危険に満ちた世界の幕開けと革命派の責任
―民衆的抵抗から社会主義的革新へ―

     目次
T新自由主義の四半世紀
U固有の社会を作れない新自由主義
Vかつてない力を持つに至った民衆との衝突―歴史的力関係
W資本主義―迫られる決死的跳躍
X支配層―能力の錐体と資質の劣悪化そして冒険主義
Y歴史的挑戦を内包する民衆の対抗政治
Z 補論―プロレタリアートか市民か

 
T.新自由主義の四半世紀―ブルジョア支配の拒絶へ

社会の貧困化
 
1―1.一九七九年のイギリス・サッチャー政権の登場をもって始まった新自由主義の時代はほぼ四半世紀を経過した。新自由主義が何であったのか、に断を下すには十分な時間であり、民衆はすでに断を下しつつある。この四半世紀の結果について新自由主義は、もはや他の何にも責任を転嫁できない。
1―2.民衆の生活の場にこの資本主義がもたらしたものは何よりも、多くの側面における「社会の貧困化」だった。この事実は世界的に、いわば普遍的に現れ、とりわけ低開発地域では人間の生存そのものの危機へと至っている。グローバリゼーションが謳いあげられる一方で、「南北格差」は急速に拡大し、人間の分断はむしろ深まった。

・社会の成員が普遍的に支えられてきた社会の共有財―物的、精神的文化的―への乱暴な攻撃とそのやせ細り
・失業の全世界化と貧困の極端化
・一方での著しい富裕化
・格差の正当化、結果としての分断された社会
・共有的財の一つである地球環境の急速な劣悪化

 この「社会の貧困化」は、もっとも貧しく、もっとも不利な位置に置かれた人々に集中的な打撃を加えてきた。
1―3.その一方でこの資本主義の下で遂行された投資は、その社会的「効率性」を結局示さなかった。世界的規模での経済成長、あるいは生産の成長は、一九七〇年代初頭の落ち込みを回復できず、低水準のまま推移した。極的成長は残りの部分の極端な低成長をいわば糧とし、全体としては相殺的だった。投資は全社会的にみたとき非生産的に空費された、といってよい。  ・その成長と環境的社会的影響評価双方ともに不確実でいかがわしい巨額の冒険的投資―バイオ、化学、軍事技術、ITの全社会化
  
・短期的周期で繰り返される過剰蓄積と資本破壊(帳簿上の減価)―IT、通信
・物理的に残存する過剰蓄積の生産への負荷―実物生産の停滞と先進諸国での過剰消費
・金融的投機への不可避的傾斜―バブル圧力―投資のための投資
 このような投資の無軌道は、「何よりも投資を優遇すべきだ(したがって利益を保証せよ)」とする新自由主義のサプライサイダーによって後押しされた。しかしこの無軌道は、「ニューテクノロジーだけが未来への唯一の保証だ」との決めつけの下で、また競争の脅威の下で、いっそう加速されようとしている。

生産に忍びよる荒廃

1―4.その上現実の生産は、むしろ深刻な荒廃と脆弱化に向かう兆しをみせている。

・なによりも先ず深刻化する一方の地球環境の悪化は、農業を先頭に一次産業全体に深い傷を負わせている。しかもグローバリゼーションと結びついた先進工業諸国向け食料、原材料生産が十分な配慮もなく大々的に推進された開発途上地域では、生態系、水、土壌に再生の危機にさらすような問題を引き起こしている。
・ニューテクノロジーはこの点で、改善に貢献するどころか、むしろ悪化を後押ししている―BSE、遺伝子改変作物、乾燥地感慨(表流水、地下水減少と塩害)
・産業全体では局所的「効率化」、コストの外部化が叫ばれ、本来産業内部で負担されるべきコストが、社会、環境に放出され、産業の問題処理能力はむしろ後退に向かう。
・上記の一要素として労働の個人化と熟練の使い捨て―随時雇用とアウトソーシングが歯止めなく進められた。中国などへの国際的資本展開にもその要素は色濃い。この動きは、熟練養成コストの放棄、現にある熟練ストックの食いつぶしであり、将来的な生産能力を深刻な危険にさらすだろう。膨大な熟練労働力の移住・流入を当て込んでいるアメリカのみが、この危険を無視できるが、しかしそれは他の地域から本来必要な資源を奪うものである。
・上にみた熟練の放棄の中でもっとも重要な側面は、労働集団の中で成長し、継承され、保持される集団としての自律的熟練の解体である。
 
 この解体が真っ先に引き起こすものは、生産にまつわる諸々の異常探知能力の低下であり、事故や労働災害、そして製品品質の欠陥へと帰結する。規制解体が最先行した部門である交通分野で、すでに世界的に大事故が頻発している。労働現場における自律的連帯とその上に蓄積されている熟練を守らなければならない。
 この集団としての熟練の解体は、最終的に労働生産性の低下へと帰結するだろう。
 
・経済における金融の異常な肥大化は、実物生産への軽視、貨幣という数字のみで現実を判断する、ある種の観念論を強めた。その結果、上にみた生産に埋め込まれようとしている荒廃はほとんど看過される。また、この肥大化自身が金融資本市場のけいれん的性格を強め、かつその性格が生産を暴力的に攪乱する。ラテン・アメリカ―ロシア―アジア―ラテン・アメリカと続くこの連鎖で、当地の生産と民衆の生活は大打撃を受けてきた。
・金融の肥大化は、多国籍資本による生産の全世界的「最適配置」戦略の最重要手段でもある。このようにして全世界の工業生産は、中国、ブラジル、アメリカ・メキシコ国境などを極とする、ある種の集中への動きを高めている。しかしそれ自身は生産の多様性を奪い、むしろ生産総体の脆弱化を内にはらんでいる。「一斉に走る」傾向の強い日本資本には特にその危険は高い。

 上にみた生産の荒廃化と脆弱化は短期的には、多国籍資本、巨大金融資本をなんら傷つけない。彼らは基本的に「渡り鳥」であり、次々と収益の場を変えるだけである。あるいは、荒廃と脆弱さは投機のチャンスですらある。
 彼らの推進する新自由主義のグローバリゼーションは、民衆に苦難をもたらす、この生産に忍び寄る荒廃化と脆弱化をさらに深めている。

希望のための拒絶

1―5.一九九〇年代中葉に生じたヨーロッパ諸政府の社民化は、このような結果に対する最初の異議申し立てだった。しかしこの社民政府は、新自由主義政策を推進する政府だった。政権についた労働者代表は、客観的には民衆の抗議を押さえ込む役割を与えられた。民衆の希望は裏切られ、社会の荒廃は持続した。この政府が民衆から見捨てられることはある意味で必然だった。
1―6.端的にいって、いま世界の民衆は未来への希望を奪われている。パレスチナ民衆の上に悲劇的に、極端な形で襲いかかっているものは、この世界の現実の一環である。新自由主義の四半世紀の結論がここにある。
 新自由主義者はいまなおさら、自由市場で誰もが成功する希望をあおり立てている。しかし、民衆は、一人の「成功者」の陰に圧倒的多数の悲惨が不可避的に伴うことを目撃してきた。新自由主義者の希望とは無数の民衆にとってただ絶望をしか意味しない。日本では年間自殺者数が一九九八年突如五〇%跳ね上がり、その水準は今も続いている。新自由主義の希望がもつ真実の意味がここに隠しようもなく現れている。
 未来とは、まさに青年のための時代である。未来への希望を奪った新自由主義はそれ故、青年にもっとも非和解的に敵対している。こうして新自由主義は客観的には青年という未来の体現者によって前途をふさがれる。それはいままさに全世界的な反グローバリゼーション運動の中での青年の大衆的登場によって明らかなものとなりつつある。
1―7.新自由主義とそのグローバリゼーションの作りだした社会の不条理はますます明らかになろうとしている。それは一体誰のための、何のための社会であるのか、このことが公然と問われ出した。一九七〇年代前半の戦後資本主義の行き詰まり―失業拡大と高インフレーションに対し支配層は、経済安定化と新たな成長を約束してきたが、民衆が受け取ったものは逆のものだった。支配層全体の権威はが揺らぐことは当然だった。先進諸国では普遍的に棄権率が上昇し、政治的上部構造の中軸に位置してきた政治勢力は左右を問わず縮小し、左右の急進派が台頭し始めた。ブルジョア二大政党制という強固な壁に守られてきたアメリカですら、緑派のラルフ・ネーダーの二七〇万票得票という驚天動地の現象が現れた。
1―8.この支配的権威の動揺は、一国レベルにはとどまらず、国連やその他の世界的権力体制にまで貫徹している。運動という形に現れた、より明確な不信の表明は、これらの国際的体制に対してより直裁である。民衆からの隔絶の度合い、密室性と非民主制がこれらに際だつことは誰にも明らかなのだ。民衆はもはや、これらの点を正当だとはみなさない。「もう一つの世界は可能だ」とのスローガンで、世界丸ごとの作りかえが世界の民衆の共通感覚に浮上しつつある。あるいは、現在ある体制以外のシステムはありえないとする支配層の宣伝への民衆的挑戦が始まっている。                                  TOPへ

U.固有の社会を作れない新自由主義

生まれない新しい社会

2―1.みてきたように新自由主義の資本主義は社会に乱暴に手をかけた。社会的なものを含め、あらゆるものを分解し、商品とし、収益の対象とすることは資本主義に内在する本性である。この基本性向を新自由主義はまさに解き放った。新自由主義の原型である新古典派の生まれた一九世紀末とは比べようもなく「発展」した技術的手段と「合理的精神」の下で、この解き放ちはそれだけ激烈な性格を帯びた。
2―2.資本主義とは一般的に、確かに古い社会を解体してきた。しかし同時に資本主義は、その中軸である賃労働関係を中心に、新たに社会を再編し、新しく社会を形作ることでその存立と成長を支えてきた。
 ところが新自由主義の資本主義は、自身にふさわしい、自身と相互に成長しあう、そのような新しい社会を生み出す兆しを何ら発信していない。
2―3.新自由主義の生み出した現実の問題に対抗するために人々は、特に一九九〇年代以降さまざまに新しい結びつきを作り上げてきた。
 NGO、NPOを含め、新しい住民運動、新しい労働組合運動、社会運動が世界各地で民衆の自主的な結合として無数に生まれている。さまざまな色合いを持ちながらも、これらの性格の大枠が新自由主義と敵対的であることは、反グローバリゼーションへの世界的合流、世界社会フォーラムの成長に明瞭に示されている。新自由主義は、これらの新しい人々の結びつきと調和的な関係を何ら作り上げることができずにいる。G8は山奥に、WTOは砂漠の中に逃げ込み、片方でブッシュ政権のような強圧的抑圧路線を登場させた。
2―4.新自由主義が民衆に提示するものはただ「自立自助」である。民衆は極度に個人化した労働を前提とした「柔軟で流動的な労働市場」の中を「自己決定」で泳ぎ回ることを要求されている。社会的なものは限りなく商品化され、したがってそれは市場で調達されるべきものとされる。この上に労働力の対価―民衆の生活の再生産費用―の完全な個人化(たとえば純粋な成果賃金)が加われば、社会の個人への分解は限りなく進むだろう。しかしこのような、社会の個人への分解は不可能である。人間が社会的存在であるとの本質規定は別にしても、たとえば現代の高度な生産が分業を含め集団労働の成果であるという現実を前にすれば、純粋な個人別成果賃金などあまりに非現実的なのだ。おずおずとした富士通の挑戦すら破綻したことは何ら不思議ではない。
 それ故、新自由主義者は新自由主義の帰結にある「社会像」についてはなにも語らない。彼らが語るものはただ「個人」の可能性だけである。
 新自由主義は現実には、ただ一つの例外を除いて、その到達社会をあいまいにしたまま、社会的分解の力学を放置している。

