1991年7月10日         労働者の力             第23号

自民党支配の完成をねらう小選挙区比例代表並立制の粉砕を
定数是正、金権選挙排除から完全比例代表制の実現へ


川端 康夫

小選挙区制導入の狙い

 自民党と海部内閣は、政治改革の名目で小選挙区比例代表並立制の導入を党議決定した。少なからぬ自民党議員の反対を押し切った決定である。政府・自民党は七月末にも臨時国会を召集し、法案上程の構えを見せている。
 今回上程される選挙制度改革なるものは、全国を三百の小選挙区に分割し、残りの百七十一議席を小選挙区の得票率によってドント式による比例配分を各政党に行うというものである。言い換えれば、自民党を除く各政党は小選挙区において圧倒的に不利であり、比例部分で少しの議席配分を受けるという、まさに自民党の議会における単独支配体制を完成させるためだけに構想されたものにほかならない。
 この自民党案それ自体、当初政府の選挙制度審議会において検討された小選挙区と比例区の配分を五〇%づずにする案をねじまげて、小選挙区の比率をあげたものにもとづいている。
 さらに、区割り案は、はじめから選挙区ごとの人口格差を二倍まで許されるとし、結果はそれ以上になった。これもまた自民党がきめた各県に一ずつを基礎配分するという便宜的方法が生んだ歪みの結果である。過密、過疎がはなはだしく進行している中で、その当初から二倍以上の格差を承認するという感覚は、この間多く提訴されている選挙区格差是正への動きを頭から否定するものである。
 
二大政党論の虚構

 金丸を先頭に、自民党竹下派が主張するのは、第一に金のかからない選挙、第二に政権交替可能な二大政党への道を開くためのものということである。
 これらの二つの論拠がでたらめもはなはだしいことは自明といっていい。金がかかるのはまず第一に自民党総体が金権・利権化し、それを政治の道具として使用する利益誘導型政治の構造問題である。とりわけ、高級役人が自民党政府と全面的にゆ着し各種選挙の自民党候補となり、その利点を予算分どりにおくという構造がもたらしていることにほかならない。利益誘導・利権誘導の政治は、選挙そのものの金権化の温床であり、同時にあらゆる認可・権限・立法などにに直接からむロビー活動が利権と直結しているがゆえに、金のやりとりが日常化しているのである。派閥力学が近年異常に肥大化した結果、派閥維持・拡大にかかる費用が膨大なものとなった。各派閥が各政府省庁の利権を分割し、それぞれの族議員が派閥を背景に利権構造に食い込む。ここに派閥の全盛化がもたらされることになるのだが、同時に利権をめぐる派閥相互の競争も激化するのである。
 資金力はイコール政治力である。利益誘導政治に群がるロビー政治の全面化という体質において、政治イコール金という図式が確立してきたのである。
 自民党政府体制への最大の打撃となったリクルート事件こそが、こうした政治=利権=金という関係をさらけだした。自民党は危機脱出をかけて「政治改革」を自ら言い出さざるをえなかったのである。
 だが現実においては自民党は、利権・金権政治からの脱却を検討するのではなく、そのタイプの政治を完成させる方法に訴えたのである。自民党一党支配体制の基礎は利権・金権の政治であり、小選挙区制は選挙区をまるごと利権・金権型に誘導する以外のなにものでもない。
 第二に、二大政党政治への誘導という論理のすりかえ、詐術の問題である。党中党としての竹下派=金丸・小沢ラインの支配力を背景とする小選挙区比例代表並立制推進の中で、自民党は自らの解体を賭して政権交替可能な二大政党創設をも決意すべきだとの見解が飛び出している。
これは一方では、明らかに竹下派=金丸ラインによる他派閥へのどうかつにほかならないが、他方では野党構造解体への歴史的踏み出しの宣言の性格を明確にしている。
 戦後期に制定された現行制度の中選挙区制は、与野党あわせ複数政党がそれぞれ存在することを前提として編み出された制度である。当時にあって保守政党が複数であり、こうした(自由党、民主党、改進党などの)保守政党複数という現実に対応して、各選挙区から複数政党が当選しうるように考え出された制度であった。その後の保守合同によって保守政治の側では、派閥連合の自民党が形成された。野党サイドにおいては、中選挙区制が野党の複数化を現実化する根拠を与えたのである。
 したがって、現行の中選挙区制が選挙制度として過去も将来も唯一正しい制度という見解は成立しないのであり、そもそもは保守政党乱立に対応した制度にほかならなかったことを見ておかねばならない。間接民主主義としての代議制政治において完全無欠の制度は存在しないという理解は常識ですらあるであろうが、それらの制度が金権・腐敗の原因であるとするのは明らかなな歪曲である。
 中選挙区制度に利権・金権政治の根拠を求めることや、自民党の肥大化と野党勢力の分散化を要因を見出すことも、またまったくの誤りかあるいは意図的な世論操作のトリックなのである。
利権・金権構造の相互権益承認というバランスのうえに成立してきた自民党各派閥の連合という自民党の構造こそが、腐敗選挙の原因であると言うべきである。
金丸らの言う「二大政党論」は、実質において、野党勢力の大半を現在の利益誘導型政治に組み込むことを通じて、その政治を完成させることしか意味しない。
 同時に、小選挙区制度導入を通じて現行の派閥連合政治から竹下派=金丸ラインの全面的な党支配力の確立をも構想されているのであろう。

