1994年11月10日         労働者の力               第61号

ポスト社会党をめぐる革新、護憲をめぐる争いのはじまり
 民衆的な開かれた討論を通じて新たな政治勢力形成を

                                      川端 康夫


目黒選挙に見る「革新陣営」の構図

東京・目黒区では区長、区議補選が同時に行われ、区長選では、七政党推薦の現区長と共産党との争いという構図ができあがりそうになっていた。そこに、今後の政治環境を明示する全党推薦にくさびを打つべく宮本なおみさんの立候補声明がなされた。区議補選は四人の枠に、保守系、さきがけ系、共産党、そして無所属革新の坂本史子さんが立候補した。宮本さんと坂本さんは共同の選挙態勢を組み、前都議の大久保青志さんが選対の中心に座り、新党・護憲リベラルが推薦するという、いわば九五年統一地方選挙の前哨戦のような様相をも示す選挙戦となった。
結果は宮本、坂本両候補ともに僅差で共産党候補に続く形になったが、区議補選ではさきがけ候補をはるかに上回る三位であった。共産党は区議現職を四人抱えている勢力である。宮本さんは元区議であるが全く準備のない立候補で、坂本さんは新人候補であった。また、さきがけ推薦候補が全くの最下位に終わったことも、目黒区民の中に総与党体制や総保守化体制の成立や、それへ社会党革新勢力が飲み込まれていることへの反発が少なくないことを示すものといえる。
特徴を二つあげておきたい。

新党・護憲民主リベラルの公的、マスコミ的登場

第一は、新党・護憲リベラルの推薦、応援演説という構図ができたのが偶然的ではないという状況である。すなわち、社会党が全政党支持に飲み込まれる図式は以前から拡大していたが、現在の自・社連携あるいは新・新党との連携のなかで、首長選(これは一種の小選挙区選である)では、保守と対立して争う候補が、共産党以外には消えてしまうことになる。同時に、社会党からは革新候補への支持や応援ができなくなる状況ができあがる。
先日の名古屋参院補選での無所属、牧野候補の立候補にもかなりの票が投ぜられたと同じく、「無風選挙」が自治体でまん延し、低投票率が喧伝されるのも総与党化が導いていることである。そうした総保守化と政治離れの同時進行にくさびを打とうとする動きが現在、市民派候補の挑戦という姿で現れているのであり、そこに、社会党を離脱した新党・護憲リベラルが唯一の推薦政党となる構図ができるのである。
新党・護憲リベラルが組織的な力をもって出発したわけでないの周知の事実である。かつ、その政治内容においては、「右四つ護憲論」の田英夫(参院議員)代表の路線では必ずしもしっくりいった関係がつくられるということにならない側面も強い。
できることは、推薦状を出すことと所属議員による応援演説程度である。各地域での選挙活動や集票活動は、それぞれの地域の市民運動や労働運動の力にかかっている。だが、この地域での選挙運動も全国的な政治的連携があったほうが有利と判断される場合が多い。そこで新党・護憲リベラルの推薦を、「護憲」派の推薦として受けることになる。他には対象がいないのである。
推薦関係ができたとしてもそれは、それぞれの主体的関係が「党的な結びつき」として濃密だからではない。新党・護憲リベラルの政治的方向も組織的将来像も定かではないし、市民派的立場での主体的方向選択がどのように発展していくかも未知数のままの結びつき、推薦・被推薦関係である。
ところがマスコミ的、公的には別のもの、すなわち「新党・護憲リベラル勢力」としてくくられて規定される。次のような状況である。

共産党の「唯一の革新論」への固執と「護憲派」

 第二。朝日新聞(10・29付朝刊)に次のような記事が掲載された。見出しは「共産、地方選挙で善戦」で、その中に目黒区の選挙が取り上げられた。
 「都市部での実績として共産党が重視しているのは、今月十六日の東京目黒区の区長選・区議補選。区議補選では共産党公認候補が「新党・護憲リベラル」(田英夫代表)の推薦候補に競り勝って議席を獲得した。区長選では党推薦候補が七党相乗りの現職に大差で敗れたものの、得票は護憲リベラル推薦の候補を上回った。新党・護憲リベラルは、社会党から除名されたり、国会内会派から離脱した参議院議員らが九月に結成。安保・自衛隊など基本政策の転換を批判して社会党を離れる票の取り込みを念頭に置いている点で、共産党とは参院比例区などでの競合が予想される相手だ」
 この記事をどう理解したらいいのだろうか。共産党への提灯記事にも見えるが、しかし立場によって、全く違った観点からとらえることも可能だろう。
 共産党は目黒選挙で相変わらず「唯一の革新」論を掲げ、「えせ革新攻撃」を行っていた。同記事によれば不破委員長は「九月の全国都道府県委員長、選対部会議で、「わが道を行く」式に党を語っていたのでは、政治の最大の争点が新新連立か旧連立かの対決にあるという「いつわりの流れ論」を打ち破ることはできない」と戒めたという。社会党系であった人々を共産党に引き込むために努力せよ、とアジテーションを行っているわけだが、新たな革新勢力が共産党を中心にした広がりであると考える点において、すなわち「唯一の革新」論を貫徹することにおいて、この記事が「誇大にも」いうような新党・護憲リベラル(あるいは他の可能性ある護憲派新党も含んで)との競合に競り勝つことが「自己目的化」される根拠になる。社会党「大崩壊」の後を共産党が刈り取る、というあまりにも因習化された図式にもとづく方針、路線である。
 
