2009年4月10日        労働者の力             第 229号

資本活動への規制・監督強化に踏み切ったG20首脳会議
反資本主義の全面的行動展望を築こう

川端 康夫

 
 G20首脳会議は4月2日、首脳宣言を採択し、来年末までに円換算500兆円の財政出動を協調し、景気対策に全力を尽くすとともに、保護主義の拡大を許さないことも確認した。
 G20の宣言骨子は次の通り(朝日新聞3日付け朝刊による)。

 ・世界経済を成長軌道に戻す
 ・あらゆる金融政策を活用し、緩和政策を維持
 ・金融安定化フォーラムを拡充し、金融機関を監督する金融安定化理事会を創      設
 ・ヘッジファンドや格付け会社の規制・監督強化
 ・タックスヘイブンへの罰則を含む対抗措置
 ・国際通貨基金(IMF)の資金基盤の増強
 ・保護主義に対抗し、新たな貿易障壁をつくらない

 これは、ともかくも資本への管理・監督・規制の強化を前面に出した内容であると言えないだろうか。
 もちろん確かに、その実効性には大きな疑問符がつく。それと不可分な関係として、例えG20に拡大したとしても、その場が密室談合であることは何も変わらない。
 しかし、「市場の自由」はもはや維持できないものとなったのだ。

新自由主義的資本主義システムの危機

 読者諸氏に思い起こして頂きたいが、およそ15年前の当時、つまり1990年代の半ばに至るまでの数年は、まったくの経済自由主義の考えが輸入され、横行した時代であった。その中では「戦後の日本社会・経済は社会主義であった」、「社会主義的な発想の諸規制を全面的に取り除け」という大合唱が巻き起こっていたのであった。
 資本は全面的なグローバリゼーションへと動きだし、同時に各国通貨の売買ゲームも全面的に加速化していった。開発途上の諸国は、外貨である開発資金の迅速な導入のために、自国通貨管理をも簡易化した。そこを国際金融投機家たちに狙われたのである。各国通貨は国際的な資金の激流に直撃され、そして解体した。低額で買い占められ、その買い占めの結果値上がりした各国通貨は、一挙的な洪水のごとき大量売りに直面し、崩壊したのである。しかも、こうした国際通貨操作の資金の横行は「無税」なのである。無税で取引し、そしてその会社・企業の登録を、また無税国家であるタックス・ヘイブン(租税回避地)に行って、税支払いを徹底的に回避する。
 ここではさらにIMFの役割が問われることとなった。IMFは危機に直面した諸国の経済を支えるという名目で、資金援助の代替えとして、厳しい財政削減と公営企業の私有化を求め、それはさらなる国民経済の困窮的な低落を引き起こしたのである。
 アジアから始まる世界的な通貨危機は、それを引き起こした通貨投機筋の有力な中心的人物だった一人の男、ソロスが、「金融自由主義のやり過ぎ」と述べるまでになったのである。にもかかわらず資本家たちはさらなる「金融自由主義」を進め、ロシア、ラテンアメリカなどの通貨の崩壊を引き起こし、そしてたとえばアルゼンチンは国民経済の崩壊にまで至った。
 こうして、徹底した利潤獲得の追求へと、20世紀末期の資本主義は性格を規定されるに至った。すなわち、株主に、より以上を配当するための資本活動―これが資本主義だと規定されたのだ。もちろん、そうした経営を運営する当事者たちの給与も天井知らずの高さへと上昇したのである。その対極に、コスト引き下げの最大の対象者である労働者の賃金の切り下げが全面化した。これが新自由主義といわれる90年代以降の資本主義の特質である。
 もう200年以上にもなる資本主義経済の定義者アダム・スミス。彼は、旧来の貴族階級のための重商主義的経済政策を越えるものとして、市場経済をもとにする資本主義システムを大きく評価した。だが同時にその評価は、社会の進展のためという確固とした枠組みのもとにあった。人類のために役立つ経済システムの推進というアダム・スミスと、配当のみを基準とし、架空の富を求めるに至った現在の金融自由主義、あるいは新自由主義政策の対比は説明を必要としない。
 そして今日、財政の巨大な出動と金融活動への規制の強化―桁がでかすぎる各国政府の国家資金投入と放置されてきた「やりたい放題」経済活動(たとえばタックス・ヘイブン)への規制への言及―新自由主義のもとでのグローバリゼーションの無制限化への歯止めがG20の結論であった。勝手気ままな資本の横行が資本主義経済のシステムそのものを、生産活動そのものを危うくしている―そのことへの逆流への着手だ。
 世界のブルジョアジーが強制されたこの局面を、歴史の段階としてどう見るか、ここに核心的な問題が潜んでいる。これは1990年代に酷評された「社会主義」そのものへの逆流なのではないのか?いずれにしろわれわれは、こうした資本主義活動の大変動の中に、まさに資本主義システムを拒否するまったく別の体系が潜んでいることを、改めて歴史的に確認しなければならない。

