2004年 新春東海散歩


Chapter 1 それは突然の話

九州に行くのもいよいよ1ヶ月と少しと迫った2003年末。
18きっぷを使って九州に行くTちゃんから、「18きっぷがあまるからどこか行くべさ」とうれしいお誘いが。
それを受けて早速調査開始。Tちゃんは18きっぷ旅行をする時は西に向かわないとメリットのない人なので、
名鉄の3月廃止区間に行くことを提案してみました。
で、すぐに蓮田駅に行って「ムーンライトながら」の指定券をゲッツ。
残念ながらコンパートメント席ではありますが、、まあ、買ったのが乗車する10日前ですし、
しかも3連休の土曜日の列車ですからねえ、、指定が取れただけでも御の字でしょう・・・


Chapter 2 野戦病院の中で

2004年1月10日、昼間の京王戦争(駅弁祭り)を終えて、東京駅には23時半。
「ながら」は9月以来ですけども、まあ、前回同様にマッタリ飲んで寝ていければいいかな、と思います。
Tちゃんも酒をガッツリ仕入れて時間通り集合です。


今回も旅立ちは373系ムーンライトながらである。

電車は時間通りに東京を出発、Tちゃんと乾杯をしてビールを飲む。
横浜で前の席にヲタ風の男子が乗ってきましたが、落ち着いた雰囲気で飲みながらTちゃんとマニアトークを展開する。
そしてその濃すぎるトークに耳を傾け変にうなづいたりする前の座席のヲタ風(笑)。
・・・楽しい夜はそんなムードで過ぎていきました。

お酒も尽き、そろそろ寝ようかと思い始めた25時過ぎ、電車は小田原に着きました。
今日はギリギリで取れた席なので小田原からは自由席になります。
今までの経験上そんなにムチャクチャには乗ってこないだろうと思っていたら、、、

びっくりするくらい乗ってきました。通路が人で埋まって、貫通路抜けたところすぐにあるトイレにさえ行けないレベルです。
ギュウギュウ詰めで通路に人が座り尽くしている様子は、「野戦病院」という表現がピッタリでしょう。。。
臨時の救済列車の運転がなかったようで、、、こんなに混んでいる「ながら」は初体験なのでした。

で、結局落ち着かなくなって静岡あたりまではほとんど寝ることができず(泣)。
そして寝たと思ったらもう浜松で、すっかり目が覚めてしまいました。

列車は遅れることなく西へ進み、5:40に刈谷に到着。ここで名鉄に乗り換えです。


Chapter 3 名鉄を味わい、西中金へ

刈谷では20分ほどの待ち合わせで名鉄に乗り換えです。
まだ6時前ということで、寒さに震えながらホームにたたずむワタクシ達。


名鉄刈谷の駅名標。名鉄の共通デザインである。

ようやく着た電車に乗りました。名鉄といえば真っ赤な電車、もちろん乗ったのもマッカッカの電車です。
車内の雰囲気も独特で、固定のクロスシートが集団見合いの逆(背中をむけて)で並んでいたり、
つり革が天井に直についていたり。そして暖房がムチャクチャ弱い!凍えながらひたすら乗る私なのでした。

知立で電車を乗り換え、ロングシートのワンマン列車に揺られながら猿投に到着しました。
近くの豊田市からは地下鉄直通で名古屋の都心まで出られるということもあってか、ここまでは15分間隔で電車があります。
とはいえ、その名古屋の通勤圏もここ猿投までのようです。

猿投から先、西中金までは日中1時間に1本、それも単行のディーゼルカーが静かに走るのみとなっています。
そしてこの区間、三河線猿投−西中金間は同じく三河線の碧南−吉良吉田間とともに、2004年3月31日で廃止となります。
今回はまずこの区間を乗ることとしました。

