2009年6月10日              労働者の力               第231号
    支配階級の確信不在が強いられる転進を踏み越え
    「もう一つの世界」を闘いの中で引き寄せよう

                        寺中徹  

 資本主義の雄として80年間世界に君臨してきたGMが国有化された。それが「利益の私有化、損失の社会化」であること、私有企業として再生することを目的としたものであること、それは極めてはっきりしている。しかし、アメリカ文化、アメリカの精神、アメリカの生活スタイル、そして何と言ってもアメリカ資本主義を文句なく代表すると自他共に目されてきた、2年前まで世界最大だった自動車企業だ。それが破綻し、ブルジョアジーの身内からは引き受け手が現れず、国有化によってしか救済の道が見出せなかったという事実は、アメリカ民衆のみならず世界の人々に、今後に長く尾を引く印象を刻み付けたと思われる。先ず第一に、世界が一つの転換の時代にあることとして、次いで、特にアメリカの民衆の場合は、深く植え込まれてきた国有化あるいは社会化に対する心理的、心情的なバリアーを、深いところで揺さぶるものとして。
 世界は今確かに、これまであったものとは異なる方向へ動き始めている。世界の支配階級は、そのように舵を切らざるを得なくなっている。

新自由主義の時代は終わった

 アメリカにおいてこれで、世界最大との冠の付いた世界企業が、金融と製造業という資本主義の中核部門の中で二つが国有化された(金融では保険会社のAIG)。世界の工場と称される中国での資本主義的生産も事実上はそれが丸ごと国家に庇護されたものであることを付け加えれば、世界の資本主義的生産システムは、国家の直接的支えなしには機能しないところまで立ち至った、と言うべきだろう。現実に日本の多国籍大独占資本は今、中国政府による巨額国家財政投入による生産下支えに、辛うじての息継ぎの期待をかけている。
 そしてこの状況を、世界のブルジョアジーは何らの違和感なく受け容れている。GMの国有化に対して、世界の株式市場が相当の値上がりで応じたことに注意を向けるべきだろう。株式市場とはとどのつまり大資本と金満家の世界であり、そうである以上、表向きどのような主張が今後なされようと、GMの国有化は彼ら総体によって事実として間違いなく歓迎されたのだ。口先で何が語られようと、まさに彼らの胃袋が国有化を求めていた、と言わなければならない。
 こうしてまた、新自由主義が吹聴した自助と自己責任は、それを吹聴した当のブルジョアジー、特権的エリート自身によって、あっさりと投げ捨てられた。実際あらゆる諸国の大資本、大資産家が、現在の「危機」の中で、臆面もなく国家へすがりつく姿をさらしている以上、そこには何の不思議もない。結局彼らは、自助と自己責任の精神などみじんももち合わせていなかった。それは、国家、大資本、富裕層、総じて力ある者の社会的責任放棄を、彼らが支配する財の出し惜しみを、覆い隠す目くらましにすぎなかった。新自由主義が作り出した「危機」は、これらの真実をも満天下に引きずり出した。
 市場の自律的調整機能が経済の活力ある成長の必要十分条件である(従って政府の介入は害悪以外の何ものでもない)とした新自由主義の時代は、それが結局逆の事態に行き着いたことによって「自己否定」され、まさに名実共に終わった。そして次に向けた闘いが幕を開けた。

