1998年1月10日         労働者の力             第96号

労働者の社会構想を掲げ、大量失業時代の闘争に挑もう
新自由主義を突き崩す労働者反政府闘争の構築を


                                    坂本次郎


 昨年後半に相次いだ金融・証券業界を中心とする大型倒産の嵐は、橋本政権の土台骨を揺るがすと同時に、「改革大合唱」への大いなる疑問符をつけるに至った。財政改革の名の下に進められた一連の大衆収奪政策、緊縮政策が、十二月に入ってあっという間に吹き飛んだのである。景気後退は、一部には金融恐慌からゼネコン倒産が引き金となる本格的な恐慌の到来の可能性もが指摘されている。
 東アジア全域を覆う金融不安、通貨下落は、日本経済の深刻さが加速するにつれてさらにら旋的な現象の危機局面を迎えかねない。一挙的な危機の到来は、日本や東アジア諸国の経済がバブル的状況のつけにあえいでいる結果であるが、さらにはアメリカの「一人勝ち」と称される世界経済のゆがみ、矛盾が赤裸々に噴出している結果でもある。新自由主義(ネオリベラリズム)経済への移行がアメリカ一人勝ちの構造を加速してきたことは事実だ。それはすなわち、アメリカを本籍とする多国籍資本が圧勝する構図である。政治と経済、そして軍事を結合してアメリカ多国籍資本の利害を実現しようとするアメリカ帝国主義の政策の圧勝である。(アメリカ)多国籍資本のための新自由主義の政策体系――これに対する疑問符がようやくにして日本社会全体をとらえ始めたのである。
 昨秋以降、日本労働運動は「労基法改悪」問題で揺れた。ヨーロッパは激しい反失業闘争の嵐を迎えている。新自由主義の生み出す幻想はすぐには崩れないかもしれない。だが、それを突き崩す動きが明確に始まっていること、それが労働運動の新たな活性化とともに生まれつつあることは確認できる。
 新たな労働運動は何を意識し、何を課題としているか、現状をどう判断するか――坂本同志にインタビューした。(インタビュアーは寺中/文責は編集部)
 
労働運動の新たな胎動の芽
 
――最初に昨秋闘争の意義について話して下さい。 
 日本労働運動は一九八〇年代いっぱいを通じて総評解体、連合への収れん、そして全労協と全労連の分立に至り、それが一九九〇年代を通じて固定してきた。
 昨年秋に至り、労基法改悪反対運動を軸にして一定の流動が始まった。二つのナショナルセンターと一つの連絡協議会が、ある程度住み分けられ固定化してきていたのが、流動・再編期に入り、それぞれが相互に影響しあうという局面の変化が始まった。昨年の七月あたりまでは、労基法改悪反対闘争はどうなるのだろうか、おぼつかない状況が続いてきた。
 全労協の内部でも、官公労は労基法とは関係ないから動かない状況であった。このままではほとんど運動にならず、労働基準法施行五十周年で全面的に労働者の働き方を変えようとする動きがすんなりと通るような状況であった。実際に九月から十一月、とりわけ十月に入って変化が始まった。連合は夏に会長選挙を中心課題とする大会を行ったが、大会を通じて連合の存在意義は何なのだという下部からの声があがってくる。
 もう一つは世界的な流れでもあるが、安定雇用への攻撃、労組つぶしといった労働者攻撃の流れに対する疑問がそこここで起こってきていた。その影響もあり、この二つが相互に関係して十、十一月に連合が国会前の連日座り込みを含めて中基審(中央労働基準審議会)への行動を起こすことになった。全労連は独自に運動を積み重ねてきており、全労協も遅ればせながら行動に出る。
 他方、パートや派遣、均等法問題など、一番犠牲になりしわ寄せを食うところで反撃のための戦線が生まれて、持続的に闘ってきていた。そういうグループが、官公労の動きが鈍い全労協の状況を突破し、自らが主体的に動く、相互に共同して戦線を作ろうということで浮上し、四つのネットワークの共同声明が出された。
 その四ネット(本紙前号参照)が連合、全労連を問わず共同戦線を作ろうじゃないかという動きを始めていく。それが国会前行動でのエールの交換から11・27集会の実現に結びついた。連合、全労連、そして全労協の代表が一つの集会で闘いの意志を表明していくというのは、初めてのことだ。参加者もそれなりに結集し、新しい動きが生まれそうだなという予感をもたらす集会となった。十一月二十七日は、完結した表現ということではなく、九八年につなぐ出発の集会だった。全国からの結集も久々にあり、活気のある集会だった。
 連合の問題は相当に深刻だ。電機連合は連合中央委員会で「裁量労働制」導入促進を正面から求めた。自動車総連も「変形労働時間制」をさらに自由化すべきだと主張した。連合の内部でかなり厳しい対立がある。電機連合の要求する裁量労働制は企業が要求していることとまったく同じものだ。だが、組合が企業に頼り、それで労働者がうまくやっていけるのかとなると、山一証券の例を引くまでもなく、どうもそうじゃないんじゃないかという声が生まれつつあるのも事実だ。これが流動化の兆しに結びついている。
 既存の壁を越えて大胆に再編に踏み込む必要がある。全労協でいえば、小さく凝り固まって自分たちが「最左派だ」と思いこんでるだけじゃ何にもならない。主体的には全労協自身の再編が求められていることでもある。
 常用雇用から不安定雇用へという、いわば労働力の費用を「固定費」から「流動費」へと組み替えていく動き、攻撃が全般化している中で、それに対する抵抗を組織しながらどういう運動を作り出していくかが全労協にとっても最大の鍵だ。