新党・護憲リベラルと田氏の「右四つ護憲」論
 
 新党・護憲リベラルにとっても歓迎すべき記事であろう。この新党が自前の候補を持つ可能性は極めて限られている。そこで推薦状を「多発」することで存在感を高めようとする。どの程度の関係であろうとも、マスコミ的には「新党護憲リベラル候補」という枠組みになる。五人の現職議員を持つ公職選挙法上の政党としての大いなる利点であり、そうした地位をもたない政治運動に比して「特権的な」地位を確保している。
 社会党内での護憲派勢力は、こうして始まっている先陣争いには加われないままである。せめて新民主連合(新民連、代表山花貞夫)的に党内外勢力と公然と結合し、新党形成に踏み出すという立場をとっているのであれば、七党推薦の枠組みを無視して行動し、党外の労働運動勢力や市民派勢力との結合を積極的に深めることも可能だろうが、しかし現実には「右派が出ていった後の社会党を名乗る」程度であるから、「党機関での論議と決定に忠実に」行動することになり、したがって「東京から社会党が消える」(アエラ誌)事態でも、姿が見えないままに流されることになる。
 護憲派の「大連合」にとってはどうなるだろうか。
 現在、新党・護憲リベラルが、その特権的地位の行使には慎重のうえに慎重であってしかるべきだ、といわざるをえない事態が発展しつつある。「党首」である田氏のこの間の一連のマスコミ発言のエスカレートが示された事態だ。
 「右四つ護憲」あるいは「カマボコ論と南北斜面論」(朝日新聞11・3朝刊インタビュー)の田英夫路線(保革の分水嶺は消えた)と岩井章氏らの「新たな護憲革新論」の傾向とは明らかに違う。
 このインタビュー記事は「保守と革新という分かれ目は本当に消えたのか。自民党に今後、「護憲」や「リベラル」を明確に掲げるグループが生まれることを期待できるのか。田氏と岩井氏との隔たりには、それらの違いをめぐる判断の違いがあるようだ」と結んでいる。
 違いは互いに意識されているのであるが、「上田君、田君とも理念に違いがあるわけではない。将来、大きく合同できればありがたい」という岩井氏の談話(同記事)が願望に終わるのか、それとも実質をもって進むのかは、独立派労働運動や市民派勢力にとっても今後の中心的な課題になる。
 新党・護憲リベラル内部において「保守と革新の分水嶺が消えた」という見解は、相当程度に田氏独自のものという印象が強い。
 田氏の主張は、いわば保守リベラル派の独自的登場という理論的な仮説に立脚し、その仮説から現実の方針を強引に導こうとする。あえていえば、現実に要請される護憲革新論との協同へのアンチテーゼを作るために持ち出されている仮説的論理の印象がただよう。そして「護憲リベラル会派」が突如にして「新党・護憲リベラル」に転化し、さらに護憲派大連合論の提唱に対して、意識的にリベラル勢力論を押し出す対応は、護憲派大連合を掲げた新党運動に意識的に対置し、独自の優位な位置を獲得しようとしているという印象すら与える。
 別の表現をすれば、護憲派は今、合流ができないうちに早くも右派と左派との(意図的な)分岐に直面しつつあるようにも見えるのである。
 護憲派の連合が旧来の感覚での左派右派の基準でいえば、政治的には「雑多」なものということにもなろうが、社会党的世界での旧来基準が通用しない環境の現在、護憲派か否かの判断基準は自衛隊合憲論が示す、限りない解釈改憲の積み重ねへの対応によって具体的に測定される必要がある。
 田氏の「リベラル派合流」という仮説にもとづく路線は、多分に村山政権支持、自・社連立支持、自衛隊合憲論支持、そしてそうした安保体制堅持の枠組みにおけるリベラル護憲論(解釈改憲・実質改憲論)に帰着してしまう可能性を秘めている。新生党路線が読売新聞が提唱する条文改憲論であるとすれば、解釈改憲の路線がそれへの対抗物であると強弁することもあながち不可能ともいえないからだ。むしろ読売新聞(その背後にある勢力)は、そうした「条文改憲か解釈改憲か」という違いの次元に論議を誘導する目的をもって「改憲案」を公表したとみるべきだろう。「民間政治臨調」が行った世論の意図的誘導の方法の焼き直しである。
 新党・護憲リベラルが五人の現職議員の結束による公選法上の政党要件を満たす政党であることは(民衆にとっても)大きな利点だが、その利点に固執することと、リベラル的な護憲(解釈改憲)論に傾斜することとは別次元の問題のはずだ。
 
護憲派の開かれた討論を通じた大合流を
 
 新党・護憲リベラルは「右四つ護憲論」のままで進むのか。
 護憲派の枠組みにおける開かれた討論と問題の詰めが、こうした護憲派政治勢力形成をめぐる混乱を切開する道であろう。護憲派大連合実現をめざす大きなうねりを起こすこと、その舞台でいかなる政策が掲げられるべきなのかが討論され、いかなる「護憲政党」が必要なのかが論議されることが実現するならば、民衆的には、観客民主主義でなく、参加民主主義として、それぞれに自らの信念に応じた路線選択の場が与えられることになる。田氏、あるいは新党・護憲リベラルにとっても、民衆的支持なしには永田町政治の渦に巻き込まれるだけの存在になる以外ではない以上、護憲派の進むべき道についての大討論、大論争の場を積極的に準備する必要性があるのではなかろうか。それは、岩井氏らが準備している「護憲の新たな政治勢力結集」運動が、自己完結したものにならないように意識的な努力が求められることと、対の課題である。
 それらを通じて、民衆レベルに依拠した新たな政治勢力形成の努力がなされるべきだし、その方法においてのみ民衆と結んだ政治勢力が、保守による政治の独占に挑戦する実質を備えていくことができる。
 (十一月五日) 

新たな政治勢力形成めざし市民の政治を創るキャンペーンはじまる


第二回・九五参院選と新党を考える全国懇談会開催

十月二十二日(土)、東京・信濃町の真生会館にて、第二回市民の政治全国懇談会が開かれ、「市民の政治を創る全国キャンペーン」を実施と十一月二十七日の集約集会を第三回懇談会として開くことが確認された。
第二回懇談会は、最初に宮本なおみさんが呼びかけ人会を代表してあいさつし、つい先日の十月十六日に投票された東京・目黒区区長選挙に急きょ立候補して「小選挙区制への私たちなりの挑戦」をした経過と総括を報告しつつ、総与党化、総保守化と主体的に闘う市民派の政治的勢力の必要性を訴えた。
懇談会は、関西、中国、東北からの参加を含めた約五〇人の集まりで、市民派の新たな政治参加のあり方や新政党、そして社会党の路線転換に伴って各方面で始まっている新たな「護憲政党」の動きへの対応などが討論された。新政党という面で中心に取り上げられたのは、岩井章氏らが呼びかけている「新たな政治勢力の形成」の評価や対応であり、積極評価、積極対応の意見と同時に社会党的旧さや「この指止まれ」的ありかた、さらには新党・護憲リベラルとの大合流の必要性の指摘などが活発に意見交換された。また社会党的な狭さのままでは新たな政治勢力となるには限界がありすぎるという視点から、市民派の独自的な主体形成がもう一つの重要なポイントだという指摘がまとめ的に提起された。
新たな政治勢力の大合流を推進する立場から、岩井氏らの提起への対応を全国的な討論を経て検討すること、市民派の主体的な政治的結合がどのような形で可能なのか、これらに一定程度の見通しをつけるためにも、第一回懇談会で提起された「市民の政治を創る全国キャンペーン」を具体的に進めることが確認された。同時に、キャンペーンの集約集会を十一月二十七日に設定し、その場であらためて市民の政治の全国ネットワーク形成の是非やあり方、さらには「護憲派勢力」の大合流への市民派サイドからの主体的見地や運動を討論することが確認された。
第四インターナショナル・フランス支部
            アラン・クリビンヌ氏を迎えた討論
         スターリニズム崩壊後のインターナショナルの役割
 
