1996年7月10日         労働者の力                第80号

軍用地特別立法阻止、米軍基地のたらい回しと闘う民衆の陣形を築こう
沖縄県民投票の勝利を
                                     川端康夫


 橋本内閣は二日、米軍の沖縄県道一〇四号越え実弾射撃訓練の本土移転先について、来年度から宮城県王城寺原(大和町、色麻町、大衡村)など全国五カ所の陸上自衛隊演習場で、一年ごとの持ち回りで受け入れる方針を固めたという。政府は近く米側との最終調整に入る一方、臼井日出男防衛庁長官が関係道府県知事など移転先の首長を直接訪ねて協力を要請、八月上旬の正式決定を目指すとしている。「沖縄にいらない基地は日本にもいらない」の闘いの大きな陣形をつくりだすことはまさに緊急の課題となっている。

米海兵隊実弾訓練地―本土五カ所をたらい回し

 移転先には王城寺原のほか、矢臼別(北海道別海町など)、富士(静岡県御殿場市など)、日出生台(大分県玖珠町など)の三つの「大演習場」に内定し、残る一つを北富士演習場(山梨県)にあて、米軍側と調整する。日米両国政府は六月、これらの演習場のほかに白河布引山(福島県西郷村、天栄村)などを加えた全国九カ所の演習場について実地調査を実施。この結果、敷地面積や宿舎などの関連施設の整備状況から、王城寺原など五カ所に絞り込んだ。
 政府は七月中に日米合同委員会の特別作業班の会合を開いて最終的な米側の希望地を確認した上で、関係自治体との協議を本格化させる。併せて、持ち回りの順番も調整するが、初年度は施設面で最も充実している東富士演習場が有力だとみられている。
 県道一〇四号越え実弾射撃訓練。米海兵隊が沖縄県金武町のキャンプ・ハンセン演習場で年間三十五日程度実施している砲撃演習。通行止めにした一〇四号越しに一五五ミリりゅう弾砲を山岳部に撃ち込み、山火事や海への赤土流出などの環境破壊をもたらしている。昨年一月の日米首脳会談で、沖縄基地縮小の一環として本土移転問題などが検討課題として浮上した。
 普天間基地返還という「ヒット」の裏側で橋本内閣は、安保条約のグローバル化ともいうべき安保再定義を進め、安保条約の事実上の双務化に突き進もうとしている。さらに有事における民間空港の米軍使用権限許容や基地収用特別立法などの構えを見せ、沖縄県の自治体としての抵抗と闘いを封じ込むと同時に、現在認められていない自衛隊基地用地の強制収用への道を開こうとしているのである。

九月一日、沖縄県民投票の実施へ

 沖縄県議会は先月二十一日、在沖縄米軍基地の整理・縮小と日米地位協定見直しの是非を問う「県民投票条例」を可決した。九月一日に県民投票が行われる予定。県議選の結果や世論調査の数字が示すように、基地問題への大田県政の取り組みへの支持は高い。自治体条例に基づく県民投票が、政府に対する直接的な法的規制力はもたないものの、沖縄県民の明確な意思表示となる。投票率が高く、かつ県政支持が圧倒的であればあるほど、ごまかしとペテン、そして強権と財政的買収とで沖縄基地問題を切り抜けようとしている橋本政権に突きつける鋭い刃となっていく。運動推進側は全県に網の目の組織をつくって投票呼びかけを行っていく構えだ。
 橋本は「非常に問題をこれから難しくした」と感想を述べているが、これは本音であろう。
 
軍用地特別立法への動き

 来年五月、三千人の地主の土地が対象となる米軍用地期限切れに備えて政府は特別立法制定の構えに出ている。その内容は、@沖縄の米軍用地だけでなく、全国の米軍・自衛隊用地を対象A安全保障に関する土地収用業務を国の固有の事務とする(朝日新聞6・16)というまことに横暴なものである。自衛隊基地が収用法の対象からはずされたという歴史的経過を踏みにじり、同時に外交、軍事などについて国の権限を全面化するという小沢流の方策を取り入れたものだ。「有事」の際の米軍による民間空港、港湾施設などの無制限な使用要求などとあわせ、自治体権限を一方的に剥奪する方向につながるもので、地方分権を要求している自治体からすれば大問題なのだ。
 他方、政府は、社民党村山委員長などが抵抗感を表明していることをも考慮してか、沖縄県に対して基地問題を除く将来展望像への財政資金援助をもちらつかせている。つまり、沖縄県政および沖縄県民への買収工作というわけだ。だが軍用地期限切れへの沖縄の各自治体の抵抗の拡大や県民投票へのうねりなど、伝統的な自民党政府の補助金ばらまきの買収政治が通用するような雰囲気はない。
 橋本内閣は、急速に安保強化、自衛隊の米軍戦力への公然たる組み込み、日本そのものを「極東有事」の際の「不沈空母」化する道をひた走る路線へと全面的に傾斜しつつある。
 沖縄の闘いは、橋本内閣と鋭く交差しつつ、日本全体に安保と基地とを問いつめる闘いへと発展している。
 沖縄の闘いに結ぶ日本全国での新たな反安保、反基地の闘いを、この秋から特別立法阻止の大運動を起こすことから本格化させていくべき時である。

実弾訓練移転問題への自治体の反応

宮城県の例(河北新報7・3)
 沖縄駐留米軍の、実弾射撃演習場の移転先として、宮城県内の陸上自衛隊王城寺原演習場も候補地となっている問題について、二日までに県内市町村議会の過半数である四十二市町村議会が「移転反対」の意思を表明していることが分かった。
 王城寺原演習場のある色麻村など三町村議会などは、移転論議が浮上した直後の昨年十二月の議会で決議、意見書を可決。ほかの市町村議会の動きは、移転候補地の絞り込みが現実味を帯びてきた今年六月に集中している。ほかに南方、本吉、唐桑の各町議会などで反対意見書可決を検討しており、反対表明はさらに広がる見通しだ。
 宮城県議会は三月定例会で反対の意見書を可決。仙台市議会は六月定例会で意見書提出の動きがあったが、議会運営委員会での協議が不調に終わった。こうした動きについて、浅野史郎宮城県知事は「まだ移転が決まった訳でもなく、国からの連絡もない。具体的なアクションを起こす段階にない」と意思表示の留保を続けている。しかし「地元の了解がなくては移転は難しい」と述べ、市町村議会の反対表明を重くとらえる姿勢を示している。

