【イタリア特集―IV電子版10月号】
 

プローディ第2期政権、急進・平和主義左翼、そして戦争
   ジャン・マレースキー

 ロマノ・プローディが4月26日に編成した中道左派政府は、イラクからの軍部隊撤退―反戦運動が前面に掲げた要求であり、それは特にシルビオ・ベルルニスコーニ前政権の下で強力であり、中道左派政府はその遂行を約束してきた―を決定した。しかしこの政府は、世界の様々な地域でアメリカ帝国主義が指揮する「テロとの戦争」から、イタリアを引き上げさせる気は全くない。軍の「海外任務」に対する予算支出に関し議会の表決を義務付けるイタリアの法制度に強制されて、プロ―ディ政府は、一つの法令を作成した。それは、イラクにおける軍事作戦には終止符を打つものの、アフガニスタンにおける戦争に従軍しているイタリア軍の予算を増額する、というものだ。それが当てにしているものはは、要求遂行のために新たに選出された政府を今や当てにしている大きな多数派である平和運動の動員低下を利用することであり、さらに、政府の一部となっている主な左翼諸党指導部の支持だ。そこには、混乱を呼び起こす状況において、平和主義的要求が獲得してきた正統性の掘り崩しを始める、という目的がある。このようなことを行う上でこの政府は、ベルルスコーニ派右翼の支持を当てにできた。その勢力は明らかに戦争継続を支持していた。
 しかしながら、一見した限りでは完璧なこの仕掛けは急に動かなくなった。ちっぽけな急進左翼―共産主義再建党(PRC)、並びにイタリア共産主義者党(PdCI)の闘士の少数派のみ―と平和主義者(緑諸派の一部)は、それを阻止できた。何よりも先ず投票の数日前7月15日に、全ての戦争に「条件も留保も付けることなく」終結を要求するために、ローマで有力な平和主義者の会合が行われた。この会合に急進左翼の上院議員が何人も参加したことは、上院における表決が失敗する可能性を示すものだった。実際上院では、中道左派政府は僅か2名の差で多数を確保しているに過ぎなかった。そして数名の上院議員が、アフガニスタンでのイタリア軍駐留を支持する政府方針に対して拒否を明らかにしていた。メディアはここに示された政府危機の可能性に飛びついた。しかしそうすることでメディアは、戦争に反対している人々が彼らの立場を大衆的規模で知られるようにすることを、可能とした。その結果平和運動は再度活性化した。それは、アフガニスタンからの軍部隊撤退を求める熱気の成長を明らかにした世論調査に反映されていた。最終的に世論調査は、アフガニスタンにおける「任務」に対する予算支出に、62%の反対を明らかにした。
 もっとも、7月18日に行われた下院の投票は、殆ど満場一致に近かった―僅か4人の議員だけが反対―。プロ―ディ政府は、ベルルスコーニの支持の下、そしてそれ故つい最近有権者が拒否したばかりの男との連続性という形で、勝者となったかのように見えた。プロ―ディ政府は、打撃の修復との試みの下に、この法令の上院における表決を信認投票に変えることを、言葉を変えればもし多数を取れなければ辞任するということを、決定した。急進左翼と平和主義の左翼―逆説的なことに、下院でよりも上院においてより重みをもっている―は、強力な圧力下に置かれた。僅か2ヶ月前に生まれ、今も大きな正統性を得ている政府を倒すことは、そしてそうすることで、新たな選挙ないしは右翼政権の形成をもたらすという危険を犯すことは、そうした者達を周辺に追いやるという危険を、また特に反戦運動の結集における新たな高揚にブレーキをかけるという危険を孕んでいた。しかし戦争信認への賛成投票は……。こうして、政府の代表者達―政府の転落という危険に動転し、「任務に関する将来の変更」を公表した代表者達―の言葉をそのまま信じ、プローディにあと6ヶ月猶予を与える投票を行うことが決定された。というのも、「任務」に対する予算支出は、12月に再度議会で表決される必要があるからだ。しかしこの信認投票に際しては、プローディ政府が行ったこの選択に対する厳しい批判が平行して加えられ、その批判はメディアによって広範に伝えられた。
 プローディ政府はそれ故、間に合って勝利を手にしたとは言うものの、権威を弱めたままの対立脱出だった。急進左翼と平和主義の左翼が主導した論争は、いくつかの得点を稼いだ。何故ならば、信認動議…とアフガニスタンの戦争に対する予算支出に、上院におけるその代表者達が例え賛成投票したとしてさえ、ちっぽけな少数派であっても政府の政策に立ち向かうことが可能だ、ということを彼らが示したからだ。そしてそれは、闘士達と諸運動に対して、自身への新たな信頼を与えた何物かだった。そしてそれこそ、来るべき衝突において重きを成す投票以上のものだ。その衝突は既に準備されようとしている。
注)筆者は、フランス後で発行されているIV姉妹誌、「インプレコール」編集者であり、FI執行委員会メンバー。