日本型労組の特性と核心をなす労基法

――労基法問題と労働運動の現状をどう見ているか。労働者の圧倒的多数は未組織であり、労組の手が届いていないのが実状だ。労基法は未組織労働者との関係が最大の核心点だと思うが。
 労働組合組織率が最新の発表では二二・六%、九六年は二三・二%で、〇・六%ダウンしている。不安定(雇用)労働、パート労働の増加が組織率低下の理由だ、とよくいわれている。二割しか組織されていない、八割が未組織、しかも組織労働者の中には官公労と民間大手の企業内組合が含まれている。労働省は最近は細かい数字を公表しなくなっているが、おそらく百人未満企業での組織率は一%程度だろう。九九%が未組織、つまりほとんどは組織されていない。
 イギリスで労働組合をつぶすときには、労働基準法ではなく労働組合法の改悪が主だった。イギリスの労働組合でも組織率が七〇%とかあるわけではないが、産業別に組織されている労働組合の力が強く、産業別に決定された労働条件がその産業全体を規制し、波及する。未組織労働者もその範囲に入っている。だから労働組合の影響力をそぐための労働組合法改悪が問題の核心点となったわけだ。
 日本の場合は違う。労働組合法に手を着ける必要は全然ない。労働者保護のための最低基準、つまりこれ以下で働かせてはならないという労働基準の規制――労働基準法をいかにゆるめるか、これが経営側の最大の関心事となっている。経営側は、基準法と職安法以外に制約されるものは何もない。だから彼らは、残っている基準法をぶちこわすことに集中する、という構造である。
 昨秋闘争で経験したことだが、既成労組の対応には次のような例が多くみられた。こちらが労組オルグに入って、変形労働時間制や裁量労働制、あるいは有期雇用上限延長などの問題を展開していくと、労組の側は「こちらには労働組合がある、がんばっているし、権利は守っているから関係ない」という結論を出してくる。まして官公労は労基法の適用除外で公労法の適用下にあるから、組織労働者の側の動きに鈍さが出てきて当然とも言える。
 だが八〇%近い未組織労働者が既成労組運動の影響力外にいるのであり、それを「辛うじて」労働基準法が「保護」している現状こそが労働運動にとって大問題なのだ。
 未組織労働者の方は、自分たちの労働条件を最低の水準で保障している法律が壊されそうになっているという事実を、当然にも知らされてない。関心もそこにはなかなかいかない。大変なジレンマだ。だが例えば労働相談についてみれば、労働基準法上守られているかいないかだけで、要件は二十も三〇も出てきてしまうという実態だ。組織労働者がしっかりと闘わないと大変なことが起きてくる。全体の労働条件が悪化していくときに、組織労働者、それも圧倒的少数派である組織労働の現状が安泰なままだとは絶対に保障されない。
 したがって労組組織率が圧倒的に低い、あるいは年々低下してきたという事実自体が、労基法に攻撃が集中していることを説明している。未組織労働者が、未組織のままで労基法改悪を問題にし、それと闘うことが考えられない以上、組織労働者が未組織労働者への呼びかけを含めて取り組んでいくことに労基法問題の行方が相当にかかっている。
 同時に、ここには労働運動の将来について、さらに大きな問題がある。
 この間の四ネットワーク運動――朝日新聞によれば「市民派労働運動」ということになるらしい――について「市民派が労働三団体と共闘」という記事が出てくる。しかし運動を担っているのは全部労働者だ。ただそれらの労組が、不安定雇用の個人加盟労働者を対象にしていて、常用労働者の巨大ユニオンではないということだけで市民派と命名されている。神奈川ユニオンや全統一、全国一般とか、 パート労働、派遣労働、有期雇用労働などの、最も権利が保障されていない労働者を組織して運動化しているわけだ。
 そういう立場からは問題が最も鋭く見えるし、同時に不安定雇用労働者を力として組織していくことに必死に取り組んでいる。上部指令一本で動員できるような組織とはまったく違うけれども、しかし確実に、それらの労組が資本の対労働者政策で最も弱い環のところを組織化し始めている。
 パートが増えたから、派遣労働が増えたから組織率が減ったというのはもはや言い訳にしかすぎない。日本の労働組合が、現にいる労働者――圧倒的に不安定な労働者が増え、本工がリストラされた分増えて職場に入り込んでおり、季節的に切り替えられる労働力として企業に出入りしている――を対象として意識せず、リストラの結果本工が減ったから組織率は低下しました、といってすましている。
 現場には待遇、処遇が違い、雇用形態が違う労働者がごろごろいるが、その人たちには何の影響力も持てない――四ネット運動以外にも沢山の運動が生まれているが、それらの運動は、こういう労働組合運動の問題点に肉薄しようとしているのである。
 先に労働戦線の分断・固定化に亀裂が入り始め、労働戦線流動化の徴候が見え始めたことを新たな動きと表現した。が、より重要なことは、こうした労働組合組織の基盤で変化が始まり流動化せざるをえない状況――ここが最大の問題なのだと強調したい。不安定雇用労働者を組織し力ある運動と組織としてつくれたら運動は本当のものになる、と。

