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★地図および旅行に関係のない事に関してはこちらで書く事にしました。
2005年
12月04日(日): 地図の旅愛好会に参加、「カッパ先生陸地を行く」
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この週末、東京に向かった理由は2つあります。1つは国立国会図書館でコピーすること。そしてあと1つがこれです。東京での例会に参加するのは5年ぶりになります。大沼先生とは昨年の神戸例会以来です。皆さんにお会いできてよかったです。
忘年会で話題になった本、ここで紹介しますね。
私は昨年にご本人から紹介され、この本を読みました。
カッパ先生陸地を行く 大沼一雄 二見書房 昭和36年
高校の先生をされていた大沼先生が、夏休みの間にスクーターを使い東北地方を走り回って書かれたという紀行文です。
今では当たり前のことが昭和30年代には当たり前でなかったことがたくさんあることをこの本を通じて実感できます。大沼先生のフランクな言葉が昔に対する「表現の壁」を取り払ってくれているもいいところです。
この時代から「酷道」という言い回しが使われていたのは驚きです。いや、昭和30年代という時代だからこそ「酷道」という表現がふさわしいのかもしれない。舗装されていない道をマスクつけて走ったというんですから。スクーターに石をぶつけて修理で足止めを食らったりもしています。ツーリングがままならなかった時代なんでしょうね。
そんなわけで「酷道」ファンにはたまらない一冊です。
大阪市立中央図書館にこの本ありますし、2週間借りることもできます。
都道府県立レベルの図書館にも置いてあるところが多いようです。
11月21日(月): 大阪・ぶよお堂の旧版地図販売・総括
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土曜日に大阪・ぶよお堂へ行ってきました。
旧版地形図探しのために4回お邪魔したことになりますが、この日でお店にある旧版地形図は全部見終わったことになります。いやぁ〜、恐るべし2万枚の旧版地形図!
結局、何枚購入したかというと、24+132+56+31=243枚となりました。トップページに書いてあるように地形図専用のビニールケースが欲しいところです。今現在、ビニールケースが20束あるのですが、いずれもいっぱいになっています。1束50枚だとすると、1000枚は超えているでしょうね。
気付いたこととしては次のようなことが挙げられます。
初版本ならぬ初測量、初編集の地形図が多く入手できたのはうれしかったです。特に昭和42年改測の1:25,000地形図「和歌山」がGETできたのはうれしかったですね(もう店にはありません。GETした1枚しかありませんでした)。
昭和42年測量の1:25,000地形図「尾鷲」も入手しました(すいません、これももう店にありません)。矢ノ川トンネルの完成が昭和42年なものですから、矢ノ川トンネルが描かれているものとばかり思っていましたが、描かれていませんでした。国道42号線旧道がまだ国道として指定されています。これについては複製許可申請出して紹介したいと思います。
その他、OMRの次のネタとして紹介できそうなのもありましたので、次の次回作ラインナップにご期待ください(複製許可もらってからなので、まだ先の話ですが…)。
最後になりましたが、旧版地図に関する情報をメイルで教えて頂いたぶよお堂店長に感謝します。ありがとうございました。
今日未明、近畿地方で放送されたタモリ倶楽部の中身は半年ぶりに地図ネタでした。
「マッパーの聖地日本地図センターに潜入!」
日本地図センターでいろんなことしてましたね。
伊能図の説明受けるはずのところで、タモリさん、昔、国土地理院長だった人そっちのけで伊能図みてたなぁ〜。
タモリさんの書いた風力発電用風車の地図記号は見ようによっては危なかった。
最後にタモリさんに手渡していたお買い物券、タモリ倶楽部のスタッフが用意していたのでは?
