1996年3月10日         労働者の力             第76号

沖縄基地撤去・即刻土地を所有者に返せ!

3・20日比谷集会に結集しよう
3・31沖縄現地への派遣団準備進む


 三月二日、東京の文京区民センターで結成された「沖縄の闘いに連帯し、新しい反安保行動をつくる実行委員会」は、「三月三十一日沖縄・ヤマトつらぬく闘い」を提起し、3・20日比谷での「沖縄と結ぶコンサート&トーク」集会とデモ、そして楚辺通信所の知花さんの土地の使用期限切れである三月三十一日を沖縄への大量の派遣団と日比谷公園における反戦地主会関東ブロックが中心となった大集会への取り組みを決定している。
 沖縄県知事を被告人として裁判に訴えた国側とその意図に寄り添う法廷指揮を行っている裁判所側にもかかわらず、現地沖縄の収用委員会をふくめて沖縄は基地の縮小、根絶への意思を崩していない。三月三十一日の知花さんの土地の使用期限切れは避けられない状況である。政府は十六年前と同じく、「管理権」を主張して不法占拠を正当化しようとするであろうが、自らの土地を自らで自由に使用したいという知花さん意思もまた固い。
 知花さんの闘いと連帯しようと訪沖団の組織が呼びかけられたが、すでに百名を越える参加者が申し込みを行った(三月十日現在)。
 3.20集会と3・31沖縄・ヤマトつらぬく闘いを闘い抜こう。

3・20集会/午後一時 日比谷公園小音楽堂
 3・31集会/午後一時 日比谷野外音楽堂

住専予算を撤回せよ
 一切の公的資金投入に反対しよう


 住専問題をめぐる新進党の院内座り込みピケにより、国会審議のストップが続いている。住専への公的資金投入への圧倒的な国民世論の反対のまえに、自社さの連立与党は強行採決にふみきれず、パフォーマンスにすぎない新進党のピケ戦術のまえに立ち往生の状態にある。同時に、3/10〜11『朝日』の世論調査橋本内閣の支持率は急速に低下し(一月十三.十四日時点で61%、今回21%)、その理由の最大には打開策を見いだせない首相の指導力への失望があげられている(『朝日』3/12朝刊)。この調査によれば、75%が住専処理案の予算からの削除ないしは凍結を求め、同時に審議不十分88%、新進党の座り込みへの疑問65%という数字となっている。調査結果は、政府方針への圧倒的な批判がありつつも、「対決」にある新進党への急激な支持増大にはつながっていないことをも示している。

政争に転じた住専問題

 念願の自前の首相、プリンス橋本を押し立てた自民党の焦りは深い。党への支持率も低下し、ライバルの新進党は微増傾向にある。このままでは自社さ政権の成立を通じて小沢派を蹴落としつつ自前の安定政権をもくろんだシナリオが水泡に帰しかねない。だが75%におよぶ世論の反対を押し切って強行するためには自らの基盤が盤石ではない。連立三党の院内的力からすれば強行採決は十分に可能であるが、それが結果として自らの陣営を弱め、ライバルである新進党・小沢体制の息を吹き返すことになることをおそれている。
 村山・武村の「敵前逃亡者」両人の表情も、当然ながらさえない。「ババ」を橋本に手渡し、自らは共同した新たな政治勢力形成に邁進しようとした構想も、住専問題の泥沼のなかで勢いをもちようがない。社民、さきがけ合同構想などどこかに飛んでしまったかのような事態である。
 内部亀裂を拡大してきた新進党の小沢体制にとっては、本質問題は別にすれば、まさに千載一遇の戦術的好機である。議員辞職論や座り込みピケなど、まさに戦術的強行策で党内部の造反を押さえ込み、かつ点数を稼ぐという路線は一種の瀬戸際作戦的なものであるが、自社さ側の立ち往生を拡大し、印象づけるという点ではある程度の成功をみせている。とはいえ、前述の調査の数字が示すように、こうした戦術そのものが支持されているともいえない。換言すれば、戦術主義の底が容易に見透かされるような弱点を抱えたままであることも付け加えられる。
 連立三党サイドは、大胆な妥協かそれとも強行かのいずれかの選択に迫られている。前者の道をとれば、世論の逆風をくぐりぬけんとした「追加措置」が全くの大不評をかってしまい、新進党が勢いづいてしまった以上は、残されたものはなんらかのかたちの棚上げ、一時凍結の形の追求以外には道は見あたらない。後者の路線は、橋本体制の危機に直結してしまう。だれが強行の責任をとることになるのか――自民党幹事長の加藤のレベルではすむわけはない。だが、ポスト橋本の準備はあるのか。また、あと一つの責任を問われるはずの土井衆院議長の処遇をどうするのか。問題は深い。
 自民党は、主戦論と迂回論への分裂の兆候を示しはじめている。主戦論は主要に三党連立推進派から出されている。これは当然で、連立推進派は新進党、とりわけ反小沢の鮮明な立場で維持されている。小沢との妥協派、これらの勢力にとっては政治的挫折、あるいは「死」そのものをも意味するかもしれないからである。亀井静香らが土井議長に強行の決断を迫ることは、土井議長をふくめての反新進党・反小沢路線の貫徹を迫ることである。こうした点では村山も武村も、政治的な立場には変わりがない。だが「ババ」をうまく逃れようとしたような政治計算の延長では、自らが強行策の当事者であることを回避しようとする心情も捨て去るにはむずかしいということであろう。
 新進党の内部はどうか。小沢・米沢・西岡という戦術強硬派の作戦が一定成功してきたようではあるが、前述のように、それがあくまでも瀬戸際作戦的な手段である以上、永遠に審議ストップの方針の貫徹だけに執着することも現実に不可能である。羽田グループが独自の公然とした行動を開始することはむずかしいにしても、なんらかの形での審議入り、つまり、住専問題の「真相の究明」への前向きの姿勢をしめす必要に直面するであろう。なによりも審議拒否、実力での阻止という戦術が、政権党の座を視野に入れた新進党という立場を考慮した場合、明確なダブルスタンダード(二重価値観)であるという非難を免れることはできないからであり、あと一つは、その政治的本質において、小沢路線は金融資本との衝突を避けなければならないという存在だからである。

