2008年11月10日        労働者の力             第 224号

麻生自・公内閣の総選挙引き延ばしを許すな
自・公政権の新自由主義政策にとどめを!

川端 康夫

  麻生太郎首相は解散引き延ばしを決断した。10月30日、麻生首相は公明党太田党首と会談し、解散先延ばしを伝えた。公明党は解散時期を延ばしても事態は良くならないという立場で解散早期実行を迫ったが、麻生首相は同意しなかった。自民党内部では、中川前幹事長が、「解散は都議選以降」という考えを打ち出すなど、解散時期の先送り論が強まっている。公明党が衆院選と来春の都議選とのダブりを避けたいという立場であることを配慮するということで、中川見解の意味も出てくるのだろう。言い方を変えれば、自民党麻生体制は、解散・総選挙という選択肢を採ることができなくなった。要するに自・公政権は、民衆の要求に応えることは無論、自ら事態を切り開く能力をも失ったのである。
 この政権をこれ以上とどまらせることは害悪以外の何物でもない。今まさに、政治は何に奉仕すべきかが深刻に問われている。民衆が政治を作り変えなければならない。民衆の必要の核心を明確にし、自・公政権を放り出し、政治を作り変える扉を開こう。

怯えの中でじり貧化?

 自民党は早期解散をもくろみつつ、自らで選挙区調査を行ってきたのだが、その結果はひどいものだったと報じられている。
 「自民の衆院選調査、民主が単独過半数 解散先送りを後押し? 民主党は単独過半数に達し、与党は現有議席から約130議席減の200議席超――。自民党が実施した衆院選の最新の情勢調査で、自民、公明両党の獲得予想議席が従来調査よりさらに落ち込んでいたことが29日明らかになった。「惨敗必至」との結果は麻生太郎首相に報告され、解散先送りの判断を後押ししたとみられる。調査は300選挙区ごとに1000人規模で投票先を聞く形式。9月下旬の麻生政権発足直後に初回、さらに10月中旬までに二回実施した。四回目の今回は細田博之幹事長が約120の重点選挙区を選び、24―26日に再調査させた。結果を反映した議席予測は首相をはじめごく一部の幹部に報告された」(『日経』10月30日)。
 麻生はすでに刊行されている雑誌『文藝春秋』において、早期解散構想を打ち上げていた。そこには自らの首班の位置を総選挙の「勝利」でうち固めたいとの思いがにじみ出ていた。だが、それを実行できないという事態に突き当たってしまった。しかし、「選挙管理内閣」であるはずの麻生内閣が、それと正反対の「長期政権」となってしまう成り行きに「麻生自民党」は耐えられるのだろうか。『日経』は、以上の記事で早くも麻生政権の求心力解体の可能性という見方を登場させたのだ。

麻生構想―税金ばらまきの選挙対策

 麻生の考えた事態対策は「ばらまき予算」であった。公明党が立案した「定額減税」構想に悪のりした予算ばらまきの選挙対策方針である。と同時に、3年後の「消費税かさ上げ」も提案には含まれている。ばらまきの処理は消費税かさ上げで行うというのが麻生の自民党への「約束」である。すなわち、小泉内閣が行った「財政再建」の新経済政策にこだわる流れへ配慮する話なのだが、「3年後の政策」とは、次期総選挙で自民党もしくは自公連立が勝利するという前提での話である。
 11月2日のNHK『日曜討論』内容も「麻生構想」をめぐる討論となった。
 与謝野馨経済財政担当相は、将来の消費税率の在り方について、「消費税増税を段階的にして、2010年代中ごろに10%に届いていないと日本の財政がパンクする」と述べ、11年ぐらいまでは全く上げる状況になく、経済回復後も一挙に5%上げるのは無理であろうと述べた。 与謝野は麻生の「3年後」と「10%目標」に全面的支持を与えた。また同じく自民党を代表した園田博之政調会長代理は「社会保障費の額は毎年増える。増える分は消費税で目的税としないといけない」と強調した。さらに公明党を代表して山口政調会長は、「要するに麻生首相は、後3年は消費税を上げないと約束した」と麻生を擁護した。公明党は、結局のところ、消費税引き上げは当然のこと、問題は時期をいつにするのかであると明言したわけだ。
 野党を代表する民主党が以前から「福祉目的税としての消費税」という位置づけを行ってきているが、園田の「社会保障目的税」という位置づけは、明らかに民主党の同意を取り付けたい姿勢である。その他にも、新銀行東京への資金投入への否定見解(園田)や、総額2兆円規模の「給付金」の全世帯への給付に関して、与謝野は高額所得世帯への給付には反対と述べ、1000万円程度が上限との見解を出し、自民党は民主党対策の姿勢を表に出した。だが、こうした「所得制限」案は、その日のうちに中川金融・財務相の反対論に直面した。公明党(山口)は、年内実施という早期実施を主張しただけであり、実質的には「市町村長の窓口での手続きが難しい」という中川の反対論と重なる形である。
 野党サイドは、対応に微妙な違いを示した。基本的には、「目的税」ではあろうとも、消費税引き上げに関して本質的に反対なのか、そうではないのか、という違いである。こうした違いは、90年代以降に本格化してきた新自由主義経済政策が税制に関して、明確に「金持ち優遇」を公然と展開するものとなったことへの対応に関連する。累進課税制度を半減させ、企業減税を大幅に進め、それの穴埋め策が、全民衆に押し被せる消費税の導入であった。こうした枠組みを否定するのか、肯定するのか。野党陣営は民主党・国民新党と社民党・共産党とでスタンスが大まかには異なっているのである。もちろん、2日の『日曜討論』では、野党はそれぞれ強調点は異なるが、麻生のばらまき方針とその後の消費税かさ上げ論には反対で一致した。景気てこ入れが必要な時期に、それに水をかける「消費税かさ上げ」論を出すことはおかしい、と民主党や国民新党は主張した。特別会計の「埋蔵金」を利用するという実質「5兆円」の一時的支出を穴埋めする話がすり替えられて「恒久的」な方式である消費税かさ上げ、というやり方への反発も当然ながら出された。「埋蔵金」利用は、もともとは民主党の主張であり、自民党はその利用に反対的対応を取ってきたのであるから、感情的にも民主党サイドは怒りを表すことになるであろう。

