1993年10月10日        労働者の力              第49号

民主主義を嘲笑する悪法
小選挙区比例代表制の導入に反対する


小選挙区制導入のトリック
―民間政治臨調の構造

 社会党議員の九〇%までが本音は反対だといわれる小選挙区制度の導入が、党大会であらためて確認された。また自民党の大勢も導入に消極的なはずであるが、この党も、さらに限りなく純粋小選挙区制度に近い案を党議決定している。
自社両党は自らの本意と正反対の方向に進んでいる。仮に両党の一部議員が「造反」したとしても、圧倒的勢力である与野党の大勢は動かず、この新選挙法案は両者の妥協によって成立する可能性は高い。
なぜ、このような政治的「手品」ともいうべき事態が進行しているのか。言い換えれば、日本政治を「領導してきた」自社両党が主体性を全く喪失して事態に流されている理由は何に起因するのか。そうして、生まれつつある新たな政治舞台の基本性格はいかなるものなのか。選挙制度改悪はそれとどのような関係にあるのか。
政治の「手品」が可能になるためには、見る側の「錯覚」と、それを引き出す「仕掛け」とが必要である。
「五五年体制政治」を清算しようとするこの手品は、政・財・(官)・労に宗(教)、報(道)を加えた大連合軍の仕掛けである。錯覚の種は非自民党政権という名分である。
昨年秋に「民間政治臨調」が旗揚げし、日比谷野音で集会を開いた。壇上には自社を含む議員たちが並び、会場は全電通や鉄鋼労連の労組動員部隊が埋めた。小沢一派の看板である羽田も登場した。
この民間政治臨調には大マスコミの政治部長クラスが肩を並べ、会長は財界幹部である。政財労、プラス公明党を媒介とする宗、そしてマスコミ各社という報が連合し、旗揚げしたのである。
民間政治臨調の構造が基本となり日本新党を加わえて連立政権となる。
民間政治臨調の基軸は、政(小沢)、財(亀井)、労(山岸)である。これは財と労が日本の大独占体、輸出企業の労使連合であり、政がその利害を表現するという組み合わせである。
この連合の基調は簡明である。アメリカをなだめ、「自由貿易主義」の建て前からはずれないようにつなぎ止めることが最大眼目である。第一は、「米」(自民党の問題)に象徴される「保護主義」の撤廃である。第二は、世界の憲兵であろうとし続けるアメリカの帝国主義としての軍事力を全面的に支える(社会党の問題)ことである。
前自民党政府体制の最大問題が、米政策のドラスティック変化を農村党の側面を持つ自民党が貫徹できないことにあり、さらに保護行政の網の目は、中小企業主、商店主という自民党草の根支持の根底に横たわっている。
自民党はまさに政権党であり続けてきたがゆえに、その総合政党として自らの支持基盤に逆らうことができない。
そうした自民党政権(および自社体制)のしがらみを断ち切る「強い政権」の形成――これがいわゆる小沢路線として現実化する日本大独占体労使合作の基調であり、その具体的な仕掛け装置が民間政治臨調であった。

強い政府のために
保守独裁を狙う小選挙区

  
リクルート疑獄を契機とした自民党の政治改革案が具体的な出発であった。内務官僚族のトップに立つ後藤田が仕掛けたのである。羽田が前面にたち小沢がバックアップした小選挙区導入の「政治改革」案は、自民党の内紛を通じて海部、宮沢という二つの内閣の命運を奪った。
そして自民党内での小沢の孤立が明確になるに至って民間政治臨調が登場する。改憲、開放、改革の三つの「カイ」は、今年年頭の読売新聞をはじめとする大マスコミの強力なキャンペーンの軸となった。これが自民党に「血を流させ」、社会党を「瀕死状態」へと追い込んだものの正体である。
だが、公平を期すために言えば、民間政治臨調の多方面にわたる提言、改革プランには、それなりに自民党政府政治の硬直化、官僚化を越えようとする側面も盛り込まれていた。例をあげれば、十八歳選挙権の承認、一定期間日本に居住した外国人への選挙権を地方選挙に限定してではあるが認める、などがそうである。これらは一種の「目玉商品」として導入されたであろうが、同時に現在の連立政府案がかなぐり捨ててしまった民主的ポーズや「公正さ」への配慮も見られるものである(資料1)。
そうした民間政治臨調を、一部社会党の主張に譲歩しつつも、「公正さ」のポーズのほとんどを削除し改悪したのが政府案である(資料2)。
民間政治臨調の提言に乗り、それをより露骨なものにつくりかえた背景には、公明党市川書記長の後押しを受けた新生党小沢の存在があるであろう。
臨調案のさらなる全面的な改悪である小選挙区比例代表並立制の導入を通じて、以下の二重の狙いの同時的な実現を狙っている。第一は、挙国一致的な一党支配的体制の実現であり、第二はルーズな党機構に代わる集権的党組織の貫徹である。
様々な利害集団があり、それぞれの社会集団が政治に結びつく状態にあって、それらの諸集団の利害に左右される党組織ではあってはならない。いうなれば、諸集団の利害から超然とした党である。旧幕藩政治に代わった明治政府は、藩閥独裁であり、人民に超然とした政府であった。その人格的代表である大久保利通を理想とする小沢ならでの発想である。
こうした政治構造を志向する勢力が、はたして民主主義的なものの考え方、発想をするものかどうか、判断は容易であろう。
以下、小選挙区比例代表並立制の連立政府案を検証してみよう。

