「Era Ouy in Imene?」
敵か?――不意に目の前に姿をあらわした少女は、俺に向かって、そう尋ねたように思えた。
思えた、というのは――一つは、彼女の声があまりにもか細く、良く聞き取れなかったから。そしてもう一つは、彼女が話したのが、俺にとってあまり一般的でない言葉だったからだ。
「On.――Aut, Wo sinat an Rouy Edis.(敵ではない。――だが、味方でもない)」
極めてぎこちない口調で、俺は言葉を返した。
年は、17、8――あるいは、それよりも若いかも知れない。
まだ、戦列に加わったばかりだったからなのか、あるいは、若年であるにもかかわらず、相当の地位にあるからなのか――激しい戦乱の中にあって、ほとんど汚れていないローブをまとっていた。
「……こんなところで、何をしているの?」
こちらとの距離を用心深く測りながら、彼女はいぶかしそうな表情で尋ねる。
今度は、なじみのある言葉だった。
「もう、ずっと旅をしている。水や食料も少なくなって街を探していたんだ。それで、寄ってみた。そしたら、このザマだ」
俺はあたりを見回しながら、大げさに肩をすくめて見せる。
遠目には立派に見えた街も、中に入ってみるとひどい有様だった。いたるところに残骸が転がり、まだ、煙がくすぶっている瓦礫の山もある。
「つい先頃、このあたりで激しい戦闘があったと聞いたが……こいつはひどいもんだ」
「……人が、たくさん死んだわ」
ポツリ、と、少女が呟く。
「だろうな。丸ごと焼き討ちに遭った街もあると聞いた。……それが、ここのことか」
俺の言葉に、少女が頷く。
「そうまでして、自分の国を取り戻したいのか?」
「……ッ!」
途端に、少女の顔が厳しくなる。構わずに、俺は続けた。
「アクフェルの王族も、もはや自分の国を取り戻すのをあきらめたと聞いている」
アクフェル――かつて存在していた、ヴェンデルとルジュナ、この二つの大国にはさまれた小国家だ。国土は小さかったが、南北交通の要衝に位置し、豊富な地下資源に恵まれ、それなりに栄えていた王国である。
そのアクフェル王国がヴェンデル王国の大軍の前にあっけなく滅び去ったのは、今から三年前。かろうじて隣国のルジュナに逃れた王族が国土回復運動を展開、各地に散ったアクフェルの旧臣がそれに呼応し、ゲリラ活動を展開していた。つまり、目の前にいる彼女は、そのゲリラの一人、ということになる。
「近く、ヴェンデルの大部隊がこの近くに展開するそうだ」
「……知っているわ、そんなこと」
「いくら魔法に長けていても、それには限りがあるぞ。それでも、お前は戦うのか?」
「ええ」
何の迷いもなく、彼女は頷く。
「……勝ち目がないと分かっているのに、何故戦う? 失われた国への愛国心、という奴か?」
尋ねた俺に、彼女は短く首を振った。
「……私には、愛国心というものがどんなものかはわからないわ。それに、戦うこともせずに隣国へ逃れた王族達も嫌いよ」
彼女の答えに、俺はわずかながら、首をかしげた。
「分からない、って顔をしてるわね」
困ったような表情を浮かべて、彼女は続ける。
「……でも、私は、あの国が好きよ。私を育ててくれた、あの大地が、ね。それを、いいように蹂躙されて……悔しかったわ。もう、これ以上、私の故郷が壊されていくのを、見ていられなかったの」
「アクフェルは、そんなにひどい状況なのか?」
「あなた、旅をしているんでしょう。だったら、アクフェルへ行って、自分の目で確かめてよ。アクフェルでは、私よりもっと小さい子供達が鉱山で働かされているわ。怪我をしたり、病気にかかったりして働けなくなったら、それでおしまい。街の路地には、そうやって捨てられた子供達があふれているわ。つい三年前まで、幸せな家庭で暮らしていたのに!」
「……不用意な質問だった。それが、君の戦う理由なんだな」
彼女は興奮した自分を抑えるかのように、短く首を振った。
「さぁ、それは分からないわ。こうやって戦うのがいいことなのかどうかさえもね。ただ……じっとしていられなかったの。それだけよ」
澄み切った瞳にまばゆいばかりの光をたたえたまま、彼女は答える。
迷いは、一切ない――その瞳は、そう語っていた。
「君は純粋だな。うらやましいよ。俺には、愛するべき故郷もない。そんなものは、とうの昔に捨ててきてしまったからな」
「故郷を離れることは出来ても、捨てることなんて出来ないわ。私はそう思う。どんなに自分が忌み嫌っていても、どこかで安らぎを感じるものよ。それが、故郷。あなたが生まれ、育った大地なのよ」
「……そう願いたいね」
そういうと、俺は自嘲気味に笑う。
「馬鹿な話をさせてすまなかったな。俺のことは、忘れてくれ」
「On, Wo siorayn os zet Ouy fas sselbyn af eth Arss.(そんなことはないわ。あなたに大地の恵みがありますように)」
それから数ヶ月の後。
俺は、アクフェルゲリラの拠点の一つが陥落したという知らせを、故郷の酒場で耳にしていた。
上級魔法士を中心にしたそのゲリラは最後の一人まで果敢に戦い、ヴェンデル軍に殺された。その中にはまだ成年に達していない少女の姿もあり――ヴェンデル軍は、アクフェル侵攻の際に受けた被害よりもさらに大きな被害を、その戦いで受けたという。
彼女が嫌ったアクフェルの王族は――この全滅の報に対し、何の反応も示そうとはしなかった。
-fin.- |