住専問題を解決しない政争劇

 こうして、院内政治は連立政権与党からすれば、小沢新進党との妥協か、それとも対決かという局面に入りつつある。
 その「サイ」がいずれの転ぶか――それは連立与党、とくに自民党が橋本と資金疑惑が浮上した加藤とをどの程度に評価し、どう処遇するかという政治計算の一定の「煮つまり」具合とのからみ合いで左右されてくると考えることができるのである。
 もちろん、さらに激動的な局面を想定することも可能である。すなわち、自民党が内部分解し、小沢・新進党との妥協に走る勢力が登場するという理論上の可能性である。それは連立三党が空中分解するだけではなく、自民党の分裂そのものをも引き起こすことになる。もちろん小沢サイドからは意識されているであろうが、しかしながら政治評論的にはおもしろいかもしれないというレベルであろう。こうした劇的事態を導くに必要な新進党側の「対案」、対抗プランは存在していないも同然であり、農協系支援をはじめ、大市中銀行との協調を前提とする小沢新進党の「政治的インパクト」は、局面的にはまことに薄い。
 反対に、自民党にとっても現在のところ、羽田派の党内造反という新進党の分断を計算に入れたいという希望はあるであろう。戦術主義に依存している新進党の現状にたいしてそれを逆手に取った形での圧力をかけることができるのであればという、これもまた「希望的観測」のレベルである。
 こうして与野党ともに決め手を見いだせないままに、事態は議長職権の発動へと揺れている。
つまり、自民党は強行策のはねかえりをおそれ、新進党は審議実力阻止という「憲政のルール」からの逸脱の影響をおそれる。だが、議長が政治的、政策的内容に踏み込むことは不可能であり、座り込みが議長のメンツを立てるという形で、なんらかの議事運営上の妥協のもとに解除されたとしても、肝心の「住専への税金投入問題」が解決されるわけではない。

 ドタバタ劇を通じた政治のごまかしを許すな

 与野党ともに決め手をもたない事態は、住専問題がきわめて深刻な経済的背景をもっているからである。与党にすれば、税金投入を強行したとしても、それは一時しのぎでしかなくその後に次々と税金投入の大波が待ち受けているのであるから、一時の強行がさらなる世論の抵抗を拡大し、ひいては政治的失格の呼び水ともなりかねない。新進党にとっても、税金投入の大方針には抵抗できない以上は、戦術主義はその限界を容易に露呈してしまう。
 ドタバタ劇は、結局のところ住専問題の本質をえぐり出せない連立三党と新進党という、現局面の二大政治ブロックのありようを象徴しているのである。
 日本政府が直面している「金融システムの安定」とは、第一に、前号でも述べたように、国際的な金融システムとの関連ということにある。日本政府の対外公約として、政府は不良債権問題の解決の責務を負っている。その「不良債権」とは、住専問題を氷山の一角とする巨大な「バブル破綻」の処理であることもすでに述べた。銀行本体をはじめさまざまなノン・バンクなどの累積不良債権は百兆とも二百兆円ともいわれる巨大なものである。それが、第二に、戦後日本高度成長経済の構造が内包してきた「土地と株」神話の破綻によるものであるからこそ、先頃急死した作家の司馬遼太郎が「経済敗戦」と論評する事態にほかならない。
 護送船団方式の欠陥が公然と語られる至った経過に、戦後日本経済の輸出至上主義を基本とした経済体質の完全な行きづまりを見る必要がある。それは政・財・官の、国際的・国内的な排他的結合の行きづまりであり、したがってその構造に寄生しようとした労(企業連型労働組合連合)の行きづまりである。
 こうした構造の中に、共産党を除く与野党ともに首まで浸かってしまっているという現実が相互の手詰まりを導いているのである。
 結論的に、院内の政争的抗争のレベルを別にすれば、連立三党と新進党ともに公的資金投入のための「知恵」、すなわち民意をいかにごまかすか、ということに帰着せざるをえないのである。新進党の影の内閣があらたに提出した、政府補償の日銀特別融資を軸とする「解決案」がまさにそうした事情を物語っている。政府補償の日銀特融とは政府の財政負担の表層的な先送りという「知恵」にすぎないのである。
 公的資金投入を一切絶つことがなによりも貫徹されなければならない。 

新刊紹介
佐々木力著(東京大学出版会)
生きているトロツキイ


本書の位置

 注がついている本を読むことはめったにない。つまり、ある分野に関する専門的な書物を読むことが極めて少ない、ということだ。題名にひかれて、専門書の部類に入る本書を読んだ。
 本の帯には「日本を代表する国際的科学史家が、ロシアの「社会主義」的実験を歴史的に問い直し、古典的マルクス主義の継承者トロツキイの思想の現代的意義を探る」とある。
 本書は著者自身によって次のように位置づけられている。
 「本書は、トロツキイの思想の現代的意義を論ずる書である」としたうえで、「本書の主要な課題は、トロツキズムの正確な歴史的再構成という初めの学問的問題に部分的な答えを提供することである」と限定的な位置を与えている。
 そして「トロツキズムの正確な歴史的再構成という初めの学問的問題」は、つまり「初め」という位置関係に関しては、以下のように説明される。
 「本書ではそういった(抑圧された階級の最先頭に立って、かつ階級内民主主義を擁護して闘う思想)トロツキズムの基本原則がるる(本書は漢字)解説されることになる。おそらく、トロツキズムに関する既成の観念や先入見が、本書が提示する歴史的に正確な現実の像によって覆る場面が多くあるのではないかと予想する。その基本的考えが現代の抵抗思想の出発点になるべきだ、というのが本書を通底する“希望”である。……まさしく“希望”は、学問によって裏付けられねばならない」
 「トロツキズムにとってのそういった学問的裏付けとは、まずその思想の軌跡を正確に再構成することである。……さらに、トロツキイ没後の思想的課題をも明示的に捉え、それを実践の指針となるべく理論的に鍛え上げることである。そういう現代的な学問的課題、トロツキイの思想的射程を超えているような課題とはいかなるものであろうか?」
 「現代の焦眉の学問的課題は、ポスト・ロシア革命の時代の現代資本主義、現代帝国主議論を被抑圧者の立場に立って強固に構築することであろう。それは戦後の最高のトロツキストであり、マルクス主義経済学者であったエルネスト・マンデルの『後期資本主義』のような学問的遺産を継承する手続きを経て、遂行されるに相違ない」
 以上のような著者自身による説明から明らかであるが、本書は「トロツキイの思想の現代的意義」そのものを論じることを主要な課題にしているわけではない。むしろトロツキズムの現代的な課題が随所で論じられている、といった感想を私は通読後もった。
 自分をトロツキスト(マルクス主義者)と考えたり、その逆にトロツキズムを「批判」しようと考える人にとって、本書は重要な参照点になる。トロツキーとトロツキズムに関する書物は、現在でも出版の努力は続けられているようだが、数多いとはいえない。ましてや「トロツキズムの正確な歴史的再構成という」「学問的課題」に焦点を当てた書は、ほかに類を見ない。ここに本書の重要な位置がある。
 すなわち、自らをマルクス主義者と考える人にとって、トロツキズムを歴史的に再構成した本書は、自らのマルクス主義を検証するうえでの重要な参照点になるし、また、逆にトロツキズム(マルクス主義)を批判しようとする人にとっては、何を批判すべきなのか、その論点を提示する書である。
 なお本書には最初にふれたように数多くの注記がある。また、本書の随所でトロツキーとトロツキズムに関連する広範囲にわたる知識がちりばめられており、それら自体も独立して学習し、楽しめるものとなっている。本書の長所の一つである。