 十月二十九日、東京にて第四インターナショナル・フランス支部のアラン・クリビンヌ氏を囲んだ集まりがもたれた。クリビンヌ氏は、かつて一九六八年「フランスの五月」の青年学生反乱の指導的部分として名を馳せ、その後は共産主義者同盟(LCR、第四インターナショナル・フランス支部)を建設し、その指導部の一翼をにないつつ、革命的左翼ブロックの代表として数回にわたって同国大統領選挙に立候補したことでも知られる。
 会合には労働者の力社、新時代社、共産青年同盟(JCY)などの関係者が参加した。
 最初に、来年に予定されているインターナショナルの第十四回世界大会開催を軸にした氏の極めて率直かつ簡潔な報告があり、つづいていくつかの質疑が行われた。氏は報告に際して、フランス支部指導部メンバーとしての見解であり、統一書記局メンバーとしての見解ではないことを前提として述べた。(編集部)
 
クリビンヌ氏の報告要旨
 

客観情勢と主体的条件
 
 全世界共通に不利な局面、運動の後退的状況が続いている。旧社会主義陣営では唯一キューバだけがかろうじて反帝国主義の立場を持続しているが、キューバにも様々な問題がある。イデオロギー的混乱も世界的である。「社会主義的解決」という概念は今や崩壊しているといっていい。
 世界の状況は客観的には、古典的概念でいえば大衆決起を導くような状態にある。第三世界における野蛮と悲惨の蓄積、拡大。先進国国内における第三世界的状況の拡大。資本主義の病の深化、たとえば汚職のまん延。客観的情勢としては、資本主義の世界は全く行き詰まっている。同時に、主体的条件として事態は困難である。
 社会主義的解決は空想、ユートピアとされ、同時に、代わるべき政治的展望はない。他方、ファシズム、人種差別主義、原理主義的宗教イデオロギーの台頭が進んでいる。これらに共通するメカニズムとして貧困層の結集がある。
 
世界状況とインターナショナル
 
 スターリニズム崩壊後のインターナショナルは、主要には次の三つの困難性に直面している。政治的、組織的、そして財政的にである。
 インターナショナルとして総体をとらえれば、いわゆる世代間のギャップが今や巨大なものとして現れている。古い世代にとっては幻滅と崩壊感覚があり、若い世代には状況への直接対応、抵抗が主要な感覚である。すなわち、インターナショナル共通のアイデンティティであった十月モデル(一九一七年ロシア十月革命)が今や通用せず崩壊している。若い世代は十月モデルとは無関係であり、十月モデルに依拠してはどうにもならない。現実の経験の蓄積を通じた「社会主義の再建」の回路を通じなければならない。
 世界的状況は、旧構造の崩壊と新たなものの形成ということの岐路にある。ここではもちろん古いものの崩壊ということが主流ではあるが。
 国際的な協同作業が持続しているのはラテンアメリカ世界だけである。軸はキューバとブラジルの労働党(PT)。しかし、それも「協力の気持ち」の段階にとどまっている。キューバの事情があると同時に、最近の選挙でのPTの敗北も影響している。
 世界的に統一したインターナショナルをイメージすることが困難な状況である。むしろ各国の特殊性に注視することが重要になっている。この間インターナショナルは大別して二つの方法を採用してきた。一つは支部組織そのものの育成・強化であり、二つは反資本主義的な左翼ブロックの形成である。インターナショナル総体として、状況を反映して当然でもあるが、各国支部はカードルの減少を経験してきている。が、他方「左翼ブロック」の協同作業は一定程度進展し、それを通じてインターナショナルはヨーロッパで、三人の国会議員を持っている。もちろん「トロツキスト」として選ばれたわけではない。その個人がトロツキストであることは、みんな承知の上だが。
 具体的にはドイツにおける民主社会党(PDS、旧共産党)への参加の検討、イタリアにおける共産主義再建党内での活動、スペインでの共産党への参加の方向などが進んでいる。ほかにベルギーやデンマークなど緑との協同などが進展している。
 ヨーロッパ労働運動の危機、衰退、分解が急激であり、労働組合の解消論が横行している事態にある。フランスでは労働組合組織率は九%にまで落ち込んだ。イタリアはもっとひどい。完全に大衆から孤立している。公式組合の衰退に対して非公式組合が発生する事態も生まれている。フランスでは最近、看護婦や郵便労働者の中で数千人規模の新たな組織が形成されている。これらは一定の成功だが、同時に公式組合と二股をかけている部分も多い。
 インターナショナルの青年層での活動は、ヨーロッパ・サマーキャンプに約一千人が参加する規模で行われているが、青年グループの組織化は「年とった青年」ではできないし、作ってはならない、という事情にぶつかっている。年とった青年、すなわちトロツキズムの公式やインターナショナルの体系でグループ化を行おうとすれば、すぐに孤立してしまう。
 結論として、インターナショナルが追求してきた世界党的なものの概念は、今や国際的にも各国的にもありえない。反資本主義的な諸要素の国際的結集がインターナショナルへと結びつくと考える必要があるが、ここではトロツキーは基準にはならない。しかし、現段階で、諸要素の国際的結合は世界的には数少ない。
 第十四回世界大会は速やかに開催される必要がある。現在の諸問題を解きあかし、解答を得るというよりは、限定された枠組みで当面の課題を解決しつつ、世界的な討論を本格的に開始する大会として位置づけるべきだ。その意味では「小さな大会」となるだろう。ヨーロッパでは支部合同政治局会議がなされ、ラテンアメリカでも代表者会議がもたれて準備が進められている。
 
質疑から
 
フランスにおける青年運動 
 二つのタイプの大衆運動がある。一つは移民下層の自然発生的な爆発。これは介入や対応が困難である。パリやその他大都市の周辺部に集まっている移民層は貧困、失業を集中的に体現し、そこから運動が多様な形で爆発してくる。その政治的な特徴は政治組織そのものを拒否することにみられる。彼らは独自の文化、たとえば音楽、演劇などをつくり出しつつ一つの社会を生み出している。
 二つは学生、高校生の大規模な運動である。この運動は、教育制度の改悪が失業問題と密接に連動してなされつつあることへの対抗である。つまり日本でいえば「初任給」にあたる最低賃金が大幅に切り下げられることに対する危機感が数十万人規模のデモを導いた。イタリアでも同じようなことがある。
 これら学生、高校生運動の発展において、ポジティブな面とネガティブな面の双方の現象がみられる。前者は、運動の発展の中で相当の比率で労働者との連携を考え始めていることである。これには雇用の問題が媒介になっている。後者は、マルクス主義や政治組織への警戒心が強いことだ。しかし以前の時期には労働者や政治組織という存在そのものが拒否される状態であったことを考えれば、大きな変化である。
 こうした運動を「時間に間にあって」組織しなければ、ファシズムの危機が拡大する。
 フランスにおける最近の選挙は、左翼の大敗北に終わった。主要な原因は青年の多数が極右翼、ファシズム勢力に投票したことにある。これはまさに重大な問題だが、その青年たちの意識は「資本主義に反対して投票した」というのである。
 