 移転候補地とされる演習場周辺の市町村にとどまらず、全県に広がっているのが特徴だ。意見書、決議の多くは「砲撃訓練の音と衝撃が健康や環境に影響を与える」として移転反対を求めている。だが、中には「演習を行う米海兵隊は外国駐留の米軍部隊の中でも最も治安の悪い部隊」(名取市)「米兵による婦女子をはじめとする住民への暴行事件など痛ましい被害が次々にと起きた」(七ヶ宿町)などと、厳しい米軍批判のくだりもある。
 県市町村課によると「一つの問題に対して、これだけ多くの市町村議会が意見書や決議を可決した例はほとんどない」という。フランス、中国の核実験を強行した際でも、反対意見書などを可決した県内の市町村議会は十に満たなかった。沖縄の基地問題が米軍演習の移転をめぐって県内に飛び火した形だが、市民団体などの間には、「単に移転反対ではなく、沖縄県民とともに米軍基地の縮小、撤退を求める訴えが必要」との意見もあり、浅野史郎知事が今後、どんな意思を表明するのかが注目される。

意見書と決議
 議会が意思を意見としてまとめたものが「意見書」。地方自治法九九条に基づいて、関係行政庁に提出することができ、相手側には受け取る義務が生じる。一方、議会の意思を対外的に表明するのが「決議」で、通常は「**に関する決議」といった形式で行われる。法的効果はない。

在日米軍の基地撤去を求める沖縄発全国キャラバン
沖縄からの熱いメッセージを携え、日本本土を駆け抜ける

 沖縄発全国キャラバンは、六月十四日の沖縄那覇市の結団式に始まり、六月二十八日の東京・星陵会館での集約集会で全日程を終えた。この間、南北二コースに別れ、北コースは北海道、南コースは九州から、それぞれ横断幕をつなぎ、基地移転対象地の自治体を訪れ、住民との交流を行いつつ東京をめざした。全一連の行動には沖縄社会大衆党の皆さんがすべて複数で参加し、沖縄発キャラバンを体現しつつ沖縄からの熱いメッセージを各自治体に手渡した。
 本土における沖縄連帯闘争の後退、換言すれば、沖縄の闘いの本土における受け入れとなってきた社会党ブロックの解体のなかで、自ら直接に本土の闘いとの結びつきを求めた沖縄社会大衆党。風化する反安保闘争の再構築を決意し、あるいは反基地闘争を独力で担いきってきた各地の市民運動や住民運動、連合路線に抗して闘い続けてきている全労協参加労働者。反原発闘争や環境問題など公権力の横暴さと対抗しつつ、新たな地域的政党形成を展望する地方議員の集団であるローパスと市民新党にいがた。南コース宣伝カーを提供した社民党の濱田衆院議員(鹿児島)、そして社会党の社民党への転落に抗して新たな旗を掲げた新社会党が、それぞれの経過と闘いを背景にしつつ、全国キャラバンの場で一堂に会した。
 集会に先立つ二十八日昼の東京行動は、都知事、各政党、官邸などへの申し入れ行動、新宿西口での宣伝行動を繰り広げた。集会は午後六時半、弁護士の内田雅敏さんの司会のもとに開会し、最初に主催者を代表してローパスメンバーである静岡市議の松谷清さんのあいさつ、全国キャラバン報告が南北二コースをそれぞれ熊本市民センターの神田公司さん、市民新党にいがたの中山均さんが代表して行った。つづいて沖縄からとして島袋宗康参議院議員、沖縄社会大衆党顧問の瑞慶覧長方さん、有銘政夫違憲共闘議長、上原成信一坪反戦地主会関東ブロック代表、山川勇前沖縄県議がそれぞれに発言し、さらに沖縄県各自治体首長のメッセージが紹介された(別掲)。
 基地の街から、島田清作立川市議が発言し、続いて矢田部理参議院議員、濱田健一衆院議員の両氏があいさつを行った。連帯アピールとして都職労清掃支部の兼高さんが全労協傘下労働者を代表してあいさつを行った。集会の締めくくりは大工哲弘さんら三人の三線演奏による島唄および「インターナショナル」、「頑張ろう」、「沖縄を返せ・沖縄へ返せ」の演奏であった。会場いっぱいに歌とメロディーにあわせた手拍子が満ち、圧巻であった。

沖縄県内各首長よりのメッセージ

大田昌秀沖縄県知事
 本日、「在日米軍の基地撤去を求める沖縄発全国キャラバン」の出発式にあたって、ごあいさつを申し上げます。
 ご承知のとおり、沖縄の基地問題をとりまく状況は、昨年から急展開をみせ始め、去った四月には日米特別行動委員会の中間報告がありました。この中において、普天間基地の全面返還を含む日米間の合意がなされております。
 長年の懸案であった普天間基地が返還されることは喜ばしいことではありますが、中間報告の内容をよく吟味してみますと、大部分の施設は移設条件付き返還ということになっており、県民が必ずしも満足すべき内容とはなっておりません。
 その間にも先月二十五日には米軍飛行機からソノブイが落下するという事故が発生し、基地に起因する事件・事故は依然継続している状況にあります。
 基地問題の解決には、今後ともねばりづよい取り組みが必要であると認識する次第です。
 このような時期にあたり、基地問題解決に向けて全国キャラバンを組織されたみなさまの取り組みに対し、心から敬意を表したいと思います。
 長期にわたるこのような事業を完遂するためには健康が何よりも大事であります。皆様がお体にお気をつけられ、無事に事業を終えられますよう祈念いたしまして、私のあいさつとさせていただきます。

