1994年10月10日        労働者の力              第60号

社会党の歴史的解体局面

加速する新たな政治勢力への動き

新しい対抗政党のの形成をめざして

                                          川端康夫

 村山連立政権のもとでの社会党の「現実路線」への転換が九月三日の臨時党大会で承認されて以降、党内外の左右双方の傾向を問わず、一挙的に「新政党」形成への動きが顕在化した。保守主義との共存・同化への路線転換を進めた党の大勢の思惑がどうあれ、社会党がもはや従来のタイプの政治的存在ではありえないことは明白であり、ここに党解体、分裂などの厳しい用語をともなった諸傾向の動きが開始されたのである。

社会党解党への歴史的な局面

 首班選挙で海部俊樹に票を投じた社会党の左近らのグループ(旧・新政策懇話会)は、新右派中間派の糾合組織である新民主連合(代表山花前委員長)に加わる一方で、小沢一郎がすすめる新・新党への合流の機をうかがい、また新民主連合は社民リベラル結集による新党形成を公然と掲げた。書記長久保が新民主連合路線を公然と口にしたことも波紋をよんだ。この発言が北海道でなされたことにからも分かるように、新民主連合の狙いが横路北海道知事を中央政界へ引き出したうえでの「横路新党」であろうとも推測される。
 他方、村山与党を表明してきた参議院会派、護憲リベラルが党大会を受けて九月二十二日、正式に新党結成に踏み切った。村山政権との関係を是々非々と規定した新党護憲リベラルは、田英夫参議院議員を党首として来年の参議院選挙を主要対象として始動したのである。
 社会党の「護憲勢力」では、和田静夫氏が党大会直後に離党を表明し、護憲・市民全国連合を組織し、以前から独自の党活動を進めてきた上田哲氏の新党「あかつき」との合流、新潟の吉田氏や高知の栗原氏ら旧・党建設協議会(党建協)グループらと協同した動きを開始した。社会主義協会勢力をバックボーンにした社会党再生全国ネットでは、兵庫の護憲社会党としての県本部分裂をはじめとする社会党再建準備会への動きが進む一方、岩井章氏ら国際労研・労研センターを結び目とした左派・護憲派の大合流をめざした動きも始まった。これには、日教組・高教組左派の集団である「如月会~K~」(中小路日教組元書記長ら)が連携している。
 簡略化すると、今のところの「別党派」は、旧右派では左近らの旧新政策懇話会系がその構えを見せ、左派では護憲・市民全国連合であり、ほかに護憲リベラルが独自に存在する。当面、山花らの新民主連合と協会系の中軸は党内残留のまま「競う」路線である。
 これが十月初旬の状況であるが、新選挙制度実施が本格化したときに改めて激震が走ることは十分に想定できる。村山政権支持を掲げ、その推進勢力を自負する左派中間派の「村山政権を支え、社民リベラル政治をすすめる会~K~」(代表・中西績介)においても、小選挙区制度のもとでの次期総選挙への展望が確固としてあるとは思えない。
 また山花らが「横路新党~K~」(?)を展望しつつ民社党や新党さきがけ、日本新党などと提携した新党を「第三の政治勢力」として打ち出す理由も、次期選挙では社会党惨敗は避けがたいという読みからきているとされている。そうした山花らの主張は、額面通りには受け取れないのであるが、いずれにせよ社会党は劇的な変容過程に入り、党組織も内部解体を不可逆的に進めるであろう。
 兵庫県本部の分裂は、来年の統一地方選挙に際して、一方の旧新政策懇話会につらなる県本部多数派が新・新党勢力との公然たる協力態勢に入り、反対サイドの護憲派県本部が全面的に「対立候補」を擁立する構造となった。前者は村山政権支持を拒否し、後者は村山政権支持である。だが、前者が正当な県本部であり、後者は除名されたグループである。このねじれ状況は、社会党中央にとってにわかにはそのいずれをも支持しえない関係として跳ね返っていく。
 確実に、社会党解党が始まったのである。