乗客は高校生数名の他はヲタしか乗っていません(笑)。
猿投を出るといきなりの急坂で、一気に街が途切れて山っぽくなってしまいます。そこからはゆっくりゴトゴトと列車は進みます。
最初の駅で高校生が全員降り、車内はヲタのみに。。。
鉄橋を渡ったりトンネルを抜けたり・・・山路線のムードたっぷりの車窓で、旅気分満載です。
しかし、開けたところに出たと思ったらもう終点の西中金でした。


1.まもなく廃止となる西中金の駅名標。
2.この区間はディーゼルカーが1時間に1本運転されるだけである。


終点の西中金はほどほどに交通量のある道路に面した駅で、ここから足助までバスが連絡しているようです。
#ちなみに鉄道はこの先足助まで建設されかかっていたそうで、その遺構も探せばあるそうです。
しかし、同じ豊田市内とは思えない閑散ぶりですね。。


1.味のある、いい雰囲気の西中金駅。
2.ローカル路線の現実は苦しい。西中金駅に貼ってあった廃止を知らせるポスター。


こんな感じで終点の様子を撮って、すぐに折り返しの列車で西中金を後にしました。
今度もヲタ以外は高校生しか乗っていませんでした。これでは廃止になるよなあ、、、と思いながら。。。
ここでTちゃんのお母様が作ってくださったおにぎりを朝食にいただきました。

猿投に戻り、すぐの連絡で知立行きに乗り換え。
行きのロングシートとは打って変わって、今度の車両はやたら内装が豪華な雰囲気の転換クロス車。
豊田市までの間、なかなか快適に過ごすことができました。


撮影した時間の関係で薄暗いですが気にしないように(笑)。こちらがその内装が豪華な雰囲気の車両のワンマン列車。

豊田市に着き、一旦名鉄とはお別れ。今度は愛環線に乗り換えです。
朝からなかなか忙しかったり。。。


Chapter 4 まったりと乗り継ぎ乗り継ぎ・・・

豊田市の駅をでてひたすらまっすぐデッキを歩くと、すぐに愛環線の駅はありました。
しかし、10分の乗り換え時間でギリギリといった感じです。
ゆっくり乗り換えるには15分くらい余裕を持った方がいいですね。

愛環線はJR岡多線を引き継いだ第三セクターで、元々開業していた岡崎−新豊田間と、
経営移管後に開通した新豊田−高蔵寺間をあわせた電化路線で、施設はかなり近代的な造りになっています。
電車も2〜4両編成の列車が1時間に2本程度走っています。
車窓は地味ながらも高架区間が多く、見晴らしはよかったです。
乗った電車は新鋭2000系車両。といっても、JR東海の313系とは外装が違うだけだったりしますが(笑)。


岡崎に到着した愛環2000系車両

岡崎からはJRに乗り換え、今度は大府に向かいます。

岡崎始発の電車は311系かと思ったら211系のクロスシート車。
211系のクロスは東にしかいないと思っていたのでちょっとびっくりしました。
岡崎を出た頃はガラガラだった車内も、名古屋が近づいてほどほどの混雑となりました。
大府にはわずかに遅れて到着しました。

まったり旅している割には乗り換えが多く、ここで武豊線に乗り換えです。

東海地方の鉄道のルーツである武豊線はのどかな生活路線で、暖かい日差しを浴びて快適に知多半島を走ります。
車両は今ではすっかり高出力で快適なキハ75になり、名古屋への直通列車も多数運転されています。
途中での行き違いも多かったですね。


1.快適な気動車、キハ75型
2.武豊駅舎。武豊線は東海道線よりも歴史の長い路線でもある。


さて、武豊からは周辺を散策しながら近所の珍名駅「上ゲ」へ向かいます。
この近辺は古い建物が多く、道も狭かったです。が、静かで暮らしやすそうな感じでした。
5分ほど歩くと少し広い道にでて、線路にぶつかったところに上ゲ駅はありました。


珍名駅、「上ゲ」の駅名標。これで「あげ」と読むのである。

駅舎もない対向型ホームの無人駅でこれといって特徴はありませんでしたが、
実に不思議な駅名でありました。ちなみに電柱の住所が「上ケ」と、濁らないものもありました。
誤植なのか本当にそうなのか、、謎であります(笑)。

