地域共同体での活動家たちと協同しなければならない。
 このことはまた、労働組合活動家や他の場面での左翼活動たちに近づき、レスペクトを越える広がりを再組織化するために論議することをも意味する。広がりの再組織化は、左翼の潜在的可能性のすべてを反映し、そして労働者階級の代表性の危機に、対処できるためである。われわれは、「左翼協議会」のような働きかけに加わらなければならない。真剣な諸組織とのリンクを作ることは容易ではなく急がせることもできないだろうが、しかしわれわれは、より大きな連合された左翼政党を建設するために他の人々と協同する計画に加わっていることを明らかにしなければならない。それまで、われわれは、公開的で排除のないやり方でのわれれの支柱を築くことに努力するのである。

・アラン・ソーネットは国際社会主義グループ、第四インターナショナルイギリス支部の指導メンバーであり、レスペクト全国委員会に席を持っている。
・ニック・ラックはレスペクトの創立大会議長であり、現在はレスペクト全国委員会メンバーである。彼は昨年、旧レスペクト分裂の渦中で、イギリス社会主義労働者党(SWP)から除名された。
 
 
 
 
 

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