−feel uneasy...−


「えみりゅんね、明日遠野に行くんだぁ。」
『前行った時は冬だったから、今度は会えるといいね。』
「うん!今からすっごく楽しみなんだりゅん♪」
 毎日のように電話の向こうから届くえみるの声だが、金曜日のそれは毎回といっていいほどとても元気がいい。
だが、会話を聞いてて分かるとは思うが、明日えみると遠野に行くのはボクとではない。
通い始めた専門学校で作った「UFO研究会」のメンバーと毎週いろんな所へ行っているらしい。
「そんなにたくさん人はいないんだけどね。専門学校の非公式なサークルだし...。」
とえみるはそう笑ってボクに話してくれたことがあったが、ボクにはそんなことはどうでも良かった。
こう言うとひどく無責任に、そしてえみるに気がないように聞こえるかもしれないがそうではない。
逆にボクはとても嬉しいんだ...。
 
 ボクは東京、えみるは仙台と、以前と変わらない中距離恋愛は今でも続いている。
大学受験の時は仙台の大学を視野に入れてはいたが、センターの結果で蹴られてしまったという悲しい(?)事実はどうしても曲げることはできなかった。
そしてえみるは何を思ってか、情報系の専門学校にその進路を取った。
「ホントは筑波大学に行きたかったんだけどね...。」
と当時は泣いて話したこともあったが、それに対して両親の承諾が得られなかったことは言うまでもない。
言われる前に先に言っておくが、さすがに高校卒業した直後に「えみるをボクに下さい!」と言ったワケではない。
承諾が得られなかったというのはあくまでも「えみるが独り暮らしをすること」にだ。
 そしてより忙しくなった勉強とサークル活動やバイトで、高校の時ほど気軽に仙台に足を運ぶことができなくなった。
その分電話代が増えたことは言うまでもないが、実はえみると逢っている回数は以前に比べるとやや増えている。
そう。えみるの行動範囲が広がったのだ。
いや...。広げられたと言うべきか。
まあ、さすがに高校生のえみるが「東京に行く」といっても許されるワケないのだから、今まではボクが仙台へ行くことが慣例であった。
そして、えみるの両親にも顔を覚えられ、信頼を得たのかどうかは分からないが、さすがにえみるももう高校生ではない。
ようやく「週末なら行ってもいい」と許しをもらった、ということだと思う。
そうして今まで逢っていた回数をえみるとボクで半分コしたのだ。

 逢うたびにえみるの表情が変っていくような気がするのはボクだけだろうか?
ボクのすぐ隣を歩くえみるの横顔を見てそう思う。
最初に(というか久しぶりに)聞いたえみる語には驚いたし、相変わらずそれは健在だが、以前に比べるとえみるの表情が大人っぽくなったように感じるのだ。
そしてそれは、以前より広がった世界と交遊関係にあるんだとも。
高校生まではその特徴のありすぎるえみる語と、独特の世界観から特別視されてきたえみる。
普段は仲のいい友達も、えみるがその世界に夢中になると距離を置いていた。
そしてえみるもそれを感じていたに違いない...。
だが専門学校に通うようになり、同じ趣味を持つ友人もできた。行動範囲も広がり、いろんなものをその目で見るようになった。
その中で自分を素直に表現できるようになったからかな?とも思うが、余計な詮索はやめよう。
その笑顔は今までよりも可愛いし、そしてとても楽しそうだから...。
といっても別にボクは彼らに妬いているわけではない。むしろ今まで趣味の共通する友達のいなかったえみるに、そういう友達ができたということは素直にうれしかったし、何の曇りもなく
楽しそうに話すえみるの笑顔に、ボクの気持ちに間違いがないことを確信していた。

だからボクは嬉しいんだ...。


 だが、そのえみるに微妙な変化が現れ始めたのは今年に入ってからだった。
でも、おそらくえみる自身はまだ気付いていなかったと思う。
ボクがその笑顔を見ていると、
「ねぇ〜ダーリン。どうかしたのぉ?さっきからずーっとえみるの顔ばっかり見ちゃって。」
『う、うん。えみるは可愛いなぁ、って思ってね。』
「やだぁ!もう、ダーリンったらぁ♪」
といつもと変わらない反応を見せてくれるが、その笑顔の奥に隠れている、時折見せる真剣な眼差しは何となく何かを思い詰めているような感じだった。
『えみるはきっと何か不安を抱えているに違いない。』
そう思ったが、常に楽しそうに笑うえみるの顔を見ていると、やはりボクの勘違いかな?とそれを聞くことができなかった。