ヨーロッパの労働組合運動 
 ヨーロッパの基本趨勢としての労働組合の後退という状況はあるが、その中でドイツ、イギリス、ベルギーなどの諸国の運動は、まだ相対的に強さを示している。それらの共通項は「単一のユニオン」が労働者の生活、社会的ありかたを包摂する形で存在していることにある。ドイツでの金属労働組合をみれば、その資金力が象徴するように組織は依然、強大である。しかし分解、変化はある。イギリスでは労働党右派のヘゲモニーによって労働組合が労働党大会で労組単位の一括投票権を行使することへの反撃がなされた。ベルギーでは労働組合活動家やフェミニスト、エコロジストが協同して新しい枠組みを作り、「統一レフト」と称している。スイスでは「政治的連帯」の活動がひろがり、デンマークでは「赤と緑」が連携している。
 フランスでは四つのナショナルセンターが分立し、総体として後退しているわけだが、新たな諸運動との連携という面では事態は複雑である。
 
フランスにおける緑との提携の可能性
 
 LCRと緑との論争、対立が日本にも伝えられているらしいが、それは緑側の一種の意識的な政治的ポーズの表現という側面が強い。
 まずフランス政治の大前提が理解される必要がある。すなわち、フランス共産党という巨大な党が長年あらゆる左翼にとっての壁になっていた。共産党自身は現在深刻な危機にあり、半数の党員が脱党し、公称二十万党員だが実質は約五万、支持率も以前の二〇%から七%程に落ちてはいる。CGT(労働総同盟)の影響力も極度に低下している。しかし、彼ら以外の左翼的勢力が全国的に結集するのを妨害する力は依然持っている。フランス共産党はいわば「左翼全体を教育してきた」のであり、「緑」を含めてそうなのだ。
 現在、「共産党革新運動」が内部から起こっており、党内外の動きと協力している。しかし活動家層の運動というよりは「機構」としての動きであり、政治的な混乱は拡大する一方だが、方法や発想にはスターリニズムの伝統が根強い。
 緑は各国で数百万票を得票するなど、活動のピークは数年前にあった。だが、ドイツ以外では大衆的な政党化ができなかった。ドイツを例外とすれば、活動家運動という面でも強くなく、フランスではLCRの方が活動家数は多い。
 緑は状況を反映する。新しいし、刺激を受け、学ぶべき面は数多い。だがフェミニズムにおける「女性党」が不可能なように「緑党」にも同じことがいえる。ドイツは例外なのだ。つまり、政治的選択に迫られると即時に左右分裂に直面する。それゆえ政治を拒否することになるが、にもかかわらず選択の必要性は消えない。こうして分裂の繰り返しという結果が生まれる。フランスではそれらの結果、緑のレフトウイングは政治的ないわば「筋もの」集団化している。彼らとの討論は広範囲に進めているが、政治的には混乱しているとしかみえない。
 統一左翼への動きに対するフランス共産党やブルジョア勢力などの攻撃がある。とりわけ緑のレフトウイングが統一左翼に傾斜していることから攻撃の対象にされている。彼らはそれらへのアリバイの意味で、現在LCRとの対立や排除態度に出ているということである。そうすることによって彼らは左翼の中で孤立を深める結果となっているのだが。
 緑の支持率は現在二%程度、活動家は約三千人ほどだ。
 
フランス共産党について
 
 フランス共産党の現状は、「転換したいが転換できていない」というところだろう。転換したいのだが、その内容がないのである。たとえば、フランス共産党はすべての左翼と討論することを決定した。LCRを討論相手として認定したことは大きな転換だ。また、今や相互に軽侮の対象ともなっている「友党」イタリア共産主義再建党の代表団が党大会に招待されるが、その代表団にはインターナショナルのイタリア支部メンバーが参加してもいる。
 だが官僚指導部機構の存在が阻害要因となっている。フランス共産党はモスクワの最大の優等生であったし、その崩壊による打撃は根底的なものだ。この党は、いわば「ゆりかごから墓場まで」の社会生活を党組織の内部で送れるような機構を作り上げてきた。一種の対抗社会である。私自身もそうした社会の出身だ。そして党の決定構造は、約五千人の党専従機構が握る。政治的な崩壊や動揺があっても、それは活動家や党員下部からの運動になるというよりは、官僚機構の、それも上部からの動きとして表現される。先述した共産党革新運動が示している。この運動に属する人の中には、一九二〇年代から共産党が市長を出している労働者地帯の現市長(国会議員を兼ねている)がいる。
 政治的動きは「氷河」の動きである。しかし確実に動き出しているから、大衆的圧力が動きを促進することは可能だろう。
資料
護憲の新たな政治勢力結集をめざす代表世話人会
第一回呼びかけ人会のその後の経過と基本合意・当面の政策課題・会則、財政案についてのご検討のお願い
前略
(略)
 さて、十九日新たに選出された代表世話人会を開催し、皆様のご意見とその後の各地の動きを勘案し、別項のような基本合意・当面の政策課題・暫定会則を決めました。これは、あくまで暫定的綱領というべきものです。今後皆様のご意見を伺いながら漸次より良いものに練り上げていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。ご参考までにご説明いたしますと、
 @基本合意において、政治勢力の結集の目的は護憲新党結成をめざすものとし、当面政治団体として登録を行うことを明記したこと。
 A結集軸課題として、農業・林業を加えたこと。
 B政策課題として、すでに護憲政治勢力結集のために活動されている各団体の政策を参考にさせていただいたこと。
 C会則案はあくまで暫定的なもので今後協議を経て決定すること。
などであります。
 総保守体制化が進行する中で、新たな護憲勢力の結集は、その志は良としつつもなお今後多くの困難が伴うことが予想されます。今後とも皆様のご活躍とご提言をお願いする次第です。
 一九九四年十月二十二日
呼びかけ人各位
 護憲の新たな政治勢力結集をめざす代表世話人会
 岩井 章・和田静夫・矢山有作・斎藤一雄・栗原 透・中小路清雄・山崎道人・内田雅敏・北野弘久・小峰雄蔵

基本合意・約束(案)
一 私たちは、一九九四年九月三日、日本社会党第六一回臨時大会で放棄した基本政策(護憲・平和・中立・非同盟)を継承、発展させるとともに、護憲社会党の死滅により進められている今日の総保守政治体制化を憂い、護憲・平和・人権・環境・農林・自治・共生・公正の共同目標をかかげて闘うすべての個人・団体の総結集体をめざす。
 (護憲共同戦線体)
一 私たちは、共同目標達成をめざすすべての護憲勢力・政治勢力と対等・同権的関係を維持し、その目的実現をめざして闘う共同戦線的運動体をめざす。
(対等・同権的運動体)
一 私たちは、当面する各種選挙、消費税率引き上げ反対等の活動を通じて、大同を願うすべての政治勢力との大連合を達成し、既成政党の悪弊からの脱皮と護憲の新たな政治勢力の総結集による護憲新党をめざす。当面護憲政治団体を結成し、全国的な活動を進める。
(護憲総連合体)

