1998年4月10日         労働者の力               第99号

労基法改悪阻止へ全国キャラバン始まる
4・22日比谷野音の中央集会に結集を

 二月に閣議決定された労働基準法改悪案を阻止しようと「労働基準法改悪NO!98春の全国キャラバン」が四月二日、北、南の両コースで開始された。北コースは北海道、南コースは沖縄から、それぞれ四月二十二日の東京集会での合流をめざして二十日間のキャラバンを開始した。
 
新自由主義に巻き込まれた大企業労組
 
 激しいリストラと景気後退のなかで闘われた98春闘は、「連合」内部のきしみをさらに増大させつつも低水準の賃上げ闘争として収拾されつつある。鉄鋼労連の隔年春闘路線が実行され、ストなし春闘が定着し、「春闘」という名に込められてきた労働者総体の利害をかけて闘うという意識そのものが姿を消しつつあるというのが連合春闘の実態である。
 とりわけ大手企業のリストラをもろに受ける中小・零細企業における春闘は、春闘総体が様変わりしつつあるなかで、今まで以上の苦闘を余儀なくされている。
 「大企業の賃上げ水準を中小企業に波及させる」という春闘の役割はすでに失われつつある。大企業の企業連組合が自ら率先して企業リストラ、格差賃金体系の導入に奔走している状況では、連合が労働者総体の利害を代表し、「社会的役割」を果たすという姿を期待することはそもそもできない。
 消費税のかさ上げ、社会保険負担増などを強行した自民党政府の政策は、すでに幾度も指摘してきたように、はっきりと「弱者切り捨て」の経済的・社会的政策の体系の下にある。「弱肉強食」という「新自由主義経済理論」を社会政策全般に適用しようとするものであるからこそ、独占のさらなる集中、金持ち優遇、賃金切り下げ、社会保障の切り下げなどの政策が一連のものとなる。これはもともと国際構造として貫徹していくべきだというアメリカ帝国主義の政策体系でもある。すなわちアメリカが全世界で経済的な優位を確立しつつある現状は、国際的な弱肉強食であるのだ。その方式をストレートに国内に持ち込むということの是非について、政府も経済界も労働界(連合)も議論なしの「大枠一致」であったのである。
 
政策手直しにも貫徹する「新自由主義」路線
 
 そうした状況がぐらつき始めたのが、昨年秋以降の金融・証券業界での相次ぐ倒産の衝撃だった。経済活動は急激に収縮し始め、消費も昨年四月以降下降した。大型減税要求という国内外の大合唱が噴き出す一方、金融への公的資金投入、さらには株価維持のPKOなど自民党のなりふりかまわぬ大企業保護政策が展開される。そして橋本は国際評価を維持するためにも、さらなる「大型景気対策」の方針に打って出ることを表明した。今や足かせとなった、出来たばかりの「財革法」の改正をも表明した。
 しかし、ここのところにも新自由主義が貫徹しているのである。端的には、大型減税論とは法人税と所得税の減税の要求である。財界と労働界はここでも明確に連携している。大企業(今、中小・零細企業で法人税の負担を心配しているような余裕のあるところは数少ないはずだ)と金持ち層、上層労働者――これらが一方的に恩恵を受ける大型減税論なのである。彼らは、消費税と社会保障費用のかさ上げという低所得者層を直撃している現状にはなんら言及しない。もちろん新民主党も連合の全面支援を受けているからか、同様の姿勢である。
 そしてまた景気後退はリストラ失業と賃下げの傾向に拍車をかける。下請け、孫受けに対するコストのしわ寄せは、これら大企業の労使双方の共通の利害といえる。新自由主義経済論の大きな柱の一つとしての賃金の切り下げは、現在の景気後退とあいまって「激流」と化しつつあるのである。
 
廃案をめざして闘おう
 
 改悪労基法は、こうした新自由主義型社会政策を法的側面から支えようとするものである。日経連が提唱する「新時代の日本的経営」では、いわゆる従来型の正社員・本工である「長期蓄積能力活用型」は一五%とされている。ほかの八五%は派遣や臨時という雇用形態にするという提言である。そうした路線を法的に推進しようとする今回の労基法改悪案は、さらに新自由主義の本場であるイギリスですら労働者保護の法整備を一定程度行ったような措置すら顧慮しない代物なのだ。野放しの「雇用の柔軟化」だけが進行していくのである。
 労働省は四月段階に改悪法案の国会上程の日程を組んできた。しかし財革法や予算案審議などスケジュールは遅れに遅れ、五月にずれ込むのは避けられない状況となっている。七月参議院選挙を控え、会期延長は小幅とみられる。労基法、「日本周辺法」=有事立法、組織犯罪対策法(盗聴法として知られるが、労組弾圧法としての意味を持つ)などの「重要案件」が目白押しとなっている。これら一連の悪法を廃案に持ち込むためにも、四月から五月の闘いが決定的だ。
 4・22の「労基法改悪NO!中央集会」の成功を、国会会期末の諸悪法阻止の大きなステップとしていく必要がある。
 4・22日比谷へ!       (K)

