1993年7月10日         労働者の力               第46号

自民党政府打倒、保革連立政権構想反対!

社会党左派・護憲派、共産党候補への投票を!



 国際主義労働者委員会
   全国運営委員会

 自民党政府体制崩壊の日が迫っている。自民党の内部的自己崩壊を契機とする今次衆院総選挙の結果は、疑いなく自民党の議会内単独多数派の座からの転落を示すことになり、自民党政権終えんの現実化に直結する。同時に事態は「保守二党化」へ向けて収れんする様相にある。保革対立から保保対立への局面転換が意図的に演出されている。保守政治の腐敗への民衆の怒りが正当に発揮される道は、自民党の一部による新たな保守党が主導し野党勢力によって補完される権力掌握を支持することではない。保守勢力総体の政府体制からの退場こそが掲げられるべきだ。

自民党を追いつめた民衆の憤激 


宮沢内閣は、歴代の自民党政権が政財官の癒着の上に利権・金権政治をまん延させてきた負債を支払わなければならない政権となった。それは、政治改革を選挙制度変更に歪曲しつつ、同時にそれすらも投げ捨てたことによって決定され、宮沢の「嘘」が上塗りした。
自民党分裂によって宮沢政権は終わった。同時に自民党単独政権の時代も終わった。連立や連合の局面は必至である。自民党と新保守勢力との連立、羽田首班、非自民保革連立などがいわれている。だがこれらすべては、民衆不在の議会的駆け引きと妥協の政治表現である。保守党政府体制の打破こそが民衆に基礎をおいた政治改革の決定的入り口の鍵であるのだ。
「改革派」への追い風は表面において強力である。羽田派(新生党)がマスコミの視線を集め、さらに、独自に新党を形成してきた日本新党の都議会選挙における「圧勝」や、同じく自民党を飛び出した「新党さきがけ」への世論の支持も強い。
自民党の分裂と単独政権体制の崩壊の力学は二つの要素から成立した。一方は自民党内権力闘争において敗北した羽田・小沢派が社公民を巻き込んだ権力奪還闘争によって導き出され、他方はより根底的なものであるが、広範な民衆の怒りの噴出の結果である。
自民党が打ち出している「腐敗防止法」制定論や、新生党が表明した企業献金廃止などは、彼らが政治改革が選挙制度変更にすりかえるられることへの強い批判を避けては通れないと意識していることを示している。これらの「公約」を額面通りに受け取ることはできない。自民党は従来通りの政治資金提供要求を経団連に行う一方、現職閣僚が「職務権限」を駆使して関係業界に資金提供を要求する事態が連続して暴露されている。また小沢の主張は「選挙制度が変更された暁には」という重大な条件がついている。


保守二党論への野党の合流を許すな


 財界がなんらかの形で、大小の金丸型政治支配からの脱却を望んでいることは想像に難くない。政財官の癒着という大枠のなかで、そのヘゲモニーが自民党に握られてきたことは事実であり、田中―金丸支配はその象徴である。財界が政治の支配から脱却し、本来あるべきヘゲモニーを自らの手にとりもどす、あるいはより対等な均衡ある姿に正すというためには保守党が並立することが望ましいことであろう。
それは、強力なブルジョア保守党に対抗しうる政党や社会的勢力が存在しないという条件のもとではじめて可能になる。企業社会を社会構造の強力な軸とすることに成功した日本資本と企業連労働組合大連合の成立がその条件を整備した。
「連合」が羽田首班の連立政権構想の実質的主役である。山岸は小沢を免罪し、みそぎは終わったと公言し、同時に外交・防衛政策の継承を当然の論理として打ち出したのである。社会党山花執行部もまた、率先して五党協議に加わり、一時は自ら進んで羽田首班を唱えたのである。
政財官の癒着は近年、政財官労の癒着へと拡大してきた。巨大宗教団体や巨大マスコミが加わった権力的連合体が構造化されると同時に、内部における権益分配の要求も噴出する。
自民党イコール権益の独占者、自民党の権力者イコール権益総体の独占者、という金丸型の枠組みを再編することに利害を見いだす集団の暗闘が保守二党論や保革連立構想の真の背景である。自民党が、ポスト金丸をめぐる旧竹下派の分裂を一方の軸とし、他方で派閥的ヒエラルヒーにしん吟する「若手」の世代的造反をあと一つの軸として分解したと同様に、自民党を越える領域での総与党化状況での権益分配、権力争奪への希求に着目し、それに火をつけようとしてきたのが小沢路線にほかならない。
細川が保守勢力の外縁部勢力を代表する存在であるが故に権力中枢部への参画、介入に独自の道を選択したのとは対照的に、小沢は自らが中枢部権力を奪取するという立場に立つ。両者が微妙に食い違うこともまた理屈が通っていることだ。保守政治の再編の対象に小沢自身もいることを忘却してはならない。
日本新党が羽田・小沢でなく自民党を選ぶ道を残していることに、現在の保守政治をめぐる暗闘とかけひきの激しさを見なければならない。日本新党はそのファジーさの新しさをもって政財界労癒着構造にわって入ろうとするのである。


保守新党ブームの外部に沈潜する民衆意識


 政治の疲労・疲弊は昨年の参議院選挙で公然となり、先月の都議会選挙においても基本的には持続した。投票率が史上最低であったという事実は、日本新党の圧勝や自民分裂・政界再編の焦点化にもかかわらず、腐朽した政治に積極的な選択を見いだせないでいる層の膨大さを物語る。
 都議選における社会党の惨敗は予想のうちではあれ、前回民衆の意識をかきたて揺り動かしたこの党が政治の沈滞化を打ち破れず、反対にそれに積極的に埋没する道を選んだこと、換言すれば連合によって強制されたことの結果である。
 日本新党の圧勝は社会党の惨敗と均衡している。
 新しさ、あるいは現状打破という選択が、「争点なき」都議選の鍵であった。日本新党の候補擁立がなかった選挙区における無所属革新候補の善戦が目立ち、市民運動を表現するネット候補が各地で支持されたことに示される。府中選挙区における護憲派三宮候補の善戦は、無風選挙区での総与党現象への抵抗が底深いことを意味した。
 新しさ、現状打破が引きつける魅力と同時に、絶対的投票率が史上最低であることが併存している。政治構造の疲弊、その象徴ともなっている総与党化、保守化のなかでの強制される選択に抗する流れは、日本新党のブームには動かされない次元に沈潜している。
 日本新党を含んだ保革連合や新保守主義が国際的には「武装した国連」による帝国主義秩序の積極擁護、推進の「国際貢献論」であり、国内的には輸出型産業構造の防衛を第一義とする「経済・農業開放」論であること、エネルギー政策においては積極的な原発擁護派であるという一連の事実の総体が憲法の改悪に集約集約されることを意識せざるをえない広範な層が沈潜しているのである。
 改憲か否か、論理の行く先は定まっている。
 
