1991年11月10日        労働者の力               第27号

PKO法案阻止へ!
十一・二〇全国集会に結集しよう
全労協―全国動員を決定

 国際貢献の名のもと、自民党政府は、自衛隊の海外派兵に唯一の狙いをおいたPKO協力法案を、宮沢新内閣のもとで臨時国会で成立させようとしている。事態は楽観的ではない。公明党と民社党が自民党に同調することによって、成立の可能性は高いとされている。自衛隊海外派兵のためだけの法案通過を阻止するには、いまや全国の大衆的反対運動の高揚とそれによる民衆的な広範な反対世論形成が間に合うかどうかの問題となっている。

誰が推進役か

 現行憲法体制、とりわけ「戦力と交戦権の放棄」として、成文として明示された第九条を、つぎはぎだらけの論理ですりぬけようとするPKO法案に対して、広く深い疑問符がよせられている。
 こうした疑問は、後藤田発言にみるように自民党サイドからすら表面化している。
 海部内閣は、結論として、自衛隊海外派兵を強行する内閣となるようにあやつられてきた。あやつるものは、自民党の竹下派、なかんずく小沢一郎竹下派会長代行である。派閥政治の論理が、戦後政治の枠組みの一大転換、すなわち軽武装国家から公然たる軍事力を備えた国家への転換の筋道を推進することへと転化した。
 海部は派閥論理に屈服し、首相の座を維持するためだけに、海外派兵を行う戦後最初の総理大臣という役割を果たそうと努めた。宮沢もまた、海部とおなじく首相の座を維持するために、竹下派、小沢路線の意に迎合することを強硬に迫られ、実際、それを小沢に呼びつけられるという屈辱的な形で公然と表明せざるをえなかった。
 小沢の狙うものは、もちろん自らが自民党内につくりあげた小沢委員会なるものの答申の実現である。つまり解釈改憲ではなく明確な憲法改悪によって日本軍隊の全面的な海外展開の道を開くことである。竹下派支配が現行のままにつづくかぎり、この小沢の路線にそって宮沢政府は行動することをよぎなくされるのである。小沢はPKO法案が矛盾に満ちたものであることへの不満をかくさない。だが、突破口が、「ガラス細工の法案」(後藤田)であれ、まず切り開かれることが必要なことであるという立場にある。

保守本流路線からの転換

 自民党にとって、伝統的軽武装、経済重視の路線、いわゆる保守本流路線からの転換が容易ならざる民衆的抵抗に遭遇するであろうことを理解しないものはいないであろう。
改憲のための「国民的合意」すなわち、自社公民の挙国一致状況形成がこの戦後政治の最後の転換のための絶対的条件であることは骨の髄までしみこんだ理解であるだろう。
 国鉄解体がそうであったように、戦後政治の総決算の仕上げは、まさに自社公民の共同歩調の形成なしにはありえない。そのための手法が、過程が、小選挙区制度導入による強行手段であるか、それとも別の形での総与党体制へのソフトランディングの模索であるかにかかわりなく、自社公民合意形成が当面の環でありつづけていることは変わらない。
 PKO法案はそうした意味でまさに突破口としての意味を満たしている。昨年廃案となった国連協力法案よりもはるかに踏み込んだPKO協力法案に対して、公明党が推進し、また社会党内部にPKO協力・自衛隊派遣支持勢力が公然と台頭したことの意味は大きい。
 土井委員長退陣が、湾岸戦争への協力か否かをめぐる争点からもたらされたという事実が、社会党内のPKO法案への支持傾向を浮上させた。だが、この事実は同時に、社会党が全党をまきこんだ再編の過程に投げ込まれたことでもあった。
 PKO支持か反対かは、すなわち改憲に対する基本態度の分岐の先行表示ともなった。現在、社会党は社民連をふくんで、大政治的再編のきざしを明瞭にしている。もはや旧来の左派・右派の区分ではくくれない再編が、田辺対上田の委員長選挙をとおして姿を表した。田辺執行部が非軍事・文民という対案をまとめても、現実の運動の支えである労働組合の連合は無視の態度であり、むしろ民社―社会党横断の議員連盟形成に動くなど、社会党議員への「しめつけ」を追求している。
 社会党議員集団の一部が、公然と九・二五集会に登場し、国会請願行動を受け付けたことは、総評センター系列に多大な衝撃を与えたことは疑いえない。九・二五の成功は、民衆の結集の場、意志表示の場が新しく生み出されつつあることを示すものであった。 社会党・総評センター・護憲・原水禁というなつかしい姿の集会が十一・一四に急きょ呼びかけられたことは、まさに九・二五集会成功と十一・二〇への精力的なうねりがつくりだした政治的圧力によるものであるだろう。
現在、社会党において、改憲阻止への派閥横断的意志の結集の力と、連合の圧力、しめつけとがせめぎあいをはじめている。連合の力が社会党の多数を影響下におくという事態が全面化すれば、それは国鉄解体・国労解体を実現した自社公民体制の再現となり、改憲論への歯止めが一挙にとりはずされることとなりかねない。
 十一・二〇集会の大成功とその全国闘争への転化が決定的に重要な政治的核心点となっているのである。

