1996年10月10日        労働者の力               第82号
~FLTJ20~~4~ 菅直人の参加によって、危機に陥っていた鳩山新党構想が息を吹き返し、民主党が新たな第三勢力として発足した。社民、さきがけ両党は大半の勢力を民主党にとられ、政党としての危機に陥った。さきがけは、自民党との提携を進めている旧幹部らの一握りの政党へと転落し、社民党は土井衆議院議長を再登板させ、党としての延命を図ることとなった。が、現有議員の大半が民主党に流れ、残留部分も多くは引退議員であり、実質勢力は十数名にすぎない。自・社・さ連立政権は、民主党の結成によって衆院での安定多数を失い、事実上崩壊した。政界地図の大流動は必至である。
~/~ 衆院解散、新制度の下での最初の総選挙が告示された。十月二十日の投票日は、今までとは一変した政治勢力の分布となり、かつ政権の組み合わせをめぐる駆け引きの中で、政党自体がさらなる大再編に突入する。選挙戦の結果がどうであれ、連立政権時代の持続は避けられそうにはない。衆院定数五百の単独過半数を確保する政党が現れないであろうとみられる以上、政権の組み合わせをめぐる駆け引きがさらに醜悪に繰り返されのである。  
 「自社さ」の組み合わせでは安定過半数には到底達しない。新進党と民主党の組み合わせでも過半数には至らないと予測される。自・民基軸の連立か、あるいは保・保大連立か、それとも自民、新進それぞれの分解と再編か。どの組み合わせも可能性がある。民主党も早期の分解を予測させているし、社民党も政権参加派と「健全野党」派の分解を表面化させるであろう。選挙戦のイメージをめぐって、すでにこの党は土井委員長と残存組織との確執を激化させている。また、保守勢力再編が進めば、「さきがけ」の政党としての消滅も時間の問題となろう。
 事態はさらに流動化を深めるのであり、現在までの政党の形は、共産党を除いては極度に不安定化の方向に踏み込むことは間違いない。組み合わせについての政治的予測は、再編の当事者みもまさに困難である。
 だが明確なことが一つだけある。今後の再編の基軸も、政党としては自民党にあり、かつ政治的には「日米安保体制」護持の枠組みによる連立政権であるという事実である。
 新進党は政治的中心軸を築くことに失敗した。自民党の大分裂に成功せず竹下派分裂にとどまったことの結果、都市部では創価学会勢力に依存する要素を強め、議員個々人の選挙利害はいざ知らず、政党としての政治的魅力、吸引力はすり減る一方にある。政権党への道のりが遠ざかるほど、この党は内的求心力を喪失していく。
 今回の総選挙後を生き延びることは至難といえるであろう。二度と新進党を軸にした大連合的、「細川・羽田」政権的なものが生まれるとは到底期待されない。安保堅持、安保再定義路線の中に小沢路線の実質は組み込まれつつある。「普通の国家」論はアメリカ(とりわけ共和党)を視野に入れたものであり、対アジアはほとんど考慮されていない。アジアという地域に存在する日本が太平洋を飛び越えるわけにいかない以上、アジアの政治的枠組みの新たな構想が要求されるが、小沢路線にはそのための準備がないのである。
 日本経済の枠組みがますますアジア地域にシフトしていっている一方、一昨年秋にはじまる沖縄民衆と県政の結合による沖縄基地問題の政治的な浮上によって、単純な「極東有事論」「半島有事」論の危機あじりと、一挙的な軍事主義的な突出で政治的枠組みが動くほど単純ではない。自民党政治の枠組みを突破するまでの力量を小沢路線は持っているということはできない。むしろ橋本が沖縄県と「基地整理縮小」の方向で「対話を実現した」という演出によって、政治的な点数を稼いでいることの方が比重が重い。例え橋本の「演出」が早晩化けの皮がはがれるにせよ、小沢路線の骨格ともいうべき安保・軍事問題での「普通の国家」論が論点の主軸となった時期は過ぎた。
 それゆえ、政治の基軸が「日米安保」堅持論の枠組みに移行し、連立の基軸もそこに置かれることが明確な限りにおいて、小沢新進党は、自民党を軸にする再編劇の脇役的存在に転落したのである。
~/~ 消費税凍結、大減税の公約は、小沢が「一発逆転」の狙いをもって打ち出した苦肉の策である。「行革問題」での得点稼ぎが、各党の横並びによってかすんでいる状況にあり、かつ消費税凍結論も非与党勢力の共通項目となりつつある状況で、無理矢理ひねり出したのが法人税と所得税の大減税論である。小沢路線の牽引力の衰退を穴埋めしようというこの公約があまりにも空想的であり、実現の根拠を欠き、かつ本音であったはずの消費税一〇%論の「手のひらを返した」ものであるだけに、逆に小沢の苦しさが現れている。さらには、なぜ小沢は消費税撤廃とは言わないのか、という点にうさんくささが表れる。法人・所得税の大幅減税論は、いわゆる税の直間比率の転換の延長そのものであり、間接税の大幅な増大によって大衆収奪を拡大する路線でもあるからだ。
 しかし、そのうえで、小沢の消費税率据え置き論の提起が連立三党や民主党の論理の弱点を研究して出されてきていることをみるべきである。その反面は、小沢が自らの消費税一〇%論の本質的性格を「熟知している」ことを意味するのであるが。
 消費税問題は連立三党のアキレス腱であると同時に、新進党のアキレス腱でもあった。連立三党が五%アップをなんの論議もなく閣議決定した背景には、明らかに小沢新進党がこの決定に抵抗しない、できないという読みがあったはずである。そうした連立三党、とりわけ社民党とさきがけの安易さは底なしともいえ、最終的に村山・武村の政治生命の終わりを告げたともいえる。院内における圧倒的多数勢力(自社さと新進の二大政治ブロック)が消費税引き上げ論である、共産党の抵抗は問題にならないという永田町政治が村山・武村の墓穴を掘った。
 共産党の「躍進」、住専―消費税への風あたりの強さを見た新進党が選挙政策として凍結論に傾斜したが、小沢はその上にさらに一挙逆転の絵を描こうとしたのである。
