1997年10月10日        労働者の力                 第93号

自社さ連立の危機の始まり
国権主義的橋本内閣の総路線と対決を


                                     川端 康夫


(1)
 佐藤孝行を行革担当大臣である総務庁長官に指名した橋本第二次内閣は、社民党を先頭にする佐藤下ろしの大合唱にあっさりと屈服した。内閣支持率も急下降し、橋本の運命も大きくかげった。自民党の中曽根を頭目にし、新進党の小沢が座長格、そして自民党の亀井が行動隊長格をつとめた保保連合勢力の動きは表面的には押さえ込まれたが、その勢力の推した佐藤孝行は、中曽根流の新自由主義(ネオリベラル)路線の実行者としての役割を期待されていた。橋本は自民党の実権を加藤らの自社さ連合派に与えつつ、保保派への歩み寄りとして中曽根の強く推す佐藤を行革担当大臣に任命したのである。
 日米安保新ガイドラインと有事法制、行革の名を借りた新自由主義路線、これらをサッチャーばりに強行すべきというのが中曽根、小沢、亀井らの共通路線であり、そのための手段が保保大連合論である。そうした路線とは明確に異ならざるをえない社民党を抱えた自社さ路線との間にボナパっていこうとしても所詮は無理なのであり、その無理がまず最初に佐藤問題として立ち現れた。
 
(2)
 社民党の「与党離脱」をめぐる論議も勢いを増した。
 来年の参院選挙を控え、党の独自性を主張する度合いが強まろうとの一般的観測とともに、ガイドラインと有事法制化、郵政や林野の分解・解体、さらには沖縄特措法につづく地方自治体の権限をとりあげるという「地方分権」論などの行革方針など、橋本が掲げる「六つの改革」の基本的な下書きはほとんど保保連合派の「綱領」からの借り物である。社民党はまずガイドラインで「日本周辺」問題を突き、ついで佐藤問題で罷免を要求した。次は郵政、林野問題であり、これに対してはおそらく「大蔵省」問題で批判を展開するものと思われる。有事法制ではどうなるか――山積する諸問題は社民党の与党「離脱」を時間の問題としてしまっているようにも受け取れるからだ。
  
(3)
 日本経済は停滞から後退の局面が深まり始めた。今年四月の消費税アップなど様々な「財政再建」のための大衆を収奪する方策のつけが現れていることは否定しようがない。とりわけ金融資本に対する優遇策としての低金利政策よって直撃されている高齢者、年金生活者などへの医療費負担増などの無神経な政策が橋本によって推進されてきた。こうした大蔵主導の財政、金融政策は自社さ政権のみならず、新自由主義路線推進の新進党の魅力も後退させてきていた。さきほどの都議選において、共産党が公明党を福祉切り捨て路線と批判したことへの公明党の狼狽ぶりは記憶に新しい。そして公明党は第二党の座を共産党に奪われた。
 
(4)
 大蔵省を温存し、他省庁を統廃合するという行革審の答申は明らかに橋本それ自身が責任を持つ答申の構造であった。とりわけ地方分権を名分にした内務省復活的な構想は、来るべき有事法制と一体となったもので、沖縄特措法を全国の自治体に適用するものへと拡大し、港湾、空港を完全に軍事使用可能なものにしていく狙いである。警察の電話盗聴の解禁から始まり、首相官邸機能強化に至る枠組みはまさに保保連合派の綱領そのものだ。
 簡単にいえば、保保連合派は、内務省復活、防衛省への格上げ、大蔵省温存を柱とした「国権主義」の実現、そして他方の軸に金融・産業資本の防衛と大衆収奪、不安定雇用と賃金切り下げの新自由主義の双方を一挙に推進することを要求しているのであり、そして橋本はその路線の体現者であることを隠してはいない。それが先の自民党総裁選挙での無投票再選の枠組みであった。行革審に参加している読売新聞・渡辺社長の言動は以上をすべて率直に明らかにしている。

(5)
 大蔵省温存と日本経済の後退の始まり――財政出動は財政危機のもとで不可能。金融も史上最低の低金利政策でなす術もない。他方、膨大な国鉄債務の処理をはじめ、大衆収奪の税上乗せの声が高まり、他方で、法人税を大幅に切り下げよという鉄面皮な資本の要求もかまびすしい。政権批判が共産党の各種選挙での上昇に結びついている状況は、橋本内閣が今後ますます体現していくであろう反民衆的政策の体系と、連立の枠組みとの矛盾を拡大していくだけに他ならない。
 橋本の「改革」は徹頭徹尾、国権主義的な保保連合路線の「改革」に他ならず、全面的な対決こそが必要なのだ。
      (十月二日)