破壊される、社会の持続可能性

2―5.一九九〇年代のアメリカで、唯一の例外、個人化された報酬の追求があった。ここでは民衆の生活を再生産するものはもはや労働力の対価ではなく、金融所得である。賃金部分の切り下げをストックオプションや401Kで埋め合わせる報酬体系が、経営者層ばかりではなく、IT産業や航空産業を中心に一般労働者にまで広げられた。いまではアメリカの家計の五〇%以上が株式を保有していると評価されている。一九八〇年代に顕著となった賃金の下落(高賃金職種の縮小)とその後の低位での持続が、アメリカの内需に必ずしも打撃を与えなかったことの一端はここにある。一九九〇年代のアメリカはこのような形で、新自由主義と個人化された民衆の間に一種の調和が形成されたかにみえた。「ニューエコノミー」の到来とその繁栄が高らかに謳いあげられた。もちろんその陰で、極度に無権利かつ低賃金の労働が大量に不可欠なものとして組み込まれ、新しい反抗が準備され始めていた。その意味では、「ニューエコノミーの社会」はその最初から何らかの持続性も成長性も保証されていなかった、ということは確認しておく必要がある。
2―6.しかし「ニューエコノミーの社会」は自らの内に抱え込んでいた虚妄性によって、その存続を決定的に限界づけられていた。それはよくて壮大な手品、正しくは「詐欺」だった。二〇〇〇年春以降に始まったNY株式市場の変調がその手品の種を尽きさせ始め、昨年暮れ以降の企業会計不正の露見をもってその仕掛けが露呈することになった。
 アメリカのブルジョアジーも、世界のブルジョアジーも、このほころびを取り繕うために全力で策を弄するだろう。しかし「ニューエコノミー」の根源にある空虚さは、いつまでも人為的に蓋のできるものではない。アメリカも近い将来、新自由主義が他の世界にばらまいてきた社会的解体という現実と向き合うしかない。
 こうして新自由主義の資本主義は、世界中で例外なく、自らの社会の不在という存立基盤の空洞をさらけだすことになる。
2―7.「ニューエコノミー」の報酬体系が客観的に意味することは、資本がもはや労働再生産費用を直接には一部しか支払っていない、という事実だ。残りは先に引き延ばされたあげくに、その回収も「不確定」だ。これが金融所得化された部分の客観的意味なのだが、「不確定」の意味が結局「霧散」に帰結することはエンロン従業員の悲劇に示された。
 しかしこの仕掛けによって、すなわち払うべきものを払わずに企業は見かけ上「収益」を水ぶくれさせることができた。この水ぶくれした収益を呼び水に株価が上昇すれば、労働者は手持ちの株式の資産価値上昇の形で、支払われなかった労働力再生産費用分を後日回収できることになる。だが、この仕掛けが回り続けるためには株価が永遠に上昇し続けなければならない。そのためには企業は常に高収益を出し続けなければならない。このあまりに非現実的無理な循環は、企業会計不正という形でその一端が暴露された。しかし九〇年代のアメリカは、それが可能だと信じたのであり、一部は今も信じている。
 その一つの根拠は明らかにテクノロジー信仰だ。テクノロジー革新が必ず商品世界の新たな暴発的拡張をつくり出す、との素朴な思いこみは確かに広く存在している。しかし現実を直視すれば、それは裏切られているといた方が正しい。テクノロジー開発にもより徹底的に適用される「科学的」方法、新技術の活用によって七〇年代以降のテクノロジー開発」技術革新のスピードは驚くほど上昇した。IT商品寿命の呆れるほどの短さがそれを示しているし、医療品などにも同じことが言える。しかしこのことによって産業総体が著しく生産を高めたわけではない。既に触れたように全体としては相殺的でしかない。現在から見れば、技術革新が亀の歩みのようであった七〇年代以前の状況と対比すれば、生産拡大効果の差は歴然としている。テクノロジーそれだけでは何も解決しない。しかし一部の先行的でしかも独占化に成功した資本は、限られた市場の下でも他の資本の犠牲で高収益を確保できた。このような資本の多数がアメリカにあったことが、アメリカの「ニューエコノミー」をそれらしく見せた。しかしテクノロジーだけでは総体的市場が拡張しないという現実の下、とりわけ環境制約が重くのしかかる今後、アメリカハイテク資本の繁栄はいつまで続くだろうか。ナスダック市場の崩壊やITバブルという言葉の流布に、すでに先行きへの不安が兆している。ハイテク投資が主導した九〇年代アメリカの「成長」は、それだけでは最終需要を開発しないというその根源的弱点を今あらわにしている。
 「ニューエコノミー」を支えたもう一つの根拠は、アメリカ一国へと不断に流れ込む世界の余剰資本だった。この資金が一部はアメリカでの旺盛なハイテク投資を支え、前述のテクノロジー期待をさらに煽りつつ、株式市場全体を押し上げた。株式資産は全体として水ぶくれし、それが見かけ上の企業収益をさらに嵩上げし、「企業価値」を高め、さらに株価上昇に導くという循環が生じた。明らかな金融バブルの構造である。IT技術を駆使した、めまぐるしい金融投機が収益の嵩上げをさらに厚くし、上記のバブルをいっそうふくらませた。
 このバブルは、アメリカへの資金流入が、より拡大しつつ続かない限りは維持できない。アメリカ家計の貯蓄率は低下し続け、〇〇年にはマイナスになっていた。アメリカ国内には資本市場を拡大できる余剰資金はもはやなくなっていた。アメリカはその流入力学を全力で支えた。高金利を維持し、場合によっては他国、たとえば日本に低金利を強制し、国内産業を犠牲にしつつドル高政策を堅持し続けた。世界の政治経済の現実もこの流入力学を支えた。ドルは基軸国際通貨であり、しかも最強の軍事・経済大国の通貨であった。価値の安全性という側面ではドルに比肩しうる通貨はない。しかも世界経済総体の停滞基調の下では、アメリカでの資金運用も安全かつ収益性が高かった。このような現実の下で、開発途上国も含め、特に世界の特権的層に集中された資金がアメリカの流入した。この資金流入がアメリカの一人勝ち的「繁栄」を下支えする限り「ニューエコノミー」の循環はさらに持続しうるかのように見える。
 しかしそこには、アメリカの対外収支の巨大な赤字の累積という時限爆弾が埋め込まれている。この赤字はすでに年間四〇〇〇億ドルをも越えようとしている。だがその回収は誰も保証できず、実質は丸まるの不良債権である。その矛盾は当面、アメリカがドルを印刷できる国家だという事実と、世界のブルジョアジーがアメリカに資金を回し続けざるを得ないという全面崩壊の恐怖(ドル暴落は彼らのドル資産の崩壊と世界貿易の混乱、すなわち破局を意味し悪夢のシナリオだ)によって、かろうじて棚上げできるだけだ。そして世界のブルジョアジーは必死でドルを支えようとするだろう。
 しかしその矛盾は、上記のような人為的手だてでは決して除去できない客観的実態である。その事実の重みは徐々に姿を現しはじめる。九七年頃からアメリカの過剰蓄積は歴然としはじめ、利益率の低下が始まった。と同時に中国市場の可能性がにわかに脚光を浴び、中国への大規模な資本移動が顕著となった。世界の余剰資金をアメリカが圧倒的にかき集める構造は明らかに変化した。アメリカにおける収益性、結局はアメリカ資本主義の成長可能性への信頼が国際資本の動きを規定する。そしてそれは誰もが心の中に隠しているドルへの不安を表に引き出さざるを得ない。ドルは他の通貨に対しジリジリと切り下がりはじめ、アメリカへの資金流入は〇二年上半期半減したと報じられている。「ニューエコノミー」を循環させてきた回転が逆転する可能性は現実に姿を垣間見せた。そしてその源は結局アメリカ資本主義そのものにあるのだ。
 アメリカ資本主義は自らの対外収支赤字にほぼ見合う額の輸入商品を、輸出先には債務という空手形を積み上げるだけで毎年毎年消費し尽くしている。その消費に見合って輸出先にアメリカが提供する実態のある商品はない。ドル債権が結局不良債権であるという事実は、現実にはこのような形で日々示されている。
 結局アメリカ資本主義は、膨大な対外赤字という形で世界から、特に開発途上地域からその地域の開発と再生に必要な資源をただ奪い取っているのだ。奪い取られたものは、商品に込められた労働力、原材料、エネルギー、そして清算で消耗する環境である。そればかりでなくアメリカは、開発途上地域の負担で育成された熟練労働、人材までも奪っている。
 こうして「ニューエコノミー」のメカニズムの底に横たわる冷厳な事実が浮かび上がる。それは新自由主義の資本主義のもっとも典型をなし、最強の存在であるアメリカ資本主義が、自国内の労働者に対しても、また世界の民衆に対しても、総体的存続を支える再生産費用の支払いを止めた、という事実である。いわば、現代の世界資本主義はその収奪対象の再生産さえ食いつぶしはじめた。のだ。
 上にみた「ニューエコノミー」メカニズムの客観的帰結は、アメリカ以外ではより赤裸々に目に見え易いものであった。アメリカはその事実を、アメリカだけが持っていた特権的条件の下に一時的に隠すことができただけである。しかし金融的変調は、どのような手品的手だてを講じようとも次々と発生するだろう。そしてそれらを通じてアメリカの見せかけも次第に誰の目にも明らかになっていく。
2―8.新自由主義の資本主義、その下でのグローバリゼーションは、その存続と成長を支える社会的基盤を作り上げるどころか、むしろその解体、食いつぶしに栄養源を得ていた。
 環境、生態系をも包含する社会総体の「持続可能性」が危機にさらされている。開発途上地域を真っ先に襲ったこの危機は、新自由主義の資本主義が生み出す普遍的なものとして、いま人々の前に立ち現れつつある。
 民衆の心の中に漠と広がりはじめた、あらゆる側面での「持続可能性」問題は、よりいっそう明確な形をとり、より強く根源的に体制を問う問題とならざるを得ない。

新自由主義拒否が不可避に

2―9.新自由主義の四半世紀は、この資本主義に固有の、自身を支える社会を作る上での著しい能力の欠如を事実で示すものだった。しかしこの事実の根底には、新自由主義、その基軸である新古典派理論を貫いている基本的現実理解がある。その理解とは、複雑に絡み合い、多元的に展開されている人間諸活動から切り離して、経済活動をそれだけで完結しうる領域として閉鎖的に構築し、純粋な個人的利得行為の体系に編み上げ得るという理解だ。ここにあるものは、あるがままの現実を直視する姿勢ではなく、観念に合わせた現実の解釈である。
 新自由主義は、この観念的姿勢をさらに拡張し、事実上すべての人間活動を利得行為で理解する傾向を発展させた。その意味で新自由主義は、新古典派の急進主義的展開と性格づけることもできる。
2―10.上にみた新自由主義の論理は、現実にはすべてのものを市場の解決にゆだねる「市場原理主義」の徹底化として現れた。「市場原理主義」が高々と持ち上げられ、人間諸活動の広範な分野に市場が拡張された。しかし市場の想定する人間は、経済的、個人的利得のみを唯一の関心事とするバラバラの個人でしかない。ここに「社会」が介在する余地はない。
 一方で新自由主義派のブルジョアジーは自らを経済に、より正確には自己の事業にのみ集中させた。他のすべてはそれぞれの専門家に預けられた。ある意味で徹底的に「合理的」なこの機能主義を隠れ蓑に彼らは、事実上社会から自らを切断した。狭量ともいうべきこの新自由主義者に、多面的な現実の社会に迫る能力はとうてい期待できない。
2―11.新自由主義に内在する論理が現実にそのまま展開することを抑制するものを新自由主義は、その思想の中にも担い手の中にも欠いていた。その意味で新自由主義は、その最初から社会をはじき出していた。
 社会は外部から、新自由主義の否定として持ち込まれる以外はない。新自由主義の資本主義自身、社会からあまりにも絞り上げることによって実はその生命力を弱めている。社会を新たに生み出す能力を欠いた新自由主義は、まさに社会によって反逆される。全世界で立ち上がっている民衆は、その社会の反逆を身をもって体現している。まさしく「世界は売り物ではない」。                           TOPへ


