1996年5月10日         労働者の力               第78号

「平和市民ネット」発足へ
市民派勢力の全国ネットワークの強化を推進しよう
 
  川端 康夫

 
 六月一日、東京渋谷勤労福祉会館にて「平和市民ネット」結成集会が開かれる。今年初頭から新潟市民新党の山田達也新潟市議(平和・市民共同代表)、大阪の中北龍太郎弁護士(参院選比例区候補)、そして阿部知子医師(参院選比例区候補)の三氏が呼びかけ人となって、ポスト「平和・市民」に向けた会合が積み重ねられてきた。討論は多岐にわたったし、また「平和・市民」の継承という点でも一致した結論は得られたとは言い難かった。だが、「平和・市民」に所属した国会議員各氏が、それぞれの事情によって、あるいは「さきがけ」に入党し、あるいは院内会派の参院クラブに所属したりというなかで、国会議員五名を最低とする要件を満たす政党としての展望は頭から存在しないという条件のもとで、「平和・市民」を担った市民派勢力を最大限に結び、各種選挙闘争を中心的に意識する全国機能が必要であるという点では一致した。昨年末に解散の方向を確認した「平和・市民」は、今年春に法的手続きを終えて正式に解散となった。諸勢力の連合した公選法上の政党=選挙政党という性格で闘った「平和・市民」だったが、その最大の目標とした参議院選挙での勝利、議席獲得に失敗した結果、諸勢力間の共同作業を継続するために必要なエネルギーが薄れていったのはやむをえないことだった。しかし同時に、幾度かの全国懇談会の討論とともに、関西地区をはじめとした全国各地域で総括作業と次の方向性をめぐる討論がおこなわれてきた。こうした中で、「平和・市民」として闘った蓄積を霧散させるのではなく、なんらかの姿、形で継続させるべきという意見が強く出され、三氏の呼びかけとなったものである。
 
旧「平和・市民」の敗北と左派、市民派大連合の破綻

 旧「平和・市民」そのものの当初の発想は、護憲派・市民派大連合政党の構想であった。その大構想は周知のごとく種々の経過を経て破たんし、旧護憲リベラル勢力と市民派勢力の連合戦線としての「平和・市民」の闘いとなった。その闘いが敗北した結果、旧護憲リベラルの国会議員集団は政党要件という求心力を喪失した。他方、「平和・市民」への参加を最終局面で断念した旧社会党内部の護憲派勢力=護憲ネットを中心にして、社会党の社民党への転換を契機とする新社会党が、矢田部参議院議員を代表として、これまた五人の国会議員という政党要件を最低限度満たす形で、今年出発している。新社会党の組織的な主軸は社会主義協会派の一部であり、社会主義協会それ自身は社民党・新社会党それぞれの選択を容認している。
 労組組織としての全労協は、こうした社民党、新社会党問題に特別の積極的な対応を打ち出していない。国労や都労連という全労協の基軸単産、単組らが抱えている政治的複雑性が影響していると思われる。
 以上のように「平和・市民」が当初構想した護憲派・市民派大連合の構想は、現時点でも依然結実せず、旧社会党部分はその守備範囲で組織固めに走っている。もちろん、大衆運動や議会工作などの多くの側面で、新社会党勢力と市民派勢力、あるいは左翼労働運動の接点は重なり、共同の作業も一部に成立してもいる。だが、「政党」組織という観点から見れば、新社会党組織は旧社会党の組織観点、それも協会派的に集約された組織的観点から離脱しておらず、市民派などとの共同の組織形成という視野を、意識的に避けて行動しているようにも見える。少なくとも広範な結集へのイニシアティブを発揮しているとは思えない。この点では、以前の時期に岩井章さんのイニシアティブで構想されてきた新たな大衆的左派政党という視野からも明らかに後退している。
 
旧総評左派を軸とした時代は終わりつつある
 
 以上の簡単に述べた状況を整理すれば、次のようにいえる。
 「平和・市民」の敗北を九〇年代中期の一つのメルクマールとしてとらえることが可能である。すなわち仮に「平和・市民」の初期の構想である護憲派・市民派大連合が成立したとしたら、それは多分に先年の「内田選挙」の際に表現された、全労協を組織的な重石として闘われた大連合構造をさらに押し広げたものとして登場することを意味したであろう。それはならなかった。そうした現実を導いた要因の核心は、政治状況の変化に求めることができる。つまり自・社・さ連立政権の成立という変化である。
 この連立が成立した要因は明らかにアンチ小沢であり、同時にそれは、中●根・小沢的な新保守主義の路線を支えた政治勢力・傾向とのヘゲモニー争いの結果であった。政・財・官・労を横断して生み出されてきた新保守主義的風潮の「流行」は、結果としては直接に社会党・総評ブロックの背骨を折り、新保守主義に限りなく接近する「連合」の山岸政治において頂点に達した。その延長に小沢・新進党の細川、羽田政権があり、そして他方では圧迫される国労組織があった。この関係が、新保守主義的、小沢的、そして山岸的なものの連携への反発を、横断的・統一的に生み出すものとなった。
 この関係が変化した。国労は社会党・社民党内部の反右派との提携、さらには連立政権の反小沢的流れとの提携に戦術的な展望を見出そうとした。これは全労協が成立していった過程、あるいは内田選挙の高揚に至る流れへの変化の要因である。
 要約すれば、村山連立政権の誕生が意味し、もたらした複雑な諸要因が護憲派・市民派の大連合のために不可欠である政治的な求心エネルギー結集に陰を落としたのである。「平和・市民」の初期構想の挫折、そしてその闘いの敗北は、こうして一つの時代が過ぎ去りつつあったことを表現するものとなったのである。
 新社会党が客観的に示してしまっている一種の「後退的」、「閉鎖的」雰囲気もまた社会党左派=護憲派、総評左派=全労協という、いわばまことに透明な図式のもったインパクトの後退を表現してしまっているといって言い過ぎではないであろう。また、総括をめぐる「平和・市民」の錯綜し、かつ鮮明化しきれない論議は、「平和・市民」の、いわば「流れ解散」が避けられないことを暗示し、そして、「次は何か」も現在不透明なままにあることもまた状況の必然ともいえる。
 