アジア太平洋連帯会議を来春開催
 オーストラリア・シドニーにて


闘争と新思考

 各国政府や企業、銀行、国際金融機関などすべてがアジアについて語ってきた。奇跡的な成長を遂げるアジア、加速度的な開発が進行するアジア、経済ブームのアジアとして。だが、これら関係者以外の数百万の人々にとっては、事態はまったく異なっている。基本的な人権と持続的な経済的社会的秩序を求める闘いのアジアとして映っている。
 そうした闘いには、韓国における新労働法に反対する真実に大衆的な労働者・学生の闘い、インドネシアにおけるスハルト独裁とその縁故主義に対する先鋭な闘い、自決権を獲得しようとする東チモールの絶えず高揚している闘い、ネオリベラルによるフィリピン二〇〇〇計画に対する労働者の闘いとその再生、ブーゲンビリ島で行われている戦争、タミル人民の自決権をめぐるスリランカ島における紛争などがある。

民主主義への攻撃

 緊縮政策や経済再建策を押しつける手段として権力主義的な政策が強化されているが、この傾向は、この地域に共通している。オーストラリアにおける労働現場における労組オルグを禁止する法律、インドネシアでの独立労組を禁止する措置、マレーシアにおけるNGOを制限したりいやがらせをする措置、これらは、この地域における各国政府による、民主化に対する全般的な攻撃に共通する形態となっている。

地域の抵抗闘争

 こうした政治的、経済的、社会的な流れに対する闘いを始めようとするイニシアティブは無数にある。インドネシアでは新しい政治運動が登場している。フィリピンでは従来の運動が転換を遂げつつある。韓国では非公認労組が政府を後退させた。マレーシアでは民主勢力が東チモールのために集会を行っている。ビルマでも民主勢力は屈服を拒否している。ニュージーランド議会では反ネオリベラルの人々が議会に選出された。
 これらは、この地域における民主化を求める闘いのほんの一部でしかない。

主催団体

 一九九七年二月から三月にかけて、政治運動に参加する諸個人、地域組織、大学などが、現実に展開されている権力主義に反対する闘い、自決権の否定、世界的規模におけるネオリベラル攻勢による社会的、経済的な影響などに関する地域的な行動調整や討論の進行の必要について検討した。そして民主化と持続可能な開発を求めるアジア太平洋研究所を準備する協議会がつくられた。この研究所の目的は次の通りである。
★社会的な正義と環境にとって持続可能な開発を確立する考え方を普及させ促進する。
★学術組織、NGO組織、人々の運動(政党、労組、キャンペーン委員会など)――これらの間の対話と協調を促進する。準備機関を構成するのは、インドネシア、フィリピン、マレーシア、スリランカ、オーストラリア、ニュージーランドからの学術人、政治運動の指導者、地域活動家である。

課題と国別報告

 スハルト独裁を終わらせ民主化を実現する闘い、東チモール、スリランカ、西パプア、ブーゲンビリにおける自決権のための闘い、オーストラリアとニュージーランドにおける先住民の権利と土地の権利のための闘い、ネオリベラルに反対する労働者とその闘い、APECと反APEC、アジアの虎と新興工業諸国――誰が利益を得ているのか、誰が闘っているのか、女性の解放と民主化・開発,NGO、政治運動、社会階級、地球規模の資本の攻勢――世界銀行、IMF、WTO(世界貿易機関)
 オーストラリア、ブーゲンビリ、ビルマ、中国、東チモール、インド、日本、インドネシア、マレーシア、ニュージーランド、パキスタン、パプア・ニューギニア、フィリピン、韓国、スリランカ、タイ、西パプア。
(インターナショナルビューポイント誌九月二九二号)
【特集】国家主義・新自由主義と闘う労働者運動の再生を

    反撃に転じた欧米の労働運動
        日本労働運動の新たな連携を築こう

                                      坂本次郎

 リバプール労働者を招いて
 
 九月三日から十七日まで、サッチャーの路線と闘い抜いてきたイギリス・リバプールの港湾労働者の代表二人を日本に招待して、全国交流を行った。沢山の交流がもたれたが、代表的なものをあげれば、全国港湾、全国湾の各労組の全国大会、全労協大会、国鉄労組と国労闘争団など。さらに闘争記録ビデオの上映会を大阪と東京で開いた。上映会には大阪で四百人、東京は三百五十人が集まり成功した。
 交流運動の一つの総括としては、港湾労働者だから全港湾、全国港湾などの港湾労働者の労働組合が招請すればスッと通るのだが、今回の場合、日程などの都合で全国一般全国協が招請するということになった。またケン・ローチ監督のビデオの日本語版製作委員会が大阪の全国協傘下のゼネラルユニオンが中心になって組織されており、両者が共同して招請した。結果としては、産業別労組同士の交流という枠を越えたリバプール労働者の日本への紹介という役割を果たすことになり、非常に良かったのではないか。
 