当面の政策課題(案)
一(憲法)
 総保守体制化のもとで進められている改憲策動に反対し、特に憲法九条改憲阻止の闘いを進めるとともに、憲法九条の理念を世界に広め、すべての核兵器、軍事体制、軍事同盟の廃絶を求め全面軍縮の実現をめざす。
一(日米安保)
 日米安保条約は旧ソ連を仮想敵国とした軍事同盟である。従ってこれを破棄し、日米友好条約に転換する。積極中立政策こそとるべき集団安全保障の道であり、アジア諸国との不可侵・平等・共生をめざす。
一(自衛隊)
 自衛隊は明らかに違憲。当面自衛隊の軍縮を進め、違憲状態の脱却をめざす。自衛隊法改悪反対、防衛費拡充・ハイテク化に反対。
一(常任理事国)
 いかなる名目・条件であっても、軍事的行動参加を伴う国連の安保常任理事国入りに反対。国連の民主的変革を推進する。
一(国際貢献)
 PKO法に基づく自衛隊の海外派兵に反対するとともに、PKF凍結解除反対。自衛隊とは別組織による国際協力組織を編制し、真の国際貢献を確立する。
一(戦後補償)
 アジア諸国との平和的共存・共生をはかり、即時戦後補償の国家的責任を明らかにする。そのうえで従軍慰安婦問題などの戦後補償を行い、当面政府主導の募金型戦後補償の欺まんに反対する。
一(環境)
 経済、生産第一主義によるあらゆる環境破壊に反対し、地球次元での発想のもとにヒトと環境との共生を求め、資源循環型・環境保全型社会の実現に務める。
一(原発)
 原発に反対するとともにプルトニウム大国化を排し、太陽エネルギーなどの自然エネルギーへの転換と省エネルギー化政策を進める。
一(消費税・公共料金)
 消費税率引き上げ、公共料金値上げに反対するとともに、消費税制の廃止を要求する。
一(小さい政府)
 赤字財政・重税・公共投資のサイクルによる官庁主導型管理社会、官僚専権型社会の抜本的改善と行政の肥大化に反対する。当面二十一省庁縮減、財政投融資制度・特殊法人制度を縮小・廃止する。増税を不可避とする、財務官僚の政策誘導をしりぞけ、小さい政府構想によって、租税負担を大幅軽減し、生き生きとした社会を建設する。
一(労働)
 大企業中心社会の構造を変革し、人間中心・勤労者中心型社会をめざす。勤労者の雇用確保と権利を保障し、あらゆる不当労働行為と人権侵害を許さず当面国労の不当首切りの即時撤回を求める。
一(農業)
 日本の基幹産業としての農業の保護育成をはかる。特に稲作を中心とする農業は日本人の文化であり、環境保全に果たしている役割を重視し、農家と農業を守る政策を推進する。
一(高齢者福祉)
 年金支給年齢の引き上げを中心とする年金法の改悪に反対し、障害者福祉を含む高齢者基本法の制定をめざす。
一(女性)
 男女平等社会・雇用均等の実現と保障、あらゆる女性差別の撤廃、男女参画型社会の形成をめざす。
一(人権)
 憲法に保障された基本的人権の尊重とその保障、とりわけ部落解放基本法、アイヌ新法の制定、子供の人権条約、外国人労働者の人権保障のために諸政策と実現をはかる。
一(教育)
 憲法、教育基本法に基づく民主教育の推進並びに憲法十三条・同十九条の理念に基づく個人の価値の尊厳と教育の自由を保障し、徹底した地方分権と結合して文部省主導による国家管理型教育からの解放をめざす。「日の丸、君が代」の強制を排除する。
一(地方自治)
 福祉縮小を前提とした道州制導入型の地方分権論ではなく中央集中、天下り、一割自治を変え、徹底した下からの民主主義を構築し、憲法に保障された地方自治の精神を一層活性化し、大幅な地方分権を推進する。

会則及び財政(案)
第一条(名称及び事務所)本会は、○○○○と称し、事務所を東京都内におく。
第二条(目的)本会は、日本国憲法の前文及び第九条の理念と精神を基軸とした非軍事・不戦平和の新たな世界秩序の創造を期し、護憲新党の結成をめざす政治団体として、護憲・平和・人権・環境・農林・自治・共生・公正を中心に、広範な民衆と提携して壮大な運動を展開することを目的とする。
第三条(事業)本会は、前条の目的を達成するため、次の事業を行う。
@政策課題及び政治、経済、社会情勢の調査、研究
A政府に対する提言
B各種選挙運動
C学習会および講演会の開催
D関係諸団体との交流、提携
E機関紙及び出版物の発行
F会員の拡大
Gその他目的達成に必要な事業
第四条(会員)本会は、目的に賛同する者をもって会員とする。
第五条(役員)本会に次の役員をおく。
代表委員  若干名
常任幹事  若干名
幹  事  若干名
事務局長(会計責任者)一名
事務局次長 若干名
監  事  二名
第六条(役員及び任期)役員は大会で選出し、任期は一年とする。但し再任を妨げない。
第七条(会議)本会の会議は、大会、代議員会、常任幹事会及び全国幹事会とする。
@大会は、都道府県及び各団体の代表者で、代表委員会は代表委員で、常任幹事会は代表委員及び常任幹事で、全国幹事会は代表委員及び幹事をもってそれぞれ構成する。
A大会は毎年一回開催し、必要に応じて各会議を開催する。
第八条(顧問)本会に顧問をおくことができる。
@顧問は、大会の承認を経て代表委員が委嘱する。
A顧問は、各会議に出席して自由に発言することができる。
第九条(財政)本会の財政は、会費、寄付金及び事業収入でまかなうこととし、会費は年額一万円とする。
第十条(会計年度)本会の会計年度は、毎年一月一日より十二月三十一日とする。会計責任者は、本会の経理について毎年一回監事の監査を受け大会の承認をえなければならない。
第十一条(規約の改廃)本規約の改廃は、大会において決定する。
第十二条(運営規則)本規約に定めない事項については常任幹事会で決定する。
附則 本規約は、一九九四年十一月十九日から施行する。

解説
ヨーロッパの極右勢力
隠れ場から飛び出したネズミ


 この間行われたヨーロッパでのいくつかの選挙は、極右勢力の存在という事態がほとんどの欧州連合(EU)構成諸国での政治地図における永続的な特色になっていることを改めて示した。