国連中心主義の虚構

 湾岸戦争を契機とする「世論の変化」に切り込む必要はますます高くなった。現時点で声高い、国連中心主義を媒介とする国際貢献論は、ソ連・東欧圏崩壊からソ連そのものの解体へと突き進む大変動のなかで、国連が七〇年代から八〇年代において少なからず示した第三世界諸国の優勢的影響力から、明らかにP5(安保理常任理事国)という姿をとったアメリカ帝国主義主導のものへと変化した事実を無視している。
 国連は現時点では、ただアメリカ帝国主義の利害の観点から利用されているにすぎない。現に、アメリカは湾岸戦争においてP5決議を利用しただけであり、実際の戦争は自己の欲しいままの多国籍軍として行った。さらに鳴りもの入りで開催された中東和平会議では、国連はたんなる傍聴者であるにすぎない。
 たしかにカンボジア問題が示すように、安保理のP5が相互に駆け引きを行い、その分だけアメリカ帝国主義にとってのわずらわしさが増幅するという側面はある。にもかかわらず、P5にいるソ連と中国がアメリカおよびイギリス、フランスの西側勢力代表と対抗できる政治的、経済的力を有しているとはもはや言えない。いや、そうは言えないからこそ、アメリカ帝国主義の国連への「復帰」があったのである。アメリカがとりわけレーガン政権の時代に国連から遠ざかっていたことを想起する必要がある。
 アメリカは現在、国連を最大限に利用し、そうした上で無視するのだ。現局面ではそれに対抗する力は見えてはいない。そして対抗する力が再度形成されるものとするならば、それは世界の民衆の力の結合という水路を通る以外にはないであろう。
 したがって、現在の世界構造と国連のありようからすれば、国連中心主義としての国際貢献論のもつ客観的性格は、現世界がもつ諸矛盾をアメリカ帝国主義の利害にそって整理し、あるいは抑圧するという役割に直結するものであることが明らかなのである。
 全世界がアメリカ帝国主義あるいはヨーロッパと日本をふくんだいわゆる西側諸国の政治的、経済的、そして軍事的ヘゲモニーを一定程度承認せざるをえない局面におかれている。
 とりわけ経済的な圧力は、ソ連および中国をふくめた非帝国主義各国を万力のように締め上げている。P5の内部での力関係は決定的に変化したのだ。
 もはや国連に判断を委ねるという姿の、ストレートでナイーブな国連中心主義の立場に立つことは不可能なのである。
 日本民衆が、自ら国際的な民衆の横のつながり、連帯の道をさぐり、国連のあるべき姿を求めることが要求される時代が始まったのだ。

世界の民衆と結んで

 東西冷戦構造の解体以降の世界に対して、国連のもとでの国際的平和構造が形成されるであろうとの期待感が幅広くつくられたことは事実である。だが、同時にこうした期待感は、アメリカ帝国主義の軍事力の全面的発動による平和と秩序に直結したという事実によって、裏切られた。社会党内部に登場した国際貢献論者は以上の点をあえて無視していると言わなければならない。
 アメリカ帝国主義は、確かに対ソ軍事力の維持の必要性については、そうではないことを表明した。米ソ両国の核兵器削減の動きはそうした文脈において語られた。だが同時にアメリカ帝国主義は、前方展開戦略の維持を公然としている。この戦略の主要な対象地域は、アジアであり、中東とされており、アメリカ帝国主義による世界秩序形成のテコとして前方展開戦略が維持されるのである。まさに日本自衛隊(軍隊)がこのような時期において、海外派兵を具体化するとすれば、それはアジアの各国がすでに多大な懸念を表明しているように、それはアメリカの戦略の一部を担うという姿をとった、日本軍隊のアジアの帝国主義的秩序形成の行動の始まりになるにほかならない。
 非武装・非戦力国家という戦後憲法条項に対する広範な民衆的合意は、新日本国家の帝国主義的展開を阻止するという、あらためての認識・合意として、いまこそとりあげられ、民衆的なものとして確認される必要がある。
 こうした新たな合意形成を推進する水路を通じて、アメリカ主導の世界秩序に対抗する世界の民衆の平和への闘いに積極的に加わっていく道筋も見えてくるであろう。
 十一・二〇集会に全国から結集しつつ、全国で広範な統一行動をつくりだそう。
 すでに静岡の共同行動は、十一・二〇を前後する全国統一行動の呼びかけを検討しているし、大阪では、十九日に集会、二〇日の上京団派遣の連続行動の組織化に入っている。また東京でも各地区共闘の活動が積み重ねられ、十一・二〇への結集が取り組まれている。
 十一・二〇、日比谷へ。