那覇市長 親泊康晴
 各自治体首長様
 梅雨の候、貴職には、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 この度、沖縄発全国キャラバンによって、沖縄の基地問題を訴え、在日米軍の縮小、撤去に向けて共に手を取り合うため、貴市を訪問するにあたり、メッセージをお送り致します。
 沖縄における米軍基地問題で、政府は、沖縄の普天間基地の返還にあたって、沖縄の嘉手納基地と山口県の岩国基地へ機能移設をその条件にしているが、このことは、基地の縮小ではなく、基地のたらい回しであると思います。
 沖縄県民が、昨年十月に開催した「県民総決起大会」以来、求めてきた基地の整理・縮小の内容とはまったく異なるものであり、県民が切実に求めてやまないのは、基地の全面撤去であります。
 基地が移設されるということは、基地の肥大化につながり、これまで以上の事件、事故が発生することは明らかであります。
 軍事基地は、県民・市民の生命と財産をたえず脅かすものであり、県民・市民の生命、財産の安全を守るために軍事基地の撤去を求めるのは自治体に課せられた大きな責務だと考えております。本市は、これまで、軍事基地の存在は、平和都市づくりを阻害し、米軍基地の強制使用は憲法に抵触するとして、軍用地違憲訴訟を提起したこともございました。
 また、本市にある米軍基地「那覇軍港」の早期全面返還を訴えてきたところであります。
 しかしながら、一九七四年に日米合同委員会で移設条件付き全面返還が合意されたものの二十二年たった現在でも返還が実現しておりません。
 基地問題は、国民共通の課題であり、国民の総意を結集して自治体が共に政府に訴えることによって、基地問題解決を促進させるものであると考えます。
 基地のある自治体は、共に基地問題解決のため協力して頑張っていきましょう。
  一九九六年六月十四日

沖縄市長 新川秀清 
 軍用地強制使用への反対は、反戦地主今や沖縄の声であります。
 この五〇年間、沖縄市民は米軍基地との隣り合わせを余儀なくさせられ、朝鮮・ベトナム・湾岸戦争などへの出撃基地として常に戦争への危機と不安を感じてきたのです。この状態は、憲法で保障されている平和的生存権への侵害であり、平等の原則に違反しているのです。そして、いまや日本の政治的課題になっている基地の強制使用は財産権の侵害ですらあるのです。この不法占拠に日米両政府があくまでもこだわるならば、来年の五月には更に多くの土地の「不法占拠」が懸念されます。
 私は、市民生活の安全を守る立場からも米軍基地を認めるわけにはいかないのです。
 平和を求める市民の揺るぎない強い意志で沖縄市では毎年八月一日から九月七日を平和月間、九月七日は市民平和の日として定め、市民と共に平和なまちづくりに努めています。
 しかし現在、国が進めようとしている強権的な基地使用は法治国家として許せることでしょうか。
 二一世紀の主人公となる子どもたちに基地という「負の遺産」を引き継ぐのではなく、平和で豊かな社会を引き渡す義務が私にはあります。いま沖縄の声と行動に全国の皆様の力を合流させてください。
   一九九六年六月

石垣市長 大浜長照
 このたび、在日米軍基地の撤去を求める「沖縄発全国キャラバン隊」の一行が、錦地を訪問し、皆様へ「沖縄の声」を届け、ともに自治体同士の連帯の輪を広げるため格別のご配慮をいただいたことに対し、心から厚く感謝申し上げます。
 さて、緑豊かな地沖縄で去る大戦においてわが国唯一の地上戦が行われ、多くの尊い生命、貴重な財産及びかけがえのない文化遺産が失われたことは、わが国の歴史において決して忘れることのできない悲痛な事実であります。また、それによって、私たち県民が受けた苦しみと心の傷は、いつまでも癒えることはありません。
 しかしながら、沖縄戦のさ中、本土進攻のために、米軍によって次々と沖縄に基地を建設され、異民族支配と戦後五〇年を経た今日、いまだに国土面積のわずか〇・六%にすぎない狭あいな本県に全国の米軍専用施設面積の七五%が集中している現実があります。
 冷戦構造崩壊後、基地の整理・縮小が進むものと期待されていた中、米軍による少女暴行事件に代表される基地被害は後を絶たず今や、長年の基地重圧に対する沖縄県民の大きな怒りとなって国内のみならず、世界の目も向けられ、事態はまさに、現在進行形であります。
 切実に平和を希求する沖縄県民の意志に反して、わが県に存在する軍事基地は、砲弾演習等によって自然が破壊され、県民生活に数々の影響を与えていることは極めて遺憾であります。
 離島県の離島圏域にあるわが石垣市においても、戦時中において沖縄本島における地上戦はなかったものの戦争マラリアという現在の基地の重圧にも似た苦渋に満ちた惨禍を思い、県民共有の問題として今日の現実を見逃すわけにはいきません。
 したがって、沖縄県の「基地問題」「自治権」「日米地位協定」「安保条約」等の根幹を問う論議へと発展してきた今日こそ、日本全国津々浦々の自治体で、「沖縄の思い」を共有していただき、「沖縄問題の検証」のため、さらなる連帯と交流の上に立ち、共闘の輪を広げていくことこそ、日本国憲法に明記された真の恒久平和を築いていく大きな証しだと思慮いたします。この機会に皆様との友好の絆が深められることを祈念して、ここにメッセージを届けます。