 
民衆の政治の復権をめざして 
 
 
 今回の総選挙は、保守と革新の双方において分解と再編を引き返しのつかないものとする。
 現実の政府構成がいかなるものとなろうとも、自民党政府体制が「終わった」のであり、政治的混沌の一時期は避けられない。
 社会党が踏み出した保革連立路線から引き返すことも想定できない。
 自社両党はともに「分裂」期にあり、自民党の分解、分裂は拡大していくであろうし、社会党もまたその存在が終わることになるであろう。
 社会党の状況は内部対立の最後的様相を示しはじめている。連合は公然と左派切捨て、保守候補支持に踏み出している。
 土井元委員長に対抗して日本新党の小池を支持する鉄鋼労連がそうであり、全電通山口の保守候補支持がある。東京においては護憲派候補パージの一方的な貫徹によって二区、三区、四区は分裂状態となった。
 このままいけば、社会党支持層の沈黙や沈潜化は都議選と同様拡大するだろう。それは保革連立派だけでなく護憲派、左派をものみこんで進行することは明らかだ。
 自民党政府打倒、保革連立反対(羽田首班反対は当然のことだ)を明確に掲げ、革新の大道を進む社会党支持層の登場によって左派・護憲派の候補を支えることはきわめて重要である。いまのままの五党協議を持続するとすれば、民衆は最終的に社会党を支持することはできないという結論に達するであろう。
 保革連立、保守補完の道からの離脱を要求し闘うのであれば、社会党勢力が保守二党論にのみこまれ雲散霧消となる運命を回避し、保守政治打倒の民衆の闘いのに支えられることはいまでも可能だと考える。

 社会党左派・護憲派候補あるいは共産党候補に投票することを呼びかける。

       七月四日

今日のインターナショナル建設

 IECおよび第一四回世界大会決議草案

 一九九二年十月に統一書記局で採択

 この文書は次の二つの問題に応えようとするものである。@今日、いかにして第四インターナショナル(以下FI)を建設するのか、AFI建設は、総体としての革命的な国際運動の構築といかなる関係にあるのか。だが、この文書は、前回の世界大会決議が扱った、FIの構造がどうあるべきか、それがいかに機能すべきかの点は扱わない。また世界政治情勢に関しては、他の決議草案が扱うので議論を展開していない。

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 一九九一年の第一三回世界大会以来、階級間の力関係は勤労大衆の側に不利になりつづけてきた。その全般的な枠組みは、一三回世界大会が採択した決議が分析し注目したそのものである。諸闘争の国際的な弁証法は、否定的な影響を及ぼし、数多くの解放運動の後退、敗北あるいは孤立をもたらした。
 ソ連でのスターリニスト制度の最終的な崩壊は、官僚層内部の親資本主義勢力と市場経済と私有化の全般化を支持するその他の諸勢力との広範囲な攻勢を開始させた。官僚的「社会主義」が崩壊し、その断片の中で増殖している様々な民族主義運動内部の排外的、民族的、戦闘的な傾向が、強まっている。こうした反動的な事態が展開した基本的な理由は、一九七〇年代半ばのリセッション以降の帝国主義諸国で労働者運動および急進化が後退したことによって説明される。
 より一般的にいえば、すべての社会運動は、様々な国でそれぞれの程度で、帝国主義の抑圧、緊縮政策、市場経済の悪しき影響、環境悪化、女性への抑圧、軍国主義などに対して依然として発展しているが、しかし、かつてなくそれぞれの運動が断片化し孤立している。資本主義と官僚的「社会主義」とに対する新しい道を提示すべき社会主義社会建設の展望は、信頼性を欠いている。この展望は、スターリニズム、社会民主主義、「第三世界」のポピュリスト民族主義などの経験や社会主義の展望を推進しようとしている勢力の弱さなどによって、ひどく損なわれている。
 大多数の従属諸国では今、広範な前衛勢力は、新しい世界的な力関係の中で帝国主義と革命的に決別する道はなにか、権力を奪取しそれを維持する可能性はどこにあるかを自問している。
 こうした状況にあって現在の主流は、現実主義(リアリズム)を口実にした順応と妥協である。革命的国際主義はユートピアと思われている。
 したがって、大衆の経験、部分的な勝利、新世代の急進化を新たに積み重ねることが、前衛組織建設の新たな飛躍を実現するための条件形成にとって必要である。現在の革命的前衛の危機は、一九三〇年代のそれとは違っている。今日では、破産した指導部を交代させるだけの問題にとどまらない。必要とされる勢力再編は、現在の組織労働者運動内部の力関係の変更にとどまらない。必要な勢力再編とは、解放をめざす様々な社会運動を国際的に徐々に再組織していくことを通じて実現されるものでなければならない。これは長期にわたる過程であり、世界階級闘争にかかわる大事件で加速されこともありうる。