 大学に入ってから間もない頃、サークルの話を聞いたことがあった。
「まだ3、4人くらいしかメンバーいないけど、みんなずっごく詳しいんだよっ!」
『ふうん...。えみるよりも?』
「うん!とぉってもすごいんだから。えみりゅんの知らないこと、いーっぱい知ってるんだよ♪」
『へぇ...。とっても楽しそうだね。』
「そうなの。でね、サークルに遠藤くんっているんだけど、その人が一番何でも知ってるんだぁ〜」
『そんなに詳しいの?』
「うん!いつも講義の時近くに座ってね、いろんなことおしゃべりしてるんだぁ〜」
『こらこら...。ちゃんと講義は聞かないとダメじゃない。』
「ぶ〜っ...。だって授業つまんないんだもん。えみりゅんちーっとも分かんないし...。」
『あ、あのねぇ...。』
「でもえみりゅんは大丈夫だもん!ダーリンに教えてもらえるから。」
『あっ、それじゃ教えるのやめようかなぁ。』
「う、うそだりゅん♪ちゃんと聞いてるもん。」
『ホントに〜?』
「うん、ホントホント。」
『でさ、みんなとあちこち行った?』
「うん。でもぜーんぶダーリンと一緒に行ったところだけどね。」
『まあね。そういうトコロって以外と少ないしね。』
「でもね、毎週いろんなとこに行ってるんだけど、毎回違うこと教えてくれるんだぁ...。」
『へぇ...。それはすごい。』
「うん!えみりゅんもあんな風になりたいりゅん♪」

えみるは『ボクと逢う週末以外は、ほとんど彼と過ごしている』と、包み隠さず話してくれた。


 そして今年の4月、えみるはそのことにようやく気付いた。
ボクは同じ男としてなんとなく気付いていたが、そこまでえみるが信頼を寄せる人をそう決めつけるのはどうかと思ったからあえて言わなかったが、えみるがそう認識してしまった以上は、えみるを守ってやるしかない。
えみる自身はただ単に「仲のいい」友達だと思っていたようだが、彼はそうではなかったに違いない。
講義の時もほとんど隣(もしくは近く)に座り、暇さえあればえみるをデートに誘う。
でも、どうしてえみるがそれを断らなかったか?
そう。えみるの世界観と彼のそれは同じだったからである。
彼は何の違和感もなく自然に、そしてあたりまえのようにその世界に溶け込んでいった。
そしてえみる以上のその知識は、何の不安も疑いも与えなかった。
でも、今のえみるの声は...、電話の向こうから聞こえる不安な声は何かを一生懸命訴えようとしている。
『えみる...。どうしたの?』
「早く...、早く逢いたい。」
確かに今までも「どうして逢いに来てくれないの?」と以前のようになかなか逢えないことを愚痴っていたことはあったが、ここまで不安がるえみるの声を聞くことはなかった。
そしてボクが再び『どうしたの?』と聞き返すと、えみるは消え入りそうな声でこう答えた。

「えみりゅんね...、あの人が怖いの...。」


一緒に遊んでいるときはほとんどそうは思わないという。そう思うのはむしろ家に帰って一人になった時だという。
では、何が怖いのか。
そう。それは「自分の気持ちの中に入り込んでくる彼」が怖かったのだ...。
えみるとしては、その彼は「友達」だった。彼はえみるのその考えに同調し、とても優しくしてくれる。
その優しさは同性であるボクから見てもそれそのものだと思う。
だがボクはえみるを信じているし、それにえみるもそれを承知の上で一緒に遊んでいるものとばかり思っていた。
けど彼のその行動はボクにとってもやや不安材料であることは確かだ。
決して揺らぐことのないお互いの気持ちだと分かっていても...。


 そして、決定的な事件はその日を目前にしたある日に起こった。
えみるの悲鳴にも近い声が耳元で訴える。
「ダーリン...。えみりゅんの誕生日、絶対に逢いに来てね...。」
『当たり前じゃない!必ず行くから。』
「ホント...に?」
『うん。約束するよ。でもどうして?』
「うん。あのね...、」
えみるは、誕生日に彼がお祝いしてくれると誘われたと言った。
そしてその返答に困っているえみるに、彼は勘違いしたのか、「そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。それじゃ楽しみにしててね」と約束は成立してしまったと。
『大丈夫だよ。必ず逢いにいくから。』
「でも...。」
『でも?』
「ダーリンと一緒のところを見られたら、遠藤くんになんて言ったらいい...の?」
どうやらえみるは見られること自体より、ブッキングしてしまった彼のことを心配しているらしい。
今まで分かりあえる友達のいなかったえみる。
そしてようやく見つけたその彼の約束を断ってしまうと、彼を傷つけるし、友達という関係を続けられなくなる。
でも、約束は断れない...。
『えみる、きちんとダメだって言わなきゃダメだよ。』
「だ、だって...。」
『そりゃあえみるにとっては大事な友達かもしれないけど、本当に親しい友達ならきっと分かってくれるって。』
「ホントに?」
『うん。そんなに心配しないで。』
「で、でも...。こっちでダーリンと一緒のところを見られたら...。」
『分かった。それじゃあさ、こっちにおいでよ。それなら見られる心配はないでしょ?』
「うん、分かった。遠藤くんには明日断ってみるりゅん...。」


