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 2009年7月10日              労働者の力               第232号
    社会の立て直しと共生のアジアをめざし
要求し、闘い、実現する時代を自らの手で切り開こう
   闘いを手に  自公政権打倒の完遂を
      共産党、社民党の前進を

                        寺中徹  


 自・公を何としても引きずり下ろす、都議選はこの強烈な決意表明の場となった。そこには、選挙という手段を使ったある種の「反乱」がある。相手は、今権力を専有し、それを労働者民衆に敵対する形で行使する者達全てだ。世論調査によれば、石原都知事に対する支持率は今も50%を越えるという。それにどれほどの真実味があるのかには大いに疑問があるが、しかしいずれにしろ、事実その石原も自・公不信任の道連れにされた。そうすることに、都民は何の躊躇も示さなかった。
 この「反乱」は時代をどう動かすことになるのか、その中で労働者民衆はどのように闘うことを求められるのか、我々の前にある問題の中心はこのように提起されている。

都議選はどう闘われたのか

 7月12日投開票された都議会選挙(定数127)は、衆議院選挙の帰趨を占う前哨戦と見なされた。そのような関心は、各政党だけではなく、有権者にも共通していた(事前の各種世論調査)。衆院選結果への反映を意識した投票が色濃くなることは十分予測可能であり、それ故、各政党とも党を挙げた選挙戦を展開した。
 民主党は、都議会では石原都政に対し与党と言えるほどに自・公に追随してきた。特に教育行政においては、石原の戦後教育否定の国粋主義的かつ管理主義的教育行政に対して、何人かの民主党都議は率先して露払いの役割を果たしていた。にもかかわらず民主党は、政権交代を争点の中心に置き、もっぱら、野党を前面に出した。政策的にも、東京銀行からの撤退や築地市場の豊洲移転反対を明確にし、都立病院の統廃合やオリンピック事業計画に対しても、一定の見直し姿勢をにじませた。
 この状況の中、自・公の敗退が自分への不信任となることを恐れた石原は、自民党候補てこ入れのため都内を駆け回った。そして自・公は特に後半、国政と都政を切り離す主張に力点を置いた。それはしかし、政党幹部が大量に投入される選挙戦となっていた現実とは、著しく矛盾したものだった。当然ながらそのような主張には、一般有権者に対する説得力などまるでなかった。
 まして都民は、石原都政に対して個別的に多くの不満や怒りをもっていた。東京銀行の問題はその代表に過ぎない。要するに多くの都民は、石原都政を積極的に防衛する理由などもっていなかった。
 麻生自・公政権と石原都政の串刺し的不信任。結果は極めて鮮明だった。
 投票率は前回を10・5%上回った(54・5%)。ここ20年では二番目に高い投票率となる。先の結果は、まさに都民の積極的意思表示と言ってよい。
 この積極性には特別に注意を払う必要がある。今回の投票率を考える場合、自民党の中核的支持基盤であった自営業者や中小事業主が決定的に傷んでいることを考慮しなければならないからだ。まさに新自由主義政策の故だ。この層は町会や商店会、さらに業界団体などの都市地域共同体の有力者も兼ね、それらを通じた自民党への投票動員の手足であった。そしてこの回路につながる層の投票率は相対的に高かった。言うまでもなく、この回路には現実的利害も重なっていた。今回はまさにここが陥没した、陥没せざるを得なかった。それは自民党大敗を作り出した重要要因のひとつだが、加えてそれは、今回の投票率上昇がいわゆる無党派層、つまり、既成政党とのつながりが薄い、彼らの手の届かない層の投票行動がもたらしたものであることを物語る。つまり先の積極的意思表示には、自・公拒絶を果たすための自らの判断に基づく行動として、ある種の政治的積極性の広がりが映し出されているのだ。
 自律的かつ能動的な政治的発信というこのような兆候は、既に2年前の参院選で現れていた。それはさらに動かしがたいものとなっている。それを、今回の都議選は改めて確証した。

激動の時代の幕が開いた

 都議選直後から自・公のあがきはさらに激しくなっている。そのドタバタの中で、衆議院選挙の投票日は8月30日と、とりあえずは決められた。しかしそれでも先はわからない。
 そんなものにはお構いなく、自・公を引きずり下ろそうという労働者民衆の先の決意は揺るがないだろう。そこには十分すぎる理由がある。労働者民衆には言わずもがなだが、生活の現場から発する切実さが増すばかりの数々の要求と、自・公政権が繰り出す政策との全面衝突だ。ところが支配的エリート達には、その実感がないらしい。この間の自・公のあがきやそれを論評するいわゆる識者なる人々のコメントに接する限り、そう思わざるを得ない。そのズレのひどさもまた、人々を「反乱」に向け後押しする。
 こうして来る総選挙は、労働者民衆にとって否応なく、先の「反乱」を総仕上げする場となる。人々はそのように身構えている。
 いわゆる「政権交代」は必至だ。しかしこの「政権交代」は、従来一般的に語られてきた意味の、ある種整合的な「静かな」交代を、はるかに超える爆発力を底に潜ませている。
 何よりも、今労働者民衆を締め付けている危機は、世界規模に広がる底深い危機と密接不可分に一体化している。気候変動の危機を挙げるまでもなく、現在の危機の一国的な打開など全く不可能だ。日本の支配層は、国際的に、支配階級からも民衆からも、強烈な圧力にさらされ続ける。
 その上に日本社会は、何年も続いた新自由主義の反改良政策によって、土台からの立て直しが必要となるほどに壊されている。小泉「構造改革」がその破壊の徹底を目ざしたものであったことは、今では言うまでもない。そしてその底には、戦後の日本を形作ってきた経済の大枠的方向付けと国家統治の仕組み両者の深刻な行き詰まり、という源が隠れている。「政権交代」を必然化したものは、客観的には、この折り重なる危機の重みに他ならない。
 それ故「政権交代」が扉を開く時代は、あるいは都議選が扉を開いた時代は、現れ方はいろいろあり紆余曲折はあるとしても、容易には先が見定めがたい、社会と政治を貫く激動の時代だと言わなければならない。
 新しい政権に安定は望めないだろう。新政権の中心に座るはずの民主党自身が、おそらく激しい動揺に見舞われ、もう一つの不安定要因となるだろう。労働者民衆は、そして左翼も、この状況全体を自分たちの武器に変える闘い方を見つけなければならない。

