2008年10月10日        労働者の力             第 223号

目前の総選挙   具体的要求実現の水路を切り開こう!
新自由主義と対テロ戦争一体化路線の転換めざし
自・公政権を必ず倒そう!共産党、社民党の躍進を!

寺中徹

 
 福田の政権投げ出しによって一挙に浮上した解散総選挙は、現時点でやや混沌としている。世界的金融危機を背景に、自・公・民の思惑が入り乱れている。しかしこの選挙の実施はかなり近い時期に確実であり、人々もそのように了解している。つまり、多くの労働者民衆はこの選挙にいわば身構えている。むしろ人々は長く身構えてきた。
 実際労働者民衆には、政府に対するいくつもの切実な要求があり、それ故にまたこの選挙の実施には、後述するように、自・公とその背後の支配層に対して労働者民衆が加えた強要という性格が事実として内包されている。逆風として自・公両党が感じている重圧にはまさに理由がある。こうして今回の選挙を巡る上記の事情全体は、今回の選挙に込められた労働者民衆の胸の底にある期待を反映している。

選挙戦の構図と我々の任務

 この期待に応える今回の選挙の課題を結論的に言えば、第一に何よりも先ず、労働者民衆の深まる苦境と不安を打開できる政策転換に道をつけることである。第二にそのための不可欠の入り口として、自・公政権の確実な打倒である。自・公政権の存続を許す限り、政策転換の道は確実にふさがれる。この間のあらゆる事実が示したように彼ら内部にその用意は全くないし、存続自体が政策続行に対して正統性を与えてしまうのだ。
 今回の選挙に当たって我々の任務は、先の課題を文字通り実現することに全力を挙げることだ。それこそが労働者民衆にとっての勝利となる。特に第一の課題は、民主党の思惑に反するものである以上、民主党から意識的に自立した闘いによってしか果たせない。それは新しい左翼を目指す勢力が自覚的に担うべき任務として特に確認されなければならない。そしてこの課題を全力で担うことを通して我々は、新しい左翼を可能とする民衆的基盤を具体的に探り、そこに道を開かなければならない。
 この選挙戦を労働者民衆の自立した独自の具体的要求実現追求の場へと転換し、自・民「二大政党」の権力ゲームに終わらせない闘いを追求しよう。
 人々の要求実現に向けた意欲の結論として、貧困を拡大し社会を疲弊させ、対テロ戦争一体化を推進した自・公政権の責任を徹底的に追求し、この政権を確実に打倒しよう。それは、次の政権に彼らの責務を明らかにし突きつける意味でも、決定的に必要とされる。
 さらに、自・公政権打倒のために不可欠の位置を占め、労働者民衆の政策転換要求を最も強く表現する共産党、社民党の躍進を最大限に追求しよう。
 人々は今、自・公政権の打倒を手の届くところにあると感じている。まさにそれ故、その打倒の確実な実現を行動結集への跳躍台として、要求実現への道筋を労働者民衆自身の力で切開くことを訴え、具体的な行動の組織化に挑戦しよう。

歴史的な転換点

 金融危機が世界を激しく動揺させている。それは今回の選挙に対する人々の身構え方にも一定の影響を与えずにはおかないだろう。先ず、今回の選挙が世界的広がりの中で客観的に直面している課題の性格を確認しておきたい。
 今このとき、いくつもの危機が日本と世界を覆っている。それは事実として、時代の転換点を多くの人々に予感させている。アメリカが発動した対テロ戦争は、まさしく世界を極度に不安定化した。そして端的に、この30年間人々の意に反して世界を方向付けてきた新自由主義の思想とその下に展開された経済・社会政策は、深刻さを増すばかりの世界的金融危機として、その限界を万人の目に決定的に明らかにした。しかもスタグフレーション解決の切り札を称して登場したこの政策路線が、30年後その結論として改めてスタグフレーションを招いている。この政策思想の限界はまさにここに駄目押し的に象徴されている。
 これらの危機を克服する点で、この思想がことさらに持ち上げた「市場の力」は無力さをさらけ出している。現在世界を震撼させている金融危機は、「市場の力」ではなく政府の力を、まさに政治の助けを今哀願している。
 しかしその政治がこれまた世界的に、例えばブッシュ政権が端的に示すように、民衆に受け容れられる正統性を著しく欠き弱体化している。これらの政権は今や、支配階級の露骨な救済などに安易に手など出せない。選択肢は限られている。こうして政治は、最後のよりどころとして助けを求められつつ、しかし今その役割を果たすことができず、危機のもう一つの源となっている。その関係は、アメリカとヨーロッパを舞台とする、金融と政治を貫くどたばたと混乱の拡大として、万人の前にあらわにされている。
 しかし新自由主義こそが、「小さな政府」に表現されるように、政治を徹底的に貶めその機能を実際にも破壊する上で、決定的な役割を演じたのだ。この思想は、つまるところ市場の自由の保護に、換言すれば市場の自由に対する反抗を徹底的に抑圧する役割に、政治の機能を切り縮めた。対テロ戦争自体がこの役割の体現という性格を色濃く刻み付けている。そして結論的に、政治が正統性を獲得する可能性を、この思想が奪った。現在の金融危機が、市場に対する政治的社会的規制の破壊を基礎に、その破壊性を極度に膨らませていることもいまさら言うまでもない。
 時代はまさしく転換されなければならず、「もう一つの世界」を求める運動が先行的に体現したその転換要求は、今後益々労働者民衆多数の要求となり、自らの行動で実現しようとするものとなるだろう。そして上述した現実から出発するならば、そこにおける転換の核心的部分が新自由主義からの転換となり、同時にその転換と内的に一体化された、また対テロ戦争の転換をも含んだ政治の復権、即ち何よりも民衆が認める正統性に支えられ民衆と緊密に結びついて機能する、まさしく民主主義の政治の復権となることは言を待たない。
 これらの確認の上で、今我々は、とりわけアメリカの支配階級に内包された戦争挑発に対する警戒を強調しておく必要がある。現在の金融危機において、軍産複合体が今なお経済において大きな比重を占めるアメリカでは、戦争の経済効果に対する誘惑は決して無視できない。現実にイランに対する攻撃計画は、イスラエルをも介在させながら様々な情報が飛び交っている。また、ボリビアにおけるアメリカの非合法な工作も現在進行形だ。1990年代、戦争発動は民主党によって行われたことも忘れるわけにはいかない。警戒が必要である。
 今や対テロ戦争一体化路線はますます危険なものとなっている。この点でも今回の選挙は、世界と密接に結びついている。

