2008年9月10日        労働者の力             第 221・222号

福田首相の突然の辞任・自公連立の行き詰まりの露呈
総選挙で自公政権打倒を!

川端 康夫

 
 
解散・総選挙をできなくなった福田

 9月1日の夜9時半、福田首相は記者会見において辞任を表明した。あまりにも突如の表明は、政界に激震を起こした。また、マスメディアも驚き、対応に慌てふためいた。
 福田首相は当日、大阪の災害対策訓練に出た後に急きょ帰京し、夜6時から麻生幹事長、その後町村官房長官と会見し、辞意を告げ、その後の後継総裁選びの手続きを取ることを依頼した。夜9時半からの記者会見の席上で福田首相は、先週の土日に辞任を決めたと述べ、参院での野党多数と民主党の非妥協的対応を非難し、さらに臨時国会日程や定額減税強要など、連立相手の公明党とのちぐはぐさの浮上にも触れ、自公連立の将来性への懸念をも表明した。さらに内閣支持率の急落以降の低迷をも辞任の理由にあげた。
 首相辞任への契機は、自公連立内閣への民衆の批判、不満の増大による一連の選挙の敗退、そこでの党内や公明党の福田体制への不満が蓄積してきたことに、そして公明党の不満の表出に引きずられる状況の到来に耐えられなくなったことにあろう。すなわち、福田首相は解散・総選挙を自らの手で行うことができなくなってきたのである。低迷支持率のもとでの解散・総選挙では勝ち目がない。だが、来年秋の衆院任期切れまで内閣を持続するという方式も、公明党の不満の露呈、年末から年始の時期での解散・総選挙の要求の浮上によって不可能になりはじめていた。とりわけ決定的であったのは、今度の臨時国会で強行しようとしたインド洋での海上自衛隊によるアフガン軍事行動のアメリカ軍への燃料補給活動の継続に決定に公明党が後ろ向きの対応を取り始めたことであった。日米同盟の強化―東アジアへの丁寧な対応ということを掲げながらなも、福田が政権維持のための切り札的に打ち出してきた立場の象徴が、このインド洋での補給活動の継続であった。この補給活動の継続には、参議院での否決を無にする、衆議院での三分の二議席での再度の承認を必要とする。臨時国会日程の短縮という公明党の要求への妥協は、この手続きに必要な会期日数を、最終的には取れなくなるという可能性を含んでいた。
 日米同盟の強化を現在強調するということはすなわち、アメリカブッシュ政権による「反テロ」戦争への協力を強調することに他ならない。福田はこの強調によって、自民党内部での求心力を強め、そして「国連主義」を掲げる民主党・小沢との違いを押し出し、民主党内部の日米同盟派系統への働きかけを進めようとしてきた。そうした福田の考え方には、後で述べるようにそれなりの意味はあったが、しかしそうした方策が民衆には受けなかった。そして民衆から拒否される方向性に、野党陣営からの同調も起きにくかった。民主党から福田に呼応したのは、たった二人だけだった(民主党の二人と無所属二人の改革クラブ四人、国会での政党要件である五人にはならなかった)。
 そして、公明党が切れ始めたのである。

吹飛んだ臨時国会―解散・総選挙へ

 12日開会予定の臨時国会は自民党総裁選が入り、開会延期となった。自民党は総裁選日程を10日告示、22日投票と決め、臨時国会を24日に開会することとした。幹事長の麻生が次期総裁の本命とされるが、反麻生である古賀を入れた加藤、山崎の「新YKK」が中曽根の系列にある与謝野を対抗馬に押し、いわゆる小泉路線の継承を求める「上げ潮派」が対抗候補として小池を押し上げる動きに出ている。麻生は景気回復・財政出動派である。また、石原なども20人の推薦議員を集めようとしている。そのほかにも動きはある。森派すなわち町村派は体制として「様子見」であり、古賀派の中では谷垣出馬という動きもある。本誌が皆さんに届く頃に総裁選挙選挙告示日あたりであるから、こうした様々な動きの枠組みは決まっているはずである。
 自公が選出する次期内閣は選挙管理内閣である。自民党はもはや総選挙を遅らせることはできなくなった。福田が発足時に60%程度の高い支持率を示したが、数ヶ月のうちに極度の低迷に入ったという「教訓」がある。「賑やか」な総裁選挙で大衆的興味を引きつけ、その勢いで総選挙に入る、という方向が強まっている。公明党が年末・年始などと言っていたようなものでは、もはや今はない。補正予算も飛ばして、臨時国会開会直後解散という事態も考えられている。
 民主党は、自公政権打倒、民主党を中心とする野党連合政権を!と叫び、対立候補のない無投票で12日に小沢を代表に選出し、総選挙体制に入る。民主党は衆院選挙区で150人ほどの当選を狙い、比例部分を含んだ全体として自公を上回り、そこで野党連合政権を打ち上げる。仮にそうなった場合には、小沢は首相となるという決意をも表明した。野党連合政権形成という方針であり、それに関する問題は多々出てくるとしても、要するに両院を制するということで、問題はある程度簡明である。
 自民党の場合は参院問題があるので、問題は簡単ではない。参院は今後の2年間は野党連合が多数であるからである。少数派に転落しないとしても、小泉ブームで獲得した衆院の三分の二多数議席が維持されるということはありえない。となれば、安倍が投げ出し、そして福田が投げ出した政権首班を仮に維持したとしても、「三分の二」の「優位」さがなくなるが故に、さらに苦しい事態となる。そうした場合、自公という枠組みすら、福田が指摘したように、あやうい。
 いずれにせよ、日本の国政はかなりきわどいものとなろう。政界再編が言われる理由である。しかし、ほとんどマスメディアは取り上げないが、政界再編の政治的根拠ということを無視するわけにはいかない。
 21世紀の世界はいかなる方向を歩もうとしているのか。こうした大状況の中に日本政治の紛糾の基盤もあるからである。

アメリカ中心型の世界構造を容認するのか、しないのか

 世界の状況は相当の混迷時期に入った。グルジア問題は、ロシアをめぐる「新冷戦」事態へと進みかねない事態である。中国は、毛沢東以来の「民族自治・自決」の否定という基本路線の限界に厳しく突き当たり、一党独裁体制の歪みが浮上しつつある。パレスチナ問題を核心問題とするイスラムの世界の動向もまた、アメリカの反テロ戦争の路線との関係で複雑さを増している。
 しかし20世紀から21世紀へと移るにあたって、最大の問題は、アメリカ帝国主義の世界的「覇権」の揺らぎが留まることなく進行しているという事実である。
 WTOの機能停止状態は、中国やインド、ブラジルなどの「開発途上」諸国、ロシアを含めればブリックスを中心とする、IMFや世界銀行などアメリカ主導の新自由主義的グローバリゼーションへの抵抗に起因している。世界的覇権を実現し、継続しようとするアメリカ帝国主義は、そうした流れに対抗するために、ネオコンという極度の軍事攻勢主義を採用し、世界的な「抵抗勢力」への圧力のみならず、その路線を実行するところまで踏み込んだ。イラク攻撃は、たしかにフセイン政権に対して、軍事的には圧倒した。しかし、それがイラクの民衆をもつかむということには全然ならなかった。イラク民衆の多くは、アメリカ帝国主義の統御の下での国家存続に納得しなかった。
 アメリカの政策はきわめて二重性を持ったものとして展開されている。それは、味方か敵か、という単純な尺度を基準していると言ってもいい。たとえば原子力問題がある。アメリカはイラクや北朝鮮の核開発には戦争を辞さない態度を示しつつ、味方あるいはその可能性を持つインドやパキスタン(そしてイスラエルの秘匿されている核兵器保有)に対しては、その横暴な核開発を公然と是認する。また、国連常任理事会がアメリカの意向に従うものではないという現実から、サミットという帝国主義諸国会議の首脳会議を毎年開き、そこでアメリカサイドの陣営と方向性を確認することもはじめて久しい。
 アフガニスタンのタリバーン政府の軍事的打倒に続く軍事支配へと参加している諸国は、当然、アメリカの「世界覇権」を受容する国々である。
 日本における福田の立場は、こうしたアメリカ中心主義、覇権主義を承認しつつ、その枠組みの拡大・浸透を進めるという視点からのアジアへの「柔軟」対応であった。その意味では前任者安部とは違う味わいを出そうとしてきた。「日米同盟の強化」という福田の強調した観点は、主要には民主党(保守系や松下政経塾系統など)への問題提起であった。「大連立」が進まない以上、民主党を切り崩すこと、これがねじれ国会打開への福田の視点となったのである。アメリカ中心主義を受け入れるのか、否か。そうした恫喝を基礎とした政界大再編、自民党の支配体制再建への政治的布陣である。
 しかし、福田の位置は、安部の右翼路線の手直しにはそれなりの結果を示した(アジアでの外交路線、とりわけ北朝鮮問題)とはいうものの、小泉が全面展開したグローバリゼーション受け入れ、新自由主義経済路線の展開が作り出してきた格差型社会、大企業や金持ち優遇、民衆の負担増大といった政策構造を変化させることには手をつけなかった。むしろ、消費税引き上げを財政再建の切り札としようとする意図を打ち出し始めたのである。
 かくして、福田は「政界再編」という国会での政治的争いに関する視点は持てたととしても、広範な民衆意識への視線はなかったというほかはない。

衆院選、自公政権打倒の投票を!