青年労働者運動が再び登場する兆候

――流通業界、サービス業界など不安定雇用が集中しているといわれる分野には、青年労働者が集中している。彼らの意識の持ち方とか、どう組織していくのかとかは今後重要な課題だと思う。私は長年青年労働者のいない金属関係の職場で働いてきたから事情はよく分からないが、どう考えられているのか。 
 労働者像の変化、そのもう一つの側面は、製造業から第三次産業、サービス産業への労働力移動に伴うものだ。経済のサービス化によって圧倒的に工場労働者(旧工場法適用労働者)からサービス産業労働者への移行という産業構造の変化の影響がある。ここには、第三次産業労働者の比重が上がっていることと、不安定雇用が増大しているという二重の側面がある。
 現状でいえば、そういう青年労働力に食い込んだ組織化ができているというほどの自信はないが、サービス産業に集中している青年労働者の特徴としては「企業への帰属意識の希薄さ」ということがある。例えば、工場に立てこもり、工場再建をめざして越年で争議を継続するというような闘争がなくなってきている。争議がなくなったというよりは、企業の再建にそれほどこだわらない、むしろみんなを苦しめてきた恨みこそあれ未練はない、潰れるなら潰れろ、その代わり自分のもらうものは絶対にもらってからやめる――こういう闘争になる。
 これは変化だが、若者には執着心がなくなったとかのよくいわれるマイナスの評価ではなく、むしろ自立的な個人として、どこに行っても平気だという要素だと思う。自立的な個人の権利意識や主張に正面から応えうる労働運動になっているか、ということが問題だと思う。彼らの主張を本当に受けとめる組合だと思ったら極めて積極的になる。
 11・27集会での「NO!NO!」のプラカードを、一晩で数百枚も作り、明日の分、明後日の分と連日用意してくる彼らも、二十歳前後のエネルギーある労働者たちだ。彼らはサービス産業ではなく製造業だが、こだわりがあって占拠して闘っている。そこでプラカードを作っているわけだが、倒産反対という中で自分たちの思いをまっすぐに受けとめられ、一緒に闘っているという雰囲気の積極的なエネルギーが生まれている。
 そういう青年たちが再び登場し始めている。従来のような、製造業の中で徒弟修業的に先輩から教えられながら熟練化していくというのとは違う様相はおそらくある。しかし、そういう青年が登場してきている。11・27集会も比較的に参加者層が若かった。

労働者政治闘争の復権が課題

 さらにあと一つ強調したいのは、政治闘争と労働組合の関係が改めて問題になってくるだろうということだ。昨年のヨーロッパ反失業大行進では、フェミニストたちの「女は家庭に戻れ」という攻撃に抗する闘いや、若年労働者ほど失業率が高い事情を反映して、学生運動と反失業闘争が結合していた。また、ヨーロッパを覆う移民労働者排撃のレイシズムとの闘いが大行進の重要な一角を占めていた。
 日本の場合では、全港湾が日米安保条約の新ガイドラインと港湾労働者との関係を重視している。「有事」あるいは「周辺有事」の際に、港湾、交通、輸送、医療、通信などすべての分野が動員されていくことになる。港湾労働者にとって、新ガイドラインによって自分たちの仕事が「戦争体制」にどのように取り込まれていくのかは決定的な問題となっている。
 ここ二十年間ほど、まともな労働者の政治闘争はなかった。一昨年、昨年の沖縄闘争から始まりだしているが、とりわけ中小労働運動にとっては、労働相談や何かで目の回るような忙しさにかまけて、「政治闘争はやりたい人にやってもらえばいい」というような状況で過ごしてきたのがここ十年ほどの姿だったろう。今後の流動再編の中で改めて問われてくると思う。
 昨年十一月に宮城の王城寺原で、米軍実弾演習反対の集会が超党派で行われたが、昔でいえば「社・共・過激派の統一戦線構造」で、これがいやだというのなら運動からはずれるしかないような形で作られていた。社民党、民主党、共産党、労働組合も連合、全労協、全労連、それに市民運動や「過激派」が加わる。そこでセクト主義を越えた運動ができる程度に応じて地域の闘争形態が決まっていく。
 東北各県の教組(連合傘下)が王城寺原に動員し、他方全労連教組も動員する――ここにも再編流動が始まっているという実感がもてた。