 その策が功を奏するかどうか、問題はその現実性をいかに印象づけられるかにある。小沢は、行革の推進によって減税分の「財源」を確保できると言う。消費税と行革を一体のものとして枠づけるという発想は目新しいものではないが、さきがけや民主党の主張の裏側をいくことで、差別化を図ろうとした。
 さきがけ、民主党のいずれもが(自民、社民をも含んで)行革実施が「増税の条件」としているのに対し、小沢はそれを論理的に越えようとしている。この発想自身は相対的に評価していい。自社さ、そして民主党も「消費税と行革のバーター」論にあり、その論理的泥沼が民衆意識とのかい離につながっていることをみれば、小沢が消費税凍結論と行革推進論の一体化を選挙戦術の決め手に設定しようとしたことの位置はあるのである。
 だが問題は、繰り返すが、その現実性の演出がどの程度までの効用を持つかであり、同時に、小沢が消費税撤廃とは決していわない欺まん性にある。
~/~ 行革論が風びする背景は少なくとも四つある。一つは巨大な財政赤字問題である。二つは規制緩和論と共通する官主導行政へのいらだちと国際的圧力であり、三つには「官の腐敗」のまん延に対する怒りである。そして四つ目は、中央統制に対置する地方自治・分権論である。
 このうち、とりわけ最初の問題が消費税・行革バーター論と直結している。巨大な世界最高水準の財政赤字を埋めるための消費税値上げ、という論法はまさに身も蓋もない代物である。最初に消費税が導入された際も、細川が七%論を提起した際にも、いずれも福祉充実目的と説明された。だが結果は一般歳入の不足の充填に当てられ、いつの間にか財政赤字補填へと、消費税そのものの目的が移された。他方では高齢化社会への対応のための公的介護保険導入がいわれはじめ、さらには高齢化時代の福祉充実のためには、より以上の税の高負担もやむなしとの論も登場してきている。つまり福祉目的税という消費税の位置はすでにどこにもない。したがって、再度の税率アップの論理もまた赤字財政再建のためなり、それに福祉目的を上乗せすれば、かつて武村が失言した「一三%」論にも至るのである。
 そうした赤字補填論に乗った論理がひねり出したのが、政府費用の削減論、いわゆる行革の推進を見返りにするという「子供だまし」の論法にほかならない。したがって、消費税そのものに反対する立場はもちろんだが、福祉目的論の立場から一定の税負担を容認する観点からしても、当然に現行消費税のアップは認めることはできないし、ましてや現行消費税そのものの存在を是認できないはずなのである。
 行革とのバーター論は、現在の巨大な財政赤字(二百兆円もの赤字国債残高~GAJFB037~)がつくり出されたそもそもの国家財政の問題点に目を向けない。のみならず意図的に目を向けさせないための論理なのである。
 一つの例を出そう。安保体制堅持がどれほどの巨額の財政支出に結びついているのか。いわゆる思いやり予算が六千億円にも達している事実。さらには、普天間移転問題で浮上した「移動式海上ヘリポート」の見積もりが数千億円とされている事実。われわれは、こうした巨額の財政支出が安保堅持や安保再定義の過程で拡大してきている事実を知っている。そして橋本がやろうとしてきていることが、さらなる財政負担によって表面的な基地移転の形式をつくろうとする路線であることも明らかだ。にもかかわらず、現在の消費税行革バーター論者は一切これらの事実に触れようとしない。そして小沢自身の選挙公約もまた、行革実施によって財源を得るとしか触れない。触れようがないのだ。
~/~ 財政赤字が、アメリカの対イラク戦争への巨額の負担をはじめとする日米安保経費や、さらに高額の兵器を次々に買い込み、開発する防衛費の突出的増大によって加速されてきている事実を隠することは絶対に許されない。こうした費用一切が、今や日本国家の議会政党の大枠の共通立脚点となっている日米安保体制基軸論によって、事実上超法規化されている支出なのである。
 政府機構の簡素化、あるいは弱体化は絶対に必要だ。情報公開の徹底化、官官接待の全廃、官僚の天下りの全面禁止も当然だ。大蔵省分割も当然である。中央政府の強大な権限を極力抑制し、可能な限りの地方分権と、民衆による全面的な監視、監督のシステムを推進する必要性はさらに大きい。
 と同時に、われわれはかくも巨大化し、超法規化されつつある安保費用の全面的な削減こそが「財政再建」の核心的決め手であると主張する。まさにかつての社会党が主張した、「自衛隊予算を福祉へ」の主張は、最大の行革であり、財政再建の核心的決め手であり、そして消費税の凍結・撤廃の最大の論拠である。冷戦後において、「平和の配当」どころかその正反対にますます増え続けている軍事費(防衛費)と安保費用という矛盾に触れようとしない行革論は全くのまやかしであり、安保費用と軍事費の全面的削減によって消費税の凍結のみならず撤廃を行い、かつ福祉費用を生み出すことは十分に可能である。
 小沢が財源問題を抽象的にしか言えないという事実にこそ、安保堅持・拡大の路線が財政を圧迫し、巨額の累積赤字を生み出した元凶であるということを彼が熟知していることを示されている。
 こうして行革と消費税問題は、現行保守体制あるいは自民党を基軸とする(新進党を含むあらゆる形態の)連立政権体制の枠組みの最大のアキレス腱である安保・防衛費用の巨大さを物語ってしまうのである。
 したがって行革・消費税選挙と喧伝され、安保・沖縄問題を極力後景に退かせて演出されている今回の衆議院選挙においてこそ、安保費用・軍事費用こそが全面的に削減されるべきだというシンプルな主張が今こそ、大々的に展開される必要なのである。
~/~ 以上から、今衆院選挙においてわれわれは、安保体制の打破を根底にすえた二十一世紀の展望と進路が財政再建論、行革推進論の真の道筋であると主張する。
 この観点からわれわれは、安保体制に対決する候補者、政党への投票を呼びかける。
~/~ 鳩山と菅の連合によって社民党とさきがけの息の根を止める形で出発した民主党。都市住民層をねらい、かつ連立時代のキャスティングボードたらんとする。