(やけにでかすぎるし、フィルムでカバーされていた)
中身は面白かったのですが、タモリさんが地図知識を披露する場面は少なかったように思います。あと、日本地図センターのトップ、「地図一途」のコラムニストである野々村氏は登場しませんでしたね。動く野々村氏見れなくて残念です。
余談ですが、地図ショップ(←日本地図センターのことか?)売れ筋ランキング第2位に、大沼一雄先生の「地図の記号と地図読み練習帳」がランクインされていました。第3位の「災害時帰宅支援マップ 首都圏版」は各メディアで紹介されている代物なんですけど、それより売れてるんですね。すばらしい。
個人的には先生の書かれている「日本列島地図の旅」シリーズがもっと売れてほしいところです。
10月29日(土): 大阪・ぶよお堂の旧版地図販売・その2
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今日、大阪・ぶよお堂へ行ってきました。
前回、訪れたとき仕分けできていなかった昭和40年代の地図の仕分けができたと、お店の方からメイルを頂き行ってきたというわけです。個人的には戦前の地形図よりもそっちのほうに興味があったもんですから喜んで行かせてもらいました。
ぶよお堂
ところで、月曜日(10月31日)に大阪・ぶよお堂さんがYahoo!オークションで旧版地図を大量に(100点ほど)出展されるそうです。大阪に足を運ぶことのできない古地図・旧版地図ファンの方も要注目です。(出品者はmap_buyodo)
お店の方のお話によると、地図トピックで大阪・ぶよお堂さんのことを書いてから、それなりの反響があったみたいです。関東から来られた方も複数おられたというんですから驚きです。100枚ほどの旧版地図を宅配便で送ってもらったとか…。
昭和40年代の地図は2万枚(推定)の旧版地図のうちのかなりの枚数を占めているみたいで、1Fの店内に品を運ぶことができないそうです。そのため、私は別室に連れられ地図を見ることになりました。「仕分けができた」と書きましたが20万分1の図枠での分類はまだで、地方ごとの分類、そして、1:25,000地形図と1:50,000地形図の分類ができている状態でした。私は1000枚ほどの束になっている地形図を取り出しては1つ1つ見ていくことに…。
ん〜、地図好きの私でも相当根気の要る作業です。地図を見ていってつくづく思いました。「この年代のあそこの地図が欲しい」と思って見るのは絶対によくないと。「地形図を見ていったら、こんな面白い地形図が見つかった」というようなスタンスで見ていかないとやってられないと思います。それだけ膨大な枚数なんです!
今回の収穫は132枚でした。OMRの次のネタとして使えるのもありましたね。昭和40年代の地図は1枚100円ということになっている(若干、まけてもらいましたが…)ので枚数のわりには高くつきませんでしたよ。
それにしても、開店まもなくから閉店時間までいましたが、調査できたのはまだ全体の30%ほど。少なくともあと2回ほど通わないと全部見れそうもないなぁ〜。
これら昭和40年代の地図を購入したい方はお店の方の都合もあるそうなので、電話で要相談だそうです。
10月17日(月): OldMapRoom450,000Access突破!
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5ヶ月に一度(?)のご挨拶です。450,000Accessになりました。ありがとうございます。
更新履歴のところでも書きましたが、最近、Yahoo!の検索方法が変更されて困っています。
Yahoo!で「古地図」をキーワードに登録サイトで検索してみてください。私のページがスポンサーサイトの下、トップで登録されています。これが今までの検索結果です。それが今では検索結果に現れなくなってしまっています。おかげでAccess数は明らかに減少しています…。
原因は簡単。私のHPに「古地図」という言葉がないからです。私としては、古地図というモノの考え方があまり好きじゃないんですよね。10年、20年くらい前の地図も扱っているんですが、これは古地図ではなく旧版地図というのが正しいでしょう。でも、これからはそうも言ってられません。ページ内に古地図という言葉をちりばめてみようと思います(…って、そんなに簡単に上位にランキングされるのかぁ?)。
9月に2度も3連休あるんだから、1度くらい旅に出ないとねぇ。ということで、ワイド3・3・SUNフリーきっぷを使って旅行をしてきました。