●「つぶせPKO法案、生かせ憲法九条 十一・二〇全国集会」
●十一月二〇日(水)午後六時〜八時 集会後デモ
●日比谷野外音楽堂
●連絡先
 大久保青志都会議員事務所/日本はこれでいいのか市民連合/斉藤一雄衆院議員事務所/田英夫参議院議員事務所 

自治・連帯・共生の社会主義をめざす政治連合(準)
PKO反対のアピールと討論集会の開催へ


 自治・連帯・共生の社会主義をめざす政治連合準備会は、十月下旬に開催した第二回準備会で、PKO法案反対のアピール(別掲)を確認するとともに、「国際貢献論」を多角的に検討・討論する場を設定することを決めた。
 討論集会は、十一月二十一日午後六時、総評会館で、名称は「どうするPKO―どうみる国際貢献」。参加費五百円。
 集会内容は、カンボジア報告としてJVC(国際ボランティア委員会)からの報告ほか、「非軍事文民路線」の立場や市民の国際貢献論の立場など、複眼的な提起を予定し、紋切り型の公式論ですましてしまいがちなPKO反対論にとどまらず、社会主義をめざす立場から視点を掘り下げようとするもの。
 例えば、九条「護憲」論の是非、国連への視点―脱退なのか、再編なのか、など、政治連合として問われる課題に接近しようというものである。     
  
アピール
PKO法案を廃案へ!
自衛隊海外派兵を阻止しよう

 自治・連帯・共生の社会主義をめざす政治連合(準)

 十一月五日に招集予定の臨時国会で、自民党政府は継続審議となっている「国連平和維持活動協力法案」(PKO法案)と「国際緊急援助隊法案」改悪案を成立さえようと躍起になっている。十月十四日のサンケイ新聞夕刊によれば、政府は同日までに次の臨時国会での法案審議への答弁用に「基本的考え方」をまとめた。その中で、アジア諸国のPKO法案への「懸念」に対しては、「懸念」を理由にして「消極的な協力しかできないのでは、国の命運や将来を前向きに切り開いていくことにはならない」「世界の多くの国々、人々が挺身している世界平和のための仕事に参加しないとしたら、それこそ驕慢で利己的な大国主義だといわれる」と法案成立のためのなみなみならぬ決意を披瀝している。
 PKO法案が、「武力行使」と「武器使用」は別などとの詭弁をもてあそびつつ、違憲の自衛隊を「海外の紛争」に武力介入させようとする公然たる自衛隊派兵法案であることは言うまでもない。平和維持軍(PKF)への自衛隊派遣は、自民党小沢調査会の答申原案にも見られるように、将来における国連軍や多国籍軍への参加の突破口であり、「武力による国際平和」に自衛隊が参画していく道を開くものである。
 そして、この「国連」の権威を振りかざした「平和」とは、ブッシュ米大統領が主唱した「世界新秩序」によって、ポスト冷戦後の「地域紛争」や民衆の解放闘争を大国が共同鎮圧する体制にほかならない。第三世界を中心とした民衆の多数にとって、「新秩序」とは自らを貧困と飢えに縛りつけ、生活、環境、文化の取り返しのつかない破壊をもたらしている多国籍資本の支配の永続化を意味している。
 一方、社会党をはじめとする野党、労働組合等の平和運動は、反対運動の組織化において低調であるばかりか、「国際貢献」の名においてこの海外派兵に迎合する傾向をも作りだしてしまった。この戦後「護憲平和運動」のかつてないほどの危機に際して、われわれは「戦後平和運動」が抱えていた問題点を総括し、侵略戦争と植民地支配の責任をも果たしていない日本国家の現状を見つめ直しながら、アジアや全世界の民衆と結び付いた海外派兵阻止の運動を築き上げていかなければならない。
 十一月二十日には、九月二十五日にひきつづき広範なPKO法案反対の集会が予定されている。われわれはこの日を中心に全国各地で、平和と国際連帯を求める人々の声に依拠したPKO法案廃案の運動を作りだしていく。
 PKO法案を廃案に追い込むため、国会内外の力を結集し、さらに全国で奮闘しよう。
 一九九一年十月二十七日
十・一九反戦・反核集会に三百人結集