 極右は、普通選挙権制度のおかげで大都市に根づき、その物的ならびに人的な基盤は極右とその支持者がブルジョア国家機構内部にいることによって強められている。彼らは、次第に組織機構を確立してきており、社会のあらゆるレベルでネットワークを形成し、大きな社会的な組織をもたないという弱点をそのネットワークによって補いつつある。こうして彼らは、既存の政治舞台で一定の影響力をもち、ブルジョア社会の危機によって最もひどく打撃を受けている一定の社会層を組織している。
 また綱領的な「強固な」基盤を有し、単に猛烈にあらゆるものを非難するだけの扇動勢力ではなく、雇用、社会保障、教育、健康・保健、環境についてさえ「積極的」な立場を提示する存在となっている。移民と社会的な不安とを同一視するデマゴギーが相変わらず極右の基礎となっているが、それにとどまらずに主張を拡大し、その結果、古典的なファシストの遺産には一定の距離を置き、ナチズムのやりすぎを「非難」し、ヒトラーやムッソリーニの「善」と「悪」とを区別し、ネオナチスやスキンヘッドの暴力とは無縁である。極右の本当の綱領(戦争、人種的な不平等、民主的自由の抑圧、労働者運動の清算など)は現在のところ隠されているが、その中堅幹部は純粋のファシストイデオロギーで教育されている。

 つまり極右は、イギリスを例外とする帝国主義ヨーロッパにおいて、その政治的、社会的な孤立を打破したのである。非常に小さな存在という段階を突破し、「現代的な」政治組織の形成に成功し、単独あるいは連立によって政権政党になる可能性を有している。

 次の段階は何か。ファシストの危険性は現在、どの程度か。

 次の二つの間違いをおかすべきではない。第一は、ファシズムをそのイデオロギー的な内容で定義することである。この方法は全く無効である。極右の反動的な主張の大部分、すなわち人種差別、民族主義、愛国主義、植民地主義、軍国主義、性差別主義などは、帝国主義ブルジョアジーの精神的な伝統でもあるからだ。
 第二の誤りは、ファシズムの上昇とブルジョア国家の弾圧機構の強化とを混同することである。ブルジョアジーがファシストの道を選択することには、ファシズム以外の権威主義体制を選ぶのとは別の目的ややり方が込められている。ファシズム以外のすべての基軸的な道は、ブルジョア国家の「合法的」な強化であり、ファシズムにつきものの労働者組織との生死を賭けた正面衝突やすべての社会的自由の破壊などを回避する方法である。

 今日の諸条件は明らかにファシスト大衆運動に有利であるが、ファシスト体制の樹立が直接の問題になっているのではない。現在と一九二〇年代、一九三〇年代との違いは、類似点がそうであるのと同様に相当なものがある。ヒトラーとムッソリーニは、第一次世界大戦から民兵組織の指導者として登場し、勝利に至るまでファシストの目的とやり方をやむことなく宣伝し続けた。
 「現代」の極右は違った行動をとっている。彼らは、「移民問題」を利用してあまり明確ではない状況の中で登場し、ついで国家機構に入り込む戦術を採用し、そしていくつかの共通問題に関して既存ブルジョア右翼勢力との「統一戦線」戦術をとり、自らの「民主性」に対する信頼を増加させた。

 極右は、彼らを支持する有権者層を大衆的な戦闘組織に転換することを望みもしなかったし、実際に行いもしなかった。伝統的な右翼勢力との統一戦線の追求は、ファシスト的な印象を弱め、現代社会の危機に対する共同責任をいくぶんか回避させることになった。たとえば極右のイタリア社会運動(MSI)は、自らの組織に対しては「ムッソリーニ」的なイメージを利用し、他方、議会的にはベルルスコーニを批判する。これらすべては戦術の問題なのだろうか。多分そうであろう。だが、極右が議会を通じる道から議会外対決の方針へ移行するには、新たな目標と主体的な諸条件が必要である。

 ヨーロッパの大きな極右グループは、さらに前進するためには権力参加への扉を開くことができる大資本勢力との少なくとも戦術的な同意が必要であると知っている。

 支配階級が現在選択しているのは、ファシストの道ではない。支配階級は現在、世界貿易の自由化、生産設備の最新鋭化、競争力の強化を基本路線としている。この路線は、欧州連合の維持と同じく巨大な社会的な変化を意味している。世界的な競争と「あまりに強力な」労働者運動に妨げられているヨーロッパブルジョアジーは、人民の社会的な獲得物、成果に対する攻撃を続けなければならないが、同時に彼らは、労働過程を最大限に効率的にするために労働者との協調をも追求している。
 追求されているのは、労働者運動の漸次的な「アメリカ化」であり、ファシストに依拠しての暴力的な対決による階級間の力関係の変更ではない。ベルルスコーニ政権にイタリア社会運動が参加している事実を、ヨーロッパブルジョアジーは例外とみなしているが、他方、ベルルスコーニとボッシは両者とも、PDSとの協調を公然と主張している。
 
 ブルジョアジーは、この巨大な漸次的反改革(人民の獲得物の剥奪)、つまり「各種社会協定」を大規模な攻撃路線に転換することがもはや限界に達したことを理解している。つまり彼らは、現代社会の爆発、とりわけ政治システムのもろさを恐れている。かくしてブルジョアジーの政治は急進化している。このことは、まず何よりも国家機構の執行と弾圧の能力の一国的かつ欧州連合規模の強化を意味しており、これらの攻撃は彼らの選択する主題によるイデオロギー的攻撃と結合している。
 こうしたなかで新しいタイプの政治家が出現している。イデオロギーは非常に保守的であり、政治手法はポピュリストのそれであり、経済信条はリベラルであり、明らかに従来の政治家に比べて戦闘的で精力的である。サッチャーが最初にこのタイプの政治家として登場し、ベルルスコーニがこれにならい、パスクワは疑問の余地なくこれをフランスで実行しようとしている。もし、この新しい政治手法がヨーロッパのいくつかの国で成功するならば、政治情勢が大きく変化することになる。
 一九四五年から蓄積されてきた社会的、政治的な関係の一切が現在、ずたずたになりはじめている。そのため極右にとって広い活動空間が生じている。彼らは、右翼政府のより戦闘的な一翼の位置を追求するのか、それとも国家機構内部での重みを増し、議会外活動強化の道を選ぶのだろうか。これらすべては結合している。ファシストの選択が何であれ、極右との闘いは緊急課題であり続けている。
フランソワ・ベルカマン
(インターナショナル・ビューポイント誌259号)
ドイツの極右勢力
             総選挙にひそむ危険性
                                    ダーフィト・ミュラー

 十月に行われる「総選挙」で、様々な極右あるいはファシスト政党が地方や国政のレベルで議会に登場する可能性がある。左翼はすでにこの危険を防ぐ闘いを開始しているが、しかし依然として反ファシスト・反人種差別闘争には全般的な展望が欠落している。