新選挙制度案(1)
民主主義を蹂躙する政治の独占化

 連立政府案の最大の特徴は、世界的にも類を見ないような既成政党擁護、新たな勢力の政治参加へのきわめて厳格な資格制限の性格である。それは法案条文の、ありとあらゆる個所がそうだといって過言ではないほどに貫徹している。立候補の資格、選挙運動の資格、供託金の高額化などによって既成政党しか満足な選挙運動ができない仕組みとなっている。これは臨調案にはなく、政府案で加えられた厳しいハードルである。
 第一、無所属候補も認める体裁をとってはいる。が、その場合は選挙運動は候補者個人だけが許され、政党が組織として自由にやれる運動は許されない。
 第二、既成政党は小選挙区と比例代表への重複立候補ができるが、新たに参加する政党や政治団体には拒否される。
 第三、比例区での供託金がきわめて高額なものに設定され、しかも候補者三十人以上という下限が設けられている。
 第四、小選挙区では、既成政党以外には無所属だけが認められ、新たに参入する政党、政治団体は無所属扱いにしかならない。
 具体的に考えてみる。
 あるグル―プがはじめて衆院選挙に挑戦しようとするとき、小選挙区でのグル―プとしての運動はどんな形でもできない。候補者個人にしか選挙運動は許されない。
 比例区ではなによりも三十人の候補者を確保し、まず一人当たり六百万円、総額一億八千万円という巨額の供託金を用意しなければならない。これをクリアしてのみ、はじめてグル―プとしての選挙運動ができるようになる。
 だが小選挙区で支持が相当に見込める人を立候補させても、比例区でのグル―プの選挙運動とは連動できない。小選挙区ではその個人は政党所属候補としては登録できず、また絶対に比例区名簿には二重登載できないからである。逆に、個人的な知名度の高い人を比例代表名簿に登載しても、その個人は個人としての運動はできない。
 個人の名声、知名度を直接に党の得票に結びつける方策は厳重に阻止されている。政党、政治団体として複数の当選をめざすのであれば、はじめから小選挙区は放棄するしかない。このような矛盾に誘導されている。
 だが、既成政党はそのような矛盾から自由である。
 開かれた政治、誰もが参加できる政治が民主主義政治の前提であることに同意するのであれば、以上のような選挙制度はとうてい民主主義の制度としては容認できるものではない。さらに「法のもとでの平等」という憲法が保障する民衆の権利に対する真っ向から挑戦する、憲法に違反する法案であるといわなければならない。

新選挙制度案(2)
社会党の「買収」法案

 政党助成法案が対象とする政党、政治団体も上記の小選挙区に立候補できる政党、政治団体の資格と同じである。
 社会党赤松前書記長が書記長在任中、党内説得のために主張したところによれば、連立政府案によって、社会党の現在の財政規模を倍加する資金を社会党が受け取ることになるという。また、赤松は新選挙制度は社会党にとって有利であるとも主張している。この意味には少しひねったところがある。つまり、このままでは社会党はじり貧、数十議席に転落するが、連立与党間の選挙協力が望めるからさほどは後退しないということである。換言すれば、連立与党という枠組みを維持するために社会党の存在が必要である間、つまり次の選挙だけは他党の「お情け」を得られる、というわけである。
 赤松はまさに党利党略、しかもほんの目先の利害を法案の利点として主張した。民衆の立場からの公正な選挙への視点は一かけらもない。政党による政治の私物化、しかも、この場合の政党は既成政党である。
 社会党は、民主主義の名において小選挙区比例代表制への絶対反対を掲げてきた。この四月、当時の委員長であった山花は、機関紙社会新報でそのような主張を行った。社会党は小選挙区比例代表制が民主主義の精神に反する発想であることを十分に知っているのである。
 
政治の総与党化――
政治の私物化と腐敗
 

 茨城県の竹内、宮城県の本間――二人の逮捕された知事は、その出自はどうあれ、いずれも総与党化の構造上に一種の独裁者として県政を私物化してきた。こうした賄賂、利権・金権政治の構造はこの二つの県だけではなかろう。程度の差はあれ、基本的には全国共通と思われる。
 その温床が総与党化といわれる政治構造である。
 革新自治体運動を社会党が放棄して以降、地方自治体の政治は緊張感を失い、自治体首長選挙は無風、すなわち極度の低投票率へと転落した。政治への住民参加の風潮は一挙に後退し、行政の官僚化が進むとともに、その首長の力も増大した。
 社会党が民衆の意識に働きかけることよりは、権力構造に接近する方向を選んだことによって、あるいはより正確には、そのように志向する勢力のヘゲモニーが増大する程度に従って、政治の堕落の程度が増した。民衆の政治からの疎外と利権に群がる集団による政治の私物化である。
 企業が賄賂を企業活動の必須の一部として認識するためには、当然賄賂を役得の一部、あるいは政治活動の一部として認識する政治的風潮がなければならない。
 日本における政治の堕落は、消費税導入を象徴とする竹下の政治手法を典型とする。いま、堕落型である消費税の税率アップが公然といわれ、そして選挙制度が堕落型に変えられようとしているのである。

