1991年12月10日        労働者の力             第28号

JR東日本――社員に四四億円分の旅行券配布
鉄道産業労組の三九人、抗議し返還


 鉄道産業労組(本部・仙台市、渡辺公治委員長)は十月十六日、JR東日本が配布した旅行券に対して組合員三十九人分の返還を申し入れた。
 十月一日、JR東日本は民営化後、目標を上回る黒字業績を上げたことを理由に、全社員と出向社員合わせて約八万人に対して、旅行券(一人五万五千円相当)を配布した。旅行券は社員と家族が乗車券やJR関連の宿泊施設で使用できるもので、一枚千円券が五十五枚組になったもので、総計は四十四億円にのぼる。

「声明」――資料

 ……我々は、九月十三日、会社に対し、組織発二号をもって組合の基本的な考え方(記念品の配布に関する問題について)を提示して来たところである。
 そのおもな内容は、
 1、会社の発足は、イ、国民各層に多額の負担を強要したこと。ロ、国鉄の分割・民営化攻撃の中で約十万人の国鉄労働者が職場を追われかつ百名以上の国鉄労働者が悩み、苦しみ、抗議しながら自殺していったこと。ハ、一万人以上の国鉄労働者が差別・選別され清算事業団に送られ、昨年三月末一〇四七名が一方的に二度目の解雇がなされたこと。
 2、「黒字経営」の実態は、上記の内容と合わせ、劣悪な労働条件、無料奉仕(増収活動・QC活動)、ボーナスのカット、OBへの福祉の切り捨て等である。
 3、さらに加えて、経営の基礎であり利用者にたいする最大のサービスとも言える安全輸送が営利第一主義にとって変わられ、その結果東中野駅の追突事故や信楽鉄道の正面衝突事故などの重大事故が多発していること。
 4、所属労組の違いによる強制配転、出向、賃金差別などの不当労働行為が今なお続けられていること。
 まさに「所期の計画を上回る業績を上げることができた」のはこのような多くの犠牲と安全軽視、労組差別の結果であり決して「意欲ある社員の懸命な努力」のみではない。
 したがって、我々は会社に対し……趣旨そのものの再考を再度強く求めた。
 これに対し会社側の回答は「前回と変わらない」と言うことであった。
 我々は、このような不遜な態度に終始する会社側に対し強く抗議するものである。

 一九九一年十月一六日
  鉄道産業労働組合

注目される左近毅さんのトロツキー組織論の分析
トロツキー研究所第二回研究会に参加しよう


 トロツキー研究所が主催するトロツキー研究会の第二回は、来る十二月十四日(土)午後六時から東京神田の学士会館で開かれる。参加費は一〇〇〇円。
 第二回研究会は、大阪市立大学の左近毅さんが「トロツキーの組織論」を、中央大学の伊東成彦さんが「ローザの組織論」を報告する予定である。
伊東さんの報告は、先日開かれた国際ローザシンポ(好評をもって迎えられた)を踏まえつつ、ロシア革命批判として展開されたローザの見解の今日的意味を問いかける提起として注目される。
 左近さんの提起は、左近さんが藤井一行さんと共訳で大村書店から出版した『われわれの政治的課題』のあとがきで展開されているトロツキー組織論の積極的意味を解明することに向けられよう。
 ローザにせよトロツキーの初期の労作にせよ、レーニンの中央集権的(民主主義)論と論争・対立した、いわばレーニン主義の陣営からは「異端」扱いされきた歴史をもっている。しかしながら、レーニン主義やボルシェビズムあるいはコミンテルン型の体系そのものが全般的な見直しの必要性に直面している現在、第二インターナショナルの内部論争が生み出した諸見解そのものにたちかえった検討がなされるべきであろう。
 トロツキズムの公式的世界においては、とりわけドイッチャーなどの作業にも示されているが、レーニンと対立したトロツキーの組織論を否定的に理解し、レーニン組織論へのトロツキーの「屈服」の「正しさ」とその後のレーニン主義の正統な継承者という役割を描き出そうと努めてきた。トロツキー自身、スターリン主義との闘争を通じて、自己がいかにレーニン主義と一体であり、その具現者であるかを立証することに多くの努力を費やした形跡がある。
 しかし同時に、トロツキーの著書やメモの断片さらには行間を通じて、レーニン組織論への若き日の批判の視点を擁護している箇所が散見されるという印象を与えていることも事実である。
 同時に今日、「戦争と革命」の時代としての二〇世紀の革命・組織論がそのままに適用しうるのかという問題意識もまた広範な共通了解事項でもあるだろう。
 さまざまな方面、角度からボルシェビズム組織論が掘り下げられる必要が出てきている。とりわけインターナショナルとしては、第一二回世界大会以降追究され、第一三回世界大会が挑戦した「組織のフェミニズム化」という課題「と照らし合わせるとき、レーニン主義あるいはそれと対立したローザ、トロツキーらの視点を教条から解き放たれた思考から検討することの意義は大きい。
 旧日本支部が組織の求心力を喪失していく過程は同時に組織概念すなわち民主集中制理解の分解・分裂に集約されたのである。組織の「フェミニズム化」に対しても、まさに民主集中制論理の問題として正面から向き合うのでなければ、それは技術的な、形式だけの取入れに終るであろう。
 旧日本支部の組織=男性組織が女性差別問題に対処できなかったばかりではなく、自ら分解・分裂を遂げた過程の対象化の鍵は、なによりも組織論の理解の仕方の分解に求められるからである。
 PKO法案を廃案へ
十一・二〇集会に全国から結集

 十一月二十日の夜、東京日比谷野音には、秋の終わりを告知するかのような冷たい風に抗して全国から五千人をこえる人々が集まった。
 集会は、司会が社会党都議の大久保さんと三井さん。斉藤一雄社会党衆院議員の国会報告に始まり、田英夫参議院議員の報告、自治労都職など各地の労組からの代表発言、市民グループ、逗子の沢市議からの池子の森を守る運動、津田塾大学のダグラス・ラミス教授、衆院議員の長谷ゆりこさん、社会党副書記長の小沢衆院議員らが報告・アピールを行った。
 さらに参加した国会議員が紹介され、国労闘争団が団結ガンバローを行った後、東京駅八重洲口までのデモに移った。
 会場には、労働組合隊列、市民隊列、地域共同行動の隊列などにまじって、日本自衛隊の公然たる海外派兵を強行するためのPKO協力法案が、二十七日にも衆院で採決されるという情勢に対する危機意識を抱いた、宮城や静岡など全国各地からの参加者が最近になく人目をひいた。
 九・二五集会に引き続く十一・二〇集会への準備は、前号既報のように、社会党と総評センターの構造に大きなインパクトを与えた。社会党と総評センターは、護憲・原水禁と共に大衆集会を十一・一四に企画した。これは春の段階で集会が中止されたことと較べれば格段の力の入った取り組みである。直前になって総評センターは、全電通・全逓の強硬な反対によって参加をとりやめ、社会党単独集会(約五千人)になったが、九・二五から十一・二〇への運動が社会党に大きな影響と圧力となった。
 PKO法案廃案へは、全国的運動の拡大こそが鍵である。(K)
民衆にとって国際貢献とはなにか?