新民主連合の新党構想と左派

 旧来の社会党の左派、護憲派は大きくは三つに分かれて、それぞれの道に踏み出しつつある。新党・護憲リベラル、護憲・市民全国連合~K~、「社会党再建準備会」的動き。これら総体の大連合を構想する岩井氏らの動きを加えて、それぞれが相互の大連合を掲げつつも抱える諸事情や思惑から、出発の形態・テンポは分かれている。加えて、路線転換に抗し党内野党宣言を行った広島や路線堅持を掲げる沖縄など複数の県本部による横断的な提携の動きも独自の傾向としてある。
 こうしたなかで社会党の行く末を見る視点は複雑なものになる。
 社会党組織が全国的に漂流状態に入りつつあるなかで、党内の左派・右派関係の錯綜はきわまりなく、単線的な色分けはできない。一時の全国的な派閥関係はいまや整合性をもたない。
 また全国性の観点から無視できないのは、労働組合の社会党党員協の存在である。旧民同の系譜を引くこの社会党党員協は、地方組織の枠組みを越えて行動する横断的組織であり、県本部の「独立」などの動きとは違った力学で動く。
 以前のように、左派が左派であり党員協が党員協であれば、党組織の中央レベルからの全国的な分裂もありえたが、現在の錯綜した状況では党中央レベルからの一挙的分裂の基盤はかなり薄い。地方組織単位での動きもまた、それぞれが結束して行動するともいえないのである。
 新民主連合サイドはどうか。ここでも事情はかなりの程度、労働組合の動向に左右される。山花は自治労の後藤委員長と会談し、一部(旧・新政策懇話会系?)を除いて新民主連合は党内にとどまると言明した。久保書記長も中央執行委員会で北海道での発言に関して釈明を行い、別党コースを否定した。連合の各単産が股裂き状態となり、さらに旧総評系単産においても全電通と全逓が不満の姿勢を変えてはいないが、自治労、日教組などの集票能力をもった単産が表明している村山政権支持の姿勢を無視することも難しい。さらに左派に党組織、党資産を譲り渡すことも忍びない、わけである。旧・新政策懇話会系や兵庫右派県本部の動きは現段階では突出したものと思われる。
 以上の事情は、社会党が激震に見舞われ続ける状況が中長期にわたって持続し、各個ばらばらに離脱や新党化を進めるということになる公算が大きい、と示唆する。
 反面、もう一つの側面を考慮しておく必要がある。それは、新選挙制度が「政党助成」を含むということの影響である。巨額の公的資金が私的な政党に投じられることの是非はいうまでもないが、社会党にとっては、資金が議員の数に比例すること、したがって組織の「分裂」が資金と密接にからんでしまうことになる。「資産争い」は政治的資産のみならず現実の資金という「資産」をもめぐったものとなる。政党資金助成法が実施されることになれば、議員は自らの動向で資金を左右でき、労組や支持者の意向はこの点では比重が低下する。
 以上から、社会党の分裂的な事態は、新選挙法実施が確定し、かつ政党資金助成が具体化するなかでより一段とはっきりした形をとることになる可能性が大きくなる。
 これら相反する要素をないまぜにしながら、社会党の組織的・政治的漂流が加速することになる。だが総体の流れをとらえるならば、路線転換によって、新民主連合が政治的には最大の得点をあげることになる。組織的な最終的選択として何が具体化するかは成りゆき次第であろうが、少なくともこの勢力は連携・新党形成にあたって相手に不足することはない。だが、左派や護憲派には「広範な社会党支持層」を形成してきた不定形の市民、労働者と連携する以外になく、村山政権維持路線が意味する「保守路線にのみこまれたままの事態」が持続する程度に応じて、この社会党支持層は急速に拡散するのである。社会党内政治の枠組みにおいては一見、慎重かつ常道にも見える左派の、党内闘争による党の再建という路線選択には、大きな賭が含まれる。

左派による党再生は可能か

 社会党の抗争は従来型を越えてしまった。ヘゲモニー争いや路線論争という枠組みは客観的にはすでに越えられた。
 党内闘争における戦術や技術問題を捨象せよというのではない。「党再建準備会運動」などの戦術は、それが戦術であるかぎり一定の有効性をもつ。問題は党維持、再生論が、大枠の流れ、戦略視点を無視してしまうことにある。木を見て森を見ないことになりかねないのである。
 戦略的展望において、左派は広範な民衆に新たな基盤を求める動きを進める必要は極めて大きい。党内外に広くよびかけ、その協同性を掘り下げながら新政治勢力、新党の可能性を探ろうとする岩井氏らの動きは、社会党左派にとっては戦略的に積極的に支持しうるはずのものである。村山政権の保守政権化が進むのと反比例して社会党支持層は拡散する。戦術的な判断の相違や対応の違いは、それぞれが依拠する支持基盤や組織的構成の違いによって余儀なくされることは十分にあることだ。戦略視点が共通に据えられるならば、戦術的違いは十分に吸収できるものとなる。
 左派・護憲派は、戦略展望を新政党形成という地平に明確におかない限り、新党に踏み出す諸グループや党内野党宣言を行った各地方組織など総体の糾合を提起できない。社会党の直面している状況がそれを強制しているのである。当然、ここでいう新党とは、村山政権のもとで保守政治に同化する動きを拒否する土壌で成立する以外にはありえない。より明確にいえば、新党の戦略展望は自社さきがけ連立政権を解消するイニシアティブ発揮に踏み切ることと表裏一体である。
 本来、自・社・さきがけ連立政権が緊急避難的にせよ成立しえた根拠は、最悪の小選挙区制度導入をてことする保守二大政党論と対抗するためだったはずである。換言すれば、村山政権は選挙管理内閣以上の性格を持ち得ない存在であった。だが、そうでない路線に踏み込んだ以上、社会党はそのイニシアティブ発揮の「つけ」を払わなければならない。そのつけが党解体の進行である。したがって第一に、党再生論はつけをそのままにしては成立しない。村山政権支持(それが新・新党との対抗論理からきているとしても)を漫然と持続しては、党再生の論理とは矛盾する。第二に、民衆に対する政治的な将来展望、つまり自社選挙共闘に踏み切るのか否か、それを通じて社会党をどうするつもりなのかを明らかにしなければ、政治的インパクトは一切形成されないことに帰着する。
 村山政権支持は新民主連合も当面は遵守する。現局面での政権破局が新・新党(小沢路線)の成功にさおさすことになる可能性は当然あるし、左右いずれの側も政権崩壊の引き金を引く立場に陥ることは避けたいというのが本音であろう。だが村山政権がそれ自身矛盾のかたまりである以上、現状のままで論理的整合性を求めることが無理である。どこかに脱却の道を見つけなければならない。それは唯一、新たな革新政党の形成を保守二党論や保革ないまぜの社民リベラル論と明確に画された展望として提出し、それを実現する方向で民衆に向かうことである。こうして「党再生論」がいくぶんかでも現実味を帯びるとすれば、それは戦略的方向性に「新党形成」を掲げて進むときである。