 十月十九日、東京総評会館にて 91反戦反核東京集会が開催された。集会は八月の広島集会と呼応する東京集会実行委員会が主催したもので、広島集会実行委員会の松江澄さんらも参加した実行委員会を積み重ねながら準備されてきたものである。ピースサイクル運動や広範な独立左派の各派も構成団体に入った、反戦・反核運動を主体的に再構築していこうとする意志の結集の場である。
 集会は、実行委員会の西田理さんが経過および基調を提起し、各界・各地の運動からの提起と報告を受け、衆議院議員の長谷百合子さんの国会報告があり、しめくくりとして東京全労協の池田さんから、特別アピールとして十一・二〇集会への結集が呼びかけられた。
 各戦線、各地からの報告には、とりわけNEPAの会の服部さんの報告に見られるように、従来型の公式的運動にとらわれない大胆な試みが示されるなど、各地での取り組みが創意をこらして作られていることを実感させれるものが多かった。
 NEPAの会の報告は、アメリカの環境保護法NEPAを利用して、横須賀基地のNEPA違反を告発し、ワシントン地裁に国防長官、海軍長官を訴えたもので、多くの米軍基地を抱える国々からの反響があるというものであった。
 集会に先立ち、討論集会が開かれ、約六〇人の参加のもと、星野安三郎さん、松江澄さん、吉田嘉清さん、前野良さんらがパネラーとなってPKOによる国際貢献論に対抗する視点を討論した。
「日本をどうする」――日米開戦50年・ソ連邦解体0年――
  フォーラム90s第二回フォーラム・総会開催へ

 フォーラム90sの第二回フォーラムと総会が総会が十二月七(土)〜八日(日)の両日、東京の豊島公会堂をメーン会場として開催される。 
 第一日の七日は午後いっぱいを使っての全体集会と夜の懇親会が予定され、第二日の八日は、分科会および一九九一年総会が予定されている。
 集会内容は、統一テーマ「日本をどうする―日米開戦50年・ソ連解体0年」で、記念講演として、鶴見俊輔さんの「日米開戦50年の現在」のあと、第一セッション「アフターフォーディズムと日本」、第二セッション「地域から世界が見える」、第三セッション「憲法・PKO・アジア」がそれぞれ提起と自由討論の形式で行われる。
 第二日の分科会は、三会場に分散するが、全部で12の分科会および一つの映画と討論が準備されている。
 分科会と映画と討論の内容は以下のとおり。
 @日米安保とアジア、Aソ連はどこへ、B社会主義崩壊と社会民主主義、C地域・農業・協同組合・フェミニズム、D日本民衆思想史、Eいま甦えるルカーチの存在論、F労働運動と社会主義、Gオリンピックと天皇制、H弾左衛門制度と賎民文化、Iアフターフォーディズムと日本、JME化・情報化・ミリテク化の歴史的意味を問う、K現代史の中のグラムシ。
 ●映画と討論―朝鮮人「従軍慰安婦」から現代ニッポンを照射する。

日程
十二月七日(土)
 正午開場・受付開始
□全体集会
 午後〇時半開会〜午後七時閉会
 豊島公会堂(東京・池袋東口)
□懇親会
 午後七時半〜九時
 日本キリスト教会館(地下鉄早稲田)
十二月八日
 午前九時半開場・各受付開始
□分科会
 午前十時〜午後二時
 豊島勤労福祉会館(池袋西口)
 豊島区民センター(豊島公会堂隣)
 文京区民センター(地下鉄春日)
□フォーラム90s総会
 午後三時開会〜六時閉会
 豊島公会堂
参加費は前売り二千円、当日二千五百円。
 前売り券は「労働者の力」社でも扱っています。