             ――社会主義をめざす政治連合(準)が討論会


 十一月二十一日夜、東京総評会館にて、社会主義をめざす政治連合準備会が、「どうするPKO? どう見る国際貢献?」と題する討論集会を開いた。参加者は約五十人。
 集会パネラーは、JVC(日本国際ボランティアセンター)のメンバーでカンボジアで活動してきた清水俊弘さん、ピースネットの青山正さん、労働運動研究所の柴山健太郎さん、反戦平和運動研究会の池田五律さん。
 司会者から集会の趣旨説明があり、続いて清水さんから順に報告がなされた。報告のあと会場からの質疑と意見表明、パネラーの側からの見解表明が行われた。時間の制約があり、討論はいささか入口にとどまった感があったが、会場からの発言者同士の論争もまじえ、活発な集会となった。
 討論の焦点は、「国際貢献」をいかに捉えるかであった。社会党の松原代議士の自衛隊による国際貢献論が公にされた直後でもあり、いわゆる冷戦終了後の世界における国際連帯活動をどうみるのか、国連の役割をどうみるのか、あるいは世界的な「警察官」は必要なのか、などの論点に対して迫り、結論を持とうとする意識が反映された。
 冷戦=東西対立後の、しかも「社会主義の敗北」を否定できない現在、世界総体をいかに捉え、そこに社会主義の展望をどう組み立てていけるのかを問題意識とする社会主義をめざす政治連合準備会の始めての討論集会にふさわしい討論方向であったといえる。詳細は政治連合のニュースレター3号(一月発行予定)に収録される。
参院でPKO法案の廃案を!
 衆院強行採決を許さず、さらに大衆運動を拡大しよう

 政府自民党と公明党は自らが行ったPKO協力法案の衆院委員会強行採決への反発の強さにたじろいだ。公明党の内部動揺がはじまり、強行採決の直後という時期もあいまって公明党大会は執行部批判が渦巻いた。
 「盟友」の民社党の抵抗を押し切ってまで強行したことの結果は、自公民ブロックの解体の危機となり、「たかが一つの法案のために積み重ねてきた自公民ブロックを解体することはない」という小沢ら竹下派は宮沢執行部への批判を強めた。自民党は参院段階で民社党との修復をはかるための法案再修正を検討し始めたと伝えられる一方で、追いつめられた公明党執行部は法案の基本を変更することになる修正には応じられないとの態度を明らかにしている。
 PKOへの自衛隊派遣の大枠については一致しているにもかかわらず民社と公明が真っ向から対立している理由はさまざまとりざたされているが、表面的には「国会承認」を必要とするか否かの対立である。承認を必要としないという公明党の強硬な主張を攻撃することの利益を民社は、正しく見ている。
 いまや公明党は政治的危機を抱えこんでしまった。この党がなんのために存在しているのか、なにを目標にしているのか、党員の多くも疑問をいだかざるをえない局面になりつつあるといえる。
 自衛隊を派遣することの突破口をつくるためだけに焦点があるPKO協力法案は、まさに戦後国家の基本軸の変更の問題にほかならず、そこでは国会内の数の足し算だけの論理ではすすまない政治的緊張感がある。強引な突破をはかればそれだけ矛盾ときしみが拡大していく。執行部判断で路線の急転換をはかった公明党、そして前内閣からの荷物であり、小沢らの竹下派からの注文である法案成立をとにかくやってしまえという宮沢政権、この両者にとって強行採決は高くついた。
 法案の衆院採決の日程がずれこんだ結果、会期延長を重ねても日程的余裕はない。自公民ブロックの乱れは参院での審議に大きな障害となる可能性を増大させている。参院での法案廃案を要求する運動も高まっている。
 まさに矛盾だらけの法案の姿が日を追って明らかになりつつある。全国で闘いの輪をさらに強めよう。
 PKO法案を廃案へ。    (十二月二日)

決議 第四インターナショナル統一書記局
ソ連邦に関して
     一九九一年十月


 ここに掲載するのは、一九九一年十月に開かれた第四インターナショナル統一書記局で討論し、採択された決議である。この主題は、一九九一年八月のクーデターとそれに関わる情勢の分析、これから導かれる今後の展望、第四インターナショナルの任務と実現すべき理論的な課題――という広範囲なものである。われわれ国際主義労働者全国協議会の八月クーデターに関する態度はすでに本紙25号(九月号)に発表しているが、第四インターナショナル統一書記局のものとは、いくつかの点で違いが存在している。われわれがこれを掲載するのは、この問題をめぐる討論が第四インターナショナルの建設、第四インターナショナル日本支部の再建にとって、そして社会主義の再生にとって不可欠であると考えるからである。積極的な討論を行っていきたい。

 1

 八月十九日のクーデターの企ては、ソ連の支配的なノーメンクラツーラにとって信頼できる政治的な選択としてのペレストロイカの終焉を明白にした。ペレストロイカの破産は一年以上前から明らかであったし、親資本主義的な諸傾向はすでに攻勢に出ていた。クーデターの失敗は、ソ連内の被抑圧民族にとって、彼らにのしかかる連邦に対する闘いの重要な前進の幕開けになった。クーデターの失敗はまた、独裁を強制しようとする試みに対する大衆動員が勝利する可能性をも指し示した。他方、資本主義の復活に向かう力学は強化され、これを効果的に阻止しうるのは労働者階級の勝利のみである。クーデターとその政治的結論の国際的な結果は、唯一の超大国としてのアメリカ帝国主義の立場を再び確認したことである。アメリカ帝国主義は、この事実から利益をあげ、とりわけクレムリンに圧力をかけ、キューバや様々な地域における解放闘争に対する攻撃にソ連を協調させる点においてである。
 八月十九日の一揆は、官僚の「保守的」なネオスターリニスト派の国家機構の中枢部に対する支配を維持し、この間の事態(新連邦条約)に脅かされていた諸制度を防衛しようとする試みであった。一揆の指導者たちは、最高会議において同様な成果を収めようとすでに試みていたが、そこでは失敗していた。
 クーデターをめぐる状況の一部は、いまだ明らかではない。しかし、一揆の首謀者たちがゴルバチョフへのますますつのる不信とソビエト大衆の間における「強力な指導者」願望をあてにし、また同様に、彼らを支持する軍とKGBの規律正しさをあてにしていたと考えられる。こうした彼らの想定が誤りであることが明らかになった。ゴルバチョフの不人気にもかかわらず、人民大衆は、彼の追放は人民がどんなことがあったとしても望んではいない専制的な独裁制度復活の第一歩であるとみなしていた。その結果、主要都市の人民は、反クーデターに決起した。また、軍とKGBは、予測されていた以上にはるかに分裂していた。モスクワ軍管区の最も高度な技術を備えた軍、特に空軍はクーデター側を支持しなかった。これらの軍は、反クーデターの介入の脅威でさえあった。これらの条件の下で、クーデターはカルタの家のようにあっけなく崩壊した。一揆の社会的基盤は、それがいかなる形であれ成功を収めるにはあまりにも小さすぎた。
 クーデターは全面的に反動的であった。その目的は、より権威主義的な政権を樹立し、人民が事実上あるいは法律制度として享受していた民主的な自由を抑圧することであった。一揆勢力は、ストライキ権や労働者階級の諸組織をはじめとする政治的な結社の自由を停止することを望んでいた。彼らはまた、報道への統制を再び確立しようとした。その目標は、民営化(私有化)でもなく、帝国主義との協調でもなかった。
 百%一揆に反対しなければならなかった。大衆的なデモに参加し、それをさらに組織し、拡大する必要があった。反クーデターの抵抗側の一切の可能なネットワークを組織する必要があった。