「次」を準備する意識的闘いの時期
 
 しかし、これらの方針や現状の性格は、「善悪」という次元を越えた問題であろうといわなければならない。新たな時代の新たな左派運動と組織とは何か。従来型の、すなわち社会党・総評ブロックの流れの延長上に、その左派的拠点に依拠し、利用しつつ広範な結集を求める(内実的な飛躍のための努力を含めて)という「大構想」の一時期が過ぎつつある現在、「次は何か」を求める努力は、多分にそれぞれの主体が、それぞれの(乏しくなりつつある)資源、資産を極力温存・強化しつつ、総体の新たな踏み出しのための時期、契機を追求するということにならざるをえない。
 すなわちこれは「善悪の次元」ではないということなのだ。左派労働運動、市民派運動、そして護憲派の運動それぞれに将来の組織的、運動的連携を意識しつつ当面を乗り切らなければならない。護憲派は、新社会党の組織と運動への依拠を選択した。市民派勢力はとりあえずはその全国ネットを維持し、その中から新たな独自の運動と組織の発展、展開の可能性を追求する。そして左派労働戦線はまた独自の境地を自ら主体的に切り開く闘いをあらためて構築することを求められているであろう。そしてその闘いは、はじめから広範な市民運動との連携を意識して進められる必要があるし、それは将来における緊密な結合の保障ともなるのである。
 「平和市民ネット」。それは全国選挙を。全国的連携で展開したという過去の蓄積に立脚し、この数年間に拡大したその領域を強化し、そして将来を切り開くためにこそあらたな発足の位置を持たなければならない。その一翼をになうことが必要である。
 「平和市民ネット」結成に参加しよう。
(六月十四日)

平和市民ネットワーク発足集会
☆日時
六月一日(土)午後五時 〜八時
☆会場
渋谷勤労福祉会館(東京 都渋谷区・JR渋谷駅下 車徒歩五分)
☆問題提起・呼びかけ人
☆講演
「今日の政治情勢と市民 政治の可能性」石川真澄(新潟国際情報大学教授)
☆呼びけ人
 阿部知子・中北龍太郎・山田達也
 事務局 大久保青志事務所 03-5704-6438 
 
 
 【資料】6・1平和市民ネット発足集会へ!
 
 政治の流れを変えるための闘いは始まったばかりです。
 96年3月に政党・政治団体としての「平和・市民」は解散届けが受理されました。
 全国各地で「平和・市民」に参加して闘った人々から、せっかく踏み出した一歩を無にしてしまうのはなんとも惜しいことです、各地が自立して運動を続けながらも、ゆるやかな政治的ネットワークを、という声があいつぎ、それらの要望をうけ、私たちはここにあらためて「平和市民ネットワーク」を発足させることになりました。
 いま、時代は大きく曲がろうとしています。
 沖縄の基地撤去を求める闘い、日米安保の再定義を巡る闘いは極めて重要な事態になり始めています。有事法制の検討、ACSAの締結、自衛隊の米軍後方支援体制の確立、集団的自衛権の公認、9条解釈の変更等々。私たちは21世紀にむけて軍拡・派兵国家か軍縮・非武装国家か、日本国家の大きな分岐点に立っています。
 住専処理に関する公的資金の投入問題は何を基準にして国家の資金=税金を何の目的で使うのか、という問題です。これから高齢化社会を迎えて、年金財政の危機が始まっており、介護保険のあり方や消費税5%アップ問題にいたる一連の福祉と国民の負担をめぐる=社会のあり方を問うテーマの政治的攻防の始まりでもあります。
 HIV患者の闘いは「行政殺人」の実態を暴き出し、阪神大震災の被災者は神戸市の行政災害を告発し、血の通った行政と新しい都市作りを求めています。
 今日の情勢の中では、平和・市民が選挙でめざし、闘った政治方向は一層重要性をましていると思います。
 私たち平和市民ネットは平和・市民に投票した40万余の人々の気持ちを受け止め、活かす道を歩みたいと思います。確かに小選挙区制の選挙を前にして国政選挙を闘うことは極めて困難となっています。何ができるのかはっきりしません。しかし、私たちは時代の中で新しい政治の実現をめざし自立的な市民の政治勢力をつくりだすために活動します。来るべき総選挙、98年参院選をにらみながら各地の仲間とともに気脈を通じ合い、一緒に国政を担う条件をつくりだしていきたい。共に歩むことを訴えます。