V かつてない力を持つに至った民衆との衝突―歴史的力関係

労働者、民衆への深い依存

3―1.支配層全体へと向けられる民衆的拒絶は、新自由主義がつくり出した深まる矛盾の単なる反射物ではない。そこには民衆による主体的判断という本質的要素が介在している。
 支配層が遂行しているものをより普遍的なレベルで全体としてとらえ、批判し、そして不信へと高める民衆の能力が拒絶をつくり出している。反グローバリゼーションの運動に鮮明に刻印されている、ある種自然発生的な国際主義は、この民衆的能力の高まりをこの上なく示している。
3―2.その点で現代世界が、民衆総体の力が歴史上かつてないほどに蓄積された時代であることを再認識しなければならない。権威への従順と受動的依存は、基本的に過去のものとなった。個人の自由(実は利得獲得)の無制約的解放をうたいあげる新自由主義ですら、この歴史的現実を歪曲してではあっても反映している。
3―3.それゆえ、現代世界は、そのシステムの機能全般を深く労働者、民衆に依存している。いくつかを例示すれば、
・日常的生産、生産技術
・生産性の創造的向上―QC運動の客観的意味
・社会的諸機能の日常的維持と保守管理
などにおける労働者・民衆の役割は、誰もが否定できない重みを持っている。現代では軍事ですらそういえる。ハイテク化された軍隊は、膨大な数の労働者による技術的支援なしには動けない。今回持ち出された「有事法制」が総動員の論理を持たざるを得ない根拠がここにある。
 また、現代資本主義が特に先進工業諸国では、GDPの六〜七割の民衆的消費なしには失速することも明白な事実である。
3―4.ここにみる依存の本質はしかし、提供される労働力の量であるとか、消費の量だとかの量的依存ではない。本質は任務を主体的に遂行しうる能力であり、しかもそれを集団的作業のなかで自主管理的に内的調整を計りつつ進める、集団の能力、自治能力である。
3―5.個人が微細に断片化された作業のみを行い、それらのつなぎをすべて資本が指揮するというシステムを仮に想定すれば、それがたちどころに破綻するであろうことは明白だ。何よりもそのような指揮能力を資本自身が持っていない。テイラーシステムの行き詰まりを打破する試みとして、ボルボの労働集団再評価の試みが脚光を浴びたことには根拠があったのだ。新自由主義者の一部には、資本の指揮をコンピュータに代行させることで上述した仮の想定を実現しようとの夢想がある。しかしそれは現実にあまりに無知な夢想であり、とうてい実現の見込みはない。
 高度に発展した分業に基礎をおく現代の生産と、そこに結合された複雑な社会諸機能をもつ現代社会のシステムは、労働者、民衆のもつ集団としての高度な自己管理能力なしには一瞬たりとも動かない。それは端的に、ゼネラルストライキによる社会の停止として明らかにされるだろう。資本はスト破りを雇うことはできる。しかしバラバラな個人としてのスト破りは、結局非効率で混乱した「成果」をもって、労働者、民衆の集団的能力を逆説的に証明するだろう。それゆえ資本が実際に雇うことのできるスト破りは、労働者間の対立を利用した別の労働者集団なのであり、個人ではない。システムは結局のところ、集団としての労働者、民衆を必要としている。
3―6.上述の集団的自己管理能力とは、いわば自ら進んで協同する能力であり、その基礎には、労働者民衆の能動性とその内部での同権的民主主義、および知的水準の飛躍的上昇が不可欠なものとしてある。しかしこれらのものはどこにでも、いつでも自然にあるものではない。

歴史がつくり出した民衆の力

3―7.労働者民衆はこの能力を、歴史的な積み上げのなかで、いわば歴史に訓練されてまさに獲得した。
3―8.その歴史的要因は第一に、資本主義生産様式のもっていた歴史における進歩性である。資本主義は地方的に孤立していた農民を労働者階級に変え、自らの生産の必要に従って労働の規律を強制し訓練した。その規律はまさに集団的労働のゆえに不可欠なものだった。同時に以前の時代よりも急速に高度化する生産は、労働者への知的訓練をもブルジョアジーに強制した。総じて資本主義の文明化作用と呼ばれるこれらの過程を通じ、労働者は自ら協同する階級へと成長する養分を提供された。
3―9.第二に、労働者階級は絶えることなく自らの運動をつくり出し、ブルジョア社会への対抗社会として独自の自治空間を作りだし発展させた。資本主義は、その基軸である搾取関係のゆえに、このような労働者の反抗を否応なくともなわざるをえなかった。二〇〇年を越えるプロレタリア運動はいまや世界の普遍的現実である。
 この二〇〇年を越える年月はまた、プロレタリア運動自身の拡大、伝播、深化にとどまらず、そこで創造、蓄積された自治―思想、精神、組織、運動方法など―が、他の階級、階層の運動にまで波及、浸透する年月でもあった。当事者が自覚的であるか否かは別として、現代における多様な運動は、多かれ少なかれ、プロレタリアート運動が培ったものをひな形とし、あるいは参照点として豊かにされた。プロレタリアートからの独自性を自らの立脚点として強調する「グリーン」の運動が最も強力に展開されている地域が、プロレタリア運動の最も長く厚い伝統をもつ地域と重なっていることは偶然ではない。
3―10.二〇世紀、もう一つの強力な運動が発展した。植民地解放運動である。この運動もまたプロレタリア運動から刺激を受け、その蓄積を活用した。 植民地解放運動が当該地域民衆の意識覚醒を進め、民衆総体の力を決定的に高めたことはあまりに明らかだ。全世界の圧倒的多数を占める旧植民地地域の民衆を、いまやどのような帝国主義者も意のままに扱うことなど決してできない。その点で、たとえば石原に代表される日本の復古主義者は、現実に目を閉じているにすぎず、その前途には転落が待ち受けているだけである。
 資本主義にとって歴史的条件は、古典的帝国主義の時代とは画然と変化した。
3―11.労働者民衆はこうして、特に自らの運動を通して、内部の相互関係を模索し、試行錯誤しつつ民主主義と内部的規律を結合し、自主的能動性と自治的問題処理能力を鍛えた。総体としての自己管理能力は、まさに自身の運動のなかで最も実のあるものに高められた。
 資本主義も結局は、この能力に依拠する限りで自身を成長させた。資本主義と労働者民衆の総体的能力の上述した相互関係は、戦後資本主義の成長のなかに典型的に示されている。レギュラシオン派はこの相互関係をフォーディズムという規定の下に具体的に掘り下げた。
3―12.一方、一九一七年十月革命は、全世界でブルジョア支配総体が挑戦にさらされるという特殊な歴史的情勢をつくり出した。旧体制の権威の不動性は破壊された。この局面でブルジョアジーは、自身の体制の優越性を事実上「民主主義」ただ一つに絞り込み、全世界に売り込むことを強制された。国際共産主義運動におけるスターリン体制の成立は、この戦術の有効性を格段に高めた。こうして特に戦後、「民主主義」は全世界で体制公認の最高価値となった。
 しかしこれは同時に、体制、旧支配層の手を縛るものでもあり、また民衆のより深い民主主義への希求を後押しするものでもあった。現実に民衆は、特に六十年代末以降、民主主義をより広範により深く実質化すべく大胆に歩を進めた。代表との交渉という制度化された民主主義の枠をはみ出る、より自主管理的、より直接民主主義的な挑戦は、全世界で不可逆的に進行した。
 
民衆無視の新自由主義は転落する
 
3―13.こうして現代世界は客観的に、民衆の同意、民衆の能動的で積極的な関与なしには機能しないものとなった。これが現代を規定する客観的な現実、歴史的力関係である。
 それゆえ、資本主義にもし歴史的可能性がまだあるとするならば、それはこの客観的な現実に自身が適応できるか否かにかかっている。
3―14.ところがソ連崩壊によって、ブルジョアジーには、時代は変化したと映った。十月革命の呪縛は消え去り、民主主義の位置は相対化した。資本主義こそが至上のものとなった。
 民主主義には明らかにブレーキがかけられ始めた。特に平等や権利に対する敵意が目立って高まり、民主主義の制度への閉じこめに向けて圧力が加えられている。九・一一後の欧米諸政府の対応は、彼らの変化を如実に示している。そして欧米における「極右」の台頭にも、ブルジョアジーのこの転換を鋭敏に嗅ぎ取ったという性格が多分にあると思われる。
3―15.同時に「資本の自由」を至高のものとする新自由主義にもまた、民主主義への敵意が内包されていた。実際、新自由主義の下で、資本の自由に介入する民衆的権利に攻撃の矛先が向けられた。サッチャーやレーガンが最初に手をつけたものは炭坑ストや航空管制官ストへの暴力的弾圧だった。
 とりわけ戦後資本主義の底に隠されていた、資本の自由と民主主義の対立的関係は、新自由主義によってあらためて表に引き出された。
3―16.その上に新自由主義は、その論理のなかに民衆による自治的介入を想定していない。すべては市場を通すだけで自動的に作動するのであり、民衆は投資家あるいは消費者として個人的に関与する役割を与えられているだけである。
 社会を、生産を能動的に集団として管理する民衆の能力、その決定的役割を、新自由主義は本質的に拒絶している。このような新自由主義の資本主義観を、あえて大胆にいうとすれば、「資本だけで進む資本主義」である。それと対比したとき、ケインズ派の資本主義は、「労働者と共に歩む資本主義」となろう。
3―17.したがって七〇年代以降に始まった資本主義の新自由主義的転換は、民衆の力の飛躍的上昇という歴史的現実を無視し、それに逆行するものであった。民衆の力を根底において必要としないその論理は新自由主義にとって、現代にあってはスターリニズムの場合と同様、最終的なつまずきの石となる。
3―18.現代世界の未来は、民衆の集団的自己管理能力の豊かさを生かしうるか否かに本質的にかかっている。それは民主主義の抑圧とは決して両立できないのであり、その意味で民主主義は未来への基軸の位置を占める。
 資本主義、民衆の要求する「もう一つの世界」、そして社会主義は、具体的にかつ根源的に民主主義をめぐって闘争することになる。              TOPへ


