八月十八日の戦闘ー樋口さんの兄さんについておよび諸感想                      
                      川端康夫                                         

 最新刊の文庫本に「八月十八日の戦争」(だったかな?)というのがあって、立ち読みした。急いでページをめくって探して、やっと海軍飛行隊の箇所が出て きて、そこに樋口さんの兄さん、▲▲さんが乗った爆撃機がソ連船舶を爆撃し、同時に打たれて突入、自爆した、という記事が一行だけあった。お名前も出てい たが忘れた。
 十五日に戦争が終結したと思っていたところへのソ連軍の侵入である。守占島の部隊には「特攻」気分が全軍を覆ったらしいが、それに同調しない指 揮官もいたらしい。少なくとも「死ぬな、みんなを助けよ」と叫び、婦女子らの北海道への帰還の時期を稼いだということもあったようである。兵士たちは、私 は知らなかったが、陸軍部隊は「アッツ島」帰還兵たちだったらしく、弱体とはいえ戦車部隊もいたらしい。ソ連軍はこうした日本軍の状態を軽視し、結果とし て三〇〇〇人に死者を出したという。日本軍は六〇〇名。残りの多くはシベリアにおくられた。
 私は、なぜこの本を立ち読みしたかというと、(金もなかったが)、以前から、八月十五日以降の戦闘で死亡した兵士たちは、「靖国」におくられた のだろうかという漠然とした疑問を持っていたからである。樋口さんの以前の著書に書いてあったかどうか、自信のないままだったのだが、それを今回の新刊で 探したのである。結果として、どうやら靖国に(名前が)おくられたようである。
 
 八月十五日の夕方、鹿児島の基地から日本の一式陸攻が一〇数機沖縄に飛び立った。宇垣中将が率いた部隊である。この「特攻隊」は当然一機も生存 しなかった。まさに死を前提にした飛行である。この行為に対してはいくつかの批判がある。例えば、宇垣は死ぬと決したのなら、一人で死ね、部下を連れて行 くな、など。そして、これらの一〇数機(乗員は数十人となろう)の兵士たちは、靖国には送られていないのである。十五日の正午、昭和天皇のラジオ放送で日 本は戦闘を止めた。その「司令」に「逆らって」宇垣らは戦闘に出たからである。他の自決将軍たちは靖国に送られているだろう(?)。私は靖国についてはほ とんど知らないことをここで告白しておきます。
 北千島での戦闘は「やむをえない必要な防衛戦闘」とされたのだろうか。そこまでは調べなかったが、おそらくはそうだろう。この本の著者は「守占での抵抗がなかったらソ連軍は北海道へと進んだに違いない」という誰かの判断を紹介していた。
 
 西郷をはじめとして「反政府人民」は靖国には奉じられないが、A級戦犯は奉じられている。すなわち、彼らは「反国体」ではなかった、という神社 の判断なのだろう。昭和天皇は、A級戦犯合祀以降は靖国に入っていないし、平成天皇もそのはずだ。天皇中心の国家神社である靖国が「訳の分からない」とい う状態にある。
 
 菅内閣は靖国参拝を行わなかった。これに対してサンケイなどの右翼メディアは大騒ぎだ。
 それ以前にすでに桜井よし子がサンケイ紙上で菅内閣を、その新中国大使丹羽氏採用を材料にして批判した。
 
 「靖国参拝問題は突き詰めれば、中国が道徳、倫理、品性において日本の上に立つのか、それとも日中は対等の立場に立つのかを決する歴史解釈の象 徴になったのだ。丹羽氏が、政治はその前では色あせると語った経済をはるかに超える力で、靖国問題は日中関係を規定する。中国は靖国問題を政治力に転換し て利用すれば、日本を抑制できることを学習した。 これによって、精神的に日 本の上位に立てることも発見した。だからなおさら、日本は歴史解釈の壁を破り、真っ当な国としての歴史観を身につけるためにも、政府の靖国参拝を続けなけ ればならないのである。」(六月十日サンケイ)
 菅内閣の靖国拒否に直面しては、以上の主張はさらに激化しただろうが、私としては、この桜井の主張の前段部分により注意を引かれる。

 「米中両国の外交、安全保障政策はこの数年、ダイナミックかつ複雑に変化している。そうした中、日本の生き残りと繁栄を担保するには、何よりも しっかりした国家観に基づく大戦略が必要だ。外交は目先の懸案処理や経済関係に埋没してはならない。世界の中心が太平洋からインド洋へ移り、米中関係が経 済的結びつきを深めながらも、軍事的にはより深い対立構造に進んでいきつつある今、日本周辺の韓国、豪州、東南アジア、インドの全諸国が生き残りをかけて 闘っている。その中で、日本も国際情勢を見据え、大局観を持って臨まなければ生き残れない。中国海軍の大艦隊の航行、東シナ海のガス田問題など、眼前には 多くの日中摩擦の種がある。経済だけでなく、安全保障や国際政治についての深い洞察力が求められる。 」

 つまり桜井は「日本周辺の全諸国が生き残りをかけて闘っている」、と状況を認識している。そしてだが、靖国を別にすれば、最新の菅内閣は前原を 外務大臣にし、その点でロシアや中国から警戒され、アメリカから歓迎されるという出発となり、桜井の主張と相当に重なるように見える。
 
 桜井は次のようにも主張していた。

 「一方、菅首相は平成14年9月に出した『改革政権準備完了 私に賭けてください』(光文社)で、自立外交について書いている。たとえば、自国 の安全を守る「覚悟」を国民の側に作り上げよと言い、「自主独立外交」の実現には、密約外交の清算が必要だと主張する。情報全公開の真っ正直外交が自主独 立国家の構築につながるという論理が、よく解らない。
 東アジア地域安全保障フォーラムを作り、中台問題への軍事的関与はするなとの主張も、近隣諸国と歴史共同研究を進め、(靖国神社とは別の)国立 墓苑を作り、信頼の礎にするとの主張もある。個別案件についての考えはあっても自立外交の基盤を何によって構成するのかは、結局、明らかではない。菅首相 にも国家の基本軸をどこに置くのかという国家観や大局観がないのである。
 首相と駐中国大使予定者、双方ともに国家観が見えない。そのような人々の下で、日本の漂流はさらに続くと思えてならない。」

 そして、しかしながら、菅内閣は前原外務大臣を中心に親米の「国家観」を軸にするように見えている。それは桜井の前提と似ているのだ。
 「アジアの全諸国が闘っている」ということと、鳩山や小沢が言ってきた東アジアの共同体の展望は正反対だ。尖閣列島はいざしらず、竹島はどう なっているのだろうか。保安庁が船を出しているとは聞いたことがないが。こうした「差」は「北方領土」問題での四島か二島かの先鋭な対立などとも絡むであ ろう。沖縄の基地問題もあり、東アジア問題はまさに今後の政治的左右を分岐する根底的問題となるだろう。

 以上、樋口さんのお兄さんの戦死の文章を見ての感想であります。
 九月十八日 


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