民衆の政治参加への警戒
民衆の政治を切り開こう

 だが、こうした政治総体の堕落と私物化の意図的、制度的な推進は、これらの既成政治勢力が、民衆を見くびっていることと同時に民衆を警戒していることをも表現している。
 堕落型消費税と闘った土井社会党は、選挙において民衆の支持を得たが、その後、政財官労を貫く堕落型政治の全面反攻によって打ち破られた。
 「選挙という一瞬の行為においてのみ民衆は主権者である」という間接民主主義(議会制民主主義)の最大の欠陥が体現された。政治は民衆を見くびれる根拠を手中にしたとも自認できるわけである。
 だが、民衆が主権者であるという力を発揮する一瞬が、常に到来する可能性を持っている。その可能性を芽から摘もうとする――ここに総与党化型の堕落政治を制度的に補完しようとする意図が現れた。
 制度は万能ではない。しかし相当の力を発揮する。選挙制度も同じである。比例代表が並立されていても、選挙戦の主舞台は小選挙区にある。ここで闘えないのであれば、全体への影響力は次第に後退せざるをえないであろう。制度がそのように仕組まれている。共産党の危機感もまた、選挙区での「むなしい」闘いの継続が極度のエネルギーを要求することを実感しているからである。
 しかし繰り返すが、制度は万能ではない。いくえにもハードルを築いて政治を独占し、私物化しようとしても、それで社会が制御、統制できるものではないことも明らかだ。また、社会党が党利党略に陥り、総与党化に棹さすものへと変化した今、民衆の政治疎外を打破する努力を相変わらず社会党に委ねておくことはもはやできない。
 選挙制度が早晩確実に政治のさらなる堕落と腐敗を導くであろうことは明らかであるから、当初からこの悪法の障壁を突破しようとする努力は意味あるものとなる。まずはその障壁、排除条項の突破が必要である。その突破に力を投入しなければ、新たな政治勢力は民衆によってノミネートされないのである以上、選挙を闘う新たな政治勢力の形成を避けては通れない。
 新政党形成の民衆的広がりはすでに各方面に生まれている。排除条項を突破するための協同としてのネットワーク化は、十分に可能である。
 小選挙区比例代表並立制の反民主主義的性格を明らかにし、その強行導入をはかる勢力が堕落型政治の推進者たちであることを暴露し、そのような勢力の陰謀を打ち破る民衆的力の公然たる登場と、壁の突破を訴えかけなければならない。
 新選挙制度反対、排除条項を突破する新たな政党形成をめざそう。
     (93・10・5)

資料 衆議院議員選挙制度の改革

■(1)民間政治臨調調案要旨□

@定数
 総定数を五〇〇人とする。うち小選挙区定数を三〇〇人、比例定数を二〇〇人とする。
A選挙の単位
 小選挙区選出議員の選挙は各選挙区で、比例代表選出議員の選挙は各都道府県の区域でおこなう。
B、定数配分と選挙区区画(略)
C立候補
1 政党による候補者の届け出
 ア 以下に該当する政党は小選挙区候補者と比例候補者(名簿)を届け出ることができる。
 A 所属国会議員五人以上
 B 直近の国政選挙で一%以上の得票
 C 小選挙区候補者を二〇人以上、かつ比例候補者を小選挙区との重複立候補者をのぞき五以上の都道府県で一〇人以上有すること。
イ(略)ウ(略)エ(略)
オ 小選挙区候補者と比例候補者は、兼ねることができる(重複立候補)。
2 その他の政党・政治団体の候補者と無所属候補の届け出
 ア・1のア以外の政党・政治団体も名簿を提出できる。ただし、一定数の名簿登載者を必要とする。
 イ・1のア以外の政党・政治団体に所属する者および無所属の者は、本人が届け出ることにより、小選挙区候補者となることができる。
  
■(2)連立政府案要旨□

2、総定数を五〇〇とし、そのうち二五〇を小選挙区選出議員、二五〇を比例代表選出議員とする。
3、小選挙区選出議員は各選挙区において、比例代表選出議員は全都道府県の区域を通じて選挙する。
4、投票方式は、記号式二票制とする。
5、小選挙区での立候補は@所属国会議員を五人以上有するA直近の総選挙または参院通常選挙のいずれかの選挙での得票率が全国を通じて三%以上、のいずれかに該当する政党の届け出により行う。ただし、本人届け出または推薦届け出による立候補もできる。
 比例代表では、小選挙区の@、Aのいずれかに該当する政党または名簿登載者を三〇人以上有する政治団体は、当選人となるべき順位を記載した候補者名簿を提出できる(拘束名簿式)。この場合、小選挙区の@、Aの政党については、小選挙区との重複立候補ができる。
 供託金は、小選挙区では候補者一人三百万円、比例代表では名簿登載者一人六百万円(重複立候補である名簿登載者は三百万円)とする。
6、比例代表では、各政党の当選人数は、各政党の得票数(三%に達しなかった政党を除く)に基づき、ドント式により決定し、当選人は名簿の順位により決定する。
7、小選挙区では、候補者個人のほか、候補者届け出政党が一定の選挙運動を行うことができる。比例代表では、名簿届け出政党が一定の選挙運動を行うことが出来る。
 戸別訪問は総選挙において自由に行うことができる。
平和運動と地域共闘の前進をめざす全国連絡会議」結成と

                              「新党」論について
                 宮城・亀谷保夫


 結成された「平和運動と地域共闘の前進をめざす全国連絡会議」(以下、地域運動連絡会議と略記)の特徴は、第一に総評センター解体の事態に対して、総評運動が表現してきた「国民運動」、平和運動、地区共闘の継承を広く全国の運動にしていくという主旨にあり、第二に日教組の社会党党員協左派の活動家集団(如月会。結成総会にも二〇人ほどが出席)の参加を受けて左派活動家運動の領域が大幅に拡大されたことにある。
 誤解のないようにいえば、地域運動連絡会議は組織加盟の「共闘組織」ではない。連合内外の領域を横断する活動家組織である。財政規模も組織機構もそのようになっている。

