1996年6月10日         労働者の力               第79号
沖縄社会大衆党と地方議員、市民運動の共闘による
           六月「沖縄発全国キャラバン」の成功を
                                        川端康夫

日本にいらない基地は沖縄にもいらない!

 「在日米軍の基地撤去を求める沖縄発全国キャラバン」が北海道と沖縄を出発点とした南北つの二コースで展開される。「日本にいらない基地は沖縄にもいらない」「日米安保『再定義』に異議あり!」と、在日米軍基地のある自治体や移設候補地などを訪ね、地元の人々との意見交換をはかり、各自治体首長らに沖縄の基地撤去アクション・プログラムに呼応する米軍基地撤去のアクション・プログラムづくりを呼びかけ、将来的には米軍基地を抱える各地方自治体の連携強化をめざそうとするものである。キャラバンは沖縄社会大衆党や新潟の市民新党にいがたや静岡、九州などののローパス(地方議員の政治ネット)、広島、神奈川、東京らの市民運動団体などが共同で呼びかけたもので、沖縄からは社会大衆党の他に違憲共闘や反戦地主会からも有志がキャラバンに参加する。
 六月十四日、那覇市内の八汐荘での結団式のあと、十七日に北コースは北海道の釧路、南コースは大分県の日出生台(ひじゅうだい)演習地からスタートし、全国十三都道府県、五十一自治体を訪問し、沖縄基地の本土移設反対、在日米軍基地撤去の訴る。最終地点は六月二十八日の東京で、千代田区の星陵会館にて集会を行うとともに、青島都知事や首相官邸、衆参両院議長への要請行動を行う予定である。
 一連の行動には、大田沖縄県知事のメッセージを携え、沖縄社会大衆党所属の島袋参議院議員や沖縄県議、各市町村議員などがローテーションを組んで参加し、自治体要請行動や運動の交流を行う。さらに十四日の結団式には主催団体として社会大衆党、市民新党にいがた、九州ローパス、静岡ローパスがあいさつし、「本土」からの地方議員のほか、大田県知事(メッセージ)、反戦地主会、違憲共闘、一坪反戦地主会、自治体首長、島袋参議院議員、濱田健一衆議院議員(鹿児島、社会民主党所属)らが顔をそろえ激励あいさつを行うほか、楚辺通信所問題の当事者である知花昌一さんらの参加も予定されている。全国キャラバンを支え、六月二十八日の東京集会を成功させよう。
 
本土の闘いの再構築をめざして
 
 社会大衆党が今回行動提起をした背景には、いくつかの注目すべき点がある。要約すれば第一は、沖縄における歴史的な革新陣営の要となってきた社会大衆党(まさに純粋の地域政党である)が、大田県政が展開してきた自治体外交や自治体主権の立場を敷えんし、国家行政を越えて直接に各地方自治体との連携による、本土と沖縄を結んだ基地撤去運動の拡大を展望したことである。
 第二には、一種の流行の観を呈しつつ離合集散を重ねている各地でのJネットなどのいわゆる第三極新党への流れが、安保・基地問題についての明確な態度を打ち出さないことを確認したうえで、市民新党にいがたや各地のローパス、さらには市民運動勢力との連携に踏み出したこと。
 第三には、四月の東西の「違憲共闘」集会行動の際に明らかになった「本土と沖縄のねじれ」、つまり旧来的な革新陣営の運動が本土に見あたらない結果、沖縄の違憲共闘は本土での集会行動を独自のイニシアティブで組織することへと踏み切ったが、今回の行動提起もまた、従来は社共共闘的なものに依存してきた「本土」の構造を、社会大衆党として直接に「本土」を組織し、連携先を開拓するという新たな局面を表現している。
 経過を追えば次のようになる。
 四月の「違憲共闘」の東西集会には、大阪で八千人、東京で二万人が結集した。その主軸は旧来の社共共闘タイプを継承した全労協、全労連の傘下組織である。社会民主党の旗は見られなかった。違憲共闘(沖縄における革新陣営の共闘)には、沖縄連合も中軸的に参加し、かつ沖縄連合は県民投票条例制定運動の先頭に立ってきた。そのエネルギーを背景に沖縄違憲共闘は三月時点で、本土の連合や社会民主党に沖縄の闘いに呼応する集会と行動を要請したのであるが、それは受け入れられなかった。その上で「違憲共闘」は独自に東西集会を主催したのである。だが課題は残った。「本土」において、一時的、一日的共闘の枠を越えた、より持続的な民衆運動へとさらに深く浸透する運動の枠組み形成は課題のままであった。
 このうえに五月初旬、社会大衆党は本土の諸「地域政党」「ローカルパーティー」を沖縄に招き、運動提携の可能性を探った。この会合において、Jネット勢力(神奈川などの生活クラブ生協運動を背景にした生活者ネットワークを母体にするもので、東京市民21や北海道の横路らの第三極新党を模索する)と市民新党にいがたの立場が衝突し、分岐する。そして市民新党にいがたが軸になった「本土」の運動潮流との提携の上に、五月二十四日の実行委員会で六月行動が提起されたのである。
 