政策転換要求は世界的転換の一部だ

 この世界的で歴史的な転換の必要性が際だつ局面の中で、目前の総選挙は行われる。転換の必要性の説得材料に不足はない。
 そして日本の労働者民衆は、政策転換を不可避とする切実な要求を山のように抱えている。後期高齢者医療制度の廃止を先頭とする医療や介護に対する政府責任の回復要求、労働者派遣法の抜本改正や最低賃金の抜本的引き上げを代表とする労働規制の再確立要求、生活保護の抜本改正や年金制度の差別なき安定化を始めとする社会保障の立て直し要求、さらに大企業減税や利子配当所得減税を廃止した上での高率累進課税の復活や法人税の増額などの、所得の社会的再配分機能を大胆に復活させる公正な租税政策、さらに言葉の真の意味における公共サービスの再建等、新自由主義政策の転換を不可避とする要求がある。九条改憲や在日米軍再編への反対、沖縄をはじめ全国の米軍基地の撤去、対テロ戦争協力から手を引かせる要求などがある。そこにはさらに、温室効果ガスの大胆な法的規制を始めとする環境要求も加わるだろう。その他各々の現実が必要とするものも加えて、これらの要求こそ我々は労働者民衆と共に、独自にこの選挙に持ち込まなければならない。そして労働者民衆は、最後に見るように、今回の選挙とそれに引き続く自身の要求実現を迫る闘いにおいて、政治を自らの手につかみ取ることをも課題としなければならないだろう。それ故民主主義の観点から、小選挙制の廃止と全国比例制導入も要求に加えるべきかもしれない。
 今回の選挙の背景をなす人々の要求と、世界が必要としている転換の重なりは明白だ。その意味で、今回の選挙はまさしく世界が直面している転換の一部である。その自覚を持って我々は、行動への人々の積極性を組織しつつ、要求の大胆な発展を注意深く見守り促す活動も心がけなければならないだろう。

民衆が強要する選挙

 安部、福田と、二代続けての政権投げ出しが如実に映し出した自・公政権の政治的行き詰まりには、つまり、支配的特権層の利害に沿った政策をこの両党を通じて強要するという彼らの政治の著しい弱体化には、現在も何の変化もない。麻生という表紙の付け替えによっても、自・公政権には政策的突破を可能とするような民衆的支えは、例え一時的にであれ生まれなかった。新政権に対する支持率のご祝儀相場は、彼らの期待にほど遠く、それすら早くも崩れつつある。自・公体制の正統性の弱さはどのように取り繕うとも隠せない。
 それは必然でありその根は深い。何よりも労働者民衆の前には、社会的インフラを含んで破壊と不安定化が進むばかりの生活、許しがたい社会的格差の広がり、そして日本の平和と民主主義に対する深まる懸念、というとうてい容認できない実体がある。さらにそれらが個々別々のものではなく、相互につながりあっているということも、かなりの程度感じられている。新自由主義という政治概念が今では広く受容されていることが示すように、人々はこの間人々に押しつけられてきた政策総体をいわば一まとめに問題とし始め、その推進者である自・公政権への反感を強めている、と言ってよい。ここでは詳論を避けるが、そのさらに底には、戦後の日本民衆多数をとらえてきたアメリカというある種の「理想型」に対する信頼の深刻な揺らぎ、それ故、アメリカとの一体的な歩みを基本としてきた日本の伝統的支配層に対する信頼の薄れも重なっていると思われる。実際、安部、福田、麻生が繰り返し日米関係をいかに力説しようとも、対テロ戦争に対する支持率は上がらない。それ故今回の選挙の基底には、対米関係の今後に関わる問題がより深みを増して横たわっている。
 昨年の参院選はそのような人々の不満と疑念が一挙に吹き出した第一幕目だった。自・公政権は疑問の余地なく不信任されたのであり、本来はその時点で解散総選挙が行われるべきだったのだ。少なくとも、政策の全面的な見直しは不可避のはずだった。人々はまさしくそれを要求していた。
 その両方共を拒否した自・公政権は、その時から正統性なき政権となった。自・公政権の政治的行き詰まりの直接的要因は確かに参院の権力を失ったことにあるが、本質的な根拠は民衆から見た正統性の喪失にある。それ故にこそ、民主党の「非妥協的」な国会対応に、支配層が期待した人々からの大きな批判は起きなかった。あるいは、小沢を巻き込んだ大連立策動は一瞬の内に崩壊した。政策的停滞は支配層にとっての障害なのであり、労働者民衆にとってはむしろ悪政の機能不全化として、事実として非難の対象とはなっていない。こうして「政策停滞」の下でむしろ福田の支持率は下がり続け、自・公の支持率にも顕著な回復など起きなかった。代わりに、自民党草の根組織は衰退を続けた。
 このようにこの1年を振り返れば、労働者民衆の要求は詰まるところ衆院の解散総選挙であり、即ち昨年参院選で遣り残したことの完遂として一貫していた。その意味で、目前の総選挙は昨年参院選に続く第二幕であり、そこには政策転換要求を基礎に民衆が支配層に強要する選挙としての性格がくっきりと刻印されている。