衆議院東京四区補欠選挙の示すもの
保守中道勢力の衰弱と「左翼」への底流

                      神谷 哲治

 自民党、新井将敬のスキャンダルに端を発した衆院東京四区補選は、自民党のタレント候補・森田健作の勝利に終わった。マスメディアは、「対抗馬新民主党」の非力と共産党の善戦に光を当てつつも、自民党の手堅さと「自信」について報じている。もちろん記録的な低投票率を危惧はするものの、一般的な政党不信を確認するにとどまっている。
 しかし、このような評価は真実にはほど遠い。本稿では以下、その真の政治的意味を探ってみたい。
 なお、以下で使用する得票率、政党支持率の数値は、すべて全有権者に対する比率に換算したものである。その方が、全住民の中での支持の重みがより正確に反映されるからである。
 
動揺する保守中道基盤
 

 近年の議会各党の離合集散は度を超している。そのこと自体、その支持層内部に起きている流動の表れといえよう。
 それはさておき、こうした状況は、選挙結果の時系列比較を極度に困難にしている。党派別の時間を追った追跡には、どうしてもし意的要素が入り込まざるをえないからだ。そこで本稿では、「さきがけ」を含め、「民主党」から右側の勢力を保守中道と一括して考察する。一方、社民、新社会、共産各党を一括して左翼としてまとめてみる。各個別の党については必要に応じて検討する。社会党分裂以降、上記の二括りの境界を越える勢力移動は基本的にない。したがって、この方法によって少なくとも時系列比較の客観性は保たれる。
 さらに上記二分割には、そこに包含される議員集団あるいは支援グループ、および、そこに寄せられている支持層の期待総体において、歴史的に連続する明確に方向の異なる政治性格が対応している。したがって上記二分割に基づく分析は、一定程度の政治的な意味がある結論を示すはずである。
 図1は、そのような観点から投票結果を図示したものである。
 ここではまず、前回総選挙以降、保守中道全体が大きく支持を後退させていることが分かる。マスメディアに時折発表される政党支持率とは相当に落差がある。
 図1の示す支持の大きさは、少なくとも投票所に足を運ぶ程度の能動性を持つ支持層の大きさであるから、この結果からは、保守中道支持層の政治的な活力が大幅に衰退している事実を読みとることができる。
 ただし今回の投票における低下幅の大きさには注意が必要である。この選挙区には常に一〇〜一一%を占める極めて固い創価学会勢力が存在する。図が示すように、今回この勢力からは確実に全体の七〜八%分に相当する棄権があった。そしてこの数字は、前回都議選から今回に至った保守中道勢力の得票率の落ち込みにほぼ相当している。したがって今回補選で保守中道が連続して支持を落としていると即断することはできない。
 しかし棄権そのものは、政治的な方向選択における動揺の表れである。その限りで、この棄権も、保守中道支持層内部に広がっている混乱と動揺の明確な一部なのである。
 