分立するポスト社会党への動きと大合流

 政治再編の現局面は、新たな政党が形成されなければならないことを結論づけている。その名称がいかなるものとなろうとも、戦後の社会党の歴史は終わった。新たな民衆の政党が組織されなければならない。
 新たな民衆の政党は、新保守主義と対決することはもちろん、保守主義との対抗関係において組織される。それゆえ、左派・護憲派が保守政治と画された政治的枠組みで新政党を組織し、三極(?)構造の形成中軸たるべく闘うことが必要である。
 左派・護憲派の大合流が、諸々の戦術的関係において即座には実現しえないとすれば、なおさら戦略的な新たな政治勢力形成への協同の枠組みや討議の場の必要性が高まる。より明確に踏み込めば、岩井氏らが提唱した、連合した政治勢力の形成論はさらに拡大されて、新党護憲リベラルを含み、社会党の再生・再建派をも含む将来における民衆の新政党をはぐくむ場として位置づけなおされる必要があろう。
 その場では、選挙協力から政治・政策にいたるまでの広範でかつ重層的なレベルでの協同が可能性である。協同が不可能であれば、その要因を直視し将来的な克服の道を探ればいい。
 「生まれも育ちも違うグループを強引に一つの党にするのは無理~K~」(田英夫氏朝日~H~10~I~・8朝刊)なのは当然だからこそ、対等・平等な関係での協同への努力が必要である。岩井氏らが呼びかけた「護憲の新たな政治勢力の結集をめざす呼びかけ人会議」が新党護憲リベラルを直接の呼びかけ主体からあらかじめ外してしまっていたことをまったく問題なしといえないと同時に、すでに結成されている「新党」が、議員個々人の利害に直接にかかわる観点を強く押し出すことになれば大合流は不可能に近くなる。
 十月十一日の上記「呼びかけ人会議」で岩井氏は、「呼びかけ人会議」が新党形成の母体となるかどうかについて、将来的なあり方について含みを残しつつも直接の方向は示さなかった。設定されたのは次回会合を十一月十九日とし、当初の呼びかけ人グループを解散し改めて主旨賛同者による呼びかけ人会とする、当初呼びかけ人に新たなメンバーを加えて世話人会を組織する、財政や理念などに関する検討委員会を設ける、などである。
 一種ファジーなところがあり、個々人によって解釈の力点がいささか違う面も残された。「あかつき」や「護憲リベラル」という「新党」とは一定程度だが一線を画すという点でも、大合流の新党か、あるいは先行「新党」とは別の新党を目指すのかがファジーであり、今後の折衝や討論に委ねられているともみられる。
 岩井氏が示した「留保」は、社会党再生ネットが党内闘争路線を採用していることにも規定されたものであろうが、かりに当初呼びかけ人リストがある面で暗示しているように、社会党左派人脈が中軸となった「新たな大合流の新党」形成をめざしているのであれば、それはあかつき、護憲リベラルに続く第三番目の、いわば「岩井新党」的な新党ということになる。その場合、広範な市民運動の戦線や地方議員などを全体的に糾合する装置には直結しないことになるだろう。
 換言すれば、新党形成の必要性を認める人々は、いくつかの新党のうちのいずれかを選択して参加していくことにもなるし、あるいは参加を留保して大合流の新・新党を期待することになり、主体的選択はかなり複雑なものとならざるをえない。
 かりに呼びかけ人会議から三つ目の新党路線が結果することになるのであれば、改めて「新・新党」への動きが必要となろう。ここでは「生まれも育ちも違う諸傾向の大連合」を「強引にではなく」築いていく努力と過程が極めて重要になるだろう。

小選挙区制との闘いと新たな対抗政党

 当面の局面、課題の中心軸は、ほぼ既成事実となった新選挙制度が意図する政治的な少数派排除との闘いからはじまる。二大政党以外を認めないという世界にもまれな非民主的な選挙制度に正面から挑み、これに風穴をあける以外に新たな革新政党も護憲派政党も、そして対抗政党も政治の表面に浮上できない。大キャンペーンのもとに遂行された「政治改革」なる詐術の結果との闘いは、闘う側にも大連合を「強制」する。新選挙制度との闘いは、まさに民主主義の根元にかかわる課題にほかならず、したがってその運動はパワーポリテックス論が底流になった二大政党論とも、その思想が導く「普通の帝国主義国家」路線とも真っ向から対決する政策体系を必然的に体現するものとなる可能性を持つ。
 ここで二つの側面からの新政党イメージが導かれる。
 第一。導入される小選挙区制度は徹頭徹尾、巨大政党以外の存在を排除する仕組みであり、それ以外の諸政党が参入してもほぼ無意味に近い結果となるように仕組まれている。小選挙区三百議席と比例議席の関係は、三百議席に候補を擁立できる政党以外の政治組織には極度に不利である。群小政党の乱立参入が無意味に近いとすれば、公選法上の(連合)政党が必要となる。
 通常であれば「選挙ブロック」であるが、新選挙制度では「政党」の形態をとらざるをえない。
 第二。「普通の国家」路線との対抗の政策体系を持った新政党の必要性。自衛隊合憲論から安保理常任理事国化の体系は、現在の二大政治ブロック双方に共通する軸であり、社会党右派がいう第三極も同一のレベルにある。普通の国家論との対抗軸を持った政党が急がれる。
 後者について~K~、「護憲の連合」であるべきか、新たな価値体系を創造する新政党であるべきかについての議論は今後とも持続する課題ではあるが、入り口においては直接の選択基準にはならない性質のものだ。
 「選挙ブロック」としての新政党を組めるかどうか。これがあらたな民衆的新政党の最初の試金石となる。一言でいえば、「対等平等の関係」が実際の場でいかに実現されるかが前提となって、選挙技術として知名度などを候補擁立の基準にするというシステムが成立していく必要があるのである。すなわち、選挙ブロックの「適正な」成立は、新たな対抗政党を内容的に形成していく上での決定的土壌を耕すことになる。
 まずは、市民的運動の場や労働戦線などで、それぞれの運動がそれぞれに自己を強化しつつ、総体の大連合による新政党形成の努力を急ごう。
~S~(十月十一日~K~) 