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 しかし、この地球的規模の一般傾向がおよぼす影響は、各国の構造あるいはその時の特殊性とからんだ各国の状況に応じて異なっている。依然として確実なことは、大衆闘争あるいは大きな社会的衝突のない世界というものが幻想だという点である。先進国ならびに発展途上国における資本主義の世界的な危機が社会と環境に及ぼす衝撃(これは多くの場合、破局的である)、社会闘争の分野での新世代による突破や新興工業化諸国での相対的に若い労働者運動の出現、ポストスターリニスト体制諸国住民に対する市場経済移行による破局的な影響――これらすべては、衰えるどころか着実に成長している闘争の要因である。
 また、国際主義のための物質的、客観的な基盤がかつてなく決定的な要素になっていることも、確実である。資本の国際化、多国籍企業の役割、通信技術の発展によって促進されている市場の地球規模化(グローバリゼーション)、国民経済において国際貿易の占める割合の増大などの現在進行している世界経済の地球規模化は、ポストスターリニスト社会の市場経済への統合を頂点とする資本主義世界市場の統合として、かつてない規模で進行している。また世界の政治的な統合も、アメリカの政治的、軍事的なヘゲモニー下の、一部の人が「唯一の超大国」と呼ぶ事態の中でかつてなく進行している。
 他方、ソ連の崩壊以降、反帝国主義運動にとって信頼できる「後ろだて」あるいは「大きな兄」となりうる国家が存在していないので、官僚制度や家族主義的な支配とは完全に無縁な従属諸国内部の革命的な対話者と、国際主義の今日的な意味に関して新しい、願わくば落ち着いた議論を行う可能性が存在する。しかしニカラグア革命の孤立、南アフリカでの交渉による部分的な解決の方向、キューバの困難といった経験をした後の現在の状況においては、社会民主主義がその外交上のネットワークと一国的あるいは国際的な諸機関におけるその立場を利用して、戦闘的な連帯の伝統を弱めることに成功するかもしれない。
 したがってわれわれは、この矛盾の規模をしっかりと把握しなければならない。現在の情勢は、中期的な対話と政治再編の展望を切り開く国際労働者運動の危機と、世界的な革命的前衛建設における質的な前進を当面は封じ込める社会的、思想的な力関係とを両立させる。この矛盾こそが、今日のインターナショナル建設方針の導きとなるものである。

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 伝統的組織に由来し、自らの革命的な目的を保持する、われわれ以外の多くの組織の歴史的な参照点を、スターリニズムと「社会主義陣営」の崩壊との総括の光に照らして修正していく必要がある。スターリニズムに関するわれわれの分析が本質的にテストに耐えたと確信しているが、しかしわれわれは、この問題に関して地球的な政治的混乱が従来「トロツキスト」潮流をほかの潮流から歴史的に区別するのに役立った考察に影響を与えた事実を否定するものではない。
 スターリニストソビエト国家に関する分析、ロシア左翼反対派の歴史的な闘争と第二次世界大戦以後のFIの軌道との一体化という論点・立場は、革命的諸組織の基本思想を区別する基準といった性格を少しずつ失ってきた。これらの論点はわれわれにとって依然として重要な政治的資産ではあるが、新しい戦闘的な世代が根本的に変化した世界において教育されているため、将来の闘いに向けた直接的で確実な基準という面での重要な役割を失っている。他方、スターリニズムと特殊な利害関係をもつ社会階層としての官僚制度に関する分析や社会民主主義に関するわれわれの考えは、革命前、そして革命後の社会的な解放運動を堕落させる可能性を常にもつ官僚的、代行的な諸制度に関する広範な研究にとって不可欠になっている。これらの問題は、革命的組織の形成において決定的である。
 こうして、かつては「トロツキズム」に特有とみられていた思想が、将来は完全に違ったように考えられるだろう。一九三〇年代の共産主義運動内部の単純な分裂や複雑な分裂の歴史的な岐路となった論点は、相対的なものとなり、社会民主主義と反資本主義との間ではないにしても、典型的かつ基本的な「革命派」と「改良主義」との間を分かってきた基準の再評価をもたらすだろう。
 こうした新しい時代の傾向が、インターナショナルに参加してくるグループや潮流の範囲とその性格、長期的な一つの組織への集合の政治的(そして、あるいは)組織的な基準の条件を変更する。毛沢東主義、カストロ主義あるいはネオスターリニスト起源の潮流、グループ、分派ですら、われわれの観点に近づきうる。したがって、われわれは今、彼らが「トロツキズム」あるいはその歴史との一体性を認めなくても、われわれの路線、事業により容易に獲得することが考えられる。
 われわれはまた、若い世代の関心を引く新しい事柄に関する政治思考を展開すべきである。この世代は、「ポストスターリニスト」状況の中で今後、全般的に新しい思想的な関心や経験を生み出していく。これは、単に闘う若い世代に対する「教育」の問題なのではなく、われわれの能力にかかわるより根本的な問題でもある。つまり、理論をより詳細に展開し、綱領を時代に合わせて新しくし、新たな政治経験や闘争の形態や主題、社会経済的な変化を吸収していく能力に関係する根本問題である。
 したがって、われわれにとってここに、第四インターナショナルの変形をなしうるかどうかが賭けられている。これまでの反セクト主義のおかげでこの数年間われわれは、いくつもある「トロツキズム」グループの一つと単純にみられるのではなく、国際主義の精神による連帯活動を推進し、分派的な計算や指導的な違いにこだわらずに抑圧者との闘いの利益を守る世界革命運動の構成要素と考えられるようになっている。この優位性をさらに強め深めていくべきである。われわれは、自らを必ずしも「トロツキスト」と呼んだり、あるいはわれわれの歴史との一体性を表明しないが、真に綱領的な接近を基盤にもつ革命的マルクス主義諸組織をわれわれの隊列に迎え入れたいと願っている。われわれは、長期的にはわれわれが現在の世界労働者運動の混乱の中で独自の方法で活動を継続したり、あるいは再生を果たしたすべての健全な戦闘的な前衛勢力を吸引する国際的な再編の極であると主張するものである。