既成支配体制への不信任
 
 一方、同じ図には、保守中道に比して左翼に対する支持が維持された傾向が明確に示されている。すなわち今回の補選に示されている政治的活力の低下は、もっぱら保守中道側に起きたものなのだ。それは無党派層からの得票率の大きさ比較にも表れている。表1B欄によれば、保守中道五・一%に対し左翼四・二%である。現実に機能している政治勢力としての大きさの圧倒的な差を考慮すれば、保守中道側の影響力低下は明らかである。
 「政治不信」は明確に保守中道に向いている。状況は保守中道にとって、さらに深刻である。それというのも、彼ら内部における新たなヘゲモニーの創出をうながす積極的な動きが、今回の投票にまったく表明されていないからである。
 このことは以下の事実によく示されている。
 第一に、この勢力内部における得票率移動はほとんど認められない。第二に、一時期、新たな保守ヘゲモニーのチャンピオンとしてマスメディアの寵児となった小沢率いる自由党の無惨な姿である。小沢の辻説法にもかかわらず、この党は、本人以外誰一人当選を期待していない上田哲の三分の一強しか得票できなかった。そして第三は、創価学会勢力の大量棄権である。それは、保守中道内部において新たなヘゲモニーがまったく見えていない事実を端的に示している。
 ところで保守中道勢力は、国会および地方自治体の議会における圧倒的多数を長期にわたって占めてきた。その意味でこの勢力は、全体として社会の末端に至るまでの政治支配勢力いってよい。それは「総与党化」と称され、長く続いている地方自治体の状況に典型的に示されている。東京四区を包含するここ大田区でも事情はまったく同じである。保守中道勢力の、このような実態を前提とするならば、既述した「不信」とは、高度成長以来形成されてきた既成政治支配体制、その政策体系に対して向けられた不信に他ならない。しかもそれは、その体制を支えてきた層の内部で成長している。
 それにもかかわらずこの層の内部には、この不信を吸収する新たなヘゲモニーが準備されていない。今回の補選は、まずこの現実を明らかにした。
 
創価学会勢力に助けられた自民党の危うさ
 
 今回、自民党は確かに勝利した。マスメディアは「圧勝」とさえ評価した。しかしそれは、創価学会勢力の大量棄権によってかろうじて助けられた結果にすぎないことは図が明白に示している。創価学会次第でどちらにも転ぶ状況の中で、実は自民党は綱渡りをしていたのだ。そして同時に、今回示された自民党支持勢力の活力のレベルでは、こと大都市部の選挙に関する限り、創価学会を無視することはできない事実も明白となった。
 ところが自民党にとって都合が悪いことに、創価学会は「予測不可能な男エリツィン」と同様である危険性を排除できない。小沢が煮え湯を飲まされた経過がそれを端的に示している。自民党にとって、はなはだ危うい状況が生まれているのである。
 こうした状況からの脱却は、自らの支持勢力の政治的活力の回復にかかっている。しかし、この点にこそ困難が生じていることが今回示されたのだ。
 表1のE欄は、自民党支持者が他党に比べダントツに高く他党に投票したことを示している。真偽は不明だが、スポーツ紙上では、選挙最終盤で自民党への創価学会票大量流入が報じられた。事実であればこの数値はさらに跳ね上がる。少なくとも票の数値は下限にすぎず、実際はさらに高くなっているはずである。
 いずれにしろ、今回の自民党得票率中、自党支持者分は上限でも一〇・九%しかない。三月三十一日付毎日新聞によれば、東京都での自民党支持率は一六%である。したがって、この数字を基にすれば、今回自民党は、自党支持者のおおよそ三分の二しか投票に動員できなかったことになる。ところが各紙の報道によれば、今回自民党は全国動員の秘書団、さらに幹部も連日動員して支持基盤をしめつける総力体制の組織選挙を展開したのである。その成果としては相当厳しい結果のはずである。自民党の立っている地盤はその脆さを確実に増している。
 このような自己の足下のお寒い実状を、自民党の各議員も肌で感じ取っているに違いない。
 一方、戦後形成されてきた日本の経済社会構造がその生命力を衰退させ、何らかの脱皮を迫られていることは誰の目にも明らかになっている。それは同時に、既得権益体系の危機をも意味している。現在の経済社会構造に深く組み込まれている利権体系の解体、少なくとも大規模な再編なしに、どのような脱皮もありえないからである。なりふり構わない利権死守の動きが表面化するのは避けられない。
 すでに地方自治体レベルでは暴力の発生すら伴っている。社会の深部におけるこれらの危機感が、政治勢力に対する強力な圧力を作ることは当然である。まさに今、自民党は、利権をめぐる激しい圧力に直面している。
 同時に彼らは、今補選が示すような集票の危機にさらされている。新しい集票基盤が確立されない限り、最も確実で頼りになる集票装置、利権にすがる自民党の底深い衝動が噴き出すことになるのは必然ともいえる。整備新幹線騒動、旧態依然たる五全総、株価PKO、そして「あっせん収賄罪」をめぐる騒動などの一連の動きには、自己の集票基盤を死守しようとする必死の執着がのぞいている。ここにはまた、権力の不安定性を見越した取り急ぎの利権確保という火事場泥棒のにおいすら漂っている。
 しかしこれらの動きは、自民党の支持基盤をますます利権の伝動ベルト周辺に切り縮めることにしかならない。
 こうして、都市住民に向けて左に広げたウイングが、バブルの崩壊と共に急速にしぼんでしまった事実も今回の補選は示したのである。
 現状のままでは自民党支持基盤のやせ細りと活力低下は一方的に深まる以外にない。そしてそれは「統治の正統性」を揺るがす。こうした状況の論理は、現実の議席の多寡とは関係なく、権力の安定性と正統性の問題をめぐって自民党を他党派との相互依存関係の深化に向けて押しやることになるだろう。
 
