新しい年の足音がすぐそこまで迫ってきているのが実感できる、暮れの祭日――聖夜節。アクフェル王国の祭日の中で、建国節とともに最も重要視されるその祭日は、一度魔人との戦いに敗れ、死んでしまったアクフェルの主神がこの世に蘇ったとされる日である。
 農民、商人、職人、国軍兵士、鉱山労働者、さらには貴族や王族――アクフェルに住むほとんどの人々はこの聖夜節の夜をひそやかに過ごして一年の労をねぎらい、そして、真夜中に鳴る教会の鐘の音とともに飲めや歌えやの大騒ぎを始める。
 聖夜節とは、そんな祭日である。


 「リオン、もうこのくらいで休んでいいぞ」
 額に浮いた汗を拭いながら、壮年の男が隣で作業をしていた少女に声をかけた。
 「え? でも……」
 リオン、と呼ばれた少女は周りを見回し、意外そうな表情で男の顔を見返す。
 「お前にとって、今日は大事な誕生日だろう? そのくらい、皆分かってるさ」
 「私だけ休んでいいんですか?」という言葉を言外に含めたリオンに、男は微笑み返す。
 アクフェル国民のほとんどが仕事を休む聖夜節にあって、最も忙しいのが、男やリオンたちのような魔法士――神殿における聖職者たちであった。
 リオンは、当年とって15歳――この聖夜節の夜に生を受けた魔法士である。
 今年の聖夜節は、彼女にとってとても重要な意味をもつ日であった。
 アクフェルでは、一般的に満18歳の誕生日を持って成人とみなされる。
 以前のように人が早くに死を迎えることもなく、長い人生を歩んでいけるようになった結果、成人とみなされる年齢も次第に上がってきている。60年、70年を超える一生を送るために必要なことを学ぶには、それだけの歳月が必要だ、ということなのだろう。
 そんな時代の風潮の中、魔法士の世界においては15歳の誕生日を以って一人前の魔法士として認めるのが、昔からの変わらぬしきたりであった。
 そして、今日――リオンは、その15歳の誕生日を迎えたことになる。
 「行ってこいよ、リオン。聖夜節に聖石授与を受けることができるお前は、幸せ者だぞ」
 「皆……」
 見ると、その場に居合わせているすべての魔法士が、やさしげな微笑を浮かべて、リオンを見つめている。
 魔法士としての素質に恵まれた子供が年々少なくなってきている今の時代である。
 リオンの聖石授与式は、密かに未来を憂えていた魔法士たちにとって、久しぶりの明るい出来事だったわけだ。
 「ありがとう。それじゃ……」
 「ああ。お前ならきっと、立派な授与式になるさ」
 力強く頷いた魔法士たちに、リオンは軽く会釈をして、礼拝堂へと向かう。
 出入り口のところで振り返り、もう一度、今度は深々とお辞儀をする。
 そうして、身を翻し――リオンは、聖石授与式へと向かった。


 「……何!?」
 無事に授与式を終え、外の大騒ぎに付き合うことなく、自室で眠っていたリオンは、尋常ではない爆音で目を覚ました。
 ベッドから飛び起き、窓に張り付くようにして外の様子をうかがった彼女の視界を、突然はじけた閃光が真っ白に染める。
 「ツッ……」
 思わず顔をそむけて床によろめいたところに、バン、と自室のドアが荒々しく開かれる。
 「リオン! 無事か!?」
 「な、何が起こったんですか……!?」
 まだチラつく目を抑えながら、リオンは声のしたほうを振り向く。
 「ヴェンデルだ! ヴェンデル軍が奇襲をかけてきた!」
 「な、なんてことを……」
 軽く頭を振りながら、彼女は再び窓から外の様子をうかがう。
 「……ッ!?」
 見ると、向かい側にあったはずの建物が跡形もなく崩れ去っていた。
 どうやら先ほどの閃光は、ヴェンデル軍が放った砲弾が建物に直撃したときのものだったらしい。
 楽しかったはずの祭りが、一瞬のうちに地獄へと化していた。
 すでに市中に入り込んだヴェンデル兵が、逃げ惑う民衆を面白おかしそうに殺戮していく。
 「国軍は……王宮はどうしたんですか!」
 「わからん……この大騒ぎだったし、国軍の警備兵も最低限の人数しか動員されていなかったんだ。王宮にも敵の砲弾が直撃して、王族の生死はまったくつかめていない」
 「神殿は?」
 問い掛けたリオンに、男は口をつぐむ。
 「神殿はどうなったんです! セネカ導師は……神殿の皆はどうしたんですか!?」
 「それが……最初に砲撃を受けたのが神殿だったんだ。俺はたまたま外に出ていたから助かったが……神殿にいた者は、おそらく」
 そこまで言って、男は顔をそむける。
 「そんな……」
 リオンはもう一度窓の外を見やる。
 祭りの明かりに照らされていた漆黒の空も、今では街を襲う炎で紅く染まっていた。城壁を越えてやってくる砲弾が次々と市中に着弾し、その度に、まばゆいばかりの閃光がはじける。
 「おい、どこへ行く!?」
 杖を持って駆け出そうとした彼女の腕をつかみ、男が慌てて引き止める。
 「決まっているじゃないですか! 私も戦います!」
 「よせ! 今お前が出たところでどうにもならん!」
 「離して! もう、これ以上好きにはやらせない! 出させてください!」
 ありったけの力を振り絞って、リオンは男を振りほどこうとする。
 「お願いです! 私にも戦わせてください!」
 涙すら浮かべてもがくリオンを、男は思いっきり殴り飛ばす。
 「キャ……ッ!?」
 ものすごい腕力だった。
 華奢な彼女の体は激しく壁にたたきつけられ、力無く崩れ落ちる。
 気を失ったようだった。
 「リオン……お前だけは、犬死なんてしちゃいけないんだ……」
 荒い息をついて、男は窓の外を見やる。
 落城は、目の前に迫っていた。


 「ん………」
 気がつくと、リオンはアクフェル城をはるかに望む山の中に横たわっていた。
 「ここ、は……」
 ゆっくりと起き上がる。
 傍らには、自分の杖と替えのローブ、そして数日分の携帯食料が転がっている。
 「城は……!?」
 立ち上がってみると、はるか地平の果てに、ポツン、と、紅く夜空を染めているモノが見える。
 アクフェル城が落ちたことを、それは何よりも雄弁に物語っていた。
 「皆………」
 がっくりと、リオンは膝をつく。
 「聖夜が……聞いてあきれるわ………」


 アクフェル暦1379年、深雪の月27日――聖夜節。
 大陸に連綿と根付いてきたアクフェル王国は、あっけなく滅亡を迎えた。
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