トロツキー研究所
              設立記念講演会を開催

 トロツキー研究所設立記念講演会が十月十九日、東京・神田に約五〇人が集まって行われた。テーマは「ソ連におけるトロツキー研究の現状」であった。
 最初に同研究所の所長である塩川喜信さんが、昨年のトロツキーシンポジウムからの経緯と情勢の変動について述べ、今後も研究会と会報の発行を二本柱として活動を継続していきたいとあいさつをした。
 記念講演は、藤井一行さんの「ソ連におけるトロツキー研究の最近の動向」と藤本和貴夫さんの「ソ連軍内部における最近のトロツキー評価について」の二つであった。
 藤井さんは、今年の五月から七月までソ連に滞在した経験を中心に、トロツキーの著作自体の刊行、歴史資料の公開、専門的な個別研究の三つの側面からトロツキー研究の現状を報告した。すでに数多くのトロツキーの著作が刊行されており、さらに「ロシア革命史」や「革命はいかに武装されたか」などの近刊が予告されているという。
 藤本さんは、ソ連軍内部でのトロツキー評価の状況を一九八八年ころから紹介した。ここでも、ほかの部門と同様にトロツキーを積極的に評価する傾向と、従来のでたらめな批判とは違うトロツキーをむしろスターリンの「母型」とする傾向の存在を報告した。
 第二回の研究会は、十二月十四日午後六時から東京の神田学士会館で行われる。テーマは「社会主義と組織問題――トロツキーとローザ」、左近毅さんが「トロツキーの組織論」を、伊藤成彦さんが「ローザの組織論」を報告する予定である。
 なお、同研究所の会報、「トロツキー研究」創刊号が発行され、好評発売中である。
 特集としてローザ・ルクセンブルクをとりあげ、トロツキーによる本邦初訳の「カール・リープクネヒトとローザ・ルクセンブルク」「ローザ・ルクセンブルクへの中傷をやめよ」「民族と経済」、そのほか、これも本邦初訳の「N・V・ゴーゴリについて」(トロツキー)、「誰がレーニンの布告を書いたのか」(イーゴリ・スタードニク)、「トロツキー研究所の設立にあたって」(ウラジミール・ビリク)が掲載されている。定価は一〇三〇円。
第四インターナショナルの
           ソ連・東欧基金にご協力をお願いします
 第四インターナショナルは、本年初めに開催した第13回世界大会で、ソ連・東欧基金を設け、それを一元的に運用することによって第四インターナショナルとしてのソ連・東欧活動を統一的に展開することを決定しました。各支部や支持組織で集めた資金を有効に活用することが、その目的の中心です。具体的な活動としては、ソ連・東欧の活動家たちとの交流、ロシア語をはじめとするソ連・東欧圏での現地の言葉による機関誌、インターナショナル・ビューポイント誌の発行などが計画され、すでに一部は実行されています。
 私たち、国際主義労働者全国協議会は、第四インターナショナルの構成組織ではありませんが、現在のソ連・東欧における第四インターナショナルの活動の重要性を考えて、この基金にささやかであれ貢献しています。年末にも、この基金への貢献を行おうとしています。
 皆様のソ連・東欧基金へのご協力をお願いいたします。

論点
もはや連邦は存在せず、だが共同体も形成されていない
モスクワニュース紙一九九一年十月十三日(40号)

 ソ連は、スターリンの設計の欠点を克服できないままに、解体に向かっている。苦痛に満ちた政治的過程が最近、タジクスタンやモルドヴァで目撃されたように、すべての共和国で進行している。ロシアは現在、この連邦の解体過程での自らの役割を探しつづけている。いかなる種類の自由が、各共和国に、そしてソ連に住むわれわれすべてを待ちかまえているのだろうか。