有意義だった交流
 
 リバプールの二人の代表に関して言えば、感激すべきことが二つほどあった。二人の来日とたまたま時期を同じくして「規制緩和」についての学習会があり、そこにニュージーランドから学者がきて報告した。その場に二人も参加し、そこでイギリスのサッチャーがはじめた路線がニュージーランドでいかに開花し、いかに労働者を厳しく抑圧してきたかを実感し、むしろ責任を痛感したということがあった。サッチャーリズムをはねかえす自分たちの闘いがますます国際的にも重要だと認識したという。
 もう一つは、国鉄闘争団との交流の場でのことで、そこには国労新委員長の高橋委員長も参加していた。そこでは、サッチャーと中曽根がいかに共通の政策をやったのか、なおかつそのなかで、自分たちの闘い――ストライキそのものは二年間だが、分割民営化のような「港湾労働計画」が廃止されたのが一九八九年で、それに対してリバプールだけが抵抗して闘ってきた。日本の国鉄闘争団の闘いとほとんど重なる時期の闘いであり、中身もほとんど同じ、互いに闘争記録のビデオを見せ合って、相互に知り合ったことを喜び、ともに闘い、ともに勝利をしたいと誓い合ったことである。
 反応はすぐに広がった。全港湾は「規制緩和反対」の闘いを十月九日に実施し、国鉄は毎年開催している「団結祭り」を十二日に開催するが、その場に再びリバプール労働者二人を招待することになった。十二月には日本からかなり大量の代表団をリバプールに派遣しようということになっている。
 
十五年間のサッチャリズム
 
 典型的な新保守主義、新自由主義路線、経済学的にいえば新古典主義――資本の赤裸々な競争にもう一度委ねるという理論と政策が世界的に、約十五年から十八年の間席巻した。ヨーロッパ大陸の方ではストレートには受け入れられなかったが、しかしながらヨーロッパ統合の渦の中で、基本的には福祉切り捨て、労働者保護規定の撤廃という資本の自由な活動を許すという方向への転換を余儀なくされてきていた。
 もちろん大陸とイギリスでは様々な点でいまだ大きな違いがあるというのは今度ヨーロッパを訪れての実感だが、しかし大きな流れではサッチャー、レーガン、中曽根流の新自由主義が世界を席巻しつつあると見えた十八年間だった。これらの政策体系への疑問や反対はもちろん提出されてきてはいたが、しかしソ連邦の崩壊という歴史的事実も手伝い、新自由主義があたかも万能の政策体系のごとき印象を生み出してきた。ニュージーランドの「規制緩和」が大成功、イギリス経済が活性化し、アメリカは一九九一年十月から連続して好景気が持続している、といったキャンペーンが流されてきた。
 ニューエコノミー、景気循環なき経済発展とまで言われる事態になってきた。だがそれが人々にどのような影響を与えてきたのかということはまったく無視されてきた。積極的な異議申し立てが浮上してこない事態が続いてきた。
 ヨーロッパ大陸では、イギリスのように徹底的に闘い、徹底的に敗北し、徹底的に叩きつぶされたというところまではいっていない。しかし攻勢というよりは停滞・後退の局面が続いたといえる。
 
反撃の始まりと拡大
 
 そうした事態に対する疑問、抵抗が明確に姿を現し始め、反撃が開始され始めたのがこの数年の特徴といっていい。
 一九九五年十一月、十二月のフランス労働者のストライキ闘争は、福祉切り捨て、年金切り捨ての大規模な闘いだったが、これは労働者のみならず多くの国民の共感を背景にした闘いだった。しかし大規模だったとはいえ、まだこの時点では全ヨーロッパ規模に波及していくという印象は弱かったのだが、明らかに闘いの始まりを告げていた。
 リバプールの五百人の闘いも九五年九月二十七日、今年で二年目を迎えた。この闘いもイギリスでのまったく孤立した闘いだったが、屈服しないで闘い続けてきたものだ。八九年以降の攻撃に屈服しないで闘い続けてきたところに最終的な解体攻撃がかけられたというものである。
 アメリカでも、一九九五年、アメリカAFL・CIOの指導部体制に劇的な変化が訪れた。旧来の伝統的な大産業資本系列の産業別労組に代わって、チームスターズ(運輸労組)などが指導権を掌握したのである。だが、それぞれはいまだ個別であり、相互につながりを持つには至っていなかった。
 今年にはいると、リバプールの場合、ITF(国際運輸労連)という国際自由労連傘下の国際組織を通じて国際的な統一行動や支援が広がる。
 他方ではヨーロッパのEU統合、通貨統合にむけて各国通貨の統一基準確立をめざした福祉切り捨て、労働者保護切り捨ての攻撃が加盟十五カ国に共通にのしかかってきていた。その出発が間近に迫るという事態の中で各国で矛盾が拡大し、大量失業問題が鮮明なものになってきた。ユーロ加盟条件確立のための社会政策、経済政策は、必然的に失業の増大を招くものであり、東欧などからの移民労働の流入も重なり、失業問題は第一級のものとなっている。ヨーロッパ各国ごとにあった様々な問題がユーロ統合問題を通じて一挙に結合していく。それを背景に、一年半ほどの準備を経て、今年、六月十四日のアムステルダムのユーロ理事会にむけて、反失業ユーロ・マーチが全ヨーロッパ規模で組織さた。
 こうして、圧倒的に叩きつぶされ、もはやいなくなっただろうと思われた労働者の闘いが、不屈に再登場し始めた。「ゆらめく炎」というケン・ローチ監督のリバプール労働者の闘争記録ビデオの表題は、おそらくはかすかにチラチラと消えそうになりながらも、不屈に消えないでいる労働者の意志、闘いということを象徴したものと私には思える。
 これらの闘いが個別的要素から相互に結合し、一つのうねり、形になり始めた、というのが一九九七年だったのではないだろうか。
 