旧日本支部のトロツキズム

 かつての第四インターナショナル日本支部(旧日本支部)は、組織内女性差別問題に端的に示されていたように、思想的にも様々な問題点を有していた。それは、マルクス主義理解、トロツキズム理解にも当然にも及んでいたに違いない。これに関して、旧支部から発したそれぞれの組織、グループで集団的な総括や検証、個人による総括、検証の努力、作業が今なお進行中であるに違いない。
 本書を読んでいて感じた点の一つに、労働者国家論がある。本書では、労働者国家論がマルクスとエンゲルスの原典との関係で論じられている。かつても少なからずそうした思いがあったのだが、旧日本支部での労働者国家論はトロツキズムをはなはだ俗化していたのではないかという反省がはっきりした。
 こうした問題を記憶だけに頼って論じるのは、不正確になるという危険があるが、同時に記憶に残っているのは最も端的に主張されていた点であるから問題が先鋭になるという可能性もある。後者になる可能性にかけて考えてみたい。
 旧日本支部は、労働者国家とは国有計画化経済とプロレタリア(共産党)独裁である、と主張していた。これが労働者国家無条件擁護と並行して、原則として主張された。
 もちろん「社会的所有」と「国家所有」との区別やスターリンによる国有が官僚的に歪曲されたものであることは知っていたし、主張もしていた。しかし、それはトロツキーの主張を繰り返す域を出るものではなかった。トロツキーの闘った時代に比べて旧日本支部が活動した時期では、ソ連での国有計画経済の経験がはるかに積まれていたのであるし、また、これに関する資料も増加していたはずである。それでも、国有計画経済に関する検討は進まなかった。
 結局のところトロツキーの主張の繰り返しの域を出ようとはしなかった。本書でもトロツキーの主張をマルクス、エンゲルスとの関係で検証する作業は行われているが、過渡期労働者国家の国有がどんなものであるべきか、そこまで踏み込んでいないのは、そのために必要な作業が蓄積されてこなかったという事実の反映であろう。
 もう一つ、計画化経済と市場の関係という問題がある。これに関しては、トロツキーの主張を知ること自体が遅れた。あるいは、そういう問題の存在すら意識することはなかった。
 ここでも、旧日本支部のトロツキズム理解の限界が表れていると感じざるをえなかった。これを明確に教えてくれた本書であった。

スターリニズムは宗教

 NHK教育テレビに「人間大学」という講座シリーズがある。旧ソ連の社会主義を論じている時間があった。そのごく一部をまったく偶然に見た。講師は旧ソ連でペレストロイカが盛んだった時代にソ連ウオッチャーとして有名になった人物だったと記憶している。その時のテーマは「スターリンの社会主義」であった。
 講師は、スターリンの著作の何かを朗読した後、大意を次のように説明した。
 ――これ(スターリンの著作)をいくら読んでも、なぜソ連で社会主義建設が可能なのかまったく理解できません。結局、社会主義建設ができるのだから頑張ろう、頑張ればできるのだ、と言っているにすぎないのです。これは(思想というよりも)宗教です。――
 これを聞いて、なるほどと感心してしまった。そういう人も多いのでないかと思うが、私はスターリンの著作をいくつか拾い読みしたにすぎない。ブハーリンやカウツキー、ベルンシュタインなどに対する批判は、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキーによる批判を読んで終わった気になっていた。実践活動に携わる者としてある程度やむを得ない面はあったが、今思うに、やはり主要著作は読んでおくべきだったと考える。
 宗教と思想との区別はよく分からないが、宗教が広い意味での思想の一部であることは間違いない。しかしテレビ番組の講師が説明した「宗教」とは、広い意味のものとは考えられない。問題は社会主義建設なのだから、思想(本書の著者が「科学的社会主義」と区別して使う「学問的社会主義」としての――ここには思想の本来的な意味を問う重要な論点があると思う)とは区別された「空想的社会主義」に近いものとしてスターリンの主張を宗教だと断じたのであろう。
 そうだとすると、マルクスがいうように「宗教は民衆にとっての阿片」であるから、事態はかなり面倒である。とりわけスターリンが登場する、登場した時代のロシアは、内戦での疲弊、元来「後進国」であった事実、帝国主義諸国による包囲など、宗教がはびこる状況があった。革命直後の人々の意識が高揚した事態が後退すると、政治意識が人々の行動を決するという位置から背景に退き、代わって直接的な利害関係やその他の要因がそうした規定要因として浮上してくる。本書の著者も数カ所で言及しているが、スターリン主義が支配的になっていくのは、こうした状況を背景にしていた。
 しかもスターリニズムは、宗教であると同時に、ある時期から民族主義の傾向を濃厚にもつに至った。従って極端な言い方をすると、スターリン主義とその国家とは、各種の暴力装置と民族主義を基礎にした宗教といえよう。
 著者はトロツキーとトロツキズムに対する批判に丁寧に反論している。その内容は、ことにトロツキー対スターリンの関係、トロツキーがスターリンに「敗北」したという点が中心になっている。著者の主張はその通りだと私も思う。
 ただ前述のようにスターリニズムを宗教だと考えると、あるいは革命を全体として社会革命として考える場合、トロツキーとトロツキズムに対する批判それ自体に問題があるのであろうが、スターリニズムに関する新しい観点からのとらえ返しが必要だと思われてならない。