 エリツィンのロシアは生き延びられるか
                          アンドラニク・ミグラニヤン

クレムリンの祝福なく

 今日、ロシアの特別の役割とは何か。ロシアは、自らをメトロポリスとすると同時に、これまでの帝国が崩壊している中で安定を維持するために尽くさなければならない。自らのそれをも含む離婚の調停者としての役割を果たさなければならない。
 ソ連の急速な崩壊は、帝国の改革の提唱者だけでなく、最も無情なその破壊者をも驚かせている。この過程は、遠心傾向というよりもむしろ一種の爆発であった。今日、地方の当局者は、全連邦財産の略奪をはじめており、他方、自治区や少数民族は新しい主権共和国への同化を阻止すべく独自の動きを開始している。
 様々な地域の民族紛争はただ、それが冷戦(ロシア共和国やウクライナ、バルト三国のように)か、それとも完全な武力紛争(アゼルバイジャン、グルジア、モルドヴァ)の形をとるのかの違いしかない。
 中央アジアでのそれぞれが独立した事態は、全体主義体制の解体によってその爆発が妨げられ、民族主義者のみならず民主派の動きも封じられているだけである。しばらくの間、そうした政治は、中央アジアでの民族紛争や分裂を妨げてきていた。しかし連邦の崩壊という事態は、この地域に爆発的な状況をもたらしている。中央アジア各指導者の極度に神経質で熱狂的な行動も偶然ではない。もし彼らが力で民族紛争を抑さえつけようとすると、自らの正統性主張の根拠を失うだろう。過去には、この正統性に根拠を与えるために、クレムリンの祝福が利用されていた。また、民族紛争の燃えさしが中央アジアや全国で再び燃え上がるだろう。
 
メトロポリスは責任を引き受ける

 現在、焦点になっている問題は、全連邦構造が崩壊する中で生き延びてきたメカニズムが緊迫している爆発を阻止できる助けになるかどうかである。できないと思う。爆発を阻止するためには、中央政府の構造では明らかに不可能な、強力で権威ある行動が必要である。
 一揆(八月クーデター)を撃ち破った勢力は、慎重であり、破産した中央を救おうとするのはただ、権力を合法的に各共和国、なかんずくロシア共和国に移行しようとする場合である。
 決定は全連邦構造を通じてのみなされるという幻想から、われわれはうまく抜け出せるだろう。各共和国間や、前の連邦構成共和国とロシア共和国との間のすべての問題を二国間の交渉を基礎にしてただちに解決しようとするのは性急である。
 連邦の解体と、連邦が各共和国へと分解していく過程は、ロシアの若い民主主義の未来にとって明らかに重要な問題である。帝国の円滑な解体過程における仲介者の役割を果たすためには、ロシアは他の共和国がすでに行ったように、自らの歴史的、法的正統性を主張しなくてはならない。

瓦解よりも解体を

 ちなみに、イギリスとフランスのそれぞれの帝国が解体する過程で、イギリスとフランスが果たした役割は決定的であった。両国は、植民地権力が定めた国境は不可侵だとした。もちろん、イギリスとフランスの植民地は海外にあった。われわれの各共和国間の国境は、等しく独断的に決定されたものであるが、ソビエト帝国に居住する数百万の人々は一夜のうちに、この巨大な国においてお互いに外国人になるとは思ってもいなかった。
 だから、ロシア指導部が国境の問題を提出したのはおかしなことではなかった。帝国ロシアではなく民主的ロシアを相手にして交渉しなければならないということは、これまで連邦を構成してきた各共和国にとっては幸運である。
 ロシアは、カザフスタンやウクライナに居住するロシア人の運命や、これから分かれる各共和国の少数民族や自治区の運命に無関心ではいられない。たとえば、ウクライナで進行している政治過程が突然変化した場合、そこに居住するクリミア人がどのように行動するか予測できない。実際、もともとそこに居住していたのではない住民が異なった文化、言語、民族環境に閉じこめられた場合、彼らがどのように振舞うか誰にも分からない。
 この状況において、国境問題にあえて言及したエリツィンやその他のロシア指導者に対する激怒に満ちた抗議は、政治的にはまったくの半可通のよう思える。もちろん、こうした重大な問題を、当然にも憶測や噂を呼ぶような、正面切ったやり方でなく提出した彼らを非難できよう。
 国境問題に関する原則的な立場と行動綱領についての議論は、ロシアとソ連全体の両方で展開され、公開されなければならない。もしロシアがその他の共和国や自治区との関係を民主的に改善できなければ、ロシアの民主主義自体の将来も危ぶまれる。民族紛争がロシアでも拡大し、地域での政治闘争の火種となり、そうすれば不可避的に極端な民族主義者や排外主義者が権力の座につく道を切り開くことになる。
 結局、現在のロシアは、広大なユーラシア大陸で唯一最大の軍事的、政治的、経済的力としてあるようにみえる。この地域を政治的に安定させることは、当然にもロシアにかかっている。この役割が不愉快あるいはひどいものに思えようとも、大きな力は、この重みに耐えなければならない。
 ただ権威と真実の力のみが、ロシアを安定の保証人とすることができる。
 新しいロシアの指導部は、この帝国の残骸のただなかで民主的なロシアが生き延びるために何をなすべきなのか。
 権力の権威というものは、強力な指導部によって強化されなければならない。この永きにわたって管理が行われてこなかった帝国の少なくとも一部には、管理を行わなければならない。大統領の使者による地域行政府の形成は、この方向への第一歩である。現在、ロシアでつくられつつある執行権力は、まさにゴルバチョフが要求し、人民代議員会議と最高ソビエトがそれを拒否した当のものに他ならない。
 ロシアは、自治区や少数民族との関係の新しい在り方を見つけださなければならない。ロシアは、自治区や少数民族に最大限の政治的、経済的独立を保障することによって、他の共和国と交渉するに際しての道義的な権威を高めることができる。
 ロシアの仲介によって最も非和解的な民族紛争も、説得による解決が可能であるかもしれない。このことのみが、新たな緊張の温床が再び出現するのを阻止できるであろう。