あくまで具体的要求実現の追求を

 今こそ原点に立ち返る必要がある。その確認を強調するにしすぎることはない。
 生きるために必要な、さらに先に希望をつなぐための具体的なさまざまな要求、それこそが労働者民衆にとって原点だ。闘いの起点と基準はあくまでここに置かれなければならない。現に人々はそのように行動している。
 実際それらの要求の高まりこそが、2年前の参院選から始まる全ての出発点だったことを、改めて思い起こそう。その点で言えば、「生活が第一」とスローガンを打ち出した小沢の嗅覚は鋭かった。事実、民主党の前進はそこから始まったのだ。
 2年経ち、労働者民衆が必要とするものは、要求すること、をはるかに超えた。
もはや必要なことは、その具体的な実現でなければならない。その必要性は日々切迫度を高めている。本号三面以下掲載の記事は、その一端を明らかにしているに過ぎない。
 そうであれば「政権交代」は労働者民衆にとって、麻生に言われるまでもなく、あくまで手段、要求実現の可能性を広げるためのそれに過ぎない。誤解を恐れずより直截に踏み込めば、人々にとっての民主党の「効用」は、もはや要求実現に立ちふさがる妨害物でしかないことがいやと言うほどに明確となった自・公を取り除くための、今使える道具として第一に意味を見出されている、とさえ言い得る。
 民主党が問題の多い政党であることを、人々が知らないわけではない。小沢、鳩山、その他、怪しげな政治資金問題の暴露は今瞬間も絶えていない。そもそも政治路線自体が曖昧模糊、どこに向かうのか本当のところはわからない。民主党の問題を挙げればきりがないのだ。しかし、人々はそれを承知で民主党を「使おう」としている。自・公の追放を確実とするためにだ。いつもなら共産党へ投票するが今度は民主党、といった事例は、筆者が直接知るだけでも一つや二つではない。都議選に表れた、党支持率をはるかに超える民主党への爆発的な投票集中は、まさにそれを雄弁に表現するものだった。
 その意味で「政権交代」に込められた人々の思いは、その中心にあるものは、あくまで自らの要求実現であり、その途上における必要不可欠な手段としての、おそらく自覚は薄いかもしれないとしても、自・公政権に集約された戦後保守政治総体の解体、と言うべきだろう。既に触れたように実際これから始まる「政権交代」は、客観的に強制される性格として、さらに人々の要求に強制されて、そのようにしか進み得ない。

時代に対応する闘いは既に始まっている

 自らの要求を起点に、それ以外に手段がないならば民主党を使ってでも、何としても自・公政権を取り除こうとする人々のこの意欲を、私は時代に対して前向きだと考える。そして、自・公を取り除いた先にある不透明さをあえて引き受けようとする、そこに内包された姿勢を共有すべきだと考える。そこには紛れもなく、その不透明さを自らの要求実現に向けた可能性の広がりに転化するエネルギーが隠れているのだ。既に触れたように、そうせざるを得ない理由が人々には十分過ぎるほどあるのであり、そうであれば、そのような人々の決起を我々も先ず共にしなければならない。
 そこを基盤として、何よりも、先に広がる政治の動揺的な不安定さを要求実現の可能性へと転化することを、それを具体的につかみ取る闘いとして実現する任務を、我々左翼は率先して引き受けなければならない。
 ところで現実には、既に労働者民衆は、2年前の参院選以降の時期をそのようにして切り開き、いくつかの場面で闘いを前進させ、具体的な成果につなげてきているのだ。参院多数を野党が制した2年前、支配側から、政治の不安定化と政策停滞など、人々の不安感をことさらあおる脅しが盛んに流されたことを思い返そう。自民党と民主党の大連立は、確かに政策停滞をも一つの口実として画策された。しかし人々はそのような脅しには結局動じなかった。連立策動は、まさに一瞬にして粉砕された。労働者民衆にとって政策停滞は、悪政の停滞に他ならず、衆院三分の二の多数を頼った自・公政権の政策強行は、労働者民衆の要求に対する敵対物としての彼らの意味を、より一層あからさまにしただけだった。そして政治の不安定化と政治権力の弱体化は、事実において、要求実現にチャンスを与えるものとして機能した。
 具体例を見てみれば、沖縄県民は文部科学省を強制し、集団自決を否定した教科書記述を訂正させた。薬害C型肝炎患者の闘いは、執拗に抵抗した厚労省をついにねじ伏せ、曲がりなりにも国家責任による補償を実現させた。反貧困の全国運動は派遣村の闘いと一体となって、生活保護の窓口対応などに一定の転換を強いつつある。生活保護母子加算の復活についても、可能性が見え始めている。さらにこの闘いは、現場の要求を突き合わせる中で、求められる社会的セーフティネットについての一定の包括的提言を、まさに闘いの現場から生み出している(本誌三面、派遣村関連記事参照)。その一部は現在の緊急雇用対策に反映されているが、本格的実現は、新政権に対してより一層強く突き付けられることになるだろう。そして、派遣法抜本改正要求の運動の、政府と資本の抵抗線を一つづつ打ち破る、めざましい前進がある。わずか2年前、派遣法見直しと言えば、派遣制限期間の撤廃など、まさに完全自由化に近い主張が大手をふるっていた。この2年間の労働者民衆の闘いは、そんなものに今や片をつけ、実質的な規制に手をかける寸前に来ている。勝負はまさに新政権に持ち込まれる(本誌4、5面、派遣法関連記事参照)。
 その他、改憲問題や沖縄普天間基地移設問題など、ここ何年も続く闘いを引き継ぎ、新政権並びにその下に生まれる諸条件が闘いの新しい場となる問題がいくつも続く。その上に、新しい時代が呼び起こす新しい要求やその実現を求める闘いが、先行する闘いを参考としながらいくつも続くはずだ。それは必然と言わなければならない。「政権交代」という新しい時代は、都議選がそうであったように、「労働者民衆が自らの意思と行動で作り出す(した)時代」に他ならないからだ。

労働者民衆の自立した力を基礎に

 都議選が開いた時代に求められる闘いの展開は、全く未経験の領域にあるわけではない。見てきたように、事実上この2年、いくつかのいわば予行演習が行われていたのだ。それらの闘いの戦列を共にしてきた共産党や社民党を含め左翼に課されるものは、その経験を下敷きに、闘いをさらに創造的に広げ深める挑戦に他ならない。
 まさにそのような役割を含め、この2年間がそうであったように、今から始まる時代において議会に席を占めるこの両党の存在は、人々の要求実現にとって決定的に重要なものとなる。来る総選挙においてそれ故我々は、自・公を引きずり下ろすために決起する多くの労働者民衆とその闘いを共にすると同時に、その中で、自・公政権解体のための不可欠の要素である共産党と社民党両党の最大限の前進にも、力を貸すよう人々に呼びかけなければならない。それは、総選挙を、諸々の要求の実現を迫る今現在の闘いを力強く展開することで迎え撃つことをもって、最もよく果たされるだろう。
 そしてそれらからの連続した過程として、具体的な要求を起点とした多様な共同を広げ、政権から自立した共同した闘いの発展を背景に、新政権と資本に一つ一つ要求の実現を迫ろう。そのような闘いを通して、社会の立て直しと、アジア規模に広がるつながりを基礎とした人々の必要に根ざした経済の立て直しに向かう道を切り開こう。我々はそれら全体を自覚的に引き受けなければならない。反資本左翼に向けた結集は、その挑戦を共にする中で、確かな基礎を見出すだろう。