23日は西国三十三所参りの満願霊場・華厳寺に行って参りました。これで、全ての霊場へいったことになります。1年4ヶ月での達成です。しばらくしたら、写真や一口コメントを添えたりなんかしてまとめていこうと思います。
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| JR東海 超電導リニア館 |
24日には、愛知万博に行ってきました。閉幕前日だったわけですが、この日の入場者数は21万人を超えたそうです。それくらいの入場者は予想して行くんですから無謀ですよねぇ〜。
まず行ったのはJR東海のパビリオン。これだけ見れればいいと思ってましたから、せっせと並んで見ました。2ヵ所並ぶところがあって、それぞれに40分の待ち合わせ。見終わった後にはもう昼前でした…。
昼からは長久手日本館も見たかったのですが、待ち時間が160分でしたので、行くのをあきらめ、オランダ館に行きました。30分ほど待ったかな?ショップもお目当てにして行ったのですが、オランダ館のショップは開いていませんでした。もう完売してたんじゃないでしょうか?中国館とかのショップも行列に並ばないと入れないみたいだったのであきらめました。
結局、訪れたのはこの2ヶ所だけだったのですが、歩き回るだけでも十分に楽しめました。いろいろ写真に収めましたので紹介できればと思っております。
この愛知万博訪れてみて思ったのですが、大阪万博の来場者は愛知万博の3倍なんですよね。当時入場した人は1日でいくつパビリオン見れたんでしょうか?そういえば、大阪万博で「〜館はこんな展示をしていた」という話はあまり聞かないような気がします。今回の愛知万博でも歩きくたびれたのか、ベンチに腰掛けている家族連れを多く見かけました。「万博の雰囲気を味わう」、これが万博を訪れた多くの方々の実際なんじゃないでしょうか?雰囲気だけでも、非日常を味わう上で十分意味あると思いますよ。
そう自分に言い聞かせる私であった…。
9月03日(土): 大阪・ぶよお堂の旧版地図販売
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大阪周辺にお住まいの皆さん、朗報です。
大阪・ぶよお堂で旧版地図の販売を始められたんだそうです。その枚数なんと2万枚!(推計)
ぶよお堂
旧版地図に関する情報は今のところ載っていませんが、近いうちに載せるそうです。
先日、お店の方からメイルを頂き、今日行って参りました。
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| 大阪・ぶよお堂 |
今のところ、店内に置かれてある旧版地図は3,000枚ほど。残りはまだ仕分けができていないそうです。今のところ、戦前、昭和30年代くらいまでが大半です。わずかながら大正時代の地図もありました。
東京に行くとよく行く、神田の秦川堂書店と違うところは、折り目が付いていないことでしょうか。値段も比較的安く設定されています。(100円、200円、400円、800円:発行年が古いほど高い)。2万枚世に出回るわけですから、旧版地図市場に大きな変化が起こるかもしれませんね。
どうして、2万枚も旧版地図が残っていたか?についてですが、新しい地形図が発行されても、昭和50年くらいまでは新旧地形図の交換ができなかったみたいで、新刊が発行された場合の旧図の残りが武揚堂の倉庫にずっと保管されていたそうです。
東京・武揚堂での旧版地図の販売はないのか?お聞きしたところ、無いとのこと。話によると、古地図(旧版地図)を販売するためには許可が要るらしく、その許可を大阪・ぶよお堂は持っているけど、東京・武揚堂にはないんだそうです。
なお、これら旧版地図のデータベース化はしていないので、電話や店頭で「この年代のあそこの地形図が欲しい」と言っても、ダメなんだそうです(そりゃそうでしょう)。自分でお店に行って、お目当ての地図があるかどうか探すということになります。旧版地図は20万分1の図枠で分類されているので、あるかどうかを探すのは比較的簡単です。←仕分けするの大変だったと思いますよ。
で、収穫はというと、比較的発行年の新しいものを中心に24枚購入(昭和30年代の1:200,000地勢図など)。9,400円でした。非常に満足しております。昭和40年代の地図も購入したかったのですが、まだ仕分けできていないんだそうです。個人的には、そっちのほうを楽しみにしております。
以前、田辺市が合併したことで、同じ田辺市なのに天気予報の見るところが違うという話をしたのですが、
今日、関西の天気予報見てると、和歌山県北部の表示が変わってた。
どうしてだ?