 えみるは駅のホームに約束の時間どおりに姿を見せた。
1ヶ月振りに逢ったというのに、自分の誕生日だというのに、その表情にはいつもの笑顔はなかったが...。
えみるがあの約束をきちんと断ったかどうかはまだ聞いていないが、どうであれえみるは今日こうして来てくれた。
久しぶりに逢ったというのに笑顔がないことは多少気になったが、今日はそのことは忘れさせてあげたい。
この大切な記念日は二人楽しく過ごしたいから。
『やあ、久しぶり。』
「う、うん...。」
『夏休みのはじめだから電車混んでたでしょ?』
「ううん。全然大丈夫だったりゅん。」
『それは良かった。それじゃ、行こうか。』
「うん...。」
そう言ってボクがいつもつなぐその手を取ろうとしたときだった。
いつもなら本当に嬉しそうな表情でその手を握りかえしてくるえみるが、何も言わずボクの手にしがみついた。
下を向いたまま、そしてしっかりと...。
 ところが駅を出た途端、えみるの表情は一変した。
さっきまでしがみついて離さなかったボクの腕を解いて、いつものように手をつなぐ。
そしていつもの笑顔でこう聞いてくる。
「ねえねえねえ!今日はどこにつれて言ってくれるの〜?」
『そ、そうだねぇ...。えみるはどこに行きたい?』
「う〜ん...。えみりゅんはダーリンと一緒だったらどこでもいいりゅん♪」
『でもほら、今日はえみるの誕生日だからえみるが行きたいところに連れてってあげるよ。』
「そうだなぁ...。それじゃ、ダーリンのおうちに行きたいりゅん♪」
『えっ...。うち?うちでいいの?』
「うん。」

と、無理して作った笑顔で答えたえみるのその顔からは、
ただ不安しか感じられなかった...。



 さっきは『どこが行きたいところはない?』と聞いたボクだったが、実は最初から家に連れていくつもりだった。
そしてえみるのあの不安だらけの笑顔を見て、それで良かったのだと確信する。
まあ、えみるの心境はなんとなく分かっていたし、そんなに簡単に解決できる問題ではないとも思っている。
「彼に見られたくない」というえみるの言葉がそれそのものだとも思うし、せっかく仲良くなれた、同じ話題で隔たりなく話せる友人を失いたくないという気持ちもわかる。
それに遠藤という人も、そのつもりはないかもしれないし...。
ま、こればっかりは本人に直接聞いてみないとなんとも言えないが、今ボクがやるべきことは、えみるのその不安を取り除いてあげることだと。
そんな大事な話をするのに、家の外だとなかなか話しづらいこともあるだろうし、ね...。

「ふ〜っ...。やっと着いたりゅん。」
『ごめんね。うち、駅から遠いもんね。』
「ううん。そういう意味じゃないりゅん...。」
『ん?』
「なんかね、帰ってきたなぁって感じかな。」
『うん...。おかえり。』
「たっ...、ただいまりゅん♪」
『あっ、そうだ。ちょっと待っててね。』
「う、うん。でもどこに行くの?」
『あははっ。大丈夫、どこにもいかないよ。だからちょっと待っててね。』

『やっぱり、誕生日にはこれがないとね。』
ボクは部屋のカーテンを閉め、今朝買ってきたバースデーケーキに20本のローソクを立てながらそう話す。
「うん。とっても嬉しいりょん♪」
『ホント?そう言ってもらえるとボクも嬉しいよ。』
「でも...。」
『でも?どうかしたの?』
「なんだかたくさん年取っちゃったようで嫌だなぁ〜」
『あははっ。確かにそう見えるけどそれはしょうがないよ。だってえみるは今年で20才なんだから。』
「ぶぅ〜っ...。そんなに笑わなくてもいいじゃない。」
『ごめんごめん。』
「うん。分かってるりゅん♪」
『それじゃ、火つけるね。』 
ボクは立てたローソク1本1本に順番に火をつける。
閉め切ってやや暗い部屋が徐々に明るくなっていく。
炎に揺れる、ボクをじっと見つめたままのえみるの顔を見ながら。
このにこやかに微笑む笑顔をずっと側で見つめられるように。
この笑顔を、ずっと守ってあげられるようにと願いながら...。