先の見えない手探りの転進

 新自由主義の時代の終わりとは、見てきたように、世界の支配階級が新自由主義に反する方向で危機からの脱出を探らざるを得ないところに追い込まれたことと同義と言ってよい。事実彼らはまさに転進を図っている最中だ。
 しかしその転進は、新自由主義からの転進にとどまらず、さらに広がりを見せている。それは、世界が直面する危機が経済にとどまらない多元的なものの相乗として深刻化していることの反映であるが、先ずその転進の実情を、これまで資本主義の中心国家とされてきたアメリカ支配階級の方向選択に確かめてみたい。
 少なくとも三つの分野で明確な転進を見ることができる。第一は経済政策の側面。大規模な国家財政投入による需要創出を含んで既に触れた経済への国家介入、金融規制、さらに所得の社会的再配分の手直し(金持ち優遇の後退)、などを挙げることができる。第二は環境政策であり、昨年のオバマ選出過程を通して、アメリカ支配階級主流は、その水準は別としてともかくも、気候変動問題に積極的に対応することで基本的な合意に達した。第三は国際政治への対応であり、一極覇権(有志連合の強制)追求は打ち捨てられ、世界秩序のもはや後戻りのできない再編成への流れに対する、いわば「適応」が見られる。
 一言加えれば、これらの転身に関し、世界の支配階級の中では、日本支配層のみが完全に守旧派である。
 さて、これらの転進が有意義な成果を生むかどうかは今のところ全く不明である。おそらく彼ら自身確信をもっているとは思われない。それほどに現在の多元的な危機は深い。
 例えば経済政策一つとっても、巨額化する一方の国家財政赤字の重圧や危機的水準となった失業と倒産の今後の行方など、不確定要因は数限りない。オバマ自身がニューディールと呼んでいるように、手法としてケインズ的なものが再導入されている。しかし、新自由主義がケインズ政策の行き詰まりを打破するために登場したという歴史的経緯を考えれば、ケインズ的政策の少なくともブルジョアジーにとっての効用は、おそらく限りなく小さい。ブルジョアジーにとっての危機の根源、即ち利潤の危機、は解決されないだろう。その意味で、労働者民衆にとっての危機の本体である大失業を本来の対象とするこの政策の寿命は、ブルジョアジーの欲求をいかに押さえ込もうとするかにかかっていると思われる。ブルジョア政権であるオバマ政権にそれは多くを期待できない。がそれは翻って、政権と労働者民衆の関係にたちどころに波及する。
 あるいは国際政治の問題においても、世界秩序再編は例えばG20に収斂するとは限らない。アフリカ、中東、南アジア、そしてここ東アジア、問題は次々と起こっている。G20の枠組だけでそれらに回答は出せるだろうか。国際政治においても、対等性と民主主義は結局のところ鍵となる。
 金融問題に限っても、G20に対する異議は公然と挙げられ、G20への対抗を明確に視野に入れ、国連の下にG192(全国連加盟国)の対等な関係による取り組みを目ざす「国際通貨・金融システム改革専門家委員会」が設置されている。あるいは6月3日、OAS(米州機構)の年次総会は、キューバを追放した1962年の決議を無効とする決議を、全会一致で採択している。激しく抵抗を試みたアメリカも最後は折れざるを得なかったのであり、そこには中南米諸国民衆の巨大な圧力が映し出されている。そしてこの民衆の圧力こそ、G192を浮上させる根源的要因なのだ。
 加えて世界には、食糧危機、エネルギー危機の重圧が、気候変動の危機と相乗しつつ、しかしそれとは相対的に独自の論理の下にのしかかり続ける。
 そして最後に、新自由主義の破綻は、文字通りそれが食い散らしたものとして、ぼろぼろにされた社会的インフラを、世界中至る所に、もちろん程度に差があるとしても、残した。途上諸国においては、それは何よりも農村共同体の破壊として表現されている。そしてこれらは必然的に失業にさらされた労働者の苦難を倍加し、時には流民化の危機を引き起こす。先進諸国においてもそれが誇張でなかったことは、ここ日本の年越し派遣村の中で、衝撃的にあからさまとなった。それが労働者民衆の憤りとなって政治に波及することは必然の成り行きであり、こうして、世界各国の政治的上部構造の正統性はおしなべて著しく弱体化している。先進諸国でこの正統性の空洞化を免れている政権は、今のところ未だ試されていないオバマ政権だけと言ってよい。そしてこの正統性の弱さが彼らの転進を一層混乱したものとする。支配階級の転進の先行きは見えない。彼ら自身がわからない。
 そうであればあるいはそれ故にこそ、労働者民衆は、今しばらくは続くはずのこの時代を、自らの望む世界を作り出すための時代としなければならない。そのような方向の転換を作り出すためにこそ労働者民衆は、自らの要求実現を目ざす闘いを支配階級に対してどん欲に突き付けることを求められる。

資本主義に合わせる発想の限界

 先に見たように、今労働者民衆の要求は、ぼろぼろになった社会的インフラを目の前に、いわばこれ以上下がることのできない地点からの要求として突き出されようとしている。例えば、生きさせろ、という要求に値切る余地などない。このような要求の実現を求めるとき、あらかじめ資本主義を前提とし、そことの整合性にこだわる解決は可能だろうか。おそらく不可能であり、資本主義との整合性など無視して、資本主義との関係では例え異質だとしても、それ故の制約など踏み越えて必要な対策を押し込む、そのような闘いが不可欠となるだろう。
 今ヨーロッパにおいては、イギリス労働党、フランス社会党が共に深い危機にある(労働党については本紙国際面参照)。ドイツ社会民主党も、左翼党の急成長が逆照射する形で、その危機の持続が隠せない。ヨーロッパ社会民主主義を代表する三つの伝統ある政党が、労働者民衆の望む社会が切実に求められている今このときに、そろって深刻な危機にある。いわば労働者民衆から見捨てられ始めているのだ。
 それは何に起因するのか、日本の左翼にとっても真剣に考え抜くべき問題である。資本主義のよき管理者として位置取りを決めたそれらの党にとって、政策決定における資本主義との整合性への腐心は、極めて重要な要素となっていた。しかしそれは、労働者民衆の現実の要求から身を切り離すことを必然化する。労働者民衆が危機にさらされているときそれは致命的である。
 先の三党の危機には、党指導部が既成エリート化してしまったなど、もちろん様々な要因が関係している。しかしその根底に先の政治路線の問題が厳然と横たわっていることは間違いない。
 ヨーロッパにおいて我が同志達は、これらの社会民主主義諸党の轍を踏まず、反資本主義左翼として自己の位置を定め、労働者民衆の要求実現のためその諸闘争の渦中で献身的に闘っている。実際、社会総体が危機にあればあるほどに、労働者民衆の要求は闘争の出発点であると共に到達点ともならなければならないのだ。先に見たような危機の中での転換の時代、そのような闘い方が何より求められる。そのとき要求実現の方策が資本主義の制約を超えるとするならば、したがって敢然と越えることが求められる。そして、世界の民衆が切実に求める「もう一つの世界」は、今年のベレン社会フォーラム社会運動総会宣言が端的に表明したように、この時代、まさに反資本主義の道を通してしか、あるいは資本主義の制約を踏み越えることなしには、決してたぐり寄せられないだろう。
 我々はまさにこのような時代認識において、そして労働者民衆の要求があくまで出発点であり結論であると考えるが故に、反資本主義としての闘争展望を共につかみ取ることを呼びかけたい。世界の民衆と共に、「もう一つの世界」に向かう道を切り開こう。(6月7日)
 鉄産労、結成25周年の集い(仙台)
     記念講演に「中国と日本」
 
    