新自由主義の世界的破綻と国家介入

 麻生がこうして、旧来の政策をひっくり返して「財政ばらまき」に出た理由は、世界的に進行している新自由主義経済の破綻が生み出している「100年に一度」ともアメリカでは言われる経済不況の進展が庶民大衆の生活を直撃し始めていることにある。しかし麻生が引き継いだ自公政権は、まさに社会的な経済格差に対して、とりわけ若者層の生活の将来設計に関して、まことに暗い見通しを提起するだけのものとなった。「小泉改革」の真の性格が今むき出しに表れてきたのである。
 その上での世界的な景気後退、国際的な金融の混乱、混迷の進行である。
 アメリカでの住宅バブルの破綻は、単にアメリカ経済を直撃しただけではなく、一挙に国際的な大混乱に結びついてしまった。この現象を一ヶ国での範囲で食い止めるような方策・力量をどの国も持ってはいない。日本経済が90年代の土地バブル崩壊で直面し、そして次いでアジア経済からロシア、ラテンアメリカへと波及した金融解体状況にもかかわらず、新自由主義経済の破局的結果は、さらに大きな規模で再々度繰り返されているのである。「100年に一度」ではない、まさに10年に一度の規模で、経済的混乱が発生しているのだ。
 「100年に一度」というアメリカでの喩えは、1929年に起こったアメリカ大恐慌を想起させる言い方である。この大恐慌は結局は第二次世界大戦へとつながった。要するにドイツの1920年代のワイマール体制を支えてきたアメリカとイギリスの資本が枯渇し、ワイマール政権は財政的に破綻したのだが、ヒットラーのナチズムは、ユダヤ人財産を収奪することで財政再建を行った訳である。
 定式的には、ルーズベルト・アメリカ大統領の登場とそれが実践したニュー・ディール(新・政策)という、イギリスの経済学者・ケインズ政策を採用した政策が大恐慌から突破策を築いたと言われている。だが、ニュー・ディールの最大事業であったミズリー河開発事業は、アメリカの人種差別・保守主義の本体であろう「南部白人貧困層」を救うことにはならなかった。アメリカ経済は第二次大戦、その勝利ではじめて立ち直ったのであるが、南部白人貧困層にはほとんどの影響はなかった。
 しかし、「100年に一度」の言い方は、新自由主義経済破綻に対抗する形での「ケインズ主義」の復興をイメージさせるし、同時に、迫っているアメリカ大統領選挙での民主党候補オバマを応援する形となった。
 アメリカの1920年代の圧倒的と言うべき好況は、「市場自由主義」を謳歌した共和党政権が歴代担ったものだったし、それの破綻をひっくり返す形を提起したルーズベルトは民主党だった。そのような意味で、アメリカ議会の共和党主流が、今回の金融危機に国家が介入することを拒否したがった意味がわかる。国家の「市場への介入」は「社会主義」だと共和党本流は反発したのだ。共和党にすればルーズベルトは「社会主義者」なのである。
 しかし、ブッシュ(第二期)政権は、そうした共和党的理念を維持できなくなった。国家財政が「介入」しなければ、持たないと財界が悲鳴を上げたのである。だが、「どう介入すべきなのか」、ブッシュ政権は明確な対策を持たない。だが、対抗する民主党はどうなのだろうか。この点に関しては、今のところは、民衆総体を対象とする大規模減税以上の明確な主張はなされていない。ニュー・ディール的理念は、ブルジョア経済学的には、すでに終わってしまっている。民主党がケインズ的なニューディール的政策を再度復活させ、推進すると言い切ることはできない。国際的に自由に「投機資本」があふれ、各国の貨幣が防衛策もなくあっという間に混乱、価格破壊させられてしまう事態なのだ。現在はアイスランドを見よ。民衆生活を防衛するためには、まさに世界的枠組みでの資本規制、投機規制が必要なのだ。アメリカ資本はそうするための決意、力量を発揮できるだろうか「金持ちを規制する」という決意を持てるだろうか。