W 資本主義―迫られる決死的跳躍

ケインズへの決死的賭け

4―1.戦後資本主義(後期資本主義)は、一九七〇年代前半、歴史的限界に直面した。
・戦後の拡張を支えてきた「有効需要」政策を中心とする経済諸政策はほとんど効果をもたらさず、日本を除く先進工業諸国は生産の停滞、失業の急増そして高いインフレーションにも見舞われた(スタグフレーション)。労働者はストライキで応え、各国のストライキ損失日数は、一九九〇年代の数倍から一〇倍以上を記録している。客観的には抜本的転換が要求されていた。
 日本はこの時期から八〇年代前半までどしゃ降り輸出をもって客観的危機を一国的に先延ばしはしたが、それはただ世界の混乱を拡大しただけだった。
 一方、開発途上国は、段階的発展戦略のもとで国際的援助を受け経済建設に乗り出していた。しかしほとんどの諸国は、世界的帝国主義構造の強要する交易関係のもとで、自立的な内包的発展への展開を阻害された。資本は国内に蓄積されず、むしろ流出の傾向を高めた。六〇年代末から七〇年代にかけこれらの諸国は、資源カルテルで対抗しようとしたものの一時的効果以上のものは獲得できなかった。世界経済総体の停滞は、これら諸国に特に重くのしかかった。
 先進工業諸国からの開発投資は、帝国主義にとり戦略的に重要な、かつ強力な反共独裁体制をもつ一部の諸国いっそう集中されるようになった。これらの諸国は確かに工業化に成功したとはいえ、輸出に特化し、国内市場との有機性の弱い性格は否めない。
 いずれにしろ、このような開発「成功例」をもってしても、これら開発途上国には、世界資本主義の停滞を打開する力は与えられていなかった。八〇年代後半から九〇年代中葉にかけ、ラテンアメリカ、次いでアジアが新興市場国としてもてはやされた。世界経済成長の起爆地域と見なされた。しかしそこは結局のところ、多国籍金融資本の食い物にされた地域となっている。
 ・戦後の有効需要政策を資金的に最終的に一手に支えたものは、アメリカのドル資金であった。しかし七〇年前後、このアメリカの余剰資金は完全に枯渇した。この枯渇に、ベトナム民衆の英雄的で不屈の闘争が拍車をかけていたことはいうまでもない。ドル・金兌換制は廃止され、為替レートは錨のない完全変動相場制になった。各国の金融政策一国的自由度は著しく制約されることになった。
 ・一国的な壁に守られていた各国ケインズ枠組みの機能は、最終的に崩壊した。各国の国民経済は七〇年代中葉以降、世界資本主義の停滞という相対的条件の下でより激烈化する国際競争の圧力に、さらに通貨への投機をも伴って直接揺さぶられることになった。
4―2.ところで、戦後資本主義を大枠的に性格づけたケインズ路線の性格とはどういうものだったのか。結論的にいうならばそれは、政治が主導する、階級闘争対応―階級闘争の非政治化―の路線だった。その意味でこの路線には、前述した歴史的力関係への適応(3―13.16)という性格が明確にあり、その限りで一定の成功のチャンスが与えられていた。
4―3.それゆえ資本主義のケインズ的転換とは、古典的帝国主義からのある種必然的な理論的、合法則的進展などでは決してない。その二つの間にはむしろ断絶がある。その意味でこのケインズ的転換とは、ブルジョアジーがいわば民衆に強制されて決断した苦痛に満ちた譲歩、決死の跳躍というべきである。新古典派とケインズ派は三〇年代、路線の当否をめぐって激しく論争した。ハイエク―ケインズ論争として知られるこの論争のなかでハイエクは、ケインズの路線は資本主義を長期的には衰弱させると、ある意味で「正しく」批判した。これに対してケインズは、生きるか死ぬかのときに、遠い先のことなど知ったことかと切り捨てたのだった。ケインズ路線の本質的性格は、このケインズの回答に明瞭に示されている。そしてブルジョアジー総体は、このケインズをまさに政治的に選択したのだ。
 それゆえケインズ的転換は、単に経済政策変更にとどまらず、労働者民衆との関係の作りかえとして社会全般の刷新に及ばざるを得なかった。このようなことが整合的に、淡々と進むことなどありえない。事実として、ケインズ的枠組みの全世界的確立は、第二次世界大戦という未曾有の惨禍、旧社会の暴力的破壊を背景としてはじめて現実のものとなった。
4―4.すでに触れたようにケインズ的転換は、資本主義が客観的に足をおいていた歴史的条件の発展に適合していた。それゆえこの資本主義の革新は、いくつかの幸運な条件を追い風に、資本主義の救出に成功した。資本主義は戦後新たな生命力を得た。
 しかしすでにみたように七〇年代初頭、その生命力は明白な衰弱を明らかにした。世界的成長率はまさに激減した。この時期以降資本主義は客観的に、どれほど可能であるかは別にして、体制の新たな抜本的刷新を迫られることになった。
4―5.戦後資本主義の直面した上記の問題を最も早く、七〇年代初頭に先立って提起した論者は同志エルネスト・マンデルだった(『後期資本主義』)。彼の主張は一般に「長期循環論」として知られている。しかし彼の主張の主意は「長期循環」という形式にはない。その核心は、資本主義が、その内部構成から外見まで一新する、昆虫の見せる「変態」のような抜本的刷新を介してしか発展の可能性はない(歴史的にそのように発展・展開してきた)、というところにある。その意味でこの刷新はブルジョアジーにとって常に決死の選択であり、あらかじめ予定され成功の保証された合法則的、機械的移行などではない。
 したがってマンデルは、社会的激変をめぐって全民衆が対峙せざるを得ないこの局面こそ、労働者階級が歴史の転換を賭けて介入すべき時だと、主張する。七〇年代初頭に幕を開けた時代をマンデルはそのように性格付け、そこでの主戦場を「再生産領域」、すなわち投資の戦略的方向付けとその民衆的統制に定め、第四インターナショナルの闘いを鼓舞し続けた。
4―6.八〇年代以降脚光を浴びたレギュラシオン派も、表現は違うものの蓄積様式の転換との定式で、資本主義の刷新を主張した。彼らの場合、民衆力量の歴史的上昇を明確に視野に入れ、そこへの資本主義のより深い適応を追求する性格が色濃い。その意味でレギュラシオン派の刷新には、ある種の合法則性がそれゆえ、よく問題を熟知した賢明な指導の下での整合的移行の可能性が想定されていると思われる。このような評価の一端は、レギュラシオン派が事実上の理論的背骨となっているフランス「緑の党」の行動によって示されている。
 みてきたように資本主義に迫られている問題を明示的に主張する潮流は少数である。しかし七〇年代初頭以降の資本主義が新しい活力を結局得なかったことは、これまで述べてきたように明らかだ。この冷徹な事実が問題の真の意味を否応なく明らかにしていくだろう。

新たな選択―労働者の受動性が頼り

4―7.一方七〇年代初頭、生きた生身のブルジョアジーが現実に直面していたものは利潤率の大幅な低下だった。たとえば五〇年代前半以降の日本での総資本営業利益率の推移をみると、六〇年代末以降顕著な低下がはじまっていた。この低下はその後も一時をのぞき回復せず、七〇年代以前の半分に低下し、いまに至るまで低下し続けている(大蔵省・法人企業統計)。
 経済理論がどうであれ、生身の諸資本にとっては、この事実こそが最も切実で絶対的に解決されるべき問題であった。
4―8.この資本の切望に応えたものこそ新自由主義だった。サプライサイダー(供給派、すなわち資本側)と呼ばれたこれらの論者のメッセージは明快だった。「収益を保証せよ」、これである。生産の停滞を打破する決定打を投資に求める新自由主義派にとって、そのために「収益の保護」は不可欠の一体的条件であった。この観点からは、利潤に制限を加え、資本活動の手を縛るものはすべて「悪」とされる。
4―9.労働者を中心とする民衆の抵抗、それゆえの政治的壁は当然にも予測できた。しかし支配層主流は、一定の躊躇と動揺を残しつつ結局新自由主義を選択した。七〇年代から八〇年代初頭にかけた激しい「供給派―需要派」論争、イギリス保守党に鮮明となった分裂的状況とサッチャーによる制圧に、この間の支配層内の軋轢が示されている。
 経済理論家の大多数は、この新自由主義的転換を経済理論の進歩に根ざした必然的なものだと、いわば単線的「進歩史観」的に解釈している。日本で反主流の論客とされる金子勝氏にしてもそのような傾向は強い。
 しかしすでにみたように、新自由主義(新古典派) とケインズ派との論争の基本には何も新しいものはない。三〇年代と七〇年代初頭で変わったものは、支配層が身に迫って受け取っていた脅威の違いなのだ。何をさておいても解決が必要だと彼らが認識した課題に合う路線、理論が選択された。これが真実である。
4―10.逆にいえば、当時の支配層にとって労働者の予想される抵抗は必ずしも脅威とは受け取られなかった、ということになる。この認識がまさに支配層の新自由主義路線の選択という決断を後押しした。
 そして確かに、当時の労働者民衆のなかには、支配層の上記の判断を根拠づけるいくつかの否定的状況が明らかに成長していた。
 ・確かに先進工業諸国内の労働者階級の多数は、全般的に深く体制内化されつつあった。ケインズ枠組みの下での労働条件の改善は着実に安定的に進んできた。このなかで資本主義そのものとの対決が後景に退き、改良への待機的意識が全般化した。
 ・同時に、政治的民主主義の定着、前進と「一国的平和」の持続もまた明白であり、民衆的反抗の性格をより限定的なものにとどめていた。
 ・さらに戦後帝国主義は、旧植民地地域に政治的独立を与え、直接的支配を経済的従属に変えた。この結果「植民地問題」は表面上、旧植民地地域の国内問題となった。この体制の対応もまた、労働者民衆多数の目から、帝国主義の問題を隠す重要な要因となった。
 ・一方、ソ連をはじめとする労働者国家の民主主義抑圧は、広く知れ渡りつつあった。五六年の東ドイツから六八年のプラハの春に至る一連の経過は、とくにヨーロッパの労働者、青年のなかに、「社会主義」体制への嫌悪感を育てた。それはひるがえって、当時の資本主義体制への受動的受容の、もう一つの根拠となった。
 ・体制への統合は、労働者運動指導部の場合はとりわけ顕著であった。それはブルジョアジーにとっても疑う余地のないものだった。それゆえ、この指導部の下での闘争が中途半端で優柔不断なものとなることは十分予測可能なものだった。新たな指導部が形成されるまで、労働者民衆が混乱することもまた、ブルジョアジーは当てにできた。ブルジョアジーは、この混乱が労働者民衆の運動そのものへの不信とそこからの個人的退却にまで進むことを期待していた、と考えてよい。
4―11.こうして支配層の新自由主義的転換の決断は、いわば労働者民衆の不意をつくものであった。七〇年代初頭からはじまった経済的・社会的混乱は人々に、改良を生み出す基盤そのものへの脅威と映るものでもあった。それゆえに、「経済の安定―インフレ阻止」を全面に掲げたサッチャーは、労働者内部にも一定の期待を広げた。
 そしてその限りで新自由主義の攻勢は、資本の収益の障害物を一定程度破壊できた。利潤率の低下をくい止め、一定の回復には成功した。
 しかしその攻勢は基本的に、体制内化した労働者指導部の民衆的抵抗阻止能力に依存したものだった。体制はこの指導部もろとも、労働者民衆の対抗的自治空間、闘争の枠組みを破壊し、民衆の社会的介入能力を奪い、自身で直接民衆を掌握する地点まではとうてい踏み込めなかった。資本は依然として労働者と交渉しなければならなかった。
 大きな傷を負ったとはいえ、労働者は闘争能力、組織能力を保持し続けた。その上にさらに、ヨーロッパ、ラテンアメリカを中心に、指導部の刷新、運動の刷新に取りかかりはじめた。この刷新は、アメリカにおいてすらはじまっている。
 それゆえ、資本の取り戻すことのできたものには限界があった。利潤率は一時の回復の後、八〇年代末以降ヨーロッパでは明確に、顕著な低下に入った。日本の状況はすでに触れたように長期低落である。アメリカのみがとくに九〇年代、他国資本の犠牲の下で安定した高利潤率(しかし七〇年代以前以下の)を実現した。しかしそのアメリカ資本の「宴」も終わったことはすでにみた。                    TOPへ                                       