 鉄産労は5月31日、第26回定期大会とあわせて、結成25周年の記念レセプションを開催した。
 鉄産労は1984年春に結成された。当時、国鉄分割・民営化をめぐる大きな対決局面が到来していた。第二臨調が発足し(1981年)、三公社五現業等の「在り方」が議論され報告書が作成されていった。82年に登場した中曽根政権は翌年、国鉄再建監理委員会を立ち上げ、民営化攻撃を本格化させた。大規模な労働者の闘争と全国各地の反対運動を押し切って国鉄分割・民営化は強行され、87年4月、JRグループが発足した。
 国鉄分割・民営化は、その1年前に中曽根首相に提出された「前川レポート」とともに時代を画するものであり、以降の社会経済政策に大きな影響を与えることとなった。新幹線網を基軸にした鉄道政策は地方交通線を切り捨て、廃線や第三セクター化に追い込んだ。航空自由化や高速道路拡張政策がリンクした。一方、JRの多角経営は大都市部の機能や有り様を変貌させる役割を担った。これらは今日の「地方格差」の原型となった。
 国鉄解体は同時に、国鉄と深く結びついていた政・財・官の利権構造の再編を意味し、権力内部の闘争として進行した。しかもサッチャーの民営化攻撃と同様、「小さな政府」の新自由主義思想に基づく「階級闘争」であり、そこで国鉄労働運動と左派・革新勢力の解体を策したことは後に当の中曽根証言が明らかにしている。
 そのような時期に動労中央から決別して誕生した鉄産労の闘いは、仲間を労使一体によるパージから守ると同時に、総評労働運動の転換期において、国鉄労働運動の成果と限界を見すえ、階級的労働運動の構築に挑戦していこうとするものだった。その挑戦は全労協建設の努力などとして今日も継続している。
 結成にいたる直接的な契機は、仙台新幹線基地での青年部組合員への二重処分(仙鉄局による1982年「9・17」処分と動労中央本部の統制処分)だった(注一)。当局と一体となって統制処分を強行する動力車労働組合中央本部に対する非妥協の闘いが鉄産労に結実していった。
 また当時、動労仙台での「二重処分粉砕」の闘いを「反革命」とする中核派の許し難い妨害が繰り広げられていた。それらの弾圧や妨害をはねのけ鉄産労は結成された。新組合には退職者によるOB会や家族会も結集した。84年2月、宮城県歯科医師会館で開催された記念集会には全国から多くの支持・支援が寄せられた。
 鉄産労は以降、「国鉄分割・民営化に反対する宮城会議」などを組織し、国鉄解体に抗して「国鉄闘争」を地域に拡げるために闘ってきた。仙台駅不当配転攻撃に対しては99年、13人の原告団を先頭に仙台高裁で逆転勝訴をかちとり、翌年、最高裁で勝利が確定した(注二)。結成宣言に掲げられた「世界にはばたく鉄産労」「社会的労働運動」は組合の旗となり、中国をはじめとする国際的な連帯活動や、医療・福祉・介護・教育など社会生活と労働運動を結合した地域的運動を実践してきた。

 その25周年を祝い、多くの仲間たちが参加してレセプションが開催された。
 前田裕吾さん(全労協副議長)は非正規雇用労働者の運動を紹介しながら、次のように挨拶した。「かつて工場単位で組合結成が相次ぎ、労働者が食べるために一致団結して闘った時代があった。戦後労働組合の役割だったし、成果もあった。今、時代は大きく変化している。派遣村が象徴した政治状況の意味を考えるべきだろう。厚労省を追いつめた闘いがさらに経団連や経営側を撃つような地平に発展していくことは、我々にも突きつけられた課題だ。総選挙が迫るなか、次の展望をいかに切り開いていくか、労働組合の側が問われている」。
 25周年に寄せる多くの挨拶が続いたが、ここでは省かせていただく。
 記念講演は井邑義一さんによる「中国報告」。井邑さんは91年「天安門事件」の2年後から08年「北京オリンピック」の年まで、北京で暮らした。その実体験を踏まえ、「そこから見えた中国と日本」についてが講演テーマだった。
 「今回の国際金融危機は一部で予想されていたような『中国発』ではなかったし、しかも中国は危機の『救済者』としてコミットしているのではないだろうか」・・。講演は経済政策の現状から始まり、中国の「大きさ」とそれを基礎にした急速な台頭、「統計だけではとらえられない、雑然とした不思議な資本主義」、地方の実情、世界的標準化の中での「ニセモノ文化」の意味など、様々な角度からの分析に及んでいった。ケ小平以後30年間の改革・開放の現在から、過去(中国はアヘン戦争から今日までの一時期を除き、紀元年以後の2000年間、世界最大の経済大国だった)、そして将来(経済発展と政治改革=民主化の行方)まで、話題は多岐にわたった。
 また実体験の紹介のなかでは、日本人の多くが抱く中国人観(「まったく自分勝手主義」)について、「逆に日本人のほうが世界的には独特であり、世間を気にするあまり自己主張や権利を失ってきたのではないか」とも指摘した。
 熱気に満ちた講演の中でとくに強調されたのは、今後の日中関係とアジアを考える上で、日本のマスコミ報道は一面的で歪んだものが多く、「大きくて変化の早い中国を正確に見る必要がある」という点だった。
 講演後の懇親会は大いに盛り上がり、思い出と抱負を語り合った。
(仙台)
(注一)「9・17処分」等の経緯は当時の「世界革命」紙(83年4月4日号など)を参照。
(注二)仙台駅不当配転訴訟は本紙2000年3月10日号などを参照。
 労働者派遣法
   抜本改正、今国会で!
     闘い、本丸ににじり寄る
          5・14日比谷集会

 派遣法抜本改正をめぐる政治の停滞・怠慢に何としても突破口を、時ならぬ寒風が吹き荒れた5月14日、東京日比谷野外音楽堂には1000名(主催者発表)の労働者、市民がかけつけた。「労働者派遣法の抜本改正を求める共同行動」が主催し呼びかけた「実現しよう今国会で!派遣法抜本改正を求める5・14日比谷集会」だ。同共同行動が主催する大衆的決起集会としては、昨年12月4日に次ぐ二回目。だがこの日の集会は、前回とはその意味を大きく変えた。一言で言えば、いわば本丸での闘いの開始を印す宣言であり、それは、様々な側面で展開された闘いの、巨大な前進に裏打ちされていた。

