1995年5月10日         労働者の力                第67号

七月参院選のための全国懇談会が開催さる
参院選での共闘=公選法上の政党形成を確認


 五月四日午前十時から、東京・一橋の日本教育会館(日教組会館)にて、「七月参院選のための全国懇談会」が開催され、百名をこえる全国からの参加のもとに活発な討論が行われた。会議は参院選を共同で闘う全国組織形成の方向性とそれが自ずから選挙法上の政党の性格を帯びること、およびさらに引き続き衆院選に結びつくことを確認した。また、次回を十四日、最終的結成と大集会を二十八日とスケジュールを確認し、名称や共同政策要綱、組織の形態などを検討しつつ、同時に具体的な選挙区と比例区の候補者の選定、財政などを方針化していくことを合意した。昨年秋の「平和憲法の会21」結成以降、今年初頭の「連帯」結成を経た「新党」形成への歩みは、公選法上の政党の性格を内包した参院選選挙共闘組織形成という新たな段階に到達したのである。七月参院選までは二ヵ月を切るという限られた時間しか残されていないが、五月の強行スケジュールを乗り切りつつ来るべき参院選への挑戦の具体化のために最大限努力することが参加者の一致として確認された。いざ、参院選へ。
 
 共通政策について活発な討論
 
 第一回会合の呼びかけは、八人の国会議員(國弘正雄、小森龍邦、いとう正敏、三石久江、岡崎宏美、田英夫、旭堂小南陵、中尾則幸)の連名でなされた。具体的には新党・護憲リベラル、社会党護憲ネット、「連帯」の三者が軸となって事務局がつくられ、在京の市民組織やオブザーバーの形で「農民連合」も参加して会合が準備されてきた。会合には「市民政党新潟」や静岡の駿河湾ネットなどの地方議員も参加した多彩なものであった。呼びかけ人からは國弘、いとう、小森の各議員が参加した。
 第一回会議は、司会にジャーナリストの保坂展人さんと新党・護憲リベラルの大久保青志さんを選び、呼びかけ人として参議院議員の國弘正雄さん、衆議院議員の小森龍邦さんがそれぞれあいさつを行った。問題提起は「連帯」事務局長の内田雅敏さんが受け持ち、「基本提案」と「共同の基本政策」(別紙参照)をもとに報告した。提起の骨格は、
まず第一に、会議の性格を「選挙共闘・政党を作ろうとする人々の集まり」と規定した。第二に、検討すべき中心課題を「選挙共闘か公選法上の政党か、あるいは明確な政党か」であるとし、「得票率で二%を越えて、衆院選挙につながるようなものを期待する」と提起した。第三には「共同の基本政策」を四つの柱に分けて提起し、第四に組織のイメージや意志決定のあり方、組織の全国十一ブロックへの展開および構成の基軸(ブロック、全国組織、女性グループ、国会議員団、護憲リベラル)等について提起がなされた。
 補足として司会の大久保さんが選挙法についての注意を喚起した。新選挙法では比例区選挙は基本的に運動はできず、選挙区選挙と結合してはじめて選挙運動が可能になること、また「公営選挙」ではあるが得票率が一%を越えない限りは選挙費用は自己負担となる、という趣旨の報告であった。
 報告後の討論はまず「基本政策」の検討から入った。司会の保坂さんから討論の方向が、政策項目を大きく三つ程度の柱にしぼりたいという形で提起された後、冒頭に参議院議員のいとうさんから考え方として、「基本政策」ではなく、単に「政策」としたほうがいい。「基本」がつくと様々立場性が出てくる。「確認団体政党」というふうに位置づけるのであれば、「政策」が選挙公報でそのまま使えるものとすべきだし、ゆるやかにまとまるものがいい、との発言がなされた。提起者の内田さんが「理念と政策」ではないのでいとう提案で結構だと賛成し、討論が始められた。
 呼びかけ人も含めた討論は、延べ三〇人ほどから意見が相次いだ。修正意見・補強意見や項目の統合や追加などが活発に出されたが、政治腐敗追及や情報公開、地方「主権」の強化、消費税廃止の明確化、学校教育やODA(政府開発援助)問題、食料自給、巨大開発、都市再計画法、年金問題、公害基本法問題など多岐にわたる問題意識が提案されるなかで、マイノリティ(少数派)、定住外国人への視線にそった問題意識が多く出された。さらに女性を三本柱の一つにすえて政策体系をつくるべきという見解、あるいは女性と若者を意識する視点などが強く出された。
  