労働側の社会構想を
  
――経営は生き残りをかけて、えげつなく出てくると思う。失業の時代が到来しつつあるといえるが、職の確保などの問題はどのように考えられているのか。
 労基法闘争では、労基法改悪に伴うこういうひどい問題があるよ、これに反対してくれということにとどまらず、あと一歩踏み込んで、どういう働き方が正しいのか、どういう働き方を保障させるのかを労働側から積極的に提出していくべきだ、ということが提起されている。例えば、男女共通の時間外・深夜労働の規制をすべきなのだ。現在の野放図な時間外・深夜労働のあり方がおかしいのだ。
 あるいは有期労働者が有期労働という労働形態を選択することもあっていい。しかし常用労働者を有期労働者に代替させたり、有期であるが故に処遇が二分の一であったりしてはならない。同一労働同一賃金の原則からいっておかしいなど。
 従来のような終身雇用の形態がなくなっていく。いろいろな労働形態はあってもいい。だが、いかなる場合でも、共通・同一処遇の保障を社会的規範として突きつけていく。個別一社ではなかなか困難だが、「パートは私の賃金の半分で当たり前」というような感覚ではない労働者側の価値基準を共通に作っていくということがないといけない。
 労働者の働かされ方について労働者同士の共通基準がないと敵の攻撃に負ける。
 基準法改悪反対闘争は、労働側が積極的にはどういう労働基準をこの社会で生み出していくのかを共通に作り出していくことでなければ本物にならない。

反失業闘争は反政府闘争

 経済情勢の局面からいえば、文字通り大量失業の時代が始まると感じている。
 企業内失業を抱えて三・五%の失業率といわれてきたが、企業はそうした行きがかりをかなぐり捨てて、リストラを激化させてくるだろうし、企業倒産が連続していくことになる。とりわけ中小企業への連鎖倒産やリストラ倒産の影響が激しくなるだろう。今春闘の中で最大の問題となろう。
 大量失業時代においては「職を誰が保障するのか」「誰に保障させるのか」が鋭く問われる。ヨーロッパ大行進の後、フランス政府は公務員労働者を三十六万人雇うとか、二〇〇〇年六月一日から週三十五時間労働にするとかの対策を発表した。大量失業時代の反失業闘争は対政府闘争になるのだ。高度成長経済の頃は、経営側の放漫によって倒産に追い込まれた。そこで占拠し、いい管財人を迎えて労働組合主導で再建するというような時代とは違う。
 もう少し荒っぽい時代、階級的な本質的対立になる。部分的な努力では間に合わない。政府、自治体・行政がどう保障するのか――直接に雇用するのか、あるいはNPO(非営利組織)のような形にするのか、形態は分野ごとに異なってくるだろうが――そういう時代の中で雇用をどのように創出できるのか、そこでの「社会の構想」が問題になってくる。そこに挑戦できれば道は開けてくると感じている。
 不遜な言い方をあえてすれば、「おもしろい時代」の局面である。 
(一九九七年十二月二十五日収録 年の表現は九八年基準に改めた) 

共同アピール
欧州社会運動を築こう

 ヨーロッパ連合(EU)を構成する各国の首脳が十一月二十日、ルクセンブルクに集まり、首脳会議を開いた。雇用問題を検討する会議だったが、成果はなかった。インターナショナルビューポイント誌は、この首脳会議に向けて発せられた共同アピール「失業・不安定雇用・社会的排除のないヨーロッパを」をここに再掲する。アピールを出したのは、反失業ヨーロッパ行進を中心とするアピールと同名の国際運動である。
(注 「社会的排除のない」と同じ意味で以前は「周辺化反対」という言葉が使われていた)