X 支配層―能力の衰弱と資質の劣悪化そして冒険主義

5―1.支配層にみられる資質のいかがわしさはいまや世界的普遍性を見せている。ブッシュ政権に対する世界の視線にそれは象徴的に示されている。ヨーロッパにおける反米感情は、支配層をも貫いて今や歴史上かつてない程のものとなった。
 伝統的支配層全体をおおうこのような「威信」の低下はしかし、一時的なものでも、偶然的なものでもない。そこには歴史的で不可抗力的な根拠がある。
5―2.何よりもまず民衆と支配層の間の力関係は歴史的に深く変化していた(3章)。伝統的支配層の民衆への無条件的優位性は既に大きく損なわれている。
 その上で体制の労働者、民衆への質的依存の進展は、不可逆的に伝統的支配層の直接的民衆掌握力を腐蝕せざるを得ない。ますます高度化し、複雑化する生産と社会システムは同時に、支配層の状況掌握のために彼らの意志を民衆に強制するために特別な、専門的中間代理人を不可欠のものとした。しかさいこの中間代理人の客観的役割は、体制の民衆的自治への依存が深まるに応じて、鞭を振るう「監督者」から「民衆との交渉人」へとその比重を変える。現代の企業職制の資質では、どのような形であれ配下の労働者から同意を得る能力が不可欠なものとなっている。
 こうして支配のメカニズムは中間代理人の民衆との関係に大きく依存するものとなるがそれはまた、伝統的支配層を生きた現実から隔離することを意味する。階級社会に基礎をおく支配においては、支配層のこの民衆からの隔離は、支配層の民衆掌握能力を、時と共に確実に掘り崩す。
 歴史における社民党政府形態の登場は、労働者代表に委任された民衆支配として、上にみた一連の歴史的過程を象徴しているといえる。
5―3.現代世界の実質的支配者である大ブルジョアジーは特に、生きた民衆とのつながりを極度に欠いた存在になっている。超独占企業となった彼らの企業は、その内部に分厚い官僚制を埋め込み直接支配下の労働者との間に高い障壁を築いた。一方外部では、各操業地と遠く離れた本社という形で、地域社会から企業権力上層を切断した。企業活動の中で、自身の工場の中で、あるいは地域社会の中で何が起きているのか、その実際のところを彼らはほとんど知らない。昨今の企業不祥事はその現実を赤裸々に暴露した。大ブルジョアジーは、生きた現実への責任を、抽象的な観念としてではなく、自身の感覚としてつかみ取ることをもはやできない。
 ブルジョアジーが地域社会の一員であることを前提としたアダム・スミスの世界はもはやない。資本の独裁を原理とする企業運営は、歴史的条件に明確に反するものとなっている。
5―4.資本主義的グローバリゼーションは、上にみた問題をさらに深刻なものとした。資本主義的グローバリゼーションの主役は明らかに多国籍大独占資本である。そしてこの大独占資本の行動はいまや、「無国籍的浮き草」と化し、民衆的世界から決定的に切断された中枢からの指揮の下で展開されている。中枢と民衆の間にはいかなる直接的交流もない。
 コンピュータを介して数字を目まぐるしく動かしている国際金融資本においてそれは極端なものとなる。彼らは民衆についてのどのような具体的像を持つこともなく、民衆の生活を激変させる決定をいとも無造作に繰り返している。竹中の能天気はその卑小な実例である。
5―5.こうして大独占ブルジョアジーと地域社会の関係は、一般的にきわめて弱いものとなる。大独占ブルジョアジーの地域社会の統合と民衆の支配はそれゆえ地域に残る共同体的秩序に根付いた伝統的権威を代理とする間接的なものとならざるを得ない。このような代理は多くの場合、地域に土着する地場資本や地主などの地方有力者また宗教的権威によって果たされてきた。多国籍大独占資本の安定性は、本質的にますます地域支配関係の安定性次第となる。
5―6.日本の大独占資本の場合は特に、上にみた伝統的権威への依存が顕著である。労働者の企業への徹底的囲い込み―企業主義と非政治化―により労働者の資本からの独立を阻止しようとした大独占資本は、そのことによって自ら地域社会への扉を閉ざしたといってよい。企業社会は地域と断絶的に形成された。そこから地域にのりだそうとする労働者は、明確に反資本の意識的活動家であった。反公害運動や住民運動の中でその関係は鮮やかに示された。それゆえ大独占資本の政治的影響力は、政治的権力頂点に限られるのであり、草の根の民衆にはほとんど手が届かない。この間隙を埋めるためにも復古的な地域ボスの政治勢力に依存するしかなかった。それゆえ近代化された大独占ブルジョアジー独自の政治勢力の結晶化は著しく困難なものとなった。
 日本の大独占ブルジョアジーが歴史的に作り上げてきた上記の政治的特徴は、グローバリゼーション下の国際的展開において今、重大な矛盾を作りだしている。
 第一に、大資本の多国籍的展開と、新自由主義の規制解体の下で、大独占ブルジョアジーの草の根支配を支えてきた地域の代理人が大打撃を受けることになった。現実にも土着的な地場資本や自営商工業者は地域社会の結び目でもあったのだが、新自由主義のグローバリゼーションはこの層を直撃している。こうして地域支配さらに地域社会そのものにも大穴が開こうとしているのであり、実際にも自民党の集票基盤は激しく揺さぶられている。
 第二に、大資本が依拠した地域的代理人には、天皇制と結びついた復古的色彩が拭いがたくこびりついていた。大資本が国内活動にもっぱら留まっている限りこのことはさして問題とはならなかった。こうして大独占ブルジョアジーは、天皇制のへその緒を引きずったまま、戦争責任に口をぬぐう共犯者となってきた。彼らなりの独自的政治勢力形成への努力もこの点では何の新しさもない。同盟系列や松下政経塾が体現する天皇制崇拝には度し難いものがある。そして大資本の期待する民主党の集票基盤の過半は結局のところ、自民党から離脱した、復古的草の根保守でしかない。つまり、国内的関係において大独占ブルジョアジーは、天皇制と手を切ることにたじろいでいるのであり、それはロシア革命以前のロシアブルジョアジーに酷似してさえいる。しかしいま日本の大独占資本は大々的に多国籍展開に、特にアジアへの展開に邁進している。天皇制に距離を取り、戦争責任に明快な姿勢を示さないとするならば、まして戦争擁護に同調するならば、日本資本のアジアでの活動は、アジア民衆からとりわけ根底的な不信と敵意に囲まれざるを得ないだろう。アジアで操業する日本資本の工場からは、技術訓練を終了した技術者が短時日で退職するという事例がいくつも報告されている。日本資本への民衆的不信には根深いものがある、というべきである。民衆世界と多国籍資本の断絶には日本資本の場合、とくにアジアにおいて特殊に具体的で深刻な要因が付け加わっている。
 しかし日本の支配者層全体はこの現実をほとんど認識していない。アメリカの世界的覇権を不動のものと前提することで維持されてきたこの彼らの「一国主義」は、袋小路にはいることになる。
5―7.資本主義的グローバリゼーションを推進する多国籍超大独占資本の支配機能は、本質的に極めて脆弱な矛盾に満ちた基盤の上に築かれている。彼らの依拠する反動的で守旧的な代理人は、資本活動の「合理性」と本来的に敵対的であり、その限りで資本の「効率性」を阻害する。しかし資本の「合理主義」を理解する「開明的」な地元勢力はあまりにも薄くかつ地域から孤立している。そして決定的に、資本に大量に包摂された労働者は必然的に自己の独自の要求を発展させ、独立的に闘争をつくり出す。このような客観的な矛盾展開力学のもとで、大独占資本は結局、地元の反動的代理人の伝統的でかつ暴力的な民衆抑圧機能から身を離すことができない。それゆえまた腐敗や縁故主義などの「非効率」性にも目をつぶらざるをえない。ラテンアメリカ、アジア、中近東、アフリカを貫いてこのような支配の矛盾した性格が普遍的に広がっている。ロシア革命展開の力学前もって解き明かしたトロツキーの「永続革命の論理」が、いわば全世界的に表面化しているのだ。
 しかもこのような支配のあり方は、現代では民衆が歴史を通じて獲得してきた民主主義の基準からとうてい容認できないものとなっている。端的に「ダブルスタンダード」なのだ。しかし多国籍資本にとって、フィリッピンやインドネシアの現在が示すように、「ダブルスタンダード」から逃れる道はとうてい不可能なままである。
 一方においてグローバリゼーションは、途上地域の一次産業に支えられた旧来的共同体社会を激しく解体している。大都市を取り囲むスラムの膨張に鮮明に示されたこの過程は同時に、多国籍資本の依拠する伝統的秩序を揺さぶり、弱体化させるものでもあった。この中で伝統的権威の一部は、宗教や民族主義、あるいは部族主義の形で多国籍資本支配に明確に反旗を翻し始めた。
 しかしグローバライゼーションその一方で、都市プチブル層に一定のチャンスを提供した。多国籍資本との取引や、多国籍資本の雇用する労働者の購買力は確実に彼らの事業に利益をもたらしている。ここには、多国籍資本本国におけるプチブル解体圧力とは逆の作用が働いている。
 こうして途上地域の土着的支配勢力内部には鋭い分裂が潜在的に発展し、勢力関係の再編を内にはらんだ動揺的状況が発展することになる。支配層内部におけるこの動揺的状況は、たとえばアジアでは、その社会内部に一次産業的共同体の要素を持たないシンガポールを除き、一円に共通している。そしてこの動揺的状況は、途上地域の権力形態を不断にボナパルチズムへと収れんさせるだろう。
 ここにみた多国籍資本支配の脆弱で不安定な構造は、多国籍資本と民衆との間に、独自の強力な直接的な関係、利益の均衡関係が全般的社会システムとして築かれない限りは決して克服されない。多国籍資本とその国際体制はそれ以外には、民衆の総体的無力化という絶望的でリスクの大きい道に向かって歩を進める以外にない。ブッシュ政権の進めるアメリカの、とりわけ途上地域に向けた対外政策には、早くもこの色彩がちらついている。
5―8.しかもすでにみたように新自由主義は、社会に取り組む資質を極度に欠いたものだった(2章)。それゆえ現実に新自由主義の四半世紀、特に90年代以降の新自由主義のグローバライゼーションは、世界各国の支配関係を、先進工業地域、途上地域の別なく弱体化させ、た。この資本主義のもった激烈な社会的解体作用が体制の草の根的支え手をも襲うものだった以上、それは必然的であった。いまやこの体制の積極的な担い手は、社会のごく薄い上昇志向に駆られた野心家以外いないといってよい。
5―9.ところがこの新しい支え手は、恐ろしい程の社会的狭量を特徴としていた(2章)。先に挙げた竹中(同類のマスメディアの寵児も)はこの点でも一つの典型だ。そしてこの特質は支配層全体をもおおうものとなった。新自由主義の四半世紀は事実として、新自由主義に内在する特質―社会、民衆への無関心、それゆえの無責任―が、支配層個々に制約なく移植され、成長する時代となった。新自由主義のイデオロギーはそれをまさに正当化した。そして数年前までの労働者、民衆の混乱と抵抗の弱さがそれを可能とした。この抵抗の弱さと、ソ連崩壊を頂点とする「社会主義イデオロギー」の崩壊は密接に結びついている。人は大義なしには闘えない。そして労働者、民衆の抵抗を支える大義の再建は、未だ萌芽の状態である。