民主主義のための闘争

 まさしく支配層は追い込まれている。今のままの自・公政権である限り、支配層の望む政策展開はどのようなものであっても、いわば事態を後追いするつぎはぎ以上には進まない。むしろより深いところで彼らの望まない混乱だけが拡大するだろう。支配層にとって総選挙はもはや回避不可能だ。自民党という彼らの慣れ親しんだ権力媒介装置を失う危険を冒したとしても、今となっては、彼らの焦眉の課題である政治的主導力回復は選挙なしには不可能となっている。まして深刻化する世界的な金融危機を挙げるまでもなく、彼らにも時間はない。
 それは即ち、総選挙を経た後の彼らの意に沿う「政界再編」が、彼らにとって今こそ必要な目標となっていることを意味する。「日米基軸」を強調した小沢の代表質問や、この間の民主党の不可解な動きにそれを見ることはうがち過ぎだろうか。いずれにしても特に民主党と自民党は、総選挙後の政界再編に向けて今から強力な圧力にさらされ続けるだろう。
 このような再編への圧力を見れば、当面する「政界再編」は明らかに、政治に対する民衆の介入を排除し、支配的エリートによる裁量的支配という日本の伝統的統治のあり方の再建としてしか進まない。昨年、中曽根、渡辺が根回しし、小沢と福田の密談で進められようとした大連立は、その論理を明瞭に示していた。
 現代の労働者民衆が必要とする民主主義、民衆が主権者として決定に関与できる民主主義、まさしく世界的転換の中で問題となっているそのような民主主義とは対極にある先のような再編に自由な展開を許すわけにはいかない。まして今問題として提起されている労働者民衆の具体的要求は、支配的エリートの裁量などによっては決して実現されない。彼らの裁量による利害配分という1970年代までの日本社会の仕組みが限界に突き当たったからこそ、日本の支配層にとっても本意ではなかった新自由主義の跋扈を許したのだ。元には戻れない。
 新自由主義の転換として総括される諸要求の実現のためには、本質的に民主主義を基礎に据えた社会のより水平的な作り替えを伴わざるを得ないのだ。ラテンアメリカが先頭を走る反新自由主義改革は、その関係を鮮やかに照らし出す。
 まさにそれ故にこそ、今回の選挙に対する労働者民衆の自立した構えが、そしてその構えが現実の姿として巨大なうねりとなって登場することが重大な意味を帯びる。「政界再編」のような支配層と民主党の思惑を自在にさせない力が、そこには確かに秘められている。昨年の大連立策動の崩壊は、実際にその力を垣間見せた。
 その点で、民衆の中に確固とした基盤を今だ築くことができず、党による民衆掌握力が著しく弱体な民主党の現状は、日本の支配層にとって今もなお不安材料だと思われる。しかし不安材料の本質は、先に指摘した「元には戻れない」というところにある。いずれにしろ、支配層がいかに望もうとも、彼らの「政界再編」に安定した基盤はない。
 我々はその点をしっかり見据え、労働者民衆の自立した活力の高まりを徹底的に追求しなければならない。そしてその闘いに自・公政権の敗北は、労働者民衆の自信を強めるだけでなく、政治の流動化を深め狙われている再編の基盤をさらに不安定化するという点で、さらに力を貸すだろう。
 結論的に今回の選挙での我々の闘いは、労働者民衆の自立した行動を徹底的に追求することに集約される。この中で、未だ漠然とした不信という多くの労働者民衆の民主党に対する構えを明確な批判へと進める活動は、求められる自立性をより確実にし高める上で、決定的な意味を持つだろう。(10月10日)
原子力空母母港化は許さない!
9・25横須賀 4800名怒りの抗議

 9月25日、アメリカの原子力空母、ジョージ・ワシントンは遂に横須賀米海軍基地に入港した。この日から横須賀は、このとてつもなく危険な艦船の、アメリカ国外に設置された世界で唯一の母港として機能し始めることとなる。
 横須賀市民は無論として、周辺市町村の住民、首都圏の住民の中に反対と懸念が渦巻き高まっている。当日現地では、早朝から様々な形の反対行動が続き、午後7時からは、原子力空母横須賀母港化を許さない全国連絡会、神奈川平和運動センター、三浦半島地区労働組合協議会主催で原子力空母ジョージ・ワシントン入港阻止全国集会と市内デモ。この行動には、仕事を終えた市民、労働者4800名がかけつけ、この母港化にあくまで反対して闘っていく意思を確認すると共に、労働者民衆の中に強力な反撃の動きが成長していることを明らかにした。なお前日夕刻にも、共産党系諸団体が主催する母港化反対集会が行われ、2000名が結集している。

反対行動の持続と広がり

 日本政府、神奈川県、横須賀市による母港化容認に反対して、横須賀市民と周辺市町村の住民は粘り強く闘ってきた。住民投票によって母港化是非を問え、とする住民投票条例制定請願署名運動は二度も実行された。この運動は党派を超える統一した運動態勢の下に展開され、請願成立要件を大きく超える成功を印してきた。今年春の二度目には、前回を1万名以上も上回る6万名弱の署名数に達した。基地依存経済と軍都の歴史を背景とする保守的風土(ちなみに横須賀は小泉の選挙区)の下に、市議会による請願採択は確かに実現しなかった。しかし請願運動が如実に示すように、市民の反対は少しも衰えずむしろ高まっている。
 7月19日には今回と同じ主催の下に、15000名が結集して反対集会とデモが行われ、その一週間前には、共産党系諸団体主催で3万人規模の集会が開かれた。いずれも近年にない盛り上がりを見せた。特にこの間活動の停滞が目立っていた労働組合の幅広い参加は目を引いた。
 そして9月24、25日の行動がある。9月25日の集会にも、多数の市民団体の参加が見られると共に、労働組合旗が林立した。また社民党の議員(福島みずほ参院議員、山内徳信参院議員、安部とも子衆院議員)に加え、地元選出の民主党議員(那谷屋正義参院議員)も参加し発言している。