 2

 勤労大衆の直接の利益を体現できるそれなりの政治勢力が不在の中で、反クーデターの勝利は、エリツィンの傾向や戦闘的な親資本主義潮流、「民主」派を水路とし、これらに収斂されていった。実際、クーデターが失敗し、官僚内の権力は「保守勢力」のみならず、ゴルバチョフの周囲に構築されていた「センター」からも離れ、移動していった。
 権力のこの移動は、人民権力ないし制度として確立された民主主義の確立を決して意味するものではない。これらは、一揆前と同様に、現在でも存在していない。エリツィン潮流の反動的な性格は非難されるべきである。これは、明らかに親資本主義的傾向を含むにとどまらない。この潮流は、明らかに権威主義的で、大衆扇動的な傾向を持っている。大統領制と、選出されたソビエト諸機関を犠牲にした執行機関の強化とは、明白にこの傾向を物語っている。
 エリツィンに相対的に人気があることは、彼が自らの出身機構と闘争したこと、ソ連共産党との決裂、社会経済的な諸側面では相互に矛盾している彼のデマゴギックな公約、ロシアをはじめとする各共和国の主権の承認などの事実によっている。しかし、このためにこそ、エリツィンへの支持は、実際の政治の中で確実に侵食され、彼は権威主義的な傾向を強めていくに違いない。

 3

 一揆撃退後の最も驚くべきエリツィンの行動は、ソ連共産党の活動停止とその中央構造の解体である。この党は、はるか以前にボルシェビキの党であることをやめてしまっていた。文字どおり一九三〇年代の粛清の中でスターリンによって清算されてしまった。あるいは、そうした一つの政党としての存在すらやめてしまっていた。ソ連共産党は、党―国家機構、すなわちその最上層部が莫大な物質的な特権を享受する権力機構に変質してしまった。それが一定の社会的な基盤を有しているとすれば、それは党員の共産主義あるいは社会主義との一体性のためというよりは、むしろ個人あるいはグループとしての保護、昇進を理由としてのことである。数百万の党員の間には、サッチャー主義から真正のマルクス主義に至る広範な政治的見解を見出しうる。
 この機構は、はるか昔に大衆から見た正統性を失った。最近の打撃は、この事実の承認を呼び起こすか、あるいは別に異なった印象を人々に与えはしなかった。これは、官僚機構の権力と特権を防衛する道具であった。しかしながら、われわれは、共産党の解体、その機関紙・誌の停止に反対する。そうした措置は、民主的な権利の蹂躙である。ソ連共産党に対してとられたこうした措置が、この党の歴史がゆえの、広範な大衆のこの党に対する憎しみを反映したものであることは、まさにその通りである。この党の国家機関や報道などに対する独占を撃ち破るためにとられた措置には、われわれは賛成である。しかし党が官僚機構を体現するという事実にもかかわらず、この党は、他の政党と同様に結社の自由や自らの刊行物を有する自由を持っている。われわれは、この党の政治的な敗北を望むが、しかし民主的な諸権利が保持されるべきものであるとすると、公然たる政治闘争の中で大衆がかちとるこの党の敗北でなければならない。
 にもかかわらず、ソ連共産党機構の効果的かつ全面的な解体の見解に立つ人がいるに違いない。事実、連邦それ自体の解体とともに、それを主要な基盤としていた連邦党の中央機構が主として打撃を受けてきたのである。いくつかの共和国の水準や、あるいはロシアの都市や地方でさえ、党の機構は存在しつづけ、特権を行使しつづけている。

 4

 連邦の解体とそれを非常にゆるやかな連合体に転形することは、一九九一年八月に生じた変化のうちで最も急激なものである。これは、抑圧的なセンターに対する正当な対応であり、一九二〇年代以降の以下のような重要な出来事によって蓄積された結果としての民族問題に関する力関係の表れである。すなわち、大ロシア排外主義、民族抑圧の様々な表れ、(ツアー時代よりも衝撃的ではないにしても)社会経済的な不平等、一定の民族、傾向に対する特にブレジネフ時代以降に強まった大規模な抑圧、各共和国における民族主義の支持を背景にし、かつそれを助長する民族官僚の出現、民族主義(いくつかの場所では原理主義として)の高揚にとって有利な非常に深いイデオロギー的、道義的な危機などがそれである。
 しかし連邦の解体は、深刻な問題を、とりわけ深い経済危機の関連において提起されている。ソ連邦は、単なる支配、強制、民族抑圧の構造ではない。それは、経済的な統合の単位であり、そこに地域的な分業を基礎にした地域的に特化した生産と配分のシステムが存在する。もちろん、官僚的な超集権主義こそが、膨大な浪費とますます悪化する経済的な非効率の根源である。しかし生産の優先性を各共和国や疑似自足性の必要に合わせることは、膨大な再転換の過程を必要とし、収入と雇用の急激な減少をもたらすであろう。そして、こうした転換は、短期あるいは中期では不可能である。
 同じことは、主要共和国の経済を世界経済に統合させようとすることにもあてはまる。これらの共和国の製品は、連邦体制と外国貿易の国家独占の下でのみ消費者を見出しえたのであり、こうした条件がなければ世界市場ではまったく競争力を持たない。したがって、こうした転換は、数万の企業の閉鎖とそれに由来する社会的な当然の結果を意味している。
 こうした条件下で、エリツィン潮流内の最も決定的な市場経済と急激な私有化の支持者たちは、一定の拘束力を持った経済的な共同体という方向を選択した。経済同盟の通貨問題は、その誕生にとって最も難しい要素の一つである。通貨問題は、各共和国の主権の範囲と限界の問題を、とりわけ民間あるいは国家の資本主義的貸し手との関係という領域において提出する。
 各共和国間の相互依存が大きければ、相互での商品の自由な交換は通貨あるいは財政のどちらの面でも保証されない。ルーブル通貨の破産は、これを基礎にした製品交換市場による規制にとって障壁になる。バーター制度(物々交換)の採用が、中央の配分機構の崩壊の結果として拡大している。しかし、その限界がすぐにやってくるだろう。
 共通通貨の原則それ自身が、いくつかの共和国を例外とする旧「連邦」内の地域的な分業の持続と相まって、中央銀行の必要性、連合体財政の手当、共通財政、そして共通の貿易・経済政策ということを意味する。それゆに、現在生まれようとしている経済共同体内部には、強い緊張が存在することになろう。とりわけ、ロシアがその内部で支配的な役割を果たそうとする場合に。長期にわたる不安定な一時期の局面がはじまったのであり、これにはあらゆる種類の拘束と規制の措置が伴っている。状況は、各共和国の真の「独立」や経済的な「自由主義」とは似ても似つかないものにとどまりつづけるだろう。連邦の解体と自由市場攻勢の加速化は、資本主義復活の問題を共和国レベルに移し、各共和国間での不平等を強めるであろう。

