1997年3月10日         労働者の力               第87号

沖縄の米軍基地縮小・撤去!
橋本の特措法改悪の暴挙を許すな

 来る五月十四日の使用期限切れを前に、橋本自民党政府は、米軍用地特別措置法(特措法)の改悪に踏み切る構えを固めた。改悪案は特措法の付則に「収用委員会の審理中は継続使用が認められる」という趣旨をつけ加えるというものである。四月下旬の橋本訪米、クリントンとの会談の前に決着をつけておきたいというスケジュールから、三月中の閣議決定というテンポが想定される。状況は緊迫している。特措法改悪阻止に向けての闘いを。

特措法改悪阻止へ「沖縄緊急行動」結成

 去る二月二十四日、情勢の急迫を控えて東京では、沖縄緊急行動(沖縄の米軍用地強制使用のための特措法改悪=特別立法に反対する緊急行動)が結成された。一坪反戦地主会関東ブロックが呼びかけをした会合には約六〇の個人、団体から参加があり、三月十日から国会行動を中心に特措法改悪反対の闘いに取り組むことを確認した。
 一坪反戦関東ブロックのほかに、幹事団体として全労協、沖縄―反安保全国連絡会議、百万人署名運動、ノーレイプ・ノーベース―女たちの連絡会議、新しい反安保闘争をつくる実行委員会などの八団体による構成。
 「沖縄緊急行動」は、十日に桧町公園の集会と国会議面デモ、および各政党や議員への働きかけ、国会議員を含んでの記者会見を行い、翌週には十七日以降連続の議員面会所集会を当面の行動に設定した。
 また十一日には、沖縄社会大衆党を中心にして、沖縄現地で「市民交流会」がもたれ、沖縄と「本土」の闘いの連携強化を図りつつ、翌日の第二回公開審理に臨んだ。
 沖縄現地では二月二十七日、急きょ沖縄違憲共闘会議が三月十八日を第一次集約とする特措法改悪反対署名運動を決定し活動に入った。また三月一日には、百万署名運動の沖縄側呼びかけ人の六氏(新崎盛、有銘政夫、宇井純、高里鈴代、照屋秀伝、米盛裕二)が別項の声明を発し、「沖縄・ヤマトの連帯の絆を強め」つつ創意工夫に満ちた運動を展開するよう訴えた。 
 三月から四月の時期、大田・橋本会談、与党三党協議、そして公開審理の第三回目以降の継続とスケジュールが組まれる。公開審理をめぐっては「本土」から沖縄へ、国会審議をめぐっては沖縄から「本土」へ、相互の連携を強めた協同の取り組みがくみ上げられなければならない。
 大田・橋本会談が三月中旬、そして予測では三月二十七日に第三回公開審理が、沖縄宜野湾市で開かれる。四月六日には東京代々木公園B地区で一坪反戦地主会関東ブロック主催の大集会が予定され、さらに四月中下旬には大規模な労働組合を中心にした集会の企画も進行している。
 五月十四日の使用期限切れは、現在のままでは確実に三千人に上る反戦地主、一坪反戦地主の土地の使用が期限切れとなる。政府は昨年三月三十一日に期限切れとなった知花昌一さんの土地(楚辺通信所)の土地をその後一年間も不法に占有し、これを「直ちに違法とはいえない」という見解で押し通してきた。だが政府は、今回の公開審理においては知花さんの土地の強制使用をも申請してきている。
 そして現在、橋本内閣は「不法占拠状態を避ける」との名分で、「米軍に基地用地を安定的に供給する」ために、特措法改悪に踏み切ることを決めたのだ。知花さんの土地占拠もまた自ら不法と認めたことになる。
 公開審理中の「手続き法改定」は、現行収用委員会への「不信任」でもある。収用委員会メンバーがその後も職務に従事し続けるかどうか、そして大田知事の意向を踏みにじることになれば、県政はどう対処するのか。
 問題は山積している。にもかかわらず、橋本はクリントンに手みやげとして、四月中の特措法改悪を急いでいるのだ。
 
橋本の正面突破攻撃
 
 「沖縄」はまさに、あらゆる意味での「矛盾」を体現している。米軍基地の七五%が沖縄に集中していることを最大問題として、東京集中型政治と行政の構造によって地理的に「辺境」化されている事実。東アジアの地理的核心部分に沖縄があるにもかかわらず、その特性は米海兵隊、米海空軍の集中的存在にしか反映されていないのである。
 さらに政治的に「沖縄」は、現在の与党ブロックの政治枠組みのきしみの象徴であり、橋本内閣四月危機説が流布される根拠でもある。
 沖縄県民は昨年九月の県民投票で圧倒的比率で基地縮小・撤去、日米行政協定見直しの方向を支持した。それはその後の衆院選挙において、自民党系候補を選挙区ですべて落選させる結果をも示した。
 「安保体制」維持のために沖縄が犠牲になれ、ということに対して沖縄県民は正面からノーを鮮明にした。まずは「海兵隊の撤去を」という県民、県政の意向すら橋本内閣は米政府に取りつごうともしない。普天間基地返還は結果として海上へリポート建設というたらい回ししか出されず、十年前に返還が合意された那覇軍港の返還もストップしたままだ。
 政府は昨年九月の大田・橋本会談で、普天間返還とともに五十億円の財政特別支出を手みやげにした。だがそこで生まれたという大田・橋本の「信頼関係」とは一体何であったのか。大田知事の誤算があったのか、あるいは進んでだまされる関係になったのか。
 いずれにせよ、劣化ウラン「誤射事件」「PCBたれながし」など、米軍が引き起こす事件は大小をとわず限りない。そして政府の対応がまさに米政府の代弁者にすぎないことも日々あらわになった。池田外務大臣は率先して「米軍にもの申す状況にない」と語り、劣化ウラン弾についても何らの対処をしない方針を公言した。環境庁は鳥島周辺海域の放射能調査で事を済まし、肝心の鳥島への上陸も行わない。
 そして政治的矛盾の結節点である社民党はぐらぐらし、それを自民党は「与党の枠組み」のどう喝一本で対処できると踏んでいる。社民党は沖縄県民とともに進む態度を表明し、特別立法・特措法改悪反対の大会方針を起草した。が、それも何らの保障とならないありさまである。
 こうして、矛盾の固まりである「沖縄問題」について、村山政権をひきついだ自民党橋本政権は、一時のリップサービスを投げ捨て、正面からの突破方針に訴えている。
 