 霞ヶ関解体をいう一方で行革・消費税バーター論を展開し、市民参加政治を掲げる一方に露骨な「排除の論理」を貫徹する。菅派と鳩山派の綱引きに加えるに旧社民党右派の露骨な異分子排除の横行などなど、雑多な、まさに「生き残り」を画策する議員集団の合体の「時限政党~K~」(鳩山兄)が、一山当てようとする投機分子のなだれ込みをかかえて、全国選挙に打って出ようとしている。
 どの側面からも、この党が保守二大政党に対抗する第三極を貫徹するという印象は出てこない。保守党のど真ん中から登場した鳩山兄弟が当然にも保守政治の新たな本流へと転じる野望をもって動きだしたことは明らかだ。「時限政党」論はまさに、鳩山兄弟が自身の将来展望に必要なステップとして第三極論を利用していることを示しているのだ。連立政権時代における第三極論は、それが政権参画の意思を持つ限り、二大勢力の、よくいえばキャスティングボード、悪くいえば日和見的右往左往の立場を表現する。
 先に述べたように、現段階での「連立」の軸心は自民党にある。それと結ぶのか、あるいは自民党の裏返しの新進党と結ぶのか、民主党にはなんらの、一体的な基準になるようなものは存在していない。鳩山弟は明らかに反自民、新進党の別動隊という性格を示しているし、菅グループの背景となる勢力には明らかなさきがけ・社民連合勢力にあった部分が含まれる。さらに横路の背後にいる北海道グループは、社会主義協会を含んだそもそもの社会党―社民党勢力のまるごとである。
 仮にこの党が求心力を維持しうるとすれば、それは政権から距離を置き、政権参加に対して一定の禁欲の立場を貫徹しうる場合であろう。しかし、連立時代における数合わせの論理に、個々の議員が投げかけられる餌に抵抗できるとは思えない。あるいは鳩山政権が成立する場合にも可能性はある。だが、それは新進党小沢が鳩山を担ぐという、第二の細川のケースである可能性がほとんど百%であろう。同時にそれだけでは安定過半数には数が足りないはずだから、再び自民党からの引き抜きを必要とする。そこに引き抜かれる勢力は、今回は中■根や三塚らの旧態依然たる根っからの保守主義者勢力になるはずである。これでは第三極論の土台が壊れるのである。
 いずれにせよ、この党はバブル的政党でしかない。客観的には、政治の基軸をさらに一層、右・保守に寄せるだけの役割を果たす以外ではなかろう。
~/~ 旧社会党―社民党系労組は民主党基軸へと転換した。しかし旧来からの社会党―社民党支持をすべて清算するまでには至らなかった。地方組織が社民党支持で動くケースも相当ある。
 中央機関内部での矛盾も、一応の妥協で統一組織の体裁を維持する努力をみせている。すなわち土井委員長サイドの一定の譲歩に対して、村山が委員長をたてる形で方針の軌道を小刻みに修正するというスタイルである。消費税抜本見直しや安保問題などの五項目の要求は玉虫色化されている。政権参加問題も是々非々論から閣外協力論へと二人の間では集約されているようである。
 だが、いわゆる分党の論理が地方組織には生きており、土井委員長グループと地方組織の基幹部とのあつれきは拡大してもいる。行き着く先は、新潟県本部のように地方組織の分裂となるのかもしれない。当面の選挙戦をめぐる戦術的対立はそれを暗示する。
 分党論とは次の事情である。民主党には党機構がないのであるし、また同時、なだれ込み拒否の論理が働いていることによって、地方組織が社民党のまま残存し、実質的に民主党支持の動きをするという分党論が(新進・公明関係をみならって)編み出されていた。労組筋は当初、排除論理の対象である村山に残留組織を統括してもらう形にし、実質的に排除論理との折り合いをつけることを画策もした。だが、村山や久保の反発によって民主党参加グループと社民党は、党の分裂という結果に行き着いたはずだ。
 だが、にもかかわらず、党組織の基幹部の内部には、依然として民主党支持の分党論に立脚し、土井を迎えた党中央と正面から対立することも生まれている。
 比例区を民主党支持とすることは、社民党の不戦敗であり、土井グループを投入することによって社民党の比例区選挙を強行しようとする中央と、分党論に固執する地方組織は、例えば東京では別々の選対本部への動きともなった。
 これらの土井グループは市民派活動家、非党員であり、その動きは主観的には土井新党論の延長とみることができる。また「ゼロからの出発」の論理は土井派の論理であり、その旗印で真剣に行動するグループが社民党内部に存在していることも事実である。
 しかし、これらは現時点では不定型な話である。ごく少数の政党を覚悟するのでなければ、土井新党などは「夢」にしかすぎない。土井新党を現時点で支えようとする市民派の力量がそれほどまであるとも思われないし、旧社民党的広がりを維持したままでの土井新党論などは成立の余地はほとんどない。ありうるとすれば、旧来の社会党の、連合や右派・新進党指向グループの大半が抜けた残留部分の糾合による「社会党」である。しかし、それも一筋縄ではいかない。
 不透明さの最大の根拠は、社民党が参院において相当数の議席数を残していることからくる問題である。仮に今回衆院選において社民党が壊滅的打撃を受けるとしても、参院における議席は十分に政権参加問題の取引を行いうるにたる数を有し、その代表格として久保亘現大蔵大臣が存在している。参院では、新進党も民主党も「自社さ」ブロックに比して圧倒的少数にとどまっており、かつ参院の特性上三年間は変更できない。政界流動がさらに激化するとみられる限り、三年間は十分過ぎる期間である。新進・民主ブロックが仮に生まれる事態があったとしても、その政権は参院では(現状の自民・社民が持続するとすれば)圧倒的な少数政権であることを覚悟しなければならず、政権を維持できる力はないはずだ。
 この参院社民党が久保の民主党に対する「財産」であり、また土井委員長に対する「財産」でもある。
 民主党の社民党現職に対する引力は、衆院選後は激減しないとしても減衰することは確実である。社民党は、一方に土井委員長を置きながらも、他方に参院社民党・久保亘を置くのであり、この綱引きは簡単には収まらない。左派結集論などに収れんするという根拠も薄弱だ。そうした中での土井委員長の今後については、まさに見守るしかないというべきであろう。