国際的財政資金投入の「ガラス細工」

 同時に、こうした「大きな対応」という結論は、G8ではなくG20によって固められたことも忘れてはならない。G20とはいかなる諸国か―
 G8とは、本来のG7であるアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、カナダ、イタリアにプラス、ロシアという形である。
 それに中国、インド、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリア、インドネシア、メキシコ、韓国、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、EU(欧州連合)が加わり、イギリスのブラウン首相は「世界経済の85%を代表する首脳が集まった」と述べたほどである。
 今回の宣言をソロスは評価してはいる。またドルへの評価が上がり、株式も値上がりするなどの「効果」が出ている。それは今後4年で4%の経済上昇という具体的数字が出されたからである。しかし、そのための具体的方策が固まったわけではない。ドイツとフランスは財政の巨大な出動には慎重さを隠さない。借金を基礎にする財政投入は、その点では「ガラス細工」とも言われている。要するに、願望は別として先は霧の中だ。
 さてG20は1999年に財務大臣クラスの会合が始まりで、昨年にワシントンで初めての首脳会合が開かれた。だが、近年ではブリックス(BRICs)と呼ばれるロシア、中国、ブラジル、インドの存在が大きく意識されるようになり、G8に呼ばれることが多くなってきた。その結論がG20であり、とりわけ中国の存在は大きい。膨大な労働力を低賃金で雇用する中国の生産力上昇は、まさに驚異的とも言わざるをえないであろう。世界的な景気後退に対応するための国際的資金の集積のためには、今ではG8ではまさに力が足らないのだ。しかし問題はその先にある。
 当初、アメリカの住宅バブルに始まる危機は中国や日本、韓国など東洋諸国にはさほど影響しないと思われた。住宅購入資金の多くは、何とも表現できない形でさまざまな金融商品の形成へと転化され、その多くはEU方面に流れたからである。1990年代のバブル崩壊を経験した日本、90年代後半のアジア通貨危機に直面させられた韓国、厳重な国家管理の下にある中国は、そうした危ない金融商品に手を出すことは少なかったからである。
 だが、しかし、こうした東洋諸国の生産物は、まさに安価な労働力を駆使した「輸出商品」であり、その主要な買い手はアメリカであったのである。そのアメリカの経済危機、ここに生じた「買い手なき世界」の浮上―ここで輸出資産国がもつわけはないのである。
 こうして、「ガラス細工」の危うさは、輸入大国の「欠如」によって顕在化する。いくら低賃金、労働搾取に依拠して商品コストを下げたところで、その商品の買い手がなければ商品はさばけない。アメリカが中心になって進める経済は基本的には弱者すなわち貧者を豊かにする過程を歩むものではない。貧者は貧者のままであり、そこで購買力が上昇することはない。そして、輸入大国の「危機」は、同時に輸出大国の「危機」になる。今回の100年に一度の危機は、輸入大国の危機が、発展途上の輸出大国を巻き込む形で世界化したことによるのである。それに対応する資金調達の国際会議、それが発展途上国を全面的に巻き込むG20の具体化に他ならなかった。

資本家には自己責任をとらせよ!
労働者防衛の独立した左翼戦列を

 東アジアに目立つ輸出大国化現象は、まさに「安価な労働力」の駆使システムの、それぞれの事情のもとでの成立の結果である。日本や韓国は、世界でも特異と言うべき「限度なき」派遣・非正規(短期契約雇用)労働力を形成した。中国は、都市と農村の法的な分離をくぐり抜ける農村労働力の「不法な」都市への移動による労働力の低価格化を実現してきた。低労働力による安価な輸出商品の生産の危機が、現在的危機の本質なのである。東アジアにとっては、そうした輸出型国家という安価な労働力依存の方式はもはや限度を迎えつつある。例え、今回の危機が仮に克服されたとしても、その次がより大きく控えている。
 アメリカを主要対象とした輸出国家型のあり方が改められなければならないのである。それが21世紀型の東アジアを展望する出発点であるだろう。確かに、アメリカという極度の階層分化国家は、常にその低所得大衆を維持するために、低価格の輸入品を大量に必要とする。輸入対象国は、今は主要に(東)アジア諸国であるが、輸入品の低価格化という原理に従って、それらの対象諸国は次々に変動して行く。そうした変動に対応するために、日本もまた低賃金労働力体制へと変動してきた。派遣労働制の無限的拡大こそ、その中軸となってきたのである。
 今年、日本大企業は定期昇給の停止を強行することとなった。これは90年代に続く二度目である。日本型賃金制度において、若年の低賃金から後年の高賃金への上昇、すなわち定期昇給。これの総体が退職制度によって維持されているのであり、ベースアップがないとすれば、企業は労賃総体を基本的に同じ額で維持できるのである。それ故、定期昇給の停止とは、企業にとっては支払うべき賃金総体の量の減少に他ならず、高賃金の高齢労働者が退職するのであるから、なおのこと賃下げ的な効果が高いのである。
 輸出大国の日本が安価な労働力をさらに求めていくという行く末を見つめるとき、こうした実質賃金切り下げの二度目を容易に認める連合のやり方では、三度目、四度目と際限がなくなるであろう。
 連合は、日本資本主義を含む東アジアの「輸出大国」路線が構造的行き詰まりに直面しているという「現実」を理解できていないのである。連合の路線的混迷を越え、東アジアでの相互協調の経済体制を形成する方向性こそ、21世紀の日本労働者階級の向かうべき基本方向である。そうでないかぎり、「安価な労働力」の「輸出大国」路線を脱却できない。
 資本主義ではだめなのだ、アメリカへの輸出大国化の維持ではだめなのだ、巨大な東アジアが自ら独り立ちする、そうした方向性を現実化するための視点が必要なのだ、と言わなければならない。そうしない限り、東アジアは安価な労働力を確保し続けるためのさらなる「自助努力」を続けなければならない。
 先日ブラジルで行われた世界社会フォーラムは、労働者民衆の「税金」が資本救済のために投入されることに真っ向から反対する決議をあげた。すなわち、労働者民衆は、資本を支え、その結果において自らをも支えるという回りくどい、そして成果を期待できない方式にノーを宣言したのだ。国家資金を大量に投入する必要があるのであれば、当該の企業はすでに国有化されていなければならないはずだ。言い換えよう。資本家は自己責任で、破綻させよ。だがそこにいる労働者には責任がなく、われわれは、そして国家は彼らを守らなければならない。
 2009年春闘では連合は実質賃金切り下げを易々と認めた。われわれはそうした発想そのものと闘わなければならない。まさに、フランス民衆が開始したように、反資本主義の独立した連合左翼の出発点を、この09年春に築き始めるのでなければならない。
 資本主義反対の旗を労働者民衆の隊列の先頭に立てよう。(4月4日)
3/19
非正規の均等待遇、賃上げめざし全支部で第1波スト
               電通労組