金持ち優遇、社会的格差拡大に歴史的断を

 「貧乏人は、使う金を持たないから、金を使えない。金持ちが金を使う。だから金持ち優遇なのだ。それで経済が高揚する」。この主張は、小泉時代を率いた竹中の師匠の慶応大教授某のNHKでの発言であった。このような発言に驚いたのは左翼だけではなかろう。自民党竹下派的な系統の「主流派」の流れも圧倒されたのである。吉田以降の保守本流経済運営策が「社会主義」と烙印を押された。規制の撤廃、緩和が進む中で、とりわけ財界が望んだのは、労働規制の撤廃方向である。派遣労働は文字通り全面的となり、格差社会の基礎が明確に築かれた。そうして、ここに、自民党右派の長らく少数派であった岸・福田系列の森派の主流時代が到来したのである。
 それぞれの国々が、その一国的な国家財政の金をばらまいたところで、単独での一国の国家経済を立ち直せない。そこまで事態は来ている。アメリカ国民が再度のニューディールを望んだところで、しかしながら、結論は90年代の日本経済がそうであったように、金融資本の救済に国家財政がつぎ込まれるということに終わるであろう。
 資本主義は、産業資本の時代から金融資本の時代へと転化したと言われて久しい。一時期は主流であったケインズ主義を評価して、「国家独占資本主義」という言い方も一時的には流行した。他方で、ケインズ主義は資本の「利益のための自由な活動」への一定の制約を加えることも含んだがゆえに、イギリスのサッチャーやアメリカのレーガンは、「金持ち」のために、強引な権力発動をもって、ケインズ主義的方向を押さえ込んだのである。
 イギリスのアダム・スミスが主張した「自由な市場と資本」の構想は、もちろんその以前の「重商主義」時代の国家主導に対抗する、当時としては新たな「有力な見解」であったが、しかし、その時代においては、ロバート・オーエンやサン・シモンらの、「社会主義」の発想や実践があふれ出ていた。「労働搾取」の悲惨さは資本主義の発展とともにまさしく「日毎に」、そして徹底的に明らかなことだった。
 そして、資本主義は「10年に一度の恐慌」を繰り返し、そしてアダム・スミスの構想の、およそ100年後に「大恐慌」を発生させたのである。ここで、国家が「自由なはずの市場」に本格的に介入せざるを得なくなった。ケインズ主義はそのための方策であった。だがそれはもちろん、ケインズ流の「資本主義救済」、すなわち資本主義を救済するものでしかなかったわけであるが。
 そして今や、アダム・スミス的な「資本の自由」を掲げる「新自由主義経済」の大破綻に対して、ケインズ主義を歴史的に拒否したブルジョアジーは、「対案」を持ってはいない。にもかかわらず国家が「財政出動」を行う事態となった。まさにケインズ主義の「密やかな復興」であるといわなければならない。アメリカはもとより、イギリスを始め資本主義の防衛のために各国政府は、国家財政を投じた金融資本救済へと走った。サッチャー、レーガンそして小泉と続きそして全世界的に社会民主主義派も全面的に巻き込んだ新自由主義経済論、その最大の売りものである「小さな国家」論は、今や一挙に姿を消してしまった。金融資本の実質的な「国家管理」の進行となったのである。
 今回の危機は、新自由主義的発想、流れを解体する機会とされなければならない。そのことは、金持ち優遇、企業優遇の税制の改変を当然含み、それ故にこそ、消費税引き上げ反対、消費税撤廃の闘いも含むのである。投機資本が自由に動き回る枠組みの規制も絶対である。フランスを中心にして、国際的に資本流通に税金を課し、それを低開発諸国の事態改善の資金にしようという運動がある。いわゆる「トービン税」運動である。これは資本規制の国際的な具体的提案であり、こうした方向が左翼によって強く打ち出されなければならないのである。
 こうした運動、主張は単なる「理念」型の提唱ではない。文字通り、現実の資本主義経済の危機がこうした方策の必要性を求めている。ほぼ10年以前になる、アジア通貨危機が世界的に拡大したとき、アメリカ資本家であるソロスが新自由主義の「やり過ぎ」「行き過ぎ」を自己批判したことがあった。ソロスの発言はまさに現実の危機的事態進行に押されたものだったのだ。
 資本の自由な投機的で限りないコスト削減の行動を規制し、抑止する闘いが、左翼陣営の総体の視点として、そして国際的な課題として、まずは提起されなければならない。
 そうした視点において、「金持ち優遇」「企業利益優先」のままに、とりあえずの「ばらまき」政策という麻生構想の本質を暴露し、自公体制打倒の解散の早期実施を要求しなければならない。
(11月5日)
命を削るな!生きさせろ!2000名の熱気
    反貧困世直しイッキ!大集会

 10月19日、明治公園(東京)で標記の集会が行われた。副題は、「2008年の米騒動一気に!!一揆だ!!」「垣根をこえてつながろう!!」。自己責任を叫びたてながら格差と貧困の拡大が放置され、日々生き延びることさえ益々難しくされる現状に対し、もう黙らない、広くつながって現状を変えようと、様々な問題と日々格闘する若者、女性、障がい者、高齢者、労働者など、幅広い年齢層の2000名(主催者発表)が、全体集会、分科会、デモという一連の共同行動を作り上げ、反貧困の闘いの開始を告げ知らせた。主催は「反貧困ネットワーク」。

語り合ってつながる

 大集会は午後一時開始。口火は、主催者を代表する宇都宮健児弁護士と雨宮処凛さんが、各々の思いをむしろ旗に墨書するパフォーマンス。宇都宮弁護士は「反貧困」、雨宮さんは「よこせ」。
 はちまき、たすき、股引、尻端折りという一揆姿で登場した宇都宮弁護士は、秩父困民党のイメージに思いを託したと説明しつつ、社会保障や労働の課題など分野と垣根をこえてつながり、津々浦々で立ち上がろうと挨拶。雨宮さんは、「よこせ」とはお金や尊厳や未来だと語り、それらを取り戻すために力を合わせよう、と訴えた。
 次いで、7月から三ヶ月をかけ、東コースと西コースに分かれ全国キャンペーンを繰り広げてきた「全国キャラバン」が生バンド演奏に乗ってステージに。本日でゴールインと宣言すると共に、参加者から各地での様々な問題と取組みが報告された。旅費を含む就業経費を一切負担せず全て労働者に押しつけ、その上生活費にも満たない低賃金、という中国でのコールセンター派遣労働の実態、生活保護を受けさせない自治体の「水際作戦」、クレジット・サラ金被害など、語られた事実は生々しい。これらに対して、各地で反貧困ネットワークを作って立ち向かおうとする動きが始まっていた。そして集会参加者に対しても、そのようなネットワークを作ろうと呼びかけられた。
 開会全体集会のむすびは、スタンドアップ・テイク・アクション。国連が提唱した「貧困撲滅のための国際デー」に呼応する行動だ。ステージからの掛け声に唱和しつつ、立てる人は全員が立ち上がり、STANDUPの大デコレーションと共に青い集会プログラムを掲げ、反貧困へのまさに立ち上がりを記した。
 今大集会の特色は何と言っても午後2時から4時まで続けられた分科会。ブルーシートを敷いた12の会場が公園全体に配置され、参加者は思い思いに各分科会に分散、そして語り合う。