保保大連合の可能性

 梶山の救国大連合は梶山政権だといわれ、中■根が推進し、小沢も選択肢に入れているといわれる。自民党の自社さ連立政権推進派である亀井は、自民党が二百議席を割ったら、加藤、野中、亀井らの自社さ推進派は「打ち首」となり、保保大連合派の天下となるとアジッている。
 橋本が解散という伝家の宝刀を抜いては見せたものの、民主党の成立によって選挙後も橋本政権が持続するという保障はなくなった。橋本自身も小選挙区でライバル加藤六月と決着をつけるという目論見が裏目に出る可能性がないとはいえない。
 石川真澄さんが「四百議席の巨大な政権党」の可能性を指摘していた。救国政権論はその大連合政権をほうふつさせる。これは十分に「改憲可能な政権」であり、政治が窒息してしまう可能性が大である。もちろん対アジア関係などが制約となるから一直線にはいかないが、少なくともいわゆる政治改革論者の後藤田らが目論んだ「制度改革による」戦後政治の決算、社会党ブロックの解体という目的は達したことになる。「民間臨調」に参加し、その旗を振ったマスコミや学者文化人は何を思うのだろうか。
 さて保保大連合への必要条件は、一つは低投票率による新進党の相対的善戦、自民党の苦戦であり、二つは現有政治ブロックのいずれの組み合わせによっても安定多数ができあがらない政治的混迷が発生し、三つは安保中軸、行革推進、消費税アップの政治的枠組み合意が、政界の多数としてできあがる場合と考えられる。
 小沢が大減税路線の推進は単独過半数の場合のみであると慎重に留保条件をつけているのは、実現する気がないと同時に、消費税アップにいつでも転換できる道筋をつけておくためである。
 以上の枠組みが、さきがけや民主党、社民党の大勢を含んでできあがれば、必要な条件としての総与党体制となる。
 しかし、そうした枠組みは今までもあった。必要条件に対する十分条件は、政治的強引さが貫徹しうる土台が整備されることである。すなわち、小選挙区制度が議席的な固着をもたらし、政権与党が各選挙区での対立候補の登場を抑え込むまでに至るという必要があるであろう。
 比例区政党としての存在の余地が残されている以上は、議席独占の方策は限られている。加えて巨大政党としての政権与党の魅力の反対側には、党内少数派の不満が不断に蓄積し、分解への誘因となる。少数勢力は、むしろ連立時代の継続に意味を見いだすであろう。保保連合(梶山)内閣が成立する場合、不満派、反対派は当然に対抗の連立を模索する。
 さらに保保連合は、もう一つの可能性も残している。すなわち、反小沢ブロックの保保連合である。これが成立する可能性は少ないとみられるが、対抗ブロックとしては十分に可能性をもつ。すなわち、新進党内閣に対する自社さの成立のようなものである。
 事は一直線ではない。

「付」二
衆院選「支援候補」

【新潟一区】中山均
三七歳 歯科医師 市民新党にいがた公認
【東京五区】宮本なおみ
六〇歳 元目黒区議/市民の政治・東京代表 新社会党公認
 「市民の政治」や「平和市民ネット」の活動を通じて密接な協力関係にある両候補を支援し、選挙活動に協力をする。
  十月六日  

基地の縮小・整理、軍用地強制使用反対の
「沖縄一〇〇万人署名運動」の拡大に積極的協力を~GAJFB037~
問い合わせ/東京都千代田区三崎町三―一―一八 近江ビル4F
03-3576-5545
       東京都千代田区永田町二―一―一参議院会館内 島袋事務所

ビートルズ私論・愚考
                                高山徹


ビートルズは復活するのか

 昨年末の忘年会の席のことだが、ビートルズが話題になった。「ザ・ビートルズ・アト・ザ・BBC」や「フリー・アズ・ア・バード」というビートルズの新曲発売が世間を賑わせ、また同年の大晦日にあるテレビ局が五時間にわたるビートルズ特集番組を放映するという雰囲気の中でのことだった。
 会話は「ビートルズについて当時の機関紙に書いたのを覚えているか」という私への質問から始まった。「ビートルズ以後、世界の若者を一つに熱中させるそんなアイドルは出現しない、と書いたはずだ」と答えた。「それだけでなく、ビートルズ解散以後、世界的なアイドルが出現しないのだから、もはやわれわれ(社会主義)の番だ、と結論していた」と指摘された。すっかり忘れていた。(当時の若者にとっての)生活に深くかかわる世界的に共通の存在がないことと、それが社会主義の出番になることとの間に論理的な関連がないのは明白で、「若気の誤ちだな」とその場を濁した。
 その翌日、秋田駅前のビジネスホテルでビートルズ特集のテレビ番組を見た。翌日、つまり一九九六年一月一日に鉄道ファンにとってあこがれの五能線に乗るという、いささか高揚した気分で見た。あれは確かイギリスで製作されたものだったが、宣伝の多さにへきえきした(これは日本のテレビ局の責任だが)のと同時に、何か違うな、製作者らはビートルズを私とは違って認識しているのでないか、と感じて、翌朝一番列車に乗るのに無駄なことをしたものだと思いながら就寝した記憶がある。
 何か違うな、と感じた原因は今となってはまったく思い浮かばない。そもそも番組の内容をほとんど思い出せない。老人性生活態度が身につきつつあるので、好き嫌いが激しくなり、好きでないものはすぐに忘れてしまう。そのせいだ、と思う。それでも、それ以来、ビートルズは私にとって、当時の若者にとって、あるいは現代の人々にとってどんな存在なのだろう、という問題がずっと気にかかっていたし、今もそうだ。

あちらこちらに散見されるビートルズ世代

 そんなことが気になるのには、もう一つ別の背景がある。最近の私の読書対象はもっぱら推理小説で、その中でも英米女性作家のものを好んで読んでいる。ことにサラ・パレツキーとスー・グラフトンの二人は、推理小説は図書館で借りて読むものと決めているのに、新刊(ただし文庫本)が出ると迷わず買ってしまうほどだ。二人の著者とその作品の主役であるヴィクトリア・I・ウォーショースキーとキンジー・ミルホーンは、いずれも女性私立探偵であり、八〇年代後半から九〇年代初めで四十歳前後となった世代に属し、六〇年代と七〇年代のあの時代にベトナム反戦を闘った人々である、と思われる。二人は、性差別のみならず民族・人種問題にも極めて敏感で、しかも接する相手との関係をあの時代をどう生きたかを基準の一つにして決める、そんな生活態度である。
 二人の作品だったのか、あるいは別の著者の作品だったのか、乱読する推理小説にビートルズのことが、例えば状況の描写の一部として、あるいは人物の心理描写の一部としてしばしば出現することに気がついた。つまりビートルズが、あの時代をどう生きたのか、これを判定する一つの材料となっているのだ。
 そしてアメリカでは、今もなおベトナム問題(しばしばナムとして登場する)が人々の心の深層にのしかかっており、それが人々の生き方と深く関係している。だから、やや極端な言い方をすると、ベトナム―あの時代のバリケードのどちら側にいたのか―ビートルズという環をなす一つの判断基準を有する、そういう人々が一部であれ存在し闘っている、と感じられる。二人の作品、その系列の作品を読むと、あの時代を共に生き闘った人々が今も健在で、その生活を持続しているのだな、と思って力づけられるところがある。

アフター・ビートルズ?