 衆院解散・総選挙は、年末・年始までには、いずれにせよ来る。
 次の政府首班が麻生であるか、あるいは「新YKK」(山崎、加藤、古賀)という反麻生勢力に押し出された与謝野、さらには石原、小池という小泉路線を引き継ごうとするほかのなにがしかであるかとは関係なく、アメリカ主導の世界構造を容認し、そしてアメリカ型社会が典型として示している格差社会形成の基礎構造である新自由主義路線を維持するであろう自公政権の存続を許すことはできない。派遣労働の無制限の拡大を強行し、少数の基幹労働者と大多数の下層労働者に分類すると言う提言は経団連のものである。働いても最低賃金なみ、あるいは以下でさえあるワーキングプア時代を作り、大企業の法人税を激減させ、金持ち優遇税を正しいとし、その結果生じてくる財政緊迫から逃れるために、下層大衆を主要なターゲットにする消費税をさらに引き上げる。そして公的社会事業を「民間委託化」し、それらを派遣労働者を中心とした低賃金労働者を雇用し、コスト大削減をうたいあげる企業に委ねる。イギリスでサッチャーが行ったほど「劇的」ではないようにはしているが、事態の本質は変わらない。
 イギリスにおいては、サッチャー主義の凶暴さを通じて、保守(トーリー)党は分裂し、同時に政権の座を失って久しい。労働党もまたニューレイバー(新労働党)と国内では呼ばれているように、トニー・ブレアもブラウンも伝統的な労働党的地平から、アメリカのもっとも忠実な追随者であり、かつサッチャー方式を事実上継承するように、右に明確に動いた。にもかかわらず、イギリスの労働者・大衆は保守党の政権復帰には絶対的な抵抗を示し、あえて労働党に投票するかあるいは意識的に棄権する。ブレアやブラウンの労働党にいらだっても、保守党への投票はしない。サッチャー主義を推進した保守党への嫌悪感は、そこまでも深かった。これはイギリス支部のアラン・ソーネットの報告に述べられていることである。
 自民党もまた、公明党との連立の中での選挙協力によってようやく選挙区議席の多数を確保することができるという存在となってきた。伝統的自民党支持層は大きく分解・衰退したのである。郵政問題での特定局長たちの動きが典型である。単独政権はもはや無理なのだ。
 9月3日の『東京新聞』社説は、「二代続けての政権投げ出しは、世襲議員の増加による指導者にふさわしい人材の枯渇をはじめ自民の政権担当能力の限界などを露呈した。後継総裁が首相の座に就けば、総選挙を経ない三代連続の政権誕生である。本来なら潔く下野して野党に政権を委ねるのが筋である。」と述べた。まさにその通りである。
 しかし、自民党にはそうした考え方はいっさい見られない。次期首相をめざす権力争いということしか彼らは考えない。言い換えれば、自民党は常に権力の座を占めるのだ、という自己中心の思考でしかないのである。
 小泉パフォーマンスの魔術的作用、そして小選挙区制度という、そのときの政治的多数派に圧倒的な優位性を与える選挙制度の作用によって築かれた衆院での圧倒的多数勢力というものは、過去の一時的できごとにすぎなかったし、自民党支持層の力で獲得したものでもなかった。その当時の小泉を押し上げた主体的層は、いわゆる中間層である。すなわち選挙民の多数である無党派層の相当な多数部分が小泉支持へと流れたのである。
 それは、すでにはるかな過去のできごとである。そうした事実を、選挙における投票という行為によって、彼らに知らさせなければならない。
 自公政府を倒せ!

新たな政治流動、再編の入り口―自公政権の打倒

 自公打倒は、本格的にアメリカの覇権主義的行動への追随か否か、と問う本格的な政治再編の入り口となろう。アメリカは日本を自らの軍事基地枠組みの重要な一部としてさらに組み入れようとしている。そして、アメリカ空母部隊の「母港」を提供しているのは、世界の中で日本だけである。その横須賀に原子力空母が配置される。本来は一時的であったはずの空母の横須賀への配置は、その後は恒久化され、日本政府はそれに何らの手を打つつもりもなく過ごしてきた。そして原子力空母である。
 アメリカ中心の世界を築こうとする「覇権主義」のための軍事体制を全国的に展開する基地の提供、そして沖縄での米海兵隊の存在、さらには膨大な「思いやり予算」の提供、そしてアメリカ軍へのインド洋での給油活動の展開―次期総選挙を通じて、これらの是非が本格的に問われなければならなくなる。
 仮に野党連合政権ができるとすれば、最大政党である民主党は文字通り、その持つ政治的雑然性をさらけ出すこととなるであろう。かつて小沢が旧社民党員である横路と手を打った時の最大問題はアメリカとの同盟関係をめぐるものであった。そこに小沢流の「国連主義」が登場した。非アメリカ、少なくともそうした立場である。もちろん、付け加えれば小沢は、その「国連主義」での軍備強化、そして海外派兵をも計算のうちに入れているのだが、少なくともアメリカ中心主義とは違う。だが、これで民主党は統一性を維持できるのか。先に述べたように福田はそれを計算に入れようとしたのだった。
 そして格差型社会受け入れにつながる新自由主義容認の枠組みは、民主党支持労組センター「連合」主力組合の立場だ。彼らは大企業労組、その発想は経営陣とほとんど変わらない。
 民主党が、その表面的な統一性を維持できるとは思われない。いかにして政権を獲得するか―そうした既成政治グループの野合や分裂が、自民・民主を中心とする与野党を通じて表面化してくるだろう。
 われわれは、このように想定される大変動が、20世紀後半期に一挙に少数派へと追い込まれた旧社会党、現社民党、民主連合政府形成の合唱をすでに忘れ、また選挙区全部への立候補を断念することと変化した共産党が、21世紀の新たな世界的な枠組みをめぐる世界的の変動、あるいは混迷において、いかなる左翼的世界を見いだすのであるか、そして限度に到達したと言うべき「新左翼」の世界が、次にいかなる方向性を見いだすのであろうか、に大きく関係すると考えなければならない。そして、保守的二大政党時代における左翼的第三極の形成、21世紀の前半期の枠組みの形成はこれから、すなわち政権打倒から始まると考えなければならない。
 自公政権打倒の圧倒的投票を勝ち取ろう。(9月4日)
労働者派遣法
   名に値する改正実現を!
   秋、湧き上がるような大衆行動で

 労働者派遣法改正に向けた手続きが進み始めた。先ず7月28日、厚生労働省の有識者研究会(座長・鎌田耕一東洋大教授)が、改正に向けた報告書をまとめた。次いで8月28日厚生労働省が、先の報告書に沿ったものという形で、厚生労働省労働政策審議会部会に、改正骨格のたたき台を示し、労政審の審議が始まった。これをもって、派遣法改正は具体的法案化の局面に入ったことになる。
 しかし問題は、当事者である労働者の要求に真に応える改正とできるか否かだ。政府、自・公与党、日本経団連等、派遣労働推進勢力側は、確かにこの間守勢に追い込まれている。とはいえ、特に日本経団連を中心とした抵抗は執拗に続いている。今こそ、具体的改正要求を押し立てた、労働者民衆の団結と大規模な大衆行動が求められている。

