敗北途上にある「テロとの戦争」―「サージ」(集中増派)政策
                                フィル・ハース

 この2、3ヶ月はイラクでの「テロとの戦争」そしてブッシュにとって、また程度はより小さいとはいえトニー・ブレアにとって、軍事的かつ政治的に散々たる時期となった。しかし正確に言えば、そのような評価は彼らの見方とは違っている。1月11日ジョウジ・ブッシュは、イラク政策における「方向転換」―いわゆる「サージ」―を公表した。そこには主にバグダッドを対象とした21000人を超える部隊派遣が含まれている。アメリカ国民に向けテレビ放映された演説の中で彼は、イラクにおける敗北受け容れは選択肢にない、と再度宣言した。その週のその前に彼は、南部ソマリアの村落に対する何回かの爆撃に向けアメリカ軍機を派遣することによって、「テロとの戦争」を改めて強化していた。
 1月12日ブレアは、イギリス軍艦の甲板上で演説を行い、彼がイギリス軍を送り込んだ4つの戦争を正当化し、イギリスは単に「平和を維持する」国家ではなく「戦争を戦う」国家であるということを受け容れるよう、世論に呼びかけた。そのような戦争に対するイギリスの関与は「1世代に亘って」続くだろうと、彼もまた宣言した。そのような戦争に対する不人気の成長と、主な主唱者達のこれらの戦争に対する関与、この間に開いた断絶は著しい。
 それでは何が本当に進んでいるのだろうか。アメリカとイギリスにとって、イラクは本当に散々な敗北なのだろうか。さらに、戦争に対するこの不人気に、ブッシュとブレアは何故うわべは鈍感なのだろうか。この戦争が政治的かつ軍事的な惨害に転じつつあることを示唆すると思われる事実に、先ず目を向けてみよう。

*巨大な数に上るイラク市民の死は明白なものとなりつつあり、イギリスの医師協会の雑誌である「ランセット」は、60万人が死亡したとしている。
*アメリカ軍兵士の死は、象徴的な敷居である3000という数字を超えた。しかしこの数字は、今回の戦争期間の長さを前提とした時、歴史的には低い水準にある。
*11月の中間選挙は、民主党がアメリカ議会両院を支配することを可能とした。そしてこれは、その時まで政権の中心メンバーであったドナルド・ラムズフェルド国防長官の屈辱的な解任を導いた敗北である。
*ブッシュ彼自身が委任したイラク研究グループの報告(「ベーカー報告」)は、イラクが惨害であることを赤裸々に示し、アメリカの政策に関する多くの変更を提案した。
*イラク政権によって宗派的リンチに変えられたサダム・フセインの絞首刑に際して起きた幾つもの空恐ろしい出来事は、広範な批判を巻き起こした。そしてそれは、イラクの治安機関がシーア派武装勢力の浸透を受け、内務省部隊の場合は実際に彼らから支配されている、とのこれも広範な懸念を強化した。

 これらの出来事が、アメリカ国内において戦争が大きな不人気となることに、またブッシュに対する明らかな多数に上る批判に導いたことに疑いはない。イギリスにおいては、ブレアに対する懸念に関し上述の物事はそれほどの大きな位置を占めていない。その理由は第1に、戦争が常に大きく不人気だったということが上げられる。そして、―部分的にはそのことの結果として―トニー・ブレアが3、4ヶ月の内に辞任するはずだ、ということがある。しかしそれでも、この戦争はかれらにとって、本当にある種の惨害なのだろうか。アメリカは負けたのだろうか。それは本当に軍事的敗北で政治的な惨害なのだろうか。
 そのようなことに対する真の評価は、アメリカの戦争目的との対比ではじめて可能であり、1時的な人気やその他のことを基礎とすれば不可能となる。最近のある重要な論評においてジョン・ベラミー・フォスターは、アメリカの戦争目的を以下のようにまとめた。即ち、「(1)イラク原油資源(世界第2位)の支配、(2)『地政学的利益』(あるいは、中東の死活的な原油地帯に対するより大きな支配)、(3)この新たな石油帝国を基盤としたアメリカの世界的覇権の強化」と。この目的達成は、イラクの終局的な安定化に依存している。しかしだからと言って、シーア派とスンニ派間の「低強度」宗教的内戦に帰着しつつあるこの国の現在の大混乱は、先の構想が決定的に敗北したということを意味するわけではない。2004年以降アメリカは、そこからイラクを統制し、ペルシャ湾を支配することを期待できる14の巨大軍事基地と世界最大の大使館を築いてきた。しかしこれらのものは、日々の戦闘を行うわけではなく、それはイラク政府軍に移管されることが期待されている。