政権交替論の欺まん性

 自民党案にもとづいた試算がマスコミによって大々的に流された。六月二十六日付の朝日新聞の試算によれば、一九八六年と八九年の参院比例区の得票を基礎にすれば、前者は自民党圧勝、後者は社会党圧勝という数字がでるとされた。八六年の例では自民党が小選挙区三百のうち二百九十九を獲得し、八九年では社会党が同じく二百五十一を獲得するという数字である。
 この数字から朝日は、自民案によって政権交替・二大政党時代がくると結論づける。この試算はまた、野党の中で主張されはじめている併用制(小選挙区・比例代表、ドイツなどで採用されている制度)によって同じく二つの選挙にもとづくシミュレーションを行った。結果は、超過議席を入れなければ二つの選挙とも過半数を獲得する党が生まれず、必然的に連立政権化するとの試算となった(超過議席とは、同じ朝日の説明によれば、比例区で配分されるはずの議席数よりも、小選挙区での当選者が多くなることによって起こる議席超過)。
 この場合では、八六年では自民党が小選挙区で二百九十九議席であり、配分議席百八十六との差が百十三となり、八九年の社会党は配分議席より八十一議席超過する。これらをドイツ方式でそのまま認めるとすれば、八六年は自民党が過半数となり、八九年は社会党が過半数に接近する(別表参照)。
併用制でも並立制でも自社両党以外では小選挙区での当選者はなく、比例配分部分で他の政党が配分を受けることになるのだが、その場合は併用制が投票パーセントをより強く反映し、並立制ではほとんど無視されるに近い。
 以上のような試算から、自民案の並立制によって、政権交替可能な制度、二大政党政治が導かれるものとするのであるが、この試算には大きな難点がいくつも存在する。
 まず第一に、参院比例区を基礎としていることである。現行の中選挙区制でも明らかに地域利害密着・利益誘導政治が横行し、参院比例区とは相当の違いを示している。それゆえに自民党は衆参同時選挙方式を常に採用したがることは周知の事実である。それがさらに地域密着型となる小選挙区の場合には、まさに政権与党構造としての自民党にはるかに有利に働くことは確実である。
 第二に、議席数と得票数の分離の度合が極度に示されることである。先の試算にもどれば、八六年選挙において、自民党は小選挙区三百のうち二百九十九を独占し、かつ比例部分の六十九をあわせて三百六十八議席を占める。社会党は小選挙区で一、比例部分で三〇、公明党は比例部分のみで二十三、共産党十七、民社党十二という数字である。こうした極度のかたよりを示す選挙制度はまさに意図的な代議制度の歪曲であり、自民党の圧倒支配を恒常化するための制度といって言い過ぎではないのである。
 そして、その自民党の恒常的支配とは、利益誘導の利権・金権政治の全般化にほかならず、こうした制度を通じて政治参加を試みる社会的諸勢力は利権・金権の構造にのみこまれるか、あるいは排除されるかのいずれかになるのがせきのやまであろう。かの有名な奄美選挙区を想起するまでもないことなのだ。

人為的多数派形成論を打倒しよう

 自民党案が示す多数派支配論、すなわち多数派支配型民主主義論は、単独政権や二大政党論との共通の文脈の概念である。小選挙区制度などによって人為的に多数派の力を拡大させ、五一%=一〇〇%の論理にもとづいて決定がなされるように仕組まれた制度である。権力の分散を避け安定をはかるという名目は、中央集権、一院制、議員内閣制などのさまざまな姿をもつ制度として表現されるが、要するに残りの四九%を無視するという発想がベースとなることは変わらない。
今回の自民案はそうした人為的な多数派形成システムをさらに自らに有利な形で高度化しようというものであり、比例部分比率の削減、並立制への固執、地方定数への配慮と選挙区格差の承認など、一連の方策はすべて以上の利害の観点から生み出されている。
 一般に、こうした人為的多数派支配形成の政治制度においては、得票率においてわずか数%の移動が極度の議席数変動として表現されるわけで、それが政策の極度の変更と重なることになるのであれば、強い要求を掲げる少数派の不満を、権力集中をもって強権的に、中央集権的に押え込むことなしに政策遂行は不可能となる。
それゆえに、二大政党がさほどの政策的差異を示すことなく、また比較的容易に反対党への政権交替が可能であるという流動性をもつ場合にのみ、この仕組みは一定の限度内で民主主義の機能を果たす。言い換えれば、例外的な場合を除けば、この仕組みは多数派支配の恒久化のシステムとして作用することにほかならない。
 例外的例はイギリスの小選挙区・議員内閣制度であり、ここでは基本的に保守党と労働党以外の政党の存立はきわめて困難である。同時にこの両党の間の政策が極度に食い違うという可能性がまた不断に排除されるメカニズムが働いているということを意味する。社会的亀裂を反映する要求の多元化を表現するのではなく、要求の多元性が二大政党のそれぞれに吸収・淘汰される、すなわち切り捨てられることが前提となるのである。
 ここでの最大問題は、社会的なさまざまな少数派の政治参加への配慮が欠落してしまうことである。労働党と保守党以外の政治勢力が事実上成り立たない以上、さまざまな要求はこの両党をつうじて表現されざるをえないからである。
 比例代表制や二院制などの方式の追求は、さまざまな少数派が顕在化し、また多元化するという社会状況をできるだけ反映することを狙いとすることにほかならない。したがって、ここには多数派単独支配の論理(二大政党でも同じ論理)とは異なる論理、すなわち異なった諸見解の調整や合意形成という発想がつらぬかれるのである。
 総じて、多数派支配論理の場合とは異なり、多分に連立政権などのスタイルが生み出されることとなる。