はじめに

 左翼側の多くの人々は、社会的諸闘争が発展したので左翼諸組織の再統一があるものと期待していた。この想定は、根拠がないわけではなかったが、裏切られた。熱い秋、春、夏が出現するという予測がはずれた大きな理由は、人種差別主義がドイツ全体を席巻したことにある。
 キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟(CDU・CSU、以下キリスト教民主・社会同盟。CSUはバイエルン州だけの地方政党でCDUと統一会派を結成している)は政治的な避難者を保護する権利に反対する運動を開始したが、旧東ドイツには資本主義下では明るい未来がないことはすでに明白になっていた。CDUやCDSと結びつく国家官僚の一部は、社会民主党(SPD)や緑の党、あるいは旧共産党の民主社会党(PDS)が選挙で勝利する可能性を恐れた。彼らの恐怖には、全く正当な物質的な根拠、つまり少ない投票に少ない雇用があった。
 このうえで、キリスト教民主・社会同盟の政策に直接に影響をおよぼす中間層は、危機の時代に賃上げ要求に応えられなかったときのように、ストライキを極度に恐れたし、今もなお恐れている。この中間層は、政治的避難者保護権に関する連邦政府の方針を支持したばかりでなく、いくつかの場合、積極的に支持のための運動の主導権をとりさえした。たとえば低ザクセンのハン・ムンデンでは、この町では最大のビジネスマン集団が「市民イニシアティブ」の名前で避難者保護施設反対のために結集した。
 しかし大資本はためらいを見せており、旧東ドイツでのストライキの動きの成功に関してはもっと現実的な見方をしている。また、SPD中心の政府登場の可能性についても、あまり恐れていない。彼らはまた、避難者に反対するすべての運動が大工場での労働力を提供する移民に影響することをも知っている。
 もちろん、最もひどいのは警察と裁判所のやり方である。ファシストのネットワークをこわすためのいかなる真剣な試みもなされてこなかった。事実、この二つの機関は、「極右も左も同じ」という見解にしたがって行動してきたのである。ファシストの攻撃は個人の仕業と軽く見られ、反対の左翼の活動家ははるかに厳しい対応に直面する。
 ミュンヘンでは、目覚し時計の疑わしい購入は、条例一二九aの3で「テロリスト組織への支援ないし協力」とみなされる。ここにも官僚がファシストを恐れず、左翼を恐れる物質的な根拠がある。もしファシストが権力を握ったとしてもほとんどの警察官や裁判官が職を失うことはないが、左翼が政権をとれば彼らの大部分がその特権を失うことになるからである。

テロリスト

 一九八〇年代初めの国家社会主義同盟・民族行動隊(ANS・NA)やベールスポルツグルッペ・ホフマンなどがテロ活動を行っていた時代には、ファシストに対する取り締まりはあったものの、それほど強烈ではなかった。今日、事態は悪化している。反・反ファシスト新聞の責任編集者、アインブリックは、反ファシスト諸組織に対して大々的な攻撃を行ったにもかかわらず簡単に釈放された。また、一九九四年二月十一日に一人の障害者を殺害した二人のスキンヘッドは、「証拠不十分」の理由で無罪放免となった。
 これら最近の二例は、司法機関の大部分がファシストの脅威に甘いことを示している。移民や保護を求める人々、障害者、左翼人の殺人は、司法機関ではありふれた事柄とみなされている。
 支配階級内部には、労働者階級とのより大規模な対決に備えた右翼への突然の傾斜の兆候がある。このことは、国家機構の少なくとも一部がファシストグループがブルジョア政治支配のための基盤を形成するという本来の初期目標を越えたとしても、反ファシストの方向では動かないことを明瞭に示している。
 この傾向は、警察に関してより明白である。警察はすべての虐殺行為を見守るだけで、なすべきこととは反対に反人種差別活動家を攻撃する。警察は今年の二月十一日、極右共和党の指導者、シェーンフーバーのハノーバー訪問に反対するデモを激しく攻撃した。後退の命令にもかかわらず大勢の警察官が警告抜きでデモ隊に突っ込んでいった。こうした勝手な行動は規則上許されておらず、警察側に存在する反人種差別行動を妨害しようとの傾向を示しているのである。
 警察幹部は、単に命令を実行するだけの機械ではない。彼らの意識はその物質的な存在によって決定される。弾圧機構の特殊な構造は、彼らの精神状況をファシズムに近いものにさせている。警察幹部は上級幹部の命令に従わなければならないが、しかし自分の権限内では自由な行動をとれる。こうした状況のうえに、ブルジョア政治制度の正統性の危機、「政党拒否症候群」が警察内部に存在する。
 したがって社会民主党傾向の社会学者、レッゲビーがバーデンビュルテンベルク警察内部に存在する極右傾向の調査を許可されなかったのも驚くにあたらない。もう一度いうが、ファシストの暴力の突然の出現やテロリスト・ネットワークの形成を警察がやめさせようとしないのは、驚くべきことではないのである。
 ブルジョアジー内部での右傾化は、極右とファシスト勢力の強化に寄与してきた。これらの勢力は、旧西ドイツでは選挙で、そして旧東ドイツでは街頭で一つの独立した要素になりうるし、権力に向けた第一歩に近づくことさえできるかもしれない。
 左翼とは違ってドイツの急進右翼は、過去と断絶していない。これは、元ナチの高官が国家機構に大量に入り込んでいる事実だけに限られていない。まぎれもないファシスト組織が一貫して持続している。国家社会主義党は後に禁止されたが、一九五〇年代に最初の会議を開き、ナチス勢力を提供した。一九六〇年代と一九七〇年代には、極右陣営の指導勢力は国家民主党(NPD)だったが、二つの大きな攻勢が失敗し、分裂した。
 一九六〇年代末のNPDは主として選挙活動を展開したが、支持者の多くを次第にキリスト教民主・社会同盟に奪われていった。一九七〇年代半ばにNPDは戦闘化した。NPD所属の青年らが、民主的あるいは社会主義陣営からの抗議にもかかわらず、力を誇示した。警察の手厚い保護を受けたのだが、それでも彼らのデモの大部分は街頭での衝突となった。こうした行動が次第にNPDの「法と秩序」のイメージを弱め、急速に影響力を失っていった。