 この地域の軍事的―政治的支配が全般的目標であるとはいえ、しかし石油の(そしてヨーロッパと日本に対する原油供給ルートの)支配は重大だ。その上、イラク油田の経済的潜在能力の活用には即刻の優先性がある。こうして、イラク研究グループ報告の「勧告63」は以下のように述べている。即ち、(1)「アメリカは国際社会と国際的エネルギー企業によるイラクの石油産業に対する投資を奨励すべきである」、(2)「アメリカは、イラクの国有石油工業を商業企業へと再組織するためにイラクの指導者を手助けすべきである。その目的は、この産業の効率性、透明性、説明責任を高めることにある」と。要するにこの勧告が言いたいことは、イラクの石油産業は早期に私有化されるべきであり、その資源は国際的に、主には石油企業によって支配されるべき、ということだ。
 12月始めにメディアの多くが報じたこととは逆に、ベーカー報告は、イラクの紛争に可能な限り素早く終止符を打つ、などということを求めてはいない。それが求めたことは、戦争に対するアメリカの日常的関与の程度を下げることであり、「戦争の戦利品」―地域に対する政治的・軍事的支配及び何よりも原油支配―を手放すことなく手詰まりからの脱却路を探すことだ。
 宗派的民兵を撃破するべく望み薄く、かつ間違って想定された努力という、短期のアメリカ軍部隊「増派」の元々の要求は、事実上、ベーカー報告それ自身から由来していたのだ。
 しかしながら主な問題は、それなしには油田からの利得獲得も不可能な安全保障態勢を、多少であれ確立することへの挑戦、という点に残っている。しかしそれは、結局どうやっても政治的解決を見出すことに依存する。その解決は、主要な3つの宗教的な(あるいはクルドの場合は民族的な)グループ出身の中心的代表者が勝ち負けなしとなり得るものでなければならないのだ。自身が既に行った決定の、特に宗派的衝突を自由にするために可能なあらゆる事を行うという、その決定の諸結果にアメリカが今頭を打ち付けているものこそ、ここにある問題だ。
 アメリカの後援のもとに昨年末アンマンで開催された共同体指導者達の評議は、国の3分割―事実上イランの保護国となる思われるシーア派の南部国家、北部のクルド国家、そして西部と中央部に基礎を置くスンニ派国家―を公然と討論した、ということを幾つもの噂がそれとなく示している。
 しかしそのようなシナリオはアメリカにとって幾つもの危険を伴っている。第1に、3つ全ての地域には巨大な油田がある。しかし、クルド地域の巨大なキルクーク油田を別にすれば、最大のものはシーア派の南部、バスラ、ルメイラ、ハルファヤ周辺にあるのだ。シーア派の小国家にある原油を支配することは極めて難しく、かなりの程度まで、そのような動きはテヘランの一 瞥的注意の下に即座に打ち消されると思われる。加えてより力を得たイランは、アメリカとイスラエルにとって政治的・軍事的惨害であり、レバノンのヒズボラのような親イラングループを大々的に後押しするだろう。
 その1方でトルコは、この国の南東部における自身のクルド地域に隣接するクルド地域に国家の地位を与えることに、猛烈に反対すると思われる。この地域にある国家はどれ1つとして、自身の国家内部のクルド少数派に対する指針として機能する可能性をもつ独立したクディスタンを望んでいない。
 この国における民族的衝突に対する責任は、紛れもなくアメリカにある。ペンタゴンは既に2004年に、もう1つの「フェニックス作戦」について、つまり共産主義的反乱の支持者であると告発されたか疑われた者に対するベトナムにおける暗殺キャンペーンの複製品について語っていた。アメリカは、内務省に結び付き、シーア派の指導的聖職者に統制されているサドル軍団に対して、スンニ派の反乱者と彼らの同調者に対する暗殺キャンペーンを始めることにゴーサインを出した。このキャンペーンは、イランから全面的な後援を得ていた。これこそ、手を縛られ背後から撃たれて発見される虐殺されたスンニ派のぞっとするような日々の数と共に、サドルシティーとシーア住民の他の中心地に対するスンニ派の自動車爆弾攻撃の手を振り解いたものだ。