 
 電通労組は3月19日、賃上げ、非正規労働者の均等待遇、最低賃金引き上げなどの要求の下に、全支部(青森、宮城、福島、首都圏)が第一波の時限ストに立ち上がった。

連帯の中で、連帯に向けて―首都圏支部集会

 1月23日に提出した上記要求に対し、NTT東日本は、1月27日ゼロ回答で応えてきた。これに対し電通労組は、腕章着用、超勤拒否と、職場での反撃を一つ一つ愚直に積み重ねると共に、東北での東北全労協反貧困キャラバンへの結集を含め、全労働者の生活防衛を追求する地域的共同闘争の一翼を積極的に担い、この日を迎えた。
 内首都圏支部はこの日二つの行動を配置した。一つは、横浜の組合員の、神奈川春闘共同行動実行委員会総行動への結集。ここでは夕方のデモまで、全1日行動が展開された。もう一つはNTT東日本本社前でのストライキ集会。後者は、資本の利潤のみに奉仕し、労働者の生活を踏みにじるばかりか、公共サービスという本来の使命をも投げ捨てるNTT経営を正面から糾弾し、そこへの反撃を呼びかける行動だ。ここには、地域、NTT内から駆けつけた支援の労働者と共に、横浜を除く首都圏全組合員が結集した。
 集会は午前8時40分から始まった。この日は、同じNTT内の通信労組もリストラ配転抗議の宣伝行動を展開、両者で時間を調整しながらの集会となった。怒りを込めた全員のシュプレヒコールに続いて先ず古宮首都圏支部委員長が、この間の経過を報告。さらに、資本の責任で全労働者の生活を保障させるべく闘い、資本の破綻を新しい世の中に向けて突破する闘いを目指そうと、今回のストライキの意義を提起した。
 以下、全労協並びに全国一般全国協を代表した遠藤さん、国労闘争団の岩崎さん、通信労組中執川村さん、NTT関連労組の斉藤委員長、職業病闘争を闘う木下さん、フィリピン長距離通信会社(PLDT)の解雇に関する要請行動を昨年共に闘った「三多摩カサナグの会」「ピースサイクル三多摩ネット」の児玉さん、労働者の権利を否定するベネッセに対してストライキで対決している全国一般東京南部のキャサリン・キャンベルさん、組合つぶしの解雇と対決し解雇を撤回させた東部労組たじま支部の岩崎さん、ATTAC―JAPANの安蒜さんと、次々と連帯の挨拶が続いた。各々の闘いを訴えつつ、労働者運動の役割が本格的に問い直されている時代を取り上げ、共に闘おうとの力強い激励だ。途中午前9時にはストライキ突入が宣言された。
 これらの発言を受け最後に日野本部書記長が、資本金の五倍にも達する内部留保を貯め込んだNTT資本を糾弾、その上でこのような大独占資本が露わにする労働者民衆への責任頬被りを許さない闘いへの決意を表明、4月8日の「09権利春闘総行動」への結集を訴えた。電通労組はここに第二波ストライキで結集する。
 再度のシュプレヒコールで幕を閉じたこの集会は、大きな交差点のすぐ隣で行われた。「スト決行中」の大きな横断幕を中心に立ち並んだ数々の旗もあいまって、集会はいやが上にも信号待ちの通行者、通勤してくるNTT労働者の耳目を引きつけていた。

時代が求めるものの自覚

 前日、金属を中心とする連合大手組合は、何一つ闘争を準備することもなく、実質賃下げの、その上非正規労働者を含めた雇用保障の担保もない会社回答を、唯々諾々と受け容れた。連合高木会長は敗北と語った。しかし、より深刻に生活を脅かされている中小地場産業労働者の春闘は、連合組織内においても今後に控えている。加えて年度末、大量の非正規切りが懸念されていた。求められていたことは、最低でも交渉の継続、本来は闘う態勢の整備・強化だった。早々と敗北で幕を引くことは、先の労働者達を孤立無援の中に放り出したに等しい。
 要求をあくまで引き下げず闘争を堅持し、労働者総体の連帯を追求し力を振り絞る労働組合の存在が、まさに今重要な意味をもとうとしている。電通労組は、連合大手組合の、敵前逃亡的な妥結の翌日にストライキを決行することで、同日の郵政ユニオンのストライキなどと並んで、そのような存在であろうとする意欲を12分に示した。
 その意欲は企業内においても同質だ。企業内圧倒的多数派労組であるNTT労組も、企業防衛に徹し闘争を完全に放棄している。そればかりか闘うことそれ自身を風化させてきた。先の会社ゼロ回答もそれを見越した姿勢に他ならない。まさにそれ故に電通労組は、今回のストライキ準備も含め、労働者の闘争を目に見える形で職場に具体的に突き出し闘いのひな形を示すと同時に、NTT内労働者に闘いを呼びかけ、同時に、地域のあるいは社会の息吹を企業内に引き入れる役割を、率先して引き受けてきた。
 新自由主義の破綻が民衆の生活破壊としてこれ以上ないほどに露わとなっている今、電通労組のこれらの役割は一層重要なものとなった。電通労組は今春、その役割を明確に自覚した闘いに立ち上がっている。(神谷)