期限付きの信認投票―上院への声明
   ジジ・マルバルバ

 我々はここに、アフガニスタンにおけるイタリアの軍事的行為に対する予算支出令反対の、16名の上院議員による共同声明を公表する。ここに署名した議員は以下の通り―()内は党名―。マウロ・ブルガレリ(ベルディ)、ヨセ・ルイス・デロッジョ(PRC―共産主義再建党)、ロレダナ・デペトリス(ベルディ)、アンナ・ドナッティ(ベルディ)、フォスコ・ジアンニニ(PRC)、クラウディオ・グラッシニ(PRC)、ジジ・マルバルバ(PRC)、マウロ・ペコラーロ・スカーニオ(ベルディ)、オスカー・ペテーリニ(SVP)、フランカ・ラメ(IDV)、ナターレ・リパモンティ(ベルディ)、セン・フェルナンド・ロッシ(PdCI―共産主義者党)、ジアンパオロ・シベストリ(ベルディ)、ディノ・ティバルディ(PdCI)、フランコ・トゥリグリアット(PRC)、マッシモ・ビローネ(DS―左翼民主党)(上記の内、少なくともマルバルバとトゥリグリアットの2名は、FIの同志―訳者)。
 今日我々は政府の信認投票に賛成投票するつもりだ。しかし我々はアフガニスタンの軍事行動に対して、「ノー」を再確認する。それを我々は、憲法11条に含まれている原則に忠実に、2001年11月以来一貫して拒絶してきた(我々の内議会に席をもっていた者は反対投票によって)。
 我々は新たな政権当局に対して、ベルルスコーニ政府の戦争政策との明確な断絶を形で表すよう、強く求めてきた。我々が求めた手段は、例えば、少なくとも「永続的自由」作戦へのイタリアの参加に終止符を打つことを―「ユニオン」(今回総選挙に当たって形成された反ベルルスコーニの選挙連合―訳者)の綱領に含まれていたイラクからのイタリア軍撤退、に合わせて―公然と明らかにすること、また多国籍軍時行動であるFLAS(注1)からの戦略的撤退計画を周到に練り上げることなどだ。実際FLASは、ワシントンの戦争計画に、日々より深く統合されたものとなりつつある。
 しかし、イラクからの撤退は遅れて決められる一方で、アフガンにおける戦争の脅威に関しては撤退どころか部分的引き上げすら発表されなかった。反対にそこでは、同盟軍による戦争水準の劇的激化の可能性が想定されている―部隊規模と交戦規定の相対的拡張双方において、従って、破壊を悲惨なものとする手段に関して―。
 死をもたらす道具の増強という、イタリアへのNATO提案を受け容れなかったという事実があるからといって、それを「成功」と見なすことを容認するわけにはいかない。何故ならば戦争においては、推定上の「損害軽減」という政策は受け容れ難いからだ。
 平和の目標を具体化する手段として、戦争に反対する主導性をあらゆる国際機関で高めるよう、政府に圧力を行使することによって、アフガニスタンからの我が部隊の撤退を強く求めて議論するこの機会は、我々にとって、イタリアの軍事行動に関し今後を思い描く「再考」の始まりとなる。戦争は拡大したがテロリズムは後退しなかった。平和は平和によって準備されるのだ。
 現在我々がレバノンで目にしているような、極めて危険に満ちた危機の悪化を前にしたとき、イタリアもヨーロッパも中東においては、同時に別の戦線で戦争を遂行している限り、交渉による解決を促進する十分な権威をもって、かつ十分に信頼される方法で影響力を行使することなど、決してできないだろう。
 これまで戦争反対の声が国の至る所で極めて高く上げられてきたことが、また、「ユニオン」支持者を越えると言ってよいほどのイタリア大衆多数派の希望を映し出している世論調査結果が、今後新政府によって聞き届けられることを我々は望んでいる。多数派の全政治勢力は今日、われわれの立場は正当であるばかりでなく、重大でありかつ大衆を代表している、と認めている。しかしそれが真実となるためには、言葉に止まるだけでは済まないだろう。我々は行動によってそれが表されるよう今求めている。軍事行動の何度目かの延長という、アフガニスタンに関する今回と同じ筋書きが数ヶ月の内に起きるとすれば、それは退歩への一歩であり、それを我々は受け容れないだろう。
 イタリアが真の平和政策に取り掛かることを立場として国家諸制度内外での我々の闘いを継続するために、我々はアフガニスタンからの撤退を求め、また全ての戦争の現実を対象に闘うだろう。それだけではなく我々はまた、「ユニオン」の選挙綱領の中で描いているように、核兵器と国内の軍事基地に反対し、軍事支出の削減と社会の全側面における平和文化強調のために闘うだろう。
注)筆者は、バンディエラ・ロッサ(イタリアのPRC内FI支持潮流)並びにPRCの指導者の一人(アルファ・ロメオ工場のストライキ闘争における著名な活動家であり、前期イタリア上院におけるPRC議員団長―訳者)。
注1)国際安全保障援助部隊。アメリカの指揮の下にアフガニスタンで戦争を行っている。国連軍ではないが、NATOの傘の下にある諸国の自発的連合部隊。当初その役割は、カブールの安全を確保することと想定されていた。その後その活動は次第に、アフガニスタンの全領域に及ぶように拡大された。