ジョージ・ワシントンを追い出せ

 当然である。巨大な原子炉(熱出力総計120万KW)が突然市民に押し付けられたのだ。しかも、軍事機密を楯に、その構造も運転管理、安全管理の実態もすべては完全なブラックボックス。日本政府ですら、それらについては米軍の説明を鵜呑みにするしかない。原子力潜水艦の放射能漏れが何年も放置されていたことが発覚している。そしてこのジョージ・ワシントン自身、直前には大火災事故を起こしていた。しかしその原因や被災の広がりなど何も定かにされていない。米軍が安全と言っているから安全だ、このような無責任な日本政府の言い草を誰が信じるだろうか。
 そして日本政府の母港化容認の理屈はあげて日米同盟と対テロ戦争。しかし日本政府のこの立場は何ら日本の民衆のものではない。民衆の中ではアメリカと一体化された歩みという日本政治のあり方に対する疑念はむしろ強まり、特に「対テロ戦争への協力」は、各種世論調査でも不支持は明確だ。上記した日本政府の立場自体が実際は、民衆の、そして横須賀市民の懸念の的となっている。
 しかし麻生は、ジョージ・ワシントン入港に対してまさに先の二つの主張以外に何も語らなかった。人々の懸念など彼の眼中にはまるでない。それは麻生の政治感覚を示して余りあるが、その点も含めて、巨大なリスクをひたすら労働者民衆に負わせたまま、了解可能な大義もなく、徹頭徹尾反民衆的に強行された今回の原子力空母横須賀母港化を、人々は今後とも決して容認しないだろう。
 この軍艦と労働者民衆は共存などできない。その事実は益々多くの人々の心をとらえるだろう。そして現在の日本支配層は既に、人々を押し黙らせるような力を大きく削がれている。この軍艦を追い出すためのまさしく正当な闘いは、日本支配層を追い詰める民衆的な闘いとして位置を占めることになるだろう。その意味でジョージ・ワシントンは、今や潜在的に彼らを破裂させる爆弾である。
 ジョージ・ワシントン追出しの闘いは、ことがらの客観的な性格において、また現在の政治情勢において、政策の大転換を求める労働者民衆の闘いの紛れもなく不可欠な一部である。全国をつなぐこの闘いの発展に向け、我々自身も力を尽くさなければならない。(Y)
労働者派遣法
 名ばかり偽装改正を許さず、抜本改正へ
    9.24厚労省前に怒りの拳

 前号で厚労省の派遣法まやかし「改正」の動きを伝えたが、そのまやかしぶりはさらに隠し様もない姿をさらけ出しながら進んでいる。福田の政権投げ出し、政局不安定化の隙をつくかのように、始まったばかりの厚労省・労働政策審議会労働力需給制度部会審議は9月18日、厚労省骨格案のまま、僅か二回の審議でまとめられようとした。労働者側委員の問題指摘と批判の中、その日はさすがにその性急さは通らなかった。しかし厚労省には、派遣労働の深刻さを増す実態と真剣に向き合う議論など端からやる気が見えない。次の9月24日には建議へのとりまとめが強行された。そこに示されているものは、むしろ厚労省案の説得力の乏しさと彼らの自信のなさと言ってよい。
 この動きを前に当日午前8時半厚労省前には、「格差是正と派遣法改正を実現する連絡会」、全労協、全労連の労働者が集結。全国一般全国協の遠藤書記長が司会した共同の集会を通して、労働者達は、厚労省と労政審に向け闘いの意欲と自信を込めた怒りの声を響かせた。

自由化へのブレーキ

 労働者側委員の声をまさに受け流し、僅か三回の審議で大急ぎでまとめられた今回の建議とはどういうものだったのか。
 厚労省が回避したかった規制への踏み込みは確かに刻印された。雇用期間30日以内という形での日雇い派遣規制。もっぱら派遣に対する派遣割合の規制。違法派遣に対して、直接雇用を申し込むよう行政勧告できる仕組みの創設。マージン率の公開義務。あるいは、派遣元企業(つまり人材派遣会社)の無期雇用への転換努力義務。例えばこのようなものが盛り込まれた。
 派遣労働は、労働者が反対する中数々の制限付きで85年に導入されて以降、自由化に継ぐ自由化の道だった。昨年の今頃も日本経団連を先頭とする推進派は、派遣制限期間(現行年)の撤廃や事前面接の解禁など、より一層の自由化を大声で要求していた。元々それらこそ、今回の派遣法見直しで彼らが狙っていたものだ。特に派遣制限期間の撤廃は、偽装請負が不可能とされてしまった製造業資本の中心的要求だった。そこにはいわゆる09年問題があり、偽装請負から派遣契約へと切り替えられた大量の非正規労働者が派遣制限期間を迎える。
 しかし今回、過去には抵抗を排除できたそれらの自由化の道は、初めて逆転へと向きを変えさせられた。派遣労働の推進で歩をそろえ傲慢に事態を動かしてきた支配的エリート達ははじめて一歩後退を強要されたのであり、派遣労働をめぐって一つの転換点が記されたことは間違いない。その意味でこの転換点は、派遣労働に具体的に対決し営々と続けらて来た労働者の、特に当事者である非正規労働者の闘いが引き出した闘いの足場の強化として、その意味における一つの成果として確認されてよい。
 しかしここに手にしたものはあくまで突破口であり、現実の要求の実現とは程遠い。まさにそれ故厚労省前で労働者達は、闘いへの確信を抱くと同時に一層高まる怒りをあらわにした。