底流となった社会党と
新党結成問題


 結成総会およびそれに至る過程では当然、保革連合ブロックに飲み込まれ危機を深めている社会党組織との関係が様々に論議された。
 結成総会で、新政党形成を自説とする岩井章さんや全労協議長である山崎道人さんが強くその方向性を提起したことは当然として、参加した各代表者の方々にも、社会党問題、新党問題を避けては通れないという意識は共通のものだった。
 労働運動活動家の結合体であるという組織の性格から、政党問題を正面から取り上げることはいささか性急という側面はあながち否定できないが、社会党・総評ブロックといわれ、運動と組織、政治の構造が一体化していたのであるから、労組運動と党運動をきれいに分けることは到底できない相談である。
 結成総会での流れは、大別して二つの傾向が示されたように思える。一つは社会党の再生の主張、二つは前述した新党結成論。事務局長の中小路さんの集約は、二つの傾向は相互に対立するものではないというものであった。双方の論調は相互に補完しているという集約はその通りともいえるが、そのレベルで満足していては「いざ鎌倉」への備えができるのかどうか、さらには日常の運動の構え方が自ずと違ってきはしないか、少々課題を残していたと感じる。
 結成された地域運動連絡会議は、表面は社会党左派の組織である。
 少々しんらつな見方をすれば左派は独立派を利用しているともとれる。独立派は、いくつかの地区を例外として、残念ながら地域連絡会議の中で一定の力量をもって全国的に組織と運動を担うまでの準備はなされていない。「新党」を主張しても具体的な力量や構えがあるとは、今はいえない。つまり攻勢的なイニシアティブを発揮するにはまだ距離がある。地域連絡会議の論議の結論が両論併記的に終わった根拠でもある。
 
社会党の
「内と外」と新党 

 この点について少し考えてみたい。
 岩井さんや山崎さん、あるいは中小路さんをはじめ会場の多くを占めた人たち、社会党員であり、したがって社会党の今後について主体的発言を行う資格を持っている人たちと、社会党の外部にいる立場とでは問題の意識の仕方、とらえ方が違ってくるのは仕方がない。
 労組党員であることは単産内イニシアティブ組織としての「党員協」をどうするかという、党員としては直接に死活がかかる問題に直面するわけだから、「新党問題」は社会党の相当程度の規模での組織分裂と切り離せない。社会党員である立場からは「新党」は「党分裂」と一体であり、労組党員にとっては「党員協分裂」と一体である。党員協としての「力」が危険にさらされることも一定程度は覚悟しなければならない。
 こういう事情があるから、党内左派は一方で「外部との連携」を必要とし、外部勢力との協同の運動組織を進め、市民運動やその他、現在の社会党では必ずしも十分に対応できない分野、領域との結びつきを求める。反面、党組織からの「分裂」には慎重に対応するということにもなる。
 社会党の「分裂」を断行せよとは、外部の人間にはいえないことだから、そのように主張するつもりはない。そうではなく、「連合」の勢力が主張する保革連合や保守二党論までの突き進みに対して、左派はどのような新たな運動とその政治勢力化を描くのか、という問題が浮上しているはずだといいたいのである。
 誰からみても衰退し、解体的危機に直面しつつある社会党組織――その党組織が単なる一つの「党」であり、その中での、たとえば議席をめぐる順位であるとか、役員のポストであるとか、専従職員の職の問題であるとか、そのようなことであれば、その運命について「勝手にしろ」ということにもなる。が、党員十万人の党が一千万の人々の「党」でもある、あるいは「あった」となれば、話は全然違うものとなる。
 一千万人を越える人々が支えてきた「党」の位置を、あらためて一千万人の人々の世界に、どのようにして「再生」させるか、ということでなければ、「再生」と「新党」の接点は生まれてこないと思う。
 
「新党」の具体化に
必要なこと
 

 「新党」に関して「護憲新党」なり「市民党」なりのイメージ論議がはじまったばかりの段階の状況で必要なことは、それぞれの認識やテンポ判断などの違い、あるいは「再生か新党か」、さらには岩井さんの言う「哲学」など様々な分野、領域での選択、判断の違いはあるが、それらを大きく結びつけていくことである。
 問題を次のようにたててみる。
 一万人の党と百万人の支持者。この程度の「党」が最低限必要だとすれば、つくるためにどれだけの戦力が必要なのか、このように判断していくように構えるべきだ。「理念、哲学」があれば、あとは技術的にすり抜けられる、というものではない。そうでないと「好き者」だけが集まる党となる。
 「統一戦線的党」で構わない。各党派、潮流が集まる。その際、各党派潮流は主体性を保持し続けることも当然である。
 そうした連合党に向けてどのような努力ができるのか。全国選挙である以上、全国の各都道府県において、どれだけの支持者層を見込めるのか。「党員」はどれだけ獲得できるのか。資金はどう考えるべきか。今は最初に哲学、理念があるというよりは、具体性の中に現実性を探ること。その現実性にむけて論理を組み立てていく。こうした発想が必要である。
 統一戦線党だから様々な理念・哲学を持っている人々の集まりである。社会主義の理念もあれば、それはいやだという理念の人もいるだろう。岩井さんのように「階級闘争」の人もいれば、国労闘争団の人のように「勝ち抜くために生きる。生き続けて行くために必要な党」という哲学があってもおかしくはない。
 「新党」は、理念、哲学は様々だが、しかし「新党を求めている人々」をどれだけ結集できるかにかかってくる。
 