政治改革と選挙制度

 自民党案は、明らかに多数派支配論の確立の論理であり、それに比例部分をスパイスとして付加したものにすぎない。それは同時に現行の野党体制の解体・再編を誘導し、それを通じて全般的な政治枠組みを保革対立の戦後構造から帝国主義日本という国家性格の承認を共通項とする保・保あるいは保・補の政党政治へと転換させようとするのである。こうした選挙制度の変更を利用した政治構造の強引な転換の企みはまた同時に、自民党政府体制における竹下派=金丸ラインの覇権の確立の過程であることもすぐに分かることなのだ。また社会党においても党内右派の覇権が確立化していくことともなるという補足的役割をも持つであろう。
 少数党はそこでは選挙を通じた政治参加の道を閉ざされる。議会政治的な意味において、共産党や公明党、さらに民社党の政治生命は重大な打撃を受けることになるし、また市民的、草の根的、シングルイッシュー的な姿は決定的に排除されるものとなろう。
 また同時に本来の政治改革の目的にはなんら接近しない。イギリスが選挙腐敗に対して導入したような形の政治改革理念はどこにもない。公務員に対するのと同じレベルにおいて政治家への取締りの適用なしに政治改革に着手することはできないのである。
 政権党としての自民党政治が利益誘導、利権・金権の政治そのものであるという現実が金のかかる政治の温床であり、かつ金をばらまいてもおつりがくるという政治家を作り出している。この構造に手を触れない以上、自民党による小選挙区制導入は、ただ金権・利権の政治を全般化させるだけである。
代議制度、間接民主主義の方式である以上、直接民主主義とは異なり、決定版となる選挙制度は望むべくもないのであるが、そのうえで、われわれは大選挙区制度である完全な比例代表方式がもっとも民主主義的であると考える。そして、利権・金権政治を断ち切るために、厳密な献金管理と賄賂、リベートの禁止およびそうした行為に対する厳罰を体系化すべきであると考える。
 さらに、現行制度の全面的な比例代表制への移行が困難なのであれば、当面次善の策として、中選挙区制度の現行制度の是正、すなわち選挙区格差の是正=定数是正に力を注ぐべきであろう。あわせて、政治家への利益供与のすべての道、手段を断ち切ること、買収・供応のいっさいを禁じることから政治改革が現実のものとなるのである。
 なお、小選挙区比例代表併用案というドイツ型を対案とする傾向が浮上しているが、この方式もまた少数派排除を意識していることを忘れてはならない。有名な五%条項などの方策は、いかにも比例代表制を尊重するかのようなポーズをとってはいるが、実態は少数派排除の狙いがこめられていることを物語る。小選挙区比例代表併用制は、小選挙区制度の導入を前提とする限りにおいて少数派切捨ての狙いを共通にするものであり、自民案への対案とは言えず、小選挙区制の同じ土俵に上ることを意味するのである。