社会主義政治連合

    第2回総会を開催

 十月二日、社会主義政治連合の第二回総会が東京で開かれ、全国から約五十名が参加し、活発な討論が行われた。
一昨年夏の社会主義政治連合結成総会は、二年に一度の総会を義務づけ、その間の年には全国交流集会的な集まりの開催を目指すとした。
結成総会で「自治・連帯・共生の社会主義」の再生を掲げ、新たな政治勢力の形成を確認した社会主義政治連合は、昨年夏の三浦半島における全国交流集会で、具体的に踏み込んだ「公職選挙法上の政党」形成の方向を意思確認した。
以降、政治連合は、内田参院選挙を押し上げた市民運動的広がりが主体的な政治的結集として結実することをめざして活動を進めるとともに、同じく内田選挙の中軸をになった全労協運動を軸とする労働戦線においても新たな政治勢力の形成をめざす動きが前進するように努めてきた。活動は必ずしも整合的に進んだとはいえないまでも、市民的な運動の領域と労働組合運動の領域を結びつける役割をもって政治勢力への流れをつくり出すことに貢献してきた。
村山政権のもとでの社会党の路線転換が進み、同時に社会党の解体も歴史的な現実問題となった。新たな政治勢力の形成が現実の緊急の課題となった。諸方面の動きも活発化している。社会党からの離脱・新党をめざす動きも、新党護憲リベラルの結成や労研センターを軸とする左派・護憲派結集の動きとして始まっている。市民運動的な広がりでも、九月に「新党・参院選を考える全国懇談会」が開かれ、また協同のスペース「市民のひろば」が開設されるなど、全国交流会から一年を経て、新政治勢力・新政党問題は急激に現実の課題となって展開されている。
第二回総会の主要課題は、具体的に新政治勢力をいかに対象化し、いかに具体化するかにおかれ、活発な討論が展開された。総会の主な結論は、小選挙区制度と正面から闘う左派・護憲派の大連合による(公職選挙法上の)新政党の形成のために闘う視点を堅持し、市民的広がりの政治的意志結集・労働運動分野における新党への動きを積極的に支援する。この秋に行われる予定の「新しい市民の政治をめざす全国キャンペーン」の成功のために努力する。各「護憲派」新党との関係は、全体の大合流をめざす流れの一環としてとらえ積極的な協力関係を築く(詳細は政治連合機関紙Op−al参照~K~)。
 また、Op−al活動の再強化を確認し、世話人・運営委員の選出、財政報告の承認を行って総会を終えた。

市民のひろばを開設


 九月三十日、東京千代田区三崎町に開設された「市民のひろば」のオープニングパーティーが行われ、約五十人が開設を祝った。設立発起人の内田雅敏さん、大久保青志さん、小峰雄蔵さんをはじめ新党護憲リベラルを結成した國弘正雄、いとうまさとし両参議院議員もかけつけ、盛り上がった。また「市民の政治」の発行人の一人である宮本なおみさんが、急きょ目黒区長選挙に立候補することになり、席上で出馬表明がなされた。
東京都千代田区三崎町3―1―~H~18~I~ 近江(きんこう)ビル4F
 「市民のひろば」
~GAJFB028~・FAX03―5275―5989 