※各種報道でかなり伝えられているが、全国の読者のために、最後に都議選の結果についていくつか以下に補足する。
 自・公としてのほぼ完敗だったが、最大の敗者は自民党だった。彼らが勝利の、あるいは敗北回避の基準として設定したもの―自・公合計での過半数、都議会第一党―はいずれも果たせなかった。最終確定議席は38、過去最低に並んだ。この惨敗を象徴するものが、七つある一人区。過去自民党の牙城と言えたこれらの選挙区で一勝六敗となった。勝ったのは島部のみ。
 代わって第一党になったのは民主党で、この党は前回を19上回る54議席を獲得した。得票率は約41%に達し、自民党の26%を大きく引き離した(得票数も倍増以上)。ちなみに民主党の前回の得票率は24・5%。実に驚異的な投票集中であり、告示直前に手を挙げたような新人が続々当選した。一人区の野党勝者も事実上全て民主党(一選挙区のみ民主党も推薦した無所属候補)。
 最も大事な選挙として全力を挙げた公明党は、目標通り、立候補者全員当選を果たし、23議席を得た。これだけを見れば勝利に見える。が、内情は違う。この党にとって、様々な現実的理由から、都議会における与党の確保は外せない隠れた目標だからだ。加えて、投票率が相当に上昇した中で、主要政党の中ではこの党だけが得票を減らした(4万票強)。それを反映し、手堅い選挙を得意とする党でありながら、最下位当選が六選挙区にもなった。この党におそらく勝利感はない。
 問題は共産党。この間の地方選でかなりの善戦を続けてきたことである程度期待をもって臨んだ選挙だと思われる。しかし、前回を五議席も下回る八議席に終わった。結果として独自提案権も失った。発表された総括の中では、得票が伸びたことを前進としている。しかし上昇した投票率との対比では、その伸び方は大きく下回っている。民主党に傾く勢いに呑まれたと言える。
 その可能性を意識し、共産党は、都議会唯一の野党を前面に出し、民主党の与党隠し批判に重点を置いた選挙戦を展開した。事実としては確かにそうであるとしても、この選挙戦のやり方でいいのか、選挙中共産党支持者の中でも疑問が出ていた。民主党のいい加減さや、事実上の石原与党であったことなどは、有権者もある程度は分かっていたからだ。あたかも有権者が無知であるかのような、あるいはだまされているとするような訴え方への危惧だった。
 本文でも述べたように、民主党への流れの本質は自・公打倒のエネルギーだ。このエネルギーを人々の健康な意欲だと先ず認め、その意欲を共有した上で、共に自・公を打倒する力強い仲間としてその流れを共産党に引きつける、そのような闘いがなぜできなかったのか、どのような闘いをすべきだったのか、その点を真剣に考えることが必要だと思われる。
 それはおそらく特に今後の闘いにおいて、我々を含む左翼総対にとっても極めて重要な、つき詰めるべき問題だ。
 なお、市民と共に石原都政と対決し抜いた無所属の福士敬子さんは、再選を勝ち取った。
(7月14日)
 本紙停刊のお知らせと、共同発行週刊「かけはし」ご購読のお願い
           国際主義労働者全国協議会   

 私たち並びに日本革命的共産主義者同盟(JRCL)は、本紙231号でお知らせした週刊「かけはし」共同発行を9月第一週と定め、今両者で準備作業を重ねています。
 本紙はその一環として本号で停刊とします。本紙発行を長い間物心両面で支えていただいた読者、友人の皆さんには心から感謝します。合わせて、新たな共同編集の下に発行される週刊「かけはし」を引き続きご購読いただきますよう、これも心からお願いします。
 深刻な経済・社会危機、気候変動をはじめとする環境危機、水、食料、エネルギー危機、そして既成政治的統治機構・諸制度の正統性空洞化と機能不全、これらが人々の前に隠しようもなくあらわとなり、それらは同時に、尊厳と生活の危機となって労働者民衆に一方的に押し付けられています。時代は、世界をどのように立て直すのか、現在の支配階級も回答をもたない大変革の時代に入った、私たちはそのように考えています。しかしその時代はまた、回答をもたない支配階級にあらゆる諸力が歴史上かつてなかったほど集中し、それ故その諸力が破壊力へと転化しかねない、危険をはらんだ時代でもあります。
 労働者民衆自身が自らの闘いの中から回答を紡ぎ出し、既成の支配階級を押しのけ、自らが望む社会を自らの手で築き上げる、そのような闘いの再生が今こそ切実に求められています。20世紀の社会主義運動が突き当たった限界を直視するならば、また、労働者民衆の現在のあり方とそこから必然的に突き出される要求に立脚するならば、それらの闘いにおいては、新しい連帯と団結の諸形態が不可欠に求められることも言を待ちません。そこにおいては国際主義が不可欠であると共に、おそらく民主主義と自己組織化、自己決定が重要な位置を占めるものと思われます。そしてそれらは、新しい社会運動として既に世界各地で実践的に模索が始まっています。
 そのような闘いの推進力となり得る新しい左翼、反資本主義左翼がまさに必要とされています。私たちは、今回共同発行される週刊「かけはし」を、そのような民衆的挑戦に、とりわけ新しい世代の挑戦に貢献し得るものとすべく、全力で闘います。そしてこれまで力を貸していただいた読者、友人の皆さんにも共に力を合わせていただくよう呼びかけます。購読を継続する本紙読者の皆さんの場合、週刊となるに当たって財政負担が数倍にもなります。現下の状況においてこれが容易な負担でないことは明白です。しかし今必要な挑戦に向け、心苦しい限りですがそれをおしてお願いする次第です。
 新しい民衆の未来を引き寄せるための闘いに、そして新しい世代との団結めざし、私たちの経験を失敗も含めて今こそ役立てるため、共に合流しましょう。

夏季一時金カンパを要請します
国際主義労働者協議会

歴史的かつ世界的な危機に応え得る反資本主義左翼結集のためにご協力下さい

 6/28派遣村全国シンポジウムに500名
「すべり台社会」からの転換、必ず

 6月28日午後、東京のすみだリバーサイドホールを会場に派遣村全国シンポジウムが開かれ、全国各地から約500名が参加した。掲げられたスローガンは「今こそ、労働者派遣法の抜本改正とセーフティネットの構築を」、主催は同シンポジウム実行委員会。
 主催者を代表し開会挨拶に立った小久保哲郎弁護士は、派遣村と銘打った取り組みは日比谷年越し派遣村をきっかけに今年前半、全国各地200ヶ所以上で展開されたと語った。午後1時30分から5時まで行われた今回のシンポジウムは、それらの経験を突き合わせ共有化すると共に、生の現実に基づいて先のスローガンをさまざまな角度から深め、政策課題や運動の実践課題に具体的につなげようとするもの。実際この日のシンポジウムは、盛り沢山の発言を通して、いくつもの側面から問題意識が交換される密度の濃い場となった。

新しいエネルギー

 全国各地200ヶ所以上の派遣村という事実が映し出すものは、間違いなく、全国をおおう日本社会の病的現状だ。まさに社会の作り直しは待ったなしに迫られている。しかしまた、多くの労働者民衆の自発的参加に支えられたそれらの取り組みが瞬く間に、ある種枯れ野を燃え広がるように伝搬した現実は、社会の再生に向けた人々の新しいエネルギーの胎動をも告げていた。その一端はこの日の幅広い参加状況と多様な発言・問題提起にも表れていた。
 会場には、各地の派遣村を支えた人々はもとより、弁護士も含む反貧困ネット関係者や労働組合関係者、非正規労働者や派遣村村民も数多く姿を見せた。シンポジウム進行の実務作業を含め、若者の活発な参加もまた目を引いた。
 そして休憩時間の会場外喫煙所では、派遣村村民が久しぶりの再会に顔をゆるめ、「元気か」、「今どこに」、「仕事は」などと声を掛け合い、仕事のなさをこぼしつつも、次に向けて意欲的に情報交換し合う光景もあちこちに出現していた。遠い会場まで足を運んだ少なくない人達を含めて、そこには、ただ途方に暮れ落ち込む存在から能動的な存在へと、自ずと変身を見せる村民の姿があった。各地からの報告の中でも、相談に訪れた人々があまり時をおかずにボランティアとして相談を受ける側に参加、というような事例がいくつか紹介されていた。
 派遣村は現実に、人々に一定の能動性を回復させる手掛かりを提供する場となっていた。それは、派遣村とそれに関連する諸活動が、人々の思いとは相対的に独立して、事実として発揮した社会的機能の重要な一断面だと思われる。それはおそらく今後に示唆を与える問題として確認されるべきことだろう。