闘いの前進基礎に抜本改正へ肉迫

 午後6時30分定刻通り鴨桃代全国ユニオン会長の司会の下に始まった集会は、派遣法抜本改正をまさに「今」具体的に実現しようとの目標を改めて確認、行動の集中がそこに向け絞られる局面に入っていることを映し出した。鴨さんに続いて共同行動を代表して経過報告に立った棗一郎弁護士は、非道無法な「派遣切り」が今なお勢いを止めていない実情を確認。その上で、昨年12・4集会以降のとりわけ年越し派遣村の闘いを改めて取り上げ、派遣労働の非道さが労働者市民の協同連帯した闘いで初めて社会全体のものとして引きずり出され、人々に消えない怒りを刻みつけたことを強調、その成果の上で、この惨状を作り出した者の責任、その仕掛けを直視するならば、抜本改正以外あり得ず、政府・与党案などいらないと言い切った。そして闘いが野党共同提案を可能とする条件を作り出しつつあることに触れながら、最低限必要な改正要点を以下の三点に絞り、抜本改正の第一段階として何としても実現に結び付けようと訴えた。
 提案された三点は最終的に集会アピールとして採択された以下だ。@登録型派遣は政令指定業務を除き原則禁止A常用型派遣は原則期間の定めのない雇用B違法派遣に対する「見なし雇用規定」の創設。この三点だけでは抜本改正として明らかに不十分であり、それは、棗弁護士があえて第一段階としたように、参加者の多くにとってははっきりしていた。しかし同時に、このような絞り込みが具体化されたこと自身、闘いがいよいよ本丸に入ったことを実感させるものだった。そしてそれは、昨年12・4集会時点での第一の直接目標が政府・与党案修正通過の阻止にあったことと対比すれば、まさに闘い全体の質を画する前進を、歴然と表現していた。
 実際前日までに民主党は、四野党共同提案に向け一つの決断に踏み出していた。新聞報道された登録型派遣の原則禁止だ。昨年12月以降の草の根の闘いがその決断に向け巨大な圧力となっていた。その上に立って、直接的にも、4月中旬以降同共同行動関係者は、精力的に粘り強く民主党への働きかけを展開してきたのだった。
 この局面を何としても具体的な成果につなげよう、以降の発言もこの一点に集中した。14人の呼びかけ人からは、鎌田慧さんと湯浅誠さんが発言した。両者とも、労働者・市民の闘い、当事者の闘いが政治を直接動かすダイナミズムが、その連関が生まれていることの重要性を指摘し、それを生かそうと訴えた。湯浅さんはその上で、非正規労働者が具体的に闘える条件を整えるという点で、セーフティーネットの役割を特に強調した。
 政党からは、民主党の高山智司衆院議員、日本共産党の志位和夫委員長、社民党の福島みずほ党首が発言、国民新党と新党大地からはメッセージが届けられた。この間常に微妙な発言に終始してきた民主党だったが、 この党も今回は初めて一歩踏み出すことを明らかにした。高山衆院議員は、代表選渦中で管代表代行が出席できず代理出席となったことを先ずわびた上で、我々は人々の闘いによって気づかされたと率直に認め、従来の確定された対案は取り下げるとした。そして今回の転換は党としての決定であり党首が替わっても変わらない方針だ、とある種晴れ晴れと発言した。一方志位発言にも、この間の現場の闘いを刻みつける特徴があった。「派遣切り」に対するこの間の闘いが具体的な形で明らかにした現行派遣法の問題点を抜本改正に反映させなければならないとし、「派遣切り」に対する闘いと抜本改正の闘いを一体でとの強調は、現実に基礎を置く説得力を感じさせ会場の共感を呼んだ。
 そしてハイライトは現場からの訴え。派遣村村民、大分キャノン、三菱ふそう、マツダ、阪急トラベル、トルコ航空の非正規労働者が次々と、自らの経験と今の闘い、あるいは勝ち取った成果を、堂々とした迫力と自信あふれる姿で語った。そして連帯を訴えた。そこには、会場からの温かい励ましに後押しされ、慣れない発言に勇気を奮い起こし震えるように声を絞っていた労働者の姿はもうなかった。紛れもなく闘いの前進を物語る光景だ。
 会場中に林立する色も形もとりどりのユニオン旗や労働組合旗を強風が激しく打ち鳴らす中、時折発言も聞き取りにくくなるほどの悪条件の集会だったが、集会の集中は最後まで途切れることなく、労働者の望む労働立法を実現するとする集会宣言は、満場の拍手で採択された。

激化する抵抗をはねのけよう

 本丸に迫られた権力、大資本側の抵抗は一層激しくなるだろう。阪急トラベルや語学学校のベルリッツ(ベネッセ傘下)など、非正規労働者の闘いに対する開き直り的な悪辣敵対も始まっている。また閉会挨拶の中で、小田川義和全労連事務局長は、いったんは日雇い派遣からの撤退を決めたフルキャストが、政府・与党案不成立を見越して日雇い派遣継続に方針を変え、開き直り的に条件が許す限りの利益追求を図っている、と明らかにした。
 大資本、政治権力から発するこの抵抗を打ち砕く巨大な民衆のうねりが求められる。派遣労働・非正規労働の非道さが弁解の余地なくあらわにされ、多くの人々に社会の病的現状を刻みつけている今、そして何よりも、個々の現場に広がる自立的な闘いを広くつなげ、諸勢力と諸分野の共同を実践の中で重ねてきた派遣法抜本改正追求の運動の中に、その可能性は確実に開かれている。そして以下のこともはっきりしている。つまり、派遣法抜本改正は、雇用関係の基準を大きく変えることで、この間支配的エリートが進めてきた新自由主義的構想に致命的な打撃を与える位置にある、ということだ。
 闘いの前進が自らの力で生み出したこの局面を打ち固め、派遣法抜本改正を必ず形にする力とするため、さらに全力を傾けよう。(神谷)
 