 ところで最近(一九九六年七月一日)朝日文庫から朝日新聞社編「ビートルズの社会学」というけったいな本が出た。何がけったいかと言うと、「はじめに」も「あとがき」もない、つまり本の出版意図が直接には何も表明されていない。「第一部 ビートルズ一九九六」と「第二部 ビートルズ一九六六」の構成で、第一部では「誰がビートルズを知っていたか」(矢崎泰久著)など七篇の論文風のものがあり、第二部では一九六六年の朝日新聞などからの再録と、当時書かれた大佛次郎「ビートルズを見た」など四つを掲載している。それにビートルズ年譜がついただけ。うがった見方をすると、当時ビートルズを批判、攻撃した朝日新聞の自己批判の書ととれないこともない。
 その中に私の先の判断、「ベトナム―あの時代のデモのどちら側にいたのか―ビートルズという環をなす一つの基準」の存在を裏づける出来事の報告があった。
 「大学闘争の嵐が日本中を吹き荒れていたころのこと。ある日私が東大の駒場キャンパスを通りかかると、誰かが貼り出したポスターが目についた。……YES/NOで枝別れを順にたどっていくと、最後は、全共闘〜民青のあいだのどこかに落ち着くようになっている。なるほどと思ったのは、最初の質問は『ビートルズが好きですか』で、YESだと全共闘、NOだと民青の方向に一歩進むようになっていること」(橋爪大三郎「ビートルズが現役だった頃」)
 私がビートルズについて書いたのは、確か映画「レット・イット・ビー」を材料にしてのことだった。エルヴィス・プレスリーの映画と比較する形だった。その当時私は悲惨な生活環境にあり、レコードを買う余裕もなく、例え買ったとしてもそれを聞く手段もなかった。唯一の例外は、ジョン・レノンの「イマジン」(一九七一年発表)を購入して、それを誰かにテープにしてもらいカセットラジオで聞いたことだ。それ以降のほぼ十数年間というものは、音楽、ことにポップスとは無縁の世界を生きてきた。だから、ビートルズ以後に世界の若者(正確には若者の多く)を熱中させるポップス界の対象が出現したのかどうか判断する資格はない。
 それでもマイケル・ジャクソンやマドンナといったスターがビートルズに比肩しうる存在には至らなかった、とは言える。レコードやCDの売り上げ枚数はビートルズをしのいだかもしれないが、それはポップスの市場規模が圧倒的に拡大したためにほかならない。ビートルズを超えるアイドル(熱中の対象)はもはや登場しえない、という私の予測の前半は実現したことになる。
 予測の理由としてどんな点を書いたのか、まったく定かでない。今の時点から推測するに、ビートルズは音楽だけでなく生活全体に関して新しい存在であり、その生活全般において若者を解放に向かわせる力がある――ということだろう。そしてビートルズがあれほど強く愛と自由、平和、解放を希求したのだから、彼ら以後に登場するものとしては真に解放を追求する社会主義以外はありえない、として社会主義の出番だという後半の予言になったのだろう。
 予測の半分が実現した、という意味をじっくりと考えてみなければならない。現象的には間違いなく予測は実現したが、その裏には、背後には何があるのか。この問題が分かれば、おそらく時代の性格を半分以上を理解したことになるだろう。とうてい答えの出ない、この問題を考えてみたい。

「今の若いもんは」

 私はかなり長い間、西武ライオンズ球場に通って野球観戦を楽しんでいるが、この数年間、つまりサッカーのJリーグ登場以後、私の理解を超える現象を目撃するようになった。行き帰りの電車の中で、これから観戦する、あるいは観戦した野球でなくサッカーなり他の話題に熱中している若者のグループの存在である。私の理解によれば、彼らは野球を観戦するのでなく、応援という形である行為を演じること自体を楽しんでいる。その対象がサッカーであろうと野球であろうと、あるいは音楽グループであろうとかまわない、という態度である。
 印象的かつ直感に頼ってのことだが、今の若者(ついに私もこんな言葉を使う年齢になってしまった)は、熱中する対象が非常に多数ある一方で、自分が本当に好きな対象を絞りきれないでいるのだと思う。対象を絞ることは、一つの型に埋没することであり、個人としての自分の全体性の喪失につながるのだと恐れているのではないかとも思う。
 もちろん、こうした多くの若者の対極に一つの世界に熱中する少数の若者もいる。現在の非常に多様かつ複雑な世界、あふれかえる情報洪水、近づけば近づくほど希薄化していく対象世界――こうした状況において、それらの対象を統一、統合、全体化できる一つの何かを発見したと考える若者は、コンピュータなりオウム真理教などの新興宗教なり、それぞれの世界に没頭していく。そこに人間解放や自己実現の道筋を発見したと考える。
 迷える多数の若者と、道筋を発見したと信じる若者との分岐という基本構造が私たちが若かった当時と違ってはいないだろう。だが決定的に違うのは、私たちが若かったときは、米ソ対立、東西冷戦構造として世界の枠組みがきっちりしていて、価値観なり世界観に選択の余地が枠組みを超えたものとしてはなかったことである。これがすべてにとっての絶対的な前提だった。そしてビートルズは、こうした枠組みを超える存在のように思われた。
 他方では、コンピュータと通信技術の発展によって世界は圧倒的に拡大し、様々な情報・文化が何の脈絡もなく(共通の前提がないのだから当然のことである)垂れ流される。過去と一定のつながりをもち、生活基盤として守るべきものがある大人は自分なりの基準をもつことができる(しがみつくものがある)が、若者はそうはいかない。
 ビートルズと同様な豊かな才能をもち、彼らのように絶妙に人材を組み合せた音楽グループが現在の時代に登場するとどうなるだろうか。おそらく多数の若者の支持を受けるだろうが、圧倒的多数の若者の共通のシンボル(アイドル)とはなりえないだろう、と私は思う。
 私はもちろん、東西冷戦構造が現在のような形で崩壊するとは予測していなかったので、ビートルズ以上に世界の若者に共通する解放のシンボルは登場しえないと考えたのだが、むしろ今となっては逆に言うべきだと思う。今の若者は共通する解放のシンボルをもてないのだ、と。