5―10.しかし新自由主義者に刷り込まれた上にみた特質は、本質においては、民衆掌握・統合の自らからの放棄を意味する。(それゆえまさに第二章で確認した社会を新たに再組織する能力の欠落、あるいはその意欲そのものの欠落が露わとなる。)彼らはただ、民衆が無力であると、あるいは民衆の抵抗を、市場を理解できない不合理な精神すなわち「野蛮」のゆえだと、観念的に決め込んでいる。
5―11.結果として、現実が否応なく迫る民衆統合、支配は、そのための専門家―政治家、行政官僚、弾圧機構テクノクラートなど―に委任された。新自由主義者にとっては、このような機能分担はまさに「合理的」だった。アメリカ連邦準備委員会議長グリーンスパンを神格化し、その手腕をひたすら当てにするアメリカの新自由主義ブルジョアジーは、その「合理性」を典型的に発揮している。
5―12.しかし、統治の専門家に処理を迫る現実の問題は、新自由主義の基本的枠組みから発生していた。二、三章で触れたように新自由主義は歴史的課題にまさに逆行していた。この基本的関係の下では、いかに技術的専門家といえども、彼らは立ち往生する以外にない。全世界で普遍的に、時の経過と共に政治の機能不全の度合いが深まった。可能かつ現実的であるか否かは別として、総体的路線転換がなされない限り、客観的に残されているものは基本的に抑圧政治だけである。
5―13.こうして統治の専門家と新自由主義ブルジョアジーとの間には、潜在的に緊張が高まる。この暗闘は、後述する国際的権力関係の再編をめぐってさらに深刻化する可能性が高い。統治の専門家にも、国家権力を基盤とする彼らなりの固有の特殊利害があるのだ。それゆえ統治の専門家は、国家権力の安定と強化をなによりも追求するだろう。
5―14.上記の緊張を背景に今、新自由主義ブルジョアジーの政治への直接動員が試みられている。「大企業役員政府」と揶揄されるブッシュ政権を先頭にイタリアのベルルスコーニ政権、フランスの新保守政権などが続く。制度上閣僚への登用はないものの、小泉政権も政府審議会には現役の大企業経営者を大量に招き入れた。ここにおいては国家官僚機構と民衆の対立が意識的に煽り立てられている。
 しかしこの試みも結局は、新自由主義ブルジョアジーの社会的狭量と、それゆえの政治的無能力を公然と暴露するもの以外とはならないだろう。自分を棚に上げてエンロン経営者などをくさし、ただひたすらアメリカ経済の「健全性」を強弁(その代表であるルービン財務長官は今やアメリカ国内でも嘲笑の的である)し、そして最後には愛国主義を煽り立てて軍事を突出させるブッシュ政権」にすでにその一端は現れている。
5―15.新自由主義のグローバリゼーションは、この機能不全化しつつある政治領域にさらに困難で、しかし本質的に不可欠な課題を押しつけた。それは、世界単一の自由市場に見合った国際秩序―国際権力の実態を作り上げるという課題だ。それは帝国主義国際関係の抜本的再構築を意味する。ソ連崩壊以降追求された、G7、IMF、WTOを軸にした政治的制度再編、新世界秩序は壁にぶつかった。
 今や国際秩序の核心―暴力装置の問題が性急に浮上させられつつある。
5―16.国際的権力の核心は、多国籍資本の投資(また資本引き上げ)の自由、およびその投下資本を誰が守るのか、である。その究極の実体が米軍であることには、おそらく世界の大ブルジョアジー総体の承認がある。ブッシュ政権はそれをしゃにむに突きつけようとしている。
5―17.しかしそれを政治に編み上げること、すなわち究極的には民衆の同意を取り付けることはそれこそ至難である。しかもそこには、自己の独自利害をかけた、国家機関各級の統治専門家による執拗な抵抗が不可避となる(5―13)。こうして国際権力創出の課題は、その努力自体が、支配層内部の暗闘を伴った民衆との衝突に転化する、あるいはすでに転化している。米軍は今やどこから見ても、民衆の側にはいないのであり、それは世界の民衆が日々繰り返し見せつけられてきた現実である。
5―18.こうして伝統的支配層全体は、深刻な袋小路に入った。彼らの困難の直接的根源は新自由主義にある。しかし彼らの内では、それに代わるものを誰も持っていないように見える。彼らの労働者代理人が僅かに若干の手直し策―第三の道、ワークシェアリング、セーフティネットなど―を持ち出しているにすぎない。
5―19.ここに上げた手直し策を総括的に性格づけるとするならば、労働者の「合理的自制」を担保に、「労働者と共に歩む資本主義」への歩み寄りをブルジョアジーに求めるものとなるだろう。しかし彼らは、ブルジョアジーの「収益の自制」、ましてその法的、制度的担保については何も語らない。
 資本主義を不動の前提とし、かつその駆動原理についての新自由主義的理解、すなわち「資本の創造性」への歴史条件を超越した信奉、を基本的に受け入れている以上は、それは望むべくもない。したがって彼らが描く資本の歩み寄りは勝手な願望、あるいは善意に満ちた官僚の「設計案」にすぎず、現実的利害闘争だけが決定する決着とは無縁である。こうして彼らが期待する歩み寄りの現実性、到達点は限りなく不透明なものとなる。
 現実の労働者は、この新自由主義の四半世紀を通じて、「労働者の合理的自制」が「資本の自制」を引き出すなどということはなく、むしろ逆であったことを自分の身体で学んだ。その意味で、労働者代理人の手直し策が労働者、民衆の中に根付く可能性はほとんどないだろう。(大衆的に見捨てられたヨーロッパ社民党政府、イギリス労働者階級のブレアへの反乱、アメリカへの反抗ただそれだけによって辛うじて救われたドイツのシュレーダー政府に、それは鮮明に示されている。)
 この手直し策は、労働者、民衆が確固とした対抗戦略を手にしていないという条件の下でのみ、未だしばらく宙を漂うだけである。  
5―20.支配層本流の中では、新自由主義の四半世紀が彼らの中でのオルタナティブ模索能力を限りなく奪ったようにみえる。一世を風靡した新自由主義的思考の異常な勢い(ケインズ枠組みの行き詰まりはそれほどに衝撃が大きかった)は、表面的には一世代全体に亘って異論派を一掃したかのようだ。それはあたかもマルクス主義潮流におけるスターリニズムの席巻を想起させる。
 それに加えて、この全体をおおった新自由主義的思考そのものが、その観念論的特質のゆえに、ありのままの現実を直視しそこと格闘し、そこから発想する能力を奪った。今マスメディアが重用するこの手の論者の、自分の観念・図式―本質的には保守的で卑俗な社会観―に合わせた現実解釈議論の手軽さは間をおおうばかりである。
 それゆえ彼ら内部の新自由主義的思考への批判は、高齢となった、あるいは現役を退いた旧世代以外からはほとんど聞こえてこない。そしてその限りで批判は、丁重にまさに無視されている。
5―21.その上に支配層にはささに由々しい問題が生起している。それは新自由主義がまさに激励するブルジョアジー諸個人の勝手な利得追求が個人的貪欲を解放し、各人の勝手な利益あさりに帰結したことである。英米での大企業最高経営責任者への報酬はうなぎ登りとなり、今や全民衆的非難の的となっている。少し前までこのような批判は、下層大衆のひがみであると切り捨てられてきた。下層の収入の低さは「能力」の低さ故であり、それは自己責任の問題と突き放されてきた。しかし今、そのような傲慢さは、政治的、社会的にあまりに危険なものとなった。
 しかもそこには腐敗、脱法、違法行為が公然と横行していた。新自由主義者にとっては、法も単なるゲームの対象であり、法規定をすりぬけることは「能力」の一つとなった。こうして竹中の脱税は問題にするにあたらないものとなる。法に込められた社会的合意は実態として空洞化する。労働法規を最先頭に、企業不祥事の続発にまで至る法の実態的位置低下は社会全般に埋め込まれる。社会的解体は「法治」の事実上の否定としても貫徹している。
5―22.上にみてきた現実問題への立ち往生、困難打開能力の劣化、そして新自由主義ブルジョアジー諸個人の社会的、政治的バランス感覚の欠如とどう犠牲の欠如は、支配層総体の無責任化を進行させる。各要素が相互を強め合い、僅かに残る全体への責任の意欲をも萎えさせ、誰しもをとりあえず自身だけを守方向に追い立てる圧力が高まってゆく。
 この展開力学は同時に、支配層内部を結束させる基盤的相互信頼をも腐蝕させる。支配層内部の権威もまた拡散に向かわざるを得ない。
 誰も真剣に責任を引き受けず、その場限りその時次第で漂流する日本政治、ブッシュ政権の突出する危険性に目をつぶり保身的に、あるいは感情に身を任せてこの政権に追随するアメリカ政治は、上にみた展開力学を端緒的に示している。
5―23.現実は、民衆との公然たる衝突の世界的拡大として彼らの前に立ち現れている。民衆は無力であるとの新自由主義者の勝手な想定は、その歴史と現実を無視した致命的欠陥のツケを払わされようとしている。この現実の前に支配層内部には否応なく客観的に、対立が拡大せざるを得ない。
 しかしその対立は、支配層全体を締め付ける上述した拡散力学の下で潜行する。その対立を自ら表に引き出し、公然たる論争、抗争として展開し、そして統合へと主導しうる指導性すらもが消えようとしている。支配層内の対立はねじれ、不鮮明化し、暗闘化する。この脈絡の中では、部分が以上に肥大したり、ある種の謀略すらもが力を持つ事態が起こりうる。
5―24.支配層をとらえた、この底深い危機と、ブルジョアジー内部での民主主義の位置逆転(3.12〜3.18)を背景に、支配層内部での冒険主義に推力が与えられ、抑制できない状況が生まれた。一方には、どんな手段を使っても新自由主義にしがみつく、いわば新自由主義との心中派の冒険主義が登場している。ブッシュ政権はその代弁者といってよい。彼らは人類進歩の旗として新自由主義を押し立てるがしかし、その遂行のためには核の使用もためらわないのでありそれは、彼ら自身にも本質的に未来への確信はないことを示す。彼らの中には無自覚の内にある種の絶望が忍び込んでいる。
 一方別の側には、新自由主義に破滅させらた民衆の憤激を糧とし、新自由主義解体の先に復古的な共同体秩序への一挙的舞い戻りを夢想する一翼が立つ。世界各地の支配層の一部は、この翼を自己の権力の貯めに利用してきた。アルカイダを始めとするイスラム勢力の一部がアメリカによって支援されてきたことは周知の事実だ。ヨーロッパの「極右」のみならず、全世界で力を高めてきた民族主義、宗教的復古主義の諸潮流を、しかし現在の支配層はほとんど統制できない。
 そして労働者、民衆内部での対抗戦略、対抗的結集軸の不確かさ(後述)は、この二つの冒険主義への抑制をさらに弱いものとしている。
 世界は、それぞれの冒険主義がその論理を抑制なく、自己の手中にしている手段に応じて現実化する可能性を排除できない状況に入った。それゆえにまた、世界の民衆を破滅させ得る巨大で圧倒的な物的手段を手中にしているブッシュ政権の冒険主義は、世界の民衆にとって最大の危険要因となっている。
 世界はまさに危険な状況に入った。そしてこの状況の緩和のためにですら、全世界を席巻する新自由主義の総体的転換が必要となっている。そうであれば、この危険からの脱却の課題は、ブッシュ政権の統制、アメリカ多国籍資本の統制へとまさに貫徹する。TOPへ
 