東北全労協東北キャラバン
        22ヵ所で要請行動

 09春闘東北キャラバンは東北六県の労働局と自治体、計22ヶ所で要請を行い、また各県の交流会で論議を深めることができた。ハードなスケジュールであり、とくに秋田や山形などは雪の影響も心配されたが、3月6日から13日までの全日程を貫徹した。
 各労働局と自治体は、議会の開催中であり、また首長選挙を抱えていて多忙をきわめるなどの事情があったが、要請を前向きに受け入れた。要請に対する膨大な資料が主催者側に送られてきたり、今後とも議論の関係を継続したいとの申し出を受けたりもした。
 キャラバン要請は大きく二点、雇用と生活の緊急対策の拡充、中長期的な経済社会の展望についてだった。新年以降、東北各県の雇用破壊と経済の落ち込みは各自治体の想定以上に深刻であり、税収の大幅ダウンも必至で、とくに誘致企業の税収に頼ってきた自治体は悲鳴をあげている。労働局や自治体は苦悩の毎日だ。要請への回答もおしなべて真剣なものだった。
 いくつかの点では明らかな対立があった。東北地方の雇用破壊が全国的にも突出したのは、各県の誘致企業が一斉に人員削減、工場閉鎖や移転、減産に走ったからだ。その結果、「(岩手県)北上川流域の地域社会の崩壊」と衝撃的に報じられる状況が出現した。企業の社会的責任の全面的な放棄であり、自治体と地域社会に対する「裏切り行為」である。緊急対策においても、また地域経済社会づくりの再構築プランとしても、「輸出型製造大企業」への「依存」から脱却することが意識されねばならないはずだ。
 しかし、たとえばリストラを強行する誘致企業へのペナルティを求める要請を、宮城県の担当部局は真っ向から否定した。「優遇措置をもうけて隣県と誘致を争っており、ペナルティなど論外」というわけだ。宮城県は新知事による「富県戦略」、自動車産業等の積極的な誘致を柱にした経済界主導、中央志向の成長路線を採用している。戦略転換が模索されねばならないという問題意識は、その返答からは感じられない。
 時間的な制約もあり、議論のすれ違いもあった。東北全労協は労働局や自治体への要請を継続していく方針だが、積極的な議論が期待される。(仙台)

3/28
反貧困フェスタ2009 労働×貧困
人間否定の労働はもうゴメン
 反貧困ネットワーク主催の第二回反貧困フェスタが3月28日・土曜日開催された。会場は昨年と同じく一橋中学校(東京・千代田区)、住所が示すとおり、必ずしも生活のにおいが濃密な場所ではない。しかし寒さをおして、開会時刻(午前10時)前から炊き出しを待つ長い列ができていた。深まる一方の経済危機の一断面としてそれを見ることもできる。しかしむしろそこには、年越し派遣村以降、貧困に正面から立ち向かう人々の活動が全国各地で活発・多様に繰り広げられ、それが社会に浸透している事実が、確実に反映していたと思われる。実際今回の賛同団体は96を数え(3月17日現在)、連合が組織決定で参加を決めたことにより、全ての労組ナショナルセンターが公式に顔をそろえた。少なくない若者達の姿もそこにはあった。
 今回のフェスタの特徴は、メインテーマに見るとおり労働に焦点を当てたこと。柱の企画として、「いま『はたらく』があぶない」と題したシンポジウムに午後の4時間近くが当てられた。ここでは、理不尽な扱いと闘っている非正規労働者、派遣村村民、リストラと闘う大企業正社員、過労死遺族、福祉労働者という、労働者の様々な現実を背負った10人の当事者が、まさに「あぶない」現実を生々しく告発した。そしてその後に、先の三ナショナルセンター代表を含む運動団体の七名が、この現状を打開する方向をめぐって議論を交わした。これ以外にも午前の四分科会の内二つが労働に当てられていた(「女性のハケンを考える」、「働くこと《労働》を学ぶ」)。 限られた紙面であり内容の紹介はできない。しかし今年の反貧困フェスタは、貧困と直結する形でそれほどに労働が劣化している現実を突き出した。それ故、いわば引きずり出された労働者運動は、切実さを増す貧困の諸問題とのつながりというこの間生まれた新しい舞台を、自身が求められている時代への新たな展開の中にどう内面化・血肉化し、運動の実践として具体化するか問われることになる。(K)
3/20
イラク、アフガン、パレスチナに平和を
ワールド・ピース・ナウ09