宜野湾市長 桃原 正賢
 在日米軍基地の撤去を求める沖縄発全国キャラバンが展開されるに当たり、全国の基地を抱える自治体の皆様にも沖縄県のこれまでの苦悩をご理解いただきたいと存じます。
 この小さな島沖縄県に全国の米軍基地の七五%が占めております。
 米軍による少女暴行事件に代表されるように、基地があるがゆえの事件事故が日常茶飯事に発生し、県民の生命と権利生活が脅かされております。
 今ようやく沖縄県民の悲痛の叫びが全国に届くようになり、我が宜野湾市においても多くの皆様から心こもった激励のお言葉や直接の訪問を賜っているところでございます。
 大田県知事は沖縄県民の基本的権利を守るため「代理署名」を拒否し、被告人となって今最高裁の判決を待っているちころですが、本市も今後とも大田知事を支えてまいります。
 さて、本市においては市域の三分の一を占めている普天間飛行場は日米間で返還合意と決まりましたが、施設は県内移設になっており、大変心を痛めているところであり、もろ手を挙げて喜べる状況ではありません。
 本市も今後とも全国の基地を抱える自治体と共に連帯して基地問題を解決して参りたいと存じます。

具志川市長 仲本 景美
 沖縄県民の主権と平和なくらしを守るため、沖縄の実情を訴え、在日米軍基地の縮小に向けて戦っている大田沖縄県知事を支持するとともに、「沖縄発全国キャラバン」の成功を祈念し、ここ、具志川市からメッセージを託します。
 沖縄県では先の第二次世界大戦において、一般住民を含めた二十万余の尊い人命、財産を失いました。
 本市においても、終戦五十年の節目に当たる昨年、大戦中に市内で起きた悲惨な集団自決がマスコミに報じられ、改めて戦争の癒しがたい傷跡に強い衝撃を受けたところであります。
 市民は先の大戦の体験を踏まえ「平和」の尊さを希求し続けておりますが、戦後五十年を経た今日、共生接収された米軍基地が依然として本市の一〇%を占めるという悲しい現実があります。
 また、本県では、昨年の少女暴行事件をきっかけに、十・二一県民総決起集会に見られるように基地問題に対する憤りは頂点に達し、「平和な島」を取り戻す運動が各方面で展開されております。
 本市も、沖縄の未来のために米軍基地を返還させ、県が提唱する二十一世紀に向けた、基地返還アクションプログラムに基づく、新しい国際都市形成整備構想の実現と県民の夢と希望の持てる「平和な島沖縄」づくりに対し、更なる支援を行うことを誓い、メッセージとします。

読谷村長 山内 徳信
 本日のキャラバン隊の出発式に当たり、読谷村長からのメッセージをお送り致します。
 沖縄は日本国唯一の亜熱帯の県です。しかも、アジア・太平洋への南の玄関口です。
 この宝の島は、戦後五十年間、日本の独立と安保のために異民族支配にゆだねられ、屈辱を受け、人権は無視され、土地は強奪され、思うような街づくりや村づくりも出来ませんでした。そういう状態に放置して来たのは、日本政府であり、それを支えてきた日本国民でありました。
 日本政府は、踏まれている人の痛みを、今も正しく受けとめ、正しく解決しようという真心は沖縄からは見えません。
 沖縄からつきつけられた、怒りと基地問題がやっと国民的解決課題となりつつあることを喜びます。
 沖縄から基地をなくすことは日本から基地をなくし平和な日本を創ることだ、と立ち上がられた国民に心から敬意を表します。
 今、沖縄県の社会大衆党の呼びかけに呼応し、連帯して立ち上がられた他府県の皆様方の勇気と実践こそ、日本の民主主義と平和を地方から再生させる崇高な闘いであります。
 自信と勇気をもって頑張って下さいますことを心からお願い申しあげメッセージと致します。

北中城村長 喜屋武 馨
 五十一年前、鉄の暴風が吹き荒れた沖縄戦で二十万人余の尊い人命が失われ、財産、文化遺産もほとんど焼失しました。
 戦後も平和を願う県民の願いとはうらはらに、銃剣とブルドーザーで先祖代々の土地を奪われ、今なお、広大な米軍基地が居座り、有事の際の発進基地となっています。
 現在、日米両国政府は日米安保条約の再定義を行い、基地機能を維持したままの米軍基地の整理縮小と引き換えに日米安保条約のグローバル化を押し進めています。
 このことは、今回の日米特別行動委員会(SACO)の中間報告に見られるように沖縄米軍基地の整理縮小をする一方、機能は主として県内の既存施設に移設するという基地のたらい回しが行われ、引き続き沖縄県民に犠牲と忍従を強いるものであり容認できるものではありません。
 基地のたらい回しでは問題の根本的な解決はありえません。
 また、米軍基地の問題は、沖縄県民だけの問題ではなく、国民全体の問題であり、国民共通の課題であります。
 つきましては、沖縄の実情と沖縄県民の願いをお汲み取り頂き、基地のない平和な日本を築くために貴職の特別のお力添えをお願い申しあげます。
 沖縄米軍基地問題解決のためにご奮闘なされている貴職に心から敬意と感謝を申し上げます。
ブラジル
              左翼の戦略を再考する
                                  ジョアキム・ソリアーノ

 ジョアキム・ソリアーノは、ブラジル労働者党(PT)内部の社会主義民主主義(DS)派の指導者の一人である。彼は、先の大会における同党役員選挙で左派側の書記長候補となり、四六%を得票した。以下の論文は、現在のPTが直面している状況に関する内部討論のために執筆されたものである。