どこをどのように、生の現実土台に熱気ある意見交換

 シンポジウムそのものは、日比谷派遣村村長をつとめた湯浅誠さんの総括的問題提起から始まった。湯浅さんは、派遣村が社会に投げかけた問題をいくつかの具体的な事例に則して改めて確認した上で、その後も状況が刻々と悪化していると指摘、労働のあり方とセーフティネットを両輪で底上げしてゆく必要を強く訴え、セーフティネットについていくつか具体的に提言した。しかしそこにとどまらず、最後に次のように問題を投げかけた。即ち、この間の非正規労働者問題の取り組みが、闘う力をまだ残している層については労働組合が、闘う力を根こそぎ奪われた層の場合は生活相談の運動団体が、という形で分断されてきた問題だ。派遣村はこの分断された二つの取り組みが実践として合流した貴重な経験だとしつつ、ここから例えば争議が生まれるというようなことは起きていない、と湯浅さんは指摘した。そして、二つの取り組み方をつなぐ空間をどうするか、現場には課題が残されている、と結んだ。
 以後に続いた議論の中で回答が見えたわけではない。しかし、派遣村という実践を通して、運動の現場に一つの重要な問題領域が発見され提起されている、ということは間違いない。
 一方で派遣村は政治の対応を否応なく迫る運動となったが、この日も、民主党の菅直人代表代行、日本共産党の小池晃参院議員、社民党の福島みずほ党首が参加、各々発言した。この他に国民新党の亀井亜紀子参院議員、日本新党の田中康夫参院議員、自民党の牧原秀樹衆院議員がメッセージを寄せ各々紹介された。また社民党の重野安正衆院議員の参加も紹介された。各党の発言紹介は省くが、民主党、社民党、国民新党三党による直前の派遣法共同改正案とりまとめと衆議院提出に至った流れを大切にし、成果につなげたいとの思いは共通に語られた。
 残りの大半の時間をかけて、北海道から鹿児島に至る各地の派遣村、各領域からの運動の報告と、その経験に立った問題提起、またそれらを受けた、三人のパネラーと会場発言によるシンポジウムが続いた。女性の派遣労働と貧困が隠されている問題、医療保障の底が抜け失業と健康破壊が一体化している問題、心の傷のケアが重要となっている問題、持ち家政策ではもはや対処不能となっている住宅保障の問題、政府の臨時雇用対策が生活保護を使わせない口実として作用する可能性と兆候、その他、実に多くの問題の存在が報告された。
 議論は、個別的な経験的対症療法では克服不可能なこれらの問題に、社会の作り直しにつながる共同の闘いとしていかに取り組むか、大きな課題が残されていることを参加者に実感させた。それらは今後さらに模索が続くだろう。この日のシンポジウムは、その最初の手掛かりとして、派遣法の抜本改正を何としても現実のもとするために共同して力を尽くすことを呼びかけ終了した。

 なお日比谷年越し派遣村実行委員会は、派遣村としてのアフターフォローに目途が付いたことを確認し、この日でいったん解散した。派遣村が投げかけた問題は、今後各構成団体の活動に引き継がれる。(神谷)
 6/24
NTT株主総会に四労組共同行動
軸はユニバーサル・サービス
お客も労働者も大切にする会社に
  これまで営業収益のトップを張ってきたトヨタなど自動車、電機など輸出産業が金融危機による景気後退で赤字転落するなか、NTTは、2009年3月期で1兆1100億円(前年度比1949億円減)の営業利益を計上し、トップに躍り出た。ところが、「実態は、減収減益。コスト削減で今後の利益減少を食い止める」と三浦社長は引き締めを強調している。
 そのようななか、6月24日、NTT株主総会が開催された。日本一の営業利益と膨大な内部留保を抱えたNTTに対し、電通労組を始めとしたNTT内の労働組合は09春闘において、利益や内部留保の社会的な還元と非正規労働者も含めた賃上げを求めたが、NTTは、「先行き不透明」として賃上げを拒否。その一方で「会社は株主のもの」として、年間配当金を一株110円(09年1月4日付けで一株を100株に株式分割)、前年度比で1000円の増額(旧一株:現100株分)をしたのである。さらに、役員報酬は取締役14名で5億5300万円と大盤振る舞いである。
 利益の最大化のためのNTT11万人リストラは、雇用選択制度(実質50歳定年制)をスキームとした労働コストの削減と、労働者の子会社への再雇用を通して徹底された。
 公共サービスとしての情報産業であるべきユニバーサル・サービスをかなぐり捨て、度重なる公取委からの排除命令や総務省からの行政指導を受けながらも、競合他社との競争を労働者に煽って作り出されたのが、この営業利益なのである。
 電通労組をはじめ、通信労組、N関労、東京労組NTT関連分会等、NTT内で独立して闘っている労働組合と木下職業病支援共闘会議は、この間NTTに対する要請行動や宣伝行動を共同行動として展開してきた。株主総会への情宣行動は今年で三回目の共同行動として大雨のなか、60数名の結集で貫徹された。
 街宣車による株主への訴えの中心には、NTTリストラと成果主義制度が現場の労働者のモチベーションを低下させていることや、50歳定年制である退職再雇用制度の廃止と成果主義制度撤廃が労働者の働く意欲を向上させることであり、NTTを、ユニバーサル・サービスを通して社会に貢献できる企業に変えていくための発言を求めていること、などが置かれた。大雨にも関わらず、この訴えに耳を傾け、チラシを受け取る株主は少なくなかった。
 株主総会は、三浦社長が議長で進められ、株主からの発言は、50歳退職再雇用制度廃止、60歳越えの雇用確保などNTTリストラの中止を求める意見、公取委からの排除命令・広告偽装などCSR推進、儲からない公衆電話の撤去、光回線の拡大戦略路線が非効率であり、光化促進が拙速でありユニバーサル・サービスを重点にした業務運営を求める意見、アウトソーシングされた窓口業務(116等)でのお客様とのトラブル等の解消を求める意見等、NTTの経営戦略の根幹である「利益の最大化」を正す発言が多くを占めた。
 社員持株会の労働者が多数動員されているようで、取締役の答弁に対し組織的な拍手が起こる。議長の三浦社長は、発言者の話が長くなるとマイクのボリュームを切るという指揮であり、一方動員された労働者からは、「そのようなことは職場でやれ!」という口汚い野次が飛ばされた。雇用選択制度に対する会社答弁で「制度は、経営の安定に貢献している。合理化・効率化は企業の手段であり、選択は社員の皆さんが選択したもので強制ではない」という回答には、つい「嘘をつくな!」と叫けぶ。
 NTTの光拡大戦略(中期経営戦略)は、2011年3月期までに3000万回線計画から2000万回線に下方修正された。2011年3月期の2000万回線契約達成も難しい状況である。高価格と必要性が利用者の頭打ちになっている。労働者の尻をたたいてこのままの拡大路線を続けるのか、株主総会での発言に見られたように、契約数だけを追う経営姿勢から、実態に即した文字通りユニバーサル・サービスとしての情報産業への転換が求められているのである。
(電通労組・H)
 6・22
働く権利 働く者の権利 人間としての権利
よって たかって東京総行動を闘う
 