 5

 革命的マルクス主義は、たとえ、その要求を彼ら自身が必ずしも提出していなくても、分離国家樹立の権利を含む人民の自決権を支持する。連合体としてのソ連の解体は現在、すべての人民に否定的な結果をもたらす資本主義復活の過程を伴っている。しかし連邦の解体と資本主義復活の二つの過程は、必ずしも一緒に進行するものではなく、強制された連邦を防衛することが資本主義の復活に成功するとは限らない。それが軍事的あるいは経済的であれ、人民が望まない連邦を維持し、われわれが支持する交渉の余地のない権利としての独立を要求する人民に向けられる一切の抑圧に反対しなければならない。
 ソ連の現実の条件において、連邦から一つあるいはいくつかの連合体へ移行することは、厳密に平等な諸権利を享受する共和国間の新しい真の民主主義的な連合へ到達する唯一の道である。そうした連合について、自由に交渉されなければならない。
 人民の自決権は民主的権利の中心である。しかし、この権利があれば、結社の自由、投票権、報道の自由、とりわけ自由な労働組合とストライキ権が不用であるというわけではない。反動的な民族主義指導部がこれらの自由を奪おうとしたり、彼らが権力を握った後に、その国内の少数民族に敵対するなどの一切の企てと闘わなければならない。今日、グルジア、アゼルバイジャン、モルドヴァなどで起きている事態は、この必要性を示している。
 われわれは、被抑圧者の民族主義と抑圧者の民族主義を区別しつつ、人種、民族などの違いに関係なく、あらゆる形態の抑圧に反対する労働者の連帯の精神である真実の国際主義の立場に立ちつづける。われわれは、「純粋な民族」国家のいかなる論理にも反対し、正当な民族感情を反動的なイデオロギーを醸成するために利用することに反対する。

 6

 八月危機は、ソ連経済情勢の急激かつ持続的な悪化という文脈に位置づけられるべきである。この経済情勢の悪化は、エリツィン派が権力を握ったためにやむことはないであろう。その正反対の事態になろう。
 このことは、停滞の傾向を持つ「指令経済」がバラバラになっていながら、首尾一貫性を持った経済システムがいまだこれにとって代わっていない事実によって、基本的に説明される。この条件にあって、さらに増大する「指令経済」の機能不全の否定的な影響が、投機的ならびに未統制(「マフィア」化しているまでではないにしても)の市場経済の否定的な影響と結びついている。
 各共和国および企業の自律性の増大は、真の製品市場が不在の中で各共和国や企業からの供給を減少させ、生産を縮小させている。生産は、対前年費で四半期につき五―一〇%低下している。二つの否定的な影響が結合した経済を一貫した方法で運営する能力を国家が欠如し、しかも各共和国が連邦財政に対する支払を制限したり停止する動きがあって、国家財政は巨額の赤字となり、すさまじいインフレーションを引き起こしている。これがまた、連邦が保有する巨額の金準備を取り崩すにしても、国家財政の赤字をさらに増大させている。対外債務を払えなくなる事態がまもなくやってくるだろう。
 帝国主義はそれゆえ、かつての「ゴルバチョフ」政権に対するよりも現在のゴルバチョフ―エリツィン体制に援助と信用を供与することにより強い関心を持っている。ソ連経済の真の再建を可能にするであろう「マーシャル・プラン」は問題になっていない。援助は、目薬のように一滴一滴と与えられるだろう。特に、ソ連に対する、東欧諸国から食糧や基本生活物資を購入するための信用供与の形をとるであろう。これには、対モスクワ支援、東欧諸国経済への援助、西欧市場の保護という三つの狙いが込められている。
 この援助はまた、合弁企業の形をとるであろう。これを通じて国際資本は、ソ連産業のおいしいところをいただこうとする。優先される目標は、原油と天然ガスの増産であり、これによってOPEC諸国に対する帝国主義諸国の依存を減らそうという狙いである。しかし、援助はとりわけ、勤労大衆に民営化の重荷を課し、ソ連でのブルジョア階級の登場を激励する狙いを持った、たとえばIMFへの加盟条件の設定として、政治的かつ社会政治的な圧力、脅しを強めるために使われる。

 7

 八月十九日の一揆とその直接の結果が提起している中心問題の一つは、なぜ大衆的な抵抗がかくも限定されていたのか、その理由を説明することである。人民の大多数は事実上、「待機」の態度であった。
 もちろん、一揆に反対する大衆動員は存在した。エリツィンのゼネラルストライキの訴えは、炭鉱労働者の間で一定の反応をえたが、モスクワあるいはレニングラードの大工場の労働者はほとんど、あるいはまったくストライキに入らなかった。地方の工業都市でも大衆動員はほぼ零であった。
 いくつかの要因が、この動員の少なさを説明する。一つの理由は、何十年にもわたる独裁と原子化の結果としての非政治化の状況に大衆の大部分がとどまったことであり、他方、野党勢力と反対派諸組織の極端な弱体さ(周辺的ないくつかの共和国を例外にして)という状況があり、これは、反撃を組織するための、萌芽的な道具さえ存在しなかったことを意味していた。大衆の自主的な組織はいかなるものでさえ存在しなかった。
 だが、最も重要な事実は、人民大衆が彼らに直接に関係する諸問題、すなわち生活必需品の欠如、急速に進行するインフレによる購買力の低下、失業の脅威、社会保障への攻撃などに関心を奪われていたことにある。こうした諸問題に正しくかつ素早く解決策を提出するべき主要な政治勢力に関して大きな悲観主義が存在している。
 一般的には、「自由民主派」に投票することと、彼らを防衛するために実際に自らを動員しようという気分との間には違いがあると思われる。人々は、選挙においては、彼らの直接的な利益を主たる動機とするのではなく、イデオロギーを選択の基準にする傾向がある。しかし弾圧の危険や収入あるいは職を失う可能性のある現実政治のレベルでは、人々の態度のとりかたはより現実的になる。このレベルでは、真の選択の可能性が欠如しているという感情が広範に存在している。
 しかし一揆勢力の敗北は、大衆の間に権威主義的なやり方への抵抗が可能であるという気分を強めていく。
 