 小選挙区・比例代表並立制の自民党案の粉砕を
 定数是正、利権・金権政治の一掃を
 一切の政治家への利益供与の禁止を
 完全比例代表制の導入を

                     七月五日
運輸省、強制収容放棄を確約

               さらに事業認定失効の闘いを

 三里塚・芝山連合空港反対同盟の結成から二十五年を迎える今日、闘いの局面は大きく流動化しつつある。
 その引き金となったものは、地域振興連絡協議会(連絡協)の呼びかけた空港問題解決のためのシンポジウムと、その公開シンポジウムへの反対同盟(熱田派)の参加決定である。
 昨年十一月一日、空港周辺自治体関係者、反対同盟(熱田派)に所属する石井新二、学者・文化人らによって、地域振興連絡協議会が設立された。この連絡協議会は、周辺自治体の空港問題解決という志向を反映する組織としてあっただろう。そして連絡協による空港問題の平和的解決のための公開シンポジウムの呼びかけがなされた。二期工事のデッドロックに入った運輸省・公団は、なんらかの「解決」の糸口を見つけるために参加の意を表明した。
 反対同盟(熱田派)は、地域振興連絡協議会主催の公開シンポジウム参加を検討する前提条件として、「政府、運輸省にたいして、二期工事の土地問題を解決するために、いかなる状況のもとにおいても強制手段をとらないことを確約させること」など、五項目の条件を提案した。
 この提案に、「事業認定失効」を認めない政府・運輸省は、当然にも強制収用の放棄を確約できないと、回答をひきのばし、シンポジウムの見通しが立たないところまで追い込まれてきた。しかし、五月十六日、運輸省は「いかなる状況のもとにおいても土地の強制手段をとらない」とする運輸大臣署名の文書を、地域振興連絡協議会に提出した。
 これによって、反対同盟(熱田派)としての公開シンポジウム参加を検討する条件は満たされ、六月十七日の実行役員会での検討のうえ、参加を決定した。
 また、熱田派のシンポジウム参加決定に先立ち、連絡協より「行司役」的立場として参加依頼を受けた学識経験者は、公開シンポジウムの実現にむけての進め方について、連絡協とは別の組織が開催する考えを表明し、また、主体的に空港問題解決に当たりたいとの意向を表明した。具体的には、「隅谷調査団」(仮称)として、熱田派内でのシンポジウム反対の人々や小川派、北原派についてもヒヤリングなど別の形で意見を聞く場を設けるなどの活動である。
 公開シンポジウム問題をめぐって明らかになりつつあるものは、三里塚闘争が反対同盟と政府公団の二極対立構造から、第三者的要素を新たな闘争構造としてビルトインした局面へ移行しつつあるということであろう。
 そのポイントとなっているのが、「隅谷調査団」(仮称)と呼ばれる学識経験者の動向である。周辺自治体の意向を反映する連絡協からの独立の度合の中に、闘争の流動化が浮上する可能性がある。
 運輸省は、連絡協を使って早期決着を目論でいたが、この思惑は崩れはじめたと言われている。逆に反対派農民に対して、闘いの大義を訴える有効なものとして活用できる可能性を与えている。公開シンポジウムの運営が連絡協とは別の実行委員会方式で行われることは、その可能性を与えるものである。
 とりわけ、二十五年の闘いはさまざまな形で、大義を訴えてきたし、少なからぬ支持・共感を闘いとってきた。戸村選挙と三・二六闘争はその頂点を示すものであったろう。
 だが、政府・公団は、事業認定問題を一つとっても、何ら反省することもなく、既成事実、二期工事推進を積み重ねればなんとかなると、二十五年間の間、一貫して農民を無視し続けてきた。かつ、八〇年代においては、国民生活の国際社会との連動、構造的組み込みが拡大する中で、三里塚農民の大義は覆いかくされがちとなり、国際空港に反対する「過激派」の闘いとして歪曲されてキャンペーンされるか、あるいはもはや過去の闘いとして、かつて支援してくれた人々からも忘れ去られるようなことも残念ながら部分的につくりだされる状況もあった。
 こうした中で、公開シンポジウム問題の登場は、一方では「話し合いをつぶした責任を反対同盟に背負わせ、そのうえで強制収用やむなしの世論形成を進める」ことに利用される危険性も指摘しうるのではあるが、他方ではより積極的に事態をとらえて、「用地地権者は出席しない。二十五年の闘いを訴える場として参加する」という立場から、どのように有利に作用させるかを考えることも必要とされているだろう。とりわけ、政府・運輸省が、「強制収用の断念」を文書で表現せざるをえない状況にさらに踏み込んで、事業認定失効という反対同盟の正当な立場を最大限アピールし、具体的な形で事業認定失効を闘いとるための闘いの一翼にしていくことが検討される必要があろう。

トロツキー研究所案内

トロツキー研究所発足す

トロツキー研究所の設立にあたって

 一九八〇年代は、ソ連・東欧の激動の時代でした。既存のスターリン型「社会主義」国家の特徴とされていた共産党の一党独裁、行政的指令経済、ソ連中心主義が崩れ、それぞれの国が市場経済への移行による混乱や民族問題の爆発を伴いながら民主化と経済改革の道を模索しています。
 ソ連・東欧の危機の原因を解明し、新しい展望を追求するためには、「社会主義」の理論と実践を、歴史的にかつグローバルな視点から検討することが必要であり、また、スターリン主義の確立以来、歴史から抹殺されてきた異論派、批判派の復権と正当な位置づけが不可欠です。
 なかでも、スターリン的な官僚主義体制や一国社会主義と仮借なく闘い、世界的な規模での社会主義の実現のために尽くしたトロツキーの思想は、今日でも光彩をはなつものです。革命論から経済や文化・芸術の領域に及ぶトロツキーの多面的な思想的遺産を批判的に継承、発展させる努力の一つとして、日本でも、一九九〇年に国際シンポジウム「現代史の激動とトロツキー」が開催されました。
 トロツキー研究所は、この成果を今後に生かし、さらに前進するために、トロツキーを中心とする文献の収集・補完・研究・紹介を目的として創設されました。なにとぞ研究所の趣旨にご賛同いただき、物心両面からのご協力とご援助をお願いします。
 一九九一年五月十九日

トロツキー研究所活動計画
 研究所の主な活動は以下のとおりです。
 @トロツキーを中心として、ブハーリン、ローザなどの従来「異論派」と呼ばれてきた人達の文献の収集・補完・利用8原則として貸出しは行わず、閲覧とコピーサービスを行う)。
 将来は「トロツキー研究所附属図書館」の開設を目指す。
 Aトロツキー進歩を通じて得られた国際的ネットワーク(ソ連・メキシコ・フランスなど)を維持、発展させる。特に、今後進むであろうソ連におけるトロツキー関係文献の発掘などの成果を、日本でなるべく早く紹介する。
 Bトロツキーをはじめ「異論派」の理論的・実証的研究、「異論派」相互の関係の考察。
 内外の研究者・活動家による研究会、シンポジウムなどを適宜開催する。
 C上記の活動の成果を刊行物で発表する。
 会報(『トロツキー研究所会報』)を発行する。
 Dその他