反基地自治体連合への展望
 
 全国キャラバンにはしたがって、社会大衆党(そして大田県政)が軸をおいている「自治体」運動の要素が強く投影され、ある意味では独自的性格もが表現されている。大分の日出生台演習場、静岡の富士演習場、宮城の王城寺原演習地や北海道の恵庭など、米軍射爆場の本土移設対象の自衛隊演習場を抱える各自治体や米軍基地を抱える広島・岩国や神奈川の諸基地群、東京の横田基地などを抱える自治体との自治体相互の提携の強化を通じた、反基地自治体連合の展望が出されている。
 「普天間返還」による基地たらい回しに抗議して、山内・読谷村長が上京し各党へ要請をし、他方では平林・大分県知事が日出生台への実弾演習移設反対を表明した。先頃の岩国基地への米海兵隊機能の移設に対する当該自治体の対応のあり方をみれば、それぞれの自治体の対応が建て前倒れに終わりかねない状況も現にある。沖縄県を除けば、在日米軍基地を抱える地方自治体(県)の横の連携組織はあるものの、基地反対運動は実質ゼロに等しいものとなってきていた。
 在日米軍基地を抱える自治体協議機関の現在の代表は神奈川県であるが、厚木や横須賀などの巨大基地集団を抱えている当の神奈川県は、なんらのイニシアティブや意思表示の意向を示してはいない。かつてベトナム反戦闘争のさなか、横浜の村雨橋において横浜市長の飛鳥田一雄氏が米軍戦車のベトナム移送を市の権限を盾にしてストップし、また逗子市が同じく市の権限を盾に池子弾薬庫跡地の米軍利用を阻止しようとしてきた歴史は、まったく抹殺されている。
 だが沖縄県の今回の明確な意思表示は、単に一時的、一過性の問題提起にとどまらず、二〇一五年の基地完全撤廃を掲げたアクション・プログラムの一環としての提起であり、米軍基地問題の建て前と本音を使い分けてきている本土の各地方自治体へのインパクトは直接的である。こうした沖縄県の自治体としての闘いの深化と拡大を本土に伝達し、その水路を通じて閉塞化している本土の反基地反安保の闘いの道筋を切り開こうとしているのが、沖縄社会大衆党の踏み出しの最大の意義である。ここには沖縄での経験を踏まえた「安保と基地」に対して「基地」から接近する方法に各自治体は、正面からは拒否できないであろうというという確かな読みがある。
 
六月沖縄闘争の高揚を
 
 全国キャラバンは急きょ設定され、急ごしらえの準備であるが、全国のローパス系の地方議員や市民運動団体、そして全労協系労組などが呼応した運動となっている。「本土」における新しい反基地・反安保の闘いが形成されていく重要な契機となる運動である。社共共闘を一方の軸にし、総評労働運動を他方の軸にしてきた反安保・反基地闘争の枠組みが崩壊し、自・社・さ連立政権のもとに現行憲法を無視する安保再定義や日米共同作戦・有事対応などが橋本内閣のもとで急速に進行している。「本土」労働運動の衰退は否定できず、沖縄連合の独自の頑張りも全体としての連合の枠組みを突破することは困難さを持っている。新たな反安保闘争の再構築の道筋は、旧来型枠組みの内にとらわれていては困難である。新たな民衆運動の枠組みを求めて、全国キャラバンと東京集会の成功をかちとろう。
 なお他にも東京では、六月十五―十六日に、シンポジウム「これでいいのか!『新安保』私たちと沖縄はどう結びあうのか」と集会デモが、沖縄の闘いに連帯し新しい反安保行動をつくる実行委員会主催(十五日シンポジウム−午後五時半、早稲田奉仕園/十六日集会とデモ−午前十一時、上野水上音楽堂)で、六月二十三日には「沖縄にもヤマトにも基地はいらない!6・23集会」が、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック主催で開かれる(旧東京勤福、労働スクウェア東京ホール、午後一時)。
 
★沖縄発全国キャラバン集約集会
六月二十八日(金)午後六時 東京星陵会館(地下鉄有楽町線永田町駅下車)日比谷高校隣り
★連絡先 沖縄社会大衆党(参議院議員島袋宗康事務所 電03―3508―8336)市民新党にいがた事務所(電025―230―6368)九州ローパス事務局(熊本市民センター電096―345―5904)静岡ローパス事務局(054―273―7733)ピースリンク広島・呉・岩国(電0823―21―2414)ピースネット(東京、電03―3813―6940)
   
【資料】在日米軍び基地撤去を求める沖縄発全国キャラバンへのよびかけ
日本にいらない基地は沖縄にもいらない/日米安保「再定義」に異議あり!
 
 クリントン・アメリカ大統領は、沖縄県民の悲願であった「普天間基地」返還の代わりに、基地機能を強化し、極東有事体制を自衛隊の支援を得て作り、日本の民間空港はいつでも使えるようにして、日本に日米安保の適用を中東にまで広げる「再定義」を日本政府に認めさせました。それも、「普天間基地」の引っ越し費用は日本持ちで、なんと一兆円とか。いくら「普天間基地返還」といったって、岩国市や山口県などの引っ越し先が「OK」を出さなければ、出ていかないというものです。
 橋本首相とクリントン大統領の日米安全保障共同宣言、ACSA(物品役務相互提供協定)の調印は、極東有事体制の確立から憲法の改悪までを射程に入れた行動であり、これこそ憲法違反だといわなければなりません。
 「沖縄の心は理解できる」とクリントンや橋本は言いますが、沖縄の基地撤去の高まりを逆手にとったまさしく詐欺行為(盗人に追い銭)がこの日米安保の「再定義」(七八年日米防衛協力のための指針【ガイドライン】の見直し)だと言えます。
 こうした動きに何としても歯止めをかけ、『沖縄の心』を全国に伝えるとともに、米軍基地を抱えている自治体の首長や議会、住民運動・市民運動を結ぶ沖縄発全国キャラバンを思い立ちました。
 私たちは全国の皆さんとともに「日本にいらない基地は沖縄にもいらない、日米安保の「再定義」に異議あり!在日米軍の基地撤去を求める沖縄発全国キャラバン」を国民的運動の実現と国民世論の形成へ向け、自治体と市長が日本政府を包囲する運動として実現させたいと思います。
 皆さんのご協力、ご賛同をよろしくお願いします。
  一九九六年五月二十四日
 (「呼びかけ文より転載」)