先週の金曜日にA.I.Cのこちらのページを読んでいたら、私のページがリンクされていた。
内容は「地図一途で使われている地形図は国土地理院から承認を受けているのか?」というもの。そのときに私のページが引き合いに出されたというわけ。
リンクされてあるページに、引き合いに出すほどのこと書いてないんだけどなぁー。確かに、初めて承認受けるとき国土地理院の方と電話やメイルでいろいろお聞きしたりして苦労したんだけどね。OMR開設してすぐに承認方法が変わったりもしたし。
「地図一途」の書き手は知る人ぞ知る、元国土地理院長の野々村邦夫氏。
これに対し、野々村氏は国土地理院のページに書かれてあることを引用して、承認を受けなくても大丈夫である(要旨)と書かれていました(詳しくは上のリンク読んでください)。
私も、この点については気になっていました。地図に親しんでる方達の間で話題になりましたが、「国土地理院長したことある方だから間違いないだろう。」という結論でした。
国土地理院に複製許可申請を申請し承認されるまで2週間くらいかかります。「タイムリーな話題を提供する」のが野々村さんとこのコラムのウリですから、いちいち申請して承認を受けることをしてると、コラムをやっていけなくなると思います。
でも、このままだと、
「1ページに含まれる地形図の枚数が3枚までだったら、何ページでもよい。」
ということになってしまうのですが…。どうなんでしょう?
規制緩和を身をもって示されているんでしょうねぇ〜。きっと。
5月13日(金): OldMapRoom400,000Access突破!
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400,000Accessです。ありがとうございます。350,000Accessになってから、一時期Accessが増えず、難儀(なんぎ)したりしましたが、今では順調に回復しています。
そんなにGoogleに左右されるのか?いまだに疑問でありますが…。
アンケートもよろしく〜。八郎潟干拓地の今昔、地図編集がもうすぐ終了です。今月末にはその次のネタを決定したいと思います。
ところで、実家に戻って、市町村合併の話で盛り上がったのですが、大正時代の和歌山県の市町村の姿を紹介するのも面白いかな?と思っている今日この頃です。(和歌山市はこちらのページで紹介していますが…。)市町村界だけでなく、郡界も明示すると違った見方ができると考えてます。
なんとなしに、こちらのサイトを見て驚く。
でっかいな〜、田辺市。
5月1日に田辺市、中辺路町、本宮町、龍神村、大塔村が合併して、新しい田辺市ができたんだそうです。それにしても、すげ〜でかい。市町村合併を渋っていた(?)和歌山県にもこんな時代がやってきたんですね…(笑)。
和歌山県の何%占めてるんだ??
話によると田辺市の中に、天気予報の和歌山県北部に当たる地域と和歌山県南部に当たる地域があって、同じ田辺市なのに、違うところの予報を見なきゃならないんだとか。
ということは、台風とかで暴風警報出た時に、同じ市なのに学校を休む所と、休まない所が出てくる可能性があるんですよね。ん〜、ややこしい…。
和歌山県北部に当たる旧龍神村は田辺市北部と呼び、和歌山県南部に当たるそれ以外の地域(田辺市南部=旧大塔村、田辺市西部=旧田辺市、田辺市中部=旧中辺路町、田辺市東部=旧本宮町)と分類するんだそうです。地形図上では旧市町村の境界線は無くなりますが、新しい市を運営する上では昔の境界線が不可欠なんですね。(←これから発行される地形図じゃ対応できんよなぁー。)
ついでに、その他の和歌山県の合併で気になるところを紹介します。
打田町、粉河町、那賀町、桃山町、貴志川町は合併して紀ノ川市になるんだけど、和歌山県に新しい市が登場するのは昭和31年に有田町が市制を敷いて以来、49年ぶりの事だ。半世紀やで〜。
合併予定のかつらぎ町と花園村は合併すると細長い町になるんだけど(新名称:かつらぎ町)、この2つの町村の間には直接連絡できる道路がない。隣の町の道路を使って行き来していく事になる。事実上の飛地だ。2つの町村をさえぎるのは標高900m級の山!だから、道路を造って何とかするような気は起こらないだろう。
関東では過去の話になってしまったようですが、4月1日と4月8日のタモリ倶楽部で地図エッセイストの今尾恵介氏が登場したそうですね。タモリ倶楽部のへやの更新が途絶えていたので、気づくのが遅れてしまいました。動く今尾氏を見るのは今度が初めてとなります。
関西地区で放送される4月20日のタモリ倶楽部は4月8日放送分でしょうか?