共産党は勝ちを逃がした
 
 他方、左翼が全体として支持層を維持していることは既に確認した。その中でも特に共産党については、すべてのマスメディアが善戦と評価している。のみならず機関紙赤旗自身もその成果を高く評価している。しかしこの評価は、保守中道の衰退との比較での話であり、そのままうなずけるものではない。図1に見る通り、共産党の得票率が増大したわけではない。
 支持拡大の片鱗は、表1E欄が示す他党支持層からの流入得票率にわずかにうかがえるだけである。しかしその数値ですら、上田哲に流入した分をはるかに下回る。
 共産党自身は今回勝つ気で臨んだはずである。スキャンダルの自民党、ドタバタの新民主党、生活不安の高まりなど、共産党にとって訴える材料に事欠かない選挙であった。事実、利権の空手形を乱発するだけの自民党、一般的大型減税だけの新民主党に比して、消費税縮小、経済政策の大独占偏重逆転を軸とした共産党の主張ははるかに具体的で、まともだった。運動員の動きは他を圧倒していた。その上、共産党の主張は、確実に有権者に浸透した。それは、選挙期間中に行われた減税問題に関する朝日新聞世論調査結果に明瞭に表れている。その調査では、共産党の主張が圧倒的に最多の四〇%の支持を集めた。
 手応えを実感した共産党は最終的には不破委員長を四回投入し、引きずられた自民党は最終日、橋本までを引っぱり出すはめになった。
 しかし結果として共産党は、不信と怒りを抱く多くの人々に耳を傾けさせながらも、それ以上の踏みだしを引き出す力に欠けていたといわなければならない。そしてその力不足は、上田哲に投じられた、当選を期待しない大量の票の出現につながっているはずだ。ここに表された「立ち止まる人々」の問題は、単に共産党のみならず、われわれ左翼全体に深めるべき問題を提起している。
 少なくとも共産党にとって、「反共意識」一般で片づけることは生産的ではない。
 
左翼への底流
 
 今回の補選は、左翼の政治的比重が相対的に高まっていることを示した。加えて保守中道支持層内部に、その政策方向に背を向け、むしろ明確に対立に向けて動き出す流れが生まれてくることも示されている。表1E欄の示す、保守中道から左翼に向かう約二%の動きは、それ自体では大して大きな数字ではないかもしれない(それでも今回の投票者中の保守中道支持率合計二〇・三%の一割である)が、しかしその裾野には、共産党の消費税政策に共鳴する膨大な大衆が控えている。
 「消費税を三%に戻せ」という要求それ自身は、なるほど改良要求である。しかしそれは、年金生活者、失業者に加え、いまや消費税分すら大企業に取り上げられている中小零細業者にとって切実な、現実に根拠をもつ改良要求である。そしてそれが、法人税減税をも含む大型減税政策と文字通り原理的に鋭く対立する。
 まさに現実の矛盾が人々を保守中道に底深く対立させるのである。
 現在の体制が問題解決能力を喪失しつつあることは日々明らかになっている。その中で人々を左翼へ向かわせる客観的な可能性は確実に準備されるであろう。沖縄の反米軍基地運動を最先端として、広範な住民の主体的行動を伴う既成の支配体制との鋭い対立の発展は、伝統的左翼の枠を越えて新たな姿を見せ始めている。
 今回の補選に示された人々の政治的な意思表示は、このような全国の動きに重なるものを持っている。しかしこのような状況が自動的に左翼を強化するわけではないことも明白だ。既に述べたように、何よりも伝統的左翼の側に克服すべき問題が残されていることを今回の補選は明瞭に示しているのである。
 左翼に提起されている問題は根源的である。人々が体験的に納得しうる、人々の新たな共同性に裏打ちされた問題解決の体系と手法が探られなければならない。
    (四月六日)