国会でも沖縄でも社民党が焦点だ
 
 政治的には、沖縄現地も東京においても今や社民党が鍵である。なおかつ社民党こそが混迷の根源であると断言しなければならない。
 沖縄現地における状況に一言注釈をつけるが、運動の中心になっている「違憲共闘」は社民党、共産党、社会大衆党、公明党のいわゆる沖縄革新勢力の共闘会議である。そこには、労組機構が総評解体の影響下、「連合」と「全労連」分裂がからみ、また本土社民党の「革新離れ」の流れのなかで、社大党と共産党、社民党と新進党(公明党)というブロックが先の総選挙でねじれを示した。
 満場一致を運営の基本原則とする違憲共闘会議は、したがって一方ではその動きが重要な影響力を発揮する反面、意見の集約に手間取り、行動面での鈍さがまま現れることにもなる。
 だが、その主要な要因が今や社民党の内的迷走状況にあることは明らかである。県選出衆議院議員の元全軍労委員長の上原康祐氏が社民党の右派に属し、なぜか民主党に流れなかった結果、上原氏の社民党における政治ボス的位置が高まりつつ、その動きは一貫して不透明であり、それを通じて社民党本部体制の動向も一貫して不透明である。幹事長である伊藤茂議員(幹事長)が率先した「与党枠組み堅持派」であることと、政治ボス上原氏の存在があいまって、社民党はどうにもならない不安定性を示している。
 この間、上原氏が公的に沖縄問題で発言した事実を聞かない。また伊藤幹事長が富山で「特措法改正容認」発言を行い、沖縄現地からの抗議で撤回したことがあったが、先日の社民党役員会は、土井代表のもとに「白紙」を確認するありさまであった。国民運動部、市民運動局が特措法改悪反対を表明し、そして今月の社民党大会方針案が「反対」を明記しているにもかかわらずである。役員会をうけてのものか、「政審」は七日の「沖縄緊急行動」の申し入れに対して突然の「白紙」を表明したのである。
 社民党をおおっているボス政治――伊藤、上原両氏が典型――は、明らかに「政権与党」枠組み維持の願望に基づいている。民主党に「行けなかった」人々は、民衆に依拠し、民衆とともに社民党―社会党再建をめざすのではなく、与党であり続けることから何らかの利益を引き出すこと、その結果が社民党の「安楽死」につながろうとも仕方がない、という立場にあるとも評されている。
 他方、土井新委員長のもとに、土井派的に社会党―社民党再建を志向した人々は住民運動や市民運動との接点を最大限回復したいと考える。この両者の間に土井委員長が右往左往する――これが現段階の社民党を要約した姿だ。
 つまり、一見健在なように見えてきた沖縄の「革新共闘」も、こうした本土政治の変動の影響を受けないわけにはいかない。革新共闘の内実に問題が生まれてきている。その典型は、沖縄選出の革新派議員連名の声明が出せないままにあることだ。上原氏を除く社民、共産、社大三党議員は、連名の共同声明が有効な意思表示の手段として認識する。しかし上原氏はそうは理解しないというわけだ。
 現局面で、一昨年秋の県民集会や昨年秋の県民投票時のような「強固に意思が固まった沖縄」を想定することはむずかしい。県知事を先頭にしての全県的盛り上がりは昨年秋の大田・橋本会談による妥協によって崩され、そして本土政治の波及が革新共闘内部のきしみを増幅させつつある。
 さらにキャンプシュワブ沖への「海上ヘリポート建設」構想は、裏を返せば巨大な建設費をめぐる受注合戦の焦点で、大林組などの巨大ゼネコンが「技術力」を背景に受注をめざすに対し、地元経済界が積極参入を掲げ、埋め立て案を提案する事態だ。地元経済界は、基地の島内たらい回し反対よりは、開発利害にコミットしたのだ。そして、この巨大利権をめぐる暗闘に政界が絡まないわけがない。キャンプシュワブ沖や県道一〇四号線越え実弾演習地などを含む北部一帯は上原氏の選挙区である。
 
沖縄―ヤマトの広範な連携をめざし
 
 昨年九月の大田・橋本の突然の合意と大田知事による公告縦覧手続き開始という一連の事態は、沖縄の運動に大きな衝撃を与えた。県民投票の圧倒的成功を新たな起爆剤にしようとした県内の運動は、頭から冷水をかけられたのである。
 一種の茫然自失、空白が埋まれ、総選挙の焦点からもはずされ、いわば「沖縄問題は決着した」感がマスコミを通じて流された。
 知事を先頭に、県政ぐるみ、あるいは県政が可能な戦術での闘いを軸心にして――こうした運動の構造がその根本を崩されたのである。運動サイドにも混乱が広がった。直撃された典型が「大学人・市民の会」の運動だった。この会はそもそも大田知事の肝煎りで結成され、その主旨は大田知事を支える知識人、市民の運動という性格を持っていたからである。大田・橋本合意の直後には、大学人・市民の会が解散するという噂が東京にまで流れたこともあった。
 運動側の具体的な立ち直りは、総選挙を経て自民党単独少数内閣が成立する事態を受けた十二月であった。社民党系の平和運動センターが中心になった県民集会が、約二万人を結集した。そして関心は二月の「公開審理」に向かう。
 二月二十一日、沖縄県宜野湾市で行われた第一回「公開審理」は、沖縄と本土からの参加者で会場が埋め尽くされた。そして収用委員会側が、かつてのような「審理打ち切り」などの暴挙に出ないであろうという感触が得られた。つまり五月十四日の期限切れには到底審理が間に合わない、ということの確認である。
 事はここから急激に動き出す。政府が、緊急使用の請求を出さずに、特措法改悪に出ることが明らかになった。沖縄の運動側はそのことに対する備えがなかった。
 こうした一連の沖縄現地の運動状況の経過のなかで、沖縄内部の運動の「低迷」を打破しようとする動きの一つが、特別立法阻止、特措法改悪阻止の百万人署名運動を沖縄現地での共同の取り組みにしていこうという動きであった。
 新崎盛 氏や違憲共闘有銘議長らが中心となって、特措法改悪反対運動の起爆剤として百万人署名運動を推進しようとする動きであった。
 ちなみに沖縄での百万人署名運動は、日本共産党が署名運動への協力を拒否しているという事情も手伝い、違憲共闘では取り組まれず、部分的に広がっていく状況にとどまっていた。こうした状況にあった百万人署名運動を沖縄サイドの賛同人の協同作業で広げ、現地運動の高揚の一助にしようという意図であった。三月四日の六氏共同記者会見で沖縄での百万人署名運動を正式にたちあげる具体的準備が進められているなかで、二月二十七日の違憲共闘の署名運動が決定された。
 六氏声明は、県内と「本土」でのそれぞれの運動が密接に提携して進む期待を表明している。われわれは、このことがまさに重要だと受けとめる。その理由は次章で改めて述べる。