社会運動

 ヨーロッパは今日の世界で最も富が集中している。そして三十年前の三倍以上に豊かになっている。だが、そうだとするなら、かくも大きな不平等や不公正、膨大な失業が存在している理由は何か。広範な貧困や劣悪な住宅条件、社会的な排除といった現象が存在する理由は何か。労働市場にいる女性を排除し、家庭に押し戻そうとする力が働いている理由は何か。外国人(移民労働者)を組織的に排除しようとする理由は何か。EUのヨーロッパ社会政策なる政策文書がかくも膨大な無駄話と化している理由は何か。
 私たちは、真にヨーロッパ規模の社会運動が最初に出現する状況を目撃している。その実例は、ルノー自動車ビルボルド(ベルギー中部)工場移転に反対する労働者の争議と連帯する運動であり、もう一つは失業・不安定雇用・社会的な排除に反対するヨーロッパ行進(反失業行進)である。
 反失業行進は、ヨーロッパのすべてのコーナーから出発し、一九九七年六月にアムステルダムに三万五千人が集結することになった。アムステルダムに結集したデモ行進者たちは、ルノー・ビルボルド工場閉鎖反対闘争連帯行動と同じく、ヨーロッパ社会政策の転換を要求した。
 マーストリヒト条約が定める統合基準あるいはその修正版であるアムステルダムで調印された安定化協定に由来するものとは根本的に異なる社会政策を要求したのであった。これら条約や協定に由来する政策は、力強い雇用政策を展開する妨げとなっている国家財政の赤字を大幅に削減するためという理由で、社会保障などの社会的な支出削減を第一目標にしている。
 今回のヨーロッパ首脳会議は、まさに偽善サミットである。「統合基準」という各国政府の見せかけの背後に隠されている市場と利潤の原則を、どれほど長きにわたって私たちは受け入れていかざるを得ないのか。
 ヨーロッパ委員会は、失業を抑制するためにEUが目標を設定し固定することを提案した。同委員会提案の目標は、五年間に公式失業率を一一%から七%に下げることである。この目標数字はまったく不十分だ。その理由の一つは、この目標達成を保証するような強制的な措置が何らとられていないからである。これとは反対に安定化協定には、(ネオリベラル的な)ガイドラインを政府が守らなかった場合、重い罰金を初めとする一連の措置が盛り込まれている。
 だが、こうした穏やかな反失業政策でさえ、大臣級のサミット準備会議で反対が続出したのであった。そしてヨーロッパ議会は、挙手による採決で同提案に近い内容の決議と週三十五時間労働の提案を否決した。

不可欠な社会的動員

 こうした明白な大衆無視に対しては、ただヨーロッパ規模の大衆動員のみが、事態の流れを変更できる。
 「公式」のヨーロッパ労働組合運動、ヨーロッパ労組連合(ETUC)は、アムステルダム集会に動員をかけなかった。しかし、今となってルクセンブルク首脳会議に関しては、ヨーロッパ規模のデモを呼びかけている。そのデモは十一月二十日水曜日の午後に予定されている。ルクセンブルクとその近隣諸国に居住し、新しいヨーロッパ社会政策を要求する大量の賃金生活者、失業者、若者が結集できる日時ではない。
 そのうえETUCのスローガンは漠然としてさえいる。すなわち彼らは「社会的(に公正)なヨーロッパ」を掲げているが、真の変革、改革に必要な基本要求を提出していない。
 こうした事情から、可能な限り最大限の勢力との連帯・団結を実現できるヨーロッパ規模の社会動員が非常に重要になっている。だからこそ、ヨーロッパ反失業行進とアムステルダム集会を構成した数多くの集団や組織、労働組合のネットワークが、次の二つの中心スローガンを掲げて十一月二十日にルクセンブルクでの大規模なデモを訴えるアピールを発したのである。
★全ヨーロッパを通じた全般的かつ大幅な労働時間の短縮。しかも購買力の低下を招かず、職の柔軟性(フレキシビリティ)を失わず、雇用を創出するものとして。週三十五時間労働がその第一歩である。この制度はどこでも適用可能である。
★すべての人に適切な生活水準を保障する収入を。常雇用の労働者、パート労働者、あるいは不安定雇用の人、失業者であるかを問わずにである。
連絡先
Email marches97@ras.eu.org
(インターナショナルビューポイント誌十二月、二九五号)