労働運動の社会的任務
 
 「規制緩和先進国」のニュージーランドやオーストラリアでの労働者の反撃、規制緩和とは本当は何だったのかを問い直す闘いが始まっている。アメリカAFL・CIOの新会長がこの四月に日本で講演をした時に、彼は次のように力説した。「レーガノミックスが成功したと思わないでくれ。アメリカ社会は破産寸前にあり、階層分化、格差は天文学的なものになった。アメリカ社会と文化の崩壊に抗し、その再建を担うのがアメリカ労働組合の任務なのだ」と。
 ヨーロッパでは、ユーロ・マーチの成功がそうした位置を表現する。ヨーロッパ全土を十数コース、数カ月の行進でアムステルダムに結集する。ポルトガル、イタリア、東欧などからの各コースを、それもただ行進するだけでなく様々な自治体への交渉などを含んだ行進団が六月十四日のアムステルダムのダム広場に五万人の結集として結実した。それも労働者の行進と言うよりは、労働者を核にしつつも、様々な階層の諸運動グループが参加した。合法非合法の双方の移民労働者、ゲイの運動体や学生たちなど多彩な運動の集合した闘いだった。その先頭にリバプールを出発した港湾労働者の行進団とベルギーのルノー工場争議を闘っている労働者たちが進んだ。
 この行進は大労組指導部にも大きな圧力となった。ユーロ統合を支持するユーロ労働組合会議という組織があり、各国ナショナルセンターが参加している。これらはすべてユーロ統合推進であり、従って福祉切り下げ、労働者保護撤廃政策支持の立場にある。だが彼らはおしなべて、ユーロマーチに対して弾圧もできず、さりとて支持もできない立場におかれた。
 今、ブレア(イギリス)やジョスパン(フランス)の勝利を合わせると、ヨーロッパ十五カ国の内、ドイツを除く十四カ国は社会民主主義政権である。これらの政権がみなユーロ統合のマースリスト条約に続くアムステルダム条約を支持しているという現状はあるが、それらを押し上げてきたのはヨーロッパ労働者運動の再登場なのである。
 
日本における反転攻勢を
 
 こうした状況を日本の労働運動の指導部はどの程度意識しているだろうか。私がリバプールにいた八月はじめ、アメリカ・チームスターズのユナイテド・パーセル・サービス(UPS)が十八万人の参加でのストライキに入った。それを聞いたリバプールの労働者たちは即座に、さあ始まった、と感想を述べ合っていた。
 サッチャー、レーガン、中曽根がどれだけのことをしてきたのかを直視し、どういう反撃の芽をつかみ取るのか。労働者の具体的な闘争を中心軸にしながら、環境問題などを含めた統合性をもった闘いを組織していくことがポイントなのだ。
 世界に目を向ければ、自分たちの闘いの可能性について十分に確信が持てるのではないだろうか。リバプールが来たことによって国鉄闘争団が自分たちの闘いの位置について改めて自覚したことが象徴的な例だろう。和解して、解決の水準をどこまで持っていくか、なんか社民党が与党のうちにどうするかなどといいながら、国鉄改革法を認めるとかいうことになってしまうのではなく、どのような社会的アンチを提起していくのかと問題を建て、その闘いが国際的な潮流から言っても大きな反転攻勢が始まっている中にあることを意識していくべきと思う。
 反転攻勢を可能にする陣形、まとまりを早急につくり出していくことが求められている。旧来からの左派系組合は今バラバラな状況だし、全労協に結集している各組合もまだ確信を持ちきれていない。そこを一つのまとまりにして反転攻勢の力を結集していく。全労協の強化を軸にしつつも、全港湾や全日建という中立組合がリバプール労働者との連帯の先頭に立っていると同時に、あの連合ですら現在始まっている労働法制の改悪に反対する闘いを組織せざるをえなくなっている状況に切り込むことが必要だ。連合がまとめてそうなるとは考えられないが、少なくとも本気になって考えなければならないと思い始めているところがいくつか出てき始めている。
 ユーロ・マーチの例に見るように、日本においても既成ナショナルセンターを揺るがす動きが不可能だとは言えない。
 この十一月二十七日、様々な運動団体や労働組合を糾合した労働法制改悪反対集会が企画されている。お互いが「たこつぼ」的にいるのではなく、力を合わせて相乗効果を生み出そうというものだ。これから二カ月、この結集の成功に全力をあげ、具体的な反転攻勢の闘いの足がかりを築くことをめざしている。
(十月三日談話収録。文責は編集部)
ヨーロッパを訪れて
              英仏労働運動の再興を実感
                                         高木 圭