 8

 八月クーデターが起きた方法は、堕落した労働者国家の分解と資本主義復活に向かう傾向を加速した。しかし、これらの過程の決定的な指標は、イデオロギーないし象徴的な次元のものではない。それらの指標は、所有形態や基本的な経済メカニズムの領域に、外国貿易の性格の領域に、政治権力の決定的なセンター(とりわけ軍、警察などのすべての弾圧機構)の機能をそれらの転換や他の手段による代行によって変換していくことにある。
 現在はしかし、これらの過程の開始の段階にすぎない。資本主義復活勢力は、国家と統治の領域で攻勢に出ており、社会経済構造の転形を狙っている。だが、この領域にこそ、最大の障害が存在しているのである。疑いもなく資本主義復活の企てはあるが、これはいまだ実現していない。ソビエト経済は、資本制的生産様式の諸法則やその内的論理に照らすと、そのようには機能しておらず、それどころか、これにはまったく程遠いものである。資本制的生産様式の経済が機能するならば、公有セクターそれ自身が資本主義の基準にしたがわなければならない。これは、現在の諸条件の下では多数の重要企業の破産と大量失業を意味するだろう。
 さらに、利潤動機にしたがって少なくとも効率的に産業あるいは企業を経営できる階級が存在していない。ソ連で登場しつつある新しい金持ちたち(数十万の百万長者がいる)は、ノーメンクラツーラ出身か、それともマフィア出身なのかを問わず、投機と急速に利益をあげる方法に向かっている。集団農場の農民の間にさえ、集団農場への強い関心はほとんど存在していない。
 加えて、大工業の民営化には、少なくとも何千億ドル相当のものが必要である。ソ連においても国際的にも、特に現在の国際資本主義経済の信用不足という状況にあっては、大工業の民営化に必要な資本は存在しない。この資本を蓄積するためには、長い時間がかかるであろう。最後に、そしてこれがとりわけ重要であるが、大工業の民営化の社会的なコストがとてつもなく高いことがある。三千万から四千万の失業者、六千万から七千万の貧窮者が予測され、ますます広範な人々が行動を起こし、実際上は社会的な爆発という状況が生まれるのは不可避である。
 エリツィン潮流の中で最も代表的なエコノミストや顧問たちは、五〇〇日計画のような「ショック療法」の影響から国民全体を守ることはソ連では事実上不可能である、とますます述べるようになっている。
 この深刻な社会的不安定こそ、国際資本がソ連に大量投資を渋っている理由の一つである。

 9

 大衆の抵抗が、資本主義復活にとって主要な障害の一つでありつづけている。しかし大衆の抵抗、爆発的な抗議運動さえもの可能性は、自己組織化の全般的な傾向と必ずしも一致せず、まして官僚独裁と資本主義の復活の双方にとって代わる社会的な企図とは一致しない。こうした傾向や企図は今日、完全に失われている。これらが再び出現するためには長い時間が必要である。
 こうした条件の下で、ソビエト社会の解体という危機を克服する三つの異なった根本的な解決策のどれも、中期的な時間の尺度では実現されない。三つの解決策とは、ネオスターリニスト型政権の永続的な復活、資本主義の最終的な復活、真に民主的な労働者権力の樹立――である。今日支配的な資本主義への道は、不可避的に現システムの長期にわたる混沌とした解体の一時期を通過しなければならない。そこでは、いくつかのタイプの運動の高揚の可能性が存在している。
 このことは、具体的には三種類の利益が存在していることを意味する。すなわち@新ブルジョアジーやプロレタリアートからは区別された、自らの権力と特権を依然として守ろうとしているノーメンクラツーラ派の利益、Aノーメンクラツーラ内の成長しつつある部分と結合した新ブルジョアジーの利益、大部分の知識人や「新中産階級」が彼らを支持している、Bプロレタリアートと、労働者と同じ願いを持つ一部の勤労農民の利益――である。
 官僚は、自らの利益を実利主義的に守り、地域、地方、連邦レベルの力関係に即して自らの陣営を選択する。新ブルジョアジーの内部の異なった部分では、路線や利害関係がしばしば矛盾する。とりわけノーメンクラツーラ出身の新ブルジョアジーや、民間資本の「原始的蓄積」過程にあるブルジョアジーの利益は、他のブルジョアの利益と対立する。労働者階級はまた、民族的な違いはいうまでもなく、社会職業的な違いによって、分断されている。
 官僚層のネオスターリニスト傾向は、まだ決定的な敗北を喫してはいず、政治的な行動が可能である。ロシア、そしてことにいくつかの最貧共和国において、反リベラルの民族主義を再生させようという一部の官僚の企てをみてとることができる。再度の一揆や同様な動きは依然として可能であり、ネオスターリニストはまた、確実に市場に厳しい支配を押し付けるために独裁を再確立しようとしている。

 10

 この期間全体を通じて、社会主義勢力は、次のような闘いを一つの複合した闘いとして展開しなければならない。
 ――政治組織と表現の自由、特に職場と軍隊におけるそれらをはじめとする民主的自由を守り拡大し、制度化する。
 ――それぞれの共和国における少数民族の権利をはじめとする民族の諸権利を防衛し、これらの権利の行使に対する一切の制限に反対する闘い。
 ――大規模工業、銀行、社会的、文化的サービスの民営化に反対し、完全雇用、すべての人に対する最低賃金の保障、生活必需品に対する平等の取得機会のための闘い。
 経済的、社会的な破局、長期にわたる失業、そして飢餓でさえも、社会的財産の断固とした防衛なしには、そして帝国主義諸国が継続している偽善的な関税と経済封鎖を解除した世界市場をソビエト製品に対して公開することなしには、克服できない。このことは、ココムの統制や帝国主義諸国の制裁の撤廃を意味している。
 ――軍事支出の削減、軍人階層の特権の廃止、弾圧諸機構の解散、青年の軍隊招集反対、世界の核軍縮にとって最良の貢献である一方的な核装備の削減措置。