三・四月行動から大共闘枠組みの創出へ

 沖縄とヤマトの連携――これは口で言うほどには簡単ではない。その理由は、沖縄と本土の政治のねじれが極端化していることによる。
 昨年四月、沖縄違憲共闘会議と軍用地地主会、そして一坪反戦地主会の三者の主催で大阪集会、東京集会がもたれ、久々の大結集を闘いとった。以前にも述べたように沖縄違憲共闘の集会要請は、労組機構としても「連合」をも対象としたものであった。なぜなら、違憲共闘の組織的中軸である全電通や全逓、教組、自治労などはすべて連合傘下組織であり、当然本土の連合が受け入れ準備を引き受けるはずのものである。だが、その要請は事実上拒否された。その結果が違憲共闘など三者の主催集会・デモだった。
 その集会構造は、東京でいえば、全労協、全労連などの労組が主体であり、社民党の旗はおろか、全電通などの連合系労組の旗も見あたらない集会となった。
 違憲共闘の「本土上陸決断」は、数的、運動的には成功したが、しかし連合との関係、社民党との関係では問題なしとはならないのは当然考えられることだ。沖縄の社民党サイドからは、昨年四月の集会は失敗だったという見方が流されているとの話も聞く。
 とすれば、社民党系がこの春の「特措法改悪」運動に上京団を組織し昨年を上回る大集会の構造に踏み切るかどうかは予断を許さないこととなる。とりわけ、民主党も社民党もともに「安保評価」であり、その観点から沖縄問題に対処することになる点を踏まえ、とりわけ社民党サイドが急激に「白紙」へと傾斜してきている事態をみるならば、違憲共闘がすべての運動の中軸になりきれるかどうか、まさに一定の疑問符がつきまとう。
 知事と県政をけん引力とした運動の構造が昨年秋に挫折を味わった。違憲共闘会議、すなわち沖縄の「革新共闘」がけん引力であり続けるであろうと観測し、それに一方的に依存するという見方もまた、同じような挫折の危険性にぶつかっていることが銘記されなければならない。沖縄とヤマトの間の提携は複々線で築かれていく必要もあろう。だが、これらは現時点では副次的問題である。
 現局面においての核心点は、本土サイドの側にある問題、弱点の克服にある。すなわち、本土サイドにおける旧来の革新勢力が崩壊してしまっている事実、そしてそれをいかにして再構築するか、あるいは新たに創出していくのかという、問題である。
  もちろん最善は、沖縄がヤマトを組織することである。本土の連合、社民党、そして民主党を組織するためにこそ、緊急の大量上京団と大規模な集会、示威行動が全面的に展開されなければならないはずだ。われわれもまたそうした努力に対する協力を惜しまない。 
 現在少なくとも、昨年春の大阪・東京での四月集会・デモの構造が最低でも再現される必要がある。三月から四月、そして五月と長期的かつ集中的な運動の構造を確立し、特措法改悪を断念に追い込んでいく運動の基礎、出発点は上記の構造以外にはありえない。それを出発点として、最大限に社民党系、連合系労組を巻き込んだ構造を闘いのなかでつくり出していく必要がある。
 闘いは国会を主戦場にした攻防になる。与党枠組みの崩壊におびえる社民党内部の一部勢力を孤立化させ、さらに民主党内部での特措法改悪反対派議員の数を拡大する運動を精力的、日常的に展開するためには、沖縄のみならず「本土」側の取り組みが強化・拡大されていかなければならない。
 そうした運動に必要な、沖縄と本土の提携、協同の枠組みをつくりだしていく主体装置が必要なのだ。
 繰り返せば、旧来型の「革新共闘」は本土にはすでに存在していない。したがって、沖縄側の「革新共闘」が密着できる提携相手はそのままでは存在していないのであり、緊急の闘いのなかでこそ生み出されなければならないものなのだ。
 沖縄社民党の一部にあるという本土運動構造への懸念、疑念は前述したが、それはどうにもならない現実そのものであり、連合や社民党系労組が、沖縄に関して指一本も上げようとはしていない現状をいかに打破していくか、という観点から問題をとらえる必要がある。
 東京行動を組織し、かつ国会行動、対策を具体化、現実化、日常化していく運動の枠組みを、改めてつくり出すことこそが特措法改正断念に追い込む緊急行動を支える基礎である。
 「百万人署名運動」が切り開いてきた枠組みとは、まさに新たな沖縄とヤマトの提携の枠組みの模索、追求であった。その目的はいまだ達成されたとはいえないが、少なくともこの七カ月の活動を通じて、継続的に沖縄と本土を結び、かつ職場・地域に沖縄の訴えを届け、新たな運動の枠組み形成に寄与してきたことは大きく評価できる。
 「沖縄緊急行動」とともに、東京と地方を結び、地域と職場とを結び、そして特措法改悪阻止の運動を高揚させるために、さらに百万人署名運動の拡大していこう。
 沖縄百万人署名運動のさらなる拡大を!
     (三月十日)

集会案内
4・6特措法改悪阻止緊急大集会◇
*時間 四月六日午後一時
*場所 代々木公園B地区
*よびかけ 一坪反戦地主
     会関東ブロック

【資料一】特別立法(米軍用地特措法改正)阻止のための署名運動推進を訴える声明
 
 最近の報道によれば、政府は、ついに、現行法に基づく緊急使用の申し立ても行わないまま、米軍用地特措法の付則に、収用委員会で審理中の土地については政府が継続使用できる、という文言を追加することによって、特別立法制定に踏み切ろうとしているようです。
 社会的常識にも、日本国憲法の明文上の規定にも反する暴挙といわなければなりません。
 現行米軍基地特措法が合憲であるか否かはさておき、現行法に基づいて、使用認定、代理署名、公告縦覧(代行)等の手続きを進めておきながら、その途中で手続き法規を改正するということは、法治国家にあるまじき重大なルール違反といわざるを得ません。
 また、このような法改正は、憲法九条、二九条、三一条、九五条の趣旨に明白に違反するものでありますが、とりわけ、財産権の保障をうたう憲法二九条は、強制使用や収用を行う場合でも、それが「正当な補償の下に」行われなければならないことを明記しています。
 もともと、強制使用期限切れまでに収用委員会の裁決が得られないという事態は、政府の不誠実極まりない米軍用地政策が、県知事からまで反旗を翻された結果であって、収用委員会の責任でもなければ、反戦地主の責任でもありません。憲法に保障された権利を奪われる当事者の唯一の発言の場である公開審理は始まったばかりです。これを無意味化するような暴挙を、決して許してはなりません。
 すでに昨年八月二八日の最高裁判決の日、ヤマト(本土)では、特別立法に反対し、基地の整理・縮小と地位協定の見直しを要求する「沖縄・百万人署名運動」が始まっています。私たち六名は、沖縄からその呼びかけ人に名をつらね、その成功を願ってきたものですあります。私たちは、去る二月二七日、違憲共闘会議が、沖縄の地においても、特別立法、特措法改定断念を求める署名運動を決定したことを心から歓迎します。私たちは、ヤマトにおいては「沖縄百万人署名運動」が、沖縄においては違憲共闘会議の署名運動が大きく盛り上がり、さまざまな形態の特別立法阻止、法改正阻止の運動が拡がることを願い、私たち自身もまた、そのために努力することを誓うものであります。多くのみなさんが、この二つの署名運動に参加することを通じて、沖縄・ヤマトの連帯の絆を強められ、創意工夫に満ちた特別立法阻止、法改正阻止の運動を展開されんことを願ってやみません。
 一九九七年三月四日
「沖縄・百万人署名運動」沖縄側呼びかけ人
    新崎 盛
    有銘 政夫
    宇井 純
    高里 鈴代
    照屋 秀伝
    米盛 裕二