 争議団・争議組合が主体となり、共同の闘いとして共に支援連帯し、争議解決を目指す東京総行動が6月22日雨交じりの天候のなか、力強く取り組まれた。
パナソニック電工が18年にわたって偽装請負・違法派遣のもとで働かせ、松下プラズマディスプレイ偽装請負訴訟の高裁判決で違法行為が認定されるや、驚くべき「選択」によって「雇い止め解雇」された佐藤昌子さん。企業が言う「法令遵守」は労働者を犠牲にすることだった。前日、佐藤さんが所属する「全国一般宮城合同労組」「全国一般ふくしま連帯ユニオン」「佐藤さんを支援する会」の上京団と全労協の中岡事務局長、全国一般全国協の遠藤事務局長、全国一般南部労組を始め首都圏の労働者の参加のもとでの、パナソニック電工本社に向けた翌日の闘いの交流を行なった。東京・大阪・仙台など各地区でパナソニック裁判の報告を行なってきた中で、支援する仲間たちの声に励まされ「労働者の権利を奪い返したい、当たり前に生きたい」という「その一心で闘いに踏み出した」と、佐藤さんは、この間の裁判の経過を含め決意をのべた。

パナソニック、電工本社前行動、怒りの包囲
私は許さない!必ず風穴を開けます!

 大阪高裁判決で解雇無効、従業員の地位確認と言う勝利判決を勝ち取った吉岡さんの判決を守れ!現職に直ちに戻せ!という要求行動がパナソニック本社前で行われた。会社は入り口を閉めガードマンを配置し要請書の受け取りを拒否。門前での抗議集会ではパナソニック若狭偽装請負事件裁判を闘う河本さん、パナソニック電工職種偽装事件裁判の佐藤さんと吉岡さんから、パナソニックの中で行われてきた違法行為の実態が訴えられ、三人の原告が共に支え合い闘い抜くという、力強い決意がのべられた。
 次はパナソニック電工本社だ!行動団を迎えたのは全ての入り口に配置されたガードマンと「シュプレヒコール、ゼッケンの着用、ビラの配布、旗竿の持ち込みお断り」の案内板。何という会社だ!!違法行為を繰り返し法の裁きをも無視し労働者の首をきり平然としているパナソニックの体質がもろに現れている。韓国の非正規労働組合の仲間,23年目に入った国鉄闘争の勝利に向け闘う北九州闘争団、管理者ユニオン、全労協など多数の仲間からパナソニック糾弾と原告に対する熱い連帯の声!
 佐藤さんは、パナソニック電工本社に向かい怒りを込めて弾劾の声を上げた。18年間ひたすら会社のために働き続け、まるで使い捨ての物の用に雇い止め解雇された心底からの怒りと悔しさ。「私は何度でもこの場にくる。必ず風穴を開けます」とその決意を会社にぶつけた。抗議のシュプレヒコールがビル街にこだました。
 パナソニックを巡る派遣法違反労働局申告事件は全国五カ所。三名の裁判はパナソニック闘争の中心的な闘いだ。

ニチアスは団交に応じろ!
アスベスト被害と闘う全造船ニチアス分会の闘い

 アスベスト被害を受けた退職者、下請け労働者の遺族で結成された全造船ニチアス退職者分会。何ら責任・補償も行わないばかりか団体交渉すら拒否し続けている。昨年7月の奈良県労働委員会の「交渉命令」にも全く応じようとしていない。アスベストの危険性は既に社会的に明らかであり、危険な労働のもと被害を受けた労働者・遺族との交渉拒否は絶対に許せない。しかもアスベストの危険性が明らかになってからも韓国に進出し被害を拡大させたこと(韓国で係争中)など、企業の社会的責任などこの会社には全くない。支援団体の旗がはためくなか抗議の声が拡がった。

国鉄闘争勝利を、国交省前に数百名
NTTは争議解決を図れ!

 早朝から各所で闘われた総行動は12時過ぎ、国交省前に全体が結集した。全統一の旗、神奈川シティーユニオンの旗など色とりどりの旗がなびく。国鉄分割民営化攻撃から23年の歳月がたち「当事者の納得のいく、一人も路頭に迷わぬ解決を求める」争議団の決意は、国家的不当労働行為と真っ向から対決してきた国鉄闘争の正念場を端的に表している。闘争団、支援の仲間の心は一つ「国鉄闘争に勝利するぞ!」の声が響いた!
 地下鉄にのって大手町のNTT持株会社に到着した争議団と支援の仲間は集会に入る。
 挨拶に立った電通労組の日野書記長は、世界的経済危機の中にあっても「1兆1千億を上回る日本一の営業利益を上げている」とし、NTTが進めてきた「構造改革リストラ攻撃」の本質を余すところ無く明らかにしつつ、最高裁段階での反リストラ裁判の勝利に向かうことを表明した。解雇撤回闘争を闘う木下さんと、NTTの不当労働行為で勝利命令を勝ち取った石原さん、パナソニック電工の雇い止め解雇と闘う佐藤さんの挨拶を受け、代表団がNTT持株会社に申し入れ行動を行なったが、「卑怯」にも(資本に取って当たり前なのか?)担当不在として拒否。怒りのコールを叩きつけNTT持株闘争を終了した。
 総行動は、一人一人の闘いを横につなげ闘争の炎を大きくかざしながら全1日闘われた。闘い無くして勝利なし!より多くの力を結集し資本の悪辣な攻撃を跳ね返そうと感じた総行動だった。(電通労組・T―仙台)
 労働者派遣法
三野党共同改正案国会提出
闘いさらに強め抜本改正実現へ

 6月26日、民主、社民、国民新の野党三党は、労働者派遣法改正案を衆議院に共同で提出した。この法案は6月23日三党で合意されたが、主要には現行法を以下の点で改正しようとするもの。

@法律の題名と目的に「派遣労働者の保護」を明記。
A雇用契約期間二ヶ月以内の派遣を禁止し、日雇い派遣を禁止。
B政令で定める専門業務を除き製造業派遣を原則禁止。
Cいわゆる「登録型派遣」を原則禁止とし、専門業務以外の派遣労働者は、常用雇用とする。
D違法行為を行った派遣先に直接雇用義務を課す「見なし雇用」規定の導入。
E均等待遇を努力義務として規定。
 その他いくつかの細かな改訂項目が加わっている。