トロツキズムへの熱き想い

 本書を読み進んでいくと、著者のトロツキーとトロツキズムへの熱き想いがひしひしと伝わってくる。東京大学出版会が本書を発行する特段の理由があるとは思われないが、著者のそうした熱き想いが本書の出版に結実したのであろう。
 私は、表現はいささか不謹慎かもしれないが、本書はトロツキーとトロツキズムへの恋文、一種の「信仰告白」だとさえ感じた。著者が「トロツキストは古典的マルクス主義の原則に基本的に忠実なだけであり、トロツキイ個人を“信仰”の対象にしたことなどは断じてない」と言っているのだから、「信仰告白」と表現するのは不謹慎かもしれないが、その感想は強い。また、本書がそのように位置づけられたとしても、そのことは著者にとって決して不名誉なことではなかろう。
 そうした著者の熱き思いが強く表現されているのが、序文である。これは異例ともいうべき長さを有し、著者が現在の思想状況に至った過程で、その思想形成に関係した人物や運動に丁寧に言及しているためである。ことに仙台とその左派労働者運動、そして故加藤滋氏への言及は、最初の部分で引用した「抑圧された階級の最先頭に立って、かつ階級内民主主義を擁護して闘う思想」という著者の思想への態度がいかに本物であるかを強くうかがわせてくれる。

トロツキーとトロツキイ

 細かな点についていくつか触れておきたい。一つは「トロツキイ」という表記である。著者は次のように述べている。
 「私がその表記(トロツキイ)を採用したのは、戦前はそれが普通に行われていたことに気づいたことにもよるが、主要には、私が学問的拠点にしている駒場のロシア語ではそれが標準的であるからである」
 私は現在でも、つまり本書を読んだ今でも「トロツキイ」の表記には違和感を覚える。私がトロツキーの表記の方に慣れ親しんでいたのだから、この違和感は当然であろう。外国語の日本語表記、つまり外来語の書き方は難しい問題である。ある意味では決め方次第と考えられるからである。
 「トロツキイ」に関して本書の序文で著者は前述のように、その理由を明記しており、その点で明快といえよう。
 手元にある時事通信社発行の「記事スタイルブック一九九一年版」によると、新聞用語懇談会が昭和五十九年(一九八四年)に決定した表記基準は、その原則を次のように説明している。「外来語は、片仮名で書き、できるだけ原音に近く、同時に日本人に読みやすい表記を用いる。ただし、慣用の固定しているものはこれに従う」
 「駒場のロシア語ではそれが標準的である」と著者が言うとき、それが原音に近いためか、それとも「ー」(長音符号、いわゆる音引き)表記に関係しているためなのか、その説明がほしかった。一時期、新聞や雑誌などでは「コンピューター」でなく「コンピュータ」と表記されていた。現在は前者に戻っているが、後者の表記になった理由は、外来語末尾の音引きはできるだけなくす、という原則が立てられたことにあった。
 そのため窓を意味する「ウインドー」が「ウインドウ」となり、そのまま「ウインドウズ95」に引き継がれてしまった。音引きをウインドーからなくすと風を意味する「ウインド」になるので、その代わりに「ウ」を使ったわけである。
 いずれにせよ、トロツキイ表記について理由を述べている事実は好感をもてる。ここでは原典に忠実に引用し、引用以外では慣れ親しんだ表記にしたので、トロツキイとトロツキーが並存しているが、それは以上のような事情による。
 ついでに本書の内容とはまったく無関係な点をもう一つ。これも序文であるが、「本書は、あくまでも地味な学者の――ある敬愛されるべき野球人の口吻をまねて言えば――“生涯一活動家”としての立場からの学問的試論として企図されたものである」とある。
 この「野球人」とは、プロ野球スワローズの監督のこととしか考えられない。野球に関して人の好みは激しい。たとえば私自身、この部分を読んでかちんときた。著者がその野球人を敬愛するのは勝手だが、それを押し付けるような一般的な形で表現すべき事柄とは思われない。
(一九九六年三月初め
高山 徹)
ヨーロッパ連合
           少数者のための共通通貨
                                 フランソア・ベルカメン

 ヨーロッパ連合の中核諸国は、今世紀末までに共通通貨ユーロを採用しようとしている。本論文の筆者は、先進資本主義諸国では前例のない通貨という国家主権の一部を共有化する動きを分析し、左翼の進路を明らかにしている。