どんな内容になるのか期待しましょう。
今尾氏、拝見しました。でも、途中退出されましたね…。
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| オリンパス・E-300 |
前から言ってましたオリンパスの一眼レフデジカメE-300、週末ヨドバシカメラに行ってを買ってきました(キャンペーン期間が15日までだから慌てて買いましたよ)。望遠レンズも1本付けたりして、なんやかんやで13万円しました。望遠レンズは今度の北海道旅行で活躍させましょうか?
前のコンパクトデジカメもオリンパスだったんですよね(CAMEDIA C-2020ZOOM)。発色が私好みというのが大きな理由です。
早速、使ってみたのですがいくつか問題が…。まず、付いていたレンズのF値は3.5が最小。そのぶん集光力が弱いため、シャッタースピード遅くなる。果たして、梅田のHEP FIVEの観覧車みたいな写真がフラッシュ無しで撮れるのだろうか。
それよりも、もっと不安なのがピントの問題。オートフォーカスで撮影すると、ISOを上げても、どうも、ピントが合ってくれない。暗い部屋で撮影したからなのか?こんなとき、マニュアルフォーカスで対処するしかないのかなぁー。
3月28日(月): 18きっぷの旅2005春・その2――紀南へ――
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| 青岸渡寺・三重塔 |
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| 田辺市街地・旧国道42号線 |
神仏にすがる思いで(謎)、土日使って、西国第一番札所・青岸渡寺へ行ってきました。今度で2度目です。西国三十三所のことは知らずに参ってたので、納経してもらってませんでした。
日帰りは無理なので、新宮で一泊しての参拝だったのですが、それでも移動時間に、片道でまる1日かかりましたね(和歌山〜新宮間を普通列車で5時間!)。西国三十三所中、一番行きにくいところをクリアしたというわけです。
西国三十三所参りの進捗状況に関してはWalk a way!!をご覧下さい。
途中、紀伊田辺駅で降り、自転車を借りて市街地を散策しました。
写真はその時に撮ったものです。「大阪方面」と記された看板があります。道幅の狭い道路の割りにはスケールのでかいことが書かれてありますね。
実はこの道路、昭和42年まで国道42号線だったところなんです。田辺市街地を通り抜ける道路はこの道しか無かったため、大型車も通っていたんでしょうね。当時の地形図(昭和40年改測)でも道幅の狭い国道として描かれてあります。
これら写真と新旧地形図を用いて、和歌山市、橋本市に続く、和歌山シリーズ第3弾・田辺市を紹介する予定です(時期は未定)。ご期待ください。
3月22日(火): 18きっぷの旅2005春――天橋立へ――
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| 笠松公園から見た天橋立 |
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| かもめ(本物です) |
西国三十三所参りに行ってきた事はWalk a way!!で詳しく語るとして、ここでは天橋立に行った事を書きますね。
天橋立に行く事になったのは、西国三十三所のお寺の一つ成相寺(第28番札所)があるからでして、もしこの理由が無かったらこれからも行くことはなかったと思います。だって、最寄駅・天橋立駅は18きっぷの適用区間外である北近畿タンゴ鉄道の中にありますからね。(西舞鶴〜天橋立間:620円×2の出費)
天橋立駅からは成相寺までの交通機関(観光船、ケーブル、登山バスなど)が自由に乗降りできる天橋立フリー乗車船券(1,900円)を購入して、成相寺まで行き納経してもらった私。帰りに笠松公園で“股のぞき”をしてきました。これって、股を通して天橋立を見る事でどういう景色になればいいんでしょうか?言葉では解るのですが、イメージとしてはつかめないんですよね。