厳しい攻防、そして成果

 三党はこの案での合意後、共同提案に共産党も加わるよう6月25日に要請し、同日四党間でいくつかの意見交換が行われた。しかし共産党は最終的に、法案が規制強化の内容となっている点を評価しつつも、製造業派遣の禁止に抜け道を残している点、また「登録型派遣」禁止にもあいまいさがある点など不十分性を指摘、さらによりよい改正を追求する立場から、共同提案には加われないと回答した。三野党だけでの改正案共同提出はこの経過を受けたものだ。
 共産党が指摘した上記二点の不十分性は、社民党も最後まで主張をゆるめず、ぎりぎりまで民主党に再考を求めた点だった。しかし民主党の党内状況は、この党にそれ以上の踏み込みを許さないものだったようだ。実際、電機や自動車など連合内基幹産業労連とUIゼンセン同盟に連なる議員グループが形成され、これらのグループが改正推進派を露骨に妨害していた。これらのグループはむしろ、今や毒でしかない政府改正案すらじゃまもの視し、一切を反故にしつぶすことに利を見ていた。
 民主党の改正派がこの妨害に対抗することは、労働者民衆の共同した抜本改正要求運動の力強い発展がもしなかったならば、おそらく不可能だったはずだ。それは逆に、運動の側にもある種の責任が生まれたことを意味する。ここまでの闘いの前進を無にせず、今後につながるものを、いわばくさびとして具体的にどう残すか、厳しい決断は、社民党のみならず運動の側にも求められていた。多くの関係者の努力があった。民主党が先の共同案まで歩み寄り、ともかくも衆議院への三党共同提出にまでこぎ着けたことは、それら全てを背景として実現したことだった。
 ここまで到達した事実は、先ず、その全過程を含めて、当事者である非正規労働者を始めとする足かけ3年の抜本改正運動の積み上げと、政党・労組ナショナルセンターを横断した共同の発展が生み出した大きな成果として確認される必要がある。来る総選挙後議会多数派となることが確実視される民主党に、労働者民衆は具体的な形で、とりあえず一つの足かせをはめたのだ。

攻防今後も

 もちろんその足かせの強さは自動的に保障されているわけではないし、その数も足りない。
 共産党の指摘を待つまでもなく、今回の三党共同案が、不十分な点や今後の骨抜きに危険な芽を残していいることは明白だ。例えば、製造業派遣禁止の例外となる業務について、国家資格や免許などが必要となる業務と、一応は合意されている。しかし細目はあくまで今後の検討次第であり、これまでもそうであったように、抜け穴が限りなく拡大してゆく可能性は否定できない。
 加えて、民主党内の妨害も決して弱まらないだろう。前述した連合内緒労組のみならず、資本の圧力も選挙後は直接的により強烈に加わるはずだ。既にそれは始まっている。民主党と日本経団連の協議が先日行われたがその場で、民主党のネクストキャビネットの一メンバーは、今回提出された派遣法改正案について、その成立の優先順位は高くない、などと発言している。

さらに強大な闘いへ

 労働者民衆には、追撃の手をゆるめない闘いが、不可欠のものとしてより一層求められる。そしてその可能性は確実に開かれている。
 大資本と金持ちにもっぱら奉仕し、そのおこぼれだけに頼るこれまでの政治こそが、広範な人々の生活を決定的に傷つけた。その認識は相当に広がっている。具体的な要求を手に、その逆転を求める人々のエネルギーは、日々高まりつつある。自・公政権敗北の確実視は、それを表現するものの一端に過ぎない。選挙後不可避的に、人々の諸要求は新政権に押し寄せるだろう。
 それ故何よりも、民主党を追い込んだものは派遣法抜本改正の運動だという事実を、改めて確認しておきたい。その力の根源は何をさておいて要求の大義であり、そしてその大義の故に生まれた、広範な人々の前述した不信との共鳴だ。むしろ、派遣法抜本改正の運動や年越し派遣村の運動が、人々の不信のよって来る源を目に見える形で暴き出し、人々の不信に確かな基礎を据えたと言ってもよい。共鳴は必然だったと言わなければならない。
 まさにそれ故、厚労省も一定の軌道修正を示さざるを得なかった。6月30日彼らは、「製造業派遣、登録型派遣のあり方を中心に検討を深める必要がある」と提言する、09年版「労働経済白書」を発表した(朝日新聞6月30日夕刊)。
 あるいは連合も、6月26日、派遣法改正を求める院内集会を開いた。ここには、民主党の直嶋政行政調会長が出席し、提出された案が「最善の案」と強調した。しかし合わせて、「経済の足を引っ張ることのない配慮を加えた」と説明することを忘れなかった。要するにこの発言全体は、これ以上の改正要求に釘を刺したものと言える。しかし民主党が防戦に追われていることは透けて見える。
 いずれにしろ労働者民衆の闘いは今、国家官僚機構も民主党も、そしてまた最大ナショナルセンターの連合も、直接に揺さぶっている。労働者民衆と政治のこの関係は、社会の立て直しが現実に具体的な形をとって進まない限り、基本的に変わらない性格のものだ。
 必要なことは、このチャンスを確実に成果に結び付けることだ。非正規労働の根絶に向けた突破口として、さらに社会の立て直しをめざす広範な人々の共同した闘いを生み出す具体的な跳躍台として、派遣法の抜本改正を何としても実現しよう。
 言うまでもなくその決め手こそ巨大な運動の発展だ。派遣法抜本改正に向けた共同をさらに広げ、広範な人々の結集に向け全力を上げよう(神谷)。 
 『労働者の力』紙停刊、共同機関紙『かけはし』発行に当たって
新たな21世紀の反資本主義左翼政党形成をめざそう

              
川端康夫
 
 新たなインターナショナルへの動き

 2009年9月、われわれは『労働者の力』紙を停刊する。すでに明らかにしたように『かけはし』紙との統合・合同編集のためである。
 われわれと『かけはし』グループの「分裂」からはちょうど20年になる。(われわれは、この状態を分派関係と保障したいのである。ロシアの社会民主党の20世紀初頭の組織内部での複雑な関係を見よ)。第四インターナショナル結成から71年である。
 第四インターナショナルの15回大会は、第四インターナショナルではない、21世紀のインターナショナルを目指す、と決議した。
 そうした21世紀のインターナショナルの提起は、当初においては少なからず抽象的であった。だが、数年の後、フランス支部は、自己を解体し、しかも自己を、指導機関内で少数、とする新たな左派党、反資本主義新党(NPA)への結成に踏み切った。これは第四インターナショナルとは協力するが、それを抜け出した党である。韓国の左派の相当部分もNPAに注目していると聞く。ところで、フランスのNPA形成は「下からの決断だった」。何故か、古くからいるいくつかのトロツキストは新たな政党には何らの興味も示さなかったからである。その低迷を新たな青年労働者たちがフランス全土で「下から」突き崩したのだ。

第四インターナショナルは?

 第四インターナショナルの他の部分はどうなる、力量的にフランスの道を追うことは即座には難しいのではなかろうか。小さな党派としては、トロツキズムであることが歴史的に定着した確かな感覚であるからである。だが、ヨーロッパの諸国では、フランス型への進行が進んでいる。位置関係は、伝統的な第四インターナショナルとNPA、韓国労働者政党およびミンダナオやパキスタンなど、いわゆるソ連崩壊後の世界的左翼の台頭を含む複合関係ということとして進み始めるものと思われる。今話題のブザンスノーは文字通りソ連崩壊後に登場した「現代人」なのである。
 相当な昔、第四インターナショナルは多くの分派に分かれた、いわゆるパブロ派、キャノン派、ポサダス派。そのほかにもさまざまあったが、それは第四インターナショナルには参加しない部分でもあった。
 日本の多くは酒井同志の影響もあってパブロ派の系統を引くインターナショナル多数派、マンデル派の系統となり、日本での創始者である西、岡谷同志たちのグループとは別れた形となった。西、岡谷さんたちは、キャノン派に近かったようだ。陳独秀の書記であったペン同志もキャノン派として行動したと聞く。この辺は塩川喜信さんのインタビューにある程度紹介されている(『トロツキー研究』50・51号)。
 後に、ペン同志と道を分かれた陳独秀系統の人々の著書を読むことが出来るようになった。陳独秀派の中国トロツキストの多くは、最終的にケ小平によって釈放された。当時はトロツキー派の名誉回復も検討されたという噂があったという。(『トロツキー研究』53号、「現代中国における陳独秀研究とトロツキズム」丁言實)。

NPAはレーニン主義ではない?