多様化する若者の存在形態

 今の若者に共通する何かが存在しているとは考えない。彼らは、それぞれに多様な対象を独自に、あるいは極めて小さな集団で体験し個人的な解放の道を模索する。現在のコンピュータと通信の技術を基盤とする情報や文化のあり方は、人間をますます個人に還元していく方向にある。クルマ横行社会しかり、ウォークマンやゲーム機などの娯楽文化しかり、個人用電話の普及しかり、年功序列型雇用形態の変化しかり、人々は否応なく個人に沈潜していかざるをえない。この変化の方向には、かつてない程度での個人が自立する可能性がある。この可能性によってこそ、パソコンが民主主義を実現する個人の武器だと主張されたり、インターネットが現在もてはやされているのである。
 ここで注意すべきは、個人の自立が個人の解放とは必ずしも結びつかないことだ。そもそも人間としての解放は個人的な形態ではありえないのだから。それでも個人の自立がかつてないほど強烈に進行していく可能性は否定できない。カール・マルクスは、資本主義が実現する個人の自立は共産主義の前提を形成すると主張した。現在進行している個人が自立していく過程が、同じように考えられるのだろうか。よくよく吟味しなければならない問題であるとしか言いようがない。

大バッハとの関連?

 ところで私は今、J・S・バッハの教会カンタータをバックグラウンド・ミュージックとしながら執筆、というかキーボードを叩いている。なぜバッハなのか、私自身定かでないところもあるが、その理由を最もうまく説明してくれるのは、「ファースト」などを書いたあのヨーハン・ボルフガンク・フォン・ゲーテの次の言葉である。
 「その地(ベルカ)において、完全に落ちついた気分で外的なことに気が散ることなく、はじめて私は君たちの大楽匠(大バッハのこと)を知ることになったのです。私は自分にいいました。まるで永遠の調和が自問自答しているかのようだ、たぶん世界創造の直前に神の胸のうちでは、こうした自問自答が行なわれたのだろう、と。同じような動きが私の内部にも起きて、まるで、私が耳や、まして目や、その他の感覚をそなえてもいないし、必要ともしないかのように思われました」(F・ブルーメ、歴史の変遷におけるバッハ、白水社バッハ叢書T)
 そしてF・ブルーメは、これを解説して「彼(ゲーテ)はバッハの作品の意義を、世界精神の顕現として深刻に把握したのである」と述べている。またアルベルト・シュヴァイツァーは、哲学者、神学者であると同時に、有名なバッハ研究家、オルガン奏者であり、「すべての音楽はバッハに入って、バッハから出る」と述べている。
 つまりバッハの世界にひたることは絶対精神の内部にいることなのだから、そこではいささかの揺るぎもなく、何の変更・修正もありえない。絶対的な心のやすらぎがある――ことになる。
 私がこうした感じを抱く音楽論的な理由は分からない。大バッハの音楽はバロック様式というよりもむしろゴチックに属する、と主張する人がいるほど、大バッハの音楽構造ががっちりしていることが関係しているのかもしれない。
 以下は「ビートルズってなんだ? 53人の“マイ・ビートルズ”」(香月利一編 講談社文庫)から安達元彦(一九四〇年生まれ 作曲家)の文章、「ビートルズは「クラシック」か?」からの引用である。ここに先の問題を考えるヒントがあると思う。
 「(現在のバロック音楽の隆盛は)現在の喧噪からの逃避的な姿勢の中で受け入れられている部分が多いのではないかと思うからです。もしそうだとしたら、それは僕の信じるバロックとはまるで違う。
 僕がバロックを好きなのは、細かいリズム・パターンに基礎づけられたテンポの、滞ることのない力動であり、音色(コード、楽器法、強弱、音域)の激変に特徴づけられた陰影の深い彫刻であり、これらによる引き裂かれそうな緊張を引き締めながら、その規模を雄大に押し広げている対位法的様式、そしてこのすべてを招来している、昂然たる人間精神の奔放な猛々しさです。
 ……ことにバッハではその様式は最高段階にまで磨き抜かれ研ぎ澄まされ、その内容の雄こんさもまた、はちきれんばかりです。……ともあれ「バロック」は、その前の「ルネッサンス」ではまだまだかなり教会に従属的であった音楽を、本当に人間の手に、勤勉な市民の所属にするための道程に位置した、いってみればヨーロッパ近代の生成過程での「青春のほうこう」でもありましょうか」
 (つづく)

ロシア共産党はなぜ敗北したのか
               アンドレイ・コルガーノフ、アレクサンデル・ブスガーリン


 インターナショナル・ビューポイント誌前号では、ロシア大統領選挙でエリツィンが勝利した理由を分析した。本号ではコルガーノフ(経済学博士、モスクワ国立大学上級研究員)とブスガーリン(経済学博士、モスクワ国立大学教授)の二人が、ロシア共産党の大統領候補であったジュガーノフが敗北した理由を探る。ロシア共産党は、「新生ロシア」に存在する有利な要素を動員できなかったのである。

党の「顔」の問題

 ロシア連邦共和国共産党(以下、KPRF)の失敗の第一は、この組織の先天的な欠陥に由来していると考えられる。一九九六年の大統領選挙で現在の制度に対する相当数の抗議票が投じられるであろうと予想するのは、状況からして当然だった。経済は、確かに弱々しく、部分的かつ基礎が不安定であったが、安定化基調にあった。危機的な現象を数多く生み出していたインフレ率は、大きく下降していた。
 また現政権は、選挙に向かう過程で政治的に乱暴な行動は許されていなかった。有権者にとっての問題は、抗議することでなく、政治方針の選択であった。この点においてジュガーノフは投票のはるか以前から敗北が「確定」していたのだ。つまり彼がKPRFの委員長に就任するための闘いに勝利した時点こそが決定的な瞬間であり、その後、同党の政治的、思想的な「顔」が大きく確定されていったのである。
 なぜ問題をKPRFの指導者決定の時点までに戻すのか。その理由を単純にいうと、KPRFが新たな政治勢力として登場した時、その社会的な「顔」は党指導者のイメージではなく、党員の社会階級的な構成や気分で決定されていた。しかし、KPRF設立当初、一般党員の問題は、指導部内部の構成と彼らが提唱するスローガンによって規定されていた。当時、旧共産党の思想を擁護する人々は、新組織の旗の下にいた。
 新生KPRFは、ソビエト連邦共産党の組織的、政治的なドグマチズムを保持していた。と同時に、同党綱領の経済に関する部分は、相当に変化をしていた。私有財産と市場が承認されていた。またKPRFは、大国主義的かつ愛国主義的な言辞をかなりまき散らしてもいた。
 この二つの要素が相まって、KPRFこそが旧共産党の最も堅固な、そして保守的な党員層、より正確にいうと順応主義的な層を引きつけたのであった。そして、こうした人々が、新生KPRFの重要な基盤となった。共産党を現代化する闘いは失敗したのではない。そうした闘いがそもそも存在していなかったのである。新生KPRFの指導者らは、ロシア市民を結集できる現代的な党を形成するための闘いとの関係を絶ってきた。
 同党内部の厳格な思想的な規律の中で、スターリニズム批判の拒否、フルシチョフの「雪解け」やゴルバチョフのペレストロイカへの明らかな敵対によって、KPRFは、有権者にとって、かつて全体主義的な官僚制度をもたらしたのと同じ方法を通じて社会的な公正を実現する党として登場した。一部の有権者はこれを好ましく思ったが、多くの有権者をおどして追い払ったのである。