会員としてご協力を

 研究所の趣旨に賛同いただける方に、会員として研究所の活動に広くご援助とご協力をお願いしています。会員には『トロツキー研究所会報』を毎号お届けするほか、文献・資料の利用に際してさまざまなサービス、講演会、研究会等へのご案内などの便宜をはかります。入会ご希望の方は、年会費(一口一万円)を指定口座にお払い込みのうえ、「入会申込書」に必要事項を記入して事務局までご郵送下さい。
 また、トロツキーや「異論派」にかかわる貴重な資料や文献をお持ちで、研究所に寄贈下さるお志をお持ちの方は、ぜひ事務局までご一報下さい。

トロツキー研究所規約
(名称)
1 名称をトロツキー研究所(以下<研究所>と略記)とし、事務所を東京都中野区東中野一―二二―二一 曙マンション203号 アトリエみ/ゆ 内に置く。
2 <研究所>は、一九九〇年に東京で開催された国際シンポジウム「現代史の激動とトロツキー」の成果を今後に生かし、トロツキーを始め、かつて「異論派」として正当な評価を妨げられてきた理論家・革命家の遺産を批判的に研究・継承・発展させることを目的とする。
3 前項の目的を達成するために次の事業を行う。
 1)トロツキーを中心として従来「異論派」とされてきた理論家・革命家の文献を収集、保管、活用する。将来は附属図書館の設置を目指す。
 2)これら理論家・革命家に関する調査研究ならびに文献・資料の翻訳・紹介・刊行を行う。とくに、今後進むであろうソ連に置けるトロツキー関連資料の発掘の成果をできるかぎり速やかに日本に紹介する。
 3)上記国際シンポジウムを通じて形成された国際的、国内的ネットワークを維持・発展させ、必要に応じて内外関係者の交流を進める。
 4)上記活動の内容を伝え、成果を発表するために、定期刊行物を編集・発行する。
 5)その他、上記目的の達成のために必要な事業を行う。
(役員)
4 
 1)<研究所>の運営は幹事会が行う。
 2)幹事会は、<研究所>の趣旨に賛同し、その運営責任を引き受ける者若干名で構成する。
 3)所長は、幹事会の互選により選任され、<研究所>を代表し、必要に応じて幹事会を招集し、主催する。
 4)会計監査二名は、幹事会により選任され、会計監査を行う。
(事務局)

 1)<研究所>の日常業務は事務局が遂行する。
 2)事務局は幹事会が任命する事務局長一名と事務局員若干名によって構成する。
 3)事務局長は事務局を統括し、必要に応じて事務局会議を開催する。
(会員)

 1)<研究所>の趣旨に賛同し、所定の会費を納入すれば会員となることができる。
 2)会費は年間一口一万円とし、一口以上を納入するものとする。
 3)会員は定期刊行物の無料配布を受け、また所定の料金を負担して<研究所>の施設・資料・サービスを利用し、<研究所>の催しに優先的に参加することができる。
 4)会員は、<研究所>の運営につき、幹事会にたいし、適宜、意見を述べることができる。
(財政)略
(規約の変更)略

トロツキー研究所幹事
所長 塩川喜信
幹事 伊藤成彦 上島武 黒滝正昭 桑野隆 左近毅 佐々木力 志田昇 杉村昌昭 田中欣和 中野徹三 西島栄 藤井一行 藤本和貴夫 降旗節雄 水谷驍 湯川順夫
〒164 東京都中野区東中野1―22―21
      曙マンション203号 アトリエ み/ゆ
   電話/FAX 〇三―三三六一―三〇〇六
指定口座
 郵便振替 東京 3―750619
 銀行口座 第一勧業銀行東中野支店 店番号174普通口座1265156

トロツキー研究所
第一回研究会
時  七月二十七日(土)
場所 家の光会館第六会議室
   (JR飯田橋駅下車)
テーマ
トロツキー著「われわれの政治的課題」
報告者 左近毅

落ち込む生産
破局は避けられるか

モスクワニュース紙16号(一九九一年四月二十八日)


モスクワニュース紙ファイルから
 ソ連のGNPの落込み
 ソ連統計国家委員会の速報によると、一九九一年一―三月の国民総生産(GNP)の低下は一〇%である。国民所得は一三%、工業生産は六―一〇%も前年同期より低下している。農業と建設業は前年比で一〇%以上の落込みである。