ブラジル政治の現在

 歴史的に新たな時代が始まり、変転する事態の推移はブラジル社会を巻き込み、そして依然として発端の局面にある新世界秩序におけるブラジル社会の位置を変化させようとしている。こうした世界的な事態の転換の一環として、われわれが目撃しているブラジル・ブルジョアジー内部における重要な変化が存在する。それは、単に国際的な再編に対応するにとどまらず、長期にわたる国内的な政治過程――ブルジョア側の指導部の危機――の結果でもある。つまり、軍事独裁政権の時代が終わり、イタマール・フランコ政権にまで持続している政治危機の結果なのである。
(注 ブラジルでは一九八四年までの二十年間軍事独裁政権が続いた。ただし軍事独裁政権の最後の段階で、数年間の「民主政治」への準備期間があった。ブルジョアジー内部の親軍事派と反軍事派との間で協定が結ばれたものの、文民政権への「管理された移行」という思惑がはずれ、政治危機となり、ブルジョアジー内部の分裂を強め、信頼を急速に失わさせた。労働者党(PT)の急成長によっても加速されたブルジョア支配の不安定さは、一九九二年のフェルナンド・コロール・デ・メロ大統領(当時)の汚職に関する議会による告発と起訴の局面に深まり、一九九四年末の選挙まで続いた。その結果、イタマール・フランコ政権が登場した)。
 支配階級内部に新たなヘゲモニーが形成されたことによって現在、長期間の政治危機という状況は克服されている。国家的な危機に対する民主的かつ人民的な政策が実行された数年間を経て、われわれは一九九四年の大統領選挙で大きな敗北を喫した。ブルジョアジーは、資本主義的な再編計画と、国民を破滅させ国を再植民地化させる方針を実行するに有利な状況を形成できたのである。現在の右翼政権は、保守勢力による単なる選挙同盟をブラジル社会を完全に変更できる有機的な権力同盟に転換させようとしている。PSDBとPFLとを中心とする保守勢力の同盟は今日、支配階級のほぼ全体を包含している。
(注 PSDBは、現大統領フェルナンド・エンリケ・カルドーソの政党で、その前身は、軍事独裁に反対したブルジョア野党PMDBから分裂したものである。PMDBは政権に入り信頼を失ったが、PSDBは一見したところ進歩的な「社会民主的な」立場のために基盤を獲得した。一九九四年の大統領選挙ではPTの候補ルラが勝利を収めそうだったが、ブラジル・ブルジョアジーは、前左翼の社会学者、フェルナンド・エンリケ・カルドーソに支持を変更した。
 PFLは、ブラジル支配階級の内部で最も伝統的な勢力の政党で、二十世紀の多数の政治家と関係がある)。
 フェルナンド・エンリケ・カルドーソが率いる政権は、ブルジョアジーの戦略的な中核を軍事政権以上に帝国主義の指令中枢に再接合しており、ブラジル支配階級の前例のない国際化を体現している。われわれは今一度、力を蓄え、結集し、戦略を練り直し、政治的思想的な領域を見定め、国民の多数に対して生活水準の低下とネオリベラリズム政策との因果関係を示さなければならない。こうした活動を実現するなら、われわれは再び、ブラジルの権力闘争に現実的に挑戦できるだろう。

ネオリベラリズムの不安定さ

 従属国の多くでは、国家が釣合重りの役割を部分的に果たし、国家的な決定中枢の限定されているものの自律的な機能を可能にし、国内開発計画を支援している。しかしグローバリゼーション、規制緩和、市場メカニズムの強まりといった事態の流れは、周辺諸国の新たな植民地化をもたらしている。こうしたブラジルと世界をめぐる新しい力学は一時的なものではない。それは、まさに国内および国際両面での時代の性格変化を示している。それは、単に再編の過程にある政治的かつ社会的な運動にとどまらず、社会全体、その根底からの変化なのである。
 ブラジル的には、ネオリベラリズムが一九三〇年代から一九八〇年代まで支配的であった「一国的開発主義」にとって代わった。
 国際的には、一九一七年のロシア革命の衝撃下に刻印され、第二次世界戦争の終了によって再配置された世界というものが、存在をやめた。そして資本主義は十九世紀の自由競争の時代から独占資本主義への変質にも比すべき成熟をとげた。その際の資本家階級にとっての課題は、国家の政治的な統一を維持し、国内市場の様々な部門を形成し統合することであった。多くの国で帝国主義勢力の少なからぬ部門が不安定化の影響を受けたが、最も打撃を受けたのはいうまでもなく労働者だった。
 ブラジルでは、この危機の過程は極めて深刻な矛盾に満ちたものであったが、暴力を伴わなかった。左翼にとって不利な条件が存在したアルゼンチンやメキシコのような諸国における経験は、人々の集団全体や地域の貧困化・周辺化がチャパスの実例のような反乱を生み出したり、あるいはアルゼンチンのサンチアゴ・デル・エステーロのように自然発生的な大衆反乱の爆発をもたらすことを示している。
 ブラジルの(ネオリベラリズムによる)「構造調整計画」は、アルゼンチンで実行された野蛮な脱工業化あるいはメキシコでのような反民衆的な略奪的な形をとらなかった。だが、ブラジルの市場開放は、すでに生じていた農業と工業の一部部門の破局を加速しており、多数の地域全体を貧困化させる可能性が強い。
 そのうえネオリベラリズムによる安定化政策は、世界経済の頻繁な上昇下降が引き起こす危機に従属せざるをえない。ブラジルの例でいえば、短期的には為替危機が起きる可能性は少ないが、その可能性を排除できない。持続する大規模な国際収支の赤字、短期資本流入への依存、対外債務の新たな増加――こうした事情は、為替危機、通貨危機を再び日程に上らせ、現在の経済政策を混迷させ、政権の正統性を危機に陥らせるに違いない。
 こうしてネオリベラリズム・モデルが本来的に有する内部矛盾と構造的な不安定性は、左翼にとっての闘争空間と新たな路線を提起していく可能性を増幅させるだろう。