小選挙区制と闘う
「公選法上の党」 
 
 一万人の活動家と百万人の支持者がいるとなれば、この「公選法上の政党」は国政選挙を闘える。少なくとも一回は闘える。
 この「公選法上の政党」は、「小選挙区制を粉砕する闘い」を、「小選挙区制の選挙を闘う」ことによって実現するということである。つまり、議会制民主主義を否定する小選挙区制に対して、議会に人を送ることを通じて議会制民主主義を回復するために闘うのである。その手段としての「公選法上の政党」をつくるのである。「公選法上の政党」の日常活動は各党派が担って構わない。
 十万人の党が一千万票をとる。こうした現在までの社会党の資産を一定程度引き継げると思うのは、今の政治の流れからすればまったくの幻想だろう。社会党の歴史的資産の一割でも継承できれば大変な事態だが、そうした資産継承はないと構えてかかった方がいい。
 活動家一人百票を獲得できる運動をめざさないと、新党、「公選法上の新党」であっても、不発に終わり、次が見えないことになる。地域での活動や全国レベルでの活動がそのように組み立てられる必要がある。
 これは「技術的」レベルの問題ではない。技術的とは、たとえば「国会議員を五人揃えれば」という手短なところで発想することである。人気のある議員を揃えればなんとかなるということだ。もちろん手短の方法で構想を組み立てる場合もありうるし、それが成立しないわけでもない。
 だが、この場合には「次」がない。大衆性の存在しない「党」になってしまう。地域運動や活動家集団によって形成される「党」が大衆性を持った「党」であるから、大衆のテストに応えるのは、七人や八人の議員の責任ではなく、一万人の活動家集団の責任である。
 したがって、この「公選法上の党」は最初から開かれたところで形成される必要がある。開かれたフォーマルなものとして始める。山崎さんの言う「護憲民主フォーラム」、呼びかけは山崎さん一人でもいい、そこから始める。そこに意志あるものが結集する。その場で具体的な計画をたてていく。
 「民主フォーラム」であれば、現役党員でも協同できる形態でもある。
      十月四日
 (以上は談話を編集部でまとめたものです) 
平和運動と地域共闘の前進をめざす全国連絡会結成総会報告
結成総会の位置

 「新保守」という改憲勢力のイニシアチブで進んでいる政治再編の情勢に立ち遅れた左の側から、どう闘いの手掛かりを打ち立てていくのか――七月から十月に結成が延期された「平和運動と地域共闘の前進をめざす全国連絡会」の政治的位置は、衆院選と、その結果としての細川連立政権の成立によって鮮明になった。 
 総評センター、地県評センターの解散攻撃に対し、地域共闘、平和運動の運動と組織を守り前進をめざす全国的なネットワークとして結成される全国連絡会にとって、社会党の解体、大衆運動の解体、新保守主義による大衆の政治的組織化(翼賛化)の情勢の中で、社会党の分裂、新党結成問題は、政治再編を闘ううえで不可欠な闘いである。
 十月三日、四日に開かれた結成総会は、その意味で全国的な社会党左派、労組の厳しい状況はありつつも、労研センターと全労協が打ち出した、新しい政治勢力形成への闘いを、労働運動の分野から実質的に担っていく方向を確認した「全国連絡会」の結成に成功し、今後の政治情勢にようやく間に合ったといえる。
 結成総会で政治方針を確立できるか否かは、全国連絡会の将来展望にとって最重要課題であった。
 先の全労協大会で新党結成の方向を提起した山崎議長の、右転落する社会党に見切りをつけ、新しい政治への挑戦として「護憲新党イメージ」と護憲民主フォーラムを呼び掛ける提言が出された。
 また岩井中央世話人は「新党の理念、基盤、細川政権の推移も含め年内の新党提言の相談会を展望」と提案した。そのうえでさらに全国連絡会と新党の関係に触れ、「全国連絡会は、そのまま新党を規定する性格ではない。厳密に切り分けことが必要だが、実質的に支える性格で、もっと広範に新党に参加できるような状況をつくり出すことが大事」と提起した。

今後の課題

 討論は、新党提言はあったものの、依然「社会党の再生を」「新党論は時期尚早だ」「護憲等の観念論より実践を」などの意見も根強くあった。連合内外の結集という状況もあり、現在の社会党を否定しつつも「社会党再生論から新党結成論まで含めた組織実態」「従来の平和地域運動の手詰まりと新しい展望の必要性」といった全国的状況と、現状を突破するために「政治的目標、結集軸を明確にしなければ現実の運動で大衆の組織化はできない」「地域運動をつくるといっても政党との関係なしに有り得ない」「崩壊した闘う戦線の再結集、地域共闘の前進のために全国連絡会の全国運動の力が必要」「全国連絡会は具体的運動と合わせ(新党問題等)政治的目標の討論を全国で組織していく司令塔として牽引的役割を」との東北を中心とした積極的発言も相次いだ。

資料
 総会集約は、地域運動や平和運動の解体状況の中で、総評運動の遺産でもある具体的運動の実践、強化から始めながら、当面の闘い、とりわけ小選挙区比例代表並立制反対を「反対国民会議」と連携し強化する。
 地区労全国研究集会、国鉄闘争を軸とした全国争議団交流集会の開催を検討し、運動の司令塔的役割を果たす。
 新党問題について、会の別の場で積極的に議論に臨んでいく。新党を実質的に担っていく集団は必要、全国連絡会は、労働運動の分野で担っていく。