秋に向け闘いは始まった

 どのような改正が必要か。それは、派遣法改正への流れを築き上げるべく、昨秋から四度の院内集会を積み重ねてきた「格差是正と派遣法改正を実現する連絡会」の活動などを通して、基本的にほぼ出そろい、かなりの程度集約されている。同連絡会は、五回目を院外に移し、7月25日総評会館で、「各党トップに聞く7・25集会」を開催した。約250名が会場を埋めたこの集会では、それらの要求が改めて確認され深められ、職業安定法や労働基準法の不備の改訂が俎上に挙げられるまで、議論は進められた。
 要は労働者保護に徹した改正の実現なのだ。中心的には、雇用の原則を直接かつ期限の定めのない雇用とし、派遣労働はあくまで一時的で臨時的な例外とする、そしてこの観点から、実態としては有料職業紹介業(したがって職業安定法違反の)に過ぎない、しかも法外に高額の手数料まで巻き上げる登録型派遣の禁止、派遣業種のポジティブリスト化(リストに載らない業種への派遣は全面禁止)、違法派遣へのみなし雇用規定の導入(派遣先企業との間に期限に定めのない雇用契約が既に成立しているとみなす)、そして、派遣労働者の均等待遇保障などだ。政党(野党)レベルでもそれらの理解は進み、少なくとも99年以前段階にまで戻すことを最低線とすることは、民主党を除いて共通了解だ。
 同集会ではこれらの必要性が、山田正彦・民主党ネクストキャビネット厚生労働大臣、志位和夫・共産党幹部会委員長、福島みずほ・社民党党首、亀井亜紀子・国民新党副幹事長に、鎌田慧さんが加わり、中野麻美弁護士が進行をつとめたパネル討論で、様々な角度から明らかにされ改正方向の収斂が深められた。鎌田慧さんは、派遣法は人ころがしの悪法であり、非合法の闇稼業を合法化したに過ぎない、条件闘争であってはならず中途半端では済まない、と檄を飛ばした。応じるように亀井議員は、派遣業は昔の口入れ屋、モラルの点で受け容れられない、との党の空気を紹介した。
 最後にまとめに立った小谷野毅全日建書記長は、この集会が秋に向けた最初の闘いであり、次は大きな結集で大衆的な行動を実現したいと提起、賛同の大きな拍手を受けた。民衆的決起に向かう機は着実に熟しつつある。

ごまかし改正の画策

 この中で問題は民主党だ。この党の改正案の場合、日雇い派遣規制に関しては、ポジティブリスト化にも触れないまま二ヶ月未満の短期派遣禁止というテクニカルな方策にとどまり、雇用の安定、労働者の権利保障、労災からの保護などの肝心な点での実効性が極めて疑わしい。さらに、登録型派遣規制についても踏み込まず、みなし雇用規定についても、内閣法制局から法的問題点を指摘されている、などと逃げ腰だ。総じて、現行派遣法の骨格は変えずに、使用者側に課す細かな形式的義務規定を加える、という色彩が濃い。しかしこのような規定の実効性の乏しさは、派遣ユニオンなどの当事者からとうに指摘されていた。しかも先のみなし雇用に関する法的問題指摘については、前述の集会で他の野党は明確に否定しているのだ。その際福島党首は、松下プラズマ事件訴訟においては大阪高裁が「黙示の雇用契約」を認めている、と指摘している。
 それらを自覚するが故か、山田議員は先の集会で自党の方針を説明しただけ。国会スケジュールを理由にすぐさま退場し、パネル討論に参加しなかった。そして民主党のこのような対応は、この間の院内集会でも慣例のようになっていた。要するに民主党は、この問題から逃げ回っている、というしかない。
 党内部の強固な新自由主義の流れの存在、大独占資本からの圧力が推察される。その上民主党の有力支持母体である連合内には、規制推進に対する木会長の積極発言がありながらも、大企業労組連や派遣企業の企業内労組を中心とした強固な「抵抗勢力」がいる。これらの勢力が裏から手を回していることもいわば公然の秘密なのだ。
 こうして厚生労働省も、上述した民主党と連合内の状況を視野に入れて対応してきたように見える。今年前半まで厚生労働省には法改正の意思は全く見えなかった。グッドウィル問題などでの批判の高まりにも、彼らは行政指導や有識者研究会への検討丸投げなど、あくまでお茶を濁す態度に終始してきた。その傲慢さを力付けてきたものこそ民主党や連合内の動きと言ってよい。当時、派遣法を含んだ交渉に当たっていた関係者に彼らは、民主党や連合が改正でまとまるはずがないと、高をくくった姿勢を露骨に示していたのだ。
 そして今、改正を強要される局面においても厚生労働省は、ごまかしの改正に留めようと腐心している。先述したたたき台は、日雇い派遣の禁止などで規制強化の方向と報じられている。しかし日雇い派遣の禁止は、30日以内の短期雇用の禁止という方式であり、当事者の要求とはかけ離れている。さらに登録型派遣の常用化もあくまで努力義務、みなし雇用規定も見送られている。そしてこれらの内容が、日雇い派遣の禁止方式も含め、民主党改正案と重っていること、しかも妥協に向けた一定の「糊代」まで暗に含まれていることは明瞭に見て取れる。要するに厚生労働省は、今も民主党と連合内抵抗勢力を頼りとしているのだ。実際このたたき台の素案となった有識者研究会報告のまとめに当たっては、「与党だけではなく民主党にも配慮してまとめた」との関係者発言が伝えられている(朝日新聞、7月29日付け)。

自立した大結集を今こそ

 まさにそうであるからこそ、民主党の逃げ道をふさぎ、連合内抵抗勢力の裏工作を封じ込め、そして与党、厚生労働省の抵抗を打ち砕くために、労働者民衆の意思を社会的に紛れもない形で登場させる行動が決定的となっている。
 7・25集会の提起を本当に実現しなければならない。関係者の努力が今続けられている。大結集はおそらく11月頃に設定されそうだ。派遣法の抜本改正に向け、その期日を待たずに自主的な行動を草の根から積み重ねよう。さらに、「テロ」とではなく貧困と闘えとの観点の下に、インド洋から海上自衛隊を引き戻す闘いとも重ね、それらの行動の上に本当に湧き上がるような民衆の大結集を作り出そう。
 福田の政権投げ出しで政治日程は一転闇となった。しかし、派遣労働者の労災死傷は、厚生労働省調べ(8月20日発表)でも僅か4年で九倍にも跳ね上がっている。派遣労働の現状はもはや一刻も放置できない。派遣法のごまかしのない抜本改正を今こそ実現しよう。予想される総選挙に対しては、派遣法抜本改正要求を争点として強く押しだし各政党に突きつけ、政治変革を実現する労働者民衆の自立した独自の闘いを作り上げよう。(神谷)

 

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「ぺシャワール会」・伊藤和也さんの死を悼む
対テロ戦争正当化への卑劣なすり替えは許されない!!

 アフガニスタンの現地で30年にもわたって医療支援を継続し、現在は灌漑など農業支援にも活動を広げてきた「ぺシャワール会」の現地日本人スタッフ、伊藤和也さんが反政府武装勢力を自称する集団に拉致、殺害されるという、実に心の痛む悲報が届いた。何よりも先ず伊藤さんの死を心から悼みたい。
 現地の人々と深く交流し、現地の人々が真に必要としている事業をつかみ出し、それを具体的に実践してきた「ぺシャワール会」と伊藤さんの活動は文句なく敬服に値する。伊藤さん拉致の知らせに接した現地の村民が1000人以上も追跡・捜索に参加したという事実、また、伊藤さんの遺骸を自ら担ぎその後に数え切れない数で続いていた村民のTVが映し出した光景は、私達の敬服が現地の人々と共有されたものであることを示して余りある。
 しかし今日本の政権からは、伊藤さんに対する人々の敬服と哀悼を、「テロとの戦い」の口実にすり替え、利用しようとする実に狡猾で卑劣な動きが露骨に現れている。このような悲劇を防ぐとか、果ては伊藤さんの遺志を生かすとか称しつつ、町村官房長官や高村外務大臣の口から、「テロとの戦い」からの離脱は許されないなどとの主張が声高に語られている。
 これは伊藤さんに対するまさに侮蔑であり、人々に対する愚弄だ。
 何よりも伊藤さんに死をもたらしたものこそ「テロとの戦い」だったのではないか。
 「ぺシャワール会」はこの長い期間、現地の人々との深い信頼関係に守られ、安全に活動を続けてきた。それ故、ボランティア関係者を含む多くの人々は拉致の報に接しつつも、伊藤さんの無事の帰還を信じていた。何らかの想定を超えた手違いがあったと推測するしかないが、それ故にまたボランティア関係者に与えた衝撃も極めて大きい。「ぺシャワール会」に安全がないのだとすれば、だれにも安全などない。
 しかし、このような状況の悪化を引き起こしているものこそ、紛れもなく、アフガン民衆と関わりなく強行されている「対テロ戦争」に他ならない。伊藤さんに起きた悲劇の直前、アフガニスタン西部では、子供を含む一般市民90名以上が犠牲となる米軍の無差別爆撃事件が起き、住民の激しい怒りを引き起こしていた。この事件に対しては、米軍に守られ辛うじて地位を保っているカルザイ大統領でさえ、米軍に対する抗議を明らかにせざるを得なかった。要するに、米軍とNATO軍による「テロとの戦い」は、アフガニスタン政府すら預かり知らないところで、これらの外国軍の勝手な判断で展開されているのだ。
 「テロとの戦い」は、まさしくアフガニスタン民衆のための戦いではなく、アメリカやNATO諸国のための戦争に他ならない。そうであれば、人々の抵抗が高まり、米軍とNATO軍に守られるカルザイ政権への信頼が地に落ち、混乱も必然的に広がることも火を見るより明らかだろう。
 「ぺシャワール会」の現地活動の中心にいた中村哲医師は、そのような展開をはるか以前から危惧し、警告し、「テロとの戦い」という発想を批判しそこからの転換を強く訴えていた。その意味で、伊藤さんの悲劇に対する責任の一半は、「テロとの戦い」に積極的に連なった日本政府と自・公与党が負うべきものなのだ。
 自己の責任に頬被りするばかりか白を黒と言い立てるような彼らの卑劣を許してはならない。あまりに見え透いたこのようなすり替えが功を奏することはおそらくないだろう。それはむしろ、追い詰められた彼らの見苦しさを際立てるだけだ。
 今こそ、インド洋から自衛隊を撤収させ、「テロとの戦い」に終止符を打たせるために、力を尽くそう。伊藤さんが一身を捧げたアフガン民衆の生活再建は、そこからしか始まらない。(Y)