公選法上の政党形成を確認
  
 午後は組織的な問題へと議題が移った。護憲リベラルのいとうさん、連帯事務局の小峰さん、広島フォーラム21の池上さん、護憲ネットの上野さん、労働情報の前田さん、全労協議長の山崎さんから見解が続けて出された。
 いとうさん。提案に基本的に賛成。積極面と消極面の両方からだが、どちらに比重があるかはなんとも言えない。全国総会的なあり方は技術的に難しい。規約的に定めるということはしなくていいのではないか。政党要件について三つの型がある。@自ら名乗るA単一政党B選挙法上の政党。最低条件は自治省によれば普通の資金団体的なものであればいいとのことだ。
 小峰さん。護憲派結集の大綱の軸をつくるという合意で進めてきた。七月比例区選挙をどう闘うかが問題の中心だ。その際、@護憲派結集から党をめざすA一日選挙共闘的なものをめざす、のいずれかだ。現在的には後者であろう。二%を越えられれば政党要件(小選挙区制度の)を獲得できるのだから、後者でも政党的なものとなる。
 池上さん。主体について、間に合えば「政党」にしたほうがいい。政党か否かでいつも立ち止まってしまうことが続いてきた。新党のイメージはつくっていくものだ。党名について、「護憲」の大枠でまとまればあえて言葉にはこだわらないが、「名は体を表す」からいいもの、ふさわしいものが望ましい。組織について、全国調整会議という基本はいいが、労働戦線でも対応を急いでいるので、その要素を加えてほしい。
 上野さん。@一緒にやれるという考えで参加している。共同で参院選を闘うという前提である。政党は事前には無理ではないか。政治団体は共同作業のためであり、そこでは護憲ネットを解散する必要もない。政策をもとに共同する。「政党」はできないし、そうであれば参加はできない。A社会党を除けば、政党一般がばらついているということはない。社会党でも地方組織はバラけてはいない。もちろん「健全」ということでもないが。バラつかせる努力がないと進まないという事態だ。Bネットは三年目に入った。離党組を含めた範囲である。社会党が解体・新党となれば、ネットは「護憲社会党」をつくる。C参院選の共同―護憲・社会という名にはこだわるが、共同でやることだから、一致させるための様々な努力は必要だ。たとえば「並べて」しまうこともあるだろう。名称次第では闘い方も変わってくる。その意味で「護憲・社会」にこだわる。
 前田さん。共同戦線だから、当面は統一した政治的理解ができるものではない。将来は今後のやり方次第、方法次第だと思う。政治団体か政党かは大きな問題ではないだろう。選挙法にあわせてやればいい。得票率二%の獲得が決定的でそれにあわせた共同のあり方を考える。労働戦線は「異常な事態」。組織指令でも動かないし、建前でも動かない。理解・共感してもらうことなしには選挙の組織化はできない。
 山崎さん。一致点は共同で参院選を闘うこと。以降に続くことを含んで。政治的には既成政党への対抗軸をたてること。現在は「政党的な政治勢力」としての結集だが、将来的な変化を除外しない。参院選挙で二%をクリアしたとき政党的に認知される。労働組合戦線は力が急速に落ちている。連合は「非自民」という枠を取り払うことになるが、それでも組合員はついていかない。主体的には、今現在、労働戦線として「全国調整会議に入りたい」ということではない。そのような力はない。まずは護憲のための労働戦線の組織をつくることから始まるということだ。
 以上に続いて内田さんが、中間集約として「公選法上の政党の要素を含んだ、参院選の共同組織」として規定した。
 
市民層を吸引できる政党名を求めて
 
 続いて具体的イメージ、名称をめぐる集約討論に入った。
 午前の討論で國弘さんが出した問題設定が午後の討論の軸になった。國弘さんの提起は、自身のテレビ番組出演の経験をふまえた例として、目標を「視聴率二%にするのかそれとも二〇%にするのか」と切り出され、後者のような気もするがどうなのだろうか、と。
 司会の保坂さんがまず次のように切り出した。選挙のイメージをどうたてるのか。総結集だけで二%にいくだろうか。なかなか大変だと感じる。統一地方選挙の結果に注目すれば、女性派市民候補は軒並み上位に食い込んでいるが、社会党批判・男性候補は苦戦した。また、青島・ノック票は市民派の勝利ではない。市民派とは離れた層がいる、と。この提起に対して、いとう議員が反論し、「結果論としては苦戦だが、そのような候補は社会党から主敵扱いされ、また名簿や基盤が重なったところでの選挙だった。国政選挙は無所属では実質、選挙は不可能にされている。さらに社会党的な枠組みを崩す展望も必要なのだから、市民層だけに依拠したのではよくない」。
 東京の滝野さん―「自社敗北・無党派の勝利といわれるが、総体としてみると保守勢力、自民・旧新生勢力が増大している」
 三多摩・立川の島田さん―「無党派という漠然とした勢力ではないものをめざす。少数派でも権力と闘うという視点にたって」
 三多摩・日野の橋本文子さん―「都知事選で、消去法的に考えれば青島しかいないというのが娘の意見だった」
などの意見が交わされた。
 次いで名称問題に踏み込んだ討論が行われた。
 宮本さんが「護憲」について提起。「護憲の中身が問題なので、柔らかくいえば言葉にこだわることもないのではないか」。
 東京・千代田の松本さん―言葉にそれほどのこだわりはない。大枠で護憲であれば一緒にやれる。だが参院選の共闘となると、多面的なあり方を含まなければならない。社会党にこだわる人々も対象にして考えれば、名称に社会という言葉をいれたほうがいい。
 静岡・駿河湾ネットの松谷静岡市議。無党派市民について、静岡では事前の調査で支持なし層が五七%という数字が出た。選挙にどのような影響があるか注目もしていたが、投票率は史上最低に下がり、当選はしたが無党派層の支持を吸収したという実感はない。われわれも「既成勢力」視されているのかもしれないが、東京・大阪の場合は別にして、地方では無党派層の風は吹かなかった。護憲という言葉は既成勢力的なイメージを伴う。護憲は長い間死んでいたのであり、社会党が取り上げてきた。護憲という言葉を使わなくとも運動はやってきたし、やれてきた。
 上野さん―「護憲社会党」で闘った人々は相当に当選している。これから一緒にやろうというのに、名前も変えよということでは通用しない。新しい支持層は、誰が主体的につかむのか、東京だけでの運動ではない。社会党の激減は、裏切り社会党への選挙民の怒りの反映だ。市民派全般が護憲派かどうかも疑問だ。百万票はイメージだけではとれない。資本主義の矛盾と闘う姿勢が票に結びつく。「護憲社会党」は私たちが作るのであり、それをみなさんに強制しているわけではない。「社会」という言葉を入れてほしいとお願いしているので無理を通そうとしているわけではない。
 以上のようなやりとりのあと、司会の保坂さんが参考投票を提案。