【資料二】沖縄タイムス3・5朝刊から抜粋□

◆見解分かれる県内政党◇
◎米軍用地特措法の改正について、県内政党は自民党県連が「違法占拠状態が避けられない事態となれば、改正もやむなし」として容認する方向だ。これに対し新進党県連は、幹事長が「沖縄だけに米軍基地を押しつける改悪であり、許してはならない」と強く反発しているものの、党内には容認論もあり、意見が割れている。安保堅持を基本姿勢にしながらも、国政与・野党の立場を微妙に反映した。社民、社大、共産、公明の県政与党は、「反対」で一貫。そのなかで社民党が音頭をとって、今定例会に反対決議を提案する動きを見せており、新進党の動向が注目される。

◎政府は今国会に、改正案を提出する方針を固めた。県収用委員会の審理を経て国が使用権を得るまで、継続使用できるよう特措法に付則を付加する考え。
 自民党県連の伊良皆高吉幹事長は四日、「特措法改正は好ましくない。党本部にこれをさける方法を模索し、県連からも努力するよう要望してきた。大田知事と橋本首相の会談を控え、県収用委もまた最終判断を出していない」と述べ、回避に望みをつなぐ。しかし、「日本政府は基地を提供する条約上の義務がある。安保容認の立場から、時間的に手続きが間に合わなければ、改正を容認せざるを得ないとの空気が県連内に強い」と説明した。まだ組織論議はしていない。
 新進党は今定例会の代表質問で、大工廻朝栄氏が「法治国家として、使用権原のない状態が長期に続くことは避けるべき」と改正容認を示唆。具志孝助県議団長も「安保条約を履行する義務があり、一部改正は時限法で考えていいのでは」と、不法占拠状態を危ぐする。
 これに対し同県連の外間盛幹事長は、一般質問で「本土で適用されていない特措法は、沖縄差別につながる」と特措法の存在そのものを批判し、「法改正は憲法でうたう『法の下の平等』に反し民主主義の崩壊につながる」と懸念を表明した。党本部も統一見解を出しておらず、県連でも今後、論議していく。
 県議会の他会派に反対決議を働き掛けている社民党は、「いかなる条件をつけても法改正に反対」とする方針を、先月の県連執行部で確認済み。社大は「全会一致が難しければ多数決でも反対決議を」、共産は「土俵際に追い詰められたら土俵を広げるようなもので、こんなアンフェアなことはない」、公明は「県民や地権者の意向を無視し、なし崩し的に土地を使うのは、法治国家に名を借りた強権政治だ」と、県政与党はいずれも強く反発している。

■【資料三】琉球新報ニュース3・5□

◆特措法改正阻止で一〇〇万人署名へ◇
 一坪反戦地主会の新崎盛 代表世話人や軍用地違憲共闘会議の有銘政夫議長ら県内の反戦地主、市民運動団体の代表五氏は四日、県庁で記者会見し、政府が検討している駐留軍用地特措法の改正について「始まったばかりの公開審理を無意味化する暴挙は決して許せない」と批判する声明を発表した。
 今後、各団体の組織力を網羅し、昨夏から全国で展開中の米軍用地強制使用の特別立法に反対する「一〇〇万人署名運動」と連携して、県内で特別立法や特措法改正を阻止する署名運動を行う。
 会見には、両氏のほか、照屋秀伝・反戦地主会会長、高里鈴代・軍隊と暴力を許さない行動する女たちの会代表、宇井純沖大教授が出席。六氏は、反戦運動家の小田実氏らを中心に全国で実施されている「沖縄の米軍用地強制使用のための特別立法に反対する一〇〇万人署名運動」の沖縄側呼び掛け人。先月二十七日に独自の署名運動実施を決定した違憲共闘会議と連動し、二つの署名運動が県内で並行して実施されることになった。

新書紹介
            小林信彦著(岩波新書)
            現代〈死語〉ノート

                                       高山 徹
朝日の変な評論□

 一月末に引っ越しをしたが、その先で読む本があるかどうか不安になってまとめ買いをしたうちの一冊が本書である。タバコが手元にないと気分が落ち着かないのと同様に、読むに耐える本がないと不安になる。そうした本の存在自体がストレス解消の一手段になっている。
 実際に引っ越しをしてからは、後片づけなどで忙しく本を読む時間はなかった。ある程度落ち着いた段階の二月二十三日付朝日新聞の読書欄に本書が紹介されていた。評者は京大教授の筒井清忠(敬称略、以下同じ)とある。朝日新聞がどのような方法で紹介する本や評者を選んでいるのか知らないが、この評は明らかに評者の選択を誤っていると感じた。とにかく著者である小林信彦がいかなる人物なのかの紹介が一言もないのだから、どうしようもない。
 私が本書を購入した理由は、著者が小林信彦だからだ。この十年ぐらいの間、日本人が書いたいわゆる文芸作品的なもので私が読んだ著者は、小林信彦、筒井康隆、井上ひさし、宮脇俊三、天藤真(故人)などで、極めて限られている。その小林信彦の紹介が一言もないのは何事だ、というのが朝日の紹介に対する私の率直な怒りにも似た反応であり、さっそく本書を読んでみた。
 その内容については後ほど触れることになると思うが、朝日の評論はやはり変であった。

オヨヨ大統領の小林信彦

 朝日では本書の写真の下に「三二年生まれ。作家。著書に、日本の喜劇人 和菓子屋の息子ほか」とある。これがそもそも変だ。紹介されている二つの著書はいずれも「評論」の類に分類されるもので、作家の肩書にそぐわない。いずれも同じような新書の写真を載せるくらいなら、著者紹介にもっとスペースをさくべきである。
 本書奥付では次のように紹介されている。
一九三二年 東京・日本橋
    に生まれる
一九五五年 早稲田大学文
    学部英文学科卒業
現在    作家
著書
小説
 唐獅子株式会社
 ちはやふる奥の細道
 ぼくたちの好きな戦争
 怪物がめざめる夜
 イーストサイド・ワルツ
 ムーン・リヴァーの向こ
う側
評論
 日本の喜劇人
 一少年の観た〈聖戦〉
 和菓子屋の息子