電通労組NTT11万人リストラ裁判
     8/28 東京高裁、不当判決
       勝利めざしさらなる闘いへ
 NTT11万人リストラの一環として強行された遠距離・異業種・異職種配転の取り消しを求め、電通労組員九名が提訴した控訴審に対し、8月28日東京高裁(都築裁判長)は、原告請求全てを却下する極めて不当な判決を言い渡した。高裁808法廷午後3時過ぎ。言い渡しは、電通労組の青森県支部、宮城県支部、福島県支部から上京した組合員、首都圏支部の組合員、そして支援の労働者が見守る中行われた。都築裁判長は主文のみを僅か1分弱で読み上げ、即座に逃げるようにそそくさと法廷から消えた。

資本優先の論理など認められない

 請求却下は予想されていた。
 都築裁判長は既に、控訴審に向けて会社側が新たに提出した主張と証拠のみを採用し、原告側の反論と立証に機会を与えず、証人申請も却下、弁論を一回だけで打ち切るという不当極まりない訴訟指揮を行っていた。さらにこの裁判官は、20数年前に遡る電通労組組合員の年休権裁判の時には、NTTの代理人を勤めていた。つまり彼はそもそも中立とは言えないのであり、その点でこの裁判官は最初から今回の審理にふさわしくなかった。それ故当然にも原告団は訴訟指揮の不当性と裁判官としての適格性の二点で、裁判官忌避を二回申し立てていた。当日の期日指定は、その申し立てが却下された上で行われたものだった。しかもお盆の最中の8月14日通知というおまけ付で。原告のほとんどは東北の労働者であり、旧暦のお盆はかなり忙しい日々なのだ。まさに嫌がらせというしかない。加えて、通信労組、四国電通合同労組の組合員が提訴していた同趣旨の控訴審においても、先行していた審理で各高裁は、ことごとく請求却下の判決を言い渡していた。
 超黒字企業NTTの11万人リストラの不当性、そのリストラ策(50才退職・再雇用)を拒否した労働者にかけられた遠距離・異業種・異職種配転の不当性は、地裁段階でも普通の労働者であれば直ぐ分かるほど12分に明らかにされていた。しかし裁判所はそれら全てに目をふさぎ、ただただ利潤積み増しとその株主還元を追求する大独占資本の論理を追認した。
 NTT11万人リストラは、小泉政権以降自・公政権が拍車をかけてきた新自由主義路線を楯として、さらにその先導役としての役割を託されて強行された。その意味でこのリストラは、まさに半ば「国策」とも言えた。各裁判所がそろって示した姿勢には、この「国策」への卑屈な迎合が透けて見える。そして東京高裁都築裁判長もこの例に連なった。
 これらの裁判官は、法的に保障されるべきものは人の生活と権利ではなく、資本の利潤獲得行為だ、としたに等しい。原告団も電通労組も、そして支援に結集した労働者も、このような裁判官の論理にひれ伏すつもりなどない。
 裁判終了後の集会で原告団と電通労組は、今回の判決を予想した上で、最高裁での闘いを進める意思統一を既に固めていることを明らかにし、新自由主義路線を打ち砕く全民衆的な闘いの一翼としてより大胆に闘いを展開すると決意を明らかにした。この場には重い病から癒えた横沢原告団長も1年ぶりに元気な姿を見せ、勝ち勝ち負けよりは負け負け勝ちの方がはるかに素晴らしいと、闘志満々に勝利への執念をみなぎらせた。

NTT包囲へ

 結集した電通労組と支援の労働者にはこの日次の行動が控えていた。NTT東日本本社に対する要請行動だ。東京高裁から移動した労働者達は、到着するや直ぐ午後4時から本社前集会を開始。本社周辺は相変わらずカラーコーンとバーで完全封鎖。この中で警備員と対峙しながら、電通労組の堂々たる訴えが続く。さすがNTT、外人訪問者も少なくないが、一様に怪訝な顔だ。
 最初に大内委員長が今後に向けた闘争宣言。先ず今回の判決の不当性を弾劾し、最高裁に上告して闘うと力強く宣言。そして、今回の裁判の中で明らかにした労働者を人として扱わないNTT経営の貧しさが、今では業務の荒廃にまで波及し、公取委や総務省から業務改善指導を受けるまでになっていると指摘。さらに年金減額に対する労働者の反撃により地裁、高裁と連敗を強制され、その法令無視を指弾されながら恬として恥じない体質に注意を喚起。要するにこの企業は、今はやりのCSR(企業の社会的責任)などを語る資格はないのだ。
 大内委員長はその上で、条件は悪くなっても今まで通りの仕事を保証、との約束で50才退職・再雇用を「選択」させられた労働者が、今では約束違反の外販営業を強制されていると、NTTの卑劣さを鋭く糾弾。当然ながらNTT内部では労働者の仕事に対する熱意は薄れ、会社に対する不信が増大していると、各地の職場実態を曝露。そしてそれらをひっくるめてNTTを内外から包囲する闘いを展開すると、決意が表明された。
 次いで日野書記長がNTT東日本本社に対する要請書を読み上げ、集会全体で要請団を送り出した。電通労組各支部の決意表明、支援の労働者からの連帯発言など、要請行動中も集会はそのまま続行。約30分の要請行動を終えた要請団から結果の報告を受けた後、当日の行動全体は、全員のシュプレヒコールで締めくくられた。
 原告団と電通労組は今新しい闘いの可能性を見据えながら、直前の大会討議を踏まえた次の闘いの展開に目を向けている。(K)
G8サミットを問う連絡会北海道行動報告会
  『洞爺湖サミットを最後のサミットに!』
      経験の共有、そして次へ
      ―反新自由主義を力へ―

 本紙7月号に特集で報じたように、洞爺湖G8サミットに対して7月4―9日に札幌を中心に展開された民衆のG8対抗アクションは、多様な運動と要求を、また広い分野と年齢層の人々を結集した。その参加の広がりは、2000年の沖縄・九州サミットをはるかに超えるものとなった。この対抗アクションについて「G8サミットを問う連絡会」としての最初の報告会が、8月2日標記表題の下に、東京の文京区民センターを会場に開催され、約100名が参加した。

何があったのか、先ず共有

 一つの連携の下に数多くの取組みを通して多様な要素が結集した今回の行動を、全体として振りかえりその意味と今後の発展に向けた課題などを深めて考えるためには、おそらく一定の時間が必要だと思われる。何しろ多様な課題が、各々の観点とやり方で取り組まれたのだ。急ぎ足の総括というよりも、むしろ多方面からの様々な議論の交換が重要だと思われる。対抗アクションからあまり時間をおかずに行われた今回の報告会は、その意味で、同連絡会の下に展開された取組みの経験を先ず各々が知り合い共有し、次を考える足掛かりを得る貴重な機会を提供するものだった。その点で、各々の取組みを漏らさず報告する集会の構成もふさわしいものだった。
 具体的には以下の取組みが報告された。