サパチスタ 新政治組織の結成を訴える
PRT少数派の主張

                               エドガルド・サンチェス

解説 インターナショナル・ビューポイント誌
メキシコ サパチスタ運動の新局面と支部問題
 一九九二年、第四インターナショナル・メキシコ支部の革命的労働党(PRT)は分裂状態にあった。中央委員会少数派は、党員の間では多数派であると主張し、公然分派の結成を決めた。第四インターナショナルは国際規約などにしたがって中央委員会多数派を支部として承認したが、同時に「同分派」が固有の決定機関をもつことをはじめ、インターナショナル内の分派として存在することを認めた。
 チアパスおよびカルデニストのPRDに対する両組織の政治見解と行動方針は全く同じであった。しかし、今日のメキシコにおける革命運動建設に関しては、それぞれ違った見解をいだくようになっていった。サパチスタの政治戦線としてEZLN(サパチスタ民族解放軍)を創設するというアピールに対して両組織が違った態度をとったのは、この点における違いの最も鮮明な表れだった。一九九五年九月にラジカル・デモクラシー(DR)に名称を変更した公式支部は、最近になって組織を解消し、公式にインターナショナルを離脱し、FZLN(サパチスタ民族解放戦線)に参加すると決定した。DRのメンバーがすでにFZLNの指導部に入っていた。
 この決定に対してDR内少数派は反対した。一九九二年当時の中央委員会少数派とその支持者だけが今日、PRTを名乗る組織である。このグループは、EZLNの同志たちとその新しい戦線(FZLN)およびメキシコにおける政治任務に関する公開討論を行うことにしている。
 この公開討論は、メキシコのみならず、左翼の側で政治再編が進行している多くの国においても、反資本主義の闘いを行おうとしているすべての人の注目を集めるものである。以上の観点からインターナショナル・ビューポイント誌は、PRT政治委員会の一員であるエドガルド・サンチェスの論文と、旧DRメンバーが第四インターナショナル指導部に対して自らの決定を説明するために送ってきた手紙からの抜粋を掲載する。
 第四インターナショナルの政治再編に関する態度は、一九九五年の世界大会で採択された「第四インターナショナル建設」に表明されている。
(本紙では、これまでサパチスタ運動を取り上げてこなかったこと、第四インターナショナル・メキシコ支部問題に大きく関係していること、共同の戦線形成というわれわれにとっても多大な重要性をもつ課題であることから、紙面の都合を省みずに、二つの論文を一挙に掲載することにした。ご理解をたまわりたい)。

FZLN結成の呼びかけ

 一九九六年一月一日、サパチスタ民族解放軍(EZLN)は、その武装蜂起二周年日にランカンドーナ・ジャングル第四次宣言を発し、新たな政治組織、サパチスタ民族解放戦線(FZLN)の結成を訴えた。
 われわれはこの訴えを数カ月間待っていた。というのは、この呼びかけは、一九九五年の八月から九月にかけて行われたEZLN全国会議の論理的な結論だったからである。その会議での六つの課題の一つが、EZLNが新たな政治勢力になるべきか否か、なるとしたらその方法はどうか、であった。非常に多数の人が、この問題に肯定的に答えた。
 しかし、これを別にしても、全国情勢は新政治勢力の結成を完全に要求していた。一九九四年一月のEZLNによる武装蜂起の開始は、メキシコ政治システムの危機の引き金となった。この危機は現在に至るも解消されていない。むしろ社会的な腐敗と政治再編という文脈において持続している。こうした状況はすべての政治勢力の再編をもたらしており、すべての政治勢力が危機の中にある。
 EZLNは一九九四年以降、多くの政治勢力や政党の一般メンバーをはじめとする広範な人々から支持を受けてきた。多大な道義的かつ政治的な威信を獲得した。しかしEZLNは基本的に政治軍事組織である。政治領域と大衆の間で影響力を獲得する可能性は、軍事構造以外の全国組織を有していないことによって弱められていた。EZLNが発動した多くのイニシアティブは、それを具体化する全国組織の不在によって期待した成果をあげることができなかった。こうした状況からして新政治組織創設の呼びかけは、疑いもなく重要なのである。この訴えは、政治勢力の再編に影響するし、国をゆすぶっている危機を解決する方向に結びつくだろう。また、その内部に民主的、大衆的、かつ革命的な力学を有する組織実現の可能性を増大させるだろう。
 新政治勢力結集の訴えに込められた意味の大きさの故に、この訴えは多大な議論を呼び起こすに違いない。
 議論が起こるのは当然である。というのは、サパチスタ支持者で新政治勢力の結集に賛成する人々も、その原則と性格規定に関しては広範な議論があるからだ。EZLN支持者のあるものは、サパチスタの方針に賛成せず、その言葉が議論に値しないと言い、ある者は単純に支持する。彼らにとっては、ランカンドーナ・ジャングル第四次宣言を支持し、総司令官の次のコミュニケを待つだけで十分なのである。彼らは「従いつつ司令する」というサパチスタの考えのカリカチュアをつくった。これは、軍事組織の機能をまねようとする一方で、新政治組織においては規律あり議論をしない軍事組織構造を有するべきだと考える人のカリカチュアである。
 サパチスタがいうように従いつつ司令することは、議論抜きで指導部に従うことを意味しない。この考え方は、指導部が議論の結果に従い、一般メンバーの合意を尊重することを意味している。そして勝手な司令を意味しない。新組織の提案は、指導部に対する直接の統制を意味し、一般メンバーへの横暴な支配を意味しない。
 もちろんサパチスタ民族解放戦線結成の訴えが呼び起こす議論に関しては、二つのレベルを区別する必要がある。一つは、サパチスタ戦線結成に同意しない人々の間での議論で、彼らはサパチスタに反対するか、あるいはサパチスタをあざ笑い、これと闘う体制内部の人々である。もう一つは、サパチスモ(サパチスタ主義)の敵に少しでもよい対応をしようとする人々の議論である。後者は、サパチスタに共感する運動や連帯する人々の間での論議である。
 われわれは、後者の立場においてサパチスタ第四次宣言に表明されているいくつかの論点を議論する。そうすることによってわれわれは、サパチスタと合意に達したり、あるいは両者の違いを明確にできる。われわれの討論は、サパチスタ戦線の存在の必要を認め支持することを出発点とするが、同時に第四次宣言にあるいくつかの論点にも触れるものである。そして実際に広範な議論が起こっているのだから、サパチスタ自身が自らの考えを明確にする必要がある。特に副司令官が三月二日にポサリカ市で開かれた文民委員会に送ったビデオテープによるメッセージに関して。