貨幣とは何か

 「今世紀末までにヨーロッパ連合は、強力で安定した単一通貨を採用するだろう」と、ヨーロッパ委員会はその態度を明らかにしている。「これこそ、マーストリヒト条約を調進し、批准した際に、ヨーロッパ諸国の人々とその指導者が望んでいたことである」(一九九五年五月発行のヨーロッパ連合の文書から)。こうした現代の独裁君主的な精神や楽観的な願望、そして人々への蔑視こそ、ヨーロッパのエリートを自称する勢力の特徴なのである。
 長い年月におよぶ主権保有の実績がある先進資本主義諸国が共通通貨を採用する前例はない。ヨーロッパ委員会は、この点で楽観的であるが、実際には多くの問題が横たわっている。
 単一通貨というものは、すでに開始されている単一市場の論理的な帰結と考える人がいるかもしれない。確かに共通通貨は、諸国の各種商品価格の比較を容易にし、消費者にとって合理的な買物ができるようになるかもしれない。商品とサービスの流通は、増大するだろう。
 一つ例をとってみよう。イギリスの旅行者が百ポンドをもって家を出たとしよう。その人は、ヨーロッパ連合を構成する国を訪れると、その国の通貨に両替する。そうすると、両替手数料として五十ポンド以上が必要となり、何も支出しなくてももって出た百ポンドは五十ポンド以下になる。
 この例は完全に事実である。しかし事態の一面にすぎない。結局、貨幣は商品の流通手段だけにとどまるものではない。貨幣自身が一種の商品であり、その価格(交換レート、為替相場)は変動している。また通貨は、国民国家とその政府にとっての基本的な手段でもあり、財政・金融政策に不可欠な要素である。貨幣のこの二つの側面をもっと子細にみると、共通通貨の採用はまったく異なった様相を帯びてくる。
 貨幣は、市場価格(交換レート)で売買される。全世界でたったの三日間で取引される通貨量は、一年間で取り扱われる商品とサービスの貿易総額よりも多い(イングランド銀行の資料から)のである。
 多くの政府は現在、通貨取引を自由化している。通貨の取引量がこうした規模におよんでいる事実は、投機的な取引次第では自由化している諸国の社会関係が容易に混乱に陥る。
 通貨管理という行為は、その国家にとって決定的に重要である。通貨管理は金融政策の一部であり、そして金融政策が、その国家の財政方針の基本や公共事業、予算、社会保障などに影響をおよぼす。通貨の管理は、日々の階級闘争を管理する事業の一部でもある。それはまた、富の分配、所得形成、価格政策、労働協約の締結内容などにも影響を与える。
 ある国民国家の独自通貨を新しい単一通貨に改めることは、極度の自発性が要求される行為であり、経済の様々な面や、それぞれの国家独自の構造によってその自発性に大きな違いが生じる。
 こうした理由からマーストリヒト条約は、通貨に関する方針の協調性を確保するために「共通通貨採用基準」を定めている。その基準の一部を示すと、国家財政の赤字はGDP(国内総生産)の三%を超えてはならない、国家債務はGDPの六%を超えてはならないなどとなっており、さらにインフレ率や長期金利、通貨の交換レートなども定められている。
 事態はうまい具合には進行していない。ヨーロッパ連合(以下、EU)の統計資料は、マーストリヒト条約が調印された一九九二年よりも現在の方が通貨がより不安定になっている事実を示している。採用基準を満たしているのは、たったの二カ国である。加盟国最大国家のドイツと最小のルクセンブルクである。アイルランドは、国家財政の赤字問題を除けば、その他の基準は満たしている。EUが一九九八年にどの国が共通通貨ユーロを採用するかを決める時に、その資格を満たしているのが二、三カ国であるのは確実である。ユーロはその時、EU構成諸国全体の共通通貨になることはない。

動揺増す共通通貨への動き

 共通通貨をめぐるこうした厳しい状況は、経済的にも政治的にも波紋を呼んでいる。まず何よりもこの事実は、マーストリヒト条約とその調印の失敗を示している。換言すれば、EU諸国すべての資本家と経営者、そして政府がそれによって自らの経済政策と社会政策を正当化してきた同条約の中心目標が達成されないのである。それどころか、目標そのものが信頼できなくなってしまうのである。
 ユーロはEU全体の通貨にならないのだから、ユーロ支持者が主張していた「ユーロ」の「間接的な」利益のどれ一つとして発生しない。それどころか、この通貨はEUレベルの社会経済政策を実現するための道具でさえありえない。また共通の通貨政策を発動する対象としての大規模な通貨圏も生まれない。ユーロの採用は間違いなく、「中核」諸国とそれ以外の諸国との間の緊張を深めるだろう。
 共通通貨採用の真実の基準は、同条約がいうような経済的なものでなく、政治的なものである。ユーロがいくらかでも共通通貨として意味をもつためには、少なくともドイツ、フランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクが同時に採用しなければならない。
 このことは、上記の新しい中核諸国のユーロと、イタリアのリラ、イギリスのポンド、スペインのペセタとの間の通貨関係をより動揺させていくことになる。イタリア以下の諸国が輸出を増大させるために自国通貨を切り下げていくのをやめさせる方法があるだろうか。一九九五年十二月にスペインのマドリードで開かれたヨーロッパ首脳会議は、不幸だったヨーロッパ通貨制度(EMS、この最後の局面ではヨーロッパに通貨危機が発生し、離脱する国が増えた)に類似した制度の形成に原則的に同意した。このことは、EU内のユーロ非採用諸国が自国通貨の交換レートを新ユーロに対して非常に狭い範囲内で維持する必要を迫る。財政または投機などの理由によって、この狭い範囲を離脱した国は、再び新通貨制度に加入するためには所定の複雑な手続きを経なければならない。
 EUは、マーストリヒト条約に調印した国すべてによって構成されることになっている。ユーロ採用諸国やほぼ独立したヨーロッパ中央銀行の政策決定は、超国家である「共同体」にとっていかなる意味をもちうるのだろうか。そして、共同市場内部にユーロ採用地域が生まれることは、全体の社会経済関係にいかなる影響を与えるのだろうか。あるいは、イギリスのような非採用国が将来、中核諸国と通貨を共通にしていく可能性はどうなのだろうか。