注 東京4区
 東京都大田区のうち、田園調布をはじめとする高台側住宅地域を除いた選挙区。有権者数で大田区総数の七五%。大阪南と並ぶ機械金属組立産業の集積地域。主力は約六千社の零細工場。これらの工場と商店、住居が混在し、昼間、夜間人口にほとんど差のない職住近接度が高い地域となっている。また高齢化の進行度も都内有数。
アジア経済、その構造的な問題
             四位一体の危機
                                マキシム・デュラン
日本型モデルの終わり
 この十年間における最も注目に値する現象は、日本型経済モデルがその推進力を失ったことである。日本は、成長率に関していえば一九九一年まではおよそ四%であり、G7で最も高い率を実現していた。しかし一九九二年以降、年率一%前後で低迷しており、ヨーロッパ連合(EU)よりも低い水準である。
 この現象に関して、最初は経済循環における下降局面であると考えられ、一九九六年が上昇局面の開始と思われた。しかし低成長が再発した。主要な外部要因は輸出の減少である。輸出は一九九六年、GDP(国内総生産)の九・三%であり、十年前の一九八六年は一〇・二%であり、明確に減少している。しかし成長率の低下という危機は、国内需要を追加的に喚起して拡大して成長率を高めることができないことの結果でもあった。
 ここでの限界とは収益性の低下であり、現在の経済サイクルで従来になく新しい現象は企業マージンの低下である。同時に資本収益率――利益率の有機的構成上昇に関する有効な指標――は、毎年規則的に二ポイントほど低下している。今回の危機に特有な金融危機は、財政政策によって景気循環を克服する効力を弱め、今や、それを放棄せざるをえなくなっている。
 第二の危機は、「四頭の虎」(タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア)の危機であり、これは一九九七年七月に爆発した――最初はそれぞれの通貨に対する投機的な攻撃として、続いて証券市場の危機として。
 この危機は、輸出のための市場開放というネオリベラル方式の危機である。国際分業に不完全にしか組み込まれていない従属国に特有な危機である。確かに輸出は増大したが、それ以上の規模で輸入が拡大したのである。
 この不均等発展は最終的に壊れた――貿易赤字が多くなりすぎたからである。これは、メキシコが一九九四年に経験したシナリオであり、ブラジル、ポーランド、アルゼンチンなどが直面しかねないシナリオである。その結果は、厳しいパージとIMF管理下での資本の注入である。次に何が起きるかは、主要なクライアントの力学次第である。
韓国――輸出の危機
 四位一体の危機、その第三は韓国の危機であり、IMFモデルとは多くの点で異なる特殊な韓国型モデルに関係している。韓国が際立って異なっている点は、産業政策としての国家による干渉の程度が極めて高いことである。
 われわれが新聞などで読む韓国に関する記事の大部分は、間違っている。マスメディアは韓国に関して、腐敗・汚職や独占度の高さ(財閥)、債務などを大きく取り上げ、それらがあたかも危機の原因を説明しているかのように報道する。
 韓国は事実、世界市場で突破口を切り開いた。その輸出は、一九八〇年の百七十億ドルから一九九七年の千三百億ドルへと急増した(同じ期間にフランスは千百億ドルから二千六百九十億ドルへと拡大した)。韓国は一九九〇年代初め以降、輸出主導によるめざましい成長をとげ、経済の開放度も一九九二年の三三%から一九九七年の四七%へと急速に進展した。こうした状況を見る限り、韓国経済に関して保護主義や官僚主導を語ることはおかしな話である。
 最もはっきりした点、そして韓国が「四頭の虎」とは異なっている点は、輸入に対するドラグが、少なくともその量に関してはなかったことである。一九九六年初めに、つまりタイで危機が突発した一九九七年七月前の時点で、輸出入のバランスを崩したのは、ドル表示輸出価格の低下(一九九六年に一五%、一九九七年には一二%)だった。
 この二年間に輸出量は三七%と大きく増加したが、この増加に伴って増えたドルの額は五%にしかならず、他方、輸入価格は急上昇を続けた。
 こうした輸出収入の伸び悩みが債務――輸出の六%でしかないが――支払いを困難とした。これによって経常収支のバランスが大きく悪化し、財政危機へとつながり、そして、それぞれ異なった状況にあった近隣諸国に悪影響を及ぼした。
 IMFがその本当の姿を現し、緊急援助計画実行の前提条件として、財閥の解体と外国資本の自由な投資の承認を要求した。その目的は、IMFにとってはあまりに国家統制的に見える韓国の経済発展モデルを打破し、韓国を見習おうとする他の諸国に警告を発することだった。
 共謀理論に陥ることなしに、韓国で帝国主義が成功を収めたと語ることは決して誇張ではない。
次は中国か
 アジア経済の危機、四位一体の危機の最後は、ほのかに見えはじめている中国の危機である。ここでは、二重の伝達機構がある。東南アジア通貨の切り下げに伴う各国輸出価格の低下は、中国の輸出品の国際競争力を弱めている。第二に、証券市場の破局は、香港を通じて中国に波及するおそれがあり、中国の前代未聞の発展力学を妨げる可能性がある。
 一般的に、これら四つの危機はそれぞれが他の危機を強めあう関係にある。というのは、貿易と投資の流れが、在アジア中国人(華僑)がリレーの役割を果たして、これら諸国を極めて密接に結びつけているからである。
 これまで世界経済発展の原動力の一つとみられていた地域全体の複雑な構造は、無政府的な資本主義と帝国主義間闘争という昔ながらのメカニズムによって極度に不安定にさせられている。
 アメリカの絶対的な優位、ことに先進技術の分野での優位が再び確立され、その結果として日本の力強い成長が妨げられることになった。というのは、日本の成長は、技術革新とそれを東南アジア地域に階層的に、つまり最上の技術は本国で、次に新しい技術を地域では進んだ工業国に、旧い技術は工業化が遅れた国へというやり方で技術革新を波及させていく過程で実現されていたのだが、パソコンなどのデジタル技術でみられるように、現在の技術革新は世界標準をめざすものであり、アメリカの優位が確立された状況にあっては日本独自の技術革新が極めて困難になっているからである。
 以上の四つの危機に伴う東南アジア経済の不安定化は、ブーメラン効果をはらんでいる。成長するアジア経済は、すでに長期にわたる拡大基調を続けているアメリカを資金面から支える役割を果たしていた。そのアジアの成長が鈍化すると、アメリカの成長を支える資金源の一つが失われることになるし、しかもアメリカ自身は貿易赤字が拡大する傾向を示している。
 アジア経済の危機が全般的な金融破局に至ることはないにしても、それはすでに世界経済の均衡の不安定さをはっきりと示しているのである。
(インターナショナルビューポイント誌3月、297号)