 ソ連の経済改革が開始した時点ですでに、深刻な危機は不可避であると考えられていた。大きな危機は、非効率的な経済構造、つまり生産諸力のでたらめな配置と、異常に肥大化した重工業と軍事産業の存在に対して支払わねばならないコストと考えられていた。この危機がいま、東欧諸国を襲っている。こうした危機は不可避であり、これを切り抜けることなくしてわが国の経済が袋小路から脱出することはできない。現在のソ連経済の危機は、わが国が新しい構造、新しい経済構造に転換していくだろうという希望に影を投げかけている。この危機は、改革が出発した時点からどうにか避けてこれた全面的な崩壊の様相を帯びはじめている。
 われわれが直面しているのは、複合した危機である。第一の側面は、指令システムの崩壊に関連している。構造転換がなっていない今日でも、すでに苦痛に満ちている。国民勤労所得の一九九〇年の低下率四%(一九八〇年代の成長率があてにならないので、実際はもっと大きいかもしれない)は、西側の水準からすれば、非常に深刻な危機である。戦後期で最大のアメリカの成長率低下は一九八二年に記録され、およそ二%であった。今年二月、わが国の生産は一〇%も急落し、工業生産は四・五%の低下を記録した。ストライキが行われたことを考えれば、三月の低下はもっと大きいだろう。
 様々な生産や製品は、それぞれに危機の影響を受けている。原材料の生産は確実に低下しており、原材料に大きく依存している地域に大打撃になっている。機械製造やその他の製造工場は製造機械に大きく依存しているが、十分な供給を受けていない。
 外国貿易の危機、工業生産および住宅建設の急速な低下、本来のインフレーションと価格改革にともなうインフレーションの中で、全面的な再生産の危機が生じている。国家予算および金融システムの状況は、全面的な財政危機と位置づけられる。
 こうした事実の中でわが国は、スタグフレーションに向かって進んでいる。価格は値上げされたが、自由価格になったわけでなく、依然として生産拡大への刺激は存在していない。われわれを待ち受けているのは、賃金と価格の追いかけっこ、過小投資、国民所得のますます多くの部分を労働者の保護に消費することなどである。
 一九八九年に各種の企業は新しい経済関係を積極的に追求しはじめたが、インフレーションの悪循環があり、物々交換システムへの依存が大きくなった。こうして東欧諸国が改革をはじめた当初に典型的であった傾向、すなわち企業所有者の経済決定に対する断固たる統制をともわない自由な企業活動、生産の増加や資本蓄積の拡大をともなわない企業の「自由」な金融活動に対する厳しい統制の欠如などによる混乱がそれである。輸入の削減は目的ににそわず、かえって生産に打撃となった。
 一九九〇年の夏半ばに、各共和国や地方、各都市などは、それぞれの市場を防衛するために強い措置をとった。各当局のとった措置が、本来の善意の目的にもかかわらず商品の流れを阻んだ。混乱に輪をかけたのは、五月の物価を値上げするという発表、十月の値上げ品リストに関する大統領布告、同月の調達価格の値上げだった。これが一九九一年の経済困難をもたらした。
 このときの政府の動揺や誤りが、ポーランドが一九八〇年代に歩んだ道を通らずに、危機になる前に真剣かつ不可欠の改革を実行するという歴史的なチャンスを失わせた。一九八〇年代のポーランドは、生産と生活水準の急激な低下、対外債務の増大、絶え間ないストライキなどを経験した(われわれは戒厳令がないだけましか)。これらの危機は、各共和国と指導的な社会勢力との合意を基礎にして上から改革が実行されていたら、避けられたであろう。
 この段階で、危機は、それ自身の論理をもち、悪意のある意図あるいは誰かの意思というものから独立した存在になった。生産縮小の連鎖反応がはじまった。市場経済とは違って、すべての被雇用者はしばらくの間、賃金を受け取っていた。その結果、四月二日、とんでもない値上げになった。三つの危機によって打撃を受けているソ連経済がそれが原則的には正しいとしても一つの措置や改革では効率的な立ち直りを実現できないことが明々白々になった。そうした措置が目的にしていないにしても、それだけでは不安定要因になってしまうのである。

 わが国が市場主導型のの経済に向かって進んでいるのなら、商業部門が次第に活発さをまして商業活動が安定となり、物資の供給が安定し、現在は市場から姿を消している必需品の生産もはじまるだろう。わが国がすでに市場経済であるなら、現在の危機(アメリカは現在リセッションの過程にあるが、国民は絶望状態にはない)は、生産者への圧力になって生産を減らさせ、価格の低下を防ぎ、生産計画を変更させる方向に作用するだろう。ソ連の選択する方向は現在、第三のシナリオを実現できない場合には、次の二つのシナリオの間の中にあるだろう。
 第一のシナリオ終末論的なものである。それは、さらに大きな破局に向かうことである。大部分の部品などを外国をはじめとする外部に依存する工場や、国内の不安定な地域は機能を完全に停止するだろう。農業機械製造工場が外部から部品を入手できないために、農民は自分の土地を耕作できなくなろう。この危機の唯一の長所ともいうべきは、ある時点で社会が破滅から脱するために耐えることを学ぶことである。
 第二のシナリオは、現在の諸関係、生産構造をそのまま維持し、生産力のこれ以上の低下を阻止することである。政府が最終的に財政問題を解決しなければならないと認識したとしても、遅すぎるのである。高い価格は政府の予算問題を少しは楽にするだろうが、はっきりしない将来という中では国家や新しく生まれた商業企業にとっては大きな改善を意味しないのである。政府の政策のジグザグ、配給カードで入手できる商品量への次第にましていく慣れ、生活水準の低下と物価上昇――これがわれわれの生きている環境である。
 第三のシナリオは、各共和国がたがいに合意に達した場合のみに可能である。危機克服計画は包括的であるべきである。そして市場経済化の措置が経済安定化のための措置より低位におかれてはならない。危機克服の計画は、新しい政治状況、ことに物価値上げ以降の社会的、心理的な要因をより重きをおいて配慮しなければならない。
 四月三日の炭鉱労働者との話の中でソ連大統領は、エコノミスト、イェフゲニー・ヤーシンの危機の理由の一つはわが国指導者の無能力にあるという説を受け入れた。政府が予測することを学び、決定をするにつれ、問題は加速的に拡大し、経済はさらに管理不可能になっていった。ここでは、権力問題が経済問題になっているのである。ヤーシンなどの専門家はこれまで、まったくの別人が決定を下している中で報告書を作成したり、勧告を行うためにのみ必要とされてきた。専門家が勧告を書くだけでわが国をこの危機から解放できるであろうか。
  *  *  *
 政府に対する社会の信頼性こそが、政治的、経済的な危機から脱出するための鍵である。五〇〇日計画が依然として有名なのは、その内容(およそ三〇〇ページのテキストをほとんどの人は読んではいない)のためでなく、これがすべての人にチャンスを提供するためである。いくつかの調査によると、八〇%のひとがこの計画を支持している。ポーランド改革前のマゾヴィエツキ・バルセリヴィッチ計画に対する支持と同程度である。現政府に対する信頼性はどの程度か。価格値上げがあり、そして最初の社会的弱者に対する補償金が支払われた今日、回答は明白である。中央政府がこの事実を考慮する気があるかどうかだけを知りたい。政府は次にいかなる措置をとるのか。以前と同じくソ連経済の将来は、政治家たちが決めている。
 レオニード・グリゴレイエフ
 世界経済・国際関係研究所