討論についてのまとめ(第二回会議呼びかけより抜粋)
@選挙主体について
 参院選を闘うための選挙共闘組織だが、公選法上の政党である。参加組織の主体性は堅持する。
A共同の政策について――別紙参照
 提案のあった政策についてはほぼ五つのジャンルに分け、それを三つくらいに集約し、七月参院選を闘うメイン・スローガンを次回決める。
B名称について
 参加者の投票では、大きく分けて護憲〇〇、平和〇〇、市民〇〇、いのち〇〇等が出る。次回に決定する方向。
C組織のシステムについて
 衆院十一ブロックごとに地域代表(複数)を決め、国会議員団と全国組織(連帯、護憲ネット)女性グループ等で全国調整会議を持ち、方針等を決定していくことで確認された。全国総会については日程的に開催はむずかしいので全国懇談会をこれにあてる。当面は全国調整会議と全国懇談会で決定する。
 次回(五月十四日)の討論と議題については、@名称についてA共同の政策についてB組織システムについてC候補者の基準等D財政について、集約と詰めが予定されている。
【資料】「共同の基本政策(案)」 95・5・4
《1 憲法を守り活かす》
 憲法を暮らしと政治に活かす。民主主義と人権の拡充、福祉の向上と不公平の是正をはかる。「不戦の誓い」である憲法前文と第九条を守り抜く。
《2 真実の政治を》
 ウソや金権腐敗のない政治をめざす。無数の有権者の意志を死票にする小選挙区並立制は廃止する。中央集権を改め、自治権を拡充し、市民参加を拡大する。
《3 戦後五〇年に際して》
 戦後五〇年に日本の戦争責任を明確にし、戦争犠牲者に対する謝罪と国家補償を実現する。海外派兵やPKF凍結解除に反対する。軍事大国への道や国連安保理常任理事国入りはとらず、率先して軍縮を進め、核廃絶と全面軍縮と軍事同盟の解消をめざす。
《4 職場にも人権を》
 職場にも憲法の定める基本的人権と民主主義を確立し、「企業社会」に代えて、働くものの権利が確立する社会をめざす。
《5 環境保全・循環型社会へ》
 大量生産・使い捨て社会から、環境保全・循環型社会への転換をはかる。有害物質の除去、資源の最適利用、製造者の引取り義務を含めたリサイクル、ゴミの極小化・有効利用を推進する。途上国の発展への協力も環境や人権を大切にする方向に改善する。
《6 脱原発・更新性エネルギー》
 原発の新設は認めず、速やかに脱原発を進める。あまりにも危険で経済性のないプルトニウムの利用とそのための再処理や輸送を中止する。太陽光や風力の発電等、更新性エネルギーの開発利用を推進する。
《7 大震災と災害救助隊》
 阪神大震災の被災者の生活と街づくりの活動を支援する。市民・住民参加の都市計画づくりを進め、またボランティアの活動や市民事業を援助する「NPO(非営利組織)基本法」を制定する。自衛隊の出動を中心とする危機管理体制づくりに反対し、防衛予算を削減し、防災や人命救助を専門とする災害救助隊を早急につくる。
《8 農林漁業の再建》
 安全な食料と治山・治水による防災と環境保全のために、農林漁業の再建と振興をはかる。飢餓をなくする世界の食料確保のためにも、日本農業の明日への発展を確保する。
《9 消費税と税制改革》
 消費税の引上げに反対し、食料品など生活必需品は非課税とする。大企業への租税特別措置をはじめ、不公平税制を全面的に是正し、適切な累進課税と総合課税を実現する。
《10 福祉の拡充と平等の実現》
 医療、年金など福祉を拡充し、高齢者、障害者等だれにも人権と自立が保障される地域社会づくりを自らの参加で進める。あらゆる場での男女平等を確立する。定住外国人にも自治体の選挙権、被選挙権を保障する。アイヌ新法、部落解放基本法を制定する。
《11 ゆきとどいた教育》
 子どもが健やかに育つような環境を保障し、ゆきとどいた教育のために三十五人以下の少人数学級を実施する。教育・教科書の国家統制や、「日の丸・君が代」の強制をなくする。
《12 途上諸国民への協力》
 日本などの大企業が世界の富を独り占めすることに歯止めをかけ、南北格差の解消をはかる。国のODAは途上国諸国民の生活向上のためにこそ役立てられるように改めるとともに、自治体ODAを推進し、NGO(非政府組織)の活動を支援する。

95統一地方選 東京に青島、大阪に横山知事の誕生
 自社激減、談合政治への有権者の怒り

 
 統一地方選挙は四月二十三日の後半戦の投票で幕を閉じた。投票率が史上最低を記録する一方、自社両党の激減や新進党の低迷、共産党の伸び悩みがあり、青島・ノック両知事の誕生や無所属候補の増大など、既成政党離れが急激に加速している状況を示した。市民派候補は各地で善戦した。政治再編がいわれて久しいが、政治の流動状況はなお拡大する状況である。九〇年代前半の「総保守化時代」は定着はしなかった。人為的な二大政党化への流れも有権者をとらえてはいない。主体的に政治の流れを変える――総保守化に風穴をあける市民派・護憲派の新たな政治勢力を急ごう。
 
 (1)
 
 土井ブームを支えたといわれる「浮動する一〇〇〇万票の有権者層」の影響を極力抑え込もうとする立場が九〇年代前半の諸「政治改革」、「選挙制度改革」を貫いていた。立候補の条件を厳しく抑え、新人が必要とする選挙運動を抑制し、既成政党以外の無所属候補や新規参入政党の余地を実質的になくしていく――そうして既成政党は談合のなかで相互の利益確保をたくらむ。これはどの程度成功しただろうか。制度的には相当にできあがり、国政選挙レベルでは小選挙区・比例代表制へと完結し、自治体選挙でも半年前からの実質的な宣伝活動の禁止など、現職有利の制度が導入されてきた。
 しかしそうした技術が、きわめて大きな知名度を持ち、かつ選挙運動をしないという青島候補の圧勝によって粉砕された。あわてふためく既成政党陣営からは、こりもなく「選挙制度の不備」をわめきたてる現象も出ている。知事公選制度をなくしてしまうというのであろうか。議院内閣的な知事体制であれば、議会各派の談合政治が通用するということなのだろうし、あるいは知事任命制に限りない郷愁をいだいているのであろうか。事実、着々と自治省(旧内務省)官僚が、総与党化の中で知事に担がれる事態も続いてきた。だが東京と大阪で官僚出身候補が拒否され、そして総保守化状況に乗ろうとした岩国・大前の「無党派」候補もはるかに及ばなかった。
 制度の影響は確かに大きい。政治の上部構造が遊離し、政党間の違いが薄れ、談合が政治を左右するという状況では、投票率が下がるのも必然的である。神奈川や福岡など、官僚出身の総与党化談合の候補が楽々と当選することもまかり通っている。だが大局は東京と大阪が示した。膨大な有権者層を制度的技術で完全に封じ込めることはとうてい不可能なのだ。
 