 12のテーマは以下の通り。
●住まい―安心できる住まいをみんなの手で
●労働―使い捨てか、過労死か?これって蟹工船じゃん?今こそ、つながろう
●食の危機―食わせろ!!
●死刑廃止―これでいいのか日本の人権、死刑に異議あり!
●多重債務・消費者問題―クレサラ・消費者被害根絶、貧困・ヤミ金撲滅!!
●コトバの貧困―路上文庫&カフェ
●社会保障―社会保障費を増やせ!2200億円削減はもう限界
●後期高齢者医療制度―高齢者は早く死ねというのか
●女性と貧困―女の貧乏を語ろう
●子ども―子どもにかかわる人、大集合!子どもワークショップ
●フェアトレード―日本と世界の貧困はつながっている?〜フェアトレードから考える〜
●語り合いの場―「私にとっての貧困とは」「私が求める支援」

 当日いきなり出かけてきた人、多くの若者などが入り混じる中一見難しい企画とも見えたが、シートに座り込む人、周りを囲んで聞き入る人など、大多数の参加者は各分科会に集中、時間一杯思いの交流が続いた。つながろう、との主催者の呼びかけは、具体的な形で現れたように見える。
 中でも労働の分科会は二重三重の人垣。おそらく最も多くの参加者を集め、非正規労働、名ばかり管理職、介護労働、外国人研修・実習生、女性労働者の差別的格差などの問題を中心に、現状打開に向けた熱の入った語り合いが続いた。ここでは、全国一般全国協東部労組の取組みが目だった。隣の住まいの分科会にもかなりの人。非正規労働の蔓延に加え、定期借家「権」の導入が住まい確保を一層困難にしている問題などが浮き彫りにされた。

立ち上がり、つながり、世直しだ

 午後4時、参加者は各分科会から再度ステージ前に。結びの全体集会だ。時間の制約から、分科会からは労働と社会保障の報告が行われた。それを受け最後に主催者を代表して、NPO法人「もやい」の湯浅誠さんが集会宣言案(本紙HP上に掲載)を読み上げ提案。具体的かつ簡明に世直しを呼びかけたこの提案は、満場の拍手の中今大集会宣言として採択された。
 この日の仕上げは渋谷宮下公園までのデモ。かなり長いコースだったが、参加者は様々なデコレーションを手に、あるいはサウンドカーに従い踊りながら、元気に行進。途中、海外高級ブランドの店が並ぶ通りも横目に見ながら、人々は先の決議を胸に、沿道に力強く反貧困への決起を呼びかけた。(Y)
JR採用差別10・24中央大集会
    強雨の中11、200名
 

 22年前の国鉄分割・民営化の中で、国家的不当労働行為の下に、当時の国鉄労働者1047名が不採用とされたJR採用差別問題。その全面解決を求め、学者・文化人10名の呼びかけの下に、「今こそ政治決断を!JR採用差別問題の解決要求実現をめざす10/24中央大集会」が10月24日、日比谷野外音楽堂(東京)で開催された。主催は四者四団体。
 当日東京では日中から季節外れの強い雨が降り続いた。夕方雨脚はやや弱まったとはいえ、開会時刻(午後6時)が近付いても雨は周期的に激しく傘をたたく。そのような悪条件もはねのけて、会場はいつしか駆け付けた労働者・市民で埋め尽くされ、数多くの旗が林立する熱気渦巻く場となった。集会後のデモに向け音楽堂外に待機した隊列も含め、参加者は主催者発表で11、200名を数えた。

当事者の意気込み前面に

 22年にわたる長く血の滲むような被解雇者の闘いは、重大な山場に差し掛かっている。
 一時余儀なくされた被解雇者争議団の分裂状況が克服され団結の再建が進む中で、当事者の納得できる解決という原点が闘いの中心に改めて確立され、政府を追い詰める陣形が厚みを増そうとしている。何よりも、新自由主義政策への疑念と反感が社会的に広範に広がる中、新自由主義への抵抗は今や社会的に大義を獲得しつつあり、JR採用差別への闘いは、客観的に紛れもなくそのような抵抗の一部として浮上している。
 まさにそのような背景の下に、鉄建公団訴訟控訴審では、東京高裁南裁判長から、裁判外での話し合い提案が行われ、当時の冬柴国土交通相は「誠心誠意努力」と呼応した。自公政権の深まる一方の危機をも加えて、闘いには確かに一つの転機が訪れている。
 被解雇者争議団は、この転機を自らの力で解決への好機へと変えるため、野心的に今集会を準備してきたように思われる。当事者を代表して決意表明した酒井直昭鉄建公団訴訟原告団団長は、雇用・年金・解決金という当事者の解決要求と、そこでの団結を改めて鮮明に強調すると共に、今集会に向けて全国各地で300の地域集会が重ねられ、12、000人の参加を勝ち取ったと、前段での闘いを報告した。あるいは、雨宮処凛さんも並ぶ呼びかけ人のリストは、従来の枠を明らかに破る広がりで準備されている。
 集会参加者達にもそのような転機の自覚はおのずから窺われた。まさにそのようなものとして今集会は、当事者の意気込みに積極的に呼応する盛り上がりを見せ、高橋伸二国労委員長の主催者挨拶で始まった集会では、この機を解決へ、とする訴えが続いた。
 国会議員からは、民主党の峰崎参院議員、共産党の二比聡平参院議員、社民党の保坂信人衆院議員が挨拶、大同団結への期待と共に、自公政権を葬り政治の約束を守らせたい、と決意表明。情勢報告に立った二瓶久勝国鉄闘争共闘会議議長は、解決局面とズバリ切り出し、先に触れた解決要求をあくまで堅持し、大衆闘争と裁判闘争を通じ当事者が納得できる解決を、と訴えた。各団体からは、平和フォーラム、全労連、全労協が挨拶。全労協の藤崎議長は、反転攻勢を切開くべき時であり、そこにおいては中小、非正規の仲間に励ましとなる闘いを意識すべきと、特に訴えた。そして呼びかけ人を代表して鎌田慧さんは、国鉄の分割・民営化に反対してがんばりきれなかった日本の労働組合運動の非力さが、不当労働行為が日本列島全体を覆う現在の惨状を招いたと鋭く指摘。その上でいわばどん底からの出発を自覚した、当たり前の労働運動の再建が求められる、それ故非正規労働者の問題を中心として闘いを作り上げよう、と訴えた。
 集会は最後に、政府に「紛争を発生させた当事者としての『解決責任』」を取らせることを求め、「麻生政権にノーを突きつけ、危険にさらされている平和や安全、破綻した民営化路線、格差・貧困社会を変えてゆく大きな転換点」を作り出す闘いを訴える集会アピールを満場の拍手で採択。参加者全体はすぐさま、霞ヶ関にとどろく団結がんばろうをもって銀座デモに。
 なお、一部団体からの妨害が事前に予告されていた集会だったが、被解雇当事者、参加者の落ち着いた対応により、本集会は大きな混乱を招くことなく最後まで集中したものとなった。(K)