 本書の著者紹介を見たとき、ある種のショックがあった。著者紹介のつくられ方は、出版社や著者ごとに違うのであろうが、いずれにしても著者自身が少しは関係していると思われる。「びっくりしたな、もう!」(本書一二七ページ)である。
 小林信彦とは私にとっては、まず何よりもオヨヨ大統領シリーズの作者である。本書の最後「つけくわえておきたいこと」に、次のように言及されてはいるが。
 「自分に関係したことなので、本文の中では外した(オヨヨという流行語)のだが、間違ったことが活字になっているのは、迷惑なので、短く記しておく。
 手元にある本から引用すると、
 〈オヨヨ――一九七二年に小林信彦が週刊誌に連載した小説の怪人の名前。一九七五年に関西の落語家がこれをしきりに口にしたので、小林は「原著作権」を主張した〉
 かなりいいかげんな記述である。まず――「オヨヨ島の冒険」が世に出たのは一九七〇年です……」
 ちくま文庫版「オヨヨ城の秘密」の一九九三年版のあとがき的解説には、
 「七冊の(オヨヨ大統領)シリーズは、私にとって何であったか、と、ときどき考えます。
 「大統領の密使」と「大統領の晩餐」の編集者……は、当時、
「小林さんの才能の喜劇的想像力の部分を羽ばたかせたほうがいいですよ」
 といった意味のことを私にアドヴァイスしたものでした。
 ん、そうか。それにしても、ちょっと、やり過ぎじゃなかったかなあ」
とある。こうした事情がオヨヨシリーズを著作からはずすことになったとしたら、残念である。

喜劇的想像力、メモ魔

 この「喜劇的想像力」なる言葉が小林信彦に関する鍵ではないかと思う。もう一つは「物語」である。新潮社の「波」に連載され、後に「小説世界のロビンソン」として出版された新潮文庫では「〈物語〉というのは……ある種の感覚(注 センス・オブ・ワンダー、非日常的オドロキ)なのである。ノリと言ってもよい。その感覚さえあれば、解釈とか分類は、もう、どうでもよくなる。作者の思うがままに引きずりまわされ、どうして、どうしてこうなるの、教えて! と叫び……」と、著者は主張している。
 喜劇的想像力なるものは、人間に関する深い理解と信頼、そして豊かな構成力がないと羽ばたかせることはできない、と思う。私がこの数年間、読書の対象としてきた著作家たちは、独断と偏見かもしれないが、こうした喜劇的想像力を持ち合わせている数少ない存在である。小林信彦の喜劇的想像力と物語作家としての能力は、著者が育った環境と時代とが大きく関係している、
 著者が生まれ育った下町では、人形町などでの落語世界と浅草や遠くは銀座などのアメリカ映画世界とが違和感なく、一つの世界として共存していたと著者はいくども語っている。そこでは、著者は世間がいう「下町」と自分が実際に育った「本当の下町」との違いを幾度となく指摘している。こうした世界が見事に描かれているのが「ぼくたちの好きな戦争」である。この世界の人々(だけではないが)が第二次世界大戦に熱中していく様子が描写されている。
 戦後、多くの日本人は一部の指導者によって強引に戦争に動員されていった(確かにこの面も無視できないが)のだとして、自らをも戦争の被害者に仕立てた。これが戦争責任の問題を曖昧にした一つの背景でもある。だが現実を素直にみれば、戦争に導いた一部の指導者を多くの人々が支持したからこそ、戦争が遂行されたのである。「ぼくたちの好きな戦争」は、小説の形であれ、この問題に正面から取り組んでいる。世間の動向に左右されない、著者の姿がはっきり現れている、といえよう。
 こうした著者に関して新潮文庫版「ちはやふる奥の細道」の解説「ギャグによる叙事詩」の中で色川武大は次のように評している。
 「私などから見るとおおいにうらやましい。まず第一に、固定の熱烈な読者を数多く持っている。第二に、かりに文壇番付があるとして、小林信彦をどこに位置づけたらよいか。どこにおいてもなんだか変だ。ということは、伝統の内部に居ない完全に自立した数少ない作家の一人といえる」
 ついでながら「ちはやふる奥の細道」は大変おもしろい。未読の方には一読をお勧めしたい。傑作なのは、これに関する書評であり、新潮文庫版の「作者ノート」にいくつか引用されているので、それを見られたい。さらについでながら、「ちはやふる奥の細道」はW・C・フラナガン著、小林信彦訳となっているためか、ある公立の図書館では俳句やその評論の棚に並べられていた。内容を確かめもしないで配置したのだろう。
 この「完全に自立した数少ない作家」というのが重要だ、と思う。この点を表している著者の文章を文庫版「私設東京放浪記」の一九九五年十月あとがきから引用すると、次のようである。
 「われわれは異常な社会に住んでいる。……わずか三年の間に、これほどさまざまな細部が古くなるというのは、日本でなければあり得ないことだと思う。バブルが弾けた結果、極端な不況になり、政府の金融政策の大失敗が市民の税金で埋められようとして、さらなる不況を招く事態になりつつある。……〈官〉の暴挙に対して、人々は驚くほど黙っている――〈異常な社会〉とぼくが感じるのはそういうことである」

 小説家や評論家の多くがそうなのかもしれないが、著者はメモ魔、ノート魔である。数多くの評論や作者ノート、本書などの随所でそのことがうかがわれる。読んだ本や観た映画、劇、ミュージカル、ステージ、会った人との会話などをまめにノートに書き記してきたようだ。若い頃から小説家を志して準備してきたのだろう。
 本書「現代〈死語〉ノート」成立の背景には、以上のような事情があると思われる。