 (2)
 
 自社両党は史上最低の議席数に終わった。もちろん、自民党が旧新生党グループの分裂の影響を受け、社会党が分裂騒動の内紛劇で求心力を欠いてきていたから予測の範囲ではある。市議選の全国結果では、自民党(議席率八・八%)は公明党に抜かれ、社会党(七・五%)は共産党(八・五%)に抜かれた。新進党は一・一%である。公明が全国の議席率でトップに躍り出た。しかし候補者を減らした守りの選挙で、全員当選ではあったが議席数が増えたのではない。共産党も現状維持。県議・政令指定都市市議では自民党は依然として第一党である。
 自社激減、新進低迷、公明・共産現状維持――増えたのは無所属候補。この大半は党派隠し保守派や市長・知事選での相乗り談合候補であるが、既成政党色を薄める、消すという方向に流れが向いていたことは事実である。とりわけ、青島・ノックショック後の後半戦では「無党派」に鞍替えする動きが目立った。
 市民派候補は全国的に相対的に健闘した。市民派を広義にとらえれば、東京や神奈川など首都圏を主要な基盤とする生活者ネット(生活クラブ生協系)は全国百名の大台を実現し、とりわけ東京では三倍増となり、社会党衰退の間隙を埋めた。各地での市民派候補も香川の初の女性県議を当選させ、広島では県議選無風区になぐり込んだ市民派候補善戦し、都内でも市民派の新人議員が複数初当選し、杉並選挙区では市民派の候補二人が一位と二位を占めるなど勢いは確実に増した。
 
 (3)
 
 一〇〇〇万票といわれる浮動票、「浮動する」有権者層は、一時は土井ブームを支え、次いで細川の日本新党に流れ、そして今は東京・大阪での青島・横山候補の押し上げとして噴出した。全般的な低投票率と際だった対照をみせたこの両知事選での現象には、必ずしも一般的な「無党派候補の時代」というような評価があてはまるとはいえず、むしろ既成政党の総与党化のうさんくささへの反発意識を吸収したものといえる。選挙後半戦の「便乗無党派」が成功しなかった例も多いのである。「浮動する」有権者層は、政治改革論議に裏切られ、全国的にはまだ「寝ている」ということだったではあろうが、清新さをもち、かつ一定の力ある候補が登場する場合には動き出す可能性を示した。
 青島都知事は、既成政党勢力と衝突するパフォーマンスが有効であればその度合いだけ有権者の支持を期待できる。青島都知事にも横山府知事にも早速に与党化宣言をする部分も出てきているが、議会的かけひきの段階では保守勢力が圧倒しているのであるから、議会内的力関係よりは議会外的な力が彼らの力の源になる。本人の政治性向がどの方向にあるかはともかく、議会的駆け引きに埋没せずに個性を持続したいと思うならば、この両新知事は、公約を守り、議会外の市民の支持に寄り添い続ける姿勢を維持しなければならないだろう。都民・府民に直接支持を求めるか議会勢力との妥協に走るか、そのいずれかの度合いが勝るかによって両知事の命運も定まることになる。
 自・社の後退、新進党の伸び悩み、公明・共産の現状維持という結果は、それぞれの党に相当に深刻な影響を与えている。自民党はいまだ首相候補をいだくに至らず、社会党はさみだれ的な分解と党勢後退を免れず、公明は利益獲得政党の印象を濃くし、新進党は求心力の衰退に、「さきがけ」は独自性の埋没に危機意識にあおられる。そして共産党は唯一の革新論の独善さに直面した。
 政治の混とん、流動は今後も続く。既成政党の敷いている制度的な防衛ラインが巧を奏するか、それとも「寝ている」浮動する有権者層のエネルギーを少しでも引き出して既成政党の壁を打ち破ることができるのか――七月参院選の課題は市民派にとっても重大であり、その結果によっては衆院解散の可能性も高まる。市民派・護憲派の大連合で既成政党の壁を突破する新たな政治勢力、政党の登場させ、参院選を全力で闘う体制を築くことは焦眉の課題である。
(五月十日 川端康夫)