羊頭狗肉

 今回まとめられた規制のまやかしぶりをもう一度確認したい。
 日雇い派遣禁止方式の実効性の薄さについては前号でも指摘した。この方式では、生活の不安定さ、権利の侵害、労災の激発など、現に労働者が苦しんでいる劣悪な労働環境は何ら改善されない。しかも、31日以上の派遣契約の下では日々派遣が可能、つまりどこでどんな仕事に着くか分からない境遇は全く変わらない。その上、秘書や通訳など専門性が高いと勝手に性格付けられた18業務については、日雇い派遣の禁止がない。しかし「高度に専門的な」日雇い秘書などというものがあり得るのだろうか。この業種指定自体が、いくらでも拡大可能ないかがわしさを潜ませている。
 違法派遣に際する直接雇用申込に関する行政勧告について言えば、これもあくまで「仕組み」に過ぎない。行政勧告自体の実効性に疑問がある上、その勧告を行政が自ら進んで行う保障もない。現に担当課長は事前交渉で、法律通り厳密にはやらない、と明言しているという。
 もっぱら派遣規制についても規制対象の割合が高すぎ規制とは言い難く、マージン率も公開だけでは大した意味がない。
 そしてこれらの実効性の薄い規制の一方で、常用派遣労働者に対する派遣先企業による事前面接がもぐり込まされている。しかし現実には、現行法では禁止されているにもかかわらず事前面接が横行し、容姿や年齢、さらに家族構成などによる差別が大手を振るってまかり通っているのだ。その現実を直視すれば、雇用責任を負わない派遣先企業による事前面接など本来入る余地がないと言わなければならない。
 加えて、常用型派遣に対しては、制限期間満了後の直接雇用申し込み責任すら派遣先企業は免責される。常用代替禁止という派遣法の根幹が崩されているのだ。
 規制はまさに名ばかりであり、常用型派遣に対する派遣先企業の前述した重大な免責の仕込みなども含めれば、文字通り偽装だ。「格差是正と派遣法改正を実現する連絡会」の安部全国ユニオン事務局長は、この「改正」をまさに羊頭狗肉と呼んだ。

労働者の要求とは全く違う!

 そして労働者の境遇の改善にとって最も肝心の要求である日雇い派遣の直接禁止、登録型派遣の禁止や派遣可能業種の規制、そしてみなし雇用規定は、全く省みられなかった。均等待遇にしても、派遣元に対する情報提供などの努力義務だけであり、実効性を保障する義務規定は見送りだ。
 このような代物で労働者民衆の要求を逸らし、社会の批判に蓋をしようと考える厚労省に対して、労働者の批判と反発は一層鋭さを増す。9月24日厚労省前で発言に立った労働者からは、現実の有無を言わせない具体的な実状の報告と、その上に立った説得力ある厚労省案批判が次々と繰り広げられた。
 松下ディスプレイの偽装請負を告発し闘い続け、大阪高裁で勝利判決を勝ち取った吉岡さんは、違法派遣に対しては人身売買との司法判断が既に下されている、ふざけるなと、まさに怒りを直裁にあらわにした。ガテン系連帯の代表は、景気後退を背景として派遣打ち切りの事例が次々と続いている実状を報告、厚労省案の現実無視を厳しく批判した。下町ユニオンの労働者は、事前面接やり放題と実態を告発、さらに佐川急便を舞台とした日系移住労働者の派遣労働を、怒りを込めて糾弾した。まさしく彼らは、最初は偽装請負の下で、しかしその告発を受けた行政指導は派遣への形式的移行だけに止まり、その下でその後も年休も社会保障もなく六ヶ月毎の細切れ雇用のまま酷使されているという。そして全労連の伊藤さんは、現在の労政審審議でも経営側は、「使い勝手のよい」派遣労働を前提として「開発」したビジネスモデルをこわすな、などとの恥知らずで身勝手な主張を平気で言い募っていると糾弾した。
 全労協を代表した全国一般なんぶの平賀さんが言うように、厚労省にも経営側にも反省などかけらもない。労働者の要求は依然として真剣に受け止められていない。彼らはまだ逆風をやり過ごそうとしているに過ぎない。
 しかしまやかしを押し通すことも明らかに困難になろうとしている。何よりも日々進む現実が派遣労働推進派の論理の破綻を暴き出している。労働者の要求と批判こそが社会的に正当性を獲得しているのであり、それ故にこそ推進派は、審議を早々に切り上げるしかなかったのだ。

運動で偽装改正を打ち砕く!