捨て身の闘い二年――リバプールの労働者

 この夏、三週間ほどの日程で、坂本同志と一緒にパリ、ブリュッセル、アムステルダム、ロンドン、リバプールなどの都市を歴訪した。ヨーロッパ諸国は欧州連合(EU)への統合に動いているが、その一方で、旧ソ連邦崩壊直後の「復古」的状況から労働者運動も再生しつつあるのが明確に感じとれた。
 ヨーロッパの諸都市を回ってみて、とりわけ印象的だったのは、ビートルズの町として有名なイギリスのリバプールで展開されている港湾労働者の長期ストライキであった。
 サッチャー政権のもとでイギリスの労働組合法も大きく変えられた。新労働組合法によると、ストライキ権の確立は郵送投票によらなければならなくなって時間がかかり、また連帯ストライキは違法になってしまう。そのような状況下、一九九五年九月末リバプールの港湾労働者五〇〇人弱は下請け会社の労働者が解雇されたのに連帯して、就労を拒否した。最初に解雇された労働者が張ったピケットラインを突破することを拒否したのであり、これがビデオの日本語版の題名の由来である。そのため、自分たちも違法ストライキを理由に解雇されてしまった。それでただちにストライキ突入となった。
 リバプールの運輸一般労働組合の事務所で労働者たちの話を聞いたが、彼らは、彼らを保護してきた「全国港湾労働計画」が一九八九年撤廃されて以降、港湾労働者はカジュアル化(日雇いの導入による非正規化)され、低賃金労働がごく普通になり、労働災害は頻発、労働現場は荒廃の一路をたどっていると説明した。今日のこの事態は、新自由主義路線に沿った民営化、規制緩和などの政策の結果であると彼らは明言し、世界の港湾の仲間、子どもたちのためにストライキを敗北で終わらせるわけにはゆかないと言う。この闘いは、港湾労働者の特殊性で国際的スケールで財政的・精神的に支援され、丸二年になろうとしている。
 リバプールの呼びかけはすぐに国際的に受けとめられた。南アフリカのケープタウン、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカの西海岸などの各港でリバプール支援の闘いが拡大し、世界的にリバプールを支えるカンパ運動が組織されている。リバプールの当該資本の用船の積み卸しを拒否する闘いも組織され、日本では大阪港で、全港湾が闘いを起こした。こうしてイギリス国内の極度に圧制的な労働法が国際的な広がりの中で食い破られる状況にもなっているのである。
 
左派勢力の結集の新しい形
 
 今年のイギリスとフランスの総選挙における、それぞれ労働党と社会党の勝利は圧勝と言えるものだったらしい。これまで両国の政府は新自由主義的な保守政党によって担われていた。これらの政権は、労働組合法や社会保障制度の改悪など労働者に過酷な政策を打ち出してきた。そういった政策に対する「揺り戻し」というべき歴史の動きが、他の西欧諸国にも波及するだろうことは間違いない。
 こうした動きを、私がヨーロッパ訪問中に会見した二人の人物に焦点を当てながら探ってみよう。
 最近のフランスの政治状況はこれまでとは変わった雰囲気に包まれる。例えば共産党の集会には、共産党の指導部のみならず、社会党、緑の党、トロツキスト諸党(労働者に影響力をもつ組織は二つある。第四インターナショナルフランス支部とリュット・ウーブリエ)の代表などが一堂に会し、それぞれの政治的見解を率直に集会参加者の前で披露することができるようになっているのである。反対に、トロツキスト組織の政治集会にも、共産党をはじめとする同様の政党代表が顔をそろえる。
 こうした政党代表の中で最も注目を集めているのが第四インターナショナルフランス支部のアラン・クリヴィーヌである。権威ある夕刊紙ルモンドによれば、彼の演説は、例えば共産党の共産党集会においてすら最も人気が高いのだという。
 共産党とトロツキスト組織というと、日本では依然として犬猿の仲といったイメージがあるが、しかしフランスではこういった伝説は、旧ソ連邦の解体以降、消滅しつつある。クリヴィーヌらは共産党傘下にある最大の労働組合の全国組織である労働総同盟(CGT)に影響力拡大を狙い、逆に、共産党はクリヴィーヌらの助けを借りて、急激な脱スターリン主義化を成し遂げ、人気の回復を図ることができるのだから、一挙両得なわけである。社会党のジョスパン首相の誕生には、こういった労働者勢力の新しい形での結集という背景があるのである。
 ヨーロッパの労働者運動の新たな興隆を象徴するの現象が、この六月十四日の土曜日、アムステルダムの中心地ダム広場で起こった。欧州連合の反労働者的協定に反対し、失業をなくそうと呼びかけた「ヨーロッパ・マーチ」にヨーロッパ各地から五万人ほどが集まったのである。私はこの集会の責任者でクリヴィーヌの古くからの友人フランソワ・ベルカメンをブリュッセルの自宅に訪ねた。彼によると、ヨーロッパの失業は深刻で、そのことには外国人労働者の流入も一役買っていることから民族主義的右翼の台頭をも招いているという。
 日本では今、企業間、雇用者間競争が激烈をきわめるようになっている。リストラによる過労死などという社会現象がこういった事態の深刻さを物語っている。しかし、ヨーロッパでは、健全で威厳のある労働文化の構築への呼びかけが、労働者運動の再生を背景に芽生え始めているのである。