 議案「運営要綱」の「護憲の党、社会党の強化」は削除。
 なお総会参加は三二県から一六〇人。

■山崎全労協議長の提言(新党イメージ)□
 平和、人権、民主主義、生活、環境を守る。
 民衆と生き共存、企業社会からの脱皮。
 排除の論理廃し開かれた活動。
 当面の運動は、小選挙区制、自衛隊、消費税を軸に。
 多様な人々との政策研究会―護憲民主フォーラム―の呼び掛け

■岩井国際労研代表の提言□
 社会党の再生の可能性はない。
 新たな理念(護憲、平和、人権、環境等の政策としてでなく、哲学的な)が必要で「階級闘争、マルクス主義理念を軸に、社会民主主義、宗教社会主義、民主主義を拡げようとする部分まで拡げた理念」。
 新党は労働者、農民、中小企業者等の保守新党層と違う層に基礎を置く。
 細川政権が、小選挙区並立制を成立させられずに解散の可能性もあることから、年内に新党提言の相談会を展望。

ラテンアメリカ

第四回サンパウロ・フォーラム

失われた十年間の直後に

 アルフォンソ・モロ

 第四回サンパウロ・フォーラムは七月二十一―二十四日、キューバの首都ハバナで開催された。一一二の参加組織と二五のオブザーバー組織の代表が集まった。この会議は、ラテンアメリカとカリブ海の反帝国主義、人民的な民主主義、社会主義左派などの政治勢力の力強さを示した。また、北米、ヨーロッパ、アジア、アフリカの政治組織から四三人のオブザーバーが参加した事実は、このフォーラムの重要性をはっきりと示した。
 フォーラムは、ラテンアメリカ左翼が直面している課題や資本主義の危機の産物であり、同時に「社会主義陣営」の崩壊の産物でもある国際情勢を検討・検証するよい機会となった。
 これまで三回の集まり(ブラジル、メキシコ、ニカラグアでそれぞれ開催された)と比較すると、質的にも量的にも進んだものとなった。特にカリブ海地域の中心的な左翼勢力の協力と次のような政治議論が展開された点に、それがいえる。
☆政治情勢
☆ラテンアメリカの経済と社会
☆民主主義、政党、社会運動、そして国家の関係
 さらにキューバ政府の中心的な人物たち、特にフィデル・カストロ首相の参加に注目すべきである。これによって、過去および現在のキューバの情勢、経済情勢、キューバ指導部の民主主義についての考え、革命政府の外交路線を議論することができた。

マネタリズムの主張

 こうした主張の背景には、ネオリベラル派のファンダメンタリズム(マネタリズムなど)がケインズ主義的な介入主義や浪費的なポピュリスト国家の考えを打ち負かし、残酷な資本主義にとって代わるものが存在しておらず、ましてや人民の基本的な要求を実現する展望が存在していないという議論がある。
 しかし、いわゆるネオリベラル派ファンダメンタリズムの勝利とは、不完全なものでしかなく、しかもラテンアメリカが現実に支払っている社会的、経済的、政治的、生態系的なコストを忘れ、そのうえ十二年間のマネタリズム方針が全世界で実行されたその結果を無視してはじめていえることである。この点についてラテンアメリカ左翼は、ある種の原罪、つまり国家主義と決別したうえでいうべきことが多くあり、実行すべきことはさらに多くある。
 一九七〇年代初頭以来、世界資本主義は、利潤率が低い長期の低成長時代に突入しており、これは、高率のインフレーション、全般的な危機の出現(一九七三―七五年と一九八〇―八二年)、生産部門とは比較にならない金融部門での急速な投機の拡大、前例のないほどの腐敗の急増、麻薬などの「新たな」部門の急成長を伴ってきた。

「繁栄」の犠牲

 こうした要素は、東京からバチカンにまで存在する定数である。帝国主義諸国世界でみられた一九八〇年から八二年に至る経済成長は、基本的に労働現場の再編によって説明される(この過程は現在も続いている)。すなわち搾取率の増加と、労働者が工場でもっていた力と重みの後退、そして労働組合の弱体化と能力の低下がその理由である。
 この時期の成長の背景には、公的債務の増大があり、これは国家の債務超過の状態を一般化させ、われわれの大陸もその一部である「第三世界」の社会的剰余を不断に略奪したのである。一九八〇年代中に四千億ドルが対外債務の利子として帝国主義諸国に支払われた。こうした富の移動は、ラテンアメリカ諸国の輸出品価格が世界市場で低下したことによっても強要された。
 実際、次のようにいっても決して誇張ではない。すなわち、第三世界諸国は、従来の資本主義成長期と同様に、成長の資金を提供したにもかかわらず、その結果として成長の犠牲となっただけである、と。
 自由市場の名目で実行された社会的な耐乏政策と規制緩和方針が、一九八九年に出現し次々に帝国主義諸国を襲っている新たな危機の厳しさを部分的に説明してくれる。また、これらの政策は、その結果としてこれら帝国主義諸国で五千万人が失業している事態を招来したのであり、その責めを負うべきである。