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 一九八五年に明らかにしたように第四インターナショナルは今日依然として、同じ全般的な綱領路線を共有する革命的構成体の唯一の有機的な集まりである。その路線とは、次のものを含む。
 ◆賃金生活者のための最小限要求と過渡的要求の実現
 ◆資本主義との革命的な決裂、従属諸国での民主的民族的諸闘争の革命的反資本主義闘争への成長・発展
 ◆労働者の自主組織を基礎とする民主的社会主義、人民の自己決定権と市民の自由の擁護、政党と国家の分離
 ◆民主主義を基礎とする大衆、人民、労働者階級運動の統一、複数政党制、分派の自由、ブルジョアジーとその国家からの独立
 ◆自主組織の拡大と闘争における民主主義の尊重
 ◆一切の寄生的な官僚(スターリニスト、社会民主主義、労働組合、民族主義者などの)による大衆組織支配反対
 ◆女性への抑圧反対、女性の自律的な運動を
 ◆民族抑圧反対、被抑圧民族の自決権と独立を
 ◆反資本主義で反官僚の環境保護
 ◆積極的な国際主義と反帝国際連帯、すべての国の勤労人民の利益のために、排他主義反対、セクト主義反対、外交あるいは実用的な配慮の優先反対
 ◆積極的な構成員による革命的、プロレタリア的、フェミニスト的、民主的な党の建設、そこでは表現の自由と分派の自由が保証される
 ◆大衆的、複数制、革命的なインターナショナルの建設
 この綱領的路線には、第三インターナショナルと一九二五年から一九四〇年までのトロツキスト潮流の革命的な資産と同様に、この三〇年間の新たな革命的な闘争経験に由来する多くの要素が含まれている。われわれの政治的な一貫性は、このように持続的に新たな成果を取り入れ、旧来の資産を再評価することによって維持されてきたのである。新しい問題や経験は常に発生する。そして、それらを理解し分析する努力が絶えず要求される。この努力を実行することこそが、革命的マルクス主義の遺産が硬化するのを防ぎ、マルクス主義が大衆行動の真の指針となるように豊富化していく唯一の道である。

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 この共通の綱領的路線を基盤として、FI内部の革命的な諸組織は今日、FI建設をめざして共同の闘いを推進している。
 わがインターナショナルは、世界革命運動が要求する任務からするならば、依然としてきわめてつつましやかである。しかしそれでもFIは、諸国のFI組織の非常に多様な政治経験を他の組織、特に革命運動のその他の勢力に提供する点で、不可欠で代替がきかない存在である。こうした政治経験を共有化していく能力は、インターナショナルの存在理由の一つである。この能力は、一国的な孤立や独自の経験を単独で理論化しなければならない状況に対処する最善の方策の一つである。この意味で、インターナショナル建設に貢献するという決定は、インターナショナルを構成する諸組織にとって、各国の党建設の一部であると同時に、絶えざる一国的な圧力とそれによって偏向した見解が発生する可能性とを防ぐ道でもある。
 もちろんインターナショナルそれ自体だけで世界について正しい見解をもち、したがってまた世界の一部である各国の情勢について正しい見解をもつことを保証する十全の道具ではない。間違いを正すことはできるが、様々に異なった多くの観点から議論を行い、多くの立場を展開しあったほうがはるかに容易に間違いを訂正できる。多様な観点からのほうが間違いを見つけ訂正することがはるかに容易である。この意味でインターナショナルは、世界を全体として均衡よく認識するための必要条件である。
 集団討論を行う規則と理論を精緻化する手段をもった有機的な枠組みだけが、この有利さを真に提供し、しかもそれを二組織間の対話よりもはるかに体系的かつ全般的になしうる。こうした有機的な枠組みにおいて行われる議論の過程を通じて、それを構成する各組織は、インターナショナルが各国の組織に与えるのと同じほどに多くのものを、総体としてのインターナショナルに与えるのである。

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 FIはこれまで一度として、革命的な思考と行動を有する唯一の存在であると主張したことはない。世界にはわれわれ以外の革命的な組織も存在している。そのいくつかは、われわれも全面的に支持する英雄的な戦闘を領導している。事実として当面、われわれ以外には、上述した綱領的な枠組みにおいて理論と実践を有する大きな組織は存在しない。
 だが、いくつかの組織は上述の項目のほぼすべての点に関して、一点を除くとかあるいは微妙な違いはある(大体は国内、国際組織に関する考え方)ものの、同意する。われわれは基本的に、超セクト主義者を除いて、これらの組織との友好と連帯の関係を追求している。彼らがわがインターナショナルに参加しない理由は、彼らがトロツキズム以外の政治的な伝統を有している、われわれとは別の歴史的な変化をたどり、独自の経験を有している……などが考えられる。これらが唯一の理由であるならば、現在の政治的な後退の中で、われわれがこれらの勢力を統一するために活動すべきであることに疑問はない。
 組織的な分断状況(それぞれの組織の独立)を、ソ連の堕落とそれを生み出したスターリニスト現象の解釈の違いだけを理由にして維持することは正当化できない。つまり、これらの解釈の違いが事実上、現在の諸闘争(たとえばポストスターリニスト社会で進行中の私有化に対する態度)での綱領的路線の違いとならない場合。理論的な相違から重要な政治的な結果がもたらされることを示さずに、類似した分析を組織上の集合の条件としようとする方法は、組織に関する教条的、セクト的、一枚岩的な考えに由来するのであり、多くの場合、まことに民主的でない組織内のあり方と操作主義的な活動とに関係している。
 具体的な闘いにおける政治的な接近とわれわれが目標とする革命党の複数主義と民主的なあり方の考えのほうが、抽象的に考えられた理論的綱領全体への固執よりもはるかに重要である。この観点からわれわれは、いわゆる国際「トロツキスト運動」と見解を同じくしない。この国際「トロツキスト運動」は、自らをそうしたものと主張する諸組織の布陣を含む一つの独自の存在となりたがっている。だからわれわれは、共通の参照点を唯一の基礎とする「トロツキスト運動の再統一」を優先しないし、われわれ以外のトロツキストと自称する組織との関係も上述の基本的な枠組みの中で追求していく。