戦線と政党

 第一の論点は、サパチスタ戦線そのものの概念である。なぜ戦線なのか。なぜ政党ではないのか。なぜ団体加入による戦線でなく、個人加入による戦線なのか――こうした点である。
 サパチスタの前記全国会議の前にPRTやその他の社会主義諸組織は、EZLNにとって最善の方針は、EZLNが設定する領域においてであっても新政党の結成を訴え、他の勢力に結集を呼びかけることだと主張した。
 確かにEZLNへの支持は広範である。そして正しくも政党のない「市民社会」の構築を主張してきた。全国民主大会(CND)はその一例である。だがサパチスモに連帯する運動の範囲や、こうした政治的な不均一がCNDの力と影響力を減殺してきた。だからこそわれわれは、新政治組織はCNDの政治的な不均質を超えるべきだと考える。そうした政治的な合意は、個人加盟制の組織形態をもち、政治綱領をより明確にした政党によって実現されると、われわれは考える。
 政党タイプの組織創設提案に関する準備討論の過程で、サパチスモに連帯する運動の内部ではこれがあまり支持されていないことが判明した。それが不人気なのは第一に、現存の政党制度への不信がある。また、政党と選挙のための装置としての政党とを同一視する考えが優勢なことも、その理由である。こうした同一視は、EZLNの様々な声明にもしばしば表明されている。つまり、われわれがここでいう政党と、選挙登録した政党との同一視が、しかも同一視による種々の結果とともに存在しているのである。
 われわれは、政党と選挙のための政党とを同一視しない。革命党が展開する政治闘争は、選挙に限定されていない。われわれのこうした考えは、われわれ自身の経験および概念に、そしてサパチスタの新政党結成の訴えが政治再編を加速するだろうという確信に基づいている。
 われわれはまた、副司令官マルコスが三月四日付のメッセージで行った批判に同意しない。その中で彼は、政党に参加する方法は二つしかなく、その一つは選挙への参加であり、もう一つは政党指導者の組織内選挙であると述べた。ここでも、選挙政党の経験、ことにブルジョア政党のそれが念頭に置かれている。明らかにわれわれの考える政党の概念、日々の階級闘争に関与して、それを有効に組織し、自らの活動を選挙参加に限定しない政党という概念はない。
 こうしたEZLNの考え方の結果として、EZLNは政党の結成を訴えることに反対した。そして第四次宣言においてサパチスタ戦線の結成を呼びかけている。これは、一方ではサパチスモに連帯する広範な、政治的に不均一な運動を結集させ、他方では政治戦線として確信的なサパチスタ勢力を結集しようとする二つの課題を同時に解決しようとする方針である。われわれPRTは、この意味において一般的に政治戦線に参加する意思があることを表明する。
 だが三月四日付の副司令官マルコスのメッセージは、サパチスタ戦線は「組織参加」ではなく、これに参加しようとする者は個人として、自らが所属していた組織を離脱して参加すべきであり、組織の側もそのメンバーが自由にサパチスタ戦線に参加できるために組織を解散すべき、と述べている。
 この結果、サパチスタの新政治組織結成の提案は、中間的なものにとどまっている。一方ではマルコスがそのメッセージで表明した、地域、地方、全国のそれぞれのレベルでの各種委員会構造を有する個人参加の政党に類似した組織形態をもつ政党的なものと、他方ではサパチスタ戦線の提案であり、これに対しては他の政治潮流がEZLN(これは解消しない)と同一基盤の上でそれに公然と参加することになっている。しかし副司令官マルコスはそのメッセージにおいて、参加はあくまでも個人単位であると述べている。EZLNは政府に対して宣戦布告したのだから自己を解消できないので、総司令官はサパチスタ戦線への参加承認を見直すことになるだろう。
 たとえマルコスがサパチスタ戦線の参加単位は組織ではないが、思想的にはその内部で「共産主義者、トロツキスト、その他特定の思想をもつ人々」も共存できるものの、新政治戦線においては組織的な政治潮流(つまり政治組織)の存在は許されないと言明している。この決定は、われわれのようにこの新政治戦線への参加を公然と表明しているものの統合を妨げる。一部の人は個人は党の戦士ではなく、「市民社会」へ統合されるのであり、だから表面に出ないやり方での組織的な行動は可能であるというが、それは正しくない。
 現在の事態は、EZLNと、それと連帯してきた勢力との全面的な政治分裂を必ずしも意味しない。同時にEZLNは、非常に広範かつ多様な傾向を有する民族解放戦線を構成する幅広い反政府戦線の考え方を支持すると主張してもいる。そして新たな討議の場、幅広い反政府戦線の一部となる可能性をもつ左翼戦線を提案している。
 PRTは、サパチスタの新提案について近い将来に決定しなければならないが、サパチスタとかれらがそのために武器をとった諸要求に連帯する闘いを堅持し、左翼戦線に参加し、それを発展させていくだろう。マルコスが展開したセクト主義や「われわれが反対してきた政治的なやり方」に対する批判は、幅広い反政府戦線を促進するために用いられてきたものであり、PRTおよびCND(全国民主大会)の左翼全体の、セクト主義に反対する勢力の参加を促してきたし、幅広い反政府戦線の構築に寄与していくだろう。