 11

 この複合的な闘いは、勤労者の政治的な階級意識を形成し再生に導いていくために、こうした大衆の真実の政治組織としての自立を獲得するために、そして政治的な階級としての独立の獲得のために不可欠である。
 これらの目的をさらに達成していくためには、いささかもセクト主義や排他主義を持たない、広範な民主主義を実現している、大衆的な基盤を持つ、非常に弱くかつ分散している社会的諸勢力のすでに進行中の再結集の過程を、促進し、批判的に支持すべきである。これは、形成の過程にある労働党にも適用される。
 こうした再結集過程の内部にあってマルクス主義者は、遠慮がちではなく、自らの綱領的、政治的立場を守りつつ、これらの組織体へと導く合意を基礎とする行動の統一と他の潮流の自由とを忠実に尊重していく。これらの再結集過程は、内部で民主主義が全面的に守られ、勤労大衆が自らの直接的な利益をかちとろうとする一切の闘いを支持し、この方向において実践的に介入し、いまだに未熟な大衆運動を、それが選挙運動であれ「経済」闘争であれ「現実政治」を理由にしてその展開を妨げることを拒否することなどを条件にして、その目的を実現する方向に向かうことができる。
 階級闘争が国際化するという傾向を所与(このことは、帝国主義の絶えざる介入に関するソ連における現在の論争や様々な闘いに反映されている)として、ソビエトのマルクス主義者は、国民的であると同時に国際的な組織の形成という考えを理論的にも実践的にも防衛しなければならない。ソ連における第四インターナショナル組織を建設するための努力は、われわれにとって、より大きな再結集のための努力と同義である。
 階級間の世界的な力関係は、資本に有利な、労働側に不利な方向で悪化してきた。わずかの国だけが、この悪化の傾向とは無縁である。しかし元ソ連と東欧諸国における長い目でみた大衆的な労働者闘争の再生は、明確な政治意識を伴っていないとしても、この全体傾向をいくぶんか緩和する。
 同様に、スターリニズムの崩壊は結局、大衆運動および組織労働者運動の再編成が行われる広範な空間を形成している。ここしばらくの間に、いかなるリズムで、そしていかなる地域で再編成が主として生じるかは予言できない。
 この再編成の過程は、闘争の波が持続することの自動的な結果ではありえない。そのためには、地球的な規模で新しい社会のあり方を示す大衆の社会的なプロジェクトと、政治権力の獲得を目標とし、ブルジョア民主主義と官僚独裁から区別された階級の政治的な独立とを必要とする。この変化は、長期的にのみ実現されるだろう。

 12

 ソ連共産党の中央権力の崩壊とソ連の解体は、十月革命がソ連、東欧諸国、帝国主義諸国、半工業化した第三世界諸国の大多数の大衆にとってもはや歴史的な参照点ではありえないという傾向を強めた。同じ傾向は、大部分の国の前衛や過激派の広範な層に認められる。
 この否定的なバランスシートは、国際ブルジョアジーの大規模なイデオロギー攻勢によって強められている。この攻勢は、反革命の所産であるスターリニズムの犯罪を革命の諸成果と冷笑的に同一視している。
 これらすべては、スターリニストの行った歴史の神秘化、偽造に対応する歴史の神秘化、偽造に由来している。しかし当分の間、大衆がこの誤った歴史認識を受け入れるという事実が実際の歴史形成過程に影響をおよぼす要因になっていくだろう。
 われわれは、この圧力に屈しない。われわれは、十月革命の正統性を防衛しつづける。われわれは、十月革命の遺産を決定的な方法で主張しつづける。
 ロシアは、十月革命によって特に農民を圧迫する野蛮な構造から自らを解放することができた。また、たった一世代の時間で後進的な半工業国から世界第二の工業大国に飛躍することができた。
 十月革命は一揆ではなかった。これは歴史上、最も広範で過激な大衆運動の結果であった。部分的には解体され、あるいは官僚的な堕落によって最初の内容が失われたといえども、社会経済的な成果は、数十年間にわたる継続的な経済成長を可能とし、一九五二年からはじまる期間には大衆の生活水準が中程度ではあるが持続的に上昇した。これらの成果、つまり本質的には生産と交換の手段の国有化、計画経済と貿易の国家独占は、官僚独裁にもかかわらず真の成果でありつづけたが、官僚による経済的、エコロジー的な浪費と醜悪な犯罪と織り合わされてきた。
 しかしながらトロツキーが予言したように、十月革命の成果の積極的な効果は、官僚化によって次第に弱められてきた。特に外延的な工業化から内延的な工業化への転換、産業基盤の構築から大衆の消費需要を充足させる段階への転換を図ることが避けられなくなったときに、官僚化の弊害が現れた。官僚がこれらの転換を実現できないことが明らかにされた。ソ連のさらなる発展にとって、官僚が絶対的なブレーキであることが次第に明らかになってきた。
 以上の理由と、帝国主義諸国のプロレタリアートの生活水準が戦後の長期ブームの中で相対的に上昇したという広範な情報が相まって、ソビエト大衆は、十月革命の成果の中で何か真の成果として残っていると考えることを次第にやめていった。
 しかし、この考え方の変化は、これらの成果から引き出された最も重要な社会的な成果である数十年にわたる完全雇用には適用されなかった。ソビエト人民は、完全雇用という成果に高い価値を現在でも与えており、これを本能的に私有財産制度にもとづくものとは異なった経済制度とみなしてさえいる。彼らは、ソ連における過去十五年間での明らかな社会的成果の後退にもかかわらず、資本主義の復活がこれらの成果の改善に向かうのではなく、破壊に向かうのだと考えている。

 13

 ソ連に関するトロツキストの分析は、一九三〇年代のスターリニズムによって完成された血塗れの反革命としてのソビエトプロレタリアートに対する政治的な収奪によって生まれた体制の過渡的(一時的な)性格を主張している。この分析は、ソ連はフランス革命の後の出現したテルミドールとボナパルティズムと同様に、アンシャン・レジームへの復帰を意味する社会的な反革命ではない主張する。この分析は、階級闘争の国際的な発展がソ連の性格を最終的に決定すると強調し、「一国社会主義」理論あるいは一陣営での社会主義実現論を反動的なユートピアとして非難する。
 トロツキストは、官僚独裁の抑圧的、反労働者階級的、反民主主義的、排外主義的、反フェミニスト的な側面を強く非難し、国有と中央計画の維持が官僚主義にもかかわらず、資本主義の復活によって危険にさらされることになる完全雇用という重要な社会的な成果の防衛と経済発展を可能にすると主張する。トロツキストは、官僚内部に資本主義復活の諸傾向を渦巻を認めつつも、長期の歴史的な局面として、官僚階層は、ブルジョアジーならびプロレタリアートの双方に対して、その権力と莫大な物質的な特権を守るだろうとみてきた。また、歴史的な流れとしては、資本主義の復活かあるいは社会主義反官僚革命のどちらかしかありえないと主張してきた。
 これらの概念すべてが、ソ連の性格とその発展の理解に関して全般に適切であることが明らかになった。これらの概念は、民営化と資本主義復活の諸傾向に対して、そして官僚の専制に対して大衆の利益に立って断固として闘う必要を正しく示している。ソ連の性格に関するこれ以外の概念の支持者たちの結論は、首尾一貫したものとして防衛することがはるかに困難である。