 アメリカは、アメリカの侵略に反対するシーア派とスンニ派の団結成長の可能性を打ち砕くために、この大虐殺を意識的に解放した。実際2004年春のファルージャにおける最初の血みどろの戦闘期間中、反乱に対する同情の巨大なほとばしりが確かにあり、南部とバグダッドのシーアの男達は、スンニ派に対して血液と物資を援助するためにモスクで列をなした。当時ウォルデン・ベローは、「ファルージャは新生イラクの始まりである」と書き、スンニ派とシーア派が共に戦う民族主義的反乱の成長を予想した。アメリカとイランの協力が、シーア派民兵を通してこの構想を粉砕しつつある。同時に、スンニ派の反逆者中のより宗派的勢力がそれを手助けしていることも言う必要がある。
 現在アメリカは、シーア派民兵は単一の親米政権創出にとって障害である、と決定した。魔法使いの弟子は今、彼が生み出した怪物との戦いを準備中だ。中心目標は、バグダッドのサドルシティーに拠点を置き、シーア派聖職者のモクタダ・アルサドルが統制するマフディ軍を打ち破ることにあるように見える。ガーディアン紙の評論員、ジョナサン・スティールによれば、「これは、桁外れの規模で市民の血の池を作り出す可能性がある。それは2004年のファルージャにおける虐殺を小さく見せるほどだろう」(注1)。幾つかの報道はアメリカの考えが、出入りにアメリカ軍部隊の護衛を必要とする形で、バグダッドを封鎖されたゲットーの連なりに変えることにある、と伝えている。その上でアメリカ軍部隊は、各々の街区から反逆者を一掃することを徹底するだろう。この全体的な計画は、双方の戦闘員と市民に何百人という死者を出すような、首都のそこら中での白兵戦的銃撃戦に向けた青写真だ。
 これがまさに今後の可能性であるという事実は、今アメリカの民主党に降りかかっている。アメリカ大統領は憲法制度上軍隊の「最高司令官」であり、彼が軍に関して欲することは何でも要求できる。しかし実践においては議会が資金を切り詰める権限をもち、それは作戦継続を不可能とすることになる。もっとも、民主党がそうする可能性は絶対的にゼロだ。結局のところ彼らの殆どは、戦争に対して賛成投票したのだ。確かに彼らは、昨年1月の選挙で上下両院で勝ちを収める形で、戦争に対する不満の波に乗ったことで喜びを味わった。しかし彼らは事実上、殆どはっきりしない形で戦争の「方向転換」を呼びかけたに過ぎず、その終結を呼びかけたわけではない。議会民主党の大多数は、「テロとの戦争」にも、アメリカ帝国主義の地歩確保のためにアメリカ軍国主義をやたらと使うことにも反対していない。民主党のナンシーペロッシの下院議長への就任儀式は、吐き気を催すような出来事だった。その中で民主党議員と共和党議員は、両党による最大限の政治的共同作戦を互いに約束するためにこれ以上ないほど歩み寄った。
 イラクにおけるアメリカ軍の「サージ」の短期的結果がどうであれ長期的には、イラクと湾岸地域からの全般的なアメリカ軍の完全撤退は全く見通せない。ベーカー報告について書く中で、先のジョン・ベラミー・フォスターは以下のように論評する。
 「実際のところ両党の『現実主義者』は、イラクからの完全撤退というよりもむしろ部分撤退とか軍の再配置のような何かを心に描いている。ここで重要なことは、軍の防御にとって不要な戦闘部隊全ては2008年始めまでにはイラクから引き上げ可能、という報告の主張にもかかわらず、それはアメリカ軍部隊には依然大きな役割が残されるという主張として理解されているということを、改めて認識することだ。そこで描かれた役割とは、『イラク軍の中に埋め込まれた戦闘単位』としての『軍防御』の分野、『即応と特別作戦の分野、訓練、装備供給、助言、…探索と救援』…そしてまた情報と他の支援作戦などであり、その全てはイラク研究グループ報告の勧告に含まれている。イラク研究グループが提案した計画は事実上、期間を定めずにイラク軍内部に埋め込まれたアメリカ軍部隊の数を5倍まで増強することを意味すると思われる。」
