大正12年(1923年)、欧遊の帰途にあった中沢弘光は、同船に乗り合わせた川島理一郎と出合いました。互いに話を深めるうち、混迷にあえぐ当時の日本洋画壇の将来に心をいため、ここに正当な美術研究団体の発足を誓い合いました。中沢弘光は、その時インド洋上で仰いだ白日に輝く太陽にちなみ、新団体を「白日会」と命名し、翌年大正13年(1924年)正式に結成されました。

発足後は時局の影響を受け、また様々な紆余曲折を経た後、前会長の伊藤清永(文化勲章・1911−2001)、小堀 進、平松 譲、彫刻の中村晋也(文化勲章)等を中心に、健全、自由な具象作家の集団という創設の意図を受け継ぎながら独自の時歩を築いてきました。

そして現在は、平成14年に会長に就いた中山忠彦を中心に、先達の精神をさらに確かなものにしつつ、伝統的な技法や表現の尊重、対象への真摯な姿勢、新時代に向けた自己に根ざす誠実な取り組みを本会結成以来一貫して標榜し続けてきた写実の一語に凝結し、作家それぞれに新しい写実を追及し続けています。


伊藤 清永
1911年(明治44)兵庫県下出石町生まれ。豊麗優美な裸婦像が多く知られる、昭和期を代表する作家。 1986年、75歳で白日会会長となる。1996年、文化勲章受章。
2001年、逝去。
中山 忠彦
1935年、福岡県小倉市生まれ。高校卒業後、伊藤清永に師事。40年以上に渡り、アンティークドレスを纏う妻の良江像を一貫し描き続けている。
2002年、67歳で白日会会長となる。2009年、日展理事長となる。
1924年1月
(大正13年)
外遊帰りの若い画家たちが帰国後の研究をすすめるために、それぞれの所属団体展以外で研究発表の機会を持ちたいということが発端となって結成。
1924年 6月 上野竹之台陳列館における第2回展より一般公開の規定を設ける。
1926年 第3回展より会場を東京府美術館に移す。
1932年 4月 京城で白日会朝鮮展開催。
1945年 戦局悪化のため開催延期となる。
1946年 5月 第22回展で再開する。
その後、伊藤清永を中心に発展する。
現 在 絵画部と彫刻部を擁し、年一回、東京 国立新美術館・中部支部・鹿児島支部・関西支部で展覧会を開催。

会  長
中山 忠彦
日本芸術院会員・日展顧問
副 会 長深澤 孝哉
副 会 長
峯田 義郎(彫刻部)
東北芸術工科大学芸術学部長
顧  問伊藤 利行 日展会員
顧  問柴田 祐作 日展会員
顧  問中村 晋也(彫刻部) 文化勲章受章・文化功労者・日本芸術院会員・日展顧問
顧  問三澤 忠  
常任委員阿方 稔 前東京造形大学教授 美術学部長
常任委員有田 巧 崇城大学教授
常任委員池田 良則 日展会員
常任委員石垣 定哉
常任委員伊藤 晴子 日展会員
常任委員大友 義博  
常任委員熊谷 有展  
常任委員斎藤 秀夫 日展会員
常任委員柴田 良貴(彫刻部)
常任委員清家 悟(彫刻部)  
常任委員高梨 芳実 日展会員
常任委員寺久保 文宣 日展会員
常任委員中谷 晃  
常任委員広田 稔
常任委員堀内 秀雄(彫刻部)  
常任委員山本 眞輔(彫刻部) 日本芸術院会員・日展理事



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事務所 寺久保 文宣