決定的な一九九九年の動向

 ここしばらくの間に、新しい要素が出現した。すなわち青年と労働者の真剣な抵抗という要素が、それである。フランス大統領ジャック・シラクが盛んに言及していた「社会的な亀裂」が生じてしまったのだ。
 一九九五年十二月のフランスの闘いが、一連の抵抗の最初というわけではない。一九九二年に始まったイタリアの運動は、多様な道を通じて拡大・強化をとげており、昨年末におけるフランスの闘い以上に深化している。ベルギーにもまた、大きなストライキの波が発生し、その頂点は一九九三年十一月二十六日の全面的な二十四時間ゼネストであった。
 しかし、フランスの地政学的な位置や経済的な比重、ヨーロッパ統合過程で同国が果たしてきた、果たすであろう特別の役割、労働者運動の重要な伝統――こうした事情すべてが相まって、昨年末のフランス公務員労働者のストに特別の位置と意味を与えている。とりわけ現在の局面が通貨同盟に向けた「最後の全力疾走」に入っているだけに、その位置は極めて大きい。フランスでは、あの社会的な抵抗運動は、マーストリヒト条約に反対した最初のゼネストとして極めて象徴的な存在になっている。
 こうした社会的な抵抗は、この地域全体で強くなっていく。フランスの闘いは、フランス、イタリア、ベルギー、ルクセンブルクにおける公共部門労働者、自分の資本家と国家と闘っているすべての人々にとっての、新しい社会政治的な枠組みを提供したのであった。イギリスにおける破滅的な鉄道と水道事業の民営化に対する断固たる反撃は、そうした社会的抵抗のもう一つ別の現れである。
 EUは二つの新しい障害に直面している。一九九三年のヨーロッパ単一市場創設のもととなった一九八六年締結の単一市場議定書は、ヨーロッパ連合加盟国すべての公共部門で民営化、規制緩和、労働者の既得権の剥奪といった同時的かつ協調した攻撃の枠組みでとなった。公共部門としての一体性を破壊し細分しようとする資本家と政府の企図は、労働者と公共事業の統一性という概念を彼らが共同して攻撃する妨げにはならなかった。その結果として、公共部門に対する攻撃が社会的抵抗の参照点となったというのが事実なのである。
 いくつかの国が共通通貨を導入する可能性は、一九九六―七年の経済状況に依存している。この年度の経済状況が、それぞれの国が統一通貨採用基準の各条件を満たしているかどうかを判定するために使われる。一九九六―七年度が資本主義経済にとってよい年であれば、ごまかしの余地が生まれる。しかし現在の惨めな状況が続くと、マーストリヒト条約の定める資格を実現しようとすることは、すでに緊張が高まっている社会状況に油を注ぐことになる。というのは、現在の経済不況の持続は、必然的かつ累積的な財政赤字の増大や経済活動がさらに鈍化する傾向を意味するからである。つまり不況の持続は、さらに多くの失業や社会保障関連支出の増大、一人ひとりにとっての社会保障受給額の減少を意味するからである。消費は、社会的需要の減少の結果としてのみ落ち込むのである。
 こうした文脈で考えるなら、財政赤字の削減を最優先して継続することは、真に決定的な結果を生むことになる。各国が基準の中でも中心とみなされている財政赤字をGDPの三%以下に抑えるという基準を満たしているかどうかを示すすべての報告は、上述の結論と同じ結論に達している。すなわち、労働者階級に対する大々的な攻撃と、労働者の購買力減少による経済不況の悪化である。
 ドイツ社会民主党の指導者の一人、ヘルムート・シュミットは「今日の利益は明日の設備投資資金であり、それが明後日の雇用となる」と、常々言っていた。現在なら彼の信条は「少ない財政赤字は低金利を意味し、それはより多くの設備投資と雇用を意味する」といったものになろうか。「少ない財政赤字……」よりも後者の「……より多くの設備投資と雇用……」の方が真実からもっと遠い。経済活動の実際として、利益の一部しか生産活動向けの投資に充てられない。そして、それよりももっと少ない額が雇用の創出につながる生産拡大投資に充てられるにすぎない。
 ヨーロッパとその市場経済は破産している。これは、大部分のヨーロッパ市民が到達しつつある結論である。また、この事実が、社会的な抵抗運動がかくも増大している中心的な原因でもある。世論が公務員労働者の闘いに多大な共感を寄せた理由でもある。こうした状況にあってブルジョアジーは社会戦争を開始する用意があるのだろうか、と自問すべきときである。