職があるのに増える失業
モスクワニュース紙(17号)


五万七千人に一人が失業者

 モスクワ職業紹介所は、七月一日付で五万七千人が失業者として登録されるとみている。共産党機関紙「プラウダ」は、十月革命から十三年後、ソ連ではもはや失業はなくなったと書いた。しかし一九九一年一月に、わが国の議会は、失業、すなわち資本主義の母斑が依然として存在していることを認めた。七月一日から失業者の登録を開始することを決定した。
 「若い人は失業を恥ずかしいことと思うかもしれないが、私は違う。登録に行くわ」と、ほっそりした中年の髪が黒いヴェラは語った。彼女は、彼女と同じ世代の人々が世の中が急速に変化するとは思っていないと考えている。彼女はまた、政府がいう福祉や公正を信じていない。彼女は、立派なラジオ関係の技師であるのだが、つい最近政府がいう削減計画によって職を失った。
 モスクワの様々な調査機関によると今年の最初の三カ月で職を失った人々の数は、約三五〇〇人である。四月になってモスクワ市長が失業や削減を七月一日までやめるように必死になって訴えて、失業の流れは止まった。次に何が起こるだろうか。すぐにも五七、〇〇〇人の失業者の登録である。モスクワの職業紹介所は、年末までには三〇万人になろうとみている。
 ヴェラは、彼女のつれあいは彼女の気持ちを十分に知っており、彼女が変な仕事につくよりも掛持ち仕事をするつもりでいる。彼女に提示された仕事は、工場労働で、しかも二交代制である。もちろん彼女は、テレビの修理工場で検査労働につくことはできるが、これまでの経歴を生かすことのできる職を望んでいる。それまで二人は、蓄えてきた財産を食いつないで生活していくことになる。最近の数カ月間で彼らが買ったものといえば、二十五ルーブルのジョギングシューズとソックスだけだ。「古い衣服と交換でやっと買った財産よ」とヴェラはいった。
 三〇年以上も、このカップルは、ダーチャ(別荘、日本でいうものとは違ってちょっとした建物)や自動車を買う余裕はなかった。南の方で二人一緒に休暇を過ごしたことも一度もない。唯一の財産といえるものは、二八平米の二部屋のアパートである。七年前に洗濯機、冷蔵庫、テレビを買った。もう、そんな買物をする余裕はない。「貯蓄銀行にわずかの預金がある。かつて一度だけ受け取ったボーナスの一五〇ルーブルと、失業した時の数百ルーブルだけ」という。
 政府が四月の物価値上げで家庭の主婦に補償しないだけでなく、ヴェラのようなつい最近失業した人にも補償をしないのは奇妙である。失業者が受け取る補償は失業保険だけであり、しかもそれは七月一日からなのだ。ヴェラは、モスクワ市当局が四月に設立した労働連帯基金から五〇ルーブルを得ている。彼女はこれについてはラジオで知った。すべての失業者がこれを聞いたわけでなく、彼女が申請にいったときにはわずか二〇人程度が金を受け取るためにいただけだった。

金のルーブル対価値のない二百ルーブル
 
 モスクワ職業紹介所の管理者は、将来の失業者数が驚くほどのものになるとは信じていない。すべての兆候からすれば、モスクワの失業給付金は二〇〇ルーブル強である。モスクワ選出の人民代議員や労働組合の活動家、職業紹介の専門家たちは、失業給付金は実質生活最低必要額と同じでなければならないと強調する。紹介所のイゴール・ザスラフスキーは、一九二〇年代の経験に言及して失業給付金が失業者の食費、家賃、交通費、最低の衣料費を保障するようしばしば修正されなければならないといっている。一九二三年の給付金は、工場労働者の賃金の四五―六〇%あるいは一〇金ルーブルだったという。
 市場というものは、被雇用者と筋肉労働あるいは精神労働を行う用意のあるものとを結びつける。最大の需要は筋肉労働にある。モスクワの建設資材工場が立派なアパート、食糧の保証、黒海での休暇などの条件をつけたが、それでも労働市場ではほとんど人数が集まらなかった。
 「誰もが働きがっていないようだ」と、苦笑いを浮かべた困惑顔でその工場の人はいう。彼は自分の息子と署名をして、パネル鋳型工として契約した。夜間学校でエンジニアリングを学んでいる息子には、ややきつい仕事だと認めた。「息子のやる仕事は、頭はまったく使わず、必要なのは筋肉だけだ。彼は金目当てで働く。いずれにしても彼はオフィスで時間を過ごすのはきらいだ。定職についたり、オフィスにじっと座っておかしくなるより、変わった仕事をしたいといっている」と、自分の息子にはっきりと同意して、この男性は語った。
 紹介所の部屋を離れるときには、もっと多くの人が集まりはじめた。