あと、行きと帰りに観光船に乗ってきたのですが、その観光船が面白い!船の中で「かっぱえびせん」が売られてあったんですよ。何かいな?思って説明書きを読んでみると、船の上を飛んでいるかもめのエサらしい。
船の上に行き、かもめに向かってそのかっぱえびせんを放り投げてみる。すると、かもめは“ぱくっ”と食べるんですよ。しかも、かもめはたくさんいてるので取りこぼしが無い。すごく楽しませてもらいました。
これって、最近流行のアニマルセラピーってヤツですかねぇ。
3月14日(月): 毎日新聞・「絶版の戦災図発見」の記事について
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Webで記事が公開されてました。
大阪・神戸大空襲:
京都の男性宅で、絶版の戦災図を発見−−今年で60年
http://www.mainichi-msn.co.jp/kansai/archive/news/2005/03/20050313ddn001040003000c.html
週末は実家に帰っていたのですが、日曜日に実家で購読している毎日新聞トップに、こんなタイトルを目にしました。今日は新聞休みなので、TV欄見るために昨日の新聞をとっていると思います。毎日新聞購読している方は、ぜひ読んでみて下さい。
「絶版の戦災図発見」
何かいな?と思って、記事を読んでみると、「B29による大空襲を受けた大阪市と神戸市の家屋などの焼失区域を記した地図が京都の男性宅で発見された(要旨)」事が書かれてあった。
さらに新聞には、発見されたという地図2枚が縮小して載せられてあって、それら地図の大阪市のほうは、日本地図(という会社)が1946年に発行した「大阪市街図 戦災焼失区域表示」である事も記されていた。
ここで、不思議に思う。戦後の混乱期で、地図を購入しようする方は少なかったと思うのですが、市販されているからには、相当数の地図が発行されているわけで、京都の男性宅の所に行かなくても、適当な所に行けば今でもきっと置いてあるはずだ。
と、いうことで、適当な所・大阪市立図書館3Fの地図コーナーへ行きました。
この大阪市立中央図書館・3F地図コーナーには、明治時代から現代までの市販の大阪市地図(地形図じゃない)が多数置いてあります。明治時代から現代までの市販の地図が、各時代に分けてきちんと整理してあるんです(1列の棚を占拠してある)。
で、探してみたのですが、現物(「大阪市街図 戦災焼失区域表示」)はありました。新聞に書かれたある「絶版の戦災図(の大阪市のほう)」を見たいと思われた方は、大阪市立図書館に行かれる事をお勧めします。
私は早速、カラーコピーしてきました。
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その他に、こんな事もわかりました。
どうやら、日本地図(という会社)は毎年新しい地図を発行しようとしていたみたいですね。
この記事で一番言いたかったのは、「地図が発見されたこと」ではなく、「空襲のすさまじさ」を伝えたかったのだろう。大阪市でちょうど60年前の3月13日に大空襲があったそうだ。これを伝えるためのきっかけにすぎないのとちゃうかなぁ。「地図が発見されたこと」をでかでかと載せるのには問題があると思うのだが…。図書館に行けばあるものだし…。ところで、この記事って、先週の小泉内閣メールマガジンの影響なんだろうか?この中でも、東京大空襲から60年の事が話題にされている。
3月10日(木): 18きっぷのポスター・その2
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もう、18きっぷの利用期間(平成17年3月1日〜4月10日)に入っているんですね。
駅に置かれてある18きっぷのパンフレット、ポスター見ました?右下に書かれてある撮影地をご覧下さい。こんな風に書かれています。
釧網線 浜小清水〜止別
浜小清水駅と言えば、私が北海道旅行で何度か訪れたことのあるあの駅のことです。Walk a way!の中にある「小清水原生花園を歩く!」を見ていただくと、周辺の様子がわかってもらえると思います。
今回のキャッチコピーは、「懐かしい友達に再会するような、そんな旅でした。」
この前、3年ぶりにここを訪れたときも、そんな旅でした。何度も訪れたくなるんですよね。