アメリカ
彼らの危機、我らの結論

          
チャーリー・ポスト
 金融危機は我々が知っているような資本主義の終焉だろうか。端的に言って違う。資本主義は、利潤の低落と経済停滞という、短期的あるいは長期的な周期的危機を決して避けることはできない。しかし、150年前にマルクスが指摘したように、資本主義はこれらの危機からの回復を可能とする内部的な仕掛け―賃金切り下げ、仕事の再組織、大量破産―をもっている。資本主義の「最終的」経済危機などは決してないだろう―それは打倒されなければならないだろう。

資本主義の業病

 現下の金融メルトダウンについて我々が考えるべきことは何だろうか。明らかに、この危機の直接的引鉄はサブプライム抵当権市場だった。もっとも、ダウ・ヘンウッドが指摘したように、サブプライム抵当権は多くても抵当権市場のおよそ四分の一を構成するに過ぎず、しかも債務不履行の危険があるものはその貸付けの10―15%でしかない。金融部門の規制解体―レーガン政権と第一期ブッシュ政権の下で始まり、クリントン政権の下で仕上げられた―は、建物、機械、設備、さらに商品やサービスの在庫(「実物経済」)という形での基礎をほとんどもたない金融デリバティブ(ヘッジファンド、担保付債権証書、その他)の爆発的膨張に導いた。
 しかし、架空資本―マルクスが「財産権の流通」と呼んだもの―の成長と崩壊は、あらゆる資本主義的ビジネスの一特徴である。ビジネス循環がその頂点を過ぎるにつれ、資本家は、新たな収益力のある投資を求める。商品とサービスの生産における利潤がずるずると落ちつつあるが故に、資本は、将来の富に対する支払いを請求する金融的な道具に流れ込む―それは、経済が成長し続ける、という投機的賭けである―。金融バブルは不可避的にはじける。というのも、実物経済における経済成長の減速は、擬制的資本がよりかかっている資産―住宅のような―の価値を削ぎ落とすからだ。結果は全くもってあまりにお馴染みだ―投資家のパニック、株式や他の金融商品の価格崩落、そして金融部門における破産の上げ潮―。
 我々は過去25年間に数々のこのような金融危機を見てきた―1987年の株式市場崩落、1980年代後半と1990年代初頭の貯蓄貸付け組合の破綻、そして、1990年代前半期の「ドット・コム」バブル破裂―。しかし、これらの金融危機のどれ一つとして、投資と「実物経済」における生産の全般的な崩壊―深刻な景気後退あるいはまさに全側面的な不況―の口火とはならなかった。資本主義国家からの基金投入を基に、金融部門は安定化され、これらのパニックの各々の後、「実物経済」の中でまたウォールストリート上双方で、成長は再始動した。
 結局のところ「実物の」資本主義経済の底を支えていた健康が、これらの金融危機の衝撃をやわらげた。非効率な固定的資本(減価された資本)を排除した破産と合併と買収の波、労働生産性(搾取率)を上昇させた「筋肉質の生産」、そして、資本と労働力市場の規制を解体した資本主義国家の新自由主義政策、これら全てが利潤の上昇を刺激した。資本蓄積の拡張「長波」が金融危機の深さと長さを減じた。

スタグフレーション再び

 しかし、現在の金融メルトダウンは、アメリカと世界の資本主義経済が停滞の新たな長波に入りつつある、という明白な指標があるその時にやって来た。過去四半世紀の長い好況期間中の実物経済の投資の成長―特に、生産の資本主義化/機械化の増大―そのものが、今その反対に転じつつあり、利潤の低下と資本蓄積の停滞という長期方向を示している。
 収益性の新たな長期的下降という背景において、サブプライム担保市場で始まり、ウォールストリートの心臓部に広がったメルトダウンは、資本にとってはるかに不吉な意味をもつ。ベアスターンズ、AIGそしてその他の企業の破産や準破産、さらに株式市場の不安定性は、鋭く深い景気後退を予告する「火災報知器」だ。もし金融破綻が抑制なしに広がることにでもなるのならば、1929―1931年規模の生産の全側面的な崩壊、「大恐慌」の始まりも後に続く可能性があるだろう。
 しかし、トリプルAクラスの全面的不況はありそうにない。恐慌というものがもつ政治的効果に対する十分に根拠のある資本家のおそれは、正統的な新自由主義経済政策のいくつかを放棄し、ブッシュがぶち上げた元投資銀行(今や、あらゆる業務を展開する銀行に転換あるいは吸収された)と保険企業のための7000億ドルという財政援助に対してある程度の変更を承認する方向―深い民衆的怒りを前に、いささか小汚い政治的取引の後で―に、民主党と共和党双方の政治家を導きつつある。この補助金と国家規制への一時的かつ部分的な転換は、おそらく金融部門を安定化し、来る不況の深さと長さを減じる―しかし防止はしない―だろう。その一方他の企業部門は、「ビジネスケインズ主義」という政府助成金の分け前を求めて、餌棚の前にいっせいに並びつつある。最も目立つところでは、慣例的にビッグスリーとされてきた自動車企業がそうだ。
 総資本としては、企業に対するこの財政援助に対し一定の犠牲は払うだろう。ある種政治的に惨害となる経済崩壊は避けられるだろうが、収益性の低下―固定資本の過剰―という底に潜む原因は、金融部門に対する財政援助の後でも残るだろう。結果として不況後の利潤は、商品とサービスの生産における新たな実質的な投資に勇気を与えるには低すぎるままだろう。同時に、連邦財政赤字増大を原資とする、銀行システムへの資本主義国家の巨大な現金注入は貨幣供給を上昇させるだろう。ありそうな結果は、少な過ぎる商品を多すぎる現金に換えること―新たなインフレの波―となるだろう。