ためらうブルジョアジー

 ヨーロッパの支配階級は、ユーロをいいアイデアだと考えている。しかし、その採用が実現可能との絶対的な確信は抱いていない。ユーロ採用に向けて基準を満たそうとすることは、全EU構成国にとって福祉国家の挫折を意味している。だとすると、ヨーロッパの政治統合実現はどうなのか。現代の社会民主主義勢力とヨーロッパ議会は、新しい社会経済モデルに関する一切の考えを永遠に葬り去ろうとしているとみられている。その反マーストリヒト条約の立場で有名なフィナンシャル・タイムズは「新しいモデルはありない」と叫んでいる。
 銀行界は、マーストリヒトに対してより一層神経質になっている支配階級の一部である。両替に伴う利益の消失だけを考えてのことではない。新ユーロ圏における規制緩和とリストラクチャリングという巨大な過程の開始を感じている。
 潜在的なユーロ中核諸国のみならず、その他の諸国の産業界も、もっとゆっくりした統合の進行を望んでいる。というのは、新ユーロの価格(交換レート)が高まり、EUのユーロ非採用諸国が国際競争力強化のために自国通貨の切り下げに動くなら、ユーロ圏の輸出企業は現在よりももっと困難な状況に直面するからである。
 イギリスとイタリアは、それぞれ理由は違うが、中核諸国になることはない。両国は「ドイツを中軸とするヨーロッパ」の危険性という恐怖感の増長に努めている。フランス支配階級の一部も、この恐怖感を共有しているが、ドイツ中央銀行であるブンデスバンクを抑える唯一の手段はマーストリヒトと通貨同盟の進行を促進することにしかないと最終的に判断した。
 ドイツ蔵相、テオ・ワイゲルは、マーストリヒト熱烈推進者を自称しているが、しかし、その表面下ではユーロ懐疑者であることが明らかになるかもしれない。このワイゲルは、一九九五年十二月のマドリードで開かれたヨーロッパ・サミットでEUが採択した「安定化計画」の立案者である。その計画とは、次のようなものである。
●マーストリヒトで確立された基準の非常に厳格な解釈。
●ユーロ圏とその他のヨーロッパ諸国との関係を調整するためのヨーロッパ通貨制度のような組織形成に関する合意をすべきとの提案。
●基準の一つである財政赤字の最大限をGDPの三%から一%へ減額すること。これに違反した諸国には罰金を課す。
 換言すれば、ワイゲルは、マーストリヒト条約が実現される以前に、EUにマーストリヒト関連の二つの計画を実行させようとしているのである。このことは、一九九七―八年においてマーストリヒトの最初の基準をいくつかの国が実際に達成できると、ワイゲルが確信していることを示唆している。しかし、いくつかの国が基準を達成できたとしても、その事実は、ユーロ導入後の通貨と社会の安定を保証するものではない。緊縮政策は、これまで通り継続される。すでに、その警告が発せられているのだ。
 通貨同盟は厳格な規則に基づく。この同盟は、通貨と予算に関する加盟各国の管理権をその国の支配者から奪うことになる。しかし通貨同盟は、各国の階級闘争の管理はそれぞれの国に委ねる。他方、現在の緊縮政策でさえ、社会的な緊張をますます高めている。マドリード合意は、EU加盟各国政府を公共部門労働者との大きな対決にさらに近づけたのである。
 ブルジョアジーが闘うとすれば、その時は、できるだけ速やかな勝利を望む。一九八〇年代におけるイギリスでのマーガレット・サッチャーの勝利は、ヨーロッパ・ブルジョアジーにとって最良のモデルの一つである――ただし、サッチャーがマーストリヒトが効力を発する以前に、その汚い仕事を実行したという点を除いて。
 ブルジョアジーはまた、統一通貨に向けた転換期に主要国の一国でも譲歩するなら、マーストリヒト条約とそれによる単一通貨実現へのシナリオ全体の進行が遅れるか、あるいは脱線する以外にないことを認識している。
 かなりの政治家が、マーストリヒト条約が設定している時間の遅延を主張している。フランスの前内相シャルル・パスクワは、フランスには経済的刺激、創意に富んだ社会計画、労働組合指導者とのよりよい協調関係などが必要だと訴えている。彼は「フランスの憂うつ」に対するポピュリスト―ボナパルティスト的処方箋として、前述の措置と安全保障にかかわる民族主義的妄想とを結合する。
 彼の主張を真面目に受け取る人は、フランスのエリート層やメディアの実力者の間にはほとんどいない。結局、彼の計画は、長期対外政策戦略における断絶を意味するのである。そして、それがフランスやヨーロッパ全体に何を結果としてもたらすかは、予測できない。だが、それでも社会運動が再度、回復してくるなら、彼の主張は、シラク大統領やジュペ首相の主張よりも、神経質になっているブルジョアジーにとって、より魅力あるものになるだろう。
テオ・ワイゲルの方針は、パスクワのものと正反対であった。彼は、一切の社会的な譲歩を拒否し、マーストリヒトの基準維持、その強化さえ主張していた。しかし(「ドイツマルク中心主義」を通じて表明された)同じ困難に直面してワイゲルは、パスクワと同じ結論に到達した。つまり、ヨーロッパ全体による通貨同盟実現のためには設定時間の遅延もやむをえない、と。
 通貨同盟は、新しいヨーロッパ機構の問題を提出する。フランス・ドイツ間の合意が基調を、つまり大国であり富裕な国、ことにドイツの比重を高め、が議論に値しないと言い、ある者は単純に支持する。彼らにとっては、ランカンドーナ・ジャングル第四次宣言を支持し、総司令官の次のコミュニケを待つだけで十分なのである。彼らは「従いつつ司令する」というサパチスタの考えのカリカチュアをつくった。これは、軍事組織の機能をまねようとする一方で、新政治組織においては規律あり議論をしない軍事組織構造を有するべきだと考える人のカリカチュアである。
 サパチスタがいうように従いつつ司令することは、議論抜きで指導部に従うことを意味しない。この考え方は、指導部が議論の結果に従い、一般メンバーの合意を尊重することを意味している。そして勝手な司令を意味しない。新組織の提案は、指導部に対する直接の統制を意味し、一般メンバーへの横暴な支配を意味しない。
 もちろんサパチスタ民族解放戦線結成の訴えが呼び起こす議論に関しては、二つのレベルを区別する必要がある。一つは、サパチスタ戦線結成に同意しない人々の間での議論で、彼らはサパチスタに反対するか、あるいはサパチスタをあざ笑い、これと闘う体制内部の人々である。もう一つは、サパチスモ(サパチスタ主義)の敵に少しでもよい対応をしようとする人々の議論である。後者は、サパチスタに共感する運動や連帯する人々の間での論議である。
 われわれは、後者の立場においてサパチスタ第四次宣言に表明されているいくつかの論点を議論する。そうすることによってわれわれは、サパチスタと合意に達したり、あるいは両者の違いを明確にできる。われわれの討論は、サパチスタ戦線の存在の必要を認め支持することを出発点とするが、同時に第四次宣言にあるいくつかの論点にも触れるものである。そして実際に広範な議論が起こっているのだから、サパチスタ自身が自らの考えを明確にする必要がある。特に副司令官が三月二日にポサリカ市で開かれた文民委員会に送ったビデオテープによるメッセージに関して。