若葉マークの自動車社会論
                                   高山徹


はじめに

 昨年、本紙上でヨーロッパを中心舞台とした自動車社会論がインターナショナルビューポイント誌からの翻訳として掲載された。私は、これに納得しなかったとか、あるいは批判すべき点があると考えたのではないが、何かすっきりしなかった。端的に言うと、私の実感にそぐわなかったのだ。
 私は、昨年五月に普通自動車の免許を取り、次いで六月から乗用車(一三〇〇t)に乗るようになった。若葉マークをつけて(たぶん)あちこちに迷惑をかけながら走っている。周知のように若葉マークとは、免許を取得してから一年間は、それを運転する車につけなければならないマークのことである。だから題意は、車の初心者が論じる車論ということになる。
 自動車学校に通学していた頃から思っていたのだが、自動車は人間(の生活や性格)を変える、したがって人間社会のあり方にも大きく影響するに違いない、と。そうだとすると旧日本支部の政治局とはいったい何だったのだろう、と教習車の中で突然思ったりしたものだった。旧日本支部政治局で車の免許を持ち、実際に車を日常的に運転していた人は、おそらく一割も超えていなかっただろう。当時でさえ、免許取得年齢人口の九〇%近くが免許をもっていたのだから、世間とは完全な別世界だったといえる。そうした政治局なるものが、車社会の人間、ひいてはその人間が構成する社会を理解することが可能だったのだろうか、と。
 自動車社会を論じる場合、インターナショナルビューポイント誌論文のように自動車の社会的な意味がもちろん大きな主題になるだろう。一昨年であったか、近い将来自動車免許を取る必要が出てくると考えて、その覚悟を決めるために自動車に関する本を読んだり、あるいは新聞などで自動車に関する記事や宣伝を見たりした。この場合にも、自動車が人間にとってどんな意味をもっているのか、そうした点への言及は見られなかった。
 いずれにしても人間と自動車の関係を論じたものは、現在のように車社会化が進行してしまった段階では、むしろ「自動車原論」に属するのであって、論じる必要もない当然の前提、論点と考えられているようだ。ところが、私のように若葉マークつきで車を運転している人間にとって、運転していて感じる様々な事柄が「自動車原論」の問題に思える。

建て前(規則)と実際

 この点は、歩行者として車を見ていた頃から感じていたが、自動車交通は道路交通法を初め様々な法律や政令、その他の規則で細かな点まで決められているのに、実際の交通はそれらの規則が実に緩やかに適用されていて、規則と実態がこれほどかけ離れている分野は他にないのではなかろうか。あるいは、日本社会に広く見られる建て前と本音との分離の一環にすぎないのだろうか。
 例えば制限速度というものがある。これは、その速度以内で走行せよ、という規則だが、渋滞をしていない限り、その速度以内で走っている車はほとんどない。この限りで日本の道路は違法行為があふれている。日本経済あるいは日本社会の大部分を自動車交通が支えているのだから、日本経済、日本社会は違法行為の堆積の上に成立しているといえる。
 交通警察官に実際に聞いた話だが、道路を走っている場合、周囲の車の速度にあわせて走っている限り少々の速度超過は見逃すらしい。これは、道路交通法の基本目的が円滑な道路交通を確保することにあるのだから、法の精神に照らせば合法だということなのだろうが、周囲に他の車が走っていない場合に速度超過をして、しかも交通警察官に見つかると不幸、不運ということになり、処罰を受ける本人も「ついていなかった」ですませることになる。
 私が一番ひどいと思う「小さな」規則違反は、踏切での一時停止である。信号踏切以外のすべての踏切では、一時停止が義務づけられている。自動車学校でも、これはうるさく教え込まれる。だが実際には、一時停止をする人はほとんどいない。最近乗ったバスでさえ完全な一時停止をしなかった。多くの人(車)が実際にやっているのは、踏切の前でブレーキをかけて速度を非常に大きく落とす、停止に近い徐行である。例えばタクシーの運転手はさすがにプロだと感心するが、踏切が近づくと踏切の直前で大きくスピードを落とし、すばやく速度を上げる。速度の差が大きいので一時停止をしたように見える。普通の車の場合、踏切のかなり手前で速度をある程度落とし、踏切までだらだらと進んで直前でまたブレーキをかけて一時停止らしく見せようとするが、速度の変化が少ないので、どうしても徐行としか見えない。
 私は鉄道が好きだから、踏切に対して敬意を表して完全な一時停止をする。遮断機が下りて列車が来るとうれしくなって、じっと眺める。こんな運転をしていると、他の車は私もみんなと同じように一時停止ではなく、徐行するものだと思っているから、あわててブレーキをかけ、私の車にすごく接近することになる。まだ若葉マークをつけているから、変な運転をするのではなかろうかとそれとなく警戒しているから、追突にまで至っていない。若葉マークをはずした場合、これまでと同じように踏切で一時停止をすると追突の可能性が強くなるので、何らかの方法、例えば「私は踏切で一時停止をします」というステッカーをつけるなどを考える必要がありそうだ。
 踏切と同じようにひどい違反行為は、横断歩道に関するものだ。横断歩道に歩行者がいるか、入ろうとしていると車は停止しなければならない。自動車学校の卒業試験(実技)で落第するものに、この違反が多いという。道路交通法は「歩行者優先」をうたっている。ところが、これを守る車はほとんどない。歩行者の側も、この実態を知っているから横断歩道を渡る場合でも、車が来ないことを左右をよく見て確認する。
 実際、私が横断歩道に入ろうとする人を見て(そして後ろに車が接近していないのを確認して)停車すると、歩行者はびっくりした様子を見せる。これほどに「歩行者優先」の原則が無視されている。幼児や小学生に対して「左右を確認して横断歩道を渡ろう」と教えることはあっても、歩行者優先の考えを教えることはないのだろう。
 自動車の社会がこうした違法行為の積み重ねの上に成立しているという、そのマイナス面をくどくどと書き連ねてきたのは、果たしてこれでよいのだろうか、という素朴な疑問を提出するためであり、もう一つは白昼同道としかも公衆の面前で違法行為が行われていながら、それが許容されている背景には何があるのかを考えてみたいからである。
 これについては次回としたい。
 (つづく)