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 反対に、わがインターナショナルが前述の基本的な綱領的枠組みの対立を背景にその他の革命的なグループや潮流と組織的に分かれて存在し、そして、こうした対立が共通の基本的な闘いにおける相違として敵意やセクト主義とは無縁に受けとめられるとき、われわれは、政治議論、共通の経験、相互尊重を通じて彼らに対して政治的に勝利するよう努力すべきである。
 数次のインターナショナルが、それぞれの時代に非常に大きな社会政治的な変化に伴う新たな課題にそれぞれ対応してきた。現在少なくとも、一九八九年以来の世界情勢における混乱についていえるのは、革命の諸問題と組織間のこれまでの相違にかかわる枠組みが深く変化したことである。まず第一に、われわれは、そうした変化を分析し、その変化から引き出すべき一般的な教訓と革命行動のための教訓の生かし方の両方について一致する必要がある。また、変化に対応する行動から引き出される政治的な一致点を行動で試すことも必要である。そうすることによっていつの日か、新しいインターナショナルの課題と、現在存在するものよりも質的に広範な組織構造を明らかにすることが可能になろう。
 当面、具体的な目標(たとえば危険な状態になっている革命への支援)をもたない革命勢力の世界会議は、最善でも将来性のない不協和音の集まりになるしかない。そうした集まりが少しでも意味をもつには、参加者が最小限であれ綱領的、政治的な均質性をもたねばならず、共通の組織目標を真に追求するものでなければならない。こうした会議へのすべての参加候補者を最少の勢力も抜かすことなく一堂に集めるためには、集まりに必然的に伴う財政負担を応分に分担するという事前の同意が必要であるが、それは必ずしも容易ではない。
 現存する世界革命運動は、スターリニズムとその分解を特徴とする数十年間の産物である。その構成要素は、第一次世界戦争中にキーンタールとチンメルヴァルトの会議に参加した、それぞれが第二インターナショナルとその伝統から生まれた勢力よりもはるかに不均質である。したがって革命勢力の大規模な再結集の条件が成熟するまでに、長期にわたる誕生の過程が必要であり、その過程で共通の議論を行い共通の体験をして相互信頼を高めることが必要である。
 この歴史展望においてわれわれは現在、具体的な課題にもとづいて革命勢力間の結合が可能と判断したときは、われわれ自身がいつでもイニシアティブをとるし、他の勢力のイニシアティブを友好的に受け入れるし、議論を前進させていく。このことは、現在の世界情勢の衝撃を受けて変化している新しい勢力と、われわれとは別の起源をもつ革命諸勢力の両方に適用される。このことは、ブラジルの労働者党(PT)のような大衆的組織、東欧と旧ソ連で登場している戦闘的な社会主義左派のような萌芽状態にある革命潮流に、特にあてはまる。これはまず最初に、政治運動あるいは公開集会で表明されるだろう。そして地域集会、全国的な再結集、あるいは親密な二者、三者以上の相互関係の形態をとりうる。この観点からわれわれは、国際幹部学校を革命運動内の他の勢力に定期的に公開してきたのである。
 われわれは、これと同じ態度をもって左翼政治勢力が議論できる明確な目的をもった国際フォーラムに参加する。たとえ、その参加者すべての立場が反資本主義、反帝国主義からかけ離れたものであってもそうである。そうした例としてたとえば、ラテンアメリカ左派会議がある。これに似たような会議として、欧州、アフリカあるいはその他の会議が明日にでもありうるだろう。参加者たちが非常に不均質であるという事実にもかかわらず、そこには新しい時代における革命潮流の再定義に有益な目印がある。われわれ自身もまた、こうした会議を東欧、インド亜大陸、ブラックアフリカ、アラブ地域などで開催しようとする。しかし、そのときわれわれは常に、われわれが戦略的に集合する勢力や傾向を結合することを優先する。

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 したがって、われわれ独自のFI建設と、革命勢力の広範な国際的な将来の再結集に向けて活動を行うこととの間にはなんら矛盾がないばかりか、われわれが本質的だと考える補完関係がある。われわれは、独自の運動構築におけるセクト主義の方法に反対するが、それが単なるフォーラムであろうと、あるいは新しいインターナショナルであろうと、遂行すべき国際的な再結集の方法に関して一切の一枚岩主義、非複数主義に反対である。
 われわれは、各国とインターナショナルの両次元で傾向(テンデンシー)の権利を承認する。他方、世界革命運動は非常に不均質であるから、今日、再結集が広範であればあるほど大きな機会が存在するのだから、われわれはわれわれとして独自の国際傾向を維持していく。この自由な選択は結局のところ、再結集の共同綱領と協力者との関係でわが潮流の独自性の重みに関するわれわれの判断に依存している。
 どんな場合でもこの判断に関する討論は、絶対に時期尚早である。つまり本質的なのは、民主的な複数制を基礎とした世界革命運動の再結集の原則それ自体にまず同意することである。今日、ある国あるいは別の国で革命運動の統一が前進するのは可能であるが、各国ごとの統一の過程が不均質であるため、革命勢力の世界的な再結集は不幸ではあるが、ここ数年のうちの議題とはならない。もちろんこのことが、再結集に向けたわれわれの努力を中止させるものではない。しかしながら、一国的でできることと国境あるいは大陸を越えてしなければならないこととを混同すべきではない。二つの次元には明らかな質的な違い、本質的な断絶が存在する。
 要点を述べれば、次の二つの誤りを常に避けなければならない。
 ◆われわれのインターナショナル建設だけを考え、それゆえ数カ国で登場する革命的左翼との融合の可能性に背を向けること。
 ◆国内の枠組みだけを配慮し、それゆえわれわれの国際革命組織としての特有かつ無形の原則を水増ししたりあるいは放棄すること。
 