欧州連合の交通政策批判
自動車社会を論じる

 欧州連合(EU)は、鉄道輸送の方を選択することになっている。少なくとも公式には、EU運輸委員のニール・キノックが責任者となっているグリーンブック(緑書)は、自動車輸送に伴う膨大な「外部費用」のマイナス面を認めている。ブリュッセルに本部があるEU委員会の内部では「交通の混雑を回避する」とか「速度をゆるめる」といった文句がよく聞かれる。だが、こうした言葉とは裏腹に、実態はまったく違う。鉄道は、より社会的であり、エコロジー的にもより合理的なのだが、EUの交通政策は、鉄道システムを破壊するものになっている。

実際の交通政策

 EUが実際に優先しているのは、道路輸送コストの削減である。毎年、貨物と人員の平均交通距離は増大している。修正マーストリヒト条約やヨーロッパ通貨同盟(EMU)は、道路輸送や移動距離を増加させ、鉄道から道路と航空への転換を一層促進することになる。北米のようにヨーロッパでも、鉄道はますます貧弱になっていくだろう。その理由は、次の三点である。
◇自動車輸送
 一九七〇年には自動車旅行者の一人当たり平均移動距離は一五八〇キロであったが、一九九六年には、その二・五倍、四〇〇〇キロという驚くべき数字になった。そのうえ、一台当たりの乗車人員の数は減少している。一九七〇年に一台に平均二人乗車していたのが、一九九六年にはわずか一・五人となってしまった。
 鉄道輸送は、同じ期間にわずか三〇%の増加にとどまったが、バス輸送は五〇%の増大となった。すでに一九七〇年においてさえ鉄道は、全交通量のわずか一〇%を担うにすぎなくなっていた。バスが二三%、そして自動車が七七%(バス分を含む。残りは航空機と船)であった。この数字は一九九六年には、鉄道が六%、バス一五%、自動車八五%となった。
 これらの数字には、都市圏内部の交通は含まれていない。だが地下鉄と路面電車の建設が停滞している状況にあって、都市圏内部の交通を含めて考えると自家用自動車の占める割合はもっと高くなる。
◇トラック輸送
 貨物輸送(輸送重量かけ距離)は、この二五年間に一九七〇年の八五〇〇億トンキロ数から一九九六年の一五〇〇〇億トンキロ数に倍加した。同期間に鉄道輸送は、一五%減少し、河川と運河輸送は伸び悩み、パイプライン輸送が三〇%増加した。対照的に自動車による貨物輸送は、ほぼ一五〇%の増加を記録し、一九七〇年の四二〇〇億トンキロ数から一九九六年には一一〇〇〇億トンキロ数となった。その結果、全貨物輸送に占めるトラックの割合は、一九七〇年の五〇%から一九九六年の七〇%へと増大した。
◇強制される交通手段
 EUは、ほとんど実質の経済成長をとげていない。実際、賃金は伸び悩みか、あるいは下がっている。だが、自動車交通は絶え間なく拡大してきた。そしてEUは、自動車交通を「成長促進部門」と呼んでいる。毎年、一人当たりの自動車交通距離が延長している。EUの輸送に関する最新のグリーンブックは「平均的なヨーロッパ市民の日常移動距離は一九七〇年の一六・五キロから一九九六年には三一・五キロへと増加した。移動距離を伸ばしたいという要求は、自家用車の増加で実現した……。人口一〇〇〇人当たりの自家用車数は同じ期間に二三二台から四三五台へと増大した」と分析している。
 同じ期間において、EUがいう「輸送強度」は五〇%以上も増加した。言い換えると、それぞれの商品は、消費者の手元に届くまでに一九七〇年より五〇%以上の長い距離を移動しているのである。
 資本主義のほかの産業分野と同様に、運輸部門においても生産力が破壊的な作用を持ち始めている。かつては、人々に移動の利便さと多様な商品をもたらした技術と装置が、現在では人工的な「成長」の手段となり、平均的な旅行距離を伸ばしている。
 貨物輸送や平均的な旅行の距離は、不合理な分業と、生産者と消費者との距離が拡大したために増加している。例えばオペル社のコルサという車種は、エンジンがオーストリアで、車体はスペインで製造されている。EUがこうした不合理な産業配置に補助金を出しているために、エコロジーへの打撃や地域経済構造の破壊、職業運転手の惨めな労働条件といった事態が生まれている。
 個人の通勤距離は、だんだん長くなっている。これは、資本集中の一つの結果でもある。数多くの小商店が閉鎖されたために、買い物の距離が伸びた。そして都市構造が破壊されたために、人々はレジャー行動を求めて一層の距離を移動せざるを得なくなっている。
 こうして傾向に歯止めをかけることは、エコロジーの面からも経済の面からも要求されている。民主主義の観点からも要求されている。一九九五年にヨーロッパの世帯のうちわずか四〇%しか自動車を保有していない。大規模家族、幼子のいる家庭、若者や女性の家庭は、自動車を保有していない六〇%の方に属する。換言すれば、道路と自家用車優先の交通政策は、六〇%という多数の人々の利益に反しているのだ。
 単位人口当たりの自動車保有者数が増加したとしても、この民主主義に反する状態が改善されたことにならない。アメリカ合衆国では、自動車保有者数の増加に伴ってバス、地下鉄、路面電車、鉄道といった公共交通の手段が劣悪になっていった。

