真っ青な空の下、昼食を終えていつもの通り貯水タンクの上で寝転んでいると、不意に携帯が「TRUTH」を奏ではじめる。着信を見るとあの静かな惨劇から4日間の間、真と同じ様に連絡が取れなければ行方もわからなくなっていた夢人の名前が点滅している。
 「もしもし、梓瞳さんですか?」
 「ああ、刃君。今、電話大丈夫かい?」
 「ええまあ、ちょうど昼休みですし大丈夫ですよ」
 「そりゃ良かった。しかし連絡つかなくてすまなかったね」
 「いえ、そりゃいいんすけど。今までどこに居たんですか?」
 「……病院」
 照れくさそうに一言、夢人が言う。
 「え? 事故ったんすか?」
 ついこの間までの事故多発地域の事が頭に浮かび、上半身を起こす刃。
 「いや、そうじゃなくてあの後ちょっと寄るトコがあって寄ってたんだわ」
 「あ、なんかそういや言ってましたね?」
 「ああ、んでそこについてからの記憶が無いんだ。駐車場に車停めてドア空けて入った所までは覚えてるんだけどな」
 受話器越しにハハハと乾いた笑い声を立てる夢人。それを聞いてそっとため息をつく刃。それに続けて
 「なんか看護婦さんに聞いた話によると体温が22、3度しかなくて、呼吸も浅くて生きてるのが不思議なくらいだったってさ」
 そんな状態だったなんて信じられないような調子で喋る夢人。
 「そうだったんですか…まあ、あの時。梓瞳さんすげえ辛そうでしたもんね」
 「そんなに辛そうだったかな?」
 「ええ、顔色とかは真っ青でしたよ?」
 「そうだったのか……」
 と、言って『うーむ』と唸る夢人。
 「ところで今はどこに?」
 「あ? まだ病院だよ。あと一週間位入院していて異常がなければ通院で勘弁してくれるって」
 「1週間っすか、きついっすね」
 「うーん、身体は動きたくてたまらないのに動けないからね〜。病院の中うろついてるよ」
 「そうっすか、だったらお見舞いにでも行きますよ。暇つぶしの出来るもん持って」
 「そりゃありがたい……あっ、はぁすんません。はい、はい」
 笑い声を上げた夢人の声と重なって女性のぶつぶつ言う声が聞こえ、夢人の謝る声が受話器より聞こえてくる
 「はぁ……刃君すまない、とりあえず携帯切らないといかんみたいなんで」
 「病室でかけてたんすか?」
 「まあ、大丈夫かなって思って」
 「梓瞳さん……そりゃ怒られますって」
 あきれたように言う刃の言葉にハハハと笑いを漏らす夢人。そして
 「そうそう、留守電で言ってた織姫君の件、一応知り合いに頼んでみてるから。まあ、わかったら伝えるわ。それじゃ」
 と言って携帯はツーツーっと音をさせている。
 「相変わらずと言うかなんと言うか、マイペースな人だな」
 ボソリと呟くと、また横になる刃。しばらくすると彼は規則正しい寝息を立て始めた。


 「はぁ……どうしちゃったんだろ真」
 澪はそう呟くともう一度ため息をつく。4日前に真が学校を休んだ時は急な仕事かなにかだろうと思っていた、変だなとは思っていたが。しかし、一昨日、昨日、今日と4日間も休んでしかも連絡が無い事、電話に全く出ない事で不安になった澪は刃を探しながら放課後の学校をとぼとぼと歩いていた。
 自分一人で真の家へ様子を見に行っても良いのだが、どうしてかそんな気になれないので刃を付き合わせようと探しているのだが、教室に荷物は残っているものの肝心の刃本人の姿が無いのである。
 「こうなったら、あそこしかないかなぁ」
 一人呟きながら階段を登り始める澪、その影は夕日に頼りなく揺れている。


 キィッ――。
 扉を開けると一見屋上には人は居ない……しかし、澪は刃のねぐらが貯水タンクの上である事を知っている。
 「刃――――!起きろ――――!」
 散々探し回ってここにしか居ないと確信を得たからか、澪は大声で貯水タンクに声をかける。
 「んぁ?」
 自分を呼ぶ声で目が覚めた刃は少し頭を振ってから貯水タンクから、ひょいと飛び降りる。
 「もうっ!刃君どれだけ呼んだと思ってるのっ? さっさと起きなさいよ」
 肩で息をしながらむくれている澪を見て
 「すまんすまん、で? どうしたんだ? 澪が俺を探すなんて」
 と刃はいつもの調子で尋ねる。
 「ねえ、刃君。真の家に行くの付き合って?」
 「ん? 別に俺つれていかなくても良いじゃねえか」
 そう答えると、澪は小さな声で
 「だって何か、やなんだもん」
 そう呟く、刃は眉をひょいと上げて
 「…え?」
 と聞き返す、それに澪は
 「ううん、なんでも無い。とにかく付き合って!」
 刃は真の行方を聖をはじめ情報屋の誰一人として知らず、恐らく氷浦市には居ないだろう事を知ってはいたが、澪の剣幕に
 「ああ、わかった」
 そう答えてしまっていた。 
 