権力を求めるのか否か

 サパチスタの第四次宣言における衝撃な点の一つは、サパチスタ戦線が権力のために闘わないという点である。これは、同組織が党―国家システムの廃止を要求して登場した事実、政府に宣戦を布告した事実、人民の苦悩に対する政府と現存システムの責任を非難している事実、サリナス大統領とその政府の退陣を要求している事実、民主主義の実現を掲げている事実に矛盾している、とわれわれは考える。繰り返すが、これらの事実と、権力をとるために闘うのではないという主張とは矛盾している。
 サパチスモをいくつかの変革を実現する圧力集団と同一視したり、あるいは特定の目標や固有の要求を実現するための圧力集団と同一視するのは間違いである。圧力集団としての存在は、サパチスモ、ことに一九九四年一月の武装蜂起開始以降のサパチスモが意味してきたことでなく、サパチスタは政治闘争、民族闘争を主張し展開してきたのであり、その要求が限定されたものやチアパス州に固有のものではないことを具体的に示してきたのであった。自らの固有の要求を激烈な言葉で隠してきた人々に反対して、これを実行してきたのであった。
 われわれはしたがって、EZLNが掲げた目標を実現するためには、党―国家制度との根本的な闘いが不可欠であると考える。このことは、EZLNの闘いの軌跡全体を通じて明確になったのだ。現存する党―国家制度を廃止しなければならない。部分的な勝利では不十分である。
 現存する権力を終わらせ、それを人民の権力に代えること――第四次宣言が主張しているように――は、サパチスタ戦線が権力を掌握することを望まないという声明とは矛盾しない。実際、民主主義の実現とは政権政党を交替させることで終わるのでない――交替した政党がいかに民主的であろうが、あるいはそう見えようが。この意味でわれわれの目的は、現在の政権政党であるPRI(制度的革命党)をEZLN、現在ではFZLNで置き換えることではない。
 いくつかの政党に共通しているが、民主主義の実現をまさに自らの政党が政権を掌握することと考えている。これは、必ずしも民主主義ではなく、その正反対の事態に転換する危険を冒すものでさえある。政党が自らの権力掌握を目的にすると、その他の民主的な要求の一切が権力掌握に従属させられることがある。われわれは、このことを政治潮流としてのわれわれの歴史を通じて知っている。というのは、われわれは最初から、現存社会主義と労働者権力との同一視という誤った考え――実際には党(これらの党が「共産主義」を自称していても)と官僚が労働者を犠牲にして権力を握っていた――に反対して闘ってきたからである。
 この意味においては、権力のために闘わないという点に関して同意できる。
 マルコスがそのメッセージで述べているように、われわれは、自らが権力を掌握することを革命党の定義の一部とはしない。だが、戦線の呼びかけは政治とは無関係でない。それは、現在の権力と闘い、それを退陣させる必要を認める訴えである。第四次宣言は、いくつかの点でこれを認めている。例えば、中央集権反対や支配するものは人々に従うべき、人民の人民のための人民による政府の考えなど。サパチスタの闘いは、日常的な要求の水準や、政治家たちの道義的な良心になるなどの水準を超えてしまっている。この闘いは、新しい権力のためのもの、新サパチスタ戦線ではなく人民の権力のためのもの――地域、政治、民族、文化での多様性を承認する多元主義に立つ――である。そして、この多元主義は、中央集権権力反対に示されている。
 こうした点は、EZLNの様々な文書に表現されている論点と関連しているに違いない。われわれが言及している考えとは、基本目的が民主主義の実現と党―国家制度を終わらせることにある、というものである。
 これが、政治的のみならず社会的にも非常に多元的であるべき広範な反政府戦線の形成を促進することが可能であり、そして必要である理由なのである。多元的なあり方というものは、これに参加するすべての勢力がそれぞれ個別の全国プロジェクトを行えるが、それらのプロジェクトに対する人民の支持を獲得するには、また違ったシステム、すなわち民主主義の実現が必要だということを意味する。まさに、このためにこそわれわれは、民主主義の実現と党―国家制度を終わらせるための闘いに同意できるのである。
 サパチスタがいう(文書ザ・ミラーズ)ように「サパチスタの思いの左側に心と意思と考えがある」われわれなどの勢力は、それぞれの固有のプロジェクトを有しているが、そのプロジェクトを実現するためには第一に共通の目的の実現、すなわち民主主義が必要であることを知っている。民主主義があれば、違った条件下でも綱領実現のために闘うことができるのである。文書ザ・ミラーズがいうように、われわれは大文字で始まる「革命」を可能とする革命を必要としている。だから、現在のわれわれの目的は権力それ自体ではない。
 EZLNは、この革命とは「権力掌握でもなく、また(平和的か暴力的かを問わず)新しい社会制度を実現することでもなく、これらに先立つ何かである」としている。その何かとは、実現されるべき新世界の控えの間をつくることであり、その控えの間においては様々な政治勢力が対等な権利と責任をもって「社会の多数の支持」をめぐって競争するのだ。
 これら以外にも、サパチスタの第四次宣言あるいは副司令官マルコスの主張とはやや違う点がいくつかある。その一つは例えば、選挙参加の問題である。第四次宣言では、原則の問題としてサパチスタ戦線としての参加が主張されている。副司令官マルコスの三月四日付メッセージでは、サパチスタ戦線としては選挙に参加しないが、個人として選挙に関与できるとしている。後者は、それぞれの選挙での具体的な戦術であり、大衆の意識や組織のレベルを考慮した基本原則ではない。
 選挙参加の立場に関する問題点は、権力に組み込まれている潮流への批判や反対と、民主的な行動(選挙レベルのものであれ)への反対とを区別する必要があることだ。EZLNは、この問題に関してすでに公約をもっている。というのは、この問題が、メキシコでの政治ゲームのルールの変更を実現するために、全国会議で集約された課題の一つだからである。
 また、深刻な再編成の過程にある制度的な諸権力の現在の状態と、現存権力に対抗する権力の形成を許すような状況にある現在の相互的な力関係とを混同すべきでもない。この点に関してわれわれは、チアパス州のような地域における大衆とその組織の意識水準を他の地域とは区別すべきであり、それを他の重要な州、PAN(民族行動党)が選挙で勝利したような州と比較すべきである。確かにサパチスタ戦線の登場が全国的な意識水準の不均等を埋める可能性があるが、その可能性が実現するのはサパチスタ戦線の行動が大衆の意識と大衆組織の発展段階の不均等を十分に考慮した場合だけである。
 以上述べてきたすべての問題点は、これからの数カ月間に議論され解決されなければならない。いくつかの点に関して最後の言葉、結論はまだ発せられていない。今後数カ月間のうちに行われる活動が、サパチスタ戦線の明確化に貢献するだろう。メキシコ全体の政治的な展開に言及しなくても、サン・アンデスで行われるEZLNと政府との対話の結果を考慮しなければならない。また、新しい文民委員会の全国会議や六月に予定されているサパチスタ戦線の会議、七月に行われる大陸会議、サパチスタが最近提案した民族解放運動と左翼戦線の展開をも考慮に入れなければならない。
(インターナショナル・ビューポイント誌276、四月号)
ルネッサンスと革命
ラジカル・デモクラシーから第四インターナショナル統一書記局宛の手紙から
親愛なる同志たちへ
 ランカンドーナ・ジャングル第四次宣言が公開されたとき、われわれは、EZLNのCCRI―CG宛に手紙を送り、いくつかの留保はあるが、その文書を支持し、FZLNに参加するというわれわれの決定を伝えた。その時に問題はなかった。その時の留保の一つは、FZLNが言葉の古典的な意味における戦線、すなわち小さな政治諸組織間の融合や協働的な戦線になることに反対だという点だった。そうでなくEZLNは新しい型の政治勢力になるべきだった。このように事態を説明すれば、統一書記局の皆さんは、この論議が決して新しくなく、一九九五年九月のわれわれの全国大会で扱われたものであることを思い出すだろう。われわれが待ち望んでいたのは、最善の方法で参加できるようなEZLNの呼びかけだった。
 この結論にわれわれを導いた根本的な政治的動機は、様々な文書に示されている。そのいくつかを例として示そう。
 a EZLNは、メキシコのみならずラテンアメリカ全体にとって、ベルリンの壁崩壊とネオリベラリズムの「勝利」以後におけるある種の反逆の再生を体現しており、人民の共感をただちに獲得した新鮮で破壊的な意思として出現した。多分に孤立して存在し続けることと、広範な人々に信頼される革命的な新勢力として登場するのは、同じことではない。