離合集散の第三極論をこえる市民派政治の形成へ
6/1平和市民ネット結成の集い

 
 六月一日、東京渋谷区勤労福祉センターにて「平和市民ネット発足集会」が開催された。「平和・市民」の政党・政治団体の解散を確認しつつも、その流れを生かしつつ自立的なネットワークで地域の草の根レベルからの運動の再構築を進めていこうというものである。全国から参加した約七〇名余でもたれた集会は、前回の比例区の候補者であり、呼びかけ人の一人である大阪の中北弁護士のあいさつで始まり、メッセージが前「平和・市民」の田現参議院議員、旭堂前参議院議員、前比例区候補の阿部知子さん、そして前参議院議員の国弘さんが参加しあいさつを行った。
 第一部として、前朝日新聞論説委員で現在は新潟国際情報大学教授である石川真澄さんと、前沖縄高教組委員長を務め現在沖縄女性総合センター館長を務める狩股信子さんがそれぞれ記念講演を行った。
 石川さんは、朝日新聞時代に精力的な「小選挙区比例代表並立制」反対の論陣を張り続けてきたことで著名だが、小選挙区制度導入が決定されたことが与える政治的な影響についての見解を展開した。以下は講演の要旨。
 新制度が与える少数政党への過酷な扱いに耐えられる少数派政党の展望はあるだろうか。第三極結集論が政権との関連で考えられる限りは、比較少数、第三党にしかならざるをえない第三極政党論には幻想は持てない。いわゆる「お孫さん新党」である鳩船新党論も、政権関与という点から見れば、それで完結するとは思えない。政界再編の一幕でしかないであろう。
 小選挙区制度とはイギリスの例を見れば、第一党にほとんど、第二党にいくらかを配分し、第三党は相手にされない選挙制度である。これはイギリス発生型スポーツにも通ずることで、たとえばゴルフや競馬の場合は第一位者が賞金のほとんどを独占する仕掛けだ。日本の場合比例区制度が並立されているぶんだけ緩和される状況もあるが、本質の仕組みはかわらない。社民党を中心に中選挙区制度へ戻せという動きもあるが、しかし残念ながら時期遅れ、時間が足りない。次の総選挙は小選挙区比例代表並立制で闘われるものと思う。
 また二大政党論もまやかしであり、結局は加藤紘一がかつて言ったような四百議席にも達する巨大な政権党の一党独裁時代が招来される可能性が大だ。これは自民党がそうなるということではなく、かりに新進党が勝利した場合でも同じ構造ができてくる。政権与党になだれ込むすう勢となるという意味である。
 野党が実質的にいなくなるという暗い予測をもたざるをえない。得票率と議席の極度のかい離が進行し、かつ総与党化状況がとりわけ地方議会の「堕落」を示すように、投票率のさらなる低下を加速する。
 九〇年代に顕著になってきた投票率の全般的低下の傾向は、いわばシステム不信の現れである。システム=代議制への不信は、一種の「近代の終わり」(篠原一氏)をも予感させる。だが「暗い」だけではなく、他方で巻町の住民投票条例運動や沖縄での県民投票運動などは、直接民主主義への希求が高まり始めている兆候のようにも思える。全国三〇〇〇自治体のうち、わずかに五つの自治体だけが住民投票条例をもっているにすぎない現状だからこそ、こうした動きはさらに拡大するにちがいない。
 官僚機構はいくえにも阻止線を張ってくる。それに風穴をあけていく運動を横につなげていく可能性をみていかなければならない。いま進められているJネットや市民21などの政権がらみの離合集散の「地域政党」運動には賛成しがたいが、同時に市民派もまた、昨年選挙の過程などをみれば、小異を捨てた大連合を、今まで以上に意識して追求する必要があるのではないか。巨大政党を可能ならしめている保守勢力の懐の深さを学ぶ必要があるとも思う。
 狩俣さんは、昨年の米兵による少女暴行事件以降の事態を中心に講演した。
 昨年の米兵による少女暴行事件以降も暴行事件がなくなったわけではない。私(狩野さん)は法廷での通訳を引き受けたが、あまりのひどさに通訳ができなくなった。現在、基地収用に関係する十の自治体のうち八自治体が代理署名拒否を支持し、公告縦覧を拒否する方針であり、大田知事も拒否の姿勢を明らかにしている。沖縄県のアクション・プログラムは二〇一五年の基地完全撤去をめざしており、今回の県議選での最大課題はこうした大田県政を支える県議会の与野党逆転が最大の課題である(六月九日の県議選は与野党逆転となった−編集部)。
 沖縄はなにをめざすのか。アジアの軍事拠点ではなく、アジア、世界を含めた「平和拠点」をめざし、そしてそのための国際都市構想をめざしている。だが、一方で本土には「沖縄を甘やかすな」という「本音」があると痛感する。「小指の痛みを全体で」という考えとともに「沖縄に我慢してもらえ」という考えもあるのだ。アメリカへのアピールの際に交流した市民運動やネットワークからは「アメリカに基地をつれて帰る会」を作るという話があったことを伝えたい、と報告した。
 