現代史としての本書

 著者は本書のあとがきに当たる「つけくえておきたいこと」で、次のように書いている。
 「この本は、〈死語による現代史(または裏現代史)〉が作れるのではないかという発想からスタートした。核にはぼくの体験した現代史があり、流行語はそこから出てくるアブクのようなものという考えである」
 つまり日本社会の現代史を流行語(あるいは死語)から描き出そうというのが本書である。流行語がアブクのようなものとして出てくる「現代史」を、アブクを通して記述しようというのが、本書である。
 著者はいくどとなく日本社会の「うさんくささ」や「異常さ」を指摘してきた。うさんくささや異常さの内容を流行語の変化の中に読みとれる、と著者は考えたわけである。「つけくわえておきたいこと」の中では、著者自身の現代史に対する基本的な認識が、次のように述べられている。なお、著者のいくつかの作品を読むと、著者の現代社会に対する認識がさらに具体的に浮かび上がってくる。
 「書いていて痛感したのは、時代がどんどん悪くなってくることである。……
 東京オリンピックをきっかけとする国土の荒廃は、田中角栄の列島改造論後、さらにひどくなる。土建業関係の政治家の支配、官僚の底知れぬ腐敗が、田中内閣から旧経世会による専横へと約二十五年つづくのである。この本はロッキード事件で終っているが、時代の悪化は明らかである」
 ところが、朝日新聞の評者は「本書は、体験的戦後流行語史である」と、のっけに書いている。もちろん、索引を見ると約三百五十の流行語が各年ごとに紹介されているのだから、流行語史であることに違いはないが、あまりに表面的な読み方である。冒頭で私が書いた朝日の紹介に対する不信は、極めて強い根拠があったのだ。著者の「つけくわえておきたいこと」を読めば、「体験的戦後流行語史」というような性格規定はしなかったはずだからだ。
 評者は「思うに、一方に「健全な正統的市民文化」があって他方に「流行語的文化」があるということによって、全体として堅苦しくも軽薄でもない、バランスのとれたある文化の状態が成り立つのであろう」と自分の見解を述べているが、これは小林信彦の上述の考えとは違っていると思う。著者には、健全な正統的市民文化と流行語的文化とを対立的にとらえる認識方法をもっていないはずだ。だから、私は評者の選択を間違ったと思ったのである。
 本書紹介の結論として評者は「軽く読めて重い大事なことを考えさせてくれる好著として本書をすすめたい」と述べているが、この点に関してはまったく同感である。「重い大事なこと」が何であるのか――これについて評者とは意見が違うが。そもそも評者は、本書を文化領域に限って考えているのが問題だ。「大事なことは“重”なしの“軽”だけの文化では軽みのよさも粋(いき)も生じないということだ」とする評者の指摘自身は、その通りだろうが、著者が対象としているのが第二次大戦以降の現代日本社会であると認識されていない点が問題なのである。

本書の楽しみ方

 話は変わるが、著者の小林信彦は私より一回り上である。テレビが完全にメディアの中心になるまでは、流行のサイクルは今よりもずっと長かった。いわゆる流行歌にしても、人気小説にしても、流行する期間が長く、すたれるまでには相当の時間がかかった。
 そのためか、著者が「ほんのきのうのこと」で紹介している一九四五年から一九五五年までの流行語は、ほとんどが私の記憶にある。おそらく私の記憶形成初期に周囲の大人たちが口にするのを耳にしたためだろう。
 私と同年代の人にとって本書は、自分が体験した時代を振り返るために大いに役立つ。この言葉が流行していた頃、自分はどうしていただろう、どんな時に耳にしたのだろうなどと考えていくと、そうした思考作業それ自身が自分史を作成していく第一歩になると感じた。
 軽く読むだけでも、本書は楽しい。先日、プロ野球阪神タイガースのキャンプ風景が放送されていたが、そこに「ハッスル! ハッスル! ハッスル!」と大書きされた横断幕があった。本書で「ハッスル」を引いてみる(九三ページ)と、「この年(一九六三年)の春、アメリカでキャンプをおこなった阪神タイガースが持ち帰った言葉という説がある」とあって、なるほど先祖帰りかと感心した。
 もう一つおまけ。本書一四〇ページに「火災びん」とある。火炎びんの間違いだが、最近の岩波の書物でわりと見かける校正ミスである。数年前のこと、仕事仲間からの伝聞であるが、岩波書店では校正ミスがあると、校正の下請けにハッパがかけられたという。その昔、校正ミスのない岩波という評判だったのだから各方面に圧力がかかったのだろう。そういう評判も「死語」の類になってしまったのだから、同社の校正関係者も少しは気楽に仕事をしているのではなかろうか。
 さらにもう一つおまけ。一五一ページの「ノンポリ」と見ていて思い出したのだが、最近のアメリカ推理小説(女性作家)で「政治的に正しい、正しくない」という表現をよく見かける。手許にないから正確な引用はできないが、例えば「何々(牛肉など)を食べるのは政治的に正しくない」とか「今の言葉は政治的に正しくなかった」といって話相手にわびるとか、生態系問題や差別問題に絡んだ事柄について、こういう表現が使われているようだ。
 本書では「いまや完全な死語である。というのは、現在の学生の九九%が〈ノンポリ〉だから」とある。日本は数年遅れでアメリカ化しているので、ノンポリが進みすぎて逆に「政治的に正しい、正しくない」という言葉が日常的に使われるようになっていくのだろうか。

PTに警告を発した選挙
                             ラウル・ポントにインタビュー

ラウル・ポントは、昨年十月にブラジル南部、リオグランデ・ドスール州の港湾都市ポルトアレグレの市長に選出された。彼は、ブラジル労働党(PT)内部の第四インターナショナル派である社会主義民主主義潮流の指導者の一人である。インターナショナルビューポイント誌がインタビューをした。以下のQはインターナショナルビューポイント誌の質問を意味する。(二つともインターナショナル・ビューポイント誌2月、285号から)

私の公約と成果

Q ポルトアレグレの市長をPTが三期連続(注)で務めることになりました。すごい記録ですね。
(注 PTは、ポルトアレグレをはじめ多くの自治体でブラジル社会党(PSB)やブラジル共産党(PCB)などと人民戦線という組織を形成して選挙を闘っている)
◆ラウル・ポント◇ 私たちの基本公約は二つありました。第一は、住民参加を拡大することで、予算の決定過程に住民が関与するのを強め、「民主的な空間」を形成しようと訴えました。これを実現するためには、住民組織の決定を尊重することが大変重要です。私たちが一月一日に就任した時には、予算は昨年のうちに決定されていました。この予算を尊重するつもりです。
 第二の公約は、選挙での公約を任期中に実現するということでした。私たちは、ポルトアレグレは、この国におけるネオリベラルのヘゲモニーに実践的に反対していく極になるべきだ、と主張しました。また、新たな借金を増やさずに、しかも失業を増大させることなく、均衡のとれた予算のもとで州と協力しつつ、この大都市を経営することは、市役所が積極的な役割を果たすなら完全に可能だ、とも訴えました。このことは、失業に反対することから公共事業を守ることまで、そのために必要な措置をとることを意味しています。通信事業のCRTに関してフェルナンド・エンリケ・カルドーソ大統領の支持者である州知事のブリットがCRTを民営化したいと言っているので、重要なことです。