地元の方でないのでしたら、ここを訪れる時には18きっぷ使わずに、ぜひ周遊きっぷを使いましょう。
複製許可もらってる地形図の範囲内なので、撮影されたと思われる場所を載せておきますね。
平成3年第2回編集 1:50,000地形図「小清水」
列車は川を渡っていますが、浜小清水〜止別の間で川と橋が確認できるのは、一ヶ所だけでした。それに基づき、おおよその場所を特定しました。
向こうに見える海はオホーツク海です。冬だと、流氷が着岸し、山も雪化粧しているはずなので、撮影したのは(かなり遅い)春か、(かなり早い)秋なんでしょう。
以上、勝手にコラボレーションでした。
2003年冬の18きっぷのポスターでもやらせてもらっています。あの時は尾鷲だったかな?その2と書いてあるのはそのせい。
Walk a way!!で書くべきことなのかもりれませんが、2月11日辺りから九州旅行に出かけます。
来年かな?今の時期に北海道に出かけるのは。
日程・行先はおおむね決まりつつあります。福岡県立図書館に1日・2日こもったりするので、旅行というよりはホームページの材料集め(取材)と言ったほうが正確かもしれませんね。
もちろん、近日公開予定の博多駅周辺も歩きます。地図の掲載範囲内で昔を偲ばせるモノがありましたらメイルでお知らせください。写真撮りに行こうと思います。地図の掲載範囲は博多駅から西鉄福岡駅を越えて大濠公園までです。すんごい横長でしょ?
個人的に今行きたいと思ってるのは平和台球場跡地かな?
1月17日(月): センター試験と地図力検定試験
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OMRを昔からご覧になってる方はご存知でしょうが、OMRでは毎年この時期になるとセンター試験・地形図問題の徹底分析をします。今年もインターネットで調べたり、新聞買ってきたりして地理A、地理Bの問題をみてみたのですが、今年のセンター試験の問題はどうも様子が違います。
それは今年の地図に関する問題が、このあいだここで触れた地図力検定試験の問題とよく似ているということなんです。この点を含めて、今日か明日中に更新する予定です。ご期待ください。
待てない人は、地図センターのページ内に第1回試験の問題と解説のページがあるのでそちらをご覧下さい。「地図力検定試験解いておけばセンター試験の参考になった」問題があるのがわかると思います。でも、高校生解くには難しい問題や奇問が結構あるんですけどね…。
1月11日(火): OMRご覧になってる方の年代層
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今年、戦後60年だそうなんですけど、それ聞いてちょっと気になる事があります。それは、「昭和30年当時の様子を知っている方は今何歳になっているか?」という事です。
その当時の様子なんかを知っておくためには、それ相応の年齢になっている必要があります。昭和30年に20歳だった方がいたとしましょう。するとその方は現在、70歳ということになりますね。70歳でインターネットをバリバリされている方ってどれくらいいるんでしょう?そういないんじゃないでしょうか?50代前半のうちの両親でも自分の買ったロト6の当選番号照会ですら子供任せなんですから(爆)。
のところで、「その当時の様子ご存知でしたら、ぜひお便りください。」てな事を書いてるんですが、この様子だと昭和30年代の話を書き込んでくれるのは難しいのではないか?そう思ったりなんかします。一人暮らしの年輩の方が自分のPC使ったり、老人ホームで生活されている方がホームで常備してあるPCを使ったりして書き込みをしてコミュニケーションをとる…なんていう環境、技能あったらいいんですけどね。
20年くらい経ったらそういう人増えるんじゃないの?確かにそうかもしれません。でも、昭和30年代の事をご存知の方は今聞かなくちゃいけないんです。年輩の方の話をキーボードで打ち込んで送ってくれる方いたらいいんですけど、どうでしょう?
私の周りの地図トピック
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