 b EZLNは、ヨーロッパの解放思想の最善の部分とラテンアメリカの現実とその思想とを融合したホセ・カルロス・マリアテギの思想を実践したという前例のないプロセスの結果を体現している。EZLNに固有の主たる主張は、権力者に向けられているのでなく、むしろ反資本主義的な抵抗闘争のセンターとしての深い意味を有しているラテンアメリカ社会を決して理解することがなかった従来型の左翼への挑戦だった。URNG、FMLN、その他のラテンアメリカ左翼、そしてわれわれ自身も、この点を理解しなかった。
 反対に、われわれの農民活動は、援助温情主義に重きが置かれ、結局のところ腐敗を生み出したり、あるいはメキシコ国家の開発方針に適合することになった。PRT農民活動指導者の最善の部分とほとんどの指導部が、サリナス政権による一九九一年の憲法二条二七項の修正に反対した。その根拠は、農民の運動を土地所有よりも生産に関した方が正しく闘争に発展させられるということにあった。これは、左翼の思考の深部で進行していたことの氷山の一角でしかなかった。

 c EZLNは、左翼のすべてのプロジェクト、とりわけわれわれのプロジェクトの失敗の結果として生まれた。PRT自身は疑いもなく、メキシコにおける最も重要な社会的前衛層の関心を集めて成功したプロジェクトであった。そして革命世代の最も最良の部分を結集した。だがPRTは、国家の制度化が進行し、社会にプラグマティズムが拡大していく過程の犠牲となり、「成功」と思われる一連の成果を獲得しなければならないという課題に直面し、それによって組織内部の自己欺まんや組織活動の停滞、その結果としての危機が生じた。
 危機が発生したときに日和見主義の傾向が内部に生まれたことは、PRT固有の欠点と関係なく、むしろわれわれの革命プロジェクトの二つの面に関連していた。

 d EZLNは、メキシコの国境を超えて、そして社会の周辺で誕生した。政権にとっては回復不可能な方針を推進し、その方針はまた、反制度の民族勢力を結合した。広範な勢力を動員できる非常に柔軟な方針であり、体制の腐敗、政権政党と政府などに怒る広範な人々の意識水準に見合ったところから出発していた。換言すれば、ネオリベラル・イデオロギーのいくつかの前提から二、三の間違った方針と行動計画を取り出し、それでもってネオリベラルを攻撃したのであった。
 だからこそEZLNが自らが政治組織による政権獲得に反対し、FZLNの構成員が選挙で選出されて国家の機構に参加すること(最低賃金が一カ月六百ペソなのに、議員は他の報酬を別にして二万八千ペソの収入がある)に反対するとはっきり表明したときに、非常に多くの共感を得たのである。また、FZLNが国家機構や同種のものとはいかなる「協力関係」にも入らない組織であると表明したときに、多大な共感を獲得したのであった。

