被災地からの通信(2)
   
                   
                      高橋喜一                                         


「月天心貧しき街をとおりけり」

外に出て空を見上げたら本当に美しい月の光が降り注いでいます。街はひっそりとしています。そんな環境の中で想い出した句です。遠く救急車、緊急車両かのサイレンが四方八方で鳴り響いています。貧しき町・・・実はこの強欲資本主義社会がつくった社会構造だ。

今日は久方ぶりに仙台の中心街に足を運びました。実は手持ちのお金が不足してきたので・・・メガ銀行の「みずほ」が入金口座でこの大変な時期にシステム障害。本店まで行かないとおろせないと言う切迫した状況です。震災以後久しぶりの中心街の状況を伝えます。

大規模スーパーには5列に並んだ人が200メートルぐらいの長さにあふれています。最後尾で「入店までの時間は?」「そうですね3から4時間です」。街のあちこちには食材を求める人が行列を作っている。仙台の繁華街「一番町通り」は人の波。JA山形のコメの販売にも多くの人の波。米を求め食材を求め水を求め罹災した人々が街に繰り出しています。手に入れられる食材は限られています。では何故中心街にこれほど多くの人が?それは簡単な理由です。「便利さ」は都市の中心につくられたからです。そこに行けば何でも手に入る街・・・公共交通が正常ならばそうかもしれないがそこが壊れてしまうと居住区には何もないという現実が透けて見えてきます。

今、被災地を襲っている諸問題は「新自由主義」が作り出した「闇」の部分が露呈したと言うことでしょう。

こうした社会構造は震災の中で最も弱い層を直撃し、しかも見捨てられている。震災で亡くなった人の氏名が毎日の新聞に載ります。その多くは70歳以上です。震災のあった時間、働き手は街の職場に行っている。家には爺ちゃんと婆ちゃんとと学校から帰った子供と主婦・・・そして地震と津波。二世代、三世代の家族・・そうした家族構造が被災地、とりわけ津波の襲った地域が「一緒に暮らす」と言う社会が生きている町や村なのです。TVで避難場所にいるお爺さん、お婆さんが東京をはじめ遠く離れた地域え「○○ちゃん元気ですよ!連絡ください」と言えば一人ぐらい、あるいは老夫婦都いうことが想像できるでしょう。

東北はいつの時代でも「使い捨ての最前線」におかれてきた。「我慢強い」「忠実」と言うなのもとに農家の働き手が戦争の最前線に動員され餓死してきた。戦後の復興期では集団就職列車で「金の卵」と15歳の中卒の子ども達が安い労働力として「動員」された。そして生まれた日本の繁栄。でも、その繁栄は東北をはじめとする被災地では無く衛星からこうこうと光り浮かび上がる「白夜」の中の都市に「富」が集中したのです。今、震災の中に思う事・・この政府は何を大事にしようとするのか?乾パン2枚とペットボトルのキャップ2杯の水で何日も生き延びてきた被災者。女川・石巻に挟まれた牡鹿半島の各浜は100を超える遺体が打ち上げられ、半島の小さな集落では70歳を超えた老人が手元にある食べ物を分かち合って支え合って生きている。牡鹿半島のあちこちで必死に生きようとしている人に何も届いていない現実を見ると私は政府の「棄民」政策ではないかと考えてしまう。ヘリコプターが半島をくまなく飛行して確認し水と食料をメッセージを投下する。先ずそれを実行して欲しい。爺ちゃんと婆ちゃんの生活の知恵は政治家どもには判るまい!

 

この間、新聞投書欄を見るのが楽しみです。今日の朝日では恥ずべき『都知事 「天罰」発言』が載りました。確か昨日は高校生の同様の投書が載りました。何度も何度も読み返しています。本当に嬉しく思いますが東京ではどのような動き(地域マスコミも含めて)かが判りません。彼は「都知事選」に出馬する意向だそうですが「糾弾・抗議の嵐」のなかで立候補を辞退させるような世論をかき立ててください。いやしくも「直木賞作家」である文豪石原が発せられた言葉の重みを理解できず「撤回」で事がすむと考えて、「事足りる」と言う事を許すとすれば被災地の人々は「二重の選別・差別」を受けることです。東京知事選で石原が仮にも当選するようなことがあれば被災地の人々の心と東京の人々の心は混じり合う事が出来ないことになるでしょう。

 

私の故郷である南相馬市は原発事故のなかで避難を始めています。二十一万人の人が避難先に向かっています。東京をはじめ多くの自治体が受け入れ準備を始め、また受け入れてます。原発立地区の人々は精いっぱいの反対運動を40年前展開しました。行政に対する札束と懐柔策で村人が分断されてきました。いま「原発はいらない」と言い続けた事の本質が満天下に示されました。会員の皆さんの街に、原発事故で避難する人々がお世話になるかもしれません。見慣れぬ土地に行く不安とこれからに対する不安のなかで心配は尽きません。どうか避難先に出か交流し話を聞き励まして下さい。

 

もう深夜です。余震が又来るのでしょう。私も身体に気を付け頑張ります。!



 

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