アメリカのイニシアティブによる核軍縮
モスクワニュース紙一九九一年十月十三日(40号)


 軍縮問題の専門家として私は、アメリカの新しい核軍縮のイニシアティブを歓迎するにやぶさかでない。これは疑いもなく、ブッシュの有能なチームによる仕事の結果である。このイニシアティブの発揮は、特に次の点で印象的である。明確な言葉で表現され、それゆえに誰もが理解できるものであることである。これはまた、無私の気配さえある。軍縮のイニシアティブをアメリカがとったように見える。
 しかし私は、不確かな既視(実際にははじめて見ることなのにすでに見た経験があると思う錯覚)の感覚をもたざるをえない。アメリカ大統領が実際に提唱している内容を調べてみよう。
 彼は、核の砲弾と短距離ミサイルの核弾頭の破棄を主張する。だが、われわれソ連の側はこれまで、ブッシュ大統領が言及していない航空機によるものを含め、すべての短距離核兵器に関する交渉の開始を提唱してきた。ソ連軍(西側短距離核兵器の目標)が東欧から撤退したために、短距離核兵器は軍事的にも政治的にも東西間で不均衡になった。これらの兵器を現在の位置にそのまま残すことは、アメリカにとって歓迎すべからざる、脱社会主義の東欧民主社会との関係での摩擦をもたらすことになろう。
 ブッシュはまた、アメリカ海軍の非戦略核兵器の破棄を発表した。しかしゴルバチョフはすでに二年前に、これと同じ内容を相互に厳密に確証するステップとして提案している。アメリカの国防戦略を分析する人々は、アメリカがずっと以前からこれらの兵器の移動の必要性を認め、海軍兵力を非戦略兵器で再装備してきたことを知っている(彼らの分析では、核兵器で海上戦に勝利することはできないからである)。
 アメリカの戦略兵器に関する決定を検証しよう。アメリカは、新しい米ソ関係を象徴する行為として、長距離爆撃機を警戒体制から解除するという。同時にアメリカは、アメリの措置への応答として、可動式大陸間弾道弾を固定配置にするように呼びかけている。これは実際的には、可動式大陸間弾道弾の配備を無意味にする。というのは、これによって可動式大陸間弾道弾がアメリカの先制攻撃に対して脆弱になるからである。しかし、この点は、アメリカの戦略的安定性概念にそぐわないし、また来る米ソの戦略攻撃兵器に関する交渉の議題にもならないであろう。
 こうしたアメリカの大陸間弾道弾を警戒体制から解除するというような措置を信じることは不可能である。というのは、これらのミサイルはすでに、START(いずれにしろ時代遅れのミニットマン2はスクラップされることになっている)で廃止されることになっているか、あるいは軌道移動の大陸間弾道弾配備計画は一切中止されることになっているからである。ずっと前から鉄道搭載のミサイル配備の考え自体は、軍事的、技術的に実現不可能と考えられ、政治的には実行不可能とみなされていたのである。ソ連は、この考えを一年前に放棄していた。
 ソ連に対するアメリカの一切のミサイル近代化の制限とすべての多弾頭ミサイルの相互削除の呼びかけは、ソ連の戦略兵力の中核を基本的になくすことになろう。
 と同時にアメリカの提案は、戦略兵器の三つ組(ICBM、SLBM、長距離爆撃機)の他の構成要素やアメリカが圧倒的に優勢である潜水艦搭載ミサイルについては一言もふれていない。
 さらにブッシュは、B2戦略爆撃機とSDIの開発をはじめとするアメリカの最新の計画続行を明白にしてる。
 私は、これらすべての点から、アメリカの今回の新しい提案は利他主義、本来的なものからほど遠いと考える。
 それにもかかわらず、これは前例のない前向きの第一歩である。ソ連にアメリカの「戦略兵器思考」を接き木しようとするおなじみの試みを無視するならば、第二次世界大戦後期においてはじめて、アメリカが伝統的な米ソ対決モデルの「世界」を超越したことを認めなければならない。その世界にあっては、一方の側の核兵器削減の具体的な措置は他方の側の対応する措置につながっていた。しかし今回、ジョージ・ブッシュが発表した措置の多くは、一方的なものであり、いかなる前提条件もつけられていない。つい最近まで双方は、時代遅れの兵器システムを交渉の材料とすべく保持しようとし、これが交渉の前進を遅らせてきたのであるが。
 このイニシアティブをとったアメリカ政権の動機をそれぞれ査定できる。アメリカの国家財政の赤字があるし、一九九二年大統領選挙前に「ごますりでもらう点数」をあげたいというブッシュの願望があるし、あるいはソ連の核兵器分散によって生じるかもしれない危険への恐れがある。しかし、アメリカの最新の提案は、世界で現実に起きている変化を反映しており、この変化はこれまでの軍事対決パターンを無意味にしているのである。アメリカ大統領の側のイニシアティブは、われわれの側の積極的な対応を要求している。
 セルゲイ・コルツノフ