新書紹介                                      
内橋克人著(岩波書店)
「共生の大地 新しい経済がはじまる」

新しい枠組みを求めて

 本書は、日本経済新聞の日曜版に一九四四年四月十七日付から同年十二月二十五日付まで「共生の大地――もう一つの経済がはじまる」というテーマで連載されたものをまとめたものである。日経新聞連載での第五章(「新経営」の地平)はページ数の関係ではずされた。
 著者の内橋克人(敬称略)は、一九三二年生まれ、経済評論家。「長い職能人としての、三八年にもなってしまった、私のジャーナリスト生活」を送った人物である。本書奥付に紹介されている著書には、「匠(たくみ)の時代」(十二冊のシリーズ)、「ガンを告げる瞬間(とき)」「尊敬おく能わざる企業」「原発への警鐘」「破綻か再生か――日本経済への緊急提言」などが挙げられている。
 ベルリンの壁が崩れ、ソ連が崩壊し、いわゆる社会主義陣営が崩壊して東西対立の構造がなくなって以降、資本主義対共産主義という大きな思想的対立構造が基本的にはなくなった。この対立構造が作用していた時代であれば、どちらかの立場(もちろん第三の道もあるにはあったが)であるかを鮮明にして、自らの見解を表明すればすんだのだから、評論家や解説者、ジャーナリストなど(当然多くの社会科学関係の研究者も)ある意味では気楽な家業であった。
 しかし冷戦構造が崩壊してから事情がまったく変わってしまった。一部には資本主義万歳と叫ぶ能天気な人物もいたが、欧州を中心に増大し続ける失業者、国際的に不安定な経済の枠組み、突発的に生起する経済危機(たとえば最近のメキシコ)などの事情は資本主義あるいは市場経済が必ずしも全能でないことを明らかにした。他方では、地球環境の問題や資源の有限性など、人類全体におよんでいる危機的状況に関する認識が広がり、冷戦時代に全体を包括していた考え方が根本的に問われるようになった。もっとも、それ以前にフェミニズムや少数民族の運動、障害者解放の闘い、反公害の運動など、従来の思考・思想の枠組みを乗り越えようとする運動、思考が先駆的に存在し発展をとげていたのであるが。
 こうした転換期にあって、自らの立場を相当程度明らかにすることで職能を果たしていた人々は、新しい自己の立脚点を見出すために苦労したに違いない。内橋克人の実際の経歴を知らないが、この著者の場合も事情は同じだと思われる。著書から判断する限り、著者はこれまで「市場経済を是認しつつも、そこに潜む矛盾に着目し、その克服をめざし」てきたようである。しかし、本書では市場経済という枠組みそのものを見直すことを提言し、この方向ですでに実行されている様々な試みを着実に取材し、それらを体系づけ、一定の結論を出そうとしている。

多元的経済社会への道

 筆者は、そうした新しい方向、社会のあり方を多元的経済社会と呼んでいる。それについて「はじめに」は、「私たちが迎えようとしているのは、意思さえあれば、誰でもが、自身の内なる存在に眼を向けて生き、もっと心静かに、もっと自由に、もっと生きがいに満ちた、そして互いに開く糸のなかで、額を寄せ合っているような、また闘いはあってもそれは仲間どうしではなく、向かうべき怒りの照準をまったく違えた、そのような未来が近いこと。……権力を背にした国家に代わって、オルターナティブ(もう一つの選択)を示し、越境するネットワークに乗せて、人びとの善意のメッセージが宇宙を飛び交う。ほんとうの未来がこちらの地平に、確実な姿を見せて、立ち上がろうとしていたのでした」と説明している。
 本書の構成は次のようになっている。
1「使命共同体」のパラダイム
2「辺境と周縁」の条理
3「実験的社会システム」の旗
4「政策と合意」のはざま
5「多元的経済社会」への道標
 本書は新聞に連載されたものをまとめたものであるから、論理的な一環性を望むべくもない。しかし、ここに紹介した構成から明らかなように、現在の日本社会、大きくいえば市場経済につきまとう矛盾、問題点を指摘したり、あるいは、現実に展開されている「多元的経済社会」の模索を紹介している。社会主義の展望が明確でない状況にあって、ここに紹介されている様々なモデルは、新しい社会主義を考えていくうえでも参考になるのではなかろうか。
 日本社会、というか政治について「政党・政治家の政策立案能力の貧困について問われるべきは、その貧しさが何に起因するかということである。……国会が、実質的な機能において、行政府の下僕になりさがろうとしている」と指摘し、消費税廃止法案上程時の国会論戦を例に挙げて説明している。社会党は政府・自民党の「わが国の法人税は高すぎる」との主張に対して「法人税納付額の実際を明らかにせよ」と迫ったが、大蔵省の「守秘義務により応えられない」とつっぱねられた。筆者は怒りを込めて「何をもって秘密とするのか。一にかかって行政官僚自らの指定によるしくみになっていて、官僚自身が「これは秘密だ」と指定しさえすれば、そこに「守秘義務」が発生する。……国会議員に行政秘密の壁が破れないとすれば、政治家を国会に送り込んだ主権者・国民にも破れないということを意味する」。そして主権者との「合意なき政策」が「ひとり歩きする国に、未来に向けて真の社会的活力を期待することはできない」と警鐘を鳴らしている。
 著者の新しいパラダイムの中心は「使命共同体」である。それについては、「一人は万人のために、万人は一人のために」という協同の思想をはじめて実践に移した「ロッチデール綱領」を引用して、次のように述べている。
 「そこ(ロッチデール綱領)に見られるのは同一の使命(ミッション)を共有する人びとの、自発的で水平的な集まりである。それらは利益共同体でもなく運命共同体でもない。第三の共同体として「使命共同体」と呼ぶことができるだろう。……いま、この現代日本に本格的な「使命共同体の時代」が到来しようとしている」
 使命共同体の一つに挙げられるのがワーカーズ・コレクティブ(労働者協同組合)とその思想である、と著者はいう。
 「そこに働く労働者はアメリカにおいてすでに総労働者数の八%に達した。……ワーカーズ・コレクティブに代表される市民事業が創出し、提供している雇用チャンスは、ILOの試算によれば世界全体で一〇億人をこえたという。
 多国籍企業、巨大企業にみられる労働の非人間化、私的利益と公的利益の背反、そして反社会的な企業行動といった側面に対抗する、アンチテーゼとしての深い意味あいも共通の土台となっている」
 結論に相当する5の「多元的経済社会」への道標は、社会的有用労働の活用へ NPOが地域を活性化する ゼロ・エミッション(企業活動の結果吐き出される廃棄物のすべてとゼロにすること)への挑戦 よりよく生きることを支える社会――となっている。
 賢明な読者は、ここから著者の結論を基本的に理解するに違いない。本書では、数多くの「多元的経済社会」への萌芽の実例が紹介されている。従来の考え方から簡単には抜けきれない私にとっては、著者の「多元的経済社会」論は楽観的にすぎるように感じられるが、本書に紹介されているそれぞれの運動や闘いには敬意を払うべきであるだろうし、学ぶべきものが多いと思われた。

中村尚司著(岩波新書)
「人びとのアジア――民際学の視座から――
「脱欧入亜」のすすめ もうひとつの豊かさを求めて、いまアジアへ!