 真の家には何とか日が暮れてしまう前に付くことが出来た……と言うのも刃がZZRで飛ばしたからだが。
 「んーっ、刃君運転上手いねー」
 澪がバイクから降りて平然と言った科白に刃はこけそうになる。
 『おいおい、真でも二度と乗らないって言ったんだぞ? そりゃ、あいつはヘルメットなんて持ってなかったけどな』
 そう心の中で呟きながら話しかける
 「はいよ、でも良く平気だな?」
 「うん、お姉ちゃんの運転する車に比べれば平気」
 と伸びをしながら答える澪。複雑な表情のまま考え込む刃。
 『一体どんな姉妹だよ、このまま行けば澪も真みたいな車の運転するんじゃねーか?』
 「どうしたの? 刃君。深刻な顔しちゃって」
 そんな刃の顔を覗きこむようにして尋ねてくる澪。ちょっと苦笑しながら
 「いや、なんでもない。それじゃあ、行くか?」
 そう答えると澪を促し中に入っていく
 「真の車はあるな……」
 「うん、でもいつもは車にカバーなんてつけてないよ?」
 「そうか……」
 「合い鍵は持ってるのか?」
 「うん、一応ね」
 「じゃあ、入ってみるか」
 そう言って、家の中に入ってみたが……
 「居ないな」
 「うん……居ないね」
 澪と刃は何かないかと探してみたのだが手紙一つ書き置き一つ見つかりはしなかった。そうこうしている内に夜もふけてきたため刃がZZRのエンジンをかけ
 「じゃあ、送ってくぞ。なんかわかったら連絡する」
 そう言うと澪を促し後ろのシートに乗せエンジンを軽く吹かす。
 「ほんと真どうしちゃったんだろう?」
 刃に聞くと言う風でもなく、ぽつりと呟く澪。
 「まあ、あいつにも色々考える事があるのかもな」
 そう刃は呟きながら一際大きくエンジンを一吹かしすると、学校方面に向かってZZRを発進させた。


 澪を遠野家に送り届け刃が帰ろうとすると澪が心細そうに。
 「刃君、真は大丈夫だよね?」
 まるで他に頼るものの無い子猫のような目をして聞いてくる。
 「ああ、大丈夫だろ真なら。その前に体調崩してた様子だって無かったし」
 そんな様子の澪にそう言う事しか出来ずに苦笑いを浮かべながら、
 「とにかく、知り合いとかに当たってみておくからさ。なんかわかったら教える。今は、お前は身体休めることだけ考えてろ」
 刃はそう言って頭をくしゃくしゃと撫でると、ヘルメットを被り繁華街に向かって走り出した。


 翌日の放課後。
 刃が帰ろうとする2年S組の教室に飛び込んでくる澪。そのまま荷物を持った刃を引きずって廊下に出ると、少しトーンを落とした声で
 「ねぇねぇ、刃君。あの人なら真の行き先知ってないかな?」
 「あの人? 誰の事だ?」
 「梓瞳さん」
 「あ、それは無いと思うぜ?」
 「なんでよ?」
 「だって今あの人病院だもんな」
 「え? どうかしたの?」
 「いや、ただの過労」
 苦笑しながら刃は続ける。
 「昨日、暇だって電話があったからさ、暇を見てお見舞いにでも行こうかと思ってる」
 「ねぇ、だったら今日一緒に行かない? ちょっと聞きたい事在るし」
 「ああ、いいぜ」
 そう言うと二人は並んで歩き出す。夢人が居る病院に向かって。