資本主義経済のメルトダウン
                ソニー・メレンシオ、レイハナ・モヒディーン

 東南アジア諸国の資本家政府は、その経済危機を解消する政策をもっていない。二人の筆者は、フィリピンのグループ、サンカラスのために以下の報告を作成した。

この危機の本質
 一九九七年の経済面における大変動は、一九九八年の政治における大変動に容易に転化される。その転化は、人々が、つまり各階層の人々や様々な政治集団が統一して、この経済危機の張本人――大手外国銀行や多国籍企業、そして全能のドルのためと称してこれらと共謀する中央と地方の政府――と激しく闘うなら、現実となる。普通の人々ではなく、彼らこそが、その資本主義経済の危機の代償を支払うべきである。
 フィリピン政府と金融当局は、通貨暴落の原因が投機にあるとして、投機家を非難している。だが通貨危機の背後には、ポートフォリオ投資の形態で外国資本が無制限に流出している事実がある。一九九七年でみると、韓国、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンから百二十億ドルが流出した。これが東南アジア諸国の通貨に対する圧力となって、その暴落を導いたのだ。
 ポートフォリオ投資は、外国からの直接投資(FDI)とは違う。FDIは、長期型の投資であり、工業を中心とする産業の拡大に向けられる。ポートフォリオ投資は、完全に投機的な資本である。
 一九九〇年代に東南アジアに投下された資本全体のほぼ八〇%がポートフォリオ投資だった。そのうちの五〇%がアメリカ資本だった。この巨額な資金は、債券や株式となったが、基本的には米国ドル建てだった。