せつなく、やるせない本書

 先に紹介した「共生の大地」にも共通することだが、本書には「日本人であること」あるいは「日本の状況」に対する一種の拒否感、いやだという感覚が底流にある、と感じられる。あるいは私の内部にある、そうした感情をいたく刺激するものがある。せつない――しかし、前書の著者と同様、本書の著者はこうしたせつなさに溺れることなく、そこから一歩でも抜け出そうとする。せつなさ、やるせなさを底流に秘めつつも著者は楽観的である。
 せつなさは、著者自身の状況にもある。著者は「幼時からアトピー体質だったらしく、零歳児のころから湿疹などのアトピー性皮膚炎に苦しんでいた……高校生のころから気管支喘息の発作がひどくなり、毎年秋になると二、三週間は病床に臥していた。一九八九年六月後半から発声に不調を感じ始め……一〇月一七日」に喉頭癌と診断され、声帯を切除する手術を受ける。その後も入退院を繰り返し、全身麻酔による手術を何度となく受ける。
 「私自身は、すでに十分長く生き、観るべきものを観て、会うべき人に会った。この人生にあまり執着はない。病院の入退院をくり返してきたせいか、しだいに生き方の問題よりも、死に方の問題に強い関心をいだいている。必ず死ななければならない人間が、社会的な活動と無縁な医療行為の対象物としてのみ、過ごしてもよいとは考えられない」と、著者は述べる。そしてアジアの人々との「つきあい」を追求してアジア各地を訪問し、著述活動を重ね、具体的な活動を展開する。こうした著者自身の状況が本書の内容をせつなくさせていると同時に、迫力、すごみあるものにしている。
 著者は一九三八年生まれ、現在は龍谷大学経済学部教授、京都大学東南アジア研究センター客員教授。著書として「共同体の経済構造」「地域と共同体」「スリランカ水利研究序説」「豊かなアジア、貧しい日本」「地域自立の経済学」が紹介されている。著者は「一九六五年からほとんど毎年のように、日本以外のアジア諸地域で暮らしたり、調査旅行を重ねてきた」そうである。

基本的な立場と結論

 著者の具体的な活動のそれぞれ、日本とアジアとの関係、アジアの人びとと日本人との「つきあい」に関する考え方は本書に直接あたっていただく以外にない。
 章の構成だけは紹介しておこう。
アジアへの視点
アジア人花嫁の「商品化」
出稼ぎ労働者の苦境
歴史の重み
激変するアジア社会
豊かなアジア
再び日本へ
あとがき

 著者の基本的な立場は次のように述べられている。
 「二一世紀向けて私たちの暮らしを再建するためには、アジア民衆の経験から学ぶことが、何よりも必要だと思われる。
 ……私たちが学ぶのは……みずからの生き方、地域社会の作り方、国際関係の結び方など、豊かな暮らしを追求するうえで、アジアの同朋と手をつなぐために学のである。……
 しかし、それだけでは十分とはいえない。お互いに、対等な人間として協力し、助けあう場を築くことが大切である。そのような場をともに築く作業は、困難に満ちている。……困難ではあるが、豊かな共生への道をいっしょに歩みたいものである。
 循環性、多様性および関係性に支えられながら、海をこえ国境をこえて「人びとのアジア」に連帯する道を求める営みこそ、本書が全体として語ろうとする民際学の旅である」
 そして著者は、結論として「二一世紀の世界像」を次のように展開している。
 「ブルジョワ革命の悲劇は、自由な経済活動への過信である。他方、プロレタリア革命の悲劇は、経済的な平等への過信である。経済発展が人間の社会関係を決定するという過信は、西欧近代の時代精神でもある。
 だが、経済生活は、人類の営みの一部にすぎない。……二一世紀には、非経済的な分野の活動をふくむ、新たな社会システムの構築が求められているのである」
 「次の世代が豊かな暮らしを営むには、循環性の永続、多様性の展開、および関係性の創出が、中心的なテーマとなる。……近代が「工業化と経済発展の時代」だったとすれば、二一世紀は「生命系と地域自立の時代であろう」
 著者は「二一世紀を展望するのに必要な理念を、なるべく具体的に語ろうと務めた」という。
(高山徹、四月末)
イタリア共産党再建派
                    原点に帰れ
                                    リビオ・マイタン