『えみる...。誕生日おめでとう。さっ、火を消して。』
「ダーリン、ありがとう。」
そしてえみるはその体にせいいっぱい息を吸い込んで、その火を一気に消した。
そしてボクが『おめでとう』と後ろに隠していたプレゼントを出そうとした時、えみるは何も言わずボクの胸にしっかりと抱きついた。
『ち...、ちょっ...。えみる。』
「.......。」
『ち、ちょっと苦しいよ...。えみる...?』
「.......。」
『うん...。大丈夫だから。きっと大丈夫だから...。』
ボクは静かに揺れるえみるの身体をしっかりと抱きしめ返した。
駅に着いた時は何とも言えない表情をしていたえみる。
けどボクに悪いと思ったのか、さっきまで無理して一生懸命笑顔を作ってたもんな。
でもえみるはボクの気持ちはきっと分かってるだろうし、えみるの気持ちも揺るぐことはないって信じてる。
でも、たまにしか逢えないボクのせいで、えみるに寂しい思いをさせちゃったね...。
けど、もうしばらくは離れて暮らす生活が続くけど、ボクが卒業したらきっと迎えにいくからね。
昔のように...、二度と離したりはしないからね...。

 どれくらい時間が経ったのかは分からないが、ひとしきり泣いてようやく落ち着いたのか、えみるはようやくその顔を上げた。
そしてさきほどよりは幾分不安の取れた笑顔をボクに見せてくれたが、ボクはまだ完全にそれを満たしてあげていないんだということに気づいた。
『どう、えみる。少しは落ち着いたかな?』
「うん...。ゴメンね、いきなり泣いちゃったりして...。」
『いいんだよ。ボクこそごめんね。すぐに逢いにいってあげられなくて。』
「ううん。えみりゅんダーリンのこと信じてるから。でも...。」
『でも?』
「でも...。遠藤くんの今日の約束...。断れなかったんだ...。」
『えっ!?』
「だって...。えみりゅんどう言ったらいいのか分からなかったんだもん!」
『そうだね...。でも、そういう時こそキチンと自分の思いを伝えなきゃいけないんじゃないかな?』
「でも...。」
『ほら、えみるだってそうだったじゃない。ボクに彼女がいるかどうかも分からないのに、あの時キチンと言ってくれたじゃない。』
「う、うん...。」
『えみるの友達を大切にしたいという気持ちも分かるけど、言葉にして伝えないと分からないことはたくさんあるよ。
それに、それをキチンと言えて、それをキチンと受け止めてあげるのが友達じゃないかな...?』
「そう...だよね?」
『うん。だから大丈夫!きっと分かってくれるって。』
「...。うん!それじゃ、今から電話していいかな?」
『そうだね。きっと待ってると思うから早く電話してあげなよ。』
「うん!分かったりゅん♪」


 窓の外はもうすっかり暗くなり、空には星がいくつか輝いていた。
さすがに誕生日で今日から夏休みだと言っても、さすがに外泊までは許してもらえなかったえみるを駅まで送る途中、くすんだ空を見上げながら二人並んで歩いた。
「ねえ、ダーリン...。」
『ん、何?』
「一つだけえみりゅんのワガママ、聞いてくれる?」
『う〜ん...。まさかUFO呼んで、なんて言わないよね?』
「ぶぶ〜っ。残念でしたぁ。」
『あたりまえか。』
「そりゃそうだよ。だってえみりゅんだってまだ一度も来てもらったことないのに。」
『それもそうか。で、お願いって何?』
「あのね...。えみりゅん欲しいものがあるの。」
『欲しいものって?』
「あのね...。証が欲しいの。ダーリンといつも一緒なんだっていう...。」
『そうだね。何がいいかな?』
「うん。指輪が欲しいの。二人で一緒につけられる指輪が...。」
と、歩いていた道沿いにあったジュエリーショップのショーウインドウの前で立ち止まってコレだと指をさす。
『ポジー...リング?』
「うん。」
『そうだね。』
「それでね、指輪の裏にお互いの名前を入れるんだぁ♪」

 残念ながらその日は指輪をつけることはできなかった。
名前を刻むのに2・3日かかると店員にいわれた時、えみるはやや残念そうな表情を見せたが、
『できたらボクが持っていくよ』
と言うと、
「うん!またダーリンが来てくれるんだったらそれでいいりゅん♪」
とようやくすっかり不安の消え去ったいつもの笑顔を見せてくれた。


 そしてボクはその指輪を手に、今仙台行きの新幹線の中にいる。
その後どうなったのか詳しい話はまだ聞いていないが、取り急ぎ電話をよこさないくらいだからきっとうまくいったんだろうと思う。
そして、「明日サークルのみんなに紹介するね♪」
と昨日楽しそうに話していたえみるの声を聞く限り、うまくいったんだなと安堵の気持ちでいっぱいだ。
中距離恋愛で今までお互いに不安を抱えていたけれど、もう決してえみるを迷わせないと心に誓いながら...。

Fin...
1999.06.20 Writer:R.M.

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