 視点
  遠景から見た北朝鮮の核問題
  朝鮮半島非核化への道をふさぐもの

           
川端 康夫
 
現行核制御体制のでたらめ

 朝鮮半島非核化問題に関する結論の前に、国連の常任理事国諸国、とりわけアメリカに関して言及しなければならない。つまり、国連常任理事国はすべて核保有国なのである。アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国。これらの諸国は、第二次大戦の勝利国である。そしてアメリカが日本に対して実施した核攻撃(広島・長崎)を見て、自身の核武装に懸命となった国々でもある。ソ連や中国がアメリカから情報を「入手」したと言われるが、イギリスやフランスに関しては私は知らない。
 アインシュタインがアメリカ大統領・ルーズベルトに原爆開発を要求した、つまりナチスドイツに留まり続けた科学者が、原爆を実現する可能性を恐れたからである。
 さて、こうした国連安保理事国は、自身以外の諸国の核開発を押さえる措置を取った。これは明白な身勝手である。
 インド―パキスタンの核武装に関して、アメリカはどうしたのか。インドは友国であり認める、パキスタンも友国になりつつあるから批判は押さえる、こうしたものだ。イスラエルについては触れもしない。他方イランに対しては強硬に核開発阻止を求めるが、それは原発開発に対してである。原発は日本においては数十年前から行われている。その問題点はさておき、日本はもちろん、開発そのものを軍事攻撃の対象にされたことはない。すなわち、日本は「原子力大国」なのだが、それでアメリカから非難されてはいない。日本はアメリカの「同盟国」だからなのである。
 核廃絶は今のところ、見通しは立たない。しかしながら、核廃絶への流れは、「対決」という枠組みの後退に基軸があるであろう。20世紀の頂点に達した「東西対決」の流れは明らかに枠組みを変えつつある。その点から北の行動を見なければならない。

スターリニズムの放棄以外先はない

 北朝鮮が核開発を公然化する事情は以上のような核体制の状態を意識してのものであろう。だが、それで何を狙いとするのか?
 そこが分からない。北の政権がミサイルを、仮に数百発発射したところで何の意味はあるのだろうか。狙いは韓国であろうとも、それは「世界に対する」戦争となるである。アメリカは構える。北の自衛ということになり得ない。
 そして、そうした戦争は今の世界の民衆の支持を受けるのか。受けるわけはない。
 そうした考えは、同時に過去の日本帝国主義の軍官僚の思想に似てくるのである。
 旧日本軍であっても、アメリカとの戦争を全面戦争とは考えていなかったはずである。陸軍は日清戦争、日露戦争の続きで対アメリカ戦争を考えたのであろう。すなわち「勝利の中途」での講和である。だが、アメリカとの戦争はそうはならなかった。全面戦争となり、そして日本は壊滅した。
 以上はさておき、北の南への進攻は、南の占領で「勝利する」戦いであったのであろう。北には、海を渡る船舶はなかったからだ。北の動きはソ連、スターリンの暗黙の了承を受けたもので、中国共産党には連絡はなかったといわれる。スターリンは「だめでもともと、うまくいけばそれでよい」という態度だったようだ。だが国境を接する中国は結論として動いた。北朝鮮軍が壊滅する寸前、中国軍が参戦し、アメリカ軍を押し返した。これに焦ったマッカーサーは、中国本土への原爆使用を主張し、トルーマンによって罷免された。何故か、それは検討事項であろうが、アメリカ民主党はおそらく中国とは闘いたくはなかったのであろう。こうしていわゆる南北境界線が生じた。
 その上で私は現在の北のあり方は、スターリニズム思想の極だと考える。現在の中国共産党は少々は路線は違うのである。ケ小平路線での現在の中国は、その遺言であるアメリカとの協和を守っている。もちろん、軍事的強化は忘れずに、そして中国一国主義、一党独裁主義を維持しての上だが。だが北朝鮮はそうした路線にはいない。アメリカとの対決主義のままのように思える。対決主義で国家を統治する、との考えは、一党独裁となり、民主主義の否定に結果する。こうした「前衛主義」あるいは「レーニン主義」は、レーニン自身が生涯の最後に果たそうとしたように、打倒されるべきものである。東西対決構造の大枠組が崩壊した以上、スターリン主義の「北」は、21世紀には対応してはいないのであり、過去の産物だと言わなければならない。
 だがもちろん、中国のケ小平主義も永続はできないだろう。本質において、一党独裁主義はいつまで維持できるのか、という問題である。ケ小平路線は基本的には毛沢東主義の「内部」での自治的路線である。それは、チベットやウイグル問題に典型だ。チベットやウイグルに対して、「自治は認める、だが自決は認めない。中国は単一国家だ」という毛沢東の連邦主義を否定する最終見解がケ小平に受け継がれたのだ。陳独秀の時代の中国共産党はそうではなかったし、毛主導下となった中国共産党もそういう結論になるためには多くの岐路があり、要するに「ぐらついて」いたのだが、反アメリカ帝国主義の立場を固めるなかで1950年代には最終的にそうなった。
 中国の現政権はケ小平路線にある。チベット、ウイグル問題はどうなる?マルクス主義の名目において自治権、自決権はどうなる?
 そしてソ連は崩壊した。では北はどうする?―これが問題の核心である。対帝国主義というあり方は正しい。それは当然のことである。だが、今や、問題は「国家経営」にあろう。対帝国という立場だけでは現在は正当性を維持できない。要するに、国家を維持するために何を考えているのか、ということになる。社会主義であり、民主主義である、そうした方向に向かっているのか―一党独裁論はそうした方向には向かわない。すなわち、強権的国家だけが存続する。
 北は一党独裁政治を放棄すべきである。一党独裁という制度を放棄したほうが国家の将来の見通しを良くするであろう。現在の国家状態は最悪であろうからである。軍事主義、核開発の無理矢理の維持、それは北民衆の生活改善には何らの役にも立たない。脱北のための基盤は変わらないだろう。
 そうした流れへの対抗手段はなにか。おそらくは東アジアの国際関係の将来展望、東アジア「合衆国」という大方向への流れへの合流を北指導部が決意していくという中にあるのであろう。その第一歩として、さまざま矛盾を持つ核体制においてではあるが、朝鮮半島の非核化、南北融合路線への転換を志向すべきだと、考える。
 イギリス労働党の崩壊
     慢心の火だるま