●貧困・労働ワーキンググループ
「貧困・不安定雇用・社会的
排除はもうたくさんだ!G8札幌行動集会」
報告者・なすび(山谷労働福祉会館)
●韓国民主労総
「労働組合のFTA戦略」および入国拒否問題
報告者・土松克典(「意義あり!日韓自由貿易協定」キャンペーン)
●グローバリゼーション・モニター香港
「台頭する中国・誰の犠牲で?」
報告者・稲垣豊(ATTAC Japan)
●ジュビリーサウス
「日本とのEPAはアジア諸国に何をもたらすか」など
報告者・マッカーティン・ボール(聖コロンバン会)
●脱WTO/FTA草の根キャンペーン
「国際シンポ・自由貿易が食糧・環境破壊を招く」
報告者・安藤丈将(脱WTO/FTA草の根キャンペーン)
●ATTAC Japan 全国ネットワーク
「国際金融システムを変えよう」
報告者・ATTACトービン税部会
●ヴィア・カンペシーナ、農民連、食健連
「エコ・グリーン・ウェーブ」
報告者・町田常高(農民連)
●インフォセンター/キャンプワーキンググループ
報告者・栗原康
●現地行動ワーキンググループ
報告者・金城洋
●国際民衆連帯デイズ全体の動き
報告者・要友紀子
●入国をめぐる問題
報告者・秋本陽子(ATTAC Japan)
●デモ弾圧の救援報告と今後の課題
報告者・noiz(札幌サウンドデモ7・5救援会)

 時間の制約もあり、各報告者にとっては言い足りない部分も多かったと思われる。しかし、全体として取組みの手応えと次への課題を浮き彫りにする報告だった。紙面の都合で二点だけ取り上げたい。
 一つは、インフォセンター/キャンプワーキンググループの、若者を中心にした取組み。手ずるなしにくる人々への情報提供の場が、今回は若者の手で設置された。従来あまり意識されてこなかった活動だ。そしてこれも若者独自の手で、キャンプの運営と活動がある種手探り的に、草の根からの民主主義を作り上げる形で展開された。そしてこれらが実に生き生きと報告された。
 二点目は権力の弾圧。前号でも速報したが、今回の行動では、ピースウォークでほとんど言いがかりとしか言えない口実で四名が逮捕され、サウンドカーも破壊された。そして外国からの参加者に対する入国妨害。特に韓国の参加者は目の敵にされた。韓国民衆闘争団の内、農民18名、労働者五名、社会運動団体二名が入国拒否され、宿泊設備も用意されないまま数日拘留、その後強制送還という暴挙にされされた。しかも一名はでっち上げの公務執行妨害容疑で不当逮捕というひどさだ。この弾圧の下で、例えば韓国民主労総のセミナーなどは当初の議題が実施できなかった。
 この暴挙に対しては当然ながら札幌行動参加団体から山のような抗議声明が出され、現地で精力的な救援活動が展開されている、と報告された。そして当報告集会でもより一層の支援が呼びかけられた。運動が社会的に広がる兆しを見せ始めた今、権力の弾圧とそれへの対応は、おそらく今後の重要な論点となると思われる。

批判を力に変える

 これらの報告に加えてさらに、独自の市民メディア活動が報告された。「G8メディアネットワーク」の取組みであり、総勢180名のスタッフで運営されたという。このネットワークの活用については、事前に230の登録があったが、実際には延べ1600に達した。この数は、昨年のハイリゲンダムサミットを超えている。配信本数は123本、12時間超といい、おそらく日本では画期的な取組みだったのではないだろうか。
 この報告は番組の一部をビデオ上映しながら行われた。キャンプ周辺住民へのインタビューでG8サミットや対抗アクションに対する生々しい率直な感想を聞き出すなど、今後の可能性に期待をもたせる印象深いものだった。ウェブサイトでは、市民ピースウォークに対する弾圧の場面なども生々しく流れているという。
 最後に日本消費者連盟の山浦康明さんが、洞爺湖サミットの声明について問題点を報告。山浦さんは、G8諸国が自ら作り出した危機を直視するどころか、むしろそれをすり替え、その危機をさらなる投資機会とし食い物にしようとする内容であることを、鋭くえぐりだした。その上で、この批判的視点を力に変え、民衆の側から彼らのもくろみを文字通り無にする闘いを作り上げることが重要だ、と強く訴えた。
 この訴えを現実のものとすることが次の課題となる。今回の集会によって、同連絡会の取組み全体はひとまず共通の土台として全体化された。この上で、各取組み団体や様々な共同の場で、今後に向けた活発な議論の深めが期待される。(K)
ラテンアメリカ   進行中の諸経験の特質

    ―エクアドル、ベネズエラ、ボリビア
            
エリック・トゥーサン


 キューバを除いた場合ラテンアメリカには、諸政権に関し我々は三つの全般的な類型を指摘できる。第一は右翼政権、ワシントンの仲間であり、この地域で活発な役割を演じ戦略的な地位を占めている。これらは、コロンビアのアルバロ・ウリ政権、ペルーのアラン・ガルシア政権、そしてメキシコのフェリペ・カルデロン政権だ。
 第二は、「左翼」とみられている政権だが、新自由主義政策を実行し、彼らの構想の中で民族的あるいは地域的ブルジョアジーを支援している。具体的には、ブラジル、ウルグァイ、チリ、ニクァラガ、そして、アルゼンチンのペロン党を出自とするクリスチナ・フェルナンデス・キルチネル政権だ。それらは、いくつかの社会的支援施策で覆いをかけた上で、大資本に有利な新自由主義政策を実行している諸政権だ。要するにそれらは、社会計画を適用することによって、しばらくの間新自由主義の丸薬を呑み込ませ易くしているのだ。例えばブラジルでは、貧困家族が政府からひとつまみの助けを受け、それが国の貧困地域において、政府に対する民衆的な支持を固くしている。
 これらの政権のいくつかは、ワシントンと特に米国との自由貿易協定制定に関して関係を改善しようと試みている。チリはそれに署名した例であり、ブラジルのルラもまた、一連の政治的課題に関しワシントンとの合意を追求中だ。しかし同時にルラ政権と米国の間には、意見の大きな違いが抜き難くこびり付いている。これらの相違には、農業と一連の工業部門、特に輸出産業のブラジルブルジョアジーの利害防衛が含まれている。そしてこれらのブルジョアジーは米国の保護主義を受け容れない。
 第三の類型には、ベネズエラ、ボリビア、エクアドルが見出される。これらの政権は、ワシントンと当地資本家階級の重要部門の活発な反対に直面している。キューバはそれ自身で第四の類型だ。

民衆的決起の重要性

 第三の類型を作り上げた諸国―ベネズエラ、ボリビア、エクアドル―に関して我々は、近年の歴史を特徴付けた強力な民衆的決起を考慮にいれた場合初めて、これらの諸国の政策を理解できる、ということを指摘しなければならない。
 エクアドルでは、1997年から2005年までの間に、民衆の大衆的決起によって右翼の四人の大統領が任期途中で引きずり下ろされた。
 ボリビアでは、2000年4月と2004年の年末近くに、水の私有化に反対する重要な闘争が出現した。2003年10月には、天然ガス問題を巡る決起がゴンザロ・サンチェス・デロザダ大統領を打ち倒し、次いで米国への逃亡を強制した。
 ベネズエラでは1989年以降、1990年代を通して世界中に広がった反IMFの大衆的社会諸闘争を発進させた重要な決起を目にできた。より壮観ですらあったものは、2002年4月12日の巨大な民衆決起だった。つまり、ウーゴ・チャベス打倒のために企まれたクーデターに対決する自然発生的な示威行動だ。これらの決起は、2002年4月13日、ミラフローレスの大統領官邸へウーゴ・チャベスが帰還するという成果を直接達成した。
 これらの民衆決起は、ベネズエラ、ボリビア、エクアドルの政権の存在と生き残りにおいて、決定的な要素だ。