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 今日のわが党建設の課題にとって国際情勢の大きな特徴は、それ自体は現実であり否定できない事実ではあるが、直接の革命展望の弱体化ではありえない。その言葉の意味からして、直接の革命展望は絶えず大きく変動している。他方、世界左翼の政治地図の全般的な再編は、はるかに重要な構造要因に作用する。この意味でスターリニズムの崩壊は、その直後の主流傾向にもかかわらず、まず第一に長期にわたって権力を掌握していた、あるいは野党勢力であったスターリニスト官僚によって縛りつけられてきた労働者階級の巨大な潜在力を自由にしている。またスターリニストによって強められていた反トロツキストの抑止力の崩壊も進行している。
 わが運動のつつましやかであれ実際の発展は、次のどちらの諸国でも可能である。一方はわがインターナショナルが過去、活動していなかった諸国であり、もう一方は現在は勢力拡充の面で困難はあるが、これまでに前衛と大衆運動の双方で一定の信頼と影響力をかちとってきた諸国である。これとの関係で、政治的、綱領的により接近した考えを伴った闘争での一致を基礎にしたわれわれ以外の革命勢力との再結合と、あるいは一定の大衆的な影響力をもち、いくつかの形態の急進化の動きを生み出しうるが思想的には不安定な勢力を階級闘争に引き入れることとの二つが可能であり、必要であることが分かる。FIの諸支部が参加したいくつかの経験はすでに、この二つの可能性を、ブラジル、イタリア、スペイン、セネガル、ドイツ……で具体的に教えている。
 どちらの場合でも――大衆的な改良主義政党への「加入戦術」的な介入とは違って――われわれ自身、共同組織の建設活動に真に戦闘的な経験を基礎にして長期にわたって参加する。しかし、この過程を順調に進めること、民主的な枠組みの中でわれわれが協力者との政治的、戦略的な同意の進行を監視できる機構とが不可欠である。だからわれわれは、わが潮流の支持者たちがFIのメンバーとして協議し、メンバーの資格を維持する権利を要求する。もちろん、その権利を行使するやり方は、共同の国内組織とその規律に完全に忠実であることを前提に議論して決められる。
 われわれは同時に、協力者に対してわがインターナショナルのメンバーでありつづけることが統一した枠組みでの緊張の原因となるはずがなく、むしろ健全で率直な関係の前提条件であることを説得する必要がある。また、わがインターナショナルのメンバーでありつづけることは、教条主義あるいはセクト主義によっては動かすことができず、われわれが固執する一般的な革命的社会主義事業の決定的に重要な一側面であり、それを放棄しないことを説得する必要がある。統一した革命組織における民主的な複数主義という冒すことのできない原則を危うくすることなしに、融合の名目で放棄するよう要求されることのない側面である。
 われわれの忠実さと革命的な率直さとの証拠はまさに、統一組織とわがインターナショナルとの間で可能な最も緊密な共同作業をわれわれが要求している事実のうちにある。われわれが統一組織の協力者をわれわれの国際会議にオブザーバーとして参加するよう招待するのは、この目的のためである。そして、わがインターナショナルは、総体としてのその有効性を示し、統一組織に対してFIメンバーが一国の統一組織にメンバー資格をもったまま参加することはプラスであり、不利な条件ではないことを説得しなければならない。
 確かにある国の事情は、ほかの国の事情とは異なっている。一国で再結集がなされる政治条件は、国ごとに違っている。したがって、再結集過程の政治的、綱領的、組織的な性格は、それぞれ固有である。われわれはいずれにしても、再結集と融合の一般理論を詳細に述べようとは考えない。今日の国際情勢は、各国ごとの政治再編過程が均一になる方向に作用していない(国際情勢が有利に作用する場合とはたとえば、第三インターナショナルの歴史的な実例のように、大国での革命の勝利と関係づけられる場合である)。

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 上述の議論全体は、長年にわたるその経験と誤りによって磨き上げられたわれわれ独自の第四インターナショナルに関する概念に関連づけられた場合にのみ、揺るぎなく信頼できる。
 特に一九八五年の第一二回世界大会でわれわれは再度、一国での党建設方針が世界組織の中央で決定され、各支部が普遍的あるいは地域的に同一の路線を実践しなければならないというインターナショナルについての考えに反対した。われわれは、かつて生まれたわれわれが「世界革命党」であるとの自認を否定し、はるかに着実な、しかし具体的で本質に迫る世界革命運動の一支流、共通の思考と各国組織の政治・行動の調整のための枠組み、柔軟で民主的かつ複数主義の内部機能をもった国際的な集合であるとの考えに傾いた。 第四インターナショナルは「中央」に束縛される下位組織の集合として形成されていない。第四インターナショナルの各国組織は、インターナショナル建設のために共同作業をし、そのためにメンバーや物質的な手段を提供しているが、それぞれの国の現実の階級闘争にしっかりと縛りつけられている。インターナショナルの民主集権制は、それぞれの国の組織の民主集権制の複製ではないし、官僚的な集権制に陥らない限り、そうなるはずもない。第四インターナショナルの各国支部による多数派方針の順守は、至上命令ではなく、自由に同意されて実行されるものである。多数派の立場は、規律を通じて強制されるのでなく、各支部は、少数派に属するとき、その見解が反資本主義、反帝国主義の枠に違反しない限り――これに違反するのは第四インターナショナルとの決別に等しい――公然と表明できる。
 事実、非常に長い間組織内の複数主義を実行してきたし、この複数主義が現在の革命的な潮流にとって不可欠となっていると主張している。第四インターナショナル内部の見解の様々な分岐は、われわれにとって不利であるどころか、主要な強みですらある。この複数主義は、われわれの共通の綱領的な路線から自然に出てくる戦略的な接合の枠組みにおいて実行され、そして戦略的な接合は、主要な地球規模の様々な事態に関する、多くの場合事前の協議のない各国支部の本質的に一致した反応を通じて示される。