 民主社会主義潮流(ユーロコミュニズム)であった「公式」の前共産党は、イタリアで増大し続ける政治危機と新しい権威主義の脅威という事態に対応して、依然として中道に移行し続けている。これとは対照的に、前イタリア共産党少数派をはじめとする左派潮流によって形成された共産党再建派は、その反資本主義路線を維持し、イタリア労働者の諸権利を防衛しようとし続けている。しかしリビオ・マイタンが説明しているように、「再建派」は現在、労働者党とその議員団との関係や党を公然と批判する党内少数派の権利といった「古典的」な諸問題に直面している。
 一九九四年の総選挙で「プログッシブ・ポウル」が敗北したため、その指導部であった前の共産主義民主左翼党(PDS)は、イタリア政治の中道的な土壌に順応する路線をとろうとしている。総選挙に続く地方自治体選挙では、PDSは可能なところではすべて人民党(PPI、前のキリスト教民主党)と選挙同盟を形成した。
 共産党再建派(PRC)自体も昨年の総選挙後、路線を変更し、より明確に労働者と被搾取者の要求に応え、そして現在までの諸政権による耐乏押し付け政策により明確に反対する綱領を採用した。
 前イタリア共産党における二つの傾向の間で亀裂が増大している事実は、ブレスシアという自治体選挙によって説明されうる。PDSに属する市長は再選を望まず立候補せず、そしてPDSはPRCからの数次におよぶ選挙同盟形成の呼びかけを断わり、キリスト教民主党の前の全国書記長であり、現在ではPPIの指導者である人物を支持したのであった。
 この両党指導部間での分岐は、一九九四年秋の大衆闘争を共闘という形で遂行してきた二つの左翼党の闘士にとっては、まことに悲しむべき事態であった。しかし次の点は明らかなようだ。つまりPDS指導部がPPIとの同盟を選んだのは、下からの大衆運動を構築することよりも、ベルルスコーニ政府の非妥協性を罰することを優先したからだ、ということである。一九九四年十二月のPDS書記長声明は、この党が中道諸潮流との同盟形成と「再建派」と一線を画すことを望んでいることを明らかにした。
 ベルルスコーニ政府に代わって共産党再建派を含むすべての左翼政党による政権を形成する困難さは、そのために可能な連立パートナーの結集にある。「再建派」の代表および同党書記局多数派は、そうした政府を形成する条件として次期総選挙を行うだけの「選挙管理内閣」であること、諸労働組合との現存するすべての協定(右翼政権の攻撃の的になっている年金協定を含む)を尊重することをあげていた。これ以外の「再建派」指導者は、前キリスト教民主党の国有産業界代表を首班とするPDS、PPIと北部同盟による政府形成の方針さえ支持した。
 こうした果てしない公開の論議と観測は、諸党間の戦術の問題と思われた。だが、その背後には、労働者党との関係で労働者運動は、ブルジョア勢力に支配される政府形成の路線をとるべきだという問題が隠されていたのであった。ファシストではないにしても一種の権威主義的な政権に直面した場合、われわれが提案すべき、あるいは受け入れられる同盟とは一体いかなるものだろうか。議員という選出された党の代表は、党の規律を無視したり、あるいはその判断を勝手に行使する権利をもっているのだろうか。選出された党指導部多数派の決定に関して、少数派は公開の批判ができるのだろうか。こうした問題が果てしない議論の背後に存在していたのであった。
 PRC内部の一切の潮流は、状況は単に悪いだけでなく、悪化し続けてさえおり、したがって右翼の拡大を阻止し、次の政府を決定する市民の権利を断固として守り、中道諸党間の次期選挙(しかも突然の)をめぐる交渉を非難することがきわめて大切である、と主張した。さらに、考えられる中道あるいは中道左派政府形成後に予測される大衆への攻撃に反撃する準備を整えることが重要である、と主張した。
 PRC内部の少数派は、多数派による権威主義的な政府に参加する路線に反対し、形成の可能性がある中道左派連立政権を支持する方針を主張した。前書記長である少数派指導者の一人は、多数派はヒトラーが権力を掌握する過程で当時のコミンテルンが採用したセクト主義路線をとるべきではない、と強く訴えた。そして彼にとってPDSとの統一は最優先課題ではなく、ディニの「テクノクラート」政府形成を喜んで支持する、と公然と表明した。彼はまた、議員団は党指導部の決定に縛られるべきでない、とも主張した。
 党内部での方針の分岐が、この新しい組織を構成する諸潮流や組織の間でたったの一つの分裂をも引き起こさなかったのは、驚くべきことである。PRCは労働者運動の古典的なモメントに従っているようである。
 議員団は独自の決定を行うべきか、それとも党の規律に従うべきかという問題は、一九世紀の社会主義の各種大会以来、継続的に議論されてきた。この問題が今日、再び出現したのはより深部で進行している過程を示している。党の議員団は、ブルジョア社会機構の抵抗しがたい統合効果を最も強く感じる立場にあり、そして自らの社会的な基盤を有していない。彼らは、ブルジョア社会機構の力に最も直接的にさらされている。議員の一部はより穏健な行動をとる方向に追いやられている。議員団と党の社会的な基盤とのギャップの存在、明確な反資本主義路線の欠如という事実は、PRCの場合、議員団の大部分が中道への傾斜となるのはある意味で当然である。
 これと同じ左翼の構造的、綱領的な弱点は、情勢の悪化、右翼からの攻撃、権威主義的な危険の増大という事実とあいまって、党内の一部をいかなる代償を払っても左翼の統一、民主派の統一を求める方向に導いている。しかし、この分析は、防衛的であり、幻想である。こうした同志たちは、わが党の自律をなくすのではないにしても、それを曖昧にする路線を提案しており、党を中道左派連立内部の圧力集団にする路線を提唱しているのだ。
 不幸にも、われわれの日常活動の政治的、戦略的な背景に関する省察は、前大会の準備期間以降、「再建派」において停止してきた。しかし政治的、戦略的な省察以外には、現在の困難を克服し、PRCをイタリア労働運動を再建するための有効なテコたらしめていく道はないのである。
(インターナショナル・ビューポイント誌三月、264号)

エリツィン 新ナポレオンか?