新憲法の民主的採択

 第二の重要な注目点は憲法の刷新だ。ベネズエラでは1999年、チャベスの最初の任期中に、新しい民主的な憲法(憲法制定会議が起草)が国民投票で採択された。今も有効であり続けているこの憲法は、ベネズエラ住民多数に対してより多くの文化的、経済的、社会的権利を保障している。さらに進んで現在の憲法は民主的な仕組みを確立した。そのことによって、あらゆるレベルにおける選出ポストの全ての者(共和国大統領を含み)を任期の中間以降解任可能となった。
 ベネズエラにおける新憲法採択はその後ボリビアとエクアドルの政権を力付けた。ボリビアは2007年に新憲法を採択し、エクアドルでは2007年9月選出の憲法制定会議が今新憲法を起草中だ。それは今年9月国民投票にかけられることになっている。
 これらは実際に底深い改革だ。この三カ国で実行されつつあるこれらの民主的な政治変革は、最も工業化された諸国のそして他の諸国のマスメディアにおいては一貫して無視されてきた。しかしそれだけではなくむしろそれ以上にこれらのメディアは、三カ国の国家首脳をぞっとするようなポピュリストであり権威主義的な指導者であると描く目的の下に、攻撃キャンペーンを常に変わらず奏でてきた。
 新憲法採択に関しては、この三つのアンデス諸国の経験は極めて豊かだ。それらは他の諸国の政治勢力や民衆にとって、一つのひらめきとなるに違いない。我々はまさに、憲法条約採択のためのどのような民主的手続きも欠落させた、ヨーロッパの状況と比較すべきだ。

諸矛盾

 もちろん、ベネズエラ、ボリビア、エクアドルにおいて進行中の諸経験にもまた、いくつもの矛盾と重要な限界があり、それらは分析されなければならない。エクアドルでは、進行中の改革過程が広範な社会部門を決起させ続けている。現在の大統領、ラファエル・コレアは2006年年末に圧倒的多数で選出されたが、彼は彼の背後に政党あるいは議員をもっていなかった。右翼と全マスメディア―エクアドルには公共のテレビ局やラジオ局が全くない―からの強力な反対にもかかわらず、コレアは憲法制定会議召集のための国民投票を82%の賛成率で勝利した。コレアが2007年を通して作り上げたこの政治運動は、憲法制定会議議員選挙においては、コレア支持派に70%以上の得票を与える成果を達成した。この上に彼の連携相手を加えるならば、彼は80%以上の多数という優位を手にしている。
 エクアドルでは今、それらの諸提案をもっと十分に考慮に入れる目的の下に、社会運動が憲法制定会議に恒常的に招待されている。この方法によって、新憲法は民衆の広範な多数によって練り上げられる可能性をもっている。従ってそれは極めて開かれた過程であり、極めて興味深いものだ。我々は7月末までに最終的な結果を知ることになる。その時点で憲法制定会議は、9月末に国民投票にかける目的の下に、新憲法構想を採択しているはずだ。おそらくありそうなことだが、有権者に提示される文案は色々な側面に関し批判を呼ぶ可能性をもっている(例えば、人工中絶の権利の欠落、あるいは遺伝子操作作物を禁止する条項の欠落)。
 ボリビアでは、刷新過程ははるかに多くの紛争の中で今遂行されつつある。エヴォ・モラレス大統領の党、社会主義のための運動(MAS)は憲法制定会議において、明確な単純過半数を得た(55%)が、三分の二の絶対多数を得ることはできなかった。これが情勢を複雑にしている。右翼と支配階級が作り出した障害、時には暴力がありながらも、最終的に新憲法は2007年12月に採択された。反動的な部分の極めて攻撃的な結集を条件に、結果として情勢は極度に分極化している。右翼は、人種主義的なキャンペーンと国の東部を領土的に分割するという脅迫を手段として、行動に入った。そして東部において彼らは情勢を支配している。この反動的な反乱が、ここまで、新憲法に関する国民投票実施を止めることができてきた。

天然資源公共管理への復帰

 第三の重要注目点。ベネズエラ、ボリビア、エクアドルの政権は、それら諸国の天然資源に関する公共部門を強化しそれら資源に対する支配を手にするための諸手段をとった。ベネズエラでは、国家が大石油企業、PDVSAの支配を確保した。この企業は、公的所有の企業であったにもかかわらず、私的な利益を優先し、その利益の過半が米国内にあると明らかにしていたのだ。この支配をめぐる闘いは極めて激しかった。資本家階級は2002年4月にクーデターを、次いで、2002年12月と2003年1月に企業を麻痺させた操業停止を組織した。ベネズエラの国内総生産は2003年の最初の数ヶ月沈み込んだ。しかし政権は最終的に、民衆多数の支持の下に情勢の支配を取り戻した。
 昨年ベネズエラ国家は、またも重要な油田、ファヤ・デ・オリノコの支配を確保した。ベネズエラでは原油の三分の二を国家が生産している。そして三分の一は石油大企業が生産している。しかしながら最近原油汲み上げは、国家が以前よりもより多い掘削権料を手にできる新しく交渉された契約という枠組みの下で行われている。
 さらにいくつか他の国有化をも加えなければならない。それは、電力の生産と配給、テレコミュニケイション(CANTV)、一つの鉄鋼業(シドル、従業員は15000人)、セメント部門、さらに食糧生産に関係するいくつかの企業だ。それに、そこで働く人々に農地を渡すことを目的とした農地改革も忘れるべきではない。
 ボリビアは2006年に石油と天然ガス生産を国有化した。エヴォ・モラレスは油田を支配するために軍を送った。しかし、原油と天然ガスを汲み上げる者が多国籍企業である以上、彼らはそこで今も活動を続けている。明らかに国家は天然の富の財産所有者だ。しかし、原油と天然ガスを汲み上げる者は大多国籍企業なのだ。

戦略的な協定

 ここでベネズエラとボリビアの間で締結されたいくつかの協定には戦略的な重要性がある。その下でボリビアは、原油と天然ガスを汲み上げ精製するために、公的石油企業を強化する可能性を得ると思われる。ボリビアは精製部門を持っていないのだ。そしてエクアドルがもつ精製部門は不十分だ。ボリビアとエクアドルは原油を輸出し、燃料と他の精製品を輸入している。ここに同様に我々は、後者の二つの自律性を強化するための、ベネズエラ、ボリビア、エクアドル間の戦略的協定の重要性を見ることができる。
 ベネズエラ、ボリビア、エクアドルが第二類型諸国(ブラジル、ウルグァイ、チリ、アルゼンチン)と共有しているものは、社会的支援計画に関する断固とした政策だ。その政策は、それら支援の施策を単純にまた全面的に拒絶することとは関わりをもたない。しかし、職の創出を助け、賃金を急速に引き上げ、労働者、貧しい農民、職人、零細商人、年金生活者、そして他の社会的諸階層の社会的・経済的権利をより多く保障することは、全くもって必要なことなのだ。ベネズエラとボリビアはこの方向で前進したが、やるべきことはまだまだ多い。

負債支払い保留の可能性は
―エクアドル


 エクアドルはその公的負債に関し重要な先例となる動きを船出させた。コレアは2007年7月、「対外対内公的負債総合監査委員会」(CAIC)を創出したのだ。それは次の構成をもつ委員会であり、委員は、エクアドル内の社会運動とNGOから12名、国際的な第三世界の負債取り消しキャンペーンから六名(私は、「第三世界の負債廃止のための委員会」、CADTM代表として上記委員会の一員)、そして国家の代表として四名(金融大臣、会計監査機関判事、反汚職委員会、財務省)だ。興味深いことは、市民社会(例えば経営者団体を含む)代表などに関しては全く話されることはなく、むしろ社会運動代表がそこにいることだ。例えば、先住民運動(CONAIE、エクアドル先住民族連合)やエクアドルの他の急進的社会運動を代表する委員だ。コレアと彼の政権の一部門の考えは、公的負債の大きな部分の支払いを回避することにある。
 コレアがもしその目標に手をかけるならば、それはこの国の民族ブルジョアジーとの直接的な衝突を意味するだろう。何故ならば、大部分の公的負債の支払いから最大のものを得る者はエクアドルブルジョアジーだからだ。そしてまた先のことは、国際金融市場と世界銀行との衝突をも意味するだろう。世界銀行や工業諸国については言わないまでも、政権の右派と大金融グループは今、コレアにそうしないよう納得させるために強力な圧力をかけつつある。CAICがその報告を提出する2008年7月中頃までに彼は決定を下さなければならない。確かなことは何もない。そして、コレアがこの衝突を回避する決定を下す可能性はあるのだ。