現在の挑戦

 メディアへの完全な統制、ネオリベラリズム政策に関するブルジョア内部のかなり強い結束、各種機関(議会、国家と地方自治体政府、司法と武装勢力)へのブルジョアジーの支配――こうした事情は、「より小さい悪」と交渉したり、あるいは敵陣営の二次的な内部矛盾につけいろうとする闘い方が、政府の方針を強化したり、逆にわれわれの側の路線の影響力を弱めるだけに終わることを意味している。状況を変えるためには、社会闘争を再度活発にし、その闘いの権威を圧倒的多数の人々にとって高めていかなければならない。また、人々に提起する路線をより大衆的に展開し、人々を動員するやり方をより民主的なものとし、「公的な計画」に挑戦し、各種機関の外部で圧力をかけ、MST(モビメント・ドス・セム・テラ)が土地改革闘争で行ったように行政機関内部の力関係を変化させていかなければならない。
(注 モビメント・ドス・セム・テラ(土地なし運動)は、土地なし農民の組織で、数百にのぼる土地占拠闘争や土地改革を促進させるための運動、農村部の貧民への公平を実現するための闘いなどを展開している。この数年間のブラジル社会闘争では最も力強いものであり、労組運動にも若干ながら力をもっている。MSTは本来南部の組織であったが、現在では全国的に重要な勢力になっている)。
 一つの基本的な側面は、ネオリベラリズムに基づく産業再編過程の全体を告発し、この問題に関する独占的なメディアによる情報封鎖を解体しようとすることである。ネオリベラリズムの最大の勝利というものは、それがすべての路線を排除し、住民の多数にとって経済的、社会的に被害を与えたとしても、現状を擁護するもの、反対するもののどちらにとっても共通の参照点になるということである。労働者の利益に基づいてグローバルな路線を再確立することは、経済、政治、社会の領域でネオリベラリズムと対決するための前提条件である。

新しい課題と戦略は

 換言すれば、PTとブラジル左翼に基本的に必要な新しい政治課題とは、次の三点である。
●この国の戦略計画を練り直し、国民的な統合が解体していくという見通しに対抗する路線を提供することである。
●社会的な勢力を蓄積していく新たな方針が必要である。それは、PTとその広範な社会的基盤との関係を再点検し、ネオリベラリズム政策によって最大の被害を受けた多数の人々を再び強く結合するものである。
●深部で進行している左翼の組織的、綱領的な再編・再建をしっかりと進め、国家機構におけるわれわれの側の勢力配置の否定的な現状を逆転させ、民主的、民衆的な機構への参加を拡大し、自らを独立して組織するPTの能力を再確立し、搾取され抑圧された人々の自主組織化の参考としてPTを行動させることである。

 グローバリゼーション、規制緩和、市場開放、公共福祉と社会保障制度の危機、新情報通信技術と新しい経営方法の急速な導入、構造的な失業、国家機能の巻き返し――資本主義的なリストラクチャリングやネオリベラリズムの構造調整と結合するこれらすべての事態は、われわれが展開すべき戦略的な行動の新しい段階を示している。新たな戦略的な諸問題は、以下の三つのカテゴリーに属する。
 第一は、社会構造それ自身が変転する状況、したがって、ブルジョア権力構造の再編が進行する状況において、国家と社会との関係を変化させること。資本家階級の権力は、一国的にも世界的にもかつてなく集中しているが、その権力は、国民国家の課題に関する再検討と、民間経済と大企業の政治権力、メディアの政治思想的な権力の強化を伴って行使されている。
 この結果、二つの問題が生じている。その一つは、国家が政治闘争の絶対的な焦点となっている事実である。人民権力のための闘いは、相対的な重みを増している私的権力という非国家構造と関連する。
 もう一つは、人民内部での社会的分岐の拡大である。一方では、農村部の住民は土地から切り離されて都市に流れ込み、そして都市では通常の労働市場に接近できない。大々的な構造失業が存在するので、膨大な人々が社会から「排除」され、やっとのことで生き延びている状態にある。他方では、プロレタリアートは数的には増加しているが、工業労働者の全賃金取得者における比重は低下している。つまり規制緩和、フレックス制労働、契約外労働などの新しいやり口は、搾取率を強め、国家による社会保障に代表される「社会賃金」の問題を顕在化させ、そうした結果として、通常の労働市場の内部に属する人とそうでない人との社会的な格差を拡大している。
 このことから、さらに三つの問題が生じている。第一は、革命と新しい社会を建設する社会的、政治的な中心主体としてプロレタリアートを形成していくうえでの諸条件が極度に複雑になったことである。第二に、工業労働者階級、あるいはプロレタリアート自体の人民諸層を結集し、通常の労働市場から「排除」された膨大な人々をひきつける能力が問題になっている。プロレタリアート(多くの場合、工業労働者階級と同一視されるが)の革命的な役割に関して人々は信頼感を浸食され弱めており、この浸食作用がプロレタリアートの社会的、政治的な一体感を弱体化させている。
 第三に、ブラジルのような国家の世界における位置の変化がある。つまり、そこではもはや一国的、社会的な発展の展望が存在しえない新しい資本主義世界制度との関係が変化しているのである。多国籍企業、国際的な通信ネットワーク、地域的・国際的な政治と経済の諸組織――こうした存在がかつてなく重要な役割を果たしており、国民国家にとっての障壁になっている。
 こうした問題は、少なくとも次の三つの含意がある。第一は、革命闘争の一切の実践分野で国際主義を決定的に強化しなければならないことである。第二は、一国的な枠組みで政治路線を展開する困難さである。第三は、権力奪取(ことに国家権力の奪取)として理解されてきた革命概念の再考が必要だということである。一国的な枠組みでの革命概念の再考からを始め、国際的な課題(地域的あるいは世界的)が質的にも増大している現実を考慮しなければならない。
 これら三つの問題は、ブラジルのみならず世界の左翼戦略の練り直しを要求しているのである。
(インターナショナル・ビューポイント誌6月、278号)
イギリス
          社会労働党(SLP)創立大会
                                   マーク・ジョンソン