 以上の講演への質疑応答のあと、呼びかけ人の一人で共同代表の一人である山田達也新潟市議から平和市民ネットの目標や性格、組織について報告があり、続いて宮城、栃木、新潟、京都、大阪など各地からの報告や参加者からの質疑や意見表明がなされた。宮城・関西からはそれぞれ旧「平和・市民」の正式解散に伴い、「平和・市民宮城」「平和・市民を応援する関西の会」を解散、組織替えして平和市民ネットへの参加をめざす旨の報告がなされた。市民新党にいがたの中山均さんから「在日米軍の基地撤去を求める沖縄発全国キャラバン」(別記事参照)への取り組み要請がなされ確認された。また東京は「市民の政治・東京」が参加主体の枠組みを担い、東京都議選への取り組みや市民の政治、市民派の政党などの検討などを積み重ねている。
 
 確認事項要旨は以下の通り。
 平和市民ネットは、自主的な個人参加による新しい政治をめざし、当面は二百人規模で発足する。共同代表者は、阿部知子(医師)、島田清作(立川市議)、中北龍太郎(弁護士)、山田達也(新潟市議)のみなさん。
 全国十一比例比例ブロックで、個人または複数で世話人を選出する。東京は内田雅敏(弁護士)さん。各地方は逐次選出。会報・通信を発行し、パソコン通信ネットワークを開設し、また政策方針の検討を進める。事務局は東京におき、複数名のスタッフをおく。また、七月二十七―二十八日に新潟・湯沢にて全国交流会を開催し、中心的には沖縄社会大衆党と市民新党にいがたやローパスが主軸となって進められる本土における新たな反基地反安保闘争形成のための全国キャラバンを受けた展望が討論される。ほかに東京にて政策シンポジウムを継続的に開催し、新社会党などの、他の新たな動きとの政策的な討論関係の構築などを含めて政策的な深化をはかることが提起された。

スカーギル
新党結成を呼びかける


 アーサー・スカーギルが社会労働党(社会主義労働党)の設立を呼びかけたが、これを多くの社会主義活動家は熱烈に歓迎した。しかし、これに反対する社会主義勢力もある。本誌では、イギリス政治におけるこの新たな大事な動向を論説として大きく取り上げる。全国炭鉱労組の左派委員長アーサー・スカーギルの呼びかけの詳細が明らかになったのは、一九九五年十一月九日であった。グラスゴー・ヘラルド紙がスカーギルの主張の詳細を報告した。それによると、労働党はもはや社会主義的変革の手段ではなく、「新しい社会労働党」の建設が必要であり、この党は、百年前に誕生し、現在では「新労働党」になってしまったかつての労働党の原則、価値観、希望、夢を体現するものである。

労働党はいかに変質したか

 スカーギルの提案は、政治的に活発な広範な社会主義活動家から熱烈に歓迎された。アーサー・スカーギルという左派労働組合の指導者からなされた呼びかけは、広範な社会主義活動家の次のような本来的な直感に訴えるものがあった――@党首トニー・ブレアの新労働党はもはやトーリー(保守)党に代わる社会主義的、階級的な路線ではない。A「階級としての立場、行動、そして社会主義方針」に基づく新しい社会主義政党の建設が緊急の課題になっている。
 九ページにもなるスカーギルの呼びかけ「左翼の将来戦略」は、一九九五年四月二十九日に行われた労働党臨時大会で明瞭となった変質の特徴を党綱領第四条の「共同所有制」の破棄におき、十月の年次党大会が「資本主義を喜んで受け入れ、市場哲学の立場に立つ」方針を採択した、と分析している。
 ブレア党首の新労働党は、民営化企業の再国有化路線をはっきりと破棄し、完全雇用政策をも放棄した。そして教育と健康の分野でも、活発化しているトーリー党の民営企業活用政策を追認している。さらに、保守党(トーリー党)の反労働組合政策撤廃を主張していない。
 スカーギルの文書はまた、左翼のリズ・デイビスを議員候補としなかった事実を決定的な兆候と正しくも指摘している。労働党の権力は現在、すべての社会主義的反対派を絶対に孤立させ排除しようと決意している指導部に集中しているのだ。
 こうした新しい党内の傾向は、労働党における決定的かつ質的な変化を明確に反映している。以上の認識のうえに立ってスカーギル文書は、社会主義勢力は「これまであってきたような、そして「政治的に浄化されつつある」労働党にとどまるべきだ」という考え方をはっきりと拒絶している。
 この考え方に、労働党左翼(下院議員による左派運動グループの中心的な指導者)のトニー・ベンやその周囲の人々が反対している。例えば、そうした一人であるジェレミー・コービンは「労働党内部から社会主義政策を主張すべきだ」と、依然として発言している。しかし、これはもはや完全に時代遅れの立場である。