 姑息な偽装改正など打ち砕かなければならない。今回支配側が印した後ずさりを力に変えなければならない。
 何よりも労働者の闘いが、資本や政府与党の抵抗を押し潰し、規制という線まで彼らを追い込んだのだ。あるいは、例えばホワイトカラーエグゼンプションなど、この間労働者は労政審建議を押し潰す運動実績も重ねてきた。労働者に早々のあきらめを期待することは、今や支配的エリートの傲慢以外ではない。
 厚労省前に結集した労働者はそれらを十分自覚し少しの意気消沈もなく、10月9日の院内シンポジウム開催を手始めに、直ちにこの建議を迎え撃つ態勢を整えている。労働者の要求はあくまで抜本改正であり、その実現まで闘いは続く。そして近づく総選挙もまた抜本改正を強要するためのもう一つの戦場となるだろう。(神谷)

中国
新たな中国資本主義

       
ジョセフ・マリア・アンテンタス/エスサー・ヴィヴァス

 直前の中国オリンピックは、上昇する中国資本主義のショーケースとなった。中国は今日、30年前に始まった資本家復活の長い過程を経てきている。改革は1978年に始まり、拡大し、深化し、次第に計画経済の機構を衰退させ、そして1992年以降、断固として推進された。

「改革開放」の今

 1990年代において、手放しの国営企業の私有化と公共サービスの自由化が開始された。今日、三分の二の賃金労働者が私的資本のために働いている。21世紀の始まる時期において、2001年の中国の世界貿易機構(WTO)への加盟は世界的資本主義への再統合の過程を最高度にまで高めた。幸運なことに、中国モデルに幻想を抱く人は左翼では僅かである。しかし、改革の30年の年月は、節度のない山猫の資本主義を作り出してきたことへの合意は明確にされなければならない。そしてこれが、胡錦濤主席の「調和ある社会」という美辞麗句にもかかわらず、国が向かっている地平なのである。集積の現代的モデルによって引き起こされた社会的、環境的災害の証拠の増大は、公的美辞麗句に変化をもたらし、不均衡を抑制する政策調整をも生みだした。だが、全般的進路には変化はない。
 資本家の復活は中国共産党(CCP)によって指針化され、中国共産党の思想と性格は変化した。愛国主義が論文の主要な要素となり、そして中国共産党の主体性が、政治的計画における一貫した、筋道の通った要素であるとして使用される。それで、駆け引き計略の戦略的重要性というわけである。

不均衡の概観

 中国は極めて大きな社会的、地域的不均衡の中にある。改革は所得の集中、社会的分化、不均等の増大を引き起こしてきた。世界銀行によれば、国内には3億人の貧者がいる。経済活動の大部分は沿岸地方に集中し(昨年は海外からの投資の85%を受けた)、内陸部の貧しい地域と対照をなしている。発展の現在形は、高額な環境的犠牲、とりわけ大都市の空気汚染と水の汚染を生みだしている。中国体制の社会的基盤は、新たに登場したブルジョアジーで、国家、党機構、そして重要な都市中産階級と結びついている。この中産階級はサラリーマン層のもっとも高級な部分や公務員、国家機構職員をも含んでいる。
 労働者階級は大変化を大分深く経験してきた。国有部門にいる労働者は就業人口の20%を占めるが、私有化への大波に厳しく打撃された。私有化は国有部門労働の40%を消し去った。これらの労働者たちは、毛沢東主義時代消滅を社会的に保障した者たちを見てきたのだ。相並んで、労働者階級の新たな部隊が登場してきた。都市へ流れ込む地方からの移住者たちで形成され、東部の沿岸や広東周辺での輸出志向工場に押し込められるか、または大都市での低賃金の建設業やサービス業などにありついている。地方から都市への国内移住は、農村部の資産力の危機、貧農の力を使い果たした没落による供給であり、都市居住者の三分の一に及んでいる。約15億人で成り立っている中では、こうした新たな労働者階級は、労働市場の最も底辺の部分を占めているのである。
 彼らの生活と労働の条件は、中国の新資本主義が辛辣さの極にあるという素顔を表現する。低賃金、休み無き労働時間、労働における健康と安全性の欠如、そして多くの工場、下請け業者たちによる労働法違反、これらが彼らの日常的現実を形作っている。公式の労働総工会は、唯一の合法のものだが、国家との関係では自立性を持っていず、企業利益に従属し、労働者のための実際的な防衛組織ではない。

抵抗支援の決定的重要性

 こうした背景に対抗して、1990年代の終わりから、社会的闘争が増大してきたことは驚くべき事ではない。にもかかわらず、それらはいまだに極めて部分的で、孤立し、そして鉄の抑圧の故に、彼らはいかなる組織的影響も背後には残していない。流動する国有部門労働者とこうした移住労働者の間の合流は存在していない。同じことは、地方世界と都市部分での数限りない抗議に関しても真実である。
 現在の蓄積様式に対する中国での闘いの形成を支援することは、国の重要性と世界化した資本主義構造で占めている位置を前提とすれば、世界化している新自由主義に抗する運動にとって世界的な中心的戦略である。中国における人間的権利の悪質な利用やチベットの人々の抑圧を偽善的に非難する西側政府の利益になるようなことは、明らかになしにして。
 世界の将来像は、相当程度、中国での民衆の闘いの現在と将来に依拠するであろう。
注)この論文は最初に、2008年9月7日の「パブリコ」新聞に掲載された。
◆ジョセフ・マリア・アンテンタスは、雑誌「ヴィエント・スール」の編集部メンバーであり、バルセロナ自治大学の教授である。
◆エスサー・ヴィヴァスは、スペインでの二冊の本の共同まとめ役を果たしている。彼女は「ヴィエント・スール」の編集部員である。(「インターナショナルビューポイント」電子版9月号)



フィリピン
瀬戸際にあるミンダナオ

             アレックス・デ・ヨング
 何百人もの死者、何万人もの難民、そして更に高まるイスラム民族主義者たちと中央政府の敵対という現実的脅し。これが、フィリピン南部の地、ミンダナオの民衆が陥っている状況である。