ポートフォリオ投資が東南アジアに流入した理由
 東南アジア諸国の各政府は、ポートフォリオ資本を引き寄せるために、同じ根っこから発生した三つの方策を展開した。一つは金融の自由化、二つは高利回り、三つめは「固定」為替相場制である。これら三つの戦略は、IMFが考案した構造調整計画に端を発している。
 金融市場の自由化は、外国の投資家がその資本を自由に東南アジア諸国に投資するために不可欠な措置である。この自由化には、外国為替や外貨の使用に関する規制の撤廃も含まれている。すなわち、金融業界を外国銀行に対して開放する、通貨市場の開放、証券業や保険業にさえも外国資本の参加を認めることである。フィリピンは、一九九五年に外国資本に対して銀行業界を開放してから、東南アジア地域で最も自由化された金融市場が存在する国の一つになった。現在では、二十の銀行や金融機関に外国資本が参加しているといわれている。
 高利回りを維持する理由は、高い収益を保証することによって外国資本を招き入れることにある。投資家は、米国において五―六%で資金を借り入れ、それを東南アジアに再投資する。この地域の平均利回りは一二―一五%である。フィリピンでは、中央銀行がこの高利回り方針を積極的に推進したのだ。
 各国通貨のドルに対する交換レートを固定する(対ドル固定相場制)のは、各国通貨が乱高下することによって投資家が不利益をこうむらないようにする狙いだ。固定相場制は公式の、すなわち表だった方針ではない。事実上の固定相場制は「ダーティフロート」と呼ばれる方式で実行されている。つまり通貨を非常に狭い範囲内(一ドルに対して二五・二五ペソから二五・七五ペソの範囲)で変動させるというやり方である。この非常に狭い範囲に相場を維持するために、中央銀行がドルを売買して調整するのである。

その影響は
 ポートフォリオ投資は、投機資金を潤沢にし、その活動を活発にした。その資金は、様々な短期投資、ことに固定資産や不動産開発に向けられた。これらの部門はアジア諸国では、短期の利益をあげていた。
 例えば、タイのGDP(国内総生産)成長の三〇―五〇%は、不動産投機活動に関連したものだった。一九九五年には、すでにタイの不動産市場は飽和状態であった。未利用の不動産がおよそ二百億ドルあるといわれていた。タイにおける金融危機の最初の兆候は、二つの中心的な金融機関に現れた。巨額の不動産融資を行っており、資金の借入先である銀行に対する利払いができなくなったと表明したのが、それである。
 こうしたポートフォリオ投機資金の流入こそが、東南アジア地域における高成長を説明するのである。だが、こうした高成長の陰には、大量の借入金や民間部門の負債増大を伴っていた。東南アジア諸国の加速していく高成長率は、実は絶えず増加する負債の積み重ねに支えられていたのだ。
 問題をさらに難しくしたのは、大部分の負債が短期か、一年以内に支払わなければならないものだったという事実である。フィリピンの短期債務は、外国からの借り入れ四百六十億ドルの実に一九%に上っている。

どんな形で流出したのか
 大量のポートフォリオ投資が東南アジア諸国から引き出された形態は、投資家や機関が保有する債券や株式を大々的に売り、現地通貨をドルに替えるものだった。
 一九九七年第一四半期におけるフィリピンの銀行を通じた外国からの株式投資は、対前年比で九七%も減少した。そのため外国の投資家たちは、進行する資産危機や増大する民間の負債、株式市場の下落などに悩み始め、フィリピン市場からの撤退に備えてフィリピン通貨ペソをドルに替えようとした。

投機家とは誰のことか
 通貨の投機家たちは、外国資本流出の動きが始まったとき、その活動を強めた。その投機活動は、各現地通貨が切り下げられるだろうとの予測に基づいたものだった。彼らは、ドルと現地通貨を適切に売買することによって「金」を稼ぐのだ。
 投機家の大部分は、巨大な国際的銀行であり、トレーディングに備えた巨額の貨幣資本を保有している。フィリピンの場合、七月十一日の通貨危機をもたらしたのは、六つのユニバーサル銀行と投資機関――シティバンク、JPモルガン、ソロモン・ブラザーズ、メリルリンチ、INGバーリングス、モルガンスタンリ――による外国為替に関する投機活動だった。

危機の規模は
 東南アジア地域の通貨危機は、各国においてインフレーションの急速な進行と大規模な失業をもたらしている。タイでは五十万人が、インドネシアでは二百万人がそれぞれ工場から追い出され職を失った。フィリピンでは、これからの数カ月のうちに何十万もの労働者がレイオフされるだろう。
 だが、それ以上に問題なのは、通貨危機解決のためとして高金利が維持されることだ。これによって、この地域における投資活動がより困難になっていく。そして、全面的な経済のメルトダウンになっていく。つまり経済成長の停止と現地企業のより多くの倒産である。
 高金利を維持する政策(フィリピンの場合、一五%から三〇%へ倍加)は、投機資本が流出するのを防止しようとする東南アジア諸国政府の愚かな試みである。