Y 歴史的挑戦を内包する民衆の対抗政治

6―1.すでに多くの側面であらわとなっている新自由主義の限界は、資本主義そのものの歴史的可能性を問うものである。新自由主義登場の経緯およびそこに作用している客観的諸力がそのことを示している(三・四章)。
 歴史的客観的すう勢に加え新自由主義が特殊に加速した支配層総体の衰弱、それゆえに潜行する彼ら内部の対立、そして冒険主義の跳梁、これらの底には先の問いの深刻な重さが隠されている。支配層はこの問いの重さに、いわば圧倒されているのだ。
6―2.この問いの重さは労働者民衆が受け止めなければならない。今、まさに未来への鍵は労働者民衆が握っている。
 支配層の一部は事実上、すでにそれを認めているに等しい。たとえば「ワークシェアリング」理念(彼らなりの歪曲を込めてではあれ)に同調するブルジョアジーは、結局のところ「労働者による資本主義救出」を頼りにしているからだ。
6―3.しかし現実が迫る問題はすでに、歴史的あるいは客観的に、との意味合いを越えている。支配層を巻き込み、もはや彼らには抑制できない二つの冒険主義の解体、その切迫した課題がまさに労働者、民衆に預けられている。
 同時に、この問題といわばメダルの裏表のように貼りついている、新自由主義の解体が社会の救出という課題もまた、労働者民衆に預けられている。
6―4.世界の民衆はこの現実、すなわち民衆の地下に押し込められていた決定的役割の浮上を自らの闘いを通して、特に、九四年のザパティスタの蜂起、九七年のユーロマーチからの一連の行動を通して作りだした。支配層および彼らの政策双方にひそむ本質的脆弱性、欠陥は、これらの下で引き出され、かつ進行した。
6―5.それゆえ労働者、民衆は、先にみた直面する二つの切迫した課題に、少なからざる現実的可能性を手に踏み出しつつある。
 とりわけ冒険主義との闘いにおいては、まさに即応的で同時に真に大衆的な巨大な抵抗が要求される。それは今、可能な土壌が与えられ、その土壌は今後さらに豊かになる十分な根拠がある。それは現下の民衆的経験―「反テロ戦争」への国家動員を突き破る、民衆の自立的諸行動―として日々実証されている。
6―6.この可能性の現実化を打ち固め、さらなる拡大が要求されている。
 そこにおいては、労働者民主主義、民衆の自治の深化と拡大が不可欠の基盤的要件となる。それこそが歴史が提起する客観的発展方向(二・三章)を体現するものであり、それゆえにまた闘いの勝利的展開を支えるものである。そしてこの間の民衆の闘いは実際にも、この道に沿って強化されてきた。便宜的代行主義や徒党的覇権主義への誘惑は、その芽から摘まれなければならない。
6―7.同時にわれわれには、民衆が現におかれている客観的諸関係を現実に即して把握し、現状からの必然性ある発展、展開の要素と調和した運動の創造的探求が不可欠となる。特に民衆的抵抗が極度に遅れている日本にあっては、このことへの格別な注力が必要である。主観的一面化や性急な図式化は慎まれなければならず、経験の多面的突き合わせが行動探求の基礎におかれなければならない。インターナショナル支持派諸潮流の分裂状況は、今や重大な桎梏である。
6―8.日本における民衆総体を特徴づける弱点は、権力からの政治的自立性の弱さである。七〇年代以降の労働者運動の後退は特にこの点を重大なものとした。民衆全体を事実として縛る総体的な枠付け―政治―に対する受動性と無力感は、小泉フィーバーに端的に示された。
 この逆転、民衆の能動的で行動的な政治介入を再建し、促進する具体的道を探らなければならない。その道は、この間各地で追求されてきた直接民主主義的異議申し立ての少なくない経験として蓄積されてきている。
6―9.民衆的政治介入の再建にあたって、労働者統一戦線は決定的要件である。それは人々の奥底にしまわれていた政治介入への欲求を解き放す。しかも統一した行動の中で人々は多様な息吹に現実に触れ、その中で自信を取り戻し、そして政治的に前進できる。
 労働者統一戦線、それと不可分の一体である労働者民主主義の最も意識的かつ確信ある防衛者として、第四インターナショナル支持派潮流は、この点でも重大な責務を負っている。
6―10.先に上げた二つの直面する課題に向け、世界の民衆は今連携を深めつつ立ち向かおうとしている。この闘いを、自らの力に依拠し、主導的に展開することを通して民衆は、根源にある歴史的課題を自ら引き寄せ、そこに肉薄するチャンスに近づくだろう。
6―11.その上で、あるいはそれゆえにこそわれわれは、民衆が依然として政治的に決定的弱さを持っていることを確認しなければならない。その弱さとは、労働者民衆に共有された、現体制に代わる実現すべき社会、経済に関する基本的枠組みの不在である。端的に言って社会主義は今、労働者民衆の中心にはなく、著しく薄れている。
6―12.結果として拡大する民衆の抵抗は、まさしく抵抗として、社会の抜本的転換、社会を組織する原理の転換を事実上棚上げにしたまま進んでいる。それは客観的には、資本主義の無限の改良の可能性に依拠していることになる。
6―13.八〇年代以降進行した民衆の「非政治化」を体現するこの状況が、ブルジョアジーには持ちこたえの自信を、改良主義者には介入の余地を、そして冒険主義者にはやみくもの冒険への誘惑を与える。本質的に彼らはいずれも、民衆の疲れを当てにしている。
6―14.情勢全体は基本的に帰趨のはっきりしない、冒険主義の突発をはらむ動揺的な階級的綱引きの消耗戦的一時期を当面経過するものと思われる。この中で新自由主義の資本主義の試みは、その歴史的無力性をますます明らかにし、けいれん的性格を高めてゆくだろう。それはまた、資本主義そのものの歴史的生命力が根底的に試される過程でもある。その意味で民衆の疲れを当てにする支配層にも時間は必ずしも味方ではない。
6―15.はるか先とはとうてい言えないいずれかの時点で、労働者、民衆は決定的闘争への踏み込みを迫られる。資本主義自身、無限の改良というコースの下では展開できないのであり、総力的対決は避けられない(四章)。
6―16.社会主義革命派には、このような情勢展開の性格を自覚した上での、労働者民衆の中に社会主義を復活させる特別の闘いが要求され始めている。新自由主義のグローバライゼーションに反対する民衆の中で、「もう一つの世界」に込められた民衆的要求を実現する手段の問題が討論、論争の主題として登場しているからだ。
6―17.社会主義復活のための闘いは、生存のための、統一された広大な大衆的抵抗と一体となり、真に実効的な抵抗を求める民衆日エネルギーの中で展開されるとき初めて有効なものとなる。労働者統一戦線の下で分断化された制約から解放され、抵抗の意欲を深める民衆は、より能動的にすべての政治諸勢力の構想を点検し、さらに自ら要求を持って介入するだろう。
 社会主義の民衆的復活をわれわれは、実効的抵抗の要求を最も一貫して体現する方針の帰結として社会主義社会を民衆が受け入れる過程、として展望する。そのような過程を意識的に生み出し、そこに能動的に参加し、またその過程を促進すること、そこに社会主義革命派の特別の課題がある。そしてそれはまた、労働者統一戦線の下での、とりわけ改良主義潮流との党派闘争である。
 6―18.このような条件において最も有効に、社会主義そのものもまた刷新された像に近づくことができる。
 社会主義は確かにより豊かに現代的に刷新されなければならない。旧来の像の貧しさと欠陥はあまりに明らかだ。そこにおいては、相対的に独自の理論的探究の責任が社会主義革命派には課せられている。しかしそれは最終的に、民衆によってしか完成されない。
 人は完成された地図を手に未踏の地に入ることはできない。それゆえ民衆は、真に必要だと判断すれば、荒いデッサンの下でも社会主義的実践に踏み込むだろう。その実践的経験を生かすことのできる政治的枠組みが必要なのだ。
6―19.社会主義革命派には、この不透明で緊張をはらんだ一時期全体を、未来への最も確信に満ちた労働者勢力として、労働者、民衆の、特に青年の大衆的抵抗の先頭に立ち、社会主義的転換を忍耐強く訴え、かつその総体を先見性を持ち、創造的に闘い抜く重く緊張を要する責任が課せられている。その責任はわれわれに、政治的理論的成長と成熟を要求している。                               TOPへ                              

Z 補論―プロレタリアートか市民か

変革主体としての市民概念

7―1.以上の確認の上でわれわれには、避けて通ることのできない問題が提起されている。それは階級の問題、すなわちプロレタリアートの歴史的位置と役割である。
7―2.現在の、特に日本における民衆運動における脱階級的傾向は明白な事実だ。変革主体として代わって多用されているものが「市民」である。そこにおいてはプロレタリアートはもはや、特別な位置を持ってはいない。
 社会主義革命をプロレタリアートの歴史的任務と規定している社会主義革命派は、このような民衆的意識の現状についてどのように考え対応すべきかを、明確にする責任がある。それは、実現されるべき変革の内容を問う問題でもあると見るべきだからだ。
7―3.その上でわれわれは先ず、「市民」概念が民衆においては何よりも変革主体として意識されている事実から出発しなければならない。その概念は、現状変革への労働者、民衆内部の強い希求が生み出したものというべきである。変革を否定し、あるいはそこに絶望している者に「市民」は不要である。そうであるがからこそ事実として、自民党を代表とする既成エリートは「市民」概念を敵視する。
 したがってわれわれは、「市民」概念を全否定はしない。
7―4.問題はそれゆえ、プロレタリアートから「市民」への変革主体の民衆における転換にある。それが示すものは何なのか、その歴史的客観的根拠と、現状変革に占めうる位置について、社会主義革命派として評価しなければならない。その上でわれわれは、新しい光に照らして、労働者階級の歴史的位置を再確認しなければならない。
7―5.「市民」概念浮上の歴史的経緯をみれば、そこに特に先進工業諸国の労働者階級の現状変革能力に対する失望、深い懐疑が対になっていることは明白である。
 少なくとも十九世紀以降、労働者階級は事実として社会変革、社会改良の最も活力ある担い手であった(三章)。労働者階級の変革主体としての位置は、マルクス主義の規定とは相対的に独立して、誰もが認めざるをえない現実であったというべきである。むしろ逆にマルクス主義は、社会に現れた現実に立脚し、その成長と可能性に生命力の源を得た思想であった。
 しかし戦後、特に六〇年代後半以降、この労働者階級には外見上明白な保守化が顕著になった。その一方民衆総体は、より全般的に社会の前進を求めていた。特に青年や、新しく運動に流入してくる人々はむしろ要求を急進化させた。この状況の中で労働者階級の変革能力に不信が生まれることには一定の必然性ある。そしてその延長上で、新しい変革主体を探し求める努力が始まることも必然だった。その根底には何より身、現状の変革を求める民衆の絶えることのない、むしろより広まる希求がある。
7―6.労働者階級とその運動には、確かに不信に値する重大な弱さが表面化していた(4―10)。
 運動の側面で具体的には第一に、労働組合運動の改良主義化が、運動を労働組合員の狭い特殊利害の防衛と体制への順応に閉じこめた。企業内労働組合が基軸であった日本では特に、運動の中に内在していた要求の社会的拡張の要素は意識的に排除された。この中で労働者運動が社会の中で占めていた先進的位置、民衆的吸引力は大きく後退した。
 ところで特殊利害の防衛かそれとも闘争の社会総体への拡張か、は労働者運動登場以来運動の中で論争され、闘われ続けてきた歴史的対立軸であった。この中で戦後のケインズ枠組みは前者、改良主義派に積極的に依拠する体系(4章)のゆえに、改良主義派を強化した。したがってこの戦後の一事をもって、労働者運動が必然的に、確定的に改良主義化するとするならば、それは明らかに歴史的現実を無視する一面化である。
 第二に、運動の中で進行した官僚化は、運動自体を著しく上意下達的なものとした。そのことにより運動総体は創造性を後退させ、ただ図体の大きさだけを頼りにする単なる圧力団体へと変わり始めた。そしてこの変化もまた、ケインズ枠組みにおける民主主義の制度化と相互に補強し合う関係を持っていた。
 第三に、この官僚化は、当時強力であったそれ自身官僚化の産物でもあるスターリニズムによって、事実上、左からの擁護を受けた。それゆえ内部からの批判、確固としたプロレタリア民主主義の要求はねじ曲げられ、まさにか細いものにされた。
 この誰の目にも明らかであった内部民主主義の弱さが、官僚化の生み出す運動の硬直性、他の運動への閉鎖性の進行を許した。そしてこのことが、民主主義へのより深い問い返しと探求が進んだ七〇年代以降、労働者運動の社会的権威を大きく失墜させる重大な要因ともなった。
 第四に、第一から第三の要因総体の重なりは、労働者運動の中で成長しようとしていた活力あふれる創造的世代、急進的青年労働者を労働運動から排除するものとなった。何よりも、反乱を始めた青年労働者への資本、権力からの排除攻撃を、運動の指導部は黙認した。さらにその上一部は、組織的統制処分として指導部そのものにより排除され、また一部は自ら見切りをつけ運動の場を他へ求め、そして多くは闘争を止めた。
 労働者運動は、それを歴史的に引き継ぎ発展させるはずであった担い手たちを大量に失った。もちろんわれわれを含め、労働者運動の転換に向け、模索を続けてきた労働者も少なくはない。しかしそれでもその部分は、生まれようとしていた層全体との比較では少数だった。
7―7.一方において、ソ連を始めとする労働者国家の非民主主義的状況が広く知れ渡り、さらにスターリニズム化した「マルクス主義」理論の貧しさも際だちつつあった。マルクス主義は社会変革階級闘争として規定し、その上で労働者階級を社会変革の基軸におくことを最も鮮明に主張する思想であった。
 しかしそのマルクス主義がまた、スターリニズムの僭称の下で、大きな不信に包まれていた。