ドアをしめる

 戦術的に勝利をし、強力な野党となり、国会で多数派となったものの、KPRF指導部は戦略的な敗北に苦しんでいた。つまりロシア社会の大多数の有権者からの信頼を獲得していく方向へ前進する道を彼ら自身が閉じていたからである。
 KPRFは五十万の党員を有するロシア最大の政治勢力である。しかし選挙運動が示したように同党は、「過去に郷愁を抱く人々」やエリツィンに不満をもつプラグマチックな小官僚層を主たる対象とした路線とその官僚主義とが相まって、同党の実際の力は弱体化していた。事実、現政権の選挙宣伝や「汚いトリック」に有効に対抗できなかった。
 エリツィンがマスメディアを独占している状況にあっては、「ドアからドアへ」の宣伝活動を繰り広げるという考えそれ自体は、悪いものでない。だが、KPRFの党員はそれを実行できなかった。一般党員は、そうした活動をする方法を知らなかったし、人々の心の中に入っていく術も見いだせなかった――とっくにジュガーノフ支持を決めている人々を別にして。選挙戦の経験は、ジュガーノフには「レニングラード防衛戦」に似た何かをする能力がないことを示した。
 KPRFの力は、その規模や試験ずみの党員の存在、旧ソビエト共産党出身のカードルといった利点が弱点に転化してしまった。規律ある一般党員の「戦士」は、様々な思想と利害が競争しあう多元的な党制度の中でも、役に立たなかった。他方、経験あるカードルの方は、官僚的なへつらいしか知らず、政治宣伝活動を知らなかった。

(非)人民的、愛国的なブロック

 第二の失敗の原因は、第一のものと直接に関連している。それは、KPRFが新有権者を基本的に獲得できない戦術を選択したことである。その結果、ジュガーノフの支持者は主として権威主義的な官僚層や、強力なソ連邦と「真の社会主義」に郷愁を抱く労働者層に限定されてしまった。政治的な観点からは、これこそが最大の問題だった。
 KPRFは実際、一九九五年の国会選挙の期間中も、そして一九九六年の大統領選挙運動中も、この問題をいささかも克服できなかった。人民的、愛国的なブロックを形成したやり方も間違っていた。そこに結集した人々はすべて、同じ保守的な共産党か、あるいは民族主義的なグループの出身者だった。
 動揺している有権者を引きつけることができる選挙ブロックの基盤を拡大するためには、別の社会主義的勢力や、より民主的で現代的かつKPRF以上に一貫した社会主義勢力を求めた方が意味があったであろう。こうしてこそ初めて、KPRFやロシア共産労働党、あるいは民族政党に投票しなかった有権者を引きつけたり、過度に堅固で教条的、民族主義的なKPRFに対抗する人間的で民主的なブロックが形成されたであろうし、そのブロック全体が多くの有権者から支持を得たであろう。

夢のチケット?

 ジュガーノフに並ぶ(そして彼を批判する~GAJFB037~)新世代の指導者がブロックには必要であった。その人物は、ソビエト連邦共産党あるいはノーメンクラツーラと一切関係なく、そして過去に郷愁を感じなく、一貫して民主的かつ社会主義的である。諸選挙の前にそうした指導者を見いだす努力がなされていたなら、もっと良かった。
 その人物は、彼/彼女の性格や行動、生活態度を通じて、スターリニズムやおそるべき弾圧への郷愁を感じさせず、他方では、不決断や勇気のなさ、あるいは「知識人のエリート主義」を感じさせない、そうした人物であるべきだった。こうした人物が上述のブロックの頂点にいたなら、多大な有権者が引きつけられたであろう。
 そうした指導者や政党、あるいは運動がロシアの政治舞台に登場するはずもない、という反論もあろう。この反論はまったく正しい。そして、ここにこそ、今日のロシア左翼の中心問題があるのだ。確かに民主的かつ社会主義的な政治勢力は存在する。一九九五年の国会選挙は、この事実を示した。半ば社会主義的で民主的な色合いのヒョードロフの労働者自主管理党や社会主義的民主主義を自称する小ブロックのいくつかは、五%の得票率を実現した。
 ロシアは、小政治グループ(政党をも含めて)と民主的社会主義を信じる思想的なクラブの家である。こうした傾向への支持者は、KPRF内部にもいるが、彼らは自らの意見を公然とは表明しない(もともと、こうした意見表明はKPRF内部では不可能である)。
 こうした潮流や傾向、あるいはグループが必要としているのは、規模の大きな影響力ある組織を形成することだろうか。現代ロシアの政党は、政治思想的な基盤の上だけに存在しているのではない。政党の下には、特定の社会諸集団や既存の組織構造、少なくとも何らかの物質的な資源がある。KPRFや農業党、ロシアの家、リベラル民主党はすべて、固有の方法で政党に関するこの原則を選挙を通じて示した。
 現在のロシアでは、民主的な共産主義者や社会主義者は影響力ある組織を形成するのに必要な物質的、組織的な資源を独自に獲得するほどの力はない。この事実を明白に思い知らされている。この資源がないと、左翼の諸グループや知識人の集合体は、自らをいささかなりとも持続的で効果的な、人々からの一定の政治的な支持を獲得できるような独立組織へと発展させることはできない。唯一の可能性は、強力な独立左翼の形成を望む勢力からの組織的、技術的な支援のうちにのみ存在する。

労働党の展望は?