 新社会労働党(SLP、本紙前号を参照)の創立大会は、五月四日にロンドンで行われ、約六百人が参加した。なお、公式の設立日は五月一日の記者会見となっている。
 新党結成を最初に呼びかけた(昨年十一月半ば)のは炭鉱労働者の指導者アーサー・スカーギルで、これ以降、様々な活動家集団、ことに鉄道労働者、公務員労働者、教員組合などで新党結成に関する議論が展開されてきた。呼びかけから四カ月たった創立大会では、党員数は千二百五十となった。
 三千百人の組合員数を擁する地方、地域の労組支部がSLPへの参加を決定したが、しかし、こうした動きに対して労組官僚が様々な圧力をかけてきた。運輸一般労組の中央官僚は、北ロンドンの支部に対して、労働党以外のいかなる政党への加盟も組合規約違反だと脅迫した。運輸一般労組の組合綱領には、組合は「生産、流通、交換手段」の共有制のために闘うとある。この点を踏まえて同支部は、一九九五年に労働党が共有制条項(第四条)を規約から削除したことがSLP結成に向かう最大の動機の一つだったのであり、第四条こそは労働党の大きな象徴であり、党指導部がこれを絶えずこれを無視しようとしてきたから、これを擁護することが労働党左派の結集軸となってきたのだ、と説明している。
 政治文書の種類は限定されていたが、討論にふされ、修正などを経て大会で承認された。政策に関する最初の会議は、本年三月に行われ、ここで作業グループがつくられた。同作業グループはすべてのメンバーに開かれたもので、五月四日の大会まで開会されてきた。女性、教育、年金、黒人解放、反人種差別に関する政策が採択された。移民管理の撤廃を求める動議は、百十四の賛成、反対百八十二で否決された。
 アイルランド問題に関しては、イギリスが北アイルランドから撤退することを無条件で表明する、現在、イギリス本国に捕らわれているすべてのアイルランド政治囚を北アイルランドに送還すること、全政治団体による和平会議の無条件即時招集などの要求が決められた。
 大会運営委員会の提案は大部分の支持を得た。党規約などは討論されず、票決もされなかった。
 マスメディアの関心は、大会が訴えた「賃金が低下しない週四日労働制、不必要な超過労働の禁止、五十五歳でのフル・ペイによる自発的早期退職制」の要求に集中した。
 経済問題に関する大会討論をみると、多くのSLP党員が資本主義が根本問題だと考えていることが分かる。また、スペインの統一左翼、イタリアの共産党再建派、キューバ共産党の代表からの報告が大会のハイライトになった。
 SLP党首となったアーサー・スカーギルは、次の総選挙では限られた候補者しか立てないと述べた。ある代議員はおよそ五十人くらいだろうと語った。党の人的金銭的能力が限られているので、左翼を結集し組織できる選挙区や保守党や労働党の候補者に批判が集中している選挙区に立候補は限定される。
 SLPの結成の時期とその方法をめぐるイギリス左翼に関する議論が継続するだろうし、SLPが労働党にとって代わる対抗政党になれるかどうかに関心が寄せられている。
(インターナショナル・ビューポイント誌278号)

メキシコシティのメーデ

 野党側のフォロ・グループと戦闘的なプリメーロ・デ・マージョ(五月一日組合間連合)が率いるデモ隊が五月一日、メキシコシティの国民広場に集まり、広場を埋め尽くした。数百の旗や何千ものプラカードが掲げられ、スローガンを叫んだり、抗議歌を歌ったりした。十万人以上の労働者、農民、都市貧民が集まり、政府のネオリベラリズム政策の変更を要求した。
 昨年、労働会議(CT)とメキシコ労働者連合(CTM)が公式のメーデーデモの中止を決めたとき、独立労組や農民同盟、地域住民組織、民主的市民運動、反政府政治組織などは、過去数十年間で初めての真正な独立系による独自メーデーを組織した。一九九五年のメーデーは、あわただしく組織され、草の根組織が中心だったが、民主主義と経済政策の変更を要求する戦闘的な社会運動の雰囲気を漂わせていた。
 今年は初めて、フォロ・グループの反対派組合役員と五月一日組合間連合がイニシアティブをとった。独立系の五月一日組合間連合は、フォロ・グループよりもはるかに小さな組織で、昨年のメーデー行進から成長してきたものである。この中心は、ルート一〇〇バス運転士組合(SUTAUR)で、リカルド・ブラコを指導者とし、活発な組合員九千人を擁している。彼は、組合の弁護士で現在、着服の嫌疑で獄中にいる。一九九五年、メキシコ政府は、国有企業の民営化の一環としてルート一〇〇の破産を宣告し、一万二千人の労働者をレイオフし、独立労組SUTAURを排除した。多くの労組や各種組織が集まってSUTAURを支援し、五月一日組合間連合を結成して同年のメーデー行動に参加したのであった。
 フランシスコ町住民戦線の隊列は、都市貧民数千人によるもので、その中には貧困地域からの何百人もの主婦も交じっていた。サパチスタ民族解放軍(EZLN)とその新組織サパチスタ民族解放戦線(FZLN)の支持者らもデモに参加した。
 真正労働戦線(FAT)の指導者アルフレード・ドミンゲスがEZLN副司令官マルコスの声明を代読した。それは、労働者、農民、勇気ある人々に政府のネオリベラリズム経済政策に反対して共に行進しようと訴えるものだった。
 他方、チャパスでは二百人のEZLN支持者が現地のラジオ放送局を占拠し、EZLN副司令官マルコスのメッセージをスペイン語と現地の言葉で放送し、労働者、農民、勇気ある人々が団結してネオリベラリズムと闘い、新メキシコを建設しようと訴えた。
 民主革命党(PRD)も、このメーデー行進に参加し、同党の最も有名な政治家(大統領候補者)であるクアウテモク・カルナデスが国民広場の集会で演説をし、五月一日連合とフォロ勢力との統一を呼びかけた。彼はまた、石油産業を守る委員会の結成を訴えた。
 今回のメーデー行進で関心を集めたのは、二つの経済グループ、負債がある農民や経済人の組織であるエル・バルソンとNATIとが参加したことである。
 一九九六年メーデーは二つのことを示した。一つは広範囲の労働者階級がメキシコ政府の経済政策と社会政策に反対している事実であり、もう一つは公式(国家の認めた)労働運動内部で亀裂が拡大している事実である。多くの解説者は、このメーデーを近年のメキシコ労組運動における「転換期」とか「分水界」と称している。
 しかし労働組合運動が改革されると期待するのは、おそらく時期尚早である。メキシコ労組と国家との力関係を考えるなら、労働運動を真実に改革するためには、労働運動が広範な民主運動に参加し、その運動全体としてCTやCMT指導部のみならず、政権与党である制度的革命党(IRP)指導部をも引きずり降ろすことが必要である。つまり大規模なストライキ、市民的不服従行動、当局との地域的あるいは全国的なより強力な対決などが必要である。だがメキシコ労働者階級は依然として慎重である。静かであり、ストライキの水準は低い。
(インターナショナル・ビューポイント誌278号、出典「メキシコ労働ニュース・分析」)
本の紹介
            宮脇俊三著   夢の山岳鉄道

