ベネズエラ補足部分
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 民主主義は、日常の中で評価されるべきだ

―あなたがたのシステムは参加型の民主主義に向かって進みつつある、と主張している。しかし、今回の地方選挙の投票率は率直に言って低いものだった。これをどう説明するか―

 市長と知事に対する今回の選挙の棄権率水準は五一%に達した。一方、八〇年代の地方自治体選棄権率の水準は九〇%であり、知事選の棄権率は六〇%だった。そして、八月の大統領リコール国民投票では、棄権率は僅か五%であり、ベネズエラでは前例のない水準だった。
 皆さんは、今回の選挙では反対派が棄権を呼びかけた、という事実を考慮に入れるべきだ。このおかげで我々は、二二州の内二〇州を獲得した。
 投票率は確かに重要だが、参加型民主主義を投票日の有権者数で評価すべきではない。参加型民主主義とは、我々にその評価を可能とする多くのまた様々な日々の仕事における市民の参加なのだ。その仕事とは、医療、農地共同体、ボランティアの識字部隊、ボリバールサークル、水使用に関する研究グループ、必要と予算が振り向けられるべき用途を確定する近隣住民共同体等々、といったものだ。
 民主主義とは日々の基盤で評価されるものであり、投票日で評価されるものではない。もし我々が貧困に終止符を打とうと願うのであれば、権力を貧しい人々に与えようではないか。まさにそれ故に、貧しい近隣住民の中で組織している人々にローンを供与するために、例えばマイクロバンクのような形で、我々は先頭に立ってきた。

―ヨーロッパから見たとき、ベネズエラ社会は分極化が非常に激しいように見える。あなた方の政府と反対派との間の関係を静めるために、何か働きかけを考えているか―

 ベネズエラで今起きていることは、正確にごまかさずに見れば、世界全体でもまた起きつつある。USAにおけるブッシュ―ケリー、スペインにおけるサパテロ―ラホイ、ブラジルにおけるルラ―セラ、などだ。一九九八年に我々は、おおよそ五六%を得票し、反対派は約四〇%だった。二〇〇一年には新憲法と共に、我々は五八%を得た。四年後我々は、投票者の五九%から支持を得た。一九九八年と一九九九年にはいかなる社会的暴力もなく、絶対的な平和があった。そうは言っても我々は、妊娠中絶や同性愛者の権利その他の、対立の深い諸問題に対処した。二〇〇〇年になるとまたいかなる緊張もなかった。
 しかし、二〇〇一年を迎え、我々が寡頭支配層の経済的特権に手をかけたとき、突如一つの陰謀が明らかにされることになった。メディアが言い立て始めたのだ、そうだ、チャベスはファシストだ、もしくはベネズエラをもう一つのキューバに変えたいと思っている共産主義者だ、と。
 情勢は緊張し、それらの人々が劇場やレストランへ家族で出かける時、そこから立ち去るよう迫られるまでなべややかんを打ち鳴らすことが可能なほどだった。テレビでは、制服を着た将校が反乱を呼びかけた。彼等は、兵士に金を払い、私に対するありとあらゆる告発を世に出させようとした。パイロットに金を払い、麻薬やコロンビアのゲリラ向けの武器を彼の飛行機で運んだ、と言わせようとする、等々というまでに彼等のやり口は進んだ。他の全ての諸国におけると同様、政治的相違を正常化し、受け入れるためには、我々はこれらの手法には、ベネズエラで打ち勝たなければならなかった。

=ベネズエラ=補足
「革命完遂を通して、十分な社会的、経済的解放まで我が人民を導くために」

  パスカル・セラーノ
(「インターナショナル・ビューポイント」05年2月号電子版)


補足1.チャベス、トロツキー、そして永久革命
 カラカスにおける12月5日の第1回「人間性の防衛、全国・国際知識人会議」の閉会演説においてウーゴ・チャベス大統領は、トロツキーと彼の永久革命について触れた。「私は今、ある人が私にくれた一冊の書物、トロツキーの手になる格別の書物、『永久革命』を呼んでいる最中だ」、と特に語った。
 ベネズエラ国営ラジオはこの演説に付いて以下の追加情報を提供した。即ち、「彼はまた、失敗を正し、正しい路線を取るために我々自身の方向を向けなおし、そうして人類、地球、全生命の絶滅を回避するために、社会主義の理念、社会主義の本来の主題の研究を再び取り上げる必要性を強く勧告した」、と。この任務に触れる中で彼は、トロツキーの著作、「永久革命」、をモスクワで買ったと語っている。さらに彼は、ボリシェビキの革命家はこの本の中で、各国の諸問題は国民的に解決されるわけではなく、それらの問題には他の諸国の人民の問題も含まれている、と解説していると話し、そしてこのトロツキーの述べる結論をチャベスも完全に共有する、と語っている。この遠大な目標に合わせる形で彼は、次の月曜日に予定されていたボリバール人民大会を思い起こさせた。そこでは、この大会は現瞬間は、ラテンアメリカとカリブ地域のみを含むものだが、彼の見解ではそれは全世界に拡張されるべきものだ、とされていた。「このもう一つの首脳会議は、ここで我々が締めくくりつつあるものを仕上げるだろう」、とのチャベスの強調を、上記ラジオは伝えている。
注.「永久革命」をチャベスがモスクワで手に入れたとしても、それは買ったというよりも贈られた、という方がありそうなことだと思える。