                   フィル・ハース
 
 イギリス労働党は、1990年代に伝統的な労働党のケインズ主義と福祉政策の放棄に着手したのだが、死の苦悶にあえいでいる。今や、ゴードン・ブラウンの党は次の選挙に破局的に敗れ、おそらく1920年代以降の最悪の得票となるだろうということは確実である。最近の世論調査は労働党支持率を16%と評価した。これは連合王国独立党と並ぶレベルであり、他の党は22%程度である。

労働党は金持ちとうまくやっている

 ダヴィッド・キャメロン保守党の候補は、圧倒的多数票で選出されるだろう。数百人の労働党議員が議席を失うだろう。これは、1997年5月にほぼ議席の三分の二近くを獲得し、その若いカリスマ的指導者、トニー・ブレアに焦点化された幸福感の大波を爆発的に巻き起こした政治活動の、惨めな終わりである。すべては一時代の前のことに思える。
 そうではあっても、ちょうど18カ月前にブラウンがブレアに代わった時には、労働党は「即座」の選挙で容易に勝利を収めるようにも見えた。ブレアの退場がもたらした安堵感は手に取るように明白であり、さらに大部分の労働者と中産階級の人々は依然として保守党に懐疑的だった。ブラウンはそうした選択に向かわなかった。おそらく、かれは早期の総選挙で敗北したなら、二カ月しか在籍しなかった、史上もっとも短い期間の首相として座を譲らざるを得なくなるということを懸念したのだろう。続いてきた事態は、そうした懸念を抱いたことの愚かさを示した。
 労働党の不人気の要因の一部は、出来るだけ数多くの人々に怒りを煽り立てるような政策的決定である。知られるように、ヒースローでの環境的悲惨さをともなう第三高速道路建設や、退役したグルカ兵士たちを英国に居住させないようにした。
 他の要因は、労働党の国会議員たちが巨額の財政疑惑にはまり込んだことであり、スキャンダルはもちろん、政権党を痛打する。人々は保守党が盗み、詐欺すると思い、また銀行屋たちもそうすると思っている。しかし、労働党は(少なくとも労働党支持者の思いでは)社会的平等の党であり、個人的キャリアや出世、浪費の党とは思われていないのである。
 もちろん世界経済危機の到来は、14年にわたる労働党の中心的な経済や社会政策に焦点を当ててきた。それは、社会的平等性を損ない、一方で資産家や中産階級の一定部分の利益を支えるが他方では社会の最貧困層を手荒に扱ってきた。賃労働者の底辺10%が、5年前に比べればはるかに絶望的に貧困にあえいでいる。その主要な理由は、労働党が力を入れて行ってきた、世界的な低賃金経済が引き起こした低賃金への圧力による。さらに労働党は全力を挙げてシティの自由化を進め、ロンドンを金融資本の首都にするように努めてきた。そうした資本はなだれ込むが容易に流出することも出来るのだ。
 労働大臣であるピーター・マンデルソン(卿)は辛辣な警句を発して有名である。すなわち、労働党は「けがわらしく金持ちになった人々と仲がうまく行っている」。問題は、彼らはそのことを泥だらけの貧困に落ち込んでいる他の人々の負担でそうしているということなのだ。