我々の信認はきっかりとした期限付き、白紙委任ではない
「ILジョルナーレ」7月26日付け
    ジジ・マルバルバ

 アルファ・ロメオ自動車工場の組合活動家であり、第4インターナショナルの古参活動家であるジジ・マルバルバは、PRC内のシニストラ・クリティニカ(批判的左翼)潮流創設者の一人。彼は前期議会任期中、上院における再建党議員団指導者であり、今回再選された。しかし彼は最初から、息子、カルロが2001年7月のジェノアサミット反対世界的公正要求デモにおいて警察によって虐殺されたシグノラ・ハイジ・ジュリアーニに彼の議席を譲るつもりだ、と明らかにしていた。彼は7月19日、上院に辞表を提出した。しかし彼は、アフガニスタンにおける軍事行動に対する財政支出を巡って始まった闘いを最後まで指揮し続けた。我々は以下に、議会ジャーナリスト、ルカ・テレーゼが行い、日刊紙、「ILジョルナーレ」7月26日付けに掲載された彼に対するインタビューを採録する。

―政府は勝利を手にしつつある、と彼らは考えている。アフガニスタンにおける軍事行動に関する信認投票は、反体制的左翼の「8人の反乱者」中核にとっては成功だったのか、あるいはそれとは反対に敗北だったのか、それを理解するためには我々は、彼らの中で最も戦闘的かつ強硬な、再建党上院議員、ジジ・マルバルバの語ることを聞かなければならない。彼は「いかなる信認もない。我々の信認は…きっかり期限をつけたものだ」と語る―

―上院議員、先ず事実から始めよう。法案はあなた達が求めたようには修正されなかった。しかしそれでも、あなた達は信認を与えなければならないだろう。そうであれば、プローディとダレーマ(元イタリア共産党多数派の左翼民主党指導者―訳者)は勝ったということか―