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 インターナショナルに関する中央集権的な考え方や第一期コミンテルンの考え方を今日の時代、放棄すべきであるとしても、革命的国際主義は、連帯活動の促進やネットワーク活動には限定されない。プロレタリア国際主義の基本は、万国の労働者階級が団結して共同して資本主義と対決する必要性にあったし、資本主義がますます地球規模的になっている今日では、かつてなくこの基本が重要である。これは、帝国主義が支配する国際機関――国連のような政治機関であれIMF(国際通貨基金)のような経済機関であれ――の活動がより積極的になっており、そしてEC(欧州共同体)や北米自由貿易協定(NAFTA)のような巨大な資本主義組織が生まれている現在、かつてなく鮮明である。
 現在、歴史的な変化を考慮すると必要なのは、国際主義の行動を減らしたり、あるいは実在するインターナショナルを単に維持することではなく、国際主義を強め、政治的、組織的な共同作業を強め、国境を越えて共同して計画され組織される活動を強めることである。この必要性は、狭い民族主義や民族的な自己中心主義が破滅的な結果をもたらしかねない勢いで発展し、実際に正視に耐えない大量虐殺が行われている現在、ますます尖鋭かつ緊急なものとなっている。国際主義は今日、今世紀で再びバーバリズムの完全な対立物になっている。しかし適切な国際主義意識は、適切な政治的、組織的な実践なしには、そして国内組織の建設と同時にインターナショナル建設活動に参加することなしに、大きく花開くことはない。
 われわれが建設するインターナショナルは次のようでなければならない。
 ◆世界規模や主要な地域、グループとなっている諸国といった次元で、共同作業を行い、政治的な運動と活動を組織できる能力をもった有機的な道具であること。
 ◆多くの国でいまだ萌芽的であろうとその革命運動を構築するための確実な支援を提供できる手段とカードルを有する道具であること。
 ◆改良主義が支配する労働者運動内部あるいは民族主義者が支配する民族主義運動内部で革命的社会主義潮流を組織するために活動する組織された道具であること。
 これまでに蓄積されてきた世界革命運動の遅延は巨大である。現在の世界で最も大きく前進をとげているのは、不幸にも革命運動でなく、この新たな恐ろしい資本主義の衰退の時代に全世界で登場している極右の運動である。自国の特殊性を考慮するという口実で、自然発生性だけに、あるいは単なる連帯活動に依拠して前述の課題の実現に向けて対処しようとするの、犯罪ですらある。前述の課題のために闘うべきであり、それを実現するには国際組織が必要なのである。

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 以上が、いくつかの国での再編の可能性や国際的な再結集あるいは新インターナショナル建設に関する協力者との討論の可能性にもかかわらず、われわれがたゆみなく、唯一「実在」する国際組織としての第四インターナショナル建設を任務としつづける理由である。組織内部の機能と組織構造および諸機関の信頼性を改善するために開始した努力を継続しなければならない(一九九一年の第一三回世界大会の組織の機能に関する文書を参照)。
 われわれは、第四インターナショナルが存在しない諸国や革命運動の前進となるような独立した組織が存在する諸国で、わがインターナショナルと結合する新組織の発展を支援するという従来からの活動を継続する必要がある。ここで、一九九一年の決議から引用することは適切である。
 「……ある国で自ら支部たらんとする組織を支部として建設するのが直接の課題であると決定するのは、時宜をえておらず、教条的な原則にもとづくことである。これはセクトのやり方である。彼らは、支部(多くの場合彼らにとって、事実上全能の全国指導部である)を世界組織中央の「出先機関」と考える。われわれにとって支部とはまず第一に、各国での革命の任務との関連で決定されるべきものである。支部を建設していくのは、この任務にそってのことである。自立した党建設か、あるいはそれが可能な場合には公然とより大きな党の内部で傾向を建設するのか、という選択の問題以外に、いくつかの国では、実際に存在する革命的な組織に関して次のような問題について判断する必要がある。つまり、その組織は、その国での革命の任務に対応する軌道にあって、それゆえわれわれ自身が決定した任務と一致していくのか。それとも、その組織は堕落をとげようとしているのか。後者の場合、すでに引き返し不可能な点にまで達しているのか――という点に関する判断である」
 「したがって、あらゆる国における支部建設は、短中期的には自動的には決定されない。他方、支部を建設しないという決定は、当該の国でわれわれの綱領の目標と機関紙(誌)を、われわれの思想を最大限に確信させるという目的をもって、ことに革命家たちの間に普及させる努力を必ず伴わなければならない。同様に、わがインターナショナルは、現存する革命組織との間で協調と信頼の関係を構築しなければならない。その関係構築を通じて、彼らは大衆的、革命的インターナショナルの展望に獲得されていくだろう」
 真に社会的な存在となっている革命的あるいは戦闘的な潮流の成長と結合して、彼らを支援し、彼らから学び、革命組織の構築を共同して担うことは、不毛なほとんど成果のない急いで旗を立てる活動よりもむしろ、革命運動の将来にとって、そしてわがインターナショナルの積極的な変革にとって極めて意味が大きい。

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 この大きな政治的な再編の時期での組織的挑戦は、また別の関連する側面の課題を生じさせている。すなわち理論的、綱領的練り上げがことのほかに重要になっている。このことは、われわれの公然としたマルクス主義の検討と、われわれがすべての問題について回答をもっていないし、旧来の概念の再検討が必要であるというわれわれの確信から生じている。これまでにわれわれが執筆した諸文書、つまり女性の抑圧に関して(一九七九年)、社会主義民主主義に関して(一九八五年)、われわれの宣言(一九九二年)は、綱領を現在の状況にあったものに改めたいという、この願いを表している。現在準備している社会主義エコロジーもまったく同様である。
 過去数十年間の世界の変化によって非常に多くの問題が生まれ、そのいくつかは極めて複雑である。そして現在のマルクス主義にとってこれらの問題は、結論の出ていない分野である。われわれは、この分析と綱領更新の努力に大きなエネルギーを注ぎ込んで貢献すべきである。この努力は、それが集団的である程度に応じてより成果の多いものになっていく。わが陣営内部の集団(これは明白でも自動的でもない)、世界革命運動の協力者やマルクス主義路線を追求する専門のパートナーとの間での集団の形成が必要である。わがインターナショナルの教育、そして分析の機関(国際学校)は、情勢やエコロジーなどに関する学期やセミナーを通じて、両方の意味での集団として大きくはないが着実な位置をすでに占めている。理論的な刊行物も、この面で貢献すべきである。
 われわれは、インターナショナルがこの分野でも同様に不可欠な道具であることを示さなければならない。
 