 こうした試みは一つだけなされた。労働者主義的な試みである。労働組合運動の最も急進的な活動家層に依拠して左翼政党をつくろうとする計画がそれである。しかし、活動家自身の組織的、政治的な弱さ、労組ヒエラルキーからの反対、一般組合員の受動性が原因となって、この計画は実現しなかった。別の可能性は、KPRFあるいはKPRFと協力する組織が、社会主義左翼潮流に直接間接の支持を与えることであった。これが具体化する道は非常に多くあったのだが、KPRFは支持を与えることが彼らにとって最善に道であったのに、そうしようとはしなかった。
 その理由は十分に明白である。そうした政党が出現すると野党勢力内部での自らのヘゲモニーが低下すると恐れたからだ。しかし民主的社会主義政党が政治的影響力の面でKPRFの実際のライバルになるはずもないのは明らかだった。というのは、その政党は必ずや規模が小さく、組織的に弱体であり、不安定だからだ。その政党の支持者は、組織的な動員に簡単に応ずることもない。また、そうした政党が存在したとしても、大規模な社会的な動員がその背後に結集することを示唆するものも何もない。
 もちろん、もしロシアに大規模な労働組合や環境運動などの社会運動が存在し、KPRFの指導者らが政治舞台への登場だけをめぐって闘うのでなく、圧倒的多数の人々のための政治変革をめざして闘うのであれば、彼らの選択もまた違ったものとなったであろう。だが、こうした条件が整うためには、異なった客観情勢が必要であり、KPRFが現在とは異なった党――より公開的で過去ではなく未来を志向する――である必要がある。
 共産主義者や社会主義者が現在のロシアの国政選挙において、戦略的、戦術的に最善の選挙運動を行えば勝利できるのだろうか。答えは否である。なぜなら、労働者を初めとする被抑圧者の、自らの手中に権力を獲得しようとする組織された大衆運動が、これまで存在したことはなかったし、また現在も存在していないからである。
 こうした組織された大衆運動なしには、左翼の勝利とロシア社会経済構造の真の変革、生き生きとした政治的、文化的な生活は不可能である。組織的な大衆運動が存在しない状況にあって、権力がすでにロシアに登場している強力な利益集団の手を離れることはない。ロシアに被抑圧者のための真実の民主的で強力かつ建設的な社会主義勢力が登場するまでには、多大な忍耐と必要とされる一徹な作業が待ち受けている。

野党にとどまるのか?

 野党は、大衆的な政治運動と街頭抗議行動を組織するだろうか。KPRFとその同調勢力は、議会で保持している力を大統領への圧力として利用するだろうか。あるいは、その反対に自己保存の利益のために大統領と妥協するだろうか。
 現政権が左翼すべてに対する自己満足的で軽べつ的な運動を展開しているが、それでも野党勢力は大きいままである。KPRFが議会で最大勢力であり、ジュガーノフに大統領選挙で四〇%もの票が投じられたという事実は、無視できない。危機がさらに先鋭になるにつれて、選挙での敗北にもかかわらずKPRFが自らの資源を効率的に利用して、新たな長期的な労働運動、大衆運動の組織化を実行し、労働者の利益を守り、権威主義と「魔女狩り」の危険を避けることが可能となっていくだろう。
 そのためには、KPRFが戦略、戦術を再考し、自らの間違いを分析し、組織と活動形態を根本的に改めることが不可欠である。過去の経験からするなら、KPRF指導部にそうした自己批判ができるとは考えられない。
 実際に生起しそうなのは次のことである。選挙の敗北を票の操作と政権によるマスメディア独占ののせいにすることである。ことに後者は無視できない。だが、それでも問題は残る。つまり、なぜ左翼は効果的な対抗措置をとれなかったのか、少数であれ存在するジャーナリストや文筆家などのKPRF支持者がその勝利のために自らの立派な生活を犠牲にする覚悟で行動できなかったのはんぜか――などの問題がそれである。
 こうした状況にあって起こる可能性が強いのは、KPRFの指導者や支持者が、ことに地域レベルで、現在の権力構造と癒着していったり、徐々に「もぐりこんで」いくことである。そしてエリツィンは、そうした連中を追い払わないだけの「思慮」はある。そうするとKPRFの基礎組織は次第に死滅していくことになる。特にエリツィンが彼らを速やかに迎える場合がそうである。

スターリニストか、それとも急進派か

 こうした状況では、最も確固とした行動力ある組織は、最も戦闘的で旧来型のスターリニスト・タイプの組織ということになる。左翼知識人は、六カ月前はジュガーノフにやや近づき、選挙期間中はやや遠ざかったが、現在では敗北の事実と必ずでないにしても起こりそうな「魔女狩り」に真実憂慮している。彼らは次第に鎮まり、新たな「雪解け」の条件を整えてくれる人物を待望することになるだろう。
 こうした展望の中で民主的左翼は、何ができるだろうか。
 まず何よりも、自らのこぶしを降ろすべきでないし、日々の活動をやめてはならない。「改革」の数年間、われわれは活動を維持してきたし、今後も維持していく。ロシアで成功する可能性がある左翼勢力とは、強力な労働者・市民の民主的組織から出現してくる質的に新しい社会主義運動のみである。この新社会主義運動は、大衆運動の戦闘化を基盤にして成長し、資本主義の病原菌に自己転化をとげ、労働者の組織された根本的に民主的な、資本と腐敗した官僚とに対する闘いの武器となっていくだろう。この目標実現のためには、長期かつ困難な作業が必要である。
 このことは、次の理由からもっと大切なことである。すなわち、今回の敗北は悲劇ではない、少なくとも現時点では悲劇になっていないからである。KPRFのような組織、ジュガーノフのような指導者が四〇%をも得票したというのは、さして悪い事実ではない。ロシアの社会経済情勢が近い将来に改善する見通しはない。政治情勢は危険な様相を帯びており、権威主義やレベジ型のボナパルチズムの脅威が差し迫っている。
 われわれは、すでに一定の活動経験を有し、前途に横たわるものを知っている。すなわち、労働者の新たなストライキや抗議行動、左翼の考えを広める新しいイニシアティブ、新しい政治、理論をめぐる議論、ロシアにおける一貫して民主的な社会主義運動を一歩ずつでも前進させるために必要とされる闘いが、そうである。
 もちろん、すべてのロシア左翼にとって近い将来が困難であることを絶対に忘れてはならない。われわれは、この展望にたじろがない。われわれすべてにとって、この試練と試行錯誤の時期には、連帯と協働、国際主義が何よりも大切である。統一すれば、われわれは無敵である。
(インターナショナル・ビューポイント誌十月、281号)