          銀座デモに沿道の共感

 3月20日、「武力で平和はつくれない」とする標記の集会・デモが東京で行われた。主催は「ワールド・ピース・ナウ」。
 ブッシュは去った。しかしブッシュ・ネオコン勢力が発動した非道極まりない戦争は今も続いている。パレスチナ、アフガンの民衆は、むしろより厳しい生存の脅威にさらされている。「テロ」を口実とした軍事力行使は、当該地域に何らの平和ももたらさなかった。むしろそれは、特権的上層に一方的に有利な現在の政治・経済秩序を、人々に力づくで押しつけようとするものに他ならない、という真実の姿をさらけ出した。それ故、引き続く軍事力行使は民衆の信頼を失い、民衆的反感、反抗の中、例えばパキスタンに広がる混乱が如実に示すように、かえって混迷を拡大している。
 アメリカが主導し世界の大国が推し進めるこのような無益な戦争は、即刻停止されなければならない。地域の再建に向けた方策は根本的に転換されなければならない。それこそが全世界の民衆の要求だ。例えばEU諸国においてもほぼ全域的に、アフガンでの軍事行動は民衆的支持を明確に失った。こうして、パレスチナ民衆との連帯を掲げ、イラク、アフガンからの撤兵を要求する大規模なデモが全世界で続いている。
 このような民衆の世界的要求に連なるものとして、また、インド洋からの自衛隊撤収を要求し、この日の集会は呼びかけられた。
 坂本町公園を会場とした集会は午後2時から始まった。発言は、「日本イラク医療支援ネットワーク」スタッフの大嶋愛さん、「ガザに光を!実行委員会」の藤屋リカさん、フリージャーナリストの志葉玲さん、JVCアフガニスタン現地代表の長谷部貴俊さん、詩人のアーサー・ビナードさん、「横須賀原子力空母反対運動」の小原慎一さん。イラク、アフガニスタン、パレスチナに密着した具体的支援・連帯活動に基づく各発言は、軍事力行使の先に概括した無益さを事実を通して有無をいわさず告発していた。例えば長谷部さんは、今こそ、軍事力によらない、人々の必要に密着した生活再建への支援が求められていると、痛切に訴えた。あるいはアーサー・ビナードさんは、暴力で平和はつくれないがもうけることはできると、軍事にうったえる者達の隠された衝動を、鋭くえぐり出した。それは、そのような衝動をたたきつぶすためにも民衆の力が求められていることを指し示す訴えだった。
 2003年以来、人々の自発性を最大のよりどころに続けられてきたワールド・ピース・ナウの歩みを示すように、会場に立ち並ぶ多彩な手作りの旗やデコレーションは、より彩りを増していた。おそらくコンピュータを使用したと思われる玄人はだしの「作品」も今や登場する。その一方で、広告の裏に自分の思いを書きつけた手書きのポスターもある。それらに囲まれるように、昔ながらの労働組合旗も健在だ。しかし人々に組織動員のにおいはない。この雑然さが渾然一体となった会場を、先の訴えがつないでいた。
 午後3時、銀座へのデモが始まった。人々の目をそばだてるといった巨大なデモではなかった。しかしこのデモには、銀座の通りを埋める大勢の人々の視線が向けられていた。携帯電話のカメラがあちこちから向けられ、通り過ぎるはとバスからは、外国人観光客が笑顔でピースサインを送ってきた。訴えは確実に届き、沿道との間に一定の共有があった。
 それだけに、一言で言えば共感と行動の落差、この現実を今回のデモは特に際立たせたように見える。
 支配的エリートの政策はあらゆる側面で、今や人々の信頼を失った。アメリカと一体化した対テロ戦争も明らかにその例に漏れない。しかし一方で、経済と政治の深まる混乱の中、奇妙な「凪」もまた日本を覆う一つの現実だ。不信を行動へと転化し、政策の抜本的転換を現実とするために何が必要か、対テロ戦争に終止符を打たせる運動も、共通の課題と向き合っている。(Y)

JR採用差別解決めざし  4・1集会に1500名
                解決責任を政治に迫る
 不当解雇から23年目となった4月1日、午後6時30分から、「1047名の人権回復を!政治解決で要求実現をめざす」とした標記集会が東京大井町の「きゅりあん」を会場に開催され、非解雇者、その家族を先頭に、1500名(主催者発表)の労働者、市民が結集した。主催は四者四団体。
 3月25日東京高裁は、鉄建公団訴訟控訴審に対して、基本的に一審を踏襲した判決を下した。この判決を経ていかに闘いの道筋を定めるか、この点の共有が当集会の目標だったと思われる。
 判決自体は、原状回復なき不当労働行為認定という、本来あり得ない不当判決だった。高橋伸二国労委員長、二瓶久勝国鉄闘争共闘会議議長、加藤晋介鉄建公団訴訟主任弁護人の各報告は、先の不当性を確認した。その上で、しかしそこには政治が作り出した仕組みの欠陥が反映されている、と問題を指摘した。それ故この問題を正面に据え、さらに非解雇者とその家族の高齢化という現実をも問題とし、政治の責任による解決を何としても実現しよう、と方向が提起された。
 参加者は静かな緊張を湛えながら、これらの提起、当事者や家族の訴えに真剣に耳を傾けていた。そして最後に、「雇用・年金・解決金」に基づく解決を目指し、何としてもこの機に政治解決を勝ち取る、とする集会アピールが満場の拍手によって採択された。
パレスチナ連帯とドイツ、そして左翼党
ドイツにおける公開石打刑