内田雅敏著「講談社現代新書」

      「戦後補償」を考える

 
 著者の内田雅敏さんは、いうまでもなく先の参議院選挙で東京地方区から立候補し、準備不足にもかかわらず善戦した人である。その時点でも、本書でかなり詳しく取り上げられている「花岡事件」に精力的に取り組んでいる事実が紹介されていた。この問題への取り組みの経過は分からないが、著者にとってはおそらく花岡事件をはじめとする「戦後補償」あるいは「戦争責任」の問題は一生の課題として意識されているのだろう。そして本書はいわば、そのライフワークの中間発表とでもいえるものであろう。
 来年の一九九五年が一五年戦争(著者はアジア・太平洋戦争と呼ぶ)で旧日本国家が敗北した五〇周年にあたり、それをめぐって国会決議や「平和基金構想」が政府からも語られ、そして、それ以上に「アジアの各地から日本政府、あるいは日本の企業に対して……住民虐殺、「従軍慰安婦~K~」、強制連行・強制労働、軍票の被害など」への戦後補償の請求がなされ、その解決が緊急の課題となっている現在、本書はまことに時宜にかなっているといえよう。
 本書の構成は次のようになっている。
★一五年戦争(アジア・太平洋戦争)の経過
★戦時下の日本がやったこと(国内、国外)
★戦後処理と賠償・補償問題(諸外国(ドイツ)との比較)
★戦後補償の核心と歴史認識
 何年前のことか忘れたが、日本がアメリカと戦争をした事実を知らない若い人がいるし、原子爆弾を広島、長崎に投下したのがアメリカであることを知らない若者がいるという話をラジオかテレビで聞いて、悪い冗談だと思ったのだが、そうではないらしい。ぞっとする話である。
 本書が「一五年戦争(アジア・太平洋戦争)の経過」から始まっているのは、そうした事情を配慮してのことだろう。そして、村山政権が登場したとたんに、いつものようにといおうか、相変わらずといおうか、桜井環境庁長官(当時)の「侵略戦争否定発言」による辞任劇が起こったが、永田町の「中の懲りない面々」の存在を前提にすれば、主体的な歴史認識を入口とせざるをえない。
 当然にも著者は結論部分で日本の歴史教育の問題を取り上げ、「脱亜入欧」という日本人のアジア観が問題の基本にあるとし、そのうえで教科書検定問題を扱っている。
 「そもそもいろいろな角度から論じられなければならない教科書の記述について、国家が一定の見解、それも誤った見解を押しつけようとする検定制度にこそ問題がある」
 「第三次(家永)訴訟における東京地裁加藤判決は、各論争点については、家永教授の主張に「相応の学問的根拠がある」としつつも、文部省側と同様の主張をする学者も存在していることを理由に「検定意見が合理的根拠を欠くということはできない」としている。これではどんなに根拠の薄い説でも、文部省が依拠できる学説のある限り、検定が違法でないこととなってしまう」
 日本の司法機関が政治にこびているというのはすでに常識であるが、問題は二つある。そもそも検定制度が許されるのかどうかの司法としての独自の判断が一つである。もう一つは、どんなに正当な見解であろうと、それを否定する見解が存在する場合、それを根拠にして文部省が正当な見解を否定したり限定できるという仕組みの問題である。これは国家(文部省)を一種の「神」的な存在に祭り上げることにほかならない。天皇を神とし、日本国のすべての存在が天皇に対して責任を負うが、天皇自身はいかなるもの(天皇は一種の神であるから神に対しても)に対しても完全に無責任であった、あの天皇制の構造がそのまま生きていることになる。
 著者は結論として次のように述べている。
 「戦後補償を実現するにあたっては、被害者に対する経済的補償がなされなければならないことはもちろんである。しかし、戦後補償を国家財政の問題としてのみ捉えてはならない。同時に私たちは、自国の現代史――それは遅れて列強の仲間入りをしたことからくるアジアに対する植民地支配と侵略戦争の歴史であったのだが――と向き合い、~GAJFBO41~戦争被害の徹底的調査を行い、その責任の所在を明らかにする、~GAJFBO42~被害者に対する真摯な謝罪をする、~GAJFBO43~後世のための歴史教育を行うことが必要である」
 本書を読んで「日本の左翼(ひいては日本人)は自己批判ができない」との指摘をその昔に聞いたのを思い出した。そのうえに旧日本支部の女性差別問題への対応を考えると、本書の数々の指摘を自らの問題として捉えていく姿勢が必要だと思われた。
西垣 通著(岩波新書)

   マルチメディア

マルチメディアとは

 本書は、パソコンやマルチメディア、最先端技術に関心がある人であれば間違いなくおもしろい。
 「マルチメディアという言葉が、連日のようにマスコミに登場している」との定型文句で始まる本書は、「最新パソコンから光ファイバーによる情報ハイウェイまで、現在の技術的な動向と将来への展望を踏まえ、その(マルチメディアの)知的衝撃を鋭く読み解く」と宣伝されている。その内容については後に触れるが、日経新聞(9・~H~25~I~)の読書欄に次のような話があった。
 「「マルチメディアとかけてUFOと解く~K~」。その心は「話はよく聞くが、だれも見たことがない」とうことだそうだ。……もしこのジョークに共感するようなら、情報処理や通信の技術革新が起こしている新しい「波」に乗り遅れている証拠である」
 私はこのジョークにすっかり感心し、「音はすれど姿が見えぬ。まるでお主は屁のようじゃ」という旧いざれ言が頭に浮かんだくらいであった。コンピュータを自分で操作して物件を探すことができるシステムを利用する二人の女性を登場させて、「マルチメディアで探せます……」と宣伝している不動産斡旋業者のテレビ広告があるが、その実態は音声と静止画像を使っているだけなのに、マルチメディアなんておこがましいと、その広告を見て苦々しく思っているからジョークに共感するのももっともである。
 本書が説明しているように、マルチメディアは最新のパソコンと光ファイバーを軸とする技術革新の産物である。現在の最新パソコンは一九七〇年代の汎用大型コンピュータをゆうにしのぐほどに高性能化しているそうだし、光ファイバーの情報伝達容量はまさに革命的なものであるそうだ。そして、この背後には、音楽情報媒体(メディア)がレコードというアナログからデジタルのCD(コンパクトディスク)に転換しているように、情報がデジタル化し、1と0の信号の集合として処理できるようになっている技術の革新がある。

本書の特色

 現時点ではマルチメディアなるものは、その技術的な側面と経済的な側面が注目されているようだ。もちろん、技術的な側面にはどんな可能性が期待されるのかも含まれる。現在、盛んに注目されているのが、「バーチャル・リアリティ(仮想現実~K~)」と「ビデオ・オンデマンド・サービス(望みの時点で望みの映画を指定し、情報ハイウェイ経由で見るサービス~K~)」である。本書は、こうした技術的な可能性の検証にとどまらず、それが文化(社会)に与える影響に注目している点に特色がある。
 著者は本書の目的を「現在の技術動向をなるべく正確に踏まえながら、マルチメディアをめぐる大きな文化的ストーリーを把握し、その本質をできるだけ明快に示すこと」とし、そのポイントの一つが「感性」であると指摘したうえで、「感性とマルチメディアとの関係を考えるためには……生物の情報処理の基本にたちかえってみなくてはならない。そうすると……理性から出発する西欧モダニズム、さらには大量生産・大量消費のアメリカニズムとマルチメディアとの関係は、そこで浮かび上がってくるはずだ」という。
 「感性」がポイントだという点は現在の常識となっているようで、通産省は一九九二年に「感性産業研究会」を設立した、と本書は説明している。だが、そうした風潮に対して「理性中心のモダニズム批判はとっくになされているし、感性と理性とを対立させる構図ももはや乗り越えられているのだ。だからいまさら感性だ感性だと喚声をあげても、妙な官制の陥穽にひっかかって、技術としては何も完成しないのではないかと心配なのである~K~」(著者の言葉遊びに注目してください)という。
 ついでながら、こうした言葉遊びを真剣に行う著者は一九四八年生まれ、一九七二年大学卒であり、自身が語っているように世代としてはあの「全共闘世代」に属する。実際にどのような生活を送ったのかは不明だが、端々にあの世代への共感がうかがわれる。内容とは無関係に文体が奇妙なほどに軽いのは、著者のこうした性格が背後にあるためであろうか。