戦線と政党

 第一の論点は、サパチスタ戦線そのものの概念である。なぜ戦線なのか。なぜ政党ではないのか。なぜ団体加入による戦線でなく、個人加入による戦線なのか――こうした点である。
 サパチスタの前記全国会議の前にPRTやその他の社会主義諸組織は、EZLNにとって最善の方針は、EZLNが設定する領域においてであっても新政党の結成を訴え、他の勢力に結集を呼びかけることだと主張した。
 確かにEZLNへの支持は広範である。そして正しくも政党のない「市民社会」の構築を主張してきた。全国民主大会(CND)はその一例である。だがサパチスモに連帯する運動の範囲や、こうした政治的な不均一がCNDの力と影響力を減殺してきた。だからこそわれわれは、新政治組織はCNDの政治的な不均質を超えるべきだと考える。そうした政治的な合意は、個人加盟制の組織形態をもち、政治綱領をより明確にした政党によって実現されると、われわれは考える。
 政党タイプの組織創設提案に関する準備討論の過程で、サパチスモに連帯する運動の内部ではこれがあまり支持されていないことが判明した。それが不人気なのは第一に、現存の政党制度への不信がある。また、政党と選挙のための装置としての政党とを同一視する考えが優勢なことも、その理由である。こうした同一視は、EZLNの様々な声明にもしばしば表明されている。つまり、われわれがここでいう政党と、選挙登録した政党との同一視が、しかも同一視による種々の結果とともに存在しているのである。
 われわれは、政党と選挙のための政党とを同一視しない。革命党が展開する政治闘争は、選挙に限定されていない。われわれのこうした考えは、われわれ自身の経験および概念に、そしてサパチスタの新政党結成の訴えが政治再編を加速するだろうという確信に基づいている。
 われわれはまた、副司令官マルコスが三月四日付のメッセージで行った批判に同意しない。その中で彼は、政党に参加する方法は二つしかなく、その一つは選挙への参加であり、もう一つは政党指導者の組織内選挙であると述べた。ここでも、選挙政党の経験、ことにブルジョア政党のそれが念頭に置かれている。明らかにわれわれの考える政党の概念、日々の階級闘争に関与して、それを有効に組織し、自らの活動を選挙参加に限定しない政党という概念はない。
 こうしたEZLNの考え方の結果として、EZLNは政党の結成を訴えることに反対した。そして第四次宣言においてサパチスタ戦線の結成を呼びかけている。これは、一方ではサパチスモに連帯する広範な、政治的に不均一な運動を結集させ、他方では政治戦線として確信的なサパチスタ勢力を結集しようとする二つの課題を同時に解決しようとする方針である。われわれPRTは、この意味において一般的に政治戦線に参加する意思があることを表明する。
 だが三月四日付の副司令官マルコスのメッセージは、サパチスタ戦線は「組織参加」ではなく、これに参加しようとする者は個人として、自らが所属していた組織を離脱して参加すべきであり、組織の側もそのメンバーが自由にサパチスタ戦線に参加できるために組織を解散すべき、と述べている。
 この結果、サパチスタの新政治組織結成の提案は、中間的なものにとどまっている。一方ではマルコスがそのメッセージで表明した、地域、地方、全国のそれぞれのレベルでの各種委員会構造を有する個人参加の政党に類似した組織形態をもつ政党的なものと、他方ではサパチスタ戦線の提案であり、これに対しては他の政治潮流がEZLN(これは解消しない)と同一基盤の上でそれに公然と参加することになっている。しかし副司令官マルコスはそのメッセージにおいて、参加はあくまでも個人単位であると述べている。EZLNは政府に対して宣戦布告したのだから自己を解消できないので、総司令官はサパチスタ戦線への参加承認を見直すことになるだろう。
 たとえマルコスがサパチスタ戦線の参加単位は組織ではないが、思想的にはその内部で「共産主義者、トロツキスト、その他特定の思想をもつ人々」も共存できるものの、新政治戦線においては組織的な政治潮流(つまり政治組織)の存在は許されないと言明している。では、恐ろしい人種隔離策がとられている。スルプスカ共和国でも同様である。
 ミロセビッチとカラジッチとが対立しているために、カラジッチの共和国内のもろいセルビア人野党諸勢力が初めて相互に接触することができている。このことは、別の動きの可能性を示している。
 クロアチア・ムスリム連邦内部のすべての非民族主義組織が九月に集まり、「ボスニア・ヘルツェゴビナに恒久平和を確立するための諸原則」という声明を掲げた。この文書は「多文化、多宗教、多民族」国家のための条件をあげている。その国家は「分権的な連邦構造」をもつ。そして、住民の声を本当に聞くための住民投票制度を要求している。
 ボスニア、クロアチア、セルビアにおける反民族主義勢力の協働を強化することは、和平協定に対して肯定的な影響を与え得る唯一の方法である――少なくとも、政治的な複数主義と少数派の権利(したがって難民の帰還する権利をも)を守るうえで。
 

2 反動的な諸政策と闘う空間を拡大するために

2・1 和平協定の矛盾した側面を認識する

 こうした任務を実現するには、以下の二つの課題を実行しなければならない。
●協定履行の意味を明白にする(関係する帝国主義勢力と反動勢力の利益追求を非難することを含めて)
●表現と結社の自由の可能性を拡大する――進歩的な政治勢力登場の前提条件として

2・1・1 選挙に関連して

 協定によって非常に短期間――六カ月ないし九カ月――のうちに選挙組織を形成しなければならない。この期間は、米国の政治事情という都合によって決定されたのであり、内戦によって形成された論理を転換することを考えてではない。全土に立候補予定者や様々な政治主張を浸透させずに選挙をすると、その選挙は、恐怖と報復心をかき立てるだけであり、新たな連帯を生み出す要因としてよりも、民族主義過激派政党を有利にするだけである。
 最も必要なのは、政権から独立した多元的なメディアへの支援・育成であり、それは全土に通じるものでなければならない。われわれは、こうした前提条件が確立されるまでは選挙を延期するべきという野党民主勢力の要求が出る可能性を考え、それに備えておかなければならない(デイトン協定は、そうした条件の確立を保証することになっている)。IFORの実際の役割を示すすべての実例――民族分断を押し付け、国の再建を援助するのではない――を活用し、これら軍隊を撤退させる運動を展開しなければならない。

2・1・2 社会経済的な組織と地域住民相互のつながりの再建を支援するために
 
 平和を実現するには、バルカン規模で各コミュニティ間の協働と連帯を推進する再建計画が必要である。戦争よりもはるかに大きく社会経済的な組織を破壊する私有化を実行する条件付き援助――新たな敵対意識の形成を刺激しないとしても――に反対である。援助の分配における「積極的な差別」を要求する運動は、すでに形成されている自治体間の結合をさらに拡大し、欧州議会と各国政府とに向けた行動を発展させる。
 諸「民族」が協働して行う計画に対する援助が優先されるべきである。そうした援助は、難民の帰還を組織する第一段階を実行しようとするコミュニティを対象とすべきである。IMF(国際通貨基金、協定によると、ボスニア・ヘルツェゴビナ中央銀行総裁を任命する権利を有している)が提唱する方策に関する監視と公開性の要求が大切である。

2・1・3 難民が帰還する権利の問題

 この問題は、当該地域全体(旧ユーゴスラビア全体)を対象とし、体系的に、かつ集団的な保障がある場合のみ、信頼できる解決方法が生まれる。当面、協定によって完全な「形式上の帰還する権利」がある。現在の状況にあって、それは集団ではなく各人の権利とされている。各国をそれぞれの反動的な政権が支配し、しかも「民族」国家確立という枠組みにおいて難民問題を解決したいという各反動政権の共通利益がある中で、帰還を「選択」するという願望は基本的にユートピアになっている。
 それでも、圧倒的な人々が帰還を希望している。特に難民はどこにいても、不穏を覚え、歓迎されていないと感じているからである。