補足2.チャベス―「祖国はラテン―カリブアメリカ」
 12月6日の第二回ボリバール人民大会でチャベスは、ラテンアメリカと世界の20ヶ国以上の代表団を前に演説した。大統領府報は彼の演説を以下のように伝えている。
 「今世紀は我々にとって真の世紀であり、今世紀に我々は祖国を手にするだろう。そしてその祖国とはラテン―カリブアメリカである。
 今はそれについて考え、それを作り出すべき時である。これは明日ではなく今生じつつある。時間を浪費せず、時を生かそうではないか。それを創案し、制限なく作りだし、我々の人民の福利のためにそれを決定的に解放するよう、我々は要請されている。……『北アメリカの合衆国は彼らの義務として、自由の名の下に苦しみをもってアメリカを荒廃させるよう定められているかのように見える』、とかつてボリバールは語った。まさにそれ故に我々は、この解放者の、付け加えればその国の最初の市民の、理念を改めてより強く取り上げるべきなのだ。
 彼は、この大会の二日後クスコ(ペルー)で、世界の様々な諸国から集まった首脳が署名するはずのある宣言を取り上げた。それは、諸国の南アメリカ共同体形成の宣言であり、それについて彼は、よい兆候であるが全く不充分、何故ならばそれは、重商主義者の観点から出発した、アンデス共同体とメルスコール(ブラジル、アルゼンチン、ウルグァイ、パラグァイ間の貿易協定―約注)間のある種の友好回復に限定されているからだ、と指摘した。
 民衆の統合は経済的な問題ではなく、商業的というよりも政治的、歴史的、そして社会的な問題だ、それが原因でその限界がある、と彼は説明した。そして、人民が進むべき方向を選択し、従って経済にその基礎的な役割を果たさせることを可能とするように、道を開く義務があるものは政治である、と彼は強調した」。

補足3.チャベス―「我々は資本主義モデルを捨て去るべきである」
 市並びに州首長選挙(10月31日)運動終盤の、バルガス州ラ・グァイラにおける10月28日のチャベス演説からの抜粋。
 「我々の人民が十分な社会的かつ経済的な解放に至る只一つの方法、唯一の真実の道―我々はそれを受け止め、日々より十分に理解する必要がある―は、完全な革命、統合された革命、経済に対処すべき革命、つまり、政治的であることに付け加えて、同時に社会的であり、深く経済的でなければならない、そのような革命を通る道である。
 そしていろいろ考えてみたとしてもう一度言おう、このベネズエラにかくも長くおかれてきた資本主義モデルを我々は捨て去らなければならない。何故ならば、資本主義モデルの枠組み内には、資本主義経済モデルの枠組み内には、のしかかる貧困そして社会的排除等々の、社会の最も深刻な諸問題に対する解決策が全くないからだ。
 我々は次の二年、協働のより高い水準、大きな効率性を手に政治を行おうとしている。そこでの目標は特に、政治的変革における、社会的変革における、そして特に―経済が決定的要素であるからこそ言うのだが―経済的変革における大きな飛躍を果たすことである。
 資本主義モデルを捨てる、と我々は言ってきた。それで、我々のモデルはどういうものか、とある人々はたずねる。ここに今一つの経済モデルがある。それは憲法の中の幅広い概要に含まれているものであり、社会的経済のモデル、民衆的経済、多様な生産的経済、人間的な経済などのモデルである。何故ならばそのモデルは、ボリバールが語ったことだが、我々の人民に同じ程度で全ての人に、最大限に可能な幸福を提供する役に立つべきであり、排除された多数に敵対する特権的な少数に役立ってはならないからだ。従ってそれは、我々が我々の前進の速度を上げる必要のある、その方向の中にある。そして我々は、資本主義システムの諸構造に対して、厳しく闘わなければならないだろう」。

補足4.チャベスは、革命と反革命について、トロツキーを引用している
 私は次のようにハタミに言った。「よく見たまえ、ハタミ。帝国主義者の攻撃は我々に敗北を負わせた。我々は二年間、2002年、2003年を失った。それというのも我々はそこで、多くの計画を遅らせたからだ。それでも我々は、また多くの物事を手に入れた。我々は世界を前にして道義的強さを手にしつつある。ここに、デモの中にあるものは、真の実体のある民主主義であることを、われわれは示しつつある。我々は、トロツキーが言ったように、反革命の鞭打ちに耐えている最中だ。しかしトロツキーは言っている、どのような革命も反革命の鞭打ちを必然とする、と。そしてまた、それに生き残るならば、鞭打ちは革命を強化する、と。世界の全ての友人達に言うことだが、我々はどういう意味であれ、反革命的攻撃という鞭打ちに生き残ったばかりではなく、そこから強くなって出てきたのだ」。(チャベスの年次メッセージからの抜粋。「レジスレイティブ・パレス」2005年1月14日付け)

 

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