ユーゴスラビアの危機に関する社会主義的立場

 以下の文書は、トロツキストの国際組織である第四インターナショナルの統一書記局が十月に行った会議で採択したユーゴスラビアの危機に関する決議である(インターナショナル・ビューポイント誌)。

 第四インターナショナルは次のような立場をとる。
●クロアチアの主権に対する侵略的な戦争を非難し、ヨーロッパ共同体(EC)などが実行している武器禁輸措置の偽善を非難する。この措置は、侵略者とその犠牲者とを区別せず、この戦争に関係している武装勢力間の不平等を無視している。
●民族諸国家の連邦制を支持する。こうした連邦制は、力で強制することはできないし、また大セルビア主義がセルビア国内で支配的であるかぎり不可能である。セルビアの民族主義とその他の共和国の民族主義とを区別する必要がある。なぜならば、セルビア軍が事実上、ユーゴスラビア軍となりつつあるからである。
●自決権、すなわち、この場合は独立の権利を支持し、軍事干渉に反対する。民族自決の結果として生まれる体制の社会的な性格に関する一切の前提条件なしに、われわれは支持する。そして、この権利は普遍化されなければならず、各共和国内の少数民族の反対を無視して強制されてはならない。ボスニア・ヘルツェゴビナのような諸民族が混在する地域では、「単一民族」国家を樹立しようとすることは、根本的に反動的である。
 永続的な戦争をなくす真実の道は、国境を消滅させ、それぞれの共和国内に点在する少数民族の権利を拡大し、バルカンおよびヨーロッパ規模の結合をつくり出すことにある。
 主権とは、民族的諸権利の全面的な実現であり、IMF(国際通貨基金)が強制する社会的、経済的システムあるいは排外主義とは反対のものである。
●紛争当事者の一方に対する外国の軍事干渉に反対する。紛争の解決策は、それに直接関係する人民だけが提出しうる。外国の軍事力を派遣することは、大セルビア戦線を形成することにしかならない。外国の軍事力は、「平和維持の役割」だけに限定されることはないだろう。そうした行動は、セルビアが占領した「自治区」の問題のような政治的選択に直面することになる。

●すべての紛争地域からの軍隊の撤退を呼びかけ、これらの地域での干渉行為を拒否する将官や兵士を支持する。大セルビア同盟を解体する闘いを支持し、セルビア人兵士の戦線離脱と離脱者の防衛を訴える。クロアチア住民が自らの地域を防衛するための政治的動員を呼びかけ、同様にクロアチア内のセルビア民族少数派をクロアチア人の主権承認に結集させるための闘いを訴える。

●主権というものに深く関心をもつすべての勢力に対して、統一し、連邦諸機構におけるそれぞれの立場を利用し、戦争を中止し、すべての少数民族――ユーゴスラビアの将来に対する彼らの立場がいかなるものであれ――を防衛するよう訴える。それゆえに、われわれは、メディアの排外主義的な操作に反対し、戦争に反対する市民のイニシアティブを強化しようとしているすべての共和国における反戦運動を支持する。
(インターナショナル・ビューポイント誌10月28日号)