 14

 しかし、このことは、今日「われわれが正しかった」といって満足できることをほとんど意味しない。われわれが一九九一年に起きたような事態の展開を予測していなかったのは否定できない事実である。それゆえ同時に、過渡期社会と社会主義建設についての理論を今日的にふさわしいものとするためにさらなる考察をはじめることが必要である。
 a 経済成長の低下やこれに由来するすべての社会的結果に表現されたソ連の制度的な危機の「質的飛躍」の認識において遅れた。危機の質的な飛躍は、疑いもなく一九七〇年代後半に生じたのであった。
 b 同様に、官僚独裁やプロレタリアートの原子化、これらの結果としての非常に深刻なイデオロギー―戦闘性の後退がソビエトプロレタリアートの階級意識におよぼす長期的な影響と、官僚制度との決裂が起きた場合の力学にこれらすべてがどのように影響するのかという点で、重大な過小評価をした。
 c また、それほど大幅ではなかったが、社会主義への信頼性が全般的に後退することの、世界プロレタリアート、とりわけ東欧諸国とソ連プロレタリアートのよい部分における政治的な反響の認識にも遅れた。現在の時点で考えると、この「質的飛躍」は、ヤルゼルスキのクーデター、つまり一九八二年であった。これに、カンプチアの破滅的事態とアフガニスン介入との複合的な影響を加えることができる。
 この時点から、東欧およびソ連の大衆が一九五六年のハンガリー、一九六八年のチェコスロバキア、一九八〇―八一年のポーランドに類似した政治的な方向に向かう事態はきわめて困難になった。官僚独裁の分解は、社会主義と同一視される制度への反対と、資本主義市場と組んだ偽りの解決策の追求とを伴うはずであった。この転換は、世界革命の広範な後退の文脈、すなわち一九七九年のニカラグア革命以降、一つの革命も勝利せず、一九八〇年代にいかなる帝国主義諸国でもゼネラルストライキが闘われなかった中で生じた。

 15

 ソ連に関するわれわれの分析の歴史的なバランスシートを深め、任務をはっきりさせていく政治的、理論的な作業は、次の諸点を含まなければならない。
 a 過渡期における政治権力の規定、つまり直接民主主義の機関、代議制民主主義の機関、性、民族などの平等を保障する機関を正しく結合する方法の規定である。
 b 国家独裁(指令経済)と市場および貨幣の専制に対置される経済発展の第三の「モデル」の実践的な内容、すなわちフェミニストや民族の次元を含む生産者と消費者との民主主義モデル、異なった領域レベルにおける、そしてエコロジー的な要請を考慮した社会主義計画経済形態の詳細な定義、市場メカニズムを利用する形態と限度の正確な定義、異なった所有形態を結合する点の検討、大衆の消費需要と平等を深めていくための手段に関する検討。
 c ソ連と中欧における民族問題のそれぞれに異なった力学の全体的な考察、民族や民族性の解放と、国民国家という限定された枠組みの克服との二重の要請に対する一貫した綱領的な対応の記述。
 d この戦略の国際主義的な次元。
 これは、必ずや実験的なものになるだろうが、ソ連の労働者や社会主義者たち自身が、ことに他の地域のマルクス主義者との討論の中で到達した連続した結論によって裏打ちされていくだろう。
 事実、過去数十年間のわれわれの理論的な説明の不十分さの原因の一つは、一九四〇年以降、われわれの思考がソ連における政治実践と切り離されていたことにある。このギャップは克服された。同様に、ソビエトプロレタリアートの一部(数百万)が再び運動を開始していくことは、そこに存在する理論的な混乱とは無関係に、官僚独裁の分解に対して積極的な影響を与える。
 ソ連とその他の世界で社会主義前衛の統一した組織を建設することは、われわれにとっては第四インターナショナルの建設と不可分であるが、これゆえにわれわれにとって特別の意味を持っている。 

ミハイル・ゴルバチョフとのインタビュー
革命的な新思考が必要だ

   モスクワニュース紙45号(11月17日)


 ミハイル・セルゲイヴィッチ・ゴルバチョフは、私のインタビュー要請に即座に、かつ喜んで応えた。すべての兆候からすると、私たち二人のコムソモール時代にさかのぼる長い間の交友が役立ったに違いない。要請からの二日後、電話のベルがなり、「来て下さい」と伝えた。