対決と分割―米国と当地資本家の戦略

 米国と当地資本家の戦略は明確に対決に向いている。例えば、2002年の反チャベスクーデター、次いで、2002年12月と2003年1月のベネズエラ経営者によるロックアウト、ベネズエラ、ボリビア、エクアドルのマスメディアによる反政府キャンペーンなどを挙げることができる。
 しかし現在中軸となっている問題は、国を分割するという新たな戦略だ。ボリビアの資本家階級は今、国の東部を分裂に向けて組織している最中だ。即ち、マスメディアがラ・メディア・ルナ(半月)と呼ぶものであり、そこには主要な経済センターとしてのサンタクルスがある。大地主と輸出企業(特に遺伝子操作大豆)所有者は、国民国家を無視して独立を宣言するよう住民を扇動している。我々はここで以下の事実をあいまいさなく確認すべきだ。つまり、この富裕な地域の住民は民族自決権の権利をもつと想定されるような一つの民族からできているわけではない、ということだ。政府は右翼に対して、諸地域には分割ではなくより大きな自治権を認める方針だ、と応じている。そしてこの件に関しては、諸地域には諸地域なりの理由があるのだ。
 エクアドルでは太平洋岸のグァヤキルに経済センターを見ることができる。一方キトは、経済分野でも重要だが、アンデス地域の海抜2800mに位置する政治首都だ。グァヤキルの資本家階級はその右翼市長の下に独立を宣言したいと思っている。
 ベネズエラでは、ズリア(コロンビア国境にある)という西部州の知事が分離という脅迫を振りかざしたことがあった。
 この全ては疑いなく、ワシントンの計画的な大陸的戦略の一部だ。そしてこの戦略は、左翼的な経験を通過中の諸国の解体を進める形で、当地ブルジョアジーを支援することに目的を定めている。

カタンガに思いをはせ

 前述したことは、コンゴ民主共和国のカタンガ州に関してベルギー、米国、さらに他の大国が採用した政策を思い起こさせる。コンゴのパトリス・ルムンバ首相に反旗を翻したカタンガの分離主義を、西の大国が支持したことを思い起こそう。大国は、親西欧の司令官、モブツが権力を取った時(それはルムンバ暗殺の後であり、彼は軍隊によってカタンガに運ばれ、彼の最悪の敵に手渡された)にはじめて、分離主義支持を止めたのだ。
 私はこれは重要な問題だと考える。何故ならば、左翼のある者たちは国のこれらの分割を、民衆の自己決定権の反駁不可能な表現、とみなしているからだ。
 ボリビアの場合それは鮮明に、国民の多数を占める先住民の権利に反対する当地資本家階級の反応である。まるで今まで十分ではなかったかのように、彼らは人種主義的で反動的な言葉を操っている。サンタクルス市長のペルシー・フェルナンデスは、憲法制定会議による新憲法構想採択にコメントする中で、2007年12月9日に以下のように言明した。「この国ではまもなく、自身に苦痛を与え、死に行くために羽飾りをまとうことが必要となるだろう」と。その時以来、彼の支持者達は先住民に対する攻撃を組織するようになった。再度思い起こすべきだが、それらの先住民こそこの国の住民多数を占め、何世紀もの間、ヨーロッパとそこの出身者の手による支配の犠牲者となってきたのだ。

多国籍資本の攻撃

 ワシントンと一定のヨーロッパ資本の戦略には、それ以上にもう一つの側面が含まれている。つまり、多国籍資本のエクソンモビールとベネズエラ国家石油企業のPDVSA間の紛争、米国のオキシデンタル石油とエクアドルの公的企業であるペトロエクアドル間の不一致、テレコムイタリアとボリビア間の不一致、その他に関わるものだ。大多国籍資本は(ブラジルのペトロブラスを忘れることなく)、天然資源に関する公的支配の確保という三つの左翼政権の決定に反対している。これらの多国籍資本はこれまで、投資に関する不一致を解決するために世界銀行の審判(ICSID)を利用してきた。その上にまた彼らは、ロンドン、アムステルダム、あるいはニューヨークの貿易問題を扱う審判にも助けを求めてきた。
 ラテンアメリカの二国間で一つの契約に関して、次の数ヶ月の内に紛争が勃発する危険性が出ている。2008年8月就任予定のパラグァイ次期大統領、フェルナンド・ルゴは、両国の国民が軍事独裁の下に暮らしていた時に、ブラジルによって強要された一方的な契約(1973年まで遡る、イタイプダムに関する契約)を改訂したいと思っている、と言明した。実際に、エネルギー価格が急騰している最中に、パラグァイで生産された電力に対するブラジルの支払いは話にならない位に低い。パラグァイとブラジルは経済的重みが完全に異なる。それ故パラグァイには、契約の見直しあるいは廃止を要求する十分な理由がある。
 紛争状況のこれらの型は、ボリビアが実行したように、ICSIDから抜け出す必要性を、また多国籍資本と諸国家間の、さらにラテンアメリカ国家同志の訴訟を解決するためにラテンアメリカ組織を創出する必要性を、ラテンアメリカ諸国に対してはっきり示している。もちろんこの最後のシナリオにおいては、多国間の解決に助けを求める前に、二国間の合意を先ず追求することが必要だ。

民衆間の貿易協定

 いくつかのラテンアメリカ諸国が米国、EUとの間で署名した自由貿易協定に反対する点で、ベネズエラ、ボリビア、キューバの政権間で署名された新しい協定には、光を当てる価値がある。
 我々は例えば、主に貧しい地域で無料の医療を提供するためにベネズエラで自発的に活動している20000人に上るキューバの医師、また白内障や他の眼病に対して施された40000件の手術に言及すべきだろう。後者の場合ベネズエラの市民は、キューバの病院を無料で利用できる。それと引き換えに主にバーター形態で、ベネズエラはキューバに石油を提供している。同種の型の協定は、ベネズエラとボリビアの間にもある。
 結論として、これらの諸国で進行中の経験は、マスメディアの過半が送っている歪められかつ否定的なイメージとは極めて異なっている。進行中の歩みは複雑かつ時には相矛盾している。後退は可能であり、ありそうですらある。おそらくこれらの政権は、民衆を優先する彼らの政治的・社会的変革において、はるか先まで十分に進むことはできないだろう。
 当地支配階級とワシントンが組織する不安定化が歩みを遅らせるかもしれない。エクアドルに対する2008年3月に起きたコロンビアの攻撃をみれば、キトとカラカスの政権に対して、ボゴタとワシントンが戦争という銃火を使うつもりになっていることは明らかだ。
 この論文では分析ができなかったが、光を当てなければならないもう一つの側面がある。それは、全生産過程に対する生産者管理(労働者運動の中で伝統的に名付けられていたものとしては、労働者の支配と自主管理、)の弱さだ。
注)筆者は「第三世界債務取り消しのための委員会」(CADTM)議長。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版7月号)
フランス特集
6・28―29NAP全国会議報告
反資本主義新党(NAP)動き始める
         フランソワ・デュバル/イングリッド・ヘイ

 同会議には800名弱の代表からなる300の委員会(新党に向け自立的に活動中の―訳者)が結集した。さらに相当数のオブザーバーも出席、全体では約1000名の会議となった。女性は約40%であり、会議全体の多数はLCRのメンバーではなかった。

新党運動、姿現す

 この会議の日程は二つに分かれていた。第1部は全体会での討論であり、それは参加者に、進展中の歩みを評価することを可能にした。また約60名の代議員達にとっては、彼らの地域的経験、闘争、ぶつかっている問題について発言する機会となった。同会議は最初の会議であった。それ故、この段階は不可欠であり、長い会議にもかかわらず、出席者達は注意深く耳を傾けた。
 第二部は様々なテーマに関する委員会の作業だった。テーマは、国際主義、フェミニズム、エコロジー、職場、居住地域、不安定雇用、新党の名称、ウェブサイト、青年、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスセクシュアル―訳者)、会議の共同声明、今後の展開の組織化だ。各委員会は報告文書を作成することになっている。それら全ての作成は、出席した多数の人々によって極めて集中したやり方で行われた。
 後者の二つは、つまり共同声明と組織化は、その結論が最後の全体会に報告された。というのも出席者達は、歩みの次の段階に向けて、諸提案を持ち帰る責任があったからだ。そして共同声明の採択は、新党のための訴えがもはやLCR単独のものではなく、設立のための歩みそれ自身が発するものとなっていることを意味している。もう一つの委員会は、歩みの次の段階、党員資格と財政、暫定全国委員会の任務とその構成について詳細に討論した。
 三つの日程が合意された。第一は、LCRの伝統的な夏季大学期間中に1日を新党が受け持つこと。そこでは、新党問題に時間が割かれることになっている。第二は、秋の次期委員会全国会議であり、10月末か11月始めとなるだろう。そして第三は、来年1月末の設立大会だ。精神は、今も全速力で発展中の歩みに時間を残すためにあまり急ぎ過ぎず、我々には前進が必要となっている以上あまり遅らせず、だ。設立大会それ自身は単なる一つの段階であり、到達点ではない。
 全国委員会および大会を見通す上で重要だと思われることは、歩みへの大衆的参加を固めることと財政の諸問題に手を着け始めることだ。これを理由として委員会は、大会までは同率基準、その後収入に応じていくつもの比率による財政負担を組み込んだ党員カード導入を提案した。これは、参加する人々の数について明確な考えを得ることを、そして、全国的な会議における数的な実体を基盤とした責任の体系に向け移行することを可能とするだろう。
 しかしながらこの提案は、ドアを閉じ既に参加している人々を単純に組織しようとしている、という考えを完全にしりぞけている。設立過程は大会まで開かれている。提案は、歩みに参加している最後の一人が彼あるいは彼女の後ろでドアを閉じることを意味する固まった構造形態を採用することを意図したものではなく、創立大会前にこの過程に参加するつもりになっている幾百、幾千の人々に思いをはせることを意図したものなのだ。
 そしてまた、地方と全国の間の中間形態組織についていかなるイメージも与えないこと、も決定された。諸委員会は、彼らの政治的必要のために適切だと考えることにしたがって行動するだろう。今様々なところで様々なペースで動きつつある歩みに、上から何らかの地域的あるいは支部的構造形態を強制しようとすることは問題外となるだろう。