ポール・フンダー・ラーセン


 ロシア軍将軍たちの一部による反戦的な言辞は、無用の長物となっている帝国軍を恥ずかしく思うことが最大の動機であり、チェチェンにおける人権問題を考えてのことではない。
 最近の大統領選挙候補予定者に関する世論調査では、ボリス・エリツィンへの支持率は一〇%以下である。チェチェン介入が引き起こしている危機的な状況は、支配勢力の力を弱めており、彼らはもはや合憲的なやり方では権力を維持できないまでになっている。エリツィンは、ボナパルトと同様に国防省や内務省といった「実力省庁」や様々な秘密機関に依存し、絶えず外部危機を煽りたてる以外に道がなくなっている。
 軍隊はこの十年間、旧ソ連とロシアエリート内部で影響力を次第に失ってきている。つまり旧ソ連時代のアフガニスタン介入の敗北とソ連軍の撤退以降、影響力を失ってきたのである。それ以降、軍隊は一度として、ことに一九九一年と一九九三年のモスクワ事件の間やチェチェン介入においてさえ、ロシア政治の中で独自に役割を果したことはなかった。
 軍隊では、腐敗や犯罪がはびこっている。軍事組織の思想的、経済的、構造的な統一性はソ連とともに霧散してしまった。その結果としての現在の軍隊、少なくともロシア軍は、分断され、解体に近い状況にある。軍隊のこの危機的な状況は、アフガン世代に属するボリス・グローモフ将軍やアレキサンドル・レベード将軍などがチェチェン介入への反対を表明したために、目に見えるものとなった。これらの将軍は決して民主派なのではない。グローモフはうるさい存在の強硬路線派であり、レベードはチリのピノチェット型独裁を提唱したことがある。
 現在進行中なのは、弾圧機関の将来における役割をめぐる権力闘争である。グラチョフ(国防相)は、軍隊が弱体な指導部の下にいる政治エリートに従う事態の到来を望んでいる。グローモフは、軍隊が半ば権威主義的な政権の中で独自の役割を果たすようになることを望んでいる。どちらも民主運動に時間を与えない。グラチョフは最近、平和運動活動家に「君がロシアをぶちこわそうとしているなら、どうして自分がロシア人と感じられるのか」と尋ねた。そして彼は自分の支持者らに対して「彼らはなぜ、こんな活動をしているのだろうか。鼻持ちならないドル紙幣のためなんだ」と、解説した。
 しかし、何千人ものロシア軍兵士がチェチェン戦闘で死亡し、軍の威信や権威が崩れるとともに、エリツィンは、自分が同盟する勢力を軍隊から、長期的には自分に対してもっと忠実でありうる別の弾圧機関に変更しはじめている。内務省のエリート部隊と連邦諜報活動取締り機関(FSK、前のKGB)がことに重視されている。結局、これらの部隊は、一九九三年十月と同様に国内反乱を鎮圧するために配置されるだろう。
 もう一つの新しい要素は、大民間企業を結びついて準軍事組織に対するエリート層の信頼である。モスクワだけでも数万人の立派な装備をもった準軍事組織のメンバーがいる。彼らは、一九九三年十月にホワイトハウスを激しく攻撃した「政府軍」に比較しても、それなりの意義がある程度のものである。
 しかしエリツィンは、「実力省庁」あるいは大資本家のための私兵組織が彼の政権を支えるのかどうかがはっきりしない点を心配している。彼はすでに大統領警備隊の組織化を開始しており、次第にその数を増していくだろう。この勢力は、例えばエリツィンが約束している一九九六年の大統領選挙を中止した場合に、モスクワの情勢激化やサントペテルスブルクが「統制不能」になるのを阻止するだろう。
(インターナショナル・ビューポイント誌264号)

高揚するロシア反戦運動


 このチェチェン戦争は、エリツィン野党であった郷愁的な「共産主義者」と「民族主義勢力」との「赤・褐色同盟」の最終的な決裂をもたらした。ウラジミール・ジリノフスキーの党、ファシスト「ロシア国民党」をはじめとする事実上すべての排外主義、「共産主義」の勢力は、戦争を支持している。他方、すべての共産主義勢力は戦争に反対している。ロシア連邦共産党(KPRF、ロシア最大の政党)は、戦争に反対しているが、それは戦争に真実に反対するというよりも、次の選挙での立場をよくしようとするためのようである。同党は常に、平和への動きを戦術的な観点から決めてきた。
 広範な大衆は、戦争に反対し続けている。世論調査は、市民の六五―七〇%が戦争反対であることを明らかにしている。そしてエリツィン大統領を指導者と認めるのは一〇%以下である。しかし、こうした世論の転換は、人々の受動性あるいは個人生活への閉じ込もり、この社会の特徴である「忍耐」を終わらせてはいない。しかし反射的な従順、少なくとも国家を脅威と感じることはなくなった。スターリニスト独裁による数十年間を経過した今日、公式の宣伝はもはやメディアの材料とはならず、「彼ら」の指導者を支持するよう人々を説得する力ももたない。これは大きな変化である。
 反戦運動と民主的権利のための運動が、少しの大衆しか動員できない理由は何か。その理由の一つは、統一した反戦運動、民主運動が存在しないことである。それぞれの政党や集団は、それぞれの水路を通じてのみ活動しており、すべての戦争反対勢力を一本の旗の下に結集できる権威を誰もが有していない。リベラルと共産党は強固な議会基盤をもっており、メディアへの確実な結びつきをもっているが、他方、左翼勢力は人権団体のメモリアルやロシア民主人権運動のような草の根組織を通じて組織しようとしている。
 またペレストロイカ左翼の重要な部分は、効果的な「精算」をとげ、KPRFあるいは新ロシア社会民主同盟内部の穏健な反戦勢力と合体している。
 反戦運動における重要な様相は、女性が果たしている役割である。ロシアの政治は通常、男性支配的である。世論調査は、男性よりも女性の間での方が戦争反対の率が高いことを示している。「兵士の母たち」運動は、明確に行動的であり、軍隊官僚との闘いにおいて優れた勇気を発揮している。また議会のロシアの女性派は、戦争に一貫して反対している。
 軍務から学生を免除するという特例措置を撤廃しようとする政府の方針は、学生たちを反戦陣営に引き込むだろう。他方、軍務を二年から三年に延長しようという政府の方針は、勤労青年にも影響を及ぼすだろう。
 労働者運動は、反戦運動で大きな役割を果たしておらず、依然として弱体であり、破産の脅威や失業の増大に反対するといった工場内部の地域闘争にはまりこんでいる。二月八日の五十万人の炭鉱労働者による一日ストは、状況の変化を示唆している。炭鉱労働者は、依然としてロシア労働者階級の前衛であり、その組合は、政府の退陣と大統領選挙を要求するゼネストを呼びかけており、支配階級にとって脅威となっている。