そんな感じで駅の写真を何枚か撮ったところで時刻表を見ると、だいぶ列車がない。
ということで、隣駅の知多武豊まで歩いて、名鉄特急に乗ることに。
名鉄特急は快適で、ウトウトしている間にサクッと名古屋に着いてしまいました。

名古屋で小休止。お昼に味噌煮込みうどんを食べて、午後の部スタートです。
ちなみに。今回は山本屋本店で食べましたが、私は山本屋総本家の味の方が好きでした。


Chapter 5 あんびしゃす じゃぱん

昼食後、名古屋を脱出する電車まで時間があったので岐阜まで普通列車で戻って、
折り返しすぐに新快速浜松行きに乗車。
米原発の列車から乗り継ぎのある列車だったのでほどほどに混んでいましたが、
名古屋で進行方向に座れました。岐阜まで戻って大正解でしたね。

で、本日3回目となる刈谷を通りながらウトウトウトウト。気づけばもう豊橋を過ぎ、弁天島あたりでした。
もうすぐ浜松。ここからはみかん電車の各駅停車にのってひたすら東に進まねばなりません。
けっこうこれがキツかったりします。なんて思っていたらTちゃんも同じ意見(笑)。
すぐ乗り継げる新幹線があったのでサックリ乗り換えてしまいました。

静岡まではあっという間ですが、やっぱり新幹線は早くていいですねー。
天気もかなり良く、富士山もくっきり見えました。


1.静岡まで乗った新幹線。今ではこだまも300系で運転される。
2.静岡駅、新幹線ホームの駅名標。静岡にはとてもお世話になっています(笑)。


静岡からは岳南鉄道に乗り換える吉原まで、普通列車に揺られます。
いよいよ富士山がよく見える場所でありますが、絵に描いたような美しい富士山が見えました。
今まで旅していてここまできれいな富士山ははじめてでした。


吉原に向かう普通列車から撮った富士山。とても美しかった。


Chapter 6 パルプ工場をすりぬけて

吉原に着きました。
今日最後のお目当てはここ吉原から岳南江尾まで10km弱をトコトコ走る小私鉄、岳南鉄道です。
岳南鉄道は出札・改札一切自動化されていません。自動なのは車内放送くらいです。
お客さんひとりひとりに乗車券を丁寧に売っています。そして、硬券です。
ということで、記念にしっかり硬券乗車券を買っておくです(笑)。
乗るときには往復するだけでモトがとれる一日乗車券を買いました。

1両の電車は元京王線の車両で、スピーカーに残る「KTR」の字がそれを物語っています。
ボロい車両ですがかわいらしいです。ゆっくりゆっくり一駅づつ進んでいきました。


岳南鉄道を走る元京王車

岳南鉄道といえば京王車が入る前は東急5000系(有名な「ガマガエル」ですね)が走っていました。
その頃に乗っておけばなあ・・・という気持ちがかなりあるのですが、
その車両が途中の岳南富士岡に留置されているのを発見しまして・・・
終点の岳南江尾まで行った帰り道に途中下車しました。


1.元東急5000系車両。特に保存する様子もなくただ留置されており、その姿は少し痛々しい。
2.こちらは正面から。行先方向幕は撤去されている。


時間も17時を過ぎ、だいぶ暗くなってしまいましたがなんとか写真を撮ることができました。
この独特の顔がなんかいい感じですね。本当にこれが走っている頃にここに来てみたかったと思いました。

さて、次の電車で吉原に戻るともう外は真っ暗です。あとは東海道線でひたすら東へ向かうのみ。
途中小田原で思わぬスペシャルゲストをお迎えしたりして最後までとても楽しい旅でした。

いつもは話し相手のいない旅ですが、たまには誰かと旅するのもいいものです。
また機会を見つけてどっか行きましょう!>Tちゃん。

そして・・・翌月に迫った九州旅に向けていいリハビリになりました(笑)。