 その上我々は、「アメリカ軍の極めて重要な使命は、即応チームと特別作戦チームを(無期限に)維持することと思われる。これらのチームは、好機が生まれた際、イラクのアル・カイダに対する強襲という任務遂行に、また同様にイラクのアメリカの指揮官が極めて重要とみなした他の任務にも、利用可能だろう」と告げられている。アメリカはまたイラクの警察部隊を訓練し続け、一方で国家警察の「警察戦闘隊」(元々はアメリカによって後押しされた準軍事的な死の分隊)をイラク軍へと変え続けると思われる。そしてそのイラク軍では、それらの反乱対抗作戦に関しアメリカはより大きな支配力を持つだろう。
 イラクにおけるアメリカの軍事的役割が続くことについて、まだ一定の間違った理解があるかもしれないがその場合は、以下のことを参照すべきだろう。即ち先の報告は、「アメリカがイラクから戦闘旅団全てを引き上げた後であっても我々は、イラクにまだ残る我々のかなりの軍事力、クウェート、バーレーン、カタールにおける我々の強力な空軍、陸軍、海軍の配置、同様にアフガニスタンにおける能力の増強という形で、この地域に相当規模の軍事的能力を維持することになるはずだ」(イタリック体で追加記述)と明確に述べているのだ。これらの軍事力は、イラク政権を支え、この国の解体を阻止し、テロリズムと戦い、イラク軍部隊を訓練し、精強にし、支援し、外国勢力の攻撃を抑止するために利用可能となるだろう。つまりそれらは、イラク支配、及び従属的な新植民地のものにまでその主権を制限するために必要と想定されるあらゆる軍事的任務に、利用可能となると思われる。
 イラクにおいて実地検証中のものは、もちろん間違いなく軍事的な性格を帯びている。しかしそれ以上にイラクの冒険は、他の資本主義諸国家に対するアメリカの新たな政治的要求を際立たせている。アメリカは世界の戦略的に決定的な地域において、軍事的、政治的そして経済的秩序を決定する国連にも国際法にも拘束されない権利を要求しているのだ。さらにこの一方的行動の権利と並んでアメリカは、アメリカが支配する多国間機関―世界貿易機構(WTO)、IMF、そして世界銀行―の絶対的命令に他の国家が従うことも要求している。このような計画を成功裏にやり遂げる―世界政府というわけではないが、少なくとも世界の統治と実績の監査―ためには、それをやる者に、信頼性という点で最低限の閾値を要求する。そのような信頼がなければ、他の指導的な諸国が感じるアメリカの要求に従うべきとする圧力は、より小さなものとなるだろう。上に見た閾値の問題は今何よりも、「テロとの戦争」に内包された信頼性を意味する。そしてそれは結局はイラクにおいて深刻に試されている。非常に数多くの評論家が既に語ってきたように、こうしてイラクにおける敗北は、ベトナムにおける敗北よりもはるかに深刻な結果を招くだろう。
 関心の殆どがイラクに注がれているが一方で、アフガニスタンにおける劇的に報告の少ない植民地戦争もまた、悪化しつつある。ハルマンド州でタリバンとの戦闘の多くに従事しているイギリス軍は、殆ど前進できていない。公式の数字によれば、昨年NATO軍部隊は4000人以上の人々を殺害した。そこには1000人以上の市民が含まれている―タリバン支持の中心と疑われた郊外の村や町に軍事的攻撃が向けられている条件の下では、驚くような数字ではない―。NATO軍報道官であるイギリス人准将のリチャード・ヌジーは1月2日に、NATOは「多過ぎる」市民を殺害しているが、それは正確な数はどれほどの多さなのかとの疑問を提起するほどのものだ、と語った。反戦感情から利益を得ている党の指導者にとって有益だと思ったのか、1月12日にヒラリー・ロドハム・クリントンは、アフガニスタンの部隊数には「サージ」が必要(イラクでのそれには反対しつつ)、と示唆した。
 アメリカはアフガニスタンを大部分イギリスに下請けしてきたとはいえ、そこでの失敗は、「テロとの戦争」の失敗におけるもう1つの章となるだろう。
*筆者はIV編集者であると共に、ウェブサイトのマルクスサイト編集者。
注1)ガーディアン紙1月12日付

 

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