                               レイモンド・ディーン
 ハーマン・ディエルケスは、社会的なまた政治的な公正を求める運動において誇り高い成果を残している、ドイツ・ラインラント、ドュイスブルグ市の尊敬された政治家だ。彼は当市の市議会で左翼党を代表し、反人種主義、反ファシズムの疲れを知らない運動を行っている。つい最近彼は、彼の党の市長選候補者となった。
 2009年2月18日、彼はパレスチナ問題に関する公開集会に出席した。パレスチナ民衆が被っている不正義に反対の行動をいかにするかという問題に対して、彼は、ブラジル、ベレンでの世界社会フォーラム(WSF)は武器禁輸、制裁、イスラエル輸出品に対するボイコットを提案した、と応じた。さらに以下のように加えた。「ホロコーストの名の下に、またドイツ連邦共和国政府の支持を基に、そのような重大な人権侵害がしでかされ許され得るというようなことを、我々はもはや受け容れるべきではない…あらゆる人は、異なった政策を求め、例えばイスラエル製品のボイコットによって、圧力の強化を助けることができる」と。
 数日後ディエルケスは、近くのエッセン市に本拠を置く保守的な新聞、ウェストドイチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥング(WAZ)のインタビューに応じた。彼はWSFの要求を説明し、インタビューの掲載に当たっては、その要求が反ユダヤ主義とは何の関わりもないということを強調するよう求めた。後者の要求は、イスラム差別主義が疑われる場合を除いて、ドイツでは常につけられる必要のある条件だ。しかし予想通り、彼の警戒は無駄になった。記者は、政治的打撃という臭いを漂わせながら、先の断りをつけずにその記事を掲載した。
 大混乱が出現することになった。ビルト―ドイツの最も売れているそして最も不快な日刊紙―2月25日付けで、中央ユダヤ人評議会副会長のディーター・グローマンは、彼を「純粋の反ユダヤ主義者」と告発した。WAZ論説員のアキム・ビールはディエルケスを、「不注意なナチ発言」と非難し、彼の言葉を「ウクライナの森外れにおける大量死刑執行」になぞらえた。CDU(保守の現政権党―訳者)書記長のヘンドリック・ウエストは、左翼党から発せられた「ナチ・プロパガンダ」は「許されるものではない」と警告した。ミカエル・グロシェック―CDUと共に全国権力を分け合っている社会民主党の地方支部書記長―は、「そのような反イスラエル発言を基に選挙政策をもてあそぶ者は誰であれ、自分から民主的ゲームの外に出ている」という主張によって選挙政略を仕掛けた。
 もっと悪かったことは、ディエルケス自身の党が彼にきっぱりと同調できなかったことだ。報道向けスポークスパーソンのヌエルスラインは、次のように述べた。すなわち、イスラエルが批判されている理由が「…国境検問所の閉鎖によってガザ回廊の住民が集団的に懲罰を受けているということだとすれば」、イスラエル商品のボイコットという手段で「イスラエルの住民を罰することは我々にとっては同様に不可能だ」、特に「ドイツの歴史という文脈においては」と。この最後の言及は、ドイツ人がパレスチナ民衆に対する歴史的責任から常に自分を免れさせるいわば呪文だ。
 左翼党内部の他の声はもっと甲高い調子を帯びた。連邦議会議員団副議長のペトラ・パウは、ディエルケスの発言は沈黙を強いられている諸団体を目覚めさせ、うさんくさい決まり文句を用いた、などと語った。ディエルケスの地元の左翼党政治家も、彼の「反ユダヤ主義の試み」、「反ユダヤ主義発言」を強硬に非難した。
 出来事は運命付けられた成り行きをたどり、2月26日ディエルケスは、左翼党内の彼の地位を退き、市長選の候補から降りた。しかし彼は、党の同僚に対する公開状の中で、自分が「最も重大な侮辱と中傷、イスラム差別的な憎悪、移住者差別、殺人の脅迫などの恐るべき混合物」であったキャンペーンと「ある種の公開石打刑」の犠牲者となったと指摘しつつ、「ショアの犠牲者とワルシャワのユダヤ人蜂起の英雄達は、イスラエル政府の非民主的で殺人的な諸政策を正当化するために、何という悪意をもって何という目的に向けて、彼らが道具とされているかをもし見ることができたとしたら、恐怖で顔を背けるだろう」と、断固として主張した。
 ドイツ語のブログ空間をさっと精査すれば、ナチ時代から取ったスローガン、「ユダヤ人から買うな」という言い回しの数え切れない繰り返しにお目にかかる。しかしこれはもはや、ユダヤ人の中傷にというよりも、パレスチナ民衆の正義を追求する人々を中傷することに役立っている。しかしながらユダヤ人も、この武器から完全に免れているというわけではない。敬意を得ている週刊誌、ディー・ツァイト(2009年1月15日号)で、トーマス・ショイエルなる者が、その武器をカナダのユダヤ人著作家、ナオミ・クラインに向けた。それは、イギリスのガ―ディアン紙が、イスラエルに対するボイコット、剥奪、制裁(BDS)を求める彼女の呼びかけを掲載した後のことだ。BDSの標的は個人ではなく、イスラエルの当局に定められるべきと、彼女が注意深く特定していたことを前提とすれば、先の中傷は特に愚かさが甚だしい。
 発言の自由は、ファシスト体制後のドイツの、おそらく最も誇るべきまれな人物の一人であっても、シオニスト国家の行動と人種主義的な諸制度に反対する積極的な行動を主唱すれば、大急ぎで抑圧されるように見える。実際、ハーマン・ディエルケスの発言に対する反応は、それほどに野蛮かつ悪意に満ちたものだった。また逆説的だが、ナチス張りのスローガン化を頼りとするというやり方も、間髪を入れない満場一致的なものだった。それは、1923年から1945年にわたってある卑劣な新聞が振りまいた言い回しを思い起こさないでいることが、また、かつてはユダヤ人憎悪へと注いでいた同じ先祖返り的な源が今度はパレスチナ民衆の権利の主唱者に対して、毒気を含んだ止むことのないキャンペーンという形で栓を抜かれた、と感じずにいることが、双方とも難しいほどだ。ともかくパレスチナ民衆は、ヨルダン川と地中海の間での人種主義的なユダヤ人国家の創出という道の中にいる。起こりうる好ましくないできごとだとしてもそれを、ドイツのエリートは欺きに身を任せ、自身の過去の罪を何かしら小さくするものとして見ている。
 ドイツの普通の民衆は、全体として、反ユダヤ主義によっても親ユダヤの病的興奮によっても、同じように心を動かされてはいない。それは言われるべきことだ。確かめることが必要な問題が残っている。それは、正直で信頼に耐える政治家としてディエルケスに繰り返し投票してきた人々が、半ファシスト国家の振る舞いに関する憎悪と中傷の先のようなキャンペーンによって彼らの代表が強奪されたことに対して、どのように行動するのかだ。
 最後に興味深いことは以下のことを知ることだ。それは、右翼の圧力グループ―イスラエルに対するドイツの無条件的支持を永続させるという任務を自身に引き受けてきた―に向けた芝居を続けるよりも、イスラエルに対する原則的な立場を採用する方が適切か否かを再考させるよう、今回の失態が左翼党に促すかどうかだ。ただこれについて楽観は難しい。
※筆者はアイルランドの活動家であり、構成作家。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
ヨーロッパ
反資本主義の極をめざして