今や新党結成の時である

 トニー・ベンは、労働党内における「真実の闘い」はブレアが政権につくであろう総選挙後に展開されると明らかに信じている。つまり、ラムゼイ・マクドナルド(労働党)が一九三一年に保守党、自由党と挙国一致内閣を組織し、労働党から決別したが、それと同じ役割を、政権を担うブレアが果たし、その当時と同様の分裂が起きる――とトニー・ベンは考えているのである。その時こそが、左翼が労働党とその基盤である労組の再生のために闘う時という主張である。
 だが現在の状況は、一九三〇年代のそれとは完全に違っている。ブレアが資本主義政党と完全に同じ政策を遂行するというのに、支配階級が挙国内閣を必要とする理由があるはずもない。しかも現在の労働党内左派は、独立労働党が労働党から分裂していった当時の左派におよばず、この間の流れの中で縮小している。また、労働組合が一九三一年に行使したような圧力を労働党指導部にかけるとも考えられない。現在の労組指導者の大部分は、ブレアの親市場路線と完全に同じ立場に立っている。
 スカーギル文書は正しくも「現在の労働党をアメリカの民主党やドイツの社会民主主党、あるいはイギリスの自由民主党と区別するものはほとんどない」と指摘している。事実われわれ(ソーシャリズム・ツデー紙)は、イギリス労働党は現在、ブルジョア政党になりつつあり、その指導部は従来の基盤である労働者階級から党をますます遠ざけつつあると主張してきた。
 スカーギルの呼びかけを支持するすべての人が、この結論を受け入れているわけではない。一部の人は、社会労働党を新しく形成される組織の前衛とみなし、その役割が今後の過程で労働党と労働組合に残っている左派勢力を引きつけるものに限定されると考えている。これは、労働党内部およびその社会基盤で起きてしまった事態の根本的な変化に対する完全な過小評価である、とわれわれは考える。この点でスカーギル文書にも弱点はある。それは、同文書は労働党の変質を分析しているのだが、その基礎となっている労働者階級の意識における同様に根本的な変化を分析できていないことである。
 次の総選挙では、労働党への有権者の大々的な移行が生じるとみられている。しかし、これは第一に、保守党に対する強烈な反発を反映するものであって、ブレア路線への積極的な支持の表明ではない。数百万の労働者は、新労働党の親市場路線に強い疑問をもちつつも労働党に投票するのである。だから、労働党への党員としての積極的な参加はありえない。こうした見方からすると、新しく結成される社会主義政党がその党名の一部に「労働党」を維持すべきかどうかは、はなはだ疑問が残る(多くの青年層は、「党」という考えそれ自体に非常に懐疑的でさえある)。

新党の可能性は

 一部の労働者、特に労働組合活動家が労働党との決別に依然としてためらいを示しているのも事実である。多くの労働者が新党に参加するのは、事態によって強制されるか、あるいは強力な主張に説得される場合である。しかし、ことに青年の間では、新労働党には根本的な社会変革の展望がありえないとすでに結論されている。青年の多くは、大胆な反資本主義路線を有し、その指導者が行動を通じて政治的な権威を確立できる、そうした運動と組織とを待望しているのである。
 社会労働党に参加する人々の多くは、前労働党活動家や現役の労働組合活動家であろう。しかし新党の政治的な構成の中心は、こうした層ではないだろう。新党への潜在的な支持者は、これまで労働運動とその組織に参加した経験を有しない労働者、青年の間に圧倒的に見出されるに違いない。スカーギル文書は、「抗議の声と直接行動」の意味を明確に認識しているが、こうした社会運動が新党にとってもつに違いない政治的な意味を明白に把握しているとはいいがたい。
 大胆かつ自信に満ちた呼びかけに対して、活動家の大部分が「不正、不平等、環境破壊に対する広範な反対を活発に組織し、社会主義イギリスのために闘いうる」新党結成を熱烈に歓迎している。レッド・ペッパー誌が昨年行った世論調査は、自分が労働党よりも「左」に位置し、信頼できる政党があるなら社会主義政策を実現できると考えている有権者が二百万人もいることを明らかにした。
 階級意識がある労働者なら、トーリー党を敗北させるためには引き続き労働党を支持する必要があるという後向きの主張を認めない。彼らは、新社会主義政党の結成を「時期尚早」とも、あるいは「反トーリー党票を分裂させる」ものとも考えない。
 新社会主義政党建設の道筋は明白である。社会主義政策を明確に提示し、多くの階級意識ある労働者や青年、ラジカルな中間階級層を結集できる旗を打ち立てることである。先進的な層を結集することは、決して保守党を敗北させる闘いに敵対するものでなく、より広範な動員につながり、そのことは現時点では労働党への投票へと結実するのである。社会労働党の活動は、労働党が当選確実な選挙区(イギリスは小選挙区制で、それぞれの政党の当選が確実視される選挙区がかなりある)では労働党の票をさらに伸ばすことになり、労働党と保守党が競合する選挙区では社会労働党は必ずしも立候補するわけではない、とすでにスカーギルは表明している。さらに社会労働党は「労働党のよい社会主義者候補」がいる選挙区でも立候補しないと言明している。
 新しい社会主義政党は、社会主義政策の大衆化、社会主義的変革思想への大衆的な支持を再び確立することを自らの任務として活動を開始する。新党の活動は、労働党の一般党員や労働組合員への圧力となり、少なくとも現在の急激な労働党右転換に対する反対の動きを形成することになる。新党は、真実に労働者階級の利益を守る社会主義政党に合流する必要を訴えて、労組内でその再編過程において自らへの支持を獲得する任務から活動を始める。
 また社会労働党は、予想されるブレア政権の下で労働党と労組で不可避的に生じる危機に向けて、最もラジカルな層に対して、その点に関して警告し準備させていく。「新党の必要については確かにわれわれも賛成だ。しかし、今はその時期ではない。労働党が分裂する時こそ、新党を結成するのだ」という主張は、現在われわれに課せられている緊急任務からの逃げ口上、責任回避である。