 私は「アクト」の熱心な読者ではないが、同紙五月十三日号に掲載された「わたらせ渓谷鉄道の春」(小学校教員大穂耕一郎執筆)は熟読した。それで手元にあるアクトを遡ってみると、大糸線についての記事も見つけた。その頃の私は一年間で最も忙しい時期にあったので、鉄道ファンとしてすき心がいたく刺激されたものの、身動きならず、鉄道本を読むことさえかなわなかった。
 大穂さんの記事は「一九八九年三月二十九日、前日までの足尾線を引き継いで「わたらせ渓谷鉄道」の一番列車が春浅い谷間にレールの音を響かせた」という一節に端的に示されているように、鉄道ファンにはピンと匂う「鉄道を愛する者」特有の感覚、雰囲気がある。これら二つの記事には教えられるところが多かった。とは言うものの、大穂さんは鉄道好きとして他に書きたいことがあったが、アクトに掲載するのだから「社会問題」の側面に焦点を合わせざるを得なかったのだろうな、という感想も残った。
 鉄道ファンにもいろいろなタイプがある。列車に乗っているだけでうれしいタイプ、時刻表を隅から隅まで熟読するタイプ、列車の写真撮影に熱中するタイプ、各駅のスタンプを集めたり駅の写真をとる者、中には駅員や列車乗務員と話をして楽しむ者もいる――鉄道ファンとして私は一番単純なタイプで、汽車に乗っていればいい方だが、もしかしたら大穂さんは「社会派鉄道ファン」という新しい分野を形成するのかもしれない、とも考え直した。期待するところ大である
 単純に考えても、産業資本主義の時代を切り開いた鉄道時代から、自動車を中心とする社会へと変化してきた。マスメディアもラジオ・新聞からテレビへと変わった。この変化の意味は大きく、社会あるいは文明それ自体の変化と言って過言でない。鉄道ファンであることは、一つ前の文明、社会が現在の文明の内部で存在し活動する――衰退する姿であったり、生き延びようと必死にもがく姿であったり――現実に身近に接することになる。だから鉄道ファンを長くやっていると、どうしても文明の問題に突き当たらざるを得ない。
 そんなに風呂敷を広げなくても、車窓からただ風景を眺めているだけでも、あるいは車内で繰り広げられる人々の動きを眺めているだけでも、社会のうつろいの様々な側面を感じざるを得ない。
 いずれにしても本書の著者である宮脇俊三さんは、若い頃からの鉄道ファンであり、時刻表を愛読し、旧国鉄の全線完乗を実現し、「最長片道切符の旅」「時刻表2万キロ」などで知られる鉄道紀行作家で、「ユーモアの質が高いし、文明批評もある」(阿川弘之の言葉、本書解説から)と評される人物である。私より一つ前の世代に属する最良の知識人の姿を示しているのだろうと私は思っている。この著者の鉄道好きがこうじて「自分の鉄道」をつくるという夢を一歩現実に近づけたのが本書である。野球をやった人間の夢が「プロ野球の監督をやる」ことであるように、鉄道ファンの夢は自分の鉄道をつくることである。
 これだけでも本書は鉄道ファンの夢が実現していく過程を追体験するのだから、たまらなく楽しい。だが、それだけなら本紙で本書を紹介することはない。
 本書は、「JTBの月刊誌『旅』……に「夢の上高地鉄道」なる一文を書いた。これは……私が……書きたいと申し出たものである。自然保護と交通渋滞解消のためには観光道路からクルマを排除し、代りに鉄道(単線)を敷くべきだ、という私の持論を上高地を典型として述べてみたかった。
 さいわい、かなりの反響があった。クルマ横行社会への反省と鉄道復権の追い風によるのだろう」という一文から始まって同じ趣旨で日本だけでなくイギリスやスイスなどにも話を広げていったものである。敷設されるのは、国内だけを紹介すると次の線である。
 上高地鉄道、富士山鉄道・五合目線、伊勢志摩スカイ鉄道、屋久島自然林保存鉄道、比叡山鉄道、奥日光鉄道、志賀高原鉄道・草津白根線/奥志賀線、蔵王鉄道、菅平鉄道根子岳ラック線、奥多摩湖観光鉄道、立山砂防工事専用軌道、祖谷渓鉄道スリル線。
 ヨーロッパなど諸外国では、鉄道復権の動きが具体的に進行していると聞く。「クルマ横行社会への反省」を具体化することは、社会(文明)を大きく変革しようとする問題意識なしでは実現できないと思う。本書は、こうした問題意識を具体化するやり方を垣間みせてくれるものとして考えさせられるものがあった。
(高山徹)