我々が訴えるべきこと

 今年11月大統領に誰が選出されようともその人物は、おそらく、ニクソン、フォード、カーターが1970年代格闘したものと同じ「スタグフレーション」―価格のインフレと経済停滞の結合―に直面するだろう。我々のほとんどにとっては、労働者階級の生活基準に対するさらに厳しい攻撃が現在の危機の主要な結論となろう。革命的左翼の立場に立つ我々各々が望むことのできるものはただ一つ、スタグフレーションの復帰はまた労働者階級と民衆の前世紀初期の年月に見られた闘争の復活をも鼓舞するだろう、ということだ。
 活動家にとっては、現在の危機の中で提起すべきいくつかの基本点がある。第一に、議会の計画は、利得を私有化し、現在の投機的な熱病が生み出した損失を社会化している。しかし、政府介入から利益を得るべき者が誰かいるとすれば、それは普通の市民であり、特に、法外な担保と新たに縛りがきつくされた破産法の故に住宅を失う危険にさらされている、何百万という家族だ。
 崩壊しつつある金融巨大企業を買い上げ「社会化」する金があるのであれば、それらの同じ財源はその時、今もがいている住宅所有者の担保を再建するためにも、同じようにまさに容易に利用できるのだ。さらにまた、快適かつエネルギー効率のよい住居、病院、大量移動手段、学校を建設するための、職業計画向けの金もある。
 ついでに言えば、それらの基金のいくらかは、社会保障を守り、一様な共通負担システムを通して普遍的な健康保障を確保することに、何故向けられないのか。何と言っても医療危機は、この国における破産の単独原因では第一位なのだ。一様な共通負担は、住宅市場安定化に向けた第一歩だ。
 第二に、我々の社会が与えることのできない「贅沢」は、戦争と帝国のコストだ。最終的には1兆から2兆ドルの間となると思われるジョージ・W・ブッシュのイラク戦争、150カ国にあるアメリカの軍事基地、あるいは、2009年国家財政に占めるペンタゴン予算の6%増大がそれだ。最後のものは今やきっかり6215億ドルとなり、イラクとアフガニスタンの戦争に対する686億ドル(しかしそこには、これらの帝国主義的占領のために後で要求される「緊急補充」割り当ては全く含まれない)を含むだろう。
 第三に我々は、政府と資本主義国家が人々多数の願いにではなく何故資本家の必要に応えるのか、を説明する必要がある。ウォールストリート向け国家援助に対する民衆的怒りの波は政権と議会指導部を強制し、一定のおずおずとした規制と不平等拡大の直中の時機における「過剰な」CEO報酬の抑制を、法案の中に書き込ませた。しかしこれらの見せかけも、底に潜む真実を隠すことはできない。その真実とは、危機の時機において国家は、資本のリスクを「社会化」し、他方で他の全ての者の最も基本的な必要を「私有化」している、ということだ。

※この記事の初出は「ソリダリティ」サイト。
※ニューヨーク市立大学で社会学の教鞭をとる筆者は、同大学の教職員組合で活動、またソリダリティのメンバー。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版10月号)
第三世界
もう一つの債務危機、近い将来果して?

         
エリック・トゥーサン
 
 公的な歳入に重大な損害をもたらす一方で(注一)、2004年以降、公的債務に対する支払いは、中位の収入のあるほとんどの諸国と全般的に原材料資源輸出国にとっては、主要な懸念であることを止めた。事実上これらの政府の多数は、歴史的に低い利率の下で、借り入れ先を見つけることに何の問題ももたなくなりつつある。しかしながら2007年に先進工業諸国に打撃を与えた債務危機は、開発途上諸国の負債条件を近い将来根源的に変える可能性もある。
 我々は、開発途上諸国におけるもう一つの債務危機の始まりに近付きつつあるのだろうか。この問題は深く考えることを求めている。何故ならば、もしそうであれば我々は、準備し、損害を限定するために利用可能な諸手段を採用する必要があるからだ。