 全くそんなことはない。我々は闘争を敢行し、そして2ヶ月の内に、政府自身の言葉に従えば、我々が取り除くことを要した最もあくどい罵詈雑言、無責任なトラブルメーカー、破壊分子といったものから、昨日の敬意のこもった数々の公式発言にまで進んできた。

―確かにお世辞たらたらの言葉が並んだ。しかし、あなたはそのようなお世辞に満足するような人物には見えないが―

 実際に、先ず何よりも政治的事実がある。例えば、今日大臣のチチ(注1)は、我々の不同意は正当であり、我々の立場は表現される価値があり、国の真の気分に対応している、と語っている。

―彼らは今のところ、あなた達の票が必要なためあなた達の機嫌を伺っている。しかしあなたは、彼らがそうしつづけると考えているのか―

 彼らは脅迫からおべっかへと移った。これは紛れもなく最初の肯定的な事実だ。

―第2のものが何であるのかを検討しよう―

 我々の反対姿勢は無原則で明らかにされることのない協定(ベルルスコーニ派との―訳者)という危険を阻止した。

―あなたは楽観的過ぎないか―

 そんなことはない。それは事実の問題だ。政府は選択の可能性を持っていた。しかし、彼ら自身の理由から…政府を支持する準備をしていた中道右派の助けを受け入れるよりも、政府は我々に回答する方を選んだのだ。

―確かに、中道派は信認しなかった。しかし、戦闘艦は今も出航している最中であり、「永続的自由」作戦は続いている―

 その通り、それこそが本質的な問題だ。チチは我々に、軍事行動に関する政府の政策においては将来変化がある、と請合った。6ヶ月の内に我々、平和主義者は、約束が守られたのかどうかを確かめることができるだろう。

―失礼ながらしかしあなた達は、既に今回そうした以上なおのこと、6か月の内に信認を与えることになるだろう―

 しかし何故そうと決まっているのか。我々はいかなる意味でも白紙委任に署名はしなかった。まして我々は、我々を悪魔のように描き出すことを狙いとしたキャンペーンに心乱され、我々は余りに最大限綱領主義者ではないのか、政府に少しばかりの時間を与える必要もないのか、外交政策問題で危機を煽り過ぎてはいないのか、これらとは違うのか、と我々に問いかけた支持者を前にしていたのだ。今や我々は、上に見た支持者との関係で12月にはもっと強い説得力をもっているだろう。何故ならば我々は今度は、「我々は変化を要求した。そして我々はその変化を実際に作るための余裕を与えた」、と語ることができるからだ。

―それで12月だが、物事が今のままであるとして、あなた達は信認を拒否する準備ができているだろうか。私は信じることができないが―

 なかなか手厳しいな。逆に私はあなたに、我々は12月を待つ必要はない、と言おう。私に関する限り、私はパドア・シオッパ(注2)の新自由主義的術策を受け容れるつもりはない。諸運動は戦争に反対すると共に、新自由主義にも反対しているのだ。

―しかしその時信認問題はどうなるのか。

 それは時間の問題であり、物事の変化にしたがって自動的に決まる問題だ。もし彼らが変わらないのであれば、次回の回答は「ノー」となる。
注1)バニノ・チチは、DS書記局メンバーであり、今回総選挙後に、第二次プロ―ディ政権の国家制度改革相に指名された。
注2)トマソ・パドア・シオッパ4月20日以来、プロ―ディ政府の経済相。以前彼は、ヨーロッパ中央銀行管理評議会メンバーだった(1998年〜2006年)。彼は、超自由主義路線に沿った「公共財政改革」強制を準備中だ。彼はつい先頃、「政府と議会は公共財政に責任がある」、「いくつかの諮問は重要であるが、それらは政府の行動との関係では補足的であるべきだ。何故ならば決定はその背後で最高機関次第なのだから」、と宣言したばかりだ(「ラ・レパブリカ」紙、9月3日付け)。 

 


 

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