見つめあう二人


 暑い夏の夜、一時の涼しさをふりまいた夕立が、もうやもうとした時、彼女はそこにいました。

 彼女は、この街では、評判の女性らしく、なんの関係もない私にも、彼女に恋焦がれる男 達の噂は伝わってきます。黒服できめたお洒落なある男が、熱心に彼女にいいよっているとか、 濃いスーツに真っ白なシャツがよく似合う、この街ではよく知られた紳士が、街で傷付いた 心を持て余しているといった具合です。私が聞いた一番有名な噂は、彼女に言い寄ろうとし た若い男が、それを邪魔する男と喧嘩をして怪我をしたというものです。
 そんな、彼女に言い寄るには不釣り合いな私は、時々、そっと彼女を見かけるくらいだっ たのですが、こんなそばで彼女を見たのは初めてでした。

 偶然、それが彼女と私を引き合わせたのです。夕方の雨が止んだかなと思って、窓のカー テンを開けたところ、雨宿りをしていた彼女は、まるで彼女を巡る恋の鞘当てに疲れた様子 で、たった一人でそこに座っていたのです。
 確かに、彼女がそこにいたのは、偶然だったかもしれません。でも、その時、お互いの目 と目があったのは、偶然ではなかったハズです。そう、運命に引き寄せられる様に、私と彼女は、 お互いの目の中に、相手の存在を映し、お互いの存在を心に強く感じ取ったのです。声をか けるということすら出来ず、私と彼女は、見つめあい続けました。私も彼女も、この偶然の 出会いでの、運命の瞬間に、お互いの目を逸らす事は出来ませんでした。

 どのくらいの間、二人は見つめあっていたのでしょう。私達が息を飲んで見つめあってい た時間は、決して短くはありませんでした。この偶然の出会いに、どうしたらいいのか、た だ、相手の目に自分を映し、長い間、私達は窓越しに見つめあっていました。
 あんなに寂し気な彼女を見たのは初めてでした。いつも明るい笑顔の彼女が、一人でも颯 爽と歩いていた彼女が、そんな彼女が、思いもかけず、寂しそうな表情で、私の目を見つめ ているのです。

 そこで私は、意を決して、彼女に声をかける事にしました。窓を開けて、声を掛けようとし た瞬間、彼女は、彼女を取り巻く周囲と、そして、私の事を思いやったのか、寂し気に目を逸 らしました。
ああ、雨は、もう止んでいます。彼女がここにいる理由は、もうないのです。去りぎわに、も う一度、私の顔を見た彼女は、ゆっくりと去ってゆきました。

 寂し気に去り行く彼女は、お互いが、街で時々見かける男と女、そうでなければ周囲が許 さない事を知っていたのかもしれません。彼女の方だけではなく、私の周囲が、彼女の存在を 許さないだろうという事を、聡明な女性らしく、彼女は知っていたのかもしれません。

なぜなら

私のアパートは猫を飼っちゃいけないんです(^o^)。

え?何故、彼女が女性だって知っていたかって?だって、近所の黒猫や紺白の雄猫達が、彼女 を巡って、夜な夜な喧嘩してましたし、なにより、彼女は三毛でしたからね(^o^)。

snowdog 2002 8/27