アメリカニズム批判

 もう一つの特色は、アメリカ論というべきものである。あるいはアメリカニズムの批判的検証とでもいえようか。著者は第2章「思考のテクノロジー」でパソコンの歴史をいわば思想の観点から振り返っている。
 「(一九六〇年代後半)コンピュータにはなんとなく軍事的・抑圧的イメージがまとわりついていた。これではイケナイ――というわけで登場したのがパソコンだったのである。つまり、パソコンとは、中央権力のツールである汎用大型機(メインフレーム)に対抗する「人民のためのコンピュータ~K~」「解放のツール」として歴史に登場したのだ。これを支えるのは、リベラルな個人が各自の思考能力を向上させ、平和で民主的な社会をきずいていく、という……ヒッピーの思想なのである」
 パソコンが「解放のツール」をめざしていたとは初耳である。パソコン関連の本はかなり読んだつもりだが、日本ではこうした視点からパソコンを扱った本はほとんどなかったのだろう。また、翻訳書の場合でも、この視点は削除されていたのではなかろうか。
 さらにパソコンをめぐる大企業の動向、ビル・ゲイツ(マイクロソフト社会長)やアップル社をつくったスティーブ・ジョブズなどの成功物語(地位の上昇と大金持ちになったこと)をとりあげ、パソコンと国家権力、軍事との関係を指摘したうえで次のようにいう。
 「パソコンというのは「アメリカ文化の申し子」そのものなのだ~K~。「人民のためのコンピュータ」と「軍事研究」と「金儲け」とは、すべて一体となった存在なのである」 そして、次のように結論する。
 「パソコン……を支えるのは何より「理性をもった個人」を絶対視する思考である。……そこには思考が共同の場で織り上られていくといった発想はない~K~。〈理性〉自体が〈感性〉をベースにしているとか、その〈感性〉は共同体のなかに置かれた〈身体〉から沸き上がってくるとかいった思考は影が薄い」
 「(アメリカニズムの)本質的な点は、マーケットを通じた競争経済と合理的な産業技術による大量生産システムである。それらが、人々の暮らしを良くするだけでなくリベラル・デモクラシーの実現につながる、というナイーブかつ強固な信念こそ、アメリカニズムの神髄なのだ。……いわば「政治体制が即ちそのまま経済活動」なのである」

本書の結論

 本書の結論をあえて要約すると、次のようになろう。
 「マルチメディアの登場によって、いまわれわれは「双方向電子メディアの新世紀」に突入しようとしている。そこでは新たに拡張された身体感覚がうまれてくる。……たしかにそういう面はある。……そこで形成される身体はゆがんだ「サイボーグ的身体」となる可能性もある……とりわけ、日本のように同質な感性を前提とする社会では、その恐れが大きい」
 「マルチメディアが本当に感性に訴えるメディアなら、それは言葉や国境の壁を超える可能性をもつだろう。いかにして重層的でしかも広大な感性共同体をつくっていくか――マルチメディアの可能性はそこで真に試されるはずなのである」
 本書の結論に関連して、最初に紹介した日経新聞の同じ欄に引用されていた文章を最後に紹介する。それは、R・サラモンという人の「福祉国家の衰退と非営利団体の台頭~K~」(邦訳は中央公論十月号)である。サラモンは、非営利団体の世界的な台頭を指摘し、「(自発的な活動の)もっとも基本的な促進要因は、一般の人々が、問題解決の手段を自分たちの手に取り戻し、彼らの置かれている状況を改善して基本的な権利を確保しようと、運動の組織化を進めていることである」という。その背景要因として次の四つの危機と二つの革命的な変化をあげている。
 「市民の政府への依存が助長されてしまっていると多くの人が考えるようになった近代福祉国家の危機、開発を担う責任者としての政府の限界とNGOを関与させることの利点、環境汚染への政府の対応への不満、社会主義の失敗によって、これまで満たされることのなかった社会的必要性をいかに満たしていくのか(という危機~K~)、コミュニケーション革命、六〇年代から七〇年代の世界経済の大幅な成長によってもたらされたブルジョア革命」
 こうした社会的な変化がどれほどの規模で、どのような結果をもたらすのかは一切不明であるが、長い展望を考えるうえでは考慮すべき課題ではなかろうか。

インターナショナル・ビューポイント誌への寄稿      マキシム・デュラン

         裁かれる世界銀行

 世界銀行が裁かれるべき時である。過去十五年以上にわたって、この世界機関は、ネオリベラリズムの手中にあり、地球全体に社会的に後退した秩序を押しつけ、人間的な要求を無視してきた有害な存在であり続けてきた。