全面的な自動車社会

 合理的で信頼できる、人間的な交通システムに敵対する強力な利益集団がある。ヨーロッパの主要二〇トラストのうち、一二は石油精製や石油販売、車両製造業に属する。これらに属する企業の総生産高は、欧州大陸主要トラスト二〇社の総生産高の三分の二を占めている。
 欧州委員会とそのメンバー国は、二〇一〇年までに空と道路による貨物輸送が倍増し、自家用車による平均的な移動距離が三〇%から五〇%も増加するという想定のもとで政策を立案している。
 三つのEU計画がこうした全面的な自動車社会形成に向けて実行されている。EU構造改善基金は、より貧しい地域を援助するものとされている。実際には、その支出の大部分は道路建設に、一部が「自動車化」の遅れた地域に向けられている。一九九四年には、その金額は四三三億ドイツマルク(二九五億ドル)で、一九九九年には六三〇億ドイツマルクになる。

われわれの交通政策

 こうした高姿勢な計画の大部分は、欧州大陸における輸送ネットワーク上の「ギャップ」をなくして交通の流れをより潤滑にしようとするものである。これらの計画には、イギリスとフランスをつなぐユーロトンネルやフランス・イタリア間のアルプスの下を通るトンネル、デンマークとスウェーデンを海上でつなぐスカンリンクなどがある。
 また、いくつかの有害な高速鉄道計画も存在する。これらの莫大な鉄道投資計画から利益を得るのはほぼビジネスパーソンに限られている。
 現在、ヨーロッパの列車の九割は、平均速度が時速五〇キロ前後である。鉄道旅客のほとんどにとっては、時速二五〇キロという速度は無意味である。列車による普通の長距離旅行は、およそ二〇〇キロ程度である。こうして旅行に対して高速鉄道は、数分間時間を短縮するだけでしかない。
 ドイツ首相のヘルムート・コールは一九九六年六月、あるEU委員に対して「ロンドンとモスクワとを結ぶ高速鉄道は、EU市民の利便さを大幅に増すことになる」と語った。これはグロテスクな話だ。実際にどれだけの人がロンドンとモスクワの間を旅行するだろうか。もし、実際にこの間を移動する人がいるとすれば、その大部分はビジネスパーソンであり、彼らのほとんどは航空機を利用するだろう。
 他方では、長距離や高速を優先する鉄道事業が、地域や地方の人々にとっても最も利用価値の高い、地域的な輸送ネットワークを破壊する作用をしている。人員が削減され、その結果、サービス水準が低下し、旅客の安全性も低下している。交通部門のそれぞれにおける「市場の力」の導入によって、交通システムの最弱の環、すなわち公共交通に矛盾がしわ寄せされている。
 イギリスでは一九八五年以降、一九九四年までに利用者が減少したのにバス事業の利益率が二七・四%も向上してきた。この間に運賃は二五%も値上げされた。民営化の論理的な帰結が明瞭に示されている。すなわち、バスによる移動距離の減少、利用者数の減少、そして利用者の高負担である。
 交通産業労働者の労働条件も影響を受けている。バス労働者の平均年齢は上昇し、安全基準も厳しさを失い、緩やかになっている。

 われわれは、以上のような交通政策の方向それ自体を転換させなければならない。
●平均旅行時間の短縮
●環境に対して交通システムが与える破壊作用の強力な制限
●トラックの速度をより厳密に制限し、最大積載重量を減らす
●夜間のトラック輸送を禁止すべき
●貨物輸送の総量を減少する方法を見出す。鉄道輸送を優先する

 現行輸送システムに要する実際のコストを正確に、社会的費用とエコロジー面の負荷を含めて総合的に算出する必要がある。その結果、道路による貨物輸送のコストは、現在以上に高くつくことになる。だが、この際に貨物輸送業者が、その追加的な費用を労働者の賃下げや労働条件の悪化によって捻出することを許してはならない。これに伴う国家収入の増加分は、公共交通システムの開発・強化に当てられるべきである。
 とりわけ交通産業における民営化と規制緩和を止めさせることが肝要である。移動性というものは、健康や教育、年金と同様に一般的で社会的な権利だと認識しなければならない。こうした考え方は不可避的に官僚制の強化をもたらすという人がいるかもしれない。それに対する回答は、強化された公共交通システムにおける民主化と分権化にある。
(インターナショナルビューポイント誌二九〇号)