 私は、モスクワ職業紹介所が教員や芸術家などの専門部門を設けるのかどうか知らないが、これに併合された企業が一つある。
 その企業の責任者とモスクワの大通りで話をした。「この段階では宣伝は必要ない。まだ自立していないから。宣伝が必要なのは二、三年後だ」と、サーシャと名乗る男性は、その企業の詳細について明らかにしないという条件で次のように語った。
 彼の会社は、失業者を最低賃金で雇用するか、あるいは仕事を提供している。その人日とは、モスクワ冷蔵食品店の積荷人や建設工事の未熟練労働者として働いている。彼の会社に、熟練労働者のチームがほしいといってくる企業があるが、三百人いる仕事を求める人々にはそうした人物はごくわずかだという。非常に重要なのは、サーシャのような会社がなければ求職者の五人に一人は今ごろ駅でスリをしたり、刑務所にいっているか、浮浪者になっているだろうということである。
 ナターリヤ・ダヴィドーヴァ

困窮の信号を出しているソ連財政
モスクワニュース紙から

 ソ連邦の財政赤字が一九九一年の最初の三カ月だけで三一一億ルーブルに達し、一年間で二六七億ルーブルとみられていた当初見込みをすでに越えたと発表された。国家という船は沈没しつつある。
 大統領はこの事実を伝えられた時、「こんなことはありえない」と叫んだといわれている。彼が本当にそういわなかったにしても、多いにありそうなことだ。公式情報からしても、政府財政支出によるサービスやプロジェクト、諸計画、軍や法律関係の強制機関、基本的な調査や医療関係のサービスはすべて疑わしいものになっていることを認めざるをえない。
 連邦政府は、各共和国が以前の合意に違反してそれぞれの税を中央政府に支払っていないと主張している。また、各共和国は、四月の物価値上げを補償するための中央基金に資金をまったく出していないとも。各共和国は、みずからの財政問題があまりに深刻(あるいは中央政府の政策のために困難さが増している)であり、中央が値上げなどの方法で十分な資金を得るだろうと、考えている。
 警告があった。専門家たちは政治的なゲームや財政操作を批判し、これらは非現実的で、不正確だといわれた。彼らは、予算が継ぎ合わせてつくられ、予算を作成したものが事実を無視し、連邦条約などの国民投票の結果などを待機しているだけなら、予算が破産してしまうだろうと警告した。
 こうした警告を本紙に執筆している経済の専門家たちは支持した。たとえばセルゲイ・デュブーニンは「二つの目的自身が予算の中で矛盾している。収入見積はまったく根拠がない」と書き、グリゴリー・ヤブリンスキーは「二月になって臨時予算の必要が明らかになった。というのは、予算作成時の合意に含まれている人為的で非現実的な性格が次第にはっきりしてきたからである」と主張した。
 政治家たちが経済の自発性を無視したのは、これがはじめてではない。これほど厳しくいうのか。というのは、経済というものは、みずからが無視されている場合、それに抵抗できないと考えられているからだ。こうした無視はしかし、厳しく報復される。今、別の復讐が行われている。しかも以前よりも速くやってきた。過去は、数年間、五カ年の間にやってきていた。現在では、経済はもはや、まずい政策をたえしのぶことはできない。現予算は一月に承認された。四月には、もう困窮の信号を出したのである。
 次の何が起こるのか。予算の危機は、連邦議会で考察されるかもしれない。そうでなくても、連邦政府は、断固たる措置を準備している。各共和国では賃金の支払いを地方銀行が行っており、中央当局の役人はこれらの銀行が中央政府への資金の流れを阻止していると主張している。脱出する道は、各共和国の統制からそれをはずすことである。これには主としてロシア銀行が関係する。なぜなら、ロシア共和国が最大の債務者と考えられるからである。事態全体がどのように進行するか、分からない。一つの可能性は地方銀行の責任者を解任し、新しい人物を任命することである。あるいは良き旧き日のように、十分に武装した兵士を派遣することかもしれない。しかし、より重要なことは、予算政策が常にわれわれとともにあることだ。頂点にいるどの人物も、コンセンサスによる政策や貨幣への信用ということを学ぼうとしていないからである。
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 ソ連全体の危機を解決する計画が準備されていると発表された。この計画を作成しているチームには、財政や金融について熟知している人物が参加しているといわれている。だが、すでにわれわれは、意識的な専門家たちと最終的に決定する人物たちとの間には深い森があり、そこで一切の良き意図が飲み込まれてしまうことを知っている。合意に関しては、主権ある共和国は経済の分野で何が料理されているのか知らない。
 ウラジミール・グレヴィッチ