セクト的対応反対

 皮肉なことに社会主義労働党(SWP)の最初の反応は、労働党左派のそれと同じく自己満足的なものだった。SWPの十一月十八日付機関紙ソーシャリスト・ワーカーは「提案された党の意味には疑問がある。新党が意味をもつのは、労働党から重要な層が労働組合からの支持を得て分裂する場合だけだ」と主張した。彼らは、そうした分裂、再編が誰かの領導行為なくして発生すると考えているのだろうか。労組からの支持を待つことは、大部分の労組の組織的保守主義からするなら、永遠に待ち続けることなのだ。労組からの支持は、たとえそれが地域段階のものであれ、新しい社会主義政党を確立する闘いを基礎としてのみ、獲得されるのである。
 「スカーギルが秘かに望んでいるのは、国会議員のために闘う純粋な左派労働党である」と、SWP機関紙は続け、さらに彼が訴えている新党は「労働党と同様な選挙党である」と主張する。SWPは、非常に重要な基本的な活動分野である、人々に宣伝していく活動としての選挙運動なしで、社会主義政策に対する労働者階級の支持が得られると依然として考えている。総選挙で信頼できる候補者を十分に立候補させることが新党の成長にとって不可欠、と考えるスカーギルは正しい。
 同機関紙はさらにいう。「その意図が何であれ、選挙に立候補するような社会労働党は、スカーギルが正しくもイギリスにおける社会主義活動の特徴の一つと考えている議会外運動とはほとんど無関係となろう」と。本当だろうか。教条主義的な理由から選挙活動を拒否するSWPだけが唯一、議会外運動に有効に働きかけているのだろうか。
 スカーギル文書は、真実の前進を実現するには、ストライキに代表される産業闘争や種々の直接行動に参加することが必要であると述べている。議会外活動と選挙運動とをうまく結合することは、新党にとって不可欠である。選挙運動というものは、SWPが極度に単純化して主張するように、議会外活動を排除するものではないのである。

われわれの経験が示すもの

 ミリタント・レイバー(ソーシャリズム・ツデーを発行する組織・運動体)は、スカーギルの提唱を歓迎する。これについて精力的な働きかけを行うなら、イギリス左翼の再編を決定的に推進できることになる。スカーギルの呼びかけは多くの点で、われわれがこれまでに着手してきた活動の方向と一致するものである。スカーギル文書は、一九五〇年代と六〇年代における共産党支持者に対する労働党右派による「魔女狩り」に言及している。これは、社会主義者を労働党から追放しようとした基本的に思想的な弾圧であった。
 しかし八〇年代の「魔女狩り」は、リバプールを中心とする「ミリタント」グループを党から追放しようとするものだった。一九八三年にミリタント紙編集部が労働党から追放された時、タイムズは「パージをも必要とする政策」と題する社説を掲載した。大企業の首脳らにとって、そのために彼らが無慈悲な圧力をかけ続けている「魔女狩り」の目的は、すべての反資本主義、社会主義的勢力を労働党から根こそぎに追放して、同党をトーリー党に代わり得る安心できる第二布陣とすることにある。
 この方針こそが、一九八三年のミリタント編集部追放から一九九五年の党綱領第四条の破棄に至るまで一貫しているのである。一方での労働党党員資格を剥奪されたことと、他方でのリバプール市議会闘争や反人頭税闘争などへのわれわれの参加は、独立した社会主義活動の必要を明らかにした。その第一は、一九九二年のスコットランドでのミリタント・レイバーの活動であり、さらには一九九三年のミリタント・レイバー全国活動であった。
 スカーギル文書は「今日のイギリスにおけるラジカルな反政府闘争を象徴するのは、労働党でも労働組合運動でもなく、人頭税を撤廃させたり、高速道路に反対したり、動物の権利のために闘ったり、あるいはグリーンピースや反核運動などの、そして炭鉱の露天掘りに反対して闘う、そうしたグループなのである」と、指摘している。
 「今日の抗議の声や直接行動は、ストなどの産業行動をはじめとする直接行動と不公正な法律に対する果敢な抵抗を通じてのみ、われわれが本当に前進できることを示しており、沈滞している労働党や労組は、不公正な法律を受け入れ従うよう市民に懇願するだけである」(スカーギル文書)
 この部分に関してグラスゴー・ヘラルド紙は「スカーギル文書は、既存のモデルの青写真に非常に近い。既存のモデルとは、スコットランド・ミリタント・レイバー(SML)が展開した闘いである。SMLは、三年前に誕生し、政党に成長してきたが、限定されているものの選挙で成功を収め、独自性を強めている」と解説している。
 ミリタント・レイバーは、労働党右翼指導部に対する大衆的な反対運動の先陣となった。ポロックにおけるわれわれの総選挙活動に言及しつつ政治研究協会は一九九五年四月に、SMLは「一九四五年以降の無党派下院議員以上に、候補者として立派な成果を獲得した」と指摘した。そして、われわれが立候補した地方議会選挙での得票率が平均で二二・五%になっていることに注目している。一九九五年五月のイギリス中部コベントリ市の議会選挙で、労働党を追放された前下院議員のデイブ・ネリストがミリタント・レイバーの得票の四〇%を獲得した。
 選挙運動と大衆行動――特に「人種差別に反対するヨーロッパ青年」などの運動――を上手に連携させた活動の先陣を切ったわれわれは、新しい社会主義組織体により広範な層を結集させるスカーギルの提案を歓迎する。