 e われわれが一九九四年一月一日以降展開した活動の結果、われわれとEZLNとの政治関係をとりまく諸条件は、彼らの側からの不信の要素を伴わない好ましいものとなった。その活動とは、憲法二七項修正に関する態度や左翼内部での腐敗の進行に関するわれわれの態度の故に、EZLNの反乱がもつ意味の重要性を容易に理解した結果であり、選挙登録をやめ国家資金の受け取りを拒否した(一九九四年一月一日以前には法的根拠のない国家資金や闇資金が提供されていた)結果、展開されたのであった。また大統領候補ロサリオ・イバーラとの選挙活動、EZLNの同志たちとの間で構築した真剣な関係なども、その一環であった。
 最初からわれわれは、われわれ自身の自重を基礎にして相互尊重の関係を追求した。われわれは、自らの力を誇張することなく、ありのままの自己をEZLNに提示した。労働組合と都市活動でささやかながら経験を有し、自らの革命理論についても検討を拒否しない革命闘志の小さな勢力であると、常に説明してきた。

 われわれは、DRとしてサパチスタの同志らとともにFZLNに参加する可能性に関して議論した。彼らは、この点に関して自らの関心を表明したが、同時にDRが解散することなしには不可能であると示唆した。その理由は明白である。その回答は彼らの全国会議での第四号議案にあり、それはFZLNはEZLNを基礎にして形成されるべき(第五号は、組織参加を提案していたが否決された)だと述べている。しかし、より重要な点は、新しい政治勢力の形成のために、メキシコの旧来左翼の政治家、特に大衆運動活動家から退けられた政治家を見定める必要がある、としていることだ。
 FZLNの形成に関心をもつ人々は、対等な足場でのFZLNの基本的な文書と組織問題に関する討議を望んだ――すでに組織されている潮流や高度の操作可能と思われる潮流との討議ではなく。FZLNは、すでに指摘されているように新しいタイプの政治組織であり、組織参加による戦線ではない。
 だがそれは、いわれているように諸見解が自由に共存する戦線となろう。参加するだれも自らの理論、思想の放棄を迫られない。FZLN内部では、共産主義者、トロツキスト、毛沢東主義者、アナーキスト、無思想の人などが共存できる。組織解散の措置をとるというわれわれの決定は、われわれの同志たちがFZLN建設の段階で重要な役割を果たすことを可能にするだろう。われわれが自らの組織境界を解消していくにつれて、だれが活動しだれが活動していないかに次第に注意を払わなくなり、元同志の活動を促進し、最良の同志たちがどこで活動しているかにかかわらず、中心的な任務ができるようにしていく。明らかに、旧同志たちの資質からして、そのいく人かが中心で活動している。
 われわれは、自らの新たな政治的アイデンティティを鍛え上げる途上にある。自らの従来からの考えを放棄しないし、また、それを無批判に維持することもない。われわれは、非軍事のサパチスタ運動を形成する途上にあり、その運動は、普通の人々のものであり、ラジカルで社会主義的なものである。他の国でも同様な主張がなされたことを、あなたたちは想起されるであろう。しかし、今回の事態がほかのケースと異なっているのは、こうした提案が、すべての国家機構の外部で、在来機構のいかなる国際統制からも独立して行われた点にある。この二点は小さな違いではない。これらの提案は、前例のないものであり、これまでの他国の経験とは比較できない。すなわち、現在起きている事態は、二つの革命的なグループの融合でもなく、共産党潮流と革命派との融合でもない。この数年間で最もラジカルかつ革命的な潮流を基盤にして、新しい何かを構築しつつあるのだ。そして、この潮流は、メキシコ社会の最も根本的な部分に巨大な影響を与えてきたのである。DRこそは、こうした措置をとった最初の組織である。

 この措置をとるために、われわれは、自らを第四インターナショナルから組織的に切断しなければならなかった。これは支払わねばならない代償であり、最も苦痛に満ちたものであった。FZLNが形成されると、われわれはその内部で、それが確立すべき国際関係やそのメンバーと国際組織との関係などが討議していく。EZLNのこの点に関する従来からの立場は、すべての国際潮流と友好的な関係を維持し、希望のインターナショナルと彼らが定義する新しい国際組織に向けて活動していくというものである。FZLNが形成され、こうした討議が進行する過程でわれわれは、第四インターナショナルの綱領と革命的マルクス主義とを基礎にして行動の指針を組み立て、一切の搾取と抑圧の廃絶、自由に協働する自由な男女の組織のために、そして政治組織の官僚的な堕落に反対し、大衆的な革命的インターナショナルを構築していくために、闘い続ける。
 最後に、そして少なからず異例なことであるが、統一書記局のあなたたちに、また、あなたたちを通じて第四インターナショナルのすべての同志たちに、心からの親愛の念をあなたたちにいだき続け、これまで絶えず支持と連帯をいただいたことに感謝し、あなたたちが世界で最良の人々であり、あなたたちとわれわれを結ぶものが単なる言葉や一片の紙切れでなく、他のものとは根本的に異なった根源的に人間的な世界観であることをお伝えしたい。第四インターナショナルに加盟していた三四年間は、他の何物でもなく信念と確信とをのみ残してくれた。第四インターナショナルの闘いとその動機に影響されなかったわれわれの旧同志は、たったの一人といえども存在しない。
 第四インターナショナル万歳!
 サパチスタ民族解放戦線万歳!
(インターナショナル・ビューポイント誌276、四月号)