 さて問題は、新たな21世紀の党、NPAを日本や全世界で作れるのだろうか、という問題である。
 旧来のトロツキストのほとんどは第四インターナショナルに近くはない。その再結集は不可能であろう。
 NPAは反資本主義、国際主義、フェミニズム、環境主義を掲げる政党である。そして組織的には複合主義である。これはまさに新たなもので、特にフランスのベンサイドが90年代以降に強調し始めた立場だが、いわゆる旧来理解のレーニン主義とは相当(まったく)に違うのである。そうしたレベルでの21世紀の左派政党、左派インターナショナルをめざす、そのために第四インターナショナルを解散する、という枠組みの第15回世界大会の決定の、最初の実践がNPAなのである。日本における左翼運動の再構築のためにも、NPA的方向性が重視されなければならない。

フェミニズムと環境主義

 フランスのベンサイドは、マンデルの批判の形で、マンデルには女性差別問題と環境問題がほとんどなかった、と述べている。(『トロツキー研究51号』マンデルの『マルクス主義入門』から30年。湯川順夫氏訳)。ベンサイドはフランスの70年代に女性解放運動に直面した。第四インターナショナル1979年の第11回大会で重要な綱領的文書を採択した。しかしながらマンデルの文章には、ジェンダーの関係は、せいぜい二義的な位置しか占めていない。同様に、とりわけ原子力発電所に反対する運動が生まれ、スリーマイル党で事故が起こった後に、エコロジーへ関心が前面に出てきたのに、この『入門』はそうした関心がほとんどみられないのである、と述べる。
 そういうことは当時の日本支部は何も意識が回らなかった。少なくとも日本支部の同志たちは知らなかったし、政治局もそうだった(と思う)。
 70年代初期、日本支部でも女性たちの「騒ぎ」が起こったが、どちらかと言えば「労働者主義、レーニン主義」的形で一応は収められた。そして、その10年後に問題が深刻に爆発したのであった。
 私は、70年代の世界的な「女性差別」問題と第四インターナショナルに関しては、最近のベンサイドの論文によって始めて本格的に気づいたのだ。日本、アジア担当インターナショナルメンバーはそれらは話さなかったが、彼らはそうしたフランスなどの経験を踏まえて日本支部女性差別問題を考えたのだろう。
 日本支部の女性差別問題の顕在化が決定的な核心問題であった。肝心の女性差別問題に関して、さまざまな主張が現れたのであったが、最終的には「レーニン主義」に関する見解が争点となったのである。これに関して、論議の決着がつけられたということはない。未だに問題は残っている。

レーニンの最後の誤り?

 その争点の中で、私はいわゆるレーニン主義というものについて、分派禁止以降のレーニンは誤りではなかったかと、次第に思うようになった。そうして、分派禁止、一党独裁の考え方がスターリン主義を導き、そしてレーニンはその生涯の最後に危機に気づき、トロツキーと共にスターリンに反対する立場に至ったと考えるようになった。
 要するに、トロツキーはスターリンと闘うためにはレーニン主義者でならなければならなかったのだ。極論を言えば、スターリンと闘うための「作為」が潜まれている、と。
 そこで私はトロツキーの最初の本、レーニン批判の「禁書」を、当時の大村書店から出版してもらった。それも、ある共産党員トロツキストによるロシア語版からの翻訳出版である。『われわれの政治的課題』。もちろん、トロツキーはインターナショナル建設においては、レーニン主義であった。だが、にもかかわらず私はレーニンの分派禁止、党派禁止をレーニンの決定的な誤りと思い始めたのである。討論の過程で、女性グループの自己フラクション、あるいは自己決定権・分派権の主張は承認されるべきなのだ、と考えた。それを認めないという諸君、あるいは特別に例外として認めるという諸君とは一致しない、われわれはそう宣言した。これが当時の分裂理由である、と私は認識している。そうした論議の中で、最終的には緑・社会主義を追求しようとした人々は分派を作ったのだが自己解散した。その理由は分からない。残ったほうが今後にとっては良いことだったろうが、当時はそういう考えは起こらなかった。残る男性分派は三つである。それは現在でも続いている。
 さて、第四インターナショナル世界大会は、日本支部に関しては、男性分派の支部再建資格を認めず、女性同志たちの了解の範囲で再建できると決定した。
 だが、結局、女性解放派グループは解散した。男性同盟に付き合う気力が持てなかったのであろう。そうして第四インターナショナル日本支部の再建も不可能になった。
 ではどうする。

新たなインターナショナルのもとで

 1991年のソ連・東欧圏の崩壊は、さまざまな、ある意味では正反対の影響を左翼陣営に与えた。左翼総体の敗北と理解する人も多かったし、ぼう然としつつ業務をこなす人も多かった。だが、第四インターナショナルの中でも、フランス支部はとりわけて違った。すなわちスターリニズムの時代が終わり、新たな時代の左翼の登場のための時代の始まりだ、彼らの多くはそう考えた。そしてインターナショナル15回世界大会に、第四インターナショナルの解散、新しい21世紀インターナショナルの形成を議題として提出し、可決された。
 現在のインターナショナルでフランス支部の力は大きい。
 フランスが代表する新たなインターナショナルのための運動は、先述したダニエル・ベンサイドが強調するフェミニズム・環境社会主義を全面的に含む複合的組織の連合である。
 ところで、旧日本支部の男性グループの諸傾向には、フランス支部の解散、NPAの組織という方式は即座の追随は難しいかもしれない。本格論議はこれからである。たしかに、フランス周辺ではポルトガル、スペインなどで同様の試みを開始しているところはある。だが、それが左派連合の「上からの統合」であろうとも、フランスのように「下からでの統合」であろうとも、相当の力量がなければ難しいことは疑いないだろう。
 だが、指針は示された。複合主義の反資本主義の左翼、あるいは左翼連合が21世紀に生み出されなければならないのだ。
 その場合、それはいわゆるレーニン主義概念とは異なる組織論を持っている、ということを強調しなければならない。そしてそれはさまざまな論点を生むだろう。どこかで落ち着くのか、あるいは壮絶な解体へと進むのか、それは今は何とも言えまい。だが、われわれは言っておきたい。日本支部の差別問題で、われわれが主張した「レーニン主義理解」の見直しは今でも変わらないし、より以上に確信を持っている、と。
 こうした立場を前提として、われわれは、複合主義的な左翼政党への第一歩を築くため、『かけはし』との共同機関紙体制へ踏み切るのである。