衝突の表面的姿

 以前からそうであった。70年代、この島は、イスラム独立派戦士たちとマルコス軍の間での激しい闘いがあった。そして2000年には、時の大統領のジョセフ・エストラーダがイスラム分離主義者たちへ「全面戦争」を宣言した。悲惨にねじくれた皮肉だが、戦闘の最新のラウンドに火をつけたのは、ある人々がこの島にきっぱりと平和をもたらすであろうと期待した協定の内容であった。
 表面的には、最近の数週間の展開を後追いするのは簡単である。数年もの交渉の後、現大統領アロヨの政府は、モロ・イスラム解放戦線―フィリピン政府と依然として戦っている主要なイスラム・グループ―と、フィリピンではあるいはモロ族と呼ばれているイスラム少数民族の高度な自治国家の建設に関して合意するように見えた。その合意は20年以上のMILFとマニラ政府の戦闘を終わらせると想定された―戦闘は、70年代後期、MILFが他の大きなイスラム民族主義運動であるモロ民族解放戦線から、中央政府との交渉のやり方について同意せずに離脱した後に始まったのだ。すでに存在しているイスラム・ミンダナオ自治地域―ARMM、MNLFと政府との間の合意として作られた―は、拡張され、バングサモロ・法的統一体(BJE)を形成する付加的権利を認められることになっただろう。バングサモロは、フィリピン・イスラム教徒国のために使われる名前である。
 BJEの境界を定めるであろう「伝来の居住土地に関する合意の覚え書き」への署名の直前、協定文書の内容が公となった時、事はねじくれ始めた。BJEが更に拡張された大権を賦与されるであろうというだけでなく、それがフィリピン共和国の分裂、しかも、地域の相当の大きな部分が旧来からの住民たちには何の相談もなく、BJEに帰属するのであるということが、フィリピン愛国主義者たちの怒りをかき立てた。BJEに帰属するであろう、いくつかの地域には、キリスト教徒や非イスラム教徒という独自の文化と宗教を持つ土着グループが主要に居住しているのである。
 協約反対派は憲法法廷に、合意は憲法違反であると宣告するようごり押しした。すなわち、いかなる政府も共和国の領土を分割する権利を持ってはいない、と。法廷は暫定的抑止令を出した。すなわち、法廷が協定の憲法上の性質について最終的決定が出来るまで、政府は署名行為を延期するという命令である。この命令は8月4日に出された。クアラルンプールでの公式の署名の直前であった。すべての両代表団の当事者たちは署名儀式に出席するために、すでにマレーシアにいたのだ。
 MILFは、明らかに事態のこうした転換に怒り、法廷の統制はフィリピン政府の内部問題である、合意はできあがった事実であると宣言した。しかしながら、MILFの二人の軍司令は討議のための時間は終わったと決断した。カトーとブラボー司令は、BJEの建設に抗議してきた多数のキリスト教徒集落を攻撃した。何十人もが殺され、家は略奪され、放火された。軍の攻撃から逃れるために、MILF戦士たちは多くの場合市民たちを人質とし、人間の楯として使った。
 こうした攻撃はMILFの中央指導部からは認められなかった。だが、今までのところ、MILFは司令たちを逮捕することや追放することを拒否してきた。政府は司令たちの引き渡しを要求し、そして彼らに多額の賞金をかけた。MILFをさらに敵に回すことである。MILFの主席交渉員モハガー・イクバルは、次のように宣言した。すなわち、われわれは決して司令たちを引き渡すことはない、そして、もしも彼らが裁判を受けるとなれば、それはMILFが組織する法廷でのことだ、と。MILFは緩やかな組織で、多くのメンバーは、彼らの忠誠心を地域的指導者たちや活動での個性的な親玉たちの間に分けていた。そして司令たち個人が自分の判断で行動したのは今回が始めてということではない。

真相は何か

 戦闘は今までに数百人の死者を出し―ほとんどが市民である―、数多くの人々が家から逃亡せざるを得なくなった。正確な数を見積もることは難しいが、赤十字は家を捨てた難民7万人を収容し、そして、すでに全人口1800万人の島人のうち、50万人が戦闘の影響を受けていると概算している。現在までの所、公的には戦闘は軍と三名の野戦司令、カトー、ブラボー、および第三の司令、パンガリアン、彼は他の二人を援助していると告発されてきたのだが、この三名のMILF野戦司令の部隊との間に限られている。だが、犠牲者の数が増え、MILFゲリラが分岐し、敵の手から逃れるために他の地域に引き込むにつれて、他のMILF部隊や組織が戦闘に巻き込まれる危機は、まさに現実的である。すでに、MILFのゲリラキャンプの多くが攻撃されているのである。
 それほど明かでないのは、最近の出来事は何かという説明である。モロ・イスラム解放戦線の闘いの目的は良く知られている。何らかの形での独立イスラムの母国である。組織はARMMの自治権という水準に大いに批判的であるが、しかしMILFは自治の進んだ水準で手を打つように見えていた。モロ族の自己決定のための闘いは、はるかに過去にさかのぼる。何世紀もの間、モロ族は相次ぐ侵入者たち―スペイン、アメリカ、そしてキリスト教のフィリピン人―に対する反植民地主義の抵抗の伝統を持ち、モロ民族主義者たちはその中に身を置いている。近代的な有り様では、70年代の前半にMNLFが、長年の差別と冷遇に終止符を打つためにマルコス体制に抗して武器を取る決定をしたときに始まった。
 豊かな資源と肥沃な土地柄にもかかわらず、ミンダナオはフィリピンの最も貧しい部分のままであり、低開発のままに無視されてきた。これに加えて、明確で人種差別的抑圧がモロ族にはかけられてきた。50年代、マニラは多数のキリスト教徒の土地なき農民を北ルーゾンからミンダナオへ船出させ、そこで、ほとんどがイスラム教徒の多数の農民たちを追い払い、入れ替えさせた。これは北部地域における、主に小作農に基盤をおいた共産主義者主導の暴動を不活発化する狙いであった。その後、70年代に、MNLFだけでなくマルコス体制も宗教対立の戦争を扇動した。マニラはキリスト教原理主義の自警団グループの基金を出し、そして彼らは多くの残酷行為を行った。国家公認の反イスラム、人種差別は、すでに貧しかったモロ族の生活をさらに悪化させた。
 民族自決として民主的な政治的目標に焦点を合わせつつも、MNLFとMILFの両者共に、モロ族の苦境には経済的側面があるという理解を獲得してきた―ARMMの創出へ結びついた合意の一部は、中央政府によるイスラム地域への一連の開発計画であった。これらの約束の多くは実行されていない。
 しかし、解決がそんなにも近づいていると見えた時に、なぜ古い衝突が新たな戦闘を導いたのだろうか。最近の出来事のありうる解釈は、政府は和平協定が満たされることを決して求めてはいなかったのであり、そして政府は、諸集落や法廷が協定を阻害し、政府に戦争再開の口実を与え、さらにおそらくはMILFが最初に攻撃するようにさえ、挑発したというものである。もしも、これが実際の計画としたら、まさしく成功したように見える。