ネットワーク情報
米国防省、ピースネットを監視


 デェビッド・コーンは三月四日付ネーション紙に「インターネットのユーザーは警戒すべきである」と書いている。チャールズ・スウェットは、国防省の専門機関が世界中のeメール(電子メール)を日常的に監視し、ひそかな行動や扇動活動を探り、米国内の政治活動、ことに左翼の活動を追跡していると報告している。スウェットは「彼らはまた、インターネットを心理作戦上の補助的な手段として利用し、非定型の軍事目的を達成しようとしている可能性が強い」と報告している。
 彼の報告の大部分は、サンフランシスコに本部がある世界コミュニケーション研究所(IGC)に費やされている。IGCは、ピースネットやエコネットなどいくつかのコンピュータネットワークを運営しており、これらのネットワークを進歩的な活動家たちが利用している。従って、IGCのネットワークの内容は、国防省にとって反核運動や革命派の活動、社会変革を追求する活動、「多文化、多人種に関するニュース」などを知る上で注目に値するものである。スウェットは「明らかに左翼政治組織は、IGCのネットワークに入り、そのメッセージを読むことをしないと、自らのメンバーの実際の活動状況を知ることができない」と書いている。
 IGCのピースネット・プログラムディネーターのジョージ・ガンドリーは「何か対処しなければならないが、国防省の報告にある実例のほとんどがわれわれのネットワークにおける最左翼のものであることに注意する必要がある」と述べている。
 スウェットは、国防省と各種諜報機関は「日常的に外国からのメッセージを監視しており」「治安の脅威になりそうな」情報を探っていると述べ、さらに「集められたデータはフィルターの役割を果たすコンピュータにかけられ、彼らの検索基準になっているキーワードがあるすべてのメッセージが分析専門家に送られているのだろう」と推測している。
 スウェットは二、三の潜在的な問題を指摘し、次のように述べている。インターネットには情報としての価値がない「雑談」がぎっしりとつまっている。有効な価値を取り戻すためには、膨大なスクリーニングが必要である。国防省の敵対者は、インターネットを利用して自らの目的を達成しようとする可能性がある。……「国防省がインターネットを監視して情報を集めたり流したりしている事実が広く世界に知れわたれば、個人的な関心や政治目的をもった個人、あるいはその他の目的でインターネットに入る人々は、間違った、あるいは作意的な情報に対して慎重になるだろう」と述べている。スウェット報告の結論はやや漠然としている。「電子メールを手紙で補完すべきであり、法の精神の遵守が不可欠であり、個人のプライバシーが犯されてはならない」という。
 デェビッド・バニサーは、スウェットのオフィスは電子戦争社会と電子プライバシー情報センターとしての分析業界に遅れてやってきた参入者であると指摘している。バニサーのグループは、国際的な人権団体が情報を暗号化するのを支援し、彼らの電子メールが「スパイされない」ようにしている。
 左翼が右翼や例えば「UFOウォッチャー」のような「無害」なグループよりもコンピュータ利用で進んでいるが、いくつかの政党ではインターネットを過度に利用している、といえよう。いずれにしても、国防関係機関内の隠れたウォッチャーを十分に監視する必要がある――スウェットの報告が国防省に存在する広範な傾向を反映している可能性があるのだから。
(この記事について何かあれば次のところへ。10066.1443@compuserve.com)
(インターナショナル・ビューポイント誌276号)

第13回青年キャンプ
ポルトガルで開催を決定


 第四インターナショナルと支持協力関係にある諸組織による第一三回青年キャンプは、七月にポルトガル北部のアマランテの近くで行われることが決まった。以下は、第四インターナショナル・ポルトガル支部である革命的社会党(PSR)のジョルヘ・コスタに、青年キャンプの準備状況に関してインタビューしたものである。

――アマランテで開催するようになった理由はどんなものか。
 この町に、PSRは長い間、強力な組織をもっている。そして自治体とも良好な関係にある。青年キャンプを開催して、現地組織の青年部門を成長させたいと考えている。地方には、ほとんど組織がないのが実態である。

――キャンプ開催地にポルトガルが立候補した理由は?
 PSRの青年部門はこの四年間、ポルトガル青年のいくつかの層において非常に重要な役割を果たしてきた。学生だけでなく、広範な青年の間でそうだった。種々の政治テーマを取り上げて、これを達成した。ドラッグの合法化、反戦活動、とりわけ学生自治会への参加――大学と高校の双方で――これらの活動を通じて一九九二年から九五年までの大衆運動が高揚した時期に、PSRは、青年にとっては既存の政治勢力とは別の新しいものを求める政治的な基準となったのである。
 最近の選挙でPSRは、青年が集中している都市中心部ではじめて投票する人々を主たる対象とする活動を展開した。そこで三%から五%の得票率を達成した。
 ポルトガル支部にとって、青年キャンプの開催は、多数の青年と政治的、人的な関係をつくり、彼らを動員する機会である。

――キャンプの中心テーマに「ヨーロッパ」を選んだ理由は?
 一九九六年は、マーストリヒト条約を見直す年である。つまりヨーロッパのネオリベラリズムの実際の姿とその展望を総括する時である。われわれにとって、ヨーロッパは連帯の場であり、この場において、マーストリヒト条約と闘い、労働者の権利に対する攻撃や社会的な排除と闘うのである。
 一九九六年の青年キャンプをヨーロッパという中心テーマで組織することは、第四インターナショナルと連帯する青年組織の日常活動と密接に関連する諸問題を討議する場を設定することになる。反動的な人種差別や移民政策との闘い、エコロジー、女性の闘いはもちろん、キャンプの中心テーマである。
 キャンプの何よりもの目的は、次の闘いの時代に向けて青年を教育し準備させることである。ヨーロッパにおいてわれわれは、ネオリベラリズムに代わる政治路線を展開しなければならない。
(インターナショナル・ビューポイント誌276号)