※川端康夫の名でこの文章を執筆したのは、私が多くを、私の名前で執筆してきたから、という以上の理由はありません。その意味で、執筆の内容は私の独自の見解が多く、また今回のこの文章も私の独自の見解であります。そうした点をお断りして、『労働者の力』紙休刊のあいさつといたします。川端康夫(2009年6月17日)
 EU議会選
新自由主義、ポピュリスト右翼を傍らに従える
―歓迎すべき例外、ポルトガルの躍進―
         
フランソワ・サバド

 今回の選挙で示されたものは何よりも先ず、広範な大衆的棄権だった。有権者のほぼ60%が棄権した。この棄権が示すことができるものは唯一、ヨーロッパにおける真の力関係の歪められた姿だけである。しかしそれは、この枠組みの中で彼らの政策を実行するEUと支配諸党の正統性の危機、を確証している。

右翼の勝利、社会民主主義の崩壊

 他の主な傾向として浮かび上がっているものは、先ず、ヨーロッパ全域での右翼の浮上だ。右派が政権にある大国、ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ポーランド、オーストリア、ハンガリー、ここでは右翼が勝利した。ブルガリア、リトアニア、ラトビア、スロベニア、キプロスでも、右翼諸党が第一党になった。一連の諸国では、この右翼のうねりは、ポピュリスト右翼あるいは極右勢力の伸張を伴っている。特にオランダでは、代議士、グリート・ビルダースが率いる、極右のイスラム排撃主義かつ反EUの政党が16・4%を得票し、四名のEU議員を獲得した。オーストリア、フィンランド、ハンガリーでは、反移民キャンペーンに血道を上げた極右勢力も支持を獲得した。イギリスでは、イギリス民族党が、6・7%の得票率を基に議員二名を得た。ギリシャでも極右の躍進があり、LAOS組織は7・2%を得票した。
 社会民主主義は、特に彼らが統治する諸国、イギリス、スペイン、ポルトガル、で後退した。フランスにおける社会党の崩壊には触れないとしても、ドイツでこの潮流が喫したものは、紛れもない完敗だった。そこでの得票率はわずか21%であり、社会民主党にとっては、最低の選挙結果の一つである。この潮流が勝利したと言えるのは、わずか、ギリシャ、スウェーデン、デンマーク、スロバキア、マルタ、だけだ。

新しい政治空間と一連の諸勢力

 右翼と社会民主主義の大きな伝統的機構の危機は一連の諸国で、全体としての左翼改良主義の流れを通過してだが、緑から急進的左翼に至る一連の諸勢力に向け広い空間を生み出した。
 緑の勢力はこの選挙を経て、60名近くの議員を手に、より強化されて浮上した。中で最も重要な躍進の一つは、フランスのコーン・ベンディット率いる連合の躍進だ。
 デンマークの組織である「反ヨーロッパ民衆運動」は、そのキャンペーンを反EUに集中することで、実際にもヨーロッパに対決しつつ、一人の議員、「赤・緑連合」のメンバーであると共に第四インターナショナルのメンバーであるゾーレン・ゾンデルガードの再選を勝ち取った。
 ドイツの左翼党、オランダの社会党、フランスの左翼戦線のような諸党は、新たな躍進があったわけではないが、選挙上の地位を維持するか向上させた。
 イタリアの共産主義再建党(PRC)は3・2%を獲得した。しかしEU議会に議員を送り込むには至らないだろう(訳注1)。
 イギリスにおける急進左翼の選挙結果はがっかりさせるものだった。そこでは、「NO2EU」リストの得票は1%、アーサー・スカーギル(訳注2)のSLPも同様だった。
 ギリシャでは、シリザが4・7%、議員一名を得た。しかし議員三名という目標には届かなかった。
 フランスのNPAはその選挙基盤を打ち固めた。議員を獲得できなかったとはいえ、2004年の前回選挙におけるLCR―LOリストの選挙結果との比較では前進した(+2・3%)(訳注3)。
 反資本主義左翼のかなりの組織にとっては、今回は選挙に関する初めての試練だった。これらの組織、ポーランド労働党、スペインの「反資本主義左翼」、スウェーデンの「労働者イニシアティブ」、ベルギーのLCR―PSL、スコットランドのSSPは、良好にキャンペーンを展開したが、得票率が1%を越えることはなかった。
 反資本主義左翼の側で我々が光を当てなければならないものは、先ずアイルランド社会党であり、リスボン条約反対キャンペーンに続いて、議員一人を獲得した。そして特にすばらしい結果を、ポルトガルの左翼ブロックが出した。左翼ブロックは、事実上反資本主義左翼あるいは急進左翼では唯一の躍進だが、真の躍進を果たし、得票率10・73%と三名の議員(訳注4)を獲得した。

反資本主義の回答を全社会的決起の中で

 ほとんど60%もの棄権率を記録した選挙結果から政治的かつ社会的な力関係に関する全体的な教訓を引き出すことは、いつであっても困難だ。そうであっても事実として、危機―諸々の過剰、失業の爆発、低下した交渉力―の最初の影響は、左翼の基盤に、あるいは反資本主義という意味において、選挙上の急進化という動きを作り出さなかった。左翼ブロックの躍進は一つの例外となっている。
 ここにはいわば逆説がある。目に見えているものは、EU議会選結果から強化されて浮上したポピュリスト右翼あるいは極右を傍らに従えた、右翼の新自由主義政治勢力であり、その勢力はこれまで、反社会的攻撃を扇動してきたのだ。逆に我々は、危機は反資本主義理念に力を与えるかもしれない、と考えたと言えなくもない。状況はより複雑となっている。社会的抵抗は、それが若者や被雇用者の全体的な闘争へと未だ至っていない段階においては、反資本主義の代替方向を自動的に生み出すわけではない。社会民主主義は、危機の中で苦境に陥り、新たな空間を開放している。しかし反資本主義左翼の発展は未だ不均等なままである。一連の諸組織の出発は前途有望だ。今必要なことは、経済的危機と環境的な危機に対決する社会的な決起を促進し、反資本主義的な回答を一層信頼に耐えるものとするために力を蓄える、そのような政治を追求することであり、しかもそれを、伝統的左翼の古い指導部から完全に独立して行うことである。
※筆者は、第四インターナショナル執行ビューローの一員であり、フランスのNPA活動家。彼は長期にわたってLCR全国指導部の一員だった。
訳注
1.前回は5%を越え、複数議席を獲得。今回の得票率を見る限り、前回総選挙における惨敗以降、支持の回復はあまり進んでいないと推測できる。
2.イギリスの元炭労委員長。サッチャーの炭鉱民営化攻撃に対する長期の全国ストライキ闘争を率いた。この闘争に対する労働党の屈服の中で、労働党に変わる新たな左翼の党建設に着手したが、実を結ぶには至っていない。
3.前回はほぼ2.5%、今回はほぼ4.9%。結果として、議席獲得条件の5%にわずかに届かなかったことになる。投票率は40%強であるから、得票数はおそらく100万票前後。ブザンスノーが160万票以上を得た大統領選の投票率は80%を超えていた。そして今回の棄権率は、NPA支持基盤である大都市近郊の貧しい労働者・移民居住区住民層と青年層で特に高かった。それらを考えると、NPAの今回の結果はそう悪いものではないと考えられる。LCR―LOリストで議席を獲得した前々回の投票率は60%強。
4.前回獲得議席は一。
(「インターナショナル・ビューポイント」電子版6月号)
  

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