理論は後追いするのみ

 開発経済学の先駆者の一人であるハンス・シンガーは、フランスのある経済学月刊誌で一九八〇年代初めの世界銀行(世銀)をめぐる情勢を次のように巧みに説明している。
 「南側諸国の不安定さの中心に債務問題が存在していることが明らかになった時から、すなわち、金融・財政問題が今日のような重要性を持っていることが明らかになった時から、利害関係の構造が変化し、ブレトンウッズの諸機構と国連との関係がこじれていった。……第三世界への債権者は、国連内部で持つ力以上に世銀や国際通貨基金(IMF)内部で大きな力を持つようになった」
 シンガーはおそらく国連にいくぶん幻想を持っているのだろうが、彼がいおうとすることは明白である。つまり世銀の方針が一九八〇年代初めにリベラル経済学へ傾斜していった、その理由は債務の利子支払いが第一の緊急問題となったからである、と主張しているのである。世銀とIMFの構造調整計画なるものは、非常に単純なもくろみ、つまり利子支払いを確実にするために設定されたにすぎない。世銀自体が事実、巨大な債権回収機関なのである。
 世銀のリベラル経済学への傾斜は、人的側面に現れているとシンガーは強調する。同じ論文で次のように述べている。
 「世銀のエコノミストがこれまでずうっとネオリベラリズムの考え方に好意的であったわけではない。マクナマラ時代の世銀チーフエコノミストには一人のニオリベラリストもいなかった。その彼らはリベラリズムを採用しなかったために他のエコノミストと交代することになった。しかし、リベラリズムへ傾斜したのはエコノミストでなく、世銀の決定中枢であった」
 世銀での高い収入を得たいと考えているエコノミストは、ほぼ無数ともいえるほどいくらでもいる。したがって構造調整計画の理論的な人的基盤の問題は真剣に考慮するにあたらないのである。
 もちろん、構造調整計画が経済開発を真実に追求しようとしておらず、その背後に別の目的があることを明らかにするために、それを検討する必要はある。構造調整の背後にある第一の考え方は、第三世界諸国のそれぞれの国内市場をもはや経済成長の原動力の一つとは考えないということである。調整計画の主要提言はすべて、諸国の生産能力を輸出向けに再編するのを狙いとしている。すべての調整計画が金太郎飴であるから、計画の三本柱である通貨切り下げ、規制緩和、民営化を検証するのは簡単である。
 通貨切り下げは、各国経済を他国の経済に適応させる過激な手段である。最初の段階では、輸出価格を下げるので表面上の生産性を高めるが、危険な面がある。つまり、通貨切り下げが目的としているのは、国内市場の破壊と輸出部門に活力を与えることなのである。規制緩和とは、国内的にも対外的にも経済的な「障壁」の排除を目的にしている。すなわち最低賃金の保証や価格保証、種々の補助金などの排除が目的である。これもまた、国内市場の成長要因を破壊することになる。
 これは、サプライサイド(供給者側、つまり北側諸国)の要求を満足させる。すなわち国境を開放することによって、農業や伝統的な産業に種々の圧力をかけ、これらの産業はより高い生産性を持つ先進国の同じ産業との競争にさらされることになる。先進諸国の商品に対抗できないすべての部門は壊滅させられるか、あるいは補助金の廃止によって極度に困難な状態に追いやられる。
 三本柱の最後の民営化であるが、これは公共部門を縮小し、私的資本に新たな参入機会を与えることになる。
 これらの政治的な経済方針全体を検証すると、すべては構造調整計画の対象国家が通貨と対外債務支払いの両面で最大の能力を得ることが目的となっていることが明らかになる。
 ネオリベラリズム理論全体は、世銀の真実の役割を隠し、世銀があたかも地球全体のためになるかのような装いを与えることを目的に構築されている。しかし構造調整計画の提言はどれ一つとっても、その基本目的や、そこから派生する目的をも否定する。
 例をあげると、第三世界諸国の国家財政の赤字解消、国内債務を急増させる悪性インフレーションの克服などが重要課題として勧告されている。しかし、これらを実現するための厳しい制限は対外債務に対しても適用されるべきなのである。国内であれ対外であれ利払いは結局、基本的には公的債務が問題だから、国家財政の問題である。換言すれば、国家財政の赤字削減は、長期金利を初めとして金利を低下させるから、国内債務の負担を軽減し、それに応じて対外債務の返済能力を拡大していくことになる。

ひどく不愉快な決算

 調整計画が適用されはじめてから十二年間たつ現在、その結果に関して決算ができる。もう一度シンガーを引用すると、次のように彼は総括している。
 「世銀にしてもIMFにしても祝福すべき理由はない。構造調整として知られる二つの機関の計画の結果は、実に貧しく、いや否定的とさえいえるものである。社会的な費用は膨大であり……それらは無駄に投下されたのであった。経済成長は実現せず、債務は減少せず、そして投資は後退した。まともな決算とは決していえない。一例をあげると、現在の世銀開発計画の成功率はほぼ七〇%と評価されているが、わずか数年前では九〇%に達していたのだ。その大部分の理由は、調整計画が有害なプロジェクトに優先順位をつけていたためである」
 調整計画のもっと詳細な結果を個人が追跡調査するのは難しく、それゆえ慎重に扱わなければならない。アフリカの二十四カ国に関して行われた調査は、非常に否定的な結果を示している。その調査結果をより詳細に検討するにはもっと多くの時間が必要であろうが、基本的には民間の地場産業が消滅し、新たな制度的な構造の構築に失敗したことが明らかである。
 同様の政策が適用された東欧諸国についても、同じ結論が示されている。つまり、東欧諸国で適用された調整計画も、国営企業がなくなって生じた経済空間は私的個人あるいは民営化の進展によってただちに埋められるだろう、という暗黙の原則のもとに進められたのであった。ここには、経済的効率というものの社会的な根元を理解したがらない姿勢がある。つまり、テクノクラートに特有な資本主義を理想像とする姿勢があるのであり、これは全世界の構造調整計画立案者に共通の方法である。
 事態はもう一つの面を示しはじめている。アフリカでは、調整計画の結果、公的支出による所得や国家公務員数の縮小、収益のあがらない公共事業の削減、補助金の圧縮などが生じた。大きな国家が経済開発にとって悪い要因であることを認めるとしても、まさかりを振りかざすような計画が最善なわけではない。いわゆる「専門家」は公務員の得る賃金の重要性を無視しがちである。彼らの賃金は経済を支える大切な要素である。公務員の賃金を引き下げる「専門家」は、その賃金が持つ水面下の意味を考えていないのである。
 賃金削減によって国家財政のバランスを回復することは、社会を強く維持している連帯のネットワークを破壊し、警察や軍隊によるクーデターを容易にしてしまう。計画立案にあたる世銀の関係者は、よく考えもせずに教科書を機械的に適用するという火遊びをしているのだ。OECD(経済開発協力機構)に関係する二人の専門家による皮肉な報告を見てみよう。
 「生活必需品に対する補助金が国家財政の赤字削減を理由に行われた結果、流血の暴動が数多く発生したことをわれわれは知っている。そして、それらの暴動が調整計画自体をもだめにした事実をも知っている」
 二人の世銀エコノミストは調整計画の社会的な影響を総合的に評価して次のように述べている(アメリカ・エコノミックレビュー誌「構造調整計画をめぐる論争」一九九三年五月)。
 「(調整計画は)人間の顔を持っていなかった。貧しい人々は~K~、(公的部門などの)縮小の結果、とんでもなく苦しくなった。公的支出の削減は、貧しい人々を保護するという計画の目的に影響を及ぼした。様々な改革は取得格差を拡大した」
 もちろん、二人のエコノミストは調整計画がなければ事態はもっと悪くなっていただろうと急いでつけ加えるのだが、少なくとも当事者から調整計画への疑問が表明されたのだ。