混乱する市場
                        アンディ・キルミスタ

 関係者が市場の乱高下にため息をつきながら一喜一憂する姿を眺めるのは、非常に愉快なことである。

持続不可能性

 世界銀行と国際通貨基金(IMF)の合同年次総会を騒がしたのは、有名な投機家ジョージ・ソロスとマレーシアのマハティール・ムハムド首相とのマスメディア上での激しい論争だった。マレーシア通貨を初めとするアジア諸国の通貨危機の始まりに関して、マハティール首相は、その原因として市場における投機家の行動を指摘し、他方、ソロス氏はそれを否定したのだった。
 こうした事態の展開は何を意味しているのか。これらは、世界経済の不安定期が始まったことを意味しているのか、それともほとんど他への影響がない証券市場におけるギャンブルの結果にすぎないのだろうか。
 通貨と証券の市場混乱には、短期的および長期的な原因の双方がある。短期的には次の二つが重要である。
 第一に、一連のアジア諸国がその金融部門に問題を抱えていることがある。マレーシア、タイ、インドネシアなどに貸し付けられている投機的な資産とタイの貿易赤字増大が、アジア通貨売りの火花となった。
 この通貨売りは、その不動産市場が持続不可能なほどのブームの渦中にあった香港に波及した。そしてタイのような諸国が電子製品といった高度技術産業分野において欧米の高付加価値製品輸出市場に参入できるかどうか、その将来能力に関する懸念がだんだんと強まっている。
 第二の短期的な問題は、世界金融市場を巨大な投機資金が動き回っている事実である。その原因は、過去十年間に資本主義世界の大部分を通じて利潤と賃金とのバランスが恒常的に前者が増大する方向で変化してきたことがある。
 そして増大した利潤は、アメリカ製造業を例外として、金融市場に入り、製造業に投入されることはなかった。これら市場は、一年前から経済活動の低下が予測されており、その懸念が強まっている。
 その結果、証券と通貨双方の投機行動は、それらのトレーダーが有利な立場を獲得しようとするにつれて熱狂的となっていった。トレーダーたちは、バブルがはじけた場合に、その下落が最小となる証券や通貨を探し求め、それ以外の証券や通貨を回避した。この事情もバブル拡大につながった。
 こうした過程で回避されたのは、アジア諸国経済だけではなかった。五月と六月には、チェコ通貨クローナが投機の対象となって売り込まれ、ついには大幅な平価切り下げが行われた。チェコ政府は、その後の信任投票でたった一票しか獲得できなかった。
 この数年間の市場ブームが永続するものではないという当然の認識が市場に拡大するにつれて、証券価格が乱高下しやすくなると予測できる。
 だが、東南アジア諸国の経済危機に関して、より重要な役割を果たしているより長期的な要因もいくつかある。次の四つがとりわけ重要だ。
 第一は、日本の長期に及ぶ景気後退である。アジア開発諸国の大部分は、日本からの投資に依存してきた。この傾向が続く一方、日本の銀行と経済の弱さは、その他のアジア諸国にも影響する。
 第二は、アジア地域における中国の政治的、経済的な両面での将来的な役割に関して、不透明さが残っていることがある。中国からの挑戦は、タイやインドネシア、マレーシアのような諸国にとっては重大な問題である。
 第三に、アジアにおけるアメリカの将来的な利益に関して問題が提起されている。アメリカは現在、主要資本主義諸国中、最速の経済成長をとげている。そしてNAFTA(北大西洋自由貿易地域)とラテンアメリカ諸国との関係を通じて、地域経済圏中心としての機能をさらに強めている。
 アジア諸国内部にはアメリカのアジアにおける役割に関して、大きな対立が存在している。マレーシア首相マハティールは、アメリカとの経済的な決裂の方向をめざしており、東アジア経済圏の形成を追求している。他のアジア諸国指導者らは、この戦略に反対している。
 第四に、いわゆる東アジアと東南アジアにおける「経済の奇跡」の基盤に関して問題が提出されている。一九九五年、影響力が強いアメリカのエコノミスト、ポール・クルーグマンは、アジアの経済成長を支えているのは、生産効率の上昇ではなく、資源をさらに大量に動員することにあると主張した。
 彼は、アメリカの政策作成界で広く読まれているフォーリンアフェアーズ誌でアジア経済の成長は将来的には、そうした資源をさらに大量に動員していくうえで限界があるので、劇的に低下していくと主張した。そして一九五〇年代の東欧・ソ連と現在の東アジアとの明白な類似性を指摘した。クルーグマンの主張は論争を巻き起こす性格のものであるが、アメリカを初めとする世界各国政府と経済界との対アジア観の重要な変化を示している。こうした人々は、彼らが十年前に考えていたようには、アジア経済を見なくなっている。
 これらの短期的あるいは長期的な六つの要因は、韓国にもその影響が集中している。韓国は、この数年間の大成功が左翼をも含めて喧伝されてきたが、一九九七年には主要財閥二つが破産した。起亜自動車の場合は、国有化されたことによってかろうじて破産を免れた。韓国経済は、深刻な対外債務とはびこる腐敗事件によって明らかに苦しんでいる。
 市場とその関係者にとってさらに悪いことに、韓国労働者は一月、経済危機の犠牲となって労働条件の低下や賃上げ制限を受け入れることを拒否してストライキを行ったのであった。こうして韓国は、この地域でどんな事態が生じるのかを示す実例となっている。