必要な組織構造は

 しかし、この提案を離陸させるためには、精力的な行動が必要だ。確かに可能性は大きいが、困難を過小評価するのも間違いである。現在、提案はスカーギル周辺の小さな集団で議論されている。労組左派の関心を集めたり、あるいは労働党にとどまろうとする政治諸グループの敵対などの困難を克服するためには、新党結成という新しい動きを歓迎する人々を結集する精力的な行動が必要である。しかも、その結集の過程では民主的な議論が不可欠である。
 スカーギル文書が主張するように、新党は、社会主義綱領をもつと同時に民主主義的でなければならない。スターリニスト諸党が破産し、社会民主主義政党や労働党が右翼変質をとげた今日にあっては、伝統的な意味での政党という概念それ自体への信頼性について根本的な疑問が寄せられている。労働者と青年の新しい世代、ことに議会外の「社会運動」に参加したことのある労働者と青年は、制限的かつ非民主的な組織と運動の構造には我慢しない。
 いかなるものであれ新党は、排他的であってはならず、大きな包容力が必要である。すなわち、新党の目的に賛同し、参加したいと考えるすべての人に門戸を開かなければならない。そして本当の民主主義とは、労働者運動に不可避的に存在する様々な政治傾向や組織のそれぞれの独自性を承認し、党という構造への参加を受け入れるものである。
 スカーギル文書は「われわれの階級敵と闘うために設計される組織構造……は、内部論争やセクト主義的な議論の終結を求めている」と主張している。自らの教条に基づき、狭い自分だけの利益を守ろうとし、共通の目的のための集団行動を犠牲にするセクト的な集まりを歓迎するものはいない。しかし新党建設の過程では、多くの課題に関する議論が起こるのは避けられない。新しい状況が存在し、新しい課題に直面しているのだから、課題をより鮮明にし、展望、方針、戦略、戦術、必要な組織構造をつむぎだしていくためには、対話や議論は不可欠である。
 労働党の非民主的な組織構造とその下で左翼に対する周期的に「魔女狩り」が行われた時代、本物の社会主義者は暗号化した言葉で議論せざるを得なかったが、そうした過去の状況の再現はあってはならない。そうした時代は永遠に過ぎ去った。暗号化した言葉で語るというやり方は、真実の社会主義者が完全に孤立し抑圧されていた時代のものであり、今日の社会主義活動家の新しい世代には決して理解されないし、受け入れられないものである。
 新しい社会主義組織体が最近、数カ国で登場しており、イギリスの社会主義政党の今後にとって組織的なモデルとなっている。例えば、イタリアの共産党再建派は、その枠内で機能するグループ結成や機関紙活動の権利を認めている。スペインの統一左翼(IU)は、個人参加制であり、と同時に四つの政党(共産党、PSOEから追放された部分、グリーン、共和党左派)が参加している。選挙では共通の選挙綱領を掲げ、共同候補を立てる。
 さらに歴史的には、労働党の直接の前身である労働者代表委員会(労組の代表を議会に送るための組織、一九〇六年に労働党と改称)は「労組、フェビアン協会などの社会主義諸組織、労働評議会、地域労働者代表委員会による連合組織であり、一九一八年に個人党員を認める規約改正まで、組織参加制だった。……労働党は、こうして勤労者の考えを代表する人物を議会に送るという目的をもつ組織間の調整体」(モルガン・フィリップス著、イギリス労働党から)だったのである。
 スコットランド・ミリタント・レイバーをはじめとする同地のいくつかのグループは、すでに結集を開始し、スコットランドにおける新しい社会主義政党設立の準備を始めている。それはもちろん、提案されている社会労働党と結合して活動する党である。彼らの討論では、新党の組織構造として、社会労働党が(スコットランドの南に位置する)イングランドで採用するに違いない参加グループによる共同組織体構想が検討されている。
(ソーシャリズム・ツデー一九九五年十二月号)

ミリタント紙(社会主義労働党)
新社会主義政党を結成すべき時か


 炭鉱労組の指導者アー  サー・スカーギルによる 新社会労働党結成の呼び かけは、一方で広範な社 会主義活動家の熱烈な歓 迎を受けているが、他方 では反対もある。本紙編 集員ニック・ラックは、 これをめぐる論点のいく つかを取り上げて論評す る。

労働党にとどまり、その内部で闘うべきか?