人間的な調整計画

 一九八七年のユニセフによる「人間の顔をした調整計画」なる報告は、世銀を擁護するうえで重要な役割を演じている。それでも一九九〇年の貧困に関する報告、九一年の開発に関する報告、九二年の環境に関する報告、九三年の健康に関する報告にみられるように、その方法の変更を余儀なくされている。同報告の計算によると十一億人にのぼる貧しい人々(一日の収入が一米ドル以下)の存在に直面して、世銀は一九九一年のタイ・バンコク会議以降~K~、「(技術や資金の)移転と安全を保証するネットワーク」を提唱してきた。世銀はこれまで公的支出の大幅削減を強制しておきながら、現在では開発途上国に対して「健康のための公的支出の拡大~K~」(九三年の「健康に関する」世銀報告)を勧告している。
 世銀は、最近の「ラテンアメリカとカリブ海諸国――債務危機後の十年間」では、不平等と貧困の増加を強調している。世銀が経済成長それ自体よりも成長の果実の分配の方が「おそらくより重要だ」と今となって発見したとは、一つの皮肉である。しかし、このことを発見したとしても、世銀は貧困を相変わらず狭く定義し、それが貧困の定義を適用する現実はとても少ない。世銀の定義によると、ラテンアメリカとアメリカ合衆国の貧困率はなんと同じである。
 また、世銀はこの発見にもかかわらず、援助を行うための、その厳しい差別的な基準を変更していない。九四年国連開発計画(UNDP)報告が強調しているように、支援国は「権威的な体制を(援助対象国として)選択する~K~。(一瞬の考慮もせずに)こうした体制が政治的な安定を重視し、経済運営がうまいと判断するからである。バングラデシュとフィリピンが戒厳令を撤廃したとき、世銀融資に占める両国の割合は低下した~K~」。軍事支出の負担はもはや考慮されていないようである。軍事支出は「多国籍資本の融資、たとえば世銀の融資にほとんど違いをもたらしていない」。

帝国主義の手先

 一般的にいって、構造調整計画は現代の資本主義がいかに機能をしているかを忠実に写し出す鏡である。公的サービスの主体としての国家と社会的保護制度とへの攻撃と、他方での個人のイニシアティブや市場法則、保護のための規制や規則なしでの世界市場での競争などに好意的な姿勢は、第三世界や東欧諸国だけに適用されるのではない。これは世界的に普遍の方法であり、これが排除の論理を基礎とする資本主義を通じて世界経済を分裂させつつある。この悪魔のような世銀―IMF両者が世界経済のモデル設定で重要な役割を果たしている。この両者は、中央アフリカのフラン通貨切り下げに示されたように、自らの見解を強制できる力を有している。
 これが、たとえばスーザン・ジョージが提示した考えのような「世銀を民主化する」諸計画が上品にいって、幻想であり、世銀が経済開発に真に奉仕すべきであるとの考えに戻ることになるだけの理由である。逆に、世銀批判を新たな第三世界主義のうえに構築すべきではない。新たな第三世界主義は、南のブルジョアジーを苦境から救い出すものでしかない。確かにネオリベラリズムの諸公式は有名な形態で課せられている。つまり、世銀あるいはIMFからの融資が、対象国で新たな権威を確立するための近代化計画に含まれる様々な施策と一体となって提供されている。これらの諸施策は現地の支配階級には好ましい。というのは、これらの諸施策が彼らに有利な国内関係の形成に役立ち、また、そのための口実を与えるからである。
 これまで対象諸国政府がIMFの押しつける要求に対して自国民に抵抗を呼びかけた事例は一つもない。構造調整計画による要求は、ヨーロッパでの競争に関するルールとほぼ同じ役割を果たす。すなわち、それらの要求とは、ブルジョアジーが慎重に課す制限であり、その背後にはさらに大きな要求と外部からの強制がひそんでいる。人間らしく生きるための闘いは、いまだかつてないほどに反帝国主義として、世界市場との関係と現地ブルジョアジーとの関係という二重の戦線で進行している。
(インターナショナル・ビューポイント誌7月258号)