DOMESTIC FUMYA

短編

「水」
 
 

新興住宅街の中心部を縦にまっすぐ伸びるアスファルトの道路は緩い登り坂になっている。
その坂道を家に帰る為に歩いていた。
いったい何時の間にこんな遅い時間になってしまったのだろうか?
道路脇に並ぶ家々は作りを微妙に変えてある為、『個性的なお住まい、住むお客様のニーズに応えて』が住宅メーカーの謳い文句になっている。
確かにサイディングの幅が5ミリ違うとか出窓の向きが正面に対して逆であるとか2階の物干しが有るか無いかとか庭と呼べる程度の代物が芝生になっているか家庭菜園になっているかの違い。
しかし、個々の家の明りも消えたこんな夜更けにはそんな些細な違いは目に付かない為まるで同じ物体が規則的に道路の両脇に並んでいるとしか思えない。
でも余りにも夜が更けた為とはいえ一軒の家の明りも見えないものだろうか。
早く家に帰ろう。
そう思いながら歩く足取りは捗らない。
荷物が重たい所為だろうか。
両手に大事に抱えているのは所どころ欠けた部分に錆びが浮かび出たホーローの赤いカップと小学生の頃学校の水飲み場のカランに鎖で下げてあった形も歪んでくすんだピンク色のアルマイトのカップだった。
私……何でこんなもの持ってるのかしら……。
足が何だか滑る様な気持ちがして足元を見ると道路の表面を水が流れている。
月明りに照らし出された水の表面はきらきらと光を乱反射させながらかなりの水量で流れて行く。
なんだ、登り坂を水が流れているから歩き辛いんだ……。
そう思うと少し気分が楽になった。
きっと何処かの水道管が溢れているのだろう、勿体ない事だ。
明日の朝早く水道局の工事が入るんだろうなぁ。
とにかく早く家に帰ったら濡れたパンプスを乾かして置かないと、ああ寝る前に一仕事増えてしまった。
坂道を水の流れに逆らって登るのは予想以上に骨が折れる。
さっきから同じ場所を歩いている様に感じるのは家並みが似すぎているからだろうか?
「……み……だ………。」
「ね………を……い。」
水飛沫をあげながら歩く足元からあぶくの沸き上がる様な音が聞こえて来る。
パンプスで跳ね上がる水飛沫の音にしてはなんだか妙な響きだ。
暗い夜道を一人で歩くと考えが変な方に行きそうでとにかく歩く事だけを考えようとした。
ぶつぶつと沸き上がるその音は次第にはっきりと聞こえて来た。
「……を、ちょう……い。」
「ねぇ、お……を、ちょうだい。」
言葉がはっきり聞き取れる様になると今度はどう足掻いても足が動かなくなっていた。
驚いて足元を見ると両の足首に一人ずつ小さな女の子がしがみついている。
その子達が交互に話しかけて来る。
「ねぇ、おみずを、ちょうだい。」
「はやくぅ、おみずを、ちょうだい。」
私は持っていたカップを足元に投げつけると家だと思っていた方角とは反対に向かって走り出した。

(1999・3・18)

『バスを待ちながら』
 

「ねぇ今日学校でさ、言われちゃったんだ。」
「?」
「う〜〜〜ん、あのね、いいや、やっぱり止めとく。」
「言いかけてやめんなよ……。」
「だって……、あんまし楽しい話じゃないもん。」
「……。」

・・・まもなく2番線に川北町経由鶴ヶ台行きが入ります。御乗車される方は白線に沿って御並びください。このバスは18時20分発です。

「来たよ。」
「……まだいい、次のにしとく。」
「現国の教科書出して何やってんだよ。」
「うん、宿題。」
「……俺さやっぱり第一志望変えようかと思って。」
「だってお母さん反対してんでしょ?あそこ。」
「まぁね。おやじも良い顔はしてない。好きにしても良いけれど文学部なんか出たって就職無いぞって……。」
「でも行きたいんでしょ?」
「だからさ。」
「授業料とかどうすんの?」
「バイトしながら何とかするかなぁ。」
「へぇ、凄いんだ。……ねぇこの○○○○○の所わかんないや。何だろ……。」
「それはね、ここの所がそのまま書き込めば解答になるんだよ。」
「う〜〜〜ん、あ、本当だ15文字以内で入る。さすがぁ、文芸部部長。」
「やだなぁ、その言い方。ちょっと腹立ち。」
「ごめん……。」

・・・まもなく8番線に柳町経由緑が丘行きが入ります。御乗車される方は白線に沿って御並びください。このバスは18時55分発です。

「ひろ君の来たよ。」
「俺も次のにしとく。」
「ひろ君のとこ進学校だもんね。皆期待してるよね。」
「……成績良いからこいつは医学部受験とかあいつは出来ないから文学部とか……。」
「やっぱね、期待されるよね。ひろ君出来るし。」
「俺さ……。」
「ん?」

・・・まもなく2番線に川北町経由・・・

「バス来たぜ。」
「う〜〜〜ん、まだ良い。次にする。」
「じゃ俺も。」
「うふふ、駄目だよひろ君。バス無くなっちゃうよ。またお母さんに怒られちゃうよ。」
「大丈夫さ、まだ沢山有るから。」
「そうだね、いっぱい選べるんだよね、まだ。」
「終バスまではまだ時間が有るからね。」
「……うん。」

(1999・2・27完)
。。。。。。。ばくさんのかばんさんのHP「ひろしの部屋」テーマギャラリー投稿作品。。。。。。。

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