暫定全国委員会

 他の重要問題は、LCR全国指導部がここまで引き受けてきた任務を徐々に引き継ぐために形成された、暫定全国委員会の問題だった。これは決定的段階であり、全国会議が示した駆動力を前提として、そこに入り込むことが可能となった。委員会の型―諸委員会のほとんどは極めて最近創設されたばかりということを前提に、委任システムとはまったく異なる―は過渡的であり、今なお発展中の歩みを象徴している。
 今から次期の会議までの歩みを調整し活気付けることに責任を負うこの委員会にはやるべき仕事がある。特にこの委員会は、情報の配布と流通を確実とし、三つの文書に基づいて組織されることが望ましいが、その大会を準備しなければならない。三つの文書とは、組織の機能に関するもの、最初の綱領的文書(例え大会では全てが決定されないとしても、また、一定数の問題に関しては討論が続くとしても)、そして現情勢において新党の方向を示している政治的な諸関連に関する文書だ。
 全国イニシアティブ委員会の構成は、多くの論争と討論を引き起こした。しかし我々は、図式的に言うとして四つのグループに区分けできる候補者について広範な合意に達した。多数部分は色々な委員会の代表であり、二つの例外を除きLCRメンバーではない。討論が終結した時点では約35名となるだろう。内25名は現在確定している。三名のオブザーバーがリュット・ウーブリエールの分派と「革命的左翼」を代表する。彼らはこの過程に参加する準備が今できていることを示したが、参加という最終結果に関しては判断を留保している。LCRの場合は、その政治局メンバー21名によって代表され、他に草の根の委員会代表が二名いる。青年委員会は六名によって代表され、その内三名がLCRかJCR(LCRと共に活動している青年組織―訳者)、ほかの三名はそれ以外である。同委員会の男女構成は同数となるはずだ。
注)フランソワ・デュバルはLCRの指導的メンバー。イングリッド・ヘイは、LCR全国指導部の一員であり、特にグローバル・ジャスティス運動における活動に責任を負っている。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版7月号)

新たな政治的要素浮上
      ピエール―フランソワ・グロント

 6月28・29日にサンドニで開かれた会議は、新たな政治的力の登場を確証している。数百の地方の委員会を代表するほぼ800名にのぼる代議員団の存在は、新たな反資本主義政党の創出に我々を導こうとしている過程の具体性を証明する。

新党への真剣な挑戦

 明白に道はまだ長い。懐疑的な人々は、また、確信させ、生み出されているはずみに結集させなければならない人々は、依然として多い。討論は始まったばかりだ。我々は今、綱領討論や、新党の活動を確定しこの党を民主的に機能させるための討論、という重い任務を引き受けなければならない。しかし最も重要な事実はこの多様な委員会の真剣さだった。諸個人や委員会をこの点まで引き連れてきた様々な経路にもかかわらず、これらの委員会は、賭けられているものと我々が今負っている責任を理解していた。何故ならば、この全国調整会議が開かれた時こそ、感情が緩むような政治情勢の中ではなく、我々が直面する挑戦が極めてはっきりしている情勢の中だからだ。
 我々は厳しい打撃を与えようと決意しているチームをもつ政府と対峙している。彼らは、人々の不平にもかかわらず、その政策に対する不人気にもかかわらず、その反改良を続け、むしろ速度を上げようとすら決意している。こうして、採択されたあるいは採択されつつある法案の一覧は、人々の身震いを引き起こし、全般化された社会的かつ民主主義への抑圧という見通しを示している。我々は決して失敗が許されない。このペースが続くならば、この計画が実行されるならば、その時その不人気がどうであれ、この計画はフランス社会を再形成し、MEDEF(経営者組織―原注)に有利な形で力関係を変えるなるだろう。
 NPAの創出はこうして何よりも先ず、サルコジとパリソ(MEDEF指導者―原注)への反撃という、政府を敗北させるためのストライキと統一戦線的決起という、極度の緊急性のある文脈の中で起きている。このNPAの多くの委員会が、先陣を切ることに、確信を与えることに、闘争の印しを示すことに、さらに統一戦線の構造を築き上げることに手助けとなることができるならば、この新しい党はその有用さを示すことになるだろう。我々は、UMP(右翼政権与党)に対する真の反対派を築き、右派の綱領に対して対決を真に導くことの不可能な、不適格な左翼を置換えなければならない。
 何故ならば、我々は、サルコジの攻撃に直面しての、ほとんどの労組指導部そして社会党の、崩壊というこの1年の教訓を学ばなければならないからだ。多くの実に多くの人々は、今年初期に一連の1日ストライキが行われた際、あちこちと引き回されたとの印象をもっている。反対運動を率いることにどれだけ無能であるかを、社会党はどれだけ多くの問題に関して示してきただろうか。そして、2012年大統領選に対する候補者指名レースは、まさに個人的野心間の見苦しい戦いの見世物となっている。社会党は、NPAとブザンスノーを監視する特別グループを発足させたばかりだ。しかし、右翼に対して決起するためにそのような特別グループは、いつ作られるのだろうか。

右翼政策に対決するか否か

 折り重なる危機という現在の背景において最も緊急なことは、反撃であり、同時に益々多くの人々にとって一層耐え難くなっているシステムと手を切る社会的計画の集団的確定だ。経済的危機は既に我々の上にある。株式市場の崩壊、エネルギー価格の高騰、ドルの下落、一連の諸国のインフレと経済停滞。世界化された経済の水先案内人の一人である、IMF理事長、ドミニク・シュトラス―カーンの人を安心させ宥めるような言葉にもかかわらず、ここには、全般化された資本主義の危機を示す成分が全てある。金融の専門家は間違っていない。そして諸政府と経済の決定権限を持つ者達は悩まされつつある。食糧危機、環境危機、EUの危機はこの危機の別の側面だ。それは、資本主義システムが我々を導いている行き止まりを示している。当代の反資本主義、21世紀の社会主義という断固たる決意を育成する原理的な問題はそれほどにも多くある。制度に順応し政府を目指す左翼は、このシステムと共に行くことを、階級闘争よりも地位のために闘うことを選択した。
 我々自身の計画は、退歩を道連れにするこの管理志向の左翼を見捨てるものだ。何故ならばそれこそ、左翼における力関係を変える前提条件だからだ。この軟弱な左翼は、右翼を真に敗北させ生活をより良いものに変える彼らの能力を、決して証明などしなかったのだ。
 多くの人々は、全体的な抵抗能力のある、反資本主義的な代わりとなる勢力を求めつつある。それは、政党の元メンバー、労組活動家、若者と高齢者、エコロジスト、フェミニスト、社会活動家、そしてもちろん、何物かに合流するための一歩を以前には一度も進めたことのない何千という女性と男性だ。フランスに存在する何百という委員会の一つに合流し、我々が作るその数と我々の討論の内容を通して希望を打ち固める時は今であり、それを我々は、陣営を決める時だと考える。
 全国会議における人々の多様性と数を目にした後の今となっては、単により大きくより良いLCRを作りたいだけだと、LCRを責めることは誰もできない。しかしLCRは、サンドニで決定された政策の基盤の上でさらに先へと成長しなければならない。何故ならば我々は、新党の創出という大きな挑戦に成功することを可能にできる、強さとエネルギー全てを必要としているからだ。
注)筆者はLCR政治局メンバー。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版7月号)
 
 

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