レン・カルピンスキー 全体主義体制を捨て去ることが当初考えられたよりも、はるかに複雑で苦痛に満ちた過程であることが明らかになった。全体主義の構造を解体することがソ連邦の解体自体を伴うといったい誰が考えたであろう。あなたはペレストロイカを開始しようと決心したときに、この過程の論理が究極的には次のような問いを提出すると予想しましたか。つまり連邦がなくなり、いくつかの主権国家が連邦にとって代わるような事態になって、なぜ連邦大統領が必要なのか――という問いです。多くの政治家が今日、このような調子で語っています。
ミハイル・ゴルバチョフ 私は時々、ソ連大統領ができるだけ多くの権力を「獲得」しようとしているという意見を耳にする。とうてい受け入れられない意見だ。もしそうだったなら、ペレストロイカなんか始めはしなかった。思うに一九八五年の私は、世界の誰もが持ったことのないほどの権力を手にしていた。新しい連邦について考える際、つまり諸共和国やセンターの新しい役割を考えるとき、私は「センター」という言葉ではなく、「連邦諸機関」という言葉を使ってきた。そして連邦諸機関と私の役割について明確に限定して考えている。社会改革の過程で生じた共和国間の諸問題を正しく規定しないと、再び抑圧が生まれてくる。
 第二に、改革の道を進むためには、現実の歴史過程をしっかりと把握しなければならない。一元的に考えるのをやめよう。たとえば、経済の全体は相互に非常に強く結合している。各共和国が永遠に共同して管理していかなければならないかのように。とにかく、この共同の経済を基礎にして共和国間の食糧と燃料に関する協定が締結されたのだ。
カルピンスキー 独立した各共和国か、それともセンターのどちらかが存在でき、両者の共存は不可能であると議論されているようだ。それぞれの主権共和国の利益を承認し、相互につなぎ合わせる構造体としてのセンター、同意を見出すメカニズムとしてのセンターの姿を思い浮かべることができないのだろうか。
ゴルバチョフ あなたの問いかけに全面的に賛成です。きわめて重要な問題にふれました。これから生じる一切の事態は、この問題がどのように解決されるかにかかっています。
 事実、諸共和国が主権国家になる(すでになっているが)のか、それとも連邦のセンターを維持するかの間に選択があるのではない。選択は、共通の問題を解決しともに道を進んでいくのか、それともすべての分野で分散していくのかにある。だから、問題はセンターの新しいイメージにある。各共和国に命令する専制的なセンターではなく、仲介の役割を果たしうる、そのための権能を各共和国から付与された調整者としての権威あるセンターが必要である。
カルピンスキー 主権諸国家連邦は、何を意味するのだろうか――連合か、連邦か、あるいはある種の自由な協同か。
ゴルバチョフ これまで存在したことがない独特の現在の事態を月並みな図式に押し込めるのはやめよう。いくつかの側面では連合し、それ以外の側面では連邦関係を結び、協調関係にある国家を形成することをなぜ、考えられないのか。八月以降のわれわれが前進するための諸原則は、構造上の原則のみならず、新連邦を形成する方法においても、全面的な一元化を回避することにある。一元的な国家がなくなるのだから、共同体への包摂は強制によってはならない。
 ここで問題なのは、力による権威ではなく、権威それ自体が持つ強さ、つまり一緒に到達した結論と自発的な決定による権威である。そして少数の多数に対する従属があるべきでなく、すべてコンセンサスによらなければならない。センターが統一的な立法を行うのではなく、協議と専門家による企画を基礎にして、各共和国において同一の立法制度をつくり出し、それによって共通の法的空間を形成していく。センターの影響力というものは、民主的に確立されていく。
カルピンスキー あなたのモデルでの連邦は、近代の統合形式、ヨーロッパ的なそれに近い。なぜ、こうした統合の形成が特別の協調のためのセンターがないところで各共和国自身のイニシアティブを基盤にして進行してはいけないのか。ロシアは何事かに関してウズベクやフランスあるいはエストニアと交渉し、他方、エストニアはスペインやフィンランドあるいはドイツなどと交渉する。だからこそ新生共和国間で二元的ないし多元的な協定が結ばれているのである。そうすると、この開かれた相互作用のシステムの中で、かつてのソ連邦内部で厳密に区分された特別なブロックを形成したり、あるいはその内部に特別の上部構造を形成する必要があるのだろうか。
ゴルバチョフ 第一に人々は、歴史の流れにおいて計りしれない統一性を有している。第二に、前述したことから直接に帰結することだが、かつての全体主義国家の枠内においてわれわれにのしかかった悲劇という比べもののない統一性があり、そこからわれわれが前代未聞の濃密な相互関係を引き継いでいるのだ。だからこそ、われわれは、特に親密な関係の中で共存し、ともに進んでいかなければならない。
 事実、ボリス・エリツィンの側近をはじめとするロシアの政治家の中には、ロシアが「他のすべての共和国と同様に」連邦から脱退しなければならないと考えるものがいる。つまりロシアが、「様々な苦痛」や他の共和国に対する「特別の責任」を払いのけ、自らの天然資源や経済的、人的能力を確保し、自分自身のための活動を行わなくてはならないというわけである。この考えは、アカデミックな夢想であり、危険な幻想である。
 おそらく数年間は、単独で自身の問題に対処していけるだろう。しかし数年間だけだ。ウクライナをはじめとする他の共和国にとって、孤立主義は破局に等しいからである。
 私は、連邦こそが主権を真に保証し、自由な共同体という多元的な空間を基盤にして主権を実現していくためのテコだと考える。
カルピンスキー 奇妙に思われるかもしれないが、様々な措置に関する同意を訴えている機関の一つに軍産コンプレックスがある。
ゴルバチョフ 新原理の実行と軍縮の実施は、軍の規模の問題を提起せざるをえない。なぜ、軍に莫大な資金や最良の資源、最も熟練した労働者、優秀な科学者を与えるのか――こうした問題が提出される。
 軍の改革が不可欠だと考えている。軍改革の必要性は、全世界的な状況と、超軍事化した経済の中では通常の生活を営むことができないという事実から、さらに高まっている。われわれは世界的な戦争を行うつもりがあるだろうか。必要としているのは、国家安全保障を実行できる規模の近代的な軍隊である。だから、われわれは軍隊、その将官団に関心を持たなければならないし、若い兵士たちが明瞭な形をとっていない保証のない危険に遭わないようにしなければならない。要するに、職業軍を持つべきだ。しかし徴兵軍隊から職業軍への転換は、合意なしには、統一的に定まった方法なくしては実現できない。
カルピンスキー このようなかつての連邦から受け継いだ共通の問題をソ連の「法的後継者」としてのロシア単独で処理すべきではないのか。センターが処理することと、センターが存在するロシアが処理することには、どんな違いがあるのか。
ゴルバチョフ ロシアが各共和国に指令を出すとすぐに、各共和国は驚きを示すだろう――これはなんだ、帝国の再来か、と。これは、ロシア共和国あるいはロシア人民に対する不快な軽蔑の表れではない。すでに多くの人々は、ロシアのイニシアティブを認めている。しかし、これは、ロシアが実際にその役割を果たす新連邦の枠内においてであり、新連邦を通じてのイニシアティブである。まず第一に、こうした新連邦の機構がロシア自体にとって不可欠である。そのようなものとして新連邦、センターのイメージ、役割が、公正なパートナーシップの中で自然に受け入れられていくだろう。
 ボリス・エリツィンとこの問題について話し合った。二人の間には、基本的な違いはなかったと思う。しかし次の点に注意を払う必要がある。「独立」ロシアあるいは他の共和国に対するロシアの優越という考えをもって今日、この問題に取り組む人が支持されるとすれば、誰に支持されるのかという点である。同じロシア指導部内のこの間の最も頑迷な批判者の側からだ。彼らは現在、ロシアの大統領がこの観点を受け入れることを望んでいる。
カルピンスキー 異なった二つの観点が混同されているとは思いませんか。一つは、自由と独立に関するポピュリスト的概念に由来するもので、他の共和国の人民に対する不寛容や優越の考えがない。もう一つは、国民、民族の概念を絶対化するもの。エリツィンは現在、連邦条約に彼自身の修正を施して署名する立場にはっきり立っている。しかし、ウクライナのクラフチュク最高会議議長は、十二月一日に予定されている大統領選挙を考慮してか、まだ立場を決めていないようだが。
ゴルバチョフ クラフチュクがこの問題で私と話し合いたいといえば、黒白をはっきりさせるべき時だと私はいう。彼が民族主義に望みをかけているとは思わない。しかし彼は自分の立場がはっきりしないため、間違った計算をしているのかもしれない。共和国間、特にウクライナとロシアとの関係がはっきりさせられなければならない。最大の困難は、われわれの考え方、習慣、生活様式の違いに由来している。革命的な新思考、これは政治的な立場によって決められるが、これが必要だ。私は、この革命的な新思考に頼らなければならなかったし、今でもそうだ。私は、誰よりもペレストロイカの概念をはっきり認識している。
 システムを変更する必要があったし、私はその立場に到達した。しかし、問題が最初から社会の準備がないままに、このように提出されたなら、何事も実現されなかったであろう。新しい生活方法に向かう過渡期においては、この過程のすべての物事が衝突をもたらしうると思う。八月クーデターの登場人物のことを考えてみよう。彼らは、人民の委任のない権力を行使すれば、それが彼らからこぼれ落ちていったことを理解したに違いない。      (抄訳)