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 今日の世界における新しい国際的な社会主義事業の信頼性は、主要資本主義諸国で大衆的な反資本主義闘争を再び展開していき、資本主義とその国家構造と対決する革命的な社会的、政治的な行動を実現する能力が現実に示されるかどうかに、大きく依存していく。「センター」諸国は依然として、世界規模の反資本主義戦略における決定的な環でありつづけている。ここで確立している階級間の力関係は、世界全体の闘争の結果に大きく影響する要因である。従属諸国の闘争が頼むことができる、帝国主義国家権力の行動を阻止ないしは不能にさせうる唯一の同盟者は、これら帝国主義諸国の大衆運動である。湾岸戦争は、この関係を激しくかつ悲劇的に示した。
 ◆インターナショナルが参照の極とみられるためには、自らが主要帝国主義諸国で信頼にたる政治勢力であることを主張できる存在でなければならない。しかし現時点で、かつ、この十年間のこれら諸国での社会政治的な変化に無関係ではないが、これら諸国での第四インターナショナルは非常に弱い。ドイツ、日本、アメリカでは、われわれの支部は非常に弱体であり、かつ分裂している。イギリスでわれわれは、二つの革命組織に大きく追い越されており、しかも両組織はわれわれに対してセクト主義の態度をとっている。フランスのわが組織は、一九八〇年代に弱体化し、内部分裂に苦しんでいる。
 この傾向を逆転することが緊急課題である。この課題に大きな注意を払わなければならない。なぜならば、主要工業諸国で一定の意味をもつ存在でないと、今日の世界では自らをインターナショナルであると主張できないからである。従属諸国でのわが組織も急速に弱体化の方向に向かいつつある。その理由は、帝国主義諸国の支部からインターナショナルを通じて継続的になされる貢献が有効ではないことにある。
 ◆社会主義事業に信頼性を取り戻す上で大きな比重を占める別の要因は、ポストスターリニスト諸国で反資本主義・反スターリニストの意義ある社会主義潮流が登場することである。われわれは、これら諸国での党建設――非セクト主義的なやり方と受け取られる――を、インターナショナルの優先課題としなければならない。われわれはすでに、現在の必要性からすれば決して十分ではないが、われわれの物質的な力量の相当部分を配置した。反資本主義左翼に関するわれわれの決算書は、まだ非常に限られたものである。その第一の理由は、まさにこれら諸国で社会主義の信頼性の喪失が最大であり、なおかつ資本主義への幻想が最も広範に存在していることにある。しかし、資本主義復活による苦しさを具体的に体験することによって、むしろ相当早い時期に社会主義の信頼性の喪失と資本主義への幻想は消え去っていくだろう。つまり、だからこそ、ここでの闘いを決して放棄してはならないのである。他方、これら諸国の同志たちとこれら諸国で最も適切な扇動と党建設の方法に関して討論する必要がある。しばしば生じる間違いは、資本主義諸国で行われてきた伝統的な方法を踏襲することである。
 ◆今日、世界帝国主義体制で最も弱い環は依然として従属諸国である。現在、革命党あるいは前革命党を建設する最大の可能性があるのは、依然としてこれら諸国である。わがインターナショナルが中央の物質的、人的な力を最大に振り向けるのは、これら諸国である。インターナショナルは、ことに新たな急進化を経験している諸国で形成されている可能性を探り続けていく。

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 第四インターナショナルの諸組織を含む今日の革命的な組織の多くは、一九六〇年代末と一九七〇年代初頭の闘争と議論という刺激のもとで構築された。今、この刺激は消え去っただけでなく、刺激が消え去ったことによってもたらされた政治的な後退から根本的に回復させることが必要になっている。この回復は、本質的な青年の急進化の新しい波が生じるかどうかにかかっている。しかし、この急進化は、われわれを楽にするのではなく、その反対に、青年を獲得し、若い政治カードルにしたてあげ、われわれの指導部を若返らせるための闘いを緊急かつ最優先のものとするのである。女性(一九九一年の決議を参照)と青年にふさわしい位置を与えることは、かつてなく今日的な意義がある原則である。
 確かに、これは単に指導部を新しくするだけの問題ではない。女性と青年の間で発展している闘争と反乱は、最も劇的な方法で社会の変化を表現している。フェミニゼーション(フェミニズム的にすること)と組織(指導部)の若返りは、新しい任務と闘争の形態、そして新しい闘争と解放運動の主題により適切にわれわれを対応させていく道でもある。

三里塚・朝倉
開港阻止決戦第九ゲート戦士
新山同志の十五回忌集会


 三里塚第二期計画白紙撤回を政府が公表して間もない六月十三日、三里塚朝倉の現闘団団結小屋で、開港阻止決戦の第九ゲート闘争に倒れた新山幸男同志の十五年忌の集会が開かれた。
 出身地である山形、そして宮城、福島、関西、関東各地区の仲間たち、反対同盟から石井武さん、堀越さん、島村さん、長谷川たけさん、小川剛正さん、岩山の岩沢さん、秋葉さんら朝倉反対同盟のみなさんが集まった。
 同志新山が命を捧げた七八年三月二十六日の開港阻止決戦が二期用地強制収用を阻止する原動力になったことを思えば、十五年を経過してかちとられた土地収用申請取り下げは霊前に捧げる最大の報告であった。
 集会は反対朝倉同盟を代表して秋葉哲さんのあいさつにはじまり、反対同盟を代表して石井武さんのあいさつに続いた。島村さん、堀越さんの発言をふくめ、開港阻止決戦から十五年目の「シンポジウム」の結論の評価、同盟としての今後の考え方がそれぞれ同志新山の闘いと遺志を今日に生かす観点から述べられた。
 なかでも石井さんは一坪共有地運動について、マスコミの動きもあり、安易な対応に陥らないように強く注意をうながした。
 山形代表の梅津さん、管制塔戦士を代表して前田さん、宮城の加藤さん、プロ青現闘団代表など各地、諸グループの発言があった。
 最後にたった岩沢さんは、なぜシンポの最終回に参加したかを熱っぽく語り、新山が夢に出てきていたが、秋田の墓参りをして以降は出なくなったと語られ、笑いのうちにも全体をしんみりさせた。
 集会のあと、懇親会で打ち上げとなった。