マネタリズムの失墜

 現在、「南北対立」が激化しているだけでなく、資本主義の世界化が進行している。後者の最悪の影響は全世界で現れている。国際通貨基金(IMF)と世界銀行による征服が、従来の経済構造が破壊され、信じられないほどの悲惨さと飢えの増大がもたらされている諸国で行われている。
 ソマリアを世界市場に統合する目的をもった調整計画の数年前の適用以上に悲惨なものは存在しない。あるいは、その結果として得られた、その国が消失したとしても世界市場になんら影響を及ぼさない、と彼らがみなした諸国にもソマリアと同じ政策を適用していこうという結論以上に悲惨なものはない。
 同時に十二年間にわたるマネタリズム、ネオ保守主義、ネオリベラル派のファンダメンタリズムによる政策の実行は、これらに資本主義を危機から脱出させる力がないことを証明してきた。この事実が、これら政策が支持を失っている理由である。多くのヨーロッパ諸国政府と日本およびアメリカ政権は、短期的なネオケインズ主義的な政策によって、成長を実現し、保護主義と経済調整者としての国家介入という考えを強めている。
 だが問題は残っている。すなわち利潤率が有意に上昇しないかぎり、本物の永続的な経済回復がありえないということである。そして有意の利潤率の上昇とは、勤労人民に対する耐乏政策がかつてない規模と強さで実行され続けることを意味しているのである。

行き先不明

 こうした文脈の中で、湾岸戦争直後に「新世界秩序」として知られるようになったものの勝利の行進が、その最終的な行き先をだれも予測できない長期の行進になってしまった。
 いくつかの経済圏の登場とその急速な拡大は、大帝国主義諸国がこれらの経済圏を支配している中で、帝国主義諸国の影響圏の再配分の試みだけを意味しているのではない。それはまた、貿易戦争の拡大と、その住民に最小限の成長すら保証できない地域全体を世界市場の周辺に追いやっていこうとしていることをも意味している。
 だが、この貿易戦争(かつて存在したことのない種類)の存在こそが、第三世界諸国が有利となる一連の条件をもたらしている。ただし、IMFや世銀による経済再建政策と決別し、他方で国家の主権尊重と新しいタイプの世界経済の統合を要求していくことが条件であるが。
 ラテンアメリカの失われた十年間の影響については、誰もが知っている。国民総生産(GNP)の減少、単位資本当たりの生産低下、社会的経済基盤の全体的な悪化、悪性インフレ、帝国主義諸国への資本逃避、文化と教育両面の質的な悪化、貧困地域の急速な増加、なくなったと考えられていた病気の再出現――などがそれである。
 ラテンアメリカのいくつかの国にいわゆる構造調整の政策が適用されたのは、一九八二年に対外債務危機が表面化する以前のことであった。数年前までラテンアメリカ左翼は、IMFや世銀を非難するが、しかし重要な役割を果たしていたラテンアメリカ諸国の資本と政府(キリスト教民主主義や社会民主主義であれ、あるいはいわゆるポピュリストであれ)を見逃すという誤りを犯していた。

左翼の誤り

 この誤りには、実践的に固有の結果が伴ったし、現在も伴っている。問題の中心を無視するという結果である。すなわちラテンアメリカのブルジョアジーとその政府の圧倒的な多数がこれらの政策を支持しており、彼らとIMFや世銀との間には政策を適用していくリズムに関する違いしか存在していないという事実を無視したのである。旧政治支配形態の経済的、社会的な基盤は、もはや彼らにとっては無用となった。これが、彼らの路線の強さであり、同時に弱点でもある。
 彼らの路線の強みは、その攻撃的な側面が一九八二年危機以降に帝国主義諸国の労働者に対して遂行されてきた攻撃と時期的に一致していたという事実のうちにある。しかも帝国主義諸国での攻撃に対して、その労働者階級指導部は、一九八一年のアメリカでの空港管制官、一九八四―八五年のイギリス炭鉱労働者の大闘争、賃金のスライディングスケール制度を守ろうとしたイタリアのフィアット労働者の闘いなどのように、八〇年代初頭に大闘争が展開されたにもかかわらず、有効な反撃を組織できなかった事情もある。事実、これらすべての闘いは敗北のうちに終わった。
 他方、彼らの路線の弱さは、ラテンアメリカの大部分の諸国で一九四〇年代に成立した社会的な合意が崩れつつあるという事実のうちにある。この社会的な合意が、まさに現在危機に陥っている政治制度を成立させてきたのである。メキシコ、コロンビア、ペルー、アルゼンチン、ボリビアなどがそうであり、これら諸国のブルジョアジーは、従来の社会的な合意の崩壊による空白を長期的に埋めていくことができない。
 その結果、彼らの願望とは全く逆に、この地域では経済的、政治的、社会的な不安定が恒常状態になっており、この状態を予測できる程度の未来に解決可能であるとは誰も主張できない。

「国家改造」?