                                      ジャン・マリウスキー
 「ヨーロッパ反資本主義左翼(EACL)」に結集する諸組織はこの数年、論争のため、また互いに知り合い大陸規模での共同行動に挑戦するため、定期的に会合を開いてきた。2008年5月31日―6月1日に行われたパリ会議は、その歩みを一歩進めることを可能にした。すなわち、ヨーロッパ15カ国の37組織から出席した約100名の代表は、2日間にわたって議論を闘わせた。論点は、資本主義の攻撃と必要となる反撃の攻勢にそこからいかに移行するか、社会民主主義諸党と諸共産党の進化、そして階級闘争の駆動力だった。

新たな政治的極の出現

 論争は数々の一致を明らかにし、主要な反資本主義的な諸方策に関し、さらに社会民主主義との関係における明確な政治的独立性の必要性について、共通の基準を確認した。参加諸組織全てが、社会自由主義、社会民主主義、あるいは中道左翼との議会内や政府構成に関わる連携政策を全面的に拒絶する必要性を、改めて確認した。
 新たな労働者運動、及び反資本主義的な代替路線の再構築をめざすこれらの中心をなす照合で論争が尽きたわけではなかった。そこには全くもって必要不可欠ないくつもの論争があった。議論は、ヨーロッパにおける異なった諸経験に立った、中心的諸問題―ヨーロッパ反資本主義綱領の明確化、戦争の問題、環境危機、に対する環境社会主義的な回答―をめぐる、そして21世紀の社会主義の形態と内容についての、いわば社会主義的構想を練り上げるために、まさに必要とされていたのだ。
 この成功はもちろん、会議を主導したLCRと反資本主義新党(NPA)の建設に対する、共感といわば好奇心と結びついていた。しかしそこにはそれ以上のものがあった。実際何年もの間、労働者運動と全組織を貫いて、時代の歴史的変化は現在まで、その歩みを刻んできている。この過程はおそらく、一連の諸国では成熟にまで達している。資本主義の現在の危機、社会的・民主的権利に対する再度の二重化された攻撃、そして伝統的左翼の社会自由主義への進化、これらの資本主義的グローバリゼーションという全体的流れの中での結合が、急進的左翼に一つの空間を開いている。
 先のパリ会議最終日、参加諸組織はその年の終わり前に再度会合し、特に2009年6月のEU議会選において、ヨーロッパにおける反資本主義の極をいかに創出するかの議論を推し進める、と決定した。
 この決定は、2008年12月13日に実行された。この会合を組織する責任を引き受けたのは、再度LCRであり、そのときは建設途上にあったNPAだった。会合の規模は前回よりは小さかった。6月には参加したギリシャの12組織のほとんどはこの時、若者達の反政府決起に全エネルギーを投入していた。旅をする余裕はなかった。一方他の組織は同日全国会議を開いていた。しかし今回の会議は、来るEU議会選で反資本主義の極を結成することに向け、また同時に国内的な結合を確認することにおいて(例えば、ベルギーのLCRと闘争社会党―PSL、前MAS―はその後、ヨーロッパ反資本主義左翼の極という枠の中でEU議会選キャンペーンに共同で参加する、と決定した)、もう一段歩を進めた。ポーランド労働党(PPP)、スウェーデンの社会党(SP)、スペインの反資本主義左翼(IA)、イタリアの批判的左翼(SC)は、EU議会選において反資本主義の極を作り出すことに挑戦し、共同の選挙キャンペーンにフランスのNPAと共に積極的に取り組む、と公表した。それは疑いなく一歩前進であり、ヨーロッパの反資本主義諸組織と諸潮流が採択した声明は、共同の討論と行動に向けた一つの意志の証拠を明示している。

民衆を養えない資本主義の時代に

 EU諸政権の資本主義再建計画に対する社会的抵抗のように、現在の危機は、明らかに一つの促進剤的効果を発揮するに至った。ギリシャ情勢の討論は、それが孤立した事例とは結論できない、ということを確かに示した。
 この種の会合はまた「ヨーロッパを考える」上でも有益だ。危機という全体的背景において、情勢には共通の点がいくつかある。しかしまた、社会運動の不均等な発展という点で、各国の情勢には各々の特殊性もある。しかし、出席した全ての代表達にとって、またそこには、他の左翼との対比で一つの違いがある。すなわちそこが関与しようとするものは、単に金融資本のやり過ぎに手をかけるとか、福祉国家に回帰するとかの方策ではない、ということだ。例えば後者の方策は、ドイツにおいて左翼党が提起している。必要とされていることは資本主義と手を切ること、民衆階級の社会的必要と要求を満たすことであり、なおかつそれを雇用主の財産と権力に手を着けるとしてもやり切ることなのだ。
 同じ意味において、「ヨーロッパ左翼党」(EU議会内旧共産党系列会派―訳者)参加勢力の多数派とは異なり、反資本主義者は、社会民主主義諸党や中道左翼との政府連合や議会内連合を拒否する。何故ならば、これらの討論全てにおいて賭けられているものが、ヨーロッパ規模における新しい政治潮流の登場だからだ。まさに、社会民主主義、緑諸勢力、そして左翼党の後では、「反資本主義派」こそが求められている。
 この「反」潮流は、今回の結論的声明に署名した諸組織の範囲を超えている。ポルトガルの左翼ブロックのような諸党、ギリシャのシリザ、あるいはドイツ左翼党の左派との間で、諸連携が築かれ強化されなければならない。
 この会議の最中、フランスのNPAとLCRの代表は、PPPと自由労組「80年8月」(この新党建設では発端の位置を占めている)の活動家と会うためにポーランドにいた。彼らは、EU議会選キャンペーンの準備に対する一つの観点と共に組織されたこの党の全国会議に、2009年1月17日参加した。そしてこの会議は、PPPはヨーロッパ規模の反資本主義左翼建設に参加すべき、と決定した。
 12月パリ会議参加諸組織はまた、ストラスブールNATO首脳会合反対の統一デモ成功に貢献するため共に行動すること、及びこのヨーロッパの反資本主義的極建設を続行するために、4月初頭ストラスブールで会議をもつことも決定した。
※筆者はNPAメンバーであると共に、「インプレコール」(仏語版IV兄弟誌―訳者)編集者かつ第四インターナショナル執行ビューローメンバー。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
パレスチナ
イスラエルのガザ攻撃に対する国際委員会決議
急ぎ連帯運動の強化を