 「あ゛〜っ、暇だぁぁ」
 病室を出て病院の中庭まで出てきたものの暇つぶしになりそうなものも無く、芝生の上に大の字に横になる夢人。傾き始めた太陽の光が気持ち良くそのまま寝てしまいそうになる。
 「あーやっぱりこんなところに居た」
 昨日から何度も聞いている声だ。白衣の天使……の卵で自分を担当する事になった女性だ。
 「あ、どうも望月さん。なんですか?」
 「もう、同い年なんだから名前で呼んでいいですよ〜」
 そう言ってカラカラと笑う彼女を見ていて夢人も顔をほころばせる。
 「それで? どうしたんですか? 俺を探してたんでしょう?」
 そうもう一度聞くと
 「そうそう、お姉さんがお見舞いにいらっしゃってますよ」
 「姉?」
 「ええ、早く病室でお待ちですから」
 背中を押されながら、『姉なんて俺にはいねーぞ?誰だ?』と考えつつ病室に戻る。
 そこには髪が腰まである20代前半らしき女性が立っている。
 「元気みたいね」
 「なんだ、お前かよ。姉なんて言うから誰かと思っちまったよ」
 「ん? ああ、あれ? 白衣の天使との恋を邪魔しちゃ悪いじゃない」
 「そんな事実はねえだろ」
 夢人はそう言って笑いながらベッドに戻ると
 「んで? なんか用事があったんだろ? なんだよ?」
 「そうそう、ひうらpressの差し替え用の記事は私に任されたの。でもあんたはそれじゃ納得しないかな? って思って1/4のスペースで何か書くかな? って思って」
 「おい、1/4てそんだけのスペースしかないわけ?」
 「だってそろそろ夏って事で水着と浴衣特集やったから私」
 「わかった、ちょっと待っててくれ」
 そう言ってペンを取りだしさらさらと紙に書き連ねて行く。それを見ながら
 「ふぅん、ショートエッセイね……いいじゃない。でも」
 「でもなんだよ?」
 「あんた一応ファンの子とか居るらしいんだから、入院してる病院ばれるとまずくない?」
 「あ、それ大丈夫。あと1週間位で退院らしいから」
 「相変わらず人間離れした回復力ね……そうだ後これ」
 「ん? 何コレ?」
 「マスターから、霊薬だって」
 「あ、なるほどな」
 「ねぇ、何があったわけ?」
 その時廊下の向こうから刃と澪の声が聞こえてきたため夢人は
 「あ、その話は退院してからでも皆に話すよ」
 「ふぅん、そうね。まあこれだけ元気なら心配は無いか」
 そう言われて苦笑いを浮かべる夢人。
 「それじゃ、私帰るわ。退院したら連絡よこしなさいよ」
 「はいはい」
 そう言って手を振る、と病室の入り口に刃と澪が立って興味シンシンという目でこちらを見ている。
 「やあ、刃君、澪ちゃん」
 「お見舞い来ましたよ」
 と刃。
 「こんにちは。今の人って彼女ですか?」
 と澪。
 「いや、友達だよ」
 そう笑う夢人。
 「綺麗な人ですよねぇ」
 そう言ってもう一度彼女の去っていった方向を見る澪。
 「そうだね、ところで澪ちゃん元気そうだね」
 「そうでもないですよ、私に何にも言わずに真は居なくなっちゃうし」
 そう笑いながら言う澪、しかし目は笑ってはいない。
 「それで、梓瞳さん真の事知りません?」
 澪の言葉に面食らって夢人は
 「い、いや。俺昨日意識戻ったばかりで、ね。どんな状況か良くわかってないんだ」
 そういって刃に目配せをする。刃はうなずいて
 「なあ、澪。ジュース買ってきてくんない? 梓瞳さんはコーヒーで良いんでしたっけ?」
 「ああ、ブラックが良いな」
 「もー、梓瞳さんまでー」
 「澪ちゃんの分も買ってきなよ、それとも刃君に頼もうか?」
 そういって財布を渡す夢人。
 「あ、いいです。刃君に頼んだら他のもの買ってきそうだし」
 その澪の言葉に苦笑いを浮かべる刃。
 「それじゃあ、行って来ますね」
 ぴょんと病室を出て行く澪を確認して夢人は
 「刃君、どうしたんだ? 澪ちゃん?」
 「実は・・・・・・というわけなんです」
 「そうか」
 と黙り込む二人。
 「真の方は?」
 「全然。一応知り合いに頼んではいるがね」
 「聖さんにも頼んでいるんですけどね」
 二人はため息をつき、次に口から出た言葉。
 「「ほんと、どこに行っちゃったんだろうな」」
 同時に同じ言葉を呟いてしまった事で苦笑いを浮かべる二人。
 「たっだいまー、はい刃君はい梓瞳さん」
 そう明るい声で病室に入って来た澪。その澪の様子を見て刃と夢人は顔を見合わせて苦笑した。
 それから刃と澪二人が帰るまでその部屋からは幾度も笑い声が聞こえていた。
 外では太陽が西の空に沈み、星が瞬きはじめていた。
this page: written by Akitsu Mitsuhide.
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