入手容易な貨幣に変化の兆し

 過去2、3年、多くの開発途上諸国は、世界市場向けに彼らが売る商品、即ち、炭化水素(原油と天然ガス)、鉱物資源、そして農産物の価格上昇のおかげで、彼らの輸出収益が暴騰するさまを目にしてきた。このために彼らは、債務支払いにこれらの外国貿易収入を利用し、新たな借り入れのための信用できる候補者となることが可能となった。加えて北の商業銀行は、開発途上諸国を襲った金融危機の後1990年代末に貸出しを後退させてきたものの、2003―4年を起点に貸出しを徐々に再開した(注二)。
 他の私的な金融グループ(年金基金、保険会社、ヘッジファンド)も、開発途上諸国が主要な株式市場で発行した債券を買い入れることで、これらの諸国に信用を供与した。幾つかの国もまた、開発途上諸国に対する彼らの信用供与申出を増大させた。例えば中国は、ある種貸出しバラマキの浮かれ騒ぎ状態にあった。またベネズエラは、アルゼンチンとカリブ海諸国に資金を融通した。これらの利率とリスク上乗せは概して、2000年初頭まで一般的であったものよりもかなり低い。さらに我々は、南で活動する当地のあるいは外国の銀行が開発途上諸国内部で供与した重要な信用についても触れるべきだろう。
 2007年に私的負債の危機が先進工業諸国に打撃を与えた時、物事は変化した。この危機は、実物である住宅を対象としたアメリカにおける投機的なバブルの破裂によって引鉄を引かれた。そしてその危機はいくつかの私的債務市場(サブプライム、ABCP―注三、CDO―注四、LBO―注五、CDS―注六、ARS―注七)の崩壊をもたらした。この危機は終わりからは程遠い。世界は今、その反響の衝撃を感じつつあるに過ぎない。
 2007年7月に至るまで信用の紛れもない洪水があった。がその一方で、北では様々な私的部門の金の出所は突然干上がった。怪しげな負債の詰め合わせに結び付けられていた私有銀行は、互いに疑心暗鬼となり始め、金を貸すのを嫌がった。アメリカ、西ヨーロッパ、日本の当局は何回かの機会をとらえて巨額の流動性(換金可能資産、要するに現ナマ―訳者)を注入しなければならなかった(数千億にのぼるドルあるいはユーロ)。北の金融システムが急停止することを防ぐためだった。この期間、支払保証の付いていない証書を売ることで互いに資金を融通しあっていた私有銀行は、北の金融市場ではもはや彼らのための買い手を見つけることなどできなかった。彼らは、彼らが行った以前の年月のリスキーな運用によって負った巨額の損失を回収不能として処理し、彼らの帳簿をきれいにしなければならなかった。
 破産させないために彼らは、アジアや湾岸諸国の政府系ファンドが提供する新しい金に助けを求めざるを得なかった。時間に間に合って新しい金を見つけることのできなかった銀行は、他の者の手に落ちる(ベアスターンズ―注八―はJPモルガンが買収した)か、国家の手に落ちた(ノーザン・ロック・バンクは、イギリス政府によって国有化された)。彼らのあるものは破産を避けることができなかった。北米の抵当権取引の二巨人、フレディ・マックとファニー・メイは2008年7月事実上破産した。この二つの会社は、新自由主義の波の期間に私有化されたが国家による保証がついていた。これらの企業が所有する抵当権付証券の総額はおよそ5兆3千億ドル(全開発途上諸国の対外公的債務の四倍に相当)に達する。ワシントンはそれらを2008年9月に国有化した(注九)。この二つの機関はそれが巨額の利益をあげていた時私有化された。そして、ついさっきそれらの会社が彼らの私的な株主に配当を支払い終わった今国有化された。それ故それらの損失は国家によって引き継がれる可能性が生まれた。まさに、「これはその最悪の資本主義である。それが意味することは、利益は株主と経営者が刈り取り、しかし損失は納税者が負う、ということだ」。そしてこれは何と、あの新自由主義そのものの雑誌、「エコノミスト」の2008年8月30日号社説自身が言明したことなのだ。

軽い第一波と輸出収入積上げの今後

 先ず、多くの開発途上諸国の資産取引で見られたことは投機的貨幣の殺到だった。それは、危機の震央、即ちアメリカからの脱出に躍起となった貨幣だった。大西洋を西から東まで一掃し、アイルランド、イギリス、スペイン(このリストは今後数ヶ月さらに長くなるはずだ)を打ちのめした住宅バブルの破裂が解き放った資本は、他の市場へと避難した。即ち、原材料資源と食糧産品の北の市場(こうしてさらに価格を引き上げ)、そして南の一定の資産市場へだ(注10)。
 もう一つの面では、その目標利率を段階的に低めるというアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)の決定もまた、南の債務の重荷を軽くした―少なくとも暫定的に―。さらに、原材料資源価格も高く止まり、南の輸出諸国に一定の大きな収入取得を可能とした。
 しかし既に実感されているが、北米、ヨーロッパ、日本のより低下した成長は、主に中国とアジア諸国による製造業産品の輸出減少をもたらすと思われる。中国の内需は外需の落ち込みを相殺できるには十分でないだろう。工業諸国、中国、さらに原材料資源消費の高い他のアジア諸国(マレーシア、タイ、韓国など)における経済活動の低下は、やがては炭化水素と他の原材料資源の価格を低下させるはずだ。もちろん原油価格は高止まりし得る。それは、OPECが原油供給削減に合意した場合、あるいは、主な生産国が正常な割合での生産を阻害された場合(イスラエルあるいはアメリカ、または両者によるイラン攻撃、ナイジェリアや他の所のあり得る社会的・政治的危機)、さらに高波に乗る投機参加者がなおも原油に買いを入れ続ける場合などにあり得る。
 食料品輸出価格の未来は、いくつかの要素次第だろう。重要性の順に並べれば、以下のような物事だ。先ず、農業生産が増大を続けるか否か、商品取引における強気の投機が続くか否か、そして部分的には気候変動の影響を受ける穀物収穫量(ヨーロッパでは、穀物食品は高騰傾向となるはずだ)を挙げることができる。これに加えるべきことは、移住労働者が彼らの故国に送る送金額の減少という想定可能な事態だ。
 アメリカの建設産業のメキシコ人、エクアドル人、ボリビア人労働者は、実物経済の住宅危機から直接的な影響を受け、急速に職を失いつつある。国際決済銀行(BIS)はこの傾向を強調した。いわく「資本流入の低下に加えて、先進工業諸国における成長低下は、労働者の送金額低下にも導くと思われる。これは、中央アメリカ諸国、メキシコ、インド、そしてフィリピンに部分的に大きな作用を加え、過去2、3年のより有利な環境との比較で、外国からの資金に対する需要を増大させる可能性がある」と(注11)。
 要約すれば、外貨収入から最大の恩恵を受けた輸出諸国の、その相当な外貨収入が今後も続くという保証は全くない。逆にそれらの収入は、次の2、3年減少するという方がありそうだ。