                                 第四インターナショナル
 イスラエル軍が行った最近のガザ回廊攻撃は、パレスチナ民衆の抵抗を破壊するというシオニストの一貫した諸政策の中で設定されている。三週間にわたる激しい爆撃のすさまじい結果(1300人以上の死者と5000人以上の負傷者)は、イスラエル軍の文字通りの暴力性を示している。彼らは、破壊的な兵器を使用し、多くの戦争犯罪の罪を犯している。
 はるか前から計画されたこの攻撃は、「ロケット砲攻撃停止」や「停戦尊重を課す」ことを意図したものではなかった。ロケット砲攻撃の犠牲者は10年間で20人に満たず、一方ハマスとイスラエルの間で2008年署名された停戦協定は、イスラエルによっては全く尊重されなかった。イスラエルはガザへの封鎖を続け、昨年11月何人ものハマス戦士を殺害した。これらの条件の下では、武力を含んで彼ら自身を守り、占領に抵抗することは、パレスチナ民衆の権利だ。
 再度言うがイスラエルの目標は、ゲームの唯一の主人はイスラエルであることを、パレスチナの住民と抵抗運動に示すことである。すなわち、可能な「平和」は、シオニスト国家が決めた条件に基づく強制されたそれしかない、ということを示すことなのだ。そしてそれは、パレスチナ民衆の民族的権利の否定を、そしてこの論理に反対を試みるものは誰であれ、イスラエル軍の無制限の抑圧にさらされる、ということを意味している。
 最近の出来事はそれを確証している。シオニスト国家は、パレスチナ民衆が彼らの民族的権利を放棄し、パレスチナの孤立した一部においてか国外の難民キャンプで生きることを受け容れない限り、パレスチナ民衆を大目に見るつもりがない。イスラエルが求めていることはただ一つであり、それは、シオニストの目標と利害に反しない「和平」条件にパレスチナ人代表が屈服する場合にのみ彼らと交渉する、ということだ。
 帝国主義諸国、先ず第一にEUは、公然とあるいは暗黙にイスラエルを支えてきた。アメリカは、二つの政権の移行期間イスラエル軍に、先の攻撃を停止させるための圧力をいかなる形でも行使しなかった。分裂しほとんどの部分が帝国主義に従順なアラブ連盟諸国家は共通の立場をとることができず、その間エジプトは、イスラエルと帝国主義権力のパートナーとして自身の役割を再び演じた。
 それにもかかわらず、イスラエルを糾弾し、パレスチナ民衆を支持する多くの反応があった。世界中で、民衆のデモが何万という規模で、また何十万という規模ですら起きた。ベネズエラやボリビアのようないくつかの国は、イスラエル大使を追放した。あらゆるところで、国連総会においてすら、イスラエルに対するボイコットと制裁が提起された。
 第四インターナショナルはパレスチナ民衆とその権利のための闘争に対する無条件の支持を再度確認する。具体的には、外部のいかなる干渉をも排除した自己決定権、難民の帰還と望む者に対する補償の権利、イスラエルに残ったパレスチナ人に対する同権だ。それを超えてさらに我々は、パレスチナの人々全て(パレスチナ人とイスラエルのユダヤ人)が全面的な同権の下で共に生きることを可能とする政治解決を支持し、アラブ民衆の解放とシオニスト国家の解体の必要性を再確認する。シオニスト国家こそ、人種主義的かつ植民地主義的な帝国主義に奉仕する構想を表現するものなのだ。
 この目標に達するために我々は、パレスチナ民族運動内部においても全員が合意している五つの中心的で統一した要求に集中しつつ、パレスチナ民衆との連帯運動を大急ぎで強化しなければならない。東エルサレムを含んで1967年以降の占領地からの、無条件、即時かつ全面的なイスラエル軍撤退。1967年以降に建設された入植地全ての解体。分離壁の破壊。イスラエルが拘留している11000人の政治囚の解放。無条件のガザ封鎖解除。以上がその要求だ。
 我々はまた、イスラエルに残ったパレスチナ人の要求にも特別に気を配るべきだ。彼らは全面的な同権と、農地と水の束縛されない利用を要求している。最近のイスラエルの諸選挙、及び国内パレスチナ人排斥の公然たる煽動者であるリーベルマンの高い得票は、これらの住民にとって大きな危険となっている。連帯運動は彼らに応える義務がある。我々はさらに、占領と戦争、及び全般的にシオニストの政策に対決して闘っているイスラエル人を支える必要がある。
 最後に我々にとっては、170以上のNGO、団体、パレスチナ諸党が2003年に始めた、ボイコット―剥奪―制裁(BDS)キャンペーンを高めることが基本となると思われる。BDSに向けた要求は、連帯運動を発展させる機会を提供する。諸政権と資本家の主要なグループによる共謀を弾劾する目的がその手掛かりだ。最近のまた将来のBDSキャンペーンの成功は、シオニスト国家を弱める点で一つの役割を演じ、またパレスチナ民衆と反資本主義の陣営を強化する諸条件を生み出す可能性がある。この闘争では同時に、人種主義の、反ユダヤ主義の、またイスラム嫌悪のあらゆる傾向と闘う必要がある。(2009年2月23日)(「インターナショナル・ビューポイント」電子版3月号)
 

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