わがインターナショナル


われわれの基本

 われわれのインターナショナルは、第四インターナショナルである。四番目、「トロツキスト」のインターナショナルである。これまでの三つのインターナショナルは、政治的な放棄あるいは組織的な破局によって消失してしまった。
 事実、第四インターナショナルは、より広い歴史的、理論的、実践的な基礎を有している。
 われわれの運動は、第一次世界大戦前に存在した社会主義左翼と、その後に存在した民主的共産主義を直接に継承するものである。われわれが歴史的に参照する人物をあげれば、われわれがいかなる存在であるのか、それが明瞭になる。そうした人物とは、マルクス、エンゲルス、ルクセンブルク、レーニン、トロツキーである。そのほか多くの人物がわれわれの情勢分析や理論的な作業を豊かにしてくれている。例えば、チェルヌイシェフスキー、プレハーノフ、ヒルファーディング、オットー・バウアー、グラムシ、ルカーチ、パンネクック、コロンタイ、チェ・ゲバラ、われわれの指導者同志であるエルネスト・マンデル(一九九五年に他界)などがいる。
 社会主義革命のために闘う組織を建設するには、その国の状況に根づき、その地域の労働者運動における全潮流の最善の流れを継承する必要がある。
 また、そうした組織建設は、今世紀における中心的な革命活動に参加したり学ぶことをも必要とする。その例としては、カストロ主義、毛沢東主義、サンディニスモ、革命的ポピュリズム、解放の神学などがある。

開かれた批判的マルクス主義

 第四インターナショナルを特色づけるのは、マルクス主義理論への開かれた批判的な接近である。マルクス主義に対するわれわれの態度の結果から、過去二〇年間に世界を変えた経済的、社会的、政治的、文化的な転換の意味を吸収し、対応することができた。
 現在の世界は、搾取と抑圧、不平等と社会的不公正の上に成立している。「階級闘争」は、労働と資本との労働現場における単純な対決に還元されることは少なくなっている。確かに労働現場で労働者階級は、資本主義を打倒でき社会を人類の解放に向けて指導できる唯一の社会勢力として、力関係の均衡を実現している。
 しかし、かつてよりはるかに強くプロレタリア運動は、フェミニスト、エコロジー、「第三世界」運動、人種差別反対、多民族的、文化的、科学的な他の社会運動と協力するようになっている。平等を実現する運動、人種、性、民族などに基づく差別に反対する運動、人間とその生活の全体を商品化する、人々や事物、思考などの価値をおとしめる現代の状況と対決するすべての運動とプロレタリア運動は、協力するようになっている。
 第四インターナショナルは、二〇世紀における最も暗い時代であった一九三〇年代に誕生をした。スターリニズムが、ソ連とすべての共産党の権力を掌握していた。ファシストあるいは権威主義的な体制が、イタリア、ポルトガル、ドイツ、スペイン、フランスで権力をとっていた。好戦主義者や戦争挑発者の傾向が、社会民主主義政党を覆っていた。これらの流れが、恐るべき世界戦争に導いた。

断固たる抵抗

 第四インターナショナルは、この状況を認識しており、これに抵抗している。われわれはこれまで非常に多くの犠牲を払ってきた。なぜならば、われわれは、世界の支配者たち、すなわち専制的なソビエト官僚あるいはファシストであろうと民主的であろうと西側の資本主義と妥協し取り引きすることがなかったからである。われわれは、次の二つのモットーを堅持している。一つは民主的であること、つまり「労働者の解放は労働者自身によってなされる」であり、もう一つは国際主義である。すなわち「社会主義は国際的に実現されるのであり、国際主義でない社会主義は存在し得ない」である。
 第四インターナショナルは現在、四〇カ国以上に存在している。決して郷愁の故でなく、戦闘性と政治的な確信が故に存在しているのだ。搾取と抑圧の存するところ、そこには必ず抵抗と闘いが存在する。こうした抵抗や闘いは、それが人類の社会主義的解放を展望したとき、その力を全面的に発動する。これらの闘いは、その内部の最も意識的かつエネルギッシュな闘士が、自由に討議をし、総括をし、行動して、根を張ろうとする革命的社会主義党に投じたときに、勝利の可能性をつかむ。
 スターリニズムは消失し、社会民主主義はネオリベラルと変わらなくなった。そこから左翼にとって広大な空間が生まれている。この空間を埋めて前進するには、すべての反資本主義潮流がそれぞれの歴史的な経緯や軌跡、政治文化の違いに関わらずに、実践的に協力し、率直な議論を交わしていく必要がある。こうした協力は可能であり、その必要性は緊急である。この非セクト的かつ統一を追求する根元的な精神をもって第四インターナショナルは、来るべき闘いに向けて準備をしている。来たれ第四インターナショナルへ!
(インターナショナルビューポイント誌二九〇号)