融資条件悪化と収入減少

 しかし不確実性は収入だけではない。返済もまた幅広い変動にみまわれるかもしれない。BIS2008年年次報告起草者によれば、信用供与を絞るという銀行に対する現在の傾向は、今後も続きむしろ強まる可能性が高い。多くの場合、開発途上諸国に対して北の銀行が認めた変動金利貸付は、リボル(ロンドン銀行間提示利率)に結び付けられている。そしてそれは非常に不安定かつ上昇傾向にある。諸銀行が吸収しなければならない損失は2007年以来高止まりしている。負債支払停止の件数は北では上昇傾向のままだ。債務不履行を他人に転嫁する市場、債務不履行のリスクに対して債権保有者を守ると想定されていたそれら無規制の信用デリバティブ契約は、それに関係する総額があまりに巨額であるために、ひとまとめに不確実な状態にある。
 結果は明白だ。銀行と機関投資家は、新たな貸付を認める前に以前に倍して思い巡らしつつある。そして彼らが貸付ける場合には、より厳しい条件を課す(注12)。しかもこれは始まりである。2008年6月、BISは以下のように書いた。即ち、「これらの組合せにおいては、資金融通の制約が拘束となる可能性が高まる危険が明るみに出る中で、ソブリン・スプレッズ(即ち、公的当局が貸し手に払わなければならないリスクの上乗せ金利)は、過去の金融混乱の時期に見られた水準よりはかなり低いままだとしても、2007年前半期のそれよりは十分に高い」と(注13)。さらに少し先でBISは加えた。「企業部門に関しては、社債上乗せ金利は最近になって、一定数の新興経済諸国におけるソブリン・スプレッズより広がった。それは、いくつかの借り手が、手軽な借り入れという多くの年月の後でより厳しい融資条件に直面し始めていることを示している」と(注14)。
 さらにBIS年次報告によれば、リスクが最大となっている諸国は、南アフリカ、トルコ、バルト海諸国、ハンガリーやルーマニアのような中・東欧諸国だ(最後に挙げた二ヶ国は、実物経済としての住宅バブルがはじけたばかりにある。しかもなお悪いことにそこでの借り入れは、強い通貨、特にスイスフランに結び付けられている)。「先進工業諸国における銀行を巻き込んだ混乱という観点から見たとき、いくつかの新興経済諸国が抱える第二の大きな脆弱性は、銀行が仲介する資本の流れの持続可能性に関わっている。歴史的に、銀行供与の流動性は、周期的に鋭い反転に従ってきた。例としては、ラテンアメリカにおける1980年代初頭の時期、勃興するアジアにおける1997―8年の時期を挙げることができる」(注15)。

注意深い検討が不可欠

 先進工業諸国を冒している危機の結果として、開発途上諸国に対する融資条件は確実に厳しくなるだろう。近年の期間それらの国が積み上げることのできた大きな外貨準備は、厳しい条件の結末に対抗する一種の緩衝材として役立つことはあるだろう。しかしそれは、それらの国を全面的に守るには不十分だろう。南の負債の鎖にある一定の弱い環は、近い未来に直接的に影響を受けるという危険の中にある。それらの国の幾つかは、2008年の世界的食糧危機によって既に厳しく影響を受けているからには、なおのことそう言えよう。それ故決定的に重要なことは、現在統制不能となっている状況を離れることなく追跡し、解答を見出す準備を整えることである。そうしなければ民衆は、再度最大の犠牲を払わなければならなくなるだろう。
※筆者は、第三世界債務取り消し委員会(CADTM)議長。
注一)多数の諸国では、公的債務支払いのために国家予算の20%から35%が当てられた。ブラジルの場合、対内・対外公的債務支払いに当てられた国家予算比率は、教育と保険衛生に当てられた総計の四倍の高さになった。
注二)新興経済諸国に関するBIS銀行報告で国境を越えた請求権は、2007年、2兆6千億ドルと評価された。これは、過去5年を通じて1兆6千億ドルの増大を示す。(BIS第78次年次報告)
注三)北米でのABCP(資産裏付けのある商用手形)とは、金融市場で短期目的に(2日から270日まで)銀行や他の企業が発行する換金可能な証書。
注四)コラテラライズド・デット・オブリゲイションズ(担保付き負債債務証書)
注五)レバレッジド・デット・バイアウト。借り入れを元手とした企業買収。
注六)クレジット・デフォルト・スワップス。CDSの買い手は、この買取において、債務不履行の危険から自身を守ろうと望んでいる。CDS市場は2002年以降著しく拡大した。CDS関連総計額は、2002年から2006年までの間に11倍に増大した。問題は、これらの保険手段が規制的な監督を受けることなく売られている、ということだ。これらCDSの存在は、リスクを益々多く取るよう、企業を勇気付けた。債務不履行から守られていると信じつつ、貸し手は、借りての支払能力の十分さを確かめることなく貸付けを与えている。
注七)オークション・レイト・セキュリティ。アメリカで売られたこれらの保障は、市議会、大学(学生の奨学金目的)、病院その他に対する信用貸しを意味する。顧客は毎週、競売システムを通じてそれらを売買できる。2008年6―7月に、その市場は崩壊し、それらの債権を売った銀行は、彼らの顧客からそれらを買い戻し、州が課した罰金を払う義務を負った。関連総額は3300億ドルと評価され、UBS(1億5千万ドル)、シティーグループ(1億ドル)、JPモルガン、モルガンスタンレーその他によって支払われた罰金は数億ドルに達する。
注八)アメリカ国内で大きさ第五位の投資銀行だったベアスターンズは、CDS市場に深く関わっていた。
注九)これは、経済好調時の利潤私有化、不況下の損失公的負担、という典型だ。
注10)しかし後者にとってこれは一時的だった。それらの市場の内いくつかは今急激な下降を経験しつつある(上海、香港、ボンベイ―ムンバイ、サンパウロなど)。
(注11)BIS第78次年次報告。
(注12)、(注13)同上。
(注14)BISは次のようにも書いている。「私有部門に対する銀行貸付けは、過去5年を通じて途方もなく膨れ上がった―ラテンアメリカでは累積でGDPの7%まで、中東欧諸国では30%まで―。このような貸出しの急速な成長は、貸出しを評価し効率的に監視するにあたって、諸制度の能力を追いつかなくしている可能性がある」と。
(「インターナショナル・ビューポイント」電子版10月号・一部省略)
 
 
 
 

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