Q あなたが勝利したことは、州の他の場所におけるPTを大いに励ましたに違いないと思いますが。
◆ラウル・ポント◇ ポルトアレグレの勝利がもつ意味は、リオグランデ・ドスールの他の地域にとって次第に大きくなっています。ことに前回の選挙でPTが良好な結果を出したところがそうです。現在、私たちPTは、二五の自治体を握り、その他一八の自治体でPDTやPSBと組んで副首長をとっています。カルドーソ大統領に反対することが、こうした連立の中心要素になっています。私たちは、PTと人民戦線とをブリット州知事とカルドーソ大統領に反対する極として確立しました。このことのもつ意味は、一九九八年の州知事選や大統領選が近づくにつれて次第に明白になっていきます。

Q PTに対する投票は全国的に見ると相当にばらつきがありますが、その理由は何でしょうか。
◆ラウル・ポント◇ 私たちがポルトアレグレで成功したのは、市役所内部の政府と行政執行のチームや、このチームと党との間の関係に、成熟や連帯、調和というものがあったからです。他の場所のPTは、この点を見習うべきです。
 こうした関係を実現するためには、PT内部の諸潮流や党組織の各機関の役割の重要性などを常に考慮しておく必要があります。私たちは、私たちの内部に存在する多様性を尊重します。PTの同志たちは、相互に尊重し、そのように行動をします。というのは、当地の党員全体が協力して、完全な正統性をもつ党の指導機関を形成してきたからです。
 ここに党組織を建設してきたのは、この地域のPT指導部なのです。地域の党全体が承認した集団指導部、一つの綱領のうえに統一した指導部なしには、私たちは成功を勝ちとることはできなかったでしょう。
 政治的な問題や選挙での問題を抱えているほとんどの地域PTは、これとはまったく逆のことが言えます。すなわち指導部における成熟さの不足、政治的、綱領的な集中の欠落、個人的な野心の存在、選挙母体と候補者、党機関などの間での内部対立の存在などが、そうした要素です。
 私たちの選挙での勝利や、組織的な前進には、必ずしも綱領やイデオロギーの面での前進を伴ってはいませんでした。これが、長期的に見た党の前進にとっては不可欠なのですが。
 選挙戦で私たちにとって最も難しかった点は、ポルトアレグレのPTが実行しようという政策が、同じPTが政府を握っているエスピリトサント州の政府――ネオリベラルの政策を推進し、多数の公共部門労働者を解雇した――とはいかに違うのか、そして、その理由を説明することでした。彼らの政策は、私たちの州知事ブリットが実行しているのとまったく同じようにしか見えなかったのです。
 もし、こうした状況が続くなら、PTをブラジル社会全体の戦略的なオルナタナティブとして形成していく任務にとって、克服しがたい壁ができることになります。こうした後退は、私たちが長年にわたって闘ってきたすべてを無に帰するものです。

正しい選挙戦略を

Q 党をもっと多くの人々に広げるための唯一の道は、党の連立戦略、連立の対象を広げることだ、と一部の人が主張していますが、これはPTの思想を弱めることにならないでしょうか。
◆ラウル・ポント◇ まさにその通りだと思います。連立の対象を拡大することは、屈服です。こうした主張をする勢力への、政治的、イデオロギー的な敗北です。サンパウロを見てください。仮に、ブラジル社会民主党(PSDB)やPMDBと連立をして、これらの党に投票した人すべてがPTに投票したとしてしても、これらは中道政党であり、実際にはネオリベラルの政策を追求しているのです。しかも、その場合でも、第二回投票(最初の投票で当選者が決まらなかった場合に行われる)で最右翼に勝利できるかどうかは確かではないのです。これは、私たちが進むべき道ではありません。こうした方法で実現した選挙の勝利は、私たちの基本計画の放棄を意味しているのです。真の挑戦とは、前サンパウロ市長であるマルーフのような右翼ポピュリストに幻想を抱いている人々すべての支持を私たちの方に獲得することなのです。
 数百万の搾取されている労働者がマルーフの後継者に投票しました。失業者や縁辺に追いやられている人々も同様でした。もし私たちが政治的に闘わないなら、また、もし私たちが唯一の解決策が私たちの政敵とまで結ぶに至るほど同盟関係を広げることにあると考えるなら、PTを破滅させることになります。そして、私たちの計画をダメにし、勝利も不確かなものとなります。さらに、私たちに確かな前進した位置を約束してくれる唯一のもの、すなわち労働組合と大衆運動における私たちの成果を放棄することになるのです。
 PTは、人々の声を失業や不平等に対する闘いの中に聞くことができるなら、すべての地方自治体の選挙で第二回投票に進出できるでしょう。公正な最低賃金や住宅、無料の医療制度、真実の市民権などのための闘いについても同様です。そして、これこそが、ポルトアレグレの住民がPTに投票した理由なのです。
 サンパウロにおけるPTは、自らを中道陣営に属するかのように考えつづけるなら、決して前進することはありません。一例をあげれば、PTのサンパウロ市長候補であったルイサ・エルンディアは、運動の第一声として「イエスというPT」というスローガンを口にしました。
 サンパウロ地方の状況は、非常に警告的です。得票数、議員、多数派となっている地方自治体は減少しています。これらは警報のベルなのです。どんな原因で悪化しているのかを考え、真剣に自己批判すべき時です。
 私にとって問題は、私たちの敵の強さよりも、むしろ私たち自身の弱さにあります。
 もしマルーフが今日、サンパウロで支持を獲得するなら、その理由は、まさに彼の社会的な基盤において彼に挑戦しないと私たちが決めたことにあります。ポルトアレグレで私たちが支持を得ているのは、大衆階級に基盤をもつ政党だからです。そうだからこそ、私たちは、現在までのようにあり続けることができたし、他の住民層の支持獲得にも、基本路線を見失わずに挑戦できるのです。

PTの課題

Q PT内部でなすべきことがありますか。
◆ラウル・ポント◇ サンパウロのPTにとって、もう一つの問題は、不愉快な政治的なセクト主義です。自らの党内で非常に不寛容な人々が、地方議会や住民との関係において民主主義を尊重することがありえるでしょうか。もし地域の党指導部が党員の信頼を獲得できないなら、あるいは、彼らを綱領のもとに結束できないのなら、中期的には、党は解消の方向に向かい始めることになります。
 党は、住民の利益と闘いとを反映した諸要求を実現する触媒となれる能力を獲得しなければなりません。また、自らの活動家や闘士を動員できなければなりません。そして、議会などの被選挙機関からの財政的な独立を果たす必要があります。すでに、いくつかの地域で、財政的な非独立性が問題を引き起こしています。
 もし、PTを設立当初の基本姿勢、路線、反資本主義の立場で維持し続けたいと考えるなら、PTを真実に建設しなければなりません。単なる政治的な参照点としてだけでなく、党が自らに課した計画、路線に対応した組織、構造体としても建設する必要があるのです。PTが自らの組織的、物質的な構造を形成できないなら、あるいは専従メンバーや地方の党組織責任者などの訓練に関して検討を開始しないなら、もし、地方党組織のセンターが市長や議員らと十分に連絡をとり、すべてを決定できるなら、そうなると私たちは、もはや党とは言えず、議員などから独立した連絡の密なネットワークということになるでしょう。