 従来の社会的な合意の成立において枢要な役割を果たしてきた国家に関しては、リベラリズム派が提唱してきた「国家改造」は質的に異なる二面を意味している。すなわち一つは国家と経済との関係に関してであり、もう一つは国家と大衆との関係――悲惨さの増大、帝国主義への従属、民主主義の欠如といった、ラテンアメリカでの最悪の諸問題の解決とは無関係に――においてである。
 同時に、従来のラテンアメリカの支配制度が比較的良好な経済情勢のうちにあったことを忘れてはならない。つまり従来は、国家と経済、国家と大衆運動との関係が、国内市場の拡大、雇用の増大、一定の所得再配分機能の働きなどの条件下で決定されていたのである。
 三年前の第一回サンパウロ・フォーラム(一九九〇年七月)は、ジョージ・ブッシュの「アメリカ諸国のためのイニシアティブ」に代表された危険性に対して、その拡張主義、根本的な反民主主義基調、「この地域の真の経済的、社会的な発展」への敵対性を指摘し反対した。
 現在、このブッシュ提案の大部分は霧散している。当初から、この「イニシアティブ」は笑いの対象であったが、事態は現在、クリントン大統領との関係でより複雑である。一方、アメリカ支配階級は北米自由貿易協定(NAFTA)に関して分裂している。他方、アメリカ現政権の最優先課題は国内経済の再建にある。

冷戦構造の崩壊

 この十年間にマネタリストのファンダメンタリズムは、その力を失ってきている。「新世界秩序」を確立するうえでの難しさは、地球上のいたるところに存在している。冷戦構造が形成した旧秩序の崩壊は、短期的には克服しがたい問題を生み出した。すなわち一方では、帝国主義(中心は、その軍事力によりアメリカ)はかつてない行動の自由を得たが、他方では、帝国主義自身が抱える困難さがそのヘゲモニーの確立をさまたげ、世界の混乱を助長している。
 誰もが認めるように、この間の危機はラテンアメリカ住民を破滅の方向に追いやってきた。この事実が、一連の社会闘争を敗北に追い込んできた。この数年間、ラテンアメリカ勤労人民の中心的な勢力が敗北を喫してきた――ボリビアの鉱山労働者、メキシコの石油労働者、アルゼンチンの鉄鋼労働者、コロンビアの教育労働者などがそうである。この結果、プロレタリアートの社会的な比重が減少したのみならず、諸闘争の求心力を弱めもした。
 この間、資本主義の最も破壊的な側面の展開をわれわれは目撃してきた。すなわちアマゾン流域先住民の衰亡傾向、リオブラボ河、アマゾン河などの汚染の恒常化、大陸全体で数百万ヘクタールにおよぶ森林伐採、マスメディアの独占によるわが人民固有の文化、伝統、歴史の体系的な破壊(マスメディアは資本主義以外に道はないことを日々納得させようとしている)などがそうである。
 先に「国家改造」は二つの質的に異なった面を伴っていたと述べた。社会の不安定さを論じる際には、このことを心にとどめておくべきである。メキシコの制度的革命党(PRI)、アルゼンチンのペロン主義、ペルーのAPRA、ベネズエラ、コロンビア、ウルグアイの二大政党制などの危機は、この地域で生じた質的な変化を考えないと説明できない。
 一九八九年以来、伝統的なブルジョアジーの諸路線の政治的な危機は、地球規模の「資本主義再建」をさまたげてきた。これは、単に経済の問題なのではなく、政治的かつ経済的な問題である(政治の比重が経済より大きい)。これを証明するためには、パアラグアイ、ウルグアイ、チリ、パナマ、ブラジル、メキシコ、ペルー、コロンビア、ベネズエラを見て、中米の爆発的な状況を忘れないだけで十分である。

キューバ革命を防衛して

 メキシコのカルデナス、ブラジルのルラ、ウルグアイのFA(広範戦線)などが勝利すれば、それはただちに力関係の変化を意味するだろう。勝利した彼らは多大な困難に直面するであろうが、変化を引き起こし確立することが可能でもある。帝国主義支配の論理を決裂するという変化が一連の国で生じる可能性がある。
 進歩的な勢力の勝利は、ただちには資本の権力に対する全面的な勝利を意味しないが、わが大陸の貧しい人々にとってよりよい条件となり、疑いもなくアメリカのキューバ革命圧殺政策との闘いにとって比べるもののないよい条件をつくりだす。
 以上の理由からしてサンパウロ・フォーラムは、一九九三年末から一九九四年にかけて行われる各国の選挙に強い関心を払うべきであろう。これらの選挙は、ラテンアメリカ左翼を再結集を強める要素である。
 一九九〇年にブラジル労働党(PT)が開始したサンパウロ・フォーラムは、国境を越えた共通の関心に注意を集めた。そして、この地域の様々な左翼勢力が一堂に結集して「社会主義陣営」消滅後の変化について有効な議論を行えることを示した。
 このフォーラムはその弱さにもかかわらず、ポピュリスト、民主主義派を含めた共通の議論と交流の場となった。これは大切である。もし誰かが排除されるようなことがあれば、それは排除された勢力自身の決定の結果である。フォーラムの決定を強制したり、あるいは必要な段階を飛び越えようとすることは、フォーラムを弱めるだけである。
 フォーラムの複数主義の傾向は、その弱点とみられるかもしれないが、しかし、それはその強みである。多くの面で、一切のヘゲモニーや指導政党から自由な新しい政治文化が生まれようとしている。それは、互いの一致と相違が不可避であると同時にむしろ歓迎すべきものと考えて、それらを認める政治文化である。
 だが、この政治文化がキューバ革命防衛に関してフォーラム参加勢力全体が合意するうえでの障壁になるとは、われわれは考えない。ここでいうキューバ革命防衛とは、過去三十年間にアメリカ帝国主義がキューバ人民に対して実行してきた犯罪的な制裁措置に、革命政府が採用してきた政策のいかんを問わずに公然と反対を表明することである。
 キューバ革命の防衛は、ラテンアメリカ諸国政府がとっているキューバに関する偽善的な態度と政策を非難し、すべての国で広範かつ統一した連帯運動を組織することを意味している。
(インターナショナル・ビューポイント誌248号九月)