労働党統治の中心機能が崩壊した理由

 労働党は一つの考えを持っていた。すなわち、貧弱なレベルのままだが、公共サービスを定着させそして子供の貧困を終わらせる、という考えである。だが、実行に移された時には、実質的な改良は掘り崩されてしまった。労働党の計画、それにはまさにブラウンが大臣として特に関わっていたのだが、こういうものだった。シティはやることを思うままに実現し、そうすればイギリスはアメリカと共に金融首都の中心となる。その時に巨額の税金収入が必然となり、それらは公共サービスや最貧困家庭への税金支払い猶予として投資される。この計画は実行に移されたが、狙いを実現はできなかった。そして今、政府が巨額の途方もない借金を抱える中で、この混乱した方式は、相当の間繰り返すことはなどできなくなっている。政府にとっては破綻した銀行を救済するために借り入れた借財の返却には20年から30年はかかるだろう。
 労働党の税と支出計画は実行のされ方において作動しなかった。その核心は「公・私連携方式」であり、他の言葉で言えば、新たな病院を建設するような計画は、私的企業との協力で行われなければならない。そうした私的企業は、巨額の資金を計画に投じ、地方当局や国家によって行われるよりもはるかにコストを低減できる、と。こうした「相談役」と「提案役」の時代の14年が経過した。膨大な給料が、同じく膨大な中産階級のプロフェッショナルによって自分たちへと支払われた。私的企業と公的部門との仲立ち役への支払いである。そして―ここにこそ美しさがある―金融機構から入った税収入の多くは、私的―公的提携の私的部門での投資家として、その金融機構にリサイクルされたのである。
 典型的な歴史的ケースはある。鉄道とロンドン地下鉄の私有化である。実際に改良は行われた、もちろんのことだ。それに関して疑う余地はない。しかし双方共に、世界中でも飛び離れた経費がかかった。長官は、関与する企業集団に対して、赤字ではなく、大幅な利益を上げるようにさせ、そして頂点にはとんでもない高給を支払った。すべては公共の懐から出たのだ。
 すべての公的サービスは、人を押しつぶすような労働体制を含む計画目標によって傷つけられた。輸入されたアメリカ人間工学研究所の方式に従い、計画目標が設定され、そして検証は―山ほどの書類仕事が含まれた―健康管理の教授と担当者たちの中心業務となった。誰もがより激しく、より長く働かなければならなかった。だが教育や健康に関する観点における利点は、計画を満たす上では二次的なものだった。それは、ソ連のスターリンによる五カ年計画の不気味なエコーの中にあった。労働党大会はソ連共産党のパロディとなった。大臣に続く大臣が統計数字を読み上げ、事態が良くなっていることを示し、他方で誰もが、重要な改良はほとんどないことを知っているのである。
 しかし、労働党の政策が破綻に終わったのは、貧困と社会的不平等のせいでもあった。労働党はきわめて低い国家最低保障賃金を導入し、そして極貧困家庭と子弟育成には税金支払い猶予を提供した。
 だが労働党の経営や大資本家への偏愛は、こうした改良がほとんどインパクトを持たないことを意味していた。私有化された公共事業が貧困層の収入の相当の部分を取ってしまうようになり、さらに特に食料品と石油料金が値上がりするにつれて、雇用と全体的な収入の不安定さとが問題となった。だがイギリスやアメリカにおいては、金融資本の要求は、さらに短期での感銘的な利潤―株式市場での―獲得がコスト削減を意味するが、そうしたことを特色にするに至ってきた。労働者の数を減らすこと、給与支払いを引き下げること、労働者の権利と利益の削減―すべてが労働党の下での労働市場の恒久的特色となってきた。これは、マーガレット・サッチャーの反労組法の廃止を労働党が拒否したことによって、警察が管理するものとなった。
 不正規労働として臨時雇い企業で働く労働者は、彼らの労働期間において貧困サイクルから抜け出すに必要な資金を得ることはほとんどない。特に、失業給付がイギリスは特に低い―人々はいかに賃金が低くても労働に出ざるを得ない仕組みである―。

モンデオ・マン

 一番よいこととして労働党が税率を引き下げる中、一方で頂点にいる人々が贅沢な生活を楽しんでおり、他方で底辺の人々は沈没した。だが、中産階級や常用雇用労働者の多くの人たちは、自分たちがそれほどひどいことをしてきたとは感じていない。多数の人々が、より激しく、より長い時間労働しなければならなくなったが、真に使うべき力は保持されているようである。これは、トニー・ブレアが「モンデオ・マン」と賞賛したものだが、労働党の社会的な実際の基盤である。恒久的雇用、住宅、車、子供たち、外国行きの休暇、中国製の電子器具は言うまでもない。これらは二人の大人の収入という基盤で支えられるはずだった。もちろん、モンデオ家族は数百万の人々が平均的に到達できるものではないが、何百万もの人々がそれを達成しようとしてきた―それが幻想であるということを除けば―。
 幻想は上昇する住宅価格に基礎を置き、何百万ものイギリス労働者は巨大な額をカードで借り入れている。国際的な低賃金労働の経済がイギリス労働者にまで強制した押し下げられた所得水準は、その上に享受される生活スタイルを正当なものとすることはなかった。負債は多くの家庭を襲っている。というのも、それはいつでもそうありうるものなのだが、一か八かの幻想であるからである。
 今や住宅価格は落ち込み、そして金利は高い。消費も落ち込んでいる。その結果はよく知られている。
失業は再び社会的破局となり、消費全体は債務返済へと切り縮められている。外国旅行休暇はイギリス沿岸散策か休暇なしとなった。さらに悪いことには、誰でも知っていることだが2010年総選挙の後、新たな政府は天文学的にもなった負債に対処するために税金を急激に引き上げるだろうということである。
 イギリス労働者階級にとっては最悪への道のりはまだまだ遠いのである
 ゴードン・ブラウンは、保守党が集中する糾弾に対して政治的には防備力がないことには気づいている。すなわち負債額の山積みと、イギリス産業の後退を統括してきたことが弾劾されているのだ。労働党はこういうふうに言うべきかもしれない。すなわち、ロンドンのシティを無政府化させたのはマーガレット・サッチャーである、マーガレット・サッチャーが1980年代前半に、彼女の「レイムダック」哲学を基に製造業を淘汰し、そして保守党の思想家をして、イギリスはヨーロッパの香港になるべきだ、その基盤が金融力とサービス産業だとの計画を企てさせた、と。
 だがそのような主張はもちろん、労働党にはできはしない。なぜなら、サッチャー主義の中枢をブレアとブラウンは拾い上げたのだし、宗派的熱意を持ってそれらを心から洗練し、前へと押しやったのであるからだ。これらに関するダヴィド・キャメロンのブラウンと労働党に対する非難は偽善だが、しかし否定出来ないのである。