マニラの仕掛けた罠

 こうしたレベルの皮肉な態度は思いつくのも難しいかもしれないが、しかしアロヨ政権とその支援者たちは、そうした可能性を十分に持っていたかもしれないのである。アロヨが2001年に権力を握った以降、数百人もの進歩的活動家が襲撃部隊によって殺害され、あるいは「失踪」した。国内における他の主要な暴動は、スターリニストのフィリピン共産党によって主導されているものだが、それに関連して政府は次のように明確にした。すなわち、政府の目標は和平論議ではなく、軍事的手段を通じて、2010年前に共産党の武装作戦を「不適切」にすることである、と。
 実際、戦闘の最初の場面は政府によって歓迎されたように見えた。最初の攻撃は8月18日に起こった。3日の後、政府は、今後の話し合いの的は反乱者たちそのものではなく、戦闘に冒されている地域の諸集落だと声明した。それは、モロ人口の間に大きな支持を持つMILF―ある推計によれば、それは10万人を越える戦士たちを動員できる―のようなグループを避け、そして事実上、彼らがモロ民族を代表して話すという要求を拒絶することを意味する。ほんの数日後、この声明は、将来における武装グループとのいかなる話し合いにおいて、彼らの動員解除、非武装化および戦士たちの社会への「更正復帰」が最初の議案だという宣言によって引きつづかれた。簡単に言えば、これは、政府が将来的話し合いのための前提条件を放棄するという意味である。MILFは、交渉における地位の獲得が彼らの武力のためであり、マニラの民主的上品さのためではないと自覚しており、こうした宣言を受け入れることはありそうもなく見える。すべての合意は、その時に政府によってゴミ箱に捨てられ、それは署名の延期を定めた判事たちさえも驚かせたのだ
 戦闘が勃発する遥か以前、軍は準軍事グループを組織し、大量の武器類を供給していた。それらは、MILFの最初の攻撃が起こった時、後ずさりしただけだった。兵士たちはバラック兵舎に留まっていたか、あるいは戦闘開始の数時間後に到着した。どうして大量の市民が殺害されたのか、一つの理由は、市民は自分自身の武器でMILFと戦ったことにある。政府批評家は言う。これらすべては、一つのことを意味するだけしかできない。つまり、マニラがMILFに罠を仕掛けたのだ。

厳しい任務

 ミンダナオは長年の間、マニラ政府によって、資源を搾り取られてきた。農業生産物以外に、亜鉛、銅、金のような諸種類の金属が島には発見されている。そして、アロヨ政権がミンダナオで掘り出しているのは、自然資源だけではない。ナサン・クインポが指摘するように、ARMMには、アロヨとその支持者たちが最新の選挙投票を盗み取る政治機関を許容する巨大な詐欺行為が横行してきた。ミンダナオは「選挙詐欺に手を染め、国家レベルで投票を盗み取るナショナル・センター」となってきたのだ。モロ族の一部のエリートと何らかの政治的自治を取り引きする、あるいは彼らに、幾分か大きなパイの一切れを容認する―ARMMを創生するときに支配的エリートが行ったような―ことは一つの物事であり、こうした資源を放棄することは別の事態である。島の最も資源に満ちたいくつかの地域はMILFの統制下にあり、そしてBJEはミンダナオのかなり大きな部分を統御することを認められ、独自の通貨、武装勢力、国外の世界との外交上のつながりを持ち、そうして民衆と資源をマニラの手から引き離すはずだった。

 MILFはこの数週間で多大な支援を失った。そのアピールの一部は、それはそれ自身を国家、キリスト教徒共同体とではない、国家との戦争の革命組織であると考えていることだった。市民殺害に走った分裂組織とは違う、と。この態度はモロ民族の中での支持にとどまらず、政治決着を支持するキリスト教フィリピン人の敬意をも獲得している。もしも現在の衝突が分派の衝突の道筋へと渦巻き降りるならば、モロ族ゲリラがむなしい期待のために闘い死んでゆく一方でフィリッピンのエリート―キリスト教徒とモロ族―が、、弱り分裂した敵対者から利を得る者となろう。すでに、市民たちは自ら武装するか、またはMILFと戦うために軍からのより多くの武器の提供を求めている。第四インターナショナルの支部―ミンダナオ革命的労働者党あるいはRWP―M、これはミンダナオに活動の重心を置いているのだが、これと同じようなフィリピンの社会主義者たちは、国家弾圧との衝突、自己決定権のような民主的権利と経済的自由との結合という厳しい任務と直面している。
注)アレックス・デ・ヨングは社会主義オルタナティブ政治(SAP)、第四インターナショナル・オランダ支部の指導部メンバーである。(「インターナショナルビューポイント」電子版9月号)
 
 
 
 

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