反響

 こうした震撼は、アジア地域に限られているわけではない。ことにアメリカとイギリスの企業はアジア地域に大きく関与しており、アジア金融市場が広範な危機に見舞われた場合の衝撃が及ぶ範囲とその大きさを物語っている。
 この事実は、システム全体にとってどんな意味があるだろうか。より全般的な危機の始まりを意味しているのだろうか。
 ここで私たちは、通貨市場と証券市場を区別しなければならない。
 資本主義の通貨危機は、本質的に再配分的である。もし、あるトレーダーが民間であれ政府であれ損をすると、その分を誰かが儲けている。市場がある国の通貨を信任しなくなると、他の国の通貨を信任するようになる。
 この数カ月間の出来事は、トレーダーたちがシステム全体に対する自信を失ったことを意味しておらず、ある特定の地域が他の地域よりもあまり好ましくないと考えられていることを意味している。
 証券市場の破局は、以上のような通貨市場の事情とはまったく異なっている。証券市場が破局に至るということは、資本家階級が将来の利潤率が今までほどに高くなると、もはや信じられなくなっていることの表れである。その結果、少なくなる利潤の分け前という事態に備えていく。
 こうした事情は、ある特定地域に限られることなく、しかも将来の利潤が期待できないのだから、現時点における資金の消費となって投資の減少をもたらし、全面的な経済危機の開始につながっていく。
 だが、通貨市場の変化がそうした効果をもっているのは、必ずしも不可避的というのではない。その他の要因が全体の中で相互に絡み合い、全体としての経済にそれぞれ影響を与えていく。ことに、ある経済における債務の累積は、危機的な影響を与える。
 日本で一九八七年の証券市場の暴落と、一九九〇年代の株価低落とが不況をもたらした基本的な原因は、金融システムが当時もっていた不良債権にある。この要因は現在、それほどに優勢というわけでなく、いくつかの経済を除くと、その国の資本主義それ自体の全般的な危機をもたらすわけでもない。

警告

 だが、以上のことは社会主義にとって重要な意味がないことではない。東アジアと東南アジアの経済混乱は、二つの重要な教訓を与えている。
 第一に、資本主義が危機の可能性を排除した経済を運営する「奇跡」の方法を発見できるという見解の間違いを証明したことである。アジア経済やその他の経済は、資本主義システム固有の無秩序と停滞に向かう傾向から逃れることはできなかった。
 第二は、東アジア、東南アジアの混乱は、現在ではメディアでますます広く主張されている次のような見解を信じる人々への警告である。すなわち一九九〇年代は従来とは質的に異なっており、グローバリゼーションや情報技術などによって、今や私たちが終わることなく持続する経済ブームの時代を生きている――という見解に対する警告なのである。
 私たちが生きているシステムの基本的な特徴は、こうした技術の開発やグローバリゼーションなどで変化するものではない。その反対に、過去数カ月間の事態の展開は、一九九七年はじめの韓国労働者によるストライキに示されている長期的な流れの速度を速めるだけである。アジアこそ注目すべきである。
(インターナショナルビューポイント誌十二月二九五号)
(アジア経済の危機は本記事以降深まっている。追求したい主題である。)