イデオロギー

 同時に新たな戦闘的ナチ潮流が、特にミヒャエル・キューネンを軸にして成長してきた。そこには、イデオロギー的なニューライトの傾向と国家革命党潮流があった。両者が最初に行ったのは、左翼陣営に入り込むことで、平和運動、そしていくつかの地域ではグリーンがその目標になった。国家革命党は疑似革命的な言説をとったが、ニューライトは人種理論を一新し、「ドイツ(アーリア)人種の優秀性」こそは主張しなかったが、「それぞれの民族に固有の土地を」の理論を展開した。つまりドイツ人にはドイツを、トルコ人にはトルコを、ニカラグア人にはニカラグアを……というのであった。この理論を基礎に彼らは、「アメリカおよびソビエト帝国主義からのドイツの解放」を要求し、ニカラグア解放闘争を支持した。
 しかし彼らの努力の結果は限られていた。国家革命党陣営のテロ戦略は失敗した。そのうえ新しいファシスト勢力は、旧来からのファシスト組織、NPDとドイツ人民同盟(DVU)と距離を置いていたことも明らかだった。彼ら相互の接触は維持されたが、国家革命党の最初の路線は明白に左翼に向けられていた。
 一九八〇年代初めから半ばにかけて、新旧極右勢力は接近した。旧極右は新しい様式の人種理論を採用し、デマゴギーを強めた。それ以外の点では、国家革命党はドイツファシズムにおけるヒトラー的なものへの拒否をやめ、ナチの犯罪を否定する運動に決定的に参加していった。
 旧西ドイツでファシズムの行動空間は、大きく広がった。ニューライトの理論は、彼らが大学のサークルに浸透する道を拓いた。また社会問題を重視するようになったことが、労働者階級内部での影響力獲得につながっていった。
 しかし極右の最近の歴史で最も重要なのは、ミヒャエル・キューネンが一九七〇年代末から一九八〇年代にかけてファシスト闘士の安定したカードル層の形成に成功したことであった。このカードル層は当初、ANS・NAに組織されたのだが、現在ではほとんどの戦闘的ナチグループで指導部を形成している。彼らはまた、一九八〇年代初めにテロリズムへの移行をかなりうまくやり抜き、ANS・NAが禁止された時にもキューネンのカードル層として、それまであまり重要でなかった自由労働者党(FAP)に入っていった。
 このカードルは、ヒトラーのナチ党出身ではなく、古びていく旧極右のネットワークとも無縁だった。この極右指導部層は一九七〇年代の活動の成果であり、他方、左翼の指導部層は一九六八年、あるいはそれ以前に形成されていたのであった。
 ネオナチが一種の飛躍をとげたのは、彼らが再統一を果たしたからであった。彼らの緊密な網の目構造、活動力、労働者階級青年の間に築いた基盤は、旧東ドイツの荒廃した社会で活動するにふさわしい武器となった。強固な議会制度が存在する旧西ドイツでは、ファシスト政策の浸透は、選挙での「共和党」と「候補者名簿D」の成功を通じて行われた。前者は、下級公務員と警察官に強い基盤をもつ極右政党である。欧州議会選挙で彼らはわずかの票しか獲得できず、影響力は急速に減少していった。そして候補者名簿DあるいはNPDがこのギャップを埋めることはなさそうだ。
 共和党は当面、激しい街頭行動の展開や活動家小組織の形成を意図していない。しかし彼らは、ファシストグループ全体の再組織化過程で重要な位置を占めうる。いずれにしろ、共和党は、ことに人種差別主義を軸に右翼保守勢力とファシストとの橋渡しをすることになる。
 政治的な避難者への保護権問題を通じて、組織されたファシストは右翼の前衛として行動ができた。その際の武器は直接行動であり、世論を右へ動かした。ホイアースベルダとロシュトックでの人種差別主義者の暴力行動がなければ、保護権の制限に関して主要政党の間で妥協が成立することもなかっただろう。無防備な人々に対する暴力は、連帯行動を弱める働きをした。というのは、連帯行動は身体の面を含めてそれなりの代償が必要だということを示したからである。だが、代償を払うこと自体が結局、それほど悪くない、あるいは正当なのだという理由は容易に見つけられる。

自主組織

 テロ行動は当然にも反撃された。ホイアースベルダ虐殺の後、五千人がデモをした。最初は左翼過激派と青年が中心だった。この運動の最大の弱点は、自主組織の欠如であり、それは今もなお弱点であり続けている。いくつかのすばらしい成功を収め、一九九二年十一月にボンで行われた社会民主党(SPD)の保護権に関する臨時党大会に対して大きなデモが行われたが、しかし、こうした行動をさらに発展させ、政治性を高めていくような構造は存在しなかった。
 つまり、この運動に存在している不明瞭さを克服するために必要なことは、何もなされなかった。非常に多数の人々が参加するデモや討論を活性化するといった面では、大きな成果をあげた。この運動には、特定のブルジョアあるいはプチブルジョア、すなわち大規模産業界やリベラル知識人たち――彼らはドイツ外部にある自らの資産が損害をこうむることを恐れたり、テロ行動を個人的に恐れた――の態度表明以上の何かがあった。また、この運動参加者の極度の「非政治性」は、ドイツ国内での反人種差別意識の低さを反映していた。
 ゾーリンゲンでの殺害で運動は再び高揚した。ここでは、トルコ人移民がデモの先頭に立った。この運動には、移民が指導的な役割を果たしている(あるいは独自に組織している)真の反人種差別運動の可能性があった。だが、その可能性は実らなかった。わずか数カ所、特にハンブルクとミュンヘンにおいて移民者の地域を含む反人種差別主義統一戦線が成立し、それには民族主義者や宗教的立場からの参加者、リベラルなど様々な傾向の人々が結集した。大部分の場合、左翼過激派の態度は、民族主義勢力と一緒には反人種差別のデモはできない、というものであった。
 こうした関係者全体(トルコ灰色の狼のようなファシスト組織を別にして)による共同戦線構築を拒否したことは、望んでいたものとは正反対の結果をもたらした。トルコ政府が支援する排外主義勢力が多くの移民者地域でフリーハンドとなったのである。
 反人種差別主義・反ファシスト運動の近未来における活動は、選挙ということになる。
 当面、極右あるいはファシスト政党を選挙で敗北させることがより大きな意味をもつことになる。避難者や移民に対する街頭での暴力の問題が重要性を失ったわけではないが、もはやドイツでの第一義的な問題ではない。選挙には避難者保護権に関する議論を再活性化する可能性がある。特にバイエルン州では、キリスト教民主・社会同盟が外国人排斥を中心に選挙運動を行っているので、その可能性は強い。
 街頭での暴力に対抗し、テロリストグループに反対することの重要性は、同じままである(後者の実行はやや困難だが)。テロリストグループは地下組織であり、警察が壊滅しようとしないからである。だからこそ、反人種差別主義・反ファシスト運動は、自主組織を通じてテロ行為の目標となっている、あるいはなりそうな人々を最大限に防衛し、支援する運動を構築しなければならないのである。
 抗議の行動は、テロ対象の施設の自己防衛や警察の一貫した調査活動、その情報の全面公開など、具体的な要求と行動を軸に、できるだけ広範囲に組織されなければならない。左翼勢力の集まりに対する警護をさらに強め、その安全問題をもっと真剣に考えなければならない。
 テロリストを逮捕することは難しいのだから、具体的にテロ襲撃があったときは、扇動者や指導者に対するデモを行わなければならない。極右やファシスト諸組織の事務所や関連事業所あるいはネオナチの集会などを対象とすべきである。
 以上は具体的な課題である。だが、それと同時に現在必要なのは、いかにして反ファシスト運動を前進させるかの議論である。とりわけ極右とファシストの増大をただちに停止させる新しい方向性の議論が重要である。
(インターナショナル・ビューポイント誌259、九月号