 労働党下院議員アラン・シンプソン(労働党下院議員左派運動グループ)は、労働党にとどまるべきであり、「潮の流れを変えるために闘おう」と主張する。この主張は、トニー・ブレア党首の下で生じた労働党での事態の展開を無視したものである。労働党から社会主義者を追放する過程は、一九八三年のミリタント編集部員のパージから始まり、今やほぼ「完成」段階に入っている。
 現在、すべての権限は指導者の手中にあり、反対意見は許されない。もはや社会主義者にとって労働党内部で闘う余地は残されていない。左派のリズ・デイビスをリーズ・ノース・イースト選挙区の労働党候補者からはずした決定は、労働党内部での左派追放の事態がどこまで進行してしまったのかを鮮明に示している。デニス・スキナーは、この事態を「決定的な転換」と述べている。
 しかし、デニス・スキナーやその他の人々は、スカーギルの新党結成の訴えに反対し、ブレア党首は党内の意見を聞くべきだと主張している。だが、党首が党内の意見に耳を傾ける道は閉ざされている。労働党のマイケル・ヒンドリーは、モーニング・スター紙に「労働党を民主化する道は完全に閉ざされており、再びそれを開けることはできない。労働党内部の民主的な手続きの道は完全に破壊されている」と書いている。

保守党政権を打倒するために

 下院議員のアラン・シンプソンは、「この時期に新党について語ること(それ以上に悪いことに、新党結成を追求すること)は、保守党政権を絶望の思いで見ている人々にとって理解されもしないし、許されもしない」と述べている。確かに、トーリー党政権の下野を望む圧倒的な世論がある。この間の各種世論調査では、労働党が保守党を三二%も引き離している。しかし、同時に現在の変質した労働党という意味での新労働党を歓迎しない労働党支持者も多数いる。
 党綱領の社会主義に関する第四条をはずし、また資本主義市場を賛美する現在の労働党は、同党が政権についたとしても保守党と同じ政策を遂行するだろうことを予測させている。ブレアのこうした振舞いは、政権につくためであり、そうなれば違った行動をとるだろうと考えている人も多数いる。
 非常に多数の勤労大衆は、ただ保守党を政権から追放するためにだけでも労働党に投票するだろう。だがミリタント・レイバーあるいはスコットランド・ミリタント・レイバーが地方選や総選挙、ヨーロッパ議会選挙などで実際に示したように、労働党支持者にわれわれが自らの立場と予想される労働党政権がどのようなものとなるかを説明すると、われわれと彼らの関係は、われわれに投票するように説得できなかったとしても、かなり友好的なものとなる。

票を分裂させる?(略)
時期が悪い?(略)

労働組合との結合

 労働党と労組との結びつきが、問題の本質をほかの政党の場合とは完全に違ったものとしている。
 だが、ブレア党首の下で党と労働組合との結合は徐々に弱くなってきた。ブレアは労組は労働党政権から「自らに有利なこと」を期待すべきでなく、保守党の反労働組合諸法は維持されるだろうと語っている。党大会における労組の決定権は、九〇%から七〇%に減り、さらに五〇%までになっていくだろう。リークされた文書「未完の革命」が、そしてブレア自身が語っているように、この過程には終わりはない。党と労組との結合が形式的にも切断されるのは、もはや時間の問題である。もしブレアが政党助成金の制度を導入するなら、党が労組に期待するものがあるだろうか。
 地方レベルで多くの労組支部は、こうした事態を検討し、労働党からの離脱として検討の結論を実行に移しつつある。党と組合との結合の切断は、上からは労働者階級の大衆組織との結合をなくしたいと考える党上部から、そして下からは、労働党主導下の地方自治体で攻撃を受けている労働者から、そして、その事態から将来の労働党政権が同じ攻撃を行うだろうと予測する多くの労働者からなされている。
 労組とのつながりがまだ残っているものの、労働党政治家の姿勢や態度は、保守党や自由民主党の政治家のそれとは違っていない。全国労組と地方労組の両方は、新社会労働党に加入し財政的に支援する立場にあるに違いない。

社会主義

 労働党はもはや、民営化されたガスや電力のような産業を再国有化する立場に立っていない。広範な給付金の考えに反対している。奨学金にも反対している。その代わりに奨学金融資と卒業税を提案し、学生の生活をさらに苦しくしようとしている。最低賃金制に関してブレアは、最賃の水準を決定する際には、経営者に十分相談すると約束した。ヨーロッパ共通社会労働政策(ソーシャル・チャプター、マーストリヒト条約の柱の一つ。週間労働時間の上限などEU加盟国に共通の労働条件を定めている。イギリスは条約は批准したが、同政策の適用を除外されている)を導入する際にも、相談するだろう。
 ブレアは、マーガレット・サッチャーを賞賛し、ルパート・マードックのような労組を攻撃するメディアに接近している。新労働党は、資本主義政党であり、公然と大企業を相手にしていく。保守党下院議員ホーワースと社会民主党右派が労働党に鞍替えしたが、大多数の一般党員の不満にもかかわらず、党上部はこれを歓迎した。
 環境問題や高速道路建設反対などの青年の抗議行動、動物への残酷な扱いに抗議する運動、あるいはクリミナル・ジャスティッス法反対の運動などに対して労働党は、保守党と一緒になって非難の声をあげている。新社会労働党は、こうした労働党の変質に幻滅したり、あるいは怒りを覚える人々、前述の運動を行う人々を急速にひきつけていくだろう。
 そして、より重要なことに、新党はこれまで「労働党の政治」に関与した経験がない闘士の新しい世代を、あるいは労働党にこれまで一度も魅力を感じなかった若い世代の多数をひきつけていくだろう。新社会労働党が精力的かつ民主的に建設されるなら、労働党左派支持者の相当の人々を結集していくだろう。
(ミリタント一九九五年十二月八日号)