労働党の貪欲と堕落

 こうした悲惨な経済と社会状況において、労働党の議員たちは議会経費法に夢中になっている。どうしてこんなことになったのか? もちろん資本家社会では堕落はどこにでもある。だが労働党は、裕福と権力への志向という思想的、実践的熱意でもって、とりわけてそうした傾向を強めてきた。裕福な経営者たちは、労働党の大臣にとっては当然の社会的環境である。彼ら―理解されるように、きわめて重要な人々である―は自身を私的企業において巨額のサラリーを得ている人々と比較する。年給がたったの14万ポンドの大臣が、その何倍もの給料を受けている人々と日常的に付き合うのはいらただしいことだ。経営と仕事の効率性以外には数少ない信条しかないイデオロギー軽視の党において、政策は単純に特権、経歴、個人的獲得物の問題となる―望むべくは大臣としての地位を終え、それから私的企業のおいしい指導者となること、それらの企業を彼は大臣として援助した―。
 普通の人々は労働党をこうしたものよりはマシであると期待する。そして彼らは、議員たちが主張の中で、「誤り」を犯したと説明できることにも気づいている。詐欺師だけが牢獄に行く。こうしたことは、すべての主要な政党は「自分のため」にだけ在り、信じるべきではないという全般的信念を導いている。

労働党と労働者階級の関係の衰弱、得点は誰に?

 真の所、労働党の政治的地位は、破局と贈収賄スキャンダルの発生のはるか以前に崩壊し始めていた。ブレアはイラクでのイギリスの役割をめぐり深く信用を落とした。何百万の人が権威主義統治への流れを懸念している。知られるように、警察と保安部隊による大衆的監視、そして攻勢的警備手段がある。
 労働党の左への強烈な転換要求の客観的基盤がここにある。だが、そうしたことは短期では起こらない。
 第一に、選挙制度と現職の内閣が労働党であることから、保守党が次期選挙で勝利することはほとんど確実である。一般的に、誰が攻勢的地位に立つのかに関しては保守党というのが正しい。だが、ファシストであるイギリス国家党(BNP)や保守党の右派である連合王国独立党(UKIP)もまた存在する。左翼政党や戦線はそのような効用を生み出してはいない。
 部分的には、このことは依然として低水準にある階級闘争による。また、それは労働組合連合官僚の頑固さ、極左へのとりわけSWPへの深い猜疑心、の結果である。左翼の最良の労組指導部の中では、SWPへの敵意は非理性的で、抜きがたく貼り付くものとなっている。同時に、宿命的な内部抗争にとらわれた左翼は、決定的に社会主義連合やレスペクトの根を掘り崩し、SSPを弱めた。平和的関係が再度戻るためには相当に時間がかかるだろう。緑の党は総選挙レベルでは左翼よりもましに闘うだろうが、しかしイギリス緑は右へと動いている。
 一つのことが明確である。キャメロンは、復讐主義的保守党が公的部門の猛烈な廃絶、および、経済危機への負担を労働階級に負わせるように指導するだろうということである。そうした闘いの一方で、労働党は恥ずかしく降伏するだろう。困惑と品位喪失の中で、保守党やそれ以上の更なる右翼への道を開きながら。労働党内部の流血騒動はたちが悪いものとなろう。しかし、党内で左翼が優位となる結果になるかどうかは、未決定の問題だ。
(一部省略)
※筆者は「ソーシャリスト・レジスタンス」の執筆者であり、www.marxsite.comの編集者である。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版5月号)
 EU議会選挙
ユーロ規模で反資本主義キャンペーン
 5月8日のポルトガルのオポルトでの集会において、ミグエル・ポルタス、アルダ・ソウサ、フランシスコ・ルーカ、およびオリヴィエ・ブザンスノーは、資本主義の危機とヨーロッパ同盟政策に対する左翼ブロック(ブロコ・ド・エスクエルダ、BE)と反資本主義新党(NPA)の共通の提案を提起した。「資本家は危機の代償を支払わなければならない」は、二つのキャンペーンに共通するテーマであった。
 ポルトガルにおいてはこのことは、銀行機密主義の終了と銀行経営者に破綻した経営の代償を支払うことを強制する運動を意味している。オリビエ・ブザンスノーは、NPAの政策を説明し、すべての銀行の経営状態を赤裸々にし、金融サービスを民衆のコントロールの下に置くと述べた。
 すべての発言者が労働削減と解雇に関して提起を詳細に述べ、賃金引き上げ、社会保障の適正水準への引き上げを主張した。
 バルセロナとマドリッドでの次の日の集会は、反資本主義左翼(イズクエイルダ・反資本主義、IA)のための最初の宣伝集会であった。バルセロナではほぼ500名、マドリードではほぼ700名以上が参加した。
 左翼ブロックはすでに議会に代表(八名の国会議員、一名のユーロ議員)を出しているのとは似合わずに、イスクエイルダ・アンティキャピタリスタ(反資本主義)は選挙に始めて参入した。それは18000を越える選挙民と80名を越える現職議会議員の署名を、ユーロ選挙戦の参入に向けて獲得した。すでに力あるキャンペーンがあった。スペイン全土で集会が組織され、多くの新たな地域で支援委員会が組織されていたし、多くの報道機関が関係していた。社会・労働組合運動からの多くの人々が公然と集会を支援した。それはフランスのマヌ・カオとイギリスの映像演出家・ケン・ローチも同じだった。
 このキャンペーンは、キャンペーンの語り手であるエスサー・ヴィヴァスによって代表された「10提案」が中心であり、選挙リストの二人のトップは女性であり、それはヨーロッパ反資本主義左翼のための行動計画の枠組みを提起している。資本家たちや政府は、すでに400万を越える民衆を解雇し、毎日8000名を越える人々を首切っているのである。
 こうした集会は次のことを示していた。すなわち、新たな活動家世代が生まれており、ヨーロッパにおける反資本主義の柱は、とりわけ当面する危機を前に、可能であり、必要であり、不可避である、ということだ。(「インターナショナル・ビューポイント」電子版5月号)

 

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