IMFは危機を解消できるか
 IMFによる緊急援助は、東南アジア諸国経済の債務がさらに増大することでしかない。この緊急援助には各種の条件がつけられており、その条件は先進資本主義国、ことにアメリカが東南アジア経済に参入する機会を拡大し、また、外国の巨大銀行が現地金融機関を買収する機会を広げていく。
 フィリピンの場合、三十億ドルのIMF融資が、第二十四次構造調整計画として実行される。
 またIMF緊急援助には、フィリピンが国際的な巨大銀行から受けている債務をすべて返済することが含まれており、必要な場合には民間企業の債務返済をフィリピン政府が保証することにもなっている。アジアにおけるIMFの役割というものは、国際的な銀行団にとって、その債権を中心的に回収するものにますますなっている。
 IMFの緊急援助とその付帯条件は、国際的な銀行や多国籍企業にとって好ましいものであると同時に、東南アジア経済の危機を深めるばかりである。IMFの付帯条件は、人々にとっては重荷でしかなく、現地の産業を破壊し、経済の大混乱を一層拡大していくだろう。

危機の本当の原因は何か
 東南アジア経済の危機は、一九七〇年代初めに始まった資本主義経済における衰退の長期波動に特有な全般的過剰生産という危機に関連している。
 日本経済のスローダウンは、東南アジアの危機を分析するに当たって決定的な要因である。
 一九八〇年代、日本による海外直接投資(FDI)は、アジアの部分的な工業化にとって非常に大きな役割を果たした。一九八五年から一九九〇年にかけて日本の直接投資、百五十億ドルが東南アジア諸国に流れ込んだ。
 その投資戦略は、東南アジアを第三世界への輸出基地にしようとするだけでなく、東南アジの潜在的な成長力に着目し、中産階級による消費市場の拡大にも対応しようとするものだった。
 一九九〇年代初め、日本は、この地域からFDIを引き上げ始めた。一九九〇年から九三年までの間にタイに対する日本の投資は五〇%以上も減少し、マレーシアでも同様だった。
 こうした資本の引き上げは、多くのエコノミストが「終わりなきリセッション」と評した日本の深刻の景気後退に関係している。日本の経済成長は、一九九六年の三・〇%から九七年の一・九%へと劇的に低下した。大部分のエコノミストは、一九九八年の日本経済の成長率を〇%あるいはマイナス成長とさえ予測している。失業率も五%に達するか、あるいはそれ以上に悪化し、第二次世界大戦後初めての失業時代を迎えるとみられている。
 日本の国家財政赤字は今やGDPの五%以上であり、従って政府が財政を出動させて倒産企業を救済するのが困難になっているのだ。
 日本政府は、その景気後退の責めを東南アジアの通貨危機に負わせているが、本当に大きな原因は、不振を極めている国内市場と市場で売れない過剰在庫にあることは明らかだ。

帝国主義の責任
 東南アジア経済の危機の基本的な原因は、先進資本主義諸国における過剰生産にある。現実の過剰生産あるいは生産能力としての潜在的な過剰生産は、全世界のほとんどの産業にとって重荷となっている。これは、一九七〇年代からの一貫した傾向である。
 毎年、新たに蓄積される資本は、少なくとも平均利潤率を保証するような投資機会をもはや見いだすことができない。そのうえ、この平均利潤率自体が、一九四〇年代から一九六〇年代にかけて展開して資本主義の長期波動としての拡張期に比較して、深刻に低下している。
 資本主義諸国における過剰生産は、過剰資本の形態となる。新たに蓄積される資本が生産分野に投資されないという事実が、衰退の長期波動を強め、これがまた、資本の過剰蓄積を拡大し、そうした資本が投機行動に入っていく規模を深める。
 こうした投機行動は、投機を職業とする人々だけが展開しているのではない。巨大銀行や大企業それ自体が、投機の主役なのである。
 投機活動の利益というものは、世界で生産される全剰余価値の一部であり、それから抜き出すしかない。このことが意味するのは、生産資本による剰余価値の総額こそが資本主義システムが成長し拡大する基礎であるが、それが減少し続けていることである。こうした巨大な規模の資本が現在、投機活動に入り込んでいる。
 かくして、この世界は、「投機的」「架空的」「擬制」の資本でいっぱいである。そして、他方では生産資本が不足している経済が増大しているのだ。
 以上こそが、一九九七年下半期に東南アジアで噴出した経済危機の本質なのである。
(インターナショナルビューポイント誌3月、298号)