Q 実際の例をあげてください。
◆ラウル・ポント◇ これまでに一〇回以上の選挙を闘っていますが、ブラジルの代表制民主主義制度を批判することをすでにやめています。これに関して私たちは、もう議論もしませんし、そのための運動を展開することもありません。これは、私たちがどの程度自らの戦略的な概念を放棄しているのかを示しています。
 新しい社会を建設したいのであれば、そうした「ユートピア」的な価値のために闘い、その点に関して現在のような諸機構の内部でさえ議論すべきです。
 具体的には、私たちの代表者の報酬をコントロールすることや、彼らへの委任は党が彼らを信頼したうえでのものだとみなすようにすることから始めるべきです。つまり、直接民主主義的な要素を拡大し、有権者や党が自ら選出した代表をもっとコントロールできるようにすることです。
 現在のブラジルの被選出者は、封建時代の領主のような存在で、一定の「票」を所有し、誰に対しても責任がありません。こうした点は私たちがつくりたいと考えている、より高度な議会制度とは無縁です。この問題について今、党員を教育しないなら、これについて決して前進することはありえません。
 ポルトアレグレで私たちは、直接的な参加型民主主義の要素をいくつか展開してきました。これまでに述べてきた方向にそってのことです。参加型の予算決定過程に参加した市民は、情報を獲得し、状態を解明し始めています。「政策」を獲得し始めています。そして従来の代表制民主主義に関して批判的な見方をし始めています。
 彼らは、現在の制度は独裁制度よりはましだが、私たちが望んでいる民主主義ではないと考え始めています。市民や労働者が立法者であることを可能とする民主主義ではないと考えています。市民や労働者が立法者であること――これこそが将来の社会主義社会にとって不可欠なのです。市民が可能なかぎり直接に、立法や予算作成の過程をコントロールすべきです。まさに、直接コントロールの程度こそが、ある社会の民主主義を測定する最善の「温度計」なのです。

選挙での後退の理由
わが党は変わるべきだ

                 ジョアキム・ソリアーノ、カルロス・エンリケ・アラベ


成果と失ったもの

 昨年十一月、PTは十一の重要な市長選挙の第二ラウンドを闘った。ベレムとカイサスで勝利したものの、サンパウロを除くすべての選挙で三%から七%の差で敗北した。サンパウロでは、右翼候補に二〇%の差をつけられた。
 十一の選挙でPTは、三一五万票を獲得した。その他のいかなる政党よりも都市住民からの投票が多かった。パウロ・マルーフのブラジル人民党(PPB)は、サンパウロだけで三一七万票、全体で四六五万票を獲得した。カルドーソ大統領のブラジル社会民主党(PSDB)は、三番目の得票だった。
 PTが敗北したところでも、党の強化が実現されたケースがある。サンパウロは、この正反対である。右派PT候補が明確に敗北したが、党全体にとって一種の政治的、組織的な敗北感がある。この地域の党指導部が自らの党建設路線を再考し、選挙戦略上の幅広路線をやめるまでは、この危機を克服していく道は見つからないだろう。
 敗北を喫した自治体での主要な原因は、現地PT組織の不在、指導部の弱体、選挙における真に全国的な協調の弱さなどがあげられる。得票を最大限にするという執念は、支配階級との日々の闘いにおいて力と経験を蓄積でき、権力のための闘いのヘゲモニーをとれるような社会的、政治的な同盟関係の形成という課題を軽視させることになった。
 残念なことであるが、PTが新しい票を獲得する力をもたず、全国的な新戦略をもった党として登場できなかったケースの多くでは、右派からの支持がもつ危険性の側面が大きく表面化した。こうした支持は、正しい意味での同盟ではなかった。つまり共同の綱領に基づいて行動するという関係ではなかった。
 サンパウロの場合のようにPT全国指導部は、当該地域の選挙運動への積極的な関与を要求されると、責任をとることを回避したり、あるいは間違っている現地戦略を支持したりした。当該地域指導部がPT全国指導部の多数派を支持している場合が、ことにそうだった。
 現行指導部は、われわれの思い通りにならない選挙同盟を受け入れた。そこでは、PTは自らの闘いを放棄し、PSDBやPMDBあるいはPFLが首長を占め、われわれが副ポスト、という関係だった。
 第一回投票の結果は、ブラジルにおけるネオリベラルに反対することの可能性を示した。第二回投票は、反ネオリベラルの抵抗精神を持続し強めるべきだった。われわれの成果が乏しかったという事実は、有権者の間に広範に存在する反ネオリベラルの抵抗精神に応えられなかったことを示している。
 地域問題をほとんど取り上げず、PTの反ネオリベラルの側面を表に出さなかったため、選挙運動の目的である政治的な分極化、活性化を図るうえので成果は極度に限定された。

選挙同盟

 第一回投票と第二回投票との間に、旧くておなじみの議論、すなわち中道左派(カルドーソ大統領のPSDB)との同盟を、という主張が登場した。その結果について、ことにサンパウロに関して真実はどうだったのか。
 一部のPT党員は、選挙運動に関する名簿で個人や政党指導者の名前をより多く連ねることが候補者の得票を増やすことだと考えている。こうした幻想の中でサンパウロのPT候補者は、名前を増やすためならどんな犠牲もいとわなかった――PTの選挙主張の核心部分さえ否定したのだから。
 党との組織関係を断つことなしに第一回投票で敗北した(他の)政党の綱領を、第二回投票でその政党への票を期待して自分のものとすること――これは従来からのPT支持者の志気をくじくし、新たな得票にもつながらない。中道左派との同盟形成を主張した人々は、反ネオリベラル闘争への口先サービスはする。だが、その実際の戦略は、政府のネオリベラル政策が行き過ぎた場合、その修正を望んで「建設的」な批判を行うだけだ。ネオリベラル政策を推進している中心的な組織、カルドーソ大統領の政党と、同盟を組んでネオリベラルに反対できるはずもない。
 ネオリベラルとの闘いとは、われわれにとって、それを推進する政治組織たるPSDBを阻止することである。ネオリベラルに反対することは、社会主義の展望に基づいて労働者階級の政治的な参加のもとで、自らの行動計画を堅持することだ。これは、確かに長期におよぶ過程であるが、その一歩ごとに長期目標にのっとった道を進んでいかなければならない。(一部略)