二つの新たな変革主体構想


7―8.社会革新を労働者に期待することは本来誤りである、との見方が力を得る素地は確かに生まれていた。
 この素地を背景に二つの新しい変革主体構想が登場(あるいは再登場)した。
 第一は、いわば「貧民革命論」ともいうべきもので、闘争や運動へのエネルギーをもっぱら貧しさや抑圧の反映としてのみ一面的にとらえる見方に連なる、古くから続く素朴な考え方である。それは、農村が都市を包囲する、とする毛沢東派の戦略にも影を落とし、さらにおそらくは、現在のイスラム勢力のテロリズムを擁護する心情にも通底していると思われる。この観点に立てば、もはや貧しくもなく、ひどく抑圧されているわけでなく見える先進工業諸国の労働者は、変革主体になりようがない。
 しかしこの単純で素朴な観点は、歴史上のあらゆる社会変革運動の事実を直視するならば、容易に克服が可能である。要するに民衆は、部分的には豊かさを手に入れ初めて、社会革新の闘いに入ることができるのだ。そしてこの観点は、一定の改良によって革命は永遠に過去のものとなった、とする支配層の流す卑俗な宣伝を助けるものであることに留意しなければならない。
 「市民」概念は、前者の対極に登場した、といってよい。確かに「市民」は、貧しさゆえに立ち上がる民衆、ではない。
7―9.歴史的事実として、社会主義の諸思想は労働者階級と深く結びついていた。労働者が個々の要求を、労働者としてあり続けることを前提に実現しようとするならば、仲間総体の改善を求めるか、それとも個人的に取り引きし、抜け駆け的に特別待遇を求めるかしかない。後者は仲間への裏切りでありその上、集団労働の効率性と安定性を保持しなければならない資本にとっては受け入れ困難な要求でもある。労働者の分断と競争が資本にとって利益であるとしても、その条件はあくまで労働者全体に明示されたルール化が必要なのであり、恣意的な完全な個人取引は成立しない。
 労働者は自己の要求を、全体化することによってのみ実現する存在である。まさにそれゆえ、人々の生存条件を社会システムとして普遍的に改善しようとする社会主義の理念は、労働者にとって自然でかつ必要不可欠な理念でもあった。膨大な産業予備軍の重圧の下で失業を常に意識せざるを得ない労働者にとって、生活の社会的支えは何よりも必要なものだった。社会主義理念に背を向ける労働者は究極的に、労働者からの個人的脱出を夢見る者か、個々のブルジョアジーの「善意」を心底信じる者に限られただろう。
 労働者階級と社会主義理念のある種の一体性は、本質において現代でも変わるわけではない。変化しているものは以下の表面的現象である。
 第一に、社会主義理念の一部は、社会保障システムその他の形で実現した。その上で、それ以上の実現可能性を否定し、労働者に断念を迫るキャンペーンが手を変え品を変え繰り返されている。ソ連崩壊とケインズ枠組みの行き詰まりが、格好の材料として、このキャンペーンに全面的に利用されている。この中でとりわけ日本において、社会主義に同調してきた知識人や、労働運動指導部が雪崩を打って社会主義批判派に鞍替えした。労働者の社会主義への懐疑と不安は高まらざるを得ない。
 第二に、産業全般で進行した第三次産業化は、偽装的な労働の個人化を進めた。集団労働としての本質は変わっていないものの、表面的には、個人的な労働契約と、自由な裁量による自律的労働が演出されている。その限りで、労働者のまま個人的可能性が拡張しうるとする錯覚が、意識的に醸成されている。
 第三に、特に青年に強い自由への渇望がある。いつの時代にもあったこの渇望は、制度的、物質的、心理的制約が小さくなった現在、第二点とも相乗りして、さらに強められている。この傾向は集団性への拒絶として現れ、その延長上に社会主義への忌避もまた表現される。ここには、ある種の無政府主義やプルードン主義的傾向の再興も含まれる。
 第四に、新自由主義に内包され、臆面もなく表出されている労働者への軽蔑がある。この軽蔑は、労働者を受動化し、独自の思想的立場を持つことを放棄させるよう仕向けるものである。
 以上の諸点はしかし、資本主義が労働者という存在を抜きには存立し得ないという現実も、また労働者のそこから帰結する社会的特性をもなんら変えるものではない。それゆえ、社会主義理念は、労働者階級の懐深くで依然息づいているだろう。社会主義への敵意で際だつ新自由主義が、同時に労働者への軽蔑をもあらわにする事実は、社会主義と労働者階級の一体性を逆説的に示唆している。
7―10.したがって、変革主体におけるプロレタリアートの否定の内には、想定される社会変革が社会主義の実現とは異なるものであること、あるいは社会主義的変革への保留が暗黙の前提として含まれていると考えるべきである。7―11.上述した「市民」概念登場を準備した諸関係、および現に展開されている市民運動の実相をまとめると、「市民」概念は以下のものから構成されていると考えられる。
 1、現状変革への意志、その底にある現状への否認
 2、民衆力量の前提、ある種の自信
 3、個人を基礎とする民主主義、個人の発意と自主性の尊重および諸個人の自由な結合
 4、社会全般の民主主義化、それ以上の変革の留保
 以上に加えて非暴力も付け加えるべきかもしれない。

市民―民衆に拡張された主体


7―12.いずれにしろ「市民」概念には、何らかの社会階級あるいは社会階層との結合はない。そのような社会的規定性を取り払った、変革意志を持つ民衆の総称、あるいは代数的概念というべきかもしれない。今「市民」について明確にできることは、先にみた運動の性格、あるいはそこに参加する人々の意識と行動の性格である。それ以上のことがらについてはおそらく、受け手によって相当の広がりがある。
7―13.「市民」は実際のところ、その使用される場において多義的であり、一定のあいまいさと抽象性はまぬがれない。しかし同時に、みてきたようにプロレタリアートという限定を外して、変革主体をもっと広い民衆に拡張しようとする側面は強く刻印されている。この側面がおそらく現代において意味を持っている。
 すでに確認したように、広範な層に広がる民衆全般の力の飛躍的上昇は歴史的現実である(3章)。また、社会全般に拡張されるべき、執行領域を含む民主主義は、その担い手として民衆総体を想定する。そして後者は前者によって、客観的には可能となる歴史的条件が生まれている。その点において「市民」には、「自ら統治する民衆」を意味する限りで歴史と現実の根拠が確かにある。

市民を通じた労働運動の刷新


7―14.ここにみた「市民」と社会変革の関係を客観的に性格づければ以下のようになるだろう。すなわち、目の前にある課題、民主主義の多面化と深化、に即刻着手する闘いが当面する総力的闘いとして認識され、その闘いに見合った変革主体が「市民」となる、そのような関係である。
7―15.このように問題を整理したとしてしかし、「市民」の課題に見合った変革能力がそれによって自明となるわけではない。プロレタリアートの変革能力への不信を背景に浮上した「市民」ではあるが、その「市民」の変革能力の源となるものが何であるのかは依然明らかにならない。実際にも民衆としての「市民」の圧倒的部分は他ならないプロレタリアートとその家族なのだ。
7―16.おそらく、「自覚した」民衆という側面を強調することで、「市民」の可能性を基礎づけようとする考え方もあると思われる。しかしそれは一種の「前衛」主義であり、それだけではむしろ危険な要素―代行主義と大衆操作の悪弊―となるだろう。その上に、どのような運動であれ前衛的層は必ず存在するのであり、前衛的性格を持って運動全体の可能性を主張することはできない。
7―17.それでは、「市民」を構成する社会諸階層の内、プロレタリアートを除く諸階層の人々が特別に変革の意欲と能力に富んでいるということだろうか。しかし残念ながら、歴史は逆の事実を残している。そしてまた、もし先の仮定が正しいのであれば、われわれの前にある課題はもっと別の性格のものであったに違いない。
7―18.こうして問題の核心は、結局のところ、現実の「市民」の圧倒的部分を占めるプロレタリアートのところに戻ってくる。真実の問題は、「市民」という回路を通して、「市民」が象徴的に体現する民主主義の再定義に照らして、「プロレタリアートが自身の変革能力を飛躍させることにある。
7―19.プロレタリアートの概念はもともと、直接生産労働者という狭い限定から発している。その限りでそこには確かに、ある種の理念的狭さ、利害の特殊性が固定されがちであったことは否めない。職能別労働組合を基盤とした欧米の労働者運動にあっては、特にその傾向は強かったと思われる。それゆえ「市民」がその枠を払う上で貴重な役割を果たしたことは間違いない。欧米の労働者運動には現在、確かに新しい血が流れ込み、新しい出発が始まっている。
 そして現実においては、産業の高度化が必然的に、プロレタリアートの概念を、賃金労働者階級として拡大した。集団的労働契約の形で、資本の専制的指揮下に
 組み込まれ、客観的な搾取関係の下におかれたこれらすべての者は、そこに留まろうとする限り、その社会的関係が否応なく強制する普遍的な従属境遇、疎外された立場におかれる。そこから発する要求と、その実現の貯めに必要とされる行動の性格は、最終的には平等を求める連帯した行動へと収れんする以外にはない。その意味で、プロレタリアート、労働者階級は、今もなお、より拡張された舞台の上で生きている。
 そして「拡張された」、それゆえに多様性ある現実は同時に、平等と連帯の対象と内容の拡張をも準備する。端的に、女性労働者や移民労働者の存在は、労働運動の刷新をその内部から突きつける強力な活力となっている。その意味で、「市民」という形で客観的に提起されている真実の問題を、現実の労働者階級の中に響かせる回路は、労働者階級の深部で確実に成長している。スターリニズムの桎梏からの解放と新自由主義び社会的退行圧力が、他方で強力な刺激となることもまた明らかである。

市民―民主主義の拡張と深化


7―20.「市民」概念に込められた民衆的希求―民主主義の拡張と深化、すなわち全般にわたる自治連帯的管理による社会の再建―は、歴史が人類にまさに今提起しようとしている課題である(2・3章)。この課題に対するプロレタリアートの一時的立ち後れを、民衆はいわば「市民」の形で克服しようとした。民衆は、歴史的課題に、まさにどのような回路を通ろうとも、挑戦しようとする意志を改めて示した。
7―21.その挑戦の進展の中で、プロレタリアートの担う理念的価値が、それいぇプロレタリアートが、まさに生命を吹き返す。すなわち、十全に発展させられた民主主義の基底をなすものとして、平等と連帯が、新自由主義によるさげすみをうち破ってより力強く復活するだろう。
 そしてそうであるならばその理念的価値は、歴史と現実において、闘争と日々の労働においてそれを現実に体現し、かつその下で訓練されてきた社会的実体、プロレタリアートを中心に実現される以外にない。その価値を現実の場において、プロレタリアート以上に有効に生かし前に進めることのできる社会的階層は現実にはいない。
7―22.実際のところプロレタリアートは、その本質的な「無産者」、すなわち他者を縛ることのできる財を持たない者として、最も根源的な民主主義の担い手である。労働者は結局のところ、議論と説得を通してしか他者の行動に介入できない存在なのだ。
7―23.不平等と個人的分断を栄養源とする資本主義経済とその文化と、この労働者世界の本質こそ、最も非和解的であった。それゆえ資本主義はその全歴史を通して、最も強く労働者階級を警戒し、弾圧の矛先を労働者階級に集中して研ぎ澄ましてきた。
 労働者階級の現状がどうであれ、資本主義にとって労働者階級が何者であるかを、すなわち本来的反逆者としてブルジョアジーは明確に認識している。

市民の真実―労働者階級の復活


7―24.それゆえ、民主主義の希求の先には、資本主義そのものとの対立が厳然と控えている。プロレタリアートの本来的特性とその能力を迂回する限り、民主主義の希求は途半ばとならざるをえない。しかし民主主義がその真の要求を貫くとき、それはプロレタリアートの、そして全民衆の自治的世界の実現として、否応なく資本主義と衝突する。
7―25.この衝突をプロレタリアートは、社会を現実に、実態的に組織している者として、その独自の社会・経済要求と共に闘い抜くだろう。民主主義の要求と一体となったそれこそまさに社会主義である。
 そしてそのような形で社会主義が、民衆の実際の必要に従った、全社会の民衆的連帯的管理を意味する限り、それは全民衆の綱領となるだろう。
7―26.プロレタリアートを迂回し、資本主義との対決を回避しようとする限り、民主主義はその真実の姿を実現できない。それは歴の中で繰り返えされ、また現在のヨーロッパ社会民主主義諸潮流の姿の中に示されている。
 現代資本主義に対する民衆的抵抗の進展、そこにおける民主主義要求の発展の中で、「市民」